
7月の下旬から8月末にかけて、メディア黒書で告知しました「カンパのお願い」で15万円の資金が集まりました。告知した通り、全額を「押し紙」弁護団に寄付しました。本来であれば、カンパをいただいた方々に直接お礼を申し上げるべきところですが、連絡先が不明な方も含まれているので、ネット上でのお礼に代えさせていただきました。改めて感謝の意を表明します。
さて、このところ国民の感情を逆なでするような政治の暴走が続いています。福島原発の汚染水処理の方法を決めるに際して、海を共有している他国の人々の意見を聴取することなく、無謀な海洋投棄を断行したり、身内に殺人に関与した疑いがかかっている政府要人が、なにもなかったかのように堂々と首相の外遊に同行するなど、秩序ある国家とは程遠い状況が当たり前になっています。いくら抗議してもまったく聞く耳を持っていません。
本来、新聞ジャーナリズムは権力の暴走に歯止めをかける役割を担っています。少なくとも、大企業の権益を守るための国策に手を貸してはなりません。ところが新聞は公権力機関の「広報部」に変質して、国策の応援団と化しているのが実態です。中には社会悪や政治腐敗を嘆いている新聞もありますが、残念ながらそれは政治の方向性を変えようという強い自覚に基づいたものではありません。論誘導というものは、実は、多様な主張を巧みに混ぜ合わせることで成立するのです。多少の問題はあるが、基本的に国策は正しいとする世論形成を基本としています。
なぜ、日本の新聞はこんな惨憺たる実態に陥ってしまったのでしょうか?わたしはこの問題を考える時、記者個人の資質や職能を批判する以前に、新聞社経営の中に存在するもっと客観的な原因を探ってきました。結論を先に言えば、それは「押し紙」が生み出す莫大な不正利益を公権力機関が暗黙することを前提とした情交関係です。それにより生じる金額は尋常ではありません。
全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、統一教会の霊感商法による被害額は35年間で1237億円です。これに対して「押し紙」が生む不正金額は、35年に換算すると32兆6200万円に上ります。(詳細は、『新聞と公権力の暗部』)。霊感商法の比ではありません。仮に警察や公正取引委員会などが、「押し紙」問題にメスを入れれば、新聞社は大幅な減収に陥り、経営が破綻する可能性もあります。それを避けるためには新聞社は、公権力の「広報部」として権力構造の中に留まるより選択肢がありません。
その他にも、新聞に対する消費税の優遇措置や再販制度の維持政策、それに教育現場で新聞の使用を推奨する学習指導要領なども、新聞社と公権力の癒着を生む要素になりますが、新聞社の収益という観点から言えば、「押し紙」政策が最も顕著な負の要素と言えるでしょう。
出版社も新聞社と良好な関係を維持するために、「押し紙」問題は取り上げない傾向があります。新聞社と敵対的な関係になれば、新聞の書評欄から締め出される恐れがあるからです。また週刊誌は、新聞記者からスキャンダルのネタを提供してもらえなくなります。ここにも「押し紙」問題の複雑さがあります。
わたしが「押し紙」の取材を始めたのは、1997年です。25年が過ぎて、現在では「押し紙」問題はタブーの領域は脱していますが、解決には至っていません。日本新聞協会は、未だに「押し紙」は存在しないと主張しています。その姿勢にわたしは、複写の汚染水問題で開き直っている政府要人の姿を連想します。
公権力に組み込まれた勢力を攻撃するということは、公権力全体を敵に回すことを意味しますから時間を要します。相手も総がかりで対抗してきます。しかし、この問題を放置する限り、ジャーナリズムは再生しません。
今後は、年末を目途にユーチューブ番組の制作も検討していきます。また、海外のメディアにも働きかけていきます。
今後とも支援をお願いいたします。

映画『[窓]MADO 』が、ロンドン独立映画賞(London Independent Film Award)の最優秀外国映画賞を受賞した。作品は、11月18日から東京渋谷のユーロスペースで2週間に渡って再上映される。
麻王監督は、フェイスブックで、「元々、化学物質過敏症というテーマから、制作開始時点でこの映画はヨーロッパ圏の方にも刺さるんじゃないかと考えていたので、この連絡を頂けて嬉しいです」と、コメントを発表した。
この映画は、デジタル鹿砦社通信でもたびたび取り上げてきた横浜副流煙事件に材を取ったフィクションである。実在する事件と作品との間には、若干の隔たりがあるが、化学物質過敏症をめぐる問題の複雑さをテーマにしているという点では共通している。
事件の発端は、2016年にさかのぼる。横浜市青葉区のマンモス団地で、煙草の副流煙をめぐる隣人トラブルが発生した。
ミュージシャンの藤井将登さんは、同じマンションの上層階に住むA家(夫、妻、娘)の3人から、「あなたの煙草の煙が原因で体調を崩したので禁煙してほしい」と、苦情を言われた。
将登さんは喫煙者だった。1日に2、3本の外国製の煙草を自宅の音楽室で嗜む。しかし、音楽室には防音構造がほどこされ、密封状態になっているので、副流煙が外部へ漏れることはない。
とはいえ、自分に加害者の疑惑がかけられたことに衝撃を受けた。そこで暫くのあいだ禁煙してみた。ところがA家の3人は、なおも同じ苦情を言い続けた。煙草の煙が自宅に入ってくるというのだ。疑いは、煙草を吸わない奥さんと娘さんにも向けられた。将登さんは、A家の苦情にこれ以上は対処しない方針を決めた。副流煙の発生源は自分ではないと確信したからだ。
ところがその後もA家からの苦情は続き、警察まで繰り出す事態となった。2017年になって将登さんは、A家の3人から4518万円の損害賠償を求める裁判を起こされた。裁判が始まると日本禁煙学会の作田学理事長が全面的にA家の支援に乗り出してきた。提訴の根拠になったのも、実は作田医師が交付した「受動喫煙症」の病名を付した診断書だった。
裁判が進むにつれて、恐ろしい事実が浮上してくる。作田医師が作成したA家3人の診断書のうち、娘のものが虚偽診断書であることが分かったのだ。作田医師は、A娘を診察していなかった。診察せずに診断書を交付していたのだ。これは医師法20条違反に該当する。こうした経緯もあり、裁判は将登さんの全面勝訴で終わった。A家の主張は、何ひとつ認められなかったのだ。
麻王監督が映画化したのはこの段階までである。実際、事件を取材してきたわたしも横浜副流煙裁判は、将登さんの勝訴で終わったと思った。拙著『禁煙ファシズム』(鹿砦社)で、わたしが記録したのもこのステージまでだ。
◆横浜副流煙事件のその後
将登さんの勝訴で裁判が終わった後のことを若干補足しておこう。既に述べたように作田医師がA娘に交付した診断書は虚偽診断書だった。そこで将登さんと妻の敦子さんが中心になって、作田医師を地元の神奈川県警青葉警察署に刑事告発した。青葉警察署は事件を捜査して、作田医師を書類送検した。
しかし横浜地検は、作田医師を不起訴とした。これに対して藤井夫妻らは、検察審査会に審査を申し立てた。検察審査会は、「不起訴不当」の議決を下したが、時効の壁に阻まれて作田医師は起訴を免れた。公式には不起訴処分となった。
その後、藤井夫妻はA家の3人と作田医師に対して、根拠に乏しい不当な裁判を提起されたとして約1000万円の損害賠償を求める裁判を起こした。俗に言う反スラップ裁判である。この裁判の本人尋問の中で、作田医師が藤井敦子さんを指して、喫煙者だと事実摘示する場面もあった。この件についは敦子さんが、別の裁判が起こす公算が強くなっている。
◆ラジカルな市民運動
憎悪が憎悪を誘発するこれら一連の事件の背景には、喫煙者の撲滅といういささか過激な旗をかかげた市民運動の存在がある。「悪魔」に等しい喫煙者を探し出して徹底的に糾弾する方針である。その際に司法制度も利用する。
煙草の煙が人体に有害であることは紛れもない事実であるが、1階の密封された空間で吸った2、3本の煙草が、はたして上階の住民の健康を蝕み、その被害が4518万円にも値するかといえば別問題である。科学的な検討が必要だ。この事件を通して科学を軽視したラジカルな市民運動の実態が浮上する。
日本禁煙学会の作田医師は、「喫煙者の撲滅」という政策目的を先行させてしまい、隣人トラブルに油を注いだのである。映画「Mado」は、日常生活の中に潜む恐怖をみごとにあぶりだしている。日本中の団地で起こり得る事件なのである

筆者は、8月10日、読売新聞大阪本社の柴田岳社長宛てに公開質問状を送付した。柴田社長は日経新聞によると、アメリカ総局長、国際部長、東京本社取締役編集局長、常務論説委員長などを務めた辣腕ジャーナリストである。
公開質問状の全文を読者に公開する前に、事件の概要を手短に説明しておこう。
発端は今年の4月20日にさかのぼる。大阪地裁は、読売新聞を被告とする「押し紙」裁判の判決を下した。判決は、原告(元販売店主)の請求を棄却する内容だったが、読売新聞の取引方法の一部が独禁法違反に該当することを認定した。「押し紙」の存在を認めたのである。
このニュースを筆者は、デジタル鹿砦社と筆者の個人サイトで公表した。その際に、判決文もPDFで公開した。ところが6月1日に読売新聞大阪本社の神原康之氏(役員室法務部部長)から、判決文の公開を取り下げるよう求める「申し入れ書」が届いた。それによると判決文の削除を求める理由は、文中に読売社員のプライバシーや社の営業方針などにかかわる箇所が含まれていることに加えて、同社が裁判所に対して判決文の閲覧制限を申し立てているからというものだった。他の裁判資料の一部についても、読売新聞は同じ申し立てを行っていた。
確かに民事訴訟法92条2項は、閲覧制限の申し立てがあった場合は、「その申立てについての裁判が確定するまで、第三者は、秘密記載部分の閲覧等の請求をすることができない」と規定している。
そこで筆者は判決文を一旦削除した上で、裁判所の判決を待った。しかし、裁判所は読売新聞の申し立てを認めた。公開を制限する記述を黒塗りにして提示した。
筆者は、黒塗りになった判決文を公開することを検討した。そこで念のために神原部長に、この点に関する読売新聞の見解を示すように求めたが、明快で具体的な回答がない。「貴殿自身にて、弊社の営業秘密や個人のプライバシーを侵害しないように十分にご留意頂き、ご判断ください」(6月28日付けメール)などと述べている。読売側の真意がよく分からなかった。
そこで筆者は、読売新聞大阪本社の柴田岳社長に公開質問状を送付(EメールによるPDFの送付)したのである。公開質問状の全文は次の通りである。
《公開質問状の全文》
2023年8月10日
公開質問状
大阪府大阪市北区野崎町5-9
読売新聞大阪本社
柴田岳社長
CC: 読売新聞グループ本社広報部
発信者:黒薮哲哉(フリーランス・ジャーナリスト)
電話:048-464-1413
Eメール:xxxmwg240@ybb.ne.jp
貴社が2023年の4月21日、大阪地裁で手続きを行った訴訟記録の閲覧制限申し立て事件についてお尋ねします。
貴社から訴訟記録の閲覧制限の申立を受けた大阪地裁は、同年6月5日付で、当事者以外の者が、判決文を含む28通に及ぶ文書の内、貴社が公開を望まない部分についての閲覧・謄写、正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製を請求することを禁止する決定を言い渡しました。貴社が閲覧制限を求めたのは、貴社の残紙の規模を示す購読者数と仕入れ部数(定数)との誤差がわかる部数や、押し紙行為の実態が判明する取引現場における原告と販売局幹部や担当との生々しいやり取りが記録された箇所がメインです。
そこで、以下の点について質問させていただきます。
1,まず、判決理由中に、「実配数を2倍近く上回る定数」の新聞を貴社が原告対し注文部数として指示した事実が認められています。つまり、原告が経営していたYCでは、搬入される新聞の約50%が残紙であったことを裁判所が認めました。新聞ジャーナリズムの信用にかかわるこのような重大な司法の判断が下されたことに対し、貴社はどのように考えておられるでしょうか。読売新聞社としての見解と、ジャーナリストとしての貴殿個人の見解を回答ください。
2,「押し紙」問題は1980年ごろから、その深刻な実態がクローズアップされてきました。販売店の残紙の性質が「押し紙」なのか、それとも「積み紙」なのかの議論は差し置き、貴社の発行部数の中には、膨大な量の残紙が存在してきたことは紛れもない事実です。貴社が閲覧制限の対象とした判決文にも、2012年4月時点で、定数の内、約半分が購読者のいない残紙であることが記載されています。わたしが、このような押し紙裁判史上画期的な司法判断を示した大阪地裁判決を、判断の資料となった当事者双方の主張書面や書証、引いては公開の法廷における証人尋問調書等を含めて公開することにより、貴社に、どのような不利益が生じるのかを具体的に教えてください。抽象論ではなく、具体的に教えてください。
3,わたしが、大阪地裁の画期的な司法判断を広く社会に報じるにあたり、裁判官の判断の裏付けとなった当事者の主張書面や証拠や判決文全部を読者に示す必要があります。つまりこの問題を報じる側に身を置かれた場合、貴社や貴殿は、黒塗りされた判決文と閲覧謄写が禁止された訴訟記録で、どのようにして読者に対し真実を正確に伝えることが出来るとお考えですか。読売新聞社としての見解と、ジャーナリストとしての貴殿個人の見解を教えてください。
4,判決文を含む訴訟記録に閲覧制限をかけた場合、ジャーナリズムの取材活動や学術研究活動にも重大な支障が生じますが、押し紙裁判資料の公共性・歴史的意義についてどのようにお考えでしょうか。読売新聞社としての見解と、ジャーナリストとしての貴殿個人の見解を教えてください。
5,貴社は今後、「押し紙」裁判の訴訟記録を閲覧制限が認められた箇所を含め、全部公開する意思がおありでしょうか。公開する予定があるとすれば、その時期を教えてください。それとも閲覧制限が認められた箇所は、永久に封印する方針なのでしょうか。
以上の5点をお尋ねします。回答は、2023年8月21日までにお願いします。

神奈川県警青葉警察署は3日、日本禁煙学会の作田学医師を名誉毀損罪で取り調べる方針を固めた。作田医師は、今年2月に横浜地裁で行われた横浜副流煙裁判(反訴)の本人尋問の中で、訴外・酒井久男さんの名誉を著しく毀損する証言をした疑いがもたれている。酒井氏らが作田氏の証言を問題視して、青葉署に相談したのを、承諾したかたちとなった。
発端は2019年7月17日にさかのぼる。この日、酒井さんは、横浜副流煙裁判の被告・藤井将登さんの妻・敦子さんと一緒に作田医師の外来(東京都渋谷区の日本赤十字医療センター)を訪れた。酒井さんは、繊維に対するアレルギーがあった。そこで作田医師の外来を診察することにしたのだ。
作田医師の外来を選んだのは、実質的にアレルギーで苦しんでいたことに加えて、作田医師がどのように患者を診察して、どのような診断を下すのかを直接に知りたいと思ったからだ。酒井氏は、4500万円の高額訴訟で苦しんでいた藤井さん夫妻に寄り添ったサポーターだった。
この裁判は2020年、藤井さん側の勝訴で終わった。その後、藤井さん夫妻は、前訴はスラップ訴訟に該当するとして、元原告と診断書を作成した作田医師を相手に約1000万円の支払を求める損害賠償裁判を起こした。俗にいう反スラップ訴訟である。横浜副流煙事件の「戦後処理」の一端にほかならない。
今年の2月に行われたこの裁判の本人尋問の場で作田医師は、数年前の酒井氏の行動を激しく批判した。酒井氏の逆鱗に触れたのは、酒井氏を指して、「うさんくさい患者さんでした」と証言したことである。また、酒井氏が診察室を出た後、会計を通らずに病院を後にしたと証言していた。つまり無銭診察を摘示したのである。しかし、領収書があるので、作田医師の証言は事実ではない。
酒井氏は作田医師に内容証明を送付して真意を問うたが回答はなかった。そこで地元の青葉警察署に相談したのである。

株式会社金曜日の植村隆社長が鹿砦社の『人権と利権』に「差別本」のレッテルを張った事件からひと月が過ぎた。7月の初旬、両者は決別した。事件は早くも忘却の途に就いている。重大な言論抑圧事件が曖昧になり始めている。
事件の背景に、市民運動に依存した『週刊金曜日』の体質がある。ジャーナリズムの視点から市民運動の在り方を客観的に検証する姿勢の欠落がある。
この点について自論を展開する前に事件を概略しておこう。
◆Colaboの仁藤氏らによるSNS攻撃
Colaboは、仁藤夢乃氏が代表を務める市民運動体である。「中高生世代の10代女性を支える活動」を展開してきた。日本最大の歓楽街・東京の歌舞伎町などで、売春などに走る少女を保護・啓蒙する活動を続けてきた。そのための公的資金の援助も受けていた。
事件の発端は、鹿砦社が『人権と利権』の書籍広告を『週刊金曜日』に掲載したことである。この中にColaboの不正経理疑惑に関する記述も含まれていた。
これに反発した仁藤氏らが、SNSなどで、『人権と利権』の書籍広告を掲載した『週刊金曜日』を激しく非難した。仁藤氏も、『週刊金曜日』を指して「最悪」と投稿したという。
こうした動きに動揺した『週刊金曜日』の植村社長は、文聖姫編集長と共に仁藤氏のもとを訪れ、『人権と利権』の広告掲載を掲載した事に対して謝罪したあげく、『週刊金曜日』誌上で謝罪告知を行った。植村社長らは、『人権と利権』の編著者である森奈津子氏と鹿砦社に対する聞き取り調査は行っていない。『人権と利権』を一方的に差別本と決めつけ、その旨を公表したのである。
さらに植村社長が鹿砦社を訪れ、今後は鹿砦社の広告を『週刊金曜日』に掲載しない旨を申し入れた。
事件を総括すると、植村社長がSNSの激しい攻撃に屈して、鹿砦社との決別を宣言したということになる。反戦映画を上映する映画館に対して、右翼が街宣車などで妨害し、それに屈して映画館が上映を中止するのと同じ構図が、「ネット民」と『週刊金曜日』の間で起きたのだ。ある意味ではSNSの社会病理が露呈したのである。
わたしは、自著『新聞と公権力の暗部』(鹿砦社)の書籍広告が問題となった『人権と利権』の書籍広告と同じ枠に掲載されていたこともあって、植村社長に質問状を送った。そして植村社長からの回答を待って、「週刊金曜日による『差別本』認定事件、謝罪告知の背景にツイッターの社会病理」と題する記事を、みずからのウェブサイトに掲載した。
この記事は、フェイスブックの「FB『週刊金曜日』読者会」にも投稿したが、公表の承認を得ることはできなった。(その後、8月2日に承認された)
◆公的資金の検証は納税者に許される当然の権利
さて、この事件を通じてわたしは、市民運動とジャーナリズムのあり方を再考した。市民運動を無条件に「正義」と決めつけていいのかという問題である。やはりちゃんと取材して、市民運動のやり方に問題があれば、それを指摘すべきだというのが、わたしの考えだ。
鹿砦社が『人権と利権』の企画を通じてColaboを検証対象にした背景には、この市民運動体が東京都から多額の公金を得ていた事情がある。しかも、その公金に対する住民監査請求が通った。最終的に東京都は、不正経理は無かったと結論づけたが、都の発表が真実とは限らない。住民の視点から公的資金の使途を再点検するのは納税者に許される当然の権利である。
ところが植村社長は、当事者を取材せずに、一方的に謝罪告知を行ったのである。市民運動体=正義という偏見と、『週刊金曜日』が多くの市民運動体に支えられている事情が背景にあるようだ。
◆過去のしばき隊の問題でもトラブル
実は、今回の事件と類似した出来事が過去にも起きている。これについて植村社長は、鹿砦社の松岡社長に送付した書面の中で次のように述べている。
2016年8月19日号の弊誌でも、今回と似たようなトラブルがありました。同号はSEALDs の解散特集でした。代表の奥田愛基さんと映画監督の原一男さんとの対談がメインで、表紙は両氏が並んでいる写真でした。その裏表紙には『ヘイトと暴力の連鎖 反原連─SEALDs─しばき隊─カウンター』と題する貴社の書籍の広告が掲載されていました。
「SEALDs を特集しておいて、SEALDs を叩く本の広告を載せている」などと、弊社は様々な批判を受けました。北村肇前社長時代のトラブルですが、その記憶は、弊誌の読者に強く残っており、私が社長になった後も、「鹿砦社の広告を出すべきではない」という批判の手紙などが私の手元や編集部に送られてくることもありました。
『週刊金曜日』に、鹿砦社の『ヘイトと暴力の連鎖 反原連─SEALDs─しばき隊─カウンター』の書籍広告を掲載した際に、同社に市民運動の関係者から批判が殺到し、それが今回の植村社長の方針にも影響しているというのだ。ただし、北村前社長は植村社長と異なり、外圧には屈しなかったが。
◆市民運動に対するタブー
『週刊金曜日』が創刊されたのは1993年だった。本多勝一氏らが中心になり、最初は日刊紙を創刊する方向で可能性を探っていたのだが、その壁は高く、前段として週刊誌を立ち上げたのである。当時は、広告に頼らないタブーなきメディアを目指す方針を打ち出していた。実際、既存のメディアが取り上げない事件を扱うようになった。ジャーナリズムとして一定の役割を果たすようになっていたのである。
記事の内容について抗議があった場合、反論を掲載する方針もあったように記憶している。「FB『週刊金曜日』読者会」が、わたしの投稿を受け付けなかったことからも明白なように、現在は、反論権の尊重という考えも捨てたようだ。
しかし、市民運動はそれほど崇高なものなのだろうか。もちろん模範となる市民運動が存在することも紛れない事実である。だが、問題を孕んでいる運動体があることも否定できない。たとえばしばき隊である。
周知のようにこの市民運動体は、2014年12月に大阪市の北新地で暴力事件を起こした。ニセ左翼という評価もある。被害者の大学院生は、鼻骨を砕かれるなど瀕死の重傷を負った。事件現場の酒場にいたリーダー格の女は、自分は暴行には加わっていないと逃げとおしたが、大阪高裁の判決で次のような事実認定を受けた。
被控訴人(リーダー格の女)は、Mが本件店舗に到着した際、最初にその胸倉を掴み、AとMが本件店舗の外に出た後、聞こえてきた物音から喧嘩になっている可能性を認識しながら、飲酒を続け、本件店舗に戻ってきたMがAからの暴行を受けて相当程度負傷していることを確認した後、「殺されるなら入ったらいいんちゃう。」と述べただけで、警察への通報や医者への連絡等をしないまま、最後は負傷しているMを放置して立ち去ったことが認められる。
被控訴人(リーダー格の女)は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。
ところが『週刊金曜日』はこの事件をタブー視していて、事件の概要すらも報じていない。同誌の支援者にしばき隊の関係者が多いこともその原因かも知れない。
この事件を扱った『ヘイトと暴力の連鎖 反原連─SEALDs─しばき隊─カウンター』の書籍広告を『週刊金曜日』に掲載したところ、抗議が殺到したことは、先に植村社長の書面を引用して説明した通りである。
しばき隊の他にも、過激な市民運動は存在する。たとえば「喫煙撲滅運動」を推進している人々である。彼らは喫煙者に対して憎悪に近い感情を持っていて、自宅で窓を閉めて煙草を吸った住民に対して、4500万円の損害賠償を求める裁判を支援した。支援の具体的な方法として、たとえば市民運動のリーダーである医師が裁判の原告のために偽診断書を作成した。この診断書交付は、「裁判の中で医師法20条違反の認定を受けている。この事件については、拙著『禁煙ファシズム』に詳しい。
電磁波問題に取り組んでいる市民運動体の中にも、首をかしげたくなる運動体がある。たとえばAという団体は、体の不調の原因を全て電磁波のせいにする。本当の「電磁波過敏症」と精神疾患の区別もしない。誰でも自分たちの運動に巻き込んで、会員を増やして、会費(機関紙代)収入を増やす意図があるからだ。科学的根拠に基づいた情報発信とは無縁と言っても過言ではない。情報の信憑性という点でも鵜呑みにするのは危険なのだ。
わたしが観察する範囲では、有益な市民運動体がある反面、反社会的な性質をした市民運動体もかなり多い。となれば市民運動も当然ジャーナリズムの監視対象にしなければならない。
『週刊金曜日』は、創刊の原点に立ち返って、あらゆるものに対するタブーを排除すべきではないか。

ビジネスや事業が生み出した不正金額を比較すると、たとえば次のようになる。
・ビッグモーター:4995万円(読売新聞、おそらく累積)
・統一教会:年間で約35億円(霊感商法対策弁護士連絡会)
・新聞社が販売店に強制するノルマ部数(「押し紙」):年間で932億円(黒薮の
試算、詳細は『新聞と公権力の暗部』)
本来であれば公権力機関は、優先的に新聞社による「押し紙」にメスを入れる必要があるが、半世紀以上も放置している。黙認だ。その見返りに新聞・テレビが「政府広報」として世論誘導の役割を果たしている。両者の間に暗黙の了解がある。その結果、知らないうちに多くの人が洗脳される恐ろしい実態が起きている。
新聞研究者の故新井直之氏、いわく。
「新聞社や放送局の性格を見て行くためには、ある事実をどのように報道しているか、を見るとともに、どのようなニュースについて伝えていないか、を見ることが重要になってくる。ジャーナリズムを批評するときに欠くことができない視点は、『どのような記事を載せているか』ではなく、『どのような記事を載せていないか』なのである」

ウエブサイトから「押し紙」に関する記事や写真を、何者かが勝手に削除する事件が相次いでいる。誰がどのような方法で、ネット上から「押し紙」についての情報を排除しているのかは不明だが、メディア黒書でも「押し紙」関連の記事閲覧ができなくなる事態が先月発生した。
「押し紙」問題は、この4月に大阪地裁が読売新聞の独禁法違反を一部認定するなど、解決の光が見えてきたが、その一方で何者かが激しく抵抗している。しかも、ターゲットになっているのは、メディア黒書だけではない。あらゆる「押し紙」情報を排除して、新聞社の「押し紙」政策がなかったことにする動きが加速している。
◆◆
Nさんは、今年4月にアメブロに、「押し紙」に関する記事を掲載した。ある宗教団体の機関紙の残紙を、販売会社が「押し紙」と一緒に廃棄している事実を写真を添えて紹介していた。掲載時には、わたしに対しても記事掲載の通知があった。次のURLである。
https://ameblo.jp/ubqubq/entry-12236916238.html
ところがこの記事が何者かによって削除されたとNさんから連絡があった。実際、上のURLにアクセスしても記事は表示されない。
記事が掲載された当初から、わたしは事件に関心があったので、Nさんに色々と問い合わせた。その時のショートメールが残っている。次のようなやり取りである。
黒薮:捨てている店の店名は分かるでしょうか? 面白い話です。
N: ●●新聞販売株式会社 ●●支店(●●市●●区●●町)
N:(写真は)私がとりまっした。中から出てきて怒鳴られましたので違法駐車の証拠を撮影しているといいました。●●●●さんの顔が写っています。
Nさんによると、この記事の他にも削除された「押し紙」関連の記事が何本かあるという。記事を削除した手口について確証的な事は言えないが、ブログを運営している会社が外圧を受けて言論妨害に加担したか、サイバー攻撃の可能性が高い。
メディアに対する外圧は、このところ激しくなっており、先日は、『週刊金曜日』がColaboの仁藤夢乃代表から抗議を受け、『人権と利権』(鹿砦社)に「差別本」のレッテルを貼る事件も起きている。
言論表現の自由は危機的な状況に陥っている。御用メディアが他のジャーナリズムのメディアを弾圧する現象も当たり前になっている。

平素はメディア黒書をご支援いただき厚く御礼申し上げます。
このたび2023年7月25日から8月24日の期間で、カンパをお願いする運びとなりました。集まったカンパは全額を「押し紙」弁護団に寄付します。これは長い歳月に渡って「押し紙」問題を解決するために尽力されてきた弁護団に対するわたしからの敬意の表明にほかなりません。ご協力をお願いいたします。
ジャーナリストが特定の団体に資金寄付をすることの是非は考察に値するかと思いますが、わたしは25年に渡って「押し紙」問題を取材しており、この問題についての見解はすでに固めており、カンパ提供が今度のスタンスを変えることは想定できません。「押し紙」は、早急に解決しなければならない重大問題ですが、新聞社と癒着した公権力機関はほとんど動きません。その「恩恵」により、新聞ジャーナリズムそのものが機能不全に陥っています。こうした状況下で「押し紙」弁護団と非新聞社系のジャーナリズムが問題解決の鍵を握っていると言っても過言ではありません。
「押し紙」問題はいま重要な局面を迎えています。今年4月に読売新聞社を被告とする「押し紙」裁判で、大阪地裁は原告の元店主に対する損害賠償こそ認めませんでしたが、同社による商取引の一部を独禁法違反と認定する判決を下しました。莫大な部数が残紙となっている事実も認定されました。ABC部数の中にかなり大量の残紙が含まれていることが判明したのです。
これは長い「押し紙」裁判の歴史の中で画期的な出来事といえるでしょう。大きな前進です。今後の展開によっては、販売店を救済するための裁判判例が誕生する可能性があります。光が見え始めています。
改めて言うまでもなく裁判を戦うためには資金が必要です。しかし、「押し紙」裁判の原告のほとんどは「押し紙」で生じた負債を抱えており、裁判を提起するにしても、最低限の手付金しか徴収できない状態です。その手付金も、交通費や調査費で消えてしまいます。その結果、弁護団に金銭的な自己負担が発生します。かと言って、この根深い社会問題を人間として放置するわけにはいきません。
ビジネスとして弁護活動を展開している弁護士は後を絶ちません。その中には人権派の旗を掲げた人もいます。こうした人達は金銭のためであれば、「白」を「黒」と主張して憚りません。販売店主とその家族の人生を無茶苦茶にしても、何の痛痒も感じていません。弁護活動によって人権を守るという感覚など、実はさらさらないように見うけられます。
こんな時代に思想的にも、実質的にも人権を最優先した活動を展開している「押し紙」弁護団をカンパというかたちで支援しても、ジャーナリズムのルール違反には当たらないとわたしは確信しています。
■カンパの振り込み先
【「ゆうちょ銀行」から「ゆうちょ銀行」へ振り込む場合】
記号:10040
番号:09829551
名義:黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
【都市銀行から「ゆうちょ銀行」へ振り込む場合】
支店名:008
口座:普通口座
口座番号:0982955
名義:黒薮哲哉
※5000円以上のカンパをいただいた方には、次の書籍を差し上げますので、希望する本のタイトルを指定した上で、氏名・住所等をお知らせください。ただし、在庫に限りがありますので、ご希望に添えない場合はご承知ください。
■『禁煙ファシズム』(鹿砦社)在庫9冊
■『名医の追放』(緑風出版)在庫30冊
■『あぶない!あなたのそばの携帯基地局』16冊
【連絡先】
黒薮哲哉
xxmwg240@ybb.ne.jp
048-464-1413
2023年07月21日 (金曜日)

電磁波の被害を受けている人々などが中心になって組織した基地局問題実行委員会は、8月24日、衆議院第二議員会館で携帯電話基地局の安全性に警鐘を鳴らす集会を開く。タイトルは、「4G・5G携帯電話基地局は安全か」。スケジュールの詳細は次の通りである。
日時:8月24日(木) 13時15分~16:30分
場所:第2衆議院会館地下一階第2会議室
参加費:無料
電磁波問題の専門家・大久保貞利氏らが講演を行うほか、基地局問題をかかえた地域からの報告も行われる。また、午後15時からは、総務省、厚生労働省、それに環境省と対談形式の交渉を行う。
詳細は次の通りである。
基地局設置に伴う被害は、急速に広がっている。基地局からの電磁波が原因で、住居の移転をよぎなくされた例が相次いでいる。しばらく自宅を留守にして帰宅すると、自宅の集合住宅の上に基地局が立っていた例もある。
しかし、被害者の相談窓口はなく、省庁や自治体に苦情を申し立てても、「総務省の電波防護指針を遵守しているので問題ない」と切り捨てられてしまう。法律による厳しい規制が求められている。
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本稿は、株式会社・週刊金曜日が同社発行の『週刊金曜日』(6月16日号)に『人権と利権』の書籍広告を掲載した後、Colaboの仁藤夢乃代表から抗議を受け、同書を「差別本」と判断した後、謝罪告知を行った事件についてのわたしの評論である。
既報したように謝罪告知は、『週刊金曜日』の6月30日号に掲載された。掲載に先立ち週刊金曜日は、『人権と利権』の編著者である森奈津子氏と版元の鹿砦社から事情を聴取するプロセスを踏まずに一方的に謝罪告知を行った。
仮に週刊金曜日が『人権と利権』が同社の広告掲載基準に適合しないと判断して、広告出稿の段階で掲載を断ったのであれば何の問題もない。一旦、掲載した広告について、それが「差別本」であるとあえて公言して、仁藤氏とLGBT関係者に謝罪した点が問題なのだ。
当然、それにより鹿砦社と森氏の社会的評価は著しく低下した。『人権と利権』と同じ広告枠に掲載されていた『紙の爆弾』、『季節』、それにわたしの新刊『新聞と公権力の暗部』の評価も失墜した。版元が同じであるからだ。
週刊金曜日は、なぜ一方的に仁藤氏の抗議を受け入れたのだろうか。この点について、同社の植村隆社長は、わたしの質問に対する回答の中で、「コラボの仁藤代表はネット上などで誹謗中傷や攻撃を受けています。そうした中で、以下のようなこと(黒薮注:仁藤氏に対する名誉毀損的な記述やイラスト、写真等)は、仁藤さんの人権を侵害するおそれがあると考えました」と述べている。
さらに7月7日付けの『週刊金曜日』に掲載された植村社長の「鹿砦社広告で『おわび』Colabo攻撃を許さない」と題するコラムでも、『人権と利権』の広告を掲載したり、その他のことが原因で、週刊金曜日がツイッター上で批判対象になったと説明している。次の記述である。
「今は極右の雑誌なのか?」「終わっとるな」「いい加減に鹿砦社の広告を載せるのを止めた方がいいか。言論の自由とヘイトの自由は別でしょう」・・・。胸が痛くなった。仁藤代表が本誌を「最悪」と投稿していたことも後で知った。
ここに掲載されたのはほんの一部のツィートで、週刊金曜日を中傷する膨大な数のツイートが発信された。
つまり謝罪告知に至る前段に週刊金曜日は、「ネット民」からスクラムになった攻撃を受けたのだ。右翼が反戦映画を上映している映画館に圧力をかけて、上映中止に追い込むのと同じ類型の言論弾圧が行われたのだ。その結果、植村社長が屈した可能性が高い。
実際、植村社長と文聖姫編集長が仁藤氏を訪問して、「白旗」を上げた後、満面の笑みを浮かべた3人の写真がツイッターに登場した。さらに仁藤氏が、次のようなツィートをリツイートした。
週刊金曜日を定期購読再開しよ、、(下写真参照)
ツイッターを行使した週刊金曜日に対する攻撃に手を焼いて、植村社長と文編集長は、鹿砦社と森氏から事情聴取することなく、一方的に謝罪告知を掲載したというのが事件の経緯である。問題の本質はこの点にある。その他のことは枝葉末節の域をでない。
◆ツイッターの圧力に屈して鹿砦社を排除
SNSの「炎上現象」は、今や日常茶飯になっている。「ネットうよ」と呼ばれる人々がその代表格で、大半は匿名で、裏付けが不十分な情報を感情にまかせて吐き散らす。酒場で罵り合いをしているレベルの言論空間である。
「ネットうよ」以外にも、民族差別に対するカウンター運動を展開している人々や、喫煙撲滅を目指している「禁煙ファシズム」界隈の人々、さらにはLGBT関連の市民運動を展開している人々の中にも、ツイッター中毒になっている人もいる。
鹿砦社も、ツイッターによる攻撃を受けてきた。わたしもツィッター上で、「レイシスト(差別者)」のリストに登録されたことがある。大阪市の北新地で左派を自認したグループが大学院生に瀕死の重傷を負わせたリンチした事件を取材したのが原因のようだ。
週刊金曜日も執拗なツイッターによる攻撃を受けたことが、今回の謝罪告知をめぐる事件を通じて判明した。そしてその対応策として、植村社長は、一方的に謝罪告知を行ったのである。しかも、その中で『人権と利権』に対して、堂々と「差別本」のレッテルを張ったのだ。それを正当化するために、植村社長はさまざまな理由を持ち出してきた。
以下、植村社長が、人権を侵害している箇所として指摘した部分について、わたしの見解を示しておこう。
◆表紙デザインは「女性に対する暴力を想起させる」だろうか?
色文字の箇所は、植村社長の筆による記述である。わたしからの質問に対する回答である。
●「表紙のデザイン」。コラボのバスの写真と、それが傷つけられているように見える表紙。実際にコラボのバスが傷つけられた事件が起きており、それを想起させます。同書の中で、編者の森奈津子さんと対談して富士見市議の加賀ななえさんは、「女性に対する暴力を想起させる表紙はあってはならず、気づかずにいた事は私の過ちです」とツイートで発信しています。『週刊金曜日』も同じように考えています。
植村社長は、『人権と利権』の表紙について、「コラボのバスの写真と、それが傷つけられているように見える表紙」と指摘しているが、それは単に自分自身が受けた印象に過ぎない。普遍的な感覚ではない。
わたしは最初、表紙のイラストが何を意味しているのかまったく分からなかった。背景色の赤とバスの赤が重複していて、明確にバスの輪郭を認識することができなかった。バスが描かれていることを指摘された後は、豪雨の中をバスが迷走しているイラストだと思った。白く太い線は、バケツの水を散らしたような雨だと直感した。
それをナイフとする解釈があることを知った後も、特にそれが悪意
を持った表現だとは思わなかった。と、いうのも実際にナイフでColaboのバスを傷付ける事件が起きた経緯があるからだ。この事件を象徴するデザインを表紙に採用しても、それが暴力を助長することにはならない。無論、イラストレーターにもそんな意図はないだろう。これはジャーナリズムの正当な表現である。
●グラビアの1ページ目で、仁藤さんを盗撮しています。これは肖像権の侵害ではないでしょうか。
ジャーナリズムの現場で写真撮影する際に、相手の許可を得てからシャッターを押す取り決めは原則として誤っている。取材対象者の承諾を得てから写真を撮っていたのでは、出版企画そのものが成り立たない。カメラマンは肖像権よりも公益性を優先して、仁藤氏の活動を撮影したと考えるのが自然だ。
それに掲載された仁藤氏の写真は、醜態を公衆の前にさらしたものではない。すでにツイッターなどで十分に認知されている顔を、カメラマンが現場で撮影したものに過ぎない。この程度のことで肖像権を理由に取材を制限していたのでは報道は成立しない。「肖像権の侵害」というのは悪質な言いがかりである。下品な盗撮やのぞきとは性質が異なる。
『人権と利権』が扱うテーマのひとつは、公金の在り方だ。住民監査請求が通ったわけだから、住民の視点かColaboの経理を再点検するのは当然の権利である。東京都は最終にColaloに不正経理はなかったと結論づけたが、「役所」の結論が真実とは限らないからだ。
また、住民監査請求を行った男性がスラップめいた訴訟を起こされる事態も発生したわけだから、Colaboの体質を検証してみることは、重要だ。ジャーナリズムが公金の在り方を検証するのは当たり前だ。
●グラビアの2ページ目で、「なぜコラボはピンクのバスにこだわるのか。仁藤氏にとって、新宿の繁華街で性搾取される女の子の救済はあくまで手段、方便であり、それよりむしろ彼女が大好きな『ピンク色のバスカフェ』を維持することを優先しているのではないか」と書いています。彼女に取材もせず、彼女のやっていることを証拠もなしに、「手段」「方便」と一方的に言うのは、仁藤さんの人格を傷つけることにはなりませんか。
この記述だけを切り離して読むと、仁藤氏に対する人格攻撃のように受け止める人もいるかも知れない。しかし、この前段にある記述を読めば、植村社長の懸念は単なる執筆者の私見に過ぎないことが分かる。前段は次のように述べている。
月に2~3回しか出勤しないバスを東京都のはずれにある町田(駐車場がある場所は川崎市麻生区の最北端)で飼い殺しにしているのは維持費の無駄だ。Colabo支持者からも「応援していますけど、バスに拘るのはやめれば?」との声が寄せられていたほどだ。
具体的な事実の記述を受けて、執筆者が私見を述べたに過ぎない。
●グラビアの3ページ目で、「コラボの事務所は歌舞伎町2丁目のHビルにある・・・・ピンクばかりではったりをきかせる張子の虎、イメージ戦略の生臭が浮上する」と書いています。これも憎悪を駆り立てるような記述ではないでしょうか。
この記述についても前段から切り離して、特定の表現を批判している。全体を読めば違和感はない。
Colaboは同ビル3階に入居してはいるものの、ビルの案内表示表札は更新されておらず、郵便受けも無記名のままだった。バスカフェの派手な印象とは打って変わって、本拠地である事務所は、できるだけ目立たないようにしたいという意図がはっきりと掴める。
Colaboの事務所のある3階へ行ってみた。エレベータが開くとドアだけがピンク色。支援対象の10代女子が気軽に訪れやすいようにとの配慮なのか?ピンクばかりではったりをきかせる張子の虎、イメージ戦略の生臭さが浮上する。
この程度の表現を問題視するのであれば、現場で事実を記録するルポルタージュは成立しない。とりわけ『人権と利権』は、告発色の強い本であるから、表現に多少の感情が闖入するのは許容範囲だ。
◆住民運動と市民運動は異質
今回の週刊金曜日による謝罪告知をめぐる事件の背景には、ネット社会の病理がある。植村社長と文編集長は、週刊金曜日に対する仁藤氏らの圧力に屈して、鹿砦社に配慮することなく、謝罪告知に及んだのである。元々、差別問題についての両者の考えが類似していることも、この方針に影響しているのではないか。Colaboの側にしてみれば、週刊金曜日に裏切られたという感情があったのかも知れない。
わたしは10年程前に、ある著名な弁護士からこんな問いかけをされたことがある。
「黒薮さん、市民運動と住民運動の違いが分かりますか?」
わたしは「分からない」と答えた。生涯を通じて水俣病に取り組んできたこの弁護士は、市民運動を推進している組織の中には、無責任が団体も多く、しばしばトラブルを起こすと話していた。これに対して住民運動は地域に根を張ったまじめな人々の集まりである。もちろん両者には重複する領域もあるが、根本的な方向性の違いという点では正確な分類である。
以来、わたしは市民運動からは距離を置き、冷静に言動を観察してきた。そのうち市民運動には利権が絡んでいる場合が多々あることに気づいた。
たとえば、ヘイトスピーチ解消法やLGBT理解増進法の裏面である。元々、人間の内面を法律で規制すること自体が無理であるにもかかわらず、「差別者」の発掘が法曹市場の開拓に繋がるとすれば、弁護士は負の側面には配慮しない。市民運動の派手なパフォーマンスに便乗して、一緒に暴走してしまう。LGBTにしても白黒で割り切れるような単純な問題ではない。
こんな時代、『人権と利権』は議論のための視点を提供してくれる。謝罪告知はタブーなきメディアの重大な汚点にほかならない。週刊金曜日は方針を誤った。

2023年度5月のABC部数が明らかになった。それによると前年同月比で、朝日は約52万部の部数減、読売は約42万部の部数減となった。
日刊紙全体で見ると、全国で約170万部の部数減となった。これは1年間で東京新聞社が4・5社消えたに等しい。中央紙のABC部数は次の通りである。
朝日新聞:3,714,963(―520,546)
毎日新聞:1,773,038(―137,154)
読売新聞:6,379,837(―422,071)
日経新聞:1,565,940(―163,566)
産経新聞: 960,572(―51,099)
ちなみにABC部数には「押し紙」が含まれているので、新聞の実配部数は、ABC部数よりもはるかに少ない。新聞社が販売店に搬入する新聞の約50%が「押し紙」になっていた例も、これまでの「押し紙」裁判の中で判明している。
このところ新聞社経営は急激に悪化している。たとえば『新聞情報』(6月21日)は、中日新聞社の第109期決算の衝撃的な結果を報じている。それによるとウェブ閲覧数が大幅に増えたものの、全体の営業利益は46・5%減となった。
読売新聞は、グループ全体としては2年連続で増収増益となったが、新聞の販売収入と広告収入は減収になった。(『新聞情報』6月14日)
中日新聞の例も読売新聞の例も、「紙」媒体の凋落現象を象徴している。

社団法人Colabo代表・仁藤夢乃氏が『週刊金曜日』に接触して、同誌が掲載した『人権と利権』の書籍広告に対してクレームを付け、株式会社・週刊金曜日が謝罪告知を行った事件の続報❸である。(連載❶と❷については、本記事の冒頭左に表示されているカテゴリー分類「Colabo問題」からアクセスできる。
手短に経緯を説明しよう。週刊金曜日が同誌(6月16日号)に、『人権と利権』の広告を掲載したところ、Colaboの仁藤氏ら抗議があった。それを受けて、週刊金曜日の植村社長と文聖姫編集長が仁藤氏を訪問して謝罪した。さらに同誌の30日号に、「おわび」の告知を行った。『人権と利権』が差別本に該当する判断に基づいた措置である。
ちなみに、告知に先立って週刊金曜日は、鹿砦社からも編著者の森奈津子氏からも事情を聴取していない。仁藤氏も、鹿砦社に対して抗議していない。いわば右翼が映画館に圧力をかけて、映画館が反戦映画の上映を中止するのと類似した現象が起きたのである。
この事態を受けて、わたしは仁藤氏と植村社長の質問状を送付した。本稿では、その回答を紹介する。次回の連載❹でわたしの見解を述べる。本稿では、わたしの私見は控える。
◆植村社長に対する質問状と回答
はじめまして。貴社にお尋ねしたいことがあり、連絡させていただきました。わたしはフリーランス記者の黒薮哲哉という者です。週刊金曜日が掲載し、仁藤夢乃さんが不服を申し立てられた『人権と利権』と同じスペースの広告で紹介された『新聞と公権力の暗部』の著者です。週刊金曜日が『人権と利権』を差別本だと判断し、それを謝罪という形で公にした影響で、「押し紙」問題を扱ったわたしの本の信憑性が低下するのではないかと危惧する声が寄せられました。そこで念のために教えていただきたいのですが、貴社は『人権と利権』のどの箇所に問題があると判断されたのでしょうか。具体的に教えてください。今週中にご回答いただければ幸いです。(下記のメールまでお願いします。xxmwg240@ybb.ne.jp)
植村社長からは、回答の期限通り7月7日に回答があった。回答の部分を引用しておこう。
(1)ちょうど、本日発売の『週刊金曜日』の私のコラムに、鹿砦社の本『人権と利権』のことを書きました。その中で、私どもがこの本が弊社の広告掲載規定に触れていると判断したことも書いています。問い合わせの答えにもなると思いますので、PDFで添付します。
(2)私どもは、『人権と利権』の本の広告を不手際で、掲載したことを読者に謝罪しているだけで、鹿砦社の広告の他の本について何らの言及もしておりません。
(3)本日7月7日午後、西宮の鹿砦社を訪問し、「謝罪広告」の件などで、松岡利康社長と面談しました。その席で、どこが「人権を侵害するおそれがある」と考えたのかを、説明しました。
ここではコラボ問題のみ同書の表紙やグラビア(口絵)について、説明したいと思います。コラボの仁藤代表はネット上などで誹謗中傷や攻撃を受けています。そうした中で、以下のようなことは、仁藤さんの人権を侵害するおそれがあると考えました。
●「表紙のデザイン」。コラボのバスの写真と、それが傷つけられているように見える表紙。実際にコラボのバスが傷つけられた事件が起きており、それを想起させます。同書の中で、編者の森奈津子さんと対談して富士見市議の加賀ななえさんは、「女性に対する暴力を想起させる表紙はあってはならず、気づかずにいた事は私の過ちです」とツイートで発信しています。『週刊金曜日』も同じような考えています。
●グラビアの1ページ目で、仁藤さんを盗撮しています。これは肖像権の侵害ではないでしょうか。
●グラビアの2ページ目で、「なぜコラボはピンクのバスにこだわるのか。仁藤氏にとって、新宿の繁華街で性搾取される女の子の救済はあくまで手段、方便であり、それよりむしろ彼女が大好きな『ピンク色のバスカフェ』を維持することを優先しているのではないか」と書いています。彼女に取材もせず、彼女のやっていることを証拠もなしに、「手段」「方便」と一方的に言うのは、仁藤さんの人格を傷つけることにはなりませんか。
●グラビアの3ページ目で、「コラボの事務所は歌舞伎町2丁目のHビルにある・・・・ピンクばかりではったりをきかせる張子の虎、イメージ戦略の生臭が浮上する」と書いています。これも憎悪を駆り立てるような記述ではないでしょうか。
以上のようなことを松岡社長にお伝えました。
逆に、私の方から黒藪さんにおうかがいしたいのですが、上記のような書き方について、どう思われますか。ブログで書かれたように、「特別に大きな問題になるような個所はない」とお考えでしょうか。
(4)本日、鹿砦社の事務所で、黒藪さんの著書『新聞と公権力の暗部』を買いました。鹿砦社の広告で知り、読みたいと思っていたのです。力作ですね。さっそく読ませていただきます。
以上、どうぞよろしくお願いします。
◆仁藤氏宛ての質問状
仁藤氏からは、期限通りに回答はなかった。質問状を再送(メール)したが、やはり回答は得られなかった。そこで3度目の催促を行った。次に引用するのは、3度目のメールである。ただし、3度目の質問状では、新たに2項目の質問を追加した。青文字の部分である。回答の期限は厳密に言えば、12日のお昼なので、それまでに回答があれば、本日中に掲載する。
はじめまして。貴殿にお尋ねしたいことがあり、連絡させていただきました。わたしはフリーランス記者の黒薮哲哉という者です。週刊金曜日が掲載し、貴殿が不服を申し立てられた『人権と利権』と同じスペースの広告で紹介された『新聞と公権力の暗部』の著者です。週刊金曜日が『人権と利権』を差別本だと判断し、それを謝罪という形で公にした影響で、「押し紙」問題を扱ったわたしの本の信憑性が低下するのではないかと危惧する声が寄せられました。そこで念のために教えていただきたいのですが、貴殿は『人権と利権』のどの箇所に問題があると判断されたのでしょうか。具体的に教えてください。また、なぜ最初に鹿砦社に抗議されなかったのでしょうか。今週中にご回答いただければ幸いです。(下記のメールまでお願いします。xxmwg240@ybb.ne.jp)
・貴殿が鹿砦社と森奈津子氏に対して抗議されたなかった理由はなんでしょうか?
・東京都へ提出されました会計に関する書面を、わたしかわたしの共同取材者が東京都に対して情報公開請求を実施することに疑義はあるでしょうか。ある場合は、至急にその理由をお知らせください。



