読売の検索結果

2014年06月03日 (火曜日)

読売新聞、半年で約52万部減、紙新聞の未来を象徴する数字

このところ新聞の発行部数の減少がいちじるしい。2日付けMEDIA KOKUSYOでは、読売のABC部数が、3月から4月にかけて約20万部も減ったことを伝えた。新聞の急激な減部数に関して、補足しておこう。

次に示すのは、2013年11月と2014年4月における読売と朝日のABC部数である。

【読売】

2013年11月:10,007,440

2014年4月? : 9,485,286

(約52万部減)

【朝日】

2013年11月: 7,527,474

2014年4月? : 7,441,335

??????? (約9万部減)

読売の場合は、半年のあいだに約52万部の減部数、あるいは52万人の読者を失っているのだ。この数字がいかに大きいかは、たとえば神戸新聞のABC(2014年4月)が約58万部、京都新聞が約49万部、神奈川新聞が約20万部、山陽新聞が約42万部であることを考慮すると分かりやすい。

読売の読者離れがどこまで続くのか分からないが、世界最大の発行部数を誇る新聞社の急激な低落傾向は、紙新聞の未来像を物語っている。

◇なぜ、紙の新聞は限界なのか

紙の新聞には次のような決定的な弱味がある。

?紙面のスペースが限定されているために、情報量に制限がある。たとえば裁判の判決を報じる際に、紙新聞では判決の要旨しか掲載できない。これに対して、ウエブサイトでは、要旨と同時に判決の全文を掲載できる。法律の専門家が求めているのが、後者の報道スタイルであることは言うまでもない。

?記者会見をもとにした記事が大半を占め、調査報道が少ない。

?速報性でもウエブサイトには太刀打ちできない。

わたしは将来的に生き残る文字メディアは、ウエブサイトと書籍だと予測している。ウエブサイトは速報性が強み。これに対して書籍は、深く考察するためのメディアとなる。改めて言うまでもなく、ジャーナリズムの本道は書籍である。

※読売部数に関する最新情報(2014年8月28日)は、下記へ

「歯止めがかからない読売の部数減、昨年11月から75万部減」

 

2014年06月02日 (月曜日)

3月から4月にかけて読売の読者が一気に20万人減、産経新聞は8万人増

2014年3月から4月にかけて、読売新聞のABC部数が一気に20万5651部減っていることが分かった。日本ABC協会が定期的に公表している月ごとのABC部数(5月発表)により判明した。

また、朝日新聞は、8897部減った。これに対して、毎日新聞は3万3316部増えている。産経新聞も、8万6801部増えた。

読売と朝日の減部数は、4月1日から消費税が3%引き上げられ、8%になった影響である可能性が高い。毎日と産経がそれぞれ大幅に増部数になった原因は不明だが、ABC部数は新聞の印刷部数なので、配達されていない部数である可能性もある。

新聞業界では、昔から「押し紙」が問題になってきたが、読売に対しては、裁判所が、1部も「押し紙」は存在しないという認定を行っている。従って読売の約20万部の減部数は、1カ月で20万人もの読者が読売新聞に見切りをつけたことを物語っている。

◇朝日「実配部数増にこだわっていく」 ?

新聞の実配部数が不透明なことは周知の事実になっている。その根本的な原因は、新聞拡販の方法にある。景品をばらまいて、契約を取り付ける慣行の中で、過去には、拡販員が勧誘相手に暴力を振るう事件も相次いでいる。

部数を増やすことでABC部数をアップして、紙面広告の媒体価値を高め、広告収入を増やすビジネスモデルが、販売現場に部数至上主義をはびこらせてきたのである。実配部数を偽装してでも、ABC部数をかさ上げする慣行が、なかばあたりまえになってきたのだ。

5月21日付けの『新聞情報』に、興味深い記事が掲載された。タイトルは、「販売の構造改革へ軸足を移し実配部数増にこだわっていく」「首都圏第4部連合朝日会」「小林局長が呼びかけ」。

勘のいい読者は、「実配部数増にこだわっていく」という箇所で、苦笑したに違いない。周知のように、「実配部数」とは、実際に配達されている部数である。あえて「実配部数」にこだわると宣言した背景には、これまで「実配部数」とは別の部数??すなわちABC部数=偽装部数をベースに拡販競争を展開してきたことを意味しないだろうか。

その慣行を破って、これからは実配部数で他社と競争するというのだ。

ABC部数をかさあげして、紙面広告の収入を増やす従来のビジネスモデルがもやは通用しなくなってきたのである。新聞没落は、秒読み段階に入った。

ちなみに新聞社の屋台骨である販売現場に商取引の汚点があるということは、警察や公正取引委員会が、合法的に新聞社経営に介入できることを意味する。つまり「役所」に弱みを握られている証である。新聞が「政府広報」として、世論誘導に貢献せざるをえないゆえんだ。紙の新聞のジャーナリズム性が極端に低下した原因にほかならない。

2014年04月13日 (日曜日)

言論の自由にかかわる2つの裁判、16日(水)に読売VS七つ森書館 清武氏の尋問 18日(金)に森ゆうこVS志岐武彦

4月16日(水)と18(金)に、言論表現の自由にかかわる2つの裁判の法廷が開かれる。16日は、読売新聞社が弱小な出版社・七つ森書館に対して仕掛けている著作権裁判。18日は、森ゆうこ元参院議員が、『最高裁の闇』の著者・志岐武彦氏に仕掛けている名誉毀損裁判である。

それぞれの裁判の詳細は次の通りである。

【読売VS七つ森書館】

日時:4月16日 水曜日

場所:東京地方裁判所 721号法廷

午前10時20分?12時  原告側証人・星春海さん(出版契約当時、 読売新聞社会部次長)

 午後1時30分?3時30分 被告側証人・清武英利さん(元読売巨人軍 専務取締役)

午後3時30分?午後4時  中里英章(被告代表者・七つ森書館社長)

【森ゆうこVS志岐武彦】

日時:4月18日 金曜日

場所:東京地方裁判所 530号法廷

時間:午前10:00

 ※法廷の終了後、「志岐武彦さんを支援する会」が弁護士会館503号でミーティングを開きます。だれでも参加できます。問い合わせ先は、電話048?464?1413(黒薮)まで。

◇読売VS七つ森書館?職務著作権をめぐる問題

この裁判の発端は、七つ森書館が『会長はなぜ自殺したか──金融腐敗=呪縛の検証』(読売新聞社会部。1998年新潮社刊、2000年新潮文庫)を復刊しようとしたことである。同書は清武英利氏が中心になって制作したもの。七つ森書館は、2011年5月9日に読売との間に出版契約を結んだ。

ところが本の制作が最終段階に差し掛かったころに、清武氏が記者会見を開いて、読売の渡邉恒雄会長を批判したのを機に、両者は裁判へと突入した。その影響が、七つ森書館にも及んだようだ。

読売が七つ森書館に「出版契約を解除したい。補償はお金でする」と申し入れてきたのだ。しかし、交渉は決裂。読売は、喜田村洋一自由人権協会代表理事を代理人に立て、出版契約の無効を主張して裁判を起こしたのである。

争点としては、出版契約の手続きが有効かどうかという点に加えて、職務著作権をめぐる問題も浮上している。

職務著作権とは、新聞社の場合に即していえば、ある記事を執筆した記者をその記事の著作権者と認定するのを回避して、記者が所属する新聞社を著作権者と定めるルールである。著作権法の15条1は、職務著作権を次のように定義している。

 法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。

問題となった『会長はなぜ自殺したか──金融腐敗=呪縛の検証』は、読売新聞の記者たちによる執筆・取材である。しかし、単行本として刊行する場合は、単行本に即した文体や形式に改めることが多い。

新聞連載をそのまま単行本にすれば、無機質な印象が露呈して単行本としては読みづらいからだ。

詳しいことは知らないが、この本が新潮社から出版されるに際して行われた「てなおし」の過程では、清武氏の功績が大きい。このあたりを裁判所がどう判断するかが注目される。

読売勝訴により、職務著作権の適用範囲を拡大する判例ができてしまうと、新聞記者や出版社の編集者が自分の名前で本を出版する自由が侵害される危険性も秘めている。出版関係者にとっては、重要な意味を持つ裁判である。

◇ 小沢弁護団との関係は?

「森VS志岐」についての詳細は、次の記事を参考にしていただきたい。

 ■PDF『森ゆうこ元参議院議員が「一市民」に起こした恫喝訴訟が明かす「最高裁の闇」』

18日には、この事件の鍵を握るX氏(訴状にも「X氏」で登場)の陳述書が提出される予定になっている。被告の志岐氏は、問題となっている裏工作(ロシアのサーバーを通じて、発信元を隠し、検察の捏造報告書を歌手の八木啓代氏に送付した事件)について、X氏がみずからの工作であると打ち明けたと主張しているが、これに対するX氏の見解が明らかになる可能性が高い。

ちなみに捏造報告書の検察からの持ち出しルートは、次の2ルートが推定される。検察の管理体制から察して、それ以外は考えにくい。

?検察官が非合法的に外部へ持ち出した可能性。

?小沢一郎氏本人と小沢一郎弁護団(弘中惇一郎弁護士、喜田村洋一弁護士ら)に合法的に渡っていた可能性。ただし、刑事訴訟法・第281条の4により目的外使用は禁じられている。

?、あるいは?とX氏を結ぶ接点はあるのだろうか?

【刑事訴訟法・第二百八十一条の四】 被告人若しくは弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。)又はこれらであつた者は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、次に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは 電気通信回線を通じて提供してはならない。

一 当該被告事件の審理その他の当該被告事件に係る裁判のための審理   

二 当該被告事件に関する次に掲げる手続     イ 第一編第十六章の規定による費用の補償の手続    

ロ 第三百四十九条第一項の請求があつた場合の手続    

ハ 第三百五十条の請求があつた場合の手続    

ニ 上訴権回復の請求の手続    

ホ 再審の請求の手続    

ヘ 非常上告の手続    

ト 第五百条第一項の申立ての手続    

チ 第五百二条の申立ての手続    

リ 刑事補償法の規定による補償の請求の手続    

 前項の規定に違反した場合の措置については、被告人の防御権を踏まえ、複製等の内容、行為の目的及び態様、関係人の名誉、その私生活又は業務の平穏を害されているかどうか、当該複製等に係る証拠が公判期日において取り調べられたものであるかどうか、その取調べの方法その他の事情を考慮するものとする。

2014年04月04日 (金曜日)

1966年の袴田事件にみる読売記事を検証する、逮捕まえから実名報道「従業員『袴田』逮捕へ」 警察情報が裏目に

袴田巌氏が殺人で逮捕された事件の新聞報道を検証してみると、記者クラブや「サツまわり」を通じて、警察から得た話をもとに記事を書くことが、いかに危険であるかが浮かびあがってくる。事件が起きた1966年の新聞には、警察情報をうのみにして、袴田氏を犯人と決めつけた記事が並んでいる。

袴田氏が殺人で逮捕された事件は、静岡県清水市で起きた。6月30日の未明に味噌製造業を営む一家4人が殺害され、9月になって従業員の袴田巌氏が逮捕された。これが袴田冤罪事件の発端である。

◇皮切りは、「血染めの手ぬぐい押収」

一家殺害の5日後にあたる7月4日には、匿名とはいえ早くも袴田氏を容疑者とする記事が新聞に掲載された。『読売新聞』は、

「清水の殺人放火 有力な容疑者 血染めの手ぬぐい押収」

と、いう見出しで事件を報じた。また、『毎日新聞』は、

「清水の殺人放火 従業員『H』浮かぶ 血染めのシャツを発見」

と、報じた。

2つの記事は内容も見出しもそっくりだ。警察のリーク情報をもとに記事を書いたことが類似の要因にほかならない。

当時、警察がいかにしてマスコミを利用したかは、弁護士の秋山賢三氏が「精神障害者の獄中処遇?袴田巌氏の事例」(『精神神経学雑誌』2001年9月)の中で、次のように指摘している。「その事実(黒薮注:警察が自白を強要した事実)ができると、警察所長とか次席検事が大々的に記者会見して、『本日、袴田巌は自白いたしました』ということで、翌日の新聞やテレビ」で大きく報道された。

ちなみに秋山弁護士は、「精神障害者」として袴田氏を位置づけているが、これは死刑が確定した後、同氏が精神に異常をきたした事実を根拠としている。従って精神障害と犯罪の関係に言及したものではない。

参考までに、警察所長や次席検事に操られて、新聞はどのような記事を掲載したのだろうか。『読売新聞』の記事を検証してみよう。

◇早々に実名報道、「従業員『袴田』逮捕へ」

まず、逮捕前の8月18日の『読売(夕刊』)の記事である。タイトルは、「従業員『袴田』逮捕へ 清水の4人殺害」「令状とり、再調べ」「寝間着に油、被害者の血?」

(略) その後の調べで、袴田の自室から押収したパジャマには他人の血や放火に使われたと同じ油がついていることがわかり、同本部では逮捕状をとって、袴田を連行したもの。

袴田は、この朝六時三十分ごろ清水署に連行されたが、クリーム色の半ソデシャツ、茶色のズボンというさっぱりしたふだん着でうす笑いさえ浮かべ、むしろ連行した刑事の方が緊張した表情だった。そして間もなく同署調べ室で調べがはじまったが、犯行を全面的に否認した。

しかし、同本部では?科学研の鑑定で、パジャマには袴田と同型のB型のほか、藤雄さんのものとみられるA型と長男雅一郎君のものらしいAB型の血液が検出されている?パジャマには、油ようのものが付着しており、これも放火に使った混合油とほぼ同じとの鑑定が出ている?出火当時のアリバイが不確実で、袴田は消火にかけつけた、といっているが出会った人がない。(略)

◇「『袴田』自供始める」

次に9月7日の『読売(朝刊)』の記事である。タイトルは、「『袴田』自供始める」「清水の四人殺し放火」「逮捕から20日目」

(略)この日、取り調べ官が逮捕のきっかけとなったパジャマについていた血液について聞いたところ袴田は下を向いたまま涙をうかべ「血液は犯行のときについたものです」と、答えた。

「やっぱりお前の犯行ではないか」と厳しく追及すると袴田は、「あの事件はわたしが一人でやったことです」とうなだれた。

? このため正午から一時間昼食のため休憩し、そのあと犯行の動機、手口など本格的な取り調べをはじためが、放火に使ったガソリンについては「犯行前に藤雄さん方へしまっておいた」「侵入口は表のシャッターからはいったような気がする」「出るときは裏の開き戸だったと思う」など、検証結果と食い違うあいまいな返事をするだけで、七日午前零時近くまで続けられたが、核心については話さなかった。

しかし、捜査本部ではここまで自供すれば、全面自供も時間の問題とみている。(略)

◇推理小説なみの不自然な記述?

さらに、同9月7日の『読売(夕刊)』の記事である。タイトルは、「騒がれて逆上、犯行」「清水の四人殺し」「袴田、全面自供始める」。

(略)自供によると、袴田は前日の六月二十九日夕、犯行を決意、工場二階の自分の従業員寮で、寝ないで時間を待ち、三十日午前一時二十分ごろ起き出し、パジャマのうえに工場内の雨カッパを着て、東海道線線路向こうの藤雄さん方裏木戸からはいった。

表戸近くの店先まで侵入したとき、寝ていた藤雄さんに気づかれて大声をあげられ、あわてて裏口へ逃げたが、裏木戸付近でつかまって、体格のいい藤雄さんと格闘になり、持っていた小刀で藤雄さんを刺し殺してしまった。

 あとは夢中で藤雄さんの大声で目をさました妻ちえ子さん(三九)と長男雅一郎君(一四)の寝ている八畳間で二人を刺し殺し、起きてきた二女扶示子さん(一七)も殺してしまった。予想以上の大きな犯行となり、思案にくれたが、焼いてしまえばあとが残らないと考え、一人一人に手で油をかけ、藤雄さん方のマッチで一人ずつ火をつけて、裏木戸からにげた。(略)

 三流の推理小説のような、不自然な記述が目立つ。

◇「袴田元被告に『名誉ベルト』、WBCが贈呈へ」

逮捕から46年後、袴田氏は事実上無罪となり、釈放された。すると今度は袴田氏を英雄扱いにする記事が登場する。3月31日付けの読売(電子版)だ。 タイトルは、「袴田元被告に『名誉ベルト』、WBCが贈呈へ」。

「袴田事件」で再審が認められた元プロボクサーの袴田巌元被告(78)に対し、世界ボクシング評議会(WBC)が名誉王者のベルトを授与することが正式に決まった。??

? WBCから連絡があったことを31日、東日本ボクシング協会の大橋秀行会長が明らかにした。授与式は4月6日、ダブル世界タイトル戦に合わせて東京・大田区総合体育館で行われ、体調不良の袴田さんに代わり、姉の秀子さんが受け取る予定だという。

◇警察によるマスコミの利用

逮捕当時は袴田氏を犯人扱いにして、冤罪が判明すると、英雄視する新聞報道は、なにも読売に限ったことではない。

事実の誤認は、記者が人間である以上は、完全に避けることはできない。と、すればせめて間違った原因を明らかにして再発を防ぐべきだろう。

改めていうまでもなく、報道内容を誤ったのは、自分たちが警察に利用されているという認識がなかったからである。容疑者は隔離された状態におかれて、記者が直接取材できない事情は理解できるが、「役所」が発する情報にはウソが多分に含まれているという認識があれば、もっと違った書き方もできたのではないか。

なお、前出の秋山弁護士は、「精神障害者の獄中処遇?袴田巌氏の事例」(『精神神経学雑誌』2001年9月)の中で、袴田氏に対する取り調べの様子について次のように述べている。

多いときで1日に16時間30分という、長時間にわたる取り調べをやられたわけです。これは警察の文書にはっきり書いておりますし、一審の死刑判決を言い渡した静岡地裁も、判決理由で認定している事実です。その間、寝させない、あるいはトイレも、取調室に便器を持ち込んでやらせるというような、人権蹂躙した捜査の中で、彼は9月6日に初めて自白調書に指印させられました。それで、いわゆる最終日の23日目の9月9日に起訴ということになったわけであります。

こうした経緯は袴田氏の弁護士に取材すれば、簡単に分かったのではないだろうか?

2014年03月27日 (木曜日)

強制わいせつ未遂と住居侵入の疑いで読売新聞販売員を逮捕 責任を転嫁する新聞社の「取引関係にある販売店」という表現

新聞ばなれが進むなか、強引な新聞勧誘が増えている。24日付けの産経(電子版)は、読売新聞の販売員が強制わいせつ未遂と住居侵入の疑いで逮捕されたニュースを掲載している。タイトルは、「契約断られた直後に… 強制わいせつ未遂容疑で読売勧誘員の男逮捕」。

新聞購読の勧誘で訪れたマンションで、女子大生(19)にわいせつな行為をしようとしたとして、京都府警北署は24日、強制わいせつ未遂と住居侵入の疑いで、京都市北区大宮北林町、読売新聞販売員、堀茂樹容疑者(38)を逮捕した。同署によると「行ったことは間違いない」と話しているが、わいせつ目的については否認している。

 逮捕容疑は2月11日午後8時20分ごろ、新聞購読の勧誘で訪れた同区のマンションで、一人暮らしをしていた女子大生の部屋に入り、わいせつな行為をしようとしたとしている。

 同署によると堀容疑者は犯行前にも勧誘に訪れ、女子大生は4日間の試し読みをしていた。試し読み後に購読契約を断ると、犯行に及んだという。

 読売新聞大阪本社広報宣伝部の話 「取引関係にある販売店の従業員が逮捕されたことは誠に遺憾。事実を確認のうえ、厳正な対処を販売店に求める」

疑問を呈したくなるのは、読売の広報宣伝部のコメントである。「取引関係にある販売店」という表現は、販売店が不祥事を起こしたときの常套句になっている。が、これは商取引の契約上、新聞社は販売店との「取引関係」にあるということに過ぎない。読売に限らず新聞社は販売店に対して、販売政策を徹底させている。むしろ実態からすると、販売店は、新聞社販売局の実働部隊と解釈することもできる。

◇真村高裁判決の判例

そのことは実質的に新聞社の優越的地位の濫用を認定した真村裁判・福岡高裁判決にも現れている。同判決には読売の販売政策について次のような認定がある。

※文中の「虚偽報告」とは、「押し紙」(残紙、あるいは偽装部数)を実配部数に含めて、新聞社に報告する行為を指す。販売店がこうした行為に走るのは、「押し紙」が独禁法に違反するので、帳簿上は「押し紙」が存在しないことにする必要があるからだ。そこで「押し紙」を実配部数として報告するのだ。

新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。

一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。

これらの認定から、読売は自社の販売政策にしたがって、販売店の業務を指導していることが読み取れる。と、すれば「取引関係にある販売店」を強調することで、新聞拡販員が起こしたトラブルの責任を販売店に転嫁するのは、誤っている。

改めて言うまでもなく、景品を使わなければ購読してもらえない紙面では、ジャーナリズムの価値がない場合が多い。

2014年03月21日 (金曜日)

対読売裁判の検証、最高裁の担当調査官はだれなのか? 違憲訴訟の提起を

6年におよんだ対読売裁判(1年半の間に、読売による提訴が4件、黒薮による提訴が1件+弁護士懲戒請求)を通じて、わたしの内部で生じたジャーナリズムのテーマは多岐にわたる。裁判の舞台が最高裁に移ってから、とりわけ疑問に感じるようになったのは、裁判を担当する調査官の氏名が裁判の当事者にも公表されていないことである。

意外に知られていないが、最高裁では口頭弁論(法廷)はほとんど開かれない。大半の上告(憲法違反を理由とした異議申立)事件、あるいは上告受理申立(判例違反を理由とした異議申立)は、調査官と呼ばれる最高裁事務総局に直属する裁判官により処理される。

と、いうのも上告事件と上告受理申立事件の件数は、年間で優に4000件を超えるにもかかわらず最高裁判事の数が14名なので、物理的に処理しきれないからだ。そこで調査官の出番となるのだが、その調査官も50名に満たない。

たとえば次に示すのは、2011年度の調査官リストである。補佐人を含めても42人しかいない。

■2011年度の調査官リスト

◇最高裁で本当に審理が行われているのか?

最高裁判事と調査官を総動員して(広義の)上告事件を処理するとしても、1年に4000件を超える事件を精査することはまずできない。と、なれば当然、重大で、かつ十分な根拠のある疑惑が生じる。

最高裁は本当に全事件の検証を実施しているのか?上告人から印紙代だけを徴収して、ろくに書面を読みもせずに、適当に決定を下しているのではないか?

対読売裁判では、最初の仮処分申立事件を除く、すべての事件が最高裁まで進んだ。このうち調査官や最高裁判事が精査したことに疑いの余地がない事件は、名誉毀損裁判1(原告・読売、被告・黒薮)である。

この事件はMEDIA KOKUSYO(当時は、新聞販売黒書)の記事に対して、約2200万円のお金(このうち、200万円は、喜田村洋一・自由人権協会代表理事の弁護士費用)を支払うように請求したもので、地裁と高裁はわたしが勝訴した。読売によるお金の要求は退けられた。

ところが最高裁は、わたしを敗訴させ読売を勝訴させる決定を下し、判決を高裁に差し戻した。これを受けて加藤新太郎裁判官が、わたしに110万円のオカネの支払いを命じたのである。

この事件を調査官と最高裁判事が精査したことは、判決が覆った事実で証明される。そこでわたしは、担当した調査官の氏名を公表するように、最高裁に対して情報公開を請求した。しかし、驚くべきことに、最高裁は担当調査官についての記録は保持していないと答えたのである。もし、あるとすれば原審のさいたま地裁の閲覧室に保存されているので、そちらで調べてほしい、と返答してきたのである。

これについては今後、調査する予定にしている。

◇裁判の公開と憲法82条は

わたしは伊方原発訴訟を担当した調査官についても名前を公表するように最高裁に対して情報公開を請求した。が、これについても、該当する資料が存在しないとのことだった。

本当に存在しないのか、それとも隠しているのか?この点だけは判断のしようがないが、わたしは実質的な裁判官である担当調査官を隠して、上告事件を処理するのは、憲法の観点からしても、重大な問題があると思う。

憲法82条は次のように述べている。

第八十二条  裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

○2  裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

ちなみに文中の「第三章」は、「国民の権利及び義務」に関連した条項で、対読売裁判のケースでは、21条がこれに該当する。

第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

憲法の趣旨からすれば、日本全国の裁判所であたりまえに行われている「弁論準備」も憲法に違反しているのではないだろうか。「弁論準備」は非公開、密室で行われるからだ。違憲訴訟を起こすべきでは?

2014年03月20日 (木曜日)

5件の対読売裁判が終了 疑問が残る裁判の公平性と自由人権協会代表理事による改憲派・読売支援

最高裁は12日、わたしが2009年に提起した読売に対する損害賠償訴訟(原告・黒薮哲哉、被告・読売3社、江崎徹志)の上告を棄却した。これにより読売との間で起きた5件の係争は、すべておわった。残っている係争は、読売の代理人、喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求だけになった。

13日付けの読売新聞(ネットは12日付け)は、「黒薮氏の上告を棄却、読売側の勝訴が確定」 と、題する記事を掲載している。しかし、情報が乏しく著しく客観性を欠いた記事なので、補足しておきたい。

この裁判は読売がわたしに対して、1年半あまりの間に起こした4件の訴訟(賠償請求額は約8000万円)が、「一連一体」の言論弾圧にあたるとして、約5500万円の損害賠償を求めたものである。

4件の裁判の勝敗は次の通りである。改めて言うまでもなく、原告はいずれも読売、あるいは読売の社員である。

1、著作権裁判の仮処分申立:読売の勝訴

2、著作権裁判:地裁、高裁、最高裁で黒薮が勝訴

3、名誉毀損裁判1:地裁、高裁は黒薮の勝訴 最高裁で読売が逆転勝訴

4、名誉毀損裁判2:地裁、高裁、最高裁で読売が勝訴

勝敗は、5勝5敗である。わたしが5連勝した後、5連敗に転じた。

わたしはこれら4件(実質的には、「1」と「2」は継続性があるので3件)の提訴が、スラップに該当するとして、読売に損害賠償を求めたのである。

それぞれの裁判の判決について、わたしは独自の見解をもっているが、詳細を語るには、スペースに限界があるので、関心があるかたは、拙著『新聞の危機と偽装部数』(花伝社)を読んでほしい。

ただ、結果についてひとつだけコメントすれば、名誉毀損裁判ではわたしが敗訴したとはいえ、著作権裁判では勝訴しており、しかも、読売側のあるまじき行為が司法認定されたにもかかわらず、それに対する賠償が認められなかったのは、不当だと考えていることを付け加えておきたい。「読売側のあるまじき行為」については、次の記事を参考にしてほしい。

■読売・江崎法務室長による著作権裁判6周年 「反訴」は最高裁で、喜田村弁護士に対する懲戒請求は日弁連で継続

これが不当訴訟に該当しないとなれば、司法の秩序は崩壊する。

◇ 裁判の公平性と弁護士活動の思想

6年にわたる裁判を通じて、わたしは特に2つの問題を考えた。裁判の公平性とはなにかという問題と、弁護士活動とは何かという問題である。

まず、裁判の公平性については、「3」の名誉毀損裁判で不公平感を味わった。この裁判は地裁と高裁でわたしが勝訴し、最高裁が読売を勝訴させ、わたしを敗訴させる決定を下し、判決を東京高裁へ差し戻した。これを受けて加藤新太郎裁判官が、わたしに110万円の支払いを命じた。

ところが加藤新太郎裁判官について、調べたところ、過去に少なくとも2回、読売新聞に登場していたことが分かった。つまり読売との距離が近い人物であることが判明したのだ。

■加藤裁判官が登場した読売の記事??

さらにこの裁判の控訴審から登場した読売の弁護団・TMI総合法律事務所に元最高裁判事が3名も再就職(広義の天下り)している事実がわかった。その3名とは、次の方である。

泉?治(元最高裁判所判事・東京高等裁判所長官)

今井功(元最高裁判所判事・東京高等裁判所長官)

才口千晴(元最高裁判所判事)

その他にも次の経歴の方が、再就職している。

頃安健司(元大阪高等検察庁検事長)

三谷紘(元公正取引委員会委員・横浜地方検察庁検事正)

相良朋紀(元広島高等裁判所長官)

今井功(元最高裁判所判事・東京高等裁判所長官)

塚原朋一 (元知的財産高等裁判所長[裁判当時])

樋渡利秋(元検事総長)

松山隆英(元公正取引委員会事務総長)

川北 力(元国税庁長官 )

さらに最高裁の各種委員に読売関係者が抜擢されていることも判明した。次の方々である。

桝井成夫(元読売新聞社論説委員)

金丸文夫(読売新聞社調査研究本部主任研究員)

最高裁事務総局が法曹人としての良識に満ちた人々で占められているのであればともかくも、最近出版された元裁判官・瀬木比呂志氏の著書『絶望の裁判所』によると、最高裁事務総局は伏魔殿のようなところらしい。当事者の内部告発だから、尊重する必要がある。瀬木氏は言う。

 裁判所が、行政や立法等の権力や大企業等の社会的な強者から国民、市民を守り、基本的人権の擁護と充実、人々の自由の実現に務めるという「大きな正義」については、きわめて不十分にしか実現されていない。

◇調査官の名前を公表せず

上告事件は、実質的には調査官(裁判官)によって判決が方向づけられる。と、なれば裁判の当事者が、調査官を務めた裁判官がだれかを知るのは当然の権利である。日本国憲法でも、裁判は公開で行うことが義務付けられている。

そこでわたしは、「3」の裁判の調査官の名前を公開するように、情報公開請求を行った。しかし、信じがたいことに、これに関する記録はない、とのことだった。つまり密室で審理が行われたということである。

どのようなプロセスを経て、読売が逆転勝訴することになったのか、未だに分からない。謎だ。これについては、今後も調査する。

◇「護憲派」自由人権協会に対する疑問

弁護士活動のあり方についても、裁判を通じて考えた。  これら一連の裁判で読売の代理人を務めたのは、喜田村洋一弁護士である。この人の経歴を調べてみると、自由人権協会の代表理事であることが分かった。自由人権協会は、日本を代表する人権擁護団体である。同協会のHPは、改憲について、次にように述べている。

いま、自民党が提案している憲法改正草案は、世界の民主主義国家が共通に大切にしている考えを真っ向から否定するものです。JCLUは、自由と人権の擁護を旗印に60年以上活動してきました。その活動の基礎は、憲法にあります。その大切さを、自民党の憲法改正草案の根本的問題点を指摘しながらあらためて研究することにしました。

強く護憲の立場を表明しているのだ。  ところがその代表理事である喜田村弁護士は、改憲派の先鋒・読売の代理人を務めている。「3」と「4」の裁判では、出版関係者の表現の幅を制限する道につながりかねない判例も作っている。

弁護士の仕事は、クライアントを支援する立場で働くことであるという考えもあるが、同時にみずからの行動に対する責任をどうするのかという問題もある。読売をサポートし、結果として読売新聞の影響力を強めることが、改憲勢力を活気ずけることはいうまでない。読売新聞により、世論も改憲へと誘導される。

護憲運動にみずからの時間とお金を割いている人々、特に出版関係者は、読売裁判に現れた弁護士のあり方をどう考えるのだろうか。わたしの個人的な考えを言えば、自由人権協会の関係者には、護憲運動には参加してほしくない。控えるべきだ。仲間同士の信頼関係に亀裂が生じ、運動が崩壊へ向かうリスクがあるからだ。

わたしの代理人を務めて下っさった馬奈木昭雄弁護士であれば、改憲派の読売をサポートすることはまずありえない。

2014年03月19日 (水曜日)

読売・YC久留米文化センター前店における部数内訳 47%が「虚偽」も、「押し紙」ゼロの司法判断

読売新聞の部数内訳を示す資料を紹介しよう。具体例として取り上げるのは、YC久留米文化センター前店のケースである。裁判の中で「押し紙」の有無が争点になったケースの検証である。(地位保全裁判であるにもかかわらず、なぜ「押し紙」の有無が争点になるのかは後述する。)

※YC=読売新聞販売店

「押し紙」の定義は、2つ存在する。?新聞経営者(以下、新聞人)が主張し、裁判所が全面的に認定している定義と、?一般の人々が社会通念を働かせてイメージしている定義の2つがある。そこであらかじめこの点について若干説明しておきたい。

?新聞人と裁判官の定義

新聞人と裁判官が採用してきた「押し紙」の定義とは、新聞社が販売店に対して押し売りした新聞部数のことである。したがって、「押し売り」の証拠がなければ、たとえ多量の新聞が店舗に余っていても、それは「押し紙」ではないという判断になる。

こうした論法を「へりくつ」と批判する声もあるが、裁判所はそれを認定してきた。広告主がうける被害という視点が欠落している結果にほかならない。

たとえば販売店に新聞を2000部搬入し、実際に配達していた部数が1200部とすれば、800部が過剰になる。しかし、新聞社がこの800部を「押し売り」をした事実を販売店が立証できなければ、「押し紙」とはみなされない。「押し紙」は1部も存在しないということになる。

新聞人は、この種の新聞を「残紙」、あるいは「積み紙」と呼んでいる。最近では、「予備紙」と言うようにもなっている。口が裂けても「押し紙」とは言わない。

次に示すのは、2009年に読売が提起した名誉毀損裁判(被告は、新潮社と黒薮)で、読売の宮本友丘副社長が、自社には1部の「押し紙」も存在しないと断言した証言である。

それゆえにわたしが読売の名誉を毀損したとする論理であるが、証言の中で宮本氏が言及している「押し紙」とは、「押し売り」の証拠がある新聞のことである。それゆえに「押し紙」は、過去にも現在も、1部たりとも存在しないと胸を張って断言したのである。

◇読売・宮本証言に見る「押し紙」の定義  

新聞人にとって「押し紙」とは何かを物語る格好の事例である。宮本氏は、代理人の喜田村洋一・自由人権協会代表理事の質問に応答するかたちで次のように述べている。

喜田村洋一弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。

?宮本専務:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。 (略)

喜田村:被告の側では、押し紙というものがあるんだということの御主張なんですけれども、なぜその押し紙が出てくるのかということについて、読売新聞社が販売店に対してノルマを課すと。そうすると販売店はノルマを達成しないと改廃されてしまうと。そうすると販売店のほうでは読者がいない紙であっても注文をして、結局これが押し紙になっていくんだと、こんなような御主張になっているんですけれども、読売新聞社においてそのようなノルマの押しつけ、あるいはノルマが未達成だということによってお店が改廃されるということはあるんでしょうか。

宮本:今まで1件もございません。

繰り返しになるが、日本の裁判所も宮本氏の「押し紙」についての思考法を全面的に認めている。

?一般の人々の定義 ?

これに対して広く一般の人々に受け入れられている「押し紙」の定義は、単純に販売店で過剰になっている新聞のことである。新聞の商取引の裏側を知らない一般の人々は、社会通念を働かせて、販売予定のない商品(「押し紙」)を好んで注文し、その代金を支払うバカは存在しないと考えているからだ。

従って、販売店で過剰になった新聞は、すべて押し売りの結果発生したと考えている。大半の人々にとっては、残紙=「押し紙」である。

◇47%の部数が虚偽

2008年3月1日に、読売はYC久留米文化センター前店を強制廃業にした。店主が自主的に新聞の注文部数を約2000部から、約1000部に減らしたところ、3ヶ月後に改廃されたのである。

これに対してYC久留米文化センター前店の店主は、地位保全裁判を提起した。裁判の中で、同店における新聞の部数内訳の実態が表に出たのである。

裁判所は、YC久留米文化センター前には、新聞人が主張している「押し紙」は存在しないと認定した。しかし、搬入部数と実配部数が大きく異なっていたことは、判決の中で明らかになっている。

■YC久留米文化センター前店の部数内訳(H16年1月?H20年2月)??

※赤線部分に注意。注文部数が大幅に減っている。

【表の見方】  

定数:搬入部数を意味する。新聞部数の「定数」を意味する。

実配(報告書):店主が読売に報告していた実配部数

実配(実態):同店が本当に配達していた部数

虚偽報告部数:実配(報告書)?実配(実態)

残紙:余っていた部数

多量の新聞が余っていた事実は重い。判決によると、最終的には「約47.5パーセントが虚偽」だった。しかし、裁判所はこれらの偽装部数を、新聞人が主張する「押し紙」とは認めなかった。押し売りした証拠がないのが、その理由のひとつである。

責任はむしろ部数内訳を正確に報告していなかった店主の側にあると判断した。それを正当な改廃理由として認めた。この裁判でも、読売は裁判に圧倒的に強いことを見せつけたのである。

しかし、多量の新聞が過剰になっていた事実は重い。結果として、実態のない部数により、ABC部数がかさ上げ状態になり、紙面広告の価格に影響を及ぼした可能性があるからだ。

◇地位保全裁判で「押し紙」の有無が争点になる理由

念を押すまでもなく新聞販売店の地位保全裁判では、店主の解任が正当か不当かが判決により決定される。読売のケースに限らず、販売主の地位保全裁判で極めて頻繁に争点になるのは、「押し紙」の有無である。その理由を説明しよう。

既に述べたように新聞人たちは、過去から延々と、新聞業界には1部の「押し紙」も存在しないと主張してきた。これも繰り返しになるが、彼らにとって「押し紙」とは、押し売りを立証できる新聞のことである。「残紙」のことではない。「押し紙」は独禁法に抵触するので、口が裂けても「押し紙」があるとはいえない。そこで「残紙」、「予備紙」などの言葉で言い換えているのだ。

こうした事情を販売店の側も承知している。文句も言わない。新聞社は販売店にとって大切な取引先であるからだ。そこで部数の内訳を新聞社に報告する場合、販売店は実配部数に「押し紙」を加えた数字を報告する。もちろん報告書のフォーマットに「押し紙」というカテゴリーも存在しない。

新聞社に対する忠誠心がある店主ほど、「押し紙」を隠して、部数内訳を報告する。そうすることで帳簿上では、1部の「押し紙」も存在しないことになる。

ところがこのような事務処理は、法的に見れば部数の虚偽報告である。新聞社にウソの報告をしたことになる。この点を逆手にとれば、新聞社は虚偽報告を理由として、販売店を正当に改廃することが出来るのだ。

これが販売店の地位保全裁判で、「押し紙」の有無と、それに伴う虚偽報告の有無が争点になる理由である。

しかし、部数の虚偽報告が改廃理由にはならないとする判例もある。YC久留米文化センター前の改廃事件の半年まえに出た真村裁判の福岡高裁判決である。この判決は最高裁でも認定された。日本の新聞社経営に決定的な影響を及ぼしかねない判決だったのである。

■真村裁判の福岡高裁判決

重要な部分を抜き書きしてみよう。

新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。

一審原告真村が、予備紙の部数を偽っていたとして誓約書を提出した際に提出した平成12年10月目標増紙計画表では、定数年間目標を1665部、実配年間目標を1659部とし、同年5月時点での定数を1625部、実配数を1586部、予備紙を39部と、同年10月時点での実配数を1586部、予備紙を39部として上記定数を維持した記載をしているところ、一審被告は、このような報告を受けても、

それに合うように定数を減らさせることをせず、上記計画表記載のとおりの同一審原告らの注文を受けていたものであり、同様に、予備紙の虚偽報告が発覚した久留米中央店の荒木に対しても、ほぼ同様の対応に終始しているのである(甲131、乙81、104、原審証人YM)。

このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。

そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである

YC久留米文化センター前の店主が、自主的に新聞の発注部数を約1000部減らしたのも、もとをたどれば真村裁判の福岡高裁判決に勇気ずけられたからにほかならない。ところが、真村裁判の判例は、YC久留米文化センター前の裁判では、完全に覆ったのである。

読売は、やはり圧倒的に裁判に強いのだ

2014年03月11日 (火曜日)

読売・渡邉会長、「無読者層が(東京23区で)約5割に」  読売のABC部数が1ヶ月で24万部減、朝日と日経は「部数整理」へ

新聞社が発行する新聞部数を公式に示す数字は、日本ABC協会が毎月公表するABC部数である。これは発行(印刷)部数を表す数字であるから、実際に新聞販売店が配達している部数との間に差異があるが、一般的には実配部数として受け止められている。もちろん広告主も、ABC部数=実配部数という前提で、広告代理店と広告(紙面広告、折込チラシ)価格の交渉を行ってきた。

ところがこのところ(と、いっても数年前から)、ABC部数と実配部数の間にかなりの差異があることを、新聞経営者が認めざるを得ない状況が生まれている。

ABC部数と実配部数の差異は、「押し紙」(偽装部数)として、少なくとも1970年代から水面下の大問題になってきたが、新聞人はこの事実を認めようとはしなかった。たとえ両者に差異があることを認めても、それは販売店の責任で、「自分たちはあずかり知らぬこと」という態度を貫いてきた。

日本の裁判所も、このような新聞社の見解を全面的に合意してきた。公取委もほとんどこの問題で指導に乗り出したことはない。

そのために販売店主が、「押し紙」問題をいくら内部告発しても、新聞社は聞く耳を持たなかった。それはちょうど電車の中で携帯電話を耳にあて、声高に話しているならず者を注意しても、「わが権利」とばかりに、平然と喋り続ける光景に類似している。

が、ここに来て、読売の渡邉恒雄会長までが新聞があまり購読されていない実態を認めはじめている。「押し紙」の存在を全面否定しても、少なくとも新聞離れが広がっている事実は否定できなくなっているのだ。

◇読売・渡邉会長「無読者層が(東京23区で)約5割に」

渡邉恒雄氏は、今年の1月6日に、読売新聞東京本社で開かれた賀詞交換会で次のように発言している。業界紙の記事を引用してみよう。

(渡邉会長は)新聞販売の現状にも言及し、「昨年11月に(ABC部数)1000万部を回復した」としながらも、「折り込み広告が減り、販売店は苦しんでいる」と指摘。東京23区内の無読者層が約5割に上る実態も挙げて、「活字離れは新聞界の将来に響く大きな問題。新聞離れをした国は、国力が必ず衰え、民度が下がる。日本の将来は楽観視できない」と懸念を示した。

余談になるが、新聞離れ=活字離れとする渡邉氏の認識が、我田引水で論理的に飛躍していることは言うまでもない。

◇朝日、「予備紙の整理を進める」

朝日新聞の木村伊量社長も、1月6日に朝日新聞社で行われた新年祝賀会で新聞部数の不透明さにまつわる発言をしている。以下、業界紙からの引用である。

2017年度までをめどに、まず朝刊420万部を抱える主戦場の東京本社管内のお店から順次、予備紙の整理を進めてもらい、経営改善を促します。

「予備紙」とは、端的にいえば「押し紙」、あるいは残紙このことである。日本新聞協会は、新聞社が販売店に新聞を押し売りした証拠がないので、過剰になっている新聞は「押し紙」ではなく、「予備紙」だと主張してきたが、一般の人々は過剰になった新聞(偽装部数)を総称して「押し紙」と呼んでいる。

社会通念からすると、販売予定がない「日替わり商品」を好んで仕入れるバカはいないからだ。エリートの詭弁(きべん)は、通じない。

◇日経、「宅配増に協力していただきたい」

さらに日経の鈴木諭販売部門担当も1月15日に東京プリンスホテルで開かれた日経代表者会議で次のように新聞の「部数整理」に言及している。

すでに3年前から、消費増税には筋肉質な体制で臨みたいと申し上げ、この2年で大規模な部数整理をさせてもらった。新聞社にとって部数は命だ。販売担当である私の責任は、紙の新聞の部数。その部数を調整したのは、痛恨の極みだが、これに応える形で宅配増(黒薮注:実配部数の増)に協力していただきたい。

◇読売、1ヶ月で24万部が減

読売、朝日、日経のうち、朝日と日経は自社新聞のABC部数と実配部数の間に差異があることを認めている。

その読売も、下記に示すように、2013年の11月から12月にかけて、ABC部数を一気に約24万部も減らしている。

11月:   10,007,440部

12月:    9,767,721部

24万部といえば地方紙1社分にも相当する。次に示すのは、関東地方の地方紙のABC部数(12月部数)である。参考までに、読売が減らした24万部と比較してみてほしい。

茨城新聞:123,171部

下野新聞:316,745部

?上毛新聞:304,139部

?東京新聞:525,390部

?神奈川新聞:204,232部

◇ 読売・新聞人の見解

参考までに、読売の「押し紙」についての見解を紹介しておこう。以下で紹介するのは、読売新聞の宮本友丘副社長(当時専務)が、対「週刊新潮」(+黒薮)の「押し紙」裁判で提出した陳述書からの抜き書きである。書かれている内容が事実かどうかは別として、読売が裁判所に提出した公式見解として紹介しておこう。

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被告らは、本件訴訟において、朝日新聞や毎日新聞、産経新聞など他社の販売関係者の話などを証拠として提出していますが、全く意味がないと思います。販売店による部数の自由増減と、発行本社による厳正な部数管理は、読売の伝統であり、他の新聞社とはまったく異なるからです。(9P/10P)

黒薮注:自由増減とは、販売店が自由に注文部数を決定できる制度を意味する。つまり「押し売り」の対極である)

読売新聞社においては、新聞販売店が独自の判断で注文部数を自由に増減できる「自由増減主義」が、販売政策の基本原則です。定数を注文するのは販売店であって、発行本社ではなく、販売店の経営者が独自の裁量で決めています。(3P) ?

残念なことではありますが、新聞販売店が実際の部数をごまかし、水増しした部数を注文するケースがまれにあることも事実です。これは、新聞社が指示したり、押し付けたりしたわけではなく、販売店自らの意思で注文する行為であって、「押し紙」ではなく、「積み紙」と呼ばれています。(6P) ? ? ?

週刊新潮」の記事では、「押し紙」という、読売新聞社が販売店に押し付けている新聞があると書かれていますが、読売新聞社においてそのような「押し紙」は一切存在しません。読売新聞東京本社、大阪本社、西部本社のいずれかを被告として、新聞販売店契約の解除をめぐって訴訟が提起されたことは何度かありますが、その中で「押し紙」が認定された判決が全くないことからも、それは明らかです。(3P) ?

過去、新聞業界において、不公正な販売が問題となった時代もありましたが、読売新聞は、業界の旗振り役となって正常化してきた歴史があり、こうした点からも、他の新聞社とは決定的に異なるのです。(4P) ?

まず、裁判所に理解していただきたいのは、新聞社が新聞販売店に対して優越的な地位にあるわけではないことです。新聞社は、販売店に対して、テリトリー制に基づき独占販売権を与えており、購読者の氏名住所等の情報は販売店しか持っておらず、新聞社は一切把握していません。(5P) ?

年間目標は、1店あたり平均4?5部の増紙に過ぎませんが、直近の5年間をみても、達成した販売店は全体の5割?7割程度しかありません。創刊135周年の節目の2009年は全社を挙げて増紙運動を展開しましたが、その年ですら、74%でした。仮に、被告新潮社などが言うように読売新聞社が優越的地位を濫用して、目標を達成しない販売店を次々と改廃していれば、毎年、3割?5割の販売店が改廃されていることになりますが、そのような事実は全くありません。(5P/6P) ?

■(略)過去の裁判例にあるように、悪質な新聞販売店では、二重帳簿を作成したり、架空の読者を作り出したりして新聞社に報告するなど、様々な手段を使って、虚偽報告が発覚するのを防ごうとします。新聞社の販売店担当者は、毎月1回は必ず訪店して、業務報告を受け、経営指導を行っていますが、販売店は新聞社とは別個の独立した事業主体であり、強引に帳簿類をチェックすることはできず、巧妙な隠蔽工作を図られれば見抜くことは容易なことではありません。(7P) ?

読売新聞社は2年に一度、社団法人日本ABC協会(以下「ABC協会」といいます)から、部数について公査を受けています。ABC協会は、日本で唯一、新聞の部数を公正に調査、認証する機関です。国内において、第三者の立場から客観的に新聞部数を調べる組織は、ABC協会をおいて他には存在しません。被告新潮社らは、ABC協会の公査は信用性がないと主張していますが、それならば広告主は一体どこに部数の確認を求めれば良いのでしょうか。(7P) ?

一方、残紙とは、発行本社が販売店に送付し、販売店が読者に配達・販売した後に残った新聞のことなので、非販売部数のすべてが残紙となり、廃棄されるわけではありません。例えば、雨に濡れたため交換した新聞や試読紙は、非販売部数に入りますが、残紙には入りません。よって、注文部数に対して最終的に廃棄される新聞の割合は、非販売率(黒薮注:4・9%)よりもさらに低くなるわけです。(8P) ?

?■読売新聞の販売店は全国に5300店、支店を含めれば7700店に上がります。仮に「押し紙」が存在したなら、読売新聞社と販売店の信頼関係は一気に崩れます。恐らく、販売店経営者はだれも新聞社の言うことを聞かなくなるでしょう。読売新聞社において、新聞販売店とは共存共栄、運命共同体の関係なのです。(9P)

2014年03月05日 (水曜日)

読売・江崎法務室長による著作権裁判6周年 「反訴」は最高裁で、喜田村弁護士に対する懲戒請求は日弁連で継続

読売新聞西部本社の江崎徹志法務室長が、わたしに対して著作権裁判を起こして6年が過ぎた。先月25日は、提訴6周年である。読売が提訴した目的が何だったのか、わたしは今も検証を続けている。

周知のように、この裁判は既にわたしの勝訴が確定している。地裁、高裁、最高裁とすべてわたしの勝訴だった。勝訴を受けて現在、わたしは2つの「戦後処理」を行っている。

まず第一は、江崎氏と読売に対する損害賠償請求訴訟である。しかし、残念ながら地裁、高裁ではわたしの訴えは認められず、現在は最高裁で裁判を継続している。読売は、やはり裁判にはめっぽう強い。

「戦後処理」の第二は、江崎氏の代理人を務めた喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求の申し立てである。これは、現在、日弁連が審理している。

◆◆◆◆

結論を先に言えば、この裁判はわたし自身も予測しなかった展開を見せることになる。司法関係者の中には、

「喜田村弁護士の懲戒請求の件も含め、こんな例は、日本の裁判史上初めてではないか?判例としても面白い」

と、話す人もいる。

複雑なようで、実は単純なこの裁判。どのような経緯で何が争われたかを秩序だて、整理するためには、著作者人格権とは何かを理解することが大前提になる。逆説的に言えば、著作者人格権とは何かを理解すれば、この裁判で何が争点になり、何を理由に裁判所は江崎氏を敗訴させ、何を根拠に喜田村弁護士が懲戒請求にかけられているかが輪郭を現す。

◇だれが作者なのかという問題

おそらく読者の大半は、著作権という言葉を聞いたことがあるだろう。文芸作品などを創作した人が有する作品に関する権利である。その著作権は、大きく著作者財産権と著作者人格権に分類されている。  このうち著作者財産権は、作品から発生する財産の権利を規定するものである。たとえば作者が印税を受け取る権利である。この権利は第3者にも譲渡することができる。

これに対して、著作者人格権は、作者だけが有する特権を規定したものである。たとえば未発表の文芸作品を公にするか否かを作者が自分で決める権利である。第3者が勝手に公表することは、著作者人格権により禁じられている。

著作者人格権は、著作者財産権のように他人に譲渡することはできない。「一身専属」の権利である。

この「一身専属」は、江崎氏が提起した裁判を考える上で、重要な意味を持っている。裁判は、この著作者人格権に基づいたものだった。江崎氏は、わたしが行ったある行為に対して、自分だけが持つ特権?著作者人格権を根拠として、裁判を起こしたのである。

ある行為とは、わたしが江崎法務室長がわたし宛にメールで送付してきた催告書を、新聞販売黒書(現、MEDIA KOKUSYO)に掲載したことである。江崎氏は、自分が著作者人格権を有する催告書を、わたしが無断で新聞販売黒書に掲載したとして、提訴に及んだのである。

代理人は、既に述べたように、喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。

ところが裁判の中で、問題の催告書には「作者」が別にいたらしいことが判明したのだ。著作者人格権を理由として起こした裁判そのものの正当性が問われることになったのである。

東京地裁は、催告書を執筆したのは喜田村弁護士か彼の事務所スタッフであった高い可能性を認定した。地裁、高裁、最高裁も、この司法判断を認定した。そして判決は確定したのである。

つまり、江崎氏はもともと著作者人格権を有していないのに、著作者人格権を根拠にして、わたしを法廷に立たせたのだ。それが判明して、門前払いのかたちで敗訴したのである。

これに伴いわたしは、喜田村洋一弁護士の責任も、弁護士懲戒請求というかたちで問うことにしたのである。「戦後処理」はまだ終わっていない。

◇新聞販売黒書に掲載した2つの書面

裁判の発端は、読売と福岡県広川町のYC広川の間で起こった改廃をめぐるトラブルだった。当時、「押し紙」問題を取材していたわたしは、この係争を追っていた。

幸いに係争は解決のめどがたち、読売はそれまで中止していたYC広川に対する定期訪問を再開することを決めた。しかし、読売に対する不信感を募らせていたYC広川の真村店主は、読売の申し入れを受け入れるまえに、念のために顧問弁護士から、読売の真意を確かめてもらうことにした。

そこで江上武幸弁護士が書面で読売に真意を問い合わせた。これに対して、読売は江崎法務室長の名前で次の回答書を送付した。

前略? 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。? 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。? 当社販売局として、通常の訪店です。

わたしは、新聞販売黒書の記事に、事実の裏付けとしてこの回答書を掲載した。すると即刻に江崎氏(当時は面識がなかった)からメールに添付した次の催告書が送られてきたのである。

冠略 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。

 しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。  貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

 そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。  貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を探ることとなりますので、この旨を付言します。

わたしは、今度はこの催告書を新聞販売黒書で公開した。これに対して、江崎氏は、催告書は自分の著作物であるから、著作者人格権に基づいて、削除するように求めてきたのである。が、作者は別にいたのだ。

◇知財高裁の判決

著作権裁判では、通常、争点の文書が著作物か否かが争われる。著作物とは、著作権法によると、次の定義にあてはまるものを言う。

思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

改めて言うまでもなく、争点の文書が著作物に該当しなければ、著作権法は適用されない。

わたしの裁判でも例外にもれず、争点の催告書が著作物か否かが争われた。ただ、催告書の著作物性を争った裁判は、日本の裁判史上で初めてではないかと思う。ちなみに、新聞販売黒書に掲載した回答書の方は、争点にならなかった。

既に述べたように、裁判は意外なかたちで決着する。裁判所は、「江崎名義」の催告書の著作物性を判断する以前に、江崎氏が催告書の作成者ではないと判断したのである。つまりもともと著作者人格権を根拠とした「提訴権」がないにもかかわらず、催告書の名義を「江崎」に偽って提訴に及んでいたと判断したのである。

なぜ、裁判所はこのような判断をしたのだろか。詳細を述べると優に50ページを超えるので、詳しくは次に紹介する知財高裁の判決を読んでほしい。

■知財高裁判決

ただ、ひとつだけ理由を紹介しておこう。喜田村弁護士が書いた「江崎名義」の催告書の書式や文体を検証したところ、同氏がたまたま「喜田村名義」で他社に送っていた催告書と瓜二つであることが判明したのだ。同一人物が執筆したと判断するのが、自然だった。

◇弁護士懲戒請求

弁護士職務基本規程の第75条は、次のように言う。

弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

喜田村弁護士は、問題になった「江崎名義」の催告書を執筆していながら、江崎氏の著作者人格権を前提とした裁判書面を作成し、それを裁判所に提出し、法廷で自論を展開したのである。

当然、弁護士職務基本規程の第75条に抵触し、懲戒請求の対象になる。わたしが懲戒請求に踏み切ったゆえんである。

◇弁護士倫理の問題

なお、裁判の争点にはならかなったが、喜田村弁護士に対する懲戒請求申立ての中で、わたしが争点にしているもうひとつの問題がある。ほかならぬ催告書に書かれた内容そのものの奇抜性である。

著作権裁判では、とかく催告書の形式ばかりに視点が向きがちだが、書かれた内容によく注意すると、かなり突飛な内容であることが分かる。怪文書とも、恫喝文書とも読める。端的に言えば内容は、回答書が江崎氏の著作物なので、削除しろ、削除しなければ、刑事告訴も辞さないとほのめかしているのだ。

回答書は、本当に著作権法でいう著作物なのだろうか?再度、回答書と著作権法の定義を引用してみよう。

【回答書】 ?? 前略? 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。? 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。? 当社販売局として、通常の訪店です。

【著作物の定義】 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

誰が判断しても、著作物ではない。しかも、催告書を書いたのは、著作権法の権威である喜田村弁護士である。回答書が著作物ではないことを知りながら、著作物だと書いた強い疑いがあるのだ。

弁護士として倫理上、こうした行為が許されるのか、現在、この懲戒請求事件は、日弁連で検証中である。

■参考資料:懲戒請求申立・準備書面(1)

■その他の資料

2014年02月04日 (火曜日)

最高裁の上告審における朝日、読売、日経の勝敗は「88勝4敗」、逆転勝訴は黒薮裁判の1件、情報開示まで8ヶ月の延滞

1997年から2013年までの間に、最高裁に上告された裁判のうち、朝日新聞社、読売新聞社、それに日経新聞社が上告人か被上告人になったケースの勝敗を調べた。裏付け資料として採用したのは、情報公開請求によって最高裁から入手した次の資料である。

最高裁からの情報公開資料=ここをクリック

結論を先に言えば、法廷闘争では、大新聞社が圧倒的に強いことが分かった。

【概要】

上告、または上告受理申立の裁判件数:110件

※上告とは、憲法解釈を理由として、最高裁に訴えた裁判。

※上告受理申立とは、判例解釈を理由として、最高裁に訴えた裁判。

 ◎上記のうち、上告人も被上告人も非開示(黒塗りの処理)の裁判件数:18件

 ◎新聞社が敗訴したケース:4件 (18件については上告人と被上告人が■■処理されているので、全体数92件のうち、新聞社の敗訴は4件ということになる。)

最高裁が新聞社を逆転勝訴させたケース:1件(全体数は110件・上記の最高裁資料に赤マークで表示)

◇新聞社敗訴のケース

最高裁で新聞社が敗訴したケースは次の4件である。

日本経済新聞(H9年)、読売新聞西部本社(H19年)、読売新聞(H20年)、読売新聞(H24年)

このうち読売のH19年のケースは、第1次真村裁判である。これは読売とYC(読売販売店)の間で起きた裁判で、読売の「押し紙」(新聞の偽装部数)が認定された画期的な裁判である。最高裁が読売の上告受理申立を不受理にしたことで、福岡高裁の判決が確定した。次の判決である。

第1次真村裁判判決=ここをクリック

◇最高裁で新聞社が逆転勝訴したケース

最高裁が新聞社をどたんばで逆転勝訴させたケースとしては、■■新聞社(H22年)の裁判がある。この裁判が唯一のケースである。

■■と記したのは、上告人も被上告人も■■処理になっているからだ。

が、この裁判の上告人は、事件年度と「最終区分」から判断して、読売新聞西部本社と3人の読売社員である可能性が極めて強い。また、被上告人はわたし(黒薮)である。

この裁判は読売と3人の社員が、新聞販売黒書(現MEDIA KOKUSYO)の記事で名誉を毀損されたとして、2230万円のお金を支払うように要求して裁判を起こしたものである。

読売側の代理人は当初、人権擁護団体・自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士だった。高裁からTMI総合法律事務所の弁護団に変更なった。TMI総合法律事務所への元最高裁判事3名が退官後、再就職していた。

?? TMI総合法律事務所の顧問弁護士リスト=ここをクリック

地裁と高裁は、わたしの勝訴。しかし、最高裁は高裁判決を差し戻した。

これを受けて東京高裁の加藤新太郎裁判長が金銭110万円と利息を支払うように命じる判決を下した。

上告人(読売+3名)と被上告人(黒薮)の名前を■■処理した理由を、最高裁に尋ねてみた。結論を先に言えば、「+3名」の部分が個人情報なので、全体を■■処理したとのことだった。

しかし、「+3名」の部分だけを黒塗りにすれば、それですむことではないだろうか。事件番号も■■処理しているわけだから、裁判自体を特定しようがない。

◇情報開示の申し立てから開示までが8ヶ月 ?

わたしが朝日、読売、日経の3社がかかわった上告審に関する資料の情報公開を請求したのは、昨年の5月24日である。開示されたのが今年の1月28日であるから、実に8ヶ月を要したことになる。

民間企業であれば、2日で十分に出来る作業である。8ヶ月もかかった理由を尋ねてみると、情報を不開示にする部分を決めるなどの手続き、つまり開示方法を検討する必要があったからだという。

そこでわたしは、開示方法を検討したことを示す資料を保存しているか否かを尋ねた。その答えは、保存していなというものだった。口頭で決めたとも話していた。

ちなみに最高裁からの開示通知には、責任者の名前が記されていなかった。(下記資料を参照)電話で責任者の名前を尋ねたところ、「秘書課長・掘田眞哉」とのことだった。

最高裁からの通知=ここをクリック

写真:読売新聞(電子版)に登場していた東京高裁の加藤新太郎裁判官

2014年01月16日 (木曜日)

渡邉恒雄氏が特定秘密保護法の有識者会議「情報保全諮問会議」の座長に就任する危険性、読売新聞販売店と警察組織の「防犯」を通じた特別な関係

読売新聞グループの渡邉恒雄氏が特定秘密保護法の運用に際して設置された有識者会議「情報保全諮問会議」の座長に就任した。渡邉氏の就任は、重大な問題をはらんでいる。読売が警察関係者と親密な関係を構築しているからだ。

時事通信は、「諮問会議座長に読売会長=17日初会合―秘密保護法」というタイトルで渡邉氏の座長就任を、次のように伝えている。

 菅義偉官房長官は14日午後の記者会見で、特定秘密保護法の運用基準を策定する際に意見を聴取する有識者会議「情報保全諮問会議」のメンバー7人を発表した。読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長・主筆を座長に、永野秀雄法政大教授を実務を取り仕切る主査にそれぞれ起用する。17日午前に初会合を開く。

? 菅長官は人選について「安全保障、情報保護、情報公開、公文書管理、法律、報道などそれぞれの分野から優れた知見の方の意見を伺うため、経験や実績などを参考にした」と説明。渡辺氏については、報道分野の代表との認識を示した。

? 諮問会議は、特定秘密の指定や解除、適性評価の実施に関して、政府が統一的な運用を図るための基準を策定する際に意見を具申する。また、秘密保護法の運用状況について毎年、首相から報告を受ける。 

なぜ、警察と親密な関係にある読売関係者が秘密保護法に関与することが問題なのだろうか。結論を先に言えば、秘密保護法を主導してきたのが、警察官僚そのものであるからだ。

ジャーナリストの青木理氏は、『女性セブン』(2013年12月19日号)が掲載した「警察官僚のための特定秘密保護法 公安は笑いが止まらない」という記事の中で、次のように述べている。

? 法案を主導した内閣情報調査室は、出向してきた警察官僚のたまり場です。彼らの狙いは、国家秘密を守るのではなく、警察の権益を広げて拡大すること。まさに警察官僚による警察官僚のための法案であり、情報収集を担当する公安警察は笑いが止まらないでしょう。

◇読売と警察の親密な関係

全国読売防犯協力会という組織がある。読売グループの一組織である。実際、読売の公式サイトに、「その他」(の団体)として、同会の名前を明記している。

全国読売防犯協力会のウエブサイトは、会の目的について次のように述べている。

わたしたちの組織「全国読売防犯協力会(略称・Y防協)」は、2003年、凶悪犯罪が続発する中、市民も団結して犯罪抑止に立ち上がろうというメッセージを込めた「治安再生」のキャンペーンに読売新聞社が取り組み、これを契機に、各地の読売新聞販売店(YC)も地域の犯罪防止にひと役買おうと作ったボランティア団体です。各地で警察の協力を得ながら設立した弊会は、翌2004年に全国約10万人のスタッフが参加する全国組織となりました。(略)  

端的に言えば、読売新聞の販売店と警察が協力して、防犯活動を展開するという趣旨である。たとえば、新聞配達員が集金先の民家で、過激派ふうの怪しげな人々が集まっているのを目撃した場合、販売店から警察に通報することになる。つまり新聞販売店の店員が準警察官のような役割を果たして、警察の防犯活動に協力するのだ。これが講じるとスパイ活動にもなりかねない。

同会の具体的な目標としては、次の4項目が明記されている。

(1)配達・集金時に街の様子に目を配り、不審人物などを積極的に通報する

(2)警察署・交番と連携し、折り込みチラシやミニコミ紙などで防犯情報を発信する

(3)「こども110番の家」に登録、独居高齢者を見守るなど弱者の安全確保に努める

(4)警察、行政、自治会などとのつながりを深め、地域に防犯活動の輪を広げる

わたしが懸念するのは、なにをもって「防犯活動」と定義しているのかという点である。周知のように、犯罪やテロの解釈は、際限なく拡大できる。秘密保護法の危険性も、実は、犯罪やテロを拡大解釈して、社会運動や住民運動を取り締まることにあるわけだが、読売防犯協力会の活動も、まったく同じ性質の危険性を秘めているのだ。

かつて中米のグアテマラで、住民が警察や軍の管理下で、「防犯活動」を展開する制度が導入され、解放戦線を徹底的に取り締まる政策が敷かれたことがある。住民による住民の監視制度である。当時、グアテマラで先住民族に対するジェノサイド(皆殺し)作戦が展開された事実を見ても、このような制度が「治安維持」の道具として運用されていたことは間違いない。

ちなみにジェノサイド作戦を容認していた元将軍で大統領職にあったリオス・モントは、晩年になり、民主化されたグアテマラの法廷に立たされ、2013年5月、禁固80年の判決を受けた。その後、ただちに牢獄に送られた。

渡邉氏が有識者会議「情報保全諮問会議」の座長に就任した場合、どのようにして、警察権力からの独立性を保つのかという疑問が生じる。

新聞人を座長に据えるのであれば、記者として渡邉氏よりもはるかに優れた実績がある本多勝一氏あたりの方が適任だ。

◇全国の警察との覚書のリスト

読売防犯協力会が覚書を交わしている全国の警察は次の通りである。日付は覚書を交わした年月日である。

高知県警 2005年11月2日

福井県警 2005年11月9日

香川県警 2005年12月9日

岡山県警 2005年12月14日

警視庁 2005年12月26日

鳥取県警 2005年12月28日

愛媛県警 2006年1月16日

徳島県警 2006年1月31日

群馬県警 2006年2月14日

島根県警 2006年2月21日

宮城県警 2006年2月27日

静岡県警 2006年3月3日

広島県警 2006年3月13日

兵庫県警 2006年3月15日

栃木県警 2006年3月23日

和歌山県警 2006年5月1日

滋賀県警 2006年6月7日

福岡県警 2006年6月7日

山口県警 2006年6月12日

長崎県警 2006年6月13日

茨城県警 2006年6月14日

宮崎県警 2006年6月19日

熊本県警 2006年6月29日

京都府警 2006年6月30日

鹿児島県警 2006年7月6日

千葉県警 2006年7月12日

山梨県警 2006年7月12日

大分県警 2006年7月18日

長野県警 2006年7月31日

福島県警 2006年8月1日

佐賀県警 2006年8月1日

大阪府警 2006年8月4日

青森県警 2006年8月11日

秋田県警 2006年8月31日

神奈川県警 2006年9月1日

埼玉県警 2006年9月14日

山形県警 2006年9月27日

富山県警 2006年9月29日

岩手県警 2006年10月2日

石川県警 2006年10月10日

三重県警 2006年10月10日

愛知県警 2006年10月16日

岐阜県警 2006年10月17日

奈良県警 2006年10月17日

北海道警 2006年10月19日

新潟県警2003年3月26日

沖縄県警 2008年6月12

◇読売防犯協力に再就職した警察OB

読売防犯協力に再就職した警察OBは、次の方々である。

鍋倉光昭参与

深川猛参与

横内進参与

池田純 大阪本社参与