
『月刊HANADA』(飛鳥新社)の花田紀凱編集長の名前で、小川榮太郎氏の著書、『徹底検証「森友加計事件」 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(同社)が、東京都や神奈川県下の朝日新聞販売店(ASA)に戸別送付されていることが分かった。複数の新聞販売店からの情報提供で分かった。
朝日新聞は、この本で名誉を毀損されたとして小川氏に対して、5000万円の損害賠償などを請求して裁判を起こしている。著書に同封された花田編集長の手紙によると、「提訴中の書籍広告は掲載しないという新聞各社の内規により広告を打てなくなり、多大な損害を被って」いるという。
書籍の送付は、裁判戦略の一環と思われる。
筆者が今回の戸別送付について朝日新聞販売店側の受け止め方を取材したところ、冷やかな見方が多かった。ある店主は、次のように話す。
「数名の所長たちとこの本の話になりました。リサイクル本屋に持っていくべきだ、などの声があがりましたが、私は、そんなことをすれば、変な奴が買って読むので、二つに割ってゴミと一緒に捨てるべきだと提案しました」
朝日新聞社は、急速に「押し紙」排除を進めており、その結果、発行本社に対する親近感を取り戻している店主が増えている。こうした状況の下では、今回の飛鳥新社の戦略は、功を奏しないようだ。
このところ広義のスラップ、あるいは訴権を濫用するケースが増えている。言論人がプライドを捨てて言論人を訴え、裁判所(様)に善悪の判断を求めるという滑稽(こっけい)な構図が顕著になっている。
ツィッターなどの投稿にも、当たり前のように「訴えるぞ!」とか、「これは名誉毀損だ」などの言葉が見うけられる。ある種の社会病理が広がっている。
朝日新聞が小川氏を訴えた裁判も例外ではない。本の内容は、個人の思想や物の見方に基づいたものであるから、たとえそれが対抗言論であっても、裁判で封殺・規制するのは原則的に誤っている。特にメディア企業は、他人の言論を尊重しなければならない。
朝日新聞社は、小川氏を批判する舞台を自社の紙面にすべきだった。

「レイシストしばき隊」という言葉で写真をインターネット検索してみると、好奇心を刺激する写真が次々と現れる。もちろんインターネット検索で表示された写真の中には、検索のキーワードとは、直接関係のないものも含まれるので、表示された全写真が「レイシストしばき隊」を撮影したものとは限らないが、少なくとも広義のカウンターグループを撮影したものだと推測できるものが複数含まれている。
筆者は、写真を見ながら、ある種の怒りに駆られた。このようなカウンター運動が国際的にどのような評価を受けるのか、心配にもなる。
一枚の写真を紹介しよう。このページの冒頭の写真である。出典は、次のツイッターのまとめである。 ■出典(冒頭から4つ目のツィート)
◇特異な国際感覚
この写真には注目すべきいくつかのポイントがある。
①まず、右バックのプラカードには、「レイシストは絶対に認めない 許さない No Pasaran!」と書いてある。スローガンの内容から、どこかのカウンターグループによるデモンストレーションであることが分かる。

ここにある「No Pasaran」は、スペイン語で「奴らを通すな」という意味である。これはニカラグアのFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が、革命政権に対する反政府ゲリラ「コントラ」との内戦の中で使ったスローガンである。(厳密には、最初にスペイン人民戦線が使ったスローガン)米軍の支援を受けたコントラが、ニカラグア北部の国境から、世界一高性能な武器で武装し、首都へ向けて戦争をしかけていた1980年代、「No Pasaran(奴らを通すな)」というスローガンを使ったのである。
ニカラグア革命は、住民たちがFSLNに協力して成し遂げたのである。
ラテンアメリカの歴史の中でも最も純粋な革命のひとつであったがゆえに、米国市民を中心に海外から大きな支援があったのだ。教師やエンジニアを派遣するなど、新生ニカラグアの防衛に国際的な支援(左下の写真)が広がったのだ。その中で、「No Pasaran」というスローガンが生まれたのである。
ある意味では、崇高なスローガンなのだ。
そのスローガンが、日本で、しかも、歪んだかたちで使われていることに、筆者は驚いている。国際感覚がおかしいとしかいいようがない。
②写真の左側の人物は、立憲民主党所属の参議院議員・有田芳生氏である。有田氏がこのグループと何らかの関係を持っているらしい事実が確認できる。共産党の小池晃議員も、「レイシストしばき隊」のTシャツを着て演説している写真が確認されており、野党が進めている「市民運動」との連携の中で、こうした写真が記録として残った可能性が高い。
③次に中央の坊主頭の男性が右の中指を立てているのに注意してほしい。読者は、このポーズが何を意味するかご存じだろうか。これは英語の「fuck(性交)」を意味する。相手を極度に侮辱するときのポーズである。
筆者は、米国のキング牧師ら公民権運動を組織した人々が、公衆の前でこんな下品なポーズを取ったとは思わない。調べたことはないが、まず、確認できないだろう。
このように日本における反人種差別運動は、支離滅裂なのだ。国境なき時代に、国際感覚がまったく欠落しているのだ。ちなみに、「レイシスト」などという外来語を使うよりも、「人種差別者」という言葉の方が日本にはあっているのではないか。
筆者は、この問題をマスコミが大々的に取りあげない理由が分からない。
【検索結果】

共同通信が、4月23日付けで、「ヘイトに名誉毀損罪初適用」「在特会元幹部を在宅起訴」と題する記事を掲載している。短い記事なので、まず、全文を掲載しよう。
拡声器を使って朝鮮学校の社会的な評価をおとしめる発言をしたとして、京都地検が名誉毀損罪で、在日特権を許さない市民の会(在特会)の西村斉元幹部(49)=京都市右京区=を在宅起訴していたことが23日、分かった。20日付。
学校側の弁護団によると、ヘイトスピーチ(憎悪表現)を巡る刑事事件で名誉毀損罪が適用されるのは初。
京都朝鮮学園が昨年6月、西村被告の発言はヘイトスピーチにあたるとして京都府警に告訴、その後地検が任意で捜査していた。 ■出典
起訴の理由は、名誉毀損である。しかも、民事ではなく刑事事件である。
ヘイトスピーチそのものは容認されるものではないが、人間の内心の自由、あるいは思想の自由を、検察が法の力で規制する行為は危険きわまりない。しかも、刑事事件のかたちで、表現の自由、あるいは内心の自由に規制をかけてきたのである。
これは安倍内閣の下で進んでいる言論抑圧策の一端とみるべきだろう。広義のスラップ多発の流れの中の動きである。ヘイトスピーチを逆手に取って、言論に対する規制を強化する策略にほかならない。
「在特会」憎さに喜んでいる場合ではないのである。
なぜ、表現や人間の内心を法律で規制することに問題がるのだろうか。改めていうまでもなく、人間はひとりひとり異なった物の見方、あるいは思想をもち、しかも、自分の考え方を絶対的な基準にして、社会や人間を評価するものであるからだ。例外なしに、自分の思想こそは絶対に正しいと信じている。「正しいこと」の中味はそれぞれ異なるのだ。
従って、法の力で言論を封殺したところでなんの効果もない。憎しみや憎悪を蓄積させるだけで、問題の解決にはならない。むしろ、暴力の温床となる可能性のほうが高い。
特に、何かの思想に固執している人ほど、その傾向が強い。人間の内面を法律で押さえ込むことは、ほとんど不可能と言っても過言ではない。従って、内心に対する規制は無意味なのだ。
思想の評価には、歴史的な時間を要する。それを尊重するのが民主主義である。
もちろんヘイトスピーチが暴力にエスカレートすれば、取り締まるべきである。それは現行の法律で十分可能であり、正当な行為である。
ヘイトスピーチに対しては、正常なかたちの市民運動、あるいは住民運動で対抗すべきだろう。名誉毀損刑事事件というかたちは誤っている。

財務省の福田事務次官が、辞任後もセクハラを否定し続けている。この事件の有力な根拠になっているのは、セクハラ現場の録音記録である。録音がなければ、記事にはならなかったはずだ。福田氏が名誉毀損の裁判を起こした場合、セクハラがあったことを立証しなければならないのは、被告(おそらくは新潮社とテレ朝の記者)の側になるからだ。
この事件に象徴的に見られるように、最近、明らかな事実を公然と否定する人々が増えている。その典型は、改めていうまでもなく、ナチによるガス室はなかったとか、南京大虐殺はなかったなどという暴言である。
広義のしばき隊事件(M君リンチ事件)でも、事実を捏造する動きがある。
◇深夜の酒場で開かれた「会議」で暴力
この事件は、既報したように、差別に反対するカウンターグループのなかで、金銭に関するトラブルが発生し、深夜の酒場で開かれた「会議」とも、「糾弾会」とも解釈しうる集まりで、大学院生のMさんが、暴行を受けて瀕死の重傷を負った事件である。
暴行に加わった者が刑事処分を受けたあと、M君は損害賠償を求める民事訴訟を起こした。判決は、去る3月19日に下された。裁判所は、「会議」の場にいた5人のうち、3人に金銭による賠償命令を下した。M君が勝訴したのである。ただし、「共謀」を否定した判決内容には不服があり控訴した。
ところが判決が下った19日の夜、神原元弁護士(自由法曹団常任幹事、しばき隊の元隊員、『ヘイトスピーチに抗する人々』[新日本出版社]の著者)が、酒場から次のようなツィートを発信した。
「しばき隊リンチ事件」「主水事件」「M君事件」等と称された事件に判決が下りた。結論は、共謀なし。李信恵さんの責任はなし。一部に誤った認定はあったが、原告のストーリーは全て否定された。「しばき隊がリンチ事件を起こした」等とデマに踊った人々は猛省すべきである。今後、誹謗中傷は許さない■出典
このツィートの最大の問題は、「しばき現場」で録音された音声記録に基づいて立証できる客観的な事実を否定している点である。「原告のストーリーは全て否定された。『しばき隊がリンチ事件を起こした』等とデマに踊った人々は猛省すべきである。」と叫んでいるのだ。
神原弁護士が、「会議」の現場にいた李信恵氏の暴力については否定されたという趣旨で、舌足らずなツィートを投稿したとしても、判決は次の事実関係を認定しているので、「全て否定された」ことにはならない。
被告普鉉が原告を迎えに出て、同月17日午前2時頃、原告及び被告普鉉が本件店舗内に入ったところ、出入口に最も近い席に坐っていた被告信恵が、原告に対して「なんやのお前」などと言いながら、原告に詰め寄り、その胸倉をつかんだ。これに対し、被告普鉉が、直ちに「まあまあまあ、リンダさん、ごめんな。」と言い、被告金も「店やし、店やし。」などと言いながら、被告信恵を制止して、原告から引き離した。
◇冤罪捏造者にでっちあげ
客観的な事実を否定すると、逆にこの事件を告発したMさんが、冤罪捏造者にでっちあげられかねない。それを避けるために、Mさんは録音記録を大切にしているわけだが、記録が残っていても、我田引水にそれを解釈することで、被害者が加害者に変質しかねないのである。その意味では、神原弁護士の責任は重大だ。
弁護士の中には、「無罪を請け負」っている人もいるようだ。真実は犯罪者なのに、無罪を請け負うのだ。当然、無理がある。そこで起こるのが、虚偽の事実を裁判所に提出して、それを前提に主張を展開する手口である。このようなやり方は、弁護士職務基本規定の75条で禁止されているが、実際は増えているようだ。弁護士会が厳しく監視しないからだ。
こういう問題こそ、「市民運動」で正す必要があるだろう。被害者を冤罪捏造者にでっちあげてはいけない。
※冒頭の動画は、Mさんの承諾を得ましたので、自由に拡散して下さい。

参議院の山本太郎議員が、政府広報費に関する質問主意書を提出していたことが分かった。質問主意書の日付は、2016年5月30日。
内容は、第2次安倍内閣が発足したのち、民主党政権の時代に比べて政府広報費がほぼ倍増している事実を前提に、その理由や明細、さらに電通による広報費の寡占実態などを明らかにするように求めている。質問主意書の全文は次の通りである。
政府広報費のずさんな実態は、メディア黒書でも、博報堂のケースを中心に繰り返し取りあげてきた。
多額の国費をメディア企業にばらまくことで、メディアコントロールを可能にする戦略があるものと思われる。それが安倍政権下で、広報費が極端に膨張した背景のようだ。
また、次に述べるように、多額の裏金が発生している疑惑もある。
◇インボイスナンバーの欠落
裏金づくりが疑われる根拠は、インボイスナンバーが欠落した請求書が多量に存在する事実である。筆者がおこなった調査だけでも、次の金額が判明している。
内閣府:約64億円(2012年度~2015年度)
防衛省:(陸上自衛隊):約9億円(2008年~2015年度)
文部科学省:約9000万円(2015年度)
復興庁:約2000万円(2015年度)
農林水産省:約300万円(2015年度)
環境省:約1000万円(2015年度)
インボイスナンバーというのは、請求書の「通し番号」のことである。原則として、この番号は見積書の番号などと紐つけされてある。コンピューターで経理処理をおこなうために、インボイスナンバーを付番するのである。
クレジットカードに番号がなければ、コンピューター管理ができないのと同じ原理である。預金口座に口座番号がなければ、口座がコンピューターで管理できないのと同じ原理だ。
従ってコンピューターによる経理システムを導入している企業が、インボイスナンバーが欠落した請求書を発行しているということは、コンピューターによる経理処理が行われていない可能性を示唆する。つまり正規の会計とは、別会計になっていると考え得るのだ。
もちろんインボイスナンバーが欠落した請求書を、コンピューターで処理することが絶対に不可能というわけではない。しかし、コンピューターによる経理システムを導入している企業が、あえてインボイスナンバーを付番しない合理的な理由は存在しない。しかも、請求額が尋常ではない。
多額の国費がインボイスナンバーが欠落した請求書で処理されている事実は重い。本当に広告代理店の正規の銀行口座に国費が振り込まれているのか、調査する必要があるだろう。

NNNが4月13日~15日にかけて実施した世論調査によると、内閣支持率が26.7%にまで落ち込んだ。この数字に表れているように、安倍首相の評判は地に落ちた。その背景には、森友事件・加刑事件をめぐる対応や防衛省の日報隠蔽問題があることは疑いない。永田町と霞ヶ関に批判の目が向けられている。
しかし、メディアで報じられている腐敗ぶりは氷山の一角に過ぎない。報じられていないた部分が山積されている。
たとえば、内閣府・省庁と一部の企業の間の取引で、実に奇妙な請求書が当たり前に使われてきたことを読者はご存じだろうか。奇妙な請求書とは、具体的にはインボイスナンバーを外した「手作り」の請求書である。昭和時代の八百屋のような請求書が、当たり前に使われているのだ。
私がこの事実に気づいたのは、2016年だった。博報堂が内閣府に発行した政府広報の請求書の中に、この種のものを多量に発見した。以来、取材をしてきたが、当初は経理に関する知識がなかったので、請求書からインボイスナンバーを故意に外す理由が分からなかった。分からないまま、請求額が異常に高いなどの理由で、国税局や金融庁、証券等取引監視委員会などに、調査を求めた。
しかし、調査は行われなかった。職員は、調査する意欲がないようだった。が、いま考えてみると、高校生でも分かる実に単純明快な疑惑なのだ。
◇インボイスナンバーを外した請求書の異常
インボイスナンバーを外した請求書の何が問題なのだろうか?結論を先に言えば、会計監査・システム監査を受けていない高い可能性である。コンピュータと連動した正規の会計システムとは、別のところで金銭のやりとりが行われている疑惑である。
この点に言及する前に、博報堂と内閣府・中央省庁の間の取引で発行された請求書のうち、インボイスナンバーが外してある請求書の額面総計を紹介しておこう。次のようになる。
内閣府:約64億円(2012年度~2015年度)
防衛省:(陸上自衛隊):約9億円(2008年~2015年度)
文部科学省:約9000万円(2015年度)
復興庁:約2000万円(2015年度)
農林水産省:約300万円(2015年度)
環境省:約1000万円(2015年度)
通常、企業が発行する請求書には、インボイスナンバーを付番することで、コンピュータと連動した会計処理を可能にしている。手動で処理していると大変な労力を要すからだ。会計処理を迅速に進め、しかも不正の防止にも効力がある。
コンピュータと連動したこの会計処理の原理は、クレジットカードのシステムを思い浮かべると分かりやすい。クレジットカードの番号が分からなければ、コンピュータは作動しない。従ってクレジットカードにナンバーの付番は不可欠である。
現在の会計システムも同じ原理で作動している。もちろん、インボイスナンバーがなくても、処理する方法はあるが、それは合理性を妨げるので、なるべく避けるのが一般原則である。従って正常な商取引では、あえてインボイスナンバーを付番しない合理的な説明はつかない。
博報堂の請求書から、インボイスナンバーが外してある事実は、これらの請求書が正規の会計システムとは別のところで、会計処理されている可能性を示唆している。もし、そうであれば会計監査もシステム監査も受けていないことになる。つまりインボイスナンバーを外した請求書で引き出された金は、裏金になっている疑惑があるのだ。
次に示したのが、インボイスナンバーを外した請求書の例だ。
博報堂が内閣府に対して発行した新聞広告(広報)に対する請求書である。インボイスナンバーが外してある事実が確認できるだけではなく、金額(総額)も異常に高い。
インボイスナンバーを外した請求書が使われた事実だけで、調査するのが常識なのである。
◇会計検査院へ審査請求
ちなみに筆者は、内閣府と博報堂の取引に関して、会計検査院に審査を申し入れたが、会計審査員は、問題なしとの結論をだしている。
■同陳述書
【写真】元内閣参与の児玉誉士夫氏。同氏の側近・太刀川夫が博報堂コンサルタンツの取締役に就任していた時期がある。
2018年04月13日 (金曜日)

新聞研究者の故新井直之氏は、『新聞戦後史』の中で、戦前から戦中にかけて言論統制のアキレス腱になっていたのが、公権力による新聞社経営への介入であったことに言及している。具体的には、新聞を制作するために欠くことのできない用紙の統制である。その権限を内閣が掌握したことで、言論統制が可能になったのだという。的確な指摘である。
『新聞戦後史』では、このようなメディアコントロールの原理を内閣が認識していたことを裏付ける資料が引用されている。「新聞指導方針について」(1940年2月12日)と題する内閣情報部の文書である。この文書の中で、用紙の統制がもたらす言論統制の効力について次のように述べている。
換言すれば、政府が之によって新聞に相当の「睨(黒薮注:にらみ)」を利かすこととすれば、新聞指導上の効果は相当の実績を期待し得ることと信ずる。
戦後も同じ原理に基づきメディアコントロールが行われてきた。ただし、そのキーとなったのは、用紙の統制ではない。新聞社による「押し紙」政策の黙認である。黙認することで、新聞社に莫大な利益をもたらすビジネスモデルを持続させ、この「暗部」に公権力のメスを入れさえすれば、いとも簡単に新聞社が崩壊するか、大幅なリストラを迫られる装置を準備したのだ。
悪知恵の結集にほかならない。
◇独禁法による摘発を逃れるために・・・
新聞に対する消費税の軽減税率の適用(8%据え置き)も、メディアコントロールの道具に変質する可能性が高い。ほとんど知られていないが、消費税率が上がると、新聞販売店は、ある特殊な事情のために、他業種とは比較にならない規模の打撃を受ける。
「特殊な事情」とは、「押し紙」に消費税がかかることである。「押し紙」は帳簿上では、通常の新聞として処理する。それにより新聞社は、販売店に搬入された新聞はすべて配達され、「押し紙」は1部も存在しないという偽りのリアリティーをつくりあげ、独禁法の網の目を潜り抜けてきたのである。いわば独禁法による摘発を逃れるために、「押し紙」に対しても、通常の新聞と同様に消費税を支払っているのだ。
普通の商売、たとえばコンビニであれば、商品を買った客が消費税を支払ってくれる。ところが「押し紙」の場合、新聞の購読料を支払ってくれる読者がいない。そこで、店主が「押し紙」の購読料はもちろん、消費税も支払うことになる。
新聞社が、新聞に対する軽減税率の適用を必死で主張してきたゆえんにほかならない。「押し紙」があるから、なんとしてでも軽減税率を適用させる必要があったのだ。こうした状況を逆手に取れば、新聞に対する軽減税率の適用は、メディアコントロールの道具に変質する。公権力にとって、これほど効果的な「アメとムチ」の政策はないだろう。
その意味で、朝日新聞社が「押し紙」政策を中止したことは大きな意味を持つ。「押し紙」世界一では、ジャーナリズムは成り立たない。

2008年2月から2018年2月までの期間における中央紙のABC部数の変遷を紹介しよう。この10年間で、朝日は約200万部、毎日は約100万部、読売は約150万部、日経は約60万部、産経は67万部を減らしたことになる。中央紙全体でおおむね577万部が消えた計算になる。
この577万部という数字がいかに大きなものであるか、読者は想像できるだろうか?2018年2月度の東京新聞のABC部数が約57万8000部であるから、東京新聞社がほぼ10社なくなったことになる。
詳細は次の通りである。
2018年 (2008年)
朝日:5,989,345 (8,016,119)
毎日:2,840,338 (3,879,114)
読売:8,560,861 (10,015,054)
日経:2,445,373 (3,045,189)
産経:1,516,574 (2,187,795)
次のデータは、2008年2月のABC部数と2018年のABC部数の差異である。いずれもマイナスだ。
朝日:2,026,774
毎日:1,038,776
読売:1,454,193
日経: 599,816
産経 :671,221
改めて言うまでもなく、消えた新聞の多くは「押し紙」である。
◇新聞社経営の柱--「押し紙」
「押し紙」の存在は、日本新聞販売協会の資料によると、厳密に言えば戦前から確認されている。戦後、専売店制度が導入されてから急激に増え、1997年には、同協会が販売店を対象に、残紙(押し紙)のアンケート調査を実施している。この調査で販売店に搬入される新聞の8.3%(全国平均)が「押し紙」になっていることが分かった。1980年代には、国会で「押し紙」問題が取りあげられた。その後、週刊誌や月刊紙が断続的にこの問題を取りあげた。
そして2007年には、読売とYC(読売新聞販売店)の間で争われた裁判で、読売の「押し紙」を認定する判決が下った。有名な真村訴訟の福岡高裁判決である。
「押し紙」の存在は、新聞業界の内部では公然の事実である。
◇メディア対策としての軽減税率
しかし、公正取引委員会は、1996年の北國新聞の例を除いて、独禁法違反を理由に「押し紙」を取り締まる策には出なかった。その理由は実に簡単で、「押し紙」を放置することで、新聞社の経営上の大汚点を見逃し、暗黙のうちにメディアをコントロールすることが、権力者にとってのメディア対策であるからだ。
事実、政府よりの新聞ほど「押し紙」が多い傾向がある。もちろん例外はあるが。
ちなみに、新聞に対する消費税の軽減税率を適用する策も、実はメディア対策である。「押し紙」は、帳簿上では読者がいる普通の新聞なので、当然、消費税を課税する対象になる。購読料が徴収できない「押し紙」に消費税が課せられるのだから、新聞社と販売店にとっては、大変な負担になる。逆説的にいえば、それゆえに新聞に対する軽減税率策はメディア対策として作用するのだ。
ところが「押し紙」を排除した新聞社には、消費税の軽減税率適用によるメディア対策はほとんど通用しない。
朝日の報道がよくなってきた背景には、「押し紙」政策の廃止がある。それにより公権力に付け込まれるスキがなくなってきたのだ。

2018年2月度の新聞のABC部数が明らかになった。ABC部数の低落傾向にはまったく歯止めがかかっていない。この1年間で、朝日新聞は約31万部減、毎日新聞は約17万部減、読売新聞は約29万部減である。さらに日経も、約28万部を減らしている。
詳細は次の通りである。()内は、前年同月比である。
朝日:5,989,345(-308,108)
毎日:2,840,338(-173,444)
読売:8,560,861(-285,287)
日経:2,445,373(-275,347)
産経:1,516,574(-46,299)
◇読者の減というよりも、「押し紙」の減
メディア黒書で新聞のABC部数を紹介するたびに、繰り返し説明していることであるが、ABC部数の減少が必ずしも読者数の減少を意味するものではない。と、いうのもABC部数には、大量の「押し紙」が含まれており、新聞社が自主的に「押し紙」を減らした結果、ABC部数が減少した可能性もあるからだ。
むしろABC部数の減部数は、「押し紙」を減らした結果であると解釈するほうが正しい。新聞社が「押し紙」を減らす理由は、販売店の経営が悪化して、「押し紙」の負担に耐えきれなくなっているからだ。販売網が崩壊すれば、肝心の新聞を宅配できなくなるからだ。
筆者が販売店を取材した限りでは、朝日新聞の販売店では、大幅に「押し紙」が減っている。全店を調査したわけではないが、筆者と接触を持っている店は、全店で「押し紙」がゼロになった。それがABC部数の激減を招いているのだ。
◇朝日が高いジャーナリズム性を発揮している理由
このところ朝日新聞は安倍内閣批判で高いジャーナリズム性を発揮している。その背景には、「押し紙」の排除があると筆者は考えている。「押し紙」は独禁法違反であるから、「押し紙」があれば、公権力はそれを口実に報道内容に暗黙の圧力をかけてくる。それゆえに「押し紙」を排除すれば、ほぼ経営上の大きな汚点はなくなり、正面から政府に対峙する条件が生まれるのだ
逆説的に言えば、政府は「押し紙」を放置することで、メディアコントロールを続けてきたといえる。朝日は、「押し紙」を廃止したことで、ジャーナリズム企業としての条件を整えたのである。

中米グアテマラの(元)独裁者、リオス・モントが、4月1日に亡くなった。91歳だった。リオス・モントの名前は、日本ではほとんど知られていないが、中央アメリカでは、「グアテマラのヒトラー」として人々の記憶に刻まれている。1982年にクーデターで大統領に就任すると、先住民族に対するジェノサイド(皆殺し作戦)を繰り返した人物である。
1996年に内戦が終わった後、グアテマラでは急速に民主化が進み、戦争犯罪の検証が始まった。リオス・モントは起訴され、2013年に禁固80年の実刑判決を受けた。しかし、憲法裁判所が再審の決定を下し、再審が続いていた。
憲法裁判所が再審を決めたのは、内戦の和平に至るプロセスで、旧軍人に対する恩赦が和平の条件になっていたためである。リオス・モントだけが法廷で裁かれることに、再考を促したのである。
リオス・モントに禁固80年の刑が下されたニュースは、米国でも衝撃を持って受け止められた。独立系放送局「Democracy Now!」は、判決の場面を実況中継している。それは日本でも紹介された。感動的な場面である。
◇グアテマラの春
意外に知られていないが、グアテマラは戦後のラテンアメリカで最も先進的な国のひとつだった。1944にリベラル右派の政権が誕生して、次々と改革を進めた。しかし、農地改革の中で、米国の多国籍企業であるUFC(ユナイティド・フルーツ・カンパニー)の土地に手を付けたとたんに、軍事クーデターが起きて政権が崩壊する。1954年のことである。この改革の時代は、「グアテマラの春」と呼ばれている。
この軍事クーデターは、海外派兵と多国籍企業の関係を明確に物語っている。
チェ・ゲバラが旅の途中でグアテマラに立ち寄り、「グアテマラの春」に衝撃を受けたといわれている。ゲバラは、軍事クーデターの後、メキシコに逃れ、そこでフィデル・カストロに出逢い、グランマ号の遠征に加わる。
軍事クーデターの後、グアテマラの人々は黙り込んでしまったわけではなかった。1960年頃から、北部の山岳地帯でゲリラ活動が始まった。第2次世界大戦後のラテンアメリカで最初のレジスタンスが始まったのである。それが頂点に達したのは、1982年2月、それまでばらばらだったゲリラ組織が統一して、URNG(グアテマラ民族革命連合)を結成した時である。
この時期は、1979年のニカラグア革命の影響が近隣諸国にも及び、1980年には、エルサルバドルでFMLN(ファラブンド・マルティ・民族解放戦線)が結成された。URNGの結成で、「中米紛争」が広域性を帯びてきたのだ。
リオス・モントがクーデターを起こして登場したのは、こうした時期だった。ジェノサイドの手口は至って単純で、ターゲットにした先住民族の村に、いきなり軍を送り込み、住民を一箇所に集合させ、人気がなくなった民家を家宅捜索する。武器が発見された家の住人を、そのまま連行して即座に処刑する。こんな手口があちこちで繰り返されたのである。
ちなみにリオス・モントの前任者、ルーカス・ガルシア将軍の政権下でも、軍部による人権侵害は激しく、たとえばグアテマラの最高学府であるサンカルロス大学の教授だけでも、97人が殺されている。
1980年代のグアテマラは、政府に疑問を抱く者は、キリスト教徒も含めて容赦なく弾丸を撃ち込まれたのだ。この時代を象徴する人物がリオス・モントだった。
◇冒頭の動画
既に述べたように、戦後、グアテマラは奇跡的なスピードで民主主義を回復させた。そして裁判所がリオス・モントに禁固80年の刑を言い渡した。しかも、その場面をテレビが中継した。ある意味では、日本の民主主義のレベルをすでに超えているのである。
冒頭の動画は、米国の映像ジャーナリストらが記録したグアテマラ内戦の記録、When the Mountains Tremble の一場面である。URNG(グアテマラ民族革命連合)の兵士が、住民をオルグする光景が克明に記録されている。グアテマラ内戦の貴重な記録だ。

・「かかってこいや!へたれ!」
・「訴えるもんなら、訴えてみい!」
・「エル金さんの代わりに殴っていいか?」(のあとに「パーン」)
・「殺されるから(店に)はいってきたんちゃう?」
・「京都朝鮮学校の弁護団?お前の味方になってもらえると思うか?」
・「朝鮮学校のガキらの前で言えるんかこら!」
・「めっちゃ不細工やわ(笑)」(M氏の腫れ上がった顔を見て)
広義の「しばき隊」事件とは、差別と闘っているグループの中で、2014年12月、内ゲバがあったとされる件である。メディア黒書でおもに書評のかたちで何度か取りあげたが、その中で浮上してきたのが、客観的な事実は何かという重い問である。
客観的な事実を誤って把握し、それを前提に議論しても意味はない。たとえば南京事件がなかったという誤った歴史認識に立って旧日本軍の戦争犯罪を語っても、議論は噛み合わない。
広義の「しばき隊」事件でも、類似した思考の混乱が見うけられる。事件を起こした人々も認めているように、Mさんに対する暴行は客観的な事実である。Mさんが暴行を受けた際の音声も克明に残っている。それは極めてジャーナリズム(記録)性が高い貴重な記録だ。(冒頭の動画参考)
ところが酒場から、突然、次のようなツィートが投稿されたりする。
「しばき隊リンチ事件」「主水事件」「M君事件」等と称された事件に判決が下りた。結論は、共謀なし。李信恵さんの責任はなし。一部に誤った認定はあったが、原告のストーリーは全て否定された。「しばき隊がリンチ事件を起こした」等とデマに踊った人々は猛省すべきである。今後、誹謗中傷は許さない■出典

これは神原元弁護士(自由法曹団常任幹事、しばき隊の元隊員、『ヘイトスピーチに抗する人々』[新日本出版社]の著者)のツィートである。3月19日の夜、酒場から移動通信機器で、軽々しく発せられたものと思われる。
この日の午後、大阪地裁である裁判の判決が下された。Mさんが暴行の加害
者と、それを傍観した者を被告として提訴した損害賠償裁判の判決である。この裁判の被告は、5人。このうち神原弁護士は、2人の被告の代理人を務めた。李信恵氏と伊藤大介氏である。
このうち李氏に対する損害賠償請求は棄却された。ただし、次の事実は認定された。
被告普鉉が原告を迎えに出て、同月17日午前2時頃、原告及び被告普鉉が本件店舗内に入ったところ、出入口に最も近い席に坐っていた被告信恵が、原告に対して「なんやのお前」などと言いながら、原告に詰め寄り、その胸倉をつかんだ。これに対し、被告普鉉が、直ちに「まあまあまあ、リンダさん、ごめんな。」と言い、被告金も「店や
し、店やし。」などと言いながら、被告信恵を制止して、原告から引き離した。
被告金及び被告伊藤は、原告に対して、各自79万9740円及びこれに対する平成26年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を払え。
◇李信恵氏は自分のペンで
判決の内容からすれば、李氏は損害賠償の責任こそ逃れたが、伊藤氏らが損害賠償を命じられた判決の原因を作った。それが客観的な事実である。と、いうのも、最初に「原告に対して『なんやのお前』などと言いながら、原告に詰め寄」った事実が認定されているからだ。深夜の酒場での「金銭問題についての会議」の冒頭、険悪な空気をかもしだしたと推測できる。
と、すれば前出の神原弁護士のツィートは、客観的な事実に基づいたものではない。とりわけ、「原告のストーリーは全て否定された。」とする記述は、南京事件はなかったと主張している極右の人々と同じ思考レベルである。まして、伊藤氏は損害賠償を命ぜられているのである。敗訴である。
ちなみに、李氏は裁判で損害賠償責任を免れたから、彼女が事件に関与したとする主張と報道は、控えるべきだと主張している人々が複数いるが、それは裁判の判決だけを絶対的なものとして過信した主張にすぎない。改めていうまでもなく、司法判断は万能ではない。それどころか司法判断に間違いが多いことは、最近では周知の事実である。それゆえに、司法判断が本当に正しいのかどうかを、ジャーナリズムの観点から再検証する必要があるのだ。
なお、李氏はノンフィクション・ライターなのだから、自分のペンでこの事件について書くべきだろう。筆者は、読売新聞との裁判の間も、読売批判をやめなかった。筆者の弁護団もそれを認めてくれた。対抗言論を自分のペンで批判する自由はあるはずだ。
◇ツイッターの社会病理
神原弁護士のツィートを細かく検証してみたが、弁護士として、あるいは自由法曹団の常任幹事として、品性に欠けるものが見うけられる。言葉を吟味せずに、自分の内面を吐き散らしだけのツィートである。そこに筆者は、ある種の社会病理を感じる。
神原弁護士の次のツィートについても、今後、検証する機会があるかも知れない。
真のジャーナリズムとは、権力と闘い、弱い者に味方するものである。この事件で濡れ衣を着せられた人を叩き続ける者は、少なくともジャーナリズムを名乗ってはならない。 ジャーナリストのなすべきことはむしろ、判決で認定された事実をもとに、濡れ衣を着せられた人の名誉を回復することである。■出典
今日も卑劣なレイシストをやっつけたので酒が美味い。■出典
↑等と書いた関係もあり、件の「フリーライター」は私への取材を記事にすることを断念したようだ(^^)。 名誉毀損になる記事にならないようにするには、公益性のある事実について、真実を書けば足りる。それが判例。常識だ。 それすらできないなら、そもそもライターの資格はない。筆を折るべきだ。 ■出典
そういえば、「しばき隊事件」の取材と称して俺に喧嘩を売ってきたフリーライターは「逆差別だ」とか言ってきたな。この件で騒いでる連中に言わせると、日本人に訴えられた朝鮮人が無実を主張すると「逆差別」になるらしい。 いろいろなことが見えてくる発言でしたな。■出典
件の「フリーライター」、30分間私に叱られて、メモも取れなかったらしく、結局インタビュー記事は書けない。仕方なく私のツイートをまとめて何か書くつもりのようだ。しかし、ツイート読むだけなら記者はいらない。何度も言うが、彼にライターの資質はないから筆を折るべきだ。■出典
悪質な“取材”の撃退方法。植村隆さんに学ぶといい。悪質な取材者に対しては、こちらから質問をぶつけること。彼らは質問を受けることには慣れていない。簡単に沈没する。 産経新聞の【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報】がすごい件 - NAVER まとめ matome.naver.jp/odai/214409925... ■出典
もちろん、件のフリーライターが、裁判で無実が証明された人を記事で誹謗するなら、容赦なく法的措置をとる。冤罪被害者を守るため司法に救済を求めることをスラップ訴訟とは言わない。むしろ、人権擁護と社会的正義実現のために不可欠な訴訟であると断言できる。■出典
【写真の出典】弁護士ドットコム
2018年04月06日 (金曜日)

奈良地検が、筆者と市民運動家の志岐武彦氏による高市早苗議員に対する刑事告発を不起訴にしたのを受けて、筆者らは5日、奈良検察審査会に対して、審査の申し立てをおこなった。
筆者らは、昨年(2017年)、高市早苗議員をマネーロンダリングによる詐欺で刑事告発した。それを奈良地検が受理して、調査していた。しかし、既報したように奈良地検は、最終的にこの事件を不起訴とした。それを受けて、今回、検察審査会の審査を申し入れたのである。
◇事件の経緯
議員が代表を務める地元の政党支部へ有権者が政治献金を行った場合、税務署で所定の手続きをすれば、寄附した金額の30%が戻ってくる。たとえば1000万円を寄付すれば、300万円が戻ってくる。
高市議員はこの制度を悪用して、自身の政党支部へ献金を行い、還付金を受けていたのだ。しかし、租税特別措置法の41条18・1は、還付金制度の例外事項として、「その寄附をした者に特別の利益が及ぶと認められるものを除く」と定めている。つまり議員が、自分の政党支部へ寄付を行い、みずから還付金を受ける行為は違法行為である。
告発の対象にした額は、2012年度分の還付金、約300万円である。この年、高市氏は自分の政党支部へ自分で1000万円を寄付して、約300万円の還付金を受けた。結果、実質的な手持ち資金が1300万円になった。お金を循環させるだけで、このような「利益」を得ていたのだ。
同類の手口を森裕子議員も行っており、筆者らは、新潟地検に刑事告発したが、受理した後、最終的に不起訴にしている。
◇判例がない不思議
筆者は、奈良地検が不起訴を決めたのち、担当の検察官に、租税特別措置法の41条18・1に明記されている例外事項、つまり「その寄附をした者に特別の利益が及ぶと認められるものを除く」に該当する事例を示すように求めたが、「教えられない」との回答を得た。つまり判例がなく、政治家によるマネーロンダリングに暗黙の了解を与えてきたことになる。
なお、租税特別措置法には罰則規定がない。そこで詐欺罪で刑事告発したのである。
◇所得税法の第238条
昨年の刑事告発は、詐欺を罪名としたものだった。これを受けて検察は、マネーロンダリングが詐欺にあたるかどうかを検討して、詐欺には当たらないと判断したのである。
そこで筆者らは5日、新たに所得税法違反を罪名として刑事告発を行った。
参考までに所得税法の第238条の1を引用しておこう。
第二三八条:偽りその他不正の行為により、第百二十条第一項第三号(確定所得申告に係る所得税額)(第百六十六条(非居住者に対する準用)において準用する場合を含む。)に規定する所得税の額(第九十五条(外国税額控除)の規定により控除をされるべき金額がある場合には、同号の規定による計算を同条の規定を適用しないでした所得税の額)若しくは第百七十二条第一項第一号若しくは第二項第一号(給与等につき源泉徴収を受けない場合の申告)に規定する所得税の額につき所得税を免れ、又は第百四十二条第二項(純損失の繰戻しによる還付)(第百六十六条において準用する場合を含む。)の規定による所得税の還付を受けた者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
【参考記事】高市早苗総務大臣によるマネーロンダリングの手口を解説する、大臣辞任が妥当
【参考記事】事件の調査をはじめた経緯について


