ソニーなどレコード会社31社が仕掛けた2億3000万円の高額裁判に和解勝利した作曲家・穂口雄右氏へのロングインタビュー(上)
YouTube上の動画を携帯電話で視聴するためのサイトTUBEFIREが著作権を侵害しているとして、レコード会社など31社が、同サービスを運営するミュージックゲート社(穂口雄右代表)に約2億3千万円の損害賠償などを求めた裁判が昨年の12月17日、東京地裁で和解した。
被告・ミュジックゲート社の代表は、キャンディーズの大ヒット曲、「春一番」・「微笑がえし」などを手がけた著名な作曲家・穂口雄右氏である。
主な和解内容は、被告の権利侵害を認定する代りに、原告は損害賠償を請求しない、など。しかし、原告のレコード会社らが10,431個分のファイルが違法にダウンロードされたと主張したにもかかわらず、実際には121個しか確認できなかった上に、「ダウンロード」と「ファイル変換」を混同し、勘違いしていたことが判明、請求額は「0円」となった。前代未聞の滑稽(こっけい)な決着となった。
裁判を終えた被告の穂口氏に裁判の全容を詳しく語ってもらった。
―――裁判が終わってどのような気持ちですか。
穂口 : なにか、物足りないような寂しいような気持ちです。判決になっても一審でのこちらの勝利はほぼ確定しているような状況だったので、和解で終了したことをある種残念に感じています。
実は当方は、裁判がスタートしてからほどなくして原告の間違いのすべてを発見していました。したがって、根が楽天的な私の裁判中の気分は、原告には申し訳なくも完全に見下ろし状態で、原告の間違いを指摘するタイミングを見ながら裁判を楽しんでいました。
―――TUBEFIRE(チューブファイアー)とはどのようなサービスですか。
穂口:TUBEFIREはYouTubeで公開されている動画ファイルを、従来型携帯端末でも視聴できるようにブラウザ経由でファイル変換を提供するサービスです。ファイル変換技術に秀でた弊社スタッフの希望によりスタートしたサービスです。
YouTubeの提供しているファイル形式では従来型携帯端末での視聴はできません。そこでTUBEFIREではYouTubeの動画を従来型携帯端末でも視聴できるようにしたところに存在意義がありました。したがって、従来型携帯端末のシェアーが減少している現在ではTUBEFIREの存在意義は低下しています。
―――現在、TUBEFIREのサービスは中止されていますが、提訴される前の時期には、どの程度の利用がありましたか?
穂口:ピークでは月間200万アクセスを記録しています。
―――何を理由にレコード会社(音楽出版社を含む)31社から提訴されたのですか?
穂口 : アクセス数が膨大に膨らんだため、回線の負荷を軽減するための一時的キャッシュが不可欠になり、著作権法第47条の5のいわゆる「プロバイダー制限責任条項」に基づきキャッシュを生成したところ、原告はTUBEFIREが著作権法第47条の5に従って運用されていることを知らずに、このキャッシュの事実を頼りとして提訴しました。著作権法に違反しているというわけです。
そこで、当方が「著作権保護システム」を装備して運用していると反論したところ、原告らは「そんなことは信じられない」と反論してきたので、当方から「著作権保護システム」のすべてのプログラムを裁判所に提出しました。すると原告らは「著作権保護システム」への反論が出来なくなり、その後は、論点を微妙にずらして時間稼ぎを試みていた印象です。
◇提訴の根拠は著作権法第47条の5
―――裁判の争点を教えてください。
穂口: この裁判の重要な争点は次の通りです。
1、TUBEFIREによるキャッシュが著作権法第47条の5を適用するケースか否か。
(裁判所の心証開示では、今のところ該当しないと考えていると開示)
2、原告が提出した約10000ファイルを記載したエクセル表の信憑性。
(裁判所の心証開示では、証拠として採用できないと考えていると開示)
3、原告が提出したmp3データ121ファイルの証拠価値。
(裁判所の心証開示では、今のところ121の侵害はあったと考えていると開示)
4、TUBEFIREの「著作権保護システム」の有効性。
(裁判所の心証開示では、この点には触れていません)
5、YouTubeのhtmlソースを解析して、利用者がYouTubeから直接ダウンロード出来るように紹介する行為が著作権侵害に当たるか否か。
(裁判所の心証開示では、今のところ侵害には当たらないと考えていると開示)
特に約10000ファイルの侵害の根拠として原告が提出したエクセルリストは間違いも多く、また、原告らが提出した担当者の陳述書内容と食い違っていたため、裁判を継続すると担当者の証人尋問に及ぶ可能性が高く、原告らは、この証人尋問で陳述書通りの証言を行った場合に偽証罪を問われる可能性があることを恐れたものと推察できます。事実、裁判所は心証開示の場で、和解が不調に終った場合の証人尋問の可能性を明言していました。
◇裁判官が驚いて「これだけですか?」
―――レコード会社は穂口さんの著作権違反を立証するためにどのような証拠を提出しましたか?
穂口: 前記のとおり、原告が当初拠り所としたのは、外注によって調査したハッカー的行為によるエクセルリストだけでした。これは、ハッカー的なプログラムを用いてTUBEFIREにアクセスし、TUBEFIREの反応の違いからキャッシュの有る無しを判断し、この結果をエクセルに記載した表です。そして当方は、このリストが間違いだらけであることを提訴から約1ヶ月後には完全に把握していました。
そこで、当方が「原告が10000ファイル以上の違法ファイルをダウンロード出来たと主張するなら、その実ファイルを提出するように」と反論したところ、原告は法廷では「証拠はあるので提出する」と明言しておきながら、2ヶ月後に提出してきた実ファイルは121だけでした。これには裁判官も驚いて「これだけですか?」と原告に念を押すと、原告は「はい、これだけです」と証言しました。ここでほぼ勝負ありの山場でした。
その他にも原告らは、ミュージックゲートの他のサービスのページのコピーなどを持ち出し、なんとか心証を得ようともがいていましたが、そのどれもが当方の反論によって論破され、最後に当方からエクセルリストと関連の陳述書の間違い、矛盾を指摘されてしどろもどろになり、その後の原告らは防戦一方といった体たらくでした。
◇「ダウンロード」と「ファイル転換」の違い
―――この裁判を理解するためには、どうしてもファイルの「ダウンロード」と「ファイル変換」の違いを明確にする必要があるわけですが、両者の違いを説明していただけるでしょうか?
穂口:いわゆる「音楽著作物の違法ダウンロードサイト」とは、他人の著作物を、権利者の許可を得ないで、自ら送信可能化(ファイルをHDDなどに複製してネットで送信できるようにする行為)をして、公衆回線を通じて著作権保護を一切施さずに不特定多数にダウンロードさせるサービスです。またこの場合のダウンロードファイルは、そのほとんどが音楽ファイルですから、著作権保護システムを装備するとサービスそのものが成り立ちません。
一方、「ファイル変換サービス」は、ファイル形式を解析して別の形式のファイルに変換するサービスです。その中でもTUBEFIREはYouTubeがすでに送信可能化を完了し、公衆回線上でYouTubeからダウンロード可能なファイルが、すでに利用者によってダウンローされているファイルに限って、ファイル変換と変換後のファイルの取得を可能にするサービスです。ちなみに、著作権者が公開を禁止した動画はYouTubeから削除されYouTubeからのダウンロードは不可になります。
またYouTubeがストリーミング専用動画として公開しているファイルもTUBEFIRE でファイル変換を行うことは出来ません。そしてご承知の通り、YouTubeの人気動画は音楽動画だけではありません。したがって、原告が著作権を持つ動画をYouTubeから削除しても、YouTubeおよびTUBEFIREのサービスは充分に成立します。
◇ほぼ完璧な著作権保護システム
―――TUBEFIREの著作権保護システムについて教えてください。
穂口 : TUBEFIRE の著作権保護システムの特徴は、YouTubeの動画公開情報と密接に連携して動作します。まずはじめに、TUBEFIREにファイル変換をリクエストするには、利用者がすでにYouTubeの動画IDを知っている必要があります。なぜならTUBEFIREを利用するにはYouTubeで公開されている動画IDにアクセスした上で、YouTubeのURL上に「fire」の文字を追加しなければならないからです。したがって、この段階でYouTubeから削除された動画は対象外になります。
次に、利用者が第一段階をクリアーしてTUBEFIREにファイル変換をリクエストすると、TUBEFIREの「著作権保護システム」が作動してYouTubeにアクセスし、変換リクエストをされた動画が実際にYouTubeに公開されているか否かを再度確認し、この時点でYouTubeから削除されていればTUBEFIREでのファイル変換は不許可となり終了します。
YouTubeでの公開が確認できた場合には「利用者が著作権侵害をしないことを誓約して」変換開始ボタンをクリックすると当該のYouTube動画IDに該当する動画のファイル変換がスタートします。変換には数10分から数時間かかるケースもあることから、ここで大概の利用者はTUBEFIREにメールアドレスを登録してTUBEFIREからの連絡を待ちます。
ファイル変換が完了するとTUBEFIREは利用者に自動メールを送信し、メールを受け取った利用者は再度TUBEFIREにアクセスして変換済みファイルを受け取るリクエストをします。TUBEFIREはここでもリクエストを受けた変換済みファイルの元となるYouTube動画がYouTubeで公開されているか否かを確認し、YouTubeから削除されていた場合にはTUBEFIREからのファイルの取得は不可となりTUBEFIREは終了します。
YouTubeでの公開が確認された場合には再度「利用者が著作権侵害をしないことを誓約して」ファイル受取りのボタンをクリックすることで、利用者はTUBEFIREから変換済みファイルを受け取ることが出来ます。
つまり、TUBEFIREを利用してYouTube動画を変換するためには、
1、予めYouTubeにアクセスして希望する動画のURLを確認取得する。
2、YouTubeのURLに「fire」の文字を追加してTUBEFIREにアクセスする。
3、TUBEFIREはYouTube動画の公開を確認しYouTubeで削除されていれば変換は不可。
4、3で可の場合利用者は「著作権侵害をしないことを誓約」、変換がスタート。
5、個々の利用者当てに固有のメールアドレスで変換完了を通知。
6、受取りリクエストを受けてTUBEFIREは再度YouTubeでの動画存在を確認。
7、当該動画がYouTubeから削除されていた場合にはリクエストを拒否して終了。
8、7で公開が確認された場合には再度「著作権侵害をしないことを誓約」を要求。
9.利用者が再度「著作権侵害をしないことを誓約」して受取りボタンをクリック。
以上のように、TUBEFIREはYouTubeと連動した何段階もの「著作権保護システム」を装備して運用していました。【続】