
ニューソク通信が制作したインタビュー番組「ついに決着!!『横浜副流煙裁判』」が公開された。
この番組は、8月20日に東京高裁で結審した横浜副流煙事件の総集編である。既報のとおり、この裁判は2017年11月、たばこの副流煙によって健康を害されたとして、隣人が隣人に対し4518万円の損害賠償を請求したことに端を発している。
裁判所は原告の訴えを棄却したが、その後、元被告が逆に元原告に対して「訴権の濫用(広義のスラップ)」による被害を理由に反訴を起こした。いわば、訴訟が訴訟を呼ぶ異例の展開となった事件である。
参考記事▶️ 東京高裁が作田学医師の医師法20条違反などを認定、控訴人の控訴は棄却、横浜副流煙裁判「反訴」
事件の全容については、以下のPDFに簡潔にまとめてある。
▶️▶️画面をクリック

「香害」とは、文字どおり香りによる被害のことである。柔軟剤など人工的な香りを伴う製品によって健康被害が生じるとされる現象を指す。
近年、『週刊金曜日』をはじめ新聞やテレビでも、化学物質過敏症と同じ文脈で「香害」が公害問題として取り上げられるようになった。しかし、その科学的根拠は極めて乏しい。
結論から言えば、疑似科学の色合いが濃い。もちろん予防原則の立場から、被害を訴える人々に一定の配慮を示すことは必要だが、科学的な視点からは説得力を欠いている。
◆化学物質への警鐘の歴史
化学物質による人体影響が大きく注目されるようになったのは、1962年に出版された『沈黙の春』以降である。この本は、当時農薬として広く使われていたDDTが鳥や魚など多くの生物に深刻な影響を及ぼしていることを警告した。タイトルの「沈黙」は、化学物質の危険性を人類が自覚しないまま、正常の生態系が失われていくことを象徴している。
1990年代にはダイオキシン問題を契機に、環境ホルモンや化学物質の人体影響が改めて注目を集めた。筆者が環境問題の取材を始めたのもこの時期である。1996年に出版された『奪われし未来』は、化学物質が生態系を汚染し、人類が知らぬ間に動物のメス化などが進んでいると指摘した。
これらの議論に共通する視点は「人類が気づかぬうちに化学物質に曝露され、長い年月を経て発がんや生殖異常といった深刻な影響が現れる」というものである。化学物質による急性症状がでないから、かえって危険だと警鐘を鳴らしているのである。
◆「香害」が従来の公害問題と異なる点
「香害」は、この従来の公害論とはまったく異なる。訴える人々は「ごく微量の化学物質を吸い込んでも急性の症状が出る」と主張しているのだ。大量の有害物質を急激に体内に取り込んだ場合に中毒症状が生じることは医学的に説明できる。しかし、健常者が微量の化学物質で急性中毒のような症状を起こすという事例は聞いたことがない。常識的にはあり得ない。
ある市民団体は「子どもの約10%が香害の被害者にあたる」とまで述べている。確かに大量の毒物に曝露されて重篤な症状に陥り、その後、微量の化学物質にも過敏に反応するようになるケースは存在する。しかし、健常者が微量の化学物質で急性症状を起こすことはあり得ない。
◆匂いの不快感と「中毒」は別問題
電車内で香水の匂いを不快に感じた経験は、多くの人が持っているだろう。しかしそれは中毒ではなく、健康被害に直結するものでもない。それにもかかわらず「子どもの10%が香害被害者」という数字が流布する背景には、アンケート調査の方法に問題があると考えられる。
回答者が「化学物質過敏症の実態を把握する」という調査の目的を理解していれば、体調不良の原因をすべて「香害」と紐づけて回答する可能性が高い。体調不良は誰にでも起こりうるし、その原因が必ずしも化学物質とは限らないのだが。こうした誘導的な調査から導かれる数字に、科学的な信頼性は見出しにくい。
◆再考が求められる「香害」論
ごく微量の化学物質が中毒的な症状を引き起こすという思い込み――。この点に科学的な裏付けはほとんどない。
微量の化学物質、例えば柔軟剤に含まれているいイソシアネイを長期にわたって体内に取り込んだ場合、健康被害が懸念されると言うのであれば理解できるが、「香害」の論理はそうではない。
「香害」を主張する市民運動には、改めて冷静な再考が求められる。
どのような主張を展開するにしろ、大前提として客観的な事実を把握する必要がある。

2025年8月度のABC部数が判明した。それによると前年同月比で、朝日新聞は、約15万部の減、毎日新聞は約26万部の減、読売新聞は約44万部の減部数となった。
毎日新聞と読売新聞の大幅な部数減に歯止めがかからない。朝日新聞は減部数の幅が減少している。
中央紙5紙では、年間で98万部の減部数となった。これはおおよそ東京新聞が3社消えたに等しい。各新聞社の部数の詳細は次の通り。
朝日新聞:3,212,827(-150,385)
毎日新聞:1,176,751(-262,406)
読売新聞:5,367,089(-438,006)
日経新聞:1,277,296(-82,974)
産経新聞:796,577(-47,910)
5紙合計:11,830,540(-981,681)
※ABC部数には、「押し紙」が含まれているので、実配部数はABC部数の2割から3割ぐらい少ないと推測される。

メキシコの主要紙EL Univarsalが、今月ノーベル平和賞を受賞したベネズエラの政治家、マリア・コリーナ・マチャドがイスラエルのネタニアフ首相とアルゼンチンのマウリシオ・マクリ前大統領に送付していた書簡を公開した。記事のタイトルは、「マチャドがネタニヤフにベネズエラへの軍事介入を要請」。自国への内政干渉を要請し、それを「力と影響力」の行使と位置付けるマチャドのスタンスを暴露した。
書簡の日付けは、2018年12月4日。「力」とは軍事介入を意味し、「影響力」とは、イスラエルとアルゼンチンの国際的な影響力を意味する。 以下、書簡の全文である。
ベンジャミン・ネタニヤフ閣下
イスラエル国首相
3 Kaplan St. Hakirya
91950 エルサレム、イスラエル
ベネズエラ国民は、現政権によって加えられている広範かつ体系的な攻撃から国際的保護を必要としています。このことは、2018年5月29日に米州機構が国際刑事裁判所に提出した報告書によっても示されています。これは、アルゼンチンを含む9か国が同じ国際機関において同政権を告発する根拠となりました。私たちはこの取り組みに深く感謝しており、それが悲劇を終わらせる決定的要素になると信じています。
ここで強調すべきは、この広範かつ体系的な攻撃に苦しんでいるのは私たちの国民だけではないという点です。その犯罪的な性質は麻薬取引やテロリズムと密接に結びついており、他国、特にイスラエルにとって現実的な脅威となっています。現政権はベネズエラ国民の自由を奪い、イランや過激派組織と密接な協力関係を示しており、これはイスラエルに対して存在的な脅威をもたらし、アルゼンチン国内にまで広がっています。1994年にAMIAで起きた反ユダヤ主義による悲劇は今もなお大陸全体にこだまし、その影響は私たちの国にまで及んでいます。
私は国際社会が「保護する責任」の原則に基づき、ベネズエラ国民に対して必要な支援を提供し、政権交代を促すべきであると強く確信しています。これにより国家的・国際的安全保障が回復されるからです。このため私は、世界の主要国の指導者たちに働きかけ、国連安全保障理事会においてベネズエラ国民を保護するための有効な措置を採択するよう求めました。これは必然的に国際安全保障の強化を伴います。本日、イスラエルとアルゼンチンに、専門知識と影響力を活用して、安保理において迅速かつ緊急の決定が下されるよう尽力していただきたいのです。
これらの措置は不可欠です。なぜなら、現政権がもたらすものは大陸規模の安全保障上の焦点であり、難民問題を引き起こしているからです。国連難民高等弁務官事務所や国際移住機関は、現在のベネズエラからの難民危機がアメリカ大陸史上最大であることを確認しています。数百万の人々が避難し、その大部分が近隣諸国に押し寄せています。私たちは彼らを常に受け入れ、支援していますが、政権交代が実現しない限り、地域的・大陸的・世界的な安全は危機にさらされ続けます。
さらに重要なのは、イスラエルとの長年にわたる関係です。私たちはその協力、同盟、貢献に深い感謝と尊敬を抱いています。イスラエルは最近、数多くの国際的支援活動において特別な役割を果たしました。ベネズエラは、イスラエル建国決議(国連総会決議181号、1947年11月29日)に賛成した国の一つでした。1948年5月14日のイスラエル独立後、私たちは誇りをもってその友好関係を維持してきました。
この困難な時期を乗り越え、自由、民主主義、そして繁栄を取り戻すことができれば、イスラエルとの歴史的な関係はさらに強化されることでしょう。

執筆者:弁護士江上武幸(福岡・佐賀押し紙弁護団)2025年10月12日
戦後80年にわたって日本がアメリカの事実上の支配下におかれてきたことは、ネット情報により国民に広く知れわたるようになりました。前回述べたとおり、司法の世界(裁判所・検察庁)もアメリカ支配のもとにおかれてきました。
*元外交官孫崎享氏の「アメリカに潰された政治家たち」(河出文庫)をご一読ください。
*グーグルで「日米合同委員会」・「年次改革要望書」を検索して下さい。
日米合同委員会は、在日米軍将校と中央省庁の官僚とで構成する政治家抜きの秘密会議です。日本側参加者の肩書をみると、軍事・外交・防衛問題のみならず立法・司法・行政の国政全般について継続的に協議が行われていることがわかります。
日米合同委員会は月2回程度開催されているとのことで、これまでの開催数は2000回におよぶとの指摘もあります。
そこでの協議内容は、国会に報告されることも国民に公表されることもありません。
* グーグルで「日米合同委員会議事録公開訴訟」を検索ください。
日本のエリート官僚は、戦前は天皇支配のために、戦後はアメリカ支配のために生涯を捧げているといっても過言ではありません。日米合同委員会に各省庁を代表して出席できる地位につくことが官僚としての出世コースの最終ゴールであると考えて日常業務に従事しているとしても不思議ではありません。
大臣や国会議員が短い期間で国政の場から退場していくのに比べると、各省庁の官僚は大学卒業後、定年退官まで人生のすべてをかけて国政の中枢に座り続けるのですから、国を動かしているのは自分たち官僚であると自負するのもあながち無理からぬことかもしれません。しかも、在職中「つつがなく」上司の指示・命令に従って業務を遂行すれば、出世につながり、職を辞したあとは優雅な天下り生活が待っています。
しかし、国家権力が最終的に帰着するところは、最大の暴力装置である軍隊であることは歴史の証明するところです。アメリカの支配下におかれている我が国においては、国家権力は最終的には駐留米軍と自衛隊に帰属します。この点は、冷静に見ておく必要があります。自衛隊の文民統制も究極においては絵に描いた餅になることが必至です。
近時、自衛隊は陸・海・空を問わず米軍との共同訓練を拡大しています。実際に戦争が始まった場合、自衛隊が米軍の指揮下にはいることは避けられません。共同訓練の積み重ねによって、自衛隊員があたかも世界最大の核保有国であるアメリカの軍隊の一員であるかのように錯覚し、米軍に先んじて無謀な軍事行動に出る可能性も否定できません。
防衛大学生が入学直後、大量に退学している情報がネット上散見されます。退学の理由はともかくとして、早々に防衛大学での生活をあきらめ退学を選択した学生達と違い、残った学生は軍事大国としての復活を目指す思想に染まりやすいのではないかと懸念します。
日々、猛烈な軍事訓練に耐えてきた防衛大学卒業の自衛隊幹部が、文民統制という名で上位に立つ同世代の一般大学卒業の文官を内心で軽くみたとして不思議ではありません。
防大生の職業軍人としての自尊心・おごりたかぶりの萌芽は、戦前の帝国陸・海軍人の姿をみるまでもなく、制服姿で靖国神社の参道を行進する姿をみれば容易に想像がつきます。
災害時に被災者を救護した経験のある自衛隊員はともかく、日夜、日本の防衛のためということで人殺しのために厳しい訓練に耐えている血気盛んな若者が、いつしか世界最強の米軍と共に戦場に立つ日が来ることを夢見たとしても不思議ではありません。
次に、年次改革要望書は、アメリカ政府の日本政府に対する規制緩和や市場開放を求める要望事項(実際は命令に等しい)を記載した文書です。日本政府はこれを受けて関係省庁の官僚に検討と実行を指示し、官僚は進捗状況をアメリカに定期的に報告する仕組みになっています。鳩山民主党政権時代にいったん終了しますが、その後も形を変えて継続しています。
そこに書かれた要望事項は、建築基準法・独占禁止法・著作権法・労働者派遣法などの基本法の改正や郵政民営化・法曹人口の大幅増加などの具体的かつ詳細で、広範にわたっています。
司法にもアメリカ支配が及んでいることは、米軍立川基地違憲判決(伊達判決)を最高裁判決で取消すための方策を田中耕太郎最高裁長官とアメリカ大使が密談で決めたことを紹介したとおりです。
* 検察庁については、戦後、GHQによる東京地検特捜部の誕生秘話を検索ください。
* 歴史に仮という言葉が許されるならば、当初予定されていた田中二郎氏が最高裁長官に指名されておれば、我が国の司法の歴史はもっと違ったものになっていたことでしょう(岡口基一元裁判官のSNSでの発言)。
司法の独立と裁判官の独立を守るのは裁判官の責任だけではありません。検察官・弁護士を含む法曹三者全体の責任です。
最高裁と検察庁の中枢はアメリカ支配を積極的に受け入れてきた戦前の司法官僚とその後継者たちによって占められてきました。従って、アメリカが裁判所・検察庁については、直接間接に影響力を及ばすことは可能です。
ちなみに、京都大学法学部卒業で検事になった同期の友人は、「就任して6年目に将来同期の誰がどの程度まで出世するかが分かるようになった。」と述懐してくれました。裁判官の世界も同じです。
しかし、弁護士の場合、単位弁護士会と日本弁護士連合会の会長は会員の選挙によって選ばれますし、そもそも民間組織であるためアメリカの支配はおよびません。
弁護士は治安維持法に基づく検察局・裁判所による思想弾圧事件を弁護してきた戦前の歴史から、新憲法のもとで認められた三権分立・司法の独立・裁判官の独立を守ることの重要性を最も強く感じていました。
新憲法施行に伴い「司法研修所」が設置され、司法研修所を卒業するときに裁判官・検事・弁護士のいずれかの道を選択する制度に変わりました。
司法研修所の2年間の生活で法曹の卵たちは法曹三者の一体感を醸成してきました。私達世代は、裁判官・検察官・弁護士の立場の違いを超えて、司法の独立・裁判官の独立を一致協力して擁護しようとする気持ちは同じでした。しかし、アメリカの支配を甘んじて受け入れた戦前の裁判官・検察官は、戦後の司法研修所で培われた次世代の法曹三者の一体感を理解することも尊重することもできませんでした。
石田最高裁長官らによる青法協所属裁判官の脱会工作や再任拒否、修習生の任官拒否による思想統制については、結局、外部の日本弁護士連合会が中心になって反対するほかありませんでした。
1969年 定期総会 司法権の独立に関する宣言
1970年 臨時総会 平賀・福島裁判官に対する訴追委員会決定に関する決議
1971年 臨時総会 裁判官の再任拒否に関する決議
1971年 臨時総会 司法修習生の罷免に関する決議
1971年 定期総会 司法の独立に関する宣言
1972年 定期総会 裁判官の再任・新任拒否に関する決議
1973年 定期総会 最高裁判所裁判官の任命に関する決議
1973年 臨時総会 裁判官の再・新任に関する決議
1975年 定期総会 司法研修所弁護教官の選任および新任拒否に関する決議
1976年 定期総会 司法研修所における法曹教育に関する決議
1977年 定期総会 裁判官新任拒否に関する決議
1978年 定期総会 裁判官新任拒否に関する決議
1979年 定期総会 裁判官新任拒否に関する決議
最高裁の裁判官の思想統制に真っ向から反対する弁護士や日本弁護士会の存在がアメリカや最高裁にとって目障りだったことは疑いようがありません。
アメリカは1997年の年次改革要望書に「日本政府は、1998年(平成10年)4月1日から、最高裁判所の司法研修所の修習生受け入れ数を年間1500人以上に増やすことによって、日本弁護士の数を大幅に増やすべきである。」と記載しました。
翌1998年の要望書には「日本政府は、最高裁判所司法研修所の修習生受け入れ数を可及的速やかに、遅くとも2000年(平成12年)4月1日以降に入所する修習生クラスから年間1500名以上に増やすべきである。」と記載しました。
1999年の要望書には「日本政府はできる限り速やかに、しかし遅くとも2001年(平成13年)4月1日に開始される研修までに、最高裁判所司法研修所による修習生の受け入れ数を年間2000名以上に増やす必要がある。」と記載しました。
2000年の要望書には「米国は、自由民主党司法制度調査会が2000年5月に提言した目標(ある一定期間内にフランスのレベルに到達する)のように、弁護士数をある一定数、大幅に増加させることをもとめる。」と記載しました。
(注):フランスのレベルとは、年間3000人程度の数を意味します。
アメリカ政府が日本政府に司法試験合格者の大幅増員を求めた背景には、日本の弁護士の経済的・社会的地位の低下、裁判官・検察官に対する弁護士の相対的地位の低下、ひいては日本弁護士連合会の政治的影響力の低下を実現する意図が隠されていたと考えざるを得ません。
法曹人口の増大と法科大学院の導入が完全な失敗であったことは誰の目にも明らかになっています。しかし、日本の司法の破壊を目的としたアメリカにとっては大成功だと評価することが出来ます。郵政民営化の成功体験と同じです。
◆◆◆
次回の投稿は、法科大学院の導入と法曹人口の増員が日本の司法をいかに破壊しているか、その現状を個人的感想を交えて述べさせていただきたいと思います。
(追記) 現在の司法の状態をどのように立て直していけば良いのか考えると気が遠くなります。
なお、参考のために以下の動画と書籍をご覧頂ければ幸いです。
・ れいわ新選組の山本太郎氏の参議院文教委員会における質疑(2019年6月18日開催)
「アメリカ様の要求通りは、学問の世界も?」(ユーチューブ動画)
前法務大臣河井克行氏著
「司法の崩壊-新任弁護士の大量発生が日本を蝕む—」(PHP研究社刊)

政府など日本の公権力機関は、どの程度まで「押し紙」問題を把握しているのだろうか。2009年7月10日、岩國哲人議員(故人、民主党)が提出した「新聞発行部数に関する質問主意書」は、日本ABC協会が公表している新聞発行部数の信頼性に真っ向から疑問を呈している。具体的には、ABC協会が断続的に実施してきた新聞販売店への立ち入り調査で明らかになった次の事実に触れている。核心部分を引用しよう。
ABC(黒薮注:日本ABC協会)が二〇〇七年九月までに全国七十九紙の販売店を調査した結果、「正常」だったのは四十六店のみで、残りの店では帳簿の改ざんや、本社からの配送部数と実際の配達部数に異常な隔たりが見つかったとのことである。
こうした事情を踏まえ、日本ABC協会は「今後、新聞社本社と販売店双方の実地調査に加え、工場から販売店を経て各戸配達される流通各段階で調査を行うことを検討している」としている。
販売店サイドからは、ABC協会が販売店に立ち入り調査を行う際、発行本社に対象となる販売店と調査日を通知し、その情報がさらに販売店へ伝達されているという内部告発が行われてきた。
岩國議員は、公表されている発行部数の信頼性に疑問を投げかけた上で、河野洋平・衆議院議長に対して次の三つの質問を提示した。
一 「押し紙」行為を右のように定義した場合、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第十九条(不公正な取引方法(第二条第九項)の禁止)及び公正取引委員会告示「不公正な取引方法」第十四項(優越的地位の濫用)等に抵触しうるか。
二 一九五八年以降、これまでに新聞各社の「押し紙」行為が公正取引委員会の指導、調査等の対象となったことがあるか。
三 経済産業省としては、通商産業省時代も含め、これまでに新聞各社の「押し紙」行為を把握したことがあるか。あるとすれば、新聞各社またはABCに対し行政指導等を行ったことがあるか。
右質問する。
これに対して当時の麻生太郎首相は、次のように回答している。
一について
御指摘の「「押し紙」行為」が、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第二条第九項の規定に基づき公正取引委員会が指定する、新聞業における特定の不公正な取引方法(平成十一年公正取引委員会告示第九号)第三項又は不公正な取引方法(昭和五十七年公正取引委員会告示第十五号)第十四項に規定する不公正な取引方法に該当する場合には、同法第十九条の規定に違反することとなる。
二について
公正取引委員会においては、株式会社北國新聞社に対し、その取引先新聞販売業者に同社が定める目標部数を提示してほぼその部数で取引することにより、当該新聞販売業者が実際に販売している部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた注文部数を超えてその日刊新聞を供給するという行為を行っていたものとして、平成十年二月十八日に、当該行為の取りやめ等を命じる審決を行った。
三について
経済産業省及び旧通商産業省が、社団法人日本エービーシー協会から、御指摘の「新聞各社の「押し紙」行為」を把握したとの報告を受けたことはない。
ちなみに岩國議員は、議員を退職した後の2010年、当時、自民党政務調査会長だった石破茂議員の要請を受け、自民党政務調査会顧問に就任している。本題から外れるので詳述しないが、民主党と自民党が同じ方向性を示した一例といえる。
◆◆
しかし、「押し紙」問題に言及してきた国会議員は岩國議員に限らない。「新聞の押し紙についての実態解明を求めることに関する請願」を提出した稲田朋美議員をはじめ、故・安倍晋三首相も「押し紙」に触れている。さらに1980年代前半には、共産党、公明党、社会党が超党派で15回にわたって国会質問を行っていた。その後も断続的に「押し紙」問題は国会で取り上げられている。
それにもかかわらず、この問題に本格的なメスが入る兆しは全くない。裁判所も「押し紙」問題に関する国の姿勢に歩調を合わせるかのように、新聞社を擁護するスタンスを維持してきた。
◆◆
「押し紙」により新聞社(特に中央紙)がどれほど莫大な利益を上げているかは、毎日新聞社の内部資料「朝刊 発証数の推移」を見れば一目瞭然である。
この資料によると、2002年10月時点で新聞販売店に搬入される毎日新聞の部数は約395万部であるのに対し、発証数(読者に発行される領収書の数)は251万部だった。差異の144万部が「押し紙」に相当する。この144万部には「朝刊・夕刊セット」も含まれているが、誇張を避けるためすべて「朝刊」単独として試算する。
一方、新聞1部の卸価格も誇張を避けるために、「朝刊」単一版の価格が1500円(定価の約50%)として計算すると、次のようになる。
1500円 × 144万部 = 21億6000万円(月額)
最小限に見積もっても、毎日新聞社全体で「押し紙」から月に21億6000万円の収益が上がる計算になる。年間では次の通りだ。
21億6000万円 × 12か月 = 259億2000万円
毎日新聞社は、販売店が「押し紙」を買い取るための補助金を支出しているとはいえ、不透明な収益規模は尋常ではない。
このような「押し紙」による「収入」は粉飾決算の一種ではないかと指摘する見方もあるが、現時点では、国税局は問題視していない。
◆◆
このように「押し紙」には重大な問題が含まれている。しかし、この問題は50年以上も放置されてきた。
なぜ日本の公権力機関は、「押し紙」を把握していながら、それを黙認しているのか。結論を先に言えば、それは新聞社を「政府広報」として利用するための国策である可能性が高い。

次の記事は、2017年3月14日にメディア黒書に掲載した記事の再録である。高市早苗・自民党総裁が総務大臣の時代に行ったマネーロンダリングの手口を解説したものである。
他にも高市総裁に関する記事は、新聞業界からの政治献金問題をはじめ、メディア黒書に多数掲載している。
市総務大臣に対する刑事告発が受理された。
筆者らの刑事告発を奈良地検が受理したのである。高市氏による「マネーロンダリング」の手口を、奈良地検は詐欺罪として受理したのである。。
なぜ、「マネーロンダリング」なのか?具体的な資料を示しながら、それを解説しておこう。
繰り返しになるが、高市氏がやっていた不正は還付金制度を悪用したものである。次のような仕組みだ。
議員が代表を務める地元の政党支部へ有権者が政治献金を行った場合、税務署で所定の手続きをすれば、寄附した金額の30%が戻ってくる。たとえば1000万円を寄付すれば、300万円が戻ってくる。
高市議員はこの制度を悪用して、自身の政党支部へ献金を行い、還付金を受けていたのだ。しかし、租税特別措置法の41条18・1は、還付金の例外事項として、「その寄附をした者に特別の利益が及ぶと認められるものを除く」と定められている。つまり議員がこれをやれば違法行為である。それが地検の見解だ。
高市氏は、「投資資金」の一部を、自身の政党支部から調達していたのである。つまり資金を還流させ、その還流のプロセスで還付金を受けていたのだ。計画性があって極めて悪質といえよう。
◇資金の還流を検証する
次に示すのが、高市氏の政党支部(自民党奈良県第2選挙区支部)から、高市氏が受けた寄付を示す証拠である。
2009年8月10日に580万円、8月28日に200万円の寄付を受けている。これを原資とし、その他の「資金」も加算し、2009年度に「山本早苗」の名前で、総額約1620万を自分の政党支部に寄付している。
この寄付を根拠として、高市氏が受け取った還付金は約485万円である。その証拠は、次の還付金を受けるための手続きを示す書面だ。
計画的に資金を還流させることで、約485万円の還付金を手に入れたことになる。
◇「客観報道」すら放棄
こうした行為に違法性があるかどうかは意見が分かれているが、地検は違法と判断したのである。それ自体がニュースである。政治家の倫理として問題があるのは間違いない。新聞・テレビは、この事件を報道すべきだろう。一国の総務大臣に対する刑事告発が受理された事実は、極めてニュース性が高い。
報道しないようであれば、マスコミ関係者が常に口にする「客観報道」すら実行していないことになる。「客観報道」が神話・幻想であることを認めたも同然だ。
高市氏は、総務大臣を辞任すべきだろう。

「押し紙」の正確な定義を説明しよう。「押し紙」は、広義には、新聞社が新聞販売店に対して「押し売り」した新聞という説明が定着している。したがって、「押し紙」の損害賠償を求める裁判で、新聞販売店の残紙が「押し紙」であることを立証するためには、その残紙が押し売りによって発生したことを証明しなくてはならない。当然、そのハードルは高い。
ハードルが高いのは、新聞販売店が新聞社に送付する新聞の発注書には、新聞社の指示により、実配部数(実際に配達している新聞)をはるかに超えた部数が記入されるからである。発注書は販売店が作成した書面であるため、「押し売り」ではなく、販売店が自主的に発注した部数ということになってしまう。新聞人が考え出した狡猾な論理と手口である。
◆◆
しかし、新聞特殊指定でいう「押し紙」とは、実配部数と予備紙(2%)をあわせた部数を「注文部数」と定義し、それを超える新聞のことである。新聞特殊指定の下では、「押し紙」の定義も特殊なものになっているのだ。公正取引委員会は「押し紙」を取り締まるために、1964年にこの定義を採用したのである。次に示すのが条文である。
【1964年】新聞の発行を業とする者が,新聞の販売を業とする者に対し,その注文部数をこえて,新聞を供給すること。
ここでいう「注文部数」とは、既に述べたように実配部数と予備紙(2%)のことである。したがって、新聞社が「注文部数」を超えた部数を販売店に搬入すれば、理由のいかんを問わず「押し紙」である。
このような「押し紙」の解釈は周知の事実となっている。新聞特殊指定を運用するための細則にもその旨が記され、裁判所もそれを認めている。つまり「押し紙」の正確な定義とは、「押し売り」された新聞ではなく、「実配部数+予備紙(2%)」を超えた部数のことなのである。
ところが1999年に、公正取引委員会は新聞特殊指定を次のように変更した。
【改定後1999年】販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む)。
大きな違いは「注文部数」が「注文した部数」に変更された点である。
最近の「押し紙」裁判で大きな争点のひとつになっているのが、この「注文部数」と「注文した部数」の定義の違いである。読売の代理人を務めてきた喜田村洋一・自由人権協会代表理事らは、「注文した部数」とは文字通り販売店が新聞の発注書に書き込んだ部数であると主張してきた。他の新聞社も同じ見解である。
◆◆
これに対して江上弁護士らは、1964年の新聞特殊指定の「注文部数」の定義がそのまま現在も継続されていると主張している。
「押し紙」裁判を担当した裁判官は、一人の例外もなく喜田村弁護士らの主張を支持してきた。それを根拠に「押し紙」による損害を認めてこなかったのである。
ところが最近になって、喜田村弁護士や裁判所の見解が誤っていることを示す文書の存在が明らかになった。当時、新聞特殊指定の改定に際して公正取引委員会と交渉していた読売新聞の滝鼻卓雄氏が、交渉の経緯を報告したレポート(『新聞経営』1999年3月、日本新聞協会刊)の中で、「押し紙」の解釈について、次のように述べているのだ。
❸押し紙禁止規定については、禁止行為を明確化するため、条文改正を行った。
「禁止行為を明確化するため、条文改正を行った」わけだから、「注文部数」から「注文した部数」へ言葉を変更することで内容を明確化しただけであり、定義そのものは従来と変わらないことになる。江上弁護士の主張の方が正しい。
最近、日本の裁判官の職能が恐ろしく劣化していると言われている。提出された書面を正確に理解しているのかも疑わしい。

『週刊金曜日』(9月26日付)が、「化学物質だらけで医療や介護が受かられません」と題する記事を掲載している。執筆者は環境ジャーナリストの加藤やすこ氏で、化学物質や電磁波による人体影響に詳しく、市民運動も組織している人物である。
この記事は、化学物質過敏症を考える際の重大な視点が欠落しているので、指摘しておく。なお、私は環境問題を取材してきた立場ではあるが専門家ではない。したがって、以下に述べることは、私が取材を通じて学んだ考察であることを付記しておく。
加藤氏は記事の中で、化学物質過敏症が原因で介護や医療を受けることに支障を来している人の事例をいくつか紹介している。医療や介護の現場にはさまざまな化学物質があふれており、そのために医療機関を利用できなかったり、介護士との接触が困難になっているという。例えば次のような事例である。
【小林さんのケース】
「小林さんは化学物質過敏症と電磁波過敏症を併発しており、ごく微量の化学物質や電磁波で頭痛や目まいに苦しむ。以前は症状を理解し、香料や化学物質を身につけない看護師がいたが、退職したため介護を受けられなくなった」
「(略)介護士には家に入る直前に下着や靴下を交換してもらい、小林さんはようやく介護を受けられる状態になる。」
【Aさんのケース】
「愛知県に住むAさん(58歳)も、介護士を見つけるのに苦労した。10年前に脳神経疾患を発症し、焼けるような痛みやひどいめまいに襲われるようになった」
「その後、柔軟剤やシャンプーなどの香りに敏感になり、介護士や看護師の制服の香料など、さまざまな化学物質や電磁波に反応するようになった。そして、化学物質過敏症と電磁波過敏症だと診断された」
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加藤氏が紹介した2人の症状は、おそらく客観的な事実である。本人には加藤氏が描写したような症状が実際に現れている可能性が高い。
ただし問題は、こうした症状の原因を単純に化学物質や電磁波に結び付けている点である。たとえばAさんの場合、「10年前に脳神経疾患を発症し、焼けるような痛みやひどいめまいに襲われるようになった」経緯がある。したがって体調不良の原因は脳神経疾患にある可能性の方がはるかに高い。
この点について、化学物質過敏症に詳しい舩越典子医師は、何らかの原因で神経が傷つくことで、加藤氏が指摘するような症状が現れるケースがあると指摘している。従って、傷ついた神経を修復すれば症状は改善する。従来、化学物質過敏症は「不治の病」とされてきたが、必ずしもそうではないという考えである。実際、舩越医師は、化学物質過敏症と自己診断していた患者を根治した症例も報告している。
【参考記事】化学物質過敏症は不治の病気ではない。舩越典子医師インタビュー
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舩越医師の理論を裏付ける公的文書も存在する。東海大学医学部の坂部貢医師(写真)は、「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務」と題する報告書の中で、化学物質過敏症と同じ症状を示す患者には精神疾患の症状が見られる場合があると述べている。精神疾患との併症率はなんと80%にも達するという。
この報告書が公表されたのは平成27年、すなわち2015年である。つまり9年前にはすでに、化学物質過敏症の伝統的な解釈に疑問が提起されていたのである。
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私の取材経験からすると、微量な化学物質や電磁波に反応する人は確かに存在するが、その割合は少ない。少ないからといって無視できる問題ではないが、電磁波過敏症を訴える人の中には、実際には別の病気に罹患している人もいるのだ。不可解な症状を訴える人に対して、安易に化学物質過敏症の診断を下し、他の治療を避けてしまうと、悲劇的な結果になりかねない。
加藤氏が指摘するように、化学物質が有害であり、日本政府による規制が欧米に比べて緩いのは事実である。しかし、それを理由にアンケートなどを実施して、体調不良の原因を安易に化学物質過敏症に結び付けることには問題がある。

公正取引委員会は、1999年の新聞特殊指定の改定をめぐって、公正取引協議会(日本新聞協会の新聞販売担当部門)との間で行った新聞特殊指定(「押し紙」や新聞拡販に関する法律)に関する交渉記録が、多数存在することを認めた。
既報したように筆者は、1999年の新聞特殊指定の改定に関する交渉記録の全部を開示することを求めて、情報公開請求を行った。ところが公正取引委員会が公開したのは、1998年10年3月 3日付け「新聞業の景品規制の見直しについて」と、それに付随した「(新聞協作成記録用メモ)」の1件だった。
※だたし、開示された文書の大半は黒塗りになっていた。
そこで筆者は、公正取引委員会に対して異議を申し立てた。公正取引員会と新聞公正取引協議会が交渉を行った日付けを具体的に明記して、全部を公表するように求めたのである。具体的な日付けは、次の通りである。
•1998年:10月8日、12月1日
•1999年:2月9日、3月5日、3月18日、4月21日、4月28日、5月12日、5月13日、5月17日、5月27日、8月9日
なぜ、これらの日付けを特定できたかと言えば、新聞公正取引協議会の事務局が置かれている日本新聞協会の雑誌『新聞経営』に、交渉の経緯が記録されているからだ。当時、交渉のリーダーを務めていた読売新聞の滝鼻太郎氏らが、この件に関して記事を投稿している。
筆者からの異議申し立てを受けて、公正取引委員会は、9月22日付けの文書、「行政文書開示決定通知書(公取取第60号)に対する異議申立てについて」で、情報を開示を検討する旨を通知してきた。
なぜ、最初から全文書の開示に応じなかったのかについては、次のように説明している。
(わたしが情報公開請求の際に提出した)開示請求書には「・・・公取委と新聞公正取引協議会の間で・・・」と記載されており、「日本新聞協会」との文言はありませんでした。
新聞公正取引協議会と日本新聞協会は別の組織であるから、「公取委と新聞公正取引協議会の間で」行われた話し合いは、限定的であるというのだ。たしかに厳密な法律的観点からいえばその通りだが、新聞公正取引協議会と日本新聞協会は、一体化しているというのが、通念となっているのだから、最初に筆者が情報公開請求を行った段階で、補正することはできたはずだ。公正取引委員会からの回答は、次の通りである。
今後、筆者は1999年の新聞特殊指定における「押し紙」関連の全文書を開示させるための諸手続きに入る。
【参考記事】読売の滝鼻広報部長からの抗議文に対する反論、真村訴訟の福岡高裁判決が「押し紙」を認定したと判例解釈した理由

今年4月21日、筆者は公正取引委員会に対し、「押し紙」問題に関する公文書の公開を求めて情報公開請求を行った。しかし、該当文書の大半が不開示とされた。
そこで筆者は、行政不服審査法(平成26年法律第68号)に基づき、公正取引委員会の茶谷栄治委員長(冒頭写真)に対して異議を申し立てた。
以下に、異議申立書の全文を掲載する。申し立てに至る経緯については、次の記事で詳しく紹介している。
■公取委が「押し紙」に関する公文書を黒塗り、情報公開請求で新聞協会との談合疑惑が浮上、迷宮の中、新聞特殊指定を骨抜きにした理由
異議申立書
茶谷栄治・公正取引委員長殿
埼玉県●●市●●町、号
黒薮哲哉
行政不服審査法(平成26年法律第68号)の規定に基づき、公正取引委員会が令和7年6月27日付けで筆者に通知した「行政文書開示決定通知書」の内容に異議を申し立てる。わたしは、平成7年4月21日付けで、公正取引委員会の原一弘・経済取引局取引部長に対して、情報公開請求を行ったが、意図的な情報隠蔽が行われた。請求内容は次の通りである。
「『1998年(平成10年)1月に公正取引委員会が下した(株)北國新聞社に対する「押し紙」の排除勧告の後、1999年(平成11年)8月に公正取引委員会が新聞特殊指定を改訂して、従来の「注文部数」を「注文した部数」に変更(「新聞業における特定の不公正な取引方法」の箇所)するまでの期間に、公取委と新聞公正取引協議会(黒薮注:日本新聞協会)の間で行われた話し合いの全記録。』」
請求の趣旨を端的にいえば、おおむね「1998年(平成10年)1月」から「1999年(平成11年)8月」の期間に、「公取委と新聞公正取引協議会の間で行われた話し合いの全記録」の情報開示である。しかし実際に公正取引委員会が開示した文書は、平成10年3月3日付けの「新聞業の景品規定の見直しについて」と、それに付随するメモ書きの1件にとどまった。
ところが、「1998年(平成10年)1月」から「1999年(平成11年)8月」の期間に「公取委と新聞公正取引協議会の間で行われた話し合い」は、複数回に及んでいることが業界紙各紙で明らかになっている。1998年10月以降に限っていえば、日本新聞協会が発行する『新聞経営』(1999年3月号)にも、両者が話し合いを行った日程が記録されており、この期間だけでも12回行われている。
【該当日程】
•1998年:10月8日、12月1日
•1999年:2月9日、3月5日、3月18日、4月21日、4月28日、5月12日、5月13日、5月17日、5月27日、8月9日
当時、日本新聞協会の「新聞再販と特殊指定に関するプロジェクトチーム」の座長であり、読売新聞社の渡邊恒雄社長の腹心であった滝鼻卓雄氏も、『新聞経営』(日本新聞協会発行、1999年3月号)の中で、両者が複数回にわたり「話し合い」を繰り返した経緯を報告している。
したがって、本件情報公開請求の窓口となった公正取引委員会の原一弘・経済取引局取引部長は、請求内容の主旨に従って全記録を開示すべきである。改めて、法律に基づき職務を誠実に履行するよう求める。
添付資料:『新聞経営』(日本新聞協会)の12ページから25ページ







