「チリの記憶」を撮り続けた映画監督 パトリシオ・グスマン死去、85歳

チリの卓越したドキュメンタリー映画監督、パトリシオ・グスマンが2026年9月15日、パリの病院で死去した。85歳だった。死因は心肺停止。約3年前から病気を患っていた。
グスマンは1941年、チリの首都サンティアゴ生まれ。チリ大学で歴史や哲学を学んだ後、カトリック大学の映画研究所で映画制作を学び、1960年代後半にはスペインに渡ってマドリードの映画学校で本格的に映画を学んだ。1970年にチリへ戻り、サルバドール・アジェンデ政権の最初の1年間を追った『最初の年(El primer año)』を制作。その後もカメラを回し続け、アジェンデ政権下で進行する政治的、社会的変化を記録した。
グスマンの代表作は、全3部からなる壮大なドキュメンタリー『チリの闘い(La batalla de Chile)』である。選挙を通じて誕生したアジェンデの社会主義政権が、激しい政治的、社会的対立の末、1973年9月11日の軍事クーデターによって崩壊するまでの過程を克明に記録した。
クーデター後、グスマンは軍に拘束され、サンティアゴの国立競技場に約2週間収容された。釈放後、チリを離れて亡命。撮影済みのフィルムも国外に持ち出され、キューバ映画芸術産業庁(ICAIC)の支援を受けて、ハバナで『チリの闘い』を完成させた。
その後はスペインやフランスを拠点に活動しながら、軍事独裁とその傷痕、そしてチリ社会の記憶を繰り返し作品の主題としてきた。『チリ、頑固な記憶』(1997年)、『光のノスタルジア』(2010年)、『真珠のボタン』(2015年)、『夢のアンデス』(2019年)などを発表。とりわけ後期の作品では、砂漠や海、アンデス山脈といったチリの自然や風景を、歴史と記憶を掘り起こす装置として捉える独自の映像世界を築いた。2023年にはチリの国家芸術賞(舞台・視聴覚芸術部門)を受賞した。
『チリの闘い』は、歴史的資料としての価値だけでなく、優れた物語性を持ち、軍事クーデターと独裁へと向かう社会を内側から記録した作品として、世界のドキュメンタリー映画史を代表する作品の一つとなった。
グスマンは半世紀以上にわたり、1973年のクーデターという歴史的断絶を出発点に、独裁によって失われたもの、その記憶を取り戻そうとする人々、そして過去と現在が交錯するチリの姿を撮り続けた。その作品群は、一人の映画監督による、長大な「チリの記憶」の記録でもあった。
