「松竹裁判」の危険な兆候、司法権力による政党へ介入

松竹伸幸氏が日本共産党に対し、除名処分は不当だとして提訴している裁判が注目を集めている。先日、東京地裁で行われた尋問には多数の傍聴希望者が詰めかけ、抽選が行われたそうだ。
わたしは双方を取材していないので、原告・被告のどちらの主張に理があるのかを評価する立場にはない。しかし、それ以前の問題として指摘しておきたいことがひとつある。それは、政党をめぐる問題に裁判所が介入することが、今後どのような影響を及ぼすのかという点である。
改めて言うまでもなく、政党は任意団体である。共産党の場合は、科学的社会主義の思想のもと、社会主義をめざそうという人々の集まりである。一般企業や教育機関など、一定の公共性を有する組織とは、その性質が異なる。共産党以外の政党についても、それぞれの理念に基づいて政治活動を展開している。
松竹氏をめぐる裁判では、共産党の方針や、それに基づく党員への処分の当否について、裁判所という国家機関が司法判断を下すことになる。ここには慎重に考えるべき問題がある。司法が政党内部の意思決定にどこまで関与できるのか。その範囲が際限なく広がれば、国家権力が政党の自律性を脅かすことにもなりかねない。
わたしは、この裁判が、政党の自律と司法の関係をめぐる極めて重要かつ慎重に扱うべき問題を含んでいると考えている。判決内容によっては、日本を専制国家に暴走させる危険性を孕んでいる。
【写真出典】日経新聞 表示を縮小
