2026年09月05日 (土曜日)
キューバから、ニューヨークが崩れ落ちるのを見た

執筆者:ロベルト・トロバホ・エルナンデス
私はキューバの海岸にいた。カリブ海に照りつける太陽はじりじりと暑く、海はまるで青い一枚の布のように広がっていた。少なくともその数時間だけは、「世界は平穏で、すべてがうまくいっている」と思えるような光景だった。
そのとき、誰かが言った。
「ニューヨークが攻撃されている。」
最初は、誰も何が起きているのか理解できなかった。しかし、テレビに映し出された衝撃的な映像を見て、私は事態を知った。キューバの海岸にいながら、ニューヨークのツインタワーが崩れ落ちるのを見たのだ。あの日から、私にとってニューヨークは、映画の中に出てくるだけの街ではなくなった。遠く離れた場所で深く傷つき、引き裂かれ、涙を流している一つの街になった。
あの運命の9月11日のテロで、2,977人が亡くなった。しかし、その「2,977」という数字の一人ひとりには、父親がいて、母親がいて、子どもがいて、兄弟姉妹がいた。友人がいて、職場の仲間がいた。残酷なテロリストによって、多くの人生が奪われたのだ。
私たちは、そこから一つのことを学ばなければならない。同じ考え方をしていなくても、人は一緒に悲しむことができる。一人の人間の命の大切さを認めるために、思想やイデオロギーが同じである必要はない。政治についても、経済についても、宗教についても、あるいは世界の未来についても、意見が一致している必要はない。
ただ、こう言えばいいのだ。
「こんなことは、起きてはならなかった。」
あれから25年が過ぎた。ニューヨークは変わった。キューバも変わりつつある。そして世界も、あのころとは違う。
それでも9月になると、あの朝のことが私の頭によみがえってくる。そして私はニューヨークを、傷跡を消すことなく、再び立ち上がることを学んだ街として思い出す。
現在、ニューヨーク市長のマムダニには、非常に大きな責任がある。世界中のさまざまな場所からやって来た人々が暮らす街を治めなければならないからだ。
そこには、政治的な考え方が違う人々がいる。信じる宗教も違う。話す言葉も違う。それぞれの家族が歩んできた歴史も違い、ニューヨーク以外の場所であれば、決して出会うことがなかったかもしれない人々が一緒に暮らしている。
しかし、誰もが理解できることが一つある。ニューヨークが偉大なのは、高い建物が立ち並んでいるからではない。人間性そのものが苦しみにあえぐようなときでさえ、人間らしさを取り戻すことのできる街だからこそ、ニューヨークは偉大なのだ。
9月11日、ハバナの海岸にいたあのキューバ人――つまり私――は、ツインタワーのことを決して忘れなかった。そして、それ以上に大切なことも忘れなかった。どんな国旗の向こう側にも、生身の人間がいる、ということだ。
私は、ニューヨークという街には世界に示せることがあると思っている。
憎しむことなく過去を記憶すること。人々を分断することなく、ともに涙を流すこと。そして、過去を忘れることなく、新しいものを築いていくこと。
悲劇は建物を破壊する。しかしその一方で、記憶と人間性を失わなければ、廃墟を、すべての人をつなぐ橋へと変えることのできる街も存在する。私はそう信じている。
筆者紹介:ロベルト・トロバホ・エルナンデス(Roberto Trobajo Hernández)
世界ジャーナリスト評議会(GJC)ラテンアメリカ・カリブ地域ディレクター、AL PRESS代表(CEO)。キューバ出身、コロンビア在住。劇作家、ジャーナリスト。ラテンアメリカ・ジャーナリスト賞、アントニオ・ナリーニョ全国報道賞等を受賞。著書に『Teatro Clandestino(地下演劇)』、『Sobrevivimos(私たちは生き延びた)』。
■Fuente:Actualidad Global
