2013年02月12日 (火曜日)

ベネッセが東京都目黒区で運営する高級老人ホーム『グランダ八雲・目黒』の屋上に、NTTドコモが携帯基地局を設置する計画を進めている。基地局は、耳鳴り、不眠、吐き気などの健康被害の原因とされ、また、入居者のなかには心臓ペースメーカーを使用する高齢者もいるとのことで、反発する住民らとの間で昨秋から睨み合いが続いている。

入居前に計画を知らされぬまま高額の一時金を払った入居者、および幼い子がいるため引っ越すほかなくなることを懸念する周辺住民に対し、ベネッセは「自分たちはビルの所有者ではない」と無責任な対応。

所有者である藤田商店は「(基地局設置を)検討している最中」という。ドコモ、ベネッセ、藤田商店という有名企業と住民らとの対立構造から浮き彫りになった、携帯基地局による“人生設計破壊リスク”の実態に迫る。

(続きはマイニュースジャパン)

2013年02月11日 (月曜日)

ソーシャルメディアがジャーナリズムの有力な道具として浮上するなか、株主訴訟を起こしている人々が東京地裁の民事8部を監視するためのサイトを2件、設置した。名称はいずれも東京地裁民事8部監視委員会。TWITTERのサイトとFacebookのサイトである。アドレスは次の通り。

■Twitterの東京地裁民事8部監視委員会

■Twitterの東京地裁民事8部監視委員会

https://twitter.com/minji8bu

■Facebookの東京地裁民事8部監視委員会

http://www.facebook.com/minji8bu

民事8部は、商事を扱う部で、主に株主訴訟などを担当している。読売が清武利則氏に対して起している高額訴訟も民事8部で進行している。

ところがこれまで株主訴訟を起こした多くの人々が、民事8部の判事について「極めて企業より」との評価を下している。日本の裁判所がより強い権力を持つ側に有利な判決を下す傾向があることは、真村久三氏やわたしの対読売裁判で明白になったが、民事8部の場合、昔からこのような傾向があったという。

裁判の進行方法そのものに問題があるとの指摘もある。たとえば民事8部の元判事・?山崇彦氏がTMI法律事務所へ再就職し、今度は弁護士として民事8部の法廷に立つという珍事も発生している。この弁護士は民事8部に人脈があるわけだから、裁判そのものが公平性を欠いている。

◇どちらが重いか、オウム事件と「窃盗」表現  

最近、わたしは知り合いの弁護士からある指摘を受けた。黒薮VS読売の名誉毀損裁判NO1(原審・さいたま地裁)で、わたしが加藤新太郎裁判官から110万円の支払いを命じられたことは既報の通りであるが、賠償額についての指摘である。

この裁判は、地裁と高裁でわたしが勝訴したが、最高裁がわたしを敗訴させ、読売を逆転勝訴させることを決定して、東京高裁へ判決を差し戻した。これを受けて加藤裁判長が、わたしに110万円の支払いを命じたのである。

知人の弁護士が指摘したのは、110万円という賠償額の異常である。この金額を念頭に置いて、次の記事を読んでほしい。

完全敗北…警視庁OB「意外な判決」 アレフ側は「当たり前のこと」

警察当局にとって、「完全敗訴」というべき判決だった。警察庁長官銃撃事件で「オウム真理教信者による組織的なテロ」との捜査結果を警視庁が公表したことをめぐる名誉毀損(きそん)訴訟で、東京地裁は15日、被告の東京都に100万円の支払いとともに、謝罪文の交付まで命じた。警視庁OBは「意外な判決」と驚く一方、教団主流派「アレフ」側は「(判決は)当たり前のこと」と改めて警視庁側の対応を批判した。

 「司法の原則に沿わなければいけないという判断は理解できなくはないが、意外な判決だとは思う」

 オウム事件の捜査に長年携わってきた警視庁公安部OBは、「アレフ」全面勝訴の判決に驚きを隠さない。

 公安部は当時、公表した捜査結果で、匿名にしつつも元幹部や信者の事件前後の動向を詳細に示した。

 不起訴になった教団関係者を犯人と断定して公表したことは人権侵害に当たるとの指摘には、幹部は「公益性と社会正義との均衡を考慮した。刑事責任を問うことと、捜査結果を分析した結果を国民に報告することとは違う。法的に問題があるとは考えていない」と説明し、正当性を主張していた。

 公安部OBは「犯罪を捜査する司法警察ではなく、公共の安全や秩序の維持を目的とする行政警察の立場でいえば、捜査結果をそのまま放置しておくことはできなかった」と、公益上必要な措置であったことを強調した。

 ある警察庁幹部は、「コメントは控えたい」としつつも、「この1審判決は厳粛に受け止める。今後の対応は警視庁が検討することと思う」と述べた。 ??(MSN)?

「不起訴になった教団関係者を犯人と断定」したことに対して100万円の賠償金である。

一方、わたしに対する110万円の内容は、チラシの持ち出し行為を「窃盗」と断定したことに対する賠償だった。しかも、「窃盗」という表現が事実の摘示か隠喩(メタファー)かを巡り法廷で論争になり、地裁と高裁はわたしを勝訴させた経緯があるのだ。

オウム事件よりも、わたしが黒書に書いた記事の表現の方が重大な人権侵害ということになる。この件に関しては、近々に裁判所に問い合わせてみたい。

日本の裁判所の劣化は目に余るものがある。ネット上の東京地裁民事8部監視委員会の設置が歯止めになることを期待したい。

2013年02月08日 (金曜日)

北海道のローカル紙・十勝毎日新聞社(以下、勝毎)と4店の新聞販売店の間で起きた折込チラシの手数料をめぐる係争が引き金となった改廃事件が、昨年の12月28日、釧路地裁・帯広支部で和解解決した。既に強制改廃され札幌高裁で逆転勝訴していたもう1店も合わせて和解することとなり,和解金は5店の総額で約1億1700万円だった。

勝毎の子会社である勝毎サービスは、折込チラシを取り扱う代理店である。この勝毎サービスが受注した折込チラシは、従来は87・5%の手数料で、販売店が新聞に折り込み、配達していた。

ところが勝毎は、2011年4月1日から手数料を0%に引き下げる旨を通知した。販売店に対して無料で折込チラシを配布することを求めてきたのである。

これに対して販売店側は適正な手数料の仮払いを求める仮処分を申し立てた。その中で、手数料80%を提案。一方、勝毎は20%を主張した。

販売店側は20%の条件では、新聞を配達できない旨を十勝毎日新聞社に通知。その結果、勝毎が販売店4店を改廃した経緯があった。

2013年02月05日 (火曜日)

さて、江崎氏が送りつけた催告書は、どのような内容だったのだろうか?端的に言えば、催告書は、次に引用した回答書(この文章をわたしは「黒書」に掲載した)の削除を求めたものである。その理由は、回答書が著作物であるからというものである。

前略? 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。? 当社販売局として、通常の訪店です。

この回答書は、当時、読売との係争が原因で断絶状態にあったYC広川に対して、読売が同店の訪問再開を決めたのを受けて、YC広川の代理人・江上武幸弁護士が念のために真意を確かめようとして送付した内容証明に対する回答である。この回答書を、わたしが入手して「黒書」に掲載したところ、江崎法務室長が催告書を送付してきたのである。

削除を求める理由として、催告書は、次のように述べている。

しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未発表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法第18条1項)

上記の回答文が著作物であると断定しているのだ。しかし、著作権法によると、著作物とは次の定義に当てはまるものである。

思想又は感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

回答書はだれが解釈しても著作物ではない。が、催告書は3日以内に削除しなければ、法的手段に訴えることをほのめかしていたのだ。わたしが怪文書と断定したえたゆえんである。

さて、この催告書は誰が執筆したのかが、裁判では争点になった。既報したように、東京地裁は催告書の作成者は江崎氏ではなくて、喜田村洋一弁護士か、彼の事務所スタッフである可能性が極めて強いと認定したのである。

高裁も最高裁も、下級審の判断を認定した。

しかし、裁判の中で催告書に書かれた内容そものもが争点になることはなかった。わたしは催告書が著作物であるか否かという争点以前に、催告書の内容そのものがデタラメな怪文書であった事実は極めて重大だと考えている。   ? 何が目的で読売の江崎氏は「怪文書」を送付したのか。口封じが目的だったとしか考えられない。

2013年02月04日 (月曜日)

第2東京弁護士会に対して、喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒を申し立ててから、1月31日で2年になった。通常は、半年程度で判断が下されるが、この事件に関しては、綿密な調査が続いているらしく、2年が経過しても結論を出すには至っていない。

この事件はわたしと読売・江崎徹志法務室長の著作権裁判に端を発した前代未聞の事件である。第2東京弁護士会は言うまでもなく、おそらく日弁連にも類似事件の前例がないのでは。そのために第2東京弁護士会・綱紀委員会の調査が長引いている可能性が高い。

時間をかけてでも完全に解明してほしいというのが、当事者の希望である。SLAPP防止のために。できれば中間報告をお願いしたいものだ。

この事件については、「黒書」で繰り返し報じてきた。読売の江崎法務室長がわたしに、催告書なるものを送付したのを受けて、わたしがそれを「黒書」に掲載したことが事件の発端である。掲載を決めたのは、催告書の内容が怪文書のきらいがあったからである。

これに対して江崎氏が削除を要求。仮処分命令の申し立てを経て、2008年2月に本裁判へと進んだ。原告が江崎、被告が黒薮である。

江崎氏が提訴の理由としたのは、催告書が自分で執筆した著作物であるという主張である。著作権法の著作者人格権を根拠にした提訴だった。

著作者人格権:著作者人格権は、著作者だけが持っている権利で、譲渡したり、相続したりすることはできません(一身専属権)。この権利は著作者の死亡によって消滅しますが、著作者の死後も一定の範囲で守られることになっています。(詳細=ここをクリック)???

江崎氏は、催告書は自分が執筆したものであるという前提に立ち、催告書の削除を求めて裁判を起したのだ。

ところが裁判の中で、催告書の執筆者は江崎氏ではないのではという疑惑が持ち上がった。そしてわたしの弁護団の追求により、裁判所は催告書の執筆者は別にいたと判断したのである。高裁も最高裁も、下級審の判決を認定した。

そして最高裁の決定を受けて、わたしは弁護士懲戒請求に踏み切ったのである。参考までに高裁判決を引用してみよう。

上記認定事実によれば、本件催告書には、読売新聞西部本社の法務室長の肩書きを付して原告の名前が表示されているものの、その実質的な作成者(本件催告書が著作物と認められる場合は、著作者)は原告とは認められず、原告代理人(又は同代理人事務所の者)の可能性が極めて高いものと認められる。

(判決原文=ここをクリック)

?(判決文全文=ここをクリック)

(事件の詳細=ここをクリック)?

(懲戒請求・黒薮準備書面2)

つまり江崎氏には、裁判を起こす権限はなかったのだ。  一方、弁護士活動を規定している『弁護士業務基本規程』の第75条に、次のような条文がある。

◆『弁護士業務基本規程』の第75条

弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

喜田村弁護士は、催告書の作成者が江崎氏ではないことを知りながら、作成者が江崎氏であるという前提で裁判関連の書面を提出し、自分の主張を展開し続けたのだから、明らかに75条に違反する。

ちなみにこの事件で喜田村側の弁護を担当しているのは、読売新聞社の3名の弁護士である。真村事件や平山事件で、喜田村弁護士と共に読売の販売政策を支援してきた近藤真、堀哲郎、住野武史の3弁護士である。

書類の名義人を偽って、他人を裁判にかけた事件が発覚したのは、おそらく今回が初めてである。それゆえに処分の前例がない可能性が高い。第2東京弁護士会が調査に2年以上の時間を要しているゆえんである。

参考までに、懲戒請求に対する判例を紹介しておこう。2012年度における業務停止処分の例である。

(業務停止の例=ここをクリック)???

業務停止とはいえ、事務所の看板を外し、顧客との関係をすべて解約しなければならないので、かなり重い処分といえる。

2013年02月01日 (金曜日)

31日付けの「しんぶん赤旗」(電子版)が、ニューヨーク州議会の上院が29日、旧日本軍による従軍慰安婦問題を記憶にとどめるとする決議を全会一致で採択したニュースを報じている。おりしも日本の国会では、安倍首相が衆院本会議で平沼赳夫議員(日本維新の会)の質問に答弁するかたちで、憲法改正にふれ、「党派ごとに異なる 意見があるため、まずは多くの党派が主張している96条の改正に取り組む」と述べた。

第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

憲法96条は、憲法改正のための「手続き法」である。 憲法改正の発議には、議員総数の三分の二を超える賛成を必要とするが、それを緩和して一気に9条の改正に突き進もうという意図らしい。

国会での答弁に先だって安倍首相は、1993年の河野洋平官房長官談話を見直すことを明言している。河野談話とは、当時の河野官房長官が、従軍慰安婦の客観的な存在を認めた談話である。

日本のメディアは、ニューヨーク州議会による決議に関するニュースと安倍首相が改憲に言及したニュースをどのように報じているのだろうか。

◆検証点は、『どのような記事を載せていないか』  

結論を先に言えば、ニューヨーク州議会による決議のニュースは、The Japan Timesを除いて一切報じられなかった。わたしがネットで調べた限り、一般紙はこのニュースを完全に無視した。一方、安倍首相が国会で改憲に言及したニュースは、大半のメディアが報じている。

これら2つのニュースが表裏関係にあることは言うまでもない。もともと慰安婦の問題は、1990年代に入るころから、日本の財界が要望し始めた海外派兵の動きに警戒を催したアジア諸国が、旧日本軍による戦争犯罪を再認識することから、浮上してきた。その後、憲法改正の動きが活発化して、日本に対する警戒感が募っていく。そしてとうとう米国の州議会で旧日本軍の慰安婦問題を記憶に留める決議が採択されたのである。

こうした情勢を踏まえると、ニューヨーク州議会による決議は、安倍内閣が押し進めようとしている軍事大国化に対する警告とも受け取れる。

ところがこのニュースに限って日本のメディアは無視した。

故新井直之氏(元創価大学教授)は、自署の中で「ジャーナリズムを批判するときに欠くことができない視点は、『どのような記事を載せているか』ではなく、『どのような記事を載せていないか』なのである。」と述べている。

多くの人々は、メディアは公平中立なものと考えている。が、それは幻想である。特に日本の新聞社は再販問題や消費性の軽減税率の問題で、政府に弱みを握られているので、政府に不都合なニュースは報じない。報じれば経営の屋台骨が崩壊しかねない。再販問題も消費税の軽減税率問題も、政府のさじ加減でどうにでもなる。

かりにニューヨーク州議会による決議のニュースを朝日、読売、NHKが報じていたら、安倍首相が目論んでいる改憲への道は、早々にとん挫するだろう。

ちなみに「しんぶん赤旗」は、共産党の機関紙であるが、ニューヨーク州議会による決議のニュースなどは、イデオロギーとは何の関係もない。ジャーナリズムが当然報じるべきニュースにほかならない。

2013年01月31日 (木曜日)

アルジェリアで人質事件が発生したのを機に、安倍内閣が自衛隊法改正を検討しはじめた。そして読売新聞がそれを煽る社説を掲載している。

正当防衛などに限定されている武器使用基準の緩和のほか、陸上自衛隊には警護任務の特殊な訓練が求められる。これらの課題について、しっかり論議することが大切だ。(26日)

自衛隊制服組の防衛駐在官は現在、世界全体で49人いるが、アフリカはエジプトとスーダンの2人だけだ。着実な増員が必要だ。紛争地域に進出した日本企業を守るには、各地域やテロ対策の専門家を育成し、情報収集・分析能力を高めることが急務である。(23日)

テロを口実にして自衛隊の海外派兵を押し進める手口は、自民党政権の常套手段である。典型例としては2001年9月11日の同時多発テロを機に、テロ対策特措法を成立させて、自衛隊をインド洋に送りだした例がある。

テロ対策特措法が成立する前は、周辺有事法が自衛隊の海外派兵の口実になっていたが、活動範囲が日本の周辺に限定されていたために、世界中の紛争地帯へ自衛隊を派兵するわけにはいかなかった。この壁を同時多発テロを機にテロ対策特措法を成立させることで突破したのである。

◆タブー視される収奪の問題  

さて、アルジェリアの人質事件でマスメディアがタブー視している事柄がある。先進国の多国籍企業による資源収奪の問題である。「収奪」という言葉は、強制的な持ち帰りという意味があり、厳密に定義に当てはまらないかも知れないが、多国籍企業が自衛隊の支援を受ければ明白な「収奪」になる。

標的となったのは、イナメナスの天然ガス工場。犯人グループが、「仏軍のマリ空爆中止」など政治的な要求のみをかかげて、身代金を要求していないことから察すると、政治目的の犯行だった。また、日本人が標的になっていた可能性は、大手メディアも報じている。

資源の収奪という問題は、古くからある。たとえばヨーロッパの繁栄は、ラテンアメリカの金がもたらしたとも言われている。

事件が発生した後、わたしはTwitterで、多国籍企業による資源収奪の問題を指摘した。すると、

?「 その資源のおかげで、こうしてツイートできるのでは。」

 「アルジェリアの資源は、資源のない日本にとって必要だし、その利権とそこで働く日本人の安全を守れって、アルジェリアを満州に置き換えたら、満蒙は日本の生命線と言っていたころと同じパターン」

これらのコメントの評価はともかくとして、多国籍企業が先頭に立って、他国の資源を持ち帰り、自国を潤していることは事実である。それゆえにタブー視される問題なのだ。

◆多国籍企業の防衛部隊  

安倍政権がもくろみ、読売が主張している自衛隊法の改正は、他民族の立場をまったくかえりみない暴論である。第3世界の国々から資源を自国へ持ち帰っていながら、現地で紛争が発生した場合は、自衛隊を派兵して戦争するというのだから、利己主義の塊である。

海外派兵の口実は、「国際協力」ということになっているが、実態は多国籍企業の防衛である。この点をマスメディアは完全に隠している。

企業防衛としての海外派兵は、日本企業の海外進出が始まった1980年代の後半から、連動して海外派兵の要求が政治課題として浮上してきたことでも明らかだ。日本企業の活動スタイルが国内から、国外へシフトするに伴って、多国籍企業の防衛体制が求められるようになったのである。

従って多国籍企業の支援という観点から言えば、1996年の橋本内閣の時代に始まった構造改革と同じ脈絡にあるともいえる。構造改革とは、多国籍企業の国際競争力をつけるために、それに必要な法改正を行い、政治や行政のシステムを変えていく改革を意味している。

自衛隊法の改正の後に、憲法9条の「改正」が来ることは言うまでもない。

参考記事:海外権益守る為の日米安保??

2013年01月29日 (火曜日)

新聞社が新聞に対する消費税の軽減税率適用を求めて紙面を使ったPRを展開している。その根拠として記事などに引用しているのが、日本新聞協会が実施したとされる世論調査の結果で、実に、国民の8割が生活必需品に対する軽減税率適用を求め、新聞・書籍に対しても、その4分の3が賛成している、というものだ。

ところが、実際にこの調査を行ったのは、中立な第三者どころか、新聞協会の監事・西澤豊氏が会長を務める中央調査社。しかも、実際に面接調査をしたのは、4000人の候補者のうち1210名だけで、新聞の定期購読率が極めて高いと思われる層のみに聞いた“イカサマ調査”といえる。

新聞と書籍をごちゃ混ぜにして質問するなど、質問内容にも結果を誘導した跡がある。新聞業界は「押し紙」分まで増税されてしまうことを極端に警戒し、世論調査・世論誘導すべくしゃかりきに走り出した。

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【Digest】

◇河内孝氏の試算

◇調査会社の会長が新聞協会の監事

◇中央調査社の数字をうのみ

◇回答率は約3割

◇偽装部数の存在を認めぬ新聞協会

◇高市政調会長らに政治献金

◇新聞業界の身勝手な姿勢

【この続きはマイニュースジャパン】

2013年01月28日 (月曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

前回のこの欄、私は「憲法9条で掲げる平和外交を進めたことのない国が、いきなり9条の改憲を目指すことに無理がある」と指摘しました。その言葉が乾かぬうちに、アルジェリア人質事件です。

この国は、情報がまともに入らない程度の外交能力しか持っていないことを、多くの人々が改めて実感したはずです。憲法9条は理想論に過ぎない。そんな意見もあります。

しかし、憲法9条はこの程度の国ならばこそ、実はもっとも現実的な憲法でもあると私は思うのです。私は現実主義者です。今回は、この国が憲法9条を持つメリットを現実的な視点から考えてみたいと思います。

私は前々回のこの欄「ブレーキ役不在のこの国」で、中曽根政権のブレーキ役だった当時の官房長官、故後藤田正晴氏のことを書きました。私は首相番の後に就いた自民党サブキャップ時代、後藤田氏と数回、直接話す機会にも恵まれました。

元警察庁長官、「カミソリ」と言われるほど近寄り難い雰囲気を漂わせる人でした。私が官房長官時代の発言を踏まえ、恐る恐る憲法問題を後藤田氏に聞くと、凛とした声で、「君、この国が軍隊という『暴力装置』を使いこなせるほど、成熟した国だと思うかね」と、逆に尋ねられました。

そこには戦前からの官僚として、軍部が暴走する時、止められない官僚の無力……。その中で国民の命・生活が奪われていくことを目の当たりにした後藤田氏の強い思いがあったような気がしています。現実論を踏まえない観念的な軍備増強論者の危うさ、その勇ましい言葉に踊らされる一部の国民・若者たちの成熟度に対する深い懸念も感じました。

◇護憲を貫いた保守本流の後藤田正晴

「憲法9条は、この国の政治にも国民の意識にも、それなりに定着している。この国は、それを現実の利益としてそれを享受してきた。改正するデメリットはあっても、改正するメリットが私には分からない」

「この大量破壊兵器時代に戦争に勝者も敗者もない。それは国と世界の破滅だけだ」

「軍隊を海外に出すと、それにどんなに意味があっても、必ず一部の人の反発を買う。それがこの国を危うくする危険も考えなくては」とも話してくれました。

後藤田氏は、何も自民の中でも異端ではありませんでした。むしろ、強烈な保守本流意識に立脚していたと、私は思っています。確かに自民は結党以来、改憲を党是の一つとして来たのは間違いないでしょう。しかし、保守本流を自認して来た人たちが本気で改憲を目指して来たのか。私はそうではなかったと思っています。

吉田茂氏が首相当時、朝鮮戦争で自衛隊の前身である警察予備隊の派遣を米国から強く要請されながら、憲法9条を盾に朝鮮半島に行かせることを断り続けたのは、あまりにも有名な話です

前回のこの欄でも言ったように、米国の外交は崇高な理念と、現実を読んでしたたかな計算で自らの国益に繋げる政策の組み合わせです。押し付けかどうかはともかく9条を策定した裏には、大戦の反省から平和な世界を願う理想がありました。

それと共に、占領軍による戦後の日本統治を考えた巧みな打算に裏付けられていたことも、最近になって開示された米国の各種文書からも読み取れます。

ごく簡略化して言えば、天皇制を維持する方が国民の反感を買わず、占領軍が安定的に支配出来る。しかし、日本が再び天皇を中心とした軍事国家に先祖返りしないようにするには、戦力を保持しない条項を憲法に盛り込む。米国の計算は、こんなところにあったのでしょう。

しかし、占領を始めてみて、日本国民は思いよりはるかに温和な人たちであることに気づきました。敵視される心配は少ないと見た米国は、米ソ対立が深刻になる中、日本に独自の平和外交をさせるより米国の軍事戦略に組み込み、ソ連に対抗する補完勢力にしていこうという方向に舵を切りました。

でも、戦後、空襲により多くの工場も働き手も失ったこの国には、米国の要求をおいそれと受け入れ、軍備に国家予算を回す余裕はありません。

やっと戦後復興に目途がつき始めた時、政権を担う保守本流にしてみれば、何とか限られた税金・予算を効率的に使って、経済の底上げにさらに弾みをつけたいと考えても無理はありません。米ソの冷戦構造の中、この国は日米安保条約を結ぶことで、米国の核のカサに入り、出来るだけ安全保障は米国に任せ、もっぱら資金を経済復興に集中させることでした。

当時の吉田首相は、だからこそ朝鮮戦争で警察予備隊の海外派遣を拒み続けたのでしょう。9条は、米国からの強い軍備増強圧力をかわすのに、大きな現実的役割を果たして来たのです。もし、米国が9条を起案していなかったら、もっと強く日本に再軍備を迫ったかも知れません。

自民は、確かにカネと利権にだらしのない政党です。前回も言ったように、9条と一体となるべき平和外交を外務官僚に本気でやらせなかった責任もあります。しかし、腐敗を指摘されながらも何故、戦後長期政権を保てたか。保守本流にこのしたたかな現実論があり、それが戦後経済の繁栄に大きな力となって来たからだと思います。

◇軍事大国化の行きつく先は核武装

翻って今、9条を改憲する現実的なメリットは、この国の何処にあるのでしょうか。

確かに米ソ冷戦時代は去りました。でも私には、戦後の枠組みが改憲を必要とするほど、劇的に変化したようには見えません。

「平和ボケ」などとシニカルに笑いを浮かべる前に、戦後65年、9条という世界史でもまれな憲法を持つ国がまがりなりにも平和に過ごせたのは、何故か。これからそれでは何故過ごせないかと考えるのか。その理由について事実を踏まえ、冷徹に議論することが大切でしょう。

バブル期、繁栄を極めた経済も、無駄な公共事業など政・官・業の腐敗で身動きの取れないほどの借金が積み上がっています。戦後間もない時代同様、これ以上の軍備を持てるほど、この国に豊富な資金力があるとは、とても考えられません。

勇ましい発言をするより、改めてこの国を取り巻く客観情勢の中で、この国はしたたかに現実に立脚、財政的にも取り得る政策を賢く選択していくしかありません。9条を改憲するかどうかも、当然、その選択の一つであるはずです。

軍備がない国は、他国から侵略される。当然、自前の強力な軍備が必要という意見もあります。しかし、言い悪いは別にして、未だ世界は、大国の核バランスの上にあるのは悲しい現実です。

もし、大国に対抗する「強力な軍備」が必須と言うのなら、軍事の現実論として日本は、核兵器を持って対抗する以外にないと言う結論に行き着くしかありません。

しかし、本当にこの国は現実的に核兵器を持てるのでしょうか。何より核兵器を持つには、その前提として核実験が必要になります。この国のどこに核実験場の建設を許す地域がありますか。それを考えるだけで、いかに荒唐無稽、無謀な非現実論であることが分かるはずです。

むしろ、こうした言葉を政治家が口にすること自体、中国など他国・隣国を刺激し、関係悪化を招きます。何より米国をはじめとした国際社会が日本の核武装を許すか否か。結論は明らかです。尖閣で中国との関係がこじれただけで、経済に大きな影響が出た国です。国連決議で経済封鎖などに出られれば、この国はひとたまりもありません。

なら、国防軍による通常兵器での軍備増強か。しかしそれは、戦後、米国が日本に一貫して求めた米国が望む米軍の補完部隊としての日本軍でしかありません。

9条改憲で米軍を補完し、実質的にその指揮下に入る国防軍を持って「真の日本の独立」でしょうか。もし改憲を、「米国の押し付けられた憲法からの脱却」と位置付け、「日本の真の独立のためには、国防軍が必要」と主張する論者なら、むしろ改憲が日本を、もっと米軍に隷属させる矛盾に気付いてしかるべきだと思うのです。

それを知っていて、米軍隷属を進めるために、「改憲で真の独立」と主張しているなら、それこそ「売国奴」です。

◇財政難が徴兵制を誘発する危険性

財政的にもこの国は、すでに1000兆円の借金を溜め、超高齢化社会の中で、今後の年金の維持さえままならない状態です。その中で、国防軍を作り、さらに軍事予算を増やす余地は現実的にありません。

今の自衛隊のように、隊員を任意で募集する形態をとるなら、人件費は大幅に増え、財政は完全にパンク。他国から攻められる前にこの国は内部から自己崩壊します。財政負担を減らすなら、結局、若者に徴兵制を課す以外にありません。今、威勢のいい言葉に共鳴していても、現実的に徴兵制の施行が目の前に迫るなら、それに耐えられる若者はどれだけいるのでしょうか。

もちろん、国際政治は一筋ならでは行きません。自らも巨額の財政赤字を抱える米国からの軍事費肩代わり要求は強まるばかりでしょう。中国の領土拡張志向もあります。北朝鮮の動向も気がかりです。「普通の国」になり、軍備を持って要求に応えたり、対抗したいという考えも分からないではありません。

私は、このような現実を踏まえるなら、理想論、好き嫌いは別として、今のアジアの軍事バランスを根底から崩してしまうことになる日米安保の廃止は、今すぐに出来る選択ではないとは思っています。しかしそれなら、この国の民の生き残りをかけ、細い道であっても現実論を踏まえ、したたかに政策を選択して行くことが、なおさら必要だと思います。

外交は常に狐と狸の化かし合いです。場合によっては、戦後、保守本流がやってきたように米国からの強い要求に小出しで渋々応じていく必要が出てくるかも知れません。ただ、敢えて困難な政策を臨機応変・果敢に選択。その組み合わせの中で、国民の命と生活を守るのが政治家・官僚の力量であり、役割のはずです。

でも、そのようなしたたかな現実的交渉をするためにも、押し付けであれ何であれ、米国がプレゼントしてくれた「9条」というカードをわざわざ自ら手放してしまうことが、この国の賢い選択とは思えません。軍備がないのが、「丸腰」と言うなら、9条がないのも外交にとって「丸腰」なのです。

◆徴兵制の不在はこの国の既得権

私はこの正月、後藤田氏の著書「情と理」(講談社)をもう一度読み返していました。

後藤田氏は、

「マッカーサー憲法と言っても、平和主義なり、基本的な人権なり、国際協調なり、ある意味における普遍的な価値というものは、日本の中に定着しておるのではないか」

「この時期に9条を直すとなると、そう簡単なことでは行かないよ。この流動化している世界の中では早すぎる」

「先の戦争で僕たちは加害者だった。同時に被害者がみんな生きているよ。だからまだ早すぎるんだ」

「その世代がこの世の中からいなくなってから論議をして変えていく必要があるんならそれは結構だというのが僕の考え方だから、自主憲法に変えるという言葉でもって今やらんとしていることは早すぎる」とも語っています。

私は、後藤田氏以外にも宮沢喜一氏にも話を聞く機会がありました。この考えは、後藤田氏に限らず、保守本流を自認する宮沢氏らにも共通するものがあったと思っています。

ただ、宮沢氏は私の古巣の朝日に似て、どこか評論家的。自己保身が相まって言行一致が保たれるか否か。危うさが漂っていました。それに対し、後藤田氏はその考えに基づき、首相・官房長官の間柄であっても頑として引かない信念がありました。

今の自民にも、保守本流の考え方は底流には脈々と引き継がれていると思います。でも、安倍政治が独走し、その親衛隊のような人たちが戦前同様闊歩するような時に、後藤田氏のように体を張ってでも、その流れに掉さす人が、今の自民にいないのではないかと、危惧します。

中曽根首相が中東に自衛隊を派遣しようとした時、当時の後藤田官房長官が止められたのは、現実論を踏まえた後藤田氏の「情と理」が、中曽根氏の「情と理」を上回っていたからでしょう。ただ、中曽根氏はそれを受け入れる度量がありました。今の自民にその度量が残っているとも思えません。

年明けのアルジェリア人質事件。悲惨なご遺体で帰還された被害者のご冥福を何よりお祈りします。被害者はこの国の資源戦争の中での犠牲者と言うことも出来ましょう。もし、9条が改憲され、国防軍で徴兵制が施行されたら、こうした若者の犠牲者がさらに増えるのではと恐れます。

後藤田氏は、先の著書でこうも語っています。

「再軍備だってやりたければやって、もういっぺん焼け爛れる者が出ても構わんと言うのならやってもいいよ。しかし今言うことではないな」

私は、徴兵制がないのは、9条がもたらしてくれたこの国の若者の既得権ではないかと思うのです。私たちの世代は、膨大な借金を次代に残した上に、十分に議論もなく、この既得権まで若者から奪っていいのか。現実論を踏まえるなら、それは決してこの国と次代を担う若者に、何の利益も幸福ももたらさないと私には思えるのです。

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2013年01月25日 (金曜日)

23日付け東京新聞が「シリーズ日米同盟と原発」で、原発を導入した読売新聞の正力松太郎を取り上げている。「新聞王 原発の父に 豪腕で初の建設へ」と題するルポである。

ルポの中身は、米国が正力松太郎を利用して、原子力の「平和利用」を日本に持ち込もうとしたというものである。

名誉欲か、それとも政治的野心か、今となってはほとんど知るすべはない。が、マスコミ界から政界入りし、原子力の平和利用で旗振り役を務める正力は、米国にとって頼もしい存在だった。日本の反核世論封じ込めを狙う米国の対日戦略に沿うものだったからだ。

米国公文書館に保管されている文書によると、CIAは読売の正力を「ポダム」を呼び、朝日の緒方(竹虎)を「ポカポン」と呼んでいたという。米国がメディア戦略として新聞を利用していたことを示唆する事実である。

CIAの文書は、読売のポダムを高く評価している。

ポダムは協力的だ。親密になることで、彼が持つ新聞やテレビを利用できる。ポダムとの関係ができてきたので、メディアを使った反共工作を提案できる。

読売新聞や日本テレビを利用した反共宣伝の戦略が、CIAから提案された背景には、国際社会の中でソ連が影響力を強めていた事情もある。その結果、日本では、メディアを世論誘導に利用する戦略が、国民が知らないところで進行していたのである。その先兵となったのが、読売の正力である。

このような事実について、読売は反省しているのだろうか。

最近、読売の主筆兼会長で新聞文化受賞者の渡邉恒雄氏が『反ポピュリズム論』(新潮新書)を出版した。著書の内容については、改めて言及する機会があるかも知れないが、わたしの関心をひいたのは反ポピュリズム論よりも、むしろ渡邉氏がみずから政界を動かしているエピソードを独白している点である。

たとえば「自自連立で小沢・野中の橋渡し」を行ったことを告白している。有権者から選挙で選ばれていない者が、日本の政治を動かしているのである。 新聞人が政界工作の役割を演じる是非は別として、新聞人としての誇りなど捨ててしまったのかという思いにかられる。

ちなみに渡邉氏が率いる読売グループは、最近、読売の方針にそぐわない者に対して次々と裁判を起している

このような人物が新聞業界に君臨していることに対して、強い批判の声が上がらないのも不思議だ。戦いを回避する傾向すらある。それどころか出版業界全体が再販問題や消費税問題で渡邉氏の政治力に期待しているとの説もある。

正力・渡邉といったタイプの人物が日本のメディア界に君臨してきた事実は重大だ。

2013年01月24日 (木曜日)

読売新聞社がわたしに対して提起した3件の裁判が「一連一体の言論弾圧」にあたるとして損害賠償を求めた裁判の控訴審が、23日、福岡高裁で結審した。 判決は、3月15日に言い渡される。

3件の裁判の概要は次の通りである。

■著作権裁判

わたしが新聞販売黒書に掲載した読売・江崎法務室長の催告書を巡る裁判。 江崎氏は、催告書はみずから執筆した著作物なので、わたしに公表権はないと主張した。

(催告書の全文=ここをクリック)

しかし、東京地裁は、催告書の執筆者は江崎氏ではなく、読売の代理人・喜田村洋一自由人権協会代表理事か、彼の事務所スタッフの可能性が極めて高いと認定し、江崎氏の訴えを退けた。高裁、最高裁も下級審の判決を認定して、わたしの勝訴が確定した。

■名誉毀損裁判1

読売が2008年3月1日に断行したYC久留米文化センター前の改廃に伴って、実施された店舗からの折込チラシの搬出を、わたしが新聞販売黒書で「窃盗に該当」と評価した。これに対して読売は、「窃盗に該当」は事実の摘示であると主張。店主の許可を得てチラシを搬出したので、わたしの記事は事実に反し、名誉毀損にあたるとして、2230万円のお金を支払うように要求してきた。

地裁と高裁は、わたしの勝訴。しかし、最高裁が読売を勝訴させ、わたしを敗訴させることを決定して、東京高裁判決を差し戻した。これを受けて東京高裁の加藤新太郎裁判官が、わたしに110万円の支払いを命じた。

■名誉毀損裁判2

週刊新潮に掲載した記事の中で読売の「押し紙」率を約40%と推論したところ、読売が提訴した。読売は「押し紙」率40%は事実の敵示であり、事実に反するとして、5000万円のお金を支払うように求めた。

裁判の中で、読売は同社には、「押し紙」は1部も存在しないと主張。裁判所もそれを認定した。

(「押し紙」は1部もないとする読売・宮本副社長の証言=ここをクリック)

判決は読売の勝訴。裁判所は新潮社とわたしに、総額385万円の支払いを命じた。内訳は次の通りである。

読売本社に対して:220万円

大阪本社に対して:110万円

西部本社に対して:55万円

高裁も読売の勝訴。裁判は、現在、最高裁で継続している。

◆福岡高裁での争点

福岡高裁での争点は、ほとんど著作権裁判だけに絞られた。 ? 読売の江崎氏が催告書の名義を自分に偽って提訴に及んだ行為の責任が追求されたのである。ちなみに「催告書の名義を自分に偽った」という主張は、著作権裁判の中で裁判所が事前に認定している。

(知的財産高裁の判決・認定部分=ここをクリック)

虚偽の事実を前提にして、わたしを裁判にかけたという認定に等しい。もともと江崎氏には、提訴の権利がなかった。それにもかかわらず提訴に及んだのである。その原因が、「押し紙」報道などを口封じすることにあったというのが、黒薮側弁護団の主張である。

かりに最高裁が事実認定しているこの事件で、江崎氏らがなんの賠償責任も負わないとなれば、司法制度そのものの秩序が崩壊しかねない。嘘を前提に他人を法廷に立たせてもかまわないことになるからだ。

◆裁判史上で初のケース

この事件については、その重大性に鑑みて、読売・江崎氏に対する裁判とは別に、催告書を作成したとされる喜田村洋一自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求も申し立てている。

現在、喜田村弁護士が所属する第2東京弁護士会は、2年近い歳月をかけて、この事件の綿密な調査を行っている。日本の裁判史上、催告書の名義を偽って対抗言論を展開するフリーライターを提訴した事件は前例がない。

ちなみに、読売の渡邉会長は、2008年に旭日大授章を受けている。

(喜田村弁護士に対する懲戒請求の準備書面=ここをクリック)?

2013年01月22日 (火曜日)

自民党と公明党は、軽減税率を2014年4月に導入することを見送ったようだ。

 自民、公明両党は20日、消費増税に伴う低所得者対策として検討している、食料品など生活必需品の税率を低く抑える「軽減税率」について、消費税率が8%となる2014年4月からの導入を見送る方針を固めた。軽減税率の導入時期は13年度税制改正の大きな焦点だったが、8%時からの導入を強く求める公明党と「10%以降の検討課題」とする自民党で意見の隔たりが埋まらず、8%時は難しいと判断した。

? 公明党は14年からの導入を見送る場合は、15年10月に消費税率が10%に引き上げられる段階には導入するよう求めており、24日にまとめる与党税制改正大綱に盛り込むかどうか調整を続ける。(時事) 

新聞業界も新聞に対する軽減税率の適用を求めていることから察して、これで当分の間は自社の紙面で政権党の批判を自粛せざるを得なくなるだろう。安倍内閣が改憲など、軍事大国化へと暴走しても、新聞ジャーナリズムが歯止めをかけることは期待できない。

◆公明党・創価学会と新聞社

公明党は、当初は新聞などに対する軽減税率の適用を主張していた。読売新聞の報道によると、「自民側の先送り発言に公明側が不快感」を露わにしたという。

公明党が新聞に対する軽減税率適用にこだわる理由は、複数あると推測されるが、そのうちのひとつに新聞社との親密な関係がある。

周知のように中央紙や地方紙の印刷工場は、公明新聞や聖教新聞の印刷を請け負っている。わたしは昨年、公明党の政治資金収支報告書を基に、公明新聞の印刷を請け負っている新聞社の印刷工場のリストを作成した。工場ごとの印刷収入なども明記した。

(公明新聞印刷工場のリスト=ここをクリック。詳細は、『池田大作と暴力団』[宝島社]53ページ)??

それによると中央紙から地方紙まで、全国28の印刷工場で公明新聞を印刷している。中央紙では、朝日、読売、毎日が印刷を請け負っている。公明党が支出した経費は、梱包代などを含めると、2010年度の場合、約17億円である。

公明新聞の発行部数は、約80万部である。これに対して聖教新聞は、550万部。聖教新聞の印刷に関するデータは、持ち合わせていなが、部数規模から察して、おそらく公明新聞の比ではない。

いわば公明党や創価学会は、新聞社と「ギブ・アンド・テイク」の関係にあるのだ。新聞に対する軽減税率の適用に反対すれば、これまでの両者の関係が崩壊してしまうだろう。

新聞報道をウのみにしてはいけないゆえんである。