現在、日本ABC協会が採用している部数の公表方法のひとつは、区・市・郡単位の部数を半年ごとに表示するものである。4月と10月に『新聞発行社レポート』と題する冊子で公表する。しかし、この表示方法では時系列の部数の変化がビジュアルに確認できない。たとえば4月号を見れば、4月の区・市・郡単位の部数は、新聞社ごとに確認できるが、10月にそれがどう変化したかを知るためには、10月号に掲載されたデータを照合しなくてはならない。冊子の号をまたいだ照合になるので、厄介な作業になる。

そこでわたしは、各号に掲載された区・市・郡単位の部数を時系列で、エクセルに入力することで、長期間の部数変化をビジュアルに確認することにしたのである。

かりにある新聞のABC部数に1部の増減も起きていない区・市・郡があれば、それは区・市・郡単位で部数をロックしていることを意味する。ABC部数は新聞の仕入部数を反映したものであるから、その地区にある販売店に対して、ノルマ部数が課せられている可能性が高くなる。

新聞は「日替わり商品」なので、販売店には残紙を在庫にする発想はない。正常な商取引の下では、読者の増減に応じて、毎月、場合によっては日単位で注文部数を調節する。販売予定のない新聞を好んで仕入れる店主は、原則的には存在しない。

販売店に搬入される総部数のうち、何パーセントが「押し紙」になっているかはこの調査では判明しないが、ノルマ部数と「押し紙」を前提とした販売政策が敷かれているかどうかを見極めるひとつのデータになる。

従前は、販売店の内部資料が外部に暴露されるまでは、「押し紙」の実態は分からなかったが、この新手法で新聞社による「押し紙」政策の有無を地域ごとに判断できるようになる。

ちなみに「押し紙」は独禁法違反である。

 

◆香川県の市郡を対象とした調査

が、こんな説明をするよりも、実際に作成した表を紹介しよう。下記の表は、香川県の市・郡をモデルにして、朝日新聞を調査した結果である。同一色のマーカーは、ロック部数と期間を示している。

上の表から、たとえば丸亀市のABC部数の推移を検証してみよう。次に示すように、2016年4月から2018年10月の約3年の間、朝日新聞の部数(読者数)は一部も変動していない。常識的にはあり得ないことだ。

2016年4月:7500部
2016年10月:7500部
2017年4月:7500部
2017年10月:7500部
2018年4月:7500部
2018年10月:7500部

東かがわ市に至っては、3年間に渡って同じ部数がロックされている。また、高松市の場合は、ロックの期間こそ1年だが、5年間でロックが3度も行われている。しかも、その部数は、それぞれ2万2002部、1万8877部、1万3882部と大きなものになっている。

◆長崎県の市郡を対象とした調査

次に示すのは、長崎県の朝日新聞のケースである。香川県のようにすさまじい実態ではないが、西彼杵郡などで典型的なロック現象が確認できる。

なお、2019年10月から翌年の4月にかけて、西彼杵郡の部数が一気に590部も増えている。その反面、長崎市の部数が一気に1913部減っている。(いずれも表中に赤文字で表示した。)不自然さをまぬがれない。

◆読売新聞との比較

モデルケースとして香川県と長崎県を選んだのは、「押し紙」裁判を取材する中で、これらの県で部数をロックしている可能性が浮上したからだ。

さらにわたしは全国の都府県を抜き打ち調査した。その結果、東京都と大阪府を含む、多くの自治体でロックが行われていることが判明した。

香川県と長崎県における読売新聞社の部数ロックについては、9月7日付けの記事、「読売新聞の仕入部数「ロック」の実態、約5年にわたり3132部に固定、ノルマ部数の疑惑、「押し紙」裁判で明るみに」で紹介している。

◆名古屋市の17区を対象とした調査

名古屋市の各区における朝日新聞のロックについても、データを紹介しておこう。やはり部数のロックが確認できる。

わたしがこの調査結果を最初に公表したのは、ウェブサイト「弁護士ドッドコム」である。その際に朝日新聞社は、「本社は、ASA(黒薮注:朝日新聞販売店)からの部数注文の通りに新聞を届けています。 ASAは、配達部数の他に、営業上必要な部数を加えて注文しています」とコメントしている。

このような弁解がこれまで延々とまかり通ってきたのである。それが「押し紙」問題が解決しない原因だ。

一方、日本ABC協会は部数ロックの現象について、わたしが行った別の取材で次のように答えている。日経新聞の部数ロックを提示した際の見解であるが、一般論なので他の新聞社についても当てはまる内容だ。参考までに紹介しておこう。

「ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。」

◆独禁法の新聞特殊指定に抵触

独禁法の新聞特殊指定は、新聞社が販売店に対して「正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること」を禁止している。

(1)販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む。)

(2)販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。

部数ロックは、(2)に抵触する可能性が高い。しかも、業界ぐるみで部数ロックの販売政策を敷いている疑惑がある。

公正取引委員会は調査に着手する必要があるのではないか。さもなければ、日本の権力構造の歯車だとみなされかねない。

 

【掲載サイト】デジタル鹿砦社通信

2021年09月10日 (金曜日)

現在進行してる壮大な世論誘導のひとつに、自民党総裁選の報道がある。テレビ・新聞はいうまでもなく、雑誌やインターネット・メディアも盛んに自民党総裁を報じている。たとえば候補者の「お人柄」や人脈を紹介する。その先鋒を務めているのは、田崎史郎、鈴木哲夫、東国原英夫といった人々である。

しかし、大半の視聴者・読者は総裁選報道がメディアによる世論誘導であることに気付いていない。おそらく報道現場にいる人々も、自分たちがやっている「ジャーナリズム」活動が、自民党の支持率回復に、重要な役割を果たしていることを認識していない。悪気なく、無邪気にやっているのだ。世論誘導の構図とはそういうものなのだ。無知が、その根底にある。

自民党総裁選の報道は、自民党総裁が変われば、日本は新しい出口にたどり着けるというい誤解を国民に植えつける。実際、マスコミは、岸田氏が優勢か、河野氏が優勢か、それとも高市氏が優勢かと言った視点の報道を繰り返している。財界にとっては、誰が総裁になるかで、多少の権益関係の違いは生じるだろうが、大半の国民にとっては何も変わりがない。

人選によって大きく政治が変わるという考えは、一種の英雄史観に基づいた誤まりである。英雄史観というのは、ひとりの偉大な人物が現れれば、社会は変わるという単純な考え方である。観念論の歴史観の典型だ。

日本のマスコミは、この歴史観に汚染されている。NHKの歴史関連番組がその典型で、渋沢栄一をクローズアップしている背景にも、英雄史観がある。人気番組「その時歴史が動いた」もその典型的にほかならない。彼らにとっては、ナポレオンのような人物が古代に生まれていれば、もっと早く世界は変わっていたのである。

しかし、政治家を語るとき、その社会を支配している経済体制を無視することはできない。新自由主義の時代には、渋沢栄一のような人物が宣伝媒体として利用される。社会主義の構築をめざす勢力は排除される。そういう力学が常に働いている。同時代の経済体制を維持する方向性で、政治もマスコミも結束しているのだ。

自民党の総裁選は、自民党枠内で欠点を「修正」して、大企業を支援する従来の枠組みはそのまま維持する方向性の人選なのである。が、マスコミは誰が総裁になるかで、あたかも日本が革命的に変わるような錯覚を国民の間に広げている。それにより自民党の支配を維持しようとしているのだ。

◆◆
世論調査というものがある。新聞やテレビによる世論調査の信頼度は高いが、公表されているデータは、第3者による検証を経たものではない。この点に言及すると、「謀略論」のレッテルを張られかねないが、マスコミが電波利権や軽減税率(対象は新聞)の恩恵を受けることで、日本の権力構造に組み込まれていると考えれば、自民党に有利になるように、ウソの数字を公表する事態は十分に起こりうる。新聞・テレビの世論調査を見れば、自民党以外に投票しても、勝目がないと判断してしまう。

マスコミの情報は、原則として鵜呑みにしない方がいい。

現にメディアの信頼度に関する世論調査では、新聞・テレビは常に新聞を最も信頼できるメディアとする調査結果を公表してきた。新聞購読率の数字も不自然だ。新聞のABC部数に至っては、まっかな嘘である。

おそらく国民の側も新聞・テレビが発表するデータにウソはないと頭から信じ込んでいる。が、今の時代に、裏付けが証明できないデータを堂々と公表すること自体が異常なのだ。

かりに偽りの政党支持率を公表する行為が慣行になってきたとすれば、それだけで日本人は世論誘導されてきた可能性がある。

◆◆
新聞・テレビによる自民党総裁選の報道には、TBSなど「リベラル保守」といわれるメディアも参入してる。「リベラル保守」のメディアは、社会問題も積極的に取り上げるが、彼らの視点は、社会を根本的に変革する方向性のものではない。社会の欠点を「修正」して、現在の体制を維持する方向性に徹している。現状を維持することが原則なのだ。
皇室報道に至っては、ジャーナリズムの基本原則すら守っていない。

権力構造の中でのこの「役割」を放棄すると、メディア企業そのものが存続できない。権力構造からはじき出される。

このところマスコミが注目している「修正マルクス主義」なるものも、実はマルクス主義ではない。単に社会の欠点を「修正」して、現在の体制を維持すること促進する一種のトリックである。それゆえに財界人からも支持されている。

この世界には、巧みなトリックが溢れている。その代表格がマスコミによる世論誘導である。が、逆説的に言えば、自民党総裁選の報道は、世論誘導の具体的な形を把握する格好の機会でもある。

 

新聞の没落現象を読み解く指標のひとつにABC部数の増減がある。これは日本ABC協会が定期的に発表している新聞の「公称部数」である。多くの新聞研究者は、ABC部数の増減を指標にして、新聞社経営が好転したとか悪化したとかを論じる。

最近、そのABC部数が全く信用するに値しないものであることを示す証拠が明らかになってきた。その引き金となったのが、読売新聞西部本社を被告とするある「押し紙」裁判である。

◆「押し紙」と「積み紙」

「押し紙」裁判とは、「押し紙(販売店に対するノルマ部数)」によって販売店が受けた損害の賠償を求める裁判である。販売店サイドからの新聞の押し売りに対する法的措置である。

とはいえ新聞社も簡単に請求に応じるわけではない。販売店主が「押し紙」だと主張する残紙は、店主が自主的に注文した部数であるから損害賠償の対象にはならないと抗弁する。「押し紙」の存在を絶対に認めず、店舗に余った残紙をあえて「積み紙」と呼んでいる。

つまり「押し紙」裁判では、残紙の性質が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になる。下の写真は、東京都江戸川区にある読売新聞販売店で撮影された残紙である。「押し紙」なのか、「積み紙」なのかは不明だが、膨大な残紙が確認できる。

◆1億2500万円の損害賠償

ABC部数の嘘を暴く糸口になったこの裁判は、佐世保市の元販売店主が約1億2500万円の損害賠償を求めて、今年2月に起こしたものである。裁判の中で、新聞販売店へ搬入される朝刊の部数が長期に渡ってロックされていた事実が判明した。

通常、新聞の購読者数は日々変動する。新聞は、「日替わり商品」であるから、在庫として保存しても意味がない。従って、少なくとも月に1度は新聞の仕入部数を調整するのが常識だ。さもなければ販売店は、配達予定がない新聞を購入することになる。

販売店が希望して配達予定のない新聞を仕入れる例があるとすれば、搬入部数を増やすことで、それに連動した補助金や折込広告収入の増収を企てる場合である。しかし、わたしがこれまで取材した限りでは、そのようなケースはあまりない。発覚した場合、販売店が廃業に追い込まれるからだ。

◆仕入部数を約5年間にわたり「ロック」

現在、福岡地裁で審理されている「押し紙」裁判も、残紙が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になっているが、別の着目点も浮上している。それは、販売店に搬入される仕入れ部数が、「ロック」されていた事実である。「ロック」が、販売店に対するノルマ部数を課す販売政策の現れではないかとの疑惑があるのだ。

以下、ロックの実態を紹介しよう。

・2011年3月~2016年2月(5年):3132部
・2016年3月~2017年3月(1年1カ月):2932部
・2017年4月~2019年1月(1年10カ月):1500部
・2019年2月(1カ月):1482部
・2019年3月~2020年2月(1年):1434部

この間、搬入部数に対して残紙が占める割合は、約10%から30%で推移していた。

◆長崎県の市・郡における「ロック」

この販売店で行われていた「ロック」が他の販売店でも行われているとすれば、区・市・郡のABC部数にも、それが反映されているのではないか?と、いうのもABC部数は、販売店による新聞の仕入れ部数の記録でもあるからだ。

そこでわたしは、この点を調査することにした。調査方法は、年に2回(4月と10月)、区・市・郡の単位で公表されているABC部数を、時系列で並べてみることである。そうすれば区・市・郡ごとのABC部数がどう変化しているかが判明する。

まず、最初の対象地区は、「押し紙」裁判を起こした販売店がある長崎県の市・郡別のABC部数(読売)である。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。かなり頻繁に確認できる。

◆香川県の市・郡における「ロック」

他の都府県についても、抜き打ち調査をした。その結果、次々と「ロック」の実態が輪郭を現わしてきた。典型的な例として、香川県のケースを紹介しよう。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。

若干解説しておこう。高松市の読売新聞の部数は、2016年4月から2019年10月まで、ロック状態になっていた。高松市における読売新聞の購読者数が、3年以上に渡ってまったく変化しなかったとは、およそ考えにくい。まずありえない。

新聞の搬入部数がそのまま日本ABC協会へ報告されるわけだから、ABC部数は実際の読者数を反映していないことになる。信用できないデータということになる。

なお、「ロック」について、読売新聞東京本社の広報部に問い合わせたが回答はなかった。部数の「ロック」は、他の中央紙でも確認できる。詳細については、順を追って報じる予定だ。

 

【掲載サイト】デジタル鹿砦社通信

2021年09月04日 (土曜日)

 この記事は2017年3月14日に、メディア黒書に掲載したものである。高市早苗議員(当時、総務大臣)のマネーロンダリングを解説した。この事件で市民運動家と志岐武彦市とわたしが高市氏を刑事告発して、奈良地検が受理した事件である。高市氏は不起訴になったが、倫理上の問題があるのは明白だ。

 以下、記事を再掲載する。タイトルは変更した。

高市総務大臣に対する刑事告発が受理された。

高市氏による「マネーロンダリング」の手口を、奈良地検は受理したのである。。

なぜ、「マネーロンダリング」なのか?具体的な資料を示しながら、それを解説しておこう。

高市氏がやっていた不正は還付金制度を悪用したものである。次のような仕組みだ。

議員が代表を務める地元の政党支部へ有権者が政治献金を行った場合、税務署で所定の手続きをすれば、寄附した金額の30%が戻ってくる。たとえば1000万円を寄付すれば、300万円が戻ってくる。

高市議員はこの制度を悪用して、自身の政党支部へ自分で献金を行い、還付金を受けていたのだ。しかし、租税特別措置法の41条18・1は、還付金の例外事項として、「その寄附をした者に特別の利益が及ぶと認められるものを除く」と定められている。つまり議員がこれをやれば違法行為である。それが地検の見解だ。

高市氏は、「投資資金」の一部を、自身の政党支部から調達していたのである。つまり資金を還流させ、その還流のプロセスで還付金を受けていたのだ。計画性があって極めて悪質といえよう。

◇資金の還流を検証する

次に示すのが、高市氏の政党支部(自民党奈良県第2選挙区支部)から、高市氏が受けた寄付を示す証拠である。

2009年8月10日に580万円、8月28日に200万円の寄付を受けている。これを原資とし、その他の「資金」も加算し、2009年度に「山本早苗」の名前で、総額約1620万を自分の政党支部に寄付している。

この寄付を根拠として、高市氏が受け取った還付金は約485万円である。と、いうのも寄付者は、確定申告をする際に寄付金を控除申告すれば、寄付額の30%の払い戻しを受けることができるからだ。

還付金受け取りの証拠は、下記の書面だ。

計画的に資金を還流させることで、約485万円の還付金を手に入れたことになる。

◇「客観報道」すら放棄

こうした行為に違法性があるかどうかは意見が分かれているが、地検は違法と判断したのである。それ自体がニュースである。政治家の倫理として問題があるのは間違いない。新聞・テレビは、この事件を報道すべきだろう。一国の総務大臣に対する刑事告発が受理された事実は、極めてニュース性が高い。

報道しないようであれば、マスコミ関係者が常に口にする「客観報道」すら実行していないことになる。「客観報道」が神話・幻想であることを認めたも同然だ。

■写真出典:Wikipedia

 

2021年08月25日 (水曜日)

昨年の秋ごろから、最高裁事務総局による報告事件の調査をしている。報告事件とは、最高裁事務総局が、裁判官人事をコントロールすることで、判決の方向性を決める事件のことである。国策にかかわる事件が、報告事件に指定されてることが多いと聞く。

たとえば次のような実態は、今年の1月に報告した。。

【参考記事】 産経「押し紙」裁判にみる野村武範裁判長の不自然な履歴と人事異動、東京高裁にわずか40日

もちろんどの裁判が報告事件に指定されているかのは、誰も知りようがない。従って取材も困難を極める。しかし、調査を開始しなければ、永遠に真相は解明できない。裁判の訴状と判決を垂れ流すだけが司法ジャーナリズムではない。

わたしはまず裁判官人事に関する資料を集めることから始めた。そこで3月22日に、おおがかりな情報公開を最高裁事務総局に申し立てた。存在する人事関係の内容に見当がつかないので、手当たりしだいに資料名を指定して公開を求めた。

そのために開示に時間を要している。

それでも申し立てを拒否するわけにはいかないらしく、7月27日にも開示作業に時間を要している旨を書面を送付してきた。次の書面である。公開しておこう。

■通知期限の延長について

ちなみに最高裁事務総局との通信手段は、旧来どおり郵便である。Eメールは採用されていない。こうした組織もいまどきめずらしいのではないか。

2021年08月08日 (日曜日)

新聞の部数減が止まらない。2010年には約5000万部あったのが、2020年には約3500万部になった。特にここ3年で約700万部減少するなど、ペースが加速している(数値は日本新聞協会より)。

しかし、そんな状況でも年単位で部数が1部たりとも減らない地域が複数あると聞いたら驚くだろうか。

このほど筆者は、日本経済新聞を対象として、大都市圏(東京都、愛知県、大阪府、福岡県)の2016年4月から2020年10月までの部数変動を解析した。

調査の結果、この新聞離れの時代でも、長期間にわたって部数が変わらない「部数ロック」が起きていることが分かった。新聞社側がノルマとして強制している「押し紙」の可能性がある。【続きは、弁護士ドットコム】

2021年08月06日 (金曜日)

動画で見るゴミの回収場面、依然として大マスコミが報じない新聞の「押し紙」問題、五輪の食品の廃棄問題よりも深刻

TBSの報道特集がオリンピックの開会式で、4000食が廃棄されたことが波紋を呼んでいる。素晴らしい報道だが、TBSのウエブサイトから、ニュースは削除されていた。しかし、そのTBSの報道を伝えるニュースは、ネット上に散見できる。たとえば、

国民の大きな怒りをかったのは、大量の弁当廃棄処分のニュースだ。事の発端は7月24日に放送されたTBSの「報道特集」での報道だ。これを受け、大会組織委員会は7月23日に国立競技場で行われた開会式で、スタッフやボランティア用として発注された弁当など、およそ1万食のうち、4000食分が廃棄されたと発表した。■出典

4000食の廃棄が大きな問題になっているが、新聞の廃棄は、この規模ではすまない。新聞販売店の1店舗から1日に1000部が廃棄されるケースはざらだ。ひと月で3万部。全国には1万5000店を超える販売店があり、1日に莫大な量の残紙(押し紙)が廃棄されている。

この問題をTBSの報道特集が取り上げることは、永遠にないだろう。次の動画は、実際の回収場面を動画撮影したものである。

2021年08月02日 (月曜日)

大阪高裁は、7月27日、鹿砦社の出版物により名誉を毀損されたとして李信恵氏が起こした裁判の控訴審判決を言い渡した。清水響裁判長は、鹿砦社に対して110万円の支払いとネット上の記事の削除を命じた。李氏が請求していた4冊の単行本の頒布販売(はんぷはんばい)の禁止については認めなかった。

賠償額は1審の165万円から、50万円減額されたことになる。判決そのものは、1審の方向性を追認したものだったが、新たな事実認定が加わった。

以下、わたしの個人的な見解である。

結論を先に言えば、高裁判決は1審判決(池上尚子裁判長)に比べてはるかにましだが、肝心な部分ではやはり間違っている。木を見て森をみない論理が垣間見える。

◆カウンター運動が起こしたM君暴行事件とは

この裁判は、2014年12月16日の深夜から17日にかけて、カウンター運動(民族差別に反対する運動) のメンバーが、大阪市北区の酒場で、同志である大学院生のM君に暴行を加え、鼻骨骨折や顔面打撲など瀕死の重傷を負わせた事件に端を発する。現場には、カウンター運動の騎士でジャーナリストの李信恵氏がいあわせた。

ところが当時、東京・永田町でヘイトスピーチ規制法の成立が秒読み段階に入っていたことなどもあって、事件を「なかったことにする」力が働いた。たとえば『ヘイトスピーチとは何か』(岩波新書)の著者・師岡康子弁護士は、M君による加害者らに対する刑事告訴を思いとどまらせるように働きかけるメールを運動関係者に送付した。その他、多くの「知識人」も、事件を隠蔽する方向で歩調をそろえた。『週刊実話』を除いて、マスコミは沈黙したのである。

■暴行事件の隠蔽を求める師岡康子弁護士のメール、全文公開

こうした状況の下で、行き場を失ったM君は、知人の支援を得て、この事件を鹿砦社に持ち込んだ。鹿砦社は、田所敏夫氏をキャップとする取材班を立ち上げ、M君の告発の裏付けを取る作業に着手した。そして調査を踏まえたうえで、事件をジャーナリズムの土俵のあげたのである。またM君がカウンター運動のメンバーに対して起こした損害賠償裁判(地裁、高裁ともM君の勝訴)の支援を決めた。

なお、M君は刑事告訴もしていた。しかし、民事裁判においても、刑事告訴においても、李氏が責任を問われることはなかった。一部のメンバーについては、金銭支払いを命じられた。

◆李氏が起こした裁判の2つの争点

この裁判は、鹿砦社による記事と4冊の単行本(『ヘイトと暴力の連鎖』など)に対するものである。これらの出版物で名誉を毀損されたとして、李氏は、記事の削除と単行本の頒布販売禁止、それに550万円の損害賠償を請求した。

裁判の大きな争点は2点あった。この点に言及する前に、事件の経緯を簡単に説明しておこう。

2014年12月16日、M君は、深夜にカウンター運動の「同志」らがいる酒場へ足を運んだ。組織内の金銭問題にからんでリーダーに不正疑惑をかけたことを謝罪するのが目的だった。M君が酒場に足を踏み入れたとたんに、李氏が過剰な反応を起こした。「原告が本件店舗に入店したMに詰め寄った際に、B、A、及びD(注:いずれも男性)が原告を制止させた」(1審判決、8P、原告の主張)のである。

鹿砦社は、M君の告発と関係者への取材に基づき、その時の李氏の過剰反応について、「殴った」と報じた。これに対して李氏の側は、単にM君に詰め寄って襟首を掴んだだけで殴ってはいないと反論した。

つまり裁判所は、「殴った」とする鹿砦社報道が、事実かどうかを重要な争点としたのである。1審も2審も李氏の主張に軍配をあげた。「殴った」とする被害者M君と鹿砦社の見解は、李氏の名誉を毀損したと判断したのである。

M君が酒場に到着した後、しばらくしてカウンター運動のメンバーのひとりAが大暴れする。酒場の外へM君を連れだして、40分に渡りM君に殴る蹴るの暴行を加えたのだ。その後、カウンター運動の一行は、M君を放置して酒場を後にした。

これら一連の経緯と人間関係を検証する中で、鹿砦社は、この暴行事件には、共謀性があるとも報じた。裁判所は、この点ももうひとつの重要な争点にしたのである。

裁判の争点をまとめると次のようになる。

①李氏がM君を「殴った」とする鹿砦社報道は正しいか。
②Aが起こした暴行事件に共謀性があったかどうか。

◆飲酒を続け、最後は・・・

第1審(大阪地裁)も第2審(大阪高裁)も、判決の方向性は同じである。李氏がM君を殴った事実はなく、共謀性も認められないというものだった。ただ、高裁の判決は、事件当日の李氏の言動をより詳細に認定している。「殴った」とする鹿砦社報道は事実ではないとしながらも、はからずもこの事件の性質を浮彫にした。どのような状況の下で、Aが暴行に及んだのかが、事実に即して司法認定されたのである。

たとえば次の新しい事実認定である。

【引用】被控訴人(注:李氏)は、Mが本件店舗に到着した際、最初にその胸倉を掴み、AとMが本件店舗の外に出た後、聞こえてきた物音から喧嘩になっている可能性を認識しながら、飲酒を続け、本件店舗に戻ってきたMがAからの暴行を受けて相当程度負傷していることを確認した後、「殺されるなら入ったらいいんちゃう。」と述べただけで、警察への通報や医者への連絡等をしないまま、最後は負傷しているMを放置して立ち去ったことが認められる。

この間、BやCはAに対し暴力を振るわないよう求める発言をしているが、被控訴人が暴力を否定するような発言をしたことは一度もなく、被控訴人は遅くともMが本件店舗内に戻った時点では、MがAから暴行を受けた事実を認識していながら、殺されなければよいという態度を示しただけで、本件店舗外に出てAの暴行を制止し、又は他人に依頼して制止させようとすることもなく、本件店舗内で飲食を続けていた。

このような被控訴人の言動は、当時、被控訴人が金による暴行を容認していたことを推認させるものであるということができる。(略)(控訴審判決、7P、裁判所の判断)

さらに高裁は、李氏による次の言動も新たに認定している。

【引用】被控訴人は、Cと話をしていたが、カウンター席の奥でAとMが立ち上がり言い争いになり、Bが間に入って止めたことや、AとMが本件店舗から出て行くことを見ていた。被控訴人は本件店舗内に残ったBに対して「ぼんちゃんは座って」などと声をかけていた。(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

BはAによる暴行を止めようとしていたのである。そのBの行動を李氏が制止したことが、控訴審判決で新たに認定されたのだ。

さらにAによる暴行の後、店舗を立ち去る場面に関して、控訴審判決は新しい認定を行った。1審判決では、李氏、C、それにDの3人が、AとBに「帰るで」と声をかけたと認定していたが、高裁判決はそれを取り消し、李氏が「帰るで」と声をかけたと認定した。次のくだりである。

【引用】被控訴人(注:李氏)が、AとBに対し、「帰るで」と告げて、C及びDと共に、負傷しているMの側を通り過ぎて・・・(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

李氏がカウンター運動のリーダーであったことが推測できる。

これらの認定を踏まえて、大阪高裁は賠償額を50万円減額した。その理由を次のように控訴審判決の中で集約した。

【引用】被控訴人(注:李氏)は、本件傷害事件と全く関係がなかったのに控訴人により一方的に虚偽の事実をねつ造されたわけではなく、むしろ、前記認定した事実からは、被控訴人は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。

本件において控訴人の被控訴人に対する名誉毀損の不法行為が成立するのは、被控訴人による暴行が胸倉を掴んだだけでMの顔面を殴打する態様のものではなかったこと、また、法的には暴行を共謀した事実までは認められないということによるものにすぎず、本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、AによるMに対する暴行については、これを容認していたという道徳的批判を免れない性質のものである。(控訴審判決、10P、裁判所の判断)

◆「殴った」という表現はレトリックで事実摘示ではない

しかし、控訴審判決には根本的な問題がある。それは、鹿砦社が使った(李氏がM君を)「殴った」という表現を事実の摘示と認定した裁判所の判断である。

報道の中で使われた李氏がM君を「殴った」という表現は、全体の文脈の中で読み解けば一種の文章修飾上のレトリックなのである。これについては丸谷才一氏が『文章読本』(中公文庫)の第9章、「文体とレトリック」(281ページ)の章で、大岡昇平氏の『野火』にある「(男は、銃弾を避けるために砂の上を、)S字を描いて駆けていた」という表現を引用して、詳しく説明している。

実際に人間がS字を描いて駆けることはありえないが、「大岡はごくあっさりと、引用文のやうに書いたのである」(丸谷氏)。以下、肝心な部分を引いておこう。

その書き方は虚偽でもなければ誇張でもない。彼は乱雑な現実を整理し、方向づけ、秩序づけたのである。もし彼がそうしてくれなかったら、われわれは世界を手に入れるのにひとく手間取り、その輪郭と色彩はぼやけて何が何だか判らず、つまり、現実と対面することはできなかつたろう。文章とは、混沌たる現実に迷ひながらであろうとも、しかしそれを、その混迷をさをも鮮明なかたちで提出するものなのである。

鹿砦社が使った「殴った」という表現も、「S字を描いて駆け」るとまったく同じ類型のレトリックなのである。加害者がボクサーであれば別として、女性の李氏であれば、一般読者が普通の読み方をしたとき、李氏の拳がM君の顔面にヒットしてダメージを与えたか否かを問題にするわけではない。M君に対する敵意の程度を読み取るのである。

そもそも鹿砦社は、李氏の攻撃が殴打だったのか、それとも平手打ちだったのか、さらには単に襟を掴んだだけなのかといった枝葉末節こだわっていたわけではない。李氏のM君に対する敵意の程を問題にしたのである。

この点で1審判決も控訴審判決も審理の方向性が根本的に間違っている。枝葉末節の部分で控訴審判決が、より正確に詳細な事実認定をしたことは評価できるとしても、最も肝心な「殴った」の解釈が間違っているのだ。木を見て森をみない論理が垣間見える。

マスコミ関係者も学者も評論家も、この事件にかかわることを避けた。だれもM君に救済の手を差しのべようとはしなかったのだ。重大な事件を見て見ぬふりをしたのである。

そんな時、、鹿砦社がM君の告発に耳を傾け、関係者を取材し、事件をジャーナリズムの土俵にあげたのだ。M君は、殴られたと感じたのである。肉体的にも、精神的にも。それが被害者に寄り添った報道ではないだろうか。

 

経営が悪化して廃業に追い込まれる新聞販売店が増えている。新聞の購読者が減っているのに加えて、折込広告の激減が背景にあるようだ。

新聞のビジネスモデルは、「押し紙」で発生する損害を、折込広告の水増しで相殺する構図になっているので、折込広告の需要が減ると、販売店はたちまちその影響を受ける。歯車が狂ってしまうのだ。

折込チラシが減っている要因は、新聞の購読者が減っているためにPR効果がなくなり、広告主が他のPR媒体を選択するようになったからである。

広告主の新しい選択肢のひとつに、チラシの全戸配布がある。ポスティング業者に依頼して、チラシを全戸配布するのだ。しかし、PR効果はあるのだろうか?

◆◆
わたしが住んでいる埼玉県朝霞市のマンションのポストにも、ポスティング業者の手で毎日のようにチラシが配布される。しかし、ポストのエリアに設置されているゴミ箱は、チラシの捨て場になっている。わたしも投函さたチラシは、そのままゴミ箱に捨てている。中身を確かめることはない。

つまりポスティングされたチラシは、ほとんど自宅内へ持ち込まれないのが実情なのだ。例外は、食品の出前メニューだけだ。それ以外は、ポストからゴミ箱へ直行している。

一方、新聞に折り込まれるチラシは、ほとんど例外なく新聞本体と一緒に家庭内へ持ち込まれる。それゆえに読者の目に触れることが多く、新聞の全盛期には、PR効果が高かった。

ところが現在は、新聞購読者の多くは高齢者である。従って新築マンションのチラシを新聞に折り込んでもほとんど効果がないらしい。スーパーマーケットのチラシも無駄になる。高齢者はあまり買い物に行かないからだ。PR効果が限定されてしまうのだ。

◆◆
これからの時代は、種類のいかんを問わず紙媒体は衰退する運命にある。書籍は別として、脱紙の流れになっている。それは今後、ますます加速しそうだ。

2021年07月28日 (水曜日)

長崎県で西日本新聞の販売店を経営していたSさんが、「押し紙」で損害をうけたとして、西日本新聞社に対し約3050万円の支払いを求める裁判を福岡地裁で起こした。福岡地裁は、27日に訴状を受理した。原告代理人は、江上武幸弁護士ら、「『押し紙』弁護団」が務める。

訴状によると、Sさんは2015年4月1日から2020年11月30日まで、西日本新聞エリアセンター「AC佐々・AC臼の浦」を経営した。

◆4月と10月に搬入部数が増加

この裁判で注目される争点のひとつは、水面下で問題になってきた「4・10増減」(よんじゅうぞうげん)と呼ばれる販売政策である。

「4・10増減」とは、新聞社が4月と10月を対象に、販売店に対する搬入部数を増やす販売政策のことである。4月と10月のABC部数が、広告営業のための公表データとして普及している事情があるからだ。

新聞社は4月と10月の搬入部数を水増しすることでABC部数をかさ上げし、優位に広告営業を展開する。クライアントに対して、より高額な広告料金を提示できる。販売店も折込広告の収入が増える可能性があるが、その反面、「押し紙」の負担が増え、結局、なんの益にもならに場合が多い。

次に引用するのは、訴状に添付された「押し紙」一覧表から抜粋した2017年3月・4月・5月の搬入部数である。部数の増減に着目してほしい。

2017年3月 :1115部
2017年4月 :1315部
2017年5月 :1116部

西日本新聞社は4月に搬入部数を増やし、5月に減部数している。さらに次に示すように、同年9月から11月にかけても、搬入部数が増減する。同じパターンである。

2017年9月:946部
2017年10月:1316部
2017年11月:1116部

10月に搬入部数を増やし、11月に減部数している。

このように西日本新聞社は、4月と10月をターゲットとして搬入部数を増やす販売政策を採用していた疑惑がある。そのことは、「押し紙」一覧でも確認できる。

「押し紙」一覧

訴状の中で、原告は「4・10増減」について次のように述べている。

被告は原告ら販売店に対する押し紙行為のひとつとして、本件で特徴的なものとして、4月と10月に他の月よりABC部数を増加させる「4・10増減」と呼ばれる販売方法をとっている。

紙面広告や折込広告を発注する広告主は、毎年4月と10月のABC協会が発表するABC部数(新聞社の新聞発行部数)を紙面広告や折込広告の発注部数を決定する指標として用いており、ABC部数は、広告媒体価値を決める上で、重要な役割を持つものとして知られている。そのため、発行本社としては、4月及び10月時点の発行部数が多ければ多いほど、広告料収入が増えることになり、その反射的効果として、販売店の折込収入が増えることとなる。

 そこで、被告は、原告に対する供給部数を4月と10月に外の月より増やす方策をとっている(以下「4・10増減」という。)。

◆新聞特殊指定に則した「注文部数」の解釈

独禁法の新聞特殊指定は、新聞社が「販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること」を禁止している。法廷でこの点を検証する前提となるのが、新聞特殊指定に則した「注文部数」の解釈である。コンビニなど普通の商取引においては、「注文部数」とは、単純に販売業者が注文した部数を意味する。

これに対して、新聞特殊指定の下における「注文部数とは販売業者が発行本社に注文する部数ではなく、販売業者がその経営上真に必要であるとして、実際に販売している部数にいわゆる予備紙、予備紙等を加えた部数のことである」(訴状)というのが、原告の主張である。

「注文部数」の解釈の重要性について、原告は訴状の中で、次のように述べている。

*なお、過去の押し紙裁判において、新聞社側は「注文部数」の解釈について、販売店が新聞社に文字通り「注文する部数」を意味しており、新聞社は販売店契約の新聞供給義務に基づき販売店が注文した部数を供給しているにすぎず、独禁法が禁止する「注文部数」越える部数の供給行為(押し紙行為)はしていないとの主張を行ってきていることから、本件でも被告がそのような主張を行うことが予想される。そのため、審理の初期の段階で新聞特殊指定の「注文部数」の定義をあらかじめ確認しておくことは極めて重要である。

この裁判では、「押し紙」行為による公序良俗違反も審理される見込みだ。詳細については、メディア黒書で順次報じる予定。

訴状の全文は次の通り。

 

西日本新聞「押し紙」裁判の訴状

2021年07月26日 (月曜日)

コロナワクチンの接種は、若干の停滞があったものの、相対的には進んでいるようだ。

それに伴って、水面下ではワクチンの安全性について疑問を抱く人々が増えてきた。そのなかには、「謀略論」もあって情報が錯そうしている。正確で客観的なデータの紹介が不可欠になっている。

日本でワクチン接種が始まったのは、2021年2月17日である。当初からワクチンの安全性を検証してきた研究者が日本にもいる。香川大学病院の池田正行医師はそのひとりである。

池田医師は、米国の著名な医学誌『ジーナル・オブ・ファーマシューティカル・ポリシー・アンド・プラクティス』(5月31日、電子版)で、日本におけるワクチンの有害事象を報告した。ワクチン接種が始まった直後の時期を対象とした貴重な調査である。その概略を紹介しよう。

◆◆
厚生労働省は2021年2月17日、医療従事者を対象にファイザー社のコロナワクチン(tozinameran〈BNT162b2, Pfizer-BioNTech〉)の接種を開始した。2021年4月18日時点で、ワクチンの1回接種は推定121万人である。2回接種は推定72万人である。

厚生労働省は、4月23日の時点 で、10人の死亡例を報告した。内訳は、女性が5名、男性が5名である。

このうち女性は、5名のうち4名が頭蓋内出血 (ICH)で亡くなった。年齢の内訳は、61歳、26歳、72歳、69歳である。他のひとりの女性は102歳で、肺炎による死亡とされる。いずれのケースも1回目の接種から、3日から9日後に発生した有害事象である。

5名の男性死亡症例には頭蓋内出血 (ICH)による死亡は認めらなかった。

論文の中で池田医師は、ワクチンを接種する方が、しないよりもメリットがある可能性があることは否定できないとした上で、特に女性が接種を受けたのちに頭蓋内出血を起こす危険性について、警告を出すべきだと主張している。

厚生労働省はこれらの死亡事例とワクチンとの因果関係はないとしているが、池田医師は警笛を唱えている。

◆◆
詳細は次の通りである。

【女性の死亡症例・5例】
 61歳、既往歴に特記すべきものなし。1回目のワクチン接種後から3日目に
死亡しているところを家人が発見した。解剖や死亡後の画像検索はおこなわれていないが脊髄液穿刺液は血性で脳脊髄の出血を示唆するものであった。

② 26歳、既往歴なし。1回目のワクチン接種後 特に変わった症状はなかったが接種後4日後に自宅で死亡しているのが発見された。死亡後の画像検査により左小脳橋角に3.5cmの血腫がありこれが脳幹部を圧迫し二次性のくも膜下出血をおこしていたことが判明した。

③ 72歳 既往歴としてC型肝炎と脂質異常をみとめた。初回ワクチン接種後3日目に頭痛と吐き気を伴う構音障害を訴えた。脳の画像診断により脳内に巨大血腫が認められた。患者の血小板は216,000/mm3であった。1回目のワクチン接種後5日目に死亡した。

④ 69歳、既往歴に特記すべきものなし。初回ワクチン接種後特に変わった様子はなかったにも関わらず接種後9日目に自宅で死亡しているのが発見された。
解剖の結果、死因は頭蓋内出血(ICH)であった。

⑤ 102歳、慢性心不全の診断あり。初回ワクチン接種の10日前に誤嚥性肺炎をおこしクラリスロマイシンによる治療がおこなわれた。患者は初回ワクチン接種後4日目に死亡した。血小板減少症は認められなかった。CT検査により死因は誤嚥性肺炎によるものと判断された。解剖はおこなわれなかった。

この症例については、どういう意図でこのような心疾患を有する超高齢者が肺炎をおこしている状況でワクチン接種をおこなったのか疑問があると話す医師もいる。

【男性の死亡症例・5例】
5人の女性群に対して、5人の男性群の死因は、いずれも脳血管障害とは別の
原因であった。以下、論文に記載されている死亡状況である。

65歳。死亡の推定日は1回目のワクチン接種から少なくとも18日が経過していたとみられる。死亡後3日経過した時点で警察が遺体を発見した。死因は、生前の男性の生活環境からアルコール中毒と多量の喫煙による急性心不全と報告された。

62歳。既往歴として高血圧、糖尿病、肥満があった。また抗血栓剤を内服していた。2回目のワクチン接種をした当日に浴室のバスタブで死亡した。司法解剖の結果死因は溺死であり、頭蓋内出血 (ICH)は認められなかった

51歳。生前に特記すべき既往歴なし。最初のワクチン接種から14日後の深夜に呼吸停止がおこり、救急搬送されたがなくなった。家族は医師から心室細動(悪性の不整脈)による死亡と告げられた。

73歳。この症例は慢性腎不全のために血液透析治療を受けていた。2回目のワクチン接種を受けた当日に、血液透析のために作成されたシャント(動静脈吻合部)に感染症をおこし、ワクチン接種8日後に敗血症で死亡した。血小板減少症は認められなかった。

37歳。もともと不整脈と心電図異常、花粉症があった。2回目のワクチン接種から3日後にベッドで死亡しているのが発見された。解剖はおこなわれていない。

新しい医薬品(今回のコロナワクチン)に対しては、ファーマコビジランス(医薬品安全監視)を厳格に施行することが強く求められる。今回のワクチンのように本来の治験プロセスを大幅に省いた薬品を人体に投与する場合、この監視は特に慎重に行われるべきことはいうまでもない。

◆◆
欧米では、SARS-CoV-2に対するワクチン投与後に免疫性血小板減少症(ITP)が発生したとの報告がある。また、免疫性血小板減少症に起因する脳静脈洞血栓症(CVST: cerebral venous sinus thrombosis)は、神経血管系の緊急的病態であり,男性よりも女性に多く見られる。典型的には、若年成人が罹患する。

脳静脈洞血栓症(CVST)は,しばしば致命的な頭蓋内出血(ICH)を引き起こすが、厚労省は、頭蓋内出血(ICH)を、SARS-CoV-2に対するワクチン投与の有害事象として認めていない。

しかし、海外文献では致死的な報告がすでにある 。さらに今回の遺伝子ワクチンが免疫性血小板減少症と体内出血をおこすことも報告されている。

◆◆
池田医師が今回着目したのは、男女の死因に著しい片寄りがある点である。女性にのみワクチン接種後の頭蓋内出血(ICH)が起こっている事実だ。他の死因統計解析結果からも頭蓋内出血(ICH)は女性に不均衡に多発していると主張している。

これらの調査結果から池田医師は、厚生労働省が一般市民や医療関係者に注意喚起の通知を行い、血栓症の有害事象をより詳細にモニタリングすることを早急に開始すべきだと結論づけている。さらに,厚生労働省が状況を継続的に監視し、tozinameran(ファイザー社のワクチン)に関連する免疫性血小板減少症(ITP)と頭蓋内出血(ICH)の見直しをすべきであると強調している。【続】

 

【参考記事】コロナワクチンは本当に安全なのか、スパイクたんぱく質が血管障害の原因、米国ソーク研究所が発表

ニカラグアは、7月19日に42回目の革命記念日を迎える。

1979年7月17日、明け方の空へマイアミに向かう一機の自家用ジェット機が姿を消した。ソモサ独裁政権が終わった瞬間だった。その2日後、7月19日にFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が首都を制圧した。

それから42年、ラテンアメリカは大きく変化した。軍事政権の時代が終わり、議会制民主主義が定着した。左派勢力が台頭し、それを押し戻そうとする勢力がメディアを武器に攻勢を強めている。

7月11日には、キューバで反政府デモが行われた。キューバ政府は、その背景に米国によるメディアを取り込んだ戦略があると分析している。

実際、反政府デモに対抗するキューバ政府支援のデモを米国のメディアが撮影して、「反政府デモ」と報じた。ニューヨークタイムス紙やガーディアン紙も、このフェイクニュースを掲載した。ツイッターによる世論誘導も行われた。「反政府デモ」のPRが拡散される一方で、親キューバのアカウントが凍結される現象も起きた。世論誘導にもSNSが入り込んできたのである。

もっとも露骨なフェイクニュースの例としては、ハイチの大規模な反政府デモを、キューバの「反政府デモ」として、インターネットに動画が配信されたことである。

◆◆

ニカラグア革命に対する「反共プロパガンダ」は、わたしが知る限りでは、既に1980年代の初頭には活発化していた。レーガン政権下で、当時、わたしは米国に在住していた。メディアは、ニカラグアの新政権について、背景にソ連とキューバが控えていると批判していた。そしてレーガン政権が資金援助して育成した反政府ゲリラ「コントラ」を、「フリーダムファイターズ(freedom fighters )」と呼んでいた。レーガン大統領も、「フリーダムファイターズ」への支援を繰り返した。

しかし、実際にわたしがニカラグアへ行ってみると、米国のメディアが報道していた実態とは異なっていた。言論統制のようなものはなにもなく、反政府の立場を取る人々からも自由に話を聞いた。経済封鎖の影響で首都では貧困が広がっていたが、農村に関しては革命後に生活のレベルが上がったという声が多く聞かれた。

その後、ニカラグアはFSLN政権から保守政権に移行するが、2007年に再びFSLNが政権に就く。このころから、再びメディアを使った米国主導の「反共プロパガンダ」が展開される。FSLNに批判的な世論を育て、「市民運動」を育成し、国を混乱に陥れて政権交代を企てる米国の世界戦略の一端である。

当然、米国は「市民運動」への資金援助も行っていた。こうした事実は、ここ数年のあいだに急激に証拠づけられるようになった。米国内の公文書の非開示期間が切れて、公文書が開示されるようになったことが背景にある。アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)が、ニカラグアの主要紙、ラ・プレンサ紙に「反共プロパガンダ」のための資金援助を続けていた事実も明らかになっている。

◆◆
ニカラグアに続いて、ベネズエラもニカラグアと同じ「反共プロパガンダ」のターゲットになってきた。2013年にチャベス大統領が死去した後のことである。大統領の指導力の衰えに米国が付け込んできたのである。

米国ドルで「市民運動」を育成し、世論を誘導し、反政府勢力を広げていったのである。そしてベネズエラの混乱をすべて左派政権の失策としてPRし、政権の転覆を企てるようになったのである。

ボリビアでも、米国は同じ戦略を取った。

ニカラグア、ベネズエラ、ボリビアの3カ国では、いずれも米国が後ろ盾になったクーデターが実行された。しかし、ニカラグアとベネズエラでは完全に失敗した。ボリビアではモラレス大統領の追放には成功したが、その1年後に新政権は崩壊した。結局、クーデターの試みはすべて失敗したのだ。

米国のキューバに対するメディア戦略は、1959年の革命後にはじまっている。キューバは、米国のマイアミと距離的に近いので、ラジオを使ったPRも展開されてきた。経済封鎖の下で、商品にあふれた米国の消費社会をPRするだけでも、反政府勢力を育成する栄養になる。米国的な「自由」を求める人々が増える。こうした層を組織すれば、キューバの政権を倒せるというのが、米国の目論見だったようだ。

◆◆
さらにメディアを使った「反共プロパガンダ」は、香港でも展開されてきた。米国からの「市民運動」へ活動資金が流れていることも、文書類で確認できる。ただし香港の場合、わたしが確認した資金源は、米国民主主義基金(NED)からのものだった。

わたしは香港を取材したことがないので、断言はできないが、香港の反政府世論もやはりメディアによるプロパガンダによって育てられた可能性が高い。特定の新聞社に米国からの資金が流れていたかどうかは、今後、公文書が開示されれば判明するだろう 。現時点では、それを裏付ける証拠は何もないが、ラテンアメリカにおける米国のメディア戦略を見る限りでは、その可能性が高い。日本で極右出版社が、ヘイト本で大儲けしているのと同じ実態だ。

中国政府は、「堪忍袋の緒」が切れたのだろう。強引な対抗策の出た。

◆◆
ウィグルを舞台とした「反共プロパガンダ」も、同じ脈絡で考えるべきだろう。事実、ジェノサイドを裏付ける具体的な事実はなにも明らかになっていない。ウィグル問題で「市民運動」を展開している人々がジェノサイドを主張する根拠は、海外にいるウィグル人の証言のみである。現地を取材することなく、中国政府を批判しているのだ。

わたしも含めて、現地を取材する余裕がないのであれば、米国の過去のメディア戦略を検証して、その脈絡に沿って現在の状況を推論するのが常識だ。その推論が、現地調査をした結果、間違っていたことが判明した場合にのみ、スクープ報道となるのだ。

こうした基本的な原則を無視すると、メディアが世論誘導の道具に変質する危険性がある。

インターネットの時代になり、メディアリテラシーはますます不可欠になっている。

◆◆
最初にニカラグアを訪れた2年後の1987年、わたしはメキシコシティーでひとりの亡命者に面会した。友人の叔父にあたるひとで、軍事政権下のグアテマラから亡命した医師である。

当時、ニカラグアは内戦と経済封鎖の影響で危機的な状況に陥っていた。亡命者の医師は、みずから経験した迫害を語りながら、ニカラグアが直面している厳しい現実を心配していた。

そして静かな語り口の中で、ふとこんな言葉を口にしたのだ。

「ニカラグアの人はみんな詩人ですよ」

わたしはこの言葉の中に、2つの意味を想像した。ひとつは文字通りの意味だった。ニカラグアは、ルベン・ダリオなど著名な詩人を輩出している。書店にも詩集が揃っていた。誇らしげに詩人を自称している農民にあったこともある。

詩人のもう一つの意味は、不当な暴力には屈しない純粋な心の持ち主という意味なのだと解釈した。

ニカラグア革命のその後を日本のメディアは報じない。もったいないことである。記者クラブに時間を割くよりも、こちらの歴史的な大問題の方がよほど大事なのである。

今年の11月、ニカラグアは混乱の中で大統領選挙をむかえる。