1. 「日本ユネスコ運動全国大会in久留米」に参加して ―モラル崩壊の元凶・押し紙―

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2026年10月15日 (木曜日)

「日本ユネスコ運動全国大会in久留米」に参加して ―モラル崩壊の元凶・押し紙―

江上武幸 福岡・佐賀押し紙弁護団 2026年10月14日

 

戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に「平和のとりで」を築かなければならない。(UNESCO憲章前文より)

去る10月3日、福岡県久留米市の石橋文化センターで「第82回日本ユネスコ運動全国大会in久留米」が開催されました。民間ユネスコ運動は市民の力で国際理解と平和の心を育むことを目的に日本から始まった草の根ボランティア活動です。

1947年7月に最初の国内民間ユネスコ団体「仙台ユネスコ協会」が設立されています。日本がユネスコに加盟したのはそれから4年後の1951年7月です。民間ユネスコは政府機関とは独立した非政府組織(NGO)として活動しており、世界93の国と地域で約5300の団体・組織が設立されています。日本には268の民間ユネスコが存在します。

今回、全国から200名を超える会員が久留米市に集い、第82回全国大会と懇親会が開かれました。久留米ユネスコは福岡県で最初に設立されたユネスコです。東京でユネスコ活動をしておられた中村静雄氏が故郷久留米に戻られてから親族に声をかけて1982年に結成され、今年で44年になります。執筆者:弁護士 

私はユネスコの何たるかも知らずに誘われるまま入会し、毎年1月に久留米市役所の2階で開かれる小・中学生の「わたしの町のたからもの絵画展」の優秀作品に額縁をプレゼントする活動に協力するだけでした。今回、全国大会の成功のために2年間準備に専念してこられた白石会長(元久留米市長)が怪我のため急に参加されなくなり、懇親会の乾杯の挨拶を頼まれることになりました。

全体会は久留米市発祥のブリヂストンタイヤ(BS)の創業者石橋正二郎氏がスポーツ・文化・芸術の振興と市民の憩いの場として寄贈された石橋文化センターの一角にある音楽ホールで開かれました。

外務省・文部科学省、福岡県、久留米市、福岡県教育委員会、久留米市教育委員会、久留米大学等の後援を受けて開催された今大会は、善導寺の僧・賢順(けんじゅん)を祖とする箏曲の演奏と、地元出身のシンガーソングライター野田かつひこさんのオリジナル曲のギター演奏で幕を開けました。

大会のメイン行事は「わたしにとっての平和とは」と題する女性5名によるリレートークでした。92歳になる元秋月中学校長(日本遺族会女性部長)の戦争遺児としての体験、福岡市在住のウクライナ人女性の母国からの避難民受け入れの話、沖縄県在住の女性平和教育ファシリテーターの活動報告、ジュネーブの国連欧州本部に反核署名を届けた女子高校生の署名運動、それと「お義父さん、戦争ってどげんやった?」(竹書房・コミックエッセイ大賞受賞)で漫画デビューした地元作家の制作秘話など、それぞれの体験に基づき心の中に築いた平和への思いを話されました。

私は「心の中に『平和の砦』を築かねばならない」というユネスコ憲章の意味するところを今ひとつ実感できないまま漫然と過ごしてきましたが、リレートークを聞きながら自分の心の中に少しずつ「平和の砦」が築かれていく気がしました。

外務省キャリア官僚として長年中東の和平構築に携わってこられた久留米市出身の元久留米大学教授の宮原信孝氏から「一人ひとりにそれぞれの人生があり、一人ひとりの命と生活こそが、かけがえのない最も大切にするべきものであることを皆さんに伝えてもらいました。本日のこのような話を大会参加者個々人のネットワークを通じて世界の市民に伝えていくことを提案します。」との総括の言葉があり大会を終了しました。

私がこの投稿をしようと思ったのは、民間ユネスコの活動の一端を知ってもらいたいと考えたのと、シンガーソングライター野田かつひこさんの「大和桜」という歌と、ゆる山まげよさんの漫画本「お義父さん、戦争ってどげんやった?」を是非とも紹介したいと思ったからです。

「大和桜」の歌は、太平洋戦争の末期に戦艦大和を指揮して沖縄に出撃を命じられた艦隊司令官伊藤整一海軍中将(死後、海軍大将に昇進)の子孫の方たちが野田かつひこさんに頼んで作詞・作曲してもらった曲です。伊藤整一は部下に下船を命じて部下の命を助け自らは戦艦大和と運命をともにした福岡県三池郡高田町(現・みやま市)出身の軍人です。伊藤整一の生家の桜の木が枯れたあとに芽生えた若木が大きくなり、満開の花を咲かせるようになったことから子孫の方たちが伊藤整一の思いを曲にしてほしいと頼んだそうです。

伊藤整一には、毎日、片道3時間以上かけて柳川市にある旧制柳川中学校に通学し、行き帰りに歩きながら勉強したという逸話が残っています。その後、海軍兵学校・海軍大学、そしてアメリカのイェール大学に学び、アメリカと日本の圧倒的な国力の差を目にして帰国し、連合艦隊司令長官山本五十六らとともに日米開戦を避けるため懸命の努力をした軍人として知られています。

私は「大和桜」の歌を聞いて伊藤整一海軍中将のことを初めて知り、同時に軍人であった伊藤整一を偲ぶ「大和桜」が、世界平和を誓うユネスコの全国大会の舞台で歌われたことに深い感銘を受けました。

※ネットで「伊藤整一」を検索したからだと思われますが、最近、部下を助け、あるいは部下と運命をともにした海軍の高級将校らの情報が次々と出てくるようになりました。特攻隊を指揮した大西瀧治郎中将が終戦の翌日に割腹自決したことや、宇垣纏中将が終戦の日に自らの特攻機に乗って出撃したことなど知らない話を知ることができます。

それとは反対に、戦後、航空幕僚長から自民党参議院議員として84歳まで生き延びた源田実氏が特攻隊とのかかわりを徹底して隠しつづけたことや、統一教会や勝共連合と深い関係をもっていたこと、また、前記大西中将の自決を受けてあとに続くのではないかとみられていた中澤佑少将が幕僚たちを前にして「俺は死ぬ係じゃないから」と言い放って生き延び、その後、米海軍横須賀基地に勤めて83歳の長寿を全うした話なども知ることができます。

以前、「甲斐弦『GHQ検閲官』の読後感」や「裏千家玄室大宗匠お別れ会に参加して」の投稿でも触れましたが、死ぬべきでない人間が死に、死ぬべき人間がのうのうと生き残ってきてできたのが今の日本です。防衛大学生が制服姿で靖国神社に集団参拝している姿をネットで見るたびに、特攻で死んでいった10代後半から20代の戦中の若者たちのように、卑怯な大人たちに騙される自衛官がでないことを祈るばかりです。

大会終了後、ユネスコ活動の支援企業のホテルマリターレ創世に会場を移して懇親会が開かれました。偶然、隣りあわせになった「ゆる山まげよ」さんから「お義父さん、戦争ってどげんやった?」の漫画を頂戴しました。

年上のご主人と結婚した若いお嫁さんが義父から幼い頃の戦争の思い出話を聞き出しそれを素材にして描いた戦争漫画です。義父の父親は徴兵検査に合格したものの運よく軍用木材の切り出しと運搬の仕事を命ぜられたことから戦地に行くことも戦闘に巻き込まれることもなく生き延びることができました。

終戦に近い頃、B29が近くに墜落し一人の若い米兵が空腹に耐えかねて投降してきた時の話です。村人につかまえられ、木にくくりつけられた米兵に向かって息子を戦地で殺された父親が鎌を振りかざして襲いかかろうとしますが皆にとめられます。

B29爆撃機の編隊が日本上空に現れるようになってから、各地で撃墜された乗員がパラシュートで落下し住人に捕獲されるという事件が発生しています。中にはパラシュートで脱出した米兵に食べものを与えたり怪我の手当をした事例もあるようです。

戦後、墜落したB29の残骸の回収のために義父の村に進駐軍がやってきます。物珍しさに子供たちが近づくと米兵は角砂糖やガム・チョコレートなどをくれます。大人たちには温めたコーヒーを飲めと言います。それを見た義父の父親は軒先に縄でつるした干し柿をとって米兵に与えます。うまそうにほおばるのを見て残りの干し柿を縄ごと首にかけて渡します。作者は義父に「お爺さんは敵の兵隊さんになぜ干し柿をあげたりしたの。干し柿一個でも食糧難の時で大切な食べ物だったはずなのに。」と聞きます。すると、義父は「ただ、お返ししたかっただけじゃろ」と答えます。そこには、敵とか味方とかいう考えが入り込む余地はありません。戦争を無事に生き延びた人間同士が目の前にいるだけで十分ではないかと言いたげです。
作者は義父の答えを聞いて「人の『本質』は敵味方の枠を超えうるとてもシンプルなものかもしれない・・・」という思いに至ります。

この漫画はゆる山まげよさんの処女作ですがネット上では早くも高い評価を得ています。原爆漫画「はだしのゲン」(中沢啓治作)と同じように世代と国を超えて読み続けられてほしい作品です。

徴兵制という言葉が普通に聞かれるようになりました。ハガキ一枚で戦争に駆り出された「赤紙」の時代が昔語りといえなくなるような予感がします。しかし、歴史は確実に進歩しています。戦前と違い国の主権者は国民です。政治家も官僚も裁判官も自衛官も警察官も、また皇族も一人の国民であり他の国民の命や生活を奪うことはできません。国がなくとも人は友人・知人さえいれば世界のどこに行っても生きていける逞しさをもっていることが「ポツンと一軒家」や「YOUは何しに日本へ?」といったテレビ番組でわかります。

憲法で最初に学ぶのは条文ではなく憲法制定前から存在する自然権についてです。自然権は誰かから与えられるものでもなく人間として生まれた時から持っている権利です。他人に譲渡したり国家によって奪われたりすることのない権利です。この考えは、フランス人権宣言・アメリカ独立宣言以来、各国憲法に受け継がれて今日に伝わっています。

自然権の次に学ぶのは「抵抗権」です。抵抗権は国家や政府が不当に国民の権利・自由を侵害し、憲法や法の秩序を乱した場合には人民がそれに反抗することができる権利です。インドのガンジーや南アフリカのネルソン・マンデラが独立運動で指導した「市民的不服従」と異なり力をもってこれを打倒することをも認める権利です。

大日本帝国憲法には、「自然権」・「抵抗権」といった考えはありませんでした。国民は「臣民」と呼ばれており臣民の権利は天皇が与えたものでした。そのため天皇はいつでも法律で臣民の権利を制限することができました。治安維持法で死刑をもって思想・信条の自由を制限したのはその一例です。

日本国憲法はアメリカを中心とする連合国が人類の英知を結集して日本にその制定を求めた世界に誇るべき憲法です。自然権・抵抗権の権利も条文に定めがなくとも当然に含まれています。戦争に行って人を殺したり殺されたりするのが嫌な国民は法律がどうであれ自然権・抵抗権に基づいて戦争に行くのを拒否することができます。自衛官・警察官、その他の公務員であっても変わりはありません。

田中角栄元首相は人は「人相」で判断できるという考えをもっていたと言われています。新潟の農村出身であり高等小学校の学歴しか持たない首相の慧眼だと感服します。「人相見」は、古代中国や古代ギリシャ時代から伝わっている世俗の知恵です。テレビであまりにも酷い顔つきの政治家や官僚、時事評論家等の顔を見るたびに、誰か人相見ができる占い師はいないかと思ってしまいます。

宇宙から地球を眺めることができる神の目を持ちえた人類が21世紀を迎えてもなお戦争を続けていることの不思議さをつくづく感じます。むしろ、人間よりAIの方が戦争を防ぐ知恵を出してくれるかもしれません。アメリカでは日本の国家予算122兆円を軽く上回る166兆円の資産を一人の人物で所有しているそうです。完全に狂っているとしかいいようがない世界が出現しています。

核ミサイルや原子力発電もそうですがAIも人類を滅亡させかねないと言われています。これらの化け物と化した人類の科学の発展や社会構造を人間が理性によってコントロールできるかどうかが問われる時代に突入したように思います。広島・長崎の原爆被害と福島第一原子力発電所の事故を経験した日本がその役割の一端を担うことができれば良いのですが。

※ユーチューバーの金子吉友さんの「反DSあつまれニュースの森」の「郵政民営化の嘘 笹川財団、満州人脈、清和会、日本維新の会、ダボス、竹中平蔵すべてが裏でつながる」の番組は必見だと思います。参考まで。