1. 公共事業は諸悪の根源? 長良川河口堰に見る官僚の際限ないウソ

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2013年08月05日 (月曜日)

公共事業は諸悪の根源? 長良川河口堰に見る官僚の際限ないウソ

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

参院選で自民が圧勝しました。アベノミックス効果なのでしょう。でも、消費者物価が0.4%上がったとはいえ、中身は円安でエネルギー価格が上昇。電気・ガス料金に跳ね返っただけです。給料が上がらず、公共料金の高騰では、ますます家計はひっ迫します。

自民の選挙を支えたのは、既得権益を持つ強大な利権組織です。これから彼らは、大手を振って見返りを要求するでしょう。自民の多くの議員の言動を聞いても、これまで大借金を溜めてきたことや、原発を安全策を怠ったまま推進してきたことにも真摯な反省はありません。高市早苗政調会長の発言が、その典型です。

結果、消費税を上げても、また税収は既得権益層を潤す公共事業に注ぎ込まれます。家計が潤ってこそ、人々に買う意欲が芽生え、デフレ脱却の好循環が生まれます。でも、とてもそうなりそうにありません。来年の今頃、ますます物価は上がり、需要は落ち込む消費税不況に見舞われるのではないかと、私は恐れています。

そうならないためには、公共事業の大盤振る舞いをまず止めることです。官僚利権を排し、規制緩和で民間活力を強め、この国の経済を復活させる以外にないのです。

これまで3回にわたりこの欄で、多額の税金を注ぎ込み、官僚・政治家が利権目当てに進める大型公共事業の内実がいかなるものだったのか、私が解明しながら朝日が記事を止めたことで、読者・世間の皆さんに伝えることが出来なかった長良川河口堰事業の「真実」について書いてきました。今回はその4回目です。今回も、前回までのおさらいから始めます。

(参考:毎秒7500トンが流れた時のシミュレーション水位)

◆『河川砂防技術基準〈案〉』

建設省は水余りの中、1976年9月の長良川安八・墨俣水害を格好の理由づけに、「水害から住民の命を守る」として、長良川河口堰事業を推し進めました。

しかし、台風による大雨が4日間も降り続いて起きたこの水害でも、その間の最高水位は、堤防下2メートルに建設省が定めた安全ライン(計画高水位)より、さらに1メートル以上も下。堤防上からは3メートル以上下にしか水は来ていなかったのです。堤防に弱い箇所があって破堤したのであり、安八水害程度の水量、毎秒6400トンでは、長良川の堤防の高さ,河道容量には十分な余裕があり、治水上、堰の必要はなかったです。

ただ、治水のために長良川河口堰を建設する目的は、安八水害の毎秒6400トンの大水に備えるためではありません。90年に1度(90年確率)の毎秒7500トン(計画高水量)の大水でも水害が起きないようにするためです。

6400トンの大水なら安全に流せることは、安八水害のデータから証明出来ます。しかし、7500トンではどうなのか。1990年2月の記者会見で建設省は、「7500トンなら、安全ラインを1メートル弱、上回る。治水のために堰は不可欠」と答え、事業推進を明言しました。

どうもごまかしがあると思いました。「7500トンで安全ラインを上回るか、否か」。建設省はこんな時には、何とか水掛け論にして、逃げこもうとします。でも記者なら、「そうはさせじ」です。グーの音も出ない方法で、「ウソ」と立証する必要があります。その手法を探るうち、建設省自身が治水計画を進める手順を定めた行政マニュアル『河川砂防技術基準〈案〉』にたどり着きました。

◆『木曽三川?その流域と河川技術』

マニュアルでは、?河道容量を測量した『河床年報』を作成する?大水時に実測した水量と水位の相関関係から川底の摩擦の強さ、『粗度係数』の値を、『不等流計算式』を使い算出する?『粗度係数』と『河床年報』のデータから『不等流計算式』で逆算。最大大水時の水位をシミュレーションして、安全ラインを上回るか否かで、その川の治水対策の必要性の有無を判断する――と定めています。

建設省では、この計算をパソコンでやっていました。私が、?『河床年報』?『不等流計算式』?『粗度係数』の3点セット、つまり、3つのカギを入手してパソコンに入力すれば、建設省のウソを暴くウソ発見器が作れます。建設省がひた隠しにしている7500トン流れた時の行政マニュアル通りのシミュレーション水位を、パソコンは正確に計算するからです。

私が早速3つのカギの入手に動きました。??を入手、記事を書ける水準に達しても、社会部長の煮え切らない態度で時間が経つうち、建設省も私の取材に気付きました。1990年4月、私の取材対策として、?の『粗度係数』の改ざんに手を染めたのです。

私が取材に行くと、建設省は「待ってました」とばかり、「長良川の現況粗度係数」と書かれたペーパーを渡しました。なるほどこの係数値で計算すると、7500トン流れた時、安全ラインを60センチほど上回ります。しかし、建設省はその時、このペーハーを作成した日付け、「90・4・9」の数字を消し忘れて渡す決定的なミスをしていたのです。

「建設省が私への取材対策をごく最近完成させた」との情報は入っていました。これが対策の中身だとは、すぐにピンと来ました。私が本格的に取材を始め、2か月後にあわてて作られたこんな偽物のカギを掴まされて喜ぶほど、私は甘くはありません。本物のカギを探すうち、安八水害後の1988年9月、建設省中部地建発行の記念誌『木曽三川?その流域と河川技術』に、「長良川の現況粗度係数」が書かれているのを見つけました。本物のカギです。

ついに???の3つのカギが揃ったのです。記念誌記載の76年安八水害の本物の粗度係数の値と、私の取材対策で1990年4月に新しく作り上げた値との違いで、7500トン流れた時の水位がどう違うか。ウソ発見器のパソコンで描かせてみたものが、次の水位図です。(参考:毎秒7500ドン流れた時のシミュレーション水位=ここをクリック)

本物のカギを入れると、長良川河口から30.2キロまでの下流部、「堰を造らない限り、洪水の心配がある」と建設省が主張している全区間で、堤防下2メートルの安全ラインを下回り、危険個所は1ヶ所もありません。つまり、想定される最大の大水でも安全に流れ、行政マニュアルの判断基準に照らしても、治水上堰は不要と分かったのです。このことまで、前3回に書きました。今回はここからです。

◆社会部長から記事のストップが

前記の取材結果は、すべて建設省内部の極秘資料と行政マニュアルによる客観的事実です。記者や学者の主観の入る余地のないこともお分かり戴けたと思います。

ジャーナリズムとは何か。いろいろ難しい議論もあります。でも、何より人々の「知る権利」に応えることです。編集方針に基づく社説などの主張は、報道機関それぞれで違いがあって当たり前です。でも、記者がつかんだ客観的な事実報道で、報道機関上層部が恣意的に取捨選択してはならないことも、ジャーナズム倫理の基本です。

記者は何も個人的な興味、趣味で取材している訳ではないのです。「朝日記者」と名乗って取材した客観的事実は、少なくとも朝日の読者には、「知る権利」があります。

???のカギまで手に入れ、記事にしようとしたこの年、つまり1990年2月、社会部長が止めました。「では、どこまで詰めたら、記事にしてくれるのか」と、条件を問いました。

??4月になって「?もう少し学者の意見を聞き、実名で計算結果を発表してくれる学者を探す少なくとも,計算結果が,水理学的に正しいとのコメントを出してくれる学者を見つける

?建設省がどのような計算をし,記者発表をしたのか。これまでのルートを通じて、その手の内をさらに深く探る」の3条件が示され、このどれか1つでも条件を満たせば、記事にしてくれる約束だったことも、前回のこの欄で書いた通りです。

私のここまでの取材で??を満たしてあります。とりわけ?は、絶対的な条件です。?が分かれば、??は蛇足に過ぎません。?を解明した以上、もう、部長は記事を止める理由・筋合いはありません。

「建設省は、想定される最大大水の7500トン流れる時には、『堤防が崩れる恐れ、水害になる恐れがあるとして、河口堰を着工しようとしている。しかし、建設省がひた隠しにしている極秘資料『河床年報』を使い、行政マニュアル通りに計算すると、この大水でも安全ライン以下の水位で流れ、洪水の危険はない。露見を恐れた建設省は、ごく最近、『粗度係数』を改ざんし、長良川を治水上危険と見せかける隠ぺい工作を始めた」。こんな内容の原稿を書きあげた私は、当然のこととして、すぐに記事にするよう社会部長に求めました。

しかし、部長は東京・社会部長への栄転が内々定していました。「新部長が来てから、記事にして欲しい」と言って来ました。今から考えると、上層部の意向が働いていたようにも思えます。ただ、その時は「転勤前だから、いつもの慎重癖が出たのか」と、私は安易に考えていました。新部長の赴任まで2週間足らずです。待てない期間でもありません。

それに、私はまだ、やっと3つのカギを見つけたところです。部長のそもそもの指示は「建設省は役所だ。あまりに無茶なウソまではつかないだろう。記者会見で話した根拠は何か。その手の内を詰めて欲しい」です。私はこれまでの何十回もの調査報道経験から、「利権のためなら、官僚ほどぬけぬけとウソをつく集団はない」と思っていました。

時間があれば、完成したウソ発見器のパソコンを駆使出来ます。記者会見で建設省が堰の必要性を説明した内幕・根拠は何だったのか。建設省が言ってきたことを跡付ければ、その手の内、より多くのウソが発見出来ます。何とも消極的な朝日の態度に裏に何かあると、薄々感じるものもありました。その雰囲気を変え、新部長に記事化を求める説得材料になると思いました。

◆4回の出水ピーク

私は、『木曽三川』の粗度係数の記述を、もう一度落ち着いて、詳細に読み返すことから始めました。すると、「係数算出の『計算期間』を、安八大水の「9月9日1時から12日24時までの96時間」との重大な記述に気付きました。

大水は4日間で、4回の出水ピークがあったことは、前回書いた通りです。「9日から12日までの96時間」とは、この1波から4波の4回のピークをすべてカバーする時間帯です。つまり、建設省は少なくとも『木曽三川』執筆段階で、すでに1波から4波の4回のピーク水位と水量との関係データを十分承知し、係数の値を算出していたのです。その上で安八水害全体の粗度係数の値として妥当との判断で、『木曽三川』にその値を記載したことは、この記述から裏付けられます。

でも、前回のこの欄で書いたことをもう一度、想い出して下さい。私への取材対策のため、新たに作られた言い訳係数のペーパーを渡す時、担当者は「安八水害では4回の出水のピークがありました。しかし、下流部では1波目より、4波目の方が水位は高かったのに、それに気付かず、もっぱら1波目から係数値を算出していました。だから今回見直し、正しい値を算出しました」と、私に話しています。

もちろん「見直した」は真っ赤なウソ。私が取材を始めてから突然「見直した」係数値とは、明らかに私への取材対策とは思っていました。でも、それを証明する証拠が、それまでありませんでした。

しかし、この記載で、「長良川が治水上安全」との記事を私に書かれないようにする、言い訳のためのデッチ上げ係数であったことの何よりに証拠になります。

もちろん私は単なる推測でなく、当時の経緯を関係者に当たり、裏も取りました。「朝日さんへの取材にどう対処するか、実は困り果てたのです。そこで本庁の指示で、何とか今までの『長良川は危険』とする私たちの主張に都合のいい係数値を出せないかとの話になりました。建設省の言いなりになるコンサルタントに資料を段ボール2箱に詰めて送り、作り上げた値です」との証言も取りました。「4波目で計算していなかったと気付き……」などと、よくもぬけぬけと騙してくれたものです。

◆マニュアル違反は明確

ちょっとましな調査報道記者なら、すべてお見通しでも、最初から全部をさらけ出し、一本の記事で済ますようなヘマはしません。単発では世間の認識も深まりません。相手も素直に謝らず、カエルの面に小便。間違った政策もそのまま継続されることが少なくありません。

そうさせないために、記者は集めたデータを小出しにし、記事を何本も繋いで行きます。その都度、相手は、言い訳。でも、大半は苦し紛れのウソです。その言質の矛盾を突いて袋小路に追い込みます。最後の最後に切り札になるデータを示し、相手を絶対絶命していくのが常套手段です。つまり、調査報道の成否は、続報の出来、不出来が握ります。相手に「参った」と言わせるには、続報の手数は、多ければ多い程いいのです。

続報でこの記載を紹介。「最初から建設省は安八水害の新た4回の出水ピークのデータをすべて承知の上で、妥当な値として『木曽三川』に記載した。朝日が取材を始めた直後の係数値の改ざんは、治水上安全な長良川を『危険』と見せかける隠ぺい工作」と書けば、続報一本ゲットです。

『三川』記載までの経過も探りました。係数値は、安八水害8年後の84年に建設省がコンサルタントに依頼して、計算してもらっていたものでした。学者の検証も経て、88年発行の『三川』に載せたのです。

建設省行政マニュアル『河川砂防基準』では、大水が出た時には、水位と流量を実測、速やかに粗度係数の値を出すことを定めています。安八水害8年後の算出自体遅過ぎます。でも、84年にこの値を算出したのなら、すぐにこの値でシミュレーションし、「長良川は治水上、安全」と公表しなければならなかったのです。この事実からも「マニュアル違反は明確」との記事に出来ます。もう1本、続報ゲットです。

◆岐阜県庁前の水位図

建設省が90年2月の記者会見で話したことの「手の内」を詳しく探れ、というのも部長の指示でした。

会見で建設省は「長良川は最大大水では、安全水位を1メートル弱上回る。あと川底から1500万トンを超える土砂浚渫が必要」と明言しています。その根拠は何かも探りました。

建設省は巨大な利権集団です。しかし、真面目な技術屋さんの集団と言う側面もあります。騙すにも、それなりの根拠がありますから、ウソは比較的見つけ易いのです。

何しろ私には、最強無敵のウソ発見器のパソコンがついてくれています。粗度係数を入れ替えたりすれば、会見でついたウソ程度なら、どう建設省がパソコンをいじり、こんなウソを導き出したか、手の内は比較的簡単に見つかると、タカをくくっていました。しかし、実は一筋縄では行きませんでした。

「最大大水では、安全ラインを大幅に上回る」とする水位図は、建設省はそれまでもパンフレットなどで公表してはいました。会見も説明もこの水位図を根拠にしているとは思いましたが、どの図も数値の入っていないイメージ図だけで、検証が難しかったのです。

私のパートナーの若い科学記者は、87年河床データの入ったウソ発見器のパソコンに、いろんな係数・数字を入れ直し、パンフレットにあるイメージ曲線を描くことが出来ないか、何度も何度も計算をし直しました。しかし、どんなにデータを入れ替えても、パンフレットのイメージ曲線の形とは、似ても似つかない曲線しか打ち出しません。このパソコンをもってしても根拠が見つからないのです。

こんな時には、足で取材するのに限ります。ある人から「『現況の長良川では水害の危険がある』として、岐阜県庁正面に大きく掲げられているパネルの水位図を良く見てみたら…。面白いことが分かる」とのヒントをもらいました。

この水位図は、堰反対運動の高まりの中、堰がなければ水害の危険があることをアピールしようと、建設省から提供された原図に基づき、岐阜県が拡大。パネルにして県庁正面に掲げていたものでした。当時、建設省出身知事をトップに頂く岐阜県には、役所同士という安心感がつい出たのでしょう。この図だけは数値が入っていました。

でも、岐阜県は、建設省の内情までは知りません。「格好の住民への説得材料」とばかり、そのまま県民の目によく触れる県庁正面に掲げたのです。この水位図、よく見ると、水位だけでなく河床の高さの数値も記載されていました。 コピーを岐阜県からもらい詳細に見てみました。すると、1972年当時の古い河床が使われていることが分かったのです。「72年」とは、河口堰事業が始まる直前です。ウソ発見器には、当時の最新の87年の河床データしか入っていなかったので、この曲線を打ち出せなかったのですが、72年の『河床年報』も入手、「計画粗度係数」の値を入れて計算してみました。

すると、パソコンから出てきた水位曲線は、県庁正面の水位図だけでなく、過去のパンフレットのイメージ曲線のカーブともピタッと一致しました。建設省は72年の古い河床に計画粗度で計算させた結果から、記者会見で「現況の長良川は危険」と説明していたのです。

会見は90年2月。取材対策として、新しい粗度係数を作り上げたのは、「90年4月9日前後」です。「治水上、長良川は危険」との建設省の主張・結論のウソ・偽りに変わりありません。でも、この日を境に前と後で、説明する根拠・水位図は全く違っていたのです。何が「新しい係数が出たら、大体これくらいになろうかと……」です。

◆『長良川河口堰調査報告書』

もちろん着工前の建設省と堰反対派との論争は、「現況の長良川で、堰がなければ治水上、危険か否か」です。当時の「現況の長良川」とは、1987年に測量された『河床年報』に記載された河道データであり、このデータから説明しなければならないのは、当然のことです。

わざわざ15年前の河床年報で計算した結果から、「長良川は危険」と印象付ける水位図をパネル展示。現況の長良川では、安全ラインを下回るのを承知しながら、「1メートル上回る」などと会見でも説明するのは、「悪どいウソ」と言うほかありません。建設省に「参った」と言わせる決め手となる続報に使えます。

しかし、ここまで来た時、私たちは新たな疑問に直面していました。土砂の浚渫量に関してです。疑問・矛盾を少しでも感じ取ったら、すべて解消する。調査報道記者としての私の信条でもありました。

何で疑問が出て来たかと言うと、若い記者がイメージ図の根拠が何かを探るため、何十、何百回もデータを変えてはパソコンで計算していたことからでした。パソコンではゲーム感覚で、浚渫量をいろいろ変えて水位がどう変化するか、シミュレーション出来ます。その結果、だいたい100万トン、長良川川底の土砂を浚渫すると、大水時10センチ、長良川の水位が下がることが分かって来ていました。

政府は1968年、「治水・利水のために3200万トンの土砂の浚渫が必要」として、堰建設の閣議決定をしています。「3200万トン」の浚渫が必要なら、100万トン10センチの水位低下効果で勘案すると、「3.2メートル」水位を下げない限り、大水時、安全ライン以下にならないことを意味します。

2月の記者会見で建設省は閣議決定以降、堰がなくても海水が遡上しない範囲で、「900万トン」の浚渫をしたとしています。別に「300万トン」は地盤沈下で、浚渫と同じ効果が現れていることも認めました。合わせて「1200万トン」です。パソコンゲームの結果と重ね合わせると、「1200万トン」浚渫しただけなら、大水時1.2メートル水位が下がるに過ぎません。 もちろん、浚渫による川底の摩擦の低減、つまり粗度係数値の低下の影響もあるのですが、それにしても1200万トンの浚渫をしただけで、3.2メートルも水位が下がるのでは、あまりにもケタが違い辻褄が合いません。

当初はウソ発見器のパソコンがウソをついているのではと、もう一度点検してみました。でも、どの角度から見直しても、パソコンに欠陥はありませんでした。

その時私は、閣議決定に先立つ1962年に建設省が作った極秘の『長良川河口堰調査報告書』という資料があるのを想い出しました。

この報告書は堰の計画当初に作られ、秘かに堰に反対する住民団体の手に渡り、堰差し止め訴訟の証拠の1つとして、裁判所にも出されていました。しかし、住民側も難しい資料は読みこなせず、建設省の主張を崩すために、裁判で十分活用されているとは言えなかったのです。 私も偉そうには言えません。「どんな資料でも、手に入るものは、入れておけ。そのうち役立つこともある」。昔、先輩から受けた教えに沿い、原告団からもらって一読。よく分からないまま、段ボール箱には入れていたのです。

◆「利水」と「治水」は別

その時は、水位ばかりに関心が行き、浚渫量に無頓着だったこともあります。しかし、ここまで来ると、知識の集積があります。報告書には、何やら浚渫量について、詳しい記載があったことに気が付いたのです。

建設省は閣議決定以降、一貫して「3200万トンの浚渫が必要」と言って来ましたから、私も治水のための必要量と思い込んでいました。ところが、極秘報告書では計画時、「治水のための浚渫必要量」と「利水の浚渫量」が別々に検討されていたのです。

もともと、河口堰は、高度成長期、四日市コンビナートなど膨れ上がる工業用の水需要に対応するため、計画された背景があります。堰を造って海水の遡上を食い止める。背後を出来るだけ深く浚渫し、多くの真水を溜め、工業地帯に水を供給するのがそもそもの目的です。考えてみれば、「治水」と「利水」の必要量が同一であることの方が不自然です。

報告書よく読むと、「利水」のために「3200万トンの土砂を浚渫する必要がある」としているのであって、「治水」のためなら「1300万トン」と、明確に記載されていました。

私は建設省に騙され、「治水上、3200万トン」と思い込んでいました。だから、「1200万トン」の浚渫では水位は1.2メートルしか下がらないはずなのに、パソコンが安全水位以下のシミュレーションを描くことに疑問を持ったのです。

しかし、治水上は1300万トンの浚渫で済むなら、「1.2メートル分」は建設省も浚渫で終わっていることを認めています。あとの「0.1メートル分」が、河川改修による粗度係数低下効果を考えれば、すべての辻褄が合います。ウソ発見器のパソコンはやっぱり正しく、水位だけでなく、浚渫量に関しても、建設省のウソをも見抜いてくれていたのです。

「治水から浚渫必要量は、実は1300万トン。すでにこの分の浚渫はほぼ終了。治水上、河口堰建設の必要がないことは、極秘報告書からも明らかに」。続報でこう書けば、建設省は「参った」と言うほかないでしょう。これが最後の決め手となる続報記事です。

この結果は、『木曽三川』に記載されている本当の粗度係数の値で計算してこそ、すべてにおいて整合性があります。しかし、建設省が私への言い訳のためにデッチ上げた係数では、相互に様々な矛盾が生じ、辻褄が合わなくなります。つまり、この解明は建設省のデッチ上げ係数がいかにデタラメかの証明でもあったのです。

ここまで来るとトランプの終盤のように、パタパタとカードが揃って、ゲームは終わります。取材の過程で様々な疑問にぶつかり、謎解きのため、苦労しながら集めた数多くの資料・証拠・証言が1本の糸で有機的に繋がったのです。

外から難攻不落、強固に張り巡らされているかのように見えた建設省の秘密のバリアです。でも、一旦、風穴を開け、内部に入り込み裏から見てみれば、構造は丸見え。実はつぎはぎだらけのもろい物でした。出来のいい推理小説を読んで、すべての謎が1本の糸で繋がって解き明かされた時に似た、何とも言えない快感に私は包まれました。

ここまでお読み戴いた、読者の皆さん、有難う御座いました。数字のオンパレードで、さぞ頭も混乱していると思います。

ただ山登りでも、ふもとから見たのと、頂上に立ち、辿って来た道を上から見るのとでは、景色が違います。おさらいの意味で、建設省が河口堰推進のために、どんなに国民・住民を欺いて来たか、ウソの系譜を時系列・年代で整理、上から俯瞰してみましょう。いかに官僚が利権目的の公共工事のため、ウソで固め、国民の血税を無駄に捨てているかが、鮮明になり、皆さんも少しは頭の整理が出来ると思います。

 ◆長良川河口堰事件の年表

1962年 建設省は、治水ための必要浚渫量を「1300万トン」、利水からの必要量を「3200万トン」と算出。極秘の「長良川河口堰調査報告書」を作成。

1968年 建設省は「治水」、「利水」を区別することなく、「治水・利水に必要な浚渫量は3200万トン」として、閣議決定に持ち込む。

1972年 「河口堰建設事業」の一環の長良川川底の土砂を浚渫する事業開始(1990年までに900万トンの浚渫と地盤沈下で300万トンの同様効果)。

1976年 安八水害発生。建設省は水余りの中、「治水のために、堰建設は不可欠」と大宣伝を始める。

1984年 安八水害のデータから、コンサルタント会社に依頼して、長良川の最新の現況粗度係数を算出。マニュアルではこの値で直ちに治水計算しなければならない。しかし結果は、最大大水時の水位は完全に安全ラインを下回り、「治水のためには堰不要」との結論になる。公表せず、ひた隠しにした。

1988年 木曽三川の改修100年記念事業として『木曽三川?その流域と河川技術』を発刊。頭隠して、尻隠さずで、安八水害のデータで算出した本物の「長良川の現況粗度係数」を掲載。

1989年 岐阜県は、建設省から渡された72年の河床データと「計画粗度」で計算した水位シミューレーションをパネルにして県庁正面に掲げ、「堰を造らないと、洪水の心配がある」と、住民を説得。

1990年2月 建設省が記者会見。計算根拠を明らかにしないまま、「現況の長良川は最大大水時、水位は安全ラインを1メートル弱上回り、洪水の危険がある。治水のためにあと1500万トン以上の浚渫が必要で、堰は不可欠」と説明。

1990年3月 私たちが取材で、『河床年報』を要求。「不等流計算」され、結果が露見するのを恐れた建設省は、さらなる取材対策のために、新しい「粗度係数」の算出にとりかかる。

1990年4月 新しい「粗度係数」の値を作り上げる。「4.9」の日付でペーパーを作成。この係数で計算すると、安全ラインを上回り、「堰必要」との結論にひっくり返る。

1990年6月 私たちが取材。建設省は「待ってました」とばかり、新しく算出した「粗度係数」のペーパーを示し、「この係数が正しい」として、堰建設の論拠とする。  ――以上の通りです。

◆新しい社会部長が就任したが・・・

この通り、長良川では「1300万トン」がもともと治水上の必要浚渫量でした。高度成長期が終わり、水需要減退で利水からの建設必要性がなくなるなら、当然、「1300万トン」を起点に建設の是非を議論すべきだったのです。 ところが、建設中止に追い込まれるのを恐れた建設省は、あたかも「3200万トン」が治水からの必要浚渫量かのように偽って来たのが、そもそものウソの始まりです。この後は住民団体の追及や私の取材で、ウソが露見するのを恐れ、ウソにウソを積み重ねてきたことが、この時系列でお分かり戴けたのではないかと思います。

このすべての解明が終えたのは、1990年6月末のことでした。「建設省がどのような計算をし、記者発表をしたのか、これまでのルートを通じて、内情をさらに深く探れないか」。前記の事実は、部長が記事にする条件として私に求めた「建設省の手の内」の完全な解明でもあります。私はこの欄で書ききれなかった他のデータもありますから、10本ほどの続報記事も書き終え、新部長の赴任を首を長くして待ったのです。 でも、結論を先に言うと、新部長が到着しても、その記事が一切陽の目を見ることはありませんでした。 申し訳ありません。ここまで書いて来たところで、また紙数が尽きました。今回も大変、難解な内容で恐縮です。 ただ、腐り切っていたのは、官僚だけではなかったのです。古巣を悪く言うのは辛いことです。でも、官僚だけ悪者にするのでは公平性に欠けます。次回は朝日が、どう記事を止めたか、その経過を書こうと思います。これに懲りず、ぜひ次回もご愛読頂ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり) フリージャーナリスト。

元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。