読売新聞に見る旧日本軍に関する記述の変化、過去に吉田清治氏も登場

新聞の編集方針は、時代によってころころと変化するようだ。このところ話題になっている強制連行(従軍慰安婦を含む)など旧日本軍の戦争犯罪を、読売新聞がどのように扱っていたかを調べてみた。
1985年9月27日の朝刊「顔」の欄(冒頭写真)には、吉田清治氏が登場している。改めていうまでもなく、吉田氏は、朝日の「誤報」問題の発端となった人である。吉田氏は、旧日本軍が従軍慰安婦を強制連行した旨の証言をしたが、第3者証言の不在を理由に、証言はウソだったと決めつけられてしまった人物である。
その吉田氏を読売新聞も、かつては肯定的に取り上げている。次のようなタッチである。
(略)強制連行の被害体験を語った記録は数多い。だが、加害者側の日本人が語っているのは、吉田さんだけだ。(略)
強制連行の犠牲者の大半は、いつどこで、どんな状態で亡くなったか分からない。遺骨の所在も不明だ。(略)
従軍慰安婦の強制連行については、1976年8月14日付け朝刊で、久保田二郎氏が「従軍慰安婦の『碑』は恥か」と題する短文を読者欄に投稿している。
日清、日露の武力介入以来、日本軍は戦場の各地で住民婦女子への 暴行事件が絶えず、占領地の治安はみだれ、性病のまんえんするに及んで慰安所(遊郭のたぐい)を開設するようになった。慰安婦の募集は疲弊した農村から甘口とサーベルの威圧の下に行われたようだ。
また、1976年4月19日付けの朝刊「読書」欄では、聖書研究者の佐竹明氏が、「我々が忍んだもの 彼らに忍ばせた罪」と題するエッセイを掲載している。
(略)彼女たちは戦時中朝鮮の地方から十代のうら若さで、だまされて、しかも強制的に狩り出され、日本の将兵の性欲のはけ口の役を果たすべく、有無をいわせず、中国を始めとする前線に配属され連日数十人の相手をさせられたという。
これらの記事から、読売のスタンスがいかに大きく変化しているかが読み取れる。
8月のABC部数、朝日も読売も微減、朝日の「誤報」と部数変動は無関係、前年同月比は読売が-61万部、朝日が-30万部
日本ABC協会が公表した8月のABC部数によると、朝日新聞と読売新聞の8月の新聞部数の変動は、ほとんど変わらないことが分かった。両者の部数比較は次の通りである。
【8月の朝刊】
朝日:7,252,277部
読売:9,233,844部
【対前月差】
朝日:-14,589部
読売:-14,602部
【対前年同月比】
朝日:-303,582部
読売:-612,990部
【8月の夕刊】
朝日:2,360,526部
読売:3,079,110部
【対前月比】
朝日:-78,710部(販売店:-78,014部)
読売:-22,104部(販売店:-20,583部)
【対前年同月比】
朝日:-370,948部
読売:-273,575部
これらの数字から、従軍慰安婦問題の「誤報」で、朝日が部数を減らしているという週刊誌や月刊誌の報道が間違いであることが分かる。以下、解説である。
◇朝刊と夕刊の関係
まず、朝刊は、朝日も読売も前月に比べて約1万4000部減っている。朝日だけが、減っているわけではない。逆に朝日は、大阪本社と西部本社などでは部数を増やしている。
興味深いのは、夕刊の部数変動である。朝日は、確かに約8万部と大幅に部数を減らしているが、その大半は、キオスクなどで行われる直売ではなくて、販売店が扱っている部数である。つまり朝夕刊のセット版を購読していた人が、朝刊だけの購読に切り替えたことを意味している。朝日の購読を中止したということではない。
原因は、読者が慰安婦報道や原発報道の「誤報」に怒ったことではなくて、お金を節約するためだった可能性が高い。怒りが原因であれば、購読を完全に中止するからだ。主要な情報がある朝刊は、購読し続けているのである。
ちなみに夕刊をサービス(無料)した場合は、部数減を招かない。
◇部数減の原因はインターネットへの移行
ただ、ABC部数に「押し紙」が含まれていることも事実である。新聞社が印刷部数を申告する方式で部数を集計するので、ABC部数が販売部数を正確に反映していない可能性もある。
しかし、新聞各社の部数動向のおおまかな傾向を把握する目安にはなる。
こうした観点からABC部数を解析すると、新聞業界全体が部数減を招いているのが実情で、朝日だけが「誤報」で著しく部数を減らしたとする週刊誌や月刊誌の解釈は間違っている。事実認識の誤りである。
わたしは新聞社の主張と部数の変動はあまり関係がないと見ている。部数減の原因は極めて単純で、紙媒体からインターネットへの移行の結果であると考えている。時代の流れである。
読売が朝日を批判するリーフレットとチラシをポスティング、朝日を上回る部数激減の歯止めになるか?

昨日(23日)、郵便ポストに『朝日「慰安婦」報道は何が問題なのか』と題するリーフレットと「読売新聞は真実を追求する公正な報道で信頼に応えます」と題するチラシがセットになって投函されていた。
読売の読者ではないわたしの自宅ポストにこれらのPR媒体が投函されたことから察して、全戸配布の結果ではないかと思われる。ただし、配布の範囲が一地方に限定したものなのか、全国的規模なのかは分からない。
『朝日「慰安婦」報道は何が問題なのか』は、サイズが「A4版」で19ページ。朝日報道を徹底批判した後、メディアが報道内容に責任を持つ重要性を訴えている。
一方、チラシも報道機関としての責任の重要性を強調し、次のように結んでいる。
今ほど、報道に誠実さが求められているときはありません。
読売新聞も過去に重大な誤報をしています。2012年にはiPS細胞をめぐり「日本人研究者が世界ではじめて臨床応用を行った」と誤った報道を行い、報道2日後に誤報であったことを紙面でお伝えし、おわびを掲載しました。報道に誤りがあったとき、さらには誤りを指摘されたときの迅速な対応が何よりも大切だと考えています。読売新聞は事実に忠実であること、そして誤りに対して誠実であることを読者の皆様にお誓いします。
◇なぜ、PR媒体のポスティングなのか?
読売によるリーフレットとチラシのポスティングの目的は不明だが、次の3点が考え得る。
①読売は昨年の11月から、ABC部数を77万4000部も減らしている。そこで読者の信頼回復を求めようとしている可能性。減部数の比は、朝日とは比較にならないほど大きい。
余談になるが、ABC部数が正確とすれば、週刊誌や月刊誌が盛んに報じている朝日の減部数(それは、慰安婦問題の影響と報じている)は、完全に誤っている。事実に反している。
②「①」を前提として、朝日と読売の質の違いをPRし、今後の新聞拡販戦略を有意に進める意図がある可能性。少なくとも、そのような戦略は可能になる。
③従軍慰安婦問題で、旧日本軍の戦争犯罪に対する評価の見直しをはかろうとしている可能性。歴史修正主義の反映である。
◇読売の「押し紙」を認定した福岡高裁判決
既に述べたように読売は、配布したチラシの中で「読売新聞は事実に忠実であること、そして誤りに対して誠実であることを読者の皆様にお誓いします。」と述べている。
わたしが今後、読売に明らかにしてほしいのは次の点である。
読売のABC部数は、実配(売)部数を正しく反映しているのか?
読売の宮本友丘副社長は、同社が週刊新潮とわたしを訴えた裁判の中で、以下に引用するように、「押し紙」の存在を全面否定する証言をしているが、その一方で、読売の「押し紙」政策を認定した福岡高裁の判例(真村裁判)が存在する。そこでわたしは、「押し売りした証拠が残っている新聞」は存在しなくても、店舗で過剰になっている新聞は存在するのかを尋ねたい。
宮本氏の証言は次の通りである。読売代理人である喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)の質問に答えるかたちでの発言である。
喜田村:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。
宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。
喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。
宮本:はい。
喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。
宮本:はい。
(略)
喜田村:被告の側では、押し紙というものがあるんだということの御主張なんですけれども、なぜその押し紙が出てくるのかということについて、読売新聞社が販売店に対してノルマを課すと。そうすると販売店はノルマを達成しないと改廃されてしまうと。そうすると販売店のほうでは読者がいない紙であっても注文をして、結局これが押し紙になっていくんだと、こんなような御主張になっているんですけれども、読売新聞社においてそのようなノルマの押しつけ、あるいはノルマが未達成だということによってお店が改廃されるということはあるんでしょうか。
宮本:今まで1件もございません。
この裁判では、村上正敏裁判長(東京地裁)が読売の「押し紙」が存在しないことを認定しているが、既に述べたように福岡高裁判例は、読売の「押し紙」を認定している。たとえば次のように。
このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。
現在の状況はどうなのか?ABC部数は、正しく読売新聞の実配部数を反映しているのか? 昔から新聞業界全体で問題になってきた広義の「押し紙」問題について、読売は見解を示すべきだろう。
◇ABC部数が実配(売)部数を正しく反映する必要があるのか?
なぜ、ABC部数が実配(売)部数を正しく反映する必要があるのだろうか?それは、公共広告(新聞の紙面広告)の価格設定が、ABC部数を基準に行われてるからだ。次に示すPDFは、裁判員制度PRの紙面広告の価格である。
ABC部数1位の読売が、年間で約1億円、2位の朝日が約7000万円である。
読売の部数が10カ月で約77万4000部減、「数字で見る読売新聞」には10,007,440部と表示、部数減は朝日の比ではない
読売新聞のウエブサイトにある「数字で見る読売新聞」によると、同社の発行部数は、2014年9月23日の時点で、10,007,440部となっている。そしてこの数字を誇り、他紙に対する競争心を露呈させて、次のように述べている。
読売新聞は、イギリスの「ギネスブック」が認定した世界一の発行部数を誇り、日本を代表する高級紙です。 発行部数監査機関である日本ABC協会の報告では、2013年11月の朝刊部数は全国で1000万7440部で、全国紙第2位の新聞に約247万部、第3位紙に約667万部という大差をつけています。
読売自身が文中で記しているように、この「10,007,440部」という数字は、2013年11月時点のものである。つまり10カ月前の数字を現在も表示し続けているのだ。
◇読売の現在のABC部数
一方、同じ読売のウエブサイト「読売新聞広告ガイド」によると、2014年8月時点の数字は、9,233,844部である。
読売がウエブサイトで表示している2つの数字の差異は、なんと約77万4000部にもなる。これはもはや些細な誤差のレベルではない。産経新聞・東京本社の発行部数が約71万部なのだが、ほぼこれに匹敵する。ゆうに新聞社1社分の誤差があるのだ。
あるいは、東京新聞の約52万部と神奈川新聞の20万部を合計した数字に等しい。
いずれにしても読売は、1年たらずの間に膨大な数の読者を失っているのである。朝日新聞の比ではない。
巨大な事業規模を誇る読売が、スタッフの不足が原因で、「10,007,440部」という数字を改める作業を行う余裕がないとは考えられない。いまだに「読売1000万部」の看板にこだわっている証ではないだろうか。
このようなインターネット上の表示で最も害毒を及ぼすのは、広告主が広告戦略の判断を誤るリスクが生まれることである。確かに「読売新聞広告ガイド」には、最新の部数を表示しているが、広告主のすべてが、この案内を見るとは限らない。「10,007,440部」という数字を鵜呑みにして、広告主が紙面広告や折込広告を発注した場合、表示された数字と実配(売)部数がかい離しているために、PR戦略を完全に誤る可能性もある。
改めて言うまでもなく、新聞ジャーナリズムの価値は、印刷部数の大小ではなくて、紙面の質で決まる。まして景品を使った新聞拡販は、紙面の評価と発行部数の関係をあいまいにする意味において、ジャーナリズムにはふさわしくない。紙面の質だけで勝負するのが高級紙の条件である。
【注】ABC部数には、「押し紙」が含まれており、必ずしも実配(売)部数を正しく反映しているとは限らない。新聞社が数字を自己申告して、ABC協会が抜き打ち的に、監査しているに過ぎない。
朝日新聞がひと月で13万部減る、対前年比は朝日が-30万部、読売が-60万部、夕刊と少年少女新聞も不振
新聞の発行部数が大幅に減少する傾向に歯止めがかからない。7月のABC部数によると、朝日新聞がひと月で約13万部、読売が約3万1000部の減部数となった。これに対して毎日は約3000部増えている。
一方、「対前年同月差」は、読売が-約60万部、朝日が約-30万部などとなっている。少年少女新聞も部数を減らしている。
7月のABC部数「対前月差」は次の通りである。()内は販売部数。
朝日:-130,222部(7,266,866部)
毎日: +3,014部(3,305,207部)
読売: -31,309部(9,248,446部)
日経: +1,920部(2,772,945部)
産経: -3部(1,607,593部)
「対前年同月差」は次のようになっている。
朝日:-301,843部
毎日:- 64,588部
読売:-603,341部
日経: -26,930部
産経: -4,578部
◇子供新聞の減部数
少年少女向けの新聞も、軒並み減部数である。()内は販売部数。
朝日小学生: -3,071部(94,678部)
読売KODOMO:-8,592(212,136部)
朝中W: -2,874(51,087部)
夕刊も、軒並み減部数である。()内は販売部数。
朝日:-293,360(2,439,236)
毎日: -40,147( 970,459)
読売:-265,048(3,101,214)
日経: -21,073(1,388,420)
産経: -31,3668( 504,802)
【注1】なお、ABC部数は、「押し紙」を含んでおり、ここで示された数字が、実配部数(実際に配達されている新聞)を正しく反映しているとは限らない。また、これらの数字は、新聞社が自主的に申告した数字であり、監査(公査)の対象になるのは、ほんの一部であることも付け加えておきたい。
【注2】また、このところ朝日新聞が慰安婦報道が原因で、同業の新聞社、週刊誌、テレビなどから異常なバッシングを受けているが、ここで紹介した数字は7月のものなので、減部数の原因が慰安婦報道にあるとは限らない。
歯止めがかからない読売の部数減、昨年11月から75万部減、実配部数をめぐる事実の認識方法に疑問
読売新聞の部数減が止まらない。7月のABC部数は、924万8,446部で、前月比で、-3万1309部である。ピークだった昨年の11月からの減部数は、75万8994部になる。
これは50万部規模の東京新聞一社分をはるかに超える。ここ数カ月の読売部数の変遷は次の通りである。
2013年10月 9,882,625
2013年11月 10,007,440
2013年12月 9,767,721
2014年1月 9,825,985
2014年2月 9,738,889
2014年3月 9,690,937
2014年4月 9,485,286
2014年5月 9,348,149
2014年6月 9,279,755
2014年7月 9,248,446
◇「押し紙をしたことは1回もございません。」
ただ、ABC部数が本当に新聞の実配(売)部数--実際に販売している部数-を正確に反映しているか否かは、疑問がある。と、いうのもABC部数は、新聞社みずからが数字を申告し、ABC協会が抜き打ち的に公査(監査)する仕組みになっているからだ。抜け道があるのだ。
事実、ABC協会による公査(監査)は信用できないという声は後を絶たない。
実配部数の実態に関しては、さまざまな主張があり、裁判も起きている。たとえば読売がわたしと週刊新潮を東京地裁へ訴えた裁判の証人尋問の中で、読売の宮本友丘副社長は、「押し紙」をしたことは一度もないと主張している。
次の尋問調書は、読売の販売政策を強力にバックアップしてきた自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士の質問に答えるかたちで、宮本氏が行った法廷証言である。
喜田村:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。
宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。
喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。
宮本:はい。
喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。
宮本:はい。
(略)
喜田村:被告の側では、押し紙というものがあるんだということの御主張なんですけれども、なぜその押し紙が出てくるのかということについて、読売新聞社が販売店に対してノルマを課すと。そうすると販売店はノルマを達成しないと改廃されてしまうと。そうすると販売店のほうでは読者がいない紙であっても注文をして、結局これが押し紙になっていくんだと、こんなような御主張になっているんですけれども、読売新聞社においてそのようなノルマの押しつけ、あるいはノルマが未達成だということによってお店が改廃されるということはあるんでしょうか。
宮本:今まで1件もございません。
村上正敏裁判長は、「押し紙」は1部も存在しないという「事実」を認定して、新潮社側を敗訴させ、385万円のお金を支払うように命じた。
◇「押し紙」を認定した真村裁判の判例
東京地裁で「押し紙」が一部も存在しないという事実認定が行われた一方で、2007年には、福岡高裁が読売の「押し紙」政策を認定する判決を下し、最高裁もそれを追認している。真村裁判の判決である。判決は、次のように「押し紙」問題の核心部分をついている。
新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告(読売)の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。
このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである。
また、読売の平山裁判(原審は福岡地裁)では、新聞販売店で新聞が過剰になっていた事実を認定している。その数字は、約4割から5割だった。ただし、田中哲郎裁判長は、これらを「押し紙」とは認定しなかった。
毎日新聞では、「押し紙」の実態を示す内部資料が外部に流失している。次の資料である。
◇「押し紙」問題と歴史修正主義
新聞の実配部数を正確に把握することは、新聞について論じるときに、きわめて重要だ。かりにある新聞社のABC部数が500万部で、実配部数が300万部と仮定する。
この場合、500万部を前提に新聞を論じれば、議論の前提事実が誤っているわけだから、まったく無意味だ。このような議論を、仮に採点するとすれば、完全に「F」ランク(失格)である。新聞論で「押し紙」問題をタブー視してはいけないゆえんである。
ところが日本では、研究者もジャーナリストも「押し紙」が1部も存在しないことを共通認識として新聞を論じている。客観的な事実の認識から思考をはじめる姿勢が欠落している。
このようないいかげんな国民性が、従軍慰安婦をめぐる歴史修正主義の問題でも露呈しているのではないだろうか。
最新の参考記事: 水増しされた折込広告、価格設定に疑惑がある紙面広告、背景に「押し紙」-偽装部数(残紙)問題、報道姿勢にも影響か?
田中哲郎裁判官の軌跡を検証する、電磁波裁判と読売裁判を担当して九州各地を転々、最高裁事務総局に責任はないのか?

読者は、田中哲郎裁判官の名前を耳にしたことがあるだろうか。田中氏の裁判官としての経歴を調べてみると、好奇心を刺激する事実がある。携帯電話基地局の撤去を求める訴訟が起きている九州地区内の裁判所へ赴任しては、原告住民を敗訴させる判決を下してきたのである。
わたしが原告となった対読売裁判では、途中から裁判長に就任して、読売に一方的に有利な裁判進行をおこなった事実もある。
裁判官の人事権は、最高裁事務総局に握られているので、田中氏だけを批判するわけにはいかないが、少なくとも田中裁判官の軌跡は記録しておくべきである。
田中裁判官の勤務歴は、「裁判官検索」によると次のようになっている。
http://www.e-hoki.com/judge/1767.html?hb=1
田中裁判官が最初に携帯基地局関連の訴訟を担当した裁判所は、熊本地裁
である。「平成13(2001年)」年4月1日から、「平成17年9月7日(2005年)」の間の在籍期間に、携帯基地局の撤去を求める2件の訴訟の裁判長を務めている。
2件の訴訟とは、沼山津訴訟と御領訴訟である。いずれも被告は九州セルラー(現KDDI)だった。これら2件の裁判で田中裁判長は「平成16年(2004年)」6月25日に、住民側敗訴を言い渡した。
その後、田中裁判長は福岡地家裁久留米支部へ異動になる。
当時、福岡市の福岡地裁では、NTTドコモに対して住民グループが携帯基地局の撤去を求める三潴訴訟が進行していた。裁判は2005年10月7日に結審の予定になっていた。原告弁護団は、公害訴訟で有名な馬奈木昭雄弁護士を弁護団長とする強力なメンバーで、勝訴の自信をみせていた。
ところが結審の直前になって異変が起こる。裁判長が交代になったのだ。新しく裁判長になったのは、田中哲郎氏だった。既に述べたように、田中氏が配属されていたのは、同じ福岡地裁とはいえ、福岡県中部の久留米市にある支部である。久留米支部から、わざわざ福岡市まで足を運んで、結審直前の三潴訴訟を担当することになったのである。不自然きわまりない裁判長交代だった。
三潴訴訟の判決は、2006年2月24日に言い渡された。原告住民の敗訴だった。住民にとっては、嫌な予感が的中したことになる。
◇対読売裁判では本人尋問を拒否
余談になるが、わたしは田中裁判長と面識がある。田中裁判長の人間性をよく知るひとりである。本題からそれるので、簡潔に述べるが、わたしが読売新聞社に対して起こした「反訴」裁判の裁判長を途中から担当した人物である。
2007年12月から2009年7月までの約1年半の間に、読売はわたしに対して仮処分申立てを含めると4件の裁判を起こして、総額で約8000万円のお金を求めてきた。
これに対してわたしは、これらの訴訟が「一連一体の言論弾圧」という観点から、読売に対して5500万円の支払いを求める裁判を起こした。弁護団は、馬奈木弁護士のほか、「押し紙」問題で有名な江上武幸弁護士らで結成された。
読売側の弁護団は、「人権派」の看板を掲げる自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士ら4名だった。名誉毀損裁判や著作権裁判のエキスパートである。薬害エイズ事件の安部英氏やロス疑惑事件の三浦和義氏らを無罪にした実績もある。
◇読売裁判も担当
裁判は平穏に進行するかと思われた。ところがこの裁判でも、途中で裁判長の交代があった。「平成22年(2010年)」4月1日に田中哲郎氏が、福岡地裁久留米支部から福岡地裁へ赴任してくると、対読売裁判の裁判長に就任したのである。不自然な裁判長交代だと感じたが、深くは考えなかった。
さらに田中氏は、「押し紙」の有無が争点になった平山裁判(販売店VS読売)も担当した。平山裁判はもともと、仮処分申立てというかたちで、久留米支部ではじまった。仮処分申立の第1審は、平山氏が勝った。ところが第2審で田中氏が登場し、平山氏を逆転敗訴させ、読売に軍配を上げたのである。
平山氏は、久留米支部ではなく、福岡地裁で本訴を起こした。ところが田中氏が福岡地裁へ赴任してきて、平山裁判を担当したのである。
わたしの対読売裁判で、田中裁判長は驚くべき態度にでた。わたしが執筆した陳述書を受け付けようとはしなかったのだ。弁護団の抗議で、最終的には受け取ったが、当初は、陳述書の受け取りを拒否したのである。
さらにわたしの本人尋問も開かないことを宣言したのである。これについても弁護団が厳重に抗議したが、結局、抗議を受け入れることなく結審してしまい、わたしを敗訴させたのである。不自然な裁判だった。
平山裁判でも田中氏は、読売を勝訴させた。「押し紙」は存在しないと認定したのである。
◇福岡高裁宮崎支部へ赴任
さて、この田中裁判官は、その後、どの裁判所へ赴任したのだろうか。結論を先に言えば、福岡高裁宮崎支部である。
「平成25年(2013年)」4月20日に福岡高裁宮崎支部へ赴任すると、延岡市の住民が携帯基地局の撤去を求めた延岡大貫訴訟の控訴審を担当したのである。もちろん今回も、裁判長を交代するかたちで、裁判にかかわってきたのである。原告団や弁護団が不信感を募らせたことは言うまでもない。
この裁判は9月に結審する。原告住民が敗訴する可能性が極めて強い。
裁判官の人事権を握り、暗黙のうちに判決の方向性を決めているのは、最高裁事務総局であると言われている。元裁判官で、最高裁事務総局にも在籍した体験を持つ瀬木比呂志氏は、『絶望の裁判所』(講談社現代新書)の中で、法科大学の学生の多くが、「最高裁や事務総局の意向に沿わない裁判官が冷や飯を食っているって本当ですか?」などと質問したことを取り上げ、次のように指摘している。
私は、学生たちの質問に対して、胸を張って「いや、そんなことは全然ないよ」とは、到底答えられないのである。
携帯基地局の撤去を命じる判決が、無線通信網の整備を国策としている政府に刃向うものであることはいうまでもない。田中哲郎裁判長が九州各地を転々としながら、国策に沿った判決を書いてきた事実は、司法の在り方にも大きな疑問を投げかける。
また、読売裁判を担当したことは、マスコミ企業と国家権力の関係を考える糸口になる。
「何のために裁判官になったのか?」
「知的な力を社会正義の実現に使ったことはあるのか?」
そんな疑問が残るのである。
※写真:福岡高裁宮崎支部。出典はウィキペディア。
安部内閣の最新世論調査、朝日と読売で10%を超える差異、内閣府から広告費として中央紙に4年で50億円
最新の安倍内閣の支持率と不支持率は、次の通りである。
【JNN・8月】
安倍内閣支持率:55.9%(前月比+3.5)
【読売・8月1日~3日】
安倍内閣支持率は:51%(前月比+3)
安倍内閣不支持率:41%(前月比+1%)
【朝日・7月26日~27日】
安倍内閣支持率は:42%(前回比-1)
安倍内閣不支持率:36%(前回比+3)
JNNと読売の調査では、内閣支持率が《+》に転じ、朝日の調査では、《-》傾向が持続している。支持率を55.9%としたJNNと、42%とした朝日の差異は、実に約14%にもなる。
この数字を見るだけでも、いかに世論調査が信用できないかを示している。少なくとも、3つの世論調査の中に、実態を正しく反映していないものが含まれていることを意味する。
こうした状況のもと、巨大な新聞発行部数や電波を媒体にして、安倍内閣に関する誤った情報がばらまかれている。メディアリテラシーを身につけていない人々は、情報をうのみにして、世論誘導される可能性が高い。
◇広告費の提供元を対象に世論調査の怪
そもそも日本の権力構造の中に組み込まれた日本のマスコミに、世論調査を実施する資質はあるのだろうか。疑問が残る。
わたしが入手した資料によると、国の借金が増え続けるなかでも、2007年~2010年の4年間で、朝日、読売、毎日、日経、産経の5社に対して、内閣府から広告費として約50億円が支出されている。
最高額は読売に対する約21億円(代理店分を含む)。
■参考記事:主要5紙への政府広告費支出、4年間で50億円 最高額は読売とその代理店に対する21億円
世論調査の対象になる内閣の事務局(内閣府)から、広告費というかたちで多額のお金を受けている新聞社に、公正中立な調査ができるとは思えない。「押し紙」問題に典型的に現れているように、新聞経営者はウソの数字を公表してはばからない。反省もしない。
せめて世論調査の裏付け資料を公開してほしいものだ。
新聞関係者が関与した世論調査がいかに信用できないかを物語るレポートには、次のようなものがある。
■参考記事:新聞の優位性を示す世論調査を実施した新聞通信調査会の理事の大半は、共同・時事の関係者、理事のひとりにセクハラで失脚の共同通信の前社長・石井聰の名前も
■参考記事:新聞協会が発表した「新聞を読む」83%、世論調査を実施したのは時事通信社と親密な中央調査会
■参考記事:消費税軽減税率、新聞への適用是非を問う世論調査の発注先会長は新聞協会重役
読売新聞のウエブサイト「読売新聞へようこそ」が、発行部数を10,007,440 部と表示、実際は9,279,755部
「読売新聞へようこそ」と題するウエブサイトにある「数字で見る読売新聞」と題するページに、読売は自社の発行部数を10,007,440 部と表示している。しかし、この数字は、昨年の11月のものである。
一方、「読売新聞広告ガイド」には、最新の数字、つまり2014年6月の部数、9,279,755部を表示している。
本来、読売は「読売新聞へようこそ」に、9,279,755部と表示すべきところを、7ケ月で失った72万7685万部を水増しして表示していることになる。
「読売1000万部」の看板を下ろしたくないために、「読売新聞へようこそ」に10,007,440 部と表示したのではないかと思われる。今後、いつまでこの数字を表示し続けるのか、MEDIA KOKUSYOで注視していきたい。
◇巨大部数と政府の広報紙化
さて日本の新聞社が異常にこだわっている新聞の発行部数は、新聞ジャーナリズムにとって、それほど大事なものなのだろうか。もちろん1000部とか、2000部といったレベルでは、影響力がないので、一定の部数は必要だろう。
しかし、1000万部の規模になると、権力を監視するためのジャーナリズムというよりも、むしろ権力そのものになってしまう。実際、読売は日本に原発を導入する世論をつくりだした。改憲論に象徴されるように、日本の軍事大国化を進めるための世論形成にも余念がない。
2代大政党制や消費増税をあおった過去もある。もっとも保守政治に親和的な立場を貫いてきたのは、読売に限ったことではないが。
渡邊恒雄氏が、政界に大きな力を持つのも、1000万部という世論形成の武器があったからだと言えるだろう。
旧ソ連のプラウダが巨大部数を誇っていた例を除いて、世界のどの地域にもひとつの新聞社が1000万部、あるいは800万部、400万部といった部数を保持していたケースは存在しない。いわば巨大部数は日本の新聞社の最も顕著な特徴なのだ。
しかも、広義の「押し紙」問題など、経営に重大な汚点がある。政府などの公権力は、それを把握したうえで故意に放置し、時には再販制度や消費減税などの既得権を保障することで、新聞社を公権力の「広報部」に変質させ、世論誘導に利用できる。「飴と鞭」の政策である。
本来、GHQは終戦後に、一旦、新聞社を解体すべきだった。が、GHQは新聞社をそのまま残し、世論誘導の道具にする道を選択したのである。
読売の部数減とまらず、5月から6月で6万8000部、昨年11月から72万部減、東京新聞と神奈川新聞の2社分に相当
日本ABC協会が公表した新聞発行部数の6月データで、読売新聞が5月から6月にかけて、6万8394部を減らしていることが分かった。6月の実数は927万9755部だった。
これにより昨年11月の1000万7440部から、7か月で72万7685万部を減らしたことになる。
読売新聞のここ数カ月の部数の変遷は次の通りである。
2013年10月 9,882,625
2013年11月 10,007,440
2013年12月 9,767,721
2014年1月 9,825,985
2014年2月 9,738,889
2014年3月 9,690,937
2014年4月 9,485,286
2014年5月 9,348,149
2014年6月 9,279,755
72万7685万部という数字がいかに大きかを、読者は想像できるだろうか? ABC部数の5月データによると、東京新聞の発行部数は、52万2252部で、神奈川新聞は、20万3483部である。つまり首都圏の有力紙、東京新聞と神奈川新聞が消えたに等しい。
今後、原発の再稼働に反対する運動や、解釈改憲に反対する運動が広がるにつれて、さらに読者離れを招く可能性が高い。
最高裁に対して情報公開請求、最高裁判事らが読売裁判を検証したことを示す証拠を開示せよ
最高裁判所に対してわたしは、9日、次の内容の情報公開を請求する。
平成25年(受)第1261号事件を担当した裁判官・小貫芳信、裁判官・千葉勝美、裁判官・鬼丸かおる、裁判官・山本庸幸、さらに担当調査官(氏名は不明)が、本件の内容について検討したことを示す全文書。
平成25年(受)第1261号事件とは、わたしが2009年に読売新聞社に対して5500万円の損害賠償を求めた裁判である。そもそもの発端は、読売が2007年の暮れから、わたしに対して次々と裁判による攻撃を仕掛けてきたことである。読売がわたしを被告として起した裁判は次の通りである。
1、仮処分申立(著作権) 2007年12月
2、著作権裁判 2008年2月
3、名誉毀損裁判1 2008年3月
4、名誉毀損裁判2 2009年7月(被告・黒薮、新潮社)
読売が支払いを求めた金額は、約8000万円。これらの裁判を担当したのは、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士や同協会事務局長の藤原家康弁護士、それに元最高裁判事が再就職(広義の天下り)しているTMI総合法律事務所の升本喜郎弁護士らだった。
◇黒薮優位から読売優位へ
「1」から「4」の裁判の結果は次の通りである。
1、仮処分申立(著作権):黒薮敗訴。
2、著作権裁判:地裁から最高裁まで黒薮勝訴。
3、名誉毀損裁判1:地裁と高裁は黒薮勝訴。最高裁で読売が逆転勝訴。
4、名誉毀損裁判2:地裁から高裁まで読売が勝訴。
わたしはこれらの訴訟が「一連一体」の言論弾圧にあたるとして、江上武幸弁護士ら弁護団の全面支援を受けて、福岡地裁へ読売を提訴したのである。
このうち「2」については、裁判の途中でとんでもない事実が発覚した。喜田村弁護士らが、訴訟の根拠とした「著作物」の名義人を読売の江崎法務室長に偽り(判決では、実際は、喜田村弁護士か彼のスタッフが作成したとされた)、それを根拠にして、著作者人格権を主張していたことが分かったのだ。前代未聞のでっちあげ事件である。当然、門前払いのかたちで敗訴した。
この件については、現在、日弁連に対して喜田村弁護士の懲戒請求を申し立てている。
■参考:袴田事件と類似した事件の構図、喜田村弁護士に対する懲戒請求、準備書面(1)を公開
◇年間4500件の上告事件
さて、わたしが読売に対して起した損害賠償裁判は、地裁から最高裁までわたしの敗訴だった。[2]で認定された喜田村弁護士らの名義人偽りの件も、最高裁は不問に付したのである。
最高裁に上告した後、わたしは広義の上告事件の扱い状況について調べてみた。その結果、次のようなことが分かった。
まず、上告件数。「上告事件」とは、憲法違反を根拠とした申し立てである。「上告受理事件」とは、判例違反を根拠とした申し立てである。
《2010年》
上告事件 :2036件
上告受理事件:2485件
合計 :4521件
◇人員体制は、たったの50名
意外に知られていないが、最高裁事務総局には、調査官と呼ばれる裁判官がいる。次に示すのが、調査官のリストである。人員数は37人。これに最高裁判事14名が加わって、事件を処理する。
つまり裁判関連の資料を精査するのは、51人である。事件の件数は、年ごとに変動があるが、かりに4500件とすれば、ひとりの裁判官が1年に担当する件数は、単純に計算して82件である。
上告審は複雑な事件が多いことを考えると、こんな疑問が出てくる。
「最高裁は、本当に事件を精査しているのか?」
◇村上正敏裁判長の判決
そこでわたしは、自分が関わってきた事件が最高裁でどのように検証されたのかを知りたいと思い、情報公開へ踏み切ったのである。
なお、訴因となった「1」から「4」の裁判のうち、「4」名誉毀損裁判は、読売の「押し紙」の有無をめぐる裁判だった。東京地裁の村上正敏裁判長は、被告側が証拠として提出した魚住昭氏の『メディアと権力』、河内孝氏の『新聞社』を指して、裏付けがないと認定している。現場の取材もせずに、よくこれだけ大胆なことが言えるものだと、驚いている。
本当に裏付けがないのか、これから再検証していきたい。
進む日本の右傾化、新聞販売店を通じた警察の市民監視活動にみる異常、読売だけではなく朝日も
今年に入ってから、路上で警察に職務質問をされたという話があちこちから聞こえてくる。こんなことはかつてはなかった。安部政権がスタートした後に、顕著になってきた現象にほかならない。昨年12月に、特別秘密保護法が成立したのちに浮上した現象である。
しかも、その職務質問のやりかたが、スパイを連想させる尋常を逸したものになっている。昨日(11日)、東京のJR池袋駅の地下で、たまたま職務質問の場面を目撃した。
地下道を歩いているとき、前方から、ジーンズとTシャツという身軽な服装の男性ふたりが近づいてきた。どこでもみかける若者である。このうちのひとりは、準スキンヘッド。とても警官とは思えない。むしろ「プ―太郎」のイメージがあった。
当然、わたしは気に留めることもなかった。と、二人は突然に申し合わせたように速足でひとりの青年に近づいた。ポケットからさっと何かを取り出すと、青年に示して、
「警察の者ですが・・・」(後はよく聞き取れなかった)
警察手帳を示したのである。
11月6日には、東武東上線の成増駅(板橋区)で、2人の制服警官が外国人に対して、登録証明書を示すように求めている場面を目撃した。その数日前には、わたし自身が朝霞市内で自転車に乗っていたところ、パトカーの警官に呼び止められ、自転車の登録の確認を求められた。
自分自身が体験したり、目撃した限り、警官が横柄な言葉づかいをすることはなかった。極めて紳士的な態度を示す。しかし、警察が市民を厳しく監視するようになっていることは紛れもない事実である。
◇読売防犯協力会
警察による市民の監視活動は巧妙になっている。実は、防犯を口実に、新聞販売店を通じても防犯活動は行われてきた。読売防犯協力会のケースは、MDKで繰り返し取り上げてきたが、見過ごせない問題なので、再度、検証してみよう。
読売防犯協力会は、読売新聞販売店と警察が協力して、防犯活動を展開する 制度の母体である。新聞配達や集金に携わる新聞人が、配達時や集金先で「あやしげな人間」をみかけたら、警察に通報するシステムになっている。
同協会のホームページによると、活動目標は次の4点である。
?1.配達・集金時に街の様子に目を配り、不審人物などを積極的に通報する
?2.警察署・交番と連携し、折り込みチラシやミニコミ紙などで防犯情報を発信する
3.「こども110番の家」に登録、独居高齢者を見守るなど弱者の安全確保に努める
4.警察、行政、自治会などとのつながりを深め、地域に防犯活動の輪を広げる
読売防犯協力会と覚書を交わしている全国都道府県の警察は次の通りである。
◇朝日も警察に協力
読売以外の販売店も警察に協力 ? しかし、警察との協力関係を構築しているのは、読売新聞販売店だけではない。日本新聞協会そのものが、警察との協力関係を奨励し、読売以外の新聞販売店も同じようなことをやっている。具体例を紹介しよう。
?東京都板橋区に新聞販売店で組織する板橋新聞販売協同組合という組織がある。この組合(販売店)も、地元警察と協力して防犯活動に取り組んでいる。この活動に対して日本新聞協会は、2007年、地域貢献大賞の奨励賞を贈っている。(参考記事)
?また、北海道のASA手稲東部、ASA発寒、ASA稲穂、ASA八軒、ASA西野に対しても警察と協力して地域パトロールなどの活動を行ったとして、地域貢献大賞・奨励賞を贈っている。読売だけではなくて、規模こそ小さいが朝日も同じことをやっているのだ。(参考記事)
?さらに2008年には、「警察署の防犯活動に長年にわたり協力」したとして、京都新聞洛南販売所の松井憲昭所長に地域貢献賞を贈っている。(参考記事)
◇非常識な警察と新聞社の関係
しかし、警察との協力関係を構築しているのは、読売新聞販売店だけではない。日本新聞協会そのものが、警察との協力関係を奨励し、読売以外の新聞販売店も同じようなことをやっている。
そもそもジャーナリズム企業は、公権力を監視するのが役割である。ところが日本の場合、新聞社と巨大権力?警察が協力関係にあるのだ。新聞関係者には、それが「異常」という認識がないようだ。それ自体が常識では考えられないことである。
新聞社と警察が特別な関係を構築している状況の下で、新聞社が取材で得た情報の漏えいをどう防ぐのかも疑問が残る。
