2018年04月03日 (火曜日)

日本年金機構の仕事を請け負っていながら、データ入力業務を中国の会社に再委託し、多量の入力ミスを発生させたSAY企画の本社へ足を運んでみた。所在地は、東京都豊島区池袋1丁目48の10にあるビルの中。池袋のビジネス街のはずれで、近くに高い煙突をもつゴミ焼却工場がある。

10階に同社の窓口になっている事務所があるほか、複数の部屋を占有して業務を展開しているようだ。

筆者が最も驚いたのは、事務所が入っているビルのセキュリテーである。誰でも自由に出入りできる。15分ほど事務所の前で人の出入りを観察していたが、まったく警戒もされなかった。

このビルで年金に関する重要な業務が行われているのである。個人情報を扱っている会社の事務所は、通常は、セキュリテーが厳重になっているものなのだが。

SAY企画がどういう経緯で日本年金機構から仕事を受注したのか本当の理由はよく分からない。株主構成も不明だ。SAYが再委託した中国の企業名も分からない。

切田精一社長は、記者会見を開いたが、それで事件が解明されたわけではない。

筆者が入手した会社登記によると、役員構成からみてファミリー企業の可能性が
高い。取締役が切田精一氏、監査役が切田一枝氏。また、閉鎖された登記によると、取締役として、「切田順子」、「切田一彦」、「小見川仁」といった名前が並んでいる。

会社登記の「目的」の欄には、本業の情報処理業務のほか、「広告宣伝に関する事業」とか、「各種イベントの企画、製作、実施」とか、まるで広告代理店のような業務内容が記されている。

どのような経緯で日本年金機構との関係を構築したのか謎が多い。

参考までに、会社登記(閉鎖分も含む)を公開しておこう。

SAY企画の登記簿

【情報提供は、048-464-1413まで】

2018年04月02日 (月曜日)

佐賀新聞の販売店主が、店主としての地位保全を求めた仮処分申立事件で、佐賀地裁は、3月29日、店主の申し立てを認める決定を下した。この係争の背景には、「押し紙」問題があり、関係者の注目を集めていた。販売店訴訟で全国的に販売店が勝訴する流れが生まれはじめているなか、今回の販売店勝訴はそれに拍車をかけそうだ。

この事件の発端は、平成28年4月にさかのぼる。店主が佐賀新聞社に対して提出が義務づけられている報告書に、「仕入れ部数2550部お願いします」と記載した。つまり新聞の注文部数が2550部であることを、店主が書面で公式に申し入れたのである。

これに対して佐賀新聞は、店主の要望を拒否。前月と同様の搬入部数2980部を搬入する旨を通知した。そして実際に、2980部を搬入したのである。

この時点で、差異の430部が「押し紙」となった。これを仕入れ価格に換算すると、約86万円(月額)になる。店主は、この86万円の納金を拒否した。

4月以降も佐賀新聞は、店主が発注した搬入部数を認めず、「押し紙」を続けた。店主の方も、「押し紙」に相当する仕入れ代金については、支払いを拒否した。そして平成28年12月の時点で、「押し紙」部数に相当する未払い金は、約705万円に膨れあがった。

もちろんこうした状態に至るまでの間、店主は佐賀新聞に対して繰り返し減紙を申し入れていた。しかし、佐賀新聞は、店主との間に年間の部数目標を定めていることなどを理由に、強引に「押し紙」政策を続けた。そしてあげくの果て、平成28年12月14日に、販売店との商契約を打ち切る旨(契約の更新拒否)を通知したのである。

そこで店主は、地位保全の仮処分を申し立てた。佐賀地裁は、販売店の申し立てを認めた。ただし、地位保全の期間は1年に限定された。

その1年の期間が終了する前の平成29年12月、佐賀新聞は再び販売店との商契約を更新しない旨を伝えた。そこで販売店側は、再び地位保全の仮処分を申し立て、今回それが認められたのである。期間は1年。

◇独禁法の新聞特殊指定に抵触

店主の地位が保全された最大の理由は、過剰になっていた新聞が実質的に「押し紙」と認定されたからである。店主は、繰り返し新聞の搬入部数を減らすように申し入れていた。つまり「押し紙」を断った明確な証拠があったのだ。

また、独禁法の特殊指定によると、新聞販売業における「注文部数」とは、実配部数に予備紙(通常は、搬入部数の2%とされる)を加えた数字を意味しており、佐賀新聞がこのルールに違反して、年間の目標部数(ノルマ)を定めていたことも大きな要因だ。

ちなみに新聞販売店と新聞社の契約は、通常、3年から5年の期間で契約を自動的に更新する慣行がある。佐賀新聞の場合は、3年ごとの契約更新だった。従って契約期間が終了すれば、佐賀新聞は契約を更新しない自由もあるが、
店主が明らかな不祥事でも起こさない限り、なかなか契約更新の拒否は認められない。新聞販売業は家業の側面が強いからだ。

そのために新聞社が常套手段として持ち出してくる理由は、新聞部数の虚偽報告により、信頼関係が破壊されたというものである。次の読売の判例のように。

■ 真村裁判福岡高裁判決(読売)

また、「積み紙」を理由に契約更新を拒否することも多い。「積み紙」とは、折込広告の水増しを意図して、販売店が自主的に注文する新聞部数のことである。

佐賀新聞のケースでは、店主が減部数を繰り返し要求していたので、「積み紙」と認定される余地はなかった。

今後、公正取引委員会の対応が注目される。

◇朝日新聞が「押し紙」報道

なお、今回の判決については、朝日新聞が報道した。

3月31日付け、朝日新聞の記事

2018年03月30日 (金曜日)

日本年金機構がデータ入力を外部の会社に委託して、大量の入力ミスを発生させた事件が発覚した。データ入力を請け負っていたのは、SAY企画という会社である。大量の入力ミスを発生させた原因は、SAY企画が入力業務を中国の会社に再委託していたからである。ある経営コンサルタントは、次のように話す。

「日本で入力すれば1件、最低でも80円ぐらいのコストがかかりますが、中国で入力すれば5円ぐらいです。75円が丸儲けという構図になっています」

このSAY企画に関してはさまざまな情報が飛び交っているが、実体はよく分からない。マスコミがなぜか詳しい報道を避けているからだ

実は、この事件とよくにた手口の事件が過去にも発生していたのを、読者はご存じだろうか。心身障害者用の「低料第3種郵便物の割引制度」を悪用した事件で、2008年10月に朝日新聞のスクープによって明らかになった。

手口は単純で、企業がPR活動などの手段として利用するダイレクトメール(広告の一種)を、心身障害者用の「低料第3種郵便物の割引制度」を使って、低料金で発送して、経費を削減するというものだった。もちろん企業は、心身障害者ではないので、この制度の利用は違法行為である。

驚くべきことに、この事業の営業には広告代理店・博報堂の子会社が関与していた。

なぜ、広告代理店が関与していたのか、ある種、不思議な気もするが、それに先だって、大がかりな裏工作が郵政と博報堂の間で進行していたことが、当時の総務省の文書に残っている。

◇博報堂の接待攻勢

「低料第3種郵便物の割引制度」を利用した事件の発端は、2007年に日本郵政公社が解散して、4つの事業会社が誕生した時点である。4つの事業会社とは、郵便事業株式会社、郵便局株式会社、ゆうちょ銀行、それにかんぽ生命保険である。

さらにこれら4社を統括するために、日本郵政(持ち株会社)が誕生したのである。

本来であれば、5つの会社がそれぞれ広告代理店と契約するものだが、郵政グループは、全業務を博報堂1社に委託したのである。

別の言い方をすれば、個々の会社が独自に広告代理店と契約するのではなく、日本郵政が代表して博報堂と契約したのだ。しかし、博報堂に業務を独占させる決定を郵政が下す過程で、さまざまな裏工作が行われていたことが、当時の総務省の公文書に残っている。

本検証において、C次長と博報堂関係者との間のメールを復元したところによと、技術的に復元できた平成21年1月から同年9月までの間だけでも同次長は同関係者から相当の回数の飲食等の接待を受けており、A専務においても、時に同次長とともに接待を受けていたものと思われる。

現状、A専務・C次長ともに検証チームによるヒアリングに応じず、博報堂においても、当専門委員会からの関係資料の提出要請を拒んでいることから、メールの復元ができた平成21年1月より前の実情は不明であるが、同メールの内容に照らすと、上記の状況は同1月よりも前の時期から始まっていることは間違いのないところと思われる。

出典:検証総括報告書

こうした癒着の結果、たった2年で、博報堂が郵政グループから取り付けた契約額は、2年間で368億円にもなったのである。

  郵政公社時代の06年度の契約額は電通が約51億円、博報堂が約19億円、大広が約2億円などだった。民営化に伴って全体の広告量が増えた07年度は、博報堂との独占契約で約146億円、08年度は約222億円にのぼった。(2009年10月4日)

出典:朝日新聞
郵政事件の背景に、こうした癒着の構図があったのだ。

◇郵政事件と同類の構図

日本年金機構を舞台とした今回の事件も、構図はよくにている。舞台裏で誰がどのような工作をしたのかも含めて検証する必要があるだろう。郵政事件の博報堂のケースに見るように、意外な組織や企業が関与していることもあり得るのだ。

中央省庁が外部に委託している事業についても、同じ構図はないか、再検証が必要だろう。郵政事件は氷山の一角に過ぎなかった可能性もあるのだ。

【参考記事】

博報堂コンサルタンツの取締役に児玉誉士夫の側近・太刀川恒夫氏が就任していた、極右勢力と博報堂の関係、①

1975年ごろから博報堂へ続々と天下り、元国税庁長官2名、内閣府審議官や警察関係者も、病的腐敗の温床か?

 

2018年03月29日 (木曜日)

最近、司法の世界ですっかり定着した言葉のひとつに「スラップ」がある。
日本では、「いやがらせ裁判」とか、「訴権の濫用」というニュアンスで使われているが、この言葉の発祥国である米国では、「公的な活動参加に対する戦略的な訴訟」(Strategic Lawsuit Against Public Participation)という意味である。従って、日米では、スラップの意味が若干異なっている。

たとえば左巻健男氏の次のツィートである。

ニセ科学はすぐにスラップ訴訟を言い出す傾向がある。いや、賢いニセ科学は批判されてもスルーする。批判を相手にするよりは、ずっと多数の信じる人らに買って貰えばいいからだ。焦っている、凋落している、可笑しげな顧問や関係者がいるニセ科学がスラップ訴訟を言ったりやる傾向を感じる。

訴権の濫用の色調が濃い。

今世紀初頭に日本でスラップがはじまったころは、悪徳企業が原告になることが多かった。その典型は、改めていうまでもなくサラ金の武富士である。

ところが最近は、左派から右派まで、スラップで反対言論を牽制する傾向が顕著になっている。既報したように、簡易裁判所で本人訴訟を起こし、賠償金という「小遣い」稼ぎをしている人もいる。名誉毀損裁判は、原告が圧倒的に有利な法理になっているからだ。

スラップが増えているのは、単純にお金になるからにほかならない。弁護士が増えすぎて、しかも、知的レベルも人格も相対的に下がっているので、手軽な名誉毀損裁判へと走ってしまう。それが悲しき実体である。「人権派」の看板を掲げて信用を得ながら、「正義の訴訟」を繰り返すことになる。

スラップ対策については、2016年7月に、筆者を含むフリーランス記者3名で、日弁連に対して申し入れを行ったことがある。

【参考記事】フリーランス記者3名が日弁連に申し入れ、スラップ問題を研究するためのチームの設置を要望

しかし、その後、日弁連が対策を構築したという話は聞かない。スラップは放置されたままである。しかも、困ったことに問題を起こした弁護士を懲戒請求しても、なかなか認められない。筆者は、喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)に対して懲戒請求したことがあるが、これには判決までに2年を超える歳月を要した。判決を引き延ばされたあげく、結局、お咎めなしということになった。

【参考記事】喜田村洋一弁護士らによる著作権裁判提起から10年、問題文書の名義を偽って黒薮を提訴、日弁連はおとがめなし①

◇記録を残す意義

対策はあるのだろうか? 実は、スラップの対策として、かなり以前からフリーランス記者や編集者の間である戦略が考案されてきた。安易に名誉毀損裁判を起こす弁護士のブラックリストを作成して共有する案である。名前・所属事務所・言動などをデータベース化して、該当する人物には仕事を依頼しないなど、ある種の協力関係を構築するのだ。それにより不要な名誉毀損裁判を多発する弁護士を実質的に追放する戦略である。

もちろんデータベース化するにあたっては、リストに入れる該当弁護士を取材するなどして、その際に暴言などがあれば、それを音声記録として残しておく必要がある。しかし、スラップについての取材となると拒否される可能性が高く、そう簡単にできるわけではない。解決しなければならない問題は多い。

しかし、こうした対策を取らない限り、職業としてのフリーランス記者・編集者は成り立たない。出版労連や日本ジャーナリスト会議など、出版関係の組織がイニシアチブを取ってくれれば、決して実現できない対策ではないだろう。
緊急に考えなければならない課題である。

◇日本で起きた代表的なスラップ裁判

ちなみに日本で発生した典型的な訴権の濫用の実例を紹介しておこう。

ソニーなどレコード会社31社が仕掛けた2億3000万円の高額裁判に和解勝利した作曲家・穂口雄右氏へのロングインタビュー(上)

ソニーなどレコード会社31社が仕掛けた2億3000万円の高額裁判に和解勝利した作曲家・穂口雄右氏へのロングインタビュー(下)

2018年03月28日 (水曜日)

このところ顕著になっているのが、新聞のABC部数の減部数である。坂道を転げ落ちるように、新聞の公称部数が下降線をたどっている。しかし、新聞部数の激減を単純に読者離れと解釈することはできない。結論を先に言えば、読者数は微減で、激減しているのは「押し紙」である。

ABC部数の中には多量の「押し紙」が含まれているので、ABC部数の減少が読者数の減少と錯覚してしまうのだ。

下記、青の数字は2017年11月のABC部数で、()内の赤の数字は10年前、つまり2007年11月のABC部数である。

朝日 6,136,337(8,010,922)
毎日 2,942,247(3,882,063)
読売 8,713,985(9,983,032)
日経 2,702,584(2,882,495)
産経 1,519,645(2,167,187)

この10年間で、朝日新聞は約187万部、読売新聞は約127万部、毎日新聞は約94万部の減部数となった。

◇ビジネスモデルの崩壊

新聞社がみずから「押し紙」を減らしはじめた背景には、2つの要因があるようだ。まず、ひとつは新聞販売店の経営が悪化していることである。「押し紙」は、帳簿上では、実配部数として計上され、消費税の課税対象にもなるので、「押し紙」が多いと新聞販売店の経営が圧迫される。

折込広告の需要が多かった時代は、いくら「押し紙」があっても、「押し紙」に折込広告がセットになっているので、大きな損害を受けることはなかった。ときには「押し紙」で生じる損害を、折込広告の収入で相殺し、さらにそれ以上の収益を得ることもあった。

しかし、折込広告の需要が減ると、「押し紙」による損害を折込広告の収入で相殺する従来のビジネスモデルが成り立たなくなった。

新聞社は、販売店の経営を維持し、新聞配達網を守るためには、「押し紙」を減らさざるを得なくなったのだ。

◇障害になりはじめた再販制度とテリトリー制

新聞社が「押し紙」を排除せざるを得なくなったもうひとつの理由として、販売網の再編に迫られている事情がある。新聞の読者数は、将来的には確実に下降線をたどる。そうすると「押し紙」を減らしても、経営が困難になる。

そこで浮上してくる対策が販売網の再編成である。ひとつの販売店が全紙を配達する制度、つまり合売店制度への切り換えだ。当然、「押し紙」を抱えたままの合売店への移行は難しい。「押し紙」を整理した上での再編成が前提となるのだ。

ただ、再編により、淘汰される販売店もでてくることも付け加えておかなければならない。読売と朝日が全紙を配達する制度になるのではないかとの見方もあるが、現時点ではなんとも言えない。

こうした状況の下で、再販制度に伴うテリトリー制も、邪魔になってきたというのが、新聞関係者の本音のようだ。

今後、新聞販売店と新聞社の間のトラブルは、ますます増えるだろう。その時に、泣き寝入りするのではなく、早めに弁護士に相談するのが賢明だ。最近、和解で新聞社が側が3000万円近い賠償金を支払わされたケースもある。新聞販売問題の相談は、メディア黒書はいうまでもなく、「ノー残紙キャンペーン」でも受け付けている。

 

2018年03月27日 (火曜日)

広義の「しばき隊」事件。差別と闘っているグループの中で、2014年12月、集団暴力があったとされる事件である。被害者のMさんが、刑事処分のあと、民事裁判で損害賠償を求めた裁判の判決が、19日に大阪地裁で下された。現場にいた5人のうち、3人に対して損害賠償命令が下された。

この裁判は客観的にみれば原告の勝訴である。しかし、原告・被告とも判決内容には不服があるようだ。双方が控訴することはまず、まちがいない。

ところでメディア黒書で既報したように、判決が下った19日の夜、被告の李信恵氏の代理人を務めている神原元弁護士(自由法曹団常任幹事)が、次のようなツィートを投稿した。

「しばき隊リンチ事件」「主水事件」「M君事件」等と称された事件に判決が下りた。結論は、共謀なし。李信恵さんの責任はなし。一部に誤った認定はあったが、原告のストーリーは全て否定された。「しばき隊がリンチ事件を起こした」等とデマに踊った人々は猛省すべきである。今後、誹謗中傷は許さない

ツィートの出典

神原弁護士は、「原告のストーリーは全て否定された」と述べている。わたしは真意を確かめるために、同弁護士に取材を申し入れたが、現時点では返事がない。わたしが、「原告のストーリーは全て否定された」という記述に違和感を感じたのは、判決の中で裁判所が認定した事実を確認したところ、暴行の事実が複数認定されていたからだ。

神原弁護士は、「李信恵さんの責任はなし」と述べているが、判決文の事実認定は次のようになっている。Mさんが事件の現場となったワインバーに到着した直後の状況である。

(ア)被告普鉉が原告を迎えに出て、同月17日午前2時頃、原告及び被告普鉉が本件店舗内に入ったところ、出入口に最も近い席に坐っていた被告信恵が、原告に対して「なんやのお前」などと言いながら、原告に詰め寄り、その胸倉をつかんだ。これに対し、被告普鉉が、直ちに「まあまあまあ、リンダさん、ごめんな。」と言い、被告金も「店やし、店やし。」などと言いながら、被告信恵を制止して、原告から引き離した。

◇顔を20回程度殴打し、1回足蹴りをするなどの暴行

これが裁判所の事実認定である。李信恵氏に暴力的な言動はあったが、Mさんが危害を受けるほどのダメージではなかったから、損害賠償の対象にはならなかったのである。

一方、エル金の暴行は次のように認定されている。

(略)以上のとおり、被告金は、本件店舗内において原告の顔面を1回平手で殴打し、本件通路において原告の顔面を両手拳及び平手で少なくとも20回程度殴打し、1回足蹴りをするなどの暴行を加えた(被告金本人)

ここにあげた暴力の認定は一部分である。近々に、判決について詳しく評論したいと考えているが、引用した2つの事実認定を確認するだけで、神原弁護士のツィートが事実を踏まえていないことが分かるだろう。

参考までに、暴力の現場を録音した音声を紹介しよう。Mさんを「しばく」ときの骨が砕けるような乾いた「しばき音」を確認してほしい。

ジャーナリズムの貴重な記録である。この事件を隠蔽しようとしている知識人たちは、この記録を無視するのであれば、ジャーナリストや評論家を名乗る資格はない。

まして自由法曹団常任幹事の肩書を付したツイッターで、神原弁護士が、「原告のストーリーは全て否定された。」などとコメントしたことは、自由法曹団の信用そのものにかかわるのではないだろうか。自由法曹団に敬意を表してきた筆者としては残念だ。

これでは南京事件はなかった、あるいはナチスのガス室はなかったと言っている人々と同じレベルなのである。客観的な事実関係を踏まえた上で、弁護活動をされるべきだろう。

 

なお、メディア黒書は、常に反論を歓迎します。希望がある方は、お知らせ下さい。

2018年03月26日 (月曜日)

東京都の警察消防委員会で、22日に、「東京都迷惑防止条例」の改正案があっさりと成立した。この改正案は、警視庁から提出されたもので、共産党を除く会派が賛成した。

改正された条例によると、電子メールやSNSなどによる「つきまとい行為」や、「住居等の付近をみだりにうろつく」行為、さらに「名誉を害する事項を告げること」なども条例に抵触することになる。また、写真撮影の容認範囲も著しく限定された。そのためか、東京都版の共謀罪ではないかとの声も上がっている。

警視庁がこのような条例をもちだしてきた背景はなにか? 電子メールやSNSによる「つきまとい行為」についていえば、ネット上で特定の人物をターゲットに執拗に誹謗中傷するなどの行為が増えてきたことにあるのではないか。

それが高じて、ターゲットに定めた人物の「住居等の付近を」複数の人物が「みだりにうろつく」事件も、実際に起きている。

さらに名誉毀損裁判を起こすことで、公権力により言論を規制してもらう風潮が、ほとんど定着してしまったことがその大きな背景としてあげられる。言論活動の評価をBPO(放送倫理・番組向上機構)に委ねる行為なども、裁判という形式ではないが、言論の規制を圧力団体に求めるという観点では同じだ。

【参考記事】BPOが「ニュース女子」に名誉毀損の勧告、「のりこえねっと(辛淑玉共同代表)」と「しばき隊」のグレーな関係

警視庁は、名誉毀損裁判が多発する社会的な風潮を逆手に取って、言論の規制に乗りだした可能性が高い。しかし、言論の規制を司法に委ねるのが当たり前になると、公権力は、言論活動のより厳しい規制に乗りだしてくる。それゆえに言論の問題は、住民運動による世論形成やジャーナリズムによって解決する必要があるのだ。

ちなみに2016年1月15日に成立した大阪市の「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」の引き金は、在特会らのヘイトスピーチを不法行為として、約1300万円の損害賠償支払いと街頭宣伝を禁止した大阪高裁の判決である。「これを受け、大阪市長(当時)の橋下徹さんは記者会見で対処を表明した」(『人権と部落問題』、部落問題研究所)のである。そして条例の制定へと動いたのだ。

その橋下氏や維新の会がどのような性質であるかを、筆者が説明するまでもなく、読者はご存じだろう。言論に関していえば、IWJの岩上安身氏に対して名誉毀損裁判を起こしている。大阪府の松井知事もやはり、米山新潟県知事に対して名誉毀損裁判を起こしている。2つの訴訟の訴因は、いずれもツイッターだ。

彼らと安倍政権との関係も極めて近い。

人権擁護の運動は、その方法を間違うと、公権力に揚げ足を取られかねないのである。注意を要する。「差別者」だから、単純に司法に委ねても問題ないという単純な論理にはならないのだ。

【参考記事】都の迷惑防止条例改正案、委員会可決も懸念の声

 

2018年03月24日 (土曜日)

2014年に起きた「カウンター」、あるいは「しばき隊」と称するグループのメンバーが、大学院生のMさんに暴言と暴力で襲いかかり、ひん死の重症を負わせた事件で、司法判断が下った。この事件では、刑事処分のあと、Mさんが損害賠償を求めた民事訴訟が行われている。その第1審の判決が19日に下されたのだ。大阪地裁が下した判決の概要は次の通りである。

(1)被告エル金および被告伊藤大介は原告に対し、79万9,740円及びこれに対する平成26年12月17日から支払い済みまで年5分の割合による金員を払え。

(2)被告凡は、原告に対し、1万円及びこれに対する平成26年12月17日から支払い済みまで年5分の割合による金員を払え。

(3)原告の被告エル金に対するその余の主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する。

(4)原告の被告凡に対するその余の主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する。

(5)原告の被告伊藤に対するその余の請求をいずれも棄却する。

(6)原告の李信恵及び松本英一に対する請求をいずれも棄却する。

(7)被告伊藤及び松本の反訴をいずれも棄却する。

(8)訴訟費用は、被告エル金に生じた費用の11分の4及び原告に生じた費用47分の1を被告エル金の負担とし、被告凡に生じた費用の220分の1と原告に生じた費用の188分の1を被告凡の負担とし、被告松本に生じた費用の5分の3と原告に生じた費用の188分の33を被告松本の負担とし、被告伊藤に生じた費用の188分の53を被告伊藤の負担とし、その余を原告の負担とする。

(9)この判決は第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

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◇「原告のストーリーは全て否定された」

この事件の被告は事件の現場にいた5名である。5名のうち3名に損害賠償を命じたわけだから、少額とはいえ客観的に見れば原告Mさんの勝訴だが、原告側は「敗訴」の認識である。と、いうのもひとつには李信恵氏らに対する賠償命令が認められなかったからだ。

逆に被告側は、この判決を勝訴と受け止めているようだ。現に自由法曹団常任幹事の神原元弁護士は、判決が下った19日の夜、ツイッターに宴会写真を掲載し、次のようにコメントしている。

「しばき隊リンチ事件」「主水事件」「M君事件」等と称された事件に判決が下りた。結論は、共謀なし。李信恵さんの責任はなし。一部に誤った認定はあったが、原告のストーリーは全て否定された。「しばき隊がリンチ事件を起こした」等とデマに踊った人々は猛省すべきである。今後、誹謗中傷は許さない

19日の神原弁護士のツィート

「原告のストーリーは全て否定された」とまで断言したのである。

このツィートに不快感を感じた人も多いらしく、たとえば作家の森奈津子氏は、次のようにツィートしている。

リンチ事件裁判判決の夜、カウンター界隈の人たち&弁護士が楽しそうな酒宴の写真をツイートしてたのには苦笑しましたわ。互いの労をねぎらう酒宴自体はいいけど、裁判で加害が認められて賠償金が発生してるのに、反省してなさそうな姿をわざわざアピール、世の反感を招くって、すごいサービス精神。w

しばき隊リンチ事件被害者の大学院生Mさんは、在日コリアン差別に義憤を感じ、反差別運動に身を投じた方です。そんな彼が仲間に対する疑念を口にした結果、あのような凄惨なリンチに……。私は多くの方々に、愛する兄弟・息子・恋人・男友達があのような目に遭ったら、と想像していただきたいのです。

出典

◇「答ええ、こら(しばく音)、答ええ、こら(しばく音)」

さて、事件を検証する際に、不可欠なのは客観的な事実の検証である。この作業を避けると、評価の下しようがない。議論の前提が崩壊する。第3者がこの事件を知る上で、最も有力な「資料」は、事件の終始を録音した音声である。録音したのはMさんである。Mさんが呼び出しを受けた際に、こうした事態になりうることを予測して、念のためにレコーダーを持参したのである。

その音声記録には、罵倒する声や骨が砕けるような鈍い音が鮮明に録音されている。ひん死の重傷を負うまでの客観的な記録である。

次に紹介するのは、高島章弁護士が公開した録音テープの解説である。

録音を聞く限りでは、誰が暴行に加わったかどうかは別にして、暴行事件は客観的な事実である。神原弁護士は、何を根拠に「原告のストーリーは全て否定された」とコメントしたのか、よく分からない。暴行と罵倒は客観的な事実だという前提に立って、事件を評価すべきだと思うのだが。この事件がなかったことにする事は、南京大虐殺はなかった、あるいは従軍慰安婦はなかったとする極右の思考方法とかわらない。

筆者は、神原弁護士に取材を申し入れようと考えている。何を根拠に「原告のストーリーは全て否定された」とコメントしたのか。また、Mさんの人権をどう考えているのか、自由法曹団常任幹事としての見解も聞きたい。これらの点を明らかにしない限り、事件と裁判の検証は進まない。

2018年03月22日 (木曜日)

名誉毀損裁判(刑事)の起訴数が安倍内閣になってから急に増えているというデータがある。

データの出典

グラフを見れば分かるように、安倍内閣が成立した2012年あたりから、急激に上昇しているのである。しかも、刑事事件としての名誉毀損裁判である。

通常、名誉毀損で提訴する場合、刑事ではなく、民事で訴える。刑事事件として訴えるケースは少ない。その名誉毀損の刑事裁判が増えているということは、それ以上に民事事件が増えている可能性が高い。

実際、筆者が情報収集した範囲だけでも、「またか」とあきれるほど名誉毀損裁判が多発している。しかも、言論人や社会的な影響力がある人が原告となるケースが増えているのだ。

最近(3月16日)も、社会運動家であり文筆家の辛淑玉氏が、フリージャーナリストの石井孝明氏に550万円の損害賠償を求める名誉毀損裁判を起こした。そして、おそらくは知人である神原元弁護士(自由法曹団常任幹事)が、ツイッター上で次のように呟いている。

辛淑玉さんの隣にいる俺は、連中がやったことのあまりの酷さに怒り、被害者である辛さんの話に涙をこらえた。いい加減にしろ日本!

東京MXテレビ:沖縄番組「ニュース女子」 BPO、人権侵害認定 再発防止勧告 - 毎日新聞

出典

「いい加減にしろ日本!」の意味は不明瞭だが、辛淑玉氏の名誉を毀損した責任が日本にあるというのであれば論理が飛躍している。右派の人々に揚げ足を取られるだろう。

◇訴訟ビジネス最前線

辛氏といえば、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会にも、
「ニュース女子」の番組に関して、申し立てを行った。そして8日にBPOはそれを認めた。

出典

裁判の提訴や、BPOへの申し立てなど、いわば一種の圧力団体を使って、他人の言論に異議を申し立てているのだ。裁判の場合は、法の力で反対言論に対抗していることになる。しかも、それを弁護士が加勢する。こんな現象が始まったのは、今世紀初頭の武富士裁判あたりからだ。そのころから裁判を使って、言論を封じ込める動きが浮上してきたのである。

そして今日では、名誉毀損裁判が頻発し、中には簡易裁判所で本人訴訟を起こし、10万円か20万円程度の「小遣い」稼ぎをやっている連中もいる。名誉毀損裁判では、原告が圧倒的に有利な法理になっているので、「小遣い稼ぎ」にはもってこいなのだ。いわゆる訴訟ビジネスである。

もちろん辛氏がお金が目的で、裁判を起こしたとは思わない。それが言論を守る正しい戦術という前提があることは疑う余地がない。本人に悪意はない。

◇「歴史は私に無罪を宣告するであろう」

しかし、言論についての評価を司法や圧力団体に委ねるのは誤りだ。たとえ石井氏の報道が間違っていても、言論で対抗するのが筋だろう。ネット(ツイッターやウエブサイト)などを使って反撃すればいいのではないだろうか。

言論の問題はデリケートだ。特にジャーナリズムと芸術(小説・演説・演劇・映画など)の分野は、自由な発想で、既成の概念を打ち破り、新しい物の見方や視点を提供する役割があるわけだから、表現に制限があると支障をきたすのだ。枠の中での言論の自由はあり得ない。

そもそも、だれが言論の質を評価するのか。神ではなく人間である。と、すればそう簡単に何が正しくて、何が誤りなのかを断定することはできないはずだ。歴史的な評価も必要だ。フィデル・カストロが、「歴史は私に無罪を宣告するであろう」と言ったように、ものごとの評価には時間がかかるのだ。まして言論の評価は即断できない。

それゆえに言論を法律で規制することは、間違っている。結局は、おおがかりな言論統制を招いてしまう。

法律で取り締まるべきなのは、暴力であり、それは現在の法律で十分に取り締まることが出来る。たとえばデモ隊に自転車が突入すれば、これは取締の対象である。実際にそんな事件があったようだ。

辛氏の主張が正しくても、対抗手段が間違っている。名誉を回復する手段を持たない社会的な弱者が裁判を起こすのであれば理解できるが、社会的な影響力のあるひとが、軽々しく訴訟に走るのは戦略の誤りだ。まして辛氏は、「のりこえねっと」の共同代表である。反対言論を裁判で封殺するのが、「のりこえねっと」の役割とは思わないが。

2018年03月20日 (火曜日)

先日、ある新聞販売店が保管している商取引に関する資料を見る機会があった。驚いたことに、通常の「押し紙」のほかに、「補正」という口実で、さらに「押し紙」を上乗せしていたことが分かった。裁判を起こせば、まず勝訴できる案件だった。「補正」を口実とした請求に対する疑義は、実は複数の店から口答で筆者のところへ寄せられていたが、このたび書類で確認することができた。スポーツ紙でも、「押し紙」が行われていた。

他の販売店では、英字紙の「押し紙」も確認できた。

このところ販売店からの裁判に関する問い合わせが筆者のもとに増えている。提訴した場合、勝算はあるかという問い合わせである。

勝算があるかどうかは、最終的には弁護士が書類(販売店が保管している商取引に関する書類)を確認してみなくては分からないが、少なくとも販売店に有利な状況が生まれはじめていることだけは間違いない。ここ数年の間に起こされた「押し紙」訴訟は、いずれも販売店側の和解勝訴というかたちで終わっている。和解条件が非公開であり、被害者である販売店の希望を受け入れて、メディア黒書で報じていないだけで、実は、勝訴の流れは生まれている。

ただ、審理の中では従来どおりに、①販売店サイドが「押し紙」を断った証拠を持っているかどうかが争点になる。しかし、この議論はまったく意味がない。

新聞社は、「販売店が過剰な新聞を注文することを承知していた」とか、「販売店が注文部数を減らすように通知しなかった」などと主張してくる。だから残紙は、「押し紙」には該当しないと。

しかし、独禁法の新聞特殊指定でいう「注文部数」とは、「実配部数+予備紙」のことで、それを超える部数は、情け容赦なく機械的に「押し紙」と定義されている。販売店が「過剰な新聞の注文を承知していた」というのは、理由にならない。特殊指定でいう注文数の定義は、優越的地位の濫用を避けるために、一般の商品とは区別されているのだ。

新聞社は、このような事情を知っているので、過剰になった新聞をすべて「予備紙」と定義するようになり、「押し紙」裁判になると、「『実配部数+予備紙』を注文部数とする新聞特殊指定には抵触していない」という詭弁を展開する。しかし、彼らのいう「予備紙」は、定期的にトラックで大量回収されており、この事実こそが、「予備紙」としては使われていないことを物語っている。従って残紙は、ほぼ全部が「押し紙」という事になる。

独禁法の新聞特殊指定に抵触している事実こそを問題視すべきなのだ。

◇早めに弁護士に相談を

販売店主の自殺は、相変わらず後を絶たない。最近、小田原市でも従業員の自殺があった。

「押し紙」で販売店を廃業する前に弁護士に相談するほうがかしこい。早ければ早いほど被害は少なくなる。

販売店を廃業するにしろ、再出発の際に借金を背負って再出発するのと、たとえ1000万円でも、2000万円でも損害を取り戻してから再出発するのでは、大きな違いがある。

2018年03月19日 (月曜日)

これら2冊の書籍は、それぞれ独立したタイトルを付しているが、両方とも広義に左翼と呼ばれている勢力の劣化を扱っている。『SEALDsの真実』では、SEALDsの化けの皮を剥ぎ、『しばき隊の真実』では、しばき隊の実態とそれを支える「知識層」に対する疑問符を投げかける。わたし自身が日ごろから感じていたことを、ほぼそのまま代弁している。

福島の原発事故の後、金曜日の夕方になるとどこからともなく国会周辺に人々が集まってきて、大きな群衆となり、安倍政権に対して「NO」の声を表明する運動が広がった。原発、安保、特定秘密保護法、共謀罪など、時期によりその中心テーマは変化したが、市民が意思を統一して、自分たちの主張を表明するようになったのである。こうした中から台頭してきたのが、SEALDsだった。メディアは、SEALDsを新しいかたちの学生運動として賞賛した。新しい市民運動の広告塔になったのだ。

しかし、水面下では彼らに対して批判の声を上げる人々もいた。たとえば辺見庸氏である。

◇SEALDs、しばき隊、共産党

「だまっていればすっかりつけあがって、いったいどこの世界に、不当逮捕されたデモ参加者にたいし『帰れ!』コールをくりかえし浴びせ、警察に感謝するなどという反戦運動があるのだ」「国会前のアホどもよ、ファシズムの変種よ、新種のファシストどもよ、安倍晋三閣下がとてもよろこんでおおられるぞ」(辺見氏のブログ、削除済み)

そのSEALDsを支えていたのが「しばき隊」と呼ばれるグループである。このグループは、右翼によるヘイトスピーチなどに対するカウンター活動や反原発運動の役割を担った人々の集まりで、ネット上で自分たちに向けられた対抗言論を「糾弾」するなどの戦術を取ってきた。個人情報をネット上に曝したり、自宅を突き止めて、恫喝まがいの行為に及んだこともある。さらに2014年には、大阪で内ゲバ事件を起こし、刑事罰まで受けている。

その一方で反ヘイトスピーチや人権擁護を主張してきたのである。

著者はSEALDsやしばき隊が共産党の応援部隊になってきた事実を示している。 共産党と関係が深いとされる自由法曹団の弁護士も、しばき隊の関係者を弁護している。

1970年代、共産党は暴力的な運動路線を取っていた部落解放同盟朝田派と正面から対峙した。その歴史を踏まえたとき、SEALDsやしばき隊と「共闘」しているのは矛盾しているというのが著者の評価だ。わたしも同感だ。わけが分からないとはこのことである。

わたしはSEALDs・しばき隊と共産党の関係を調べてみたが、客観的な事実がある。小池晃書記局長がしばき隊のTシャツを着て演説している写真も存在する。つまりかつては部落解放同盟朝田派のような「差別者」を「糾弾」する運動スタイルに反対していた党が、今はまったく逆の方針に転じているのである。

その背景には、SEALDsのメディア受けがよく、共産党のPR活動に効力を発揮してきた事がある。また野党議員や、野党共闘をめざす「知識層」の中に、しばき隊のシンパが多く、しばき隊に対する批判は、野党共闘を崩壊させるという思惑もあるのかも知れない。

ちなみにしばき隊を支援している「知識人」の中には、先に述べた大阪でのリンチ事件の隠蔽工作に積極的に関わっている者も複数いる。これらの人々も、野党共闘の足並みを乱さないために、事件について黙っているようだ。

もちろん共産党員をひとくくりにして批判するのは誤っている。特に年配の党員には人格者が多い。しかし、志位委員長を柱とする中央の方針が、市民運動を重視するあまり、基本的な方向性を誤っていることは間違いないだろう。市民運動というものは、住民の生死がかかった住民運動とは異質なので、注意する必要があるのだ。無責任なものなのだ。

◇朝日新聞と東京新聞は「リベラル左派」か?

著者の田中氏の見解とわたしの見解が異なる唯一の点のは、田中氏が朝日新聞、東京新聞、赤旗、TBSなどを「リベラル左派」と定義づけている点である。結論を先に言えば、朝日新聞、東京新聞、TBSは、「リベラル右派」だとわたしは考えている。赤旗だけが「リベラル左派」というのがわたしの見解だ。ちなみに読売新聞と産経新聞は、「極右」である。

と、いうのも赤旗以外のメディアは、基本的に構造改革=新自由主義の導入や二大政党制を後押ししてきたからだ。もちろん社会主義を目指す視点から編集されている新聞でも、放送でもない。あくまでも資本主義の枠の中で、民主的な改革を進める方向性が貫かれている。

これに対して、赤旗は構造改革=新自由主義の導入には反対の立場を取ってきた。これらを諸悪の根源とする立場である。そして、資本主義の枠内で民主化を実現した次の段階として、社会主義を目指すというのが赤旗のスタンスである。それだけに朝日新聞や東京新聞とは、根源的な部分では質が異なっているというのがわたしの評価だ。それだけに日本の言論の幅を広げるという観点から、重要な役割を担ってきた。

しかし、2017年の衆院選で共産党は議席を大きく減らした。立憲民主党の台頭という事情があったにせよ、共産党の従来の方針が曖昧になってしまったことが、共産党離れ、共産党不信を招いたのではないか。野党共闘は大事だが、内部で起きた問題は、民主的に議論して解決するのが筋ではないだろうか。従来の共産党であれば、そうしていたと思う。

本書は、広義の左翼勢力の劣化をSEALDsとしばき隊を柱として論じた優作だ。

ちなみにSEALDsは、2018年の3月の時点で、森友事件で安倍内閣の総辞職を求める国会前行動に参加しているのだろうか?

タイトル:『SEALDsの真実』
『しばき隊の真実』
著者:田中宏和
版元:鹿砦社

2018年03月16日 (金曜日)

1月に幻冬舎の見城徹氏が経済誌『Zaiten』を発行する財界展望社を訴えた。請求額は500万円。ただし提訴時は1000万円。

訴因は、同誌の1月号の特集「安倍をたらし込む『新型政商』の正体、幻冬舎 見城徹 この顔に気をつけろ!」という総タイトルの下で、掲載された4本の記事である。見城氏のこれまでの軌跡、安倍晋三首相との関係、テレビ朝日の早河洋社長とのかかわり、見城氏の自宅に関することなどを記述したもので、20ページになる。

具体的に見城氏は、何をもって名誉毀損を主張しているのだろうか。名誉毀損としている多数の表現や記述の中から、ひとつの例を紹介しよう。筆者には、まったく名誉を毀損しているとは読めないのだが。

ちなみに名誉毀損裁判では、「一般読者の通常の注意と読み方」をした時、これらの記述が名誉を毀損しているか、あるいはプライバシーを侵害していないかが争われる。「一般読者の通常の注意と読み方」という抽象的な判断基準が設けられているわけだから、当然、読者が受ける印象も異なる。

◇芥川賞作家・高橋三千綱氏のコメント

次の引用が見城氏が名誉毀損としている記述のひとつである。

「『見城は大して小説を読んでいませんでしたよ。大江健三郎もひよっとしたら1、2冊は読んでいたかもしれないが、ほとんど読んでいなかったはず』
 26歳で群像新人賞、30歳で芥川賞を受賞した高橋の読書量に比べるのは酷かも知れないが、見城の世代ならば読んでいて当然の作家である大江を読んでいなかったというのは驚きである」

この記述が名誉毀損に該当すると主張する理由として、訴状は次のように述べている。

「一般の読者の通常の注意と読み方に従えば、原告見城が原告見城の世代であれば読んでいて当然の大江健三郎の作品をほとんど読んでおらず、読書量が少なかったという印象を与えるものである。

原告見城が原告幻冬舎の創業者かつ代表取締役であり、原告幻冬舎は数多くの小説を出版していることに鑑みれば、その創業者の読書量が少なく、その世代が読んでいて当然の作品すら読んでいなかったという事実は原告見城の出版社代表取締役としての資質と能力に対して疑義があるとの印象を与えるものであり、ひいては原告幻冬舎の企業としての資質にも疑義があるとの印象を与えるものであって、原告らの社会的評価を著しく低下させるものである」

確かにこの記述だけを読めば見城氏の名誉を毀損しているような印象もあるが、記事全体を読むと別の感じかたが優勢になるだろう。高橋氏はこのコメントのすぐ後に、「見城は、作家と一緒に自分も盛り上がりたいという情熱に関しては普通の編集者の3倍は持っていましたね。その資質は間違いなく稀有なもので、また編集者には必要なもの。まさに編集者になるべくしてなった男」とコメントしている。

さらに、劇作家・つかこうへい氏の文章を修正して、「直木賞まで獲らせた。だから、つかの小説に関しては全部あいつが書いたと言っていいくらいだと思う」とまで述べている。記事全体を読めば見城氏が職能に劣る人間とは読みとれない。少なくとも、筆者はそんなふうな記述に感じた。

一体、幻冬舎の弁護士は、名誉毀損とする記事全体を丁寧に読んでから提訴したのか、疑いたくなるのである。

なお、見城氏側が名誉毀損的な表現として指摘した記述には、第3者のコメントが引用されているものが多い。その大半が匿名だが、コメントを寄せた人々が法廷でコメントの真意を証言するかどうかが、裁判のひとつの鍵になりそうだ。

◇ジャーナリズムの凋落

この程度の記述を名誉毀損とするのなら、言論活動は実質的に不可能になるだろう?「行儀」のいいつまらない出版物や「ちょうちん記事」ばかりがあふれ、ますます出版業界は衰退するだろう。

言論で生活している者が、他人の言論に対して安易に名誉毀損裁判を起こしたり、BPO(放送倫理・番組向上機構)に勧告を申し立てたりする風潮は、言論の自殺行為である。「言葉狩り」は、時代の逆行を招く。

言論の問題は、世論の力で正常化するのが常識である。そのためにジャーナリズムが存在するのではないだろうか。