2016年05月09日 (月曜日)

たとえば闇夜の中で白いスクリーンに青色のライトを当て、遠くから眺めると青いスクリーンが立っているように錯覚する。スクリーンに近づいて、光を放っている物体を自分の眼で確認すれば、青色のからくりが発見できる。幻想とはこうしたものである。そして、その幻想は世の中の至るところにはびこっている。

大阪高裁の元判事で現在は弁護士の生田暉雄氏の新刊、『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(三五館)を読めば、日本が実は三権分立の国ではないことが分かる。われわれが「裁判=正義と真実の追求」という幻想に酔っていることに気づく。

生田氏が内部告発した最高裁事務総局の実態は恐ろしい。

本書のタイトルからは、「安保法」 関連の本のような印象を受けるが、日本の裁判の異常性という一貫したテーマを具体的な実例で構成している。最高裁事務総局による裏金づくりの実態にまで詳しく踏み込んでいる。

◇エクソンモービル事件

生田弁護士が指摘している諸問題の中で、筆者がみずからの体験に照らしあわせて特に注目したのは、裁判所の内輪で「報告事件」と呼ばれている事件の存在である。これは最高裁事務総局が暗黙のうちに判決の方向付けをする事件で、提訴しても最初から勝ち目のない。

いわば有権者をペテンにかけている裁判である。

「報告事件」に指定されると書記官など裁判所の職員が、裁判の経過を最高裁事務総局に報告する。そして大企業の利益に反したり、国策にそぐわない判決がでそうな雲行きになると、判事を交代させるなどして、判決の結果を方向づけてしまうという。いわば軍事裁判と同じレベルのことが水面下で進行しているのである。

生田氏はこの種の具体例として、みずからが原告代理人を務めたエクソンモービル事件の例を取り上げている。この事件の経緯について本文から引用してみよう。

エクソンモービルは、アメリカに本社を置くワールドワイドな国際石油資本、いわゆるスーパーメジャーと呼ばれる巨大企業です。これほどの巨大企業が相手となると、厳しい闘いを続けていく覚悟が必要です。

  ガソリンスタンドと供給元の石油会社の間では、仮にスタンドにとって理不尽な取引が行なわれたとしても、裁判にまで訴える例はありませんでした。

 したがってこの訴訟は、全国のガソリンスタンドの注目を集めました。

 訴えは、エクソンモービルが契約通りにガソリンを供給していない状況があり、契約を履行すべく取引の改善を求めたもので、裁判は東京地裁で行なわれました。

 訴えそのものは、それほど難しいものではありませんが、相手方がスーパーメジャーであるという点で困難を極めることは容易に予想できました。(中略)

 およそ2年かかったでしょうか、あと1回の審理で結審し、その次に判決という段階で私は依頼人である原告にこう断言しました。

「あと1回で結審します。勝訴は間違いありません」

 希望的観測で言ったわけではありません。私の裁判官経験を基礎に、裁判長が原告勝訴の結論の傾いていることがはっきり読み取れていたのです。

 私は通常、依頼人に対して判決の予想を話すことはあまりしません。予想が覆ることは普通の裁判でもあるからです。しかし、このときはかなりの確信を持っていたので、あえて話たのです。

 裁判がそのまま正常に行なわれていれば、予想が覆ることはありません。ところが「あと1回の審理」から、正常な裁判が突然、異常な裁判に変わったのです。

 最後の審理の当日、「こんなことがあるのか!」と目を丸くする事態が起きました。
 それは、3人の裁判官がいつものように入廷してきた瞬間でした。なんと裁判長も、2人の陪席裁判官も、前回までの裁判官ではなく新しい裁判官に替わっていたのです。

 裁判長は戸惑う私たち原告側に目もくれず、裁判官が交替した旨だけ一言伝えると開廷を告げました。

こうして生田弁護士らは敗訴したのである。

◇裁判記録を公表する必要性

報告事件に該当すると思える裁判は、筆者自身が体験したり取材した裁判の中にもある。あくまで主観的な判断にすぎないが、次の裁判である。

■読売新聞社がかかわった裁判

・真村訴訟。
1次訴訟と2次訴訟があるが、1次訴訟までは、仮処分申立ても含めて、YC広川の真村店主の完全勝訴。以後、2次裁判から読売の全勝。この裁判はあまりにも不自然に感じるので、今後、検証と記録を残す作業が必要だろう。

原告の真村氏を15年近く法廷に縛り付けたこと自体が、重大な人権問題ではなかろうか。

・読売が黒薮を提訴した3件の裁判と、黒薮が読売を提訴した1件の裁判。

黒薮が5連勝した後、最高裁が口頭弁論を開き、読売を逆転勝訴させた。以後、読売の連勝に。メディア黒書では、今後、裁判の関連書面の公開をすすめていく。読売が主張したこと(準備書面・陳述書など)はすべて、公開を前提に重要記録として保管している。

黒薮・真村の裁判には、日本を代表する人権擁護団体である自由人権協会代表理事である喜田村洋一弁護士が読売の代理人を務めた。彼は東京から福岡まで何度も足を運び、読売を援護したのである。筆者は護憲派と改憲派は相いれないものと思っていたが、そうではなかった。

■携帯電話基地局をめぐる訴訟

田中哲郎判事が、九州各地の裁判所を転々として、原告住民を敗訴させていった事実がある。ちなみにWHOの外郭団体・世界がん研究機構は、2011年に、携帯電話のマイクロ波に発ガンの可能性があることを認定している。田中判事は、その後も判決を変えていない。

■特定秘密保護法違憲訴訟

■一連の原発関連の訴訟

◇メディアに重大な責任

最高裁事務総局が抱える諸問題の対策として、生田弁護士は、欧米なみに市民が次々と裁判を提起することを勧めている。裁判を起こすことで、市民としての権利意識も高まる。それが結果として、日本の裁判を正常化することになる。

筆者は日本の司法界は、欧米からは著しく遅れていると考えている。しかし、それを司法関係者だけの責任にするつもりはない。

メディアにも大きな責任がある。裁判の結果だけを報じるのが、司法記者の役割ではない。大事な裁判は、裁判のプロセスも含めて連続して報じなければならない。世論の監視にさらさないから、「報告事件」にされてしまうのである。

 

■『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(三五館)

 

2016年05月06日 (金曜日)

夏の参院選で新潟県選挙区から森裕子(生活の党、敬称略)が野党の統一候補として出馬するようだ。参院選を前にしたこの時期、森が自論を展開した検察による捏造捜査報告書流出事件(発端は、小沢一郎氏が検察審査会により起訴された事件と裁判)について再検証してみる必要がある。

捏造捜査報告書の流出ルールは、窃盗のケースは別として次の2つしかない。

①検察側が持ち出した可能性

②裁判の被告・小沢側が持ち出した可能性

この問題に踏み込む前に、小沢氏と森氏の関係に踏み込んでみよう。

そもそも森裕子はどのような経緯で新潟選挙区の野党統一候補として台頭してきたのだろうか。議員数が衆参あわせてたった5人の弱小政党、「生活の党と山本太郎となかまたち」から野党統一候補を選ぶことは、むしろ例外の域に属するが、なぜ森なのか。

◇エープリル・フールの米山隆一(維新)のブログ

これに関して政治の裏舞台からこぼれ出たある話がある。話の出所は、2012年の衆院選で落選した民進党(当時は維新の党)の米山隆一のブログ(16年4月1日付け)である。

■米山隆一のブログ

(ただしこのブログは、筆者が第3者を通じて米山事務所に内容の信憑性を問い合わせてもらったところ、「エープリル・フール」の作り話であるとのことだった。米山自身もその後、ブログの最後で、「 ※ご承知の通り今日はエープリールフールです。第3行目以降は、事実と、希望と、法螺が混在しております。何が事実で、何が希望で、何が法螺かは、ご判断にお任せいたします(笑)。」と加筆した。それゆえに読者は、米山隆一のブログを鵜呑みせずに、ひとつの参考として読んでほしい。)

ブログによると米山は、3月ごろに、東京墨田区の向島にある料亭で小沢一郎と会談した。その際に、小沢から、参院選で森を野党統一候補に推すようにもちかけられたという。その見返りとして、米山が立候補を予定している次回の衆院選で、小沢が「田中票」を取りまとめるというのだ。

小沢が新潟県でどの程度の影響力を発揮できるかは未知だが、故田中角栄の愛弟子だった関係で、田中真紀子には極めて近い存在だ。その「田中の票」を取り込めば、米山が当選する確率が高くなる。当然、米山にとっても悪い話ではなかった。

◇日本のメルケル、日本のサッチャー

米山がブログで綴っていることが事実とすれば、小沢はなぜ森のために工作に走ったのだろうか。かりに米山がブログで綴っていることがまったくの嘘だとしても、小沢が異常に森裕子の肩入れしているのは動かしがたい事実である。

たとえば次の動画をご覧いただきたい。タイトルは、「小沢一郎 森ゆうこを後継指名」。番組概要は次のように述べている。

■「小沢一郎 森ゆうこを後継指名」

「2013年5月26日に行われた森ゆうこサポーターズ総決起集会。この中で、小沢一郎生活の党代表は、検察と戦った森ゆうこ議員に、涙ながらに謝意を述べるとともに、自分の後継者となることを期待。」

裏事情をよく知らない者にとっては、なぜ、小沢が「森ゆうこ議員に、涙ながらに謝意」を述べたのか不思議に感じるだろう。画面上の小沢には、涙腺がゆるんだ老人のような印象さえある。

小沢の発言からキーワードを拾い出してみよう。

「警察や検察と(注:森氏が)闘ってくれたおかげで、自分は晴れて無罪になった」

「個人的なことを申し上げて恐縮だが、森氏は恩人

そして圧巻は森を指した次の言葉だ。

「自分の跡を継げる人(後継指名)、日本のサッチャー、メルケル」

「警察や検察と(注:森が)闘ってくれた」とは、半年前に小沢が無罪を勝ち取ったばかりの刑事裁判における森の献身的な支援を意味しているようだ。

つまり森が小沢の無罪に並ならぬ貢献をしたことが、小沢が森を強く推している理由なのだ。

◇東京検察審査会の闇

検察審査会が小沢一郎に対して起訴相当の議決を下し、小沢が刑事事件の法廷に立たされることが決まったのは、2010年9月だった。

検察審査会というのは、「検察」の名前を付しているが、検察の組織ではない。まぎらわしいが、これは検察がある事件を不起訴にし、それを不服とする有権者が審査を申し立てた場合、不起訴が妥当かどうかを判断する最高裁事務総局の組織である。検察審査員は、裁判員制度の裁判員を選ぶのと同じような抽選方法で、有権者の中から選ばれる。

小沢が検察審査会の審査を受けることになった引き金は、改めていうまでもなく、俗にいう小沢一郎事件である。事件の発端は2009年に小沢が市民団体から、政治資金規正法違反で東京地検特捜部に告発されたことである。しかし、東京地検特捜部は、嫌疑不十分で小沢を不起訴とした。

この判断を不服とした市民団体が検察審査会に対して審査を申し立てた。そこで検察審査会が開かれ、審査員たちが検証を重ね、小沢に対して起訴相当の議決を下した。審査員たちは、検察とは別の判断を示したのだ。

これを受けて東京地検特捜部は小沢事件を再検証したが、やはり不起訴の結論を出した。とはいえ、これで小沢の無罪が確定したわけではない。市民側は検察の判断に納得しなかったので、再び権利を行使。小沢事件は検察審査会で2度目の審査にかけられることになったのだ。

これは小沢にとっては大きなプレッシャーになったに違いない。と、いうのも、検察審査会が同じ事件で同じ人物に対して2度にわたって起訴相当の議決を下した場合、強制的に刑事事件の法廷に立たされるルールがあるからだ。逆に不起訴になれば、潔白の身となる。3度目の審査は認められていない

2度目の審査で検察審査会は小沢に対して再び起訴相当議決を下した。その結果、小沢は刑事事件の法廷に立たされることになったのだ。この日は、ちょうど小沢が菅直人と党首の座を争う民主党代表選の投票日だった。当時、民主党は政権党だったから、もし小沢が菅に勝っていれば、総理に上りつめるシナリオがあった。

しかし、起訴相当議決が下った人物が総理になるとすれば、世論の反発は免れない。が、幸か不幸かマスコミによる「小沢潰し」もあって小沢は菅に敗れた。

◇森と志岐による綿密な調査

小沢一郎が刑事法廷に立つことが決まった直後から、永田町界隈で奇妙は噂が流れはじめる。それは、小沢を裁いた検察審査会は架空だったのではないかという噂だ。つまり審査員が存在しない「やらせ」の審査会を最高裁事務総局が設置して小沢を失脚させたのではないかというのが、その内容だった。

この疑惑の解明に正面から取り組んだ人物がいた。森裕子と市民運動家の志岐武彦であった。特に志岐は市民オンブズマンの協力を得て、東京地検特捜部や検察審査会が置かれている東京地裁に対して情報公開請求を繰り返し、膨大な内部資料を入手して中身を精査した。この事件の報道検証も行った。

その結果、さまざまな疑問点が見えてきたのだ。たとえば小沢に対する起訴議決が下された2010年9月14日前後の新聞報道を調査したところ、議決日の6日前(9月8日付け)に読売新聞など主要6紙が、小沢事件を審査する検察審査会の今後の日程について、これから「審査は本格化する見通し」と報じていた。ところがその直後に、急遽、小沢に対して起訴相当議決が下されたのだ。

当然、この6日の期間に審査員が集まって審査会を開催していなければ話の辻褄が合わない。ところが志岐が東京地裁から情報公開請求で引き出した審査員の日当・旅費に関する膨大な請求書を調べたところ、この6日の期間に審査会に参加した審査員たちの日当と交通費の請求を証拠づける請求書が存在しないことが分かったのだ。

志岐は、後に出版する『最高裁の黒い闇』(鹿砦社)の中で、架空検察審査会の疑惑を裏付ける7つの根拠をしめした。ここでは言及しないが説得力がある内容だ。

一方、森は国会議員の特権を使って、最高裁から検察審査会の審査員くじ引きソフトに関する資料を開示させ、それが架空審査会の温床となる「いかさまソフト」であることを解明した。その詳細についてもここではふれないが、結論を言うと、最高裁事務総局が恣意的に審査員たちを選べる仕組みになっていたのだ。もちろん「架空審査員」を選ぶこともできる。

森は志岐からも情報を入手して、国会で検察審査会を管轄する最高裁事務総局の責任を追及するようになった。最高裁事務総局にとって、森は最も恐ろしい政治家となったのである。

◇疑惑だらけの『週刊朝日』のスクープ

2012年4月、東京地裁が小沢裁判の判決を下す直前になってある転機が訪れる。検察が小沢一郎を取り調べた際に作成し、後に検察審査会に提出した報告書(事実を捏造したもの。以下、「捏造捜査報告書」)を、何者かが外部へ流出させたのだ。まず、それを『週刊朝日』がスクープした。検察審査員たちは捏造捜査報告書に誘導されて、小沢を「黒」と思い込み、起訴相当議決を下したといわんばかりの趣旨だった。

私はこの時点で、小沢に無罪判決が下ることを確信した。事実、東京地裁は2012年4月26日、小沢に無罪判決を下したのだ。

さらに追い風を受けた小沢にとって幸いする第2の怪事件が5月に起きた。歌手で作家の八木啓代のもとに、ロシアのサーバーを通じて、何者かが捏造捜査報告書を送りつけたのだ。八木は、それをみずからのウエブサイトで公開した。

一連の動きの中で、捏造捜査報告書を作成した検察に対する批判の世論が起こった。「検察が検察審査員を誘導していた」そんな声がどこからとも聞こえてきたのである。

こうした状況の下で森と八木は、「司法改革を実現する国民会議」を結成。2人は共同代表に就任して検察批判の狼煙をあげる。

2013年5月26日に行われた森ゆうこサポーターズ総決起集会で小沢が、「警察や検察と(注:森が)闘ってくれたおかげで、自分は晴れて無罪になった」とか、「個人的なことを申し上げて恐縮だが、森氏は恩人」と語ったのは、どうやら森たちによる検察批判の動きを意味しているようだ。

◇森が志岐を提訴

が、こうした動きに違和感を持つ人物がいた。ほかならぬ志岐武彦である。志岐が東京の自宅で当時を回想する。

「私はこのころは最高裁の謀略で架空審査会が設置され、小沢さんを刑事法廷に立たせたと考えていましたから、検察の捏造捜査報告書による誘導説を取り始めた森さんの動きに違和感を持ちました」

両者の間に溝が生まれた。実際、森が『検察の罠』(日本文芸社)を出版すると、志岐も負けじと『最高裁の罠』(K&Kプレス)を出版した。小沢が刑事法廷に立つことになったのは、検察が審査員たちを捏造捜査報告書で誘導した結果なのか、それとも最高裁事務総局が架空審査会を設置する謀略をめぐらせた結果なのか、この点をめぐって森と志岐の間に鮮明な対立が生まれたのだ。

インターネット上でも、両者は互いに攻撃の火花を散らした。歌手の八木啓代は、森に加勢した。ツイッターで志岐のことを「妄想癖」「虚言癖」などと罵倒し続けた。

後に八木は、名誉毀損で10万円の賠償命令を受けることになる。

森にとっては志岐との「論争」が災いしたのかも知れない。2013年の参院選に落選した。

森の落選から3カ月後、志岐の自宅に東京地裁から一通の特別送達が届いた。なんとそれは訴状であった。原告は森裕子。志岐の言動により名誉を毀損されたとして500万円の金銭請求と言論活動の一部禁止を請求する内容だった。
結論を先にいえば、この裁判は、半年であっさりと決着が付いた。志岐の完全勝訴だった。

訴状で森側は、たとえば志岐が次の内容を公言したことが名誉毀損にあたるとしている。「原告(森)が、検察の捏造報告書を入手して、X氏に渡し、X氏に指示をして、ロシアのサーバー経由でこれを八木氏に流し、八木氏とともにこの捏造報告書について騒ぎ立てをすることにより、『審査員が存在し、報告書で誘導された』と国民をだまそうとした」とする内容。

しかし、志岐がそんなことを公言した事実はなかった。判決の中でも、そのような事実認定は否定した。

逆に訴状で、森が捏造捜査報告書の流出ルートを争点にしょうとしたために、検察だけではなく、小沢側にも捏造捜査報告書の扱いについて説明を求める声が高まったのである。森たちは捏造報告書の流出犯として検察を批判するが、自分たちの説明責任はどうなのかという疑問である。

◇小沢・森の説明責任

司法関係者によると、捏造捜査報告書が外部へ流出するルートは2つしかない。ひとつは検察内部の人間による持ち出しで、これは森らが強く主張している。他のひとつは、小沢サイドからの持ち出しである。窃盗のケースは別として、それ意外はありえない。

夏の参院選を前に小沢と森には、この点について説明責任があるのではないか。検察側は、調査の結果、検察内部の人間がやったことではないと説明しているが、小沢サイドからの説明は不十分ではないか。

志岐が被告にされた裁判の中で、志岐側の山下幸夫弁護士は小沢と小沢の代理人・弘中惇一郎の証人尋問を要求したが、実現しないまま、裁判は早々と決着した。尋問を実施すべきだった。

※敬称略

 

 

2016年05月04日 (水曜日)

新築の自宅を建てた後に、近くに携帯電話の基地局を設置され、新宅を廃墟にせざるを得なくなるケースが起こっている。筆者はこれまでに、このようなケースを2件取材した。そして今月に3例目のケースに出会った。

携帯基地局のマイクロ波による人体影響は、頭痛、めまい、鼻血、精神錯乱、それに癌などが報告されている。電磁波による健康被害は、原発による影響、たとえば旧ソ連のチェルノブイリー原発事故の後に報告されている症状と極めて類似していることが明らかになっている。

症状が類似しているのは理由がある。原発の放射線も携帯電話の電磁波(マイクロ波)も、周波数が異なるだけで、互いに同じ仲間であるからだ。欧米では両者を区別しない。

これに対して日本では、両者を区別して、マイクロ波は電磁波の一種であるから安全だという誤った認識が広がっている。それを前提に、無線通信網を際限なく拡大する国策が進行している。

◇電磁波も放射線も同じ仲間

江川町子(仮名)さんが、マイクロ波のリスクについて知ったのは、ほんの数年前だった。電磁波問題に詳しい知人から、電磁波による被害の実態やメカニズムを詳しく教えられたのである。江川さんがその内容を心に留めたのは、電磁波による健康被害について学ぶうちに、自分自身が電磁波過敏症を発症しやすい体質であることを知ったからである。江川さんは、化学物質に体が反応する体質、いわゆる化学物質過敏症だった。

この「病気」を発症した人の80%ぐらいが電磁波過敏症にもなることを知ったのである。

化学物質過敏症とは、塗料などの化学物質に身体が反応して健康を害する病気である。日本では、「病気」としては認定されていないが、海外では認定される動きが現れている。たとえば電磁波による人体影響の研究が進んでいるスゥエーデェンでは、電磁波過敏症の治療に保険が適用される。

筆者は化学物質過敏症の人を何人も取材してきた。そして発症までの過程である共通点があることに気づいた。それはある時期に極めて多量の化学物質を体内に取り込んでいる事実である。

たとえばAさん(男性)。この方は重度の化学物質過敏症である。若い頃の職歴を聞いてみると、一時期、水道の配管工をしていて、その時期に毎日のようにボンドを吸い込んでいたことが分かった。後に重度の電磁波過敏症を引き起こし、携帯電話の「圏外」への引っ越しを余儀なくされた。

江川さんの場合は、過去に新築の賃貸住宅に入居した時期があった。その新築住宅では、塗料などの化学物質が強い匂いを放っていたという。しかし、それを吸い込み続けるリスクを知らなかった江川さんは、窓を開けて空気を入れ替える程度の対策しか取らなかった。

気がついた時は、化学物質が体に反応するようになっていた。たばこの煙も耐え難いものになった。体が人工的なものを受け付けなくなったのだ。
自分が健康を害したことで、健康についてより真剣に考えるようになった。自分だけではなくて、家族の健康も気遣った。そのために2011年の原発事故の後は、一時的に東京を離れた。「疎開」先で江川さんは、知人から電磁波過敏症と化学物質過敏症の話を聞いたのである。

◇自宅の直近に携帯基地局

「疎開」から東京へ戻り、次に岡山市に永住することを決めた。岡山市は災害の少なく住みやすい都市として定評があるからだ。自宅を新築するにあたり、念入りにあたりの環境を点検した。携帯電話の基地局が近くにないかも調べた。そして自宅を建て、2年前に息子さんと一緒に岡山市へ移り住んだのである。

江川さんは平和な生活を手に入れたと思った。ところが今年の2月になって、何の前触れもなく、急に耳鳴りが始まった。耳の奥でジーンという奇妙な音が響く。自宅にいると体調に違和感があり、外出するとそれが緩和されることに気づいた。

江川さんは自分が化学物質過敏症であると自覚していたので、自宅を建てる際も、化学物質を含んだ塗料などは使っていない。それにもかかわらず自宅にいる時に、身体に異変が起こるようになったのである。

原因がわからないまま、耳鳴りはどんどん悪化した。そのうちに冷蔵庫の音までが気になりだした。特に夜中になると、静寂のなかで、その音が不快な金属音のように脳に刺さった。ブレーカーをoffにしても同じだった。

「どこから音が来るのだろうか」

悩ましい日々が続いた。

それから数日後、江川さんは自宅から10メートルほどの所にある3階建てマンションの屋上に携帯電話の基地局が立っているのを発見したのである。自宅からは死角になって見えないが、少し場所を変えるとはっきりと見えた。

◇自宅を廃墟にする悲劇

4月に入って江川さんは、一旦、東京に戻った。化学物質過敏症なので、岡山市の自宅にいたのでは、電磁波過敏症を併発するリスクが高かったからだ。あるいはすでに電磁波過敏症になっている可能性もある。

電話会社に岡山市の自宅近くの基地局を撤去してもらえなければ、江川さんは新築したばかりの自宅を捨てざるを得ない。電磁波問題を隠して自宅を売却する気持ちにもならない。

江川さんのケースのように、自宅の直近に基地局が設置されて、自宅を廃墟にせざるをえない事例は、今後、ますます増え続ける可能性がある。が、電磁波問題は電話会社の利権が絡んでいるので、メディアは報じない。

今や水面下の大問題の様相を呈し始めている。

2016年05月02日 (月曜日)

1日に発売の『ZAITEN』(財界展望社)に、「博報堂ベンチャー社長を喰った広告マンの『不適切請求書』」(黒薮が執筆)と題するルポが掲載された。不可解な点が多々みうけられる博報堂の請求書の中身を検証したもので、今回、被害者として例を引いたのは、通販のアスカコーポレーション(本部は福岡市)。

博報堂は、アスカコーポレーションの宣伝活動を独占的に請け負っていた。業務内容は、CMから新聞広告、それに情報誌の制作まで多岐に渡っていた。

まず、筆者が奇妙に思ったのは、博報堂が見積書を発行していた時期である。普通の商取引では、企画を提案する段階で見積書を取引先の会社へ提示する。その内容を見て、企画を実行に移すかどうかを決める。

◇業務完了後に見積書発行の怪

ところが博報堂の見積書は、業務が完了した後に発行されていたのだ。アスカコーポレーションの話によると、名目は見積書であるが、実質的にはこれが請求書の役割を果たしていたという。

実際、筆者が現時点で同社から入手している「見積書」に関しては、発行の日付がいずれも月の末日になっている。

しかも、見積額が異常に高いケースがある。大手広告代理店の関係者の間では、「高い」という感覚がないのかも知れないが、普通の感覚からすれば金額が尋常ではない。

たとえば120ページ足らずの情報誌の制作費がなんと約2500万円。しかも、その中身がずさんで、パクリ(過去記事の転用)のページが複数存在する。パクリは不正行為というだけではなく、それ以前に、クリエーターとしての職能の欠落を意味する。欧米では、パクリが発覚すると失職する。

次に示すのは、「見積書」の一例である。9月下旬に完成する10月号の「見積書」の日付が、10月31日になっている。見積内容は、たとえば辺見マリの出演料が75万円。撮影場所代が9万5000円。これも筆者は、異常に高い印象を受ける。

 ■博報堂の「見積書」の一例

2016年04月29日 (金曜日)

 『財界にいがた』(5月号)が「携帯電話基地局訴訟で原告敗訴請負人の裁判官がいた」と題する黒薮の講演録の全文を掲載している。これは去る3月に東京豊島区の区民センターで開かれた司法問題を考えるシンポジウムの中での講演録である。電磁波問題の視点と携帯電話基地局訴訟の実態を解説したものである。

電磁波による健康被害は、新世代の公害として欧米では認識されているが、日本では、あまり知られていない。欧米では、携帯電話やスマホに使われるマイクロ波の強度をEUなどが、厳しく規制しているが日本では規制が極めてゆるい。

◇化学物質過敏症から電磁波過敏症へ

かつてダイオキシン問題と連動して化学物質過敏症が問題になったことがあるが、化学物質過敏症になると電磁波過敏症も発症しやすくなる。複合汚染が人体をむしばむのだ。

WHOの外郭団体である世界がん研究機構は、2011年にマイクロ波に発癌性がある可能性を認定している。実際、携帯電話基地局の周辺で癌の発症率が高いというデータが、ドイツやブラジルで行われた疫学調査で判明している。

こうした事情もあって、水俣病の教訓を持つ九州を中心に、携帯電話基地局の撤去を求める裁判が起きてきた。しかし、原告敗訴請負人の裁判官・田中一郎氏が九州各地の裁判所を転々。次々と住民を敗訴させていった。

 

【メディア黒書の参考記事】

■携帯電話の普及にともない増え続ける癌患者の増加、背景にマイクロ波が連動した複合汚染の可能性

 

■元中日の大豊選手が白血病で死亡、スピード計測器の電磁波とガンの関係、米国では訴訟が多発

2016年04月28日 (木曜日)

4月26日の特定秘密保護法の違憲訴訟で原告のフリーランス側が敗訴したことは既報したが、実は、その判決の際におもしろいことがあった。

大きな注目を集めた事件の判決は別として、大半の裁判の判決言い渡しは、主文だけを読み上げる。裁判長は主文を読み終わると、早々に法廷を後にする。ところが今回は、判決が読み上げられた直後に珍事があった。

裁判長:それでは判決を読み上げます。
    主文、1、本件控訴をいずれも棄却する。
            2、控訴費用は控訴人らの負担とする。

ここまではごく普通の判決言い渡しである。珍事が起こったのは、裁判長が、

「以下は省略します。」

と、言った次の瞬間だった。原告席に陣取っていた20名ほどの原告の中から、

「省略?」

と、いう声が聞こえた。見るとフォトジャーナリストの豊田直巳さんが、檀上の小林裁判長を見上げている。

小林裁判長の顔に一瞬、はっとしたような狼狽の光が走った。

「あっ、豊田さん?」

すかさず豊田氏が、

「読んでいただけましたか」

と、切り込む。

豊田氏は、戦争の悲劇と特定秘密保護法の危険性を裁判官に分からせるために、自著『戦争を止めたい――フォトジャーナリストの見る世界』を証拠として裁判所に提出していた。提出に際しては、小林裁判長に対してかならず読むように念を押した経緯があった。

小林裁判長は、慌ただしく、

「最初から最後のページまで全部読みました」

と、答えた。

「ありがとうございました」

「・・・・」

「で?」

ざわざわしていた法廷が一瞬しずまり、小林裁判長の言葉を待った。

「まあ、それは判決文を読んでください」

「その点も書いてある?」

小林裁判長は狼狽しながら、

「それでは閉廷します」

と、宣言した。

3人の裁判官は、小林裁判官を先頭に一列になって、足並みよく壇の奥にある長方形の「穴」の中に消えていった。傍聴席から、

「理由ぐらい説明しろよ」

と、野次が飛んだ。

◇裁判官が判決文4枚の筆力ではこまるのだ

既報したように、判決文はたった4ページの異例の短文だった。原告側は、特定秘密保護法によりフリーランスが受けた損害を法廷で具体的に提示したが、それに対する検証はなにも行われなかった。文書として判決文に記録しなかったのだから、検証しなかったことになる。

裁判所の見解は、被害の具体的な事例がまだないので違法かどうかも判断できないというものだが、この法律の運用下では、たとえ逮捕されてもその原因が秘密にされるわけだから、裁判所が特定秘密保護法の具体的な被害を認定すること自体がありえないのだ。

こうした甚だしい矛盾を小林裁判官は認識できていないのではないか?

繰り返しになるが、判決文が4枚(実質的には2枚)しか書けない筆力では、有権者から裁判官の職能に問題があると評価されてもやむを得ない。もっと丁寧に書き直すべきだろう。大学生のレポート以下だ。

国から「人を裁く特権」を与えられている人のレベルがこれなのだ。4枚(実質2枚)ではこまるのだ。

判決文全文

 

2016年04月27日 (水曜日)

フリーランスのジャーナリスト、編集者、映像ジャーナリスト42名が起こしている特定秘密保護法違憲訴訟の控訴審判決が26日、東京高裁であり、小林昭彦裁判長は、原告の控訴を棄却した。

判決文は次の通り。

判決全文

原審の東京地裁・谷口豊裁判長は、特定秘密保護法が実際に適用された具体例が存在しないことを理由に、現在の段階では「法律が憲法に適合するか否かを判断することはできない」として、原告の請求を門前払いしていた。

日本には憲法裁判所がないので、特定の法律が違憲に該当するかどうかは、該当する法律が実際に運用されるまでは判断できないという観点である。

東京高裁の判決文は、全文で4ページという異例の短文。

提訴から1年以上の歳月をかけて繰り返し審理した内容や膨大な証拠書類の検証結果をたった4ページにしか集約できなかったことになる。これでは裁判官の職能そのものが疑われる。

■解説・特定秘密保護法

特定秘密保護法は、戦前の治安維持法に匹敵する恐ろしい法律である。具体的にはどのような性質の法律なのだろうか。

厳密に説明すれば複雑になるが、ごく端的に言えば、日本が軍事大国化の方向へ向かう状況のもとで、日米共同の軍事作戦を行う際に不可欠になる情報共有事項のうち、作戦上、秘密にしなければならない事柄を「特定秘密」として指定できる環境を整備するための法律である。

しかし、問題は「特定秘密」の範囲が、際限なく拡大され、日米共同作戦に関連した「秘密情報」の領域をはるかに超え、公権力が隠したい情報の多くが、「特定秘密」として指定できる仕組みになっている点だ。

事実、特定秘密の指定を行う権限を持つ行政機関は、軍と警察に関連した機関だけではなくて、原発を含む次の19機関に及んでいる。

①国家安全保障会議
②内閣官房
③内閣府
④国家公安委員会
⑤金融庁
⑥総務省
⑥消防庁
⑦法務省
⑧公安審査委員会
⑨公安調査庁
⑩外務省
⑪財務省
⑬厚生労働省
⑫経済産業省
⑬資源エネルギー庁
⑭海上保安庁
⑮原子力規制委員
⑯防衛省
⑲警察庁

これら19の行政機関が特定秘密に指定した情報は、特定秘密保護法の対象になる。

特定秘密の指定対象になる情報は、次の4項目である。

 防衛、外交、特定有害活動の防止、テロリズムの防止

これら4項目を見る限り、特定秘密の指定範囲は極めて限定されているように感じられるが、拡大解釈が一人歩きする可能性が高い。

一例をあげると、次のような状況が想定できる。

■具体例

Aさんの自宅近くに携帯電話の基地局が設置された。Aさんは携帯電話から発せられるマイクロ波で体調を崩し、基地局の所有会社を総務省に問い合わせた。すると、

「基地局は緊急時における大事な無線通信網です。テロの標的になるといけないので、情報開示できません」

と、言われた。

説明に納得できないAさんが、その後もしつこく情報開示を求めた場合、Aさんは逮捕→裁判というリスクを背負う。その裁判でも罪名は明かされない。

2016年04月25日 (月曜日)

国境なき記者団が毎年発表するデータのひとつに「報道自由度ランキング」がある。2016年度、日本は72位だった。前年は61位だから、ランクを落としたことになる。

日本でメディアに対する規制が強まっているのは事実だが、かといって「報道自由度ランキング」をそのまま信用していいかどうかは別問題だ。巷には、「報道自由度ランキング」のデータを検証もせずに鵜呑みにして、それを前提とした評論が溢れているが、わたしはこれほど信用できないデータはないと考えている。

ヨーロッパ諸国へ偏重し、第3世界の国々に対する偏見に満ちている。

◇主観的判断を序列化することは不可能

まず、第一の疑問だが、「報道の自由度」は主観的なものであり、客観的に測定するには無理がある点だ。それを序列化しているわけだから、科学的な視点を完全に欠いている。たとえば72位と71位の違いをどう説明するのだろうか。誰も説明できないだろう。

第二に個々の国の評価に焦点を当ててみると、その国で起こっているメディア状況とランキングが一致していないと感じられる例がみうけられる点だ。もちろん、既に述べたように報道の自由度は、個々人により異なる主観的なものなので、序列化そのものがナンセンスだが、それにもかかわらず明らかにおかしな評価がある。

たとえば中米のグアテマラの評価である。グアテマラの順位は121位で、「報道自由度ランキング」からすれば、報道の後進国ということになる。

わたしは中米を取材してきたこともあって、この国の内情を知っている。結論を先に言えば、前世期までのグアテマラと今世紀に入ってからのグアテマラは、著しく異なっている。日本における戦前と戦後の違い、あるいはそれ以上の変化がある。

国境なき記者団の脳裏には、前世期のグアテマラのイメージがあるのではないか。この国では、内戦中の1980年代の初頭に軍事政権による人権侵害が大問題になった。

米国の人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、ルーカス・ガルシア将軍が大統領職にあった1980年代初頭の2年間だけで、約4000人の市民が軍部に殺害された。この中には、グアテマラの最高学府サンカルロス大学の教授97人、学生約500人、宗教関係者207人、ジャーナリスト47人が含まれている。

ルーカス・ガルシア将軍の後継者として大統領になったのは、やはり軍人のリオス・モント将軍だった。実はリオス・モント将軍こそがグアテマラの激変を語る上で欠くことができない象徴的な人物なのだ。これにつては後述する。

◇リオス・モント裁判と報道

36年に及んだグアテマラ内戦は1996年に終わった。和平が成立したのだ。この時点から、グアテマラは急速に民主主義を取り戻していく。

民主主義を「取り戻していく」と書いたのは、もともとこの国はラテンアメリカの中では、民主主義の先進国であったからだ。1944年から1954までの10年間、「グアテマラの春」と呼ばれる時代があった。

当時の政府は、ルーズベルトのニューディール政策を基調としたリベラル右派の政権だった。政府は、極めて民主的な改革を押し進めていた。当時、大きな課題になっていたのは、不公平な農地配分だった。

グアテマラ政府は、この農地改革に着手した。が、当時、グアテマラで大規模な農場を経営していた米国の多国籍企業・UFC(ユナイテッド・フルール・コンパニー)の土地に手を付けたとたんに、CIAとUFCの謀略による軍事クーデターが起こり政権が崩壊したのである。

以後、グアテマラには鉄条網を張り巡らしたような軍事政権が敷かれる。これに対抗してゲリラ活動が浮上し、泥沼の内戦に突入したのである。内戦の実態は、米国の映像ジャーナリストらの手で記録されている。たとえは、次のドキュメンタリーである。

96年の和平後、内戦の検証がはじまった。その中で軍部が北部の山岳地帯で先住民に対するジェノサイドを繰り返していたことが、秘密墓地の発掘などにより証拠ずけられたのである。

そしてジェノサイドを指揮した元大統領、リオス・モントが法廷に立たされた。そして裁判所は、2013年5月、リオス・モントに対して禁固80年の判決を言い渡したのである。この裁判には、約200人の人々が証言台に立った。

これは米国の独立系放送局が放映したもので、裁判官が判決を言い渡す場面やリオス・モントの戸惑った様子を中継している。同じ動画は、グアテマラの地元紙(電子版)でも掲載された。かつて2年間でジャーナリスト46人を殺害した同じ国で、ジャーナリストが裁判を実況中継できるまでの変化を遂げたのである。

日本では、開廷前の「撮影時間」を除いて、法廷の様子を撮影することが禁止さている。報道の自由度では、ある意味でグアテマラの方が先を走っているのだ。

もちろん激変しているのは、メディアだけではなく、その前提として、裁判所が厳密に政治権力から独立するまでに至っている事情もある。政治だけが前近代的で、報道の自由度だけ高いなどということはあり得ない。

◇ヨーロッパ偏重の傾向

さらに今年に入ってからグアテマラでは、18人の元軍人が逮捕され、戦争犯罪を問われることになった。その様子もカメラに記録されている。

こうした動きを政治の権力争いと捉えれば、国境なき記者団の121位というランキングも正当化されるかも知れないが、権力争いでないことは、グアテマラの同時代史を調べればすぐにわかることだ。

国境なき記者団は、ヨーロッパ偏重で、発展途上国のジャーナリズムなど検証もしていないのではないか。

ちなみに米国のランキングは、42位だがこれも明らかにおかしい。米国のジャーナリズムが衰退しているという話は聞くが、やはりジャーナリズムの大国であることは疑いない。グアテマラ内戦を記録したのも、やはり米国の映像ジャーナリストたちだった。ヨーロッパでも日本でもなかった。

 

2016年04月22日 (金曜日)

日本新聞協会と新聞各社が「押し紙」は1部も存在しないと公言してきた背景にどのような論理があるのか、読者はご存じだろうか?

結論を先に言えば、「新聞社が販売店に搬入する新聞は、すべて販売店からの注文に基づいた新聞なので、押し売り行為に該当しない。従って『押し紙』ではない」という3段論法である。

たとえ新聞販売店で残紙が過剰になっていても、それは押し売りの結果として生じた部数ではなくて、販売店が自主的に注文した新聞であるという主張である。

と、すればなぜ販売店は、配達予定のない新聞を注文するのか?答えは簡単で、新聞販売店に割り当てられる折込広告の枚数は、搬入される新聞の部数と一致させる基本原則があるので、搬入部数が多いと、折込広告の割り当て枚数も増えるからだ。

仮に新聞の卸原価が(1部)2000円とすれば、折込広告による収入が新聞1部に対して2000円を下らなければ、たとえ「押し紙」があっても、新聞販売店は損害を受けない。かりに折込広告の収入が1部に対して2000円に達しない場合は、新聞社が補助金を支給して赤字経営にならないように配慮する。

こうして販売店は経営を維持する一方、新聞社は「押し紙」により販売収入を増やすだけではなく、ABC部数をかさ上げし、高い広告収入を獲得する。新聞社と販売店は、このような取引関係があるのだ。が、それがいま崩壊しようとしている。折込広告が減っているのが原因だ。

ホリエモンの言葉を借りれば、「てかこれ完全に詐欺やん。ぜんぜん問題にならないのはそれだけマスコミの力が強いからだけど弱くなったらヤバイよね」ということになる。

◇「押し紙」問題から、「折り込め詐欺」へ

「押し紙」問題は、新聞社と販売店の間の問題である。それが日本の新聞社のビジネスモデルだ。

と、なればこのシステムで誰が本当の被害者になっているのか。改めていうまでもなく、広告主である。特に折込広告の広告主は、自分たちが予算を組んで製作した折込広告の一部が、新聞に折り込まれることもなく、古紙回収業者の手に渡っているのだからたまったものではない。

広告代理店がクライアントと商談する際に、実配部数(「押し紙」を除いた部数)を提示していれば、折込広告の廃棄は起こらないが、ABC部数を提示するので、事情を知らない広告主は簡単に騙されてしまう。

「押し紙」問題にはメスが入りかけているが、折込広告の水増し問題-「折り込め詐欺」は、これから実態を検証・報道する段階だ。

◇段ボールの中身は折込広告

冒頭の動画は、山陽新聞の販売店から折込広告を回収している場面である。
段ボールの中には、折込広告が入っている。回収業者のトラックを追跡すると、岡山市郊外の「紙の墓場」にたどりついた。フォークリフトを使って、段ボールの荷卸しをしている場面も記録されている。

なお、山陽新聞社の販売会社が販売店に段ボールを提供していた事が、店主が起こした「押し紙」裁判の判決で事実認定さている。

これらの段ボールは、さらに別の場所へ運ばれている。トラックを追跡した知人によると、瀬戸大橋を渡ったところで見失ったという。

 

2016年04月21日 (木曜日)

  今週発売された週刊誌2誌が「押し紙」問題を取り上げている。『週刊ポスト』(月曜日発売)と『週刊新潮』(木曜日発売)である。タイトルは、前者が「朝日新聞危機?! 『押し紙問題』怪事件」(ポスト)で、後者は「『朝日新聞』部数水増しで『大新聞』の明日」(新潮)。

このうち『週刊新潮』の記事では、黒薮もコメントしている。

2つの記事が扱っているのは、朝日新聞社が「押し紙」問題で公正取引委員会から注意された事件である。

「押し紙」とは、新聞社が販売店に対して注文部数を超えて搬入する新聞のことである。(広義には、別の定義もあるが、ここでは省略する)。たとえば1000部しか新聞を配達していない販売店に、1500部を搬入すれば、差異の500部が「押し紙」である。(冒頭の動画は「押し紙」回収の場面)

朝日新聞社が公取委から受けた注意とは、「押し紙」行為に対するものである。しかし、『週刊新潮』の記事は、今回の事件が朝日新聞社だけの問題ではないことを明確にしている。

◇新聞記者による内部告発が背景に

「押し紙」問題が最初に浮上したのは、1980年代の初頭である。読売新聞販売店の内部資料-俗に「北田資料」が国会議員のもとに持ちこまれたのを機に、共産・公明・社会の3党が5年間、15回にわたり新聞販売の問題を国会で取り上げた。その中で「押し紙」問題が知られるようになったのだ。

が、1985年から後は、この問題はあまり報じられなくなった。

次にこの問題がクローズアップされたのは、2007年である。この年、読売新聞の販売店主が起こした地位保全裁判の中で、読売新聞社による「押し紙」政策の存在を認定する判決が福岡高裁で下りた。、その後、この判決は最高裁で確定した。次の判決である。

■真村裁判・福岡高裁判決

この判決を機に「押し紙」報道が一気に拡がったのだ。広告主も「押し紙」を問題視するようになった。しかし、読売が黒薮と『週刊新潮』に対して約5500万円の損害賠償を請求するに至り、メディアは再びこの問題に沈黙した。

しかし、昨年あたりから、再び「押し紙」問題の報道が再燃しはじめた。この新しい流れの特徴は、新聞社の記者による内部告発が重要な役割を果たしている点である。かつて記者は自分の足下の「押し紙」問題には踏み込もうとはしなかったのだが。

ところが昨年、元毎日新聞記者の幸田泉氏が、『小説 新聞社販売局』(講談社)を出版。その中で「押し紙」問題を告発した。それ以前には、元毎日新聞常務取締役の河内孝氏が『新聞社』(新潮新書)中で、「押し紙」を取り上げたことはあるが、極めて例外的なケースだった。

今回の公取委による注意の引き金になったのも、朝日新聞の大鹿靖明記者が記者会見の場で、「押し紙」について公取委に質問したことだった。こんなことはかつてなかった。

さらに聞くところによると、新聞社の販売局の「良識派」が公取委に内部告発したという話も聞いている。

◇広告代理店による折込詐欺

しかし、新聞業界には、「押し紙」と並ぶもうひとつの大問題がある。こちらの方は、まだ本格的には報じられていない。それは「押し紙」と連動した折込広告の水増し問題である。「折り込め詐欺」である。

この問題は新聞社だけではなく、むしろ広告代理店の内部を徹底解明しなければ解決しない。広告主に、実態とはかけはなれた新聞の公称部数を提示して、不要な枚数の折込広告を発注させているのが広告代理店であるからだ。明らかな詐欺である。訴訟で損害賠償を請求されれば、大変なことになる。

しかも、最近、この種の詐欺を大手広告代理店が主導していることが分かってきた。メディア黒書は、5月の連休明けから、この問題を報じる予定だ。

 

2016年04月19日 (火曜日)

熊本県と大分県を中心に多発している地震をめぐり、メディアによる世論誘導が進行しているようだ。今回の地震を引き起こしたとされる断層の延長線上には、愛媛県佐田岬半島の付け根にある伊方原子力発電所が位置している。

実は、この付近でも地震が多発しているのだが、それはほとんど報じられていない。福島で原子力発電所が大惨事を引き起こしたわけだから、本来、危険を警告するのがジャーナリズムの役割のはずなのだが。

気象庁が公表している次のマップによると、ちょうど伊方原子力発電所がある佐田岬半島の付け根に青の円()が印されている。これは震度2を示している。

■気象庁の震災マップ

テレビの解説によると、伊方原子力発電所とは反対の方向、つまり南方が今後、地震に見舞われる危険性が高いということだったが、伊方原子力発電所の方面もリスクがあるのではないか。

次のウエブサイトによると、「熊本地震の断層が、中央構造線(冒頭の図)に影響があるのではないかという説がある」そうだ。

■中央構造線

中央構造線というのは、日本列島を縦断している断層で、熊本県から大分県を経て、ちょうど伊方原子力発電所がある佐田岬半島を伝って四国を縦断。さらに東へ延びる断層だ。

伊方原子力発電所は現在、再稼働に向けて準備中だが、こうした状況の下でメディアが中央構造線と地震のリスクを報じると、再稼働に反対する世論が浮上する可能性が高い。それゆえにメディアはなるべく今回の地震と伊方原子力発電所のリスクを結びつける報道を控えているのでは。

2016年04月18日 (月曜日)

『紙の爆弾』(4月号)の記事をPDFで紹介しよう。タイトルは、「訴えた者勝ちで乱発される巨額訴訟 『日本の裁判』を問う」。執筆者は、メディア黒書の黒薮。このところ深刻な社会問題になっているスラップに関する記事である。

この記事で取り上げた裁判は次の通りである。

作曲家・穂口雄右氏に対して2億円3000万円を請求したミュージックゲート裁判。原告は、レコード会社など31社。被告・穂口氏の和解勝訴。

読売新聞社がわたしに対して提起した3件の裁判。請求額の総計は約8000万円。それに対する損害賠償裁判。

・著作権裁判:黒薮の完全勝訴(スラップの可能性が高い)
・名誉毀損裁判1:地裁・高裁は黒薮の勝訴。最高裁で読売が逆転勝訴。
・名誉毀損裁判2:読売の完全勝訴
・損害賠償裁判:黒薮の敗訴

「池澤VS天野」裁判
・係争中

亀田裁判
ボクシングの亀田興毅・和毅兄弟がフリーランスライターの片岡亮氏に2000万円を請求した裁判。亀田の勝訴。

スラップが多発する背景に、司法制度改革の失敗がある。弁護士活動の規制緩和が、訴訟ビジネスの台頭を招き、「人権派」を売り物にして、訴訟を勧める弁護士が増えているようだ。「営業」は禁止されているはずなのだが。

■「訴えた者勝ちで乱発される巨額訴訟 『日本の裁判』を問う」PDF

残念ながらスラップに対抗する方法は、反撃する以外にない。提訴されたことを逆手に取って、裁判の内容をインターネットなどで細部までおおやけにして、判決後も5年、10年と長期にわたる検証を続けることである。

被告にされた者が勝訴した場合は、損害賠償の訴訟を提起することが不可欠だ。