1. 浅野健一氏の『世界日報』寄稿――問われるジャーナリズムの整合性

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2026年06月15日 (月曜日)

浅野健一氏の『世界日報』寄稿――問われるジャーナリズムの整合性

本稿は、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『世界日報』にコメントを寄稿していた問題の続編である。前編で筆者は、浅野氏のコメント内容の問題点を指摘した。浅野氏は、同志社大学の教授がセクハラ報道により自殺に追い込まれた事件についてのコメントで、「通常犯罪の調査報道やめよう」と呼びかけていたのである。前編は、次のURLからアクセスできる。

■浅野健一氏と『世界日報』――統一教会機関紙への登場を検証する

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本稿では、あるひとつの事実を基にして、浅野氏の報道姿勢について検討する。浅野氏は、「一九八四(黒薮注:九月)に第一作『犯罪報道の犯罪』を出版した際、統一協会系の月刊誌『知識』から、『二百万円を提供するので、浅野さんの好きな取材をして連載を書いてほしい。その中に、戸塚ヨットスクールの報道被害を必ず入れてほしい』」という提案を受けた。(『紙の爆弾』、2024年10月号、浅野氏執筆)。しかし、この企画を断った。その後、同年11月21日になぜか同じ統一教会系の『世界日報』へ、「通常犯罪の調査報道やめよう」というコメントを寄稿したのである。

『知識』の企画を断ったのは、『紙の爆弾』の記述によると、浅野氏が統一教会の反社会性を認識していたからである。ところが、『世界日報』へのコメント寄稿には応じている。両方とも統一教会系の雑誌であるにもかかわらず、異なる扱いをしているのだ。

この点について浅野氏は、『紙の爆弾』への寄稿では何も書いていない。本来は、説明すべき事柄であるが。読者が最も知りたい点にほかならない。

以下、『紙の爆弾』の記事を引用しよう。浅野氏が『世界日報』へコメントした事実を念頭に置いて読んでみると、ジャーナリストとしての浅野氏の姿勢が輪郭を現わしたりにじんだりする。ジャーナリズムの真髄である真実の追求とはほど遠い印象を受ける。筆者には、浅野氏がどのような人物なのかさっぱり分からない。読者は、以下の記述を読んで何を感じるだろうか?

《一九八四年(黒薮注:9月)に第一作『犯罪報道の犯罪』を出版した際、統一協会系の月刊誌『知識』から、「二百万円を提供するので、浅野さんの好きな取材をして連載を書いてほしい。その中に、戸塚ヨットスクールの報道被害を必ず入れてほしい」という提案があった。私は原稿・講演を頼まれたら、応じるようにしているが、ヤクザと統一協会は受けないと決めている。

同志社大学の教授時代にも、学内に原理研があり暗躍していた。同大では入学式に学生自治会の学友会(ブンド系の伝統)の会長が新入生への挨拶で、「統一協会・原理研究会と日本共産党民主青年同盟には気を付けて騙されないように」と毎年言っていた。二階席から、毎年のように、民主青年同盟を誹謗中傷するな、と叫ぶ男性がいた。

山上氏の安倍氏への銃撃で、自民党と協会の癒着関係が明るみに出て、国政選挙のない「黄金の三年間」が、自民党の暗黒時代になった。ジャーナリズムの力が問われている。

『知識』は今も発行されているようだ。世界平和教授アカデミーの機関誌で、他に『世界平和研究』を発行している。カトリック中央協議会の声明によると、次のような系列紙(誌)があるとされる。

(世界日報、宗教新聞、新天地、週刊宗教、ファミリー、知識。また
次のメディア媒体も公言または報道等により、統一協会系であることが知られる(順不同)。思想新聞(機関紙)、中和新聞、ワシントン・タイムズ(米国)、世界日報(韓国、日本)。

二階俊博元幹事長は「政治家は支持者を選べない」と居直ったが、二階氏は「過激派」「オウム」の支援も受け入れるのだろうか。

※黒薮注:この発言は、2022年7月の 安倍晋三銃撃事件 の後、自民党議員と旧統一教会との関係が大きな政治問題になった際のものだと思われる

多くの自民・公明両党の議員たちが、統一協会系の雑誌・新聞を全く知らなかったと言っているのはウソだ。もし知らなかったら、その時点で政治家失格だ。私はネット検索がない三八年前に調べて、統一協会の誘いを拒否した。

政治家なら、それぐらいのチェックをすべきだ。そのために、秘書や事務所スタッフがいるのではないか。》

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統一教会による反社会的活動は、ウィキペディアによれば1978年ごろから顕在化したとされる。「先祖の因縁」や「たたり」を理由に、高額な壺や印鑑、多宝塔などを購入させられたという相談が、国民生活センターや各地の消費生活センターへ寄せられるようになった。共産党の『赤旗』も当時から統一教会を問題視していた。

『知識』は、世界平和教授アカデミーの雑誌である。世界平和教授アカデミーは、1974年に文鮮明の提唱で創設されたとされる。

 

【参考記事】報道は誰のための記録か――浅野健一氏の逆立ちした匿名報道論