2014年08月25日 (月曜日)

「孫正義さん、撤去してあげなさい。お金はもう十分に儲けたでしょう。原発だけではなく、携帯基地局の電磁波も危険なんですよ」

そんな言葉が出てきそうな光景だ。

今年1月、東京・調布市でソフトバンクが3階建て低層マンションの屋上に基地局を設置したところ、道路を挟んだマンション(5階建て)に住む住民らが怒りの声を上げた。基地局と住居の距離は最短で約20メートル。目と鼻の先だ。孫正義社長には、自分の家族を基地局の至近距離に住まわせる勇気があるのだろうか?

携帯電話やスマートフォンの普及で急激に増えている携帯基地局。そこからは、マイクロ波と呼ばれる電磁波が放射されている。2011年、WHOはマイクロ波に発癌性がある可能性を認定した。

利潤追求を究極の目的する新自由主義の風潮が広がる中で浮上してきたのが新世代公害--携帯基地局のマイクロ波による健康被害である。広告収入に依存するマスコミも、この問題はタブー視している。

国民が知らないところで、新世代公害による被害はどんどん拡大している。

2014年08月19日 (火曜日)

日本総合探偵事務所に、自由人権協会の会員歴があることが分かった。自由人権協会は、日本を代表する人権擁護団体との評価を確立している。現在の代表理事は、改憲派の読売新聞をサポートしてきた喜田村洋一弁護士らである。

日本総合探偵事務所が現在も会員であるかどうかは不明だが、MEDIA KOKUSYOが入手した資料によると、会員番号は「1494」。少なくとも一時期は、会員だった。

■裏付け資料

探偵業について、ウィキペディアは次のように述べている。

  探偵(たんてい)とは、他人の秘密をひそかに調査する行為、またはそれを仕事とする人の事である。現在の一般的な探偵は人(法人又は個人)からの依頼を受けて、面接による聞込み、尾行、張込み、その他これらに類する方法により、特定人の所在又は行動についての情報を収集し、その結果を依頼者に報告する。

日本で探偵業を営むには「探偵業の業務の適正化に関する法律(以下、探偵業法)」によって、営業所・事務所・会社の所在地を管轄する警察署を通じて公安委員会への届出が必要となっている。全国で探偵業者として公安委員会へ届出をしている業者数は、平成25年末で5670件

公安委員会の監督下にある探偵事務所が人権擁護団体の会員になっている事実については、さまざまな評価があると思う。わたしが最も気になるのは、尾行や張込みといったストーカーまがいの行為が、人権を侵害する可能性である。

しかも探偵事務所に仕事を依頼するのが弁護士である場合も少なくない。弁護士が高額の報酬に目がくらんでクライアントのために、手段を選ばない調査を依頼するとなれば、他人の人権を侵害することにもなりかねない。

この点について、自由人権協会はどのように考えているのだろうか?

2014年08月18日 (月曜日)

読者は、田中哲郎裁判官の名前を耳にしたことがあるだろうか。田中氏の裁判官としての経歴を調べてみると、好奇心を刺激する事実がある。携帯電話基地局の撤去を求める訴訟が起きている九州地区内の裁判所へ赴任しては、原告住民を敗訴させる判決を下してきたのである。

わたしが原告となった対読売裁判では、途中から裁判長に就任して、読売に一方的に有利な裁判進行をおこなった事実もある。

裁判官の人事権は、最高裁事務総局に握られているので、田中氏だけを批判するわけにはいかないが、少なくとも田中裁判官の軌跡は記録しておくべきである。

田中裁判官の勤務歴は、「裁判官検索」によると次のようになっている。

http://www.e-hoki.com/judge/1767.html?hb=1

田中裁判官が最初に携帯基地局関連の訴訟を担当した裁判所は、熊本地裁
である。「平成13(2001年)」年4月1日から、「平成17年9月7日(2005年)」の間の在籍期間に、携帯基地局の撤去を求める2件の訴訟の裁判長を務めている。

2件の訴訟とは、沼山津訴訟と御領訴訟である。いずれも被告は九州セルラー(現KDDI)だった。これら2件の裁判で田中裁判長は「平成16年(2004年)」6月25日に、住民側敗訴を言い渡した。

その後、田中裁判長は福岡地家裁久留米支部へ異動になる。

当時、福岡市の福岡地裁では、NTTドコモに対して住民グループが携帯基地局の撤去を求める三潴訴訟が進行していた。裁判は2005年10月7日に結審の予定になっていた。原告弁護団は、公害訴訟で有名な馬奈木昭雄弁護士を弁護団長とする強力なメンバーで、勝訴の自信をみせていた。

ところが結審の直前になって異変が起こる。裁判長が交代になったのだ。新しく裁判長になったのは、田中哲郎氏だった。既に述べたように、田中氏が配属されていたのは、同じ福岡地裁とはいえ、福岡県中部の久留米市にある支部である。久留米支部から、わざわざ福岡市まで足を運んで、結審直前の三潴訴訟を担当することになったのである。不自然きわまりない裁判長交代だった。

三潴訴訟の判決は、2006年2月24日に言い渡された。原告住民の敗訴だった。住民にとっては、嫌な予感が的中したことになる。

◇対読売裁判では本人尋問を拒否

余談になるが、わたしは田中裁判長と面識がある。田中裁判長の人間性をよく知るひとりである。本題からそれるので、簡潔に述べるが、わたしが読売新聞社に対して起こした「反訴」裁判の裁判長を途中から担当した人物である。

2007年12月から2009年7月までの約1年半の間に、読売はわたしに対して仮処分申立てを含めると4件の裁判を起こして、総額で約8000万円のお金を求めてきた。

これに対してわたしは、これらの訴訟が「一連一体の言論弾圧」という観点から、読売に対して5500万円の支払いを求める裁判を起こした。弁護団は、馬奈木弁護士のほか、「押し紙」問題で有名な江上武幸弁護士らで結成された。

読売側の弁護団は、「人権派」の看板を掲げる自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士ら4名だった。名誉毀損裁判や著作権裁判のエキスパートである。薬害エイズ事件の安部英氏やロス疑惑事件の三浦和義氏らを無罪にした実績もある。

◇読売裁判も担当
裁判は平穏に進行するかと思われた。ところがこの裁判でも、途中で裁判長の交代があった。「平成22年(2010年)」4月1日に田中哲郎氏が、福岡地裁久留米支部から福岡地裁へ赴任してくると、対読売裁判の裁判長に就任したのである。不自然な裁判長交代だと感じたが、深くは考えなかった。

さらに田中氏は、「押し紙」の有無が争点になった平山裁判(販売店VS読売)も担当した。平山裁判はもともと、仮処分申立てというかたちで、久留米支部ではじまった。仮処分申立の第1審は、平山氏が勝った。ところが第2審で田中氏が登場し、平山氏を逆転敗訴させ、読売に軍配を上げたのである。

平山氏は、久留米支部ではなく、福岡地裁で本訴を起こした。ところが田中氏が福岡地裁へ赴任してきて、平山裁判を担当したのである。

わたしの対読売裁判で、田中裁判長は驚くべき態度にでた。わたしが執筆した陳述書を受け付けようとはしなかったのだ。弁護団の抗議で、最終的には受け取ったが、当初は、陳述書の受け取りを拒否したのである。

さらにわたしの本人尋問も開かないことを宣言したのである。これについても弁護団が厳重に抗議したが、結局、抗議を受け入れることなく結審してしまい、わたしを敗訴させたのである。不自然な裁判だった。

平山裁判でも田中氏は、読売を勝訴させた。「押し紙」は存在しないと認定したのである。

◇福岡高裁宮崎支部へ赴任
さて、この田中裁判官は、その後、どの裁判所へ赴任したのだろうか。結論を先に言えば、福岡高裁宮崎支部である。

「平成25年(2013年)」4月20日に福岡高裁宮崎支部へ赴任すると、延岡市の住民が携帯基地局の撤去を求めた延岡大貫訴訟の控訴審を担当したのである。もちろん今回も、裁判長を交代するかたちで、裁判にかかわってきたのである。原告団や弁護団が不信感を募らせたことは言うまでもない。

この裁判は9月に結審する。原告住民が敗訴する可能性が極めて強い。

裁判官の人事権を握り、暗黙のうちに判決の方向性を決めているのは、最高裁事務総局であると言われている。元裁判官で、最高裁事務総局にも在籍した体験を持つ瀬木比呂志氏は、『絶望の裁判所』(講談社現代新書)の中で、法科大学の学生の多くが、「最高裁や事務総局の意向に沿わない裁判官が冷や飯を食っているって本当ですか?」などと質問したことを取り上げ、次のように指摘している。

私は、学生たちの質問に対して、胸を張って「いや、そんなことは全然ないよ」とは、到底答えられないのである。

携帯基地局の撤去を命じる判決が、無線通信網の整備を国策としている政府に刃向うものであることはいうまでもない。田中哲郎裁判長が九州各地を転々としながら、国策に沿った判決を書いてきた事実は、司法の在り方にも大きな疑問を投げかける。

また、読売裁判を担当したことは、マスコミ企業と国家権力の関係を考える糸口になる。

「何のために裁判官になったのか?」

「知的な力を社会正義の実現に使ったことはあるのか?」

そんな疑問が残るのである。

※写真:福岡高裁宮崎支部。出典はウィキペディア。

2014年08月16日 (土曜日)

<森裕子裁判の判決確定>

異例の森裕子スラップ(恫喝)訴訟は7月18日森氏の完全敗訴の判決が出た。8月5日控訴期限を迎えたが、森氏は控訴せず、裁判所から判決確定証明書がでた。

判決確定証明書

私や家族を苦しめた森裕子裁判がやっと終わった。【続きを読む】

参考:判決文

 

2014年08月14日 (木曜日)

森裁判(原告・森ゆうこ前参院議員、被告・志岐武彦)の判決が確定し、いよいよこれからジャーナリズムによる裁判の検証が本格化しそうだ。

既に報じたように、この裁判は、被告・志岐氏の完全勝訴だった。表向きは、志岐氏によるブログを通じた言論活動が森氏の名誉を毀損したかどうかが争点になったが、より重要なのは裁判の勝敗ではなく、日本の戦後民主主義の評価見直しにかかわる大問題が背後に控えている事実である。それは・・・

「最高裁事務総局が管轄する検察審査会の制度そのものが、日本の権力構造を維持するための『装置』として構築され、民主主義のルールとはかけ離れた手法で運用されてきた疑惑

である。

これから長期におよぶ検証作業と解明の第一ステップとして、判決文、関連資料、被告弁護士による解説(動画)を紹介しよう。

※判決文は、今度、繰り返し引用することになりますが、各自でダウンロードすることをお勧めします。

■判決文

■判決文別紙

■関連資料

■解説(動画)

2014年08月13日 (水曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

前編・・・「ここをクリック」

さらに、朝日は主張の根拠として持ち出したのが、日本新聞協会の「編集権声明」だったのです。朝日の書面はこうです。

 「被告も加盟する日本新聞協会は、新聞の自由と編集権について、1948年3月16目付『編集権声明』において、以下の見解を公表し、現在に至っている。

 『新聞の自由は憲法により保障された権利であり、法律により禁じられている場合を除き、一切の問題に関し公正な評論、事実に即する報道を行う自由である。この自由はあらゆる自由権の基礎であり民主社会の維持発展に欠くことが出来ぬものである。また、この自由が確保されて初めて責任ある新聞が出来るものであるから、これを確立維持することは新聞人に課せられた重大な責任である。編集権はこうした責任を遂行する必要上何人によっても認められるべき特殊な権能である。

 1編集権の内容

 編集権とは新聞の編集方針を決定施行し報道の真実.評論の公正並びに公表 方法の適正を維持するなど新聞編集に必要な一切の管理を行う権能である。 編集方針とは基本的な編集綱領の外に随時発生するニュースの取扱いに関す る個別的具体的方針を含む。報道の真実、評論の公正、公表方法の適正の基準は日本新聞協会の定めた新聞倫理綱領による。

 2編集権の行使者

 編集内容に対する最終的責任は経営、編集管理者に帰せられるものであるか ら、編集権を行使するものは経営管理者およびその委託を受けた編集管理者 に限られる。新聞企業が法人組織の場合には取締役会、理事会などが経営管理者として編集権行使の主体となる。

 3編集権の確保

 新聞の経営、編集管理者は常時編集権確保に必要な手段を講ずると共に個人たると、団体たると、外部たると、内部たるとを問わずあらゆるものに対し編集権を守る義務がある。外部からの侵害に対してはあくまでこれを拒否する。また内部においても故意に報道、評論の真実公正および公表方法の適正を害しあるいは定められた編集方針に従わぬものは何人といえども編集権を侵害したものとしてこれを排除する。編集内容を理由として印刷、配布を妨害する行為は編集権の侵害である』

 前述のように、個別の記事を掲載するかしないか、掲載するとすればいつ、どのように扱うかは、まさに新聞の編集権の行使そのものである。そして、その基準について、同協会は2000年6月21日付制定『新聞倫理綱領』において、以下のように定めている。

 『おびただしい量の情報が飛びかう社会では、なにが真実か、どれを選ぶべきか、的確で迅速な判断が強く求められている。新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある論評によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである。

 正確と公正 新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねず、所信を貫くべきである』」

この文面の「2 編集権の行使者」のみ、朝日は都合よく抜き出したのです。「編集権」は、経営者にあるから、記者が何を書いて来ようと、記事にする、しないは、経営者の裁量権の範囲内。記者には、私の言う「報道実現権」は存在しない、と言う論理立てです。

 ◇朝日の「国民とともに立たん」

なんと、幼稚な主張でしょうか。「声明」は、記者・ジャーナリストなら、常識です。私は、むしろこの文面も念頭に、「記者には、『報道実現権』がある」と主張したのです。

新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である」です。私の河口堰報道は、「記者の任務」そのものだからです。「報道を行う自由」は、「あらゆる自由権の基礎」であり、経営者が報道を弾圧すれば、「民主社会」を破壊します。「論評は世におもねず、所信を貫くべきである」だから、私は経営者や職制の邪心に「おもねず」、記者としての「所信」を貫くとともに、朝日自身の「編集権声明」からの逸脱に対し、異議を申し立てたに過ぎません。

私は現役時代、社員一人一人に配られた「朝日新聞社史」を改めてひもどきました。記者時代は忙しく、ちらっと目を通した後、本棚で埃をかぶっていたのです。朝日は、「協会声明」に先立つ3年前の1945年、「国民とともに立たん」を紙面に掲載しました。

終戦から3カ月後に書かれた有名な文章です。この欄の年配の読者なら、全文は覚えておられなくても、この言葉を聞いた方は多いと思います。社史には、この文章が朝日の紙面に掲載されるまでの経過・背景を事細かに書かれています。

要約すれば、戦禍を目の当たりにして、ジャーナリズム・ジャーナリストとしての戦争責任が、朝日社内でも厳しく問われました。とりわけ、軍部・国家権力に屈し、国民に真実を伝えなかった経営陣の責任を、社員・記者は激しく突き上げました。経営陣は、引責辞任を表明。その時、二度と過ちを繰り返さないと、読者への謝罪・誓いも込めたのが、この文章なのです。

「(経営陣が)総辞職するに至ったのは、開戦より戦時中を通じ、幾多の制約があったとはいえ、真実の報道、厳正なる批判の重責を十分果たし得ず、またこの制約打破に微力、つひに敗戦にいたり、国民をして、事態の進展に無知なるまま今日の窮境に陥らしめた罪を天下に謝せんがためである。今後の朝日新聞は、全従業員の総意を基調として運営さるべく、常に国民とともに立ち、その声を声とするであろう。いまや狂爛怒涛の秋、日本民主主義の確立途上、来るべき諸々の困難に対し、朝日新聞はあくまで国民の機関たることをここに宣言するものである」

常に権力からの圧力にさらされているのが「報道の自由」です。口先やきれいごとの建前論で、貫けるはずもありません。おびただしい戦死者や空襲の焼け跡に呆然と立ちすくむ国民を見て、朝日は経営者自らの「微力」を自覚しました。

◇戦後の誓いはどこへ行ったのか?

経営者だけが編集権を一方的に振るうのでは、「微力」で権力者に抗しきれず危ない…。一人一人の記者・社員の意志を尊重。その集合体である「従業員の総意」を基調に、経営者と従業員が総がかり、相互監視の中で朝日の「規範」「使命」を貫き通す。そのことで、戦前果たしえなかった「真実の報道、厳正なる批判の重責」を果たすことを読者に約束したのがこの文章です。

この精神を基調に定めたのが「朝日新聞綱領」であり、その具体化が「行動規範」、「記者行動基準」です。記者に「独立と公正」、私の言う記者の「報道実現権」を保証し、わざわざ就業規則に「従業員の人格権の尊重」を盛り込んだのも、ここに原点があります。

つまり、「いかなる権力にも左右されず」、「国民の知る権利に応えるため」、「言論・表現の自由を貫き」、「市民生活に必要とされる情報」を伝えることで国民の「知る権利」に奉仕し、「あらゆる不正行為」を「正確かつ迅速に提供し」、「より良い市民生活の実現を目指す」…。「行動規範」で定められた朝日の編集権の目標は、記者の「独立と公正」、私の言う記者の「報道実現権」を保証することで実現すると言うのが、朝日の読者に対する約束、戦後の誓いでもあったのです。

もちろん、ジャーナリストとしての「戦前への反省」は朝日に限ったことではありませんでした。当時の朝日は輝いていました。朝日がリードする形で、同じ思いのジャーナリストたちの総意で、その3年後に自戒を込めて書きつづったのが、朝日が私への反論に使った新聞協会の「編集権声明」です。

経営者は「微力」です。「役割が何か」を文章にしてタガをはめないと、内外の圧力に屈し、いつ腰砕けになるかも知れません。だから、「編集権」とは「報道の真実.評論の公正並びに公表 方法の適正を維持する」機能であると明記。「外部たると、内部たるとを問わず」、「故意に報道、評論の真実公正および公表方法の適正を害し、あるいは定められた編集方針に従わぬものは何人といえども編集権を侵害したもの」と、釘を刺しました。

そのうえで、経営者には「個人たると、団体たると、あらゆるものに対し、編集権を守る義務」があり、「内部においても」「編集方針に従わぬものは」「編集権を侵害したものとして」、「排除する」責任を課したのです。

もちろん経営者自身も例外ではありません。経営者が「定められた編集権」から逸脱・濫用する「内部勢力」になり下がれば、自らが「排除」の対象になると定められているに他なりません。

つまり、「編集権」を持つ新聞経営者の最大の仕事は、読者・国民の「知る権利」に応え、日夜、そのために努力する記者の「報道実現権」を尊重、内外の圧力から守ることにあります。経営者が「編集権」を行使するに当たり、この基本原則を逸脱しないようタガをはめ、「重大な責任」を負わしたのが、新聞協会の「編集権声明」であることぐらい、ジャーナリストならイロハのイなのです。

「編集権声明」は、編集権を持つ新聞経営者の「責任」を明記したもので、権利について書かれたものではありません。これを根拠に、新聞経営者の「編集権」が唯一絶対で、「報道の真実.評論の公正並びに公表 方法の適正を維持する」機能から逸脱し、読者の「知る権利」を侵害する「報道弾圧権」を持つという結論は、どう文面を逆さから読んでも導き出せません。「編集権を誤解ないし曲解している」は、どちらの方か、です。

◇編集権の濫用で言論統制

戦争責任にさいなまれたジャーナリストの先人が、「日本民主主義の確立」を目指し、身を削る思いでまとめたのが「編集権声明」です。派閥力学で腐敗した朝日が、自らの報道弾圧を正当化する道具として裁判に持ち出したのです。

「国民とともに立たん」は、幾多の戦死者・犠牲の上に築かれたジャーナリズムとしての何より重い戦後の反省だったはずです。朝日の読者・国民への約束は、何だったのか。私はますます腹が立って来ました。どうしてもこの裁判に勝ち、朝日の体質を根本から変える以外にない…。そんな思いを、この時さらに強くしたのです。

次に、朝日はこう続けました。

 「被告は言論の自由、表現の自由を重んずる新聞社である。新聞づくりの理念をまとめた『朝日新聞綱領』は、『不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す』と定めている。社外に対してはもちろんのこと、社内においても、自由闊達な議論を日夜重ねている。このことは、被告の社風であり、伝統でもある」

 「客観的かつ正確で公正・敏速なニュース報道を実現するため、記者が自主的にテーマを定めて取材し原稿を執筆する自主性も尊重しており、記者にはかなりの活動の自由が認められている」

 「ただし、その自由は、記者が書いた原稿を常にその記者の思惑通りに記事として掲載することまでを保障したものではない。原稿がニュースとしての価値を持ち、朝日新聞の記事として読者や社会全体に自信をもって発信できる正確さと質を持った社会に必要とされる情報か、その取捨選択の吟味や内容の修正、掲載時期の調整等は、被告の編集権に属するものである」

 「労働契約上の関係からみても、被告の従業員就業規則第8条①は、『従業員はその責任と体面を重んじ、職務に精励し、職制によって定められた責任者の指示に従って、職場の秩序を守らなければならない』と定めており、従業員は上司の指示に従って秩序を守らなければならない義務を負っている」

 「もちろん、さまざまな途中過程で原稿を執筆した記者の意見は尊重される。記者とデスクら編集権執行者との間で意見が対立した場合には、徹底的な議論が交わされる。その上で、その日の掲載を見送ることもあるし、いったんはデスクが不採用(ボツ)を決めた上で、『追加取材を加えて出し直すように』と記者に指示することもある」

 「本件訴訟で原告が主張する原稿の取扱いに関する編集権の行使も、日々の編集権行使の営みの一つに過ぎず、他の記事と比べ、また、他の記者と比べ、原告が執筆した原稿に対して、何ら特別扱いをしていない。被告のデスクや社会部長、編集局長らは、繰り返し記事掲載を求める原告の主張に耳を傾け、慎重に吟味検討し、意見を交わし、現段階では掲載できないと判断したことについて、辛抱強く説明して理解を求めてきた。そして、本件訴訟で原告が主張する原稿については、後述するように記事として掲載しており、単に原告の思い通りの時期だったか否か、また、書いた原稿の全部が掲載されたか否かと時期と分量や補足取材の要否の点で、原告が不満を述べているに過ぎない」

よくも、ぬけぬけとこのような事が書けたものです。本欄の読者には、いささかうんざりされたかも知れませんが、私がなぜ、朝日とのやり取りをこのシリーズ⑤―⑭「ジャーナリズムでなくなった朝日」で、詳細に再録したか。これで分かってもらえたと思います。

◇朝日が記者職を剥奪した重い事実

私に対する朝日の対応を想い出して下さい。これで「言論の自由、表現の自由を重んずる新聞社」と、言えるのでしょうか。本当に「自由闊達な議論を日夜重ね」、「編集方針に沿って取捨選択」しているでしょうか。「原稿を執筆した記者の意見の尊重」など、実際に存在すると言えるのですか。朝日得意の建前論に過ぎません。

もし、朝日が建前通り、ジャーナリズムとしての内実が備わっていたとしたら、河口堰報道が止められることもなく、このような訴訟を私が起こす必要もなかったのです、

私の報道を止めた挙句、異論を言えば、「記者ではいられないようにしてやる」という社会部長の脅しやデスクが下を向いて肩を震わすのも、「日々の編集権行使の営みの一つに」に過ぎないのでしょうか。「デスクや社会部長、編集局長らは、慎重に吟味検討し、意見を交わし」とは、いかなる事実経過をもって言うのでしょう。

従業員就業規則第8条①は確かに「職務精励義務」を定めています。しかし、②の「従業員の人格尊重義務」をほおかぶりでは、いくら裁判の主張としても、ご都合主義が過ぎます。

「辛抱強く説明して理解を求めてきた」のは、朝日でなく私の方だったことも、ここまで読み進められた読者なら自明のはずです。私はやむを得ず裁判になる場合も、最初から想定していました。「信頼回復を求められる決着とは、いかなる決着か」などとすべて文書での回答を求め、朝日はまんまと私の戦略にはまり、お粗末な回答書を送ってきました。

読めば、私から記者職を剥奪したことに対し、「高度」どころか、何ら「説明責任」を果たしていないことは明らかです。大量の回答書も証拠としてすべて裁判所に提出済みです。裁判官が公正・公平、真面目に読みさえすれば、私が反論するまでもなく朝日の空論は明白です。私が法廷で「朝日の際限ないウソ」について、立証していくことは山ほどあります。

朝日が主張する事実関係

朝日は、さらにこうも続けました。

「個別の記事の採否やその理由に関する新聞社の編集権の行使を、安易に司法審査に付すべきではないことは、前述の日本新聞協会『編集権声明』の趣旨 に照らして明らかである。これは、当該記事掲載の当否のみならず爾後の同種報道をも拘束する危険を有しており、憲法21条第1項が保障する表現の自由を侵し、また同条第2項が定める検閲禁止の理念にも反するといわざるを得ないからである」

私がいつ「安易に司法審査に」に付したのでしょうか。私は朝日自ら「憲法21条第1項が保障する表現の自由」を侵していなければ、この訴訟を起こしていません。ブラ勤に耐え、「事態の進展に無知なるまま今日の窮境に陥らしめた罪」にもさいなまれつつ、出来る限り裁判を避け、ジャーナリズムの掟に基づいて解決したいと、定年まで辛抱強く、朝日に話し合いを求め続けました。

何度も「このままでは裁判になる」と、警告もしています。それに耳を傾けなかったのは朝日の方です。定年後も、裁判に訴えることがジャーナリストとしてあるべき姿なのか悩み続けました。こんなことなど、朝日にはどこ吹く風だったのです。

その上で朝日は、事実関係にこう踏み込んで来ました。

 「長良川河口堰報道は、1990年、当時の被告名古屋本社社会部デスクらが原告の原稿を検討した結果、疑問点が解消されず、データに弱い部分があるなどの理由から、そのままでは記事に出来ないと判断し、掲載を見送ったものであり、適正な編集権の行使であった。その後、原告の原稿は、被告名古屋本社社会部及び編集局長室での議論を踏まえ、必要な補足取材をし、その成果も取り込んだ末に掲載可とされ、1993年に紙面化されている」

  「デスクらは原告に対して、1990年の検討過程で、掲載見送りの理由について合理的な説明をしている。原告作成の『長良川河口堰取材資料』と題する書面にも『デスクからは①今の時点では、分析者の名前が出せない以上、朝日新聞の責任でこの計算を明らかにするのは、もし今後水害が起きたときなどを考えれば危険が大きすぎないか②建設省の結果とこんなに違うのは考えられない。建設省も役所である以上そんなに無茶なウソをつくことは考えられない。すくなくとも建設省がどんな方法で計算し、このような記者発表をしたのか、こちらの計算も○○(取材源にかかわるため、原告削除部分)といえども完全な専門家とは言えないのだから、何か計算データに抜け落ちている問題がないとはいえない。もう少し慎重に建設省がどう計算したか見極めてみる必要がある-などの意見が出された。

 それを踏まえ、①建設省にある程度漏れることを覚悟にもう少し多くの学者の意見を聞くとともに、実名で計算結果を発表してくれる学者がいないか探してみる②すくなくともこの計算結果が水理学的に正しいとのコメントを出してくれる学者などを用意すること③建設省がどのような計算をし、このような発表になったのか、さらにこれまでのルートを通じ、何とかもっと探れないか、さらに慎重に詰めることになった』と記載されていることからも明らかである。同書面に『自分の実名で計算を発表させてくれる学者はみつからなかった』と記載があることからも明らかなように、その検討後もデスクらの疑問点を解消できなかったことから1990年当時、原告の原稿は掲載に至らなかったのである」

  「原告からの抗議に対しては、1992年、名古屋本社編集局長(当時)が『掘り起こしたデータを生かしたいのなら、何度も言うようだが、出稿部の中で、正規のルートで上げていくべきだ』『データは今でも使えるのか、当時出たとされる疑問点をクリアするような補強データを新たにつかんでいるのか、ディープスロートは今でも大丈夫なのか、もし建設省が全面否定した場合はどうするのか、どうできるのか--こういった点をひとつひとつ、デスク諸公に根気よく話してみたか。小生には貴兄がそうしたとは、とても思えない』『貴兄のつかんでいるデータがすごいものなら、必ず陽の目を見るだろう。そうなりにくいなら、まだデータとして弱いからで、さらに努力して、補強する気持が湧いてくるだろう』などと回答したように、合理的な説明をしている。結局のところ、原告は、原告の執筆した原稿が当初企図した通りには掲載されなかったことに対する不満を述べているに過ぎない」

◇誰がジャーナリズム倫理を逸脱したのか

ここまで読み進めた段階で、私の怒りはすっかり覚め、「しめた」と思ったのです。朝日では訴訟になると編集部門でなく、管理本部の法務部門が対応します。事情を知らない管理本部の朝日官僚と依頼した弁護士が、私の証拠をろくに読まず、書面を適当に作り上げたことが歴然としていたからです。

何故、朝日の編集局が私の取材の具体的な検証を頑なに避け続けたのでしょうか。「1990年」の段階で、取材に記事に出来ないような取材不足は存在せず、踏み込むと自らの不当性を認めざるを得なくなります。逃げ口が閉ざされるから、「決着済み」などと訳のわからない逃げ口上を続けて来たのです。

このシリーズの①―④「長良川河口堰に見る官僚の際限ないウソ」をもう一度、読み返して下さい。「検討過程で、掲載見送りの理由について」、デスクが私に説明し、「疑問点」を埋めるよう指示したのは事実です。しかし、「1990年」でも、4月初めのことです。

私は「建設省がどのような計算をし、このような発表になったのか、さらにこれまでのルートを通じ、何とかもっと探れないか」とのデスクの指示に基づき、建設省の極秘文書をさらに多数入手。パソコンも駆使し、「自分の実名で計算を発表させてくれる学者」など蛇足に過ぎなくなるほど、建設省の隠ぺい工作の手の内を、その年の6月末までに余すところなく解明、記事化を迫りました。

だからデスクは、「掲載見送りの理由について」、私に説明のしようがなかったのです。その経過は、証拠として提出した「長良川河口堰取材資料」の中にも、明確に書いています。

「1992年、名古屋本社編集局長」も私の申し入れに逃げまくった挙句、転勤直前になって、苦し紛れの手紙を送って来たに過ぎません。本当に「データとして弱い」と思っていたなら、原稿が何故「陽の目」を見ないのか。それまでにいくらでも私に説明出来たはずです。

朝日は新聞協会声明の一部をつまみ食いしました。同様に私の文書の一部もつまみ食いしたのです。「不利益変更法理」では、具体的事実に照らして雇用主の裁量権、つまり編集権や人事権に逸脱・濫用があったかどうか、判断されます。こんな事実に踏み込んでくれた以上、飛んで火にいる夏の虫です。

裁判官が証拠を読むだけで、朝日が説明責任を果たしていないことは、すぐに分かります。後は建設省内部から入手した多数の極秘資料も証拠として提出。取材源を明かさずとも、入手時期を明確にするだけで十分に、1990年6月段階で完全に建設省のウソを証明する資料を私が入手していて、「取材不足」が存在しなかったことの立証はいとも簡単に出来ます。

朝日が河口堰取材をなぜ陽の目を見させなかったか、どちらにジャーナリズム倫理からの逸脱があったのか、在社中一切論争に応じて来なかったのが、私にとって最大のフラストレーションでした。これで私は、公開の法廷で朝日と論争出来ると踏みました。朝日が立ち往生するのがますます楽しみになって来ました。もちろん「編集権声明」の解釈をめぐっても、です。

ここで、今回の紙数も尽きました。以降は次回に譲ります。実は、ここから裁判官はいかに不当な指揮をしたか。この「デッチ上げまでした司法」の具体論に入って行きます。次回以降も、我慢してお読み戴ければ、幸いです。

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

※写真出典:ウィキペディア

2014年08月12日 (火曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

私も参加し、フリージャーナリスト43人による特定秘密保護法違憲訴訟の第1回口頭弁論が6月25日、東京地裁で開かれました。多くの人たちに傍聴・応援に来て戴き、抽選になるほどの盛況でした。私はもっともっと、多くの地域で違憲訴訟が起こされることを期待しています。

なぜ、秘密保護法は危険なのか。人々の「知る権利」がことごとく奪われ、「良心の自由」に基づく社会の浄化作用が機能しなくなるからです。官僚・政治家が、私利私欲、利権目当てに、いかに国民を騙すか。情報をこれ以上隠すことを合法化すれば、国民生活はどこまで悪化するか。この欄の読者は長良川河口堰の例で、もう嫌というほどお分かりのはずです。

既成ジャーナリズムも頼りになりません。私の河口堰報道を止めたのは、朝日幹部が「異能分子」と呼んだ当時の名古屋本社社会部長でした。「異能分子」とは、記者の取材活動で得た情報や人脈を権力者との取り引きに利用する人を指すことは、メディアの常識です。

私の河口堰報道を止めた背景に、「異能活動」が絡んだと言う直接の証拠はありません。でも、もし「異能分子」を介して権力者とメディアの取り引きが常態化しているとしたなら、権力者にとって都合の悪い情報は、メディア経営者によって隠されることになります。既成メディアに頼るだけでは、私たちの「知る権利」は満たされないのです。

いくら政府が、「『報道の自由』を守る」と言っても、どこまで守るか定かではありません。もともと秘密保護法は、権力者の意向でどうにでも運用出来る法律です。たとえ、権力者がある程度「守る」としても、記者クラブに所属する記者だけに保証するのか、この点もあいまいです。

今、記者クラブに所属する若い記者で、やる気のある記者もいない訳ではありません。でも、総じて権力監視の意識が希薄です。私の関心のある公共事業分野でも、国交省の記者クラブで厳しい質問を浴びせているのは、常駐ではないフリーライターのまさのあつこさんだけのようです。

◇住民運動を情報源にしない記者たち

私の住む関西・中部地区でも、自民党政権の復活で無駄な公共事業が次々復活しています。三重県伊賀市に計画され、関西に水を供給する淀川水系・川上ダムも建設に向けての動きが急になっています。

もともと、関西でも水は余っています。このままでは、またもや国民の血税が無駄に消えることに危機感を燃やした住民団体の人たちが、「なぜ、川上ダムが不要なのか」、詳細な資料を添え、計画中止を求める要望書を大阪府に提出しました。私にもメールで届き、読まして戴きました。

私が解明した長良川河口堰同様、ダム問題で国交省のウソを暴こうとすると、宿命的に多くの数字の入った難解な内容にならざるを得ません。しかし、学者によって検証された極めて説得力のある内容でした。

でも、事前に記者クラブに連絡していたにもかかわらず、要望書の提出を取材に来たのは1社もありません。その後、記者会見でも、来た記者は22社中5社だけ。それも記者は質問もほとんどすることもなく呆然と聞いているだけで、結局、1社も翌日記事にしなかったそうです。

権力側は記者クラブでの定例会見など、多くの情報発信ルートを持っています。しかし、住民側にはそれはありません。だから私は記者時代、住民側が何かを訴えようと記者クラブを訪れた場合、出来る限り耳を傾けようと努めて来たつもりです。

しかし、今の若い記者は総じて、そんな意識に欠けているのではないかと、私には思えるのです。難しい内容を住民側が説明しても、「ややこしくして分からない。だから記事にしないでおこう」。そんな程度だったのかも知れません。

記者クラブ論は、この欄でまた別の機会に詳しくやりたいと思います。ただ、この有様では記者クラブで発表される権力側の情報だけが一方的に流布されるのは、無理からぬところでしょう。

 ◇フリージャーナリストと特定秘密保護法

残念ながら、もはや既成メディアに頼っているだけで、国民の「知る権利」は充足されません。だからこそ、穴を埋めるフリージャーナリストの活動が不可欠なのです。

しかし、権力に都合の悪い情報を深く取材しようとしているフリージャーナリストが秘密保護法で狙い打ちにされ、活動が制限されるなら、戦前の報道弾圧・秘密主義国家に逆戻りします。この違憲訴訟に多くのフリージャーナリストが原告として加わったのは、そんな危機感からでした。

私たちは、ますます権力迎合の姿勢を強める司法・裁判所を信じている訳ではありません。この違憲訴訟でまともな判決が出されるとの期待もほとんどしていません。案の定、第1回の口頭弁論で原告団が多くの陳述を求めたにもかかわらず、裁判所が認めたのは3人だけ。それも「一人3分」の制限まで設けました。原告の思いを正面から聞いて、真摯に受け止める気持ちなど、裁判官にはさらさらないようです。

私は、すべての分野での見識が備わっている訳でもなく、使命感の薄れた裁判官の言葉・ご託宣を有難く聞く時代は終わったと考えています。人々の「知る権利」、「表現の自由」、「良心の自由」…、つまり基本的人権を根こそぎ奪う秘密保護法は、裁判官に判断を仰ぐまでもなく、明らかに違憲です。だからこそ、「法の番人」が使命であるはずの司法に訴訟提起し、少なくとも一度は、違憲か否か、彼等に判断させなければなりません。

権力に媚びることで自分の身を守る裁判官が増えた今の司法が、違憲判決を書くとは思えません。かといって、こんな悪法に対し、正面から堂々と説得力のある合憲判決が彼らに書けるのか。今の裁判官にその能力があるとも思えません。違憲、合憲の判断も下さないまま、逃げるのが精一杯でしょう。

でも、そんな判決文の中で、裁判官が何を書くか。それを読んで言質を取り、私たちが裁判官を裁判するのです。判決文が矛盾に満ちていたなら、そこを突いて改めて仕切り直し、秘密保護法を廃止に追い込む新たな闘いを構築すればいいと考えています。ぜひ、多くの皆さんの支援をお願い致します。

 ◇私が体験したでっち上げ裁判

さて、「公共事業は諸悪の根源」シリーズは今回で16回目、司法が戦前の報道弾圧社会の再来を恣意的に目指している実態を報告する「デッチ上げまでした司法」の2回目になります。

前回のおさらいです。私が起こした記者の「報道実現権」の存在を司法に認めさせる訴訟は基本的には、ごくありふれた労働・不当差別訴訟でした。それも親しい弁護士の力も借り、新しい判例を作るような突飛な論理構成を封印。これまで争いのない最も基礎的、ありふれた最高裁判例によって、訴状を組み立てました。

報道の実務は、最高裁判例「真実性の法理」に基づいています。メディアが報道しようとする内容に「事実の公共性」「目的の公益性」があり、「事実が真実と証明された時」(「真実性」)や真実の証明まで出来なくても取材の経過から、「事実と信じられる相当の理由」(「真実相当性」)で裏付けられているならば、原則、名誉毀損などの違法性を問われません。だから、報道機関では、記者が取材した内容が記事として載せられるどうかは、この基準を基に判断しているのです。

一方、労働・不当差別訴訟の基礎的判例は、1986年、経営者の人事発令が「不当配転」か否かについて争われた「東亜ペイント事件」判決で、最高裁が示した「不利益変更法理」です。

裁判所は雇用主に雇用者に対し、人事、査定などの裁量権の存在は認めています。しかし、何をしてもいいという訳ではありません。この法理では、「業務上の必要性が存しない場合」「他の不当な動機・目的をもってなされたとき」「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」は、雇用主の「裁量権の濫用」に当たる、としています。

さらに、雇用者の労働条件を不利益なものに変更する場合、この3条件に照らして抵触していないか、「高度な説明責任」を雇用主に課しています。雇用主が雇用者に納得のいく説明義務を果たしていなければ、「不法行為・債務不履行」が成立します。

 ◇長良川河口堰報道に対する社内からの妨害

私の河口堰取材は、「治水のため」との名目で巨額の血税を注ぎ込んで進められている公共工事が実は全くのデタラメで、現状でも洪水の危険がないのに、建設省は様々にデータを改ざんし、ウソで固めて進められていることを暴くものです。

1990年4月、社会部長の補強取材の指示を受け入れ、その年の6月までに私は、さらに建設省の極秘資料を数多く手に入れ、「事実が真実と証明」する完璧な証拠によって固めました。

この記事をまともに理由も告げずに止めたのが朝日です。私の執拗な編集局長への異議申し立てに朝日では渋々1993年末、1990年6月までの私の取材データのうち、ほんの1部だけを記事として載せています。建設省もこの記事に、何らまともな反論も出来ず、私の指摘を認めています。

しかし、朝日は1993年に記事になるまで、私が編集局長に記事の復活を求める異議申し立てを行ったのを発端に、人事・待遇での差別を始め記者職も剥奪。記者復帰を申し出た私に対して、「記者に戻りたければ、編集局に信頼回復せよ」と迫り、最後には私は全く仕事のないブラ勤にまで追いやりました。

 ◇報復人事――記者からブラ勤・窓際族へ

二つの法理とブラ勤に至るこの経過を重ね合わせてみます。

私の河口堰報道は、税金の無駄使いを追及するものです。記事に「公共性」があることは論を待ちません。「真実性の法理」は、前述の通り報道機関の実務上の基準です。

1990年6月までに私が収集したデータによって、1993年末に記事になったと言うことは、私の取材が1990年6月の時点で「真実性の法理」を満たし、記事になって当然の取材を完成していたことの何よりの証明です。

ありていに言えば、「公共性」「真実性の法理」も満たし、当然記事になるべき取材を記事にしなかった朝日に対し、記事にするよう求めた私の行為のどこが悪いのか。「信頼回復」を朝日から求められ、記者職も剥奪される理由もなく、朝日の行為は不当と言うのが私の主張です。

朝日には、自らの編集方針を示す「朝日新聞行動規範」と「記者行動基準」が明文化されています。記者には「権力監視」を仕事の目標として定め、経営者にはこうした記者の仕事によって得られた情報を伝え、読者の「知る権利」に応えることを求めています。

 ◇記者の職務は権力の監視

私の河口堰報道は、朝日が仕事の目標として記者に求める「権力監視」そのものです。朝日はその報道を理不尽に止めたのですから、読者の「知る権利」に応えなければならないと定める「行動規範」を自ら破ったことになります。

その上、記者職を私から剥奪までしたのですから、その人事権の発動は、「不利益変更法理」で「債務不履行・不法行為」が成立する要件とする、「業務上の必要性が存しない場合」「他の不当な動機・目的をもってなされたとき」「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」に該当するのも明白です。

何より、「記者職を剥奪され、編集局から『信頼回復』を求められるのか」との私の問いに、1993年末、ほんの一部を記事にしたことを持ち出し、苦し紛れに「記事にしたのだから、朝日に非はない。決着済みの問題だ」と言い放っています。

記事にしたことをもって朝日が自らの正当性を主張するなら、朝日は自らの言葉をもって、私の取材が1990年6月の時点で「真実性の法理」を満たしていたことを認めたことになります。

私が「それなら当然、記事になるべきものを1993年末まで記事にしなかったのは朝日の方だ。『記事として載せろ』と、私が編集局長に異議を申し立てた行為のどこが悪い」「記者職を剥奪される『決着』とはいかなる『決着』か」との問いに、朝日は逃げ回り、何も私に説明出来なかったことは、「不利益変更法理」に沿えば、私を記者職から外した「不利益人事」に対し、朝日は雇用者側に課された「高度な説明責任」を果たしていないことになります。これだけで私に対する不法行為・債務不履行が成立します。

訴状で私は、確かに聞きなれない「記者には、『報道実現権』がある」との主張をしました。しかしこれも、記者の特別の権利を新たに主張したものではありません。

雇用者は、雇用主が求める「仕事の目標」に対し真面目に努力し結果を出したなら、労働基準法3条「均等待遇」に基づき、正当に評価されるべき期待的利益、つまり「仕事目的実現権」があります。その「実現権」を記者に当てはめたに過ぎないのです。記者の仕事は「報道」です。だから、「報道実現権」なのです。

 ◇朝日を名古屋地裁へ提訴

ここまで訴状を書き上げ、「当たり前に勝てる裁判」との確信を、私はますます深め、朝日との法廷での対決を楽しみにしたのです。今回はここからです。

名古屋地裁で弁論が始まったのは、提訴から5カ月後の2008年12月でした。私が裁判所に訴状を出した後、裁判官からいくつかの問い合わせがあったり、朝日の弁護人が「多忙」を理由に、法廷に出て来なかったりしたためです。

弁論を前に、朝日から私への反論の準備書面が届きました。内容を読んで、私は「これがジャーナリズムの言うことか」と、驚愕したのです。改めて、朝日の主張を紹介してみましょう。

「『弾圧』や『差別』などと論難されるような違法不当な行為は、被告(朝日)にはまったく存在しない。原告(私)の主張はいずれも、新聞編集や処遇に対する事実誤認や誤解に基づく不合理かつ理不尽な原告独自の見解を並べたに過ぎない」

 「原告(私)主張の『弾圧』『差別』とは、『報道実現権』なるものを根拠として、原告が記者として取材・執筆した原稿が原告の当初企図した通りに報道されてしかるべきであったのに思い通りにならなかった(真実は後述するように、必要な補足取材の末、報道された)という新聞編集に対する不満と、被告従業員として在職中に原告自らが思い描くようなポストや給与では待遇されなかったという人事上の不満を述べているに過ぎない」

 「長年、新聞記者として報道の一線を担い、また、対外的窓口の責任者を任されるなど幹部社員としても要職を歴任してきた原告が、定年退職するや、かかるいわれなき訴えを提起する挙に出たことは、被告として甚だ遺憾というほかない」

 「本件訴えが新聞記者であった原告によって提起されたことは広く知られ、あたかも被告社内に、新聞の自由に反し報道の公正を害し、新聞への信頼を損ねるような弾圧や差別があったかのごとき誤解を、世間一般に生じさせかねない事態に至っている」

朝日の書面は私への非難に満ち満ちていました。

 ◇「報道実現権」の存在を全面否定した朝日

その上で、私が主張した「報道実現権」について、朝日はこう反論しました。

「『報道実現権』とは、『記者が、その所属する報道機関に対して有する、記者が書いた原稿を合理的理由がない限り記事として採用させ、新聞に掲載させる権利』であるとされ、また、『掲載しない場合には、その理由を説明させる権利も派生する』とされている。しかしながら、そのような権利は、わが国においては新聞編集の実務上の概念としても認められていない。もちろん、法的保護に値する権利として判例学説上認められた権利でもないことは顕著な事実である」

 「原告は、一般的な新聞の自由の意味を履き違え、新聞社の報道のありよう、すなわち『編集権』を誤解ないし曲解しているものと言わざるをえない」

「新聞編集の実務上の概念」と言うなら、朝日は自らの「精神基盤」は何かを思い出すだけで十分だったはずです。デスクと記者は、「真実性の法理」と「読者の知る権利に応える責務」を念頭に、原稿が掲載される「一定水準」を満たしているかどうか、日常的に双方が説明責任を果たし、掲載の可否を決めています。これがごく当たり前の「職場慣行」、「実務上の概念」であることなど、記者なら常識です。【続く】

※写真の出典:ウィキペディア

2014年08月11日 (月曜日)

8月6日付のMEDIA KOKUSYOに掲載した記事(「新聞社の裏金づくりを示す内部資料を公開、補助金の一部を裏口座に預金、少なくとも2億円をプール」)の続編である。

この記事は、新聞社の裏金づくりの手口を、B社が行った内部調査のレポートに基づいて解説したものである。1980年代の資料であるから、秘密にする性質のものではない。事件は時効である。新聞社の販売局の実態、あるいは日本の新聞ジャーナリズムの裏側を知るための歴史に残る重要資料である。

実はこのレポートの中に、たまたま「押し紙」政策についての記述がある。日本新聞協会は、「押し紙」の存在を全面否定しているが、この内部資料では、販売局の当事者が「押し紙」の実態を報告している。

どのような形で「押し紙」が発生するのか、当事者である販売局員が報告しているのである。次の記述である。なお、あらかじめ用語を説明しておこう。

・・・・・・・・新聞。

送り数・・・・・・販売店へ搬入する部数。

(紙を)切る・・・「押し紙」を減らす、中止する。

実配・・・・・・実際に配達している新聞の部数。

 

11)紙数は低下し、一方送り数は切らないという方針だったので販売店の力は極端に落ち、前述のように○○部長時代は粉飾入金をしていたのである。

12)小生が第一部長に在任中に、第一部管内全域に亘って何回も実配調査を行った。これを集計し、ありのままを○○次長に報告し、紙数整理の必要性を訴えたが、「そんな筈はない、その実配調査が間違っている、紙は絶対に切ってはならぬ。」と何度も厳命した。

東京の販売担当から実配率表の提出も何度か求められたが(○○管内全域)、少なくとも第一部に関して云えば、その数字の変更を強制させ、遂にそれを否定すると自ら第一部長の提出した表の数字を改ざんして東京へ送っていた。ある時などは担当地区別に予め自ら数字を記入した表を小生に見せ、このとおりに書いて提出しろと命じたこともある。ある意味では上への報告はウソで固まっていた。

■出典:内部調査レポート

販売局員が新聞の部数にこだわるのは、部数(ABC部数)を増やすことが、みずからの出世に直結するからだ。日本の新聞社の公称部数が、実態とかけ離れている背景である。1980年代から同じような状況が延々と続いてきたといえる。そして今だに何の反省もしていない。「押し紙」は1部もないと公言している。

このような重大な問題を新聞社のコンプライアンス委員会、あるいは第3社委員会に該当する部署は、どのように考えるのだろうか?

2014年08月08日 (金曜日)

スラップ(SLAPP)とは、俗に裁判を提起することで、攻撃対象者に経済的にも精神的にもプレッシャーをかけて、言論を封じこめる戦略を意味する。

しかし、厳密には語源である英語のSLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)の翻訳が定義ということになる。下記の通りである。

大衆運動に対抗するための戦略的な訴訟

言葉の定義が時代により、あるいは地域により変化することは言うまでもない。日本では、俗にスラップを指して、「恫喝裁判」とか、「口封じ裁判」という。ジャーナリスト、ブロガー、作曲家などの表現者が標的になることが多い。

わたしがこれまで取材したり、当事者になった裁判の中には、一部にSLAPPに該当する可能性があるものも含まれている。原告と代理人弁護士、被告、要求したお金の額などを紹介しておこう。スラップかどうかは、読者の判断にゆだねる。(※)はわたしが当事者となった裁判である。

■著作権※
原告 :江崎徹志(読売)
被告 :黒薮哲哉
 原告代理人:喜田村洋一
要求額:0円
判決:地裁、高裁、最高裁で黒薮の勝訴。判決確定。
参考知財高裁判決

 

■名誉毀損※
原告 :読売、他3名
被告 :黒薮哲哉

原告代理人:喜田村洋一、升本喜郎ほか
 要求額:2200万円(200万円は弁護士費用の請求)
判決:地裁、高裁で黒薮の勝訴、最高裁で読売が逆転勝訴。判決確定。

■名誉毀損※
原告 :読売
被告 :新潮社、黒薮哲哉
 原告代理人:喜田村洋一、藤原家康
要求額:5500万円
  判決:地裁、高裁、最高裁で読売が勝訴。判決確定。

■名誉毀損
原告 :ユニクロ
被告 :文藝春秋社
原告代理人:的場徹、ほか
要求額:2億2000万円
判決:地裁で文春が勝訴。東京高裁で係争中。
参考:原告は、弁護士に対して成功報酬6000万円を約している。
参考記事MyNewsJapan

■著作権
原告 :ソニー・ミュージックレコーズなどレコード会社31社
被告 :ミュージックゲート社
原告代理人:升本喜郎
要求額:2億3000万円
判決:現在、東京地裁で係争中
参考:被告は、作曲家の穂口雄右氏。東京地裁で係争中。
参考記事MyNewsJapan

■名誉毀損
原告 :亀田興毅、亀田大毅
被告 :片岡亮(ジャーナリスト)
 原告代理人:北村晴男
要求額:2000万円
  判決:現在、東京地裁で係争中。
参考記事MyNewsJapan 

 

■名誉毀損
原告 :森ゆうこ(前参院議員)
被告 :志岐武彦(市民ジャーナリスト)
原告代理人:小倉秀夫
要求額:500万円
 判決:東京地裁で志岐氏が勝訴。判決確定。
参考記事MyNewsJapan

 

■名誉毀損
原告 :A(女性)
被告 :Bほか1名(ブロガー)
 原告代理人:弘中惇一郎
要求額:3200万円
判決:東京地裁で係争中。
  参考記事MEDIA KOKUKSYO

◇司法制度改革審議会の意見書
スラップの背景には、広義の新自由主義=構造改革の中で提唱された司法制度改革がある。2001年6月、小泉政権下で発表された司法制度改革審議会の意見書にも、賠償額の高額化の必要性を述べた記述がある。スラップは言論封じを目的として、自民党が意図的につくり出したものにほかならない。

損害賠償の額の認定については、全体的に見れば低額に過ぎるとの批判があることから、必要な制度上の検討を行うとともに、過去のいわゆる相場にとらわれることなく、引き続き事案に即した認定の在り方が望まれる(なお、この点に関連し、新民事訴訟法において、損害額を立証することが極めて困難であるときには、裁判所の裁量により相当な損害額を認定することができるとして、当事者の立証負担の軽減を図ったところである。)。  

ところで、米国など一部の国においては、特に悪性の強い行為をした加害者に対しては、将来における同様の行為を抑止する趣旨で、被害者の損害の補てんを超える賠償金の支払を命ずることができるとする懲罰的損害賠償制度を認めている。しかしながら、懲罰的損害賠償制度については、民事責任と刑事責任を峻別する我が国の法体系と適合しない等の指摘もあることから、将来の課題として引き続き検討すべきである。

 

2014年08月07日 (木曜日)

横綱が立ちあいに平幕力士の張り手を受けて、「腰砕け」であっけなく土俵に崩れ落ちたならば、引退を勧告されかねない。

前参院議員の森ゆうこ氏が、ブロガーを訴えた裁判は、控訴期限が過ぎた8月2日、森氏の敗訴が確定した。森氏が要求していたのは、500万円のお金と言論活動の一部禁止。が、請求はすべて棄却された。本人尋問も開かれなかった。前国会議員が「平幕」に完敗したのだ。

森氏の訴えが認められなかったわけだから、この裁判の被告・志岐武彦氏がみずから主宰するブログ「一市民が斬る」に書き続けた「最高裁事務総局の闇」は、決して根拠がない内容ではないということにもなる。その意味で、むしろ訴えられた志岐氏の側は、今後、より広い言論活動の可能性を獲得することになる。

「最高裁事務総局の闇」は、今後、ますますインターネット・ジャーナリズムの表舞台に浮上することになりそうだ。

◇複数の記述の組み合わせの無理が
判決は、2重に森側(小倉秀夫弁護士)の訴えを退けている。東京地裁の土田昭彦裁判長は、まず①森側の論理の破綻を根拠に訴えを退けた。さらに森側が指摘した個々の名誉毀損的な表現について、②森側による事実の拡大解釈、あるいは事実の誤認を根拠に訴えを退けた。

名誉毀損裁判の大半は独立した個々の記述が原告の社会的評価を低下させたとする主張を前提に争われる。たとえば、「Y社は、従業員に残業を強制して、手当を支払っていなかった」という表現が争点になると、それが事実なのか、あるいは事実に相当するのかを検証する。事実でなければ、名誉毀損が認定される。

しかし、この裁判で森側の小倉弁護士は、志岐氏が書いた3本の記事にみられる複数の表現を総合的に解釈した場合に、名誉毀損を構成するという主張を展開した。この論理を図式化すると次のようになる。

記事1・・・記載A,記載B、記載C

記事2・・・記載A,記載B、記載C

記事3・・・記載A,記載B、記載C

たとえば「記事1の記載A」と、「記事2の記載B」「記事3の記載A」を組み合わせた時に、名誉を毀損する事実を構成するという論法である。
森側が訴因としたのは、志岐氏が執筆した3本のブログであった。3本のブログから個々の表現をピックアップし、それを組み合わせて、名誉毀損を主張したのである。

◇「一般読者の普通の注意と読み方」
ところが名誉毀損裁判では、「一般読者の普通の注意と読み方」を基準として、特定の表現が社会的地位を低下させたかどうかを判断することになっている。となれば、森側の論法には、最初からかなり無理があった。

普通の読者は、ある記事を読みながら、ほかの記事との関連を考えたりはしないからだ。研究者やジャーナリストはそういう読み方をするが、大半の読者はそのような読み方をしない。そして、繰り返しになるが、名誉毀損裁判では「一般読者の普通の注意と読み方」が判断基準になるのだ。

この点について、判決は次のように判断している。

本件各記事は、それぞれ別の日時に投稿されており、被告が本件記事1を投稿する際に本件記事2及び3を投稿することを予定していたとか、本件記事2を投稿する際に本件記事3を投稿することを予定していたと認めるに足りる証拠はないから、本件各記事を全体として一つの表現行為と見ることはできず、

それぞれの記事ごとにその名誉毀損性を判断するのが相当であると解されるが、本件記事の内容を確定してその名誉毀損性を判断するに当たっては、当該記事以前に投稿された記事の内容を踏まえたものであるとして、その内容を斟酌する余地はあるとしても、当該記事が投稿された時点で存在しない後の記事の内容を斟酌するのは相当でないというべきである。

◇拡大解釈と事実誤認
しかし、土田裁判長は念のために個々の記事に見られる表現についても、踏み込んで検証している。結論を先にいえば判決は、森側が指摘している事柄は、森氏の拡大解釈や事実誤認に基づいたものであって、記事の趣旨とは異なると判断している。

たとえば「司法取引」に関する次の認定である。

 原告は、本件記事1の記載⑤において、小沢(黒薮注:小沢裁判の被告・小沢一郎氏)の無罪判決を得るために原告が最高裁判所と裏取引をし、また、それ(黒薮注:検察による検察審査員の誘導)が真実ではないことを知りながら、検察官が捏造報告書により検察審査会の審査員を誘導したというストーリーを原告が流布させたとの事実が摘示されていると主張する。

 しかしながら、記載⑤には、原告が、小沢の無罪判決を早期に得るために、最高裁判所に対する追及をやめたことを窺わせる記載があるのみで、最高裁裁判所との間で何らかの取引を行ったことを窺わせる記載はないし、検察官が捏造報告書を作成して検察審査会の審査員を誘導したというストーリーを原告が流布したことを窺わせる記載もないから、記載⑤において原告が主張するような上記事実が摘示されていると認めることはできない。

ほかの記述についても森氏による拡大解釈という観点から土田裁判長は、森氏の訴えを退けている。

◇「木を見て森を見ない」
この判決について、わたしは裁判所とは、別の観点から、森氏の訴えには正当性がないと考えている。以下、わたしの個人的な意見である。

わたしは、森側の小倉弁護士が指摘したように、前後関係を重視して、総合的な観点から書かれた内容を解釈するのが正しい態度だと考えている。さもなければ、「木を見て森を見ない」過ちを犯すことになるからだ。

ただ、それをもって志岐氏の一連のブログが名誉毀損にあたるとは思わない。と、いうのも志岐氏のブログを、訴因とならなかったものも含めて重層的に読めば読むほど、志岐氏が客観的な事実に基づいて、推論を述べていることが読み取れるからだ。

文章表現の評価は、全部を読んだうえで判断するのが妥当。さもなければ「揚げ足取り」が幅をきかせることになりかねない。

◇関連資料
次にリンクするのは、志岐氏の代理人・山下幸夫弁護士による解説(動画)と、判決である。

■山下幸夫弁護士による解説

■判決全文

2014年08月06日 (水曜日)

1980年代の時効済み内部資料の一部を紹介しよう。新聞社の裏金づくりの手口と使い道を内部調査した結果を記した報告書である。当時の関係者が生存している可能性があるので、社名と個人名は匿名(B社)にした。

新聞社による裏金づくりが慣行化していた--。にわかに信じがたい話だが、わたしが入手した資料によると、裏金づくりの原理は極めて原始的で単純だ。だれでも理解できる。

結論を先に言えば、新聞販売店に対して支給する補助金の一部をカットして、裏金にする手口である。補助金は通常、新聞一部につき○○円というかたちで支給されるのだが、B社の場合、一部につき20円をカットして、販売局社員の個人名で、「本社周辺の約10の銀行に預金」していたという。

裏口座に預金された金は、「S55年5月の値上げの時まででも約30ヶ月となり、5億7000万円(1900万円×30ヶ月)。これを自由に使っていたが、月額1000万円×30ヶ月=3億円位は浮いていた筈である。」

1部に対して20円のカットでも、部数が多いので、総額は膨大になる。(100部で2000円、1000部で2万円、1万部で20万円、10万部で200万円、100万部で2000万円。いずれも月額)

ただしこの「5億7000万円」という数字については、約2億円という証言や記述もある。数字を確定するためにはさらなる検証が必要だ。

◇報道自粛の背景に経営上の汚点

さて、販売局の社員は、裏金を何に使ったのだろうか?内部資料によると、用途はおもに新聞セールス団の接待(旅行等)、販売店主の「こづかい」などである。販売局の社員も着服していたようだ。

■B新聞社の内部調査(1/3)

日本の新聞社のモットーは、部数至上主義である。新聞の部数を増やすためには、手段を選ばない。

改めて言うまでもなく、このような「汚点」が公権力に弱みを握られ、報道を自粛せざるを得ない背景なのだ。「押し紙」問題や折込広告の水増し問題だけではない。政治家はこのような「汚点」に付け込んでくるのだ。

ただし新聞記者に責任はない。新聞ジャーナリズムをみずから骨抜きにしているのは、販売局と経営幹部である。

2014年08月05日 (火曜日)

最新の安倍内閣の支持率と不支持率は、次の通りである。

【JNN・8月】

安倍内閣支持率:55.9%(前月比+3.5)

【読売・8月1日~3日】
  
安倍内閣支持率は:51%(前月比+3)

安倍内閣不支持率:41%(前月比+1%)

【朝日・7月26日~27日】

安倍内閣支持率は:42%(前回比-1)

安倍内閣不支持率:36%(前回比+3)

JNNと読売の調査では、内閣支持率が《+》に転じ、朝日の調査では、《-》傾向が持続している。支持率を55.9%としたJNNと、42%とした朝日の差異は、実に約14%にもなる。

この数字を見るだけでも、いかに世論調査が信用できないかを示している。少なくとも、3つの世論調査の中に、実態を正しく反映していないものが含まれていることを意味する。

こうした状況のもと、巨大な新聞発行部数や電波を媒体にして、安倍内閣に関する誤った情報がばらまかれている。メディアリテラシーを身につけていない人々は、情報をうのみにして、世論誘導される可能性が高い。

◇広告費の提供元を対象に世論調査の怪
そもそも日本の権力構造の中に組み込まれた日本のマスコミに、世論調査を実施する資質はあるのだろうか。疑問が残る。

わたしが入手した資料によると、国の借金が増え続けるなかでも、2007年~2010年の4年間で、朝日、読売、毎日、日経、産経の5社に対して、内閣府から広告費として約50億円が支出されている。

最高額は読売に対する約21億円(代理店分を含む)。

■参考記事:主要5紙への政府広告費支出、4年間で50億円 最高額は読売とその代理店に対する21億円

世論調査の対象になる内閣の事務局(内閣府)から、広告費というかたちで多額のお金を受けている新聞社に、公正中立な調査ができるとは思えない。「押し紙」問題に典型的に現れているように、新聞経営者はウソの数字を公表してはばからない。反省もしない。

せめて世論調査の裏付け資料を公開してほしいものだ。

新聞関係者が関与した世論調査がいかに信用できないかを物語るレポートには、次のようなものがある。

■参考記事:新聞の優位性を示す世論調査を実施した新聞通信調査会の理事の大半は、共同・時事の関係者、理事のひとりにセクハラで失脚の共同通信の前社長・石井聰の名前も

■参考記事:新聞協会が発表した「新聞を読む」83%、世論調査を実施したのは時事通信社と親密な中央調査会
■参考記事:消費税軽減税率、新聞への適用是非を問う世論調査の発注先会長は新聞協会重役