2024年06月07日 (金曜日)

『週刊金曜日』(6月7日付け)が、「報道の自由度、世界ランキング70位でいいのか」と題する記事を掲載している。国境なき記者団が5月に発表した報道の自由度ランキングを評論した内容である。
筆者は、元朝日新聞記者の柴山哲也氏。日本のランキングが低迷していることを嘆き、その背景として記者クラブが内包する問題にも言及している。
この記事は、議論の前提そのものが間違っている。報道の自由度ランキングの主催者である国境なき記者団がどのような性質の団体なのかを踏まえることなく、ランキングの結果を過信して評論しているのだ。議論の前提に誤りがある。
国境なき記者団のスポンサーは、NED(全米民主主義基金)である。NEDは米国政府系の基金で、活動資金は米国の国家予算から支出されている。1983年に、米国のレーガン大統領が設立した基金で、他国の「民主主義」を発展させるために、市民運動体やNGOに対して資金援助を実施してきた。
特に独立系メディアへの資金提供が際立っている。特定のメディアを支援して、親米世論を形成し、混乱を引き起こした上で、最後にクーデターを誘発する戦略を繰り返してきた。
俗にいうカラー革命を主導したのもNEDである。香港の「市民運動」のスポンサーになっていたのもNEDである。新疆ウイグル自治区に関する世論誘導のスポンサーになったのもNEDである。
NEDは、ニカラグアやベネズエラでも香港と同じ戦略を採用し、実際にクーデターを誘発した。いずれも失敗に終わったが。キューバにも入り込んでいる。
NEDは特に中国を敵視する政策を採用していることでも有名だ。中国外務省のファクトシートは、この組織について、次のように述べている。
「NEDがスポンサーの「国境なき記者団」は長い間、国際社会、広告主、記者組合、外国政府に対して、中国のメディアを差別的に扱い、いわゆる「脅威」に対して警戒するよう扇動してきた。COVID-19が発生してから後、「国境なき記者団」は中国に「コロナウイルス流行に関する情報の検閲をやめる」よう促してみたり、ジャーナリズムに対する政府の「弾圧強化」に警告を発するなど、無責任な発言をしている。また、多くの中国人ジャーナリストが「刑務所に何年も拘留され、不当な扱いを受けて死に至ることもある」という噂を流してた。」(仮翻訳、Fact Sheet on the National Endowment for Democracy 、china-embassy.gov.cn)
柴山氏は、日本のランキング70位が、台湾のランキング27位にも負けていることに言及している。しかし、台湾の27位も明らかにおかしい。というのも、NEDがアジアで最も手厚く支援している「国」(厳密には、中国の自治体)は、台湾であるからだ。次の記事を参考にしてほしい。
■台湾の蔡英文総統と全米民主主義基金(NED)のずぶずぶの関係、巧みな「反中世論」の形成戦略
■米国が台湾で狙っていること 台湾問題で日本のメディアは何を報じていないのか? 全米民主主義基金(NED)と際英文総統の親密な関係
NEDは台湾を27位に位置づける一方で、中国は172位(週刊金曜日の記事では言及されていない)にランクしている。すぐれた調査報道を展開しているアルジャジーラがあるカタールは84位。ロシアは162位である。
報道の自由度ランキングには、評価の客観性そのものに疑問があるが、『週刊金曜日』の記事には、この点に関して何の指摘もしていない。実は、ここが最も肝心な点なのだが。

6月に入ってから、企業の摘発が相次いでいる。
国土交通省は4日、トヨタ、マツダ、ヤマハ発動機、ホンダ、スズキの各社が不正なデータで型式指定の認定をクリアーしていたことを公表した。型式指定とは、自動車の大量生産の前段で自動車メーカーが、国土交通省に対して環境対策やブレーキ性能など、安全性に関するデータを提出して、同省から認可を得る手続きのことである。
公正取引委員会も4日に、医療メーカーを摘発した。神戸の大手医療機器メーカー「シスメックス」に対し、「抱き合わせ販売」をおこなった疑いで、立ち入り検査を実施した。独占禁止法違反するというのがその根拠である。同社は、血液凝固の機能測定装置を医療機関に販売する際に、検査用の試薬をセットで購入するように条件設置をしていた疑惑がある。
こうした取り締まりは、健全な企業活動を促進する意味で重要だが、日本の産業界の中で、絶対に公権力のメスが入らない領域がある。それは新聞業界である。ここは公権力がメスを入れない領域として周知されている。
その結果、厳重に壁で遮られた業界内部は無法地帯になっている。週刊誌も月刊誌も、そして書籍もめったにこの領域には踏み込まない。書籍広告や書評を掲載してくれる新聞社を敵に回して利益になることはなにもないからだ。
◆試算の根拠
2023年5月に刊行した『新聞と公権力の暗部』(鹿砦社)の冒頭で、わたしは日本の新聞業界が、「押し紙」により、年間に発生させている不正金額の額を試算した。試算では、低く見積もっても、年間に900億円程度の不正収入を得ているという結果が出た。根拠は次に通りである。
日本全国で発行される一般日刊紙の朝刊発行部数は、2021年度の日本新聞協会の統計によると、2590万部である。このうちの20%にあたる518部が「押し紙」で、朝刊一部の卸代金が月間1500円として試算すると、「押し紙」による販売収入は、77億7000万円(月間)になる。この金額を12カ月で掛ければ、932億円になる。
新聞業界全体で年間に少なくとも932億円の「押し紙」による不正収入を生み出しているという結論に至った。この数字に誇張がないことは、次の点を確認すれば明らかになる。
❶大半の新聞社が朝刊だけではなく、夕刊も発行しているが、全紙を朝刊と仮定して試算したこと。購読料は、朝刊単独よりも、朝夕セット版の方がはるかに高い。
❷「押し紙」率を20%として試算したが、これまで全国で提起されてきた「押し紙」裁判では、「押し紙」率が40%、あるいは50%といったケースが頻繁に報告されているが、「押し紙」率を控え目な数字に設定したこと。
❸「押し紙」からも、紙面広告や折込広告の収入が発生しているが、これについては計算から除外したこと。
ちなみに統一教会の問題に取り組んできた全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、統一教会による霊感商法などによる被害額は、35年で1237億円である。「押し紙」による被害額の試算は、年間で932億円であるから、これを35年に完全すると、32兆6200億円というとてつもない数字になる。
常識的に考えると、これだけ莫大な額の不正資金を捻出すれば、公権力のメスがはいるものだが、なぜか新聞業界は、例外的な扱いになってきた。その背景には、新聞業界と公権力の闇がある。それは報道のタブーとなっている領域である。(続)

カウンター運動の市民運動体が、2014年12月の深夜に大阪市の北新地で起こした暴力事件は、メディア黒書で報じてきたこともあって、読者の記憶に残っているのではないか。内輪のもめごとが高じて、暴力沙汰に発展した事件である。
暴力の標的になったのは、大学院生M君である。全治3カ月の重傷を負い、トラウマにも悩まされて、生活に支障を来たすようになる。M君を精神鑑定した精神科医で作家の野田正彰氏も、鑑定書の中で事件がM君に及ぼした負の影響に言及している。
市民運動体は、広義にしばき隊と呼ばれている。しばき隊のメンバーとM君、あるいは事件後にM君を支援するようになった鹿砦社との間で、これまで数々の裁判が争われてきた。
2024年になってからも、新しい裁判が提起された。しばき隊のE氏が作家の森奈津子氏と鹿砦社に対して、110万円の損害賠償を求める名誉毀損裁判を起こしたのだ。E氏は、M君に対して40分に渡り殴る蹴るの暴行を加えた人物である。
裁判の争点になっている請求の内容については、鹿砦社の松岡利康社長の筆による次の記事を参考にしてほしい。
https://www.rokusaisha.com/wp/?p=49611
本稿では、暴力事件そのものに関する評論に言及したい。事実とは異なる主張が独り歩きしているきらいがあるからだ。最新の裁判の中で、E氏側(代理人は、自由法曹団常任幹事の神原元弁護士)が、そもそも「リンチ事件」は発生していないと主張しているのだ。鹿砦社や森氏が指摘している「リンチ事件」は、単なる喧嘩だったというである。
「リンチ事件」はなかったという主張は、神原弁護士がしばき隊関連の他の裁判の中でも展開してきた主張なので驚きはなかったが、最近、わたしは個人的に「南京事件は無かった」と主張する人と話す機会があったこともあり、重大な事実を堂々と否定する風潮について考えるようになっていた。
日本軍による戦争犯罪を歪曲するメンタリティーと、神原弁護士らのメンタリティーが重なって、わたしは考え込んでしまった。ちなみに神原弁護士は、み
ずからもしばき隊のメンバーであることをツイッターで公表している。【右写真】
自由法曹団といえば、日本を代表する人権擁護団体である。そのメンバーには、わたしが尊敬する弁護士らが多数含まれている。その自由法曹団の常任幹事を神原弁護士で務めている事実と、神原氏がしばき隊を擁護している事実が、整合しない。自由法曹団に敬意を表している多くの人々が、わたしと同じ違和感を持っているのではないか。
もっとも「リンチ事件」をどう定義するかにより、「リンチ事件」はなかったという主張が成立する可能性もあるが、少なくともM君が40分に渡って暴行を受け、現場に居合わせた李信恵ら数人の隊員が、Mを救済しなかったことは紛れもない事実である。また、李信恵がM君の襟を掴んだことも紛争当事者の間で争いのない事実として認定されている。
E氏がM君を暴行する際の録音も残っている。この録音は、身の危険を感じたM君が録音したものである。暴行する際の音や、E氏による罵倒も記録されている。暴行を受けた直後のM君の顔写真も、暴力の凄まじさを物語っている。
◆事件の隠蔽工作
この事件が単なる小さな喧嘩であれば、事件後、組織的に事件の隠蔽工作がおこなわれることもなかったはずだ。事件の隠蔽工作については、複数の裏付けがあるが、代表的なものとしては、神原弁護士と同様にしばき隊の支援者である師岡康子弁護士が知人に充てたメールがある。
事件が起きた2014年12月は、折しもヘイトスピーチ規制法の成立が秒読みに入っていた時期である。当然、しばき隊による事件が報道されていれば、国会での動きにも変化が生じた可能性があった。
とりわけM君がE氏らに対して刑事告訴に踏み切った場合、ジャーナリズムの話題として浮上する可能性もあった。そこで事件の隠蔽に走ったのが師岡弁護士だった。みずからの知人でもあり、M君とも面識のあるCさんに次のようなメールを発信したのである。
「今日はひさしぶりにゆっくり話せてうれしかったです。ヘイト・スピーチ規制法制化の具体的な内容について、Cさんほど真剣に取り組んでいる人はなかなかいません。これからもいろいろ協力してぜひ国で、地方で実現させていきましょう。
しかし、その取り組みが日本ではじめて具体化するチャンスを、今日の
話の告訴が行われれば、その人(M君)は自らの手でつぶすことになりかねません。」
「その人は、今は怒りで自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えないかもしれませんが、これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶした人という重い批判を背負いつづけることになります。」
「Cさんは、運動内部での解決が想定できないと言っていましたが、私は全部の事情を詳しくは知りませんが、聞いている限りでは双方の謝罪や治療費支払いなどによる和解が妥当な解決だと思います。Cさんは前、運動内部での争いを解決する機関が必要だと言っていましたが、まさに今回はそのようなケースだと思います。コリアンNGOセンターの人たちが調整してくれるとよいのですが、無理なら他の適任者がいないでしょうか。今日も言いましたが、私でよければ、その人を説得しに行きますが、まったく見知らぬ私より、双方の友人であるCさんが心から説得するのが、一番の解決策のように思えます。どうそ考えてみてください。私ができることは何でもやります」
師岡弁護士は、Eによる暴行を、日本の反差別運動にも影響を及ぼしかねない重大な事件として捉えているのである。引用した書簡を検証するだけでも、北新地での事件が単なる街角の喧嘩ではなかったことが十分に推測できる。
実際、この事件は数多くの著名人の耳にも入っているようだ。(続)
2024年05月08日 (水曜日)

本稿は、携帯電話基地局から放射させる電磁波をめぐる電話会社と住民のトラブルに焦点を当てた連載の後編である。前編では、電磁波による人体影響を科学的な観点から説明した。電磁波に関するフェイクニュースの氾濫を踏まえたうえで、電磁波の何が問題なのかを指摘した。
◎携帯電話基地局から放射させるマイクロ波の何が問題なのか?〈前編〉
◆楽天モバイル、天井裏に基地局を設置
JR大宮駅(さいたま市)の周辺には、商業施設やマンションが立ち並ぶ。その一角に空を背に聳える大宮ファーストプレイスタワーがある。25階の高層マンションである。戸数は179戸。
2023年の秋、楽天モバイルは、この集合住宅の管理組合に対して、建物内に5Gの基地局を設置する案を打診してきた。賃料は、最初は月額3万円を提示し、後日、4万円に改めた。設置場所は、1階ロビーの天井裏である。
天井裏に基地局を設置する手法について、わたしはかねてから違和感を感じていた。このタイプの基地局の存在をわたしが知ったのは2年ほど前だった。やはり楽天モバイルの基地局で、大阪市の住民から相談があったのが発端だった。その後、何人かの住民が同じタイプの基地局について、わたしに相談してきた。
楽天モバイルが管理組合に提出した基地局の位置と電磁波の照射方向を示すイメージ図によると、照射範囲は1階のロビーになっている。注意書は、次のように記述している。
「今回の電波対策はスポットでのアンテナ設置の為、局所的なサービスとなり、マンション全体への電波対策ではない」
4月5日、わたしは現地を取材したが、1階は平日ということもあり利用者はほとんどいなかった。ソファーは設置してあるが、生活空間というよりも住民の「通路点」に近い。その空間を限定的に5Gのエリアにする理由が理解できなかった。
念のために楽天モバイルの担当者に電話で、基地局が網羅する範囲について確認したところやはり、1階のロビーが5Gの対象だという。基地局を屋根裏に隠して、建物の外もカバー範囲になっているのではないかと考えて、楽天モバイルの担当者に電話でこの点を問い合わせてみたが、この推測も否定された。マンションのロビーが照射範囲なのだという。
さらに楽天モバイルの広報部にも同じ問い合わせをしてみたが、回答はなかった。
◆住民の生存権よりも電話会社に配慮
大宮ファーストプレイスタワーの基地局問題では、もうひとつ疑問点がある。
基地局の設置を許可するか否かはマンションの管理組合が決める。その際、総会を開いて採決を取らなければならない。建物の形状を変える場合、住民定数の4分の3の承諾を得なければならない。ただし、管理組合の規約に定数を2分の1とする条項があれば、規約を優先することもできる。
大宮ファーストプレイスタワーの管理組合は、2023年12月24日に、臨時総会を開き、基地局の設置を可決した。賛成者は4分の3に満たなかったが、2分の1には達していたので、設置が承認されたかたちとなった。
これまでわたしが取材したケースでは、基地局設置の賛否を4分の3で採決して、計画が中止になったケースが何件もある。ところが最近は2分の1の採決が採用されるケースが増えている。電磁波(低周波音を含む)に対して繊細な住民がいれば、住民の生存権を優先しなければならないが、なぜか管理組合が基地局を設置する方向で積極的に動くことが多い。
基地局が稼働した後、住民のAさんが体調不良を訴えた。頭痛、胸痛、耳痛、目がチカチカするなどの症状などが現れたという。基地局からのマイクロ波を直接受けているわけではないが、基地局を設置すると相対的に生活空間の電磁波は強くなる。電磁波に過敏な体質の人には影響が現れる。
楽天モバイルは、管理組合が基地局の撤去を決議した場合は、無料で応じるとしているが、Aさんには、それまで体調不良を我慢するか、他の場所に引っ越すかの選択肢がない。
◆三菱地所が介在、ソフトバンクが事業を推進
さいたま市南区でも基地局の設置をめぐるトラブルが起きている。トラブルの現場は、JR京埼京線の武蔵浦和駅に隣接した商業施設にある38階のタワーマンションである。ライブタワー武蔵浦和という名称だ。
このケースには、なぜか三菱地所が関与している。三菱地所がライブタワー武蔵浦和を管理しているわけではないが、問題の発端はこの不動産大手である。
発端は、2022年の秋だった。三菱地所は、ライブタワー武蔵浦和に対して、共有部数に基地局を設置する案を打診してきた。それを受けて管理組合(理事長は自由法曹団系の東京法律事務所の弁護士)は、設置の方向で検討し始めた。基地局を設置する電話会社は、ソフトバンクと楽天モバイルである。ただし、楽天モバイルは途中で計画を中止した。
このケースで特徴的なのは、大手の不動産会社が基地局の設置場所を探して、電話会社に仲介する役割を担った事実である。わたしが知る限り、マンションの管理会社が電話会社に基地局の設置を打診してトラブルになった例はあるが、第三者の不動産大手が介在した例はない。三菱地所は、今後、こうした仲介がビジネスとして成立すると見込んでいる可能性が高い。住民にとっては迷惑な話である。
この集合住宅に住むBさんは、管理組合の理事会に対して計画の白紙撤回を求め続けている。電磁波による人体影響を受けやすい体質なので、基地局が稼働した場合の体調の変化を心配しているのだ。しかし、4月25日の時点では、設置の方向で話が進んでいる。採決は臨時総会で行われるという。
わたしは三菱地所、ソフトバンク、それに管理組合の理事長に書面でいくつかの質問を送付した。三者に共通した質問のひとつに電磁波の安全性に関するものがある。次の質問である。
「総務省が設置しているマイクロ波の規制値は、1000μW/c㎡(マイクロワット・パー・平方センチメートル)となっており、たとえば欧州評議会の0.1μW/c㎡に比べて、1万倍も緩やかに設定されています。1000μW/c㎡でマイクロ波による人体影響がないと考える科学的な根拠を教えてください。」
三者とも揃って回答を拒否した。かつては日本弁護士連合会も、基地局問題を重大視して集会を開催するなどしていたが、現在は沈黙している。マイクロ波による人体影響が認められないことが分かった結果、この問題を回避するようになったというのであれば理解できるが、欧州では以前にも増してマイクロ波の遺伝子毒性が問題になっている。5Gの推進をペンディングにしている自治体もある。
日本には電波通信網の普及という国策があるにしても、どこかで歯止めをかけなければ、人類は高いリスクを背負うことになる。住民の健康よりも企業の利益を優先することがあってはならない。住居を台無しにしてはいけない。

福岡・佐賀押し紙訴訟弁護団 弁護士・江上武幸(文責)
2024(令和6年)5月1日
長崎県佐世保市の元読売新聞販売店経営者が、読売新聞西部本社に対し、押し紙の仕入代金1億5487万円(控訴審では、金7722万に請求を減縮)の損害賠償を求めた裁判で、4月19日、福岡高裁は控訴棄却の判決を言い渡しました。
* なお、大阪高裁判決の報告は、2024年4月13日(土)付「押し紙の実態」に掲載されていますのでご一読ください。
「バブル崩壊の過程で、私たちは名だたる大企業が市場から撤退を迫られたケースを何度も目の当りにしました。こうした崩壊劇にはひとつの共通点があります。最初はいつも小さな嘘から始まります。しかし、その嘘を隠すためにより大きな嘘が必要になり、最後は組織全体が嘘の拡大再生機関となってしまう。そして、ついに法権力、あるいは市場のルール、なによりも消費者の手によって退場を迫られるのです。社会正義を標榜する新聞産業には、大きな嘘に発展しかねない『小さな嘘』があるのか。それともすでに取り返しのつかない『大きな嘘』になってしまったのでしょうか・・・・。」(新潮新書2007年刊・毎日新聞元常務河内孝著「新聞社破綻したビジネスモデル」の「まえがき」より)。
大阪高裁と福岡高裁の判決をみると、裁判所は平成11年の新聞特殊指定の改定(1999年)を機に、押し紙については黙認から積極的容認に姿勢を転じたように見受けられます。
今回の福岡高裁判決の「当裁判所の判断」部分は、わずか2頁にすぎません。しかし、頁数が極端に少ないため、かえって裁判所の押し紙問題についての基本的立ち位置や考え方がわかりやすくなっています。以下、とりあえず福岡高裁判決を読んだ感想を述べさせていただきます。
新聞社の社会的影響力と広告媒体力は発行部数によって決まります。新聞社は、発行部数を大きくするために、優越的地位を背景にして販売店に対し実配数を超過する新聞(以下、「押し紙」といいます。)を仕入させようとします。販売店は新聞社の意向に逆らうことが出来ませんので、押し紙を引き受けざるを得ません。新聞社にとって、押し紙は販売店への売上増に直結しており、紙面広告単価を高く設定することができ、社会的影響力も大きくできるという一石三鳥のメリットがあります。しかし、販売店にとっては、廃棄するか無代紙・サービス紙として無償配布するかしかない無駄な新聞です。
そのため、新聞社は販売店に押し紙を仕入れさせるために、押し紙にも折込広告収入が得られるようにしたり、不足分は補助金を支出するなどの施策を講じています。このような押し紙を中核に据えた新聞経営のことが「新聞社のビジネスモデル」と呼ばれるものです。
読売新聞1000万部・朝日新聞800万部・毎日新聞300万部といわれた時代がありましたが、その内、実際に配達される新聞がいかほどあるかについては公表されていません。表向きは販売店の実配数を新聞社が知らないことにされていますが、実際は、大量の押し紙が含まれていることを世間に知られないようにするための嘘です。小さな嘘ではなくとてつもなく大きな嘘です。
これまで、日本新聞販売協会・公正取引委員会・ABC協会などの公的組織によって押し紙の調査が為されたことがありますが、正確な部数や割合は不明なままでした。その後、押し紙訴訟や折込広告料返還訴訟が提起されるようになり、本ブログの主催者である黒薮哲哉さんのもとに販売店経営者から多くの内部資料が寄せられるようになったことから、次第に押し紙の部数や割合が明らかになってきました〔黒薮哲哉著・「新聞と公権力の暗部-押し紙問題とメディアコントロール-」(鹿砦社刊)参照)〕。
* ネットで「押し紙」を検索していただければ、大量の新聞や折込チラシが古紙回収業者のトラックに積み込まれている現場の様子を見ることができます。
押し紙は、1955年(昭和30年)の独占禁止法新聞特殊指定の制定によって禁止されるようになり、1964年(昭和39年)と1999年(平成11年)の二度の改正を経て現在に至っています。新聞の発行部数は、人口の高齢化と少子化・景気の悪化・ネット社会の普及などの様々な要因で、2000年(平成12年)の5370万部から23年後の2023年(令和5年)には2860万部と約半分近くまで減少しています。このままでいけば、10数年後には発行部数がゼロになるような減少スピードです。
元朝日新聞東京本社販売局管理部長の畑尾一知氏は「新聞社崩壊」(新潮新書・2018年(平成30年)発行)に、「今の新聞社は薄氷の上を渡るソリのようである。ソリの水没は避けられないものだろうか。」との現状認識を示した上で、「紙の新聞には今でも数十パーセントの支持率があり、今は年々減っているとはいえ、新聞自体が生まれかわれば過去の支持者が戻ってくるはずである。新聞社は亡んでも新聞は生き残り得る。」との希望的観測を述べていますが、果たして新聞は生き残ることが可能でしょうか。大いに疑問です。
畑尾氏は、「権力側にとって不都合な情報を公開されたくないのは、ごく自然なことである。情報の公開度は大衆の支持を背景にジャーナリズムがどれだけ頑張るかにかかっている。パリに本部を置く『国境なき記者団』の報道の自由度ランキングの2016年(平成28年)の日本のランキングは72位だった。年々ランクを下げ先進諸国の中では最低に位置している。第二次安倍政権(注:2012年(平成24年)12月~2020年(令和2年)9月まで)になってからは、政権基盤の強化がますます進むのに対し、新聞やテレビは購読者・視聴者が減っていくに連れて、弱体化が顕著になっている。不都合な事実を隠したい権力側の圧力はますます強くなっていくだろう。」と書いています。
また、「2014年(平成26年)に神戸新聞が兵庫県議会議員の政務活動費不正使用問題を発掘し報道したのがきっかけで、各新聞社が全国の地方議会における議員の政務活動費の使途について調査し、多くの不正が発覚した。」との記載もありました。この箇所を読んでいて、新聞は、国会議員の裏金問題については、何故、目を向けなかったのだろうか、何故、調査しなかったのだろうかという疑問にとらわれました。
黒薮さんのブログに、2006年(平成18年)の参議院予算委員会で、当時の安部晋三国務大臣が押し紙問題について国会答弁をしていることが紹介されており、安倍氏が新聞社の押し紙問題を新聞経営陣の取り込みに利用したのではないかと考えるようになりました。
また、安倍内閣発足以降、自民党政権がテレビの報道番組に次々と圧力を加えるようになり、政権批判の有力なコメンテーターが次々と番組から降板していきましたが、その背後にもテレビ局の親会社である新聞社の押し紙問題が隠されていたのではないかとの疑念をもつようになりました。
黒薮さんは、1999年(平成11年)の新聞特殊指定が改訂された年に、特に着目したいと述べられております。今後の調査および報道に期待しているところです。
冒頭に紹介した毎日新聞元常務の河内孝氏の著書に、1981~82年(昭和56~7年)当時、読売新聞の巌専務取締役販売局長だった丸山巌氏(渡邉恒雄氏と次期読売社長のライバル候補と目された良識ある方です。)の、「本社(読売新聞社)が販売店に送りつける押し紙で、配達もされずに梱包のまま残紙屋に回収される残紙が、なんと年間300億円にもなる。こんな無駄が許されるわけがない」との発言と、朝日新聞の販売担当常務取締役の古屋哲夫氏の、「内部努力ではもうだめ。公権力が入ってこざるを得ない。そこまで販売乱戦の危機は深刻化している。これが最後のチャンス」との発言が記載されています。
この時期に、両氏のような良識ある大手新聞社の役員クラスが、一致結束して押し紙の廃止に取り組んでおれば、報道の自由度ランキング世界第72位にみるような新聞が政治権力に取り込まれる惨憺たる状況にはならなかったのではないかと思います。朝日に追いつけ追い越せの大号令のもと、1000万部体制を目指して、なりふり構わず部数拡張路線を突っ走ってきた経営者の罪の大きさを実感します。
黒薮さんは、「新聞と公権力の暗部」で、旧統一協会による霊感商法の被害額が35年間で1237億円であるのに対し、押し紙による被害金額は32兆6200億円に及ぶとの試算を示しておられます。
新聞各社は、国有地の払い下げや、第3種郵便物・再販制度・消費税の軽減税率の適用、あるいは記者クラブ室の提供など様々な優遇措置を受けているだけでなく、戦後の読売新聞と朝日新聞の最高責任者は、いずれもアメリカの協力者(手先・スパイ)だったことが米国の公文書で明らかになっています。従って、日本の新聞社は本来の意味でのジャーナリズム精神はそもそも持ちあわせていなかったのではないかとの疑念があります。ソビエトや中国、あるいは軍事独裁政権の例を持ち出すまでもなく、新聞やテレビは本来に国家権力機構の一部であると割り切ってしまえば、わが国で、押し紙が政治権力によって見逃され、マスコミ統制の道具に利用されてきたとしても不思議ではありません。
しかし、以前は、経営と記事は別物だと割り切り、憲法の保障する国民の知る権利を実現するために取材活動に命をかけていた記者がたくさんいたように思います。朝日新聞阪神支局の若い記者が何者かによって殺害された衝撃的事件のことは、宣明に記憶しています。
しかし、押し紙問題が販売局以外の編集部の記者達にも知られるようになり、押し紙により高収入を得てきたことを知った時、真からの正義感に燃えて権力の不正を追及する取材・報道に専念することが果たして出来るのか、はなはだ疑問です。新聞社の経営と自らの家族と生活の生殺与奪の権が、権力に握られていることを知った時、記者のメンタルにどのような影響を及ぼすか、想像に難くありません。
本来、押し紙判決の言渡しの期日には、記者席には新聞記者が満席状態で座っていてしかるべきですが、記者席には新聞記者の姿は一人もいないのが現実です。もちろん、押し紙問題について新聞やテレビが取り上げることもありません。
日本新聞協会の公正取引協議委員会は、「モデル細則」を策定して、全国11地区の地区公正取引協議会に、「押し紙」の具体的定義を示して押し紙の自主解決の徹底をはかろうとしたことがあります。公正取引委員会もこの取組を全面的にバックアップする姿勢を示しました。1985年(昭和60年)頃のことです。
平成9年に北國新聞社が販売店にあらかじめ注文部数を指示して押し紙禁止規定の脱法行為をはかるという事件が発生しました。この事件について、公正取引委員会は史上初めて押し紙の本格的調査を行い、同社に排除勧告を発令します。ちなみに、公取委が押し紙の排除勧告を発令したのは、後にも先にもこの時の一回だけです。
北國新聞の押し紙事件については、インターネットで検索してもらうことにして、公取はこの事件をきっかけに、何故か、それまでの新聞業界による押し紙の自主規制(予備紙2%の自主的ルール)を免除する方針に転換します。その結果、新聞社は相互監視の役目を放棄し、他社の目を気にすることなく、予備紙2%自主ルールに反し、予備紙を際限なく増やしていくようになります。
更に、公取委は平成11年告示を改正し、従前の「注文部数を超えて」の文言を「注文した部数を超えて」という文言に変更します。この文言の変更の意味、経過については、別稿で報告することにします。
北國事件を契機とする公取の押し紙禁止規定の取り締まり方針の大転換の表向きの理由は、押し紙の規制を新聞業界の自主性に委ねていたのではいつまでも解決出来ないので、爾後、公取委が直接厳しく取締に乗り出すことにするというものです。
しかし、公正取引委員会の人員や予算の規模からして、全国100社を超える新聞社とその系列の販売店の押し紙問題を公取委の力で解決するのが出来ないことは歴然としています。公取委がこの方針転換は、新聞社に対し押し紙問題は今後不問にすることを宣言したに等しいものです。
平成11年告示の「注文部数」の文言の改定の結果、裁判所は「新聞社が販売店の注文した部数を超える新聞を供給しなければ、注文した部数にどれだけの予備紙が含まれていようとも押し紙にはならない」との解釈をとることが出来ようになりました。
長々と、述べてきましたが、今回の福岡高裁と大阪高裁の判決は、新聞業界が自主的に決めた予備紙の上限規制2%のルールについて、平成11年告示改正により撤廃され法的拘束力を失ったとの判断を示し、仮に、実配数1000部の販売店が2000部あるいは3000部、論理的には1万部の新聞を注文した場合でも、新聞社がその部数を越えて新聞を供給しない限り押し紙には該当しないという立場に立つことを明言しています。独禁法新聞特殊指定の押し紙禁止規定を事実上廃棄するに等しい判断です。
最高裁判所の違憲立法審査権はともかくとして、下級裁判所には、法令の廃止に等しい法律解釈を行う権限はないにもかかわらず、地裁・高裁を問わず、押し紙の敗訴判決を下した裁判官はみな等しくこのような法令解釈を採用しています(注:もちろん、そのような裁判官ばかりではありません・・・)。
今般の自民党国会議員の「裏金問題」に端を発した衆議院の補欠選挙における自民党の全敗は、日本社会の根底からの地殻変動を予感させる出来事です。
将来に希望を失わず、正義感にあふれる裁判官との出会いを楽しみに、今後も押し紙裁判を続けていきますので、引き続きご支援とご協力のほどをよろしくお願いします。
草々

本稿は、「新聞の1999年問題」についての連載の2回目である。1回目では、1999年に公取委が独禁法の新聞特殊指定の「改正」を行った結果、「改正」前よりも新聞社の「押し紙」政策が容易になった事情について記した。「改正」前の新聞特殊指定の内容を検討し、それを「改正」後の新聞特殊指定と比較した結果、それが明確になったのだ。この検証作業を行ったのは江上武幸弁護士である。検証の結果、1999年の「改正」に重大な問題があることが判明したのだ。連載の1回目の記事は次の通りである。
■1999年の「改正」新聞特殊指定の何が問題なのか?(1) 新聞人による「押し紙」政策の法的温床に変質、「注文部数」から「注文した部数」に変更
◆公取委と新聞人の話し合い
1999年の新聞特殊指定「改正」に至る発端は、約2年前にさかのぼる。1997年12月のことである。公取委は石川県の北國新聞に対して「押し紙」の排除勧告を発令した。
勧告書によると、北國新聞は朝刊の総部数を30万部にするために、新たに3万部を増紙した。この3万部をノルマとして、販売店に押し売りしていたのである。
公取委は勧告を発令した際に、日本新聞協会に対しても、独禁法に違反することがないように要請している。北國新聞と類似した不正行為が報告されていたからだ。
この事件を機に公取委と新聞協会(厳密には、新聞公正取引協議会)が話し合いを重ねた末に行われたのが1999年の「改正」なのである。ところが「改正」内容は、却って「押し紙」を取り締まることを妨げる内容だったのだ。独禁法を骨抜きにしたと言っても過言ではない。
既に述べたように「改正」前は、「実配部数+予備紙2%」を超えた部数は、機械的に「押し紙」と認定された。それゆえに北國新聞が摘発の対象になったのだが、「改正」新聞特殊指定では、新聞の発注書に明記された部数に残紙が含まれていても、それは「予備紙」ということになってしまい「押し紙」とは、認定されなくなったのだ。
露骨な詭弁がまかり通るようになったのだ。
実際、2000年代になって「押し紙」(残紙)は急激に増えていく。いくら搬入部数の中に残紙が含まれていても、それは「予備紙」ということになってしまい、取り締まりの対象ではなくなったのだ。新聞社は、やりたい放題に「押し紙」ができるようになったのである。
ちなみに、1999年の「改正」後に、それまでは予備紙を2%と定めていた新聞業界の自主ルールも削除された。これにより「押し紙」は存在しないことになった。残紙があっても、それは販売店が注文した「予備紙」ということになったのだ。
皮肉なことに「改正」新聞特殊指定が、日本の新聞社の巨大なABC部数を維持するための安全装置に変質したのである。
この時の公取委委員長が後に日本野球機構コミッショナーになる根来泰周氏だった。新聞協会の会長は、読売の渡邉恒雄氏だった。そして内閣総理大臣は、自民党新聞販売懇話会の会長を兼任していた小渕恵三だった。
◆情報公開で「開示」された黒塗りの書面
公取委と新聞協会は、「押し紙」をめぐって何を話し合ったのだろうか。わたしはこの点に興味を持ち、両者の話し合いを記録した議事録の情報公開を請求した。しかし、新聞特殊指定に関する記述はすべて黒塗りになって開示された。次のPDFでそれを確認してほしい。
黒塗りの部分が、日本の公権力と新聞人の関係を物語っている可能性が高い。
次回の連載では、1999年の新聞特殊指定「改正」後の「押し紙」(残紙)の実態を紹介しよう。(続く)

新聞販売店で残紙となっている新聞の性質が、新聞社が仕入れを強要した「押し紙」なのか、それとも販売店が自主的に注文した「積み紙」なのかを判断する際の指標になるのが、独禁法の新聞特殊指定である。
3月から4月にかけて、大阪高裁と福岡高裁で2件の「押し紙」裁判の判決が下された。元販売店主が、「押し紙」で受けた損害の賠償を求めた裁判で、いずれも原告の元店主が敗訴した。
裁判所が元店主らを敗訴させた根拠となったのは、独禁法の新聞特殊指定の解釈である。ところがその解釈にたどりつくプロセスに不可解な分部がある。
不思議なことに、新聞特殊指定の解釈を歴史的にさかのぼって検証してみると、1999年の「改正」を機に、新聞特殊指定が新聞社による「押し紙」政策を促進させるための強力な装置に変質していることが明らかになる。
独禁法の主旨からすれば、「押し紙」をなくすことが新聞特殊指定の最大の目的であるにもかかわらず、公取委はそれとは反対の方向への「改正」を断行していたことが明確になったのだ。その意味で、2件の判決は販売店側が敗訴したとはいえ、特別な意味を持っている。新聞業界と公権力の闇を浮き彫りにする。
裁判所は、新聞社を保護しようとしたが、はからずも1999年に進行した腐敗の構図を暴露してしまったのだ。
◆1999年問題
まず、最初に1999年の「改正」で新聞特殊指定の何がどう変わったのかを見ておこう。
【改正前】新聞の発行を業とする者が,新聞の販売を業とする者に対し,その注文部数をこえて,新聞を供給すること。
【改正後】 3 発行業者が、販売業者に対し、正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること。
一 販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む)。
読者には、赤字で示した用語に注目してほしい。「改正前」の新聞特殊指定では、「注文部数」になっていたが、「改正後」は「注文した部数」に変更された。これが意味するものは重大だ。
まったく同じ意味のようにも思われるが、法解釈上は異なることが、2件の「押し紙」裁判の中で明らかになったのだ。「改正後」の解釈については、高裁の2人の裁判長がそれを示した。
判決の主旨からすると、「注文した部数」とは、販売店が文字どおり注文した部数である。たとえば新聞の発注書に類する書面に「2000部」と記入すれば、それが「注文した部数」である。そのなかに大量の残紙が含まれていても、店主が「注文した部数」であるから、「押し紙」には該当しない。たとえば、かりに「注文した部数」が2000部であるのに、2500部を搬入すれば、はじめて「押し紙」行為があったということになる。
一方、「改正前」の新聞特殊指定でいう「注文部数」の定義は、「注文した部数」とはまったく異なる定義になっている。結論を先に言えば、新聞の実配部数に予備紙2%を加えた部数、つまり販売店が真に必要な部数を超えた部数は原則的にすべて「押し紙」という解釈である。参考までにこの点を明記した「改正前」の新聞特殊指定の運用細則を引用しておこう。
「注文部数」とは、新聞販売業者が新聞社に注文する部数であって新聞販売部数(有代)に地区新聞公正取引協議会が定めた予備紙(有代)を加えたものをいう。
「改正」の前後を比較してみると、改正前の条文であれば、過剰な残紙の存在さえ確認できれば、「押し紙」を独禁法違反に認定することができるが、改正後の条文では、たとえば「注文した部数」に大量の残紙が含まれていても、注文書の類に店主が「注文した部数」が明記されていれば、「押し紙」行為にはならない。
言葉を替えると、「改正前」の条文では、「販売店が自分で注文した部数だから、新聞社に責任はなく、押し紙でもない」という新聞社の論法は認められないが、「改正後」の条文であれば、認められる。
つまり1999年の「改正」により新聞社は「押し紙」がしやすくなったのである。そのことが、はからずも大阪地裁と福岡地裁の判決で明確になったのだ。
元販売店主の弁護団は、独禁法の主旨からしても、「注文した部数」の定義は、「注文部数」と同じであると主張したが、裁判所は認めなかった。「注文した部数」とは、店主が発注書の類に記入した部数を指すと解釈したのである。それはいまだに「押し紙」は1部も存在しないと開き直っている日本新聞協会の見解でもある。
◆2000年代から「押し紙」が急増
なぜ、公正委は1999年の「改正」により新聞業界に便宜を図ったのだろうか。1997年の暮れに公正委は、北國新聞社の「押し紙」を摘発し、新聞協会に対しても注意を喚起していた。以後、両者は話し合いを重ねたのだが、「押し紙」問題を解決するどころか、逆に「押し紙」政策をより促進できる方向で決着したのだ。
実際、2000年ごろから急激に「押し紙」が増えた。搬入される新聞の50%が「押し紙」という例も珍しくなくなった。(つづく)

携帯電話の基地局設置をめぐる電話会社と地域住民のトラブルが絶えない。2005年から、この問題を取材しているわたしのところには、年間で50件ぐらいのトラブル相談が寄せられている。わたしは取材すると同時に、問題解決にも協力している。
かつてわたし自身がトラブルに巻き込まれた体験があり、この問題の深刻さを熟知しているからだ。2005年、埼玉県朝霞市岡3丁目にあるわたしの住居(集合住宅)の真上にKDDIとNTTドコモが基地局を設置する計画が浮上したのだ。計画は頓挫させたが、そのための労力は大変なものだった。
基地局を設置する電話会社は、それがみずからの特権と言わんばかりに強引に目的を達する。過去には熊本市で九州セルラー(現、KDDI)が警備員を使って、座り込みの抗議を続けていた住民らを排除した事件が起きている。
その強権的な実態は、戦車が住居をなぎ倒して進んでいくイメージに類似している。しかも、無線通信網の普及が国策になっている関係で、マスコミはほとんど基地局問題を報じない。
本稿では、最初に基地局から放射されるマイクロ波が、人体にどのような影響を与えるのかを科学的な観点から説明する。その上で現在、さいたま市で起きている2件の事件を紹介しよう。
ひとつは、JR大宮駅の近辺に位置する高層マンションのケースである。事業主は楽天モバイルで、すでに基地局を稼働している。もうひとつはJR武蔵浦和駅に隣接する商業施設の中にあるタワーマンションのケースである。事業主はソフトバンクで、マンションの管理組合と協働して基地局設置に向けて計画を進めている。管理組合の理事長は、意外なことに「人権派」弁護士の集まりとして有名な東京法律事務所(新宿区四谷)の弁護士である。
◆市民運動体による誤情報
電磁波による人体影響で代表的なものとしては、①電磁波過敏症(吐き気、頭痛、耳鳴り、不眠など)と②電磁波の遺伝子毒性の2つである。他にも指摘されている人体影響はあるが、ここでは①と②に言及しよう。
しかし、本題に踏み込む前に、電磁波に関するいくつかの誤った情報を紹介しておこう。電磁波問題を科学の観点から検証するためには、何が客観性の乏しい情報なのかを把握しておく必要があるからだ。電磁波に関する情報は、誤情報が多いので、客観性の乏しいものを排除することが、科学的見地の最初のステップである。
たとえば「オランダ・ハーグで駅前に設置した5Gのアンテナ塔から実験電波を飛ばしたところ、隣接する公園の木の枝に止まっていたムクドリが次々に墜落し、297羽が突然死した」(『女性自身』)といった情報である。この情報は根拠に乏しい。このような現象は、ハーグ以外の場所では、どこも起きていないからだ。何か別に原因があると考えるのが常識である。
携帯電話基地局の下を歩くのは危険だという話もほとんど根拠がない。基地局からの電磁波は、極めて微弱で、携帯電話末端からでる電磁波の100分の1程度しかない。しかも、基地局の下を歩いて通過するわけだから、被爆の時間も短い。
問題なのは、微弱な電磁波であっても、それを1日に24時間、5年とか10年の期間で被曝した場合に、どのような人体影響が現れるかという点なのである。
さらに電磁波による人体影響を調べる際のアンケート調査の結果も誇張されていることが多いい。たとえば2008年にA医師が行った有名な調査がある。調査の発端は、A医師一家の住むマンションの屋上に基地局が設置されたことである。A医師の家族は、鼻血や精神攪乱などさまざまな症状に悩まされるようになった。まもなくA医師は、その原因が基地局からのマイクロ波に違いないと推察して、住居を引っ越した。それに伴い体調不良も回復した。
A医師は、マンション(47世帯)の住民に、聞き取り調査を行った。その結果、述べ170の症状が報告された。電磁波過敏症の諸症状に加えて、犬、小鳥、金魚などペットの死亡例も報告された。
マンションの管理組合は、調査結果を重大視して、電話会社に基地局の撤去を打診した。幸いに住民の要求は聞き入れられ、基地局は撤去された。
その後、A医師は再び住民を対象に聞き取り調査を実施した。その結果、報告された症状は述べ22件に激減した。
この調査は、電磁波過敏症を立証したものとして、市民運動の中で髙く評価されている。しかし、冷静に考えてみると決定的な疑問に逢着する。それは日本中に無数の基地局が立っているにもかかわらず、なぜ、このマンションの住人にだけ顕著なかたちで体調不良が現れたのかという点である。
わたしは、調査の前段で電磁波には人体に対する害があるという情報があらかじめ住民の耳に入っていたからではないかと考えている。電磁波に関する事前の情報があったから、些細な体調不良も電磁波に関連づけた結果である可能性が高い。たとえば頭痛や不眠症は、電磁波を被曝しなくても起こりうる。原因の特定が難しい。
しかし、体調不良の原因をすべて電磁波に結び付けた可能性が高い。また、電磁波が原因でペットが死ぬといったことも、普通はあり得ない。
ただ、A医師の一家が電磁波で体調を悪化させたことは事実である。世の中には、一定の割合で電磁波に対して極めて敏感に反応する人がいる。その人数は決して多くはない。彼らにとって、基地局問題は生死にかかわる問題なのである。
客観性がない情報は、フェイクニュースの種になり、逆に基地局問題の解決を遅らせる。電磁波過敏所が客観的な存在であるにしろ、わたしの取材体験から判断すると、その割合は極めて低い。しかし、重度の電磁波過敏症があることは紛れのない事実である。従って、電磁波に弱い住民を無視して、どこにでも基地局を設置していいことにはならない。基地局が住居の直近に設置された後、他の場所へ引っ越さざるを得なくなった住民もいるのだ。
◆マイクロ波の遺伝子毒性
では電磁波によって、万人が影響を受ける要素とは何か。それは電磁波の遺伝子毒性である。基地局からのマイクロ波を被曝しても、レントゲンと同じでほとんどの人は何の自覚症状も感じない。しかし、海外で行われた疫学調査で、基地局の近辺に癌患者が多いことを示す明確なデータが複数公表されている。
たとえば2011年のブラジルの疫学調査である。この調査は、ミナス・メソディスト大学のドーテ教授らが実施したものである。
ドーテ教授らが調査対象にしたのは、1996年から2006年まで、ベロオリゾンテ市において癌で死亡した7191人である。これら7191人と直近の基地局の距離を測定して、基地局と発癌性の関連性を調査したのだ。基礎資料として使われたのは、次の3点である。
1、市当局が管理している癌による死亡データ
2、国の電波局が保管している携帯基地局のデータ
3、国政調査のデータ
調査の結果、基地局に近いほど癌の死亡率が優位に高いことが分かった。また、基地局の設置数が多い地区ほど癌による死亡率が高いことも判明した。
この調査の信憑性が高い根拠としては、次の2点があげられる。
① 調査の対象が、ラットなどの動物ではなく、人間であること。ラットにマイクロ波を放射して発がん性の有無を調べる実験は、米国やイタリアで実施され、いずれの結果も2018年に公表され、発がん性が確認されているが、注意しなければならないのは、ラットと人間では体質が異なる点である。従って動物実験の結果はあくまで参考でしかない。それよりも人間を対象とした疫学調査の方がより信憑性が高い。ブラジルの調査は、人間を対象として行われたものなのである。
② 調査対象となった生物の個数が圧倒的に多いこと。先に言及した米国やイタリアの動物実験では、対象となったラットの数量は2000匹程度だった。これに対してブラジルの調査では、7191人を対象としている。
ちなみにドイツとイスラエルでも、ブラジルに類似した疫学調査が実施され、いずれも基地局の近辺(半径が300mから400m)で、それ以外の地域よりも3倍から3・5倍ぐらい癌が多いとする結果が出ている。従って「電磁波過敏症」に罹患しなくても、基地局の周辺では発がんリスクが高くなる。
以上の点を踏まえた上に、さいたま市の2件のトラブルを紹介しよう。(つづく)

福岡高等裁判所の志賀勝裁判長は、4月19日、読売新聞の元販売店主が起こした「押し紙」裁判の控訴審で、元店主の控訴を棄却する判決を下した。
去る3月28日には、大阪高裁がやはり元店主の控訴を棄却する判決を下していた。これら2つの裁判の判決には、勝敗とは無関係に、はからずも裁判官の筆による興味深い記述が確認できる。それは新聞特殊指定の解釈に言及した部分で、その記述を読む限り、1999年7月に改正され,現在施行されている新聞特殊指定の下で新聞社は、旧バージョンの新聞特殊指定よりも、はるかに「押し紙」政策を実施しやすくなった事を露呈している。
◆◆
1999年7月の新聞特殊指定の改正は、北國新聞で「押し紙」問題が発覚したのを受けて、日本新聞協会と公取委が折衝を重ねた末に決定・実施されたものであるが、それにもかかわらず「押し紙」がより容易になる方向性で改訂されているのだ。その奇妙な事実を、はからずも志賀勝裁判長の判決文が立証したのだ。
ちなみにこの時期に総理の座にいたのは、自民党新聞販売懇話会・会長の座にいた小渕恵三氏である。日本新聞協会の会長は渡邉恒雄氏だった。また、公取委の委員長は、なぜか後に日本野球機構コミッショナーに就任する根來泰周氏(写真、出典:スポニチ、Wikipedia)である。
日本新聞協会と公取委の話し合いの記録については、わたしが情報公開請求を申し立てたことがあるが、黒塗りになって開示された。この黒塗りの部分に、日本の新聞社の闇が隠されている可能性が高い。
詳細については後日、報告する。
なお、この裁判にも自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士が読売の代理人として名を連ねている。
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1999年に公取委と新聞業界の間で密約が交わされた疑惑がある。この点に言及する前に、1999年について言及しておく。この年、政治上の暴挙が矢継ぎ早に起きている。
周辺事態法、盗聴法、国旗・国家法、改正住民基本台帳法・・・
「僕としては99年問題の重大性を最大限強調したい。年表でいえば、ここはいちばん太いゴチックにしておかないとまずい」(『私たちはどのような時代に生きているのか』辺見庸、角川書店)
1999年問題という表現を最初に使ったのは、辺見庸氏でる。しかし、辺見氏は新聞業界の密約疑惑については言及していない。この密約は、新聞業界を日本の権力構造に組み入れたという観点から特に重要だ。
◆◆
当時の内閣総理大臣は、小渕恵三氏である。小渕は総理の職にありながら、同時に自民党新聞販売懇話会の会長を兼任していた。小渕が密約にかかわった証拠はないが、新聞を権力構造に組み込み、政治的に利用する構図について認識していた可能性が高い。というもの当時、自民党新聞販売懇話会の議員らは、日本新聞販売協会の政治団体から、政治献金を受けていたからだ。
1999年、公正委は、「押し紙」を禁じた独禁法の新聞特殊指定を改正した。発端は、1997年の暮れに北國新聞の「押し紙」が発覚したことである。これを受けるかたちで、日本新聞協会と公取委は協議を重ねたのだ。
常識からすれば、「押し紙」問題を解決するための協議でなくてはおかしい。ところが99年の改正により、新聞社は合法的に「押し紙」ができるようになったのだ。詳細については、日を改めて記述するが、最近の「押し紙」裁判の判決の中で、裁判所が99年の改正新聞特殊指定の法的な解釈を示したことで、「押し紙」がより簡単にできるように「改正」されていたことが判明したのだ。
実態、「押し紙」率が4割にも、5割にもなるケースが、2000年ごろから急増した。この点に関するデータは、当時の「押し紙」裁判の記録を閲覧すれば簡単に判明する。99年の改正により、新聞社は自由に「押し紙」ができるうえに、「押し紙」裁判になっても敗訴の確率が極めて低くなったのだ。
1999年に新聞社は、公取委との協議により莫大な収益をあげる仕組みを構築したのだ。それと引き換えに、権力構造に組み込まれジャーナリズムも放棄したのである。
わたしは両者の協議の記録を情報公開請求で入手したが、「押し紙」に関する記述は、すべて黒塗りになっていた。この黒塗りの部分に、両者が何を話し合ったのかが隠されているのだ。
◆◆
明日4月19日には、福岡高裁で「押し紙」裁判の判決がある。販売店が敗訴することはまず間違いない。しかし、敗訴判決の中に1999年問題の輪郭が刻まれている可能性がある。
ちなみに99年改正が行われた時期の公正取引委員長は、根來 泰周 (ねごろ やすちか)という人物である。この人物は、公取委を退職した後、なぜか日本野球機構 コミッショナー に就任している。

2024年2月度のABC部数が明らかになった。中央紙は、次のようになっている。 ()内は前年同月比。
朝日新聞:3,464,818(-307,799)
読売新聞:6,005,138(-441,836)
毎日新聞:1,573,540(237,713)
産経新聞:871,112(-102,309)
日経新聞:1,392,894(-229,263)
朝日新聞は1年の間に約31万部の減部数を招いた。読売新聞は約41万部の減部数。さらに毎日新聞は、約24万部の減部数である。読売新聞は販売店が扱う部数にいついては、すでに600万部を切っている。
新聞社の中には、部数減に歯止めをかけるために、搬入部数をロックしている社もある。それがABC部数に反映する。たとえば次に示すABC部数の変化は、読売新聞の大阪府堺市東区のものである。
2016年4月:6157部
2016年10月:6157部
2017年4月:6157部
2017年10月:6157部
2018年4月:6157部
2018年10月:6157部
2019年4月:6157部
2019年10月:6157部
2020年4月:6157部
2020年10月:6157部
新聞離れの傾向から察して、堺市東区でも新聞購読者の数が右下がりになっている可能性が高いが、販売店へ搬入される部数は5年間ロックされていた。
わたしは兵庫県の全自治体を対象として、中央紙(朝日、読売、毎日、産経、日経)と神戸新聞について、ロック政策の有無を調べてみた。(期間は2017年4月から2021年10月)。その結果、堺市東区ほど極端ではないにしろ、ロック現象が観察させた。これはABC部数の減部数を抑制するための不正な措置にほかならない。
今世紀に入ったころはまだ、俗に「読売1000万部」、「朝日800万部」、「毎日300万部」などと言われていたが、すでに時代は変わっている。
しかも、ABC部数には、実際には配達されていない新聞、つまり「押し紙」が含まれているので、新聞産業の規模は想像以上に縮小している。

新聞販売店の元店主が「押し紙」(広義の残紙)により損害を受けたとして損害賠償を求めた裁判の控訴審(約6000万円を請求)で、大阪高裁は3月28日、元店主の控訴を棄却した。
「押し紙」というのは、ごく簡単に言えば残紙のことである。(ただし、独禁法の新聞特殊指定が定義する「押し紙」は、「実配部数+予備紙」を超える部数のことである)。
元店主は、2012年4月にYC(読売新聞販売店)を開業した。その際、前任の店主から1641部を引き継いだ。ところが読者は876人しかいなかった。差異の765部が残紙になっていた。このうち新聞の破損などを想定した若干の予備紙を除き、大半が「押し紙」となっていた。
以後、2018年6月にYCを廃業するまで、元店主は「押し紙」に悩まされた。
大阪地裁は、元店主が販売店経営を始めた時点における残紙は独禁法の新聞特殊指定に抵触すると判断した。前任者との引継ぎ書に部数内訳が残っていた上に、本社の担当員も立ちあっていたことが、その要因として大きい。
控訴審の最大の着目点は、大阪高裁が読売の独禁法違反の認定を維持するか、それとも覆すだった。大阪高裁の長谷部幸弥裁判長は、大阪地裁の判断を覆した。
その理由というは、元店主の長い業界歴からして、「新聞販売に係る取引の仕組み(定数や実配数、予備紙や補助金等に関する事項を含む)について相当な知識、経験を有していた」ので、従来の商慣行に従って搬入部数を減らすように求めなかったというものである。皮肉なことに長谷川裁判長のこの文言は、新聞業界のとんでもない商慣行を露呈したのである。
しかし、残紙が「押し紙」(押し売りした新聞)に該当するかどうかは、本来、独禁法の新聞特殊指定を基準として判断しなければならない。元店主に長い業界歴があった事実が、新聞特殊指定の定めた「押し紙」の解釈を変えるわけではない。この点が、この判決で最もおかしな箇所である。
新聞特殊指定では、残紙が「実配部数+予備紙」を超えていれば、理由を問わず「押し紙」である。もちろん「押し紙」のほとんどが古紙回収業者のトラックで回収されていたわけだから予備紙としての実態もまったくなかった。
◆「読売には『押し紙』は一部も存在しない」
この裁判の読売側の代理人を務めたのは、6人の弁護士である。この中にはメディア関係者から重宝がられている自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士も含まれている。喜田村氏は、わたしが知る限り今世紀に入ったころから、読売の「押し紙」裁判に登場して、読売には「押し紙」は一部も存在しないという出張を繰り返してきた。
◆公権力機関に組み込まれた日本の新聞業界
今回の控訴審判決の内容から判断して、わたしは新聞業界と公権力機関の距離が極めて近い印象を受けた。今回に限らず、「押し紙」裁判の判決を読むたびに、両者は普通の関係ではないと感じる。先日の日経新聞「押し紙」裁判における最高裁の決定もそうだった。
その意味で「押し紙」裁判の提起は重要だ。たとえ販売店の敗訴であっても、判決のたびに新聞業界が公権力機関に組み込まれている実態が露呈する。「押し紙」により新聞業界が莫大な利益を上げる構図があるので、公権力機関はこの問題を泳がせておけば、新聞の紙面内容に暗黙の圧力をかけることができる。
本来、「押し紙」問題にメスを入れなければならないのは新聞記者である。自分の足もとの問題であるからだ。ジャーナリスト集団が従順な「羊の群れ」ではだめなのだ。有権者は新聞の情報を鵜のみにしてはいけない。


