2014年02月27日 (木曜日)

この裁判で最も重要な解明点のひとつに、検察が作成した小沢事件の捏造報告書を、だれがロシアのサーバーを使い、発信元を隠して、歌手で検察の「闇」を告発してきた八木啓代氏に流したのかという点である。この謎の中心にいるのがエンジニアで情報通のX氏という人物である。訴状にも実名を隠し、「X氏」で登場する。

とはいえ、いきなりX氏について述べても、初めてこの記事を読む読者には、事件の全体像が読み取れないはずだ。順を追って説明しよう。そもそもX氏とは何者で、どのような理由で、裁判のキーパーソンとして浮上したのだろうか?

◇すべては小沢起訴から始まった

事件の発端は、小沢一郎氏が2010年に東京第5検察審査会(以下、第5検審)の議決で起訴され、最終的には無罪になった件である。メディアでも大きく報道され、喜びを露呈した小沢氏の映像はわれわれの記憶に新しい。冒頭の画像は、小沢弁護団による会見である。

ところが第5検審の起訴議決には、当初から不可解な点があった。起訴議決を行った日が、小沢氏が立候補していた民主党代表選の投票日と重複したのだ。故意なのか、偶然なのか、いずれにしても不自然さを払拭できない。そのために、何者かが「小沢排除」をたくらみ、なんらかの裏工作を行ったのではないか、という噂が広がったのだ。特に小沢氏の支持者の間で、第5検審に対する漠然とした不信感が広がった。

ちなみに検察審査会は、「検察」という名前を付しているが、検察の組織ではなく、文字通り「検察」を「審査」する最高裁事務総局の機関である。

従って小沢氏の支援者らが抱いた不信感は、最高裁事務総局に向けられたものだった。

◇最強の調査チームが暴いた最高裁の「闇」  

こうした状況の中で、最高裁事務総局の闇、具体的には第5検審による小沢起訴の舞台裏をさぐる動きが生まれた。その先頭に立ったのが、森ゆうこ参議院議員と志岐武彦氏だった。この2人に市民オンブズマンいばらきの石川克子事務局長が加わった。

結論を先に言えば、3人は綿密な調査と、チームワークにより、第5検審についての恐るべき事実を次々と浮かび上がらせていく。その辣腕ぶりは、ジャーナリストの比ではなかった。森氏は、情報公開制度で石川氏らが入手した資料を使い、国会で最高裁事務総局の責任を追及した。

3人の調査により浮上した重大疑惑は、第5検審はもともと架空の審査会だったのではないか、という驚くべきものだった。架空の審査会で、最高裁事務総局が小沢起訴を「議決」したのではないか、という疑惑が浮上したのだ。

その根拠として、志岐氏と石川氏は、次にリンクする8つの根拠を示している。

■“小沢検察審査会“架空議決8つの根拠 証拠資料

◇ 日本の権力構造にかかわる大問題

かりに最高裁が検察審査会を舞台として、偽りの起訴「議決」を行い、「狙い撃ち」にする人物を法廷に立たせ、みずから被告に有罪判決を確定する策略が水面下で行われたとすれば、日本の戦後民主主義そのものもが仮面に過ぎなかったことになる。軍事政権の国とあまり変わらないという評価にもなりかねない。それゆえに、森、志岐、石川の3氏による調査は、日本の権力構造の一側面を暴いたに等しい価値があるのだ。

ジャーナリズムのテーマとしても超一級である。

が、その後、3人は方針の対立を露わにする。そしてネット上での応戦が始まり、森氏が志岐氏のブログにより名誉を毀損されたとして提訴する事態に発展したのである。

決別の発端となったのは、次に言及する「ある事件」である。

◇誰が捏造報告書を流失させたのか?

「ある事件」とは、『週刊朝日』(2012年5月4日、11日合併号)によるスクープである。同誌は、検察が「小沢は黒」と印象づける捏造報告書を第5検審に送っていたことをスクープしたのだ。これにより検察=悪の世論が広がる。それから数日後、東京地裁は、小沢氏に無罪の判決を下す。

さらに捏造報告書はロシアのサーバーを通じて、検察批判の先鋒に立つ歌手の八木啓代氏に送付された。八木氏はこれをネットで公開。その後、森氏と一緒に「司法改革を実現する国民会議」を立ち上げる。

こうした一連の動きが志岐氏の不信感をかったのである。舞台裏の巨大な力で、最高裁事務総局の第5検審にまつわる謀略が隠蔽され、それに代わって第5検審に捏造報告書を送った検察の「悪」がクローズアップされ、世論もこれに踊らされ始めたと感じたのである。森氏が、最高裁の追及から逃げたとも感じ、その思いがプログに反映された。

一方、森氏としては、志岐氏のブログが事実無根に感じられたのである。それゆえに提訴に踏み切ったのである。

志岐氏は、小沢氏が無罪になったことはよかったが、それとは別に第5検審の疑惑解明は続ける決意のようだ。

改めていうまでもなく、検察の謀略をPRするためには、検察追及の第一人者である八木氏のサイトはうってつけだった。何者かが、発信元を隠して意図的に八木氏に捏造報告書を送付したとすれば、検察の謀略をPRするのが目的だった可能性が高い。

このあたりの経緯を裁判で正確に検証するためには、誰が何の目的で捏造報告書を八木氏に流したのかを調査しなければならない。その疑惑がかかっているのが、X氏という人物なのだ。森側の弁護士は、4月にX氏の陳述書を提出するという。

一方、志岐側の弁護士は、捏造報告書がたどった経路を調べるために、小沢一郎氏と、彼の主任弁護人の証人調べを申請する構えをみせている。

裁判の行方に注目したい。

2014年02月26日 (水曜日)

森ゆうこ元参議院議員が、『最高裁の罠』(K&Kプレス)の著者で、ブログ「一市民が斬る」の主宰者・志岐武彦氏を訴えた裁判の第3回口頭弁論が、25日の午後、東京地裁で開かれた。同じ法廷で、ほぼ同じ時刻に別の裁判が予定されていたこともあって、30名を超える傍聴者が席を占めた。

原告の森氏は出廷しなかった。原告席には小倉秀夫弁護士、被告席には山下幸夫弁護士と志岐氏の姿があった。

(注:事件の経緯については、記事末の資料を参照にしてください。)

【内容】

原告の森側から、準備書面が提出された。これは、前回の法廷で被告の志岐側が提出した準備書面(2)に対する反論である。

(注:MEDIA KOKUSYOは原告側の主張も公平に伝えるために、原告準備書面のネット公開を予定している。ただ、書面に個人名が含まれているので、公開の条件などを、小倉弁護士に問い合わせた後、公開方法を決定したい。裁判(本訴)書面の公開は、著作権法には抵触しない。)

裁判長が、原告に対して次の点で疑問を呈し、小倉弁護士を問い詰める場面があった。裁判長は、何を問題視したのか?

もともと森側の主張は、志岐氏が異なった日に執筆(H25年7月29日、8月11日、8月17日)したブログから、特定の表現を抜き出し、それを組み合わせて、名誉毀損を構成するというものである。これに対して、志岐側は、個々のブログは、独立しており、我田引水的に文章の「細切れ」を組み合わせて、名誉毀損を構成するという立場の森側主張は誤りであると、反論している。

裁判長が疑問視して、小倉弁護士を問い詰めた点は、読者がブログを読む際に、別の日に書かれたブログを参照にしながら、全体として書かれた内容を検証するだろうか、という疑問である。

名誉毀損裁判で、ある表現が名誉毀損(社会的評価の低下)に該当するか否かの判断は、「一般人の普通の注意と読み方」を基準としている。それゆえに森側が主張するブログ読者の読解スタイルに対して、裁判長が疑問を呈したものと思われる。

普通、ブログは読み流すものである。それゆえに書き方もむつかしい。

裁判長から原告に、「判決までやりますか?」との問いかけがあった。これに対して、小倉弁護士は、元国会議員である森氏の立場を考えると名誉毀損のダメージが大きいので、裁判を続ける旨を表明した。

これに先立って、志岐側の山下弁護士は、「こちらは判決でお願いします」と述べた。

森側の小倉弁護士は、X氏の陳述書を提出する旨を表明した。

志岐側の山下弁護士は、場合によっては、小沢一郎氏と彼の主任弁護士に 対して証人調べを求める旨を表明した。捏造報告書がロシアのサーバーを通じて歌手の八木啓代氏に届いた経緯を調べるのが目的だ。

流出経路について、検察は内部の者が外部に漏洩させたことを否定しいる。と、なれば他の複数のルートを検証する必要が生じる。小沢一郎氏の出廷は不可欠ではないか。

次回の口頭弁論は、4月18日午前10:00 530号

【参考資料】

■事件の経緯について:「森ゆうこ元参院議員が提訴した裁判 背景に小沢事件をめぐる最高裁事務総局の闇 」

■森側の訴状

■志岐側の準備書面(2)?訴状に対する反論??

2014年02月24日 (月曜日)

次に示すのは、安倍内閣の下で総務省に設置された「電波政策ビジョン懇話会」の構成員一覧である。

■「電波政策ビジョン懇話会」構成員一覧 

最も異様なのは、企業や業界団体の面々が名を連ねていることである。つまり選挙で選ばれたわけでもない企業人が望む政策が、直に政策決定に反映する仕組みが機能しているのだ。

驚くべきことに経団連の常務理事・椋田哲史氏も構成員になっている。改めていうまでもなく、経団連は財界人の集まりである。

■経団連の役員一覧??

また、情報通信ネットワーク産業協会専務理事の大木一夫氏も、構成員になっている。ちなみに同協会の役員構成は次の通りである。

■「情報通信ネットワーク産業協会」構成員一覧??

他にも野村総合研究所、三菱総合研究所、日本総合研究所などの関係者が名を連ねている。

さらに興味深いことに、日経新聞の論説委員までがメンバーに加わっている。おそらくこれは「広報」の役割を果たしてもらうための措置ではないか。皮肉にも、日経の論説委員が独立したジャーナリストと見なされていない証である。

日本の権力構造を、内閣府や省庁に設置される各種の審議会・委員会などを検証することで部分的に解剖すると、極めて前近代的で、議会制民主主義の理念に反した側面が露呈する。

委員は、選挙で国民の信任を得ているわけではない。政治家や官僚の裁量で選出されているのだ。

ちなみに「電波政策ビジョン懇話会」の他に、総務省には、情報通信審議会も設置されている。委員は次の通りである。読売新聞の知野恵子氏の名もある。

■情報通信審議会の委員

◇ 「構造改革=脱官僚支配」のウソ

1996年に橋本内閣の下でスタートした構造改革=新自由主義の政策とは、?規制を緩和することであり、?官僚支配から脱却することであり、?小さな政府を構築して大企業の財政負担(税負担)を軽減することなどだった。

その背景にはビジネスの国境が消え、しかも、旧社会主義圏に新市場が開けた時代が到来した下で、企業に国際競争力を付けてもらい、大企業の繁栄により、国民全体を富ませようという思想があった。

このような政策は、米国レーガン政権や英国サッチャー政権、それにチリのピノチェト将軍による独裁政治の下で強力に推進された前例がある。これらの政策の評価は、賛否両論があるが、日本の場合、少なくとも官僚支配から脱却する政策には、極めて多くの人々が共感して、民主党を躍進させる原動力になった。小沢一郎氏が支援されたもの、このあたりの政策にあったようだ。

ところが構造改革=新自由主義の総仕上げの段階に入った第2次安倍内閣の下では、これまでにないほど、財界の要望を政策決定に直に反映されるシステムが構築されているのだ。少なくとも電波政策に関しては、財界が直接政策決定に大きな影響力を及ぼす状況が進行している。

構造改革=新自由主義は、結局、大企業の繁栄をサポートするシステムにほかならない。必要となれば、アベノミックスに見られるように、大企業に対する財政支出も辞さない。その一方で、雇用形態を「非正規」の方向で構造改革した結果で、貧困が大問題になっている。

長野県の飯田市でNTTドコモが、住民の反対を押し切って、携帯基地局の設置工事を断行した背景にも、財界が安倍内閣と共働体制にあるという安心感があるからではないか。

「失われた20年」は、構造改革=新自由主義に騙された20年だった。

2014年02月21日 (金曜日)

筆者が裁判員制度に関する支出について調べたところ、2009年1月、最高裁が裁判員候補者名簿管理システムの開発・保守費として、(株)NTTデータに対し、総計で約2億4300万円の大金を支払った疑惑があることが分かった。支出の詳細は次の通りである。

■裁判員候補者名簿管理システムの開発:190,995,000円

■裁判員候補者名簿管理システム開発のアプリケーション保守:51,975,000円??

「疑惑」と書いたのは、上記の数字を裏付ける資料が(株)NTTデータが最高裁に送った請求書であるからだ。請求書であるから、額面どおりに支出した絶対的な確証はないが、通常、公的機関に対する請求書は、事前合意の上で送付されるので、実際に最高裁が約2億4300万円を支出した可能性は極めて高い。

この約2億4300万円という数字をどう評価すべきだろうか。

比較対象として、森ゆうこ元参議院が作成した「検察審査会調査報告書」と題する資料を紹介しよう。作成日は、2011年6月30日。この資料に検察審査会のくじびきソフトを開発・保守するための費用として、最高裁(注:検察審査会は最高裁が管轄している)が支払った次の額が表示されている。

■検察審査員候補者名簿管理システム開発及び開発監理支援費用:52,815,000円

約5200万円である。この価格の評価について森氏は『検察の罠』の中で次のように述べている。

複数のシステム設計の専門家によれば、このシステムなら500万円から作ることが可能で、通常は700万円程度、どんなにボッタクリでも1000万円だという。

裁判員候補者名簿管理システムと検察審査員候補者名簿管理システムにそれほど大きな違いがあるとは思えない。かりにこの種の候補者管理システムの開発・保守費が、本当に700万円程度であるとすれば、最高裁がNTTデータに支払った約2億4000万円の内訳を詳細に検証する必要がある。

◇イカサマの候補者名簿管理システム

ちなみに森氏の「検察審査会調査報告書」や『検察の罠』によると、検察審査会の候補者名簿管理システムには、大きな問題がある。

まず、PCのくじびきソフトの画面から、最高裁が不適切と判断した候補者を抽選前の段階で削除できる。さらにこのような不正操作をしても、操作の「足跡」が残らない。つまり最高裁が恣意的に裁判員を選べるようになっているのだ。

今後、次の点を検証する必要がある。

裁判員候補者名簿管理システムも、検察審査員候補者名簿管理システムと同じ仕組みかどうか。違いがあるとすれば、どの部分なのか。

最高裁がNTTデータに支出したと思われる約2億4300万円というソフト開発の価格をどう評価するのか。

【裏付け資料】

■請求書(裁判員候補者名簿管理システムの開発)

■請求書(裁判員候補者名簿管理システム開発のアプリケーション保守)????

■森ゆうこ元参議院が作成した「検察審査会調査報告書」

2014年02月20日 (木曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

◇初耳、地方版紙面委員

◇箱島社長に「人事案件の不同意」を送付

◇朝日の取締役会が決定した差別人事

◇闘うジャーナリズムへの報復?窓際族へ

案の定、箱島社長からは何の返事もありませんでした。直接見た訳ではないので真偽のほどは分かりませんが、「箱島氏は『忙しい社長に、こんな長文を送ってくるなんて……』と、社長室の応接テーブルに私からの文書をたたきつけた」と、後日、周辺から聞きました。

それでも社長側近の一人が「この件は社長に代わって、私が話をしたい」と、私に電話してきました。しかし、その後、待てど暮らせど、なしのつぶてでした。

箱島社長の答がない以上、とるべき手段は、内部告発しかありません。でも、私にさえ、まともに答えられないのが、朝日の幹部です。この問題が週刊誌などに取り上げられ、正面から世間の批判を浴びたら、どうなるか。私は不安でした。

というのも、当時、小泉純一郎政権が全盛を迎えていたからでした。私は政治記者時代、まだ奇人変人扱いされていた頃の小泉氏に何回か直接会い、取材したことがあります。歯に衣を着せぬ官庁批判、行政改革の姿勢に強い共感を覚えました。

しかし、首相になり、人気は急上昇。靖国参拝で、憲法9条などの改憲論議が急速に盛り上がっていました。それまで私は、親しくなった小泉氏から、たとえ雑談でも「靖国」や熱心な「親米」は、聞いたことはありませんでした。

郵政民営化を進めるには、自民党の旧来の支持者の応援が不可欠です。小泉氏のことだから、異端児のイメージを拭い去り、保守層の支持を盤石にするために突然、熱心な靖国参拝論者に衣替えしたのではないか…、「どうせ小泉劇場の一環」と、タカをくくっていました。

でも、時として為政者の思惑をも超えて、時代は進んでしまうものです。官庁を握った者の独裁、官庁批判を旗印にした独裁…。「官庁を握った者の独裁」がここまで無駄な公共事業を拡大させた元凶です。でも、官庁、政党の腐敗を批判して権力を握った者の独裁が、いかに国民を不幸に陥れたかは、ナチス、日本の軍部など、過去の歴史を見れば明らかです。どちらの独裁も、世の中を危うくする前兆です。

そんなご時世に、私が朝日の内情を暴露。読者の信頼をこれ以上失っては、「護憲」対「改憲」という、この国の言論バランスを根本から崩しかねません。私は朝日を旧社会党のようにするのが怖かったのです。本来、誰が心配すべき問題か…。でも、保身と派閥抗争にうつつを抜かす社長・幹部が何も考えていない以上、自分で心配するしかありませんでした。

◇初耳?地方版紙面委員

そうこうするうち、2004年も6月になっていました。私に「信頼回復」を求めた名古屋代表は、朝日の取締役候補から外れ、天下り人事でグループ会社の社長に転出して行きました。代表の転勤となると、社内幹部で盛大な送別会が開かれるのが恒例でした。でも、本人は断わり、そそくさと名古屋を離れたのです。もちろん最後まで、私に何の言葉もありませんでした。

7月。新しい代表が就任すると、私に呼び出しがありました。新代表は、私の次の人事について、こう切り出しました。

「前代表から、君を『地方版紙面委員』にする人事構想が引き継がれています。君も同意したと聞いていますので、それでいいのですね」。 私は、「地方版紙面委員」という話さえ初耳でした。もちろん「同意」した覚えなど全くありません。

「地方版紙面委員」とは、地方版の校閲係のようなものです。リストラで、地方版記事の間違いを見つける校閲の仕事がなくなり、地方の記者は原稿を自分で点検するようになりました。記事の訂正も増え、弊害を少しでも減らすために、地方版の点検・校閲のために設けられた仕事です。自由に取材して書ける記者ではなく、広報同様、定年間際の窓際ポストになっていました。

「普通の記者」への復帰を求める私に提示しても受けるはずもありません。前代表も承知していたはずです。だから、私に話すこともなく、新代表に通告を押し付けたのでしょう。どこまでも無責任な人です。でも私は、もうこんなことぐらいでは驚かなくなっていました。

「そんな話、これっぽっちも聞いた事もありません」と答えると、新代表も察しはついていたのでしょう。「いゃー、やっぱり、そうでしたか。聞かなかったことに……」と言ったきり、後は何も話しませんでした。

秋の人事は7月中旬に固まり、下旬に正式発表されます。発表の2週間から10日前、本人だけに半ば公式に知らせ、意向を確認する内々示があるのも通例です。私の後任となる広報室長人事も聞こえて来てはいました。でも内々示の時期をとっくに過ぎ、発表の4日前になっても、私には何の音沙汰もありません。

内々示がない以上、後任人事のウワサは、前代表の人事引き継ぎがそのまま流れているのかも知れないと、私は思いました。しかし、その矢先、突然、代表から呼び出しがかかり、私に人事が通告されました。

◇箱島社長に「人事案件の不同意」を送付

異動先は「代表付・NIE担当」。「NIE」とは、「教育に新聞を」という意味です。新聞離れの昨今、子供の頃から新聞に親しんでもらおうと、学校に新聞を題材にした教材を送ったり、各種のイベント、時には、学校に行って講演、授業もするのが仕事です。

実は、新代表と私は「NIE」のポストをめぐり、深い確執がありました。広報に社員のNIE担当者が配置されたのは、その年の4月のことです。それまでは、私が広報の仕事の合間に担当していた仕事だったのです。しかし、広報には社員は私だけ。私がNIEの仕事で出掛けると、読者の苦情に対応する広報の部屋は、OBの嘱託だけになります。

朝日には、右翼をはじめ様々な人物が予告もなく、抗議に来ることもあります。読者の通報や苦情にも、すぐに対応しないと、取り返しのつかない事態になります。社員不在では、何とも心もとないのです。そんな理由で、新代表が編集局長当時、「読者との応答、NIEも出来、私の代理も務まる記者出身者を一人、編集から広報にくれませんか」と、私が交渉したことがありました。

しかし、局長からは「編集で役に立つ記者を何で広報なんかに出せますか」と、木で鼻をくくった言葉が返ってきたのです。この言葉で朝日での広報の位置付けがいかに低いか、分かろうと言うものです。

でも、いくら何でも、嫌な仕事を我慢しながらしている広報の責任者に向かい、直接「広報なんか」呼ばわりは、聞き捨てなりません。ちょうど前代表との確執が頂点に達した時です。私も苛立っていました。「毎日、編集の尻拭いをしている広報に、『広報なんか』とは何だ」。編集局長と激しい口論になっていたのです。

前代表も「広報は大事なポスト」と、私に言った手前があります。さすがにその時はまずいと思ったのでしょう。仲に入り、記者の一人を私が1本釣りで説得するとの条件で、広報に異動させる合意が出来ていました。私は、読者の苦情にも耐えられる人格円満な先輩に、定年後もNIEと広報の仕事をしてもらうとの条件で平身低頭、広報に来てもらっていたのです。

誰よりもこの経過を一番よく知るのが、他ならぬ新代表です。この人事を受けると、私自身が約束した先輩の仕事を奪うことになります。「広報には、すでにNIE担当者がいるではないですか」「二人の役割分担は、どうお考えですか」「私を記者に戻さないことだけが、人事の目的か」と尋ねました。しかし、代表は「すでに決まった人事だ」と答えるだけ。後は、口をつぐみました。

何より私の意向・希望も聞かず、後任も決まっているこの時期に、突然、内示はあり得ません。代表が何も答えない以上、私は即刻、箱島社長宛に「人事案件の不同意」を文書で通告しました。もちろん、これも後々の証拠にするためです。

◇朝日の取締役会が決定した差別人事

発表日の26日。取締役会で人事が決まれば、本人に上司から正式に伝達する「呼び込み」があります。しかし、私だけ代表から何の連絡もありませんでした。しかし、社内ホームページには、私の人事は載っています。私に通告がない以上、正式発令とは言えません。「こちらから聞くことでもあるまい」と、そのままにしておきました。

それから、1ヶ月余り。「代表付」への異動日、9月1日が迫っていました。それでも、代表からは何の話もなければ、私の「不同意」の文書にも、社長はなしのつぶてです。 通告がない以上、私はこのまま広報に居座わろうかとも思いました。しかし、それでは何より後任に迷惑がかかり過ぎます。それに「あいつは広報がよほど好きらしい」なんて、あらぬウワサが面白おかしく社内に広がりかねません。私と代表と、どちらが先に口を開くか、神経戦になっていました。 でも、仕方なく、発令日直前に私から代表を訪ねました。

――私の人事は何の通告もありません。発令されているのですか?

「出ています。ホームページにも載っているから、お知りのことと思って……」

 ――人事は、直接上司から通告されるものではないのですか?

「まぁ、それは……。とにかく受けていただけるのですね」

――受けるも受けないも、通告されていないのですから。

「ホームページに載せています」

――それでは通告になっていません。それに、私は不同意と申し上げ、文書も出してあります。

「取締役会で正式に決定したことです」

――私が不同意と言った理由に対して、どのように審議されたのですか?

「私は取締役会のメンバーでないので、知りません」

――本人に何の説明もなく、同意していない人事は無効・不当です。

「取締役会という正式の場所で決定されています」

こんなやり取りをしばらく続けました。もちろん、組織として人事を撤回する意志のないことは、百も承知しています。しかし、正式通告はなく、納得もしていないことを確認しておくためにも、私には形式としても押し問答をしておくことが、社内手続き上も必要不可欠だったのです。

◇闘うジャーナリズムの代償?「窓際」へ

儀式も済み、私は「広報に籠城しようかとも考えました。でも、あまりにも大人げない。広報の部屋にある私の荷物を、どこに移せばいいですか」と切り出しました。代表は、それまでの高飛車な対応とは打って変わり、「同意して戴けるのですね。机を置く場所は決めさせて戴いてます」と、もみ手をせんばかり。代表のほっとした表情を、今でも私は鮮明に覚えています。

私は、どこに荷物を移すかさえ聞いていませんでした。「人事に同意した訳ではありません」と、再度、念を押し、「後任に迷惑がかかるから、広報にある机を明け渡すだけです。NIEには担当者がいることですから、どうせ仕事はありません。荷物を移すロッカーが一つあればいい」と、言いました。

しかし、代表は名古屋駅の高層ビル群も見える窓際のなかなかいい広い場所に私の机と、ソファを用意していました。もちろん仕事はなく、朝、出勤。ブラブラ過ごし、夕方帰るだけの「ブラ勤」です。ソファは格好の昼寝場所になります。

こうして定年までの3年半足らず、私のブラ勤暮らしが始まりました。私は、社会部記者時代、国鉄民営化を担当したことがあります。当局ににらまれた国労組合員に仕事が与えられず、隔離部屋でブラ勤をしている実態をルポ、記事にしたのです。

その時、まさか自分が同じ境遇になろうとは、夢にも思っていませんでした。しかし、実際にやってみると、気楽な身分ではありません。社内の好奇の目にさらされ、傍目以上に苦しいものであったことだけは、ここで付け加えておきたいと思います

申し訳ありません。ここまで書いて来たところで、今回も、紙数が尽きました。次回は、この後、定年までの私と朝日の本格的論戦の成り行きを報告して行きたいと思います。ぜひ、今後とも本欄のご愛読をよろしくお願いします。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

?フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2014年02月19日 (水曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

【サマリー】

◇品性が欠落したNHKの経営委員

?◇反原発発言を制限した籾井会長

◇メディア企業の「異能分子」

◇メディア企業の労組とは何だ?

?◇朝日と闘う覚悟

◇年俸制の下で差別待遇

◇記者職の剥奪、5年間昇給なし

?◇箱島社長宛に調査依頼書を送付

◇朝日ジャーナリズムの限界

従軍慰安婦問題で、NHK籾井勝人会長の「戦争地域ではどこにでもあった」との記者会見発言が問題となっています。昨年、同様の趣旨の発言をしたのは維新・橋下徹共同代表です。橋本氏は反省したはずでしたが、「言っていることは正論。僕がずっと言い続けてきたことだ」と理解を示したことからも、これもやはり彼の本音なのでしょう。

しかし、ジャーナリズムを担うNHK会長や政治家の立場で、この発言・資質がなぜ不適確なのでしょうか?。私はそれをツイッターで何回か書いています。発言の根底に「戦争なら何をやってもいい」との考え方、「女性は戦争の道具」という度し難い女性蔑視思想があるからです。この考え方で報道や政治が行われたら、この国、世界がどうなってしまうのか、それを考えただけでも恐ろしいことです。

それだけではありません。朝日に押し入り、拳銃自殺した新右翼「大悲会」の野村秋介・元会長を追悼する文集に、メディアへの暴力行使を礼賛したとも取れる文章を発表した長谷川三千子氏もNHKの経営委員です。

長谷川氏はこの文集に「人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである」と書いています。また、野村氏の自殺で「わが国の今上陛下はふたたび現御神(あきつみかみ)となられたのである」との記載もあります。「人間宣言」された天皇が誰より、この文章に困惑されているのではないかと思います。

また、都知事選で田母神俊雄候補の応援演説に立ち、他候補を「人間のくず」呼ばわりした作家の百田尚樹氏も経営委員です。彼は、「戦争では恐らく一部軍人で残虐行為がありました。でも日本人だけじゃない。アメリカ軍も、中国軍も、ソ連軍もありました。

こういうことを義務教育の子どもたち、少年少女に教える理由はどこにもない。何も知らない子どもたちに自虐史観を与える必要はどこにもない」との持論も展開しています。

◇品性が欠落したNHKの経営委員

ジャーナリズムは事実を知らせることが、何よりの使命です。戦争で人が死ぬ。残虐行為もある。こんなことさえ知らないまま、子どもが成長したらどんな世の中になるのでしょう。権力にとって都合の悪い事実を、子どもたちに知らせないでいいと言う人が、ジャーナリズムの経営委員であっていい訳がないのです。

NHKには経営委員に政治的発言を禁じる規則はなく、「個人の思想・信条に基づいた行動は妨げられない」としています。「個別番組の編集などに関与することも出来ない」としていることから、両委員共、それを盾にどんな発言・活動をしても問題ない、との立場のようです。

しかし、放送法では、委員の資格として「公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者」と定めています。少なくとも報道機関の経営委員に就任したなら、その期間だけでも選挙で一人の候補者だけを応援し、公正・公平性に誤解を招くような政治的行動を控えるのは、メディアに携わる人間の最低限の規範・常識であるべきです。

問題は、この3人というより、ジャーナリズムとしての基本的な規範・常識、品性に欠けた人物や神がかった人を会長や経営委員に押し込んだ安倍首相にあると言うべきでしょう。そこにはNHKを自分の考えに染め、批判を封じて世論を操作し、この国を自分の考え通りに支配して行こうと言う意図が透けて見えます。

その証拠に、籾井会長は就任会見で、「政府が右というものを左と言うわけにはいかない」とも発言しています。私は何度もこの欄で言って来た通り、ジャーナリズムの役割・使命は、「権力監視」なのです。

「政府が右というもの」でも、深い取材に根差し、「国民の福祉に反する」と判断する時は、断固、「左」と言わなければなりません。それがジャーナリズムです。それを「右」と言うなら、使命を放棄、政府広報に成り下がってしまいます。私は「報道の自由」という観点から、従軍慰安婦の件以上にこの籾井発言を問題視します。

◇反原発発言を制限した籾井会長

皆さんも、昨年末の特定秘密保護法での精彩のないNHKニュースにもどかしい思いをされているはずです。早速、籾井会長色が報道現場に影響を与えた結果ではないでしょうか。

籾井会長が報道現場へ露骨に介入した顕著な例として、FM番組レギュラーの音楽評論家、ピーター・バラカン氏の問題があります。籾井会長はピーター氏に「都知事選が終わるまで、原発問題に触れないように」と要請していたと言うのです。

籾井氏は、参院予算委員会でこの問題を問われ、「放送法は政治的に公平であり、意見が対立している問題にはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることを定めている。都知事選では原発問題が争点の一つとなっており、期間中の番組はより公平性を期する必要性があり、いろいろ検討した結果、出演が取りやめられた」と語っていますから、事実に近いのでしょう。

バラカン氏も「都知事選が終わるまで原発の問題に触れないよう複数の放送局から求められていた」としています。それだけにとどまらず、NHKラジオ第一でも先月末、経済学の視点で脱原発を話そうとした中北徹東洋大教授も発言をやめるよう求められたそうです。籾井氏は「選挙期間中でもあり、テーマの変更を求めた」と、あからさまに認めたことに私はむしろ驚愕しています。

「選挙の公平性」と言いながら、特定候補以外は「人間のクズ」と罵倒した百田氏には何のお咎めもなし。一方、政府方針に反し、原発への疑問を番組で語ろうとした人の発言は封じる。すでにNHKは籾井氏の下で、戦前の大本営放送に戻った感があります。

◇メディア企業の「異能分子」

報道機関では、記者としての人脈を生かし、報道以外の政治家・官僚との交渉・取り引きなどにあたる人を「異能分子」と呼ぶことがよくあります。以前のこの欄で書いた通り、朝日の編集幹部は私の長良川河口堰報道を止めた社会部長を「異能分子」と呼んでいました。

ジャーナリズム本来の価値基準からは、「無駄な公共事業」を告発し、完璧な裏付けのある私の長良川河口堰報道は、止まるはずもありません。それが止まったのです。「異能分子」による「異能活動」の結果ではなかったのか。確かな証拠はないにしても、編集幹部が臭わせた言葉から、私はそう思わざるを得ませんでした。

しかし、報道機関に巣食う「異能分子」による「異能活動」は、朝日だけに限ったことではないとも思っています。例えば、私が政治記者時代、取材は程々にNHK予算をスムーズに通してもらったり、国会で厳しい追及を受けないよう、政治家・官僚詣でをしているNHK記者のウワサがよく聞こえて来ていました。

親しくしていたNHK記者や政治家から聞いた話です。実際に「異能活動」が行われていたとしても、もともと記者と特定の政治家・官僚との密室でのこっそり話です。朝日と同様に、どんな中味か、本当に異能活動をしていたのか。定かな証拠はなく、NHKで「異能活動」が行われていたと、私は断定するつもりはありません。

ただ、同僚から名指しでそんなウワサ話が出ていた記者ほど、NHKの中で地位を得ていたように思います。籾井会長の下で、こうした記者がますます上級幹部を占め、NHKの政治家・官僚への弱腰体質がさらに進むのではないか、私は心配せざるを得ません。

◇メディア企業の労組とは何だ?

それにしても、こんな情勢の中で、NHK労組は何をしているのでしょうか。私にはジャーナリズム労組としての存在感を見えて来ません。組織の中で、幹部の報道弾圧に抗し、人々の「知る権利」のために記者が一人で闘うことには限界があります。ジャーナリストとしての自覚を持つ記者を孤立させず、政府の言いなりになろうとする経営陣と闘ってこそ、労組であるはずです。

しかし、この欄で以前にも報告http://www.kokusyo.jp/?p=2844したように、私の場合も朝日労組は、見て見ぬふり。ジャーナリズム労組としての存在感を何一つ示そうとはしませんでした。

NHK労組も同じなら、事実上、「政府の言いなりになれ」と言う籾井体制の下で、報道現場はますます委縮、辛うじて残っている伝統のドキュメンタリー番組さえ、切れ味が失せ、空洞化してしまうのではないかと思います。

その結果、政府のやることに何も疑問をはさまないNHKニュース、戦前同様の大本営発表が罷り通ります。結局、見させられる国民は、軍国主義復活の安倍カラーにますます洗脳され。その先には「いつか来た道」が待っていることを、私は一番心配しています。

◇朝日と闘う覚悟

さて本欄は、「公共事業は諸悪の根源」の12回目です。今回は特にNHKの籾井体制を心配するあまり、前置きが今まで以上に長くなってしまい、申し訳ありません。

「異能活動」のためだったかどうか、定かな証拠はないにしても、長良川河口堰報道を理不尽に止めた社会部長に対し、朝日・名古屋本社の編集局長に異議を申し立てたことを発端に、私は記者の職を剥奪され、名古屋の広報室長に追いやられました。

とっくに広報在任4年を超えた2003年6月、「ヒラでいいから、記者に復帰したい」と、当時の名古屋本社代表に申し出たところ、「記者に戻りたければ、編集局に信頼回復せよ。君はデータ不足の原稿で騒いだではないか」と拒否されました。

記者にとって「データ不足」は最大の侮辱の言葉です。ますます黙っている訳には行きません。「どこにデータ不足があったのか」と、私は代表を問い詰めました。しかし、まともな答えが返って来ず、「もうその話は時効、時効…」などと逃げるばかり。

もやもやしていた私の心に、この時、はっきり火がつきました。机の中に忍ばせ続けていた辞表を破り捨てたのも、この時です。

「何故、朝日から『信頼回復』を求められ、記者の職を剥奪されるのか」「異議を申し立てたのを発端に、昇格・昇給まで差別される理由は何か」。この二つを主な論点に、私はもう一度、朝日と闘う覚悟を決め、第2ラウンドの始まりになったことまで、前回報告しました。今回はここからです。

◇年俸制の下で差別待遇

「成果主義」を掲げ、年俸制を導入したのが朝日です。仕事の成果により、昇格・昇給を決めるのが建前。同期や後輩に昇格でも抜かれた人間は、給料袋の中味が減るだけでなく、仕事の成果を上げられず、組織がその人物を「無能者」として社内で公表しているに等しいのです。

私にも「特ダネ記者の一人」程度のプライドはありました。しかし、過去の経過・経歴を知らない若い記者が増えた組織では、人の見る目も下がります。私が広報に届いた読者の苦情を記者に伝えに行っても、「この窓際のおっさんが何をうるさいことを」という、冷たい視線を感じたことも、一回や二回ではなかったのです。

事情を分かっていない他本社の同期や先輩からも、「何をやらかして、牢屋に入れられたのか」と、冷やかし半分の電話までかかってくる始末です。私は、待遇面だけでなく、社内の好奇の目にもさらされていました。

ただ、どれだけ人事・待遇に不満があっても、この問題を絡めて、一切の猟官運動、もしくはそうした一片の誤解、疑いを生みかねない行動は慎もうと、私は心に決めていました。

社内恐喝まがいもあれば、派閥抗争でライバルの足を引っ張る情報合戦を繰り広げていたのが、その頃の朝日でした。私も参戦すれば、少しは待遇がよくなったのかも知れません。

しかし、人事・処遇の不満を報道のあり方の問題にすり替えていると見られるのは、何よりの屈辱です。もちろん、処遇の問題に触れずに、抗議出来ない場合もあります。そんな時にも、必ず私は「透明性の確保」という言葉を入れ、一切の誤解を生まないよう心掛けたつもりです。代表に「ヒラでいいから」と、記者への復帰のみを求めたのも、そのためでした。

◇記者職の剥奪、5年間昇給なし

昇格・昇給でしつこく言うと、どんな誤解を生むか分かりません。「武士は食わねど、高楊枝」。やせ我慢をするのも、ジャーナリストです。この時も、人事・待遇に関する問題の深追いは避けました。「何故、私が信頼回復を求められるのか」との問いに、答えが出来なかった代表が、私を記者に復帰させるか否か、しばらく黙って見守ることにしたのです。

しかし、翌2004年1月の昇格人事にも、私の名前はありませんでした。春の異動もなく、記者への復帰もまたしても拒絶されました。最低保障の「5年」を超えて昇格がなく、広報への留め置きも確定したことになります。またしても給料は下がります。私に対する実質処分・報復人事であることは、もう誰にも否定のしようがありません。

改めて「どんな落ち度があったのか」と、私は代表に聞きました。でも、言葉を濁すばかりです。私は名古屋がホームグラウンド。名古屋で起きた問題は、自分で解決、直接、社長に訴えることは出来るだけ避けたいと、それまでは思って来ました。しかし、名古屋の最高責任者が何も説明しない以上、文書で箱島社長に直接問う以外にありませんでした。   人事の季節に重ねると、「猟官運動」との誤解を生みます。春の人事が一段落した2004年3月、私は「報道と組織、危機管理のあり方について、調査のお願い?ブランド力の回復のために??」と題した30頁の長い文書を箱島社長宛に直接送りました。

◇箱島社長宛に調査依頼書を送付

その頃すでに朝日は、名古屋本社に限らず、どう表面を取り繕ってみても読者の信頼の低下は覆いがたく、紙面への不満も高まっていました。箱島社長は安閑としておられず、「ブランド力の回復」を旗印に、組織・意識・給与の「3大改革」をスローガンとして打ち出したのも、その頃です。

でも、内情は相変わらず。報道機関としてのあり方はそっちのけで、箱島氏自身が権勢を振るい、経済畑ばかりが大手を振ってのし歩く派閥人事が横行していました。箱島氏の軍門に誰が下り、取締役、○○部長になったとか、誰が嫌われ飛ばされたとか、そんなウワサばかりが飛び交っていたのです。

人事の話に敏感なのは、本社幹部に戻ることを心待ちにする県庁所在地の総局長クラスです。朝日では新人記者のほぼ全員が総局に配属されます。総局は、将来、朝日の報道を担うべき記者の卵に、最初に「記者の心構え」を叩きこむ大事な教育の場なのです。

しかし、肝心の教育係の総局長が、こんな人事話を電話で同期らと情報交換し、うつつを抜かしているようでは、新人にも聞こえ伝染しないはずがありません。

次第に記者が足で取材する風潮が薄れ、小手先の要領ばかりが目立つ若い記者が増えていました。案の定、総局の若い記者による記事の盗用、データの捏造事件も起きたのも、この時です。

私は、紙面の質、読者の信頼を落とし、ブランド力を傷つけているのは、他ならぬ箱島氏本人ではないかと思って来ました。この欄で以前に書いた通り、私への報道弾圧を容認し、「拙劣」な手紙を送ってきた当時の名古屋編集局長も箱島体制で復活、監査役に抜擢されていたのです。

箱島氏に出した文書では、河口堰報道の取材経緯、解明した事実、報道しなければならない意義、記事が潰された経過をまず報告。報道しないことが読者に対するどれほどの背信行為かも書きつらねました。当時、編集局長に送った文書や取材資料も添付、改革のために朝日自身が実施した社員・記者の意識調査などの結果も踏まえて、組織の現状をこうも指摘しました。

「とりわけ編集局に所属する記者の意識調査で、これだけの不満が溜まっているのでしょうか。記者が自らの実力に応じて正当に評価されているとの実感を持ち、生き生きとした記者活動・取材競争をする。それが自由かつ活力のある報道として、読者に伝わる。紙面にそうしたオーラが出ていてこそ、読者は『信頼』を感じます。しかし、組織の現状はそうなってはいません」

「『報道の自由』という言葉も何かのスローガン、枕詞として語られることは多くても、真剣に議論することすら気恥ずかしいという風潮がこの組織に芽生えて、もうどれくらいの期間が過ぎたのでしょうか。派閥幹部の理不尽はいつものことです。しかし、こんな問題が起きたら、少なくとも私が入社してある程度の期間は『仲間の記者にこんな思いをさせていいのか』『読者に申し訳ない』『報道の自由はどうなってしまうのか』などと必要以上に飲み屋で力む人も含め、組織にも個人にも、それに対抗する理屈ではない記者としての『感受性』『野生』が残っていたと記憶しています。

それすら失って久しくなった元凶は、『派閥』支配の深化、社員・記者に広く拡がった『あきらめ』ではないでしょうか。本気になって、権力が報道の弾圧を始めたら、今、対抗する気概が組織・記者に残っているのですか」

「社長が言われる通り、朝日には『甘え』を排除した意識改革は何よりも必要です。しかし、私に対して『信頼回復』を求め、反論で旗色が悪くなると、『時効』を口走り、後はただただ沈黙する…。これでは、『甘え』を超えて組織の『幼児性』さえ感じない訳にはいきません。派閥意識に一番甘え、危機感が欠如しているのは、ほかならぬ経営陣・幹部の方ではないのでしょうか」。

◇朝日ジャーナリズムの限界

箱島社長の退陣以降、朝日のこうした風潮が少しは改まって来たとは思います。しかし、この頃中堅幹部に取り立てられた人が、今は上級幹部。派閥抗争が残っている現状では、この体質から完全に脱却しているとは、私には思えません。

瓦版からと言っても、日本のジャーナリズムの歴史は浅いと言わざるを得ません。口では「報道の自由」などと綺麗ごと、建前論は言えます。でも、本気で権力と闘った経験は正直多くありません。いざという時、腰砕けになったのも、思い返せば過去に何度あったことでしょうか。

欧米のジャーナリストの世界は、多くは日本のような終身雇用制ではありません。記者としての実力を伸ばし、より広い活躍場所と高い待遇を求めて、報道各社を渡り歩きます。「記者して何を書いたか」の実績が基礎です。

だから、組織が記者の実績を潰す、つまり記者の書いた記事を明確な理由もなく止めることは、彼らにとってジャーナリズムの規範として許されない問題であると同時に、プロの記者として仕事・生活をする上で死活問題となります。

ジャーナリストとしての競争社会であるが故に、ジャーナリズム本来の「野生」を保たれ、権力と対決してでも報道を貫徹しようという意志が、自然に生じるのではないかと、私は見ています。

一方、終身雇用制のこの国では、良くも悪くも記者は、「企業ジャーナリスト」、組織人です。企業を離れて活躍の場も限られます。もちろん、このブロクの主宰者である黒薮哲哉氏のようにフリーのジャーナリストとして、立派に活躍している人もいます。でも、収入も安定せず、厳しい世界です。企業に所属する限り、活動の場は、企業が与えてくれます。どっぷり派閥社会に浸かれば、それなりに居心地はいいのです。

だから、経営トップ、派閥領袖の意向が下まで反映します。トップがまともで、許容されている限りは、「『国民の知る権利』に応え、権力に対抗するのが、ジャーナリズム」などと、威勢のいい言葉が飛び交いもします。しかし、トップが怪しくなると、途端にトーンダウンが始まります。

「長いものに巻かれろ」の意識にどっぶり浸かってしまった社員記者に、建前はともかく、いざという時、本気で外の権力に立ち向かうエネルギーが湧いてくるはずはありません。

中間管理職は、トップ・派閥の領袖の顔色を覗い、ヒラの記者にも敏感に伝わります。中には要領よく、上の意向を仲間に伝えるため、走り回る輩も現れます。日本ジャーナリズムの底の薄さ、理不尽に記事を止めたり、私的な報復人事が罷り通る土壌は、派閥体質に起因するのです。

もちろん私は、「派閥の権化」の箱島社長に、「報道の使命」とか、「倫理」などを言って文書を提出しても、通用する相手ではないことは十分承知していたつもりです。人からの批判をもっとも嫌う体質の持ち主ですから、素直に耳を貸してくれるとの甘い期待もありませんでした。編集局長に送った時と同様、社長に言うべきことはすべて文書にして言い、後々の証拠として残すためでした。

その頃、箱島社長は「三大改革」について、広く社員から意見を求めていました。「改革」の方向性についての意見具申の形にし、幾分かの挑発も混じえました。そうすることで、箱島社長が何らかの返事をして来るのか否か、見守ることにしたのです。

2014年02月17日 (月曜日)

本稿は、長野県飯田市の正永町でNTTドコモが携帯電話の基地局の設置工事を進めていることに対して、住民が反発している件の続報である。現地の住民を電話取材したところ、基地局の設置工事は、雪の中でその後も進行しているとの説明があった。

? ■参考記事:「長野県飯田市でNTTドコモの基地局問題が発生、住民側「設置に合意していない」

NTTドコモが住民の合意を得たという前提に立って基地局設置の工事を進めている。しかし、反対運動を進めているお母さんたちは、合意していないと話している。

同社は長野県で高速通信LTE基地を10倍に増やす計画を展開している。

このケースでは、行政機関や市議の動きが、他の地区(たとえば、超党派の議員が住民の立場に立って問題を解決した東京目黒区など)に比べて鈍いことである。「NTTドコモは法的な違反をしていないので、基地局の設置を止めることはできない」という論理が支配的で、住民サイドに立った支援が出来ていないのが実態だ。

しかし、法律を根拠としたこの種の論理には、決定的な間違いがある。基地局から発せられるマイクロ波の危険性は、海外ではあたりまえに論じられ、行政機関がさまざまな規制を課している。それに行政機関が、企業の利益よりも、地元住民の利益を優先しなければならないのは、当たり前のことである。

基地局設置が合法的であるから、何もできないというのであれば、国会で、自民党(山谷議員)や共産党(紙議員)などが、基地局問題を取り上げた意味がない。

◇わたしが電磁波の影響を理解した瞬間  

マイクロ波を含む電磁波の危険性は、実感として認識するのがなかなか難しい。電波が肉眼で確認できないからだ。

わたし自身、電磁波による健康被害を訴えている人々の取材を始めたころは、取材相手から「携帯電話の電源を切ってください」と注意されるまでは、「OFF」にしなかった。通話をしていない時に携帯電話が発する微弱な電磁波で、相手が体調不良を訴えることはありえないと思っていたのだ。

が、わたしはこうした思い込みが完全な誤りであることに、その後、気づいた。ほんの少しの電磁波であっても、異常に身体が反応する人がいるのだ。

この事実を身をもって知ったのは、2010年9月に、電磁波問題の専門家、マーチン・トンデル博士がスウェーデンから来日して、大阪市で開いた講演会に参加したときだった。トンデル博士の話に感銘をうけ、電波が人体に及ぼす影響を学問的に実感したわけではなかった。講演を聞きに来ていたひとりの婦人が取ったある行動を見て、電磁波による人体影響とは何かを即座に理解したのである。

この婦人はわたしのすぐ前の席に座っていた。婦人の大きな背中で前方の光景が遮られていた。そこでわたしは婦人の肩ごしから、正面の舞台をうかがっていた。

トンデル博士の講演が始まると、わたしは膝の上に準備していたレコーダーのスイッチを「ON」にした。デジタル式のレコーダーであるから、スイッチを入れる時に音が発生するはずがなかった。ところが、わたしが自分の人差し指をスイッチから離した瞬間、婦人が身を後方に捻り、わたしを恐ろしい形相で睨みつけて、

「レコーダーを切ってくれますか?」

と、言ったのだ。わたしがあっけに取られていると、

「電磁波過敏症なんです」

と、続けた。この時、わたしは微弱な電磁波であっても、身体が敏感に反応するひとが実際にいることを知ったのである。それまでは心のどこかで、電磁波過敏症の人は、ノイローゼーの傾向もあるのではないかという考えを捨て切れなかったのである。

◇ドイツの疫学調査

ドイツの医師たちが、1993年から2004年まで、特定の団体から資金提供を受けずにナイラ市で行った疫学調査がある。基地局は最初に93年に設置され、その後、97年に別の電話会社の局が加わった。調査対象は、調査期間中に住所を変更しなかった約1000人の通院患者である。

これらの患者を基地局から400メートル以内のグループ(仮にA地区)と、400メートルより外(仮にB地区)に分けて比較した。

最初の5年間については、癌の発症率に大きな違いがなかったが、99年から04年の5年間でA地区の住民の発癌率が、B地区に比べて3.38倍になった。しかも、発癌年齢も低くなった。たとえば乳癌の平均発症年齢は、A地区が50.8歳で、B地区は69.9歳だった。約20歳早い。ちなみにドイツにおける乳癌の平均発症年齢は63歳である。

出典:The Influence of Being Physically Near to a Cell Phone Transmission Mast on the Incidence of Cancer

◇その他の海外情報

フランス、携帯電話等の電磁波への曝露抑制や情報透明性等に関する法案を推進

ドイツ、電磁波による健康影響防止のため規則改定へ  

携帯電話の電磁波はエレベーターなど密室空間では7倍に、韓国が研究結果を公表

◇NTTドコモは株主向けに、電磁波のリスクを明記

NTTドコモも株主向けの情報で、マイクロ波のリスクを指摘している。顧客よりも、株主の方が大事らしい。

(12)無線通信による健康への悪影響に対する懸念が広まることがあり得ること????

世界保健機関(WHO)やその他の組織団体等、及び各種メディアの報告書によると、無線通信端末とその他の無線機器が発する電波は、補聴器やペースメーカーなどを含む、医用電気機器の使用に障害を引き起こすこと、ガンや視覚障害を引き起こし、携帯電話の使用者と周囲の人間に健康上悪影響を与える可能性を完全に拭い切れないとの意見が出ております。

無線電気通信機器が使用者にもたらす、もしくはもたらすと考えられる健康上のリスクは、既存契約者の解約数の増加や新規契約者の獲得数の減少、利用量の減少、新たな規制や制限並びに訴訟などを通して、当社グループの企業イメージ及び当社グループの財政状態や経営成績に悪影響を与える可能性もあります。

また、いくつかの移動通信事業者や端末メーカーが、電波により起こり得る健康上のリスクについての警告を無線通信端末のラベル上に表示していることで、無線機器に対する不安感は高められているかもしれません。

研究や調査が進むなか、当社グループは積極的に無線通信の安全性を確認しようと努めておりますが、更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。

さらに、当社グループの携帯電話と基地局から発する電波は、電波のSAR(Specific Absorption Rate:比吸収率)に関するガイドラインなどの、日本の電波に関する安全基準と、国際的な安全基準とされている国際非電離放射線防護委員会のガイドラインに従っております。

一方、日本の電波環境協議会は、携帯電話や他の携帯無線機器からの電波が一部の医用電気機器に影響を及ぼすということを確認いたしました。

その結果、日本は医療機関での携帯電話の使用を制約する方針を採用いたしました。当社グループは携帯電話を使用する際に、これらの制約を利用者が十分認識するよう取り組んでおりますが、規制内容の変更や新たな規則や制限によって、市場や契約数の拡大が制約されるなどの悪影響を受けるかもしれません

2014年02月14日 (金曜日)

「押し紙」(新聞の残紙、あるいは偽装部数)の実態を示す決定的な資料を紹介しよう。やや古い資料になるが、次のPDF(冒頭の画像)は、2001年8月21日から29日の間に、産経新聞四条畷販売所から、古紙回収業者・(株)ウエダが回収した「押し紙」の量を示す荷受伝票である。

           ■ウエダの伝票??

「新聞上」とは、朝刊を意味する。「新聞下」は夕刊を意味する。以下、数字を抜き書きしてみよう。

【8月21日】

朝刊:1500kg

夕刊: 510kg

【8月22日】

朝刊:2200kg

夕刊:1090kg

【8月28日】

朝刊:1550kg

夕刊: 540kg

【8月29日】

朝刊:2380kg

夕刊:1590kg

【合計】

朝刊:7630kg

夕刊:3730kg

合計:11、360kg   (11・36トン)

約10日間で11トンもの「押し紙」が発生していたのである。実際、この店に搬入される新聞の4割から5割は、「押し紙」だった。

膨大な量の偽装部数を処理するために、店主は店舗の横に「押し紙」小屋を設置していた。作業場も、物置も、仮眠室も、そこら中が「押し紙」だらけになってしまい、小屋を設けたという。次から次へと押し寄せてくる新聞の中に埋もれてしまう危機に陥ったのである。

この店の元店主は、「押し紙」裁判(損害賠償)を起こしたが、裁判所は「押し紙」の買取を断った証拠がないとして、訴えを棄却した。

日本の司法当局は、この程度なのだ。新聞販売の現場に足を運んで実態調査をすれば、こうした異常な実態があることが分かり、司法の力で解決しなければならないことが判然とするはずだが、頭の中の理屈だけで判断して、「押し紙」問題を放置してきたのである。

新聞業界は、安倍内閣に新聞に対する軽減税率の適用を求めるに際して、こうした過去の大問題も検証すべきだろう。

2014年02月13日 (木曜日)

2月10日と12日の2回に渡って、MEDIA KOKUSYOで折込チラシを廃棄する現場を撮影したビデオを公開したところ、ある広告主(塾の経営者)から、「このような実態は、山陽新聞だけのことなのか、それとも新聞業界全体の問題なのか」という問い合わせがあった。

結論を先に言えば、「折り込め詐欺」は新聞業界の普遍的な問題である。折込チラシをめぐる詐欺は、昔から新聞業界の水面下で問題になってきた。業界のタブーである。が、逆説的に言えば、タブーであるから、報道する高い価値があるのだ。

折込チラシの「水増し」や「中抜き」の温床は、ABC部数が新聞の実配部数と乖離(かいり)していることにある。

新聞販売店に割り当てられる折込チラシの枚数は、原則としてABC部数に一致させる慣行がある。そのためにたとえばA販売店のABC部数が3000部であるのに、実配部数が2000部しかなければ、差異の1000部が「押し紙」となり、折込チラシも1000枚が過剰になる。

もっとも広告主が、「詐欺」に気づいて、自主的に折込チラシの発注枚数を減数すれば、このような事態は発生しない。

◇「押し紙」は普遍的な問題

次に紹介するのは、毎日新聞の「押し紙」(残紙、あるいは偽装部数)の実態を示す決定的な内部資料である。2004年に外部にもれたもので、MyNewsJapanや『FLASH』でも紹介された。

◆◆◆

資料のタイトルは、「朝刊 発証数の推移」。わたしが記した赤と青のマークに注目してほしい。

          ■朝刊 発証数の推移

赤:全国の毎日新聞販売店へ搬入される新聞部数を示している。約395万部である。

青:「発証」とは、販売店が読者に発行する新聞購読料の領収書である。約251万枚である

つまり395万部が販売店に搬入されているのに、領収書は251万枚しか発行されていないのだ。両者の差異にあたる144万(部)が、「押し紙」である。率にすると36%である。

この数字は2002年10月のものである。12年前のデータであるから、新聞離れが急速に進んでいる現在の時点では、さらに「押し紙」が増えている可能性が高い。「押し紙」問題は深刻化している。

新聞業界は新聞に対する軽減税率の適用を議論するに先立って、「押し紙」問題を検証しなければならない。販売店を大切にしたいのであれば、まず、最初に「押し紙」制度を廃止し、その上で新聞だけではなく、すべての商品の消費税を5%で据え置き、大企業の法人税を大幅に上げる方向で、キャンペーンを張るべきだろう。

◇「押し紙」を否定する新聞社側の主張

なお、「押し紙」は1部も存在しないと主張している新聞社側の言い分も紹介しておこう。2009年に読売が新潮社とわたしに対して起こした「押し紙」をめぐる名誉毀損裁判の中で、宮本友丘副社長(当時、専務)が証言した内容である。宮本氏は、代理人である喜田村洋一・自由人権協会代表理事の質問に答えるかたちで、次のように述べている。

喜田村:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。

宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

?宮本:はい。 (略)

喜田村:被告の側では、押し紙というものがあるんだということの御主張なんですけれども、なぜその押し紙が出てくるのかということについて、読売新聞社が販売店に対してノルマを課すと。そうすると販売店はノルマを達成しないと改廃されてしまうと。そうすると販売店のほうでは読者がいない紙であっても注文をして、結局これが押し紙になっていくんだと、こんなような御主張になっているんですけれども、読売新聞社においてそのようなノルマの押しつけ、あるいはノルマが未達成だということによってお店が改廃されるということはあるんでしょうか。

宮本:今まで1件もございません。

どうやら販売店に責任があるという論理らしい。

2014年02月12日 (水曜日)

昔から「ジャーナリズムの役割は、権力の監視」と言われてきたが、現代日本の新聞社が採用しているビジネスモデルの下で、新聞ジャーナリズムは権力監視の役割を果たすことができるのだろうか?

新聞社のビジネスモデルは、新聞の販売収入と広告収入を主要な収入源としたものである。これに「押し紙」政策が連動している。具体的には、次のような構図になっている。

?新聞社は新聞販売店に対して「押し紙」をすることで、より多くの販売収入を獲得すると同時に、新聞の公称部数(ABC部数)をかさ上げする。

?広告の媒体価格、とりわけ政府広報など、公共広告の媒体価格は、ABC部数の序列によって決められるので、「押し紙」によりABC部数をかさ上げさすることで、広告収入も増やせる仕組みになっている。

次に示すのは、新聞の政府広告の新聞社別の価格を示したものである。トップは読売で、1回の掲載料が5000万円を超えている。ABC部数の序列に沿った価格設定になっている。

          ■政府広告の新聞社別の価格??

?「押し紙」の負担を被る販売店に対して、新聞社はある程度の補助金を提供して、負担を軽減する。このような構図は、補助金を提供して、その資金で「押し紙」を買い取ってもらい、ABC部数をかさ上げする仕組みとも解釈できる。

?一方、販売店に搬入される折込チラシは、「押し紙」を含む新聞の搬入部数に準じているので、「押し紙」が存在する販売店では、広告主が自主的に折込チラシの発注枚数を減数しない限り、折込チラシも過剰になる。

その結果、冒頭の動画に記録(店主の内部告発)されているように、広告主に秘密裏のうちに、折込チラシを捨てることになる。

          ■岡山県民共済の折込チラシ大量廃棄  

これが日本の新聞社が構築してきたビジネスモデルである。ジャーナリズムとは縁もゆかりもない、とんでもないモデルである。

◇チラシの水増しから「中抜き」へ

改めて言うまでもなく、折込チラシを捨てていながら代金を徴収する行為は、刑法上の詐欺に該当する。そのために、折込チラシの水増しが社会問題になってからは、折込チラシが販売店に到着する前の物流過程で、広告代理店がチラシの「中抜き」を断行するケースが現れた。

次に示すのは、広告代理店・アルファトレンドによる「中抜き」を広告主である(株)バースデーが発見し、損害賠償を求めた裁判の中で、認定された「中抜き」の実態である。

          ■折込チラシの中抜き一覧

約1年のあいだに広告主が発注した253万枚のうち、66万枚が「中抜き」の被害にあっていた。さらに66万枚のうち、少なくとも42万枚は印刷すらされていなかった。帳簿上で数字だけを操作していたのである。

こうして(株)バースデーは、1年間に約250万円を騙し取られていたのである。

新聞業界でなかば慣行化している折込チラシをめぐる詐欺を放置した状態で、新聞社は公権力の不正行為を追及できるのだろうか。

結論を言えば、追及の「ポーズ」を取ることはできても、徹底した追及はできない。中途半端な追及しかできない。逆に追及対象の「権力」から経営上の汚点を指摘され、合法的に犯罪者として処分されかねない情況に追い込まれるだろう。

日本の新聞社が公権力に擦り寄るのも、みずからの経営上の汚点を認識しているからではないだろうか。

軽減税率の問題で新聞人がいくら、新聞の文化性と公共性を強調して、みずからに有益な経営環境を獲得しようと画策しても、ビジネスモデルを検証すれば、ジャーナリズム活動により文化を育てるには、決定的な限界があることが判明する。「チラシ詐欺」と文化は相容れない。

日本人の大半はメディアリテラシーを身に付けていない。新聞社の実態を知らされていない。そのために新聞に掲載される記事に客観性があるものと勘違いする。それが世論誘導に結びつく。

2014年02月10日 (月曜日)

新聞に対する軽減税率の適用を求めている新聞業界であるが、具体的な陳情の中味は新聞関係者を除いてありま知られていない。消費税が8%から10%に引き上げられる際に、軽減税率を適用して8%に据え置く案が検討されるものと思っている人が多いようだが、事実は異なる。新聞関係者が求めているのは、一旦、引き上げられた8%から5%への引き戻しである。

新年に業界紙各紙に掲載された日本新聞協会の白石興二郎会長(読売) の念頭書簡は、軽減税率の問題で次のように述べている。

今後、10%に引き上げられる際には、軽減税率を導入し、新聞には現行の5%の税率を適用するよう政府・与党に強く求めていく所存です。併せて、新聞は日本の知的・文化水準を維持し民主主義を支える公共財であることを、国民に理解していただく活動を継続することも必要です。

新聞が「日本の知的・文化水準を維持し民主主義を支える公共財」であるから、軽減税率の適用は当然の措置だと言わんばかりの思い上がりも甚だしい主張だが、かりに新聞がそのような性質の文化商品であるならば、国民に対して業界をあげて新聞の公称部数を偽ってきた問題を、白石会長はどのように説明するのだろうか。説明責任がある。

新聞の「公称部数を偽り」とは、俗にいう「押し紙」問題である。が、配達されずに多量に破棄されているのは、実は「押し紙」だけではない。「押し紙」とセットになっている折込チラシも破棄されているのだ。

冒頭の動画は、破棄する折込チラシをトラックに積み込む場面である。ダンボールの中には、折込チラシが入っている。これらのダンボールを提供していたのは、新聞社直属の販売会社だった。この事実は、山陽新聞の元販売店主が起こした「押し紙」による損害を求める裁判の中で、次のように認定されている。

「同社は各販売センター(販売店)に段ボール及び荷紐の提供をしており(認定事実(2)カ)、これらが販売センターに残存している新聞の処理等に用いられた可能性は高い上、山陽新聞販売の営業部長等は各販売センターへの訪問に際し、同センターに残存している新聞を目にしていたはずであるから、押し紙の可能性を認識していたことは推認される。」

ちなみに裁判で裁判所は、「押し紙」の存在を認定して、元店主に約300万円の支払いを命じている。

◇膨大な「押し紙」にも消費税が

わたしはこれまで新聞協会に対して、「押し紙」問題についての見解を繰り返し質問してきた。しかし、新聞協会は「押し紙」が存在する事実そのものを認めようとはしない。「押し紙」は販売店の問題で、新聞発行本社は、関知しないとして放置してきたのである。

販売店の問題に関知しないのであれば、なぜ、新聞購読料に対する軽減税率を適用させるために業界を上げて取り組んでいるのだろうか。答えは簡単で、購読料を集金できない「押し紙」に対しても消費税がかかり、経営破綻をきたし、新聞販売網が崩壊する高い可能性があるからだ。

消費税が5%から8%に上がった場合、新聞社はどの程度の追加負担を強いられるのかを試算したデータがある。毎日新聞社の元常務取締役の河内孝氏が、2007年に刊行した『新聞社?破綻したビジネスモデル』に収録したものである。

読売新聞社:108億6400万円

朝日新聞社:90億3400万円

毎日新聞社:42億6400万円

日経新聞社:38億7100万円

産経新聞社:22億1800万円

販売網を守りたいのであれば、まず、「押し紙」をやめるのが先だ。軽減税率の適用は、それから議論するのが筋だ。

◇メディアコントロール

昨年の末に特別秘密保護法が成立した。今後、憲法問題を皮切りに軍事大国化にむけた国会の動きが本格化するものと思われるが、こうした時期と新聞の軽減税率の問題を並行して進行させることで、安倍内閣はマスコミを完全にコントロールすることができる。新聞社を牛耳ることは、新聞社の系列のテレビ局をも牛耳ることをも意味する。

さらに軽減税率の問題で出版業界(書籍・雑誌)も、新聞人らの政治力に頼りたいという思惑があり、新聞・テレビに同調して、ジャーナリズムの役割を自粛する可能性が高い。こうした日本のメディアの弱点と政府によるメディアコントロールを克服する戦略を考えなければ、今後、日本は大変なことになる。

河内氏が試算した数字が安倍内閣にとって、メディアコントロールの有効性を裏付ける戦略的な根拠になる可能性が高い。

2014年02月07日 (金曜日)

本日(7日)発売の『紙の爆弾』(3月号)に、『森ゆうこ元参議院議員が「一市民」に起こした恫喝訴訟が明かす「最高裁の闇」』(執筆・黒薮哲哉)というタイトルのルポが掲載されている。

このルポは昨年の10月に、森ゆうこ元参院議員が、ブロガーで『最高裁の罠』(K&Kプレス)の著者・志岐武彦氏を提訴した裁判の概要を述べたものである。

この裁判については、MEDIA KOKUSYOでも既に報じている。次の記事である。

■森ゆうこ元議員が提訴した裁判 背景に小沢事件をめぐる最高裁事務総局の闇

【概略】  背景には小沢一郎氏が東京第5検察審査会(以下、第5検審)の起訴議決により法廷に立たされた事件がある。第5検審が起訴議決を下した日が、小沢氏が立候補していた民主党代表選の投票日にあてられたために、なんらかの謀略があったのではないかという漠然とした疑いが浮上した。

後にこの疑惑は、小沢氏を起訴した第5検審が架空だった可能性を示唆する根拠のある推論へと発展する。

それを裏付ける客観的な証拠が情報公開請求などの手続きにより、次々と出てきたのだ。日本の最高権力のひとつがからんだ事件の重大性に萎縮したのか、新聞・テレビは森氏による提訴を一切報じなかった。

かりに疑惑が事実だとすれば、日本の司法はまったくの欺瞞(ぎまん)ということになる。軍事政権下の司法レベルという評価にもなりかねない。これ自体が日本の大問題である。

この重大な疑惑を調査する先頭に立ったのが、国会議員の職権を行使できる森ゆうこ議員と、ブロガーの志岐氏だった。調査の中で、検察審査会を管轄する最高裁事務総局の「闇」が次々と浮上した。また、工作人の存在も浮上してきた。

森議員と志岐両氏は協力関係にあったが、ある時期から意見が対立するようになる。最高裁を「諸悪の根源」と見る志岐氏と、最高裁よりも検察の責任をより強調する森氏。両氏はブログやTWITTERで応戦したが、森氏が提訴に踏み切ったのである。

◇訴状と準備書面

次に紹介するのは、森氏の訴状と、志岐氏の準備書面(2)である。

■訴状

■準備書面(2)

森氏の訴状だけを読むと、志岐氏が一方的に森氏を批判しているような印象を受ける。しかし、準備書面(2)の後半では、森氏も志岐氏を批判していた事実が読み取れる。たとえば、次に紹介するのは、森氏がTWITTERで連続25回の投稿を断行して、志岐氏を批判した証拠である。

■森氏による連続25回のTWITTER

◇十分すぎる裏付け資料

裁判はある意味では、勝敗を超えて、争点となっている問題の輪郭を公衆のまえで明確にする格好の機会である。この裁判を通じて解明されなければならないのは、最高裁事務総局にかかっている疑惑である。司法制度が欺瞞(ぎまん)であれば、日本の民主主義は成り立たないからだ。当然、最高裁所長の責任も問われる。

志岐氏が疑惑の根拠としているのは、次に示す8つの疑惑である。

■8つの疑惑の根拠

必読書として、志岐氏の『最高裁の罠』(K&Kプレス)と森氏の『検察の罠』(日本文芸社)を推薦したい。両者の見解の共通点と違いがよく分かる。

なお、『最高裁の罠』(K&Kプレス)は、市民の手で行われた調査報道の傑作である。取材には、市民オンブズマンいばらきの石川克子事務局長が全面協力している。結果、情報公開を請求した資料が的を得たものになっており、最高裁に対する疑惑に十分すぎる程の根拠があることが裏付けられている。

志岐氏には、提訴されたことで、沈黙しないことを期待したい。

◇第3回口頭弁論

2月25日 東京地裁526法廷 13:10分 ?

13:30分ごろから弁護士会館の509号会議室で、裁判についての解説が行われる。講師は、山下幸夫弁護士。誰でも参加できる。