1. 折込広告の水増し詐欺で広告代理店の責任を問えるのか?

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折込広告の水増し詐欺で広告代理店の責任を問えるのか?

最近、わたしは折込チラシの水増し詐欺を取材している。国会図書館で、折込チラシの水増し事件に関する裁判の判例を検索してみると、何件かヒットした。驚いたことにこの種のトラブルを訴因とする裁判は、予測していたよりもはるかに前の時期、1989年(平成元年)に起こされている。原告は、ジャパンエンバ株式会社で、被告は広告代理店・読売インフォメーションサービスである。

ジャパンエンバ株式会社は、 毛皮製品の小売業者である。 読売インフォメーションサービスを通じて折込チラシを新聞販売店に卸していたが、チラシ水増しに関する手口を週刊誌報道で知り、支払いをストップした。これに対して読売インフォメーションサービスが支払いを求めて提訴したのが発端だった。

その後、ジャパンエンバも読売インフォメーションサービスを反訴した。過去の水増し分も含めて、水増しされたチラシの手数料を返済するように求めたのである。

ジャパンエンバは事業規模が大きいこともあって、億単位の取引をしていた。読売が請求した額は、約1億円。ジャパンエンバが反訴で請求した返済額は、約1億5000万円だった。

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判決は、地裁も高裁も読売インフォメーションサービスの勝訴だった。その理由を端的に言うと、広告代理店である読売インフォメーションサービスには、販売店の実売部数を把握する手段がないこと、ABC部数そのものが極めて信憑性の高いデータであること、それにアロウアンス(チラシの予備枚数)の存在などをジャパンエンバが認識していたことなどである。

ちなみにアロウアンスの割合は業界ルールとして定められていたことも判決の中で判明している。判決は次のように述べている。

昭和56年10月当初は20%以内とされたが、その後、徐々に改訂され、昭和57年からは12.5%以内、昭和58年から10パーセント以内、昭和61年4月から7%以内、昭和63年10月から4%以内、平成4年4月から朝日新聞及び読売新聞についてのみ3%以内と、その率が下げられてきている。

アロウアンスの率が下がってきた背景には、折込み機などの高性能化で、チラシの破損が少なくなった事情がある。

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裁判所がABC部数の信憑性に関して何の疑問も呈していないのは、当時の情況からすればやむを得ないかも知れない。ABC部数を操作しているのは、新聞発行本社であるから、チラシの水増し行為の責任はむしろ代理店よりも、新聞発行本社にあるといえるだろう。つまりジャパンエンバは、訴える相手を間違ったことになる。

この観点から言えば、最近の「押し紙」裁判(佐賀新聞、産経新聞)で、ABC部数の欺瞞の責任を発行本社に問う流れが生まれていることは注目に値する。ABC部数を改ざんするために、販売店のPCを管理している企業が、新聞社の指示を受けて、不正工作をやっていた事実も明るみにでている。

【参考記事】新聞「ABC部数」はこうして改ざんされる――実行者が手口を証言、本社販売局の指示でデュプロ(株)が偽の領収書を発行、入金一覧表なども偽造し数字を整合させる

折込みチラシの水増し詐欺にも、まもなくメスが入るだろう。

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なお、広告主が広告代理店を折込み広告の水増し詐欺で訴え、勝訴した判例もある。このケースでは、広告代理店が折込み広告を水増しするビジネスモデルをあらかじめ認識していて、それを前提に、受注した枚数を全部印刷していなかった。当然、販売店にも発注枚数が届いていなかった。次の例だ。

【参考記事】新聞折込チラシ詐欺 大阪地裁が「中抜き」を事実認定、35万枚のうち5万枚を印刷せず料金請求

この裁判では、被告の広告代理店・アルファトレンドが和解敗訴した。その後、アルファトレンドは倒産した。