2017年09月11日 (月曜日)

国際平和協力法(PKO法)が制定・施行され、日本が戦後はじめて、海外へ自衛隊を派遣したのは1992年である。アンゴラとカンボジアへ自衛隊を投入したのである。その時、これが憲法9条「改正」への最初の一里塚であることに気づいた人は、ごく限られていただろう。自衛隊の活動が、選挙監視など武力とは関係ないものに限定されていたからだ。

ところがその後、自衛隊の海外派兵や安全保障に関する法律が次々に制定され、現在では、日米共同作戦を展開できる段階にまで達している。このような体制の維持を支える特定秘密保護法や共謀罪法も制定・施行された。そして今、安倍内閣は、北朝鮮のミサイル・核問題を巧みに利用し、2020年までの改憲を視野に入れて、憲法9条をドブに捨てようとしている。

この25年を振り返ると、自民党は憲法9条の「改正」をゴールとして、日本の軍事大国化を進めてきたとも解釈できる。改めていうまでもなく、改憲の最後の「儀式」は、憲法改正国民投票である。

が、憲法9条の支持は依然として根強い。実際、今年の4月に毎日新聞が実施した世論調査では、憲法9条を「改正すべきだと『思わない』が46%で、『思う』の30%を上回った」。護憲派の人々の間には、国民投票になれば負けないという楽観論も広がっている。しかし、これはとんでもない誤解である。逆に全く勝ち目がないと言っても過言ではない。「無党派層」を世論誘導する恐るべきあるカラクリが隠されているからだ。

本間龍氏の『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)は、憲法改正国民投票の致命的な欠点を指摘している。欠点とは、投票に先立つ運動期間中に、テレビCMなどのPRに関する規制がほぼ存在しないことである。テレビCMなどを制限なく流すことができる制度になっているのだ。

◇公平なルールが必要

国政選挙や地方選挙では、候補者によって不公平が生じないようにポスターの枚数やテレビでの政見放送の回数を統一するなど、さまざまな規制が定められている。その結果、一応は公平な条件の下での選挙運動が担保されている。

ところが国民投票では、そのような規制はほぼ存在しない。となれば、財界や右翼団体など、有力な組織がバックにいる改憲派が資金力で圧倒的に優位に立ち、改憲へと世論を誘導できる公算が高い。

たとえ護憲派がカンパなどで、豊富な資金を集めることが出来たとしても、別の障害が立ちはだかる。それは日本の広告代理店のアンバランスな力関係である。

周知のように、電通は日本の広告代理店の中では、圧倒的な勢力を誇る。広告代理店の勢力とは、具体的に言えば、テレビCMの放送枠や新聞広告の掲載枠の占有状態の大小である。この点で電通は他社を圧倒している。つまり電通を味方にできた陣営が、PR活動も圧倒的に優位に展開できるのだ。

本間氏によると、「電通は戦後一貫して自民党の広告宣伝を担当しているので、国民投票においても自民党を中心とする改憲派の広告宣伝を担当することはほぼ間違いない」という。

ちなみに広告枠やCM枠は、短期のうちに確保できるわけではない。他の広告主との調整が必要なので3カ月前から行うという。従って国会で改憲案が可決されてから、広告代理店と交渉しても手遅れなのだ。

当然、自民党は改憲スケジュールを電通と共有しながら、PR戦略を進めるだろう。これに対して護憲派は正確な改憲スケジュールを知ることができないわけだから、PR活動そのものがスタート時点から遅れをとる。しかも、電通とは比較にならない小規模な広告代理店と契約せざるを得ない。つまりPR戦略に関しては、護憲派は不利な立場に追い込まれるのだ。勝ち目がない。

広告やCMは、メディアの大きな収入源である。憲法改正国民投票によって莫大な広告費が大手メディアへ流れ込むことになる。そうなるとメディア企業側も、広告主の意向に反した記事は掲載できなくなる。むしろ改憲を支持する論調が増えていく可能性が高い。こうして「無党派層」が改憲論に靡いていく。

欧米では公平な国民投票を担保するルールが定められているが、日本ではそれが欠落している。本書は護憲論でも改憲論でもなく、真に公平なルールを制定する必要性を主張している。

■タイトル:メディアに操作される憲法改正国民投票
■著者:本間龍
■版元:岩波書店

2017年09月07日 (木曜日)

コロンビアのELN(民族解放軍)と政府が、5日、停戦に合意した。コロンビアには、複数の反政府ゲリラがあったが、今回の停戦合意により半世紀を超えたコロンビア内戦は完全に終わる。

これに先だつ2016年8月には、FARC-EP(コロンビア革命軍 - 人民軍)と政府の間で和平が実現していた。FARC-EPは合法政党に生まれかわり、すでに元戦士の社会復帰も始まっている。去る8月には、キューバによる国際支援により、FARC-EPの元戦士ら200人が、医学留学のためにハバナへ旅立った。医師を目指す若ものたちである。(写真上)

太平洋戦争の後、ラテンアメリカで最初にゲリラ活動が始まったのは、グアテマラである。1954年、CIAとUFC(ユナイティド・フルーツ・カンパニー)がクーデターで民主的な政権を倒すと、強固な軍事政権が敷かれた。これに抗して、1960年ごろからゲリラ活動が始まったのだ。グアテマラ内戦は、36年後の1996年に終わり、URNG(グアテマラ民族革命連合)は合法政党に生まれ代わった。

コロンビア内戦はグアテマラより遅い1962年に始まったが、グアテマラ和平の後も続いたので、結局、ラテンアメリカで最も長い内戦となっていた。この間、ELNやFARC-EPとは別のゲリラ組織も含めて、停戦と交渉決裂を何度も繰り返してきたが経緯があった。が、ELNと政府の停戦合意で、ようやく内戦が完全に終結する見込みとなった。新しい時代に入ったのだ。

◇『山は果てしなき緑の草原ではなく』

同じラテンアメリカでも、中米は1990年代に内戦が終わった。1990年のエルサルバドル、1992年のニカラグア、1996年のグアテマラである。これらの国のゲリラ組織は、いずれも合法政党として現在も活動を続けている。エルサルバドルのFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)と、ニカラグアのFSML(サンディニスタ民族解放戦線)は、現在、政権党である。それぞれサンチェス大統領とオルテガ大統領は、いずれも元ゲリラである。

一方、グアテマラでは、「戦後」急激に民主化が進み、現在も戦争犯罪の検証作業が続いている。1980年代にジェノサイド(住民の皆殺し作戦)を断行した元将軍であり元大統領であるリオス・モントに対して、グアテマラの裁判所は、2013年、禁固80年の判決を下した。

次の動画は、晩年に法廷に立たされたリオス・モントを記録したものだ。元大統領・将軍は、「絶対にやっていない」と叫び続けた。

ラテンアメリカの内戦について考えるとき、どうしても避けることが出来ない問いは、「社会を変えるとはどういうことなのか?」という問いである。筆者は、日本の政治家、たとえば、豊田真由子、森ゆうこ、橋下徹、小沢一郎、山尾志桜里、それに都民ファーストの議員らと、ラテンアメリカの元ゲリラを比較しながら、この問について考えざるを得ない。

日本では、ゲリラになった人々に対して、テロリストのレッテルを張る傾向があるが、これは完全な誤りだ。軍事政権の下では、他に社会を変える方法がないのだ。暴力に対する正当防衛でもある。

たとえば、次の動画は、エルサルバドル軍による発砲の場面である。軍に暗殺されたオスカル・ロメロ大司教の告別式で、銃口が群衆に向けられた。この事件が内戦の引き金になったのだ。

しかし、暴力に対抗するとはいえ、ゲリラになれば、命のリスクがあるし、自分の生涯を牢獄に閉じこめてしまうリスクもある。

次に引用したニカラグアの元ゲリラの告白には、深い意味がある。社会を変えるとは、どういうことなのかを考える指標になる。

 辛いのは孤独だ。孤独に比べれば他はたいしたことないさ。孤独こそは恐ろしく、その感情はちょっと言いようがない。実際、ゲリラには深い孤独がある。仲間がいないこと。それに都会の人間にとってあたりまえのように身の回りにあった一連のものがないこと。忘れ始めた車の騒音の孤独。夜になって電気を懐かしく思い出すことの孤独。色彩の孤独、山には緑色と黒っぽい色しかないんだ、緑は自然そのものだ。オレンジ色はどうした? 青い色がない、水色がない、紫色や藤色もない。そういった現代の色がないんだ。君の好きな歌がない孤独。女がいない孤独。セックスがない孤独。家族に会えない孤独。君の母さん、君の兄弟、学校の仲間に会えない孤独。教授たちに会えない、労働者に会えない、隣人に会えない孤独と喪失感。街を走るバスへの孤独、街の暑さや埃への孤独、映画に行けないという孤独。だが、君がどんなにこれらのものを望んでも手に入れることができないのだ。欲しいと望んでも手に入らないという意味で、それは君自身の意思に対する孤独の強制だ。なぜなら、君はゲリラを捨てることはできないからだ。君は戦うためにやってきた。そして、それは君の人生の決断だからだ。その孤立、孤独こそが、最も恐ろしいもの、最も辛く、苦しいものなのだ。誰にもキスできない孤独。人間として誰も愛撫できないということ。微笑んでくれる誰もいない孤独。誰も君を愛撫してくれない、動物だって愛撫し合っているんだ。俺たちは俺たち同士で愛撫し合うことはできなかった。男ばっかりだったからな。(『山は果てしなき緑の草原ではなく』)

ラテンアメリカが激変しはじめたのは、今世紀に入ってからである。それまでに地道で長い戦いがあったからだ。もちろん変革には紆余曲折はあり、一筋縄にはいかないが、社会を変えたいと心底から思っている人々がいることが大きい。最大の遺産である。ダメな政治家が増えている日本とは異質なものを感じる。

コロンビアの和平は、ラテンアメリカにまた新しい歴史のステージを運んでくる。

【写真】出典:Prensa Latina  、留学生の壮行式

2017年09月06日 (水曜日)

読者は、メディア黒書でたびたび取りあげてきた内閣府と広告代理店が連携したプロジェクト-「政府広報ブランドコンセプトに基づく個別広告テーマの実施」-を記憶されているだろか? プロジェクト名が長いので、ここでは「ブランドコンセプトP」と略称しておこう。

このプロジェクトは、国策(たとえば、北朝鮮に対する警戒の喚起)をPRするためのもので、新聞広告、テレビCMなど種々の内容で構成されている。内閣府が広告代理店と提携してPR活動を展開するのは、珍しいことではないが、ブランドコンセプトPには、ある著しい特徴がある。

それは内閣府の裁量だけで各種のPR事業を発注できる点である。国家予算を使うにもかかわらず国会の事前承認が不要なのだ。通常のPR活動では、年間の予算に基づいて、発注量を決めるが、ブランドコンセプトPでは、社会状況などを見極めながら、臨機応変に内閣府の裁量で発注量を決める。従って、見積書は存在しない。

内閣府の職員が、口答やメモで、PRのタイプや内容、それに価格などを交渉し、即座に発注することになる。広告代理店にとっては、笑いが止まらないプロジェクトである。

2016年度にブランドコンセプトPを請け負ったのは電通で、25億7200万円が内閣府から電通へ流れ込んでいたことが、行政事業レビューシートの検証結果から分かった。

裏付け1

裏付け2

裏付け3

裏付け4

◇会計監査を受けているのか?

ブランドコンセプトPが始まったのは、2012年度である。野田内閣の時代である。安倍内閣になった次の年度から、規模が急激にふくらんだ。2012年度のスタートから2015年度までは、博報堂がブランドコンセプトPを請け負い、約64億円の収入を得ている。

ブランドコンセプトPに関する疑惑は多岐にわたるが、博報堂のケースでは、同社が発行した請求書にインボイスナンバーが付番されていないことが最も大きな疑惑である。請求書は、PCで処理されるわけだから、インボイスナンバーが付番されていなければ、原則として正規の会計システムに組み込むことが出来ない。従って、これらの請求書から得られた収入が、会計監査を逃れている疑惑があるのだ。ここから収入の未申告や裏金などの疑惑が浮上するのは言うまでもない。

筆者は、2016年度のブランドコンセプトPも2015年度までと同じ方法で会計処理が行われているのではないかを疑い、内閣府に対して2016年度のPRに関連した契約書や請求書をすべて開示するように情報公開を申し立てている。そのうちの1部分は、開示されたが、その中にブランドコンセプトPに関する資料は一切含まれていなかった。そこで行政事業レビューシートで調べ、内閣府が支払った金額を確定したのである。

残りの資料については、2018年の5月末までを開示期限にするとの連絡を受けている。当然、そこには2016年度のブランドコンセプトPに関する資料が含まれていなくてはおかしい。

通常、情報公開にこれだけの長時間は要しない。この事実自体が不自然だ。電通が、博報堂と同じ経理処理(インボイスナンバーを外す行為)をしているかどうかは、来年判明する。

ブランドコンセプトPについては、『週刊金曜日』(2017年2月24日号)に筆者が詳しく書いている。また、次の記事に詳しい。

【参考記事】内閣府から請け負った博報堂の業務、契約書の仕様と乖離した業務内容で高額請求

 

 

 

2017年09月01日 (金曜日)

8月1日付けの東京新聞に興味深い記事が掲載されている。日本政府が日本の自衛隊をPRするCMを作成し、それに安倍首相がみずから登場しているというのだ。タイトルは、次の通り。

・自衛隊「活躍」CM
・首相登場「違和感」
・欧米で放映 在外邦人から疑問の声
・「軍隊PR 独裁国家のよう」
・「税金使って個人メッセージか」
・アジアなら反発必至 日本の印象ゆがめる

リードは次のようになっている。

政府が海外のテレビ局で自衛隊の活躍をアピールするCMを放映し、波紋を広げている。日本の技術力や国際社会への貢献をPRするCMシリーズの一環だが、自衛隊の海外派兵の拡大に異論が噴出している現状で、政治的な意図を疑う声は多い。とりわけ在外邦人らに不評なのは、CMの最後に毎回登場する日本の首相「シンゾー・アベ」。日本の印象をどうしたいのか。

自衛隊をPRするCMを見たイタリア在住の翻訳家のコメントも紹介されている。

「『軍隊』を自慢げにPRしているように見える。しかも首相がしゃしゃりでてくるなど、どこの独裁国家か」

このプロジェクトが始まったのは、安倍政権が本格的に動きはじめた2013年度からである。これまで制作したCMの本数は、20数本、13言語になるという。 驚くべきことに、CMを放送している放送局の中には、イギリスの「公共放送」BBCも含まれている。多くの人が、ジャーナリズムの手本と勘違いしている国策放送局である。

国際広告費の総予算は36億円(2016年度)である。

しかし、東京新聞がBBCにCMの制作費を問い合わせたところ、「商業的に機密性の高い情報」として明かさなかったという。もちろん内閣府もこの点に関する情報は開示していない。秘密である。

◇異常な金銭感覚

このプロジェクトにどの広告代理店がかかわったのかは、現時点では不明だが、国内の代理店の可能性が高い。

筆者は、2016年度に内閣府が発注したPRプロジェクトの見積書・契約書・請求書の全部を開示するように請求しているが、現時点では、その一部しか開示されていない。その中に、海外向けのものは含まれていない。

情報開示の期限は、なんと2018年の5月である。民間企業であれば、2日もあれば出来る開示作業を、内閣府の職員は1年をかけて行うのだ。開示したくない資料があるからではないだろうか。

【参考記事】内閣府と中央省庁、それに博報堂の裏金づくり疑惑をシミュレーションする、毎日新聞社のケースと類似

PR費用は、論外に高額に設定される場合が多い。たとえば50万円程度で十分に制作できるウエブサイトに2100万円を支払った例もある。金銭感覚が異常になっているだ。

【参考記事】ウエブサイト9ページに2100万円を支出、国家公務員と博報堂の異常な金銭感覚、背任・詐欺の疑いも?

【参考動画】博報堂を通じて「血税」を新聞社やテレビ局に湯水のように流し込む仕組み

日本の広告代理店の海外での活動はまだ解明されていない。徹底調査する必要があるだろう。

 

【写真】リオデジャネイロのオリンピックでも首相がみずからしゃしりでた。

 

2017年08月31日 (木曜日)

北朝鮮のミサイル発射を逆手に取って、安倍内閣は「反北朝鮮」の世論づくりに懸命だ。そのためにマスコミが動員されている。しかし、冷静に検証しなくてはならないポイントがいくつかある。

①北朝鮮のミサイルが日本の領域に落下する確率はどの程度あるのか? 30日に発射されたミサイルの場合、最高高度が500キロ。宇宙情報センターによると、人工衛星の高度が100キロから40000キロだから、人工衛星並の高度で飛行したことになる。

安倍首相は発射された時点から、軌道を把握していたわけだから、最初から日本に落下しないことは分かっていたはずだ。

ミサイルが日本に落下する可能性はなかった。むしろオスプレイの落下率の方が高いのではないか。

②JアラートがテレビやPC画面で自動表示されたが、これはメディアを政府が完全に掌握している証ではないか。政府が、たとえばテレビ局に情報提供するのは自由だが、それをどう報じるかは各局が決めることである。ジャーナリズムの基本原則がすでに完全に崩壊している。報じない選択もあるのだ。

しかも、安倍内閣は、Jアラートが出た場合、地下や丈夫な建物に隠れることを奨励している。それもメディアがそのまま垂れ流している。いわば戦中の大本営発表を基本とした報道と同じだ。

冷静に考えると、太平洋戦争の時代に、竹槍で「米英」を駆逐しようという発想に多くの人々が洗脳された状況に類似していないか。人間は、頭で考えるよりも、実際に行動することで、より深く思考を形成する傾向がある。実際に、地下へ避難した人は、その後も北朝鮮に対して不信感を抱くことになる。

いわば洗脳が国家レベルでドラスチックに進行しているのである。ほとんどの人がそれに気づいていない。マスコミも少数の例外を除いてそれに警鐘を鳴らさない。

韓国軍と米軍が空爆の軍事訓練を断行しているが、これは問題視しなくてもいいのか。挑発」には該当しないのか?米韓の軍事訓練は容認され、しかも、米国に至っては世界の核の約5割を保有しているが、これらの兵器は廃棄しなくてもいいのか?国連安保理は、公平性に欠けている。

北朝鮮だけを批判する人々は、北朝鮮が何を目的にミサイル開発に国会予算を投じているのかを説明すべきである。それは防衛である。貧しい国は、軍事費はなるべく削減したいというのが本音なのだ。

たとえばニカラグア政府は、米国に支援された反政府ゲリラ(通称コントラ)と
の内戦(1980年代)で、国家予算の約5割を戦争に投入せざるを得なかった。その結果、国民の生活水準が極めて低下し、1992年には、革命政権が選挙に敗北して、一次的に下野する事態も起こった。

日米韓が北朝鮮をターゲットにした軍事シフトを敷いているから、北朝鮮はやむなくミサイル開発を進めているのである。ある意味では、1962年のキューバ危機と同じ構図である。貧しい国の政府は、軍事よりも国民の生活水準を上げることで、政権の安定を図りたいのが本音なのだ。

※キューバ危機は、1962年10月から11月にかけてキューバに核ミサイル基地の建設が明らかになったことからアメリカ合衆国がカリブ海で海上封鎖を実施し、アメリカ合衆国とソビエト連邦とが対立して緊張が高まり、全面核戦争寸前まで達した危機的な状況のこと。(Wikipedia)

④かりに北朝鮮が日本をターゲットにしてミサイルを発射した場合、撃墜は可能なのかこれについては、専門家の間でも両論があるようだ。

日米の軍事産業にどの程度の国家予算が流れ込んでいるのか。これについても検証する必要がある。

1992年のPKOから始まり共謀罪までたどりついた日本の軍事大国化。その中で対北朝鮮政策を再検証する必要があるのではないか。それは北朝鮮についての世論が意図的に誘導されていったプロセスでもある。

いまや汚職の疑惑があり、北朝鮮を敵視する首相が国会に堂々と居座り、一部の人々からは、「はやく北朝鮮をつぶしてしまえ」という声もあがっている。ファシズムの前夜である。

韓国や中国の人々の感情に配慮しない歴史教科書の改ざん問題も含め、日本側の対北朝鮮政策も再検証する必要があるのではないか。

2017年08月30日 (水曜日)

メディア黒書に掲載した吉竹幸則(ジャーナリスト、元朝日新聞記者)の「朝日のJCJ大賞受賞に異議あり、森友・加計報道は本当に朝日の特ダネなのか」(2017年08月09日)は、反響が大きかった。

JCJ賞は権威ある賞で、過去には斉藤茂男氏や本多勝一氏、それに立花隆氏ら著名なジャーナリストも受賞している。

そのためにあまり賞の性質について負の側面から考えたことはなかった。しかし、吉竹氏の記事を契機として、筆者は、去る19日にプレスセンターで行われた2017年度の授賞式に、取材をかねて参加してみた。はじめてこの賞について取材したのだ。

その結果、ある2つの特徴に気づいた。いずれも負の要素である。

◇受賞対象は国内のニュースに限定か?

まず、2017年度はいうまでもなく、他年度についても、受賞作が国内のテーマに絞られ、国際的なテーマが除外される顕著な傾向があることだ。2017年度の受賞作は、次の通りである。すべて国内のテーマだ。

 ・「森友学園」への国有地売却と「加計学園」獣医学部新設をめぐるスクープと一連の報道(大賞)朝日新聞社

・『「日米合同委員会」の研究─謎の権力構造の正体に迫る』(創元社)に結実した研究成果 吉田敏浩

・「高江・辺野古の基地建設強行を問う一連の報道」沖縄タイムス

・「政務活動費不正のスクープと地方議会改革の一連のキャンペーン」北日本新聞

・「富山市議会における政務活動費の不正を明らかにした調査報道」チューリップテレビ

新聞の第一面がほとんど連日、国内ニュースで占められる傾向は、日本の新聞ジャーナリズムの著しい特徴である。欧米では、国際ニュースの方が重視される。国内のニュースを重視する従来のジャーナリズムの傾向が、JCJ賞にもそのまま反映している。

ちなみにこの10年間の受賞作を調べてみたところ、国際的なテーマを扱った作品が受賞したのは、2010度の『ルポ 資源大陸アフリカ─暴力が結ぶ貧困と繁栄』(白戸圭一著、東洋経済新報社)の1作品だけだ。国際化の時代に、これはある意味では驚くべきことだ。

◇幻の大賞『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』

しかし、皮肉なことに今年のJCJ賞授賞式では、クイーンズ大学(カナダ)の大学院生で、ジャーナリストの小笠原みどり氏が講演した。テーマは、エドワード・スノーデンが告発した監視社会の恐怖である。会場で小笠原氏が著した『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』を購入して、さっそく読んでみた。メディア黒書でも取りあげたように、重大な同時代のテーマを扱った本である。

筆者が不思議に感じたのは、なぜ、小笠原氏の『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』がJCJ賞の対象から外れたのかという点だった。発売が昨年の12月だから、推薦の条件にも合致している。JCJ大賞を受けた朝日新聞の報道よりも、こちらの方がはるかにレベルが上だと思った。

◇「東京新聞の望月衣塑子記者に特別賞を」の是非

JCJ賞の2つ目の特徴として、受賞団体の大半が、新聞社か放送局になっている事実だ。2017年度の場合、個人の受賞は吉田敏浩氏だけだった。

ジャーナリズムの神髄は、新聞記事やテレビニュースではなく、はやり公開のハードルが最も高い書籍ジャーナリズムである。内容をごまかせないから、出版のハードルが高いのだ。映像などは、簡単にイメージ操作ができる。
その書籍が最も軽んじられているのだ。

組織ジャーナリズムを過信する傾向は、審査員の発言の中にもかいま見えた。たとえば、柴田鉄治(元朝日新聞)氏が次のような趣旨の発言をした。

「受賞には至らなかったが、実は、東京新聞の望月衣塑子記者に特別賞を与えてもいいのではないかとも思った」

望月衣塑子記者は、記者会見の際に果敢な質問をすることで話題になった。彼女の鋭い質問をするその姿勢に対して賞を与えることを考えたというのだ。

普通、賞というものは、仕事の成果に対して贈るものである。記者の姿勢に対して贈ったという話は聞いたことがなかった。

筆者は、2017年度の授賞式を取材してみて、日本のジャーナリズムは完全におかしくなっていると思った。

2017年08月29日 (火曜日)

テレビのあり方を考える作業が、複雑化している。かつては番組内容を批評するたけで十分だったが、最近は視聴者が認識できない部分で、さまざまなトリックが使われている。フェイクニュースの問題も含めて、世論誘導の手口は巧妙化している。

たとえば、タレントが特定の飲食店を訪問して、目玉商品を食して、「おいしいですね」と大げさに驚いてみせる。形式上は現地取材の「ルポ」であるから、視聴者はその内容を鵜呑みにする可能性が高い。「おいしくない」とは絶対に言わない。

この種の「ルポ」は、取材対象の飲食店の側が料金を負担するケースも少なくないという。いわば番組の顔をしたCMなのだ。しかし、視聴者はそれに気づかない。

公共の電波を使ってこのような「CM」が広がっている。

ちなみに新聞記事の中にも、記事の形式をした広告が紛れ込んでいるのは周知の事実である。

時事ニュースが間接的にCMの役割を果たすこともある。たとえばテロに関するニュースを世界中から集めて、それを次々と放映する。その結果、国民の間で、テロ対策や軍事大国化を望む空気が生まれる。防衛費が膨張する。それにより莫大な利益を得るのは、日米の軍事産業である。現在の日本が、まさにこのような状況に置かれている。

生活保護の不正受給のニュースを次々と垂れ流して、福祉を切り捨てる手口も、かつて使われた。

テレビが放映するドラマそのものの中にも、「CM」が紛れ込んでいる。たとえば、シナリオに組み込まれたドライブの場面で、特定メーカーの車を使う。特定の家電を使う。

こんなふうに視聴者がほとんど認識できないところに、「CM」が紛れ込んでいるのである。

◇サブリミナル効果

さらに洗脳のための特殊な技術がテレビ番組の中で使われているとも言われている。「サブリミナル効果」を狙った手口である。

「サブリミナル効果」については、『電通-洗脳広告代理店』(苫米地英人著、CYZO)に詳しいので、引用しておこう。

例えば、アニメを見ていて、そのアニメの途中に1/30秒とか1/60秒などの意識では認識できないほど短時間、ある商品の画像や有名人が楽しく使用している映像を挿入したとする。すると、視聴者の無意識に強くその商品を認識し、別のところでその商品を見た瞬間、本人の意識としてなぜかわからないが強い興味を覚えてしまうということが起こる。

 このサブリミナルはあまりにも危険な手法なので、ほとんどの場合、使用が禁止されている。

 ところが、日本のテレビでこのサブリミナルが使用されたことがあった。しかも、あの悪名高き犯罪集団オウム真理教を宣伝するために行われたのである。当然、オウム真理教側からテレビ局に取引が持ちかけられたようだ。もちろん、何もわかっていない現場の担当者がやってしまったのかも知れない。

 日本テレビ系列のアニメの1シーン(1フィールド)にオウム真理教(当時。現ALEPH)代表の麻原彰晃の顔が挿入されていたり、TBSテレビのオウム真理教関連の番組で麻原の顔写真が話と関係のない場面で何度もサブリミナルとして挿入されていたりしたのだ。実際、TBSは番組テーマを際だたせるための映像表現としてサブリミナルを用いたことを認めている。

テレビが世論誘導の危険な道具になっている。
こうした状況の下で、番組内容を批評するだけでは、すでにテレビの検証は不十分になっている。

2017年08月28日 (月曜日)

2018年度の防衛費が過去最高になる見通しだ。日米の軍事産業界にとっては、願ってもない話だ。これは意図的に計算された世論誘導の果実といえよう。

防衛省は2018年度予算の概算要求で、過去最大の5兆2551億円(17年度当初予算比約2.5%増)を計上する方針を固めた。北朝鮮の弾道ミサイル発射技術が進展していることを踏まえ、大気圏外でミサイルを迎撃する海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を陸上に置く新システム「イージス・アショア」の導入費を盛り込む。(毎日新聞)

「印象操作」という言葉が、第193回国会(2017年度)で市民権を得た。この言葉の生みの親は、改めていうまでもなく、安倍晋三首相である。森友学園や加計学園についての報道を指して、「印象操作」だと繰り返したのである。なぜ、このような表現を選んだのかは知らないが、「印象操作」とは、端的に世論誘導のことである。

◇北の上陸作戦はあり得ない

現在、安倍首相を柱に、日本で最も大がかりに進行している印象操作は、北朝鮮に関するものである。もっとも筆者は北朝鮮を自分の目で見たことがないので、確定的なことは言えないが、マスコミがつくりだす「北」のイメージと、実態はかなり異なっていると推測している。虚像がある可能性が高い。

北朝鮮を核開発、ミサイル開発に向かわせているのは、日韓米の軍事行動である。北朝鮮が、たとえば日本に上陸作戦を展開し、陣地を形成して、東京を占領する計画を立てていることはまずありえない。

現在、上陸作戦を展開する能力があるのは、唯一、米軍だけである。

韓国軍と米軍が、合同で軍事演習を繰り返したり、沖縄やグアムに北朝鮮を攻撃するためのミサイルや戦闘機が配備されているから、対抗処置として北朝鮮は、ミサイル開発・核開発を進めているのである。

ところが日本のマスコミは、このような構図をまったく逆立ちさせて捉えている。

かりに日本列島が名古屋あたりを境に、東と西に別れ、東が親米国で、西が共産圏だとする。そして東が静岡あたりで、定期的に日米軍事演習を繰り返せば、西は対抗手段を取らざるを得ない。

同じ構図のことが今、朝鮮半島で起こっているのだ。

ちなみに米国という国は、過去に繰り返し繰り返し他国に対して軍事介入を断行してきた歴史がある。戦後のラテンアメリカだけに焦点を当ててみても、次のような侵攻や軍事介入の例がある。

1954年 グアテマラ
1961年 キューバ
1965年  ドミニカ共和国
1973年 チリ
1979年  ニカラグア・エルサルバドル・グアテマラ
1983年 グラナダ
1989年 パナマ

その他、前世紀まで、麻薬の取り締まりを口実に、パナマの米軍基地からボリビアなどに米軍がよく投入されていた。

現在は、ベネズエラが米軍侵攻の危機に直面している。

このような歴史を持つ米国を北朝鮮が警戒するのは、むしろ当然ではないか。

◇故意にイメージが悪い動画を使用

日本のメディアは、北朝鮮に関連した政治ニュースを流すときには、特定の画像を流して印象操作をする。たとえば、バルコニーに立って群衆に手を振っている金正恩の画像だ。ロボットの兵隊を連想させる旧ソ連スタイルの行進風景である。とにかく極力イメージが悪いものを使う。

もちろん北朝鮮の独裁政治や、権力の世襲制度には大きな問題がある。それはそれとして別に指摘すべき大きな問題なのだが、北朝鮮の実像を故意にゆがめて伝える行為は、ジャーナリズムの原則からすると問題が多い。

◇フリーダム・ファイターズ

ちなみに筆者が最初に、メディアによる世論誘導を自覚したのは、1980年代の初頭である。当時、筆者は米国に在住していたのだが、米国の主要メディアは、ニカラグアのサンディニスタ政権を、テロリストと報じていた。当時のレーガン大統領は、反政府ゲリラを「フリーダム・ファイターズ」と呼び、メディアも彼の発言を垂れ流していた。

ところが1985年に、筆者が実際にニカラグアへ行ったところ、実態はマスコミ報道とはかなり異なっていた。ニカラグアは、左派系メディアが伝えていたような新生の「楽園」ではなかった。同時に言論の弾圧なども一切なかった。サンディニスタ政権に異議を唱える人々に対しても、自由に取材することができた。ニカラグアの人々が最も渇望していたもののひとつは、言論の自由であったからだ。

北朝鮮に関するメディア報道には、注意しなければならない。冷静に見なければならない。露骨な「印象操作」により、われわれの税金が湯水のように日米の軍事産業へ投入される仕組みになっている可能性が高いからだ。

2017年08月25日 (金曜日)

夏の全国高校野球が、23日、花咲徳栄高校の優勝で終わった。

筆者は毎年、夏の甲子園が始まるたびに、NHKが全試合を中継していることに違和感を持ってきた。全試合だから、日によっては朝の8時から、ナイターにまで及ぶこともある。

野球が好きな人にとっては、ありがたい番組編成だろうが、野球に関心がない人は、公共放送のあり方に疑問を感じるのではないだろうか。おなじ事がゴルフやゲートボールでやられたら、その異常さがもっとはっきりするだろう。

公共放送としては異常である。

しかし、スポーツの政治利用という観点から、この問題を考えると、それなりの意図を読みとれる。

◇教育現場に根付いている観念論

筆者は高校時代の異様な光景を思い出す。野球部が奇妙な儀式をしていたのだ。練習が終わると、全員がグランドに正座して、まぶたを閉じ、天を仰ぎ、怒鳴りつけるような大声で呪文を唱えるのだ。あまりにも大声で早口なので、冒頭の「ひとつ・・」という部分を除いて何を言っているのか全く分からない。

留学生が、この「日本文化」を見て、びっくり仰天していた。

高校野球に洗脳はつきものだ。聞くところによると、呪文を唱える儀式を強制しているのは、筆者の出身校だけではないようだ。

球児たちは、全員が坊主頭。球場を去るときには、グランドへ向かって深々と一礼する。自分を鍛えてくれた場所に感謝の念を示す意味があるそうだ。この儀式も野球部の部長なり監督が、球児に強制しているものだ。

スポーツを通じた精神教育の何が問題なのだろうか。結論を先に言えば、球児たちがみずから育んでいく世界観が、観念論の哲学に汚染されてしまうことである。観念論というのは端的に言えば、心がけをよくすれば夢は実現できるという誤った考えである。逆説的にいえば、幸福になるためには、社会を構成する人間ひとりひとりが心がけをよくすることが大事という考えである。

笹川良一氏の「人類みな兄弟、一日一善」という哲学である。

この思想は、第1次安倍政権の時代、首相が提唱していた「美しい国」づくりのコンセプトとも共通している。かつて中央教育審議会が打ち出した「(経営者から)期待される人間像」の思想とも同じ系列だ。現在、義務教育の中に組み込まれている「道徳教育」とも、哲学上のルーツは同じだ。

もちろん、心がけをよくすることが無意味というわけではない。誰も否定できないほど、大事なことである。が、誰も否定できないからこそ、逆説的に見れば、批判の余地がなく、盲点になるのだ。スポーツジャーナリズムも指摘しないのである。

しかし、果たして心の向上だけで本当に人間は幸福になれるのだろうか。社会は改善されるだろうか。結論を先にいえば、心がけは二次的なものにすぎない。一次的なものは、別にある。

たとえば高齢者に対して優しく接してあげれば、高齢者は幸福になれるのだろうか。答えは否である。高齢者を幸福にするには、まず、医療の切り捨てを止めなければならない。老人ホームの質も上げなければならない。客観的に生活環境を変えることが一次的な対策なのだ。

今、日本の教育現場で行われている道徳教育は、野球部による呪文も含めて、心がけが立派な「愚民」を多量に生産するための国策といっても過言ではない。心がけがよく、目上の人には従順で、自分の意見は言わない。こうした人間を多量に「生産」しているのだ。

NHKが高校野球を重視する背景には、観念論による国民の洗脳という意図があることは間違いない。東京オリンピックへ向けて、スポーツの政治利用、観念論による洗脳は、野球以外の種目へも広がるだろう。

 

2017年08月21日 (月曜日)

 

2017年上期のABC部数(1月~6月の平均部数)が明らかになった。新聞部数の低落傾向にはまったく歯止めがかかっていない。

中央紙について言えば、朝日新聞は約630万部、読売新聞は約880万部、毎日新聞は約300万部となった。前年の同期比でみると、朝日は約-33万部、読売は約-19万部、毎日は約-8万部となった。

朝日新聞 6,258,582(-325,208)
毎日新聞 3,016,502(-77,111)
読売新聞 8,830,415(-186,823)
日経新聞 2,718,263(-12,331)
産経新聞 1,555,261(-24,420)

調査対象になった76紙のうち、前年同期比でプラスになったのは、4紙だけだった。読売(中部)が92部、山陰中央新報が1830部、読売中高生新聞が6248部、ニッキン新聞が318部である。

2017年度上期のABC部数(全社)

◇「予備紙」という詭弁(きべん)

ちなみに、ABC部数には、いわゆる「押し紙」が含まれているので、ABC部数が販売(配達)部数を現しているわけではない。「押し紙」とは、「実配部数+予備紙」を超えて搬入された新聞部数のことである。予備紙の割合は、伝統的には2%とされてきたが、現在は日本新聞協会(厳密には新聞販売公正取引協議会)により、この「2%ルール」が削除された状態になっている。従って、過剰になった新聞を「予備紙」と呼ぶことで、「押し紙」は1部も存在しないという詭弁が成り立っている。こうして多くの新聞社が、独禁法の網の目をくぐり抜けて、「押し紙」政策を続けている。

政府も司法もそれを容認している。仲間であるからだ。醜いメディア政策といえよう。

読売新聞のように「押し紙」は1部も存在しないと公言している新聞社もある。読売の代理人であり、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士に至っては、「押し紙」裁判などの中で、読売に限って、「押し紙」は1部も存在しないという主張を繰り返した。

しかし、これは真実ではない可能性がある。今後の検証が必要だ。

 

【参考記事】毎日新聞の2店、「押し紙」70%の決定的証拠、実際の全国総部数は150万部前後か?

2017年08月17日 (木曜日)

LEDによる人体影響や環境への影響を指摘する声が、メディア黒書にも寄せられている。次に紹介するウエブサイトは、LEDのリスクを指摘した貴重な情報源である。

LEDってなあに? [ Part 1 ]

LEDの植物への影響を調査した際の具体的な写真なども多数掲載されている。LEDの影響を調べる実験も紹介されている。

サケとメダカの受精卵に4色のLEDを照射した実験報告があります。それによれば孵化三週間後のサケの死亡率は青色で78%、白色で11%。孵化二週間後のメダカの死亡率は赤色で36%、青色で78%、緑色で75%、白色で50%。受精卵に青色を照射すると孵化率は0%ということで、かなりの破壊力ではないでしょうか。(資料 ※a)

(資料 ※a)… http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol11No6/TJB201206IS.pdf つくば生物ジャーナル2012 より

 また、アカゲザル6匹をつかった青色光照射による網膜破壊実験も行われており、40分で細胞が壊死します。(資料 ※b)

(資料 ※b)… http://ameblo.jp/yudaganka/entry-10569082259.htmlきくな湯田眼科 青色光の網膜毒性 より

  岐阜薬科大がマウスを使った実験でも青色が視細胞に大きな障害を与える事が分りました。(資料 ※c)

「ブルーライトの波長を含むLEDを細胞に照射した際に活性酸素が増加したことによって細胞のエネルギー産生の場であるミトコンドリアが障害を受け、さらにタンパク質合成の場である小胞体に障害が起きることで、細胞障害が惹き起こされたと考えられます。」(岐阜薬科大学薬効解析学研究室)

(資料 ※c)… http://news.mynavi.jp/news/2014/07/25/304/ マイナビニュース より

さらに従来は安全とされていた青色以外のLEDにも、リスクがあることを指摘している。

カリフォルニア大学の教授の実験ではLEDから鉛、ヒ素などの多くの有害物質含まれている事を研究報告として発表しています。(資料 ※)… http://www.su-gomori.com/2011/02/eco-led.htmlスゴモリ

 また、てんかんの症状を持つ方は赤い色が厳しいと言われます。色覚に障害のある方はLED信号灯の黄色と赤の見分けが難しい、と言います。赤や緑色で動植物が大きく育つなどいわれますが、それは命のサイクルの老化(酸化)を早めただけの、生き物には痛みを伴う異常な反応ではないのでしょうか。

◇政治腐敗と国民の健康リスク

今やLEDは日常生活のあらゆる分野に入り込んでいる。が、そのリスクはまだほとんど認識されていない。その背景には、LEDに電気・通信業界の巨大な利権がからんでいるからだ。マスコミも報じない。電気・通信業界が大口の広告主であるからだ。

政府にいたってはLEDを推奨する政策を打ち出している。

政府は、エネルギーを多く消費する白熱灯と蛍光灯について、国内での製造と国外からの輸入を、2020年度をめどに実質的に禁止する方針を固めた。省エネ性能が高い発光ダイオード(LED)への置き換えを促す狙いだ。(朝日新聞)

さらに東京都の小池知事も政府と同じスタンスだ。

東京都は10日、家庭内の白熱電球を発光ダイオード(LED)電球と無償で交換する事業の受け付けを始めた。小池百合子知事は都庁でセレモニーを開催し、歌手のピコ太郎さんと共に取り組みの推進を呼び掛けた。(産経新聞)

政治腐敗と無知が、深刻な事態を引き起こすことになるかも知れない。

◇日常生活の中の電磁波問題

LEDを含む電磁波は、今世紀最大の公害である。しかも、かなりやっかいな公害だ。電磁波は人間の五感では、ほとんど知覚できないからだ。

電磁波は、放射線の一種であり、エネルギーの大小とは関わりなくリスクがあるというのがほぼ定説になっている。エネルギーが大きい原発のガンマ線やレントゲンのエックス線だけではなく、電気製品から携帯電話、LEDまでリスクを孕んでいるのだ。しかも、従来、想定されていた影響よりも、遥かに深刻であることが分かっている。当然のことだ。日常生活に入り込んでいる電磁波は、人間が人工的に作ったもので、自然界には存在しないからだ。生物が拒否反応を起こすのは、むしろ当然だ。

筆者は、電磁波を使った自動運転の車が本当に安全なのか疑問を持っている。
道路に面した民家の住民に人体影響を及ぼさないだろうか? スーパーのレジで、商品のバーコードを読みとる作業を、毎日、何時間も続けている人々が、いずれ癌を発症しないか憂慮する。スマホのマイクロ波が飛び交う電車で通勤している人々が、10年後、あるいは20年後に癌を発症しないかを考えもする。PCやスマホのLEDを浴びてきた幼児が成人した時、脳や眼に障害が発生しないか不安になる。

しかも、問題はこれだけではない。化学物質による人体の汚染も進行しているので、「電磁波+化学物質」による複合汚染のリスクも、どんどん高くなる。それがどのような相乗作用を引き起こすのか、誰も分からない。

日本の総務省は、電磁波対策をほとんど取っていないのが実体である。無知なのか、故意なのかは不明だ。おそらくその両方ではないか。科学的な根拠が医学的に立証させるまでは、公害を放置するのが政府のスタンスである。事実、携帯電話のマイクロ波の問題は、そのようになっている。司法もそれを是認している。

しかし、環境問題の原点は、科学的な根拠の解明ではない。それは最終的な目的で、最初のステップは事実の確認である。事実の蓄積と疫学調査が最優先されるのである。

その意味では、今回紹介したウエブサイトは、極めて事実を重視した情報で占められている。

2017年08月15日 (火曜日)

北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発に成功したことで、米国と北朝鮮の緊張が高まっている。このニュースを日本の大半のメディアは、「北脅威論」の視点から伝えている。しかし、北朝鮮の友好国のメディアは、そのような報道をしていない。

たとえばPrensa Latin(キューバ)は、「トランプが北朝鮮に対する挑発を強める」(8月10日)という見出しの記事を掲載している。「誰も見たことがないこと起きる」というトランプの発言を受けての記事である。■出典

その数日前、7日付けの同紙は、フィリピンの首都マニラで、6日から8日にかけて開かれた東南アジア諸国連合の会議で、北朝鮮が「米国以外の国に対しては核兵器は使用しない。しかも、米国が北朝鮮を攻撃した場合に限る」とする立場を明らかにしたこと伝えている。しかし、筆者の知る限り、日本のマスコミは、この重要な事実を伝えていない。■出典
さらに事実、Prensa Latinによると、中国とロシアは米国に対しても苦言を呈している。

一方、NHKニュースは、14日、北朝鮮で女性たちが反米集会を開いたことを報じている。その中で、ある女性のコメントを紹介した。内容は、「自分は包丁をもって夫と共に米軍に立ち向かう」というものだった。映像と音声に記録されているわけだから、コメントの内容に間違いはない。が、疑問は、この女性の声が北朝鮮の大半の女性の声なのかという点である。

おそらく朝鮮民族に多い極めて興奮しやすい人の特殊なコメントである。それを全体の声と勘違いさせる手口は、世論誘導の典型にほかならない。安倍首相の言葉を借りれば、「印象操作」である。

◇報じられていること、報じられていないこと

新聞研究者の故新井直之氏は、『ジャーナリズム』(東洋経済新報社)の中で、報道の見方について、次のような方法論を展開している。

 新聞社や放送局の性格を見て行くためには、ある事実をどのように報道しているか、を見るとともに、どのようなニュースについて伝えていないか、を見ることが重要になってくる。ジャーナリズムを批判するときに欠くことができない視点は、「どのような記事を載せているか」ではなく、「どのような記事を載せていないか」なのである。

Prensa Latinが報じているような事実を日本のメディアは報じていない。さらに北朝鮮の問題を考える際に、不可欠な次の情報を故意に隠している。それは、ストックホルム国際平和研究所が公表している「核兵器保有国の保有数ランキング%」である。

1位 ロシア 47%
2位 アメリカ 45%
3位 フランス 1.9%
4位 中国 1.6%
5位 イギリス 1.3%
6位 パキスタン 0.8%
7位 インド 0.7%
8位 イスラエル 0.5%
9位 北朝鮮 0.06%
(2017年最新版)

上記の数字をみるだけでも、北朝鮮が先制攻撃を仕掛ける事態など起こり得ないことが分かる。

客観的に見ると、世界の核兵器の45%を占める米国が、北朝鮮に対して核開発の中止を求める構図自体がおかしい。非核保有国が北朝鮮に警告するのであれば、道理がある。説得力もある。が、米国が核問題で北朝鮮を非難しても説得力はない。

ちなみにトランプ政権は、近年、北朝鮮だけではなく、キューバやベネズエラに対しても、挑発行為を強めている。歴史的に見れば、チリやニカラグアなどラテンアメリカ諸国に対する軍事介入を繰り返してきた。

◇原子力発電所は無防備に放置

北朝鮮脅威論の背景に何があるのだろうか?
答は簡単で、日米の軍事産業への国家予算の投入という政策の正当化である。これが最大の目的である可能性が高い。メディアを使って危機感を煽り、軍事大国化をはかり、軍事産業を繁栄させる「死の商人」の構図である。

極右の人々を除いて、おそらくだれも北朝鮮が米国や日本に先制攻撃を仕掛けるなどと考えてはいない。本当に政府が危険性を感じているのであれば、まず、原子力発電所の近くに迎撃ミサイルを配置するだろう。が、その気配はまったくない。攻撃そのものが有り得ないからだ。

北朝鮮の軍事開発は、世界のあちこちで行われているミサイル開発のひとつに過ぎない。脅威論を煽って、軍事産業に貢献しているのがNHKなどのマスコミなのだ。