1. 前立腺がん患者をモルモットに、「疑惑の判決」、滋賀医科大付属病院事件の総括

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2020年07月13日 (月曜日)

前立腺がん患者をモルモットに、「疑惑の判決」、滋賀医科大付属病院事件の総括

手術のモルモットにされかけたとして4人の前立腺癌患者が、滋賀医科大医学部付属病院(以下、滋賀医大)の2人の泌尿器科医に対して総額440万円の損害賠償を求めた裁判で、大津地裁は2020年4月14日、原告の訴えを棄却した。大阪毎日放送や朝日新聞など主要メディアが、提訴から注視してきた事件で、原告の勝訴を確実視する見方が固まっていた事情もあって、判決は物議をかもした。

この裁判が結審したのは、昨年の12月。その後、最高裁事務総局は、3人の裁判官のうち2人を異動させた。判決を読み上げたのは、原告にも被告にも面識のない裁判長だった。

判決文に前裁判長の捺印はなく、「転補のため署名捺印することができない」と但し書きが付されていた。判決の直前に最高裁事務総局が裁判官の人事異動を行うこと自体は珍しくはないが、この裁判に関心を寄せてきた人々の多くが不信感をいだいた。原告弁護団の主張がほとんど認められているにもかかわらず、請求が棄却されたからである。

◆前立腺癌で7年後の非再発率が97%に

前立腺患者に対する小線源治療とは、放射線を放つ放射性物質を包み込んだシード線源と呼ばれるカプセルを前立腺に埋め込んで、そこから放出される放射線でがん細胞を死滅させる治療法だ。1970年代に米国で始まった療法で、その後、改良を重ねて日本でも今世紀に入るころから実施されるようになった。

この裁判に原告の補佐参考人として参加した岡本圭生医師は、岡本メソッドと呼ばれる独自の小線源治療の開発者であり、昨年12月まで滋賀医大で治療に携わっていた。

2005年から1238例の小線源治療を実施した。2017年に海外の医療誌医学誌『ジャーナルオブコンテンポラリーブラキセラピー(Journal of Contemporary Brachytherapy)』に発表した論文では、リンパ節転移を起こした症例を含む高リスクの前立腺がん患者における5年後の非再発率が95.2%とする治療成績を発表していた。

今年の2月には、やはり同誌に中間リスクの前立腺患者に対する岡本メソッドの治療成績を紹介する論文を発表した。それによると手術後七年の非再発率は99.1%だった。この論文は、2005年から16年の期間に、中間リスクの前立腺がん患者397人に対して実施した岡本メソッドの成績を報告したものである。

なお、論文が医学誌に掲載されたということは、科学者や医師が査読により論文内容の妥当性と信頼性を認めたことを意味する。岡本医師の手にかかれば、前立腺癌はほぼ征服されたのである。

実際、岡本医師の治療を希望する患者は多く、『手術数で分かる病院』(週刊朝日Mook)の2020年版(データは2018年の統計に基づき作成されたもの)によると、前立腺がん治療件数の近畿地区ランキングで、滋賀医大は突出した1位である。この実績に大きく貢献したのが岡本医師なのである。

裁判を起こした原告4人のうち2人は、小線源治療を希望して滋賀医大を受診していながら、岡本医師の治療を受ける選択肢があることを知らされなかった患者である。他の2人は、岡本医師の治療を受けることを希望して受診していながら、小線源治療の経験がない医師の担当にされた患者である。いずれも、手術の前段で不適切な医療措置を受けた。

◆同じ病院で小線源治療の窓口が2つに

事件の発端は、2015年までさかのぼる。この年の1月、滋賀医大に岡本メッソドに特化した講座と外来が開設された。岡本メッソドの卓越した成績に注目した日本メジフィジックス社がスポンサーとなる寄付講座だった。岡本医師は、それまで所属していた泌尿器科から独立して、寄付講座の特任教授に就任した。そして独立した立場で岡本メソッドのさらなる進化と普及に向けてスタートするはずだった。

ところが「出る杭は打たれる」という諺どおり、病院内に岡本医師の活躍を快く思わない医師らがいた。泌尿器科長の河内明宏教授と彼の部下である成田充弘准教授である。2人は大胆不敵な行動へ踏み込んでいく。岡本医師による小線源治療に対抗するかのように、自分たちで泌尿器科独自の小線源治療を行う計画を立て、新しい患者を秘密裡に泌尿器科へ誘導し始めたのである。そのプロセスの中で、岡本メソッドの選択肢があることを患者に告げない対応が繰り返された。告げれば患者が岡本医師の治療を希望するので、泌尿器科独自の小線源治療が実施できなくなるからだ。

実際、23名の初診患者が泌尿器科独自の小線源治療へ誘導された。後日、多くの患者らが真実を知り河内医師らの説明義務違反を疑うようになる。そして4人が患者を代表して提訴に踏み切ったのである。

患者らを激怒させたのは、河内医師と成田医師が小線源治療の経験がまったくないことを隠していたことである。成田医師はダビンチ手術が専門だった。同じ前立腺癌の治療とはいえ、小線源治療とはまったく異なる手技である。

成田医師も小線源治療には乗り気でなく、岡本医師の治療を一度見学したというレベルであった。岡本医師はせめて6ケ月間くらいは治療を見学してから執刀すべきであると助言したが、拒否された。つまり未経験のまま、手術室で初めて器具を扱い小線源の埋め込み手術を執刀する計画を譲らなかったのである。

最初の執刀が近づいた時期に、岡本医師は成田医師から「患者が苦しんだときは、その時点で助太刀してくれればよい」と、言われたらしい。河内教授も岡本医師に対して、成田医師が執刀する未経験小線源治療に立ちあうように命じた。岡本医師が患者の人権侵害を理由に断ると、「論文もだせていないくせに」と罵った。

その後、塩田浩平学長がコンプライアンスと倫理的理由から、泌尿器科による小線源治療を中止させ23名の治療は岡本医師に委託した。

が、真相を知った患者らがモルモットにされたと怒りはじめた。岡本医師も、松末吉隆病院長に対して、説明義務違反を認め、患者に謝罪するように進言した。これに対して松末病院長は「泌尿器科の企ては劣悪であった」と認めながら、事件の隠蔽に走る。寄付講座の終了を宣言して、岡本医師を大学病院から追放する方向で動き始めたのである。

岡本医師は、寄付講座の特任教授に就任した時点で、大学病院の常勤職員ではなくなっていたので、寄付講座の終了と同時に失職することになる。岡本メソッドが医療現場から追放される危機が生まれたのだ。

それにもかかわらず岡本医師の治療が受けられることに望みを託した患者もいた。たとえば東京在住の山口淳さんである。山口さんは、地元の病院で高リスクの前立腺癌を宣告され、医師から素っ気なく、

「切ってさっぱりしましょう」

と、言われた。しかし、高リスクの場合、前立腺を摘出しても5年後の再発率は、50%から30%ぐらいある。前立腺癌をあまく見ていたのである。山口さんは帰宅するとインターネットで別の病院を探しはじめた。

山口さんと同じような道をたどった「待機患者」のうち、7人が大津地裁に治療妨害の中止を求める仮処分を申し立てた。岡本医師も申立て人に加わった。説明義務違反を問う裁判を起こした4人の患者を支援する患者会も、仮処分申立事件を支持した。

仮処分は認められ、岡本医師による治療は2019年11末までの5カ月間延長された。これにより結果的に、約50名の前立腺患者の命が救われたのである。

◆誹謗中傷という裁判戦術

高齢者を中心とした癌患者らが法廷闘争を2件も起こす大事件になったのは、そもそも成田医師らが、治療の選択肢として岡本メソッドがあることを説明しなかったことが原因である。患者が執刀医を選ぶ場合、海外でも認められている「神の手の持主」の選択肢がありながら、執刀経験ゼロの医師を選ぶはずがない。それゆえ成田医師らが故意に説明義務を回避したであろうことはほぼ明白である。

説明義務違反を問う裁判の中で、河内教授と成田准教授を擁護するために滋賀医大が取った戦略のひとつに岡本医師に対する誹謗中傷があった。最初、筆者は誹謗中傷は単なる敵愾心の露呈だと思っていたが、やがて裁判戦略であることに気付いた。岡本メソッドが実はごくありふれた治療であるという印象を流布させることで、患者に選択肢として岡本メソッドに関する情報を提供するには及ばないとする主張を展開するための布石だったのである。

そこでたとえば針検診(針を刺して癌細胞の有無を調べる検査)ができる医師であれば、誰でも小線源治療はできるという主張を繰り返した。尋問法廷で成田医師は、弁護士から岡本メソットの難易度を質問され、次のように答えている。

「はい。まあ、そんな事故が起こるような難しい治療なんていうことは全く思っておりません」

言外に自分にも岡本メソッドは実施できると主張しているのだ。

また、同じ脈絡の中で病院側は岡本メソッドによる合併症を過去にさかのぼって探り出そうとした。合併症の多い治療というレッテルを貼れば、患者に岡本メソッドの選択肢を示さなかったことが正当化できるからだ。

この目的を達成するために、松末院長が自ら先導し、目を覆う捏造とでっち上げを行った。過去に岡本医師が治療した患者の電子カルテを密かに閲覧したのである。朝日新聞(2019年11月19日)の報道によると、小線源治療で合併症が発生した可能性があると判断した20症例(21事例)のカルテのコピーを岡本医師や患者の許可なく16人の外部委員医師に送り、評価を依頼したのである。

そして外部委員からの評価に基づき直腸出血や血尿などが起きた13事例を「重篤な合併症」とする報告書を作成した。だが、外部委員による検討会は行われなかったという。外部委員が誰かも公開されていない。滋賀医大は、このいわくつきの報告書を裁判所に証拠として提出した。その中で、膀胱癌患者の出血を、岡本メソッドによる放射線性尿道炎などとするでっち上げの主張をおこなったりした。

ちなみにカルテの閲覧は、誰でも自由にできるわけではない。主治医と患者本人を除いてその権限はない。閲覧歴が残っていたために、このような病院の不正な裁判対策が発覚したのである。また、カルテを主治医や患者の許可を得ずに病院外へ持ち出すこともできない。

この件は、尋問法廷でも問題になり松末院長は、原告の井戸謙一弁護士から尋問され、結局、不適切な行為であったことを認めた。

「そうすると、件数からして、もう(注:閲覧数が)1000件以上になりますか」

「1050ですね」

「何人の、これはお医者さんがレビューされたんですか」

「そうですね」

「何人のお医者さんがレビューされたんですか」

「それは、トータルで10名以上ですね」

岡本メソッドに対する誹謗中傷は大学病院のウェブサイトでも行われた。松末病院長の名前で、前立腺癌の治療タイプ別の成績を示す比較データが掲載されたのだが、これが悪質な印象操作だったのだ。

そのデータによると高リスク前立腺がんの5年非再発率は、岡本メソッドが95.5%、弘前大学のダビンチ手術が97.6%、京都府立医大の通常の小線源治療が94.9%などとなっている。かりにこのデータに数字のトリックがないとすれば、岡本メソッドは特別な治療法ではなく、あえて治療の選択肢として説明する必要がないことになる。

ところが出典論文を調べてみると、比較対象となる患者背景がまったく異なっていたのだ。たとえば弘前大学の場合、平均観察期間は2年9カ月しかなく、97.6%というのは単に計算上の数字なのだ。しかも、この期間はホルモン療法(抗がん剤療法の類)の効果が持続しているので、再発はほぼありえない。これ以外にも岡本論文では比較の対象になった他の治療法と医療機関に比べて、圧倒的に悪性度の高い癌患者群を対象としていた。

このように滋賀医大は、岡本メソッドの評価を落とすことで、説明義務違反の認定を逃れる戦略に終始したのである。

◆論理が破綻した判決文

大津地裁は、肝心な部分について原告側の主張をほとんど認めた。たとえば泌尿器科独自の小線源治療と岡本メソッドの違いについては、「これらは質的に異なるものであって、補助参加人による小線源治療は、被告成田による小線源治療と選択可能な治療方法と位置付けることができる」と認定した。また、岡本メソッドによる合併症報告書についても、

「一定の根拠を伴って具体的な検証を示すものでない以上、医療水準として確立されているとの上記判断を左右するものではない」と判断している。このように岡本メソッドを誹謗中傷する戦略はことごとく失敗に終わった。

ではなぜ原告患者らが敗訴したのだろうか。それはまず、成田医師が執刀する場合も、放射線科の経験豊富な医師がパートナーになることに加えて、成田医師が岡本医師の支援が得られると考えていたことである。それゆえ故意の説明義務違反ではないという判断である。しかも、成田医師自身も「前立腺がん治療について経験豊富な泌尿器科の医師である」から、「大学病院で想定される医療水準」を満たさないとまでは言えないと判断したのである。職能の高い3人の医師相互の協働を前提とているので、岡本メソッドについて説明しなくても、一定の医療水準を維持できると判断したのである。

ところが、その一方で判決は、泌尿器科独自の小線源治療と、岡本医師との関係について、「医療チームとして質の高い治療を実現するという関係にあったと認めることもできない」と認定している。また、成田医師についても、「供述態度は、真摯に真実を述べる姿勢に欠けるものとして、その信憑性全体を滅殺するものというほかない」と認定している。要するに信用できない人間だと言っているのだ。これらの認定事実と判決理由がまったく噛み合っていない。

さらに2人の原告患者について、裁判所は説明義務違反を認めたが、「その経緯がどうであれ、結果として補助参考人の小線源治療を受けることができたのであるから」(判決)損害は発生していないと判断したのだ。

この判決を注意深く読むと、論理の整合性が破綻していることが露呈する。

松末病院長は次期学長と目されていたが、候補者からも外れ、滋賀医大を去った。現在は、民間病院に一般医師として勤務している。この病院のウェブサイトの経歴欄には、京都大学医学部卒とあるだけで、滋賀医大病院長などの輝かしい経歴は記されていない。記憶の削除。滋賀医大事件は、なかった事として闇の奥へ消し去られようとしているのである。

 

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