2026年10月21日 (水曜日)
ブラジル大統領選で浮上したMetaの選挙介入疑惑、SNSは世論誘導の装置なのか?――新聞・テレビからSNSへ、変わる情報操作の手口

ブラジル大統領選挙で、フェイスブックやインスタグラムなどのSNSを運営する米国のIT企業Meta(メタ)が介入していた疑惑が浮上している。この問題について、10月16日付のロイター通信は、次のように報じている。
米Metaの社員が、ブラジル大統領選挙の期間中、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領のInstagram(インスタグラム)のアカウントが制限措置によって不利益を受けていたことを、社内のやり取りで認めていたと、ブラジル紙「フォーリャ・ジ・サンパウロ」が16日に報じた。同紙が確認した社内メッセージを根拠としている。
ルラ・ダシルバ大統領は、中道左派の政治路線を取ってきた。2003年から2010年までブラジル大統領を務め、その後、2023年に再び大統領に就任した。米国のトランプ政権にとっては、必ずしも歓迎すべき存在ではない。こうした政治的背景を考慮すると、Metaが選挙に介入し、左派政権の崩壊を後押ししようとした可能性も疑われる。
実際、大統領選挙の第1回投票では、極右の対立候補の得票が、ルラ・ダシルバ大統領の得票をわずかに上回った。
トランプ政権の誕生後、中南米では左派政権が相次いで選挙に敗れ、政権交代が起きている。ブラジルでは、まもなく第2回投票となる決選投票が行われるが、他の国々では選挙のたびに不正選挙の噂が流れてきた。
この中には、チリやホンジュラスのケースのように、トランプ大統領自身が選挙への介入を認めたとされる事例もある。しかし、IT企業による選挙介入の疑惑が具体的な社内資料を根拠に浮上したことは、ブラジルの事例を考える上で重要な意味を持つ。
他国の内政に干渉することが、あってはならない行為であるのは言うまでもない。だが、今回の問題で特に重大なのは、選挙介入の手段としてIT企業が関与していた疑いがあることだ。
SNSの運営会社は、投稿の表示範囲や拡散の程度を技術的に調整できる立場にある。そのため、運営会社が特定の政治勢力に有利、あるいは不利になるような操作を行えば、選挙の公平性が根底から揺らぐことになる。
なお、SNSについては、利用者の思想信条とは無関係に、誰もがフォロワーやアクセス数を獲得する機会を持っているため、言論の自由が保障されると考えている人が多い。しかし、こうした考え方にも疑問がある。
確かに、自国政府に対する批判色が強いSNSのアカウントが、100万人単位のフォロワーを獲得しているケースもある。だが、その数字自体が、運営会社による何らかの操作の影響を受けている可能性についても、一応は疑ってみる必要がある。アクセス数についても同様だ。
SNSが「万人に平等」という建前を放棄すれば、利用者の信頼を失い、世論誘導の手段としての有効性も低下するだろう。逆に言えば、平等な言論空間であるというイメージを維持することが、世論誘導を可能にする条件にもなり得る。
こうした構造を考慮すると、フォロワー数やアクセス数についても、運営会社が何らかの形で操作している可能性を、最初から否定することはできない。
◆新聞・テレビからSNSへ
インターネットメディアが台頭する以前は、新聞やテレビが世論誘導の中心的な役割を果たしてきた。
もちろん、新聞やテレビの報道の中には、優れた報道もある。権力者にとって不都合な事実を暴く報道も存在する。しかし、そうした報道が一定程度許容されてきた背景には、「言論の自由」や「報道の自由」という看板がなければ、メディアに対する社会的な信頼が維持できず、世論誘導そのものが成り立たなくなるという事情もあるのではないか。
優れた報道をある程度認める一方で、政治的に重要な局面では報道に制限をかけたり、情報の扱いに差を設けたりする。これも世論誘導の手口の一つである。
わたしは、SNSでもまったく同じ原理が働いていると見ている。
「言論の自由」「報道の自由」「平等な機会」を盛んにPRしながら、選挙のように国政の行方を左右する重大な局面では、情報の表示や拡散を巧みに調整することで、世論誘導が行われているのではないか。
SNSの運営会社が情報の流通を技術的に管理できる以上、その可能性を軽視することはできない。
改めて言うまでもなく、ラテンアメリカで見られるような構図が、日本にも定着している可能性は十分にある。
かつては新聞やテレビを過信し、現在はSNSを過信している人が後を絶たない。しかし、情報の発信手段が変わったからといって、世論誘導の仕組みまで消滅したわけではない。
むしろ、SNSの時代には、情報の表示や拡散を左右する仕組みが利用者から見えにくくなっている。その意味で、世論誘導の実態は、新聞やテレビが中心だった時代以上に見極めにくくなっているのではないだろうか。
