2015年09月25日 (金曜日)

【サマリー】小渕優子前経済産業大臣の政治資金を巡る事件で、検察審査会は「不起訴相当」を議決した。これにより小渕氏は、法廷に立つことなく潔白の身となった。

今回、この決定を下した検察審査会制度とは、どのような制度なのか。結論を先に言えば、それは政治家の権力抗争の「道具」となっている。過去には、小沢一郎氏や鳩山由紀夫氏らが、検察審査会で裁かれたり、逆に救済されたりしている。

まやかしの検察審査会制度とは何かを概要する。

9月19日のANNニュースが伝えた。

 小渕優子前経済産業大臣の政治資金を巡る事件で、嫌疑不十分で不起訴処分となった小渕氏について、検察審査会は「不起訴は相当である」と議決しました。

 小渕氏の関連政治団体の収支報告書を巡っては、支援者向けの観劇会の収支を操作するなど嘘の記載をしたとして、元秘書の折田謙一郎被告(67)ら2人が東京地検特捜部に在宅起訴され、裁判が行われています。

 一方、小渕氏本人について、特捜部は「刑事責任を問える証拠はない」として嫌疑不十分で不起訴処分としたため、群馬県の市民団体が6月、「不起訴は不当だ」として検察審査会に審査を申し立てていました。

 東京第6検察審査会は、17日付で「不起訴処分を覆すに足りる理由がない」として不起訴は相当であると議決しました。再び審査を求めることはできないため、これで小渕氏への捜査は終わることになります。』

◇検察審査会制度とは?

あまりなじみのない検察審査会制度をイメージするためには、裁判員制度を連想すると分かりやすい。裁判員制度は、それが導入されるまでの時期、最高裁があれこれとPRに努めたこともあって、すでに周知の制度となっているが、検察審査会制度については、その実態を知らない人が多い。

結論を先に言えば、これは検察が不起訴にした刑事事件について有権者が「異議」を申し立てた場合、有権者の中から抽選で選ばれた審査員(一般市民)が事件を精査して、市民の視点から検察の下した不起訴決定が正当であるか不当であるかを決議する制度である。

起訴相当の決議がだされた場合、検察は再捜査する。再捜査しても結論が変わらなかった場合は、市民の側は再び異議を申し立てることもできる。そして2度目の審査会で、「起訴相当」の決議がだされた場合、被疑者は強制的に刑事裁判の法廷に立たされることになる。

建前として、裁判員制度が市民による裁判所の監視の役割を果たすのに対して、検察審査会制度は、市民が検察を監視する役割を果たす。だが、実態は公正な司法制度を担保するための制度からかけ離れている。とりわけ検察審査会制度に関しては、政治家などの権力抗争に濫用されている側面がある。事実、水面下では、さまざまな問題が指摘されてきた。

◇小沢検審疑惑

たとえばその典型は、小沢一郎氏が検察審査会により強制起訴された事件である。小沢一郎氏が関与したと報じられた事件そのものについては、その内容を検証する必要があり、安易な結論づけはできないが、小沢検審の最大の問題点は、検審そのものが開かれていなかった強い疑惑である。架空検審である。検審を開かずに、事務局(最高裁事務総局の管轄)が、架空の「起訴相当議決」を下した疑惑である点だ。

この事件については、最近、志岐武彦氏が著した『最高裁の黒い闇』(鹿砦社)に詳しい。メディア黒書でも、繰り返し取り上げてきた。たとえば次の記事を参照にしてほしい。

■YouTube: 小沢一郎を強制起訴に追い込んだ 検察審査会と最高裁の闇

■小沢起訴に持ち込んだ新設の第5検察審査会は自民党政権の末期に設定されていた、台頭する「民主党対策」だった可能性も①

■小沢一郎を起訴に追い込んだ検察審査会の闇、秘密主義に徹する一方で委員のOB会を組織か?②

◇鳩山検審疑惑

鳩山由紀夫・元総理が検察審査会の議決により、不起訴になった事件についても、かずかずの疑惑がある。まず第一に、審査会の活動を通じて、裏金づくりが行われたとしか解釈できない状況を示す経理関係の文書(情報公開制度を利用して志岐氏らが入手した内部文書)が存在する事実である。これについては、次の記事を参考にしてほしい。

■ブログ「一市民が斬る」が鳩山検審裏金疑惑の裏付け資料を公開、問われる最高裁事務総局の責任

◇検察審査員の「替え玉」事件

その他にも、検察審査会に関する情報は、全国から志岐武彦氏やわたしのもとに届けられている。これらの情報を裏付ける事件を報じるためには、さらなる調査が必要だが、ほぼ事実に間違いないと判断できる情報の中には、検察審査員の「替え玉」になった人物を特定したものもある。

検察審査員は有権者の中から抽選で選ぶことになっているのに、「替え玉」が通用するとなれば、審理の結論はどの方向へ導くこともできる。つまり検察審査会制度そのものがまったくのまやかしで、法治国家と民主主義をPRするためのニセ看板だったことになる。戦後、民主主義が根本から問われるのである。

小渕優子氏の不起訴に関しては、今後、検証する必要があるが、国家的な規模で情報隠しが始まっている時代の下で、どこまで情報が開示されるか不透明だ。

裁判員制度にしても、検察審査会制度にしても、「密室審理」が前提になっており、これを改めない限り、日本は法治国家にはなりえない。

2015年09月22日 (火曜日)

9月23日は、チリの詩人パブロ・ネルーダの没42周年である。ネルーダは1973年9月11日に軍事クーデターが起こったのち、持病のガンを悪化させ、軍靴に血塗られていく祖国を見ながら生涯をとじた。

1904年7月12日生まれ。内戦下のスペインへ外交官として赴任していた時代、1934年、スペイン人民戦線を支援して職を解任された。代表作に、『大いなる歌』などがある。1970年にノーベル文学賞を受賞した。

はじめてわたしがネルーダの詩に接したのは、高校を卒業した次の年だったので1977年である。『ニクソンサイドのすすめとチリ革命への賛歌』(新日本出版 大島博光訳)を図書館の新着本のコーナーにみつけた。わたしにとって73年の軍事クーデターは、強烈な印象を受けた最初の国際ニュースだったので、脳裏の片隅にその悲惨なイメージが残っていた。この詩集に出会ったとき、本を手に取ったことはいうまでもない。

わたしはそれまで詩はほとんど読んだことがなかった。しかし、詩というものは、一種の言葉あそびであり、心の揺れや、景観の美を情緒ゆたかに表現するものだという印象は持っていた。金持ちの趣味だと思っていた。それゆえに、あまり関心がなかった。

しかし、『ニクソンサイドのすすめとチリ革命への賛歌』は、タイトルから詩の概念を根本から覆してしまった。

  やむにやまれぬ我が祖国への愛から、おれは君に訴える
  偉大な兄貴、指も灰色のウォルト・ホイットマンよ、

  血まみれの大統領、ニクソンを詩の力で打ちのめしてやる
 そのための君の素晴らしい力をかしてくれ(略)

                                          ※ウォルト・ホイットマン は米国の吟遊詩人

この詩集は、70年に人民連合(UP)のアジェンデ政権が発足してから、73年の軍事クーデターで政権が崩壊した直後までのチリの政情や市民の戦いを詩の形式で綴ったものである。絶筆は、ニクソンやピノチェトに対する怒りを病床で紙に書き連ねたものとなった。

この詩集の価値は、次に紹介する翻訳者の大島博光氏の解説にもあるように、軍事クーデターをネルーダが予知していたことが明確に読みとれる点にある。驚くべき予知力が示されているのだ。なぜ、予知できたのか。答えは簡単で、当時、米軍がベトナムで繰り返していた殺戮行為(ジェノサイド作戦)をネルーダが凝視して、米国政府の体質を見ていたからにほかならない。

ネルーダの死から42年を経た日本では、米国政府が描いた青写真どおりに安保法制や特定秘密保護法が成立した。日米関係を考える時、米軍が第三世界でこれまで何をやってきたのか、あるいは現在、何をやっているのかを見極める作業は不可欠だろう。ちょうどネルーダがベトナムの惨状を見ながら、チリの軍事クーデターに警鐘を鳴らし続けたように。

次に紹介するのは、大島博光氏による解説である。極めて示唆に富んだネルーダの思考方法が解説されている。

◇大島博光氏による解説

去年(一九七三年)の九月、チリ・クーデターのさなかに、ネルーダが死んだころから、『ニクソンサイドのすすめとチリ革命への賛歌』という詩集のあることをわたしも知っていた。そのとき、「ニクソン殺し(サイド)」という言葉が、ニクソンのベトナムにおける「皆殺し(ジェノサイド)作戦」を皮肉ったものにまちがいないと、わたしは思ったのだった。こんど、この詩集を読んでみて、わたしの推測はあたっていたが、この皮肉は、わたしの考えたのよりははるかに痛烈なものであった。いまにして思えば、きわめて不幸なことに、ベトナムにおける皆殺し作戦を、チリにおける皆殺し作戦として予感しての、ネルーダのわが身にひきつけての糾弾であり弾劾だったのである。

まえがきに一九七三年一月の日付のあるこの詩集は、ネルーダ最後の詩集であり、いわばネルーダの遺言となったが、それ以上に、この詩集は、ファシスト・クーデターを予告していた諸事件をあばく稀有な証言となっている。同時にまた、チリの民主主義を計画的に圧殺したアメリカ帝国主義の、その公的代表者としてのニクソンの犯罪をこの詩集は告発し、断罪しているのである。

アジェンデ人民連合政府が成立した一九七〇年九月から、すでに、アメリカ帝国主義の陰謀と謀略による挑発、テロ行動は活発化していた。この詩集は、まさにそのような時点から書き始められた。ネルーダは、すでに容易ならぬ情勢にたちむかうために、詩による戦闘態勢をとり、詩による武装をととのえることになる。「まえがき」にかれは書く。

「ただ詩人たちだけが、かれ(ニクソン)を壁にはりつけ、痛烈で致命的な詩句によってかれを穴だらけにすることができる。詩の義務は、韻律と脚韻の砲撃によって、かれをぼろくそにうちのめすことである。……」

多くの場合、ネルーダは、脚韻や韻律をあまり用いていないのだが、ここでは「韻律と脚韻の砲撃」をもちい、鋭い叫びの音や、きわめて大衆的な調子などを駆使して、怒りを白刃に変え、「アラウカニアの石つぶて」に変えている。「かれを壁にはりつける」──つまり、壁詩に書いて壁にはりつけるという黒いユーモアは、日本語においても、礫(はりつけ)に通じて、なかなか痛烈である。こうしてかれは、「敵をうち破るために古典主義者もロマン主義者も用いた、もつとも古い詩の武器──歌とパンフレットに訴える」のである。

ネルーダは、切迫した情勢のなかで、情勢と人民の要請にこたえて、大衆に役立つ、戦闘的な吟遊詩人とならざるをえない。いまや、ほかの主題──愛とか死とか時間といった、かれの好きな「形而上学的な」主題とは別れて、ひたすら鋭い政治詩、「黒いユーモア」にみちみちた風刺詩を、武器として取りあげることになる。そしてこの詩集にみられる風刺の痛烈さは、第二次大戦中、敗れさったヒットラー、ムッソリーニ、ペタンなどの、ファシストやその協力者どもを博物館入りの蠣人形として風刺し、痛撃した、アラゴンの詩集『グレヴァン博物館』を思わせずにはおかない。

 愛よ おさらばだ くちづけは明日(あした)だ!
  わが心よ おまえの義務にかじりつけ
  おれは おれの詩と 真実とをもって
  この怖るべき死刑執行人(ひとごろし)の 人民への憎悪と
  ひとを怖れぬ罪業とに 懲罰をくだしてやる (『ほかの主題とはおさらばだ』)

鋭い透きとおった詩で 仮借なき苛酷な心で
  猛り狂った狂人ニクソンを 突き刺してやろう
  こう おれは 正義の 火の一撃で
  ニクソンに とどめを刺そうと 決意して
  おれの弾薬入れに 詩の弾丸(たま)を こめた  (『鋭い透きとおった詩で』)

ネルーダがこのように歌ったのは、ニクソンに殺されたベトナムの死者たちの名においてであり、祖国チリにおいて、ニクソンに苦しめられてきた「貧乏なひとたち」の名においてであった。ベトナムで敗退し、キューバでも挑発と封鎖に失敗したニクソンは、鉾先をチリに向け、ファシストどもをあやつって、これを「かじりとる」にいたる。ネルーダはこのニクソンのやりくちを的確に、端的にあばき出している(『あの男の正体をあばいてやる』)。だがこんにち、ふかい悲痛の想いなしには、つぎのような詩句を読むことはできないだろう。

 そして来たるべき未来の 人民裁判のために
  おれは 方ぼうの扉をひらき 国境を超えて
  黙りこんでいる証人たちを 呼び集めた

  血まみれの春に 仆れていった人たちを  (『鋭い透きとおった詩で』)

これらの詩句は、すでに、クーデター後のこんにちのために予言的に書いたかのようにさえ見える。いまや、ネルーダ自身も「血まみれの春に仆れていった人たち」のひとりであり、サンティアゴのサッカー場で虐殺された、たくさんの殉難者たちもまた、ニクソンを裁く証人席についているのである。

そしてこの「黙りはしない」死者は、この生ける詩集において、ひとりの大統領のぺてん、兇悪、汚職、人類への不法叛逆を告発し証明し、完膚なきまでに彼に痛撃をくらわし、笞(むち)うちつづけている。正体をあばかれたこの男は、ベトナムの血、チリの血、ウォーターゲートの泥水のなかに、「沼の泥水と血だらけの川」のなかに、ころげ落ちるのである。

いま、この詩集をよむと、チリ人民連合の闘争と勝利、そしてアジェンデを暗殺し、チリ人民を虐殺するにいたったその過程、裏切り、卑劣な謀略、暴力などが、まざまざと描かれていて、いわば読者は、チリのこの歴史的な一時期(エポック)を追体験することになる。

『一九七〇年九月四日』のなかには、大統額選挙における人民連合の統一候補アジェンデの勝利──人民の勝利が歌われている。『勝利』『その日から』で、チリの「新しい革命の道」について、「多数派の赤い薔薇」について、詩人は胸をおどらせて歌っている。しかし、右翼ファシストの最初の犠牲者、暗殺されたシュナイダー将軍の死を、敬愛と痛苦をこめて歌うとき(『喪のチリ』……『将軍よさようなら』)、かれは、早くも人民連合の勝利のうえにのしかかる黒い影を、精確に見てとっている。

チリ人民の勝利とともに、アメリカ帝国主義とその多国籍大企業のⅠ・T・T、アナコンダ、ケネコット、あるいはエドワーズ財閥などによる挑発、謀略、顛覆活動が激化したのである。怒りに燃えたネルーダの鋭い風刺は、多国籍企業の陰謀を容赦なくあばき出し、キリスト教民主党の共犯をやっつけると同時に「目やに垂らしたカセローラ(シチュー鍋)夫人」──上流夫人たちの反動的な猿芝居をも見逃しはしない。このお屋敷町の夫人たちは、シチュー鍋をたたいて、「彼女たちの自由」を、すなわち特権階級の自由、貧しいひとびとを搾取する自由を要求したのである(『情熱的なストライキ』『俗悪な物語』)。またネルーダは、トロツキストたちの危険な役割をみてとって、人民連合政府の成立した時から、早くも予言的に警報を発しているのである(『狂人どもと阿呆どもと』『不断の警戒警報』など)。

しかし、その祖国と人民の名において歌い叫んでいるネルーダは、平和を呼びかける詩人の任務を忘れることはない。ひと殺しのすすめを題名とするこの詩集も、やはり依然として、正義と平和への絶えざる呼びかけの書なのである。

わたしは望まない 祖国がひき裂かれることも
  また 七つの匕首によって 血ぬられることも
  わたしの希いは 新しく建てられた家のうえに
  チリのかがやく旗が へんぽんとひるがえること  (『わたしはここに残る』)

アメリカ帝国主義とそのカイライどもが、ベトナムで、チリで犯した暴虐不法な犯罪にたいして痛撃をくらわしたこの詩集の最後の詩『われら声をあわせて歌おう』において、ネルーダがアロンゾの『アラウカニア』の詩句と自分の詩句とを交互に組み合わせているのは意味ぶかい。アロンゾ・デ・エルシージャは、十六世紀スペインの「黄金時代」の詩人で、チリ遠征に参加した。しかしかれはまた、その叙事詩『アラウカニア』のなかで、当時のチリ人民──スペイン侵略者にたいして勇敢に抵抗したアラウカニア人民の不屈な偉大さを歌ったのである。アロンゾがスペイン征服者たちの一員であったとはいえ、その『アラウカニア』にみられる反帝国主義的な側面を、ネルーダはほめたたえ、これと声をあわせ、発展させようとしているのである。ここに偏狭な図式にとらわれない、ネルーダの弁証法的な精神をみることができる。

この詩集が高くかかげているのは、純粋な人民への献身とふかい祖国愛の模範であり、人民と祖国が危急存亡の時に、詩人はどのように歌うべきかをも示しているのである。

 わたしには ただ 人民だけが大事なのだ
  ただ 祖国だけが わたしを決定づけるのだ

  わが祖国と人民が わたしの見通しをみちびき
  わが人民と祖国が わたしの義務(つとめ)を明らかにする  (『わたしは黙ってはいない』)

ネルーダの偉大な声は、その死を越えて、チリ人民の胸にひびきつづけるであろう。

一九七四年五月

2015年09月21日 (月曜日)

新聞社を舞台にした小説は特にめずらしくはないが、新聞社の販売局を舞台として、しかも詐欺まがいの新聞拡販や「押し紙」、それに補助金を捻出するための裏金づくりなどの実態をあからさまに描いた小説が、単行本として世に出たのは初めてではないか。

著者は元新聞記者である。

 幸田泉(こうだ いずみ)大学卒業後、1989年某全国紙に入社。支局勤務後、大阪本社社会部では大阪府警、大阪地検、大阪地高裁、東京本社社会部では警察庁などを担当。その後、大阪本社社会部デスク、同販売局などを経て、2014年退社。

経歴から察すると、内部告発の書である。

小説のストーリーそのものは、記者職から販売担当に「左遷」させられた社員が、販売局の不正や左遷人事にかかわった編集幹部のスキャンダルを暴きだし、それを盾にして記者職に復帰するまでを描いたものである。特に奇想天外な展開をしているわけではない。が、興味深いのは、新聞社の内幕を情け容赦なく暴露している点である。ほんとんどの人が知らない闇が暴かれている。

この小説には、創作された事件のモデルと思われる事件や人物が登場する。しかも、その人間像が実に多彩だ。「押し紙」に抗議する新聞販売店主。逆に「押し紙」問題を逆手に取って新聞社を恫喝するとんでもない販売店主。金銭がからんだ不祥事ばかりを繰り返している販売局員。さらに元ヤクザの販売店主。新聞拡張団。さまざまな人間像が重なって物語を構成している。

新聞社販売局の担当員にとって新聞の部数を増やすことは、出世への道にほかならない。そのために「押し紙」などが原因で、担当地区の新聞代金の納金率が100%に達しない場合は、担当員がそれを肩代わりするエピソードも出てくる。このエピソードについては、わたしもある地方紙の関係者から聞いたことがある。同じことが中央紙でも行われている可能性がある。

日本の新聞社はさまざまな問題を抱えながらも、その内部では良心的な社員たちが悩み苦しみ、戦っている。小説を通じて、それが伝わってくるが、読後、わたしはすがすがしい気持ちにはなれなかった。あまりにも深刻な問題を孕んでいるからだ。

販売局を含めた新聞社の全体像を見ると、軽視できない問題があまりにも多い。編集幹部の都合で、記者を「左遷」することが許されるなら、取材活動や表現活動に自己規制が働いてしまう。それは出版人の良心にかけて絶対にやってはいけない新聞ジャーナリズムの自殺行為である。一方、販売局は金銭がらみの無法地帯である。

ジャーナリズムが発信する情報の信用性というものは、発信母体の実態を抜きにして語ることはできないのではないだろうか。

■『小説 新聞社販売局』(幸田泉 講談社)

2015年09月18日 (金曜日)

【サマリー】チリの軍事クーデターから42年が過ぎた。このクーデターに象徴されるように米軍やCIAによる暴力的策動の背景には、常に多国籍企業の権益がある。グローバリゼーションが進行するなかで安保関連法は、日米共同で多国籍企業の権益を守るための体制づくりの法的根拠となる。

 ラテンアメリカの同時史から、マスコミが報じない安保関連法の本当の目的を想定する。

9月11日は、チリの軍事クーデターから42年目の日だ。1973年に起きたこの軍事クーデターは、社会党と共産党を中心とするUP(人民連合政府)を暴力で倒した事件である。米国CIAにけしかけられたピノチェット将軍が大統領官邸を空爆し、アジェンデ大統領を殺害し、鉄のような軍事政権を敷いた日である。

ラテンアメリカ史の中でも最も残忍非道なクーデターとして記憶されている。

チリに限らずラテンアメリカ諸国は、前世紀まで繰り返し米国による内政干渉を受けて来た。それはチリのようにクーデターという形をとることもあれば、ニカラグアやエルサルバドルのように軍事介入(司令官の派遣など)のかたちをとることもあったが、ほぼ共通しているのは、米国の多国籍企業の権益を守るための軍事介入であった事実である。

日本の国会では、安保関連法案が参議院特別委員会を通過したが、今に至っても、同時代史から想定される海外派兵の究極の目的はほとんど報じられていない。それは平和維持でも、国際貢献でもない。海賊退治でもない。

ラテンアメリカが経験した苦難から察すると、多国籍企業の防衛である。

今後、日米政府は多国籍企業の権益が侵されかねない地域への軍事介入を繰り返す可能性が極めて高い。

ただ、それは旧日本軍のような「侵略→占領→植民地化」のスタイルではない。多国籍企業の進出先で「政変」や「革命」が起きた時、世界のどこにでも迅速に軍隊を投入して、「政変」や「革命」を抑え込むスタイルである。

◇ラテンアメリカへの軍事介入

ちなみにラテンアメリカについて言えば、戦後、米国は次の地域に対してクーデターや軍事介入を断行している。

■1954年 グアテマラ

■1961年 キューバ

■1964年 ブラジル

■1965年 ドミニカ共和国

■1971年 ボリビア

■1973年 チリ

■1979年 ニカラグア内戦

■1980年 エルサルバドル内戦

■1983年 グレナダ

■1989年 パナマ

すでに述べたように、軍事介入の目的は、ほとんどの場合が多国籍企業がらみである。たとえばチリ。1970年に成立したアジェンデ政権は、米国資本の鉱山会社を国有化した。チリの資源をチリ人の手に取り戻したのである。

これに対して、「資本家スト」などが起きたり、反共のプロパガンダが広がったりしてチリは混乱した。政権の持続は難しいのではないかとの声もあったが、73年の総選挙でUPは大勝する。

この選挙結果により、アジェンデ政権を合法的に倒すことができないのがはっきりしたのである。そこで米国CIAが選んだのが、ピノチェットを担ぎ出して、軍事クーデターを起こす戦略だった。

話は前後するが、1954年のグアテマラのクーデターも、やはり米国資本のUFC(ユナイテッド・フルーツ・カンパニー)とCIAの謀略である。

◇構造改革と軍事大国

安保関連法案が成立した後は、これまで米国がラテンアメリカに対して断行してきたような軍事介入を日米共同で行うことになる。

安保関連法案というのは、見方を変えると多国籍企業の優遇策にほかならない。軍隊という「ボディーガード」を準備することである。

その意味では、やはり大企業の優遇策の典型である新自由主義=構造改革の路線(アベノミックス)と同じ脈絡から生まれてきたものである。当然、小沢一郎氏らのイニシアチブで1990年代に始まった新自由主義=構造改革の段階から、行き着く先が軍事大国であることは見えていた。

それに警鐘を鳴らさなかったマスコミの責任は重い。

2015年09月17日 (木曜日)

【サマリー】真村裁判の意義は、「押し紙」隠しの手口を暴いたことである。この裁判は新聞販売店主が起こした地位保全の裁判であるにもかかわらず、なぜ、「押し紙」問題が争点になったのかを解説する。

福岡高裁判決は読売の体質を、「しかしながら、新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である」と認定した。

真村裁判は「押し紙」問題とは何かを知るための格好の題材にほかならない。しかし、この裁判は「押し紙」による損害賠償を求めた裁判ではない。店主としての職を剥奪されそうになった真村氏が、読売新聞社に対して地位の保全を求めた裁判である。それにもかかわらずなぜ「押し紙」問題が中心的な争点となったのか、読者は不思議に感じるに違いない。

この点を理解するためには、あらかじめ新聞社による販売店改廃(強制廃業)の手口について説明しなければならない。販売店改廃の手口は読売に限らず、ほとんどの新聞社で共通している。

改廃には当然、正当な理由が必要なわけだが、その代表的なものに、①営業成績がふるわないこと、②発行本社の名誉や信用にかかわる行為をはたらいたこと、③さらには自店の業務実態を偽って発行本社へ報告したことなどがある。

真村裁判の場合、最後まで争点になったのは③である。枝葉末節はあるものの、③「自店の業務実態を偽って発行本社へ報告したこと」をどう評価するかが最後まで争点になったのだ。

◇なぜ、地位保全裁判で「押し紙」問題が争点になるのか?

当時、読売は販売店に対して新聞の部数内訳を報告するように求めていた。たとえば、真村氏が経営していたYC広川の場合、2001年(平成13年)6月の場合、定数(新聞の搬入部数)は1625部だった。これに対して実配(実際に配達している部数)は、1589部だった。まとめると次のような内訳になる。

定数(搬入部数):1625部
実配(実配部数):1589部

もちろんこの種の業務報告書には、定数と実配だけではなく、経営に関するさまざまなデータを記入する欄が設けられているが、真村裁判に限っていえば、定数と実配の中に秘められたトリックに注目すると、「押し紙」とは何かを理解しやすい。

定数(搬入部数)が1625部で実配(実配部数)が1589部だから、両者の差異は、36部である。差異となっている36部は予備紙(新聞の破損を想定して仕入れた必要部数)と考えれば、YC広川には1部の「押し紙」も存在しなかったことになる。

ところが真村氏は実配を1589部と報告していたものの、実際には配達されていない部数が約130部あった。約130部が残紙となっていた。

真村氏はこの約130部を実配(部数)1589部に含めて、読売に報告していたのである。それに連動して、帳簿上(PC)でも、この130部の新聞には、読者が存在することにして経理処理していた。帳簿上で実配部数と収入の辻褄をあわせなければ、税務署が問題にする恐れがあるからだ。

これは法的にみれば明らかな虚偽報告である。事実、読売はYC広川の改廃理由として虚偽報告を持ち出してきた。真村氏もそれを認めた。

ところが裁判所は、真村氏が虚偽報告をせざるを得なかった背景に、読売による販売政策があったと認定し、虚偽報告を改廃理由として認めなかったのである。つまり虚偽報告の背景に、店主がやむを得ずに強いられた「押し紙」の経理処理問題があると判断し、それに連動した虚偽報告も改廃理由にはならないと判断したのだ。

真村裁判は、「押し紙」隠しがどのように巧妙な手口で行われるかを解明したのである。

◇新聞社は「押し紙」の存在を認めず

真村裁判に限らず、新聞販売店の地位保全裁判は、虚偽報告の有無が争点になることが極めて多い。新聞社サイドは、常に「押し紙」はしていないという見解を取り続けている。真村氏の例に見るように、帳簿上、法的には「押し紙」は存在しないことになっているからだ。

しかし、販売店が帳簿を改ざんしてまでも「押し紙」を隠すのは、新聞社との間に暗黙の合意事項があるからである。「押し紙」は独禁法に抵触する。そのために帳簿上で架空の読者を設定するなどして、辻褄を合わさざるを得ないのだ。それが新聞社に対する忠誠である。

ところが新聞社は、販売店を廃業させるときには、このような事情を逆手に取って、虚偽報告や帳簿の改ざんを強制廃業の理由として主張してくる。裁判所もなかなかこのような複雑なカラクリを理解できない。

こうした新聞販売店訴訟の流れを打ち破ったのが真村裁判の勝訴なのである。判決の一部を引用してみよう。

「しかしながら、新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。」

「このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである。」

■真村裁判・福岡高裁判決

2015年09月16日 (水曜日)

【サマリー】防衛省に対して申し立てていた内部資料の開示請求に対する回答が15日に届いた。結果は、決定期間を30日延長するというものだった。わたしが開示請求した文書は、共産党の小池晃議員が国会で取り上げた統合幕僚監部が作成した資料である。

 タイトルは「日米防衛協力指針(ガイドライン)および安全保障関連法案を受けた今後の方向性」。

  この資料の存在は、防衛省も認めているうえに、すでに小池氏により公にされているわけだから、決定期間を延長する正当な理由はないはずだが・・・

防衛省に対してわたしが申し立てていた内部資料の開示請求に対する回答が15日に届いた。結論を先に言えば、情報公開を認めるかどうかを決定する期間を30日延長するというものだった。回答期限は10月20日に延期された。

わたしが防衛省に対して開示を請求している資料は、8月に共産党の小池晃議員が国会で取り上げた統合幕僚監部が作成したものである。

タイトルは「日米防衛協力指針(ガイドライン)および安全保障関連法案を受けた今後の方向性」。安保関連法案が成立することを前提とて、その後の自衛隊の活動計画を記したものである。

防衛相は資料の存在を認めている。つまり資料は確実に存在し、しかも小池氏によってすでに公開されたものである。拒否される理由はないはずだ。

わたしがこの資料の開示請求を申し立てたのは、今年の8月20日である。申し立てからまもなく1か月。開示を認めるか否かの決定に、さらに1か月の時間を要するというのだから、怠慢も甚だしい。民間企業であれば、大目に見ても1日から2日で完了する程度の作業である。

次に示すPDFは、防衛省から届いた文書である。

■開示決定等の期限の延長について(通知)PDF

 

2015年09月15日 (火曜日)

【サマリー】 「押し紙」問題を考えるうえで、無視する事ができないのが、真村裁判である。判決の中で裁判所は、新聞社による「押し紙」行為をはじめて認定した。実質的に読売による優越的地位の濫用を認定したのである。

  この真村裁判から派生した裁判は、少なくとも7件起きている。これらの裁判に読売の代理人として常にかかわってきたのが、喜田村洋一・自由人権協会代表理事である。

 真村裁判の全容を伝える連載(1) ・・・。

「押し紙」問題を考えるうえで、無視する事ができないのが、真村裁判である。これは2002年に読売新聞の販売店(YC)の店主ら3名が提起した裁判で、判決の中で裁判所は、新聞社による「押し紙」行為をはじめて認定した。実質的に読売による優越的地位の濫用を批判したのである。

新聞史に残る歴史的な判決にほかならない。

事件の背後には、読売が福岡県の久留米市を中心とした筑後地区で進めていたYCの再編策があったようだ。読売と懇意な関係にあるSという有力店主が読売の協力を得て、次々とYCの経営権を我がものにするようになったことが事件の根底にある。

こうした状況の中で3人のYC店主が、読売から改廃を突きつけられた。

当時、YC広川(広川町)を経営していた真村久三氏も、改廃を宣告された店主のひとりだった。もちろん改廃通告に至るまでには、話し合いや交渉が行われたが、最終的に読売は改廃という店主にとって最も打撃を受ける手段に打って出たのである。

◇東京から喜田村洋一弁護士が読売の援護に

真村氏は久留米市に事務所を構える江上武幸弁護士に相談した。相談を受けたとき、江上弁護士は、それほど深刻には受け止めなかったという。相手方が大新聞社だったので、弁護士が間に入って話し合えば円満に解決できると思ったらしい。が、江上弁護士は、後日、「虎の尾」を踏んだことに気づく。

真村裁判という呼び方から、とかく真村氏だけが原告のように思われがちだが、厳密に言えば、原告は3人のYC店主である。このうち真村氏をのぞくふたりは、裁判の大きな関心事にはならなかった。と、いうのも1人はすでに販売店を改廃されていた関係で、最終的に和解で決着し、もう1人の店主については、読売があまり露骨に攻撃対象にすることがなかったからだ。

そんなわけで真村裁判とは、実質的には真村氏と読売(西部本社)で争われた裁判なのだ。この裁判には、わざわざ東京から辣腕弁護士が読売の支援に駆けつけた。その人こそ、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士である。

喜田村氏は、読売に「押し紙」は一部も存在しないと主張し続けた法律家である。

判決は2007年12月に、最高裁で確定した。

◇真村裁判から派生した裁判

真村裁判からは、複数の裁判が派生している。真村判決の詳細に入る前に、派生した裁判を概略しておこう。

真村裁判の地裁判決が下されたのは、2006年だった。真村氏の勝訴だった。この勝訴に励まされて、YC小笹(福岡市)の元店主・塩川茂生氏が、ただちに「押し紙」裁判を起こした。この裁判を塩川裁判という。

真村氏は、2007年の控訴審でも勝訴した。控訴審でYC側が勝訴したこともあって、YC店主らの間に希望が生まれたようだ。

こうした状況の中で、同地区の店主らが次々と江上弁護士のところへ「押し紙」の相談に訪れるようになった。そして「押し紙」の被害を受けたYC店主らが、新読売会と呼ばれる団体を自主的に立ち上げた。

当時、取材を続けていたわたしは、ようやく新聞社経営の闇にメスが入る時が来たと思った。こうした予測は、2007年12月に真村判決が最高裁で確定した時、確信となった。

しかし、わたしの予想は楽観的すぎた。

まず、真村判決が確定する直前に、わたしに対して喜田村洋一弁護士から催告書が送られてきた。メディア黒書に掲載した読売の文書の削除を求めてきたのである。この事件は2008年2月に本訴へとエスカレートする。

※この事件は、スラップとも関連があるので、保管している準備書面などを順次公開する予定。著作物に関する喜田村弁護士の考えも記されている。

この年の3月1日、新読売会に加わっていたYC久留米文化センター前の平山春雄店主の店を3人の読売社員が訪れ、改廃を宣告した後、関連会社の社員が、翌日に新聞に折り込む予定になっていた折込広告を搬出した。

この事件をわたしはメディア黒書で速報した。そのなかで折込広告の搬出行為を、「窃盗」と表現した。もちろん「窃盗に類するほど悪質」という意味の隠喩(メタファー)として、表現したのである。

が、その2週間後、わたしのもとに読売から訴状が送られてきた。やはり喜田村弁護士が執筆したもので、「窃盗」で名誉を毀損されたなどとして2230万円のお金の支払いを要求してきたのだ。

一方、YCを改廃された平山氏は、読売に対して裁判を起こした。読売も平山氏に対して地位不存在を確認するための裁判を起こした。この裁判にも、東京から喜田村弁護士がかけつけた。

さらに特筆すべき点は、最高裁で勝訴判決が確定した真村氏のその後である。真村氏は、半年後、理不尽にもYCの経営権を奪われることになる。当然、真村氏は再び提訴した。これが第2次真村裁判である。喜田村氏が読売の代理人として、この裁判に加わったことはいうまでもない。

◇一連の裁判のまとめ

2002年 第1次真村VS読売(地位保全)

2006年 塩川VS読売(押し紙)

(2007年 第1次真村裁判の勝訴確定)

2008年  読売(厳密には江崎法務室長が原告)VS黒薮(著作権)

            読売VS黒薮(名誉毀損)

            平山VS読売(地位保全)

            第2次真村VS読売(地位保全)

2009年 読売VS新潮社+黒薮(名誉毀損)

ちなみに真村氏は今なお読売と係争中だ。ひとりの人間を10年以上に渡って法廷に縛り付ける行為は、それ自体が重大な人権問題といえるだろう。(続)

2015年09月14日 (月曜日)

【サマリー】茨城県常総市の水害にマスコミ報道が集中している裏側で、安保関連法案の成立が刻々と近づいている。連日、国会議事堂前をはじめ全国で安保関連法案に反対する活動が展開されているが、マスコミはそれをほとんど報じない。

 その原因を突き詰めていくと、メディア企業の経営上の汚点が要因になっているようだ。新聞に対する軽減税率適用問題。「押し紙」問題。再版制度を巡る問題。粉飾決算の問題・・・・。

安倍内閣が17日に参議院で安保関連法案を採決する動きが高まるなか、連日のように東京永田町の国会議事堂前をはじめ、全国で抗議活動が展開されている。しかしマスコミはほとんどそれを報じていない。カメラの視線は一斉に茨城県常総市の水害現場に釘づけになってしまい、この国の将来を左右する安保関連法案は意中にないかのようだ。

後世の歴史家は、2015年の9月の政情について、「安倍内閣にとっては、水害が幸いした」「皮肉にも水害が日本の運命を変えた」と記すことになるかも知れない。

安保関連法が憲法9条を骨抜きにしてしまうのは論を待たない。それが何を意味するのかを、巨大メディアの関係者が理解していないとはおおよそ考えられない。
それにもかかわらず、報道を自粛しているのは、報道内容をめぐって政府と敵対関係になった場合、ビジネスとしての出版業に支障をきたす恐れが生じるからにほかならない。

ジャーナリズムよりも、出版ビジネスを優先している結果である。

◇新聞社経営の4つの汚点

新聞に限って言えば、新聞社経営に影響を及ぼす決定的な要素が政府の手に握られている。具体的には次のような事情である。

今の時期、新聞に対する軽減税率の適用問題が政府内で検討されていること。意外に気づいていない人が多いが、消費税は「押し紙」に対しても課せられている。経理帳簿の上では、「押し紙」にも読者がいるものとして処理されているからだ。当然、増税は「押し紙」だらけの新聞社を直撃する。

河内孝氏が『新聞社』(新潮新書)の中で試みた「押し紙」に課せられる消費税負担の試算によると、消費税が5%から8%になれば、読売の場合は約108億円の追加負担になる。朝日の場合は、約90億。毎日は約42億円の負担増である。

消費税が8%から10%になった場合も、おおむね同じ規模の負担がさらに加わる。新聞社経営の危機に陥るのは間違いない。

新聞業界は、消費税の軽減税率の適用を勝ち取るために、これまで繰り返し政界工作を行ってきた。新聞販売の業界団体、たとえば日販協政治連盟からは、自民党を中心に政治献金が支払われてきた。選挙の支援も行っている。

こうした事情の下で、自民党が1990年代の中ごろから構築を進めてきた軍事大国化と新自由主義の導入を、言論で打ち砕く勇気は新聞社にはない。ジャーナリズムよりも、ビジネスとしての出版業を選択しているからだ。それが彼らの一貫した方針である。

また、再版制度という既得権が政府の手に握られていることも、報道自粛の要因になっている。周知のように規制緩和の流れの中で、これまで繰り返し再版制度の撤廃案が浮上してきた。そのたびに新聞社は、政界工作を行い、現在のところは、この既得権を維持している。

再販制度が撤廃されると、新聞販売店が独自に新聞の販売価格を設定できるようになるだけではなく、営業区域(テリトリー制)も消滅してしまう。そうなると販売店相互で生存をかけた自由競争がはじまり、弱小の販売店は淘汰され、統合などにより規模な大きな販売会社が出現する。その結果、新聞社と販売店の力関係が対等になり、「押し紙」制度が維持できなくなる。

それは販売収入の大減益をもたらす。同時に、紙面広告の媒体価値も下落して、広告収入の減収を招き新聞社に壊滅的な打撃を与える。

「押し紙」そのものが独禁法に違反していることは言うまでもない。つまり最悪の場合は、警察が刑事事件として「押し紙」を取り締まることもできるのである。

「押し紙」を経理処理する場合、粉飾決算にならざるを得ない。販売店は「押し紙」にも読者が存在するという虚偽を前提に経理処理を強いられてきた。つまり、実際には販売されていない新聞が販売されたものとして経理処理されるわけだから、結果として粉飾決算になってしまう。

国税局が過去にさかのぼって「押し紙」にメスを入れると、新聞社は倒産するかも知れない。

◇全事実を報じること、一部分を報じること

日本の新聞社は①から④のような経営上の汚点を抱えている。それゆえにずばり言えば、ジャーナリズム活動は困難だ。彼らが事実のすべてを報じているように見えても、実際にはそのほんの一部分に過ぎないことも多い。読者の側が、全事実を報じていると勘違いして、それを前提に新聞を評価しているに過ぎない。

せいぜいリベラル右派の『東京新聞』のレベルが、報道の限界ではないだろうか。

新聞社経営の汚点に対して、多くの人々が疑問を呈する声をあげれば、少しは状況も変化するかも知れない。が、なにしろ巨大メディアが広告媒体として機能している状況の下では、新聞社と敵対することだけは控えようと心に決めている人が多い。右翼から左翼まで、思想とは無関係にそういう方針の人が多い。

が、これではいつまでたったも日本人はマスコミに洗脳され続けるだろう。解決にはならない。日本が軍事大国になって、再び大本営発表が幅をきかせるようになってからでは、もう手遅れなのだ。

2015年09月10日 (木曜日)

【サマリー】志岐武彦氏が、歌手で作家の八木啓代氏に対して、東京地裁で起こした名誉毀損裁判(請求は200万円)が、9日、結審した。判決は、11月25日に言い渡される。実はこの裁判には、関連する4件の裁判がある。元国会議員・森裕子氏が起こした裁判を起点として、複数の裁判が起こされ、このうちに2件がいまも進行している。

 このうちの1件にわたしも被告として巻き込まれている。その中には、言論表現の自由にかかわる重大なテーマ--記事を執筆した際に、特定の取材内容を入れなかったことが名誉毀損にあたるかどうか?--も含まれている。4つ裁判の関係がどうなっているのかを解説した。

『最高裁の黒い闇』(鹿砦社)や『最高裁の罠』(K&Kプレス)などの著書がある志岐武彦氏が、歌手で作家の八木啓代氏に対して、東京地裁で起こした名誉毀損裁判(請求は200万円)が、9日、結審した。判決は、11月25日に言い渡される。

訴因は、八木氏が発信した次のようなツィッターである。たとえば、

『とにかく明らかなのは、志岐さんには、誰もかけていない電話が聞こえ、会ってもいないのに会った記憶が作られ、そこでは、志岐さんに都合の良い事実が暴露されるらしいことである。早急に病院に行かれた方がよろしいかと思う』

『ちなみに、どうせまともな人は信じないので改めて書く必要もないと思いますが、志岐氏が昨日付のブログに書いていることは、すべて妄想です。かなり症状が進んでいるなと思います。早い内に病院か教会に行かれる方がよいと思います。』

もちろん八木氏は、ツィートの内容は名誉毀損にはあたらないと主張した。
なお、八木氏に対してわたしは、2015年7月30日、わたしに関す事実に反したツィッター攻撃に対して謝罪を求める催告書を送付した際に、「反論などありましたら、ウエブサイトで紹介します。また、裁判の書面についても、貴殿が希望されるものがあれば、掲載しますのでお知らせください。」と通知している。従って八木氏から、反論を希望する旨の申し出があれば、本サイトで掲載する。

◇森裕子裁判

さて、「志岐VS八木」裁判の背景に言及しておこう。
発端は元参院議員の森裕子氏が志岐氏に対して、言論活動の一部禁止と金500万円を請求する裁判を起こしたことである。原因は小沢一郎検審にからむ疑惑の解釈をめぐる対立である。小沢氏を起訴に持ち込んだ舞台裏に、検察の策略があったとする森氏。これに対して、舞台裏の仕掛け人は最高裁であると考える志岐氏。

2人の対立は、エスカレートして元国会議員が一市民を提訴する事態になったのである。こうした一連の流れの中で、森氏に近い八木氏が、ツィッターで志岐氏に対する批判を繰り返したのだ。

周知のようにこの裁判は志岐氏が勝訴した。

◇陳述書の執筆を断って・・・

ところがその後、Aさんという市民が八木氏に対して名誉毀損裁判を提起する。「志岐VS森」裁判の中でAさんは、森裕子氏から陳述書の執筆を依頼されたのだが、それを断った。これに対して八木氏がAさんをネット上で批判した。その言動が名誉毀損にあたるとして、Aさんが八木氏を提訴したのだ。

この裁判は最高裁でAさんの勝訴が確定している。20万円の支払いが命じられた。

一方、志岐氏は、自分が被告にされた裁判の「戦後処理」の意味もあったのか、あるいは森サイドへの「反訴」の意味あいだったのか、八木氏に対して、金200万円の支払いを求める名誉毀損裁判を起こした。訴因は、八木氏による大量のツィートである。

◇言論表現の自由にかかわる問題提起

これに対して八木氏も沈黙しなかった。志岐氏に対して、金200万円の支払いを求める裁判を起こした。デマを拡散されたということなどが訴因である。

ところがどういうわけなのか、被告にわたしの名前も入っていたのだ。訴因のひとつは、わたしが八木氏を取材(2014年12月)した際に、八木氏の話した内容を記事の中で反映させなかったから、名誉毀損にあたるというものである。八木氏が訴因としたのは「さくらフィナンシャル・ニュース」にわたしが書いた次の記事である。

【特報】「志岐武彦VS八木啓代」の名誉毀損裁判、背景に疑惑の小沢一郎検審をめぐる見解の違い

これまで聞いたことのない八木氏の論理だが、言論表現の自由にかかわるテーマである。ライターや編集者にとって、見過ごせない問題である。

それゆえに八木氏が本人訴訟であるにもかかわらず、わたしは弁護士を依頼した。専門家はどう考えるのか?

この裁判の詳細については、結審後に報告する。

こんなふうに元国会議員・森裕子氏が起こした裁判を起点として、4件の裁判が起こされ、このうちに2件が進行している。

2015年09月09日 (水曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

安倍政権の本質が、丸見えになればなるほど、安保法制を何としてでも今国会で成立させてしまおうと、躍起になっている。憲法の「法的安定性」の議論は、最近下火になっているが、この国の主権者は誰なのか。それだけ考えても、安倍政権は憲法の法的安定性を守るつもりがないことは明らかだ。

しかし、それ以上に安保法制が成立したなら、日本の自衛隊は、国民の意思と関係なく、米国の軍事戦略に組み込まれ世界で活動する軍隊となる。つまり、日本から憲法9条の指し示す「法的安定性」を失い、実質、米国憲法を持つ国になる。安保法制強行採決を目前とするこの時期だからこそ、安倍首相が憲法の「法的安定性を維持する」と言うなら、安保法制を廃案にすることを改めて求める。

◇第3次アーミテージ・ナイ・レポートが原点に

日本は、安保法制が成立したなら、9条をかなぐり捨て、米国憲法を持つ国になる……。それが明確に分かる議論が国会でされていた。しかし、既成メディアは当日、何故かまともに報道しなかったから、世間にほとんど知られていない。そこでここで改めて紹介しておきたい。

議論とは、8月19日の安保特別委員会での山本太郎参院議員の質問だ。山本議員が自らのHPで紹介している。詳しくはそのサイトhttps://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/5047を読んでいただいた方がいいだろう。ここでは、その1部だけを紹介する。

本欄の読者の中にも、「第3次アーミテージ・ナイ・レポート」(2012年8月公表)について、記憶がある方がおられるかも知れない。アーミテージ氏とナイ氏は、米国の対日・極東政策を策定して来たオバマ政権の外交・軍事ブレーンだ。

山本氏は、自衛隊に米軍との共同作戦行動を強く求めるだけにとどまらず、日本国内政策にもあからさまに口を挟む内容のこのレポートを12項目の提言に要約。そのパネルを示し、「今回の憲法違反の閣議決定から憲法違反の安保法制まで、ほとんど全てアメリカ側のリクエストによるものだ。今回の安保法案は、このレポートの完コピだ」と政府を追及したのだ。

山本氏はまずレポートの「提言1 原発再稼働」「3 TPP交渉参加」「8  国家機密の保全」「12 日本防衛産業の技術輸出」を挙げ、すでに安倍政権で実行されていることを指摘。その上で、残る8項目のうち「4 日韓歴史問題の直視」を除く7項目について、安保法制の内容とそっくりであることを追及した。

山本氏がパネルで紹介した6項目は、次の通りだ。

「2 シーレーン保護」「5 インド、オーストラリア、フィリピン、台湾等との連携」「6 日本の領域を超えた情報・監視・偵察活動、平時、緊張、危機、戦時の米軍と自衛隊の全面協力」「7 日本単独で掃海艇をホルムズ海峡に派遣、米国との共同による南シナ海における監視活動」「9 国連平和維持活動(PKO)の法的権限の範囲拡大」「11 共同訓練、兵器の共同開発」

ちなみにレポートで何が書かれているのか。山本氏も質問で使った海上自衛隊幹部学校のHPhttp://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/col-033.htmlで紹介されているので、参照して戴きたい。

山本氏ならずとも、この7項目が安保法制に盛り込まれたものの丸写しであることはすぐ分かる。

山本氏は、「そっくりそのままですよ。こういうのを完コピって言うんですよ」と追及したが、誰が見ても、今回の安保法制はアーミテージレポートの「完コピ」であることは一目瞭然。中谷防衛相の答弁は以下の通り、何とも苦しい。

「平和安全法制は、あくまでも我が国の主体的な取り組みとして国民の命と平和な暮らしを守るというために作ったわけで…、ナイ・レポート等の報告書を念頭に作成したものではない。しかし、レポートで指摘をされた点と、結果として重なっている部分もあるが、あくまでも我が国の主体的な取組として検討、研究をして作ったものです」

◇米軍と河野統合幕僚長

さらに2日には、共産党が自衛隊の河野統合幕僚長が昨年12月の総選挙直後に訪米した時の秘密文書を入手。オディエルノ陸軍参謀総長と会談の際、安保法制制定について「来年夏までには終了する」との見通しを伝えたと暴露した。

この二つの事実を重ね合わせるなら、安倍政権の本質が改めてよく見える。安倍氏は、2012年12月の首相就任直後から、すでに公表されていたアーミテージレポートの実現を政権目標にしていたのは間違いないだろう。安倍氏が政権獲得に当たっては、米国の陰に陽の後押しがあったのかも知れない。

もちろんレポートにある政策を実現するには、集団的自衛権を否定している9条が障害になる。安倍氏は「米国から押し付けられた憲法を排し、自主憲法制定を目指す」とし、「美しい国を作る」とナショナリズムを煽った。

レポートで1点だけ安倍政権が「完コピ」していないのが、4項目目の「日韓歴史問題の直視」だ。靖国参拝・歴史問題発言で中国・韓国の反発を買って嫌中・嫌韓気運を盛り上げ、ナショナリズムを高めた方が、安保法制制定に有利で
結局、米国のためになると踏んだのだろう。

案の定、日本の戦後の歴史をまともに勉強もしていないネット右翼の若者がこの言葉に踊り、「押し付け憲法改正」と9条改正を政治日程に乗せることまでには成功した。昨年12月の「アベノミクスを問う」とした解散も、実際は経済運営でボロが出ないうちに国会で自民党議席をさらに伸ばし、レポートで米国から求められている政策の実現に万全を期すことだったのも、もはや誰の目にも明らかだ。

安倍氏の具体的指示があったか否かは、今のところ定かでない。しかし、河野幕僚長の訪米時の発言も、制服組トップが勝手に米側に伝えられる事ではない。当然、政権から何らかのサインが出ていたと見る方が自然だ。

ただ、「今年夏までに米国に約束した安保法制を制定するとなると、9条が障害になり、政治的日程を考えても到底無理。国民の抵抗も強い以上。憲法解釈変更の閣議決定」でしのぐという奇策を繰り出した…。こう安倍政権の軌跡を見て行くと、内閣にとって「聖域」であるべき解散権すら、米国のために行使したことがよく分かる。

◇岸信介と安倍晋三と米国

安倍氏自身が「尊敬してやまない」と公言するのが、祖父の故岸信介・元首相だ。右翼の大物との深い親交でも知られ、戦前の軍国主義復活を考えているようなタカ派発言を繰り返し、復古派のナショナリストと目されていたのが岸氏だが、私にはどうしても安倍氏と岸氏が重なって見えるのだ。

岸氏は開戦時の東條英機内閣の閣僚であったことから極東軍事裁判でA級戦犯被疑者とされ、3年余り拘留された。その後、米ソ冷戦の激化で世界情勢が一変すると、不起訴になり、政界に復帰している。

その後は右翼の大物の後ろ盾を得て、「日本再建同盟」を設立、「自主憲法」「自主軍備」を唱えた。しかし一方で、米国中央情報局(CIA)から多額の工作資金を受け取り、政治を操って来たのではないかとの疑惑がささやかれて来た。最近になって公開された米側秘密文書なども通じ、次第にその輪郭も明らかになって来ている。

確かに米国は、戦後数年間は日本軍国主義の復活を恐れ9条制定にも関与、武装解除政策を進めた。しかし、冷戦の緊迫で「9条はプレゼントし過ぎだった」と気付いた米国は、その後一貫して日本の再軍備、米国と作戦行動を共にする自衛隊の強化を押し付けて来ている。CIA資金を受け取っていたとするなら、岸氏は米国が求める日本の再軍備政策を進めるための代理人…との見方が浮上する所以でもある。

もちろん、岸氏や米国の思い通りに日本がならなかったのは、「もう戦争はこりごり」との日本の世論であり、「軍事より経済優先」との自社両党の微妙なバランスで出来上がっていた55年体制でもあった。

その意味では、安倍政権は、55年体制の決定的破滅を意味する民主党政権崩壊の間隙をついて出来上がった鬼っ子とも言える。安倍氏は祖父同様、自らナショナリストぶることで、このどさくさに紛れ、祖父もなし得なかった米国との約束を孫としてこの際、果たそうとの気概に燃えているのかも知れない。

◇高齢化社会が徴兵制を導く

そこで憲法の「法的安定性」に関する礒崎陽輔首相補佐官の発言を、改めて精査してみたい。

礒崎氏は7月の大分市内の講演で、安保法制について、「(憲法解釈と)法的安定性は関係ない。国を守るために必要な措置かどうかは気にしないといけない。政府の憲法解釈だから、時代が変われば必要に応じて変わる」と語っている。

中国の海洋膨張政策や北朝鮮の核開発で東アジア情勢は、岸氏の時代よりさらに緊張感を増しつつあるのは、私も否定しない。米国の外交・軍事力も、低下している。

礒崎氏には、安倍氏のように岸氏との肉親感情はないだろう。今の東アジア情勢を考えれば、今は憲法9条・集団的自衛権否定に拘束されている場合ではない。米国の要求もある以上、米国の軍事力が低下している分、日本の自衛隊が補完して対抗する以外に、米国も日本を守ってくれないとの思いがあるのだろう。

しかし、極東の緊張・中国・北朝鮮の軍事力脅威は、自衛隊が米軍の補完勢力となることだけで解決するものではない。あまりに安易・短絡的。むしろ極東で軍拡競争を助長するだけだから、もちろん私は、礒崎氏の考えに同調しない。ただ、もし安倍氏や礒崎氏がそう考えているとしても、姑息な解釈改憲で安保法制を拙速に成立させることではあるまい。

安倍氏は礒崎氏以上に「憲法9条は邪魔」と思っているのは間違いない。政権が代われば、法律だけでなく憲法解釈まで自由に変えられるとの前例を作ったのも、安倍氏だ。その安倍氏が「集団的自衛権を容認しても、戦争に巻き込まれることはない」「徴兵制の導入は政権が代わっても、絶対にない」と、口先で答弁されても、「信用せよ」と言われても無理だ。

集団的自衛権を容認するなら、自衛隊が海外で武力行使や後方支援する機会は確実に増える。海外に敵を作れば、日本本土も標的になる。戦争に巻き込まれる危険が確実に増える。

当然自衛隊員の戦死者も出る。誰も死にたくはない。隊員の志願者が減れば、給料を増やして募集するしかない。しかし、この国では高齢化はますます進み財政はひっ迫、軍事費のこれ以上の増大は許容範囲を超える。結局、徴兵制に移行するしか道はない。

安倍氏は、誰にでも透けて見える内実・本音を隠し、説得力を持たないまま無理やり集団的自衛権容認で、日本は安全になるかのように言い張る。だから、国会論議は深まらないし、憲法の「法的安定性」が維持されるとは、誰も思っていない。

◇日本国憲法の理念とは何か?

しかし、安倍氏は礒崎氏と違い、少なくとも国会答弁で「法的安定性に十分留意した」と答えている。なら、憲法の前文・条文に照らし、安倍氏の守るべき憲法の求める「法的安定性」とは何か。国是の原点に戻り、きちんと論議することから始めなければならない。

まず、憲法前文だ。

日本国民は」「われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」、「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。

「主権が国民に存することを宣言し」、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」。「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」--である。

9条では、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」--と、している。

「戦争」と、「武力による威嚇又は武力の行使」を、「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄」したのがこの国の憲法である。「恒久の平和の念願」、「人間相互の関係を支配する崇高な理想の自覚」、「平和を愛する諸国民の公正と信義への信頼」を時代が変わろうとも国民の変わらぬ「決意」として、国際社会の中で「われらの安全と生存を保持」を委ねる外交政策を貫くことが、憲法の「法的安定性」を守ることなのである。

なら、憲法改正することなく、自国が攻撃されていないのに武力行使を発動できる「集団的自衛権」は憲法違反。「政府の憲法解釈だから、時代が変われば必要に応じて変わる」では、「法的安定性」を満たしていないことになる。

「平和を愛する諸国民の公正と信義への信頼」は、中国や北朝鮮、中東の紛争地域の人たちへも、「平等、均等」に向けるのが、憲法の要請である。こちらが敵視すれば、相手も快く思わない。誤解、憎しみの連鎖が多くの戦争を生みだしたのも、世界史からの教訓でもある。

◇米国憲法における法的安定性

次に記すのは、米国憲法の前文だ。

「われら合衆国人民は、より完全な結合(Union)を形成し、正義を樹立し、国内の静穏を確保し、共同体の防衛に備え、一般的福祉を促進し、我らと我らの子孫に自由の恵沢を確保する目的をもって、アメリカ合衆国のため、ここにこの憲法を制定し確立する」

米国憲法は「共同体の防衛」と言う言葉を使い、「武力の行使」を否定していない。「自由と民主主義」が米国の国是、「正義」であり、そのためには武力行使を辞さないというのが、米国憲法の「法的安定性」と言うべきだろう。米国憲法の「正義」は、大きな大戦で負けたことのないという自信と資源・技術力も含め、強大な経済力に裏付けられている。

「自由と民主主義」は、私も共鳴するところが多いし、米国が第2次大戦後の世界で「一定の役割」を果たしたことも否定しない。しかし、「9・11同時多発テロ」に象徴されるように、すべての世界の人々から「信頼」を集めたとまでは言えない。その中で米国自身、自国の多くの若者の命を戦場で散らせてきた。

もともと資源も国力でも大幅に差がある日本と米国だ。憲法が「国民の代表者」・権力者に求める「法的安定性」、つまり国是、「国家の基本戦略・政策」は、違っていて当然なのだ。

◇日本は米国憲法を持つ国になるのか?

もともと戦後長く、日本の為政者は米国との国力の違いを「深く自覚」していた。その結果、55年体制の中て、親米の与党とブレーキ役の野党がそれぞれの役割分担を果たして来た。だからこそ、過度に軍事国家に傾斜することなく、今の日本の経済的繁栄と若者も戦場に行かず、平和な暮らしを享受することを両立出来た。

もちろん、礒崎氏が言うように「時代が変われば必要に応じて変わる」政策はある。しかし、「政府の憲法解釈」「法的安定性」までを変えるのでは、憲法の「法的安定性」を基礎とする立憲国家ではない。

百歩譲っても、「主権が国民に存することを宣言」したのが、憲法前文だ。もし、「時代が変わり、必要に応じて」、「法的安定性」にかかわる政策変更が必要だとするなら、事情を積極的に主権者である国民に情報公開して、憲法改正手続きを踏むのも、憲法前文の「法的安定性」からの要請である。

もし、多くの憲法学者も「違憲」と断ずる集団的自衛権容認を前提とする安保法制が成立したとしても、それを政策として執行すれば、憲法の「法的安定性」を損ね、国会答弁に反する。つまり、日本は米国憲法を持つ国となる。

もちろん、こっそり解釈改憲による安保法制成立の時期まで、自衛隊制服組が訪米、米当局者に約束して来るのは論外である。

何故、こうした重要な二つの国会質疑を、「知る権利」を持つ国民に向けて大きく報道しないのか。最近の既成メディアの姿勢に対しても、私が疑問を持つのも、その点にある。

◇海部首相の極密策を止めた外務省の大罪

米国の政策が常に正しく、追従するのが日本の生きる道なのか。決してそうではない。その事例として想い出すのは、私が政治記者・海部氏の首相番をしていた1990年に起きた湾岸戦争の時だ。イラクがクウェートに侵攻、米軍をはじめとした多国籍軍が対抗した。

この戦争を境に米国は、あきらめかけていた自衛隊の海外派遣要求を格段に強めた。しかし、首相番として政権を間近に見ていた私の実感からすると、「血を流さない日本に批判が高まった。日本は何をすべきか、真剣に考える時がこの時から始まった」などと、安倍氏に近い政治評論家がしたり顔で今、語っていることとは相当の開きがある。

イラク・フセイン政権には、「ならず者」とのイメージがある。しかし、そもそもクウェート侵攻は、米国の後押しもあってイランと戦争を始めたにもかかわらず、米国から買った多額の武器調達費が払えず困り果てていた。その穴埋めにと原油の値上げを画策したが、同一歩調を取らないクウェートに怒りを募らせたのが、そもそもの発端だ。

時の海部首相も、何もしなかった訳ではない。実は、米国の軍事行動が始まる前、和平のために極秘に日航機をチャーターして中東を訪問する計画を極秘で立てていた。しかし、止めたのは、日本の外務省だった。

もともと非キリスト教国の日本。中東で嫌われる存在ではない。当時はバブルで使い道に困るほどの多額の税収が入っていた。イラクに対し資金援助をし、日本の仲介で和平を成立させることも、全く荒唐無稽な話ではなかったのだ。

だが、当時の米国は、軍需産業を強力な支援者とする共和党・ブッシュ政権。冷戦時代に有り余っていた武器を使い、イラクを叩き潰したいのが本音。欧米の持つ石油利権に日本が一枚加わるのを避けたいとの思惑もあったはずだ。

戦後成し得なかった日本の軍事国家化への千載一遇のチャンスと見たのだろう。各国に抜け駆け交渉しないよう釘を刺し、日本にはひたすら自衛隊の派遣のみを強力に求めた。対米追従体質が染み込んでいるのが、日本の外務省だ。その意向を汲んで、制空権を米国が握っているにも拘わらず、「民間機は撃ち落とされる心配がある」との理由で、海部首相の中東歴訪を幻にしてしまったのだ。

◇「美しい国」を米国に売り渡す愚策

しかし、米国のこの時の軍事介入が、いかに失敗だったかは、今となっては明らかだ。イラクと対立していたイランは対抗馬がなくなり、ますます中東で強大な存在になり、不安定化が進んだ。原油もむしろ暴騰。日本のバブル崩壊の引き金にもなった。

イラク軍をクウェートから追い出した後も、米軍がサウジに駐留したことで、もともと親米だったはずのアルカイダのビン・ラーディンを敵に回した。その結果、9.11同時多発テロの原因になるとともに、報復としての米国のイラク、アフガン攻撃も泥沼化。イスラム国まで生みだし、多くの米軍戦士の命も散った

もし米国の言いなりに日本が多国籍軍に参加し、自衛隊が中東に出て行っていたとしても、何ら世界の平和に貢献しなかったことは、この経過からも明らかだ。むしろ、海部首相の和平がどんな形であれ、少しでも功を奏していれば、世界から「さすが憲法9条を持つ国は違う」と、今では評価されていたはずだ。

今も昔もこの国を軍事大国にしたい人は、政界にも巷にも一定程度いる。しかし、この通り、米国の強力な軍事力をもってすら、この有様と言うしかない。日本と米国は憲法も異なれば、その「法的安定性」、つまり外交政策は違って当然なのだ。少なくとも日本は、靖国参拝や歴史認識問題で中韓を刺激し、こっそり対米追従の安保法制を成立させ、軍事的緊張をさらに高めることではあるまい。

当面の極東情勢からは、米国の軍事力関与は欠かせず、必要悪だと私も思う。しかし、日本の役割、立ち位置は違う。安倍氏が本当に憲法の「法的安定性」を維持するというなら、なぜ、安保法制よりも、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」平和外交、歴史認識でも共有の道を模索し、極東融和に一歩踏み出せないのか。

安倍首相に改めて問う。世論調査を見ても、主権者の国民は、安保法制に反対している。その中で強行裁決で成立させ、この「美しき国」を米国に売り渡す気ですか…と。
この原稿に関しては、私が以前に書いた以下の3つの原稿も合わせてお読みいただければ幸いです。

「見えぬ安倍首相の真意」http://jcjfreelance.blog.fc2.com/

「安保法制の狙いは自衛隊と米軍の一体化、在日米軍再編計画に迎合した安倍政権」http://www.kokusyo.jp/yoshitake/7657/

「秘密保護法、集団的自衛権のあまりに危険な実態、ジョセフ・ナイ元米国防次官補の語る日米軍事戦略」http://www.kokusyo.jp/yoshitake/6903/

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。特定秘密保護法違憲訴訟原告。

2015年09月08日 (火曜日)

【サマリー】日米両軍の合体に向けた計画が着々と進んでいる。 共産党の仁比聡平議員はそれを裏付ける自衛隊の内部文書を国会で暴露した。タイトルは「統幕長訪米時の(ママ)おける会談の結果概要について」。「黒書」はこの文書を入手し、公開に踏み切った。

  この内部文書は、会話形式のもので、たとえばワーク国防副長官は河野統幕長に対して、「ガイドラインの見直し作業は進展しており、私だけでなくヘーゲル長官や我々の政治チームも10月の中間報告には満足している。現在は4月の作業完了を期待している」などと述べている。
日米両軍の合体に向けた計画が着々と進んでいることが、共産党の仁比聡平議員が暴露した自衛隊の内部文書によって明らかになった。「黒書」はこの文書を入手した。

特定秘密保護法に指定されている文書の可能性もあるが、同法の第22条1項は、「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」と謳い、第2項は「法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務(報道の仕事)による行為とするものとする」と述べているので、公開に踏み切った。

内部文書は、「統幕長訪米時の(ママ)おける会談の結果概要について」と題されたもので、おもに米国の軍関係者と日本の河野克俊統幕長の間の会話形式で構成されている。全体は22ページ。最初のページは目次である。

■出典:目次PDF

◇「予定通りに進んでいるか?」

2ページには、オディエルノ陸軍参謀総長と河野統幕長の会話が収録されている。

オディエルノ陸軍参謀総長:現在、ガイドラインや安保法制について取り組んでいると思うが予定通りに進んでいるか? 何か問題はあるか?

河野統幕長:与党の勝利により来年夏までには終了するものと考えている。

■出典:2ページPDF

◇「中間報告には満足している」

9ページには、ワーク国防副長官と河野統幕長の会話が記録されている。

ワーク国防副長官:ガイドラインの見直し作業は進展しており、私だけでなくヘーゲル長官や我々の政治チームも10月の中間報告には満足している。現在は4月の作業完了を期待している。

河野統幕長:我々も集団的自衛権行使に関する閣議決定がなされたことから、改訂されたガイドラインには期待している。(略)

ワーク国防副長官:今回の勝利について安倍首相にお祝い申し上げる。これは我々にとっての助けになるだけでなく、安保法制の検討中である日本にとっても良いことであると認識している。

■出典:9 ページPDF

◇「方針の変更はないとの認識である」

さらに20ページには、ダンフォード海兵隊司令官と河野統幕長の会話が記録されている。辺野古に関する意見交換では、それぞれ次のように述べている。

河野統幕長:沖縄県知事選挙時にはリバティーポリシーの実施、地域情勢に配慮して頂き感謝する。結果として普天間移設反対派の知事が就任したが、辺野古への移設問題は政治レベルの議論であるので方針の変更はないとの認識である。安倍政権は強力に推進するであろう。

ダンフォード海兵隊司令官:沖縄には3回勤務をしているので地元の状況についてはよく認識している。この様な問題には忍耐力が必要であり状況が好転するまで待つことも必要である。しかしながら、安倍総理は移設を現行計画どおり実施し、沖縄の基地負担を減じる努力をしていくと理解している。

河野統幕長:衆院選挙においては安倍政権与党が圧勝した。安倍首相のリーダーシップによりこのような問題も進展していくものと認識している。

■出典:20ページPDF

これらの会話から、われわれの知らないところで日米両軍の合体に向けた計画が着々と進んでいることが読みとれる。メディアによる世論誘導が露骨になっているとはいえ、自民党を選択してきた国民の側にも大きな責任がある。

2015年09月07日 (月曜日)

【サマリー】練馬区で基地局の設置に反対する住民らが、基地局の設置状況をビジュアルに示す地図を作成した。それによると約2キロ×2キロの範囲に、少なくとも58基もの基地局が設置されていることが分かった。本当に新しい基地局が必要なのかを検証するための資料になりそうだ。

 最近の基地局問題の特徴として、基地局の設置場所を提供する地権者がトラブルに巻き込まれていることである。地権者になることは、賃料収入を得られる反面、健康被害に対する損害賠償裁判の被告にされた場合、たとえ勝訴しても大きなリスクを背負うことになる。

携帯電話の基地局を撤去させる運動に取り組んでいる東京練馬区中村1丁目の住民たちが、自分たちが生活する地域にどの程度の基地局が設置されているのかを調査した。地図上に赤点で示したのが、基地局が設定されている地点である。想像以上に多数の基地局が点在していることがわかる。

約2キロ×2キロの範囲に、少なくとも58基もの基地局が設置されている。

この調査の発端は、2013年1月に練馬区中村1一丁目にあるマンション、ベルファース練馬の屋上にNTTドコモが基地局を設置しようとしたことである。しかし、住民の間から反対の声があがり係争になった。

住民側はベルファース練馬の屋上に、本当に新しい基地局を設置しなければ、通話ができないのかを調査する一端として、地域全体における基地局の設置状況を調査したのである。

ちなみにNTTドコモは、住民運動の反対を押し切って、問題になっている基地局の稼働を2014年5月に開始した。

◇鍵を握る地権者

基地局の設置をめぐる電話会社と住民のトラブルは全国で絶えない。最近の係争の特徴としては、電話会社に基地局の設置場所を貸し付ける地権者が係争に巻き込まれるケースが増えていることである。

地権者のなかには、基地局から発せられるマイクロ波が周辺住民に人体影響を及ぼすリスクがあることを認識していない者も多い。電話会社が正確にリスクについて説明しなければ、地権者は将来的にみずからに降りかかってくる可能性がある人的被害に対する賠償問題などを考慮せずに、賃料ほしさに電話局の要望に応じてしまう。

たとえマイクロ波のリスクについて知っていても、将来的に健康問題が浮上した場合は、電話会社が責任を取ってくれると安易に考えてしまうようだ。しかし、健康被害を賠償させる裁判では、被告に電話会社だけではなくて、地権者を加えるか否かを決める権限をもっているのは原告になる住民側である。電話会社ではない。

たとえ裁判に勝ったとしても、裁判費用だけでも莫大な額になる上に企業のイメージが地に墜ちる。つまり公害がからんでいる係争に地権者としてかかわることは、極めてリスクが大きいのだ。

もちろん個々のケースにはそれぞれの特徴があり、基地局問題をひとまとめにして語ることはできないが、わたしが取材してきた限りでは、最近は地権者の判断により基地局が撤去されたり、基地局の設置計画が中止になったケースが増えている。

◇解決した世田谷区奥沢のケース

東京都世田谷区奥沢のケースを紹介しよう。
2014年4月NTTドコモは住民に対して、世田谷区奥沢2丁目11番13号にあるマンションの屋上に基地局を設置する計画を通知した。これに対して反対運動が起こった。結論を先に言えば、この計画はスムーズに中止になったのであるが、その鍵を握ったのが地権者だった。

基地局が設置される低層マンションの隣に住む一児の母親が、マイクロ波により近隣住民が健康被害を受けるリスクを綴った手紙を地権者(アパレル・メーカーの社長)へ送ったところ、地権者は計画を断念した。

このメーカーのウエブサイトには、企業として環境保全を重視している旨が記されていた。環境保全と基地局は共存しえないという経営者の判断があったものと推測される。

ソフトバンクと住民との間で続いていた調布市柴崎のケースでも、今年の春に地権者の判断で計画が中止になった。(もっともこのケースでは、別の問題があるので、完全に解決したとはいえないが。これについては別の機会に報告する機会があるかも知れない。)

電話会社が地権者に対して、マイクロ波が人体に及ぼすリスクを十分に説明することが定着すれば、トラブル件数は激減するはずだ。各自治体は、電話会社に説明責任を徹底させるべく、条例などで厳しく規制すべきではないだろうか。