2013年03月26日 (火曜日)

先日、最高裁で棄却された名誉毀損裁判(原告・読売VS被告・黒薮)にかかわった最高裁判事について調査したところ、過去に電通との契約を巡って不適正行為を働いた人物が最高裁判事に就任していることが分かった。

大谷剛彦判事である。(ここをクリック)

大谷剛彦判事は、最高裁経理局長や事務総長を経て、2000年6月に最高裁判事に就任した。著名な読売出身のジャーナリスト大谷昭宏氏の実の兄にあたる。

「最高裁が、裁判員フォーラムでの『不適正契約』認める」と題するAsahi.com.の記事(2007年02月15日)を引用しておこう。記事に大谷氏の名前が明記されている。

裁判員制度周知のために05年10月から各地で開催された「裁判員フォーラム」をめぐり、主催者の最高裁と、事業を請け負った大手広告会社・電通との契約が、実際は書面上の締結日より後に交わした「さかのぼり契約」だったことがわかった。さらに、締結日より前に開催準備が行われていたことも判明。最高裁は14日の衆院予算委で、いずれも会計処理が不適正だったと認めた。

 最高裁は60年に、「国が締結する本契約は、契約書の作成により初めて成立する」との判例を示している。契約書の締結日をさかのぼらせたり、作成前に事業を実施していたりした最高裁事務総局の行為は、この判例に自ら違反した形だ。

 最高裁などの説明によると、最高裁は05年4月、5社からフォーラムの企画を募る「企画競争」を実施。選定した電通と3億4126万円で請負契約を結んだ。

 書面上の契約日は、フォーラムの初回開催日の前日に当たる同年9月30日で、大谷剛彦・最高裁経理局長(現・同事務総長)名で押印があった。

 しかし、14日の衆院予算委で、社民党の保坂展人委員が、「開催日前日の契約」という不自然さを指摘。これに対し、最高裁は「9月30日よりも後に、その契約書面を作った可能性が高い」として、さかのぼり契約があったことを認めた。

 さらに、保坂委員が、契約書上の締結日より前に、ポスターやチラシの製作などの開催準備が行われ、経費が使われていた疑いを質問。最高裁側は「順序が普通の形ではない可能性があるのはご指摘の通り。概要を固めるのに時間がかかり、後手に回った」とし、この点も会計処理が不適正だったことを認めた。

最高裁判事は何を基準に選ばれるのだろうか。かりに人脈であれば、これほど国民をばかにしたやり方はない。

2013年03月25日 (月曜日)

裁判所と新聞社の癒着を示す記事を紹介しよう。2007年2月に『週刊現代』に掲載された魚住昭氏の「『裁判員制度タウンミーティング』は最高裁と新聞メディアと電通の『やらせ』だ 内部資料でわかった恐るべき『共謀』の事実」と題する記事である。

裁判員制度を定着させるために、最高裁が地方紙とタウンミーティングを実施していたことは周知の事実である。その際に参加者を増やすために千葉日報など一部の新聞社が「サクラ」を動員していたことは、一般紙でも報じられた。

魚住氏が同記事で指摘しているのは、「最高裁が広告代理店『電通』を結託し、巨額の広告予算をエサに世論誘導のためのハブ記事を、全国47の地方紙に掲載させていた」事実である。

ハブ記事というのは、魚住氏によると次のような記事である。

一般記事の形をした偽装広告のことだ。質の悪い企業が読者をダマして新商品を買わせようとする時に使う手口である。失礼ながら、引っかかった読者は本物のエサと信じて毛針に食らいついた魚のようなものだろう。

このハブ記事の掲載を工作したのが、1999年に設立された全国地方新聞社連合会である。魚住氏は、ある地方新聞の編集幹部の談話を次のように紹介している。

「不況で広告が集まらなくなって地方紙の経営状態が悪くなったのが発端です。そのとき電通新聞局が主導して巨額の政府広報予算を地方紙に回すために作った組織が地方紙連合だった。だから裁判員制度のフォーラムは、地方紙連合が電通経由で各省庁から受けた仕事の一つに過ぎません」

「地方紙連合に集まった地方紙の東京支社の営業部長クラスが政府広報獲得のため持ち回りでチームを組み、各省庁を手分けして受け持っていた。省庁側との情報交換の中でテーマを決め、シンポジウムを開いたりと、政府広報予算を獲得するための方式はいろいろあったようです」

魚住氏の記事によると、これらのシンポジウムやフォーラムに関する記事には、「全面広告」「広告局制作」といった表記を入れないことが条件になっていたという。段取りは次の通りである。

「フォーラムの開催が決まると、共催者の地元紙は、まず開催告知の「社告」を掲載する。 ?次に最高裁による、フォーラムの「予告広告」(5段=紙面の3分の1)を2度、有料で掲載する。3番目は、フォーラム開催を伝える社会面用の記事を載せる。記事なので無料だ。 ?最後が、フォーラムの詳細を伝える10段(紙面の3分の2)の特集記事と、最高裁の裁判員制度についての5段広告。広告はもちろん有料だが、併せて掲載される10段の特集記事は前出の地方紙編集幹部が言うパブ記事である。05年度、全国47紙の地方紙を使い、フォーラムと広告と記事を抱き合わせた世論誘導プロジェクトに使われた税金の総額は3億数千万円である」

わたしは裁判員制度に関するタウンミーティング以外にどのようなプロジェクトが進行していたのかを調査してみた。

◇少なくとも6省庁が関与

調査が進むにつれて、実態の全容が浮かび上がってくるだろうが、ここではGEOC(地球環境パートナーシッププラザ)が保管している全国地方新聞連合会に関する資料を紹介しよう。それは地方新聞連合会による提言である。提言の書式の中に「団体の活動プロフィール」があり、次のように述べている。

全国地方新聞社連合会は全国の47都道府県のブロック紙・地方紙が結集した組織である。全国地方新聞社連合会の加盟新聞社は地域に密着したメディアであることから国の施策をより多くの国民に伝え、極め細かい国民の声に吸い上げることにより、政策に反映させるための活動が我々全国地方新聞社連合の活動である。過去の活動実績は以下のとおり。

○経済産業省「創業ベンチャー国民フォーラム」

?○内閣府「タウンミーティング」 ○総務省「市町村合併シンポジウム」

○国土交通省「くらしのみちシンポジウム」

○国土交通省「河川文化フォーラム」

?○法務省「中学生人権作文コンクール」

?○郵政事業庁「21世紀の郵便局と地域社会を考えるシンポジウム」

○国土交通省「緊急防災フォーラム」

○経済産業省「若者自立挑戦プラン(ジョブカフェ広報)」

「政策の実施により期待される効果」の項目では、露骨に地方紙のPRが行われている。

■マスメディアを活用することによって環境教育を飛躍的に普及させることができる。 これまでの環境教育施策は一部の関心のある層のみが参加するに止まっていたが、マスメディアと協働することによって、環境教育に対する意識喚起を一気に全国の教員、及び全国民レベルにまで普及させることができる。

■地方新聞を活用することによって全国津々浦々まで環境保全意識の啓発ができる。 これまでの環境保全に関する意識啓発は、中央の視点による一部の関心のある層に向けたものに偏っていたが、地方新聞を活用することによって、生活に密着した各地域の視点に立った啓発活動を、全国津々浦々の国民読者にいきわたらせることができる。

■全国、地域の関係各団体の協働によって最適な環境教育プログラムの開発ができる。 行政、NPO、関係団体、メディアが一体となって環境教育施策の方向性を見出すことによって、最適なプログラム開発が期待できる。また、更にそれを地域の行政、NPO、関係団体、メディアが協働して再検討のうえ各地域で実施することによって、地域住民の生活感覚で受容しやすい、その地域に最適なプログラムにアレンジすることが可能である。

■プッシュ型のプログラム提供によって学校現場での環境教育を積極的にサポートする。 これまで一部の関心のある教員が自ら探索することによって始めて入手することができた環境教育教材を、多様な構成団体による組織的な普及活動と、新聞というプッシュ型メディアで手元に届けることによって、全ての教員が容易に環境教育プログラムに接することができる。

■教員、児童、家族が新聞紙面で情報を共有できるため効果的な普及啓発が期待できる。 新聞に掲載される環境教育プログラムは、主読者である大人が読み、教員が授業で活用することによって児童が読み、家庭内で児童と家族が情報を共有することができる。家庭内で情報が共有されることによって、より強固で広範な情報のネットワーク効果が期待できる。

■行動誘発型のプログラムを作成することによって実効性のある環境保全活動が展開できる。 作成する環境教育プログラム内で、読者・児童に環境保全に関する何らかの具体的アクションを求め、かつその成果を報告する仕組みを埋め込むことによって、実効性のある国民的環境保全活動を展開することも可能である。

■新聞記事等で採り上げられることによって環境教育の普及促進に波及効果が期待できる。 新聞社がプロジェクトに参画するために、新聞記事等で採り上げられる可能性が高まり、意図した以上の普及啓発効果が期待できる。特に、環境教育の授業風景を取材掲載することは、他の教員に対して環境教育の導入を促す大きな契機となりうる。

■新聞を使った教育活動を実施するによって活字文化の振興にもつながる。 新聞を教育現場で活用することによって、児童の活字文化に対する親しみが増し、若年層の活字離れ対策の一助ともなる

 今後、これらのプロジェクトと公共広告がセットになっていたか否かを調査していきたい。

2013年03月22日 (金曜日)

新聞販売店が偽装部数の卸代金の支払いを拒否した場合、新聞社はどのような方法でそれを請求するのだろうか。昔は整理屋と呼ばれる「ならず者」に集金させた新聞社もあったようだが、今は弁護士が登場する。

毎日新聞・蛍池販売所と豊中販売所を経営していた高屋肇さんは、2007年6月に退職した。その際、6月分の新聞代金、約739万円の支払をペンディングにした。偽装部数の中身が「押し紙」だったことが、支払を拒否した原因である。

ちなみに6月の部数内訳は次の通りだった。

≪蛍池≫

搬入部数:2320部

実配部数: 695部

≪豊中≫

搬入部数:1780部

実配部数: 453部

繰り返しになるが、支払額は、約739万円。これは補助金を差し引いた額 の可能性が高い。

支払拒否に対して毎日新聞は、弁護士に問題の処理を依頼したようだ。8月6日、高屋さんは、高木茂太市弁護士ら4人の連名による内容証明を受けた。

それは銀行口座を指定して、1週間以内の支払いを催促する内容だった。

[3]販売部担当責任者のみならず、販売局次長も、貴殿宅訪問のうえ、すみやかなる支払いを求めるも(ましてや、貴殿において、販売委託契約終了にあたり、別途支払う旨確約されていたにもかかわらず)、未だに支払いを行おうとされない、貴殿の真意は不明でありますが、新聞代金等未払分(平成19年6月分)が多額に及ぶことや返済を言明されるも、貴殿約束が遵守されなかったとの経緯等を勘案するならば、当職らとしましても、本件を漫然、放置致しかねるところであって、本書到達後、一週間以内に、新聞代金等残金未払金全額(金7,387,241円)を、株式会社毎日新聞社の指定する下記代理人預かり口口座宛に振り込まれるよう求めます。

(高木弁護士の書面=ここをクリック)

2013年03月21日 (木曜日)

毎日新聞社の偽装部数については、数々の裁判の中でその存在が明らかになっている。しかも、販売店側が和解勝訴した例もある。毎日新聞箕面販売所(大阪府)のケースを紹介しよう。

次に示すのは、2000年?2005年(各1月)の部数内訳である。

≪2000年≫

搬入部数:1800部

実配部数: 918部

≪2001年≫

搬入部数:1830部

実配部数: 966部

≪2002年≫

搬入部数:1800部

実配部数: 892部

≪2003年≫

搬入部数:1820部

実配部数: 815部

≪2004年≫

搬入部数:1510部

実配部数: 782部

≪2005年≫

搬入部数:1510部

実配部数: 733部

和解額は公表されていないが、裁判長の提案などから推察すると、毎日が支払った額は、1500万円前後ではないかと思われる。

◇毎日・堤野社員の捺印文書

毎日新聞・蛍池販売所と豊中販売所を経営していた高屋肇さんは、現役を引退した後、同社の偽装部数を内部告発すると同時に、「押し紙」裁判を起こした。裁判そのものは、双方とも賠償責任を負わないかたちで和解したが、裁判の中で、毎日が公称部数を偽っていたことを示す決定的な数字が暴露された。

次の数字に注目してほしい。

≪新聞代原価(搬入部数)≫

蛍池:2320部

豊中:1780部

≪発証額(読者に発行した購読料の領収書の数≫

蛍池:746部

豊中:500部

次に示す書面は、これらの数字に誤りがないことを示す証拠である。毎日新聞社の堤野社員が数字を確認したことを示す印鑑を押している。

(堤野社員の捺印書面=ここをクリック)?

このように毎日新聞社が公称部数を偽っている証拠は存在する。

なお、数字を偽る行為が当たり前になっている状況の下で、新聞社が公表する世論調査の数字が疑わしいことは言うまでもない。信用しない方がいい。

2013年03月19日 (火曜日)

読売がわたしに対して提起した3件の裁判(請求額は約8000万円)が、「一連一体」の言論弾圧にあたるとして、わたしが読売と江崎氏を相手に起こした裁判の控訴審判決が15日、福岡高裁であった。木村元昭裁判長は、わたしの控訴を棄却した。

このニュースはすでに読売新聞が次のように報じている。

(略)  読売新聞側は、黒薮氏が2007年12月から09年6月にかけて西部本社からの抗議文書を自身のサイトに無断掲載したり、読売新聞が販売店に余分な部数の新聞を押しつけて不正収入を得ているかのような記事を週刊誌に掲載したりしたことなどを理由に、仮処分申し立てや名誉毀損(きそん)訴訟など4件の裁判を起こした。??

? 訴訟で、黒薮氏は、こうした一連の裁判が言論抑圧を目的とした不当な裁判だと主張し、読売側は「権利を侵害されてやむを得ず提起したもの」と反論していた。判決は、4件の裁判を個別に検討した上で、「個々の裁判に違法性は認められず、一連の提訴などの行為により不法行為が成立することはない」と判断、黒薮氏側の主張をすべて退けた。(略)

(記事の全文=ここをクリック)

この判決については、後日、詳細な見解を発表する予定にしているが、この場では、1点に絞って判決後の率直な感想を述べてみたい。

◇著作者人格権を根拠にしたが

控訴審の争点は、読売が起こした3件の裁判(仮処分申立を含めると4件)のうち著作権裁判の判決内容をどう評価するかという点だった。著作権裁判は、江崎が仮処分申立に続いて、2008年2月に起こしたものである。江崎氏は、わたしが新聞販売黒書(現在のメディア黒書)に掲載した催告書(江崎氏がEメールで送付したもので、新聞販売黒書にわたしが掲載した江崎氏作成のビジネス文書の削除を求めたもの)を削除するように求めて裁判を起こしたのである。

江崎氏が主張の根拠としたのは、著作者人格権だった。

【著作者人格権】

著作者人格権は、著作者だけが持っている権利で、譲渡したり、相続したりすることはできません(一身専属権)。この権利は著作者の死亡によって消滅しますが、著作者の死後も一定の範囲で守られることになっています。

(全文=ここをクリック)

つまり著作物を作成した本人だけが有する権利である。従って著作者人格権を主張する場合は、自分が作成した文章であることが大前提になる。

その著作者人格権に基づいて江崎氏は、自分が作成した催告書を無断で新聞販売黒書に掲載することは違法行為に該当すると主張したのである。

ところが裁判の中でその大前提が崩壊する。催告書の作成者が、江崎氏ではないことが認定されたのだ。東京地裁は、催告書の作成者は、喜田村洋一自由人権協会代表理事か、彼の事務所スタッフの可能性がきわめて強いと認定したのである。少なくとも江崎氏が作成したものではないと判断したのである。

知財高裁も最高裁も下級審の判決を認定した。

つまり江崎氏はそもそも著作者人格権を根拠として、裁判を起こす資格がなかったのに、催告書は自分が作成したという虚偽を前提に裁判を起こしたのである。わたしが、恫喝裁判であると主張している根拠のひとつである。

◇  論理が破綻した木村判決

常識的に考えれば、ウソを前提にしてわたしを裁判にかけたわけだから、そのウソが裁判の中で認定されれば、当然、損害賠償を請求されても仕方がない。 極めて悪質なうえに、裁判が引き金となり、経済的な損害を被ったからだ。

たとえば2008年に予定していたニカラグア取材をキャンセルした。これだけでも新聞社の社員によるフリーランス・ライターに対する言論妨害である。また、わたしを支援してくれた弁護団にも経済的な負担をかけてしまった。

ところが木村裁判長は、あえて江崎氏を救済したのである。判決文を注意深く読めば、読者は[ウ]の部分と「エ」の部分に著しい論理の飛躍があることに気付くだろう。

ウ)ところで、著作者とは、著作物を創作する者をいい、作成に当たり事実行為のみをしたのか、創作した者といえるかといった評価や、複数の者が作成に関与した場合に共同著作や職務著作が問題になり得る。

 また、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであるが(著作権法2条1項1号)、その要件については一般に広義に解されており、創作性についても、厳格な意味で創造性が発揮されることは必要ではなく、記述者の個性がなんらかの形で現れていればそれで十分と考えられている。近年、様々な言語著作物について著作物性が主張される中、具体的事案の判断では、ありふれた表現であることを理由に著作物性が否定されることがあるが、著作物性が弱い場合にデットコピーかそれに近い態様の侵害については侵害行為の差止め等を認める見解もある。

エ)以上からすると、本件催告書は、その作成過程から作成者を一義的に決することは困難であったということができる。そして、被控訴人江崎が、同人の考えが入っており、同人の作成名義にかかる文書を送付したことからすると、被控訴人江崎が著作者となり得ると考えたとしていも、本件著作権仮処分命令の申立てを行う段階では、やむを得なかったといわなければならない。

「ウ」で木村裁判長は、著作物をめぐる判断がいかに複雑であるかを記している。それを前提として「エ」で、「被控訴人江崎が著作者となり得ると考えたとしていも、本件著作権仮処分命令の申立てを行う段階では、やむを得なかった」と江崎氏の立場に理解を示しているのだ。

つまり江崎氏は誤解していたが、それは著作権問題の複雑さを考慮すれば、やむを得なかったと言っているのだ。  こうしてあえて江崎氏を救済したのである。「知らなかった」から、不法行為にはなりえないということらしい。

しかし、既に述べたように「ウ」と「エ」の間には、著しい論理の飛躍がある。

まず、「ウ」では、著作権問題には共同著作や職務著作が問題になることがある旨を明記している。しかし、催告書の作成者が江崎氏以外の人物であることは、前訴にあたる著作権裁判の中で認定された事柄である。すでに決着がついている。

次に木村裁判長は、著作物性を判断する複雑さに言及している。しかし、争点になっているのは、催告書に著作物性があるか否かではない。催告書の作成者はだれかという問題である。著作物性を見極めるための法的な指標と、だれが作者であるかという問題は何の関係もない。まったく関係のない事柄を強引に関連ずけて、著作権問題の複雑さを印象づけ、あたかもそれゆえに江崎氏が誤解したかのように記述しているのだ。論理が破たんしてることは言うまでもない。

それに喜田村弁護士が、催告書の執筆を含めて一連の訴訟手続きをしていながら、江崎氏が勘違いしたというものもおかしな話だ。

◇住民運動も視野に

2011年3月15日を境に、一連の対読売裁判は大きな変化があった。3月15日よりも以前は、真村氏もわたしも読売に全勝していた。真村氏は確か7連勝、わたしは5連勝。が、この日を境に全敗に転じた。勝っていた裁判まで、最高裁で逆転させる決定が下された。

真村氏に至っては、自宅の仮差し押さえにより、全財産を失う危機に直面させれている。(読売が支払っていた間接強制金の返済を求められている)

わたしは、今後、なるべく多くの法律家に対読売裁判の判決を読んでもらおうと考えている。木村裁判長の判決が、本当に公正中立な立場で書かれているのかを、広範な意見を聞きながら、検証する必要があるからだ。

公正中立な立場から判決を書かない判事は、司法界を去るべきだろう。そのための住民運動も視野に入れている。

また、裁判所と司法記者クラブの関係、裁判所と政界の関係についても、情報公開を求めるなどして解明していきたい。

◇新聞の危機と偽装部数

なお、木村裁判長がいかにデタラメな判決を下してきたかについては、『新聞の危機と偽装部数』(花伝社)の第6章、「人権問題としての真村裁判」で詳しく述べている。

2013年03月18日 (月曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

これまでの記者経験に基づき、私はこの欄で、憲法9条をこの国が堅持する必要性を考えて来ました。今回でいったん憲法論に、1区切りをつけます。そこで、この国が人類史的にも画期的とも言える憲法9条を、将来的にも堅持するために何が必要かに思いを巡らしたいと思います。

「憲法9条は、観念的な理想論に過ぎない」「米国からの押し付け憲法」との意見もあります。でも、9条は現実論です。この国に住む人々のDNAからも受け入れる素地があり、むしろ誇りであることを、これまでの4回の連載から分かって戴けたのではないでしょうか。

「9条の未来」も、もちろんその延長で考えれば、自ずと方向性は見えます。9条を支えたのは何か。足らざるものは、何だったのか。もう一度、前回までの4回をおさらいしてみれば、この国が9条に基づき未来を切り拓くカギは、原子力などではなく、自然再生エネルギー技術を磨くことにあると、私は思っています。

◇憲法9条のDNA

私の朝日記者生活は、長良川河口堰報道を止められて以来、常に異例でした。でも、思いがけなく東北に赴任する機会を得たことで、この地域に多く分布する縄文遺跡に出合うことも出来ました。

そこで聞いた話から、私たちの遠い祖先、縄文人の心や生活に思いをはせて書いたのが、「憲法9条のDNA 、この国の祖先、縄文人に思う」(2月13日付)でした。

この国に旧石器時代から住み、私たちのDNAの半分を構成するのが縄文人です。その遺跡からは、闘いで傷ついた人骨はほとんどみつからず、もともと争いを好まない心優しい人たちだったようです。

縄文人のDNAを私たちが受け継いでいるからこそ、曲がりなりにも「戦争放棄」と言う、世界的にも稀な9条を持つ憲法がこの国に根付いたのだと思います。

ヒトは、サルのDNA・闘争本能を受け継いで懲りもせず、群れの陣地拡張争いを繰り返す、救いのない生物です。しかし、縄文人は、陣地争いによる闘争を好みません。つまり、サルからの分化度の高い、その意味では最も進化した人類だったとも言えるのではないでしょうか。

私たちは、大陸からやってきてこの国を占拠した弥生人との混血です。しかし、大陸の人たちと同じDNAの弥生人の心で東アジアの人たちと対決して見ても、人類史に新しい道を切り開くことは出来ません。私たちが世界の中で発揮すべき存在感とは、縄文人から受け継いだその気質・DNAのはずです。

◇領土侵略なき戦後日本の繁栄

ただ、縄文人のDNAだけで、9条がこの国に根付く訳はありません。根付くには、それなりの経済的基盤が必要です。私は、愛知県・豊田市にも赴任しましたが、その時、「基盤」を発見したのです。それを書いたのが、「領土侵略なき戦後日本の繁栄 憲法9条を支えたのは、技術力」(2月28日付)です。

豊田は、言うまでなくトヨタ自動車のお膝元の街です。でも、市域のうち工場・住宅のある市街化区域はわずか5%程度でしかでしかありません。後は農地や山林。豊かな自然がありました。

でも、わずかな面積の市街地で造る自動車などの工業品出荷額は、広い世界全体のGNPの0.8%余りも占めているのです。戦後、人々が真面目に努力し、資源のない小さな国土、狭い土地でも、その場所に心血を注ぎ、叡智・技術力を結集させた結果です。

これまでの世界史では、国の領土の広さが国力に比例すると考えられてきました。しかし、私たちはその常識を覆し、領土の拡張・侵略なしに戦後の荒廃から驚異的な復興を成し遂げ、世界有数の経済力を持つまでになりました。つまり、狭く資源の少ない国土でも立派に国としての発展が遂げられることを、人類史上初めて立証したのです。

何も「米国から押し付けられた憲法を持ち、自主独立さえ果たしていない」と、卑下する必要はありません。9条を持つ国でありながら、人々の「努力と叡智・技術力」により、憲法前文にある「国際社会において、名誉ある地位」を立派に占めていると、胸を張ればいいのです。

◇憲法9条改正の次は徴兵制

戦後、この国の発展に9条が果たした役割をもう一度、再評価しておく必要もあります。9条を米国がプレゼントしてくれたお蔭で、軍事費にお金を掛けず、工場などに集中投資出来たことが、戦後復興に大きく寄与しました。

そのことからも,9条が今も現実政治で深く機能していることを書いたのが「徴兵制のないのは若者の既得権、現実論としての憲法9条」(2月13日付)です。

私の東京・政治部在籍は、河口堰報道を止められたことで、わずか1年半で終わりました。しかし、政治記者経験の浅い私に対しても、9条堅持がこの国にとって最も現実的で賢い選択であることを真剣に語ってくれたのが、中曽根政権時代の官房長官、故後藤田正晴氏でした。

故吉田茂首相が朝鮮戦争当時、9条を盾に米国からの警察予備隊(自衛隊の前身)の朝鮮半島派遣要請を断り続けたのは、あまりにも有名な話です。軍備にあまりカネを掛けず、経済投資に集中したことが、この国の経済的繁栄の礎になったのは間違いありません。

自民党はカネ・利権にあまりにもだらしない党です。でも、この保守本流の基本政策があったからこそ、政権が長続きしたのでしょう。私は、中曽根首相の中東への自衛隊派遣方針に対し、体を張って止めた後藤田氏に、保守本流を自認する政治家の気骨を感じました。おそらく、そうした政治家は後藤田氏が最後です。

この国は、多くの地域住民が健康被害を心配し、原発からの核廃棄物の処分場すら確保出来ていません。そんな国が国内に実験場を作り、核兵器の開発・保有することなど、現実政治の上からも到底不可能です。

残念ながら、未だに核バランスの上に立っているのも、世界政治の現実です。もし、9条を改正し、「自前の軍隊を持った」と虚勢を張ってみても、結局は米国の核のカサに入るしかないのです。所詮、通常兵器にしか持っていない日本の軍隊は、米国の世界戦略に組み込まれたよる補完部隊に過ぎません。

9条が改正されると、次に来るのは徴兵制です。私たちの世代は、9条のお蔭で、軍隊経験もなく平和で豊かな生活を満喫してきました。しかし、その一方で、無駄な公共事業で天文学的数字にまで国の借金を膨らませてしまいました。

その世代が、次代に膨大な借金を引き継ぐだけでなく、徴兵制を敷き、米国の軍事戦略に組み込まれた補完部隊に若者の命までも差し出す……。それは、若者の「平和な生活」や「命」という既得権まで奪うことであり、あまりにも無責任です。

◇海部首相の平和外交

私は政治記者時代、海部政権の首相番をしていました。この時起きたのが、イラクのクウェート侵攻を発端にした湾岸戦争でした。当時、私が首相官邸で見たもの、聞いたものに基づいて書いたのが、「平和外交を進めたことがないこの国 憲法9条の改憲を言う前に」(1月16日付)です。

自民の中でハト派であった海部氏は、日本が自衛隊派遣などでこの戦争に巻き込まれる事態を危惧し、何とか平和裏に収める道を探っていました。そのために自らの中東歴訪を模索したのです。しかし、「危険だから」と、止めたのは、外務省の官僚です。

首相がわざわざ和平のために中東に出掛けるとしたら、それなりの成果を出さなければなりません。事前調整を担うのが、外務省です。中東各国の首脳、政治家との深いパイプは不可欠、確度の高い裏情報もなくてはなりません。

しかし当時の外務省の情報収集能力は、あまりにもお粗末でした。私たち記者も、外務省情報に頼っていると、中東で何が起きているかさえさっぱりつかめません。商社などにいる大学時代の友人などのツテを利用し、裏情報を集めていたのが実情だったのです。

そんな情報源の一人は、「外務省の人間は、利権漁りに熱心。裏金も自分たちの優雅な外交官生活を維持するために使っているだけで、まともに情報源作りもしていない。商売を賭け、本当に生きたカネを使い、地を這いまわるように情報集めしている我々とは、真剣さがまるで違う」と、嘆いていました。

その程度の外交能力ですから、和平を目指し、わざわざ首相が中東まで来られても、外務省は、自分たちで何のお膳立ても出来ません。成果が上がらないのが目に見えている以上、首相の行動は、何とも迷惑千万な話です。外務官僚は、御身大事。米国に追従するのが身の安泰と考え、中東訪問を止めたのでしょう。

もともと湾岸戦争は、イランとの戦争で軍事費を使い果たし、原油値上げで財政再建を目論むイラクと、それを敵対視する欧米という構図が背景にありました。しかし、米国の中東での軍事行動は思惑とは逆に、ますます石油の高騰を招き、イラン一国の台頭も許しました。

中東に駐留する米軍への敵意が世界同時テロを誘発させ、報復のための多額の軍事負担が世界同時不況の原因の一つでもあります。

「もしあの時、首相が中東に出掛け、何らかの和平交渉が出来ていたら、世界は別の方向に進んだかも知れない」と、海部氏周辺も残念がっていました。私も、決して海部氏の考えが突飛で、間違っていたとは思っていません。

経済的繁栄を享受しても、この国が世界で平和国家としての存在感を示し得ない現実……。外務官僚は、自分たちの行動、能力不足を棚に上げ、よく「9条が足かせになっている」と、言い訳します。でも、9条があるからではないのです。利権と保身しか頭にないこの国の官僚の志の低さに起因することではないかと、私は思っています。

◇憲法9条と日本の戦後

自民・安倍政権では、9条改正の地ならしに、まず憲法改正の手続きを定めた96条の改正を先行させるつもりのようです。しかし、96条改正の前にもっと先行してやることがあるはずです。為政者、官僚の憲法順守義務を定めた99条の検証です。

よく、政治家や官僚は、「9条はこの国の現実に合っていない」と口にします。でも、彼らの行動の方が余程、99条に合致していません。この国の為政者の政治家・官僚は、世界平和を希求する9条を政治・行政・外交の中で内実化するため、戦後、どこまで真剣に取り組んで来たか。99条の検証抜きに、96条の改正などあり得ないと、私が主張する所以もそこにあります。

9条によって支えられた戦後のこの国の歩み・繁栄……。それを振り返ってみると、結論は次の三つに集約出来ます。

?? 領土侵略・拡張なしに、戦後の驚異的な復興と今の繁栄をもたらしたのは、この国の民の勤勉さと叡智・技術力であった。

?? 保守本流と言われた政治家は戦後、9条を盾に軽軍備に徹し、乏しい資金を経済復興に投入したことが、復興に大きな役割を果たし、9条は現実政治の中でも機能している。

?? 復興・繁栄の実績にあぐらをかいた政治家・官僚は、利権漁りに溺れ、縄文人のDNAでもある9条の理念・哲学をこの国の政治に内実化しなかった。平和外交により、憲法前文にある「国際社会において、名誉ある地位」を実現する努力を怠り、この国の世界での存在感を薄くしている。

ならば、「9条の未来」、つまり、この国と世界の繁栄と平和は、この実績と反省に立って描けばいいのです。

第2次大戦以降の世界は、米ソの冷戦時代を経て、大国による露骨な領土侵略戦争はそれなりに影を潜めたように見えます。しかし、地域紛争は後を絶たず、その裏にあるのは、エネルギー確保を巡る陣地争いです。限られた地下資源に頼るから、争いが起きます。

そうであれば、それぞれの国が自然再生エネルギーで自立出来るようになれば、争いは自ずと大幅になくなるはずです。

福島の原発事故で分かったことは、原子力は私たちにとって未だ制御不能だと言うことです。核兵器と言う人類全体を破滅に追い込む、危険な技術にも直結しています。何かが引き金になって、事故・戦争が起きれば、もうその土地・地球に住むことも出来ない。そんな危険なエネルギーに頼る訳にもいきません。

しかし、地球には太陽からのエネルギーが降り注いでいます。太陽光、太陽熱、風力、波力……それはすべて太陽の恵みにより、無限に頼れるエネルギーです。地球最深部からも、「地熱」というエネルギーが絶えることなく、湧き出ています。

◇エネルギー政策と利権

この再生エネルギーの利用・技術開発でも世界をリードしてきたのは、この国の研究者・技術者です。この国に戦後、繁栄と平和をもたらした人々の真面目な努力と工夫、叡智・技術力は、ここでも発揮されているのです。にも拘わらず、ドイツの太陽電池、ニュージーランドの地熱……。この国よりはるかに多くの自然の恵みを、エネルギー源として利用している国があります。

この国の為政者が、もっと真剣に自前の技術でもある再生エネルギーを利用しようと財源も投入してきたら、研究も進み、コストも安くなっていたはずです。世界の再生エネルギー開発・市場でも、他国の追随を許さぬほどリード出来、世界不況に直面しても、若者の職場も確保出来たでしょう。

しかし、この国の政治家、官僚は、未だに懲りもせず原子力や石油などの地下資源にエネルギー源を求めようとしています。何故なのかは、「選挙で政治家を見抜くノウハウ 上半身より下半身を見よう」(昨年12月13日付)も、合わせて読んで戴ければ、もっと分かり易くなると思います。

つまり、政治家、官僚にとっては、エネルギー政策の在り方などと言う大所高所の議論より、政治資金、天下りに直結する目先の利権の方が大切なのです。原子力や火力は地元にとり、迷惑施設であるとともに、大きなハコものです。本体にとどまらず、建設で地元の理解を得るための対策費で、公民館などのハコものも数多く作れます。その利権が莫大なのです。

政治家や官僚がそれに飛びつかない訳がありません。資源のないのが、この国です。将来を長い目で見れば、自前の技術・資源でもある自然再生エネルギーを伸ばすことが、当然の方向性だったはずです。しかし、利権に目がくらみ、その政策を採用しなかったのです。結果,原発事故と電力不足を補完するための石油・天然ガスの大量輸入で、この国の経済をますます痛みつけています。

ならば、遅らばせながらもこの国は、循環可能な自然再生エネルギーを最重要視する政策に早急に舵を切るべきです。

◇憲法9条が目指す日本の未来

東北の復興も、津波で壊れるような防潮堤を再び作り、海岸線を延々とコンクリートで固めて、土建業者を喜ばせることではないはずです。その予算があるなら、瓦礫の上に土を載せ、津波対策にもなる高台を作り、太陽電池を敷き詰めればいいのです。その沖合には、海洋風力・波力発電所です。

この国の人々の知恵を結集すれば、発電だけでなく、津波の減衰にも寄与する方法が見つかるかも知れません。同時に施設の海中に養殖場や稚魚の育成に役立つ藻場も出来れば、漁業する若者も増え、雇用確保にも寄与するでしょう。

この国の公共事業には、一つの構築物を防災、廃棄物処理、発電、漁業振興と言った多目的に使おうという発想がもともとありません。公共事業は省庁にとり、利権を生み出す打ち出の小槌です。複数の目的で事業をすると、他省庁との予算・権限とも重なり、利権を分け合わなければなりません。うまみも少なく、省庁間の利害対立で調整も難しいからです。

確かに今は、自然再生エネルギーは、か弱く、コストも高い技術かも知れません。しかし、葉緑素などのメカニズムの解明から太陽からの熱線も利用可能な次世代電池の可能性が伝えられています。

比較的低温度まで発電に利用出来る技術は、地熱のほかにもさまざまな熱源からの発電を可能にするはずです。工場からの廃棄物、排ガスを利用するバイオマス発電や微生物を利用する人工石油の生成……。再生エネルギー研究・技術開発で伝えられる最近の新しいニュースは、数え出せばきりがありません。

しかも、どの技術も実用化に一歩手前のところまで来ています。きっと研究者の開発した再生エネルギーにより、自前でこの国のエネルギーを賄える時代が近い将来、到来するでしょう。ここで為政者が、研究と普及に予算を潤沢につけ、後押ししてやれば、一気に花を開きます。この国はその時、「9条の世界」をもう一段、高見に登らせることが可能になるはずです。

何故なら、尖閣も詰まるところは、海底資源の領有権問題です。もともと尖閣周辺の石油開発は高い開発費が課題です。安価な自然再生エネルギーでこの国が自立出来るようになれば、中国も高コストの石油開発に手を付けず、エネルギー確保を巡る対立も自ずと解消して行きます。

中国が増強した軍事力で威嚇しても、「無駄な軍備に、カネを使って」と、鼻でせせら笑えばいいのです。何も尖閣を中国にくれてやれとまでは言いません。しかし、この国が尖閣周辺の資源を当てにせずに済むなら、「お互いこの周辺海域の資源に手を付けない」と言う、合意は可能なはずです。

海底をほじくり返して、次世代の人々のものでもある地下資源を、すべて私たちの世代で浪費してしまうことは、あまりにも身勝手です。私は、島の周りにグロテスクな石油の採掘井戸が何本も林立する光景は見たくありません。何より尖閣の美しい風景が残りさえすればいいと思っています。

いい齢をした若者に働き場所がなく、生活保護費を懐にパチンコに行く風景も、あまりにも不自然です、知恵があるものは知恵を出す。力のあるものは力を出す。私たちの前世代は貧しい中でも、そうして懸命に働き、この国を復興・繁栄させました。

憲法9条が描くこの国の未来像……。そのカギは、再生エネルギー技術・産業が握っていると、私は思っています。政治家・官僚の利権・思惑を排して、この国で再生エネルギー産業を力強く育てる。コスト問題も解消して、世界での資源戦争に終止符を打つ。若者の雇用をこの産業で造りだし、もう一度、若者を中心に戦後復興の頃の活力をこの国に取り戻す……。

9条を安易に改正するのではなく、再生エネルギーで世界をリードし、9条の目指す未来社会を創出すればいいのではないでしょうか。

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

 

?

2013年03月15日 (金曜日)

昨年の11月に出版した『新聞の危機と偽装部数』(花伝社)の書評をいくつか紹介したい。『図書新聞』に掲載されたものと、『ジャーナリスト』に掲載されたものである。』

(『図書新聞』の書評=ここをクリック)

(『ジャーナリスト』の書評=ここをクリック)

同書は全国の書店で発売中。

2013年03月14日 (木曜日)

今世紀に入って、YC(読売新聞販売店)でも、大規模な偽装部数が発覚している。その実態を紹介する前に、再度、新聞社が主張してきた狭義の「押し紙」と、日常の中で使われている広義の「押し紙」の違いを説明しておこう。新聞社がいかにこの問題を歪曲しているかを理解するために不可欠な部分であるからだ。

■広義の「押し紙」

新聞販売店で過剰になっている新聞(ただし若干の予備紙は除く)を指して「押し紙」と呼んでいる。週刊誌やネットの記事で使われている「押し紙」という言葉は、広義の過剰部数を意味している。 ? たとえば、新聞の搬入部数が3000部で、実際に配達している実配部数が2000部とすれば、差異の1000部が「押し紙」である。 ? 「A販売店の裏庭には『押し紙』が積み上げられている」と言う表現は、「A販売店には過剰な新聞」が放置されているという意味である。

■新聞社の「押し紙」

これに対して新聞社にとって、「押し紙」とは新聞社が販売店に強制的に買い取らせた新聞だけを意味する。従って、強制的に新聞を買い取らせたという証拠がない新聞は、たとえ店舗に余っていても、「押し紙」ではない。極めて次元の低い揚げ足取りの典型といえよう。

■偽装部数の目的

新聞社が偽装部数を設定してまで、ABC部数のかさ上げを図るのは、改めて言うまでもなく、紙面広告の媒体価値を上げる目的があるからだ。もちろん、偽装部数により販売収入を増やそうという意図もあるが、偽装部数の規模にスライドして、販売店に補助金を支払うので、偽装部数がそのまま販売収入になるわけではない。

◇YC久留米文化センター前の事件

2008年3月1日、江崎法務室長ら3人の読売新聞(渡邊恒雄会長)の会社員がYC久留米文化センター前にいきなり押しかけ、平山春男店主を前に改廃通告を読み上げた後、同店主を解任した。その理由のひとつは、平山氏が「積み紙」をしていた(厳密には部数の虚偽報告)というものだった。

平山氏は、前年の秋に偽装部数の買い取りを断った経緯があった。YC久留米文化センター前店における2007年11月時点における搬入部数と偽装部数は次の通りだった。

≪YC久留米文化センター前≫

搬入部数:2010部

偽装部数: 997部

ほぼ同じ時期、他のYCも偽装部数の買い取りを断っている。次の2店である。

≪YC大牟田明治≫

搬入部数:約2400部

?偽装部数: 約920部

≪YC大牟田中央≫

搬入部数:約2520部

?偽装部数: 約997部

◇「押し紙」は1部もない?

なお、これら3店のデータは、読売VS新潮社の裁判(読売が新潮社に対して5500万円のお金を要求)で、「押し紙」の証拠として、新潮社側が裁判所に提出した。しかし、読売の宮本友丘副社長(当時は専務)は、次のように「押し紙」の存在を否定した。ただし、ここで宮本氏が意味しているのは、我田引水の狭義「押し紙」である。(赤字の箇所はわたしの解説である。)

喜田村洋一弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。

???? 「30パーセントから40パーセント」の「押し紙」とは広義の「押し紙」のことである。しかし、次に示す宮本専務がいう「押し紙」とは新聞社の定義、すなわち押し売りの証拠がある新聞を指している。従って、宮本氏の立場からすれば、確かに「押し紙」は1部も存在しないという論法になる。

宮本専務:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。? ? 宮本:はい。

喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。?? (略)

?喜田村:被告の側では、押し紙というものがあるんだということの御主張なんですけれども、なぜその押し紙が出てくるのかということについて、読売新聞社が販売店に対してノルマを課すと。そうすると販売店はノルマを達成しないと改廃されてしまうと。そうすると販売店のほうでは読者がいない紙であっても注文をして、結局これが押し紙になっていくんだと、こんなような御主張になっているんですけれども、読売新聞社においてそのようなノルマの押しつけ、あるいはノルマが未達成だということによってお店が改廃されるということはあるんでしょうか。

宮本:今まで1件もございません。

典型的な詭弁といえよう。しかし、裁判官にそれを見破るだけの力量がなかったようだ。(この裁判官は、『新聞社』、『メディアと権力』といった名著も裏付けがないとして全面否定した。)

なお、上記、「喜田村弁護士」とは、自由人権協会代表理事で、薬害エイズ事件で安部英被告を、ロス疑惑事件で三浦和義被告を無罪にした辣腕弁護士である。しかし、同時にここ数年で少なくとも3件の懲戒請求を申し立てられている。(黒薮哲哉申立、浅野健一申立、愛知県のMさん申立) 。また、(株)リージャーの役員も務めている。

2013年03月13日 (水曜日)

産経新聞・四条畷販売所の「押し紙」裁判が進行していた同じ時期に、産経新聞の他の店主も「押し紙」裁判を起こしている。

高橋直樹さんの例を取り上げてみよう。高橋さんは、1995年6月に産経新聞・岡町西(大阪府)の経営を始めた。前店主との間で交わされた引継書によると、高橋さんが受け継いだ実配部数は673部(朝刊)だった。しかし、開業初日から産経新聞は1050部を搬入してきた。

差異の377部が「偽装部数」である。率にすると、36%である。

その後、高橋さんは、1997年から岡町東店の経営にも乗り出した。高橋さんが前店主から受け継いだ実配部数は、2064部(朝刊)だった。ところが1年後には3733部に、2年後には4271部になっていた。2年間で1000部以上も搬入部数が増えたのである。

新聞拡張団を動員して、景品やら商品券を洪水のようにばら撒いて、新聞の購読を強引に迫る戦略を取るだけの経済力がない産経の販売店が、2年間で1000部を拡販するのは難しい。

高橋さん経営の2店における「搬入部数」「実配部数」「押し紙」(偽装部数)を比較したのが次の表である。

(産経新聞・岡町東店、岡町西店における部数内訳=ここをクリック)

偽装部数の割合は、1999年が42%、2000年が40%、2001年が42%だった。

◇産経新聞・東浅草販売店 

関東でも産経の店主は「押し紙」裁判を起こしている。東浅草販売店の近藤店主である。同店における部数内訳を幾つか抜き出してみよう。

≪2000年12月≫

搬入部数:934部

実配部数:430部

偽装部数:504部

≪2001年6月≫

搬入部数:966部

実配部数:390部

偽装部数:576部

≪2001年12月≫

搬入部数:1075部

実配部数:378部

偽装部数:697部

ちなみに産経は、実配部数と搬入部数がかい離していたことを認めている。新聞経営者の中には、いまだに偽装部数なるものは1部も存在しないと開き直っている輩もいるが、産経はすでの搬入部数と実配部数が近づくように調整しているようだ。

判決は、いずれも新聞社側の勝訴だった。裁判所が新聞社を勝訴させた理由は単純明快で、販売店側が明確に「押し紙」を断った事実が認められないというものだった。しかし、新聞が過剰になっているのは、紛れもない事実である。 新聞社が「押し紙」を強要した事実がないにしろ、広告主の利益に鑑みて、メスを入れるのが司法の役割ではないだろうか?

2013年03月12日 (火曜日)

1980年代に繰り広げられた国会を舞台として新聞販売問題の追及が終わったのち、新たに深刻な偽装部数問題が浮上してくるのは、今世紀に入ってからである。1990年代に全国で破棄された新聞や折込広告の量は、おそらく天文学的な数字になる。「押し紙」専門の古紙回収業が一大産業として成立した事実がそれを如実に証拠ずけている。

これだけ異常な実態になっていながら、政府が新聞社の保護をやめなかったのは、彼らを政府の広報部として活用する価値があるとみなした結果だと思われる。「チンチンをする犬」でいる限り、新聞社は敵視する性質のものではなかった。と、言うもの現代の政治は、世論誘導なくして政策実現は難しいからだ。むしろメディアを自分たちの権力構造に引き込みたいというのが本音ではないか。

今世紀に入ったころ、わたしは栃木県の販売店(中央紙)で働いている青年から内部告発を受けた。自分の店では、毎朝、4000部の新聞が搬入されるが、そのうちの偽装部数2000部を捨てているというのだ。もちろんこの2000部にセットになっている折込チラシも、広告主に秘密で破棄している。

最初、事情を聞いたとき、わたしは話に誇張があるように感じた。取材もしなかった。4000部のうち2000部を破棄するような神経は、普通の人間ではもちえないと思ったのだ。カリスマ的な人物から洗脳でもされない限りは、ありえないと思った。

ところがその後、わたしの所へ、「うちの店では偽装部数の比率が4割に達している」とか、「5割に達している」といった情報が次々と入ってきた。このうち産経新聞四条畷販売所の今西龍二さんは、産経本社を相手に提訴に踏み切った。

今西さんに裁判資料を見せてもらったところ、確かに92年から02年の10年間における搬入部数は約5000部で、実配部数は2000部?3000部だった。常識を超える異常な数値だった。

今西さんは、販売店経営をはじめたころ、注文していない新聞がどんどん送られてくるのに戸惑ったという。

「店舗の中もわたしの寝室も、そこら中が新聞だらけになってしまい、たまりかねて産経本社に部数を減らすように電話すると、『小屋を建てろ』と言われました」

安部公房の『砂の女』には、押し寄せてくる砂と戦う男が描かれているが、今西さんは、次々と搬入される新聞の山と格闘するようになったのである。断っても断っても紙の洪水が押しよせてくる。寝室も、店舗も、台所も新聞だらけになってしまったのである。

そして、ブリキ張りの「押し紙」小屋を建築して、ようやく一息ついたのだ。

今西さんから入手した「押し紙」回収業者・ウエダの伝票は、四条畷販売所から回収した偽装部数の量を示している。たとえば2001年8月の場合、回収回数が9回で、総計27トンを回収している。

◇「押し紙」は否認定も、偽装部数は認定

判決は、今西さんの訴えを棄却した。産経に損害賠償責任は生じないという判断だった。その主な理由は、新聞が過剰になっている実態を産経が把握していなかった上に、今西さんが搬入部数を減らすよう求めなかったからというものである。

過剰な新聞を断ったのに、それでもなお押し売りしたのであれば、「押し紙」にあたるが、そもそも断った証拠がないので「押し紙」ではないという新聞社の主張を認めたのである。

しかし、産経が賠償責任を免れたことが、偽装部数の不存在を意味するものではない。新聞社が独自に定義する狭義の「押し紙」(強制的に買い取らせた証拠がある新聞)は、存在しなくても、広義の「押し紙」(残紙)は存在する。

事実、判決は次のように偽装部数の存在を認定している。

原告の配達部数は、徐々に減少し、平成13年ころには約3000部程度までに落ち込んでいたことがうかがわれる。この間、原告が被告に対し本件契約に基づく取引部数を減少するように申し入れをした的確な証拠は見あたらない。すなわち、平成13年ころには、原告と被告の取引部数5100部と原告の実売部数約3000部との間に約2100部の差が生じていたことになるが、この間の事情を被告において把握していたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。

このような論理が広告主の立場をまったく配慮していないことは論を待たない。広告主にとっては、公称部数そのものが偽装されていること自体が問題なのだ。新聞社が押しつけた新聞であろうが、販売店が自主的に仕入れた新聞であろうが、公称部数がウソであることが問題なのだ。

2013年03月11日 (月曜日)

1980年から85年までの間に、共産党、公明党、社会党の3党が計16回にわたって新聞販売に関する「闇」を国会で追及している。これらの質問では、「押し紙」問題は言うまでもなく、景品や恫喝による新聞拡販問題、補助金問題、販売店に対する差別問題などがクローズアップされた。

国会質問を組織した沢田治氏の『新聞幻想論』によると、国会の記者席は常に満員だったが、『潮』を除いて、質問内容を記事化したメディアはなかったという。(政党機関紙は別)。沢田氏は、次のように述べている。

 新聞販売問題についての国会質問について奇妙なことに気付いた。6年間という長期にわたっているにもかかわらず、あれほど新聞のスキャンダル報道に熱心な、週刊誌はもちろん総合雑誌も、そしてマスコミ関係の雑誌も、私の知るかぎり一切話題にしていない。これはどういうことなのか。新聞業界紙には国会質問のたびに克明に派手に載せられていたことを考えれば、週刊誌、総合雑誌、それに新聞学者、研究者が知らない筈はない。

80年代前半の国会質問とは何だったのか?。この問題を考えるとき、日本の新聞人や新聞研究者の体質が輪郭を鮮明にしてくる。

国会で批判された事柄に対して、新聞関係者は一言の謝罪もしなかった。もちろん、販売政策を変更することもなかった。平然と同じことを続行したのである。こうした事実から、80年代前半の国会質問とは何だったのかという疑問が生まれてくるのである。

わたしはこれほど国会を馬鹿にした例を他に知らない。

◆ 国会を蔑視した新聞人

国会質問が終了した後、「押し紙」問題は急激に取りざたされなくなる。しかし、これは新聞社が「押し紙」政策を改めた結果ではない。依然として「押し紙」は存在したと考え得る。

と、すればなぜ販売店サイドから「押し紙」に対する不満が出なくなったのだろうか?

答えは簡単で、日本経済が好調になり、折込チラシの需要が増えたからである。既に述べたように、「押し紙」(偽装部数)で生じる損害は、折込チラシを水増しすることで相殺できる。

たとえば次の部数内訳を見てほしい。

実配部数    :2000部

?押し紙?     :1000部

合計(搬入部数):3000部

この場合、折込チラシの割り当て枚数は、原則として3000枚になる。

そこで販売店が「押し紙」による被害を被るか否かを調べるためには、過剰になった新聞1000部の卸代金と、水増しされた1000枚の折込チラシから得る不正収入を比較する必要がある。

つまり折込チラシの手数料が新聞の卸原価を上回れば、「押し紙」が何部存在していても、販売店は負担にならない。逆に折込チラシの収入が、新聞の卸代金を超えなければ、販売店は損害を受ける。

経済が好調な時代には、折込チラシの受注も増えれるので、「押し紙」による負担が軽減されるか無くなる。場合によっては、「押し紙」により逆に販売店が利益を上げるケースも現れる。

再び「押し紙」問題が浮上してくるのは、1993年のバブル経済が崩壊した後だった。しかも、「押し紙」率が40?50%といケースが相次いで現れて来るのである。

2013年03月07日 (木曜日)

公正取引委員会の前委員長・竹島一彦氏が退官後、日本の4大法律事務所のひとつである森・濱田松本法律事務所に、顧問として再就職(広義の天下り)していることが分かった。

竹島氏は2006年に公取委が新聞特殊指定の撤廃を打ち出した際に、新聞紙面で激しくバッシングされた。特殊指定撤廃は免れないというのが、大方の予想だったが、自民党の山本一太議員、高市早苗議員らが、特殊指定を扱う権限を公取委から取り上げるための議員立法を提出した結果、撤廃を断念した経緯がある。

実は公取委の関係者が、大手法律事務所へ再就職したケースはほかにもある。たとえば七つ森裁判、清武裁判、黒薮裁判と、次々と裁判を起こしてきた読売(渡邊恒夫会長)の代理人・TMI総合法律事務所へ、公取委の元事務総長・松山隆英氏が、やはり顧問として再就職している。

また、同事務所の顧問弁護士である三谷紘氏も、元公取委の委員である。

森・濱田松本法律事務所やTMI総合法律事務所は、主に企業法務の専門家の集まりである。特にグローバリゼーションの中で、バイリンガルの弁護士をそろえるなど、国際企業法務に力を入れている。

当然、独禁法を考慮に入れて活動しなければならない企業がクライアントになっている可能性が極めて強い。

こうした性質を持つ弁護士事務所が、公的機関の退官者と特別な関係を構築することは、民主主義を後退させる行為にほかならない。癒着の温床になる。ちなみにTMI総合法律事務所には、最高裁の元判事が3名も再就職している。

◆小泉構造改革と司法 ?

司法制度改革が本格的にスタートしたのは、2001年12月、当時の小泉首相を長とする司法制度改革推進本部が設置された時である。つまり小泉構造改革の一端としての性質があるのだ。日弁連も、「改革」を支持してきた。

日本の構造改革は、元々、ビジネス環境の国際化を目指すことを主眼としている。たとえば自国の法律が進出先の国の法律と大きく異なっていれば、多国籍企業が海外進出をためらうからだ。米国企業の日本進出を促すためには、法律を米国の基準に近づけなければならない。

実際、司法制度改革では、それに重きがおかれた。その結果、名誉毀損裁判における賠償金の高額化が進んだのである。また、金さえ貰えれば、だれの弁護でも引き受ける、どんなデタラメな主張でも平気で展開する弁護士が増えたのである。いわゆる「訴訟ビジネス」である。

法科大学院を設置して、弁護士人口を増やしたのも、ひとつには企業法務のエキスパートを養成する必要があるからだ。構造改革といえば、無駄を省いて財政支出を抑制することに主眼がおかれているかのような印象があるが、企業の繁栄を支えるために必要な支出は、容赦なく行われているのである。

公取委関係者の法律事務所への天下りが公然と行われている背景に、企業の利益をあくまで優先していく政界の空気があることは言うまでもない。構造改革がもたらした大企業優先社会の到来の中で、公取委関係者の天下りも当たり前になったのではないか。

司法改革を口にするのなら、法律事務所への天下りを全面禁止しなければならない。