
東京都健康安全センターが公表している「日本における全がんと白血病による死亡の歴史的状況と今後の動向予測」(上図)によると、癌による死亡が右肩あがりに増えている。その背景には、医療技術の進歩で癌の診断が精密度を増し、統計上でその数値が高くなるという事情があるにしろ、それとは別に癌の発症ケースそのものが増えているという側面もあるようだ。生活環境の変化が癌の発症率を高めているのだ。
筆者は癌が急増している背景のひとつに、スマホの普及など電磁波の利用が日常生活の中に入り込んできたことを繰り返し指摘してきたが、このところ化学物質による汚染にも同じぐらい注目している。われわれの生活環境が、化学物質で汚染され、しかもその汚染のかたちが、連鎖反応により静止することなく常に変化していることは否定しようがない。
米国のケミカル・アブストラクト・サービス(CAS)が登録する新しい化学物質の数は、1日に優に1万件を超える。こうした状況の下では、複数の化学物質の連鎖で何らかの新しい現象が起きているはずだ。しかし、それがどのようなもので、どのような人体影響を及ぼすかをすべて究明するのは不可能だ。
しかも、化学物質による汚染に電磁波による被曝が加わる状況が生まれている。いわば二重構造の複合汚染である。環境の解析は複雑を極めている。
◇遺伝子組み換え食品
現在、最も身近で危険な化学物質のひとつは農薬である。野菜に散布された農薬が間接的に体内に入って蓄積すると人体に害を及ぼす。この原理は、すでに周知の事実となっている。事実、有機栽培が盛んになり、少しでも汚染を防ごうとしている消費者が増えている。
しかし、遺伝子組み換え食品と農薬の関係は意外に知られていない。ほとんど報道されないので、漠然とした疑惑を抱いても、その中味を正しく把握していない消費者が多い。何が危険なのか?
結論を先に言えば、除草剤に対して耐性を発揮するように遺伝子が組み換えられているからだ。その結果、除草剤を大量に散布しても枯れないコーンや大豆ができる。雑草は枯れても、肝心の農作物だけは枯れない。そこでどんどん除草剤を使って、農業企業は作物を大量生産する。それを食べた消費者が、健康被害を受けるのはいうまでもない。遺伝子組み換え食品の問題は、ひとつにはこの点にあるのだ。
しかも、日本の場合、食用油として使うコーンは、それが遺伝子組み換え食品であることを商品に表示する義務がない。秘密にすることが認められている。
コーンを原料とした食用油は、天ぷらだけではなく、ドレッシング、菓子、パンなどにも使われている可能性が高い。つまり消費者は知らないうちに、遺伝組み換え食品を日常的に口にしているのである。
本来、総務省や農林水産省は、こうした問題に警鐘を鳴らさなければならないが、何もしていないのが実情だ。度を超した怠慢である。
ちなみに米国では、遺伝子組み換え食品に関する安全性の研究が行われており、癌、白血病、アレルギー、自閉症などとの因果関係が疫学的に指摘されているという。米国で遺伝子組み換え食品が売れなくなれば、当然、それは米国の属国・日本へ輸出されることになる。
米国がTPPを離脱しても、日米の二国間交渉で、そういう方向へ進む可能性が高い。
2017年12月26日 (火曜日)

検察を批判する手記を、経済誌『財界にいがた』が掲載している。タイトルは、「不正税還付の森裕子議員を不起訴にした新潟地検の良識を問う」。執筆者は、告発者の志岐武彦氏である。
繰り返し述べてきたように、志岐氏とわたしは、森裕子議員が不正な方法で税の還付を受けたとして、2件のケースを新潟地検へ告発した。これを受けて新潟地検は、2016年10月と2017年1月に、それぞれ2つのケースに対する筆者らの刑事告発を受理して捜査していた。しかし、12月8日に不起訴の決定を下したのだ。志岐氏の手記は、これを受けたものである。
この事件を理解するためには、あらかじめ「還付金制度」とは何かを説明しておかなければならない。これは有権者が議員の政党支部などに寄付をした場合、税務署で所定の手続をすれば、寄付額の30%を還付してもらえる制度である。政治資金の支出を促すために設けられた制度である。
森氏はこの制度を利用して、自分で自分の政党支部へ献金を行い、自ら還付を受けていたのだ。自分で自分の政党支部へ献金したわけだから、寄附金はもともと自分のもので、さらにこの「寄附金」に加えて、30%の還付金も自分の懐に入る。
たとえば1000万円を自分で政党支部に寄付すると仮定する。次に税務署で所定の手続きを踏む。すると1000万円の30%にあたる300万円が還付される。その結果、最初は1000万円だった資金が、1300万円に増えるのだ。実に単純で大胆なマネーロンダリングである。
還付金制度は租税特別措置法の41条18・1で定められている。しかし、例外として、「その寄付をした者に特別の利益が及ぶと認められたものを除く」と定めているのだ。つまり森氏は寄付により特別な利益を得ており、違法行為に該当するというのが、筆者らの主張だった。このトリックは、違法ではないとする文献が存在するらしいが、法の解釈は「特別な利益を得」た事実に即して決めるのが原則である。
『財界にいがた』が森議員の過去の政治資金収支報告書などを調べたところ、この方法で、約2700万円の還付金を受けていたらしいことが判明した。「らしい」と書いたのは、議員になった初期の段階については、還付金を受け取る手続を踏んだかどうか不明な箇所があり断言はできないからだ。しかし、所定の手続きを税務署で踏んでいれば、約2700万円もの「税金」を受け取ったことになる。わたしはその可能性が高いと見ている。
◇最高検察庁の闇
もともとこの事件を調べたのは志岐氏だった。わたしは志岐氏の調査を取材する立場だった。それだけに調査の過程も全て把握している。新潟地検が刑事告発を受理した後、志岐氏は繰り返し同地検の串田二三捜査官とコンタクトを取って、捜査状況を確認していた。串田捜査官も捜査情報を志岐氏に伝えていた。
串田捜査官は、森氏の銀行口座を調べることも志岐氏に伝えた。そして9月19日に、森氏を起訴するためには、「高等検察庁の許可が必要になる」とし、地検としては、起訴する意向を志岐氏へ伝えたのである。さらにその後、11月1日には、「東京の方(最高検察庁のこと)にも処分の許可をもらわなければならないので、お伺いを立てている」と説明したのである。そして既に述べたように、12月8日に不起訴が決まったのだ。
つまりこの事件の不起訴は、最高検察庁の意向が働いている可能性が極めて強いといえよう。地検が捜査しても、結局は、最高検察庁が起訴・不起訴を決める暗黙の制度が存在すると言っても過言ではない。これが中央集権型の権力構造の実態なのだ。
志岐氏の手記は、この事件の全容だけではなく、日本の司法がいかに客観的な事実に基づいて、起訴・不起訴を決めない体質であるかを物語っている。検察の役割をまったく果たしていない。その時々のフィーリングで事件を扱っているようだ。
国会議員によるマネーロンダリングが起訴の対象にならないわけだから、これからますます腐敗は広がるだろう。与党だけではない。野党も真っ黒になりかねない。永田町は、政治ビジネスの全盛期を迎えるだろう。
森議員は、還付金を自主的に返上すべきだろう。

そろそろ新聞社の倒産もありうるのではないかという予感がする。すでに経営が破綻している販売店が急増しているからだ。新聞社の系統によっては、搬入される新聞の半分近くが「押し紙」になっている店も少なくない。
わたしが初めて「押し紙」5割の情報を得たのは、確か2002年だったから、それから15年ほどが経過している。15年前は、ガセネタだと思って、取材しなかった。その後、「押し紙」が4割にも5割にもなっている実態を、現場で次々と確認して認識を改めたのである。
最近は、「押し紙」が5割になっていると聞いても驚かない。
ABC部数は、右肩下がりで激減しているが、その大半は「押し紙」の整理が原因である。しかし、「押し紙」を減らしても、読者が減り続けているので、再び「押し紙」が増え、そこでやむなく再度「押し紙」を減らす繰り返しが定着しているようだ。
実質賃金が減り、増税が行われ(ただし大企業は減税)、社会福祉が次々と切り捨てられる時代に、庶民にとって新聞購読料4000円の負担は大きい。スマホを選ぶか、新聞を選ぶか、答えは明瞭だ。新聞社が生き残る条件はほとんどないのだ。残念ながら、ジャーナリズムの質などは、大半の読者にとっては、新聞購読の条件にはなっていない。メディアリテラシーの教育を受けていないからだ。
販売店主がみずから新聞を配達し、購読料を集金するケースも特にめずらしくはない。しかも、先月わたしが取材した販売店では、店主の収入は月額5万円程度だという。従業員の方が高くなっているのだ。こうした状況は、昔は見られなかった。
当然、多くの店主が廃業を考えるようになっているが、新聞社が辞表を受け取らないケースが少なくないという。1年だけ我慢してくれとか、後継者が決まるまで、協力してくれとか泣きついて来るという。後継者がいなければ、新聞社が販売店を管理するか、他の系統の販売店へ配達を依頼せざるを得ないからだ。それでも自主廃業をしようとしたところ、元新聞拡張団の「ならず者」から恫喝されたという話も、第3者から聞いた。
新聞販売店の後継者を捜すのもなかなかむつかしい。公募しても、集まらない。かつては新聞販売店の従業員は、店主になるのが夢だった。店主になれば、それなりの収入が得られた。資金をためてビルを建てた人もいる。ところが、今の時代に店主になっても、アルバイト程度の収入しか得られないのだ。経営が赤字に追い込まれ、結局最後は借金まみれになって巷に放り出される。そんなパターンが定着しているのだ。
◇新日販協の結成を
これは大きな社会問題である。今年、共産党の清水忠史議員が国会で、「押し紙」問題を34年ぶりに取りあげて、問題解決への一歩を踏み出したが、10月の衆議院選挙で落選し、運動は頓挫した。清水議員の落選は、販売店にとっては、たいへんなダメージである。
本来は、NHKや新聞社の社会部が取りあげなければならない大問題であるが、自分のサラリー確保を優先して、「押し紙」問題には取り組もうとはしない。
わたしは「押し紙」問題と、それに伴う販売店主の経済的困難を解決する唯一の方法は、店主が同業組合を結成することだと思う。日販協(日本新聞販売協会)には、これらの問題を解決する力がないので、自主的に別の業界団体を結成する以外に解決策はない。それも秘密結社などではなく、正面から堂々と新団体を立ち上げるべきだろう。秘密結社はかえってよくない。PR戦略が取れないからだ。コンビニの同業組合などは、参考になりそうだ。
新聞社は攻撃してくるだろうが、インターネットを武器に新聞社の社会的不正義を訴えればいい。本来、新聞社の社会部は、販売店の惨状を取材して、公にしなければならない立場なのだから。
新しい業界団体を作り、店主は集団で「押し紙」の損害賠償を求める裁判を起こすべきである。何もしなければ泥船は沈没する。そうならないためには、闘うべきだろう。闘って死ぬのか、闘わずに死ぬのか、それとも解決の道を掴むのか、という単純な選択である。
たとえ新聞業界を去るにしても、1人頭で3000万円から5000万円ぐらいの「押し紙」の賠償金を受け取れる条件を整えるべきだろう。
それを資金に、別の生活の道を考えるべきだろう。

喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)らが、催告書の名義を「江崎」に偽って著作権裁判を起こしたのは、2008年2月25日だった。その2週間後の3月11日に、喜田村氏らは黒薮に対して2件目の裁判を起こした。メディア黒書の記事が読売と江崎氏ら3人の読売社員の名誉を毀損したとして、2200万円を請求してきたのである。このなかには喜田村氏が受け取る予定の弁護士費用200万円が含まれていた。
訴因は、メディア黒書の記事だった。この年の3月1日に、読売の江崎氏らは、久留米市のYC久留米文化センター前店を、事前の連絡もなく訪店して、対応にでた店主に対し同店との取引中止を宣告した。強制改廃である。その直後に、読売ISの社員が店内にあった折込広告(翌日に配布予定だった)を搬出した。
久留米の別の店主から連絡を受けたわたしは、メディア黒書で速報記事を流した。その記事の中で、折込広告の搬出を「窃盗」と表現した。
◇2200万円の「お金」を要求
喜田村弁護士らは、この「窃盗」に注目して、名誉毀損裁判を起こしたのである。読売関係者は、店主の承諾を得て折込広告を搬出しており、記事は事実とは異なる、それにもかかわらず「窃盗」という事実を摘示したので、名誉毀損に該当するという論法であった。
裁判の舞台は、わたしの地元であるさいたま地裁だった。福岡の江上武幸弁護士ら弁護団が、著作権裁判と同様にこの裁判も無償で支援してくれたので、わたしは弁護士料はもとより、福岡からの交通費も、コピー代も一切負担しなかった。訴訟が原因で文筆業を廃業に追い込まれることもなかった。とはいえ裁判にはかなりの時間を割かれた。海外取材も中止に追い込まれた。
幸いにさいたま地裁は、読売の訴えを棄却した。折込広告の搬出行為は、複数の人の面前で行われており、「窃盗」と表現していても、そのようには解釈されないので、名誉を毀損したことにはならない、などと判断したのである。ただ、「窃盗」という言葉は軽率な表現だという指摘もあった。
ちなみに裁判では争点にはならなかったが、わたしは文章の解釈は、部分的な表現についての評価をするだけではなく、文章全体の意図を把握した上で評価すべきだと考えている。「窃盗」という言葉だけを切り離すと、確かに「他人の所有物を無断で持ち出す」というニュアンスがあるが、日本語のレトリックという観点からすると、隠喩(いんゆ)表現にすぎない。
たとえば、「あの監督は鬼だ」、とか「この国は闇だ」といった表現方法である。この場合、前者は、「あの監督は鬼のように恐い」の意味で、「鬼」という事実を摘示しているわけではない。後者は「この国は闇のように不可解だ」の意味である。これも事実の摘示ではない。わたしは、読売関係者による折込広告の搬出行為を、「窃盗とかわらないほど悪質な持ち去り行為」の意味で使ったのである。
それというのも江崎氏らがいきなり販売店に足を運び、突然に店主に対して強制改廃を宣言し、頭部を鈍器で強打したような強い精神的衝撃を与えた上で、折込広告を搬出したと推測されたからだ。前ぶれもなく家業を奪われた瞬間、当事者には正常な判断力はないというのが、わたしの推測だ。頭は真っ白だったに違いない。
こうした事情を考慮せずに、喜田村弁護士らは、「窃盗」という言葉を捉え、名誉毀損だとして2200万円のお金を支払うように求めてきたのである。キャッシュで払ってほしいのか、銀行振り込みかは不明だが、とにかく高額な金銭を求めてきたのである。
◇天下りの集まり-TMI総合法律事務所
さいたま地裁での敗訴が原因かどうかは不明だが、喜田村弁護士は代理人を辞した。それに代わって読売の代理人になったのは、TMI総合法律事務所のメンバーだった。この法律事務所は、元最高裁判事をはじめ司法関係者の「天下り」を多数受け入れており、裁判の公平性と職業倫理いう観点からすると、問題が多い事務所である。メディア企業・読売がこうした法律事務所に仕事を依頼したことにわたしは驚いた。
しかし、控訴審でも読売は敗訴した。この時点でわたしは、勝訴判決が確定すると思った。最高裁が口頭弁論を開いて、判決の見直しを下級裁判所に指示することは、めったにないからだ。とはいえ心の片隅では不安もあった。なぜか読売が裁判にめっぽう強いからだ。
不安は的中して、最高裁でこの事件の口頭弁論が開かれることになった。わたしの周辺の人々は驚きを隠さなかった。最高裁は、判決を東京高裁へ差し戻した。そして東京高裁の加藤新太郎裁判長が、わたしに110万円の金銭支払いを命じたのである。しかし、このお金も、寄付ですぐに集まった。
加藤判事はその後、勲章を貰って退官。大手弁護士事務所・アンダーソン・毛利・友常法律事務所に顧問として再就職した。
なお、加藤判事が読売新聞に繰り返し登場していたことが、後に判明する。次の記事である。
■読売に登場していた加藤新太郎氏
加藤氏は、読売裁判にはかかわるべきではなかっただろう。
著作権裁判、名誉毀損裁判と喜田村氏らの裁判攻勢は続いたが、最高裁が口答弁論を開くまでは、福岡の弁護団にはまったく歯が立たなかったのである。
真村訴訟でも、やはり敗訴を続けていた。少なくとも10連敗はしている。
その後、さらに2009年7月、読売は黒薮に対して3件目の裁判を起こすことになる。そこで再び現れたのが喜田村弁護士だった。その他に、読売の代理人として藤原家康という名前も訴状にあった。両者とも自由人権協会の関係者である。
自由人権協会とは、何者なのか、わたしは暗い好奇心を刺激されるようになったのである。

■ 本稿の前編
喜田村洋一弁護士(自由人権協会)らが起こした黒薮に対する著作権裁判は、すでに述べたように、検証対象になった催告書に著作物性があるかどうかという著作権裁判の肝心な判断以前に、喜田村氏らが催告書の名義を偽って提訴していたとの判断に基づいて、棄却された。
念のために、喜田村氏らが著作物だと主張した文書と、それを削除するように求めた催告書を再掲載しておこう。2つの文書を並べるといかにデタラメかが判然とする。
【喜田村氏らが著作物だと主張した回答書】
前略 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。
【メディア黒書から回答書を削除するように求めた催告書】
冠省 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。
しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。 貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。
そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。
貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を採ることとなりますので、この旨を付言します。
なお、誤解を避けるためにあえて念を押しておくが、喜田村氏らが著作権裁判で削除を求めたのは、後者、つまり催告書の方である。催告書が読売・江崎法務室長の著作物であるから、著作者人格権に基ずいて、メディア黒書から削除するように求めたのである。しかし、東京地裁は著作物性の判断をする以前の問題として、喜田村氏らが催告書の名義を「江崎」と偽って、提訴していたとして、訴えを退けたのである。そもそも訴権などなかったのだ。
ただ、東京地裁は、参考までに、催告書に著作物性があるか否かの判断を示している。そして著作物性はないと判断した。
◇第2東京弁護士会の判断の誤り
さて、喜田村氏らが、提訴権がないのに、催告書の名義を偽ってまで裁判を提起した行為を、どう評価すべきなのだろうか。わたしは司法制度を悪用した悪質な言論妨害と判断して、喜田村氏が所属する第2東京弁護士会に対して、喜田村氏の懲戒を申し立てた。しかし、2年半後に申し立ては棄却された。議決書を書いたのは、秋山清人弁護士である。
決定書を再読してみると、論理の破綻が随所に見受けられるが、そのうち「除斥期間」に関する記述について意見を述べよう。
秋山弁護士は、わたしが期限内(3年)に申し立てを行わなかったから、棄却が妥当だとしているのだが、これは誤っている。
わたしが第2東京弁護士会に懲戒請求を申し立てたのは、2011年1月31日である。一方、江崎法務室長が、問題の催告書を送付したのは、2007年の12月21日である。従って、確かに催告書送付を起点として計算すると3年が過ぎており、審理の対象外になるとも考えうる。
しかし、わたしが懲戒請求の根拠としたのは、弁護士職務基本規定の第75条である。
弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。
喜田村弁護士は、江崎氏が催告書を送付したのを受けて、東京地裁や知財高裁での裁判期間を通じて、「虚偽」の事実を知りながら、裁判所に次々と書面を提出し続けたのである。わたしはこの行為を問題にしているのである。
そして最高裁の判決が確定したのは、2010年である。懲戒請求に踏み切る前年である。この時点で、喜田村弁護士らによる裁判が、虚偽の事実を前提にしていたことが公式に認定され、懲戒請求の要件が整ったのである。
と、すれば懲戒請求の前提となった事実の起点は、判決の確定日である。起点をわざわざ2007年12月21日までさかのぼる理由はないはずだ。それは喜田村氏を救済するための措置だったとしか考えられない。。
このあたりの事情について、秋山弁護士はどのように考えたのだろうか。
第2東京弁護士会の議決を日弁連も追認した。つまり名義を偽って裁判を起こしても、なんら問題ないと判断したのである。これは司法制度に対する軽視にほかならない。自殺行為だ。秋山氏は、軽々しく重要文書を執筆すべきではなかった。文書は記録として残るからだ。当然、今後も検証対象になる。
事件の発生から10年が過ぎ、現役だった関係者の中には、これから定年退職を迎える人々もいるだろう。従って新しい真相究明の道が開けそうだ。
新聞崩壊の時代、検証は11年目に入る。
※決定書の全文は、PDF作業が終わり次第に公開します

10年前の2007年12月21日、わたしはメディア黒書(当時は新聞販売黒書)に、一通の催告書を掲載した。読売(西部本社)の江崎徹志法務室長から、わたしに宛てた催告書である。
この催告書は「江崎」の名前で作成されているが、後になって、実は喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)が作成していた高い可能性が、東京地裁と知財高裁で認定される。つまり名義を偽った文書だったのである。それがどのような意味を持つのかを説明する前に、まず、事件の全体像を紹介しておこう。
◇公募で新聞販売店主に
事件の発端は、2001年にまでさかのぼる。YC広川を経営していた真村久三氏と読売の係争が前段としてあった。
真村氏は、もともと自動車教習所の教官として働いてきたが、40歳で新聞販売店の経営を始めた。読売が販売店主を公募していることを知り、転職に踏み切ったのである。脱サラして自分で事業を展開してみたいというのが、真村氏のかねてからの希望だった。
幸いに真村氏は店主に採用され、研修を受けたあと、1990年11月からYC広川の経営に乗りだした。ところがそれから約10年後、読売新聞社との係争に巻き込まれる。
その引き金となったのは読売新聞社が打ち出した販売網再編の方針だった。真
村氏は、YC広川の営業区域の一部を隣接するYCへ譲渡する提案を持ちかけられた。しかし、YC広川の営業区域はもともと小さかったので、真村氏はこの提案を受け入れる気にはならなかった。それに自助努力で開業時よりも、読者を大幅に増やしていた事情もあった。
読売の提案を聞いたとき真村氏は、自分で開墾した畑を奪い取られるような危機を感じたのだ。
当然、真村氏は読売の提案を断った。これに対して読売は、真村氏との取引契約を終了する旨を通告した。その結果、裁判に発展したのだ。これが真村訴訟と呼ばれる有名な訴訟の発端だった。
しかし、係争が勃発したころは、単に福岡県の一地方の小さな係争に過ぎなかったのだ。真村氏の代理人・江上武幸弁護士も、読売の実態をあまり知らなかったし、後にこの判決が「押し紙」問題の有名な判例になるとは予想もしていなかった。
真村事件の経緯は膨大なので、ここでは省略するが、結論だけを言えば、裁判は真村氏の勝訴だった。喜田村弁護士が東京からやってきて加勢したが及ばなかった。判決は、2007年12月に最高裁で確定した。
◇真村訴訟
わたしが読売との係争に巻き込まれたのは、真村訴訟の判決が最高裁で確定する数日前だった。真村氏が福岡高裁で勝訴したころから、YC店主が次々と江上弁護士に「押し紙」(残紙)の相談を持ちかけるようになっていたのだが、こうした状況下で、読売も方針を転換したのか、それまで「死に店扱い」にしていたYC広川への訪店を再開することにした。そしてその旨を真村氏に連絡したのである。

しかし、読売に対して不信感を募らせていた真村氏は即答を控え、念のために江上弁護士に相談した。訪店再開が何を意味するのか確認したかったのだ。江上弁護士は、読売の真意を確認するための内容証明郵便を送付した。これに対して、読売の江崎法務室長は、次の書面を送付した。
前略 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。
◇回答書に続いて催告書を公表
わたしは、メディア黒書で係争の新展開を報じ、その裏付けとしてこの回答書を掲載した。何の悪意もなかった。しかし、江崎氏(当時は面識がなかった)はわたしにメールで次の催告書(PDF)を送付してきたのである。
冠省 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。
しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。 貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。
そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。
貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を採ることとなりますので、この旨を付言します。
◇著作権裁判の開始
当然、わたしはメディア黒書から回答文書を削除することを断った。そして今度は、支離滅裂な内容の催告書を、怪文書としてメディア黒書に掲載したのである。こうして回答書も、その削除を求める催告書もネット上で閲覧が可能になったのだ。
読者は、この催告書を作成したのは、誰だと推測するだろうか?おそらく法律の素人と推測するだろう。ところがそれは喜田村弁護士だったのである。少なくとも東京地裁と知財高裁は、後にそういう判断を下すことになる。
さて、回答書が著作物だと強弁する催告書が、ネット上で公になったとすれば、催告書の名義が江崎法務室長になっていることもあり、読売の法務関係者の見識が嘲笑の的になりかねない。それが理由かどうかは不明だが、読売の江崎氏は催告書の削除を求めて、仮処分を申し立てた。喜田村弁護士の名前で、仮処分申立書を東京地裁へ提出したのである。
申立書の内容は、催告書の著作者は江崎氏なので、メディア黒書から催告書を削除するように求めたものだった。東京地裁は、江崎氏の仮処分申し立てを認めた。この命令に納得できなかったわたしは、本裁判を希望した。こうして2008年2月、東京地裁を舞台にして、わたしと江崎氏との著作権裁判が始まったのである。
◇催告書の作成者は喜田村弁護士だった
ところがこの裁判の途中で、前代未聞の疑惑が浮上する。催告書の著作権者は本当に江崎氏なのかという疑惑だった。「たとえ代筆にしろ問題はない」と考える読者も多いかも知れないが、法的に見ればそうではない。江崎氏らは、著作者人格権を根拠に裁判を起こしたからだ。
著作権法は著作者人格権と著作者財産権の2つの権利を保障している。このうち他人に譲渡できる権利は、著作者財産権である。これに対して、作品を公表する権利などを保障した著作者人格権の方は、著作者だけが持っている権利で、譲渡したり、相続したりすることはできない。一身専属権なのである。
既に述べたように江崎氏らは、催告書の作者が江崎氏であり、著作者人格権が江
崎氏にあるという理由で、催告書を削除するように求めて裁判を起こしたのである。従って、催告書が喜田村弁護士の代筆であれば、著作者が江崎氏だという虚偽の事実をでっちあげて、わたしを提訴したことになる。
2009年3月、東京地裁で判決が下った。わたしの勝訴だった。判決は地裁から最高裁までわたしの勝訴だった。裁判所は、催告書が著作物かどうかを判断する以前に、催告書を執筆したのは、江崎氏ではなく、喜田村弁護士である高い可能性を認定し、読売を敗訴させたのだ。知財高裁判決から、核心部分を引用しておこう。
上記の事実認定によれば、本件催告書には、読売新聞西部本社の法務室長の肩書きを付して原告の名前が表示されているものの、その実質的な作者(本件催告書が著作物と認められる場合は、著作者)は、原告とは認められず、原告代理人(又は同代理人事務所の者)である可能性が極めて強い。
つまり催告書の作成者ではない江崎氏は、もともと提訴する権利がないのに、
強引に裁判を起こしたのである。喜田村弁護士も、提訴権がないことを知っていたのに、敢えて代理人を引き受けて、提訴に及んだのである。これが重大な訴権の濫用でないはずがない。こんな事件は、過去に一件もない。
なお、裁判所が喜田村弁護士を代筆者と判断するに至った根拠については判決で述べられているが、たとえば過去にマイニュースジャパンへ送付した喜田村名義の催告書の書式や構成がまったく同じだったことなどが上げられる。やたらに他人に催告書を送付していると、こんな失敗をするのだ。
地裁での勝訴を受けて、わたしの弁護団は、声明を発表した。弁護団は、この事件を「司法制度を利用した言論弾圧」と位置づけている。
判決は次の通りである。
◇弁護士懲戒請求
判決が確定した後、わたしは喜田村弁護士に対して弁護士懲戒請求を申し立てた。懲戒請求の準備書面2を掲載しておこう。事件の性質をコンパクトにまとめている。ただし、申し立ては認められなかった。
読売は、著作権裁判を提起した後、1年半の間に、わたしに対してさらに2件の裁判を提起した。請求総額は、約8000万円となった。(続)

新聞販売店の関係者の間で公正取引委員会に対する不信感が高まっている。関係者の話によると、これまで相当数の店主が公取委(公正取引委員会)に「押し紙」に関する証拠を提出しているようだ。しかし、公取委は対策に乗りださない。1997年に北國新聞に対して、「押し紙」の排除勧告を発令したケースを除いて、公取委が本気で「押し紙」問題と対峙したという話を聞いたことがない。
店主らの証言をもとにいろいろと、その原因を探ってみると、どうやら新聞社が販売店にノルマとして、不要な新聞の買い取りを強制した事実が見あたらないから、たとえ残紙があっても、それは「押し紙」ではないという論理を採用している事情があるようだ。
この論法は、読売には「押し紙」が一部たりとも存在しないと主張してきた喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)らの解釈と共通している。裁判所も喜田村弁護士らの論法を鵜呑みにして、そういう判断をしてきたので、それが正当な論理として、幅をきかせ、ついには定着してしまったといえよう。極めて、その可能性が高い。
しかし、最近になって江上武幸弁護士らが、佐賀新聞を被告とする「押し紙」裁判の中で、従来のこの解釈の誤りを指摘している。結論を先に言えば、「実配部数+予備紙」(これが注文部数)を超えた部数は、若干の例外を除いてすべて「押し紙」であるという見解だ。
この理論は公取委の新聞の商取引に関する見解を歴史的にさかのぼって検証すれば明らかになるだけではなく、岐阜新聞を被告とする「押し紙」裁判の名古屋高裁判決(2003年)の中でも、採用されている。この裁判では、原告の販売店が敗訴したが、裁判所は、「押し紙」の定義について、公取委の見解を歴史的にみれば極めて当たり前の、それでいて斬新で示唆に富む新見解を示しているのである。
独禁法が「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする」経済取締り法規であり、これに基づく本件告示が特殊指定であり、もっぱら客観的要件を重視していることにかんがみると、主観的認識の有無を不法行為に関する違法性について考慮することはともかく、「押し紙」の有無について考慮することは適当ではないというべきである。
ここでいう「主観的認識の有無」とは、「新聞の買い取りを強制されたか否か」といった主観により結論が左右されるあいまいな要素の有無である。それを違法性についての判断をする場合に考慮してもいいが、だからといって「押し紙」の有無を判断する基準にしてはいけないと言っているのだ。
となれば、何を基準に「押し紙」の有無を判断するのか。答は既に述べたように、「実配部数+予備紙」を新聞の商取引における注文部数と定義し、それを超える部数は、理由のいかんを問わず機械的に「押し紙」と認定すべきだと言っているのだ。実は、これが公取委の正しい見解なのだ。公取委の職員は、それを知らないか、嘘をついているのだ。
◇「押し紙」の認定は残紙の事実だけで十分なはず
こうした「押し紙」の定義を新聞社も認識しているのか、彼らは予備紙の定義をねじ曲げはじめている。それしか対抗策がないからだ。
予備紙は従来は搬入部数の2%とされていた。これは業界の自主ルールだった。ところが新聞社はこの「2%」ルールを削除して、残紙はすべて「予備紙」と声高く叫び始めたのである。それにより独禁法による取締から逃れよとしているのだ。従って残紙が50%でも、彼らにとっては「予備紙」である。
しかし、冷静に考えれば分かることだが、多量の残紙がトラックで回収されている事実は、残紙が「予備紙」として使われていない事実を物語っている。と、すれば回収されている新聞の大半は「押し紙」と考えるのが論理にかなうだろう。新聞社の「新聞を押し売りした証拠がないから、『押し紙』ではない」という論理は破綻しているのだ。
たとえ販売店側が「押し売り」の証拠(たとえば担当員との会話録音)を持っていなくても、大量の残紙が販売店から回収されている事実だけで、「押し紙」の証拠は十分だろう。販売店は、「押し紙」の写真や動画を残しておくべきだろう。
改めていうまでもなく、「押し紙」に連動した折込広告の水増し問題の責任は、「押し紙」政策をやめない新聞社の側にある。本来、公取委が指導しなければならない。都内の店主が言う。
「公取委は、公務員としての職務を果たすべきです」

「スラップ」とは、広義の恫喝裁判である。厳密な定義は、さしあたりスラップ情報センターが公にしている次の定義が参考になりそうだ。
『Strategic Lawsuit Against Public Participation』の略語。頭文字を取って『スラップ』と言います。公の場で発言したり、訴訟を起こしたり、あるいは政府・自治体の対応を求めて行動を起こした権力を持たない比較弱者に対して、企業や政府など比較優者が恫喝、発言封じ、場合によってはいじめることだけを目的に起こす加罰的あるいは報復的な訴訟。
日本の司法界には、スラップの概念はないが、それに比較的類似したものとして訴権の濫用がある。が、訴権の濫用は、過去に3ケースしか認められたことがない。日本では、憲法が保障する提訴権の方を優先するからだ。
12月15日、東京地裁でスラップの認定を求めるある訴訟が始まった。訴えを起こしたのは、澤藤統一郎弁護士である。訴えられたのは、大手化粧品メーカ・DHCと、同社の吉田嘉明会長である。
◇渡辺喜美衆議院議員と8億円
この裁判の発端は2014年春までさかのぼる。読者の記憶の片隅に残っているであろうあの滑稽な事件である。渡辺喜美衆議院議員(当時、みんなの党代表)が、DHCの吉田会長から8億円を借りていながら、その一部を返済しなかったために、吉田会長が週刊新潮にたれ込み、両者の癒着ぶりがメディアで公になった事件である。8億円の貸し付けの背景には、吉田会長が規制緩和策の推進を切望していた事情があったと推測される。
この事件について、紙メディアやネットメディアがさまざまな論評を行った。個人のブログでも、論評が展開された。その大半は、吉田会長に対する批判だった。
これに対して吉田氏は、ほどんど同時に10件の名誉毀損裁判を提起したのである。澤藤弁護士も訴えられた。10人のうちの1人だった。他に実業家の宋文洲氏らが法廷に立たされた。
しかし、澤藤弁護士のケースにはある特徴があった。提訴時には、請求額が2000万円だったものが、その後、段階的に6000万円まで増額されたことである。原因は、提訴後も澤藤弁護士がひるまずに自分のブログで吉田批判を展開したことである。吉田会長は、言論に対して、金銭請求の増額で対抗したのである。
判決(東京地裁)は、2015年9月2日に下された。吉田氏側の敗訴だった。高裁でも、最高裁でも吉田氏の訴えは棄却された。他の9件の裁判でも、ほとんどが吉田氏の敗訴である。
澤藤弁護士は判決の確定を受けて、吉田氏の起こした裁判はスラップに該当するとして、600万円の損害賠償請求を内容証明郵便という形式で行った。吉田氏は請求を拒否。そして2017年9月に、自分に600万円の賠償責任がないことの確認を求める裁判を起こしたのである。法律用語でいえば、「債務不存在確認請求事件」である。
そこで澤藤弁護士は、「反訴」という形式で、吉田氏の側に650万円の支払いを求める裁判を起こしたのだ。スラップを認定させるための裁判である。既に述べたように提訴する権利が優先される日本では、勝訴のハードルの高い裁判である。しかし、12月15日の口頭弁論の後で開かれた集会で、藤森弁護士は、勝訴の自信を示した。
反訴状(光前幸一弁護士作成)と、澤藤弁護士の意見陳述は、澤藤弁護士のブログに全文が掲載されているので、同ブログへリンクを張っておこう。
◇喜田村弁護士の主張を永久保存
スラップを止める方法は、これから考案する必要があるだろう。スラップ訴訟を起こした側が、メーカーの場合、不買運動もひとつの方法ではないか。
ちなみに筆者も、スラップの認定を求める裁判を超したことがある。2008年から2009年にかけて、読売新聞社が筆者に3件の裁判を起こし、総額で約8000万円を請求してきたのに対して、これら3件の提訴が「一連一体」の言論弾圧に該当するとする観点から、読売に5500万円の支払いも求める裁判を起こした。筆者の敗訴だったが、裁判の検証は現在も続けている。
2017年の12月は、読売の江崎徹志法務室長と、喜田村洋一自由人権協会代表理事による著作権裁判の提訴9周年にあたる。近々にこれに関する記事を掲載する。喜田村弁護士の書面も公開予定だ。筆者が勝訴した裁判で、喜田村弁護士が何を主張し、何を企んだのか、すべて記録として永久保存している。

近い将来に車の自動運転が実現するのではないかと言われている。早ければ、2020年ごろに、遅くても2025年ごろには、ロボットが自家用車を「運転」して、人間を目的地へ運ぶ時代が実現するのではないかと言われている。マスコミも盛んに、自動運転を賞賛し、あたかもテクノロジーがもたらす生活の快適化のような報道を展開している。
が、自動運転に伴い予測される「公害」には全く言及しない。「公害」とは、自動運転車のセンサーから発せられる電磁波による人体影響である。とりわけ幹線道路の沿線住民は、原因を自覚しないまま、深刻な健康被害を受ける可能性が高い。
◇自動運転とセンサー
自動運転と電磁波の関係で特に問題になるのは、「センサー」である。これは、言うまでもなく、自動運転車が障害物などを感知するための道具である。たとえば車の数十メートル前を人が横切るのをセンサーが感知すると、ブレーキが反応して速度を落とすという風に。
センサーの仕組みについての説明は、ネット上に溢れている。簡潔なものを紹介しておこう。
自動運転システムを支える技術の1つとして外せないのが、「センサー」です。自動運転車の開発に力を入れいているテスラモーターズ(以下テスラ)では、オートパイロットを搭載した車を開発していますが、車体には10個以上ものセンサーが内蔵。「カメラビュー」「レーダー」「超音波センサー」など様々なセンサーが機能し、オートパイロットのシステムを支えています。■ 出典
「センサー」に使われるのが電磁波である。しかも一種類ではない。さまざまな電磁波が使われるようだ。代表的なものとしては、赤外線とミリ波がある。
自動運転車から赤外線やミリ波を発することで、自動運転車が走行している付近の状況を、人間の視覚に劣らないレベルで感知するのだ。
電磁波が人体に悪影響を与える事実は、1980年ごろから徐々に明らかになり、今日ではほぼそのリスクを疑う余地がなくなっている。電磁波は、人体に有害と考えるのが、世界の研究者の間では、すでに定説となっている。
昔は原発のガンマ線やレントゲンのX線などエネルギーが極めて高いものは危険だが、家電などエネルギーが低いものは安全とされていたのだが、今日では、長期間にわたって被曝した場合、エネルギーが低い電磁波(放射線)にも人体影響があるとする解釈が主流になっている。とりわけ遺伝子毒性、つまりDNAを傷つけ、癌や奇形の誘因することが問題視されているのだ。
◇赤外線とミリ波
赤外線は暖房として日常生活の中で当たり前に使われているが、長期に渡って被曝した場合、網膜を傷つけ、白内障の原因になると言われている。
「ミリ波」とはマイクロ波の中でも高い周波数(30GHz以上)を示す電磁波のことである。波長が短く、極めて危険だ。遺伝子毒性がある。
ちなみにマイクロ波とは、電子レンジやスマホに使われる電磁波の総称で、IARC(国際癌研究機関)は、2011年に発癌性の可能性があることを認定した。
マイクロ波の人体影響については、メディア黒書でもたびたび取りあげてきたので、次の記事を参考にしてほしい。
■日本人の3%~5・7%が電磁波過敏症、早稲田大学応用脳科学研究所「生活環境と健康研究会」が公表
◇日本の異常な規制値
日本の総務省が定めたマイクロ波の規制値は次の通りである、。
日本の基準:1000 μW/c㎡ (1.8GHz)
これに対して世界の著名な研究者たちでまとめたバイオ・イニシアティブ報告(2012年)では、次のような数値を推奨している。
バイオ・イニシアティブ報告:0.003~0.0006μW/c㎡ (1.8GHz)
「 μW/c㎡」という専門用語にこだわらず、数値の違いに注目してほしい。日本の数値はまったく規制値になっていないことが分かる。
しかし、不思議なことに、携帯電話基地局の周辺で電磁波の密度を測定してみると、筆者の体験では、1 μW/c㎡を超えたことはほとんどない。つまり1 μW/c㎡でも、十分に会話は可能なのだ。0.01 μW/c㎡でも通信はできる。それにもかかわらず日本政府は、1000 μW/c㎡ という馬鹿げた数値を改めようとしない。なぜだろうか?
◇軍事兵器開発と規制値
私の推測になるが、車の自動運転や将来の軍事兵器開発で、マイクロ波を利用する場合、 バイオ・イニシアティブ報告が推奨している数値(0.003~0.0006μW/c㎡ )を規制値としたのでは、開発が不可能だからではないか。国民の健康よりも、産業界を優先しているのだ。まさに「エコノミック・アニマル」の論理である。
近い将来、幹線道路の沿線に住んでいる住民の間に、相対的に癌の発症率が高いといった状況が生まれるのではないか。が、だれもその原因を指摘しないだろう。
マスコミは、この問題を大々的に取り上げるべきだろう。公害で人的な被害が発生た後では、もう手遅れなのだ。ジャーナリズムは、近未来を予測しなければならない。

【上写真】「押し紙」問題。ビニール包装された束が「押し紙」。新聞で包装されている束の中味は、「押し紙」とセットになった折込広告。撮影場所:毎日新聞販売店。.本文とは関係ありません。
莫大な量の「押し紙」が毎日、全国の新聞販売店で発生していることは、いまや周知の事実になっているが、新聞社はこの問題についてどう考えているのだろうか。このほど毎日新聞社の言い分が明らかになった。結論を先にいえば、「押し紙」はしていないという見解である。
メディア黒書で既報したように、現在、毎日新聞社は千葉県内のある販売店から「押し紙」裁判を起こされ係争中だ。東京地裁で裁判記録を閲覧したところ、搬入される新聞の約7割が残紙になっていたことを裏付ける証拠も提出されていた。当然、「押し紙」で販売店が被った損害は、全額賠償されなければならない。
ところがそれを逃れるために、毎日新聞社は実に奇妙な主張を展開しているのだ。2016年10月18日付けの準備書面を引用しておこう。執筆者は、毎日新聞社の代理人・阿部博道弁護士である。
即述のとおり、販売店では販売担当社員の訪店時などに、当月の販売状況や翌月の販売見込み、奨励金・補助金、折り込み広告収入などを総合的に勘案し、販売担当社員と合意の上で取引内容を決めるのであって、販売店側の一方的な不利益の下でその了解のないまま反訴被告(販売店)が一方的に送り付けるものでないことは、再三述べたとおりであり、反訴原告の云ういわゆる「押し紙」はない。
つまり販売店と合意した上で、7割の過剰な新聞を搬入していたというのだ。販売店と話し合いによって、新聞の「注文部数」を決めたから、「押し売り」ではないという論法である。
◇新聞特殊指定を我田引水に解釈
実はこのような詭弁は、新聞業界全体の共通認識で、たとえば読売の代理人・喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)も、読売には1部も「押し紙」は存在しないと主張してきた。裁判の各種書面にも彼の主張の記録が残っている。
しかし、新聞特殊指定で定義されている「注文部数」とは、「実配部数+予備紙(通常は搬入部数の2%)であって、それを超える部数は理由のいかんを問わず全て「押し紙」である。話し合いで決める性質のものではないのだ。たとえ予備紙の割合が2%を超えたとしても、配達されない新聞が全体の約7割を占め、しかも予備紙として利用されないまま回収されていた事実が明らかになっているわけだから、この7割の新聞は予備紙ではない。「押し紙」以外の何ものでもない。
新聞社の「押し紙」を正当化する弁護士は、新聞特殊指定でいう「注文部数」の定義を正しく理解すべきだろう。
ちなみに、この販売店の元店主は、過剰な新聞の搬入をはっきりと断っている。裁判所に提出された担当員との録音記録がそれを証明している。
山田担当が200(部)切った(減らした)て言っていますけど、それでも1000部以上余っているんですよ、だからここを基本的に直してもらわないと、(経営が)きついですよ、こんだけ紙(新聞)が余っていると。
過剰になっていた新聞が予備紙ではなかったことが、会話の録音でも立証されているのである。
毎日新聞社はいよいよ追い詰められた。

NHKに対する苦情が増えている。消費生活センターの統計によると、2007年には2000件に満たなかった相談件数が、2016年には、8472件になった。10年間で4倍になったのだ。
このデータに連動するかのように、受信料を支払わない住民をNHKが提訴する件数が増えている。筆者の知人のフリーランス編集者・ライターも、越谷簡易裁判所の法廷に立たされ、26万円の支払い判決を受けた。優越的な地位で圧倒するマスコミ企業が、同業のフリーランスから、ひと月ぶんの生活費を奪ったのだ。ジャーナリズム活動の財源を確保する手段としては、問題を孕んでいるのではないか。
◇支払督促申立て総件数 9403件
NHKが公表しているデータによると、NHKが実施した法的手続の内訳は次に通りである。
◎ 支払督促申立て総件数 ・・・9403件(平成18年11月~29年9月)
【内訳】
・解決済(支払済、分割支払中) ・・8327件 ※うち全額支払済7,448件
・判決、支払督促が確定(未払い) ・・・・909件
・訴訟中 ・・・・・54件 ※うち上訴3件
・手続中 ・・・・113件
○ 異議申立により訴訟に至った件数 ・・・4077件
・和解、裁判所による決定等 ・・2956件
・判決 ・・1,067件 ※上訴中を除く
・訴訟中 ・・・・・54件 ※うち上訴3件
○ 強制執行申立て件数 ・・・1126件
・解決済(本人支払い、強制執行で回収等)・・485件
・手続中 ・・・・641件
※強制執行実施件数 ・・・・309件 ※全額回収138 一部回収171
2.放送受信契約の未契約者に対する提訴の状況
◎ 世帯 ・・・・・281件
・解決済 ・・・220件
・判決(未払い) ・・・・32件
・訴訟中 ・・・・29件
◎ 事業所 ・・・・・・24件
・解決済 ・・・・18件
・訴訟中 ・・・・・6件
◇英国のBBCの誤り
NHKは12年間で4382件の訴訟を起こした。年間の提訴件数は平均で365件である。ほぼ1日に1件の訴訟を起こしている計算になる。トラブル対処の手段であるから、提訴行為が訴権の濫用とまでは言えないにしても、明らかに裁判を利用して、自分たちのジャーナリズム活動の資金を確保する戦略を進めていると言えよう。
こうしたビジネスモデルがジャーナリズム企業に採用され、内部の記者から批判の声があがらないのは重大だ。
最高裁は6日に、NHKの受信料徴収について「合法」の判断を示した。イギリスのBBCは、国が介入してジャーナリズムの財源を集める制度を取っているが、NHKはBBCに一歩近づいたのである。
しかし、ジャーナリズムの財源を、公権力の介入で獲得する状況が、権力からの独立を大前提とするジャーナリズムの原則から大きく外れていることは言うまでもない。
ちなみにBBCを賞賛している人々の中には、BBCの報道を賞賛した上で、NHKもBBCを手本とすべきだという考えの人が多い。しかし、視聴者が知らないだけで、BBCも「自己規制」している可能性が高い。正確にモニターしてないが、そんな話をちらほらと聞く。
こんなふうに考えると、NHKはやはり国策放送局である。政府の広報部であり、情報収集部隊である。それ以外の何者でもない。
◇安倍内閣を「支持する」が49%
ちなみにNHKが発表した12月の世論調査では、安倍内閣を「支持する」が49%で、「支持しない」35%を大きく上回った。読者は、この数字を信用するだろうか。あまりにも不自然な気がする。せめてデータの裏付けを公表してほしいものだ。

メディア黒書の次の記事に、アクセスが集中している。ここ3週間で4万5000件ほどのアクセスがあった。
■危険が指摘され始めたLED照明(ブルーライト)による人体影響、理学博士・渡邉建氏インタビュー①
2015年2月に掲載した記事だが、インターネットの特性なのか、時々、アクセス数が急増することがある。タイトルが示すとおり、この記事はLEDによる人体影響に言及したものなのだが、実はここで語られている内容に加えて、後半のインタビューが「②」が存在する。こちらも濃い内容だ。
「2」では、LEDが睡眠の質に及ぼす影響やその科学的根拠、PCの画面から放射されるLEDから目を守る方法などに言及している。重要な内容なので、以下、再録しておこう。
・・・・・・・・・・・・・・
◇LEDで睡眠障害が起こる理由
--LEDが睡眠障害の原因になるという説もありますが?
渡邉:網膜に神経節細胞というものがあります。15年ぐらい前になりますか、この細胞の新しいタイプが発見されました。ガングリオン・フォトセプターと呼ばれるもので、ここで受けた信号は、体内時計にあたる脳の視交叉上核というところへ送られます。
視交叉上核は、昼間であれば太陽光のブルーライトが目から入るために、昼間と判断して睡眠を妨げますが、夜になるとブルーライトが減るので、睡眠に入れる状態にします。ところが夜間にパソコンなどのブルーライトが多量に目に入ると、体内時計が夜と昼を勘違いして、眠れなくなるわけです。
常にブルーライトを浴びていると、1日のリズムが崩れてしまいます。少なくとも夜は、パソコンやスマフォを使わない方がいいですね。夜は赤みがかった色の明かりを使うのが賢明です。いまの白色LEDは読書には向かないですね。
ガングリオン・フォトセプターは、昼間と夜を識別するための細胞ではないかとする説が有力です。また、瞳孔の大きさをコントロールする信号を送っている細胞ではないかということも分かってきました。
◇LEDで熱帯魚の背骨が曲がった
--発癌性はどうでしょうか?
渡邉:紫外線には発癌性(毒性)があります。ブルーライトについても、活性酸素を発生させますから、免疫系に影響を及ぼし、発癌につながると思います。ですから、常時、過剰にブルーライトをあびるのは問題があると思います。
夜働いている女性が、乳ガンになる可能性が高いことは、かなり確かになってきています。夜になると、ブルーに対する感度が高くなりますから、それだけ人体影響も大きいのです。
筆者は、自宅で飼っているグッピー(熱帯魚)の水槽の照明を、通常の蛍光灯からLEDに切り替えた。その結果、腫瘍を発症するグッピーや背骨が曲がるグッピーが現れた。水草は、黒く変色した。この現象を、2014年9月1日に自身のウエブサイトで紹介したところ、20万件に近いアクセスがあった。
※筆者が自身のウエブサイト「MEDIA KOKUSYO」に掲載した奇形熱帯魚の記事
--グッピーに異変が起きた原因はLEDのブルーライトでしょうか?
渡邉:白色(青色LED内臓)を当てた結果、こういうことが起こったわけですから、それが原因だと考えてもいいだろうと思います。記事のコメント欄に、水槽がよごれていたのではないかとか、いろいろな書き込みがありましたが、背骨がまがるというのは、尋常ではないですね。
◇安全なLEDは存在するのか?
--LED照明の質によって危険度は異なりますか?
渡邉:質の高いLEDは、光の合成(3色)で白色を作ります。光の波長の組み合わせで、なるべく自然光に近いものを作ることが出来れば、よりリスクは少なくなります。
しかし、製造費が非常に高くなります。安いLEDは、青を基調にして、蛍光物質をかぶせて白色を出しているだけですから、製造費は安くなりますが、リスクは増します。多分、街灯などに使われているのは、いちばん安いタイプです。どうしてもLEDを使うというのであれば、安いものは避けるべきです。ただ、現段階では高いものでも、絶対安全とは限りません。
太陽光は、赤から青まで、あらゆる波長を持っているわけです。これが自然光です。
ところが、LEDはある特定の波長だけを使うわけです。波長の組み合わせに関して言えば、一番危険なのは、レーザーですね。特定の波長だけを出し、しかも、真っ直ぐに直進します。網膜に入ると網膜上で焦点を結びます。ですからそこが焼き切れてしまう恐れがあります。レーザー光源を覗いてはいけない。それで失明した人は多いのです。
自然光は、人類が馴染んでいますから、極端に、紫外線やブルーライトをあびない限りは、まあ安全でしょうね。
◇業界団体は安全を宣言しているが・・
--業界団体は安全宣言を出していますが。
渡邉:岐阜薬科大学や東北大学の研究成果を反映しているとは思えません。第一、これらの研究成果が公表されたのは、ここ半年のことで、しかも、ブルーライトで昆虫が死に至るという新発見にいたっては、昨年の12月の発表ですから、安全宣言に研究成果が反映されていないのが当然です。
たとえば照明学会という団体があるのですが、ここは通常のLEDの使用で問題がないだろうと言っています。
しかし、これまで「安全」と言われてきたLEDが、そう簡単な問題ではないぞ、ということになっています。東北大学の研究発表にインパクトがあるのは、殺菌作用があるのは、紫外線だけだと思われていたのが、波長が417nmとか467nmのブルーライトで昆虫が死んだからです。
--LEDの街灯などが、部屋に差し込んでいる場合の対策を教えて下さい。
渡邉:LEDの可視光線は電磁波ですが、少し性質が異なります。可視光線の実体はフォトンといふ粒子でもあると言われています。粒子でもあるし、電磁波でもある。粒子が当たって、網膜で電気的な反応が起こり、脳で光を認知しているわけです。
対処方法はいたって簡単で、光を遮断することです。しかし、LEDの光が当たる窓ガラスのカーテンは劣化します。カーテンがエネルギーを吸収しますから、色もあせます。
◇パソコンから目を守る方法
--パソコンの画面からもブルーライトが出ているわけですが、対策はあるのでしょうか?
渡邉:わたしはパソコンの画面を少し暗くしています(周辺はあかるく)。また、3原色をコントロールできるようになっているので、青色成分を落としています。そうすると画面全体がやや黄色っぽくなりますが、こうするほうが安全です。ただ、実際にどこまで効果があるのかは、分かりませんが・・・。
--赤色LEDと黄緑LEDは大丈夫ですか。
渡邉:今のところ害は報告されていないようです。LEDを直視し続けた場合などは別ですが、特に普段の生活では問題ないと思います。太陽光だって、ずっと見ていたら、眼は焼き切れますからね。
--新商品の安全性の問題をどのように考えればいいのでしょうか?
渡邉:ノーベル賞を2度受賞したキュリー夫人は、放射性物資のラジウムとかポロニウムを直に手で触っていました。はじめは危険性が分からなかったからです。その結果、晩年には、手が動かなくなったと言われています。いま携帯電話やスマフォを手にしている幼児が、大人になったとき、どうなるかはだれも知らないわけです。
スマフォや近所の携帯基地局のアンテナから放射される電磁波(放射線)は見えません。匂いも味もありません。ですから危険性に気づかない人が多いのです。分かっていないことはまだいっぱいあります。常にリスクを頭に入れておくべきだと思います。
