5Gの運用をめぐってベルギーと米国でトラブルが発生している模様だ。ベルギーでは、5Gの試験的運用が中止になり、米国では5Gのアンテナを消防署の傍に設置したところ、消防士が体調不良を訴えたという。

◆ベルギーのケース

2019年4月1日付けのブリュッセル・タイムス紙によると、ベルギーのブリュッセルで予定されていた5Gの試験的運用が中止になった。当初、市政府は電話会社3社に対して、5Gの運用にあたって厳しい電波防護指針を緩和することにしていたが、アンテナから放出される電磁波の強度が予測できないとして計画をペンディングとした。【続きはウェブマガジン】

2019年11月12日 (火曜日)

報道とは何か、情報とは何かを考える格好の機会である。

ボリビアのモラレス大統領が辞任した。そしてメキシコに亡命申請した。

メディアの報道によると、先の大統領選で現職のモラレス大統領陣営が不正選挙に関与し、国民の不満が高まり、反政府運動に発展した。そして最終的に辞任に追い込まれた。

一方、キューバのプレンサ・ラティナ紙(電子)やベネズエラのテレスール(電子)は無血クーデターだと伝えている。メキシコのロペス・オブラドール大統領やブラジルのルラ元大統領、それに1980年にノーベル平和賞を受賞したアルゼンチンの人権活動家、アドルフォ・ペレス・エスキベル氏らが、クーデターを非難する見解をツイッターなどで表明している。

わたしはどちらの情報が真実なのか、まったく判断できない。現地を取材していないからだ。

日本ではモラレス大統領の辞任しか報じられていない。一方、キューバやベネズエラではクーデターと報じられている。

 

◆◆
以下、わたしの見解である。結論を先に言えば、クーデター説もあながち否定できない。情報はどうにでも操作できるフェイクニュースの時代なので、事件の背景も含めて慎重に検証してみる必要がある。

モラレス政権は、2005年に成立した左派政権で、発足当初からキューバのカストロ政権と極めて距離が近かった。長いあいだ高い支持率を維持してきた。モラレス氏は、先住民族の最初の大統領で、特に人口の半分以上を占める先住民族の間では絶大な支持を得ていた。

徹底した反新自由主義、反グローバリズムを打ち出し、多国籍企業に取ってはきわめてやっかいな存在だった。

ボリビアでは大統領の再選を禁じる法律があったがそれを改正した3選した。4選目の前に国民投票を実施したが、賛成が過半数に達しなかったとされる。これも真相は不明だ。しかし、4度目の大統領選に出馬して当選していた。

ボリビアはもともと軍事クーデターが頻発してきたことで悪名高い。ボリビアに限らず、1980年代までのラテンアメリカ諸国は、米国と癒着した軍部が政治を牛耳る構図があった。

たとえば1973年のチリの軍事クーデターで、その体質が典型的に露呈した。民主的に選ばれたアジェンデ政権を、CIAによる主導の下でピノチェット将軍が暴力的に叩きつぶしたのである。1980年代の中米・ニカラグア、エルサルバドル、グアテマラ3国に対する内政干渉も度を超していた。米国が先住民族などに対するジェノサイド(皆殺し作戦)のスポンサーになることも当たり前に行われていた。
その背景に米国の多国籍企業、特にフルーツ会社の権益がからんでいた。

しかし、それにもかかわらずラテンアメリカは脱軍事政権の傾向を強め民政へと移行していく。そして今世紀に入るころから、次々と選挙による左派政権が誕生させて行ったのである。その結果、キューバの孤立も解消した。一時は、政治の勢力図が完全に従来と逆転して、米国と一定の距離を置く国が主流を占めるようになったのだ。米国の「裏庭」の時代は終わったと見られていたのである。

ラテンアメリカで成立した左派政権の中で最もキューバと距離が近かったのは、ベネズエラとボリビアである。

しかし、米国のトランプ政権が成立した後、にわかに変化が現れる。あちこちで混乱が始まったのだ。それがトランプ政権の成立と関係しているかどうかは不明だが、「反政府勢力」が米国から活動資金の提供を受けていたという報道もある。

ベネズエラは、石油価格の下落や米国による経済封鎖などの影響で経済が破綻し、マドゥロ大統領は完全に国民の支持を失ったと報じられてきた。クーデターの試みも何度も繰り返されている。

今回のボリビアのケースでは、大統領自身が失脚した。

エルサルバドルは昨年の大統領選で、左派のFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)が政権を失った。経済的に米国への依存を断ち切れなかったことが、その大きな要因だと思われる。新自由主義の枠組みの中で、左派政権がいかに厳しいかを示したのである。

ニカラグアでは、反政府運動が激化している。死者も出た。

 

◆◆◆
西側報道を鵜呑みにすれば、ラテンアメリカの左派勢力は自滅へ向かっていることになるが、状況はそう単純ではない。水面下で米国の巻き返しが激化して、それが「成功」している可能性も否定できない。

わたしは1980年代から90年代にかけてラテンアメリカを取材したこともあって、最近のラテンアメリカ報道には警戒を強めてる。前世紀は当たり前だった米国による内政干渉の歴史をふり返るとき、単純に左派政権の失敗と決めつけることはできない。

特にボリビアは、天然資源の宝庫であり、資源の収奪を目的として進出してきた多国籍企業にとって、モラレス政権は頭の痛い存在だったのだ。モラレス氏がクーデターで排除されても、まったく不自然さは感じない。

ただ、繰り返しになるが、わたしは現地にいないので真相を確認しようがない。アメリカによる内政干渉の凄まじさを知るものとして、単純にモラレス大統領の辞任報道が鵜呑みにされることを警戒する。

 

【冒頭の図】米国によるラテンアメリカに対する軍事介入の「履歴」を示したもの。出典:Prensa Latina。
 

2019年11月11日 (月曜日)

筆者のところに新聞販売店からの相談が相次いでいる。「押し紙」が原因で、預金を切り崩して新聞社へ新聞の卸代金を納入しているが、それも限界に来ているという主旨のものが多い。「押し紙」 さえなければ、経営を持続できるが、新聞社は「押し紙」を排除してくれないという。

預金を切り崩して支払っている「押し紙」代金の額は、店によって異なるが、なかには月々100万円近く支払っている店もあるようだ。新聞発行本社から年間の部数拡販目標を提示され、達成できない場合は、改廃すると恫喝された店主もいるようだ。

新聞社が年間の増紙目標を一方的に提示して、それに準じた新聞部数を一方的に搬入する手口は共通している。「押し紙」がない新聞社は、極めて限定されている。(熊本日日新聞など)

「押し紙」の規模は、地方紙よりも中央紙の方が多い傾向がある。

「うちの系統では、どの店も1000部はあります」

と、話す店主さんもいる。また、次のような声も。

「搬入される新聞の半分は『押し紙』です」

「3500部のうち、配達しているのは1300部」

◆実配部数の回復はあり得ない

新聞の実配部数が回復することはありえない。週刊誌も含めて、紙の媒体は、書籍は別として、急激に衰退している。と、なれば販売店は対策を考えなければならない。業績が回復することを期待して、預金を切り崩してまで、「押し紙」代金を支払う必要はないだろう。

そんな金があるのなら、弁護士に相談して「押し紙」裁判を起こすべきだろう。店を改廃されてから、裁判を起こしても、「なぜ、現役の時代に『押し紙』を断らなかったのか」と抗弁されかねない。今の裁判所では、それで通用するのである。

販売店がなかなか訴訟に踏み切れないのは、裁判そのものを何か特別なものと勘違いしているからである可能性が高い。裁判は司法制度のひとつであるから、必要なときは利用すべきだろう。また、発行本社に対する忠誠心も、訴訟を控える原因になる。販売店が発行本社に対して感じるような連帯感は、発行本社サイドにはない。「押し紙」で全部預金を吐き出させ、その後、巷へ放り出そうというぐらいの腹しかない。

「発行本社と販売店は車の両輪」といううたい文句は嘘である。

販売店が「押し紙」裁判を起こせば、逆に販売店による折込チラシの水増し詐欺を訴えると脅す販売局員もいるようだが、折込チラシの水増し詐欺をやらせているのは新聞社の側にほかならない。折込チラシの水増しを止めれば、販売店は「押し紙」の代金が支払えなくなり、新聞社の販売収入も減る。販売店も困るが、もっと困るのは新聞社の方である。

◆「押し紙」裁判の勝算はあるのか

これまでに起こされた「押し紙」裁判を検証する限り、中央紙では、毎日新聞と産経新聞の「押し紙」裁判に関しては、販売店が勝訴する流れが出来ている。裁判所が、新聞社を敗訴させる判決を書くのを嫌っているので、最終的には和解というかたちになるが、最近では、推定で3500万円(毎日のケース)を支払わされた。

また、集団で訴訟を起こした場合も、販売店の方が有利になる。古いケースでは北國新聞の店主さんらが、新しいケースでは琉球新報の店主さんらが、和解金を勝ち取っている。現在、南日本新聞でも集団訴訟になっていると聞く。

読売新聞社と朝日新聞社については、権力構造の一部に組み込まれている可能性が高いので、「押し紙」裁判では苦戦するが、市民運動の支援を受ければ、裁判所も公正な判決を書かざるを得ないだろう。実際、読売の場合は、同社の「押し紙」を認定した判決が存在する。2007年の福岡高裁判決の判例で、最高裁でも判決が確定している。

読売の代理人・喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)は、読売には一部も「押し紙」は存在しないと主張してきたが、福岡高裁が読売の「押し紙」を認定している。みずからも関わった裁判であるから、この事実を知らないはずがない。公式に見解を取り消すべきだろう。

 

【参考資料】読売の滝鼻広報部長からの抗議文に対する反論、真村訴訟の福岡高裁判決が「押し紙」を認定したと判例解釈した理由

 

2019年11月09日 (土曜日)

内ゲバと呼ばれる行為がある。組織内で特定のメンバーに対して複数の人物が暴力により自己批判を求める行為で、最近では民族差別に反対するカウンターグループが大阪市で起こしている。いわゆるM君リンチ事件で、最高裁でも加害者らに対する損害賠償を命じる判決が確定した。

この事件を単行本というジャーナリズム手法でタイムリーに報じてきた鹿砦社が、今度は『1969年 混沌と狂騒の時代』という本を出版した。1960年代から70代にかけて学生運動の渦中にいた当事者らが、50年の歳月を経て、あの時代を再検証した本である。

鹿砦社の代表であり、執筆者のひとりである松岡利康氏は、寄稿(注:「死者を出した『7.6事件』は内ゲバではないのか? 『7.6事件』考〈草稿〉」)の中で「1969年は、新左翼運動史上初めて内ゲバ(党派闘争)で死者を出した年でもあった」と指摘し、「7.6事件」が内ゲバだったとする見解を示している。

7.6事件というのは後に赤軍派、日本赤軍、連合赤軍へと分派を発生させたブント(共産主義者同盟)内部の党派闘争事件で、その際に監禁された活動家が逃走を企てて転落死する事態にまで引き起こした。

7.6事件の現場に現場に居あわせた人物のひとりに重信房子氏がいる。重信氏も、本書に「私の一九六九年」と題する一文を寄せている。

当時、彼女は明治大学で教員を目指すごく普通の、それでいて世の中の動きに敏感な学生だったが、学生運動の波に呑まれ、ブントの活動に参加するようになる。

当時、ブントの内部には、赤軍フラクと呼ばれる派閥があった。重信氏は、「これまでの人脈に誘われる形で、私も『赤軍フラク』に招請」されたのである。

1969年7月6日、「赤軍フラクの者たちが『ブント指導部が自分たちを除名するらしい』」(重信氏)という動きを察して、「ブンド議長の仏さんとそのグループの人々を糾弾し、はずみで暴力」を振るってしまう。これが引き金となって、今後は逆に赤軍フラクが他の派閥から暴力による報復を受ける。

重信氏はこの事件の現場にいた。最初は「ひどく動揺し、加害(注:赤軍グラク)の強い反省に打ちひしがれた」が、赤軍グラクが報復を受けたために、「私は今更、赤軍フラクをやめるわけにはいかない」と憎悪を燃やしたのである。

その後、赤軍フラクは、「赤軍派」を結成する。69年の8月のことである。

◆◆
本書の中に、『元・同志社大学活動家座談会 一九六八年から六九年へ』と題する座談会が収録されている。1970年に同志社大学に入学して、学生運動には「遅れてきた青年」(大江健三郎)であった松岡氏が、当時、学生運動に参加していた6人の人々に当時の心の内を聞きだすかたちを取っている。「6名のうち、3名が『あの時』、安田講堂の籠城に参加した方々であり、5名は赤軍に参加した経験」(田所敏夫氏)の持ち主である。

50年の歳月を経て、学生運動の渦中にいた人々が、当時の学生運動の実態と、それに対する評価を口にしたのである。

これらの人々の中には、重信氏らからよど号乗っ取り計画への参加を勧められた人もいる。10年前にバチスタ独裁政権を倒したキューバを視察する話もあったという。当時の心境を元活動家らは、次のように話す。

野村 :僕らとしてもね、この話は1回ケリをつけないかんな、と思ってたから。ちょうどいい機会をもらったと思います。一つ、僕たち自身の限界があると思うんですよ。子供の時からの道徳の規範みたいなところ。僕のことで偕越ですが「そこで自分が命を落とす」ことについては抵抗はなかった。けど「人を傷つけたり殺したりする」ことのギャップはすごく大きかったんですよ。そこをどう乗り越えるか。おそらく連合赤軍がアジトで共産主義的な成長を「総括」 という形で求めたのは、そういう部分やろうと思うんです。自分の「道徳規範を乗り越えなあかん」と。そういう意味やと僕は理解してるんです。僕は乗り越えられなかった。

館野:その頃「武器を持って」という闘争になってたんすでよ。だから「殺すか殺されるか」みたいなことを考えないと、さっきの「壁」は乗り越えられないんです。

小島:僕は怪我して病院にいて、この2人(注:匿名で座談会に参加したX氏とY氏)が全国全共闘大会から帰ってきて、赤軍のパンフをくれて。最初に思ったのは、失礼ながら「なんとレベルの低い」ものかと。ただ書いてはることは「世界革命戦争」とかすごい気宇壮大なこと書いている。

◆◆◆
本書を鹿砦社が編集した目的は、おそらく松岡氏の次の一文に現れている。

 今、本件(注:7.6事件)のみならず新左翼の内ゲバは、多くの情報を曝け出し、主体的に反省し総括しなければならないことは言うまでもない。はっきり言いたい、能力も資格も劣る私が、この問題に対して、このような長文(注:「死者を出した『7.6事件』は内ゲバではないのか? 『7.6事件』考〈草稿〉」)を書かざるをえなかったのは、先輩方が、情報を曝け出すことをせず、検証と総括作業を怠ってきたからだ。

周知のようにM君リンチ事件に関する5冊の単行本は、2016年から19年にかけて刊行された。テーマの柱になっているのは内ゲバである。刊行年月日は、これら5冊が先だが、原点にあるのは本書の中で語られていることなのかも知れない。

裁判では、審理の内容を無視して、国策に配慮した判決が下されることがままある。その典型は原発がらみの裁判であるが、新聞社を被告とした裁判もその傾向がある。通常、裁判は法廷で口頭弁論のかたちで行うのが原則だが、裁判の当事者を密室に集め、傍聴者を遮断したうえで審理する弁論準備の形式を取り、最終的に判決を書くのを避けたケースが過去に何件も起きている。新聞社が日本の権力構造の歯車に組み込まれているから、こうした措置が取られるのだ。

携帯電話(スマホ)の基地局撤去を求める裁判でも、政府がかかげる無線通信網の普及という国策に配慮した判決が下されてきた。基地局撤去を求める裁判を起こしても、勝ち目がないのが実態だ。とすれば、被害者の住民は、どう対処すべきなのだろうか?【続きはウェブマガジン】

2019年11月07日 (木曜日)

5Gをテーマとした報道が活発化している。その大半は、5Gで使用される電磁波(ミリ波)による人体影響に警鐘を鳴らしたものではなく、ビジネスの観点から、5Gの普及を奨励するものだ。電磁波問題は、報道から除外されていると言っても過言ではない。その結果、5Gにバラ色の未来を連想しているひとが多いようだ。

ジャーナリズムの役割は、むしろ企業が公にしない危険な側面を暴露することにあるのだが、なぜか日本の大半のメディアは逆に企業活動を援護する視点の報道を続けている。5G万歳の視点だ。

が、それでも『週刊ダイヤモンド』(11月9日)の特集「5G大戦」には、興味深いデータが掲載されている。今後、予測される基地局の増加について、電話各社の計画を紹介ているのだ。ただし健康リスクに関する記述はない。

【NTTドコモ】
21年6月末までに1万局。24年3月末までに2万6334局。

【KDDI】
22年3月末までに1万局、24年3月末までに5万3626局。

【ソフトバンク】
24年3月末までに1万1810局。

日本中のいたるところに基地局が設置されると見て間違いない。

現在使われている4Gの基地局を転用する計画もあるが、「4Gに使っている周波数帯で、5Gで期待される能力の全てを引き出すのは難しい」という。

こうした事情もあり、5Gで使われる電磁波は、「ミリ波」と呼ばれる周波数帯が主流になる。

 

◆「一発ヒット」のリスク
ちなみに電磁波とは、端的に言えば電波のことである。電波を被曝した場合に生じる人体影響を考察するのが、電磁波問題である。

電磁波には、エネルギーが低い低周波のものもあれば、エネルギーが高い高周波のものもある。低周波の中でよく知られているものとしては、家電や送電線の電磁波である。超低周波の電磁波と小児白血病の関係は、疫学的にはすでに明らかになっている。高圧電線の近くに住む子どもが白血病を発症率が高い。

エネルギーが高い高周波の電磁波の代表格は、原発のガンマ線と医療で使われるエックス線である。ガンマ線やエックス線を被曝すると癌になるリスクが高くなる。被曝が少なければ問題ないとする説が広がっているが、たった1回の被曝でも、微量の被曝でも、遺伝子を破壊してしまうこともある。「一発ヒット」である。

ちなみに日本では、エネルギーが高く、遺伝子を破壊する力がある電磁波のことを、放射線と呼んでいるが、欧米ではエネルギーが低いものから、高いものまでを一括して放射線と呼んでいる。

『電磁波に苦しむ人々-携帯基地局の放射線』(花伝社)を出した後、「携帯基地局の放射線」は間違いで、正しくは「携帯基地局の電磁波」であるという投稿がネット上で広がり、無知の恐ろしさを思い知ったのである。

電磁波の安全性に関する研究が本格的に始まったのは、1980年代である。米国で超低周波電磁波と小児白血病の関係が指摘されたのが最初だ。もっともそれ以前にも、電磁波による人体影響による研究は行われていたが、本格的な研究が始まったのは、1980年代に入ってからだ。それ以前は、おもに軍事兵器の開発を目的として研究が行われていて、1970年代には早くもソ連がマイクロ波を利用した武器(脳を攻撃して、頭を混乱させる)を開発している。

マイクロ波は、携帯電話や電子レンジに使われる電磁波である。2011年5月、WHOの外郭団体である国際がん研究機関は、マイクロ波に発癌性がある可能性を認定した。さらに同機関は現在、マイクロ波の発癌リスクの区分見直しを行っており、近い将来、「発癌の可能性」から、「おそらく発癌性がある」、あるいは「発癌性がある」へ区分が格上げされる可能性が高い。

さらに今年の1月には、アメリカの国立環境衛生科学研究所がNTP(米国国家毒性プログラム)の最終報告を行い、その中でマイクロ波と癌の関係を認定した。このプロジェクトは、予算が3000万ドル。研究史上でも最大級のプロジェクトである。

このように、われわれが日常的に使っているスマホや携帯電話のマイクロ波が遺伝子を破壊することはほぼ疑いなく立証されているのだ。

 

◆第5世代は、第3世代の14倍のエネルギー
しかし、5Gで主要になる電磁波は、マイクロ波ではない。マイクロ波よりもさらにエネルギーが高い「ミリ波」と呼ばれる電磁波が使われる。第3世代から、第5世代までの電磁波のエネルギーを比較すると次のようになる。

第3世代・・2GHz(2,000メガヘルツ)

第4世代・・3.4GHz(3,400メガヘルツ)、または3.6(3600メガヘルツ)

第5世代・・28GHz(28,000メガヘルツ)

5Gと3Gを比較すると、電磁波のエネルギーは、なんと14倍も高くなる。現段階でエネルギーが高くなればなるほど危険とは結論づけられないが、相対的にそういう傾向があることは間違いない。

電磁波による人体影響の評価は近年変化している。かつてはエネルギーが低いものは安全と考えられていたが、現在は、エネルギーの大小に関係なくすべての電磁波がリスクを伴うという考えが、ほぼ定説になっている。

◆「変調電磁波」のリスク

電磁波のエネルギーが高くなると、電波の直進性が強くなる。そのために鉄筋コンクリートの壁などに跳ね返って、住居などに入りにくい。そこで次のような対策が予測される。

1、大量の基地局を設置する。現在、基地局に基地局を設置する計画が決定済みだが、将来的には電柱にも設置されると予測される。

2、ミリ波に低周波の電波を混ぜた「変調電磁波」を使う可能性。エネルギーが低い電磁波は、直進性が弱いために、家の中に入りやすい。そこで高周波と低周波が混じった「変調電磁波」の登場になる。「変調電磁波」は、現在のスマホにもすでに導入されている。

しかし、変調電磁波が人体に及ぼす影響は不明だ。

 

◆◆◆◆

このようにG5には、極めて高いリスクがあるのだ。そのリスクと引き換えに利便性を選択するのは自由だが、電磁波はG5を歓迎しない人々の健康をも蝕むことになる。

今後、若年層の癌はますます増えるだろう。

2019年11月06日 (水曜日)

過去の取材では意識の下にあったことが、別の事件の取材で輪郭を現わしてくることがある。最近、戦後日本の虚像を再認識した。「嘘」を前提に社会の歯車が回転しているのだ。少なくともこれまでわたしが取材してきた3件の事件では、問題の核に嘘があり、恣意的な印象操作で虚像が生み出されている。

◆滋賀医科大病院事件

滋賀医科大病院は、高度な小線源治療(岡本メソッド)を実施してきた岡本圭生医師を大学病院から追放しようとしている。理由は、小線源治療が未経験の医師による手術を施行直前に止めたことである。患者はモルモットではないからだ。

小線源治療で卓越した治療成績を持つ岡本医師を追放するために、大学病院は、岡本メソッドが価値のない普通の治療というストーリーを作る必要がある。その目的を達するために、大学病院はウェブサイトである資料を公表した。

この資料は、岡本メソッドと他の治療法(全摘手術や放射線療法など)、あるいは他の医療機関における治療成績を比較して、非再発率に大きな差はないと結論づけたものである。資料の作成責任者は松末院長だ。

資料に国立がん研究センターのロゴ・マークを貼り付けてあるので、国立がん研究センターが作成した資料のような印象があるが、作成したのは松末院長らだ。国立がん研究センターの医師ではない。ここからすでに印象操作の第一歩を踏み出しているのだ。

ところがデータの出典である英文の論文を精査してみると、治療の条件(広義の抗がん剤の有無など)や癌の悪性度が異なる患者らの非再発率を無理やりに比較していることが分かった。たとえば、岡本論文が「超高リスク」の患者をはじめ、PSA値が極めて高い患者のデータを前提に作成されているのに対して、他の論文では、PSA値が極めて高いものや、リンパなどに癌が転移している患者は除外したデータに基づいて作成されている。

これでは後者の非再発率がよくなるのはあたりまえだ。

背景が異なる患者の非再発率を比較して、岡本メソッドの優位性を恣意的に否定しているのだ。これは明らかな「嘘」である。

出典の論文が英文なので、恐ろしくデタラメな資料を公表しても誰もそれを検証をしないと思ったのではないか。たとえ英文が解読できても、前立腺癌の治療について、若干の知識がなければ、トリックを見破ることはできない。(全容は、新刊『名医の追放』に詳しい)

他人の業績を妬み、足を引っ張ることにエネルギーを注ぐ村社会の体質が露呈している。

最近では、針生検が出来る医師であれば、誰でも小線源治療をできるという嘘に拍車をかけた極論を法廷に持ち出してきたらしい。閲覧が可能であれば、閲覧したいものだ。

これでは大学病院の信用が失墜するのではないか。

ちなみに塩田学長が岡本メソッドを絶賛していた証拠がメールなどに多数残っている。たとえば難治性前立腺がんにかかった京大医学部同門会の有力者に、塩田学長も含め、こぞって岡本医師をすすめたのだ。

医師仲間とも相談して、関西の著名な医師たちの中から、岡本医師に「白羽の矢」を立てたのである。

ところが塩田学長は、岡本医師と泌尿器科の係争が始まると、態度を翻して、岡本医師を追放する先頭に立ったのだ。研究者としての資質が疑われる。【続きはウェブマガジン】

2019年11月04日 (月曜日)

11月1日に佐賀地裁で行われた佐賀新聞社を被告とする「押し紙」裁判の証人尋問が行われた。その中で、佐賀新聞の元販売局員が、販売店主らの集まりで講演し、予備紙数を減らす方法を教示していたことが明らかになった。原告の江上武幸弁護士による追及で明らかになった。ただ、その目的について元販売局員は明確な回答を避けた。

予備紙を減らす方法とは、残紙を有代紙のように見せかける方法を意味している可能性が高い。つまり「押し紙」を隠して、ABC考査で不正を指摘される事態を回避することが目的だと思われる。

講演の内容は文書としても残っている。詳細については、尋問調書を閲覧したうえで論評するが、ABC部数の問題が法廷へ持ち込まれたのである。

1日の尋問には、40人を超える人々が傍聴に訪れた。この中には、鹿児島県の南日本新聞社を被告とする「押し紙」裁判の原告店主らの姿もあった。

 

◆ABC部数の操作に言及

佐賀新聞の「押し紙」裁判は、地方紙が舞台ということもあってあまり注目されていないが、特徴的な点がいくつかある。

まず、ABC部数の操作により広告主が被害を受けている問題に踏み込んでいる点である。尋問の中でも、それにより誰が被害を受けているのかを原告が追及した。

さらに「押し紙」の定義についても、原告が新しい主張を提示している。従来は、新聞社が販売店に押し付けた新聞という定義になっていたが、新聞特殊指定の厳密な定義は、実配部数に予備紙を加えた部数を超える部数を「押し紙」と定義している。従って新聞社が強制した部数か否かは関係がない。

【参考記事】佐賀新聞の「押し紙」裁判、江上武幸弁護士ら原告弁護団が訴状を修正・再提出、「押し紙」の定義に新見解を示す
 

裁判は、年内に原告・被告の双方から最終準備書面が提出され結審する。判決は来年の春になる見込みだ。「押し紙」裁判では、政治判断が下されることがあり、監視が必要だ。

 

◆「チラシの水増し詐欺」

「押し紙」問題を報じる際、よく指摘されるのが、「押し紙」という言葉である。分かりにくいという指摘が多い。業界内部だけで使われている専門用語であるからだ。

「押し紙」問題を前面に出すよりも、むしろ折込広告の水増し問題を前面に出すほうが分かりやすいかも知れない。「押し紙」は新聞業界内部の問題であり、折込広告の水増しは業界の枠を超えて、不特定多数の広告主を巻き込む問題であるからだ。

「押し紙」よりも、「チラシの水増し詐欺」を強調した方が問題の本質が見えやすい。

2019年10月31日 (木曜日)

新刊『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(黒薮哲哉著、緑風出版)の書店配本が今日(31日)から始まる。数日中に、全国の主要な書店へ配本される。また、インターネットでの販売も始まる。ただし、版元の緑風出版はアマゾンに対しては出荷しないポリシーなので、通販で購入する場合は、アマゾン以外の通販か、大手書店による通販が推奨される。

滋賀医科大病院で、前立腺癌に対する小線源治療の手術経験がまったくない泌尿器科の医師が、患者を手術訓練のモルモットに利用しようとした事件が発覚した。同病院では、2015年1月から独立した小線源治療学講座を開き、それに併設する外来で、小線源治療の世界的なパイオニア・岡本圭生医師が小線源治療を行ってきた。

ところが岡本医師を快く思わない泌尿器科の教授らが、岡本医師とはまったく別に「泌尿器科独自の小線源治療」を計画。本来は、岡本医師が担当すべき患者ら23人を、泌尿器科に誘導した。

だが、岡本医師は“素人”による手術を実施寸前で止めた。幸いに泌尿器科の無謀な計画は学長命令で中止になり、岡本医師が学長命令により23人の治療を引き受けた。そして診察した結果、そもそも小線源治療の適応がない患者や、術前の不要な医療処置で小線源だけの単独治療ができなくなった患者の存在が判明した。

被害患者らは大学病院に謝罪を求めた。ところが滋賀医科大の塩田浩平学長や松末吉隆院長は、岡本医師の業績をねじ曲げ、岡本医師の追放に着手する。

記録性に鑑みて登場人物は、特別な事情がある人を除いて、実名を採用した。

関西の主要メディアやフリーランスのジャーナリストが、この事件を断続的に取材してきた。次に紹介するのは山口正紀さん(ジャーナリスト・元読売新聞記者)の推薦文である。

 高度な技量を要する前立腺癌の小線源治療で名高い名医がいて、全国から患者が押し寄せる滋賀医科大病院。泌尿器科のボス医師らが〈手術未経験〉を患者に隠し、治療を企んだ。その暴挙を告発・阻止し、患者を救った名医が今、病院を追われようとしている。カルテ不正閲覧、QOL調査票の偽造……次々浮上する卑劣な追放工作。
 患者の命より病院幹部のメンツを優先する〝黒い巨塔〟の闇に迫る! ──山口正紀(ジャーナリスト・元読売新聞記者) (2019.10)

【入手方法】
■全国の書店

楽天ブックス

セブンイレブン

紀伊国屋

その他、多数

 

産経新聞の元店主が言う。

「折込広告の水増し問題を指摘されると、新聞社は異常に神経質になります。『押し紙』問題の比ではありません。折込広告の水増し問題は、『押し紙』問題とは異なり、新聞業界の外にいる広告主が憤慨する問題であるからです。折込広告の問題が浮上すると、新聞各社が情報を共有しているとも聞いています。新聞業界全体の運命に関わる大問題であるからです」

そのオリコメ詐欺がいま急激に問題視されるようになってきた。

11月1日に行われる佐賀新聞を被告とする「押し紙」裁判の尋問(佐賀地裁・10時~16時半)でも、ABC部数の中身が検証されるものと見られる。

また、折込広告の水増し問題について、ある市民が筆者に公益通報したところ、しぶや総和法律事務所の鈴木裕二弁護士が、公益通報者に対して提訴などをほのめかしながら、情報源を明かすように求めてきた。その「恫喝文書」の一部を紹介しよう。

 本来であれば、貴殿に対し、直ちに民事上および刑事上の責任を追及するところですが、通知人としては、まず上記記事を投稿した経緯や上記画像の入手方法等について貴殿から事情を伺い、そのうえで今後の対応について検討しようと考えております。つきましては、本書面を受領してから7日以内に、弁護士鈴木宛て(03ー6416ー1933)にご連絡くださるようにお願いいたします。

しかし、公益通報者はひるまなかった。さらにオリコミ詐欺の実態を公益通報したところ、弁護士から音沙汰がなくなった。この問題を暴露されるのが恐いのだろう。新聞業界の決定的な問題点を突いているからだ。係争に広告主を巻き込まれたら、収集がつかなくなるからだろう。

公益通報者を支援している筆者としては、その後、オリコミ詐欺に関する新しい情報を入手した。それを根拠に攻勢をかける予定だ。

弁護士に依頼して、公益通報者にプレッシャをかけた人物の素姓や職業、経歴もすべて把握している。ある団体の役員を務める公人である。

◆「4・10(よん・じゅう)増減」
さて、前出の元産経新聞の店主が、「押し紙」裁判(被告・産経新聞、東京地裁)の中で興味深い証言をしている。自分の親族が経営していた販売店では、4月と10月に「押し紙」が増えていたというのだ。

その理由は容易に推測できる。4月と10月のABC部数が、折込定数(折込広告の必要枚数)を決めるための基礎資料として採用されるからだ。新聞社は、まず4月に「押し紙」を増やして、5月に元に戻す。次に10月に「押し紙」を増やして、11月に元に戻す。このパターンを繰り返してきたというのだ。

新聞業界では、これを「4・10(よん・じゅう)増減」と呼んでいる。業界用語になるぐらいだから、新聞業界全体の慣行になっている可能性が高い。

つまり「4・10(よん・じゅう)増減」は、新聞業界が業界ぐるみでオリコミ詐欺をやっている証拠にほかならない。

◆誰に責任があるのか?
責任は法的に見れば、新聞社・広告代理店・販売店の3者による共犯ということになるが、実態としては、新聞社の販売政策の中でこうした事が起きているのである。

オリコミ詐欺を中止すると、新聞社も販売店も経営が破綻するからだ。

 

【写真】廃棄される東京・江戸川区の広報

2019年10月28日 (月曜日)

27日に、参院埼玉選挙区補欠選挙の投票が行われ、前埼玉県知事の上田清司氏(立憲民主党や国民民主党が支援)が、立花孝志氏(N国党)に大差をつけて当選した。投票率は20.8%だった。

当選者も投票率も予想どおりだった。埼玉県在住の筆者は投票権があったが、投票しなかった。白票も投じなかった。郵送されてきた投票用紙を、そのままゴミ箱へ捨てた。こんな扱いを選択したのは初めてだった。

参院埼玉選挙区補欠選挙の結果は、ある意味では現在の政治状況を色濃く反映している。


この選挙に先立って、埼玉県では知事選が行われた。これは参院選に出馬するために辞任した上田知事の後任を選ぶための選挙だった。立候補したのは、
大野元裕氏(野党連合)と青島健太氏(自民党)である。

大野氏は上田知事の路線を継続する方針を明らかにして、上田氏も大野氏をみずからの後継者とみなして応援していた。青島健太氏は自民党であるから、「政権党VS野党連合」の構図があったのだ。

結果は、僅差で大野氏が当選した。【続きはウエブマガジン】

2019年10月23日 (水曜日)

かねてから指摘したいと考えていた教育に関する問題がある。それは日本新聞協会がさかんに推奨しているNEI( 教育に新聞を)運動である。公立学校に新聞を提供して、社会科や国語の教材として使うことで、生徒の学力を伸ばそうという発想に基づいて展開されている試みである。

もっとも、NEIには学力の向上をはかる目的のほかに、新聞を商品としてPRしたいという意図もあるようだが、この点についてはふれない。

新聞を読めば学力が身に付くという理論は、教育に関する新聞記事の視点にも露骨に現れていることが多い。たとえば21日付け朝日新聞の「池上彰さん講演 教育改革を語る」と題する記事である。ジャーナリストの池上氏彰氏が講演で、新聞を学校教育の中で活用する意義を熱く語ったことを紹介している。おそらくNIE運動と連動した記事ではないかと思う。

はたして新聞を読めば、知力は発達するのだろうか?

わたしは、NIEの考えは根本的に間違っていると考えてきた。NIE運動の原点には、知識を詰め込むことが知力の発達につながるという一見するともっともらしい、それでいて実はまったく科学的根拠に乏しい理論がある。

わたしは教育学者ではないので、詳しいことは知らないが、自分の読書体験から察すると、1970年代の半ばぐらいまでは、知識を詰め込むことが知力の発達につながるという考えが絶対的な理論として定着していた。さらに補足すれば、人間の頭脳というものは、遺伝によって決まり、努力には限界があるとする考えがあった。それが知能指数を偏重する傾向を生んでいたのである。

◆◆
1977年に、『知力の発達』(岩波新書、波多野誼余夫 ,稲垣佳世子  )という本が発売された。これは当時のソ連における発達心理学を紹介したものである。当時、ソ連は発達心理学や教育学では世界の先端を走っていた。知力の発達についての科学的な研究が盛んだった。

なぜ、この本を読んだかといえば、小学校の教員をしていた父の書斎にあったからだ。それだけの理由だ。自分の頭はもうそろそろ知力の限界ではないかと思って読んだのである。

当時、ソ連は共産党政権の影響もあって、唯物論や弁証法に基づいた発達心理学や教育学の研究が盛んだった。この本はその最前線を紹介したものだった。

この本の中で、知力の発達を促すものとして、目的意識や意欲の重要性が強調されていた。あるいは実生活の中で、どうしても考えることを強いられたときに、知力が発達すると説かれている。

たとえば保育園に入園したばかりの子どもは、集団遊びをしている園児たちの仲間の輪に加わりたいと思う。その目的を果たすために、どうすれば仲間に入れるかを真剣に考える。このようなプロセスが知力を発達させるというのだ。

このような理論に基づいて、当時のソ連では、子どもを集団で遊ばせることが、教育の重用なプロセスとして採用されていたようだ。

この考えの土台になっているのは、おそらくエンゲルスの『猿が人間になるについての労働の役割』あたりではないか。人類が猿から人間に発達するプロセスで、労働の役割、特に狩りなどの集団労働の役割が思考を促し、それに肉食の習慣が生まれたことで、脳が飛躍的に発達したとする理論で、唯物論に立つ社会主義圏でなければ、主流となりえない思想である。

西側のキリスト教世界では、神が人間を作ったことになっているから、労働が人間をつくったとする理論は受け入れがたいのだ。その結果、ソ連で生まれた科学は西側では主流となりえなかったのだ。

◆◆◆
狭山事件で無実の罪をきせられた石川一雄さんは、 逮捕された当時は、読み書きが満足にできなかったという。ところが事件に巻き込まれ、生き延びるためには、どうしても読み書きが必要になり、レベルの高い思考展開ができるようになった。

野球が好きな少年は、イチローなど有名選手の経歴から打率まで、あらゆるデータを細かく覚えていたりする。自分が興味がある分野であるから、それが可能なのだ。

記憶力を向上させる方法として、よく脳の栄養を語る人がいるが、『知力の発達』の理論からすれば、脳は植物のようにだけで栄養で成長するものではない。外界との交わりの中で思考回路が発達するのだ。

ソ連の園児や石川さんのケースでもいえるように、実生活と結合してはじめて、知力は発達するのだ。

◆◆◆◆
こんなふうに考えると、NIEの理論は基本的には間違っている。実生活と結合していない領域にいくら知識を詰め込んでも、あまり意味はないのだ。おそらく一方から入り、一方から出ていく。

しかし、日本ではNIEの理論が教育現場で普及している。

最近の脳科学の本を読んでみると、年齢に関係なく知力は発達するとか、興味を持っている分野の暗記は容易といった理論が主流を占めている。1970年代でソ連では当たり前になっていた理論が、ようやく日本でも受け入れられるようになってきたのだ。

それを妨げているのが新聞人ではないか?