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2016年07月07日 (木曜日)

読売の滝鼻広報部長からの抗議文に対する反論、真村訴訟の福岡高裁判決が「押し紙」を認定したと判例解釈した理由

『月刊Hanada』(7月号)に掲載した筆者(黒薮)の記事に対して、読売新聞の滝鼻太郎広報部長が抗議文を送りつけてきた。これに対する筆者の反論を作成した。反論は形式上は滝鼻氏に宛てたものになっているが、読者にも理解できるように構成した。

滝鼻氏の抗議の中身は、究極のところ真村訴訟の福岡高裁判決が読売の「押し紙」を認定したとするわたしの判例解釈は間違っているというものだ。わたしはかねてから、社会の「木鐸」といわれる新聞社がかかわってきた(広義の)「押し紙」問題のように公共性が極めて強い問題は、公の場で論争するのが、係争の理想的な解決方法だと考えている。とりわけ言論人にはそれが求められる。

従って、滝鼻氏にもメディア黒書のサイト上で、あるいは自社・読売新聞の紙上で自分の意見をより詳しく公表してほしい。反論権は完全に保証する。

もちろん滝鼻氏には、近々、公式に「押し紙」問題についての論争を申し入れる。

本来、論争に先立って滝鼻氏の抗議文を公開するのが、相手に対する配慮であるが、実は2008年、読売の法務室長がわたしに送付した催告書をメディア黒書で公開したところ、著作権違反で提訴された経緯があるので、今回は滝鼻氏の承諾を得られれば公開する。ひとには公表を控えたい文書もあるものなのだ。

■参考記事:喜田村洋一弁護士が作成したとされる催告書に見る訴権の濫用、読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年①

なお、滝鼻氏が問題としている真村訴訟の判決は、次のリンク先で閲覧できる。読者は、判決の中で読売の「押し紙」、あるいは「押し紙」政策が認定れていないとする滝鼻氏の見解の是非を自身で検証してほしい。

真村訴訟福岡高裁判決

【反論文の全文】

貴殿から送付されました抗議書に対して、記事の執筆者である黒薮から回答させていただきます。まず、貴殿が抗議対象とされている箇所を明確にしておきます。と、言うのも貴殿の抗議書は、故意に問題の焦点を拡大しており、そのために議論が横道へそれ、本質論をはずれて揚げ足取りに陥っているきらいが多分に見うけられるからです。

貴殿が問題とされている箇所は、枝葉末節はあるものの、おおむね『月刊Hanada』 (7月号)に掲載された「公取が初めて注意『押し紙』で朝日も崩壊する」(黒薮執筆)と題する記事の次の引用部分です。この点を確認し、共有する作業から、わたしの反論を記述します。

「裁判の結果は、真村さんの勝訴でした。2007年12月に、最高裁で判決が確定しました。裁判所は「真村さんが虚偽報告をしていたのは批判されるべきだが、その裏には読売の強引な販売政策があった」との見解を示し、真村さんの地位を保全したのです。この裁判で裁判所は、新聞史上初めて、押し紙の存在を認定したのです」

抗議書によると、貴殿は、2007年12月に最高裁で確定した第1次真村裁判の判決(西理裁判長)が貴社による「押し紙」政策を認定しているとするわたしの判例解釈は誤りだという見解に立ち、抗議の書面を送付されたわけです。
さらに貴殿は第2次真村裁判についても抗議書の中で言及されておりますが、これについてはわたしは本件記事の中ではまったく言及しておらず、貴殿の主観によって導かれた議論のすり替えに該当しますので、補足的に後述するにとどめ、まず、第1次真村裁判の判決が、なぜ貴社の「押し紙」政策を認定したと解釈し得るのかを説明させていただきます。

◇真村事件とは

貴殿もご存じのように真村裁判は、貴社がYC広川(福岡県広川町)の営業区域を隣接店へ譲渡する方針を打ち出されたことに端を発する事件です。その隣接店の店主は、暴力事件を起こしたこともあるSという人物の弟でした。Sは〝大物店主〝でした。Sについては、S尋問調書(平成17年○月○日)にも記録されております。この人物の存在なくして、貴社西部本社の新聞販売政策を語ることはできません。

第1次真村裁判は、真村店主が貴社の方針に抗議したのに対抗して、貴社が強制改廃を言い渡し、それを受けて、真村氏がやむなく提訴するに至った経緯があります。

◇「押し紙」と「積み紙」

この裁判の最大の争点となったのは、YC広川にあった「残紙」の性質をどう解釈するのかという点でした。具体的に言えば、「押し紙」と解釈するのが妥当なのか、それとも「積み紙」と解釈するのが妥当なのかという論点です。これについても、貴殿は本件議論の前提事実として認識されているものと思います。

「押し紙」とは、貴殿も抗議文の中で示されているように、「新聞発行業者が、正当かつ合理的理由がないのに、販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給」する結果として発生する「残紙」のことです。端的に言えば、手口の差こそあれ、「押し売り」された新聞のことです。

これに対して「積み紙」とは、販売店の側が、販売(配達)部数を超えた数量の新聞を注文した結果として発生する「残紙」を意味します。販売店が販売予定のない新聞をあえて注文する行為に走る背景には、次のような特殊な事情が存在します。販売店に割り当てられる折込広告の枚数は、新聞の搬入部数に一致させる基本原則がある。当然、残紙に対しても折込広告はセットとして割り当てられる。

このような構図のもとでは、折込広告による収益が、「押し紙」による損害(「押し紙」分の新聞の卸代金)を相殺し、さらに水増し利益を生むことがままある。これこそが販売店が販売予定のない新聞をあえて注文する最大の理由にほかなりません。他にもありますが、本論からはずれるので言及は控えます。

「押し紙」と「積み紙」のバランスを取りながら、時には販売店主との談合により、広告主を欺きつつ、販売店と新聞社の経営安定を図る戦略が、貴殿ら日本の新聞人が構築されたビジネスモデルになっていることは、貴殿も十分に認識されているものと思います。それがいま、大きな世論の批判を受けていることも周知の事実です。それゆえに本件記事は、極めて公益性の高いテーマで貫かれているといえます。

真村裁判で貴社は、YC広川の残紙(約130部)は「積み紙」であり、それが貴社の信用を失墜させる要因なので、同店の懲罰的な改廃には正当な理由があるという趣旨の主張を展開されました。一方、原告真村氏の弁護団は、同店の残紙は、優越的地位の濫用のもとで生じた「押し紙」なので改廃理由には該当しないと主張しました。つまりこの裁判の最大の争点は、YC広川の残紙がどのような性質のものであるかという点でした。裁判所はこの点を検証したのです。

福岡高裁判決は、貴社の行為を次のように認定しています。引用文中の「定数」とは新聞の搬入部数のことです。

「このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである。」

判決のこの箇所では、貴社が実配部数と搬入部数の間に齟齬があることを認識していながら、正常な取引部数に修正しなかった事実が認定されています。つまり貴社が注文部数を決めていたのです。さらに裁判所は、その背景に、貴社の部数への異常とも言える執着があることを、次のように認定しています。

「販売部数にこだわるのは一審被告(黒薮注:貴社のこと)も例外ではなく、一審被告は極端に減紙を嫌う。一審被告は、発行部数の増加を図るために、新聞販売店に対して、増紙が実現するよう営業活動に励むことを強く求め、その一環として毎年増紙目標を定め、その達成を新聞販売店に求めている。このため、『目標達成は全YCの責務である。』『増やした者にのみ栄冠があり、減紙をした者は理由の如何を問わず敗残兵である、増紙こそ正義である。』などと記した文章(甲64)を配布し、定期的に販売会議を開いて、増紙のための努力を求めている。

 米満部長ら一審被告関係者は、一審被告の新聞販売店で構成する読売会において、『読売新聞販売店には増紙という言葉はあっても、減紙という言葉はない。』とも述べている。」

ここでは貴社が販売店に新聞部数を押し付けるために実施した具体的な言動が記録として刻印されています。貴社の米満部長が、「読売新聞販売店には増紙という言葉はあっても、減紙という言葉はない」と公然と発言している事実。これなどは販売店が注文部数を決定できない貴社の販売政策をずばりと突いています。

◇自由増減を宣言する前は?

さらに判決は、貴社が販売店に対して新聞部数の「自由増減」を認めていなかった事実にも言及しています。「自由増減」とは、販売店が自由に注文部数を決定する権利を保証する制度を意味します。

貴社は皮肉にも真村店主に対して「自由増減」を言い渡しましたが、その経緯は次の通りです。

既に述べたように真村氏は、自店の営業区域を防衛しようとして貴社の方針に服従しなかったために、貴社から販売店の改廃を宣告されました。この改廃宣告に先立つ段階で貴社は、YC広川を「死に店」扱いにすると真村氏に通告しました。

「死に店」扱いとは、癌などの「死病」に例えて説明すると、患者本人ではなく医師が自分の判断で、延命措置をとらないことを意味します。つまり担当員の販売店訪問は取りやめ、販売政策に関する指示も提示しなければ、補助金も支給しない。さらに福利厚生を受ける権利も剥奪する方針を意味します。要するに情け容赦なく、販売店を「自然死」に追い込むことです。

真村氏は池本担当員から決別宣告のように、「死に店」扱いを明記したメモを突きつけられました。そこには、池本氏の自筆で、新聞に関しては「供給持続する」、ただし「自由増減」と明記されていたのです。貴社の「押し紙」を柱にしたビジネスモデルから真村店主を「村八分」にするがゆえに、真村氏に関しては、例外的に自由増減が適用されたのです。

このメモは、「池本メモ」と呼ばれ、後に裁判所へも「押し紙」政策の証拠として提出されました。

貴社がYC広川に対して「自由増減」を宣告する前の時期、そもそも真村店主には自由に注文部数を決める権限がなかったわけですから、貴社が「注文部数」を決めていたことになります。従ってYC広川の残紙は、貴社が真村氏の意思とは無関係に、販売政策に従って部数を決めた結果発生した「押し紙」にほかなりません。この事実ひとつを見ても、貴社の販売政策は独禁法の新聞特殊指定に抵触しております。

実際、福岡高裁判決は、「池本メモ」について次のように貴社の優越的地位の濫用を認定しております。

「池本は、同一審原告に対し、今後、新聞供給は継続すること、注文部数その他につき自由に増減できること、増紙業務は依頼しないこと、読売会活動には不参画とすること、業務報告は不要であるし、池本ら担当員も訪店を遠慮すること、平成14年1月からは増紙支援をしないこと、所長年金積立は中止し、従業員退職金の補助等をしないこと、セールス団関係は、一審原告真村が直接処理すべきこと、特別景品は可能な限り辞退されたいこと、などを申し渡した。」

真村店主は「池本メモ」を突きつけられ、貴社の「鎖」を解かれ、貴社による「押し紙」を柱としたビジネスモデルの歯車から除外されたわけです。従って貴社本来の販売政策は、「押し紙」を前提としたものであるという結論になります。

以上が、本件記事の中でわたしが「この裁判で裁判所は、新聞紙上初めて、押し紙の存在を認定した」と記した理由です。

◇PC上の架空の配達地区

なお、貴殿も抗議書の中で言及されているように、裁判所が判決の中で真村氏による虚偽報告を批判しているのは事実です。「押し紙」を経理処理するためにPC上の「帳簿」に26区と呼ばれる架空の配達地区を設けていたのも事実です。

しかし、それは貴社を独禁法違反から守るために行った「押し紙」隠しの行為にほかなりません。事実、裁判所もこの点を批判した上で、次のような重要な記述を追加していますが、貴殿は最も肝心なこの追加部分を抗議書の中では故意に隠しています。それは次の記述です。判決は、真村店主の虚偽報告を批判した上で、次のように述べています。

「しかしながら、新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。」

ここでも貴社の部数至上主義を上段にかかげた体質が厳しく批判されております。

なお、福岡高裁判決は、貴社に対して真村氏へ慰謝料200万円を支払うように命じています。この200万円という額が慰謝料としていかに破格の高額であるかは、貴社の顧問弁護士にご確認ください。裁判所が高額な慰謝料支払いを命じた背景には、貴社の「押し紙」政策など、優越的地位の濫用によって真村店主が多大な損害を受けたことを裁判所が認めた事情があることは論を待ちません。

◇「一般の読者の普通の注意と読み方」が基準

ちなみに「押し紙」の定義について、参考までに補足しておきます。一般の人々は「押し紙」、あるいは「積み紙」という業界用語の背景にある特殊なビジネスモデルのからくりを知るよしもありません。従って彼らは、販売店の残紙を広義に「押し紙」と呼んでいます。新聞以外の商取引では、売り手が販売予定のない商品を購入する状況はおおよそ想像できず、商品が店舗に多量に余っていれば、それはすなわち「押し売り」の結果と判断するのが自然だからです。それが社会通念です。

貴殿は抗議書の中で、「本件記述は全く事実に反する誤った内容であり、読売新聞の名誉を著しく毀損しています」と述べておられますが、「ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである(31年7月20日、最高裁第二小法廷判決)となっており、一般の読者が「押し紙」という言葉が狭義に定義する意味を理由に、名誉毀損を主張するのはまったく的外れです。

たしかに「押し紙」というその字面、その語感から「押し売り」を連想する人は多いですが、一般の人々が問題にしているのは、販売店で過剰になっている新聞の存在そのものです。従って販売店主に批判の矛先が向けられることもあります。

「押し紙」とは、社会通念上では、漠然と残紙全般を意味しており、業界の特殊用語としての狭義の「押し紙」とは若干区別しなければなりません。

たとえ残紙が狭義の「押し紙」であろうが、「積み紙」であろうが、広告主を欺いている事実に変わりはありません。

貴社の販売店、たとえばYC久留米文化センター前やYC大牟田中央、それにYC大牟田明治に約40%から約50%の残紙があった事実は、裁判のプロセス中でも明らかになっております。確かにこれらの残紙は狭義の「押し紙」とは認定されていませんが、少なくとも残紙であることは事実であり、広告主に対する貴社の責任は免れません。

第2次真村裁判について、わたしは本件記事の中ではまったく言及しておりません。それにもかかわらず貴殿の抗議書には、第2次真村裁判に関する記述があります。しかし、2つの裁判を繋ぐうえで不可欠な論理的な整合性が完全に欠落しております。

◇第2次真村裁判

それを踏まえたうえで、ここでは真村氏の名誉のために、次の点にだけ言及しておきます。第2次真村裁判は、真村氏が起こした裁判であることは事実ですが、その原因はすべて貴社にありました。貴殿は、このあたりの事情を正確に取材されたでしょうか。あまりにも事実認識が誤っています。

2007年12月に第1次真村裁判の判決が最高裁で確定した半年後、貴社は真村氏が「黒薮」に読売の販売政策に関する情報を提供したなどと言いがかりをつけて、YC広川を強制改廃しました。これに対して真村氏は再び貴社に対して地位保全裁判を提訴せざるを得ませんでした。そして裁判は、つい先日まで続いたのです。

何の権力も持たない無辜の一個人を法廷に15年近く法廷に縛り付け、人生を台無しにした貴殿たちの行為は、司法制度を濫用した著しい人権侵害です。それを言論機関が断行したことは、日本の新聞史の大きな汚点として記録されています。

貴殿も周知のように、第2次真村裁判は、仮処分申立てと本訴が同時進行しました。仮処分は1審から4審まで真村氏の勝訴でした。裁判所は貴社に対して、YC広川の営業を再開するように命じました。ところが貴社は、この司法命令に従わず、1日に3万円の間接強制金を徴収される事態となりました。資金力で司法命令を踏み倒したのです。

一方、本訴は地裁から最高裁まで貴社の勝訴でした。しかし、仮処分裁判の判決内容と本訴の判決内容が、正面から対立する不可解な現象が裁判記録として書面で残っております。たとえば仮処分裁判の第2審と本訴高裁判決のケースはその典型といえるでしょう。仮処分裁判の第2審で木村元昭裁判長は、真村氏を全面勝訴させました。

その直後、木村判事は、なぜか沖縄県の那覇地裁に転勤になりました。そして再び福岡市へ戻ってくると、今度は福岡高裁へ異動となり、なぜか真村裁判の本訴第2審の裁判長に、裁判長交代のかたちで就任しました。そして今度は、真村氏の主張を情け容赦なく切り捨てたのです。

当然、木村判事が仮処分裁判で書いた判決と本訴で書いた判決を対比し、検討してみると、同じ人物が書いたものとはとても思えないまったく正反対の記述内容となっております。矛盾だらけで支離滅裂の論理性、仮処分判決と本裁判決との整合性などどこにも確認することができません。それが記録として、福岡地裁に永久保存されております。

しかし、この点に関しては、貴殿が抗議書で指摘され、名誉毀損を主張されている本件記事の記述とはまったく関係がないことなので、ここでは言及を避けます。同様に、第1次真村裁判の福岡高裁判決で西裁判長が貴社の「押し紙」を認定した事実と、第2次真村裁判で木村裁判長が、「押し紙」に対する自分の見解を示したことを、貴殿が抗議書の中で無理やりに関連付けられたことも、整合した論理の欠落と言わなければなりません。

本件記事でも書いたように、2007年に福岡高裁が初めて「押し紙」が認定された事実を削除することは出来ません。

つまり第1次真村裁判で初めて狭義の「押し紙」政策が認定されたのは、客観的な事実であり、この事実は、第2次真村裁判で木村裁判官が認定した「押し紙」に関する見解により、変化する性質のものではありません。

貴殿の事実認識の方法が極めて主観的で、事実認識の方法が誤っているというのが、わたしの見解です。

以上が抗議書に対するわたしの回答です。繰り返しになりますが、不明な点などありましたら、真村裁判の裁判資料をもとに、分かりやすく説明しますのでご連絡ください。

2016年06月13日 (月曜日)

読売新聞のABC部数が800万部台に下落、朝日バッシングで部数が減ったという幻想

かつて1000万部の発行部数を誇っていた読売新聞が900万部を切ったことが、2016年4月度の新聞のABC部数で明らかになった。最新のABC部数は、899万8789部である。「読売1000万部」の時代は、事実上、終わったと見て間違いない。

前年同月差では、読売は約11万部の減少である。

一方、朝日新聞の部数は、661万部。前年同月差では、約19万部の減少である。

中央紙各社のABC部数は次の通りである。

朝日:6,606,562(-191,631)
読売:8,998,789(-111,356)
毎日:3,115,972(-185,819)
産経:1,633,827(-30,863)
日経:2,730,772(-8,937)

■4月度ABC部数一覧(全社)

◇朝日バッシングで部数が減ったという誤解

ABC部数の減少は、一般的には読者離れと解釈されがちだが、新聞販売店を取材した限りでは、新聞社の側が自主的に「押し紙」を減らした可能性の方が高い。新聞社にとって「押し紙」が負担になってきたのだ。

「押し紙」が新聞社に負担になってきたと書くと、不思議に感じる読者も多いかも知れない。販売店にとって「押し紙」が負担になるのであれば、理解できるが、新聞社にとって「押し紙」が負担になるとはどういう意味なのかと?

答えは単純だ。「押し紙」の負担を相殺する手段は、折込広告の水増しである。ところが折込広告の需要が落ち込んで、「押し紙」の負担が相殺できなくなってきた。こうなると新聞社は、販売店に補助金を支給せざるを得ない。さもなければ戸別配達制度が崩壊するからだ。

補助金を支給する代わりに「押し紙」を減らすと、ABC部数が落ちるので、これも簡単には出来ない。ABC部数を維持して紙面広告の媒体価値を維持する必要がある。

さらに2014年4月から消費税が5%から8%に上がった。「押し紙」は販売部数として経理処理されるので、「押し紙」にも消費税がかかる。本来は販売店が支払う税金だが、経営が悪化しているので、これについても新聞社は補助金を提供せざるを得ない。

◇自作自演の可能性も

従軍慰安婦問題の「誤報」と「朝日バッシング」で朝日は、大幅に読者離れを起こしたことになっているが、これは間違いで、朝日新聞の側が「誤報」「朝日バッシング」を逆手に取って、これを理由として「PR」し、みずから「押し紙」を減らしたのだ。わたしが取材した限り、「誤報」による部数減は朝日の自作自演である。

不祥事なしに大幅に「押し紙」を切ると、ABC部数が激減して、広告主が不信感を抱くからだ。どうしても理由が必要だったのだ。

事実、朝日がみずから「誤報」を宣言するという奇妙な行動に出たのは、2014年8月。この時期は、消費税が5%から8%になったわずか4カ月後である。3%の税率アップで、「押し紙」が大きな負担になってきた結果だ。他社も同じ事情があったとわたしは見ている。

事実、新聞業界は今、消費税の軽減税率を5%にするように政界工作を続けている。

ちなみに新聞購読を長年の習慣にしてきた人が、「朝日バッシング」程度で購読を中止することはほとんどない。

2016年06月06日 (月曜日)

佐賀新聞の元店主が「押し紙」裁判を提起、約7100万円の損害賠償を請求、法廷で審理されるABC部数「偽装」の手口、読売・真村訴訟の弁護団が代理人に

「押し紙」で損害を受けたとして、佐賀新聞の元販売店主が6月3日、佐賀新聞社を相手どって約7100 万円の損害賠償を請求する裁判を佐賀地裁で起こした。元店主は、「押し紙」の負担で販売店経営が悪化し、佐賀新聞に対して執拗に「押し紙」の中止を求めていた。新聞社の「押し売り」問題が法廷で審理されることになった。

「押し紙」の実態と損害は次のPDFに示した通りである。

■佐賀新聞の「押し紙」の実態と損害一覧

「押し紙」率は、原告が店主になった2009年4月の段階では、10%だったが、ピーク時の2012年6月には19%に増えている。原告が年間に被った損害は、年度によって異なるが年間に、約460万円から約1000万円だった。多額の借金を背負わされて、昨年12月に廃業に追い込まれていた。

◇ABC部数「偽装」の恐るべき手口

訴状によると、佐賀新聞社は、「押し紙」部数を隠すために、ABC部数を偽装するための工作を原告に指示していた。これについて訴状は次のように述べている。

公査を受ける時期になると、被告佐賀新聞社から各販売店へ公査に備えるように連絡がされ、対象となる販売店には1~2日前にはABC協会が公査を告知するため、その販売店に対して被告佐賀新聞は次のような具体的な作業を指示する。
①足りない読者数を穴埋めするために過去の読者を現在の読者のようにみせかけたり、実在する人物を架空の読者に仕立て上げたりする。

②1年ないし半年分の架空の領収書を印刷させ、半券を切り取って破棄し、残った半証を過去の領収書の控えの間に挟ませ、各月の売上金額や配達料を支払った金額、配達部数などの数字もすべて作り変えさせる。

③あとは公査当日に店舗に残っている押し紙(残紙)を必要数以外は隠させ、前日のチラシの作業の終了時には定数近くまで折込機会のカウンターだけ回させる。

④日々の紙分けの作業に使う手板(各配達員に渡すべき部数を書く道具)の数字も各月ごとに不審な点が無いように作り変えさせる。

 原告の店舗にABC協会の公査が入った平成23年5月のときも上記の具体的な指示を佐賀新聞より受けており、また被告佐賀新聞は普段から各販売店に上記の隠蔽工作を指導している。

◇新聞社サイドが「押し紙」減部数を指示

「押し紙」は1部も存在しないというのが、従来からの新聞社の主張である。しかし、訴状によると佐賀新聞社は、販売店に指示してABC部数を偽装させているうえに、2013年3月には、全販売店を対象に、全体で搬入部数を2000部減らしている。これは佐賀新聞社が搬入した新聞がすべて配達されていないことをみずから把握していた証拠にほかならない。

さらに翌2014年6月には、やはり全販売店を対象に、搬入部数を3000部減らしている。原告店主の販売店の場合は90部が減数の対象になった。

◇読売・真村訴訟の弁護団が代理人に

新聞社の「押し紙」が初めて司法による認定を受けたのは、2007年である。読売新聞社を相手に、販売店が提起した真村訴訟の判決で、福岡高裁が読売による「押し紙」政策を認定し、その後、判決は最高裁で確定した。

■真村訴訟・福岡高裁判決

今回の佐賀新聞の「押し紙」裁判では、真村訴訟を担当した江上武幸弁護士らが原告の代理人を務める。

※なお、訴状は準備ができしだいメディア黒書で全文を公開する予定。

 

2016年04月18日 (月曜日)

訴えた者勝ちで乱発される巨額訴訟 『日本の裁判』を問う、読売・亀田兄弟・SME

『紙の爆弾』(4月号)の記事をPDFで紹介しよう。タイトルは、「訴えた者勝ちで乱発される巨額訴訟 『日本の裁判』を問う」。執筆者は、メディア黒書の黒薮。このところ深刻な社会問題になっているスラップに関する記事である。

この記事で取り上げた裁判は次の通りである。

作曲家・穂口雄右氏に対して2億円3000万円を請求したミュージックゲート裁判。原告は、レコード会社など31社。被告・穂口氏の和解勝訴。

読売新聞社がわたしに対して提起した3件の裁判。請求額の総計は約8000万円。それに対する損害賠償裁判。

・著作権裁判:黒薮の完全勝訴(スラップの可能性が高い)
・名誉毀損裁判1:地裁・高裁は黒薮の勝訴。最高裁で読売が逆転勝訴。
・名誉毀損裁判2:読売の完全勝訴
・損害賠償裁判:黒薮の敗訴

「池澤VS天野」裁判
・係争中

亀田裁判
ボクシングの亀田興毅・和毅兄弟がフリーランスライターの片岡亮氏に2000万円を請求した裁判。亀田の勝訴。

スラップが多発する背景に、司法制度改革の失敗がある。弁護士活動の規制緩和が、訴訟ビジネスの台頭を招き、「人権派」を売り物にして、訴訟を勧める弁護士が増えているようだ。「営業」は禁止されているはずなのだが。

■「訴えた者勝ちで乱発される巨額訴訟 『日本の裁判』を問う」PDF

残念ながらスラップに対抗する方法は、反撃する以外にない。提訴されたことを逆手に取って、裁判の内容をインターネットなどで細部までおおやけにして、判決後も5年、10年と長期にわたる検証を続けることである。

被告にされた者が勝訴した場合は、損害賠償の訴訟を提起することが不可欠だ。

2016年02月29日 (月曜日)

読売・平山事件の8周年、最高裁が逆転敗訴させた名誉毀損裁判の訴状を公開

3月1日は、読売新聞・平山事件8周年である。平山事件とは、福岡県久留米市の読売新聞久留米文化センター前店の店主だった平山春男さんを、読売が解任した事件である。この事件を機として、複数の裁判が始まることになる。

3月1日の午後、読売の江崎法務室長らは、事前の連絡もせずに平山さんの店を訪問した。そして対応に出た平山さんに解任を通告したのである。それから関連会社である読売ISの社員が、翌日に配布される予定になっていた折込広告を店舗から搬出した。

こうして平山さんの店は、あっけなく幕を閉じたのである。

前年の暮れに平山さんは、対読売弁護団(真村訴訟の弁護団)を通じて、「押し紙」(広義の残紙を意味する)を断った。弁護団がその後、作成したリーフレット『「押し紙」を知っていますか?』によると、2007年11月時点における平山店への新聞の搬入部数は2010部だった。このうち997部が配達されずに余っていた。

◇双方が提訴

この事件では、双方が相手に対して裁判を起こした。読売は、平山さんに店主としての地位が存在しないことを確認する裁判を、平山さんは地位保全の裁判をそれぞれ起こした。裁判は読売の勝訴で終わった。

平山さんは高裁で敗訴した後、病死された。

◇名誉毀損裁判も提起

平山事件の報道をめぐり、わたしも読売から裁判を起こされた。

事件が起きた3月1日、福岡県の販売店主から連絡を受け、わたしはその日のうちに新聞販売黒書(現・メディア黒書)に臨時ニュースを掲載した。その記事の中で、読売関係者が行った折込広告の搬出行為を「窃盗」と書いた。

予告することなく平山さんに解任を告げ、著しい精神的衝撃を与えた状態で、折込広告の搬出行為を行ったと推測されるので、「窃盗のように悪質」という意味の隠喩(メタファー)を使った表現を採用したのである。

事件から11日後の3月11日、読売の江崎法務室長らは、さいたま地裁に一通の訴状を提出した。被告は、わたしだった。「窃盗」は事実の摘示にあたり、事実に反するという主張等を前提に、2200万円(弁護士費用200万円を含む)の金銭等を要求する裁判を起こしたのである。

■訴状

判決は、さいたま地裁、東京高裁はわたしの勝訴。しかし、最高裁が小法廷を使って口頭弁論を開催し、判決を東京高裁へ差し戻したのである。

そして東京高裁の加藤新太郎裁判長が、わたしに110万円の金銭支払いを命じたのである。

加藤氏はその後、退官。その後、大手弁護士事務所・アンダーソン・毛利・友常法律事務所に顧問として再就職した。なお、加藤氏が読売新聞に登場していたことが、後に判明する。次の記事である。

■読売に登場した加藤新太郎氏

わたしは裁判の公平性という問題を考えざるを得なかった。高裁の事務局は担当裁判官の選任を間違ったのではないか?

なお、平山裁判とわたしの裁判に、読売の代理人として登場したのは、喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。喜田村氏らは、「押し紙」の存在を否定してきた。

2016年02月24日 (水曜日)

裁判官の不可解な人事異動-木村元昭・田中哲朗の両氏、対読売の真村裁判・平山裁判・黒薮裁判で

2002年に福岡地裁久留米支部で始まった真村訴訟とそれに関連して派生した2つの裁判-平山裁判、黒薮裁判-でも、裁判長の不可解な人事異動が記録として残っている。

真村訴訟というのは、YC(読売新聞販売店)と読売新聞西部本社との間で争われた地位保全裁判だ。読売がYCの真村店主に解任を通告したところ、真村氏(厳密には原告は3名)が起こしたものである。読売側の代理人には、喜田村洋一・自由人権協会代表理事らが就いた。

この裁判は真村氏の完全勝訴だった。争点となった「押し紙」政策の存在を裁判所が認定した。これについての詳細は、ここでは言及せず、福岡高裁判決の全文のみをリンクしておこう。

■真村訴訟・福岡高裁判決

◇歴史に刻まれた木村元昭氏の名前

真村裁判の判決は2007年12月に最高裁で確定した。最高裁が真村氏の地位を保全したのだ。従って本来であれば、真村氏はYCの経営を持続できたはずだが、読売は判決が確定してから7カ月後に、真村氏を一方的に解任したのである。その結果、真村氏は再び地位保全裁判を起こさなければならなかった。これが第2次真村訴訟である。

第2次真村訴訟では、仮処分申立てと本訴が同時進行した。

仮処分の裁判では1審から最高裁での特別抗告まで、真村氏の勝訴だった。このうち第2審(福岡地裁・異議申し立て)を担当したのは、木村元昭裁判官だった。木村氏は、真村氏を勝訴させた直後、那覇地裁に転勤になった。

一方、本訴の審理も進み、福岡地裁の判決が出たのは、2011年3月15日だった。この時点で仮処分申立ては、第3審まで終わっていたので、地裁での本訴の敗訴は、第1次真村裁判が始まって以来、真村氏には初めての敗訴だった。

当然、真村氏は福岡高裁へ控訴した。が、控訴審がはじまってまもなく、裁判長が交代することになった。新しい裁判長は、那覇地裁から福岡に戻ってきた木村元昭氏だった。真村氏を仮処分申立ての第2審で勝訴させた判事だった。当然、真村氏は救われたような思いになった。

ところが控訴審の判決は、真村氏の敗訴だった。木村氏が執筆した2つの判決-仮処分の判決と本訴の判決-を読み比べてみると、実に興味深い。同じ人間が執筆したとは思えないほど正反対の判断をしているのだ。(詳細については、拙著『新聞の危機と偽装部数』の6章「人権問題としての真村裁判」に詳しい)

はからずも2010年代の裁判の不可解な実態が、「木村元昭」の名前と共に永久に記録されたのである。その意味では貴重な記録だ。

◇田中哲郎裁判官の登場

話は前後するが、第1次真村訴訟の判決が最高裁で確定したころから、読売はわたしに対する裁判攻勢に打ってでる。既に述べたようにわたしは、1年半の間に3件の訴訟を起こされ、約8000万円の金銭を要求されたのだ。読売の代理人弁護士として、この裁判の先頭に立ち、自分たちの主張の正当性を主張したのは、喜田村弁護士らだった。

そのころYC久留米文化センター前の平山春男店主も裁判に巻き込まれた。残紙を断った数カ月後に店主を解任されたのが原因だった。読売は平山氏に店主としての地位が存在しないことを確認する裁判を起こし、平山氏は地位保全裁判を起こした。この裁判でも喜田村弁護士が登場した。

平山裁判の裁判長に就任したのは、福岡地裁久留米支部から異動になった田中哲郎裁判官だった。実は、この裁判官は、第1次真村裁判の判決を下した人であった。真村氏を勝訴させた人である。その人物が平山裁判の裁判長に就任したのだ。

◇田中判事から木村判事へ判事へバトン

平山裁判が進行していた2011年の秋、わたしは読売を反訴した。さらにその後、読売がわたしに対して3件目の裁判を起こしたのを機に、わたしは読売に対する請求内容を変更し、3件の裁判が「一連一体の言論弾圧」であるという主張の裁判を起こした。請求額は5500万円だった。

ところがこの裁判は、途中から裁判長が田中哲郎氏に変更になった。

読者は、おそらく判決の結果を想像できるだろう・・・・。平山裁判も黒薮裁判も読売の勝訴だった。田中哲郎氏に至っては、わたしに対する本人尋問すら認めなかった。わたしの陳述書も最初は受け取ろうとはしなかったのだ。そのために江上弁護士ら弁護団は、田中氏に対する忌避を申し立てたのである。

わたしは福岡高裁へ控訴した。そこに登場したのは、木村元昭裁判官だった。木村氏がどのような判決を書いて、わたしを敗訴させたかは、別に述べる機会があるかも知れない。

読者は最高裁事務総局が決めた人事に不可解なものを感じないだろうか?

2016年02月08日 (月曜日)

報道・出版活動に大きな支障をきたしていた可能性も、読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年②

読売新聞西部本社の江崎徹志法務室長が、2008年に起こした著作権裁判の検証の2回目である。この裁判では、江崎氏が書いた次の文章が著作物であると述べた催告書が争点になった。

前略  読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
    2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。

催告書は、この文章が著作物であると述べているのだが、裁判所は催告書の内容自体を争点にしなかった。わたしの弁護団は書かれた内容を問題視したが、裁判所は争点にしなかった。

争点になったのは催告書の方である。次の文面である。

冠省 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。

しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。  貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。  

貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を採ることとなりますので、この旨を付言します

■出典(原文)

この文章の著作物性が争点になったのだ。

◇「思うこと」と「客観的な実在」の混同

催告書が江崎氏の著作物であるとして、著作者人格権に基づいた救済を求める喜田村弁護士の主張は、たとえば4月14日付け準備書面の「2 本件『催告書』の著作物性」の章に書かれている。

■4月14日付け準備書面

一部を引用してみよう。

 著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と定義されている。

 このうち「思想又は感情〔の〕表現」との要件については、本件「催告書」の内容が被告による原告の「回答書」無断掲載が違法であることを論じ、救済を求めたものであるから、これを満たすことが明らかである。

こうした思考のどこに誤りがあるのだろうか。結論を先に言えば、「思うこと」と「客観的な実在」の混同である。よくありがちな間違いで、いわゆる観念論の思考と、唯物論の思考の違いである。

「思うこと」とそれを言葉で表現した文章が存在することはまったく別次元なのである。なにかを心の中で考えたり、感じたりしても、それを言葉として表現できるとは限らない。むしろ出来ない人の方が多いのだ。

この催告書には、客観的な「思想又は感情〔の〕表現」はどこにもない。

わたしはこの催告書に著作物性があるかないかを、何人かの専門家に質問してみた。その結果、多少の著作物性があると回答した人もいた。しかし、削除を求めるほどのオリジナリティはないという意見だった。

東京地裁は、著作物性はないという判断を示している。知財高裁は、この点についての判断を避けている。

ちなみに喜田村氏らの敗因は、催告書の名義人を「江崎」に偽って提訴に及び、著作者人格権による救済を求めたことだった。虚偽を前提に、準備書面を作成し、それを裁判所に提出し、みずからの主張を展開していたのである。それが裁判の中で発覚したのだ。

仮に催告書が著作物として認定されていたら、日本の出版業界は、報道・出版活動に大きな支障をきたしていただろう。その意味でこの裁判はさらなる再検証を要する。

【参考資料】

■原告準備書面(2008年7月14日)

■被告による求釈明

■著作権裁判訴状

■知財高裁判決

 

2016年02月05日 (金曜日)

喜田村洋一弁護士が作成したとされる催告書に見る訴権の濫用、読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年①

2008年2月25日に読売新聞西部本社の江崎徹志法務室長が、東京地方裁判所にわたしを提訴してから、今年で8年になる。この裁判は、わたしが「新聞販売黒書」(現MEDIA KOKUSYO)に掲載した江崎氏名義のある催告書の削除を求めて起こされた著作権裁判だった。

その後、読売はわずか1年半の間にわたしに対して、さらに2件の裁判を起こし、これに対抗してわたしの方も読売に対して、立て続けの提訴により「一連一体の言論弾圧」を受けたとして、約5500万円の損害賠償を求める裁判を起こしたのである。さらにこれらの係争に加え、読売の代理人・喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)に対する懲戒請求を申し立てたのである。

喜田村氏は4件の裁判のいずれにもかかわった。

提訴8周年をむかえる著作権裁判は、対読売裁判の最初のラウンドだった。

読売・江崎氏の代理人には、喜田村弁護士が就任した。一方、わたしの代理人は、江上武幸弁護士ら9名が就いた。

しかし、この裁判の発端は、福岡県広川町にあるYC広川(読売新聞販売店)と読売の間で起こった改廃(強制廃業)をめぐる事件だった。当時、「押し紙」問題を取材していたわたしは、真村事件と呼ばれるこの係争を取材していた。

◇公募で新聞販売店主に

YC広川の店主・真村久三氏は、もともと自動車教習所の教官として働いてきたが、40歳で新聞販売店の経営を始めた。読売が販売店主を公募していることを知り、転職に踏み切ったのである。脱サラして自分で事業を展開してみたいというのが、真村氏のかねてからの希望だった。

幸いに真村氏は店主に採用され、研修を受けたあと、YC広川の経営に乗りだした。1990年11月の事だった。ところがそれから約10年後、読売新聞社との激しい係争に巻き込まれる。

その引き金となったのは読売新聞社が打ち出した販売網再編の方針だった。真村氏は、YC広川の営業区域の一部を隣接するYCへ譲渡する提案を持ちかけられたのだ。が、YC広川の営業区域はもともと小さかったので、真村氏は譲渡案を受け入れる気にはならなかった。それに自助努力で開業時よりも、読者を大幅に増やしていた。

読売の提案を聞いたとき真村氏は、自分で開墾した畑を奪い取られるような危機を感じたのだ。

当然、読売の提案を断った。これに対して読売は、真村氏との取引契約を終了する旨を通告した。その結果、裁判に発展したのだ。これが真村訴訟と呼ばれる有名な訴訟の発端だった。が、係争が勃発したころは、単に福岡県の一地方の小さな係争に過ぎなかったのだ。江上弁護士も、読売の実態をあまり知らなかったし、後にこの判決が「押し紙」問題の有名な判例になるとは予想もしていなかった。

■真村裁判・福岡高裁判決

真村事件の経緯は膨大なので、ここでは省略するが、結論だけを言えば、裁判は真村氏の勝訴だった。喜田村弁護士が東京からやってきて加勢したが及ばなかった。判決は、2007年12月に最高裁で確定した。

◇真村訴訟

わたしが読売との係争に巻き込まれたのは、真村訴訟の判決が最高裁で確定する数日前だった。真村氏が福岡高裁で勝訴したころから、YC店主が次々と江上弁護士に「押し紙」(残紙)の相談を持ちかけるようになった。店主のあいだで新しい店主会-新読売会を立ち上げる動きもあった。

こうした状況下で、読売も方針を転換したのか、それまで「死に店扱い」にして、訪店を控えていたYC広川への訪店を再開することにした。そしてその旨を真村氏に連絡した。

しかし、読売に対して不信感を募らせていた真村氏は即答を控え、念のために江上弁護士に相談した。訪店再開が何を意味するのか確認したかったのだ。江上弁護士は、読売の真意を確認するための内容証明郵便を送付した。これに対して、読売の江崎法務室長は、次の書面を送付した。

前略  読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
    2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。

わたしは、新聞販売黒書で係争の新展開を報じ、その裏付けとしてこの回答書を掲載した。何の悪意もなかった。しかし、江崎氏(当時は面識がなかった)はわたしにメールで次の催告書(PDF)を送付してきた。

冠省 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。

しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。  貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

 そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。  

貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を採ることとなりますので、この旨を付言します。

わたしは、今度はこの催告書を新聞販売黒書で公開した。これに対して、江崎氏は、催告書は自分の著作物であるから、著作者人格権に基づいて、削除するように求めてきたのである。

が、催告書の作者は別にいたのだ。東京地裁と知財高裁は、喜田村洋一弁護士か、彼の事務所スタッフが本当の作者である可能性が極めて強いと認定して、江崎氏の訴えを退けたのだ。

彼らは催告書の名義人を「江崎」に偽って提訴し、法廷で著作者人格権を主張したのだ。もともと提訴権がないのに、虚偽の事実を前提に裁判を起こしたのである。

このあたりの事情については、弁護団声明を参考にしてほしい。弁護団は、この事件を「司法制度を利用した言論弾圧」と位置づけている。

■弁護団声明

◇怪文書・恫喝文書

さて、提訴8周年にあたる今年は、喜田村弁護士が執筆したとされる「江崎名義」の催告書の内容を検証しよう。著作権裁判では、とかく文章の形式が検証対象になり、書かれた内容には重きがおかれない傾向があるが、ジャーナリズムでは、書かれた内容そのものを検証する。

結論を先に言えば、これは怪文書である。あるいは恫喝文。しかも、それが自由人権協会の代表理事によって作成されたのだ。

繰り返しになるが、この催告書の作者は、催告書の中で、江崎氏が江上弁護士に送付した書面を新聞販売黒書から削除するように求めてきたのである。その送付された書面を再度引用してみよう。

前略  読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
    2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いします。当社販売局として、通常の訪店です。

つまり催告書は、上に引用した書面が江崎氏の著作物なので削除するように求めているのだ。そしてそれに従わない場合は、民事訴訟か刑事訴訟も辞さない旨をほのめかしているのだ。

著作権法の知識に乏しいわたしは、著作権法でいう「著作物」の定義を調べてみた。すると次のような記述があった。

  一 、著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

江崎氏が江上弁護士に送付した書面は、どの角度から見ても、著作物ではない。念のために複数の専門家に問い合わせみたが、この書面が著作物だとする人はひとりもいなかった。

それにもかかわらず催告書は、江上弁護士へ送られた書面は江崎氏の著作物なので、それを削除しなければ、民事訴訟か刑事訴訟も辞さない旨を述べているのだ。わたしは、この文書を怪文書・恫喝文書としか評価できなかった。それゆえにそれを新聞販売黒書に載せたのだ。読売の法務室長が奇妙な文書を送ってきたという思いで。これ自体が大きなニュースだった。

◇喜田村弁護士が言及した著作物の定義

その後、わたしは著作物に関する喜田村弁護士の言動を注視するようになった。と、2013年の5月になって宝島社から『佐野真一が殺したジャーナリズム』という本が出版された。この本に、喜田村弁護士が「法律家がみた『佐野眞一盗用問題』の深刻さ」と題する一文を寄せた。

その中ではからずも喜田村氏が著作物の定義に言及していることが分かった。取材の協力者のひとりが情報を寄せてくれたのだ。同書の中で、喜田村弁護士は「著作物」について、次のように記している。

略)まず、著作物は「表現」でなければならないから、「思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など」で、表現でないものは、著作物になりえない。
 たとえば、「○月○日、△△で、AがBに~と言った(AがBを手で殴りけがをさせた)」いうような事実ないし事件そのものは、表現ではないから、著作権法の対象ではない。同様に、「ある事件についての見方」とか、「ある事件を報じるにあたっての方法」といったアイデアに属するものも、表現ではないから、著作権法の保護は受けられない。
 また、創作性がなければならないから、ごく短い文章で、誰が書いても同じようになるようなものであれば、これも著作物ではない。(略)

■喜田村弁護士が明記している著作物の定義

裁判所は、催告書の作者が喜田村弁護士である高い可能性を認定したが、たとえ作者が名義人の江崎氏であっても、代理人弁護士の喜田村氏が、催告書の内容を確認していないはずがない。読めば、内容それ自体がデタラメであることが分かったはずだ。なぜ、訴訟を思いとどまらせなかったのだろうか。なぜ、催告書の内容が間違っていることを指摘しなかったのだろうか。

これが訴権の濫用でなくして何だろうか?

著作権裁判の検証は、これから9年目に入る。

■著作権裁判訴状

■知財高裁判決・全文

2016年01月22日 (金曜日)

読売裁判の中で、見解を180度変更した竹内啓・東京大学名誉教授の陳述書に見る日本の統計学者の実態

次の書面は、2009年に読売新聞社が新潮社とわたしに対して提起した「押し紙」をめぐる名誉毀損裁判の中で、東京大学名誉教授であり日本統計協会会長の竹内啓氏が、提出した陳述書である。読売に利する陳述書である。

■竹内啓氏の陳述書

この裁判の発端は、週刊新潮に掲載した記事のなかで、わたしが読売の「押し紙」率を30%から40%と推定したことである。推定の根拠のひとつは、(株)滋賀クロスメディアが滋賀県の大津市などで実施した新聞の購読紙の実態調査だった。

◇滋賀クロスメディアの調査

調査対象は、大津市、草津市、守山市、栗東市、野洲市の24万世帯である。調査の方法は、電話(自動ではない)と個別訪問である。個別訪問でも購読紙が判明しない場合は、滋賀クロスメディアのスタッフが、直接、調査対象世帯のポストをのぞき込んで確認した。

裁判の詳細については、ここでは述べないが、裁判の結果は読売の勝訴だった。地裁、高裁、最高裁とも読売の勝ちだった。

裁判所は、読売新聞の「押し紙」率が30%から40%あるとする推測は、名誉毀損にあたると判断した。「押し紙」は1部も存在しないと認定したのだ。

統計学者の竹内啓氏の陳述書は、読売側の主張-つまり滋賀クロスメディアの調査は信用できないとする主張の裏付けとして、提出されたのである。

ところが、問題となった週刊新潮の記事の中で、竹内氏が滋賀クロスメディアの調査を高く評価していたことを、読者はご存じだろうか?

つまり竹内氏は、読売裁判が起きた後、自分の見解を180度変えたのだ。

記事の中に引用された竹内氏のコメントは次のようなものだった。変更前の見解である。陳述書の内容とは完全に異なり、滋賀クロスメディアの調査を高く評価していたのである。それが週刊新潮に記録として残っている。

その手法は、統計調査として非常にまともだと思います。電話、戸別訪問、そしてポストの確認と、かなり綿密な調査が出来ている。購読判明件数も14万件と多いですし、購読不明の件数が多い点は懸念材料ではありますが、信頼性は非常に高いと思います。

ところが読売が裁判を提起すると、竹内氏は前言を翻して、陳述書を作成し、今度は読売の主張に加勢したのである。

◇NHKの世論調査

わたしが竹内氏の陳述書を引用したのは、日本のメディア界には世論調査の信頼性を判断する基準が極めて曖昧だと感じているからだ。

たとえばNHKが毎月実施する国民の政治意識を調べる調査の手法を取り上げてみよう。直近の調査は、1月 9日(土)~11日(月)の期間に、電話法(RDD追跡法)で行われた。これはコンピューターが選んだ番号に、コンピューターが自動電話をかけて回答を得る方式である。自動電話であるから、受話器から聞こえてくるのはロボットの声である。回答者は電話のボタンを押すかたちで意思表示する。

コンピューターとの「会話」を嫌う人は、即座に電話を切りかねない。また、携帯電話を主要な通信手段にしている若い層は、調査の対象外になりがちだ。
だれが見ても信頼性のある調査方法とは思えない。

1月の調査では、このような方法で1,618件の電話がかけられ、そのうちの 1,043人が回答した。たった1000件の回答から、国民の政治意識を見るデータを作成しているのだ。滋賀クロスメディアが対象とした14万世帯とは比較にならない。

ところがこのNHKの調査は、信憑性のあるデータとして、メディアで公表され、信頼性のあるデータとしてほとんどの人が受け入れている。

わたしは、日本の統計学の学者が、専門家の立場から世論調査を正確に検証しているのか、疑問に思う。NHKなど巨大メディアの世論調査に対して「監視」の役割を果たしているのだろうか。滋賀クロスメディアの調査について見解を変更した竹内氏は、NHKレベルの調査について、どのように考えているのだろうか。

見解を変更するのは、もちろん個人の自由だが、竹内氏は最初の見解が完全に間違っていたと自分で認めたわけだから、陳述書だけではなく、どこかの媒体で、間違い部分を説明すべきだろう。

裁判も終わり、いま検証する時期ではないだろうか。

2016年01月12日 (火曜日)

朝日と読売の差が273万部に、朝日は41万部減、11月のABC部数

2015年11月度のABC部数によると、朝日新聞と読売新聞の発行部数の差が約273万部に開いた。中央各紙の発行部数と、対前年同月差(括弧内)は次の通りである。

朝日:6,634,445      (-408,199)
毎日:3,204,566      (-77,067)
読売:9,368,504      (+23,349)
日経:2,729,020      (-126)
産経:1,568,416      (-36,346)

■2015年11月度のABC部数PDF

朝日新聞は、1年間で約41万部を減らした。これに対して読売は、約2万部を増やしている。インターネットの普及と、貧困の拡大という新聞離れを促進する状況下で、読売の健在ぶりが光る。

◇読売・宮本証言

ちなみにABC部数には「押し紙」が含まれてるが、読売の宮本友丘副社長は、「読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません」(対新潮社・黒薮の名誉毀損裁判の尋問、2000年11月16日)と述べている。村上正敏裁判長も、宮本証言を認定している。

参考までの宮本証言を紹介しておこう。読売の代理人である喜田村洋一・自由人権協会代表理事の質問に答えるかたちで、次のように述べている。

喜田村弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所にご説明ください。

宮本読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村弁護士:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村弁護士:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。

■宮本証言PDF

◇読売の「押し紙」を認定した福岡高裁判決

宮本証言がある一方、福岡高裁の西理裁判長は、2007年、真村訴訟において事実上、読売による優越的地位の濫用と「押し紙」を認定する判決を下している。次の判決だ。

■真村裁判・福岡高裁判決

◇「押し紙」とは何か?

「押し紙」とは、配達部数を超えて新聞社が販売店に搬入する新聞のことである。たとえば2000部しか配達先がないのに、3000部を搬入すれば、差異の1000部が「押し紙」である。この1000部についても、販売店は新聞の原価を支払わなければならない。

かくて「押し売り」→「押し紙」となる。

しかし、広義には、新聞販売店で過剰になっている残紙全般を指す。常識的に考えて、配達する予定のない商品を販売店が好んで購入することはありえないからだ。あるとすれば、販売店が折込チラシの割り当て枚数(割り当て枚数は、新聞の搬入部数に一致させる基本原則がある)を詐欺的に増やそうと意図する場合である。こうした新聞は、確かに狭義には、「押し紙」ではない。業界用語で「積み紙」という。

朝日新聞が急激に部数を減らしているのは、読者離れというよりは、残紙を整理した結果である可能性が高い。その意味では、健全な方向へ向かっている。

次の動画は、新聞販売店から「押し紙」を回収する場面を撮影したものだ。撮影者は不明。インターネット上のものを紹介する。ビニール包装が解かれていない新聞の束が多量に回収され、おそらくは廃棄されている。重大な環境問題、資源問題でもある。

2015年12月21日 (月曜日)

読売・江崎法務室長による著作権裁判、「戦後処理」係争開始から8年、事件と喜田村弁護士に対する懲戒請求を再検証する

読売新聞西部本社の江崎徹志法務室長が、喜田村洋一・自由人権協会代表理事を代理人として、わたしに対して著作権裁判を起こして8年が過ぎた。「戦後検証」は、係争の発端から8年目に入る。2007年12月21日、江崎氏はEメールでわたしに対してある催告書を送りつけてきた。(判決文、弁護士懲戒請求・準備書面のダウンロード可)

◇新聞販売黒書に掲載した2つの書面

発端は福岡県広川町で起こった読売新聞社とYC広川(読売新聞販売店)の間で起こった強制廃業をめぐるトラブルだった。当時、新聞販売の問題を取材していたわたしは、この事件を取材していた。

幸いに係争は解決のめどがたち、2007年の末に読売はそれまで中止していたYC広川に対する担当員の定期訪問を再開することを決めた。しかし、読売に対する不信感を募らせていたYC広川の真村店主は、読売の申し入れを受け入れるまえに、念のために顧問弁護士から、読売の真意を確かめてもらうことにした。

そこで代理人の江上武幸弁護士が書面で読売に真意を問い合わせた。これに対して、読売は江崎法務室長の名前で次の回答書を送付した。

前略 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
   2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。

わたしは、新聞販売黒書でこの回答書を紹介した。すると即刻に江崎氏(当時は面識がなかった)からメールに添付した次の催告書が送られてきたのである。

冠省 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。

 しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。  

貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

 そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。  

 貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を採ることとなりますので、この旨を付言します。

回答書が自分の著作物なので削除するように求めているのだ。(回答書の著作物性については後述する)

わたしは、回答書の削除を断り、逆に今度はこの催告書を新聞販売黒書(現在のメディア黒書)で公開した。これに対して、江崎氏は、催告書は自分の著作物であるから、著作者人格権(注:後述)に基づいて、削除するように求めてきたのである。

が、催告書の作者は江崎氏ではなく、代筆者がいたのだ。少なくとも、後日、裁判所はそう判断したのだ。

◇喜田村洋一・自由人権協会代表理事が登場

わたしは催告書を削除するように求める江崎氏の申し出を断った。その結果、江崎氏は仮処分を申し立ててきた。ここで江崎氏の代理人として登場したのが、名誉毀損裁判や著作権裁判のスペシャリスト、喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。

仮処分は代理人なしに臨み、わたしの敗訴だった。そこで本訴になったのである。わたしの代理人には、江上弁護士ら福岡の販売店訴訟弁護団がついた。

著作権裁判では、通常、争点の文書、この裁判の場合は江崎氏の催告書が著作物か否かが争われる。著作物とは、著作権法によると、次の定義にあてはまるものを言う。

思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

改めて言うまでもなく、争点の文書が著作物に該当しなければ、著作権法は適用されない。

わたしの裁判でも例外にもれず、争点の催告書が著作物か否かが争われた。催告書の著作物性を争った裁判は、日本の裁判史上で初めてではないかと思う。ちなみに、新聞販売黒書に掲載した肝心の回答書の方は、争点にならなかった。

◇意外な決着

裁判は意外なかたちで決着する。裁判所は、「江崎名義」の催告書の著作物性を判断する以前に、そもそも江崎氏が催告書の作成者ではないと判断したのである。つまりもともと江崎氏には著作者人格権を根拠とした「提訴権」がないにもかかわらず、催告書の名義を「江崎」に偽って提訴に及んでいたと判断したのである。

なぜ、裁判所はこのような判断をしたのだろうか。詳細は判決に明記されているが、ひとつだけその理由を紹介しておこう。催告書の書式や文体を検証したところ、喜田村弁護士がたまたま「喜田村名義」で他社に送っていた催告書とわたし宛ての催告書の形式がそっくりであることが判明したのだ。同一人物が執筆したと判断するのが、自然だった。

つまり催告書を執筆していたのは喜田村弁護士だった。それにもかかわらず江崎氏は、自分が著作権者であることを主張したのだ。認められるはずがなかった。そもそも提訴権すらなかったのだ。

当然、江崎氏は門前払いのかたちで敗訴した。東京高裁でも、最高裁でも抗弁は認められず、江崎氏の敗訴が確定した。

◇だれが作者なのかという問題

おそらく読者の大半は、著作権という言葉を聞いたことがあるだろう。文芸作品などを創作した人が有する作品に関する権利である。その著作権は、大きく著作者財産権と著作者人格権に分類されている。

このうち著作者財産権は、作品から発生する財産の権利を規定するものである。たとえば作者が印税を受け取る権利である。この権利は第3者にも譲渡することができる。

これに対して、著作者人格権は、作者だけが有する特権を規定したものである。たとえば未発表の文芸作品を公にするか否かを作者が自分で決める権利である。第3者が勝手に公表することは、著作者人格権により禁じられている。

著作者人格権は、著作者財産権のように他人に譲渡することはできない。「一身専属」の権利である。

代理人は、既に述べたように、喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。
裁判所は判決の中で、催告書を執筆したのは喜田村弁護士か彼の事務所スタッフであった高い可能性を認定した。

◇弁護士懲戒請求

弁護士職務基本規程の第75条は、次のように言う。

弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

喜田村弁護士は、問題になった「江崎名義」の催告書をみずから執筆していながら、江崎氏が書いたという前提で裁判の準備書面などを作成し、それを裁判所に提出し、法廷で自論を展開したのである。

当然、弁護士職務基本規程の第75条に抵触し、懲戒請求の対象になる。わたしが懲戒請求に踏み切ったゆえんである。

◇弁護士倫理の問題

なお、裁判の争点にはならかなったが、喜田村弁護士に対する懲戒請求申立ての中で、わたしが争点にしているもうひとつの問題がある。ほかならぬ催告書に書かれた内容そのものの奇抜性である。

著作権裁判では、とかく催告書の形式ばかりに視点が向きがちだが、書かれた内容によく注意すると、かなり突飛な内容であることが分かる。怪文書とも、恫喝文書とも読める。端的に言えば内容は、江崎氏がわたしに送付した回答書が江崎氏の著作物なので、削除しろ、削除しなければ、刑事告訴も辞さないとほのめかしているのだ。

回答書は、本当に著作権法でいう著作物なのだろうか?再度、回答書と著作権法の定義を引用してみよう。

【回答書】 前略 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
  2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。

【著作物の定義】 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

誰が判断しても、著作物ではない。しかも、この内容の催告書を書いたのは、著作権法の権威である喜田村弁護士である。回答書が著作物ではないことを知りながら、催告書には著作物だと書いたのだ。

弁護士として倫理上、こうした行為が許されるのか疑問がある。が、日弁連はこの懲戒請求を喜田村弁護士を調査することなく却下した。

わたしは今でも、この判断は間違っていると考えている。

■知財高裁判決

■参考資料:懲戒請求申立・準備書面(1)

2015年11月11日 (水曜日)

朝日新聞販売店は警察署の広報部か? 世田谷区のASA16店が警察との連携で日本新聞協会(白石興二郎会長[読売])から表彰される

メディア黒書でかねてから、奇抜でにわかに信じがたい現象として報じてきた事柄のひとつに新聞人と警察の「友好関係」がある。ジャーナリズムの重要な役割のひとつは、権力の監視である。その権力組織と親密になって情報をもらったり、なんらかの協力関係を構築することは、ジャーナリズムの基本原則そのものを崩してしまう。新聞ジャーナリズムの死活問題にほかならない。

日本新聞協会が主宰している「地域貢献賞」を呼ばれる賞がある。今年、この賞を受けた団体のひとつに東京世田谷区のASA(朝日新聞販売店)16店がある。受賞理由は、警察署と協働で防犯活動に取り組んでいるというものである。

新聞協会のウエブサイトによると、受賞理由は次のようになっている。

東京都世田谷区の成城警察署管内16の朝日新聞販売所ASAは、2005年から地域で発生した事件や防犯対策をまとめた「朝日新聞 防犯ニュース」を毎月4万4000部発行し、新聞に折り込んで配布している。警察署から提供される最新の情報を広く読者に届けることで、地域で暮らす人々の安全・安心に寄与している。

取り上げる情報は、高齢者を狙う振り込み詐欺や悪質商法の事例からひったくり対策、スマートフォン利用の危険性など幅広い。身近で起きる犯罪や事故への対策を詳しく紹介しており、安全なまちづくりに貢献する存在となっている。

「警察署から提供される最新の情報を」まとめて『朝日新聞 防犯ニュース』を発行し、新聞折込のかたちで配布しているというのだ。こうした活動には次のような問題点がある。

警察にとって好都合な情報だけが開示されて、住民に広報されている可能性が高い。

ASAの側から警察に恩を売ることで、かりに「押し紙」や折込広告の水増し・廃棄などが発生した場合も、刑事事件として処理されなくなる可能性が高い。事実、「押し紙」と折込広告の問題が取り締りの対象になったことは、皆無ではないにしろ、ほとんどない。

警察業務の一部が新聞販売網に入り込んでくることになり、公権力から独立したジャーナリズムの原則が完全に崩壊してしまう。

①から③のような重大な問題を新聞人が認識していないのだから、問題は相当に深刻といえよう。野球賭博が発覚した読売ジャイアンツの取締役オーナーでもある日本新聞協会の会長・白石興二郎氏が、この不祥事を理由に会長を辞任しないわけだから、「腐敗」や「癒着」についての認識があまい。

◇読売防犯協力会

ちなみに警察と新聞販売店の協力関係は、朝日に限ったことではない。YC(読売新聞販売店)が全国読売防犯協力会という組織をつくって警察に協力してきた事実は新聞業界内では周知となっている。同協会のウエブサイトは、会の目標について次のように述べている。

わたしたちの防犯活動の基本は「見ること」と「見せること」です。街をくまなく回って犯罪の予兆に目を配ります。そして、オレンジ色のベストや帽子を犯罪者に見せつけ、「この街は犯罪をやりにくい」と思わせることも狙っています。さらに、新聞のお家芸である情報発信なども含め、活動の目標は次の4点に集約できると思います。

1.配達・集金時に街の様子に目を配り、不審人物などを積極的に通報する

2.警察署・交番と連携し、折り込みチラシやミニコミ紙などで防犯情報を発信する

3.「こども110番の家」に登録、独居高齢者を見守るなど弱者の安全確保に努める

4.警察、行政、自治会などとのつながりを深め、地域に防犯活動の輪を広げる

日ごろから地域のみなさんのお世話になっているYCスタッフたちは、少しでも地元のお役に立ちたいと思っております。街で見かけたときは、気軽に声をかけていただければ幸いです。
新聞配達員や集金員が路地の隅々にまで、あるいは家庭の中にまで視線を走らせる行為は、「おせっかい」ではすまないだろう。何を基準に「犯罪の予兆」と判断するのかは個人差があるわけだから、彼らがスパイに変質する可能性も孕んでいる。

ちなみに全国読売防犯協力会と覚書を交わしている都道府県の警察は次の通りである。年月日は、覚書を交わした日を示す。

高知県警 2005年11月2日
福井県警 2005年11月9日
香川県警 2005年12月9日
岡山県警 2005年12月14日
警視庁 2005年12月26日
 
鳥取県警 2005年12月28日
愛媛県警 2006年1月16日
徳島県警 2006年1月31日
群馬県警 2006年2月14日
島根県警 2006年2月21日

宮城県警 2006年2月27日
静岡県警 2006年3月3日
広島県警 2006年3月13日
兵庫県警 2006年3月15日
栃木県警 2006年3月23日

和歌山県警 2006年5月1日
滋賀県警 2006年6月7日
福岡県警 2006年6月7日
山口県警 2006年6月12日
長崎県警 2006年6月13日

茨城県警 2006年6月14日
宮崎県警 2006年6月19日
熊本県警 2006年6月29日
京都府警 2006年6月30日
鹿児島県警 2006年7月6日

千葉県警 2006年7月12日
山梨県警 2006年7月12日
大分県警 2006年7月18日
長野県警 2006年7月31日

福島県警 2006年8月1日
佐賀県警 2006年8月1日
大阪府警 2006年8月4日
青森県警 2006年8月11日

秋田県警 2006年8月31日
神奈川県警 2006年9月1日
埼玉県警 2006年9月14日
山形県警 2006年9月27日

富山県警 2006年9月29日
岩手県警 2006年10月2日
石川県警 2006年10月10日
三重県警 2006年10月10日
愛知県警 2006年10月16日

岐阜県警 2006年10月17日
奈良県警 2006年10月17日
北海道警 2006年10月19日
沖縄県警 2008年6月12日