1. 投票を前にしたブラジル――民主主義の行方は、選挙日のずっと前から決まる

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2026年08月15日 (土曜日)

投票を前にしたブラジル――民主主義の行方は、選挙日のずっと前から決まる

執筆者:ビクトル・M・ロドリゲス

偽情報、人工知能(AI)、組織犯罪、経済力、そして制度の強さ。こうしたさまざまな要素が絡み合う中で行われる今回の選挙は、ブラジルが単に「選挙を実施できるか」だけでなく、その選挙を自由で、十分な情報に基づいた、民主的なものとして保障できるかを試すものとなる。

選挙は、有権者が投票所の記載スペースに入ったときに始まり、結果が発表されたときに終わるものではない。

一人の有権者が一票を投じるずっと前から、その人が本当に自分の意思で判断できる環境にあったのかという問題は、すでに始まっている。そして投票箱が閉じられた後も、その選挙が本当に自由で、公平で、正当なものだったのかを見極める必要がある。

これが、ブラジルの専門家フレデリコ・アルメイダ氏の分析から浮かび上がる、最も重要な警告である。アルメイダ氏は大学教授で選挙法の専門家でもあり、「選挙の透明性(Transparencia Electoral)」で制度関係の調整を担当している。今回、10月のブラジル総選挙に向けた選挙プロセスについて分析した。

選挙における民主主義は、どのような技術を使って投票するのか、あるいはどれだけ速く開票できるのかという問題だけでは語れない。

選挙とは、一連の継続したプロセスである。有権者や候補者の登録から始まり、公正に競争できる環境があるか、情報がどのように流通しているか、政治資金が適切に扱われているか、市民が参加できているか、といったさまざまな段階を経る。そして最終的には、不正や権力の乱用をきちんと監視できるか、選挙結果が正当なものとして認められるか、というところまで含まれる。

アルメイダ氏はこう指摘する。

「選挙プロセスについて考えるとき、私たちは、それが途切れることなく続いていく一連の過程だと理解しなければなりません」

この指摘は、2026年のブラジルでは特に重要な意味を持つ。今回の政治的な争いは、これまでの選挙とは大きく異なる環境で繰り広げられているからだ。SNS、アルゴリズム、生成AI、そして新しいコンテンツの制作・拡散方法によって、候補者、メディア、有権者の関係そのものが変わりつつある。

ブラジル総選挙の第1回投票は、10月4日に予定されている。この選挙では、新しい大統領と副大統領が選ばれる。しかし、本当に問われているのは、もはや単に「誰が勝つのか」だけではない。

より根本的な問いは、

「ブラジル国民は、どのような環境・条件のもとで、その選択をすることになるのか」

ということである。

◆新しい情報環境に向き合う有権者

アルメイダ氏にぜひ見解を聞きたかったテーマの一つが、情報を取り巻く環境の変化である。何十年もの間、政治と市民をつなぐ役割の多くを、新聞、ラジオ、テレビといった従来型メディアが担ってきた。

しかし、インターネットが普及し、社会に定着したことで、その構造は大きく変わった。情報が、市民の手元に直接届くようになったのである。

さらにスマートフォンの普及によって、有権者は常に情報を受け取る存在となった。その一方で、虚偽の情報や、意図的に加工された情報、文脈を切り離した情報を、自ら拡散してしまう可能性のある存在にもなった。

そして今、人工知能(AI)が新たな複雑さをもたらしている。AIは、もはや情報を単に広めるだけのものではない。情報そのものを作り出し、改変し、要約し、本物と見分けるのが難しいほどもっともらしい形で提示することができる。

そのため、この問題は単なるテクノロジーの問題ではなくなっている。民主主義そのものに関わる問題になっているのだ。

「Proyecto Brief(ブリーフ・プロジェクト)」の調査は、この変化を具体的な数字で示している。調査対象となったブラジル人の*62.9%が、選挙期間中に候補者について情報を得るため、AIツールを利用する可能性があると答えた。

この調査は2,483人を対象に行われた。また、回答者がニュースや時事情報を得るための最も主要な手段が、SNSであることも明らかになった。

しかしアルメイダ氏は、偽情報への対策を、単に「偽のコンテンツを削除すること」だけに限定すべきではないと考えている。むしろ、司法や行政による処罰だけで偽情報と闘おうとする民主主義では不十分だと指摘する。

「そうした対応だけで選挙を正常な状態に保てると考えるのは、非常に楽観的すぎます」

その理由は単純であり、同時に、まさに現代社会を象徴するものでもある。一度インターネット上に虚偽の情報が流れれば、わずか数秒でコピーされ、さまざまなプラットフォームやアカウント、ネットワークを通じて一気に拡散する。当局が対応するころには、すでに広範囲に広まっている可能性があるのだ。

そのためアルメイダ氏は、対策には二つの側面が同時に必要だと考えている。一つは、法律違反や犯罪があった場合に、適切に処罰すること。もう一つは、情報が操作されていることを市民自身が見抜ける力を育てることである。

つまり、必要なのは単に一つの「嘘」を削除することではない。偽情報や情報操作に惑わされにくい社会そのものをつくることが重要なのである。

◆デジタル・リテラシーを民主主義の防波堤に

この考え方は、人工知能(AI)の時代において、特に重要な意味を持つ。

ブラジルの高等選挙裁判所(TSE)は、すでに2026年の選挙に向けて、AIによって生成・加工されたコンテンツに関する具体的なルールを導入している。そこには、AIで作成・加工したコンテンツであることを明示する義務や、投票日の直前・直後における特別な規制などが含まれている。

また、選挙の公平性に影響を与える可能性のある「ディープフェイク」や加工されたコンテンツへの対策も設けられている。しかし、規制には明らかな限界がある。何百万人もの人々が日々作成し、受け取り、共有している情報のすべてを、当局が完全に管理することはできないからだ。

そこでアルメイダ氏が重視するのが、即効性はなく、目立つ対策でもないが、より根本的な取り組みである「デジタル教育」だ。市民一人ひとりが、情報を疑うべきサインを見分けられるようになる必要があるという。たとえば、すぐに感情的な反応を引き起こすように作られた見出し、「驚くべき事実が明らかになった」などと強調するメッセージ、一見すると本物にしか見えない動画、そして恐怖や怒り、憤慨、スキャンダルといった感情を意図的にあおるコンテンツなどである。

この考え方に立てば、民主主義には新しい市民の能力が必要になる。それは、情報を共有する前に「これは本当なのか」と立ち止まって疑う力である。そして、この責任を担うのは裁判所だけではない。

ジャーナリストや報道機関、大学、市民社会の組織、そして信頼できる情報を発信する独立系メディアなどにも、その役割が求められる。

アルメイダ氏は、それを非常に印象的な言葉で表現している。必要なのは、法律によって「正しい」と認定される情報源だけではなく、社会の中で自然に信頼される「良質な情報のよりどころ」だという。

この言葉は、現代のジャーナリズムの役割についても重要な意味を持っている。誰もがニュースらしいものを作れる時代には、単に「情報を発信できる」というだけでは、その情報の権威や価値を保証できない。

これからの情報の信頼性は、発信者の信用、専門知識、透明性、そして物事を適切な文脈の中で説明する力によって築かなければならないのである。

◆政治が人々を代表しなくなったとき

偽情報の問題は、アルメイダ氏がもう一つの幅広い脅威として指摘する現象とも切り離せない。それは、市民が政治そのものに疲れ、失望していることである。

自分たちを代表するはずの政治家が、実際には自分たちの声を代弁していないと有権者が感じるようになると、「政治」という言葉そのものが、失望や汚職、権力の乱用と結び付けられるようになる。

しかしアルメイダ氏は、ここで重要な点を指摘する。

「政治とは、結局のところ、都市や地域社会の中で活動し、権力を行使するための方法なのです」

つまり、政治を嫌ったからといって、政治そのものがなくなるわけではない。人々が政治から離れれば、そこに空白が生まれるだけである。そして、その空白を別の勢力が埋める可能性がある。政治が市民を十分に代表できなくなることは、民主主義の弱点にもなり得るのだ。

そのために必要な対応の一つとして、アルメイダ氏は市民参加の拡大を挙げる。特に若者や女性など、これまで十分に政治参加できてこなかった層を、政治について学び参加する場へ近づけていくことが重要だという。

ブラジルには、女性が議会選挙の候補者として参加することを促す仕組みや、政治参加に必要な知識を身につけるための研修などがある。

またアルメイダ氏は、コロンビアの「青年評議会」の制度にも触れている。これは、新しい世代が必ずしも最初から特定の政党組織に所属することなく、公共の問題について学び、政治や社会に参加できるようにする取り組みの一例である。

ここで伝えられているメッセージは重要だ。「民主主義は、単に投票する人の数を増やせば強くなるわけではない。自分が何に、何のために投票しているのかを理解できる市民を育てることも必要である」

ということだ。

◆選挙を脅かすもう一つの敵――組織犯罪

しかし、デジタル教育だけでは対抗できない脅威も存在する。それは、国家や行政を自らの影響下に置こうとする勢力が持つ、資金力や実力といった現実の力である。

ラテンアメリカでは現在、組織犯罪は単に「国家の制度の外側で活動する犯罪集団」としてだけ捉えられるものではなくなっている。組織犯罪の影響力は、政治、経済、行政の内部にまで入り込む可能性があるからだ。

ブラジルも、この脅威と無関係ではない。アルメイダ氏によれば、ブラジルには比較的強固な制度があり、一定の条件に該当する人物が選挙で公職に就くことを防ぐための法的な仕組みも存在する。

その一つが、いわゆる「Lei da Ficha Limpa(クリーン・レコード法/候補者適格性に関する法律)」である。

この法律では、特定の有罪判決を受けた人など、ブラジルの法律で定められた条件に該当する人物について、選挙への立候補資格を制限している。

しかし、問題は「立候補を阻止すること」だけでは終わらない。ブラジルの選挙司法機関は、選挙期間中に行われた不正や権力の乱用についても対応できる。その中には、経済力を利用した不当な影響力の行使や、票の買収なども含まれる。

アルメイダ氏によれば、重大な違反行為が証明された場合には、当選後の地位に影響が及ぶこともあり、場合によっては選挙そのものの結果にまで重大な影響を与える可能性がある。そして、ここでアルメイダ氏が不可欠な存在として挙げるのが、ジャーナリズムである。

調査報道は、警察、検察、監督機関、そして市民社会とともに、組織犯罪や経済的・政治的な権力が、有権者の意思を重大な形でゆがめようとしている事実を明らかにし、それを当局に知らせる役割を果たすことができる。

つまり、民主主義に必要なのは、単に安全で正確に投票できる仕組みだけではない。「誰が有権者の意思を金で買おうとしているのか」を発見し、それを阻止できる制度や組織も必要なのである。

◆「英雄」への依存を防ぐ盾としての制度

選挙の専門家であるアルメイダ氏との対話からは、もう一つ重要な論点が浮かび上がる。話題をいったん選挙そのものから離し、より大きな問題に目を向けたときのことだ。

それは、制度が弱まり、権力が特定の人物に集中するようになると、何が起こるのかという問題である。

アルメイダ氏の答えは明確だ。社会を支える制度や仕組みは、「社会を守る盾」になり得るという。政治的な分断が深まり、人々の不満が高まり、政治が政策や制度よりも特定の政治家個人を中心に動くようになる社会では、「強い指導者」に民主主義の行方を託したくなることがある。

それは一見、魅力的に映るかもしれない。しかし、権力をチェックする仕組みが失われれば、一人の人物への権力集中そのものが、民主主義への脅威になり得る。

アルメイダ氏はこう語る。

「制度こそが強くなければならないということを理解しなければ、私たちは個人の力に頼るようになります。そして個人に頼ることの問題は、やがて『英雄』を生み出してしまうことです」

この指摘は、特にラテンアメリカにとって重要な意味を持つ。

政治的な「英雄」は、動きが遅く、官僚的で、効率が悪いと見られている制度に不満を持つ人々にとって、問題を一気に解決してくれる存在のように感じられることがある。

しかし、一人の人物に権力を集中させる仕組みは、同時に、その人物による権力の乱用を防ぐための歯止めを弱める可能性がある。

アルメイダ氏は、さらにこう警告する。

「特定の人物に、無制限あるいは極端に集中した権力を与えることは、ある時点では良いことのように見えるかもしれません。しかし、その人物が突然、国民の意思から離れてしまうこともあり得るのです」

この考え方に立てば、民主主義に必要なのは「英雄」ではない。必要なのは、権力を監視し、抑制する仕組みである。政治的・経済的な圧力に屈しない公務員が必要である。独立して職務を果たせるよう保障された裁判官や検察官、公務員が必要である。

そして、権力を持つ人物にとって不利な判断であっても、必要ならそれを下すことのできる選挙機関が必要である。同時に、市民にも重要な役割がある。たとえ制度の判断が自分自身の政治的な考えや好みに合わなかったとしても、民主主義を支える制度そのものを守ろうとする市民の姿勢が必要なのである。

◆選挙は「投票箱」だけを見て評価するものではない

こうした状況の中で、国際的な選挙監視の役割も、これまでとは違った意味を持つようになっている。

アルメイダ氏によれば、選挙監視員はもはや、投票日当日の手続きが正しく行われているかを確認するだけの存在ではない。

現在ではむしろ、「人々が投票する権利、そして選挙で選ばれる権利」という基本的な権利が守られているかを監視する役割を担うようになっている。この違いは重要である。

本格的な選挙監視団であれば、投票機が正常に作動しているか、票が正確に集計されたかを確認するだけでは十分ではない。それだけでなく、次のような点まで確認する必要がある。

市民が実際に選挙へ参加できる環境が整っていたのか。候補者は公平な条件で競争できたのか。有権者は判断に必要な情報を得られたのか。自由な意思で候補者を選ぶことができたのか。そして、投票するうえで特別な困難を抱える人々も、その権利をきちんと行使できたのか。

アルメイダ氏は、その参考例としてコロンビアを挙げている。同国では、選挙監視の仕組みが制度として特に発達しているという。しかし同時に、重要な注意点も指摘する。

「それぞれの国には、それぞれのルールや伝統、政治文化があります」

つまり、すべての国にそのまま当てはめられる、唯一の完璧な選挙監視モデルが存在するわけではない。選挙監視には厳格さが求められる一方で、それぞれの国の制度上の主権や、各選挙制度が持つ固有の特徴を尊重することも必要なのである。

◆10月、本当に試されるもの

ブラジルは10月4日の選挙を迎える。アルメイダ氏は、ブラジルの選挙を支える制度そのものは強固であると評価している。

しかし同時に、決して軽視することのできない多くの課題が存在する。
そこには、偽情報、人工知能(AI)、経済格差、票の買収、組織犯罪、政治への無関心、そして市民教育をさらに充実させる必要性などが含まれている。

一方、ブラジルの高等選挙裁判所(TSE)は2026年の選挙に向けて、さまざまな規則や制度を整備している。その中には、AI、偽情報、インターネット上の選挙運動、さまざまな形の選挙における不正・権力乱用を対象とした具体的な規制も含まれている。

さらにTSEは、選挙プロセスの公正さと信頼性を高めるため、政党やオンライン・プラットフォームとの協力体制づくりも進めている。

●しかし、どれほど規制を整えても、それだけで民主主義が保障されるわけではない。法律によって違反を処罰することはできる。裁判所が介入することもできる。オンライン・プラットフォームが問題のあるコンテンツを削除することもできる。投票システムによって、迅速に票を集計することもできる。

しかし、そのどれも、民主的な選挙にとって最も基本的な条件に取って代わることはできない。

その条件とは、市民が強制されたり、情報操作によって誘導されたり、特定の勢力に意思を支配されたりすることなく、自らの意思を自由に示せることである。

だからこそ、対話の終盤でアルメイダ氏は、非常に基本的でありながら、最も本質的ともいえる考えに立ち返る。民主主義は「自由」から始まる。
投票する自由。候補者として立候補する自由。どのような人たちが選挙を争っているのかを知る自由。必要な情報を受け取る自由。そして、十分に理解したうえで、自らの意思で選択する自由である。

それ以外のもの――テクノロジー、法律やルール、裁判所、さまざまな制度、選挙監視の仕組み――は、すべてこうした自由を守るために存在している。

したがって、ブラジルがこれから直面するのは、単なる大統領選挙ではない。そこでは、もっと大きな問いが突きつけられている。

経済力、組織犯罪、アルゴリズム、人工知能(AI)、そして偽情報が、人々の判断に影響を与えようと競い合う時代に、民主主義は市民の意思を本当に自由なものとして守り続けることができるのか。

その答えは、投票箱から出てくる選挙結果だけに示されるものではない。
その結果が生まれるまでに、社会で何が起きたのか。そこにこそ、民主主義が本当に機能したのかを判断する答えがある。

 

執筆者:ビクトル・M・ロドリゲス(Víctor M Rodríguez)
ジャーナリスト兼ディレクター:Píldoras Digitales、ウルグアイ報道協会編集委員:APU

Fuente:https://siquesepuede.jimdofree.com/2026/08/11/brasil-ante-las-urnas-la-democracia-se-juega-mucho-antes-del-d%C3%ADa-de-la-elecci%C3%B3n/