1. - モラル崩壊の元凶 押し紙 — 「国とは一体、何なのですか?」(沖縄振興予算問題と第二次高市内閣改造人事に関して)

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2026年09月23日 (水曜日)

- モラル崩壊の元凶 押し紙 — 「国とは一体、何なのですか?」(沖縄振興予算問題と第二次高市内閣改造人事に関して)

執筆者:江上武幸弁護士 福岡・佐賀押し紙弁護団 2026年(令和8年)9月23日

国とは一体、何なのですか」

この言葉は、筑豊じんぱい訴訟の弁護団長であった(故)松本洋一弁護士が、国を相手とする裁判において、国の代理人席に向かって常に口にされていた言葉です。

松本先生は、筑後川上流の下筌・松原ダム建設反対闘争、カネミ油症食品公害事件、福岡予防接種禍事件、三井山野炭鉱ガス爆発事故、三井有明鉱火災事故、そして炭鉱夫じん肺訴訟と、一貫して社会正義の実現と人権擁護のために尽力された弁護士でした。と同時に、北九州市長選に二度出馬して保守陣営の心胆を寒からしめた地方政治家でもあります。

先生は、福岡予防接種禍事件の控訴審において、国の代理人席に向かって次の問いを発しておられます。

「国とは一体何なのですか。1審で負ければ高裁・最高裁までいって、何がなんでも国の主張を通そうとする。国とは何が何でも裁判に勝つためにあるのですか。国民が健康で幸せに暮らせるように何かをする、それが国ではないですか。私はそう思ってきました。だからもう一度聞きたい。国とは一体、何なのですか。」

*(「俺たちはボタじゃない 筑豊じん肺訴訟18年4か月の軌跡」(2006年・海鳥社)

福岡市に出かけると、天神界隈で幼い子供を連れたアジア各地からの若い夫婦や、家族・親族ぐるみの観光客をたくさん見かけます。

一方で私の事務所では、幼い子供を抱えた若年夫婦の離婚問題、家族・親族間の骨肉を争う相続問題、個人・法人を問わない破産問題、奨学金返済や生活費のため夜のアルバイトをして人生を誤った女子大生からの相談など、社会のひずみを目のあたりにする仕事ばかりをしています。そのため、日本社会の貧困化を余計に肌で感じます。

後継者がいなくなった地方の田畑や山林、家屋は荒れ果てたまま放置され、都会に出た子供たち(私たちの世代でもあります)は、将来食糧危機に直面しても帰る田舎がありません。「未婚」「少子化」「非正規雇用」「子供食堂」「オレオレ詐欺」などの寒々した言葉にあふれ、野菜農家の労働者も韓国・台湾・ベトナムからではなくネパール・ミャンマー・インドネシアなどからの出稼ぎが増えているようです。アジアにおける日本の経済的地位の衰退を痛感せざるをえません。

ご存じのように、目下、福岡県は県議会議長就任をめぐる金銭疑惑で大揺れに揺れています。小選挙区制度の導入によって「自民党でなければ人にあらず」といった風潮が全国津々浦々に広がり、国会議員はもちろんのこと都道府県・市町村レベルまで二世三世の世襲議員が主流を占める時代になってしまいました。福岡県議会も議員の世襲化・政治の家業化が見え隠れしているように思います。

中選挙区制の時代には、自民党は派閥ごとに色分けされ、国会議員を頭に県議から市町村議員に至るまで系列化されつつも、それぞれが選挙区内の農林水産、商業・経済の業界団体と密接に関係し、地方の意見・要望を国政に反映する道筋が開かれていました。他方、旧社会党・共産党などの働く者・生活者を代表する野党が自民党と対峙する形の「55年体制」と呼ばれる政治構造がありました。

その結果、中選挙区時代には複数の自民党候補者と野党候補者が入り乱れて票を奪い合う選挙戦が繰り広げられ、政治好きな大人たちにとっては華やかなお祭り気分を味わうことができました(*政治は「まつりご」といいますが、「政治とは飢饉や災害から人々を守り、皆が安心して暮らせるように祈り働く行為である」という古来からの考えを表す言葉です)

55年体制によって曲がりなりにも国民各階層や地方の意見を国政に反映できる政治が長く続き、公害問題など様々な問題を抱えながらも、世界第2位となるまでの経済発展を遂げてきました。

外交面でも、1956年の日ソ共同宣言、1965年の日韓基本条約、1978年の日中平和友好条約など、平和主義の憲法の精神に基づき近隣のアジア諸国との友好関係を築き上げることが出来ました。日本はヨーロッパのスイスのように、アジアの永世中立国としての道を選択することも可能だったのです。

このように内政・外交とも戦後に定着した日本の中選挙区制を、わざわざ小選挙区制に変更する必要性は全くありませんでした。小選挙区の導入によって失われた30年の歴史を取り戻すには、今後数世代の努力が必要となるでしょう。誠に残念なことです。

中選挙区制から小選挙区制への選挙制度の変更は、1970年代に社共統一による革新政府の誕生が現実化したため、革新統一政府による安保条約の一方的廃棄通告により、日本各地(特に沖縄県)に展開している米軍基地を手放さざるを得なくなる事態が生じるのを阻止する必要を感じたアメリカが、主導して実施したものと考えて間違いありません。

*戦後、日本がアメリカの支配下にあったことは、ネット社会の普及によって誰の目にも明らかになっています。とりわけ、れいわ新選組の伊勢崎賢治参議院議員(国際平和研究、教育専門家)の国会での発言は核心をついており、爽快感を覚えます。また、核保有論には賛同できませんが、アメリカ生活の長い国際政治アナリストの伊藤貫氏のアメリカ政治の分析も参考になります。

その他にも、元外交官の孫崎亨氏の「アメリカに潰された政治家」(小学館)を始めとする多数の著作、ジャーナリスト兼作家の吉田敏浩氏の「日米合同委員会の研究」(創元社)を始めとする著作など、ネット社会のおかげでこれまで知らなかった書籍の存在も知ることができました。(*ただし、ありがたいと思う反面、「知らなければよかった」と思うことも多々あり、複雑な心地になります)。

アメリカが、日本の選挙制度を中選挙区制のままにしておくと社共統一による革新政府が誕生しかねないと危惧したことは先に述べたとおりです。それを防ぐためにアメリカは日本に小選挙区制の導入を図ったと考えられます。

小選挙区制度が設けられている国としては、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インドなどがあります。アメリカ以外はかつてのイギリス帝国の名残であるイギリス連邦の加盟国で、アメリカもイギリスから独立した国ですから元々は一体です。イギリスは「労働党」と「保守党」、アメリカは「民主党」と「共和党」が二大政党として、他の政党の台頭を許さない仕組みを作っています。

これらの二大政党のうちいずれの党が政権を握っても支配体制が揺るがないようにするのが、小選挙区制度での真の狙いです。中選挙区制から小選挙区制への変更は、「ゲリマンダー(区割の恣意的変更)」などは足元にも及ばない、政権党に一方的に有利な大変革なのです。

中選挙区制のもとでは、旧社会党・共産党の革新統一の力で美濃部東京都知事、飛鳥田横浜市長、蜷川京都府知事、黒田大阪府知事、奥田福岡県知事などの革新自治体が次々と誕生しました。そのままの革新の勢いが続けば、1970年代後半には自民党に代わる革新統一政府が誕生しかねない政治情勢が生まれていました。今の世代の人たちは、そのような時代があったことなど想像すらつかないかもしれません。

日本列島は「中国・ソ連に向けた不沈空母」と言われてきました。アメリカが米軍基地を永続的に設置し続けるには、自民党政府に代わる革新統一政府の誕生を断固阻止する必要があります。アメリカとその意向を受けた政治家・官僚は、社会党の分裂、社共の対立、国鉄・郵政・タバコ産業の分割民営化、連合の結成、官公労の組織率の低下、ソ連・中国の体制批判による社会主義・共産主義に対する嫌悪感の醸成など、小選挙区制と二大政党制の導入をはかる以前から、その下準備を着々と整えていたのです。

1970年(昭和45年)3月に高校を卒業した私の世代は、家庭の経済状態が許せば大学に進学することが出来る時代に生まれました。

前年の1969年(昭和44年)には東大の入試が初めて中止され、東大を目指していた先輩は京都大学や一橋大学、私立大学などに志望校を変更せざるを得ませんでした。 大学内では、全共闘・民青・原理研究会・勝共連合・生長の家などの学生が入り交じり、騒然とした雰囲気が漂っていました。多くの学生はノンポリとして過ごしましたが、学生運動の影響は大なり小なりその後の人生に影を落とし、あるいは影響を及ぼしています。

1968年(昭和43年)10月21日の国際反戦デーには、新宿駅周辺で過激派学生のデモ隊による騒乱事件が発生し、学生730人が逮捕されるという事件が起きました。この逮捕劇について、日大全共闘のシンパで逮捕された経験のある人物から次のような話を聞いたことがあります。

「事件の際、デモ隊の最前列にいた者たちが一斉に姿を消したため、後列にいた自分たちがデモ隊の最前列に押し出され、機動隊から一斉検挙された。つまり、騒擾罪を適用するために公安が学生デモを新宿駅構内に誘導していたことがわかった。自分は親父が田舎で開業医をしており、地元の国会議員に頼んだため早く釈放してもらった。」

1960年の安保反対闘争の際、国会に突入したデモを先導した全学連指導部に対し、右翼のフィクサーであった田中清玄氏が多額の資金援助をしていたことが後日明らかになりました。世の中の出来事には必ず何か裏が隠されているものです。

話がそれましたが本題に入ります。

沖縄県知事選挙が終わって間もなくして、須田慎一郎氏のYouTube報道番組「虎ノ門二ュース」で、「沖縄県知事選予算増額の真相玉城デニー県政には振興予算3000億円が出なかった本当の理由」と題した配信がありました。財務官僚出身で30代前半の政治家志望の若者が出演しており、玉城デニー県知事時代に沖縄振興予算3000億円を出さなかった理由について、次のように話していました。

「沖縄振興予算を2021年度までは年間3000億円とすることについては、国と沖縄県の間で政治的約束があった。しかし、2022年からの沖縄振興予算については新たに政府と沖縄県は協議すべきところ、玉城知事は政府と財務省に直接出向いて予算措置の陳情をすべきだったのに、それをしなかった。それで従来通りの3000億円は交付しないことにした。しかし、沖縄県の振興のためには特別予算が必要なことは分かっているので、玉城知事とその支援者のために使われることがないよう、市町村に直接交付することにした。」

私がこの話で最も引っ掛かり(憤り)を覚えたのは、30代前半の元財務官僚の政治家志望の青年が、登録者数140万人を超える影響力のあるネット番組で、自民党政府と財務省の一体化ぶりを自慢げに語る姿でした。彼は、財務省が2022年以降、沖縄県に3000億円の振興予算を交付しなくなったのは、玉城知事が自ら上京して政府と財務省に予算の陳情に来なかったからであると、悪びれることもなく言い放ったのです。続けて、県に交付すれば知事らのために使われるので県を通さずに市町村に直接渡すことにしたという裏話まで披露しました。

この政治家志望の若者の姿を見ると、現役通産官僚だった古賀茂明氏が著した「日本中枢の崩壊」(講談社刊)の表題が思わず頭をよぎります。戦後80年近く、アメリカ支配から脱しきれないままきてしまった結果、このような考えを持つ若い官僚が日本の中枢で育ち、将来の日本を動かしていくのかと思うと脱力感に襲われます。

政治の世界に目を向けると、第二次高市改造内閣の閣僚メンバーが発表されました。山下貴司氏(法務大臣)と古川俊治氏(デジタル大臣)の2人は、岡口基一元裁判官の弾劾裁判において、山下氏は弾劾裁判員として、古川氏は訴追委員として登場した人物です。この2人が弾劾裁判で果たした役割については、「裁判官はなぜ葬られたか」(岡口元裁判官著・講談社)に詳述されています。

山下氏は元検事、古川氏は弁護士資格保有者です。検事と弁護士とが裁判官を罷免するという構図でした。岡口(元)裁判官は罷免判決を受け、裁判官の身分を失っただけでなく弁護士になることもできず、退職金の支給も受けることが出来ませんでした。しかし、現役時代の岡口裁判官の力量は高く評価されており、長年におよぶ裁判実務の知識・経験・処理能力に裏付けされた著作(司法試験受験者や実務家向け)も多数発行され、現在は受験指導や全国からの講演依頼で忙しい毎日を送っておられるようです。

「法と良心以外にはいかなる権威や圧力にも屈しない」という裁判官魂を失わず、前向きに裁判や法に向かい続ける姿には頭が下がります。

岡口裁判官の罷免裁判は最高裁判所が訴追していないにもかかわらず、国会の訴追委員会の決議にて弾劾裁判が開かれた初めてのケースと言われています。しかし、その背後には「法と良心以外の何物にも干渉されない。」という独立精神を持った裁判官の存在を認めない最高裁事務総局の強い意思が横たわっていると考えます。政権与党も最高裁による申立てがなくとも、国会の訴追委員会による訴追があれば弾劾裁判を開けるという前例を作ってしまいました。

今回の岡口裁判官に対する罷免判決は、石田和外最高裁長官時代の「青法協(青年法律家協会)裁判官への弾圧」と並び、いやそれ以上に、個々の裁判官の市民的自由を完全に剥奪するという戦後司法史上最大の汚点だと言わざるをえません。

この弾劾裁判で、法と良心にのみ従った判決を下す勇気をもった若い裁判官達が萎縮したり、あるいは市民的自由のない生活に見切りをつけて中途退官したりすることがないことを祈るばかりです。

第二次高市改造内閣に入閣した山下・古川の両氏も、政権に従順な裁判官を求める自民党の意向を受け、岡口裁判官を罷免するための弾劾裁判で積極的役割を果たしました。そのような政治家が国政の中枢を占める大臣に就任できるのが、現在の日本国なのです。

米軍基地があるかぎり、日本人は日本人だけで日本の行く末を決めることは出来ません。押し付け憲法であるとして日本国憲法をないがしろにし、ひたすらアメリカの顔色を窺い、指示通りに動いてさえいれば政治生命を失うこともなく、官僚として冷や飯を食わされることもありません。あえてそれに背を向けて、せっかく手に入れた豊かな生活を世のため人のために捧げる必要などないと考える人たちが今の日本の「国」を作っているのです。

いつも笑いを絶やさなかった(故)松本弁護士から、「それじゃ身も蓋もないじゃないか」と叱られてしまうかもしれません。

確かに、周りを見渡せば絶望的になりますが、時代は確実に世代交代しています。私たちが学生時代に抱いたような理想や熱意を持ちながら、未来に向かって努力を続ける若い世代が次々と誕生し、必ずや次の時代を切り開いていってくれるはずです。

小選挙区制のもとで水と油の野党の大同団結を図ることにエネルギーを注ぐより、中選挙区制に戻して全ての政党・政治家による百家争鳴の選挙戦を見るのが楽しくはないでしょうか。世襲政治家ではなく、そのような選挙の洗礼を受けて誕生した政治家こそが真の政治家といえるのではないでしょうか。

*出世には魅力を感じない若い世代の裁判官・検事・弁護士が、「司法の独立と裁判官の独立」を取り戻すため、岡口元裁判官に負けないよう自由闊達にのびのびと仕事に励まれることを期待します