2016年07月26日 (火曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者、秘密保護法違憲訴訟原告)

今回の参院選で改憲勢力が3分の2になった。既成マスコミは「与党圧勝」を伝え、改憲発議は不可避とのあきらめムードも1部に広がっている。でも、そうではない。昨年の違憲安保法制阻止で国会を取り巻いた市民運動の成果は確実に上がっているのだ。投票結果からそれを分析出来ない今の記者の力量にも、私は疑問を感じる。3年踏ん張れれば、……。市民グループはその間、どう闘うか、闘えるかである。

今回の投票結果を見て、一番改憲に焦りを強めているのは安倍晋三首相本人だという。自民党筋から流れて来た話だ。安倍氏が何故、焦っているのか。今回の獲得議席数を詳しく見れば、簡単に分かることなのだ。

◇自民党は安泰ではない

確かに今回の選挙で改憲勢力は3分の2を占めた。でもよく見れば、民主政権崩壊の影響をもろに受けた3年前の参院選自民圧勝の貯金である。獲得議席数で見ると、自民の前回は65。今回は56と9議席に減らしている。公明は、11から14。一方、民進(前回は民主)は17から32に増えた。共産は前回の8が今回は6。6年前の選挙より倍増したが、野党協力で候補者を減らした影響もあるだろう。

この選挙結果が3年後もそのまま続くと仮定すると、改憲勢力は再び3分の2を割り、発議は困難になる。改憲が悲願の安倍氏にとって残された期間は「この3年」と言うことになる。

本丸の9条は国民の抵抗感が強い。他の改憲から手を付けるかのではないかとこれまでも言われて来た。しかし、3年後からはさらに難しいとなれば、9条改憲が本丸と位置付ける安倍氏は9条以外の小手先の改憲で満足するかどうか。今後さらに強硬に出るかも知れない。

ただ、安倍氏が焦って強引に9条に手を付ければ、ボロも出る。護憲派には格好の攻めどころになるはずだ。衆院解散が何時あるかは分からない。しかし、次期参院選までの3年間が、護憲派政党や市民グループにとって、最大の踏ん張りどころ、正念場である。

◇比例区で選挙結果を分析すると・・・

選挙結果をもう少し詳しく見てみよう。党勢を計るには、地元の選挙事情で左右される選挙区投票結果より、比例区で見るのが一番だ。3年前の比例区自民得票率は34.68%が、今回は35.91%と微増。公明は14.22%が13.52%。一方、野党共闘の主要勢力の民進は、13.40%(当時民主)から20.98%と大幅に票を伸ばして突出。共産は9.68%が10.74%、社民2.36%が2.74%、生活1.77%が1.91%である。

今回参院選事前の朝日新聞グループ世論調査では、「自民、公明の与党と、民進などの野党とどちらの議席が増えた方がよいと思いますか」に「与党の議席が増えた方がいい」が41%、「野党が増えた方がいい」は42%と均衡。

「自民、公明党など憲法改正を進めたい政党が勝って、改正を発議して提案するのに必要な3分の2の議席を確保した方が、よいと思いますか」には、「思う」が35%に対して、「思わない」が47%と、大幅に上回っていた。

この3年間、民進が支持率を増やせるような何らかの政治的成果を挙げたと感じる人はほとんどいないだろう。民進の得票・議席の増加は実力、党独自の努力ではない。安保法制阻止で国会前に集まった人々に代表される「改憲」に慎重な意見を持つ無党派層の風を受けた結果である。旧社会党の流れを汲み、護憲無党派層の風を今でも受けられる民進は、やはり「腐っても鯛」であることを実証したのも、今回の参院選と言えるだろう。

自らの候補者を降ろしてでも、1人区で野党共闘を主導した「志位共産」に、私も敬意を表する。今回の一人区は確かに11勝21敗と負け越しにはなったが、前回の2勝29敗(前回は31選挙区)に比べ、はるかに改善した。志位氏の功績である。

ただ、これまでも言われたことだが、共産には「得票率10%の壁」がある。今回の選挙でもその壁を大幅に打ち破ることは出来なかった。なら、今後の選挙で、平和憲法を守り抜くには、それぞれ利害がぶつかる政党主導ではなく、市民グーループが主導権を握り、共通マニフェストを作って野党共闘の枠組みを維持し、それをさらに進化させられるか否かがカギとなる。

◇若年層の保守化など3つの課題

一つ目の課題は、昨年の違憲安保法制成立時に国会包囲で見せつけた市民のエネルギーを維持し、今後もその力を機会あるごとに安倍政権に見せつけられるかどうか、である。

市民グループが自然発生的に起こした活動は、これまで下火に見えた護憲勢力の地下水脈が今でも脈々と流れていることを如実に示した。結集軸さえ見つかれば多くの人は集まる……。バラバラだった「平和憲法を守りたい」とする人々の心を一つにし、自信を植え付けた。次回参院選の3年後まで、結集軸をより太くし、安倍政権に見せつけ続けることが、9条改憲発議を与党側に思いとどまらせることにつながる。

二つ目は、若い人へのアピールである。年代別に見ると、若い人ほど改憲派に投票し、年代が上がると護憲派の比率が増える。朝日の出口調査では、自公両党に投票した割合は20代が最も高かった。今回の選挙で初めて選挙権を与えられた18、19歳についてみても、改憲派の自民40%、公明10%、おおさか維新8%に対し、民進17%、共産8%に留まっている。

しかし、若い人たちが、平和憲法成立の歴史的経過や戦後70年以上、少なくとも日本で直接の戦死者を出さなかった意義について、どこまで正確に認識して投票に行ったのか。そもそも自民の改憲案をまともに読んだ人はほとんどいないのではないか。シールズの登場が安保法制阻止で高年齢層に活気を与えたが、シールズに限らず市民グループが、若い人に現行憲法を知ってもらうために何をするか、出来るかである。

3つ目は、実は一番肝心なことだが、野党共闘に中心になる民進への対応である。民進は、政権を取ったことで露呈した通り、寄り合い世帯。出身母体の損得勘定、政見、政策も議員ごとにバラバラである。隠れ改憲派も多数いる。

市民グーループせっかく民進の尻を持ちあげて3年後当選させても、隠れ改憲派に寝返りされ、やすやすと改憲に向かって進むことになれば、何のための野党共闘選挙かと言うことになりかねない。

◇想像以上に弱い電力総連の集票力

護憲市民グルーブは、脱原発とセットで護憲を主張するところが大半だ。民進はその配慮も働いて、この選挙のマニフェストに何とか「2030年代原発ゼロ」を盛り込んだ。しかし、産経新聞は民進の有力支持団体、連合傘下の電力総連との溝を伝えている。

電力会社に働く労組員で構成する電力総連は、会社側と軌を一にして「電力安定供給に原発は不可欠」との立場だ。記事によると、参院選公示日直前の6月17日、「九州電力総連」の定時大会で、比例区で立候補した民進現職、電力総連顧問の小林正夫氏は、「民進党の小林ではなく、電力グループの代表として推してほしい」と訴えたというのだ。発言に先立ち、九州電力総連会長も「参院選は組織の力量を示す選挙。政党名は関係なく、個人名を書く選挙と割り切ってほしい」と呼びかけた、とされる。

確かに小林氏は個人名で27万票余りを集め、民進比例区候補の中でトップ当選を果たした。しかし、この票だけでは小林氏の当選はおぼつかない。民進は政党名で875万票も集めていて、その票によるところが大きい。

つまり、電力総連の集票力はせいぜいこの程度なのだ。電力総連が民進を支えたのではなく、「民進」と言う名前のブランド力に支えられて小林氏が当選させてもらったに過ぎない。「民進」と書いた人の多くが護憲・脱原発の民進マニフェストによるものだとしたら、小林氏は今後の議員活動においても、原発存続を主張することは本来、許されない。でも、「電力グループの代表」を自負する小林氏は、今後も脱原発で議員活動をすることはないのだろう。

◇荒療治が不可欠な民進党

電力総連に限らず、与党、野党の双方に息のかかった議員を送り込み、企業・組織の既得権を守ろうとするところはいくらでもある。今の民進はその温床として利用されている面も少なくない。
しかし、そんな民進候補なら市民グループの方から願い下げにすればいい。野党共闘の応援対象からさっとと手を引けば、民進は前回の17議席に逆戻りする。今回、何とか党勢衰退に歯止めをかけることが出来たのは誰のお蔭か、身に染みて知ったはずだ。反転攻勢には市民グループの力がより必要だから、その政策提言は無下には断れない。「護憲・脱原発」を本当に目指す政党に再生させるには、民進の分裂も恐れない荒療治は不可欠なのだ。

電力総連に限らず、市民グループの主張と相いれない組織内候補の切り捨てを迫れば、民進はいくらかの票を減らすだろう。でも、小林氏は民進にいてこそ、電力会社労使にとって存在価値がある。自民に鞍替えを臭わせて揺さぶりをかけても、当選はおぼつかないだろうし、放置すればいいだけだ。

◇消えぬ民進党に対する不信感

今回選挙の投票率は54.70%。前回に比べて2.09ポイント上回ったものの、過去の参院選と比較すればまだまだ低い水準だ。議員ごとにバラバラで空中分解した政権時代に懲り、無党派層には「せっかく票を入れても、どんな政策に実行されるか分からない」と民進に不信感がある。今回の選挙でも、与党の暴走を止めたいと思いながらも、実際に投票所に足を運ぶことをためらった人も多いはずだ。

もし、隠れ改憲派や原発推進派が去って、「民進は本当に一体」との信頼が今回の参院選であったなら、無党派層をもっと投票所に足を運ばせることが出来たはず。それで投票率はあと2-3%上げられれば、組織票の減った分は十分カバー出来、今回の選挙結果は大幅に変わった。暗ければ暗いほど、明けない夜はない。「3年後」を目指し、「平和憲法を守りたい」市民グループが、やるべきことを果敢に実行するのは、今なのだ。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。フリージャーナリストによる特定秘密保護法違憲訴訟原告。

 

【訂正】
 25日付けの記事「福岡などを舞台とした「障害者郵便制度悪用事件」の発覚時、博報堂九州支社長を務めていた井尻靖彦氏が日本広告審査機構(JARO)の事務局長を務めている実態」に訂正箇所がありました。
 
 井尻靖彦氏の九州支社長在職の期間を2010年4月までの2年と書きましたが、これは誤りでした。また、「鳩山邦夫」総務大臣を「鳩山由紀夫」総務大臣と記しました。訂正すると同時に、鳩山由紀夫氏の写真は削除しました。
 関係者にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

2016年07月25日 (月曜日)

福岡などを舞台とした「障害者郵便制度悪用事件」の当時、博報堂九州支社長を務めていた人物が公益社団法人・日本広告審査機構(JARO)の事務局長を務めていることが分かった。事務局長を務めているのは、博報堂の九州支社長などを歴任した井尻靖彦氏である。

JAROは、広告代理店や広告主からなる民間の自主規制機関で、ウェブサイトによると、次のような活動を展開している。

今日まで、消費者に迷惑や被害を及ぼすウソや大げさ、誤解をまねく広告を社会から無くし、良い広告を育む活動を行っています。消費者からの苦情や問い合わせをもとに、JAROは公平なスタンスで広告を審査し、問題のある場合は広告主へ広告の改善を促しています。

◇問題の縦長広告

7月20日付けのメディア黒書で、「博報堂が制作した不可解な新聞広告、前代未聞『世界初』のレイアウト」と題する記事を掲載したところ、JAROの見解を知りたいという要望が寄せられた。この時点で筆者は、博報堂の井尻氏がJAROの事務局長であることを知った。

発端となった記事の全文は次の通りである。

■「博報堂が制作した不可解な新聞広告、前代未聞『世界初』のレイアウト」

記事の内容を簡潔にいえば、本来、横方向にレイアウトしなければならない長方形の新聞広告を、縦方向に割り付けして、広告料金75万円を請求したというものである。広告主のアスカによると、この重大ミスの報告はなく、気がついたのは今月になってからだという。過去の取引を検証する作業の中で分かったのだ。

もっとも広告の割り付けは、西日本新聞が行ったのであるから、責任の一部は同社にもあるが、博報堂は縦方向の広告を作成しなければならなかった。重大なミスである。

◇騙しの手口

日本経済新聞の「会社人事」によると、井尻氏は、2008年4月1日付けで博報堂九州支社(福岡市)の支社長に就任している。

■人事の裏付け①

この時期、福岡市などを舞台に博報堂グループが関与していた歴史的な経済事件が発覚する。いわゆる「障害者郵便制度悪用事件」である。

この事件は、一定の条件をクリアーした郵便物に対しては、通常よりも低料金で郵便物を発送できる制度を悪用したものである。たとえば、ウィキペディアによると、重量200グラムの書籍を郵送する場合にも、この割引制度を利用すると、通常の送付に比べて、次のように送料に違いが生じる。

①通常料金:240円
②第3種郵便物:84円
③心身障害者用低料第三種郵便物:30円

障害者郵便制度悪用事件は「③」を悪用した事件だった。
手口は単純で、障害者団体とされる組織「凛の会」(後に「白山会」)が、厚生労働省に障害者団体の証明書を発行させる。それを根拠として、「凛の会」は、「③」を行使する権利を得る。同時に広告代理店を通じて、この制度を利用するクライアントを募る。募りに応じたクライアントの宣伝媒体(DMやカタログなど)を、凛の会の出版物ということにして、激安で発送する。

◇関係者の顔

この偽装工作の営業活動を展開していた主要な広告代理店は次の通りである。

①博報堂エルグ(本部・福岡市)

②広告代理店・ペン

③ウイルコホールディングス

一方、クライアントになった主要な企業は次の通りである。いずれも逮捕者を出した会社である。

①大手家電量販会社・ベスト電器

②健康食品通販会社・キューサイ

③紳士服販売会社・フタタ

④伊藤忠紙パルプ九州支店

興味深いことに①から④は、全て福岡を拠点とする会社である。さらにこの事件に関与して逮捕者を出した博報堂エルグも福岡に本部を置く。

◇鳩山総務大臣が博報堂九州支社の関与を指摘

当然、井尻氏が支社長を務めていた博報堂九州支店と博報堂エルグの関係はどうだったのかという点が関心事になるが、これについては、メディアは言及していない。ただ、当時の総務大臣・鳩山邦夫氏は、2009年6月2日の記者会見で、博報堂九州支社の責任について次のように言及している。

博報堂は立派な会社だと思うけれども、博報堂エルグが逮捕者を出し、しかも入金だか送金だかの関係では博報堂本体も絡む、かかわっているのですよ。今回の低料第三種郵便のあの大不正事件ですよね。

博報堂の抱えている博報堂エルグのみならず博報堂本体の九州支社が関与していた。博報堂本体自体が、九州支社ということですが、関与していたにもかかわらず、悪いことをしたのはといって、逮捕起訴されているのは子会社であるから、博報堂をこれからも使い続けるということを横山専務は各事業会社に通達をしていると。これは極めて遺憾、不正義であると断じたいということでございます。

■記者会見の全議事録

井尻氏は事件が進行していたころの博報堂九州支局の支社長だったのである。その前の支社長は川上裕氏(2010年4月1日付けで執行役員を退任)である。

◇「博報堂側の提案を断った」

アスカは、明確な日時は特定できないとしながらも、博報堂側から、事件が発覚する前の時期に心身障害者用低料第三種郵便物の制度を使うように勧誘されたことがあるという。

「数十円で発送が可能になるので情報誌の発送コストが大きく下げられるという提案を受けたことがあります。当事、弊社は90円台のヤマトメール便で情報誌を発送していたのですが、DMは8ページ程度の圧着シール形式でページ数が取れないこと、情報誌は200ページのボリュームがあることなどを理由にその場で断りました。それ以降、提案はありませんでした。」

これに対する博報堂側の主張は、同社が取材を拒否しているので紹介しようがない。

郵政事件が発覚した当時の九州支社長である井尻氏がJAROの事務局長を務めている事実をどう評価すべきなのだろうか。障害者郵便制度悪用事件は不可解な部分が多く、まだ全容は解明されていない。

JAROは広告代理店や広告主が関与していた障害者郵便制度悪用事件を再検証すべきだろう。そこからアスカを舞台とした今回の事件も見えてくるのではないだろうか。

 

【訂正】
 25日付けの記事「福岡などを舞台とした「障害者郵便制度悪用事件」の発覚時、博報堂九州支社長を務めていた井尻靖彦氏が日本広告審査機構(JARO)の事務局長を務めている実態」に訂正箇所がありました。
 
 井尻靖彦氏の九州支社長在職の期間を2010年4月までの2年と書きましたが、これは誤りでした。また、「鳩山邦夫」総務大臣を「鳩山由紀夫」総務大臣と記しました。訂正すると同時に、鳩山由紀夫氏の写真は削除しました。
 関係者にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

2016年07月24日 (日曜日)

  ラテンアメリカ文学といえば、日本ではコロンビアのノーベル賞作家、『百年の孤独』(新潮社)の著者、ガルシア=マルケスが最もよく知られてるが、海外では『世界終末戦争』(新潮社)の著者、バリガス=リョサも同様に高い評価を受けている。

この作品を通じて、「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を鮮烈なイメージで描いた」としてバリガス=リョサも、2010年にノーベル文学賞を受賞している。ラテンアメリカで6人目の受賞者である。

前世紀までのラテンアメリカの政治を象徴するキーワードといえば、「軍事政権」である。ラテンアメリカは、軍隊を持たない中米・コスタリカのような例外はあるとはいえ、軍部が強い政治力をもつ地域だった。

◇収奪された大地

これに対抗するように、各地でゲリラ活動の火がくすぶっていた。軍事政権と左翼ゲリラの対決構造があったのだ。この作品には、なぜラテンアメリカ諸国で内戦が絶えなかったのかという問いの答えがある。

しかし、『世界終末戦争』は1990年ごろまで頻繁に見られた軍事政権と左翼ゲリラの対決を小説化したものではない。それよりもはるか前の時代、1896年にブラジルの奥地で起こったカヌードスの反乱をモデルにした作品である。これは、狂信的な宗教集団と政府軍が衝突を繰り返した事件である。

ブラジル奥地に生まれた原始キリスト教の共同体。人々は理想郷の実現を唱える宗教リーダーにひかれていく。ラテンアメリカの大地がスペインによって収奪された後、征服した者と制服された者の間には、完全に断絶された2つの世界が出現していのだが、この部分に異議を唱え、反旗を掲げたからである。

征服者はみずからの利益を守る政府を打ち立て、被征服者は「近代化」から完全に取り残された。西洋の光と新大陸の影が鮮明に対比したのだ。こうした状況のもとで、平等や自由の旗を掲げた理想郷を唱える宗教リーダーの存在は人々の心を狂信的に捉えた。

まったく同じ構図が前世紀に見られた政府軍と左派ゲリラの間にも存在した。

ラテンアメリカは古代と近代が共存していると言われてきた。もちろんこれは比喩的な言い方なのだが、前世期まで著しい社会格差があったことは紛れのない事実である。

たとえば内戦中のエルサルバドルで、FMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)の解放区で、ボランティアとして働いた米国人医師が次のような趣旨の報告をしている。

「私がゲリラ兵になぜ、FMLNに加わったのかを尋ねたところ、自分の体験を話してくれました。自分はもともと地主の家にやとわれていた。仕事のひとつに番犬の世話があった。自分は番犬のところに毎日肉を届けた。しかし、自分が肉を食べたことはほとんどない。番犬が病気になると獣医のところへ連れていき診察させた。しかし、自分の子どもが病気になったときは、薬を買ってやることもできなかった。こうした実態を見なくては、本当の暴力とはなにかが分からない」

『世界終末戦争』は、つい最近までラテンアメリカの現実だった。
まもなくオリンピックを迎えるブラジルは、未だに「古代」と「近代」が共存している国である。「古代」の人々をカメラの餌食にしてはいけない。

2016年07月23日 (土曜日)

「スラッパー」は日本で生まれた造語である。語源は、英語のslapp(Strategic Lawsuit Against Public Participation)、日本では広義に「恫喝訴訟」、あるいは「口封じ裁判」などというニュアンスで使われている。

スラッパーの代表格としては、たとえばサラ金の武富士がある。今世紀の初めに武富士は、同社に批判的な記事を書いたジャーナリストらに対して次々と高額訴訟を起こしている。が、武富士はことごとく敗訴する。

その後、一時的にslappは下火になったが、再び社会問題として浮上した。現在では、安易に個人をねらい打ちする高額訴訟の提起が続発している。

日本の名誉毀損裁判の法理では、記事を書いたライターの側に、その内容の真実性、あるいは真実相当性を立証させることを義務づけているために、訴えた側が圧倒的に優位になる。その結果、名誉毀損裁判を起こして相手の言論を封じるのが、もっとも手っ取りばやいメディア対策になっている。しかも、原告は勝訴して、高額な賠償金を獲得できる可能性がある。

訴訟ビジネスを展開する弁護士にとって、slappはビジネスの機会だ。

周知のように東京都知事選の野党統一候補になっている鳥越俊太郎氏が、21日、「『女子大生淫行』疑惑」と題する記事を掲載した『週刊文春』(7月28日)の編集人を刑事告訴した。容疑は、公選法違反と名誉毀損である。

民事訴訟ではなく、刑事訴訟によって、言論人が言論の封殺に走ったのだ。

◇代理人弁護士も武富士から鳥越へ

鳥越氏の代理人を務めるのは、かつて武富士の代理人を務めた弘中惇一郎弁護士(自由人権協会)らである。

問題になっている記事の中では、大学名やゼミが匿名になっているが、取り調べの中で、大学関係者は真実を語るだろう。

しかし、鳥越氏の「白黒」は別にして、最大の問題はジャーナリストが司法制度を利用して、メディアをつぶしにかかっている点である。鳥越氏のように著名で、しかも優れた筆力があれば、司法に解決を委ねるまでもなく、反論できると思うのだが。

鳥越氏は、過去にも同じように司法を利用した言論封じを試みている。ジャーナリストの寺澤有氏が『フライデー』に鳥越俊太郎氏のスキャンダルを書いた際、「肖像権侵害」などを理由に妨害にでたらしい。

◇人選を誤った野党

そもそもわたしは鳥越氏は東京都知事選に出馬すべきではなかったと思う。オーマイニュース(OhmyNews)の初代編集長として際だった実績もないまま、辞任しているし、すぐれた調査報道の実績もない。同じように新聞社の出身者といっても、たとえば本多勝一(朝日)氏、本田靖春(読売)氏、斉藤茂男氏(共同)らには実績がある。

テレビの人気者であったことは間違いないが、それが政治の手腕に長けていることにはならない。

出馬を取り下げた宇都宮健児氏の方が、はるかに職能が高い。宇都宮氏は弁護士であるから、都民のための条例制定も容易に制定することができる。知事にもっともふさわしい人だったが、なぜか野党は鳥越氏を担ぎ出した。

野党は人選の段階から誤っていたのである。

 

2016年07月22日 (金曜日)

博報堂に対して繰り返し取材を申し入れているが、今のところ応じる気配はない。21日も広報部に取材を申し入れたが、係争中を理由に断られた。どうやら取材には応じないという社の方針があるのではないか。

取材対象の事件は、博報堂とアスカコーポレーションの係争である。昨年の12月に博報堂がアスカコーポレーションに対して約6億円の損害賠償を起こしたのに対して、今年5月、アスカコーポレーションも逆に約15億円の過払い金の返済を求めて提訴した。

その中で放送確認書のCMコードが非表示になっている事実や、博報堂がテレビ局に代って放送確認書を代筆していた事実、それに不可解な見積書の存在などが輪郭を現わしたのである。

◇『ZAITEN』から『紙の爆弾』まで

わたし以外の記者も博報堂から取材を拒否されているようだ。博報堂とアスカコーポレーションの係争を記事にした紙媒体は、これまでのところ『ZAITEN』(5月号)、『月刊TIMES』(6月号)、『週刊実話』(6月30日)、それに『紙の爆弾』(7月号)の4社だが、取材拒否に関して、それぞれ次のような記述がある。

原告である博報堂は本誌取材の申し込みを拒否した。(ZAITEN)

  筆者は本稿執筆にあたってS氏本人にも取材を試みたが、同氏の回答は「全て本社博報堂の法務部に任せているので、そちらにお聞きください」だった。(紙の爆弾)

 博報堂からは筆者の質問に対し、原稿締め切り時間までに回答がない。(TIMES)

 なお、これらの内容を確認したい旨を博報堂広報部へ申し入れたが、係争中を理由に拒否された。週刊実話)

博報堂は明らかにメディアの取材を嫌っている。

◇「事前御見積書」の怪

わたしはこれまでに博報堂に対して繰り返し書面や電話で取材を申し入れてきた。21日は、取材したいテーマを2点に絞って伝えた。放送確認書の中に博報堂がテレビ局に代って代筆したものが多数存在するので、その経緯を教えてほしいという点がひとつ。他のひとつは、見積書の日付けが後付けになっている疑問である。

まず、まず博報堂がテレビ局に代って代筆した放送確認書が存在する事実から説明しよう。改めて言うまでもなく、放送確認書は、テレビ局がCMなり番組を放送した後、みずから発行するものである。代筆はあり得ない。ところが博報堂が代筆した放送確認書が数多く存在するのだ。

次のPDFがその証拠である。朝日放送のものだけでも、少なくとも22枚ある。

■代筆放送確認書の証拠

2つめの取材点は、見積書が後付けになっているものが大量に存在する事実である。「見積書が後付けになっている」と言われても読者はピンとこないかも知れない。そこで実例を上げて説明しょう。

博報堂が発行した次の見積書の「赤→」の箇所に注意してほしい。


発行日は5月31日になっている(①→)。次にCMが放送された月日に注視してほしい(②→)。たとえばモーニングバードという番組枠の中で、5月4日、11日、18日、25日にCMを放映することが明記されている。

読者はこの見積書の異常さが理解できるだろうか?本来、見積書はCMを放送する前に提示しなければならない。上記の例で説明すれば、5月4日、11日、18日、25日より先の時期、おそらくは少なくとも1カ月前の4月中に提示しなければならない。

ところが実際はそうはなっていない。「①→」が示すように、博報堂は5月31日に、5月に放送する予定の番組の見積書を提示しているのである。これ自体が尋常ではない。矛盾している。

当然、アスカとしては、5月4日、11日、18日、25日に本当にCMが放送されたのか、確認の方法がない。特に遠方のローカル局のCMなどは、確認が極めてむつかしい。

この問題についてアスカを取材したところ、やはりわたしと同じ懸念があり、事前に見積書を提出するように博報堂に申し入れていたという。それに応えて博報堂は、「事前御見積書」を発行したこともあるという。次に示すのが証拠だ。

見積書は、事前に発行するものであるから、「事前御見積書(2009年4月30日)」を発行したこと自体、それまでは事前に「見積書」を発行していなかった証である。

が、その後の年度の見積書を検証したところ、やはり従来通りの後付け「見積書」になっている。その結果、膨大な数の後付け「見積書」が存在するのだ。

◇2人のキーパーソン

さて、放送確認書がテレビ局以外の人力で代筆されていたり、放送確認書にCMを放送したことを立証するCMコードが記載されていないものが多数存在する事実が一極にあり、他方に後付けの見積書が発行されていた事実は、何を示唆するのだろうか。

改めていうまでもなく、それは後付け「見積書」に「予定」として明記されていたCMや番組が架空であった疑惑である。つまり放送されていない疑惑である。放送されていないゆえに、代筆された放送確認書が存在したり、CMコードが無表示になった放送確認書が存在する可能性である。

わたしが取材により博報堂に確認したいのは、この点なのである。

一方、アスカによると後付け見積書の謎は、博報堂の担当者とアスカの南部社長の関係を検証することで見えてくるという。

両者はおそらく法廷で本人尋問に立つことになるだろう。両者が事件の真相を解明するためにキーパーソンであることは間違いない。どちらが欠けても、事件の全容は明らかにならない。

2016年07月21日 (木曜日)

「ユビキタス社会」という言葉をウィキペディアは、次のように説明している。

「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」がコンピューターネットワークを初めとしたネットワークにつながることにより、様々なサービスが提供され人々の生活をより豊かにする社会である。

「いつでも、どこでも」とはパソコンによってネットワークにつながるだけでなく、携帯情報端末をはじめ屋外や電車・自動車等、あらゆる時間・場所でネットワークにつながる事であり、「何でも、誰でも」とはパソコン同士だけでなく家電等のあらゆる物を含めて、物と物、人と物、人と人がつながることである。

IT技術の発達がもたらす利便性を象徴する内容である。「ユビキタス社会」の方向付けは、すでに国策として定着しており、数年前までは民主党や共産党の議員らが国会の場でも、電磁波にはリスクがあるとの観点から、一定の規制を求める動きをみせていたが、最近は沈黙してしまった。

ユビキタス社会の波にかき消されてしまったのである。

その結果、雨後の竹の子のように、日本列島のいたるところに携帯基地局が設置され、地下鉄車内の「優先席」でも、メールの交信ができるようになった。知らないうちに、自宅にスマートメーターが設置されていることに住民が気づいて、トラブルになるケースも増えている。

◇深刻な生活圏の縮小

名古屋市に住む高山聡さん(仮名)は、電磁波被曝から「避難」するためにまもなく新しい住宅に引っ越す。最初に賃貸アパートで2年、それから新築した自宅で7年のあいだ携帯基地局から発せられるマイクロ波を被曝し続けた。そして電磁波過敏症を発症したのである。

「田舎に引っ越すことも考えましたが、コンクリートのジャングルの中で、電磁波の『陰』になる場所を探して住む方が得策だと思い、名古屋に留まることにしました。田舎に行っても、結構、大きな電波塔が建っていますからね。いまや平穏に生きられる範囲が極端に限定されてきました」

電磁波過敏症は、電磁波が人体に反応してさまざまな障害を引き起こす障害である。動物の神経細胞は微弱な電気で制御されているわけだから、当然のことである。抵抗力の弱いひとは、障害を受ける。

北欧の一部の国を除いて、公的機関による電磁波過敏症の救済は行われていないが、客観的に存在する人体の障害である。重症になると、電磁波が強い都市部での生活が困難になる。事実、電磁波過敏症になり、人里はなれた山中で暮らしているひともいる。

◇電磁波過敏症を発症するまで

高山さんが訴えている症状は次のようなものである。

・頭痛・眼痛・めまい・不眠・気力の低下・味覚異常

症状が出始めたのは、5、6年前だった。イヤホンを設置しなければ、スマホが使えなくなった。最初の自宅を新築する際には、建築士に電磁波対策を相談した。近くに大きな基地局があったからだ。

相談相手は著名な建築家だったが、「コンクリートの壁にするので電磁波の問題は起こらない」と、言われた。その言葉を信じて、場所を変えることはなかった。

高山さんは自分が電磁波過敏症になっていることを自覚する前、病院を転々とした。しかし、医師のあいだにも、電磁波過敏症の認識がない。

「電磁波過敏症を発症していることを最初に自覚したのは、美容室に設置してあるwi-Fiがきっかけです。この美容室へ行くたびに体調が悪くなっていました。美容室を出ると楽になります。そのうちに美容室のwi-Fiが原因だと確信したのです」

最初の自宅で生活しているあいだに、どんどん電磁波過敏症の症状は重くなり、とうとうシールドクロス(電磁波を遮断するための金属が埋め込まれた布)の蚊帳に入らなくては眠れなくなった。

実際、筆者が高山さんを取材した際に、高山さんは黒いシールドクロスの帽子をかぶっていた。シールドクロスの帽子をかぶらなければ、1時間後には身体が耐えられなくなるという。

が、日本には相談の窓口がどこにもない。

◇進行するプロパガンダ

もちろん、電磁波のリスクについて他人に話しても、まったく相手にしてもらえない。

「最近、仏舎利で有名な日泰寺の参道近くにも、大きな基地局が設置されました。そこでこの寺の参道沿いで商店を開いている知人に電磁波のリスクを説明したのですが、深刻には受け止めてもらえませんでした」

多くの通学生や観光客が往来する場所であるにもかかわらず、電磁波にリスクがあることすら知らされていない。欧米では、当たり前に設置が自粛される場所に、日本では制限なく基地局が設置されるのだ。電磁波のリスクが認識されていないからだ。

その背景には、メディアがこの問題を報じないことが大きい。ソフトバンクなどの通信会社が、次から次へとテレビCMを放映すると、CMに経営を依存しているテレビ局としては、電磁波問題の報道を控えざるを得なくなる。

その結果、電磁波は安全という誤った認識が広がってしまう。しかも、そこにユビキタス社会の利便性がPRされると、携帯電話やスマホが巨大市場になる。一種のプロパガンダが進行しているのだ。

しかし、海外では電磁波に関する考え方は大きく変化している。かつては周波数が低い電磁波に関しては、リスクが少ないという見解が主流を占めていたが、最近は、ガンマ線やX線はいうまでもなく、低周波を含む放射線(電磁波)全体にリスクがあるという考えがほぼ定着している。

電磁波は肉体の痛みを伴わない。それゆえに容易にはリスクが認識できない。しかし、それがダメージを受ていないということにはならない。遺伝子レベルでは影響を受けている。実際、ガンの発症数は、右肩あがりに増えている。

「ユビキタス社会」のメリットと電磁波のリスクではどちらが重いのか、再考する必要がある。

2016年07月20日 (水曜日)

新聞のテレビ欄にレイアウトされた奇妙な広告。もともとは横長の長方形の広告なのに、それが新聞紙面上で縦にレイアウトされているので、読者は顔を横に寝かせるか、新聞紙面を反転させなければ、広告のキャチフレーズが読みにくい。写真で紹介されている商品も横転しているよう見える。

この爆笑を誘う前代未聞の広告が掲載されたのは2012年11月15日付け西日本新聞である。広告のクライアントであるアスカコーポレーションが言う。

「確かに弊社が西日本新聞に広告を掲載するように博報堂に依頼しましたが、その後、このような広告が掲載されていたことには気づきませんでした。通常、広告を出したときは、掲載紙が送られてくるのですが、その記憶もありません。こんな広告を掲載すると、読者は『この会社はバカか』と思うでしょう」

広告を制作したのは、博報堂である。次のPDFが問題の広告である。左下の細長い広告、「世界初」の箇所に注意してほしい。

■問題広告の出典

◇「見積書」も後付の前代未聞

博報堂がアスカに送付した「見積書」によると、この広告の価格は75万6000円。

■出典の見積書

奇妙なことに、広告の掲載日は11月15日であるが、「見積書」が発行された日付けは、それより後の11月30日である。本来、見積書は広告掲載日よりも前に提示して、クライアントの許可を得なければならないが、後付けの「見積書」になっているのだ。これについては、現在、原因を取材しているので、今後、詳細を報告する機会があるかも知れない。

◇西日本新聞の見解

念のために西日本新聞の「お客様センター」と広告担当者に事情を尋ねてみた。お客様センターの電話に対応した女性は、次のように話している。

新聞社:「今日はじめてこんなのを見ました(笑)」

筆者:「博報堂がやった広告なんですけど」

新聞社:「ああ、そうなんですね」

筆者:「これだけなんでしょうか。他にも同じようなものがありますか」

新聞社:「いえ、わたしも今日はじめてみました」

一方、広告担当者は次のように話す。

新聞社:「テレビ欄のページはレイアウトが決まっています」

筆者:「そうすると本来はタテの広告を制作する必要があったということですね」

新聞社:「横だと読みにくいので、基本はタテですね。」

◇職能の問題

この奇妙な広告が制作された時期、博報堂はアスカに40名近い人員を送り込んでいた。しかし、調査により現在までに確認できた当時の正社員は、現地採用も含めるとたった2名だけで、名刺は博報堂のものを使っていたものの、クリエータとしての職能が不十分な非正社員が多数混じっていた可能性が高い。

その結果、前例のない奇妙な広告を掲載する事態になったと思われる。

【参考記事】

【産経】津波記録誌で「怠慢」編集 岩手県大槌町、東北博報堂との契約解除

【毎日】入館者数水増し 県の施設で管理委託グループが4年間で2380人分 /岩手

【メディア黒書】写真で見る博報堂によるデータの流用(パクリ)① メディア黒書が内部資料を入手

2016年07月19日 (火曜日)

南北のアメリカ大陸をつなぐ地峡の小国・ニカラグアは、19日、37回目の革命記念日を迎える。37年前、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)とニカラグアの人々は、ラテンアメリカ史の中でも最も残忍非道な独裁政権のひとつだったソモサ王朝(親子3代約40年)を倒したのである。

ラテンアメリカのメディアによると、17日には、「歓喜の日(Dia de Alegria)」のパレード(冒頭写真=出典Voz de Sandinismo)が行われた。「歓喜の日」は独裁者ソモサが、マイアミに亡命した日を記念する祝日である。37年前の早朝、三代目ソモサはヘリコプターで空港へ移動し、そこから自家用ジェット機に乗って米国のマイアミへ亡命したのである。その後、パラグアイで何者かに暗殺された。

しかし、ニカラグアの人々の歓喜は続かなかった。FSLNが首都を制圧してまもなく、ニカラグア上空に米軍の偵察機ブラックバードが現れ、猛スピードで飛行しながら、ニカラグア全土の航空写真を撮影して持ち帰ったのである。

◇亡命者の視点

それから米国レーガン政権は、ニカラグアの隣国ホンジュラスを、米軍基地の国に変え、傭兵に軍事訓練をほどこし、新生ニカラグアの攻撃に乗りだしたのである。ニカラグアは、以後、10年のあいだ泥沼の内戦状態に突入する。

わたしが初めてニカラグアを取材したのは1985年である。大学を休学して現地に足を運んだ。その後、取材の範囲をエルサルバドルとグアテマラにも広げた。これら両国でも、ニカラグアとよくにた構図の内戦が激化していた。

1987年からはメキシコに在住して、断続的に中米紛争を取材した。メキシコは、他のラテンアメリカ諸国からの亡命者(たいていは軍事政権に迫害された人々)の受け入れに寛大な国で、彼らがラテンアメリカ諸国の内戦をどのように見ているかも知ることができた。

わたしは亡命者たちの言葉を記憶に刻んだが、その中で最も印象に残っているのは、グアテマラから亡命してきた医者が呟いた次の言葉だった。

「ニカラグアの人はみんな詩人ですよ」

◇詩人のイメージ

この医者がメキシコに移り住んだのは、1970年代である。軍事政権の迫害からメキシコに逃れたのである。グアテマラは一見すると平穏な国のようにみえるが、警察の監視の目が極めて厳しく、解放戦線のシンパの疑いがかけられると、誘拐して殺害されると見て間違いなかった。革命前のニカラグアもまったく同じレベルの人権侵害と暴力がまかり通っていた。現在の北朝鮮・金王朝のようなものだった。

迫害の体験をもつこの医師にとって、ニカラグア革命は希望の光だった。ところがそのニカラグアは、米国による経済封鎖と内戦に苦しめられていた。なにしろ国家予算の半分は内戦に投入せざるを得ない状態だったので、国民の生活は完全に破綻していた。

医者はニカラグアの行方を心配し、深い同情の念を寄せていた。内戦の混乱の中で、民族が分断されはじめていたのである。

実際、わたしが最初にニカラグアへ行った1985年には、すでにFSLNに批判的な人々にもたくさんであった。95年(戦後)の取材では、徴兵制によって息子を失った女性の怒りを記録できた。

メキシコに亡命した医者にとって、ニカラグアの惨状は自分が軍事政権の下で味わった苦痛に等しかったのだろう。同時に、北の大国を相手に闘い続けるニカラグアの人々に限りない敬愛の念を寄せていた。そして、「ニカラグアの人はみんな詩人ですよ」と呟いたのである。

ラテンアメリカでは、詩人とは、高い理想を求めて闘うひとのことである。
実際、初代のソモサをパーティーの場で暗殺したのも若き詩人・リゴベルタ・ロペス(写真)だった。1956年の事件である。

日本で詩人と言えば、神経質なインテリか奇人を連想することが多いが、ラテンアメリカではイメージそのものが異なる。

【参考図書】『バイクに乗ったコロンブス』(現代企画室、黒薮哲哉著)

 

 

2016年07月18日 (月曜日)

博報堂とアスカコーポレーションの裁判の中で、次々と疑惑が浮上している。その中でもとりわけ放送倫理の観点から問われているのは、視聴率の偽装とCMコードが無表示になった放送確認書、それに通販番組の「休止→料金の請求→番組枠の転売」である。

放送に関係したこれら一連の問題をアスカが本格的に調査するようになった引き金は、わたしが取材したところ、博報堂の遠藤常二郎弁護士らが執筆した原告準備書面(2)だった。

◇CMコードの非表示は「作成者の記載ミス」

この書面について説明する前に、両者の係争を簡単に要約しておこう。最初に裁判を起こしたのは、博報堂だった。CM制作費など一連のPR業務から生じた請求金額の未払い金・約6億円の支払を求めて昨年12月に、アスカを提訴した。これに対してアスカは、今年5月に約15億円(過払い金)の支払いを請求して博報堂を提訴した。

本日の記事で取り上げる博報堂の原告準備書面(2)とは、博報堂が起こした「6億円訴訟」の中で博報堂の遠藤常二郎弁護士らが、執筆したものである。

アスカが注目したのは次の記述である。前後の文脈を切り離して読むと、分かりにくいので、結論を先に言えば、「放送確認書のCMコードが無表示になっているのは、放送確認書を作成したテレビ局の所員による記載ミスが原因である」という趣旨である。

(1)同2のうち、甲第5号証に日本民間放送連名の定める10桁のCMコードが記載されていないこと及び乙第23号証にスーパー!ドラマでCMが放送された旨の記載がなされていないことは認めるが、その余は否認する。

     放送確認書は、放送を実施した媒体社の責任において発行されるものであり、媒体が、放送を実施せずに放送確認書を発行することは常識的にあり得ない。スーパー!ドラマでの放送確認書(甲5)が発行されている以上、同番組でCMが放送されていることは明白である。被告らは、甲第5号証にCMコードが記載されていないことや、乙第23号証にスーパー!ドラマに関する記載がないことを理由に甲第5号証の信用性を争っているようであるが、記載のないことは、それぞれの作成者の記載ミスと考えられてもCM放送の実施の有無とは無関係である。

赤文字の部分に注意してほしい。
ちなみに「スーパー!ドラマ」とは、スーパーネットワーク社が提供している番組である。この番組に連動しているCMの放送確認書には、CMコードが表示されていない。その原因を遠藤弁護士らは、「それぞれの作成者の記載ミス」と主張しているのである。

◇CMコードは機械が自動発生させる

この記載を読んだとき、わたしは遠藤弁護士らが作成した書面全体の信憑性を疑った。と、いうのはCMコードの刻印は、機械が自動的に行うシステムになっているからだ。

このようなシステムが導入された背景には歴史的な教訓がある。それは1990年代の後半から、今世紀初頭にかけて起こったCM「間引き」事件だった。福岡放送、北陸放送、それに静岡第一テレビで、CM「間引き」事件が発覚したのである。しかも、これは氷山の一角ではないかとする見方もある。

そこで民放連などは、放送局の信頼を回復するために、CM放送に連動して自動的にCMコードが刻印されるシステムを開発・導入したのである。従ってCMコードが無表示になっていれば、システムが故障していた場合を除いて、CMが放送されていないことになる。

アスカがCMコードの無表示件数を調べたところ、膨大な数になった。わたしも関係書類の提供を受けて独自に不在になったCM本数を調べた。

両者の数値に若干の差異があるので、ここではわたしがカウントしたCM本数を提示しておこう。詳細は次のエクセルでご覧いただきたい。

■CMコード無表示リスト

※これは公式の数値ではないので、変更もありうるが、大きな誤差はない。

スーパーネットワークにいたっては、2014年9月に100件のCMが放送されたことになっている。遠藤弁護士の主張にそえば、100回「作成者の記載ミス」をおかしたことになる。

システムの故障が定期的に起こることは、普通はあり得ないから、CMコードが無表示になっているものは、放送されていないと考えるのが普通である。

◇「民放連に加入していないからCMコードがない」

ところが先日、CMコードの無表示が最も多いスーパーネットワーク社に対して、筆者がCMコードの無表示になっている理由を問い合わせたところ、興味深い答えが返ってきた。

最初、対応した社員は、博報堂に問い合わせてほしいと言った。博報堂が取材を拒否している旨を伝えると、博報堂と相談してから回答するとの返事があった。実際、その日のうちスーパーネットワークから連絡があった。次のような趣旨の回答だった。

「自分たちは民放連に加盟していない。従ってCMコードも採用していない。しかし、アスカのCMは流れている」

これが博報堂に相談して、スーパーネットワーク社が公表した回答である。

博報堂側は準備書面(2)では、「それぞれの作成者の記載ミス」と明記しているが、筆者の取材に対しては、「民放連に加盟していないため」と説明したのである。

つまり2つの説明のうち、どちらかは嘘の説明ということになる。

◇放送枠の転売による二重の儲けの疑惑

いずれにしても準備書面(2)の前出記述を契機にアスカ側は、放送に関連した事件について本格的な調査をはじめたようだ。その中かでさまざな疑惑が浮上してきたのである。

たとえば「休止→請求→放送枠の転売による二重の儲け」の疑惑が次々と発覚している。前出の準備書面(2)の中で遠藤弁護士は、転売(リセール)できたのは、「平成26年11月放送分の『にじいろジーン』(甲13号)」と、「同月放送分『モーニングバード』(甲14)」の2件だけだと記述しているが、他にも疑惑がかかっている番組がある。

詳細については、取材が完了した時点で公にするが、現時点でも、「平成26年」12月に放送された「にじいろシーン」と「モーニングバード」も転売されている。

◇後付けの見積書発行の異常

さらに朝日放送の放送確認書を博報堂が代筆している事実も、重大な疑惑がある。改めて言うまでもなく、代筆であるから放送が完了したとする証拠価値はない。

なぜ、放送されていない可能性があるのか?
読者は、びっくり仰天するかも知れないが、博報堂の見積書は不思議なことに発行日が月末の日、つまり請求対象となるPR業務が終了した後に後付けのかたちで発行されていたのだ。

たとえば、7月3日にCMを流したとする。この場合、本来であればCMの提案は7月3日より前の時期に行われ、見積書を示してクライアントの承諾を得る必要がある。ところが博報堂の場合は、7月3日に放送したCMの見積書は、7月31日に後付けで発行されているのだ。下記がその実例だ。赤→の部分を注視してほしい。

■博報堂の見積書の実例

こうした方法を採用すれば、放送していないCMを放送した事にして、月末日付けの見積書に盛り込み、請求することも可能になる。はるか遠方のローカル局でCMを流したと言えば、それを確認する方法はほとんどない。

もちろんCMを流していなければ、CMコードが無表示になることはいうまでもない。あるいは通販番組であれば、広告代理店が放送確認書を代筆しなければならないことになる。博報堂が発行した代筆放送確認書に疑惑がかかっているゆえんにほかならない。

ただ、くれぐれも念を押しておくが、博報堂がこうした方法を採用していると言っているのではない。見積書を、後付けで出せば、そのような手口が可能になる温床になると言っているのだ。後付けの見積書が秘めている不正の温床を指摘しているのである。

いずれにしても、見積書を後付けで出す博報堂の行為そのものが尋常ではない。取材・調査せざるを得ないゆえんだ。

後付けの見積書や放送確認書の代筆を裁判所がどう判断するかが注目される。

※冒頭の写真は、博報堂が制作した情報誌。バックナンバーからのデータの流用がはなはだしく、ほとんど両号のページに違いはない。

2016年07月17日 (日曜日)

フリーランスで報道活動を行っている寺澤有、林克明、それに筆者(黒薮)の3名は、7月5日、日本弁護士連合会に対して、スラップ対策の研究チームを設置するように、日弁連に申し入れた。(動画は、その後、司法記者クラブで行った記者会見)

スラップとは、「公共性のある問題をテーマとしたジャーナリズム活動や住民運動を抑え込むために、言論抑圧を一次的な目的として、企業や政府など優越的な地位にいる者が、フリージャーナリストや住民運動家などを相手に提起する高額訴訟」のことである。

申し入れの内容は次の通りである。

1、スラップとは、公共性のある問題をテーマとしたジャーナリズム活動や住民運動を押さえ込むために、言論抑圧を一次的な目的として、企業や政府など優越的な地位にいる者が、フリージャーナリストや住民運動家などを相手に提起する高額訴訟を意味します。日本では、消費者金融の武富士がフリーランスライターらに対して億単位の賠償を求めた訴訟などがスラップの典型例としてあります。
 もっとも日本の司法界には、「スラップ」の概念は希薄で、わたしたちが武富士裁判をスラップと解釈しているのは、スラップ防止法が存在する米国などの例を参考にしたものに過ぎませんが、いずれにしても、このところ多発している訴権の濫用が、ジャーナリズムによる権力者批判を萎縮させていることは紛れもない事実です。

2、スラップの大半は名誉毀損を理由とした高額訴訟の形を取っています。ところが日本の名誉毀損裁判の法理は、原告に圧倒的に有利にできているために、訴えられた側が敗訴する可能性が極めて高く、敗訴した場合、スラップの目的が達成されてしまう状況があります。わたしたちは、スラップと表裏一体関係にある名誉毀損訴訟の法理を改めない限り、スラップは防止できないのではないかと考えています。貴連合会におかれましては、スラップと名誉毀損を表裏一体関係にある問題として、対策を考えていただくことを要望いたします。

3、スラップにより被告のフリージャーナリストが被る損害は莫大なものがあります。裁判を提起された時点で弁護士を選任して、着手金を支払わなければなりません。着手金は訴状に明記された請求額に準じて決定する基本原則があるので、高額訴訟を提起された時点で、被告は大変な経済的負担を強いられます。訴訟を仕掛けた側は、提訴の段階ですでに目的を達成していることになります。
 被告は裁判に伴う調査活動などに多くの時間を割くことを強いられます。当然、生活の基盤としている本業は計り知れない影響を受けます。

4、本来、公的なテーマは、自由闊達に議論するのが民主主義の原則です。ところがスラップが増えてくると、被告となったフリージャーナリストまでもが企業や政府に対する批判的言論を自粛するようになります。ひいては、言論・表現の自由が形骸的なものに変質しかねません。それは日本社会にとっては、大きな損失にほかなりません。

5、以上の理由により、わたしたちは司法界の一翼を担う貴協会に対して、一刻も早く、スラップ問題を研究するためのチームを設置していただくように要望します。

◇目的は他人の言論封殺

代表的なスラップ訴訟としては、サラ金の武富士がフリージャーナリストや弁護士に対して億単位のお金を要求した事件である。

筆者も、スラップとは認定されなかったものの、読売新聞の代理人弁護士である喜田村洋一・自由人権協会代表理事(人権擁護団体)らにより、奇妙な著作権裁判を提起されたことがある。

参考記事①:喜田村洋一弁護士が作成したとされる催告書に見る訴権の濫用、読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年①

 参考記事②:報道・出版活動に大きな支障をきたしていた可能性も、読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年②

2016年07月16日 (土曜日)

神奈川県湯河原町に住む老婦人が殺害され、自宅が放火された事件から1年が過ぎた。この湯河原事件は、2015年4月21日の早朝に発生した。

新聞販売店から得た情報によると、この事件の容疑者に元新聞拡張団の男が浮上しているらしい。販売店の店主が次のように話す。

「警察が公開捜査に踏み切ったところ、新聞セールス団の団員のひとりが警察に通報したという話です。セールス団の飲み会があり、容疑者の男が事件のことをもらし、それを聞いていた他の団員が警察に通報したようです。わたしの店にも警察が来ました」

老婦人は額に包丁が刺さった状態で発見された。66歳だった。

◇新聞離れの中の悲劇

新聞セールス団の強引な新聞拡販は、かつて社会問題になったことがあるが、このところ状況はやや改善していた。しかし、新聞離れが加速しているもとで、新聞社も焦っているのか、販売店に対してかなり高圧的に新聞拡販を強要しているようだ。それが湯河原の事件につながった可能性もある。

多くの新聞販売店にとって、セールス団は迷惑な存在だ。経費を際限なく請求されるからだ。

「押し紙」に関しては、まだ解決にはいたっていない。新聞販売店の後継者が不足しているために「押し紙」を断って、店主が解任されるケースはさすがになくなったが、販売店主に対して高圧的な担当員は相変わらず多い。

なかには「押し紙」に反対している担当員もいるが、そういう人はいずれ左遷させられ「出世」コースから外れるようだ。

販売店の労務は悪化している。アジアからの「新聞奨学生」が新聞配達の主力になっている店が少なくない。ブローカーを通じて、日本に送り込まれてくる。数年前、筆者が調べたところ、外国人人材の「一時待機所」が東京新宿区の大久保にあった。

■参考記事:時給5百円未満!朝日新聞販売店の奨学生、韓国ブローカー2万円“ピンハネ”で

2016年07月15日 (金曜日)

博報堂とアスカコポレーションの係争の中で、広告にまつわる奇妙な事件が発生した。アスカが発行する月刊通販誌に他社の広告が掲載されたのだが、広告主と博報堂の間で、取り引き契約が結ばれていなかった疑惑があるのだ。

事実、アスカに対する広告料金の支払いも行われなかった。博報堂も「広告費の差引計算がなされていない事実は」裁判書面(第2準備書面)の中で認めている。

ただ、損害額については、アスカが1260万円としているのに対して、博報堂は「否認」している。

この事件の渦に巻き込まれた広告主は、着物や宝飾の販売などを業としている京都きもの友禅と、旅行代理店のHISである。

支払いが履行されなかった広告が掲載された年月日は次の通りである。

【HIS】
2006年2月
2006年5月
2008年9月
2009年2月

【京都きもの友禅】
2008年4月
2008年5月
2008年6月
2008年7月
2008年12月
2009年1月

◇電通も歯が立たず

このよな事件が起きた背景には、アスカ側の説明によると広告代理店相互の競争があったようだ。もともとアスカには、電通、博報堂、それに東急エィジェンシーが出入りして、「我こそは」と自社の優位性を誇示しながら、業務を進めていたという。表向きは同業者の仲間意識があっても、企業活動である以上、クライアントは実績によって評価を下すので、心の中では互いがライバルである場合が多い。

月刊通販誌に他企業の広告を掲載することになると、広告マンは当然、クライアント探しに奔走する。実績を示せば、生存競争の中で一歩も二歩も他社を引き離すことができるからだ。

が、競争心が高じると、とんでもないことになりがちだ。

博報堂の広告マンに清原氏(仮名)という「辣腕」がいた。清原氏は、通販誌に掲載する広告のクライアントを探し出しアスカに報告した。アスカ側も広告料金を支払ってもらえるものと思って、次々と広告を掲載していった。清原氏がアスカの南部社長の信頼を得ていたからだ。

次に紹介する写真のが、その通販誌と広告の一例である。

◇「辣腕」広告マンに屈した電通

博報堂の清原氏の「活躍」もあり、博報堂は徐々に他社を引き離しにかかる。そしてまず、電通が撤退した。天下の電通も博報堂の営業マンには、まったく歯が立たなかったようだ。結果として電通が、博報堂に屈するかたちになったのだ。さらに東急エィジェンシーも撤退した。

こうして博報堂は、アスカのPR戦術を独占するようになったのだ。それから後、通販誌の過去データの転用事件など、さまざまなトラブルが進行する。

■参考記事:博報堂による「過去データ」の流用問題検証(続編)、画像が示す「流用」の事実

ところが、広告は掲載されているのに、いつまでたっても広告料金の支払いはなされない。結局、支払いを踏み倒した状態で、博報堂とアスカは係争に突入してしまった。当然、広告料金の精算は裁判が終わるまで持ち越しになる可能性が高い。

◇京都きもの友禅とHISの取材

筆者は、この事件について当事者の「広告主」を取材した。

【京都きもの友禅】

・・・・貴社は、本当に広告を申し込まれましたか?

きもの:申し込んでないと思いますよ。

・・・・申し込んでないということですか。そうすると博報堂が勝手にやったということですか。

きもの:雑誌などへの広告はやってませんから。

・・・・・雑誌や通販のところへは出さないということですか。

きもの:出していません。

・・・・・そうすると申し込んでいないということですね。

きもの:申し込んでいないと思います。

【HIS】

HISは書面での回答になった。次のとおりである
お世話になっております。
ご連絡ありがとうございました。

該当のデータも古く、当時の担当者もいない為社内で確認はとってみますが、ご好意で出稿いただいているケースの可能性も否定できませんので(口頭でのやりとり等)結果につきましては控えさせていただきます。

宜しくお願い致します。

「好意で出稿いただいているケースの可能性」を示唆しているわけだから、広告掲載に関する契約は締結されていないことになる。

なお、この問題に関して、HISはアスカに対しては次のように話している。

「HISの経理に調べてもらったところ、広告料金に関して、博報堂から請求を受けた経歴はないとの回答がありました。また、広告局では、掲載した媒体の現物は全て保管されているが、弊社の広告物に関しては現物が管理されていないために、これ以上、調べようがない、とのことでした」

アスカが被った損害は、1260万円と企業としては少額だが、広告営業の倫理が問われる重大な事件である。

なお、博報堂は係争を理由に取材を拒否している。