2022年09月23日 (金曜日)

かつてメディアコントロールのアキレス腱となっていたのは、新聞用紙の配給制度だった。現在は、これと類似した構図が、「押し紙」を介して成立している。

公正取引委員会や裁判所などの公権力機関は、「押し紙」を放置することで、新聞社に莫大な利益をもたらす。一方、新聞社は、公権力の「広報紙」になることで、「押し紙」という経営上の大汚点にメスを入れられる事態を回避してきた。

次の記述は、新聞用紙の統制とメディアコントロールの関係を記述したものである。

「当時の(新聞社の統合、構造改革の)切り札になったのは、新聞用紙の不足であった。原料を輸入に頼っていた新聞用紙の不足が顕著化するのは、1938(昭和13年)年頃からである。当初は製紙業界と新聞業界との話し合いで節約しようとしたが、調整がつかず、1938年8月、政府が強制的に新聞用紙の節約を命じた。このため各新聞社は減ページを余儀なくされたし、用紙の確保が各社の死活を制することとなったのである。これは、弱小新聞の廃刊、合併に大きな圧力となった。それだけでなく、各新聞社側に政府の政策に先取り的に迎合し、少しでも有利な立場を確保しようとする行動を引き起こすことになったのである。」(『メディア史を学ぶ人のために』、有山輝雄著)

現在は、公権力機関が「押し紙」を放置することで、メディアを暗黙のうちにコントロールしている。新聞社に自己規制を促していると推測される。この構図を曝露しなくては、「押し紙」問題には、永遠にメスが入らない。

2022年09月20日 (火曜日)

チリの軍事クーデターから、49年の歳月が過ぎた。1973年の9月11日、米国CIAにけしかけられたピノチェット将軍は、空と陸から大統領官邸に弾丸をあびせ、抗戦するサルバドール・アジェンデ大統領を殺害して軍事政権を打ち立てた。全土にテロが広がり、一夜にしてアジェンデ政権の痕跡は一掃された。

チリのガブリエル・ボリッチ大統領は、11日に行われた記念式典で、半世紀前のこの大事件の意味を語った。

「拘束され、今だに行方が分からない人が1192名いる。それは受け入れがたく、耐えがたく、なかったことにはできない。」

「49年前、サルバドール・アジェンデ大統領とその協力者たちは、忠誠心、実績、さらに尊厳について、歴史的教訓をわれわれに示した」(ベネズエラのTeleSur)

◆NHK「アジェンデ大統領は自殺しました」

チリの軍事クーデターは、わたしが関心を抱いた最初の国際事件である。高校1年生の時で、NHKニュースが、「アジェンデ大統領は自殺しました」と報じていたのを記憶している。厚いレンズの黒縁の眼鏡をかけたアジェンデ大統領の写真が、画面に映し出されていた。歴史の新しい扉を開いた政治家のあっけない死に衝撃を受けた。政治に恐怖を感じた。同じころ、米国はベトナムでも北爆を強化していた。

チリのアジェンデ政権は、世界史の中で初めて自由選挙により成立した左派政権である。成立当初から、多国籍企業の国有化を進めるなど社会主義を目指した政権だった。左派勢力が着手した壮大な実験だった。それゆえに国際政治の表舞台に浮上したのである。しかし、CIAが主導したクーデターにより、チリの挑戦は幕を閉じる。

1985年、わたしは独裁者を倒した新生ニカラグアを訪れた。夏の光を遮る大屋根に覆われた大衆市場を歩いていると、チリの軍事クーデターで殺されたビクトル・ハラの歌が聞こえてきた。その時、ニカラグアが革命を経た国であることを実感した。闇に葬られたと思っていた歌が、生きていることに衝撃を受けた。

しかし、ニカラグア北部では、米国が莫大な金を投じて育成した傭兵部隊「コントラ」との内戦が続いていた。

1992年、わたしは軍事政権下のチリへ行った。取材目的というよりも、心の中のチリと現実のチリのギャップを埋めたかったからである。わたしはこの国の日常に潜入するために、首都サンティアゴから、あえてバスでこの国を北上した。

砂漠の中の村にも立ち寄った。集落をでると赤茶けた大地が延々と続き、地平線がまぶしい遠方の空と溶け合っていた。太陽の光がおびただしく、生命を連想させるものは何もなかった。無機質な世界が広がっていた。

その大地の下には、外国の侵略者たちを惹きつけて止まない鉱物が眠っていた。1907年には、チリの陸軍が数千人の鉱山労働者を虐殺する事件も起きている。

夜行バスが突然に停止し、カーキ色の制服を着たピノチェット将軍の警察官が乗り込んで来た。そして不信感に満ちた顔で乗客の身分証明書を調べ始めた。バスから降ろされて、そのまま闇の中に連行され、銃声と共に消えた数知れない人々をわたしは想像した。

◆西側メディアが伝えない新興勢力

2020年11月、ブラジルのサンパウロでアジェンデ政権成立から50年を記念する式典がオンラインで行われた。

キューバのミゲル・ディアス=カネル大統領、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領、ニカラグアのダニエル・オルテガ大統領、それに中国の習近平主席らがメッセージを寄せた。30年前のソ連崩壊により社会主義の思想が消滅したわけではなかった。

現在、南米のスペイン語圏は、パラグアイ、ウルグアイ、それにエクアドルを除いて、すべて左派の政権である。これら3か国も、既に選挙による左派への政権交代を体験している。去る8月には、コロンビアでも、初めての左派政権が誕生している。

ポルトガル圏のブラジルも来月2日に投票が行われる大統領選で、左派政権が復活する可能性が高まっている。世論調査でルラ候補の優勢が伝えられている。中央アメリカでは、パナマ、ニカラグア、ホンジュラス、メキシコが左派の政権である。エルサルバドルも2009年から10年間、左派の政権を体験した。

これらの政権は例外なく、公正な自由選挙により合法的に成立した政権である。民主主義の世論が浸透してきたこともあって、米国も50年前にチリで断行したようなテロ行為や1980年代の中米への間接的軍事介入などの 戦略は取れなくなっている。せいぜいCIAの別動隊であるNED(全米民主主義基金)を使って、現地の「市民運動」やメディアに資金をばら撒き、反共プロパガンダを展開するのが関の山となっている。

◆西側メディアとウクライナ、台湾、香港

選挙による政権交代と社会主義を目指したアジェンデ政権の試みは、ラテンアメリカで現実になり始めている。かつてラテンアメリカの政治を見るとき、軍事政権や独裁者がキーワードになった。わたしがラテンアメリカの取材をはじめた1980年代は、大半の国がすでに民政に移行していたが、実質的には軍部が力を持っていた。民政は、単に表向きの顔だった。

しかし、今世紀に入ることから、ベネズエラを皮切りに次々と選挙により左派の政権が誕生した。その後、一時的に左派勢力が後退したが、再び左傾化の台頭が顕著になっている。それに呼応するように米国の影響力は衰えている。

日本のマスコミ報道に接していると、世界の動きを客観的に把握できない。米国を中心とした時代はすでに没落へ向かっている。ラテンアメリカは国際社会の中で、重要な位置を占めるようになっている。

ウクライナ問題や台湾問題、それに香港問題なども米国とラテンアメリカの関係を再検証して比較検討してみると、新しい側面が見えてくる。西側メディアが水先案内を務める「泥船」に乗ってはいけない。

【初出はデジタル鹿砦社通信】

2022年09月17日 (土曜日)

筆者は、今年の6月、公正取引委員会と消費者庁に対して、新聞の「押し紙」に関するある資料の情報公開を申し立てた。

9月になって消費者庁が資料を開示したが、肝心な記述部分を黒塗りにしていた。はからずもこうした情報公開の方法は、新聞社を延々と「保護」してきた公権力の姿勢を浮き彫りにした。背景に権力構造がすけて見える。

この資料は、公正取引委員会と日本新聞協会の間で行われた広義の「押し紙」問題に関する話し合いの記録である。

発端は1997年にさかのぼる。この年、公正取引委員会は、北國新聞社に対して「押し紙」の排除勧告を発令した。北國新聞が、販売店に対してノルマ部数を割り当てた事実を指摘して、改善を勧告したのである。

同時に公取委は、北國新聞以外にも、これと類似した手口の「押し紙」政策を実施している新聞社があるとして、日本新聞協会に対し、「本件勧告の趣旨の周知徹底を図ることを要請」した。

これに対抗して日本新聞協会は奇策にでる。結論を先に言えば、残紙の「2%ルール」を撤廃したのだ。これはどういう意味を持つのか?

◆◆

「2%ルール」というのは、新聞の搬入部数の2%を超える残紙を「押し紙」と定義する業界内の自主ルールである。2%を超える残紙は「押し紙」とみなす取り決めである。

たとえばある販売店への新聞の搬入部数が1000部とすれば、そのうちの2%にあたる20部については「予備紙」として認められる。20部を超える残紙が「押し紙」ということになる。

ちなみに「押し紙」行為は独禁法で禁止されている。

ところが日本新聞協会は、公取委による「押し紙」の取り締まりに対して、「2%ルール」を廃止したのだ。その結果、販売店の残紙は、すべて「予備紙」ということになってしまったのだ。こうして「押し紙」の概念を消してしまったのである。

搬入部数の30%が残紙になっていても、それは「押し紙」ではなく、販売店が自主的に購入した「予備紙」という解釈になった。裁判所も、それに準じた判決を下す方向性になった。佐賀新聞の「押し紙」裁判に見るような例外はあるにしても。

◆◆

公取委は「押し紙」を取り締まるために北國新聞に対して排除勧告を発令し、新聞協会に対しても、同じ趣旨の要請を行ったのだが、新聞協会がそれに対抗して「2%」ルールを外したために、かえって「押し紙」問題が深刻になったのである。

実際、その後、搬入部数の50%が「押し紙」といったケースが、当たり前に報告されるようになった。

こうした状況の下で、当然、次のような疑問が浮上した。公取委が北國新聞社に対する「押し紙」の排除勧告を出してから、新聞業界が「2%ルール」を撤廃するまでの間に、公取委と新聞協会の間でどのような交渉があったのかという疑惑である。そこでわたしは、調査を第一歩として交渉記録の情報開示を請求したのである。請求の文面は次の通りである。

「平成10年1月に公正取引委員会が下した(株)北國新聞社に対する審決の後、同年8月に新聞公正取引協議会が公正競争規約から特殊指定関連の文書を削除するまでの期間に、公取委と新聞公正取引協議会の間で行われた特殊指定に関する話し合いの全記録(規約に関連しない話し合いの部分については除く)」

交渉記録は公取委が作成したものであるが、その後、この文書は消費者庁へ移られ、そこで保存されている。だった。そこで筆者は消費者庁あてに情報公開請求を行ったのである。消費者庁は、公取委と協議して対処すると回答した。

しかし、消費者庁と公取委は、肝心の記述を黒塗りにすることで、日本新聞協会を保護する姿勢に出たのである。半世紀も続いている「押し紙」問題で、これ以上、新聞社に便宜を図る必要はないはずだが。

新聞社が権力構造の歯車であるから、こうした保護策に出たのではないか?それとも別の取り引きがあったのか?全容を解明が必要だ。新聞業界の中に、政界フィクサーがいた可能性も考慮しなくてはいけない。

次のPDFが黒塗りで開示された書面である。

■新聞特殊指定、無題紙の取り扱いについて

今後、筆者は消費者庁に対して不服を申し立てる

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2022年09月14日 (水曜日)

煙草の副流煙をめぐる隣人トラブル。はからずもこの社会問題をクローズアップした横浜副流煙裁判を、若手の映画監督がドラマ化した。タイトルは、『窓』。主演は西村まさ彦。映画は12月から劇場公開される。

この映画は、本ウェブサイトでも報じてきた横浜副流煙裁判に材を取ったフィクションである。しかし、近年、深刻になっている新世代公害-化学物質過敏症が誘発する隣人トラブルを、ノンフィクション以上にリアルに描いている。それは、住民のだれもが巻き込まれかねない隣人トラブルの地獄絵にほかならない。

化学物質は形もなければ匂いもないが、刻々と自然環境や生活環境を蝕んでいる。浸食は静止することがない。米国のCAS(ケミカル・アブストラクト・サービス)が登録する新生化学物質の件数は、1日に優に1万件を超えるという。もちろんこれらの化学物質のすべてが有害とは限らないが、複合汚染を引き起こすことで、深刻な被害を与えることもある。副流煙に含まれる化学物資も、数ある汚染源のひとつである。身近な存在であるがゆえに、横浜副流煙裁判にも、注目が集まって来たのである。

麻王監督の父親である藤井将登さんは、横浜副流煙事件の法廷に立たされた当事者である。編曲や作曲をてがけるミュージシャンだ。2017年11月、自宅マンションの音楽室で吸っていた煙草が原因で、「受動喫煙症」(化学物質過敏症の一種)などに罹患したとして、隣人から4500万円を請求される裁判を起こされた。警察の取り調べも受けた。

しかし、喫煙本数は、日に2、3本程度。しかも、音楽室が防音構造になっているので煙は外部にもれない。念のために禁煙をしてみたが、それでも隣人から苦情を言われた。風向きも調査してみたが、原告宅が風上になることがほとんどだった。上階の斜め上にある原告宅に音楽室の副流煙が届くはずがなかった。だれが見ても「冤罪」だった。

麻王監督は、そのことに衝撃を受けて、父親が提訴された直後から、事件を映画化する構想を練り始めたのである。そしてそれまで勤務していた東北新社を退職して、映画作品の制作に着手した。

「私は実家から独り立ちしているため、裁判の当事者では無いながらも、事の経緯を程近い距離で見てきており、また化学物質過敏症についても独自に調べつつ、この問題と自分なりに向き合ってきました」

「果たして、自らの窓が開いているだろうか。相手が自ら窓を開けられるような環境があるだろうか。社会の窓が開かれていかれているだろうか。どこか他人事で、自身の窓を閉ざしていないだろうか」(麻王、「制作支援プロジェクトのウェブサイト」)

化学物質過敏症の診断は困難を極める。汚染源となる化学物質の種類があまりにも多く、原因物質の特定が難しいからだ。代表的なものとしては、イソシアネート があるが、日本ではほとんど規制の対象にはなっていない。米国などでは猛毒としての認識がすでに定着していて、厳しく規制されている。

化学物質過敏症の正体が不透明なために、診断も「問診」と患者の「自己申告」を重視する傾向が顕著になっている。原告は、みずからの体調不良の原因を藤井将登さんの副流煙と断定して、専門医に自己申告した。それを受けて、医師は藤井さんを「犯人」として事実摘示した診断書を交付した。それを根拠に原告は、弁護士を動かし、警察を動かし、あげくの果てに4500万円の金銭を請求したのである。

かりに医師が、現場へ足を運んで事実を確認していれば、この事件は起きなかった。禁煙撲滅運動の政策的な目的で、結論先にありきの診断書を交付した疑惑があるのだ。少なくとも横浜地裁は、そのような認定を下した。もちろん原告の訴えも退けた。

その意味では、問診や患者の「自己申告」を重視して、診断書を交付した医師に最大の責任がある。原告家族も、ある意味ではずさんな医療の被害者なのである。有害化学物質を厳しく規制するなど、科学的な視点で環境問題に対峙してこなかった行政にも問題がある。

『窓』は、新世代公害が引き起こした複雑な群像を描いている。

制作支援プロジェクトは、現在、クラウドファンディンで上映資金などを集めている。同プロジェクトのウェブサイトへは次のURLでアクセスできる。

※横浜副流煙裁判は、2020年10月に被告・藤井将登さんの勝訴で終了した。現在、藤井さん夫妻は、元原告と診断書を作成した医師に対して「反スラップ訴訟」を起こしている。事件は、横浜地裁で継続している。

◎映画 [窓] MADO 制作支援プロジェクト

【初出はデジタル鹿砦社通信】

 

2022年09月13日 (火曜日)

2022年7月度のABC部数が明らかになった。それによると朝日新聞は、前年同月比で約54万部の減部数となった。これは月間に換算すると約4万5000部。今年の12月まで5カ月あり、予想される減部数は22万5000部になる。従って400万部の大台を割り込む公算がかなり高くなっている。

読売も、年間で約36万部減らしている。産経新聞は、約18万部。産経はもともと部数が少ない新聞なので、18万部の減部数による経済的な影響は大きい。

朝日新聞:4,121,240(-541,662)
毎日新聞:1,885,163(-122,338)
読売新聞:6,760,411(-326,266)
日経新聞:1,703,815(-150,542)
産経新聞:1,013,683(-177,289)

なお、ABC部数は新聞社が販売店に搬入した部数であって、販売店が実際に読者に配達した部数ではない。従って「押し紙」が含まれている。

日本の新聞研究者の大半は、「押し紙」が1部たりとも存在しないという偽りのリアリティを前提に、新聞部数と新聞社経営の関係を論じてきたが、このような論考は、客観的な事実を前提とする論考の基本を踏み外しており、研究の方法論そのものが間違っている。入口の部分で誤りを犯している。

また戦後、間もない時期に、朝日の緒方竹虎(ポカポン)や読売の正力松太郎(ポダム、冒頭写真)がCIAとコンタクトを取っていた事実も、米国の公文書で明らかになっている。新聞が親米感情と反共感情を育てるための「広報紙」の役割を果たしていたのである。現在も同じ構図の下にあるとは限らないが、裁判所や公正取引委員会が「押し紙」問題を半世紀にわたって黙認してきた背景に、新聞業界が経営上の利益供与と引き換えに、権力構造に組み込まれている可能性がある。この点の徹底検証を避けると、新聞論は成立しない。

今後、わたしは「押し紙」裁判などを見極めながら、メディア黒書でこの問題を検証する。

2022年09月08日 (木曜日)

日本のマスコミによる旧統一教会の報道には、欠落部分があるように感じる。それは「反共戦略」の歴史的背景の解釈である。結論を先に言えば、「反共思想」を文鮮明の個人的な思想として解釈している点である。「反共」が日本の国策であったことを隠している点だ。

反共思想の普及は、文鮮明が来日する前から、戦略的に推し進められてきた。その典型例が、読売のポダム(正力)と朝日のポカポン(緒方)の存在である。彼らが、CIAの反共戦略に組み込まれ、協力してきた事は、すでに史実として定着している。米国は、日本に親米世論と反共感情を浸透させるために、新聞社を権力構造に組み込み、世論誘導に利用してきたのである。

※それゆえに「押し紙」などに対する司法のメスは、めったに入らない。

日本は、米国により反共・親米国家にプログラミングされていたのである。こうした状況の下で、岸信介、児玉誉士夫、正力松太郎といったある種の売国奴が台頭した。

日本には統一教会を受け入れる土壌があらかじめ準備されていたのである。自民党と統一教会が一体化したのも必然であって、単なる政治家個人が犯した政策上の誤りではない。

それゆえにマスコミは、これまで50年も統一教会の問題をほとんど報じなかったのだ。

統一教会と野党の一部の議員が癒着していたのも、「反共」で合意していたからにほからない。

今後、裁判所や官公庁に統一教会の関係者が「潜入」していないか、調査する必要があるのではないか?

マスコミは、もっと広い視野でこの問題を報じるべきではないか。

優れた経営者として名を馳せてきた稲盛和夫氏が、8月24日に亡くなった。ウィキペディアによると、同氏の経歴は次の通りである。

稲盛 和夫(いなもり かずお、1932年〈昭和7年〉1月21日 - 2022年〈令和4年〉8月24日)は、日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。公益財団法人稲盛財団理事長。「盛和塾」塾長]。日本航空名誉会長。

京セラやKDDIの創業者で、経営に関する著書も多い。ビジネスマンの間で評価が高く、松下幸之助と並んで、経営の神様としてもてはやされていきた。金策に富んだ経済人だった。日本航空のリストラに大鉈を振るったという批判も浴びた。

この人物について書くとき、わたしには許せないことがある。

◇電磁波という新世代の公害

2020年の夏、わたしが住む埼玉県朝霞市の城山公園(市の所有地)に、KDDIが携帯電話の基地局を設置した。土地の賃料は、月額で約360円。無料同然の賃料を納金し、朝霞市でも電話ビジネスを拡大している。だが、基地局が放射するマイクロ波を1日24時間、365日にわたって被曝させられる近隣住民はたまったものではない。モルモット同然だ。立派な迷惑行為である。

わたしは基地局設置の工事に気づき、KDDIの子会社・KDDIエンジニアリングに工事の中止を求めた。欧米では、電磁波による人体影響を考慮して、基地局の設置には一定の制限を設けている。設置された基地局を撤去するように裁判所が判決を下した例もある。

KDDIエンジニアリングは、わたしの要請に応じて、一旦工事を中止した。そして現場から機材を搬出した。さらに現場を木の柵で囲って、立ち入り禁止にした。

その後、わたしは何度かKDDIエンジニアリングの担当者や朝霞市の職員と話し合った。しかし、KDDIエンジニアリングは、結論に達していないのに、一方的に工事を再開して基地局を完成させたのである。朝霞市もそれを黙認した。住民よりも企業に便宜を図ったのである。後日、富岡勝則市長に電磁波に関する公開質問状を送ったが、電磁波問題そのものを分かっていない様子だった。

◆企業エゴイズムを露呈

東京都板橋区でも、KDDIが基地局の設置をめぐりトラブルを起こしている。密集した住宅街の中のマンションに基地局を設置したところ、住民たちが撤去を求めて声をあげた。基地局直近の民家の住民は、10数メートルの距離から電磁波の放射を受ける。3階の窓を開けると、目の前に基地局があるので、心理的にも圧迫される。

向かいのマンションの住民たちも、窓のすぐそばに巨大なアンテナがあるので気持ちが滅入ってしまうと話す。寝室を電磁波に直撃されないところへ変えた人もいる。「終の棲家が台無しになった」と嘆いている人もいた。

数年前には、やはりKDDIが川崎市宮前区犬蔵でトラブルを起こした。中層マンションの屋上に基地局を設置して、アンテナ直下の住民夫妻の怒りに火を着けた。夫妻のうち、妻はフィンランドの出身だった。

「自国では、民家の屋根や直近に基地局を設置することなど絶対にありえません」

欧米では電磁波による人体影響は、常識となっている。メディアも基地局問題を報じる。

KDDIは、過去に延岡市でもトラブルを起こしたことがある。3階建てアパートの屋上に基地局を設置して操業を始めたところ、近隣から苦情がでた。健康被害が広がり、2009年、30人の住民が操業の差し止めを求めて提訴した。

『朝日新聞』は、提訴前の2007年12月16日、住民らの健康被害について次のように伝えている。

延岡市大貫町5丁目にある携帯電話基地局のアンテナが原因として、住民が健康被害を訴えている問題で、市は14日、先月末に実施した健康相談の結果を公表した。45人が耳鳴りや頭痛を訴えており、大半は基地局が設置された昨年11月以降に自覚症状が出たという。

健康相談は11月29日から3日間、現地で行い60人が訪れた。耳鳴りが31人で最も多く、肩こりが16人、不眠が14人と続いた(複数回答)。胃腸不良や胸の痛みを訴える人もいた。

自覚症状を感じ始めた時期は、基地局が設置された昨年10~12月が22人で半数を占めた。市健康管理課は「結果的に時期が重なった人が多かったが、これが電磁波の影響かは分からない」としている。

判決は、住民側の敗訴だった。それに力を得て、KDDIはそのまま操業を持続した。住民感情よりも、自社の経済活動を優先してきたのである。

◆規制になっていない総務省の規制値

ちなみに総務省が定めたマイクロ波の規制値は、たとえば欧州評議会に比べて1万倍も緩い。実質的には規制になっていない。次に示すのが数値の比較である。

・日本:1000 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・平方センチメートル)
・ロシア:10μW/c㎡
・スイス:9.5μW/c㎡
・欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)

◆「経営とは、人として正しい生き方を貫くことだ。」

KDDIが起こした基地局問題の現場へ足を運ぶたびに、わたしは住民らが共通したある疑問を口にするのを聞いてきた。それは、

「経営の神様、稲盛和夫は基地局問題をどう考えているのだろうか」

と、いう問いである。わたしも同じ疑問を抱いてきた。「名言」と実際にやっていることが、言行不一致になっている。

「常に明るさを失わず努力する人には、神はちゃんと未来を準備してくれます。」

「経営とは、人として正しい生き方を貫くことだ。」

「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」

稲盛氏は、自社のエゴイズムには、無頓着な人物だったのではないか。

【初出はデジタル鹿砦社通信】

 

 

2022年09月01日 (木曜日)

最近のマスコミによる旧統一教会関連の報道に接して、多くの人々が、「日本でもジャーナリズムは機能している」と感じているのではないだろうか。しかし、わたしはそんなふうには見ていない。大きな問題を孕んでいると思う。それは報道のタイミングの遅れである。

ジャーナリズムは、同時代のニュースを伝えるものである。あるいは先見性を発揮して、認識が難しい社会問題を発掘する作業である。こうした観点からすると、旧統一教会の問題は1970年代から報道対象になるべきテーマだった。が、実際にマスコミがこの問題に着手したのは、2022年7月である。安倍元首相が射殺されるまで、ほとんど無関心を押し通してきたのである。

報道のタイミングが50年遅も遅れているのだ。

NHKもようやく統一教会の問題に踏み込んだ。そして、かなり細部に踏み込んだ報道を展開している。彼らの潤沢な取材費から察すると、ある意味では当たり前にレベルであるが。最大の問題は、安倍射殺まで、何もしなかったことだ。無視し続けたたことである。「安全」を確認するまでは、一歩も動かない。群れ全体が駆け出すと、今度は動きが止まらなくなる。スタンピード現象(写真)を起こす。

過去の倦怠ぶりに対する反省の弁は何もない。これでは話にならない。他のテーマ(たとえば「押し紙」問題、電磁波問題、暴力集団による反差別運動)でも、同じ過ちを繰り返すのは目に見ている。

コロナワクチンの闇接種の問題も、結局、うやむやになりそうだ。

2022年08月31日 (水曜日)

神奈川県湯河原町の土屋由希子町議が、隣接する真鶴町の選挙人名簿をタブレット端末で盗撮し、SNSを介して2人の政治仲間と共有(上写真)していた事件を神奈川新聞(8月24日)が報じた。昨年秋から批判の対象になっている選挙人名簿をめぐる汚職が新局面をむかえた。

◎神奈川新聞の記事

選挙人名簿とは、投票権を有する住民を登録したリストのことである。選挙権は成人になれば自動的に得ることができるが、投票権を得るためには、居住期間などの必要要件を満たして、選挙人名簿に氏名が登録されなければならない。この登録作業は、選挙管理委員会が選挙の直前に住民基本台帳などを基に実施する。

選挙人名簿はだれでも閲覧権があるが、複写や持ち出しは公職選挙法で禁止されている。選挙管理委員会は、選挙人名簿の悪用を避けるために厳重に管理している。

しかし、土屋議員は、監視の眼をかいくぐって真鶴町の投票権者に関する情報を持ち出したのである。

◆有権者に大量の選挙ハガキを送付

事件の舞台となった神奈川県真鶴町は、人口7000人。太平洋に突き出した岬の自治体である。土屋氏が町議を務める湯河原町と隣接している。2つの町は交流が深く兄弟のような関係にある。

2021年9月、真鶴町は町議選を予定していた。この選挙に真鶴町民で土屋 と懇意な木村勇氏が立候補した。木村氏の選挙運動を支えるために、土屋議員は真鶴町の選挙管理委員会に足を運び、タブレット端末で完成したばかりの選挙人名簿を盗撮した。そしてSNSでそれを木村氏ら政治仲間と共有した。木村氏は選挙人名簿のデータを基に、有権者に大量の選挙ハガキを送付したのである。

木村氏はこの選挙で当選し、現在は真鶴町議を務めている。

土屋氏は神奈川新聞の報道内容を認めて、ユーチューブで謝罪した。

◆過去にも選挙人名簿持ち出し事件

真鶴町では、2020年9月に行われた町長選の直前にも、選挙人名簿が流出する事件が起きた。当時、立候補を予定していた真鶴町の職員・松本一彦氏がみずから選挙人名簿を複写して持ち出し、選挙運動に使ったことが発覚したのだ。さらに2021年の町議会選挙でも、当時の選挙管理委員会の幹部が松本町長から指示されて選挙人名簿の複写を3人の立候補者に渡していた。これは、木村氏が立候補したのと同じ選挙であるが、名簿の入手ルートは別である。木村氏の場合は、土屋氏のルートだった。

松本町長が主導した汚職事件を受けて真鶴町が設置した第三者委員会は、松本町長の行状について、報告者の中で次のように結論づけている。

松本氏については、窃盗罪、建造物侵入罪、守秘義務違反の罪、公職法上の職権濫用による選挙の自由妨害罪及び買収(供与)罪が各成立し、尾森氏(注:選管職員)については、地公法上の守秘義務違反の罪、公選法上の職権濫用による選挙の自由妨害罪が各成立すると解されるものである。また、青木氏(注:町議)、岩本氏(町議)については公職選挙法上の被買収罪、刑法上の証拠隠滅罪が成立する可能性がある。

この事件は、現在、捜査関係機関が捜査している。松本町長の起訴は免れないとの見方が有力だ。しかし、松本町長の支持層も多く、事件の発覚を受けて行われた再選挙で、松本町長は再選を果たしている。

土屋氏が起こした今回の事件は、松本町長が関与した事件とは別のルートであるが、不正選挙の手口は酷似している。選挙人名簿を不正に入手して、ダイレクトメールなどの選挙運動に利用する手口である。

土屋氏は、松本町長の熱心な支援者でもある。松本氏がはじめて真鶴町の町長選に出馬した際には、隣町へ応援に駆けつけている。その日のTwitterに、次の一文を投稿している。

「本日は真鶴町長選に立候補されている、松本一彦さんの応援に来ています!子ども達を中心にした政治のあり方に共感しています。真鶴町長選は松本一彦さんに清き一票を??」

真鶴町の選挙管理委員会は、湯河原町議の土屋氏と真鶴町議の木村氏が神奈川新聞の報道内容を認めたとしたうえで、「選挙管理委員会としては、2人から事情を聴取したうえで、今後、どう対処するかを決める」と、話している。

劣化が進んでいるのは、中央政界だけではない。地方議会も没落への道を転げ落ちている。議員の席を得ることで、定期収入を得られることから、議員を目指す者が少なからずいる。監視の役割を放棄してきたジャーナリズムの責任は重い。

【初出はデジタル鹿砦社通信】

2022年08月24日 (水曜日)

日テレNEWS(7月29日付け)によると霊感商法の被害は、「去年で3億円超」、「35年間では1237億円」と報告されているという。

わたしはこの数字を見たとき、額が大きいとは感じなかった。新聞社による「押し紙」の被害の方がはるかに莫大であるからだ。それを示すごく簡単な試算を紹介しよう。

◆控え目に試算しても年間の被害額が900億円超

日本新聞協会が公表している「新聞の発行部数と世帯数の推移」と題するデータによると、2021年度における全国の朝刊発行部数は、約2590部である。このうちの20%を「押し紙」と仮定すると、「押し紙」部数は518万部である。

これに対して販売店が新聞社に支払う卸価格は、おおむね新聞購読料の50%にあたる1500円程度である。

以上の数値を前提に、「押し紙」が生み出す販売店の損害を試算してみる。

卸価格1500円×「押し紙」518万部=約77億7000万円

ひと月の被害額が約77億7000万円であるから、年間にすると優に932億円を超える。霊感商法とは比較にならないほど多い。

しかも、この試算は誇張を避けることを優先して、「押し紙」率を低く設定している上に、「朝夕刊セット版」の試算を含んでいない。「朝夕刊セット版」を含めて試算すれば、被害額はさらに膨れ上がる。

「押し紙」により販売店が被っている被害額は、霊感商法の比ではない。

◆新聞協会が公言している「残紙=予備紙」の詭弁

「押し紙」は戦前からあった。しかし、それが社会問題として浮上してきたのは戦後である。日本新聞販売協会の会報『日販協月報』には、1970年代から「押し紙」に関する記述がたびたび出てくる。1980年代には国会質問の場で、共産党、公明党、社会党が超党派で「押し紙」問題などを追及した。しかし、メスは入らなかった。新聞社が開き直って無視したのである。

1997年に公正取引委員会が北國新聞社に対して「押し紙」の排除命令を下した。これにより「押し紙」問題にメスが入る兆しが現れたが、日本新聞協会は公取委に対して奇策に打ってでる。1998年の夏、みずからが策定していた新聞販売に関する自主ルールから、予備紙(残紙)の上限を搬入部数の2%とする項目を削除したのである。これにより販売店で過剰になっている残紙は、「押し紙」ではなく、すべて販売店が自主的に購入した「予備紙」ということにしたのだ。「押し紙」を予備紙という言葉にすりかえたのだ。

しかし、「予備紙」の大半は古紙回収業者によって回収されており、「予備紙」として使われている実態はほとんどない。新聞拡販に使っているのは、「予備紙」ではなく、景品である。

◆公権力が「押し紙」を放置する理由

「押し紙」についての新聞社の見解は、自分たちは過去にも現在も「押し紙」を行ったことは1度もないというものである。旧統一教会が「霊感商法なるものを過去も現在も行ったことはない」と弁解しているのと同じ論法なのだ。

なぜ、公権力は新聞社の「押し紙」にメスを入れないのだろうか。公取委は、「押し紙」問題で新聞社に独禁法違反を適用することができる。裁判所は、「押し紙」裁判で、新聞社の独禁法違反を認定することもできる。公権力が本気で解決に乗り出せば、「押し紙」問題は解決するはずだが、あえて放置している。

わたしはその背景に、新聞・テレビが世論誘導の部隊として、公権力に組み込まれている事情があると考えている。「押し紙」による莫大な不正収入をあえて黙殺して新聞社とその系列のテレビを経済的にサポートすることで、報道内容を暗黙のうちにコントロールしている可能性が高い。

現在の新聞社の形態は、帝国主義を掲げた天皇制軍事政権の下で構築された。日本の新聞社を各都道府県に1社と若干の中央紙に編成して、大本営発表を掲載させたのである。当然、GHQは、戦後、戦争責任を追及して新聞社を解体することもできたはずだ。しかし、実際は、解体せずにそのままの体制を残したのである。

理由は単純で、「反共」思想と親米世論を定着させるうえで、旧来の新聞制度が好都合だったからである。利用価値があると考えたからだろう。こうした占領政策の延長線上に、現在の新聞社はあるのだ。新聞は世論誘導の道具であって、ジャーナリズムではない。

 

【続きはデジタル鹿砦社通信】

 

2022年08月17日 (水曜日)

 「そもそも作田医師が『犯人』を特定した診断書を交付しなければ、こんなことにはならかったのではありませんか」

8月3日、横浜地裁。オンラインで開かれた「弁論準備」で、原告の藤井敦子さんが意見を述べた。設置されたスクリーンは、被告の代理人弁護士2名を映し出している。山田義雄弁護士と片山律弁護士である。

藤井さんが名指しにした作田医師とは、日本禁煙学会の作田学理事長のことである。事件の引き金となった診断書を交付した人物である。禁煙学と称する分野の権威でもある。

◆事件の概要

横浜副流煙事件は、2016年にさかのぼる。青葉区のマンモス団地に住む藤井将登・敦子夫妻に対して、同じマンションの上階に住むA家(夫妻と娘)が、副流煙による健康被害を訴えた。藤井家の煙草で、「受動喫煙症」などに罹患(りかん)したというのだった。【続きはデジタル鹿砦社通信】

2022年08月11日 (木曜日)

東京地裁は、8月9日に予定していた「押し紙」裁判(被告・読売新聞社)の判決を10月21日に先送りした。わたしはこの変更を知らずに、9日、東京地裁へ足を運んだ。しかし、法廷には鍵がかかっていて、掲示板にも「押し紙」裁判のスケジュールは見当たらなかった。

自宅に戻ってからわたしは、この裁判を担当している東京地裁の民事25部に電話で状況を問い合わせた。そして判決日の変更を知った。

「変更理由は?」

「おこたえできません」

「裁判官の体制も変わったのか?」

「おこたえできません」

途中から電話の相手が、広報部に変わったが、判決の日程が変更になったことを除いて何も答えなかった。「最高裁事務総局からの指示があったのか」と、いう肝心な質問に対しても、「お答えできません」と答えた。

◆◆
現在、この「押し紙」裁判を担当しているのは、民事25部の古田孝夫裁判長,豊澤悠希裁判官,それに高見澤昌史裁判官である。今後、最高裁事務総局が裁判官を交代させた場合、想定されていた判決内容が変更になる可能性が高い。あるいは判決日程の先送りが、疑惑の種になる可能性が高い。

2020年に結審した産経新聞の「押し紙」裁判では、最高裁事務総局が結審の直前に裁判長を野村武範氏に交代した。交代前の裁判長は、産経に対して2度に渡り和解を勧めていたので、判決になれば、販売店が勝訴するというのが裁判を取材している人々の見方だった。

ところが野村裁判長は、産経を勝訴させる判決を下した。

◆◆
その後、わたしは野村裁判長を調査してみた。その結果、経歴が不自然なことが分かった。

R 2. 5.11 東京地裁判事・東京簡裁判事
R 2. 4. 1 東京高裁判事・東京簡裁判事
H29. 4. 1 名古屋地裁判事・名古屋簡裁判事
H25. 4. 1 最高裁裁判所調査官(東京地裁判事・東京簡裁判事)
H22. 4. 1 東京地裁判事・東京簡裁判事
H21. 4.11 大分地家裁判事・大分簡裁判事
H18. 4. 1 大分地家裁判事補・大分簡裁判事
H16. 4. 1 検事
H16. 3. 1 最高裁総務局付(東京簡裁判事・東京地裁判事補)
H14. 4.11 函館簡裁判事・函館家地裁判事補
H13. 4. 1 函館家地裁判事補
H11. 4.11 東京地裁判事補 

東京高裁に赴任して、40日後に東京地裁へ移動して、産経新聞「押し紙」裁判の判決を下したのである。(上記赤文字の箇所)

◆◆参考記事

●野村武範裁判長が執筆した判決文にみる論理の破綻、「押し紙」は認定するが賠償は認めない、産経新聞「押し紙」裁判の解説、判決全文を公開

●産経「押し紙」裁判にみる野村武範裁判長の不自然な履歴と人事異動、東京高裁にわずか40日

●野村武範判事の東京高裁での謎の40日、最高裁事務総局が情報公開請求を拒否、透明性に疑惑がある事務局運営の実態

●最高裁事務総局による「報告事件」の存在が判明、対象は国が被告か原告の裁判