
内閣府を含む中央省庁が裏金づくりをしてきた疑惑が浮上している。この問題はメディア黒書で繰り返し報じてきたが、その根拠を再整理しておこう。例として引くのは内閣府のケースである。
①内閣府は、政府広報(新聞広告、CM等)の仕事を電通・博報堂をはじめとする広告代理店に発注している。当然、仕事に対する報酬が国家予算から支払われる。支払いに際して、広告代理店は、内閣府に対して請求書を送付する。
②ところがその請求書が「手作り」(おそらくエクセルかワードで作成)のものが大量に存在するのだ。なぜ、「手作り」の請求書が異常なのか?この点について、説明しよう。
現在、大半の企業はコンピューターと連動した会計システムを導入している。おそらく上場企業の場合は、100%がこのシステムを使って会計処理をしている。
従って請求書は、「手作り」ではなく、コンピューターがプリントアウトしたものでなければおかしい。プリントアウトされたものには、当然、インボイスナンバー(請求書の番号)が付番されている。逆説的にいえば、インボイスナンバーが付番されていれば、その請求書は、コンピューターがプリントアウトしたものである。コンピューターと連動した会計処理が行われている証だ。
クレジットカードやキャッシュカードが番号を付番することで、コンピューター管理されているのと同じ原理である。
③ところが内閣府が広告代理店から受け取る請求書の大半は、インボイスナンバーが外してあるのだ。当然、会社のロゴも入っていない。「手作り」の請求書なのだ。それが大量に存在する。
2012年から2015年の4年間について検証したところ、博報堂分だけでも約64億円にもなる。
2016年度の場合は、筆者に見落としがなければ、広告代理店から内閣府宛ての全請求書が「手作り」のものである。つまりコンピューターと連動した正規の会計システムとは、別のところで会計処理されている疑惑があるのだ。
④筆者は、2017年4月27日に、この点について博報堂の広報部へ問い合わせた。すると次のような回答があった。
すべての請求業務に社内では請求ナンバーを付与しており、売掛金の不明入金や債権トラブル等は発生していません。
つまり「手作り」の請求書を発行したことを認めた上で、経理処理する際には、社内でインボイスナンバーを付番して、通常の経理処理をしているというのだ。社外向けの「手作り」請求書と、社内向けのインボイスナンバーが付番された請求書の2種類が存在することを博報堂は認めたのだ。(これ自体、私文書偽造に該当するのでは?)
が、2種類の請求書を作成する合理的な理由はない。最初から、公式の請求書を送付する方が、付番作業がはぶけて効率的であるからだ。この謎は、解明されなければならない。
⑤ここで筆者が思い出したのは、1986年の毎日新聞・不正経理事件である。これは毎日新聞社が販売店に対して支給する補助金の一部を、銀行の裏口座にプールしていた事件である。新聞の場合、新聞1部につき○○円の補助金が支給されるのだが、このケースでは1部に付き20円をカットして、裏金にしていた。
⑥博報堂は、社内で請求書にインボイスナンバーを付番して、コンピューター処理すると回答しているわけだが、既に述べたように、最初から公式の請求書を発行した方が手間が省けるはずだ。それにもかかわららず、こうしたプロセスを採用すれば、当然、裏金づくりの疑惑が浮上する。
筆者は、「手作り」請求書とは別に、正規の請求書も内閣府に届いているのではないかと疑っている。「手作り」請求書は、国家予算を引き出すための書面である。しかし、「手作り」請求書の額の全額が広告代理店に振り込まれているとは限らない。一部が、裏口座にプールされている疑惑がある。
⑦もちろん、これは推論である。国家予算の使途に関しては、裁判を起こして実態を解明することが認められていないので大胆な推論を展開した。
繰り返しになるが、あえて昭和時代の八百屋さんふうの「手作り」請求書を発行する合理的な理由はなにもない。あるとすれば、裏金づくりだろう。
⑧「手作り」 請求書は、内閣府だけではなく、文部科学省や防衛省でも存在が確認されている。全容の解明が必要だ。
◇高額請求と明細書の不存在
さらに次のことも付け加えておく必要がある。広告代理店からの請求書の中には、明細がないものがある。たとえば2日付けのメディア黒書で紹介した「平成28年熊本地震被害地向け広報業務」の請求書(電通分)は、その典型例である。実態がないから、明細もないと考えるのが普通だ。
しかも、請求額が約9100万円と異常に高い。筆者は、数名の事業者に9100万円という価格をどう見るかを尋ねてみた。すると500万円から1000万円ぐらいではないかという答えが返ってきた。価格が異常に高く、しかも明細がなく、その上にインボイスナンバーが外してあれば、一応、裏金づくりを疑う必要があるだろう。

筆者は、1日に内閣府から約1000枚の情報公開資料を入手した。内訳は、政府広報に関連した契約書と請求省である。いずれも2016年度分である。
情報公開を請求してから、開示までに1年以上も要した。異例の遅れである。内閣府は、筆者に開示を断念させたかったのかも知れない。
今後、時間をかけて検証を進めるが、どう考えても不自然な請求が大量に存在することが分かった。ほんの一例を紹介しよう。
◇地震に便乗した政府広報
2016年4月14日、熊本県を大震災が襲った。この震災の8日後、つまり4月22日に内閣府と電通の間である契約が交わされた。題目は、「平成28年熊本地震被害地向け広報業務」である。
契約金は、約9100万円。
内容は、①熊本日日新聞、西日本新聞、大分合同新聞に掲載する広告の制作と掲載。②ラジオ番組の制作・放送、③被害者向けポータルサイトの企画・制作、④事務局の設置と著名人からの応援メッセージの制作・収録、などである。
ところがこの企画の請求書を見て驚いた。請求明細がないのだ。もともと存在し
ないのか、それとも故意に開示しなかったのかは不明だが、請求書の表紙しか見ることができない。
これでは活動の詳細が分からない。いつ新聞広告を掲載し、いつラジオ放送をしたのか、まったく把握できない。仕事を全部履行していない可能性もある。
◇インボイスナンバー欠落の意味
また、請求書の型式そのものが奇妙だ。おそらくはパソコンのエクセルかワードで作成したものである。電通のような大企業は、コンピューターと連動した会計システムを導入しているはずだから、通常であれば、こんな請求書がプリントアウトされることはあり得ない。
それに何よりも異常なのは、請求書にインボイスナンバーが印字されていないことである。インボイスナンバーは、請求書をコンピューター処理するために刻印される。クレジットカードやキャッシュカードが番号でコンピュータ管理されるのと同じ原理である。
つまりインボイスナンバーが刻印されていないということは、コンピュータと連動した電通の正規の会計システムとは、別会計になっている可能性が極めて高いことを意味する。電通に広告費を払ったことにして、別の裏口座に入金した疑惑があるのだ。公費による裏金づくりを疑う必要があるのだ。
詳細は検証後に公表するが、今回、入手した請求書には、インボイスナンバーが刻印されていないものが大量に存在する。しかも、それが電通だけではなく、全広告代理店にまたがっている。
2018年08月01日 (水曜日)

ジャーナリストの安田純平氏の映像がインターネットで流されている。安田氏の背後には、全身を黒衣で包んだ2人の男。そのうちの一人が、銃を安田氏の側頭部に突き付けている。
安田氏は、日本語で次のように述べた。
「わたしの名前はウマルです。韓国人です。きょうの日付は2018年7月25日、とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください」■出典
「安田純平」でニュースを検索したところ、1日の午前7時の時点で、NHKや読売を除く主要なメディアは、この件を報じていた。
◇韓国籍を理由に・・
安田氏の国籍が本当に韓国籍なのか、それともシナリオがそうなっていただけで日本籍なのかは不明だが、この場合、国籍は重要ではない。と、言うのも人命救助が最優先されるからだ。さらに日本語で、「今すぐ助けてください」と訴えているわけだから、日本に向けた救命のメッセージにほかならない。
ところがインターネット上では、安田氏が韓国籍という前提で、冷酷な投稿が相次いでいる。たとえば、ツイッターの次の投稿である。
まじか?!ww 安田純平さんとみられる男性「わたしの名前はウマルです。韓国人です」と公表(FNN)これは韓国政府はすぐにでも助けてやるべきだな!それにしても今まで「日本人」を詐称してたのはどういうことなん?
◇高い壁の向こう側の世界
今のところ日本政府が動いている様子はない。水面下で動いている可能性もあるが、13人もの死刑囚を処刑した内閣が人質を救出する可能性は低いだろう。
しかし、安田氏が外国籍であることが、助けを求めている人の救出を放棄していい理由になるはずがない。安田氏は、日本で育ち、日本に生活の基盤を持ち、日本で納税義務を果たしてきたのだから、実態としては日本人である。国籍を示す数枚のペーパーが救出の障害になるはずがない。
誘拐の目的が身代金の獲得であることは間違いない。その身代金は、政府広報(新聞広告)の制作を数本中止するだけで捻出できるだろう。
NHKは、安田氏のメッセージを報道すらしていないが、安田氏が人質となっていたあいだに得た内戦の情報がいかに貴重なものであるかを認識していないのではないか。彼らは危険地帯へは絶対に踏み込まない。たとえ現地へ行っても「従軍」のかたちしか取らない。
当然、これでは高い壁の向で起こっている真実を自分の眼で確かめることは出来ない。
とすれば、安田氏を生還させて、全容を語ってもらうことが重要なのだ。このあたりの基本的な原則を、NHKは全く理解していないのではないか。

プロスポーツの選手は、肉体の衰えにともない、老年に達する前に第2の人生に踏み出すことを強いられる。栄光の舞台を降りた後、彼らはどのような人生を体験したのだろうか。
『敗れざる者たち』は、6人のスポーツ選手に焦点をあてた6編の中編ノンフィクションを収録している。ボクシングの世界で卓越した才能に恵まれながら、優しさゆえに世界王者になれなかったカシアス内藤、東京五輪のマラソンで3位に入賞し、メキシコ五輪で金メダルを期待されながら自ら命を絶った円谷幸吉・・・・。
6編の中でとりわけ印象深いのは、プロ野球の元オリオンズ・E選手の悲劇を描いた『さらば 宝石』だ。Eは、引退後はさっぱり表舞台に現れなかったが、現役時代には長島茂雄にほとんど劣らない成績を残している。
【安打数】
長島:2471本
E:2314本
【打率】
長島:0.305
E:0.298
2人の明暗を分けたのは何か?
Eは野球史上に残る名選手だった。しかし、どの球団もバッティングコーチとして、引退後の彼を抜擢しなかった。それか原因なのか、それとも他に何かわけがあったのか、Eは引退後も、復活を目指して現役時代と同じように厳しい練習を続けていたという。回りの人々は、Eが精神錯乱を起こしていると噂するようになり、ますます距離を置くようになった。
日本には、異質な考えを受け入れない風土が根強く残っているが、榎本のパッティング観にも、一種独特のものがあった。武士道の影響が強く、Eにとってバットを振ることは、「練習」ではなく、「けいこ」だった。
オリコンズ担当記者の高山智明は、かなり親しくなったあとで、Eがよくこう呟いていたことを記憶している。
《体が生きて、間が合えば、必ずヒットになる》
会心のミートで飛んだ打球が、記録上のヒットになるか野手の正面をつくかは運の問題だ。そして、それはさして重要なことではない、とEは考えていた。ダッグアウト中で、4打数3安打なのに《4の1か》と呟いたり、4打数ノーヒットなのに《4の4だ》と喜んでいるEを、オリオンズのナインはよく見ている。彼にとっては、テキサス安打やコースがよく転がって外野に抜けた安打など、ヒットではなかったのだ。「体が生きて間が合」ったものだけが、彼の心の中の、真のヒットだったのだ。
《ボテボテでも、テキサスでも、4打数4安打なら誰でも喜びますよね。ビールでも飲んでツキを祝うんだけど、Eさんは違うんですね。部屋の中でグリップを握って、じっと考え込んでいるんですよ。どうして打てなかったんだろうといって。打てないといっても4の4なんですよ」
Eの性格的なものもあったのか、Eの奇行はエスカレートして、どんどん孤立を深める。現役を退いた後も、1日に3時間も走るなど、厳しい練習に明け暮れる。引退後も、巨人軍の監督を務めるなど、野球界の重鎮であり続けた長島とは対照的な道を歩んだのである。
しかし、作者は長島よりも、Eの生き方に強く心を揺さぶられているように感じられる。作品の最後に敬意を込めて、Eの名前が明かされる。
あるいは、彼が求めているのは、ヒットの中のヒット、完璧なヒットという幻なのかもしれない。必死に走り続けていたE--榎本喜八の姿が眼に浮かんだ時、ふとそう思ったりした。
タイトル:『敗れざる者たち』(文春文庫)
著者:沢木耕太朗
版元:文藝春秋

2018年6月度の新聞のABC部数が明らかになった。ABC部数の激減傾向にまったく歯止めがかかっていないことが分かった。年間で朝日は約31万部を、読売は約36万部を失った。もともとABC部数が少ない毎日も、年間で約20万部を減らしている。
中央紙のABC部数の詳細は次の通りである。
朝日:5,884,764(-314,046)
毎日:2,769,159(-202,353)
読売:8,419,052(-359,829)
日経:2,421,882(-296,674)
産経:1,464,355(-55,177)
ちなみにABC部数は、新聞の印刷部数であって、必ずしも実配部数と一致しているわけではない。ABC部数には、「押し紙」(新聞社がノルマとして、販売店に買い取らせた部数)が大量に含まれているというのが、常識的な見方である。
従ってABC部数の減部数そのものを根拠に、新聞離れ現象を説明するのは正確ではない。それよりも「押し紙」の負担に販売店が耐えられなくなり、新聞社が自主的に「押し紙」を減らさざるを得ない状況に追い込まれている実態が新聞産業の衰退を示していると考える方がより実情に即している。
新聞購読者は、確かに減り続けているが、新聞を読まない層は、すでに何年も前に購読を中止していると考えうる。
◇日経電子版は好調
今後、新聞社は、「紙」から「電子」への切り換えを進め、しかも、購読料を徴収するビジネスモデルを構築しなければならない。
業界紙の報道によると、日経新聞の電子版単体の会員数は、7月の時点で384,015人。これは前年比で+56,458人である。日経の場合、企業情報に特化しているので、有料にしても需要があると考えうる。

広告代理店・博報堂の体質が徐々に輪郭を現してきた。広告代理店の問題といえば、最大手の電通による事業の寡占化が問題視されることが多いが、業界2位の博報堂は、それとは異なる性質の問題を内包しているようだ。それに焦点をあてる前に、博報堂が巻き込まれた最新のトラブルを一件紹介しておこう。
博報堂の嘱託社員が、地位保全を求めて、福岡地裁で裁判を起こしていることが朝日新聞の報道で分かった。
訴状によると、女性は1988年4月、博報堂九州支社に嘱託社員として入社。1年契約の雇用契約を29回更新し、今年3月末まで経理などを担当していた。改正労働契約法の施行で、2018年4月には無期雇用に転換できる権利を得る予定だった。しかし、博報堂は17年12月、女性に18年度以降の雇用契約を更新しないと伝えた。
女性側は「無期雇用に転換されるのを阻止するためで、公序良俗に反し、無効だ」と主張。博報堂側は「契約書で18年4月以降は契約を更新しないと合意している」と反論している。
福岡労働局は今年3月、女性の契約打ち切りについて、「無期転換ルールを避けることを目的として、無期転換権が発生する前に雇い止めすることは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではない」などと助言する文書を同社に出している。■出典
提訴した女性の場合、雇用契約を29回も更新していたのだから、実態としては正社員である。それにもかかわらず会社の都合でいつでも解雇できるように、博報堂は嘱託というかたちを取っていたのだろう。
◇インボイスナンバーの欠落
博報堂といえば、博学な人々の集まりというイメージがある。筆者も、2016年に取材するまでは、好印象を持っていた。ところが中央省庁から博報堂が請け負った政府広報業務を調査したところ、異常な実態が次々と明らかになった。電通とは別の問題があることが分かった。
たとえば2012年度から2015年度までの4年間に、博報堂は内閣府から約64億円の政府広報業務を受注している。額の大きさもさることながら、驚くべきことにこの64億円分の請求書には、インボイスナンバーが付番されていない。
読者は、これが何を意味するかご存じだろうか。結論を先に言えば、これらの収入が、会計監査やシステム監査の対象外になっている可能性である。
インボイスナンバーを付番する目的は、改めていうまでもなく、コンピューターを使った会計処理をするためである。見積書から請求書、さらに納品書まで、通常は共通番号で管理されるのだ。そのためにインボイスナンバーなのである。ところがそれが外してあるのだ。
クレジットカードに番号がなければ、金銭の収支をコンピューター処理できないのと同じ原理である。たとえ手作業を介して、処理を可能にすることが出来ても、わざわざ64億円分もの請求書から、インボイスナンバーをあえて欠落させる合理的な理由はない。考えられるのは、会計監査とシステム監査を意図的に免れる場合である。つまり裏金づくりの疑惑があるのだ。
ちなみにこれら64億円分の請求書は、コンピューターが発行したものではない。おそらくエクセルで作成したものである。昭和時代の八百屋さんが発行する請求書のレベルだ。上場企業としては、常識では考えられないしろものなのだ。
◇マスコミ支配の野望
博報堂のルーツを調べてみると、想像以上に闇に満ちている。『見えざる政府―児玉誉士夫とその黒の人脈』 (白石書店、竹森久朝著 、1976年)は、昭和のフィクサー・児玉誉士夫氏と博報堂の意外な接点を指摘している。
「児玉誉士夫が言論出版問題について『統制機関』をつくる構想をもっていた事実はあまりよく知られていない。だが、この構想は、彼が築いていった『見えざる政府』の組織の拡大強化とともに芽生え、ふくらみ、そして一部は実行に移されたのである。」
「とくに総会屋業界の『総元締』の地位に就いた昭和44年頃からのちは、いわゆる児玉系マスコミを積極的に動員することによって、容易に経済事件に介入できたし、フィクサーとしての役割も無難にこなせるようになった。」
「こうした体験が実は、さらに数多くのマスコミを児玉の支配下に組み込ませる構想へと発展したのである。もちろんこの考え方の根底には、児玉が世論は国民大衆が作るものではなくて、マスコミが扇動していく過程で作られることを知っていた。」
児玉氏が目を付けたのは、博報堂の持ち株会社「伸和」だった。1975年、伸和に児玉は、側近の太刀川恒夫氏を送り込んだのである。
「役員は、広田隆一郎社長のほかに、町田欣一、山本弁介、太刀川恒夫が重役として名を連ねたが、広田は福井の大学時代のラグビー部関係者で、警視庁が関西系暴力団の準構成員としてマークしていた要注意人物。町田は元警察庁刑事部主幹。山本は元NHK政治部記者。そして太刀川は児玉側近グループのナンバーワンで、児玉が脳血栓で倒れたあと、完全に児玉の分身となった人物であることはすでにのべた。」
伸和は後に博報堂コンサルタンツに社名変更するのだが、このあたりの事情について、当時の『週刊サンケイ』(1976年)は次のように書いている。
「特に、『伸和』が昨年7月に『博報堂コンサルタンツ』に社名変更した時に、太刀川が取締役に就任したことが、児玉ファミリーのマスコミ支配のための″博報堂進出″とみられている。」
博報堂も児玉氏との関係を認め、『週刊サンケイ』に対して次のようにコメントしている。
「博報堂乗っ取りとか、児玉が何を狙っているとかいろいろいわれているけれど、まったくナンセンス。博報堂コンサルタンツの取締役になってもらったのは、僕の方から頭下げてきてもらったんですからね。将来いろんなことやってくうえで、いつ、何をということなく、必要になった時、考え方などを聞かせてほしい、そういうために役員になってもらったんですよ。福井(当時の博報堂社長)さんと児玉さんが関係あると言われていますが、あれだって社長就任時に記念品をもって挨拶に行ったんで、何百人と回った中の1人ですよ。ええ、わたしも同席しました」(広田隆一郎、前博報堂取締役、前博報堂コンサルタンツ社長<肩書きは1976年同時>)
広田氏の言葉を借りれば、博報堂の側から、児玉氏に協力を求めていったのである。
◇天下りリストが示す中央省庁との関係
『現代の眼』(1975年7月)によると、乗っ取りの時期に次の人々が博報堂へ天下っている。博報堂が児玉氏とかかわりを持つようになった時期である。
・松本良佑(副社長):元警察大学教頭
・佐藤彰博(公共本部長):内閣審議官室審議官兼総理府広報室参事官
・千島克弥(顧問):総理府広報室参事官
・池田喜四郎(公共本部次長):内閣総理大臣官房副長官秘書
・毛利光雄(社長秘書):警視庁総監秘書
・町田欣一(特別本部CR担当):警視庁科学検査部文書鑑定課長
また、日本経済新聞の人事欄によると、旧大蔵省からの天下りも確認できる。
・近藤道生(社長):国税庁長官
・磯邊 律男(社長):国税庁長官
また、2017年3月の時点での天下り者は次の通りだ。
・阪本和道氏(審議官)[博報堂の顧問]
・田幸大輔氏(広報室参事官補佐・広報戦略推進官)[博報堂の顧問]
・松田昇(最高検刑事部長)[博報堂DYホールディングスの取締役]
・前川信一(大阪府警察学校長)。[博報堂の顧問]
・蛭田正則(警視庁地域部長)。[博報堂DYホールディングスの顧問 ]
筆者は、今世紀になってから博報堂が起こした経済事件の背景を考える場合、「社史」の検証は不可欠だと考えている。
◇登記簿に戸田・沢田の名前が
太刀川が伸和に乗り込んだ時代と、現在の博報堂に接点はあるのだろうか。この点に関して、興味深い事実がある。
既に述べたように、伸和はその後、博報堂コンサルタンツに名前を変え、さらに日比谷コミュニケート・コンサルタンツと名前を変更するのだが、日比谷コミュニケート・コンサルタンツの登記簿を調べたところ、「戸田裕一」という名前が記載されていた。戸田氏は、現在、 博報堂DYホールディングス代表取締役社長 兼 博報堂取締役会長である。
戸田氏は、元コピーライターである。コピーライターが博報堂の頂点に上りつめたのである。
また、株式会社博報堂取締役の沢田邦夫氏の名前も登記簿に記録されている。
ただ、日比谷コミュニケート・コンサルタンツの時代に太刀川氏らが博報堂に対して影響力を持っていたかどうかは、慎重な検証が必要だ。
【写真】日比谷コミュニケート・コンサルタンツの登記簿

保守速報というウエブサイトがある。これは作家の李信恵氏から名誉毀損裁判を起こされているサイトである。1審と2審は原告の李氏が勝訴し、現在、係争は最高裁に属している。
メディア黒書で既報したように、この保守速報に対して、「広告はがし」の動きがあり、同サイトから既に全広告が消えている。残っているのは、筆者が窓口になっている「NO残紙(「押し紙」)キャンペーン」のバナーだけだが、これは広告ではない。保守速報が自主的に張り付けたものである。
去る22日(日曜日)に、筆者のところに、おそらく「広告はがし」運動を展開している人物から、次のようなメールが送付されてきた。全文を紹介しよう。
お世話になっております。
このたび、貴社が提供されていらっしゃいます「なくそう、残紙」のバナー広告が、人種差別を煽動しているとして社会問題になっている悪質なウェブサイト「保守速報」(URL: http://hosyusokuhou.jp/ )に掲載されているのを確認いたしました。
貴社では、i-mobile、A8.net、マイクロアド、nend、グッドライフ等といったASPやSSPを通じて広告配信をされていらっしゃいませんでしょうか。これらの業者によるチェック漏れのために、本来ならば広告が配信されてはならないような差別的・反社会的なウェブサイトに広告が表示されてしまっている可能性があるようです。
報道などによりますと、これまでに少なくとも「エプソン」「U-NEXT」「通販生活」が、ユーザーから「差別サイトに広告が掲載されている」と指摘を受け、その種のサイトへの広告配信を停止する手続きを取っているとのことです。
参考1:「保守速報」への広告停止 エプソン販売「社内規定に反する」と即日対応 https://www.j-cast.com/2018/06/08330931.html
参考2:保守速報への広告掲載をやめたエプソン 「嫌韓、嫌中の温床」との通報がきっかけに https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/hoshusokuho?
貴社におかれましても、重大な人権侵害を繰り返しているサイトに広告が表示されてしまっていることは、さぞ不本意でいらっしゃるのではと思いましてご連絡させていただきました。
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差出人の名前が明記されてないので、このメールを作成した人物は特定できない。先月も同じ趣旨のメールを繰り返し受けた。こちらのメールについては、実名を名乗ったものもあったし、匿名のものもあった。関西大学の宇城輝人教授も、バナーの撤去を求め、メールを送付したひとりである。
◇心を規制する間違い
一連の「広告はがし」は、どうやら組織的に行われているようだ。必ずしも広告主が自主的に広告掲載を中止したとは限らない。外圧が働いている可能性が高い。
「NO残紙キャンペーン」のバナーを残すか撤去するかは、筆者の独断で決められる性質のものではないが、筆者個人としては撤去する意思はまったくない。
まず、第1に、このバナーは、「NO残紙キャンペーン」側から不特定多数の人々に、貼り付けを依頼したものであるからだ。従って、技術的に削除は不可能だ。バナーは広告ではないので、当然、広告費も払っていない。
第2に、「NO残紙キャンペーン」は思想信条の違いを乗り越えて展開している運動であるからだ。販売できる見込みのない新聞を強制的に買い取らせる新聞社の販売政策がおかしいと思えば、それが参加の条件となる。左派であろうが、右派であろうが、暴力集団でさえなければ参加できる。
第3に、日本は民主主義の国であり、特定の思想を基準にして、それと対立関係にあるメディアを外圧で解体する行為自体が受け入れがたいからである。
世界観や人生観は、ひとそれぞれ異なっている。育った環境や読書体験が個人個人で異なるので、思考方法も異なってくるのだ。そして誰もが自分の思想信条が最も崇高だと信じている。と、なれば自分を疑い、さまざな情報に接しない限り、世界観や人生観は変化しない。自分を客観的に観察するためには、多様な言論に接することが必要だ。
人間の内面を、法律や外圧で規制することには反対だ。
戦前・戦中の天皇制国家が犯した過ちのひとつは、言論を統制したことである。それは心の統制でもあった。現在、朝鮮にも同じ問題がある。
「広告はがし」に協力することは、言論統制への道を開くことになりかねない。広告主が自分の判断で、広告を引き上げるのは自由である。しかし、第3者による「広告はがし」運動に協力することはできない。
2018年07月25日 (水曜日)

昨日(24日) 付けメディア黒書の記事に事実の誤りがあった。記事のタイトルは、「NHKの円グラフ改ざん問題、反NHKの視聴者によるフェイクニュースの可能性も?」。記事を掲載した後、NHKが円グラフの作成ミスを認めていることが分かった。記事を削除すると同時に、「改ざん」の事実を掘り起こした方と読者にお詫びしたい。
この問題は、NHK大阪放送局が7月20日に放送した「関西にカジノ!?~IRの光と影」の中で提示された円グラフに誤りがあった件である。
IR(カジノ)の誘致について、NHKが大阪府民を対象に世論調査を行った結果、「賛成」が17%、「反対」が42%、「どちらともいえない」が34%となった。ところがこれらのパーセンテージを基に作成された円グラフでは、円グラフの占有割合が誤っていたのである。
左が誤った円グラフで、右が正しい円グラフである。

しかし、筆者はこの情報は信憑性に乏しいと判断して、フェイクニュースである可能性を指摘したのである。NHKを嫌っている人が、同局による印象操作が行われているというストーリーをでっちあげるために、フェイクニュースを流したと推測したのだ。
◇誤りの背景
筆者が誤った判断をした背景には、次のような事情がある。
①NHKが誰にでも分かるような訂正をだしていなかったこと。訂正は、ほとんど目につかない。普通、誤りに気づいた場合は、見出しに「訂正」と明記して、大きな訂正記事(放送)を掲載するものなのだが。
②ミスのレベルが極めて初歩的なものだったので、常識的にはまずあり得ないと考えたこと。このレベルの誤りを犯せば、NHKの信用は地に落ちてしまう。たとえ安倍政権がカジノ導入に動いているとはいえ、偽りの円グラフを使ってまで、国に協力するとは考えなかった。
他にも原因はあるが、①と②を特に強調しておきたい。
この件が印象操作だったのか、それとも単純なミスだったのは分からない。ただ、カジノに反対する世論が広がっているために、円グラフは印象操作の道具だったという見方をする人が多いようだ。

メディア黒書でたびたび報じてきたM君リンチ事件の控訴審が、23日に大阪高裁で始まる。開廷は14:30。別館7階74号法廷である。1時40分から別館で傍聴の抽選が行われる見込みだ。
この事件は、高い関心を集めているわりには、ほとんど報道されていない。報道すると一部の人々にとって不都合な要素を内包しているからだろう。
事件が発生したのは2014年の暮れである。「カウンター」、あるいは広義の「しばき隊」と称するグループのメンバーらが、大学院生のMさんに暴言と暴力で襲いかかり、ひん死の重症を負わせた事件である。原因は金銭をめぐる組織内の問題だった。メンバーの一部が右翼から、金銭を受け取ったという話が広がり、その原因を作ったとされるM君が、深夜の酒場に謝罪に呼び出され、暴行を受けたというのが事件の概略だ。
現場には5人のメンバーがいた。M君は、身の危険を感じて、ポケットに隠し持っていたレコーダーを「ON」にしていた。そのために暴言や「しばき音」が鮮明に記録されている。
・「かかってこいや!へたれ!」
・「訴えるもんなら、訴えてみい!」
・「エル金さんの代わりに殴っていいか?」(のあとに「パーン」)
・「殺されるから(店に)はいってきたんちゃう?」
・「京都朝鮮学校の弁護団?お前の味方になってもらえると思うか?」
・「朝鮮学校のガキらの前で言えるんかこら!」
・「めっちゃ不細工やわ(笑)」(M氏の腫れ上がった顔を見て)
筆者は、この事件には3つの重要ポインがあると考えている。
◇第1のポイント-客観的な事実の把握
改めていうまでもなく、ある事件を見る場合、その大前提になるのが客観的事実の把握である。客観的事実の把握が間違っていると、事件の評価も的を得ないものになってしまう。
M君に暴行を加え続けた人物がだれかという点は既に確定している。双方に争はない。Aと呼ばれる人物である。
裁判で大きな争点になっているのが、作家の李信恵氏の関与である。第1審では、M君が現場となった酒場に到着した途端、李氏がM君の胸ぐらを掴んだことが認定された。しかし、殴った事実は認定されなかった。こうした事情も考慮して、李氏は、事件には無関係とされたのである。
しかし、5名のうち3名には総額で80万円程度の損害賠償が命じられた。
従って、形のうえでは、原告M君の勝訴である。だが、賠償額があまりにも少額であるのに加えて、最初にM君の体にふれた李氏の責任が認定されなかったので、M君が控訴したのである。
読者は、冒頭の動画(音声)を参考に、事実関係について推測してほしい。延々と暴行を続けていながら、80万円の賠償は、あまりにも少額だろう。
◇第2のポイント-事件を隠ぺいする人々
なぜかこの事件には、事実関係を暴露するよりも、逆に隠ぺいする力が働いている。不思議なことに、多くの著名人がこの事件には触れたがらない。それどころか、「なかったこと」にする動きもある。事件を隠ぺいしようとしている人々があまりにも多いので、その理由をひとまとめにすることは出来ないが、本質的な部分は同じではないか。
結論を先に言えば、運動が受けるダメージを心配した結果である。
M君リンチ事件が公になれば反レイシズムの運動が暴力的なものであることが明らかになり、運動が打撃を受ける。広義しばき隊を共闘している野党連合もダメージを受ける。
事実、ヘイトスピーチ対策法成立の立役者のひとりで、『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)の著者・ 師岡康子弁護士の私信が、「デジタル鹿砦社通信」(■出典)で暴露され、その中で運動への懸念が述べられている。一部を引用しておこう。文中の「その人」というのは、M君のことである。
この私信が送られたのは、リンチ事件から間もない時期の2014年12月22日である。M君は民事訴訟の前に刑事告訴をしているのだが、その告訴を妨害したいという師岡弁護士の考えが露骨に現れている。理由は、繰り返しになるが、反レイシズム運動が打撃を受けるからだ。

◇第3のポイント-言論統制のための政治利用
第3のポイントは、反レイシズム運動が、政治利用されている可能性を、M君リンチ事件を通じて再考することである。
筆者は反レイシズム運動そのものを否定するつもりはない。が、問題はその方法である。周知のように反レイシズム運動の先頭に立っている人々は、次々と名誉毀損裁判を起こしている。特に辛淑玉は際立っていて、差別とは別のテーマでも、名誉毀損裁判を複数起こしている。
周知のように、名誉毀損裁判は、訴えた側が圧倒的に有利な法理になっている。従って、訴えが認められ、言論を規制する判例が次々と生まれているのが実態だ。つまり公権力にとって、名誉毀損裁判の提起は、言論統制の布石になるので、歓迎すべきことなのだ。
事実、小泉構造改革の中で行われた司法制度改革でも、名誉毀損裁判の賠償金を高額化する方針が打ち出されている。
こうした動きと連動して、特定秘密保護法や共謀罪法が施行された。
つまり現在の言論状況を客観的にみれば、重層的に言論の自由を制限する条件が整っているのだ。このトリックに広義しばき隊の人々は、まったく気づいていないようだ。言論統制がやがて自分たちにも、ブーメランとなって跳ね返ってくるリスクが分かっていない。恐ろしく鈍感なのだ。
人間が発する言葉は内面の反映である。その内面は、個人的な体験や読書などの影響で形成されていく。そして、ここからが先が肝心なのだが、それぞれの人は自分の内部で出来上がった世界観や人生観が最も崇高と信じて疑わないのである。自分の内面を客観的に直視することはほぼ不可能なのだ。
と、すれば法律により人間の内面を規制する行為は、誤っている上に無意味でもある。規制しても物事の解決にはならない。それよりも言論の自由を100%保証して、議論する方が、心の栄養になり、互いの憎しみを解消するための近道なのだ。
まして「釘バット」による威嚇など論外だろう。

たとえばAという新聞販売店が2000人の読者を持っていると仮定する。当然、2000部と若干の予備紙が適正な搬入部数である。ところが新聞社が、ノルマとしてさらに1000部の新聞の買い取りを強制すれば、この1000部は「押し紙」ということになる。
「押し紙」制度は新聞社のビジネスモデルとして、戦後、まもない時期から始まったが、それが広く知られるようになったのは、ここ10年ぐらいである。多くの市民が倫理面から「押し紙」を問題視するようになった。
しかし、意外に意識されていないのが、「押し紙」によって、新聞社がどの程度の収益を上げているのかという問題だ。逆説的に言えば、「押し紙」を排除すれば、新聞社はどの程度の減収を招くのかという問いだ。
次の記事は、毎日新聞社から流失した販売関係の資料に基づいて、「押し紙」を排除した場合に同社が受ける損害をシミュレーションしたものである。データが2002年のものなので古いが、「押し紙」がいかに莫大な収入を生むかという点においては変わりない。
◇「朝刊 発証数の推移」
使用するのは、毎日新聞社の内部資料「朝刊 発証数の推移」である。この資料によると2002年10月の段階で、新聞販売店に搬入される毎日新聞の部数は約395万部である。これに対して発証数(読者に対して発行される領収書の数)は、251万部である。差異の144万部が「押し紙」である。
当然、シミュレーションは、2002年10月の段階におけるものだ。
かりにこの144万部の「押し紙」が排除されたら毎日新聞は、どの程度の減収になるのだろうか。シミュレーションは次の通りである。大変な数字になる。
◇シミュレーションの根拠
事前に明確にしておかなければならない条件は、「押し紙」144万部の内訳である。つまり144万部のうち何部が「朝・夕セット版」で、何部が「朝刊だけ」なのかを把握する必要がある。と、いうのも両者の購読料が異なっているからだ。
残念ながら「朝刊 発証数の推移」に示されたデータには、「朝・夕セット版」と「朝刊だけ」の区別がない。常識的に考えれば、少なくとも7割ぐらいは「朝・夕セット版」と推測できるが、この点についても誇張を避けるために、144万部がすべて「朝刊だけ」という前提で計算する。より安い価格をシミュレーションの数字として採用する。
「朝刊だけ」の購読料は、ひと月3007円である。その50%にあたる1503円が原価という前提にするが、便宜上、端数にして1500円の卸代金を、144万部の「押し紙」に対して徴収した場合の収入は、次のような式で計算できる。
1500円×144万部=21億6000万円(月額)
最小限に見積もっても、毎日新聞社全体で「押し紙」から月に21億6000万円の収益が上がっている計算だ。これが1年になれば、1ヶ月分の収益の12倍であるから、
21億6000万円×12ヶ月=259億2000万円
と、なる。
ただ、本当にすべての「押し紙」について、集金が完了しているのかどうかは分からない。担当者の裁量で、ある程度の免除がなされている可能性もある。しかし、「押し紙」を媒体として、巨額の資金が販売店から新聞社へ動くシステムが構築されているという点において、大きな誤りはないだろう。同時に「押し紙」によって、販売店がいかに大きな負担を強いられているかも推測できる。
新聞は、一部の単価が100円から150円ぐらいだから、だれても手軽に購入できる商品である。そのためなのか、ややもすれば新聞社の儲けは少ないように錯覚しがちだが、販売網を通じて安価な商品を大量に売りさばく仕組みになっているので意外に収益は大きい。
【動画】「押し紙」の回収場面

早いもので7月19日で、ニカラグア革命から39年だ。現地では、毎年のように記念式典が行われてきた。2日前には、「歓喜の日」を祝った。これは当時の独裁者・ソモサが自家用ジェットで、マイアミへ亡命した日である。
その2日後に、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が、首都を制圧して、新生ニカラグアが誕生したのである。
最近のニカラグア情勢といえば、学生グループとFSLN政権の間で衝突が起きていて、多数の死傷者が出ている件が国際ニュースになっている。西側メディアは、政府による弾圧と報じている一方、ベネズエラのTelsurなどは、トランプ政権から右翼の学生たちに活動資金が流れていると報じている。
いずれにしても政府が対話を呼びかけ、平和的に解決しようとしていることは事実のようだ。
海外ニュースの真相は、やはり現地へ行かなければ分からない。想像と事実の間には、かならずギャップがある。そんなわけでこの事件に、ここで言及することは控えたい。
◆ソモサ王朝が成立から崩壊まで
ニカラグア革命と聞いても、39年前のことで、関心のないひとが多いのではないか。そんなわけで、筆者は、毎年7月19日ごろになると、ニカラグア革命に関係した記事を書いている。
ニカラグアはもともと米国の傀儡(かいらい)政権の国だった。ソモサ一族による独裁国家だった。米国が強力な後ろ盾になっていたという点では、現在の北朝鮮よりもたちが悪かった。
しかし、ニカラグアの人々は民族自決の意識が強く、戦前に米国海兵隊がニカラグアを占領した時代に、ある人物が率いる小さな部隊が武装蜂起した。そのリーダーがサンディノという民族主義者だった。サンディニスタという名称は、サンディノ主義者という意味である。左派ではあるが、それよりも民族自決主義の色が濃い。
サンディノは、執拗なゲリラ戦を展開して、海兵隊をニカラグアから追い払った。しかし、その後、米軍の息のかかったソモサに暗殺される。ソモサは軍事クーデターを起こし、ソモサ王朝が成立したのである。
これに対してサンディノ主義者たちは、その後、再び武装蜂起した。しかし、FSLNは壊滅に近い状態に陥る。が、1972年の大震災で、海外からの支援金をソモサが横領したことから、国民の不満が急激に高まり、FSLNが勢力を広げていく。
そして1979年の革命でソモサを追放した。ソモサは、マイアミを経て南米のパラグアイに亡命したが、亡命先で何者かに暗殺された。
が、これでニカラグアが平静を取り戻したわけではなかった。怒り狂った米国のレーガン政権は、ニカラグアの隣国・ホンジュラスを米軍基地の国にかえ、コントラと呼ばれる傭兵を使って、新生ニカラグアの転覆に乗りだしたのだ。その結果、ニカラグアは、再び戦争状態になった。
◇戦士の遺言
筆者は、1985年にはじめてニカラグアを取材したが、革命は想像したように美しいものではなかった。経済封鎖と内戦で経済は破綻していた。徴兵制で前線におもむき、戦士した兵士の母親は、FSLNを許せないと話していた。車椅子に乗っている青年は、「何も話したくない」と口を閉ざした。
その一方で、FSLNの戦士だった大学生を持つ老いたお父さんが、リカルドという息子さんのことを話してくれた。お父さんは、リカルドがFSLNのゲリラ戦士ではないかと疑っていたが、何も言わなかった。そのうちお父さんが警察で取り調べを受け、「息子の居場所を教えろ」と詰問された。黙秘を続けると何日も投獄された。
1979年の7月、FSLNの部隊が首都マナグアに接近していた。ある日の深夜、お父さんは、誰かが玄関の戸をノックするのを聞いた。FSLNの司令官を名乗る男が戸口に立っていて、リカルドが戦死したことだけを告げて足ばやに立ち去った。お父さんは、いたずらに違いないと自分に言い聞かせたという。
ソモサとの戦闘の舞台はいよいよ首都に移った。FSLNの戦士が、一軒一軒民家を廻って、市民に協力を呼びかけた。10代、20代の人を中心に多くの市民が、バリケードを築いたり、前線に武器を運ぶなどFSLNに協力した。ソモサ軍の兵士もかなり離反したという。これにあせった独裁者は、17日、自家用ジェットで、夜明けが近づいた空へ消えたのである。
リカルドのお父さんは、首都に入ったFSLNの兵士たちの中から、リカルドを捜そうと歩き続けた。何日も捜したが、見つからなかった。歩きながら、長かった牢獄の夜を思い出したという。
リカルドの墓は、自宅の小さな庭にあった。そこには、次のような詩が刻まれていた。
お母さん、私だけがあなたの息子だと思わないでください。
戦う仲間たちはだれもあなたの息子です。
仲間の一人ひとりの姿にぼくの面影を捜してください。
1979年3月25日 リカルド
日付からして、おそらく遺書である。
◇ニカラグアから近隣諸国へ
ニカラグア革命の成功は、近隣諸国にも影響を及ぼした。まず、翌1980年、エルサルバドルで、それまでばらばらだった5つのゲリラ組織が統一して、FMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)を結成した。そしてただちに首都へ向けて、大攻勢をかけた。政府軍は戦意を失い、首都陥落はまちがいないとまで言われていたが、米国のレーガン政権が介入してきた。
その結果、エルサルバドルでも泥沼の内戦になったのだ。
グアテマラは、古くからゲリラ活動があった。ニカラグア革命の影響を恐れた政府は、1980年代に入ると、凄まじい勢いで反政府勢力の取り締まりに乗りだす。その中心人物の一人が、2013年に禁固80年の判決を受けたリオス・モントである。
グアテマラの実態については、日本でも比較的報道されている。『私の名はリゴベルタ・メンチュ』(新潮社)は、ノーベル平和賞を受けた著者の手記である。彼女の父親は、仲間と一緒に、グアテマラにおける人権侵害の実態を告発す
るためにスペイン大使館へかけこんだ。するとグアテマラ軍がスペイン大使館を包囲し、窓と戸口を釘付けにしてから火を放った。スペインは、ただちにグアテマラとの国交を断絶した。
1981年と82年の2年間で、グアテマラの最高学府サン・マルコス大学の教員96人が殺害された。このひとたちの大半は、解放戦線のシンパでもなんでもない。ただ、疑いをかけられたというだけである。
今世紀に入って、ラテンアメリカの状況は変わってきた。選挙で次々と左派の政権が誕生し、米国もかつてのような軍事介入が出来なくなった。キューバの孤立も解消した。
◇海外派兵を考える視点
ニカラグア革命は、今でも先進国と第3世界の関係を考える上で格好の歴史的事件である。たとえば、海外派兵。日本では、「国際貢献」を口実に海外派兵の体制が構築されようとしているが、本当は、政変から多国籍企業や傀儡(かいらい)政権を防衛することが目的なのだ。中米紛争の歴史がそれを物語っている。
また、日本の米軍基地問題を考える上でも参考になる。米軍がいかに危険な部隊であるか、歴史から学ぶべきだろう。
【参考記事】安保関連法案の報道で何が隠されているのか?左派メディアも伝えない本質とは、多国籍企業の防衛作戦としての海外派兵、前例はラテンアメリカ

「訴えてやる」という言葉を頻繁に聞くようになったのは、ここ数年である。
日常会話の中にも、ツイッターの舞台でも、「訴えてやる」とか、「法的措置を取る」といった恫喝めいた言葉が飛び交っている。
そもそもこうした現象が生まれた背景に何があるのだろうか。筆者は小泉純一郎氏が、首相時代にみずから本部長に就任して着手した司法制度改革が原因だと考えている。
2001年6月に発表された司法制度改革審議会意見書には、名誉毀損賠償額の高額化の必要性を述べた記述がある。郵便事業と同様に、裁判をも市場原理にのせようという意図があったのではないか。
損害賠償の額の認定については、全体的に見れば低額に過ぎるとの批判があることから、必要な制度上の検討を行うとともに、過去のいわゆる相場にとらわれることなく、引き続き事案に即した認定の在り方が望まれる(なお、この点に関連し、新民事訴訟法において、損害額を立証することが極めて困難であるときには、裁判所の裁量により相当な損害額を認定することができるとして、当事者の立証負担の軽減を図ったところである。)。
ところで、米国など一部の国においては、特に悪性の強い行為をした加害者に対しては、将来における同様の行為を抑止する趣旨で、被害者の損害の補てんを超える賠償金の支払を命ずることができるとする懲罰的損害賠償制度を認めている。しかしながら、懲罰的損害賠償制度については、民事責任と刑事責任を峻別する我が国の法体系と適合しない等の指摘もあることから、将来の課題として引き続き検討すべきである。
このような流れの中で、公明党の漆原良夫議員が国会で次のような発言をするに至った。
私は過日の衆議院予算委員会で、メディアによる人権侵害・名誉毀損に対し、アメリカ並みの高額な損害賠償額を認めるよう森山法務大臣へ求めました。 善良な市民が事実無根の報道で著しい人権侵害を受けているにもかかわらず、商業的な一部マスメディアは謝罪すらしていません。 これには、民事裁判の損害賠償額が低い上、刑事裁判でも名誉毀損で実刑を受けた例は極めて少なく、抑止力として機能していない現状が一因としてあります。 私は、懲罰的損害賠償制度を導入しなくとも現行法制度のままで、アメリカ並みの高額な損害賠償は可能であると指摘しました。これに対し、法務大臣は、「現行制度でも高額化可能」との認識を示しました。(全文=ここをクリック)
◇日米の法理の違い
司法制度改革の背景には、ひとつには国際化の中のハーモニーゼーションがある。日本の司法制度を国際基準にあわせる動きである。さもなければ多国籍企業を日本に誘致できないという考えがベースになっている。それゆえに裁判員制度を設けるなど、欧米の制度になるべく近づけようとしたのである。
法科大学院を設置して、国際業務ができる弁護士を「大量生産」したのも、ハーモニーゼーションの一環にほかならない。
しかし、故意に改革を避けた部分もある。それが名誉毀損裁判の法理である。
日本の名誉毀損裁判においては、訴因となった表現が真実であることを被告が立証しなければならない。たとえば、「Aさんは窃盗犯だ」という表現が訴因であれば、被告が、「Aさんが窃盗犯であること」を立証する責任を負わされる。それができなければ、賠償を命じられる。
これに対して米国では、逆の法理を採用している。原告側が、Aさんが窃盗犯であることを立証しなければならない。さらに米国では、勝訴の見込みがない裁判を起こしたと認定された場合、嫌がらせ裁判とみなされ、逆に賠償を命じる制度がある。反スラップ法である。そのために訴訟の国といっても、名誉毀損裁判は多発していない。
小泉司法制度改革は、一番肝心な部分の改革は避けたのである。
法理は変えずに、賠償額の高額化だけを図ったのだ。新自由主義=構造改革の中で、裁判をも市場原理に乗せてしまったのだ。その意味で小泉氏の責任は重い。
名誉毀損裁判の法理を従来どおりに放置した理由は、おそらくそれを国家的なレベルの言論統制に利用できると読んだからである。たとえばヘイトスピーチにおける言動を訴因とする名誉毀損裁判の逆利用である。判例を次々に増やし、それを口実に言論を規制するための法律や条令づくりを進めるのだ。そのためか、原告の勝率は100%に近いのではないか。
もちろんヘイトスピーチそのものは問題があるが、判例を利用して、言論を統制していく、政治力学が働いていることは間違いない。
名誉毀損裁判を多発したり、それをサポートしている原告と弁護士は、自分たちの活動が、社会全体にどのような負の影響を及ぼしているのか気づいていない。正義と思ってやっていることが、長い目に見れば、社会から言論の自由を奪い、それに気づいたときは、北朝鮮型の社会になっている悲劇も起こりかねないのである。
◇刑事告訴の多発
最近は、こうした流れに連動して、名誉毀損を理由とした刑事告訴も増えている。かつて名誉毀損事件といえば、大半が民事事件だった。ところが最近は、刑事事件が珍しくない。これは言葉を換えれば、警察や検察が、「表現」の問題に介入してきた証である。ここにも政治の力学が働いているのだ。
唯一の対策は、係争をジャーナリズムの土俵に乗せることである。法理そのものが異常なのだから、司法の土壌の他に、係争をジャーナリズムの土壌に乗せて対抗することが不可欠になる。裁判で明らかになった資料を、次々とインターネットで公開して、公衆の判断を仰ぐ。それが現実的な対抗策だ。
