2026年11月08日 (日曜日)
マリオ・エルナンデスと蝶たちの飛翔

幼くして父を亡くし、暴力を逃れて首都ボゴタに移り住んだ少年は、やがてコロンビアを代表するブランドを築き上げた。実業家マリオ・エルナンデスが語るのは、華やかな成功物語ではない。小さく始めること、堅実に経営すること、そして人を大切にすること。蝶をブランドの象徴に掲げる彼に、人生の転機と家族への思い、祖国の未来について聞いた。
(Mario Hernández y el vuelo de sus mariposas)
執筆者:ロベルト・トロバホ・エルナンデス
マリオ・エルナンデスと話していると、幼いころの記憶が率直に語られる。父親の死、暴力によって故郷を追われ、ボゴタに移り住んだこと、初めての仕事、母親を支える責任。彼は自分の人生を、成功するための魔法のような方法として語るわけではない。むしろ、いくつかの単純な考えを繰り返し口にする。まず始めること、支出に気を配ること、良い商品を提供すること、そして人を大切にすることだ。
人生を変えた具体的な決断は何だったのかと尋ねると、彼はかつて店長として働いていた店の話を始めた。当時の彼にとって、それは非常に大きな一歩だったに違いない。
◆メッセンジャーから起業家へ
――あなたはメッセンジャーとして働き始め、その後、広く知られるブランドを持つ会社をつくりました。人生を変えた具体的な決断は何でしたか。その決断をしていなかったら、どうなっていたと思いますか。
「10歳のときに父を亡くしました。14歳でメッセンジャーとして働き始め、21歳のときには店長になっていました。そのとき、仕事を辞めて自分で商売を始めようと決めたんです。すでに母が暮らす家の家賃を一部負担していましたが、それ以上の責任も負わなければなりませんでした。最初はショーウインドーを整えたり、商品を仕入れたりすることから始めました。あの決断をしていなければ、今の私はなかったでしょう」
ショーウインドーを整えるという仕事は、その後に築いた会社の規模からすれば小さなことに思える。しかし、彼の話には重要な点がある。何かを始めるとき、その出発点が必ずしも最終的な目標に似ているとは限らないのだ。
――経営者として、また一人の人間として、これまで直面した最も大きな困難は何でしたか。
「周囲に受け入れてもらうことです。暴力によって故郷を追われ、移り住んできたとき、私を知る人は誰もいませんでした。私は7歳でした。そこから一人で少しずつ道を切り開かなければなりませんでした。今では誰もが私を知っていますが、最初のころは本当に大変でした」
――そうした困難から何を学びましたか。今でも大切にしていることはありますか。
「人はみんな平等だということです。大切なのはお金ではなく、自分自身が穏やかな気持ちでいられること、そして人のことを考えることです。それ以上に何を求める必要があるでしょうか。人のためになることをしなければなりません。そうすれば、自分も心穏やかでいられます」
彼の答えによって、話題は成功そのものから、成功をどう捉えるかという問題へと移っていく。マリオ・エルナンデスにとって、成長とは単に富を蓄えることではない。どのように生きるか、他者をどれだけ大切にするかも重要なのだ。
◆会社と従業員を守る
会社が困難な状況に陥れば、経営上の決断が多くの家族に影響を及ぼすことになる。事業を守りながら、そこで働く人たちをどう大切にするのか。彼自身が家族の一員のような存在だと語ってきた従業員について尋ねた。
――経営数字が厳しいとき、どうやって会社を維持し、従業員を守るのですか。
「常に財務状況を確認し、支出を抑え、売り上げを伸ばす努力をして、コストを見直すことです。会社は資金繰りが悪化すると倒産します。だから、常に資金の余裕を持っておかなければなりません」
マリオ・エルナンデスは再び具体的な話に戻る。入ってくるお金と出ていくお金を把握することだ。資金繰りは放っておいてもうまくいくものではない。また、会社が提供する商品とも切り離して考えることはできないという。
――危機に直面したとき、支出や資金繰りといった社内の問題と、売り上げや顧客といった社外の問題のどちらに重点を置くべきでしょうか。
「資金繰りを大切にすると同時に、商品も大切にしなければなりません。品質が良く、競争力があり、価格も適切であることが必要です。稼いだ以上のお金を使ってはいけません。多くの人は大量にお金を使い、何でも買い込んで、結局は倒産してしまいます。強い会社をつくらなければならないのです」
話は再び人の問題に戻る。今度は、社長という立場についてだ。彼の説明によれば、社長の仕事は机に向かっていたり、特定の業務だけを担当したりすることではない。
――チームに影響する問題が起きたとき、どこに力を注ぐべきかをどう判断しますか。
「社内で問題が起きたら、自分が関わって解決しなければなりません。社外の問題でも同じです。そのために会社の社長がいるのです。私は組織全体の社長ですから、問題が起きたところには自分が関わる責任があります」

◆自分の意見を、敬意を持って伝える
マリオ・エルナンデスは、政治的な意見を公の場で積極的に表明する人物として知られている。そこで、必ずしも彼と同じ考えを持つわけではない従業員や顧客、取引先との関係について尋ねた。
――自分の考えを表明することと、異なる意見を持つ人たちとの良好な関係を保つことを、どう両立させていますか。
「私は創造的でなければなりません。会社の社長である以上、会社を率い、商品を売って売り上げを上げるために、これまでとは違う提案をしなければなりません。何か提案があれば、たとえ反対する人がいても前に進みます」
そこで、政治に参加することと、経営者として公の場で発言することの違いについて尋ねた。
「私たち経営者や業界団体は、政治活動をしているわけではありません」と彼は答えた。
「政治に参加するというのは、政府と一緒に仕事をしたり、役職を求めたりすることではありません。言うべきことを言うことです。私が経営者や業界団体に伝えたいのは、もっと声を上げ、要求すべきだということです。政治家は私たちのお金で生活しているのですから」
マリオ・エルナンデスは、そうした姿勢も相手への敬意を持って示すことができると考えている。街で声をかけられ、発言してくれることや国のために働いていることに感謝されることもあるという。
彼の言葉は、経営者が社会の中で果たすべき役割についての個人的な考えを示している。それだけで、すべての従業員や顧客、業界団体を代表するものではない。
◆「小さく始めることが大切です」
才能や良いアイデアがあっても、十分な資金がないと感じている人にとって、最初の一歩をどう踏み出すかは大きな悩みだ。マリオ・エルナンデスは、簡単にできるとも、すぐにすべてがうまくいくとも約束しない。
――起業したいけれど、十分なお金がないと考えている人に、どんな助言をしますか。
「人が歩き方を覚えるときと同じように始めることです。立ち上がり、転んで、また挑戦する。商売も同じです。小さく始めて、学び、自分が持っている以上のお金を使わないことです。そうしたことは、時間をかけて身についていきます」
すべての条件が整うまで待つべきだという助言ではない。無理のない規模で始め、前に進みながら学ぶこと。そして、成長することと、無計画にお金を使うことを混同しないことだ。
――あなたはコロンビア国内での生産にこだわり続けてきました。国外に出るしか道はないと考える人たちに、何を伝えたいですか。
「私たちは5200万人います。誰もが食事をします。食べる量が少なくても多くても、そこには消費があります。これまでとは違うものをつくり、粘り強く取り組み、人々が買うものを生産しましょう。そして雇用を生み出し、税金を納めるのです」
彼の答えは単純な考えに基づいている。商品やサービスを必要とする人がいる以上、市場は存在するということだ。大切なのは、新しいものを考え、生産し、人々が実際に買いたいと思うものを見つけることだと彼は考えている。
――10年後にコロンビアが今より良い国になるためには、何が変わる必要があるでしょうか。
「天然資源の豊かさを生かす必要がありますが、人への投資も必要です。教育、医療、治安に投資することです。それは政治家が国民に提供すべき最低限のものです。人間の成長がなければ、発展もありません」
マリオ・エルナンデスは、コロンビアが歩んできた道をアジア諸国と比較し、アジアの成長の一因は、企業への支援と継続的な努力にあると考えている。
その比較の細部はともかく、この対話で彼が示した考えは明確だ。生産し、輸出し、雇用を生み出し、人々の能力を高めるために投資することが重要だというのである。
◆蝶にささやく願い
蝶は、彼の会社を象徴する存在になっている。もし今、蝶に願いをささやくことができるなら、コロンビア、ラテンアメリカ、世界、そして自分自身のために、何を願うだろうか。
「みんなで前に進みましょう。良いアイデア、良い経営者、良い政治家に恵まれるよう、力を貸してください。そして、稼いだ以上のお金を使わないようにしましょう」
その答えには、繊細な蝶のイメージと現実的な考えが再び結びついている。前に進むこと、良いアイデアを見つけること、そして責任を持ってお金を管理することだ。
蝶は彼にとって何を意味するのかと尋ねると、その一生や色彩、姿を変える能力について語った。また、コロンビアが世界でも特に蝶の種類が豊富な国の一つであることにも触れた。
――経営者もまた、自分を変え、困難に耐える力を持たなければならないのでしょうか。
「ほかに選択肢はありません。国を出るか、何とか生き残るかです。どんな国にも問題はあります。自分を変え、耐えなければなりません。人によって苦労の大きさは違いますが、それでも耐えなければならないのです」
彼は困難に耐える力を、聞こえの良い言葉として語っているわけではない。日々の生活に必要なものとして捉えている。状況に適応し、物事をうまく進める方法を探し続けることだ。

◆家族と受け継ぐもの
その後、話題は家族へと移った。
マリオ・エルナンデスは、10歳のときに父親を亡くしたこと、そして母親との結びつきがより強くなったことを語った。母親はいつも自分を支えてくれたという。
両親の思い出を語るとき、彼の言葉はより個人的なものになる。母親については、その聡明さと自分を支えてくれたことを挙げる。父親については、政治家としての経歴に触れ、自分が築き上げてきたものを見れば、きっと誇りに思ってくれるだろうと話す。
3人の子どもについても語った。彼は子どもたちが力を合わせて働くことを望んでいる。一人はワシントンに住み、財務面を担当している。娘は取締役会のメンバーで、末の子はクリエーティブ部門を率いている。
考え方や働き方が最も自分に似ているのは誰かと尋ねても、彼は一人を選ばなかった。3人とも機敏で働き者だと話した。私たちの「対話」は、温かい別れの言葉で終わった。マリオ・エルナンデスにとって、会社について語ることは、いつも別の話題につながっていくように思える。それは家族であり、努力であり、自分が築いてきたものを守り続ける責任なのだ。
筆者紹介:ロベルト・トロバホ・エルナンデス(Roberto Trobajo Hernández)
世界ジャーナリスト評議会(GJC)ラテンアメリカ・カリブ地域ディレクター、AL PRESS代表(CEO)。キューバ出身、コロンビア在住。劇作家、ジャーナリスト。ラテンアメリカ・ジャーナリスト賞、アントニオ・ナリーニョ全国報道賞等を受賞。著書に『Teatro Clandestino(地下演劇)』、『Sobrevivimos(私たちは生き延びた)』。
■Fuente: Mario Hernández y el vuelo de sus mariposas
