2013年10月04日 (金曜日)

3日付け読売新聞がスペインのラホイ首相への単独インタビューを掲載している。その中で読売は、軽減税率についての首相の考えを次のように紹介している。

(略)軽減税率について、「ぜいたく品とパンのようなものは扱いが違ってしかるべきだ」と述べ、生活必需品に軽減税率導入は必要との認識を示した。首相はまた、同国で最低4%の軽減税率を適用している品目の例として、「食料品、本、新聞」を挙げ、「それらが一番重要なものだ」と明言、食料品や知識への課税は慎重にすべきとの考えを明らかにした。

あえて新聞を対象とした軽減税率の話をラホイ首相から引き出して、記事にしているのだ。そこに恣意的なものを感じないだろうか。

周知のように日本新聞協会は、新聞に対する軽減税率導入を主張している。新聞は文化的な商品であるから、他の商品と同一に扱うべきではないとの論理である。

たとえば読売の白石興二郎社長は、今年の6月に新聞協会の会長に就任したさいに、軽減税率の新聞への適用について、「政府や政党関係者だけでなく、広く国民の理解を求めるべく、丁寧に説明する作業を進めたい」と述べている。

(出典=ここをクリック)?

わたしは軽減税率の導入そのものには反対しない。消費税率を上げる一方で、法人税を軽減する安倍内閣の方針そのものが完全な誤りだと考えているからだけではなくて、新聞販売店の経営が悪化の一途をたどっているからだ。

◇ 要求の前にやるべき重大事項が

しかし、軽減税率の導入を要求する前に、新聞経営者は、国会で、あるいは自社の紙面で、これまで新聞業界がひた隠してきた「押し紙」問題についての自己検証をすべきだろう。また、折込チラシの水増し問題についても、同じ措置を取るべきだろう。さらに読売の渡邉恒雄氏は、喜田村洋一・自由人権協会代表理事のサポートを得て、次の裁判を起こすに至った事情を説明すべきだろう。

?黒薮に対する裁判

?清武英利氏に対する裁判

?真村久三氏に対する裁判

?平山春男氏に対する裁判

?七つ森書館に対する裁判

さらに多量の広告により、新聞の紙面が歪められていないかどうかを、識者の見解を参考に検証すべきだろう。特に電力会社や電話会社の広告が、新世代公害「電磁波問題」をタブー視する結果を招いていないか、見極める必要がある。

国会はこれらの事情を踏まえた上で、新聞の文化性を判断し、軽減税率導入の是非を決めるべきだろう。そのために必要な資料は、わたしが提供したい。

■次に示す写真は、「押し紙」(新聞の偽装部数)をトラックで運び出している現場である。

(「押し紙」回収の写真?=ここをクリック)

(「押し紙」回収の写真?=ここをクリック)???

■次の動画は、「押し紙」に付随している折込チラシ(水増し分)を梱包したダンボールを新聞販売店から運び出して、トラックに積んでいる場面である。 ダンボールは岡山市郊外にある収集場へ運ばれ、フォークリフトを使って下ろされる。

? (かくし撮影「山陽新聞・折込詐欺の実態」=ここをクリック)???

■冒頭の写真は、新聞販売店の中に積み上げられた「押し紙」(透明なビニール梱包)と、水増しされた折込チラシ(新聞で梱包)である。

2013年10月02日 (水曜日)

東京・目黒区八雲の住民たちが、携帯電磁波の危険性を知らせるチラシ(上写真は裏面)の配布をはじめた。引き金となったのは同地区に基地局設置の計画が浮上したこと。

幸いにこの計画は、区会議員の地道な努力で中止の見通しとなったが、予期しなかった「騒動」を通じて、住民たちは携帯電磁波をめぐるトラブルを防止するためには、日常的に電磁波の危険性を広く知らせる必要性を痛感した。

そこでトラブルは解決したが、チラシを作成して、広域配布に踏み切ったのである。さらに10月19日(土)には、八雲住区センター(目黒区八雲1?10?5)で、午後6時からで、科学ジャーナリスト植田 武智氏を講師に住民向けの学習会を行う。

チラシの内容は、日本の電波防護指針のデタラメなど、電磁波のリスクを知らせる内容になっている。特定の電話会社を批判したものではない。それだけにかえって普遍性があり説得力が増している。住民の中には、霞ヶ関(総務省前)でチラシを配布したいと話している人もいる。

チラシは各地の住民運動で共通して使える内容なので、別地域で配布を希望される団体があれば、黒薮が目黒の住民グループと仲介します。(連絡先:048-464-1413)

■チラシの全文

みなさん、携帯電話やスマートフォンが人体に及ぼす、健康リスクをごぞんじでしょうか?たとえばフランス政府は健康リスクを踏まえて、2011年4月、14歳以下の子供を対象に携帯電話の宣伝・広告を禁止しました。

また、6歳以下の幼児については、使用禁止という厳しい方針を打ち出しました。さらに隣の韓国では、この8月から子供への影響を考慮し、政府が新たな規制に乗りだしました!

これとは対照に、日本では防犯を口実として、キッズ携帯が普及しています。本当に安全といえるのでしょうか? マイクロ波の恐怖

携帯電話をはじめスマートフォンなどの移動通信機器は、マイクロ波と呼ばれる高周波の電磁波が通信媒体として使われています。最近、このマイクロ波が人体に及ぼす悪影響を示唆する研究・調査が注目されるようになってきました。

2011年5月には、世界保健機構(WHO)の傘下にある国際がん研究機関(IARC)が、マイクロ波に発癌性がある可能性を認定しました。これまで安全とみなして、警鐘の対象にならなかったものに、警鐘を鳴らし始めたのです。事実、携帯電話の使用者に脳腫瘍が多い事実はもはや否定できなくなっています。

携帯電話の基地局周辺で健康被害  しかし、マイクロ波による健康被害は、タバコの受動喫煙と同様に携帯電話やスマートフォンなどを使用者しない人々にも及びます。その第1被害者は、携帯電話からのマイクロ波を送受信する携帯基地局(写真)の周辺に住む人々です。

宮崎県の延岡市では、2009年に携帯基地局の周辺に住む住民30名が、マイクロ波による健康被害を理由に、基地局の撤去を求める裁判を提起しました。地裁判決では、健康被害とマイクロ波の因果関係が、現在の段階では医学的に立証できないことを理由に住民側が敗訴しましたが、裁判所も健康被害が出ている事実そのものは認めました。

提訴に先立つ時期に延岡市が行った住民対象の聞き取り調査によると、健康被害の実態は、調査対象になった60人のうち、「耳鳴りが31人で最も多く、肩こりが16人、不眠が14人」(『朝日新聞』07年12月16日付け)。その後、鼻血なども複数件報告されています。マイクロ波が人体に及ぼす影響を考慮して、世界各国は、電波の規制値や目標値を設置しています。ところが次に示すように、日本が採用している数値は、けた外れに緩やかなものになっています。

携帯電話基地局からの電磁波規制

日本             :1000μW/c?

ザルツブルグ州(オーストリア): 0.0001μW/c?

間違いだらけの日本の規制値  なぜ、数値にこれだけ大きな隔たりが生じるのでしょうか。それはマイクロ波の安全性に関する考え方が異なるからです。マイクロ波には、熱作用と非熱作用があります。熱作用というのは、電磁レンジに代表されるように、ものを加熱する作用です。

これに対して非熱作用というのは、熱作用以外の性質を意味します。その代表格は遺伝子(DNA)の破壊です。原発の放射能から出るガンマ線やレントゲンで使われるエックス線、それに紫外線などに遺伝子を破壊する作用があることは、すでに定説となっていますが、マイクロ波にも類似した作用があるという説が、近年、有力になってきた結果、欧米では極めて厳しい規制値を設定するようになったのです。

マイクロ波の非熱作用を考慮して、電波防護指針の数値を決めるかどうかで、基準値に大きな違いが生まれてくるのです。

ちなみにバイオイニシアティブ・ワーキング・グループ(著名な14名からなる電磁波の人体影響の研究や公衆衛生の政策に関する専門家の集まり)は2013年、従来の勧告値(0.1μW/ c?)よりも更に低い、0.0003?0.0006μW/ c?という厳しい値を勧告しました。

2013年10月01日 (火曜日)

このところ電磁波問題を扱った書籍の出版が相次いでいる。ここ1年の間に、少なくとも6冊の書籍が出版されている。出版年日が新し順番に紹介しょう。

『やっぱりあぶない電磁波』(船瀬俊介 花伝社)

『危ないリニア新幹線』(荻野晃也、懸樋哲夫、他 緑風出版)

『隠された携帯基地局公害』(徳田靖之、高峰真、他 緑風出版)

『携帯電話亡国論』(古庄弘枝 藤原書店)

『携帯電話でガンになる?!』(大久保貞利、上田昌文、植田武智、他 緑風出版)

『本当に怖い電磁波の話』(植田武智、加藤やすこ 週刊金曜日)

いずれの本も小規模出版社から刊行されたこともあり、国の隅々まで電磁波の危険性を知らしめるほどの影響力はないが、良識ある出版人により、新世代公害「電磁波」の危険に警鐘を鳴らす種が撒かれていることは疑いない。

つい最近まで電磁波問題と宗教団体「パナウェーブ」を混同している無知な人々が後を絶たなかった。しかし、WHOの傘下にある世界癌研究機関が2001年に極低周波に発癌性がある可能性を認定したのに続いて、2011年にはマイクロ波(携帯電磁波)にも発癌性がある可能性を認定した事情もあり、科学的な見地から電磁波の危険性を認識する人々が増えている。

欧米では、それが常識になっている。しかし、恐ろしい物に対しては、視線をそらす傾向があることも否定できない。以前、空手道の師範を取材した時、初心者の中には、拳が顔面に接近してくると、無意識のうちに、眼を閉じてしまうひとが多いと話していた。これに対して有段者は、最後まで拳の軌道を見据えて、対処するという。

電磁波問題についても同じことが言える。先日、マイニュースジャパンに荻野晃也氏のインタビューを掲載したところ、電磁波が気になるが、危険性を認めたくない人々が、さまざまなコメントを寄せた。おそらく携帯電話やスマフォに依存している人々である。一部の紹介しよう。

MyNewsJapanってこういうのよく載せるな。この手の記事で他の記事の信憑性を大いに毀損していると思う。買ってはいけないを作った週刊金曜日とそっくりだな。

赤外線まで危険とかw 他人の不安を煽ってる暇があったら、自分の体から出てる輻射をさっさと止めろ

『原発のガンマ線も含め、いわゆる電磁波の仲間は、周波数の高いものから、周波数の低いもの(送電線、家電等)まですべて危険だという考えに立ってきました。』結論ありきにしては論理も実験データも弱すぎる。

同じ人の書いてるhttp://www.mynewsjapan.com/reports/1886を見ると携帯の基地局の近くで奇形植物大発生らしい。へー、じゃあ出力が遙かに大きいテレビ放送用の電波塔の近所はミュータントの巣窟なんですね

◇新聞・テレビは電磁波をタブー視

『やっぱりあぶない電磁波』(花伝社 船瀬俊介)は、多様な論文や実験を紹介しながら、電磁波は高周波から低周波までリスクがあることを紹介している。テレビ塔の周辺で白血病などが増えている海外の実態も紹介している。

 『危ないリニア新幹線』は、リニア新幹線によって発生する深刻な電磁波問題に言及するだけではなくて、リニア計画そのものがいかに馬鹿げた計画であるかを暴いている。荻野氏の最新のレポート「リニア中央新幹線の電磁波問題」が掲載されている。

? 『隠された携帯基地局公害』は、九州でこれまで提起された携帯基地局撤廃を求める住民訴訟の記録である。携帯基地局撤廃を求める住民訴訟は、熊本から始まった。水俣病に苦しんだ地域である。基地局問題に取り組んでいる弁護士らの多くは、水俣裁判にかかわってきた人々である。

? 『携帯電話亡国論』は、著者の古庄氏が全国各地で発生している携帯基地局問題を取材したルポルタージュである。

小規模な出版社が重要な問題を掘り起こしている一方で、日本の新聞・テレビは電磁波問題をタブー視している。電力会社や電話会社が大口の広告スポンサーになっているからだ。

たとえば9月30日付けの読売新聞に、「被災地自治体 心の病 147職員休職」と題する記事が第1面に掲載されている。しかし、原発による電磁波(放射線)の影響である可能性には、まったく言及していない。電磁波(原発のガンマ線の広義の電磁波である)とうつ病の関係は、以前から指摘されているのだが。

 『やっぱりあぶない電磁波』には、「電磁波を浴びるとセロトニン減で抑うつ症に」という記述がある。

数多くの実験で、電磁波を照射されると実験動物の脳内セロトニンが減少することが証明されています。セロトニンは神経ホルモンの一種で、別名「理性ホルモン」。怒りや衝動、攻撃を抑制する作用があります。(略)

? さらにセロトニン欠損は、抑うつ症状態をひきおこすことも知られています。 「抑うつ病の患者は、セロトニンが正常な患者よりも、あきらかに自殺率が高い」(86年、スウェーデン、M・アスバーグ

2013年09月29日 (日曜日)

携帯電話が爆発的に普及するなか、日常生活で電磁波に被曝するリスクが増大し、韓国では先月から規制が強化された。日本では、人体への影響を考える際、原発の放射線と、携帯電話や送電線の電磁波とを区別する傾向があるが、欧米では両者を広義の電磁波問題と捉える。

チェルノブイリ事故の放射線被害と携帯基地局による電磁波被害は、癌以外にも免疫不全や精神錯乱など多数の共通項目が観察された。スリーマイル島の原発事故では周辺にタンポポの巨大な葉が出現したが、これは携帯基地局近くの奇形植物と同じ現象だ。原子核物理学の専門家として伊方原発訴訟(原審・松山地裁)の原告を全面支援し、携帯電話や送電線の電磁波による人体影響も研究領域とする荻野晃也氏は「原発の放射線も、携帯電話の電磁波も、生体への影響はよく似ている」「メディアと最高裁には責任がある」と電磁波問題の深刻さを訴える。

(続きはMyNewsJapan)

2013年09月25日 (水曜日)

9月22日付け読売新聞は、国際大学の学長で、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の座長を務める北岡伸一氏が、「戦前と現代、同一視は不毛」と題する評論を掲載している。

わたしはこの論文を読んだとき、やはり学者の大半は、現場に足を運び事実を検証した上で、みずからの主張を展開する姿勢が完全に欠落していると思った。これは我田引水の評論である。この程度の論考でよく国際大学の学長が務まるものだと驚いている。

北岡氏は、日本の軍事大国化を危惧する人々は、日本が太平洋戦争へと突き進んでいった時代に現在を重複させて自衛力の強化に不安を感じているとした上で、当時と現在の状況が5つの点で異なっていると論じている。それゆえに集団的自衛権の行使を可能にすることは、危惧するには値しないというのである。

◇学者に多い机上の論理

このうち北岡氏が言う第1の「誤解」は、太平洋戦争を始めた時代には、「地理的拡張が国家の安全と繁栄を保証する」という観念が支配していたが、現在はそのような状況にはないという点だ。それゆえに自衛隊の強化を危惧するのは、取りこし苦労に過ぎないと言いたいようだ。

確かに、戦争を否定する世論が国際的な規模で拡大している現在の状況下で、 日本が「新満州国」を築く可能性は皆無である。「新満州国」構想を考えている人など、だれもいない。北岡氏は、だれを指してこのような主張を展開しているのだろうか。

現在における「地理的拡張」とは、必ずしも侵攻先の国を「占領・支配」することではない。時代の変化に応じて、「地理的拡張」の概念も変化している。現在における「地理的拡張」とは、多国籍企業の海外への勢力拡大を意味する。かりに多国籍企業の工場を赤点で表示すれば、赤の領域が多い地域が、多国籍企業による「地理的拡張」が進んでいる国である。

この程度の常識は、国際問題を専門にしている大学生でも理解しているのではないだろうか。

日本は、もともと国内市場を保護することで経済を飛躍的に成長させてきた。そのために企業の海外進出は欧米に比べて遅れをとっていた。ところが円高の進行に伴い、1980年代の中盤から、生産の拠点を日本から、海外へ移す戦略を採用せざるを得なくなっていく。  これに加えてソ連が崩壊して、旧社会主義国の市場が西側へ解放された。1990年代に入って、一気に世界市場が拡大したのである。

◇海外派兵=多国籍企業の防衛の視点が欠落

旧ソ連が崩壊した時、大半の人々は、「これで東西の冷戦が終結した」と考えた。が、実際は国際関係が安定するどころが、米国による軍事大国化の路線が世界を支配するようになったのである。

日本はまずPKOというかたちで、自衛隊を海外へ派遣した。国際協力という口実である。

つまり自衛隊の海外派遣の背景には、日本企業の海外進出と、「米帝国」の世界戦略への加担・便乗という2つの要素があるのだ。しかも、これらは個々バラバラではなく、利害が一致しているのだ。日米共同で海外派兵の体制を整えて、海外に進出した多国籍企業を政変から防衛する体制を整えようというのが、日米の軍事協力の本質である。

「多国籍企業の権益を自国の軍隊が防衛する」??この発想は、戦前から少しも変わっていない。が、タブーに属することなので、マスコミは絶対に口にしない。そのために、日本のメディア報道を見ても、多国籍企業と自国軍隊との親密ぶりがほとんど見えない。

わたしは国際報道の重要な役割のひとつは、日本国内では見えない要素を、海外の典型的な実例を引きながら指摘するこだと思う。その意味では、前世紀までのラテンアメリカは、多国籍企業と軍隊の関係を考える上で、恰好の題材を提供してくれる。

年代順に米軍とCIAによる主な軍事介入(軍事訓練の指導も含む)を追ってみよう。

これらの軍事介入は、すべて進出先の多国籍企業の権益に直結していた。

◇ラテンアメリカへの軍事介入の例

■1954年 グアテマラ

■1961年 キューバ

■1964年 ブラジル

■1965年 ドミニカ共和国

■1971年 ボリビア

■1973年 チリ

■1979年?ニカラグア内戦

■1980年?エルサルバドル内戦

■1983年 グレナダ

■1989年 パナマ

直接の軍事介入はなくても、米国が莫大な軍事援助を行った例としては、ニカラグア内戦とエルサルバドル内戦の時代に、ホンジュラスに対して行った例がある。ホンジュラスを米軍基地の国に変えて、そこをプラットホームとして、ニカラグアとエルサルバドルの革命勢力の弾圧に着手したのである。

中米は、米国のフルーツ会社が巨大な勢力を持つ地域として有名だ。地元の人々が極貧の状態に置かれているのに、港からバナナやパイナップル、コーヒーなどが貨物船で運び出されていくといった矛盾が積もってきた地域である。

このあたりの事情は、拙著『バイクに乗ったコロンブス』(現代企画室)に収録した「将軍たちのいる地峡」と題するルポに詳しい。

◇チリの軍事クーデター

日本でもよく知られている1973年のチリの軍事クーデターは、当時のアジェンデ政権が、米国資本の鉱山を国有化するなどの政策と取ったことなどが背景にある。国有化が多国籍企業の権益を脅かしたのである。

こうした多国籍企業による海外での活動は、今世紀になってますます盛んになっている。が、その一方で世界的な規模で住民運動が台頭している。多国籍企業の独断的な戦略を許さない世論が強くなっている。これが今世紀の著しい特徴である。   ? 当然、多国籍企業が進出先で、批判の対象になることも増えてる。たとえば中国に進出している日本企業の低賃金は、批判対象のひとつである。聞くところによると、日本の多国籍企業は、中国よりも安い賃金を求めて、ベトナムやミャンマーへ進出をはじめているそうだ。

多国籍企業の新天地で政変が起き、多国籍企業の権益を脅かす事態になったとき、軍隊を派兵して鎮圧できる体制を整えておこうというのが、現在の自民党政権が進めている軍事大国化路線の本質である。これを米国と共同で行うために見直そうというのが、集団的自衛権の解釈であり、憲法9条の改正である。

事実、経済同友会が今年の4月5日に発表した「『実行可能』な安全保障の再構築」と題する提言は、改憲によって財界が獲得を目指しているものが何かを露呈している。それは多国籍企業の防衛にほかならない。

(参考=「『実行可能』な安全保障の再構築」の全文)???

余談になるが、憲法9条の改正に賛成しているネオコンの人々は、「日本帝国」の復活を夢見ているひとが多い。が、日本の財界の希望は、日本帝国の復活ではない。そんなことをすれば、アジアでの企業活動に支障をきたすからだ。  彼らが希望しているのは、多国籍企業を政変から守るための、海外派兵体制に他ならない。(続く)

2013年09月20日 (金曜日)

秘密保全法が成立した場合、「押し紙」関連の取材はできるのだろうか。周知のように、秘密保全法案とは、安全保障に関する情報のうち行政機関の長や警察本部長などが、「特定秘密」に指定した情報を漏らした者に対して、最高で10年の懲役を課する法律である。情報提供を求めた側も、情報を提供した側も懲罰の対象となる。「特定秘密」とは、(1)外交(2)防衛(3)安全脅威活動の防止(4)テロ活動防止、に関するものとされている。

結論を先に言えば、取材できなくなる可能性が高い。と、いうのもほとんど知られていないが、日本の新聞店の業務が部分的に、警察の防犯活動とリンクしているからだ。従って上記の(3)と(4)に抵触する可能性が高い。

次に示すのは、読売新聞社の関連団体である読売防犯協力会が、販売店と連携することで防犯活動を推進するために、覚書を締結している都道府県警察のリストである。右は、締結の年月日である。

高知県警 2005年11月2日

福井県警 2005年11月9日

香川県警 2005年12月9日

岡山県警 2005年12月14日

警視庁 2005年12月26日

鳥取県警 2005年12月28日

愛媛県警 2006年1月16日

徳島県警 2006年1月31日

群馬県警 2006年2月14日

島根県警 2006年2月21日

宮城県警 2006年2月27日

静岡県警 2006年3月3日

広島県警 2006年3月13日

兵庫県警 2006年3月15日

栃木県警 2006年3月23日

和歌山県警 2006年5月1日

滋賀県警 2006年6月7日

福岡県警 2006年6月7日

山口県警 2006年6月12日

長崎県警 2006年6月13日

茨城県警 2006年6月14日

宮崎県警 2006年6月19日

熊本県警 2006年6月29日

京都府警 2006年6月30日

鹿児島県警 2006年7月6日

千葉県警 2006年7月12日

山梨県警 2006年7月12日

大分県警 2006年7月18日

長野県警 2006年7月31日

福島県警 2006年8月1日

佐賀県警 2006年8月1日

大阪府警 2006年8月4日

青森県警 2006年8月11日

秋田県警 2006年8月31日

神奈川県警 2006年9月1日

埼玉県警 2006年9月14日

山形県警 2006年9月27日

富山県警 2006年9月29日

岩手県警 2006年10月2日

石川県警 2006年10月10日

三重県警 2006年10月10日

愛知県警 2006年10月16日

岐阜県警 2006年10月17日

奈良県警 2006年10月17日

北海道警 2006年10月19日

新潟県警 2003年3月26日

沖縄県警 2008年6月12日

◇権力構造に組み込まれたメディア

警察サイドに新聞社が権力構造の一部に組み込まれているという認識があれば、新聞批判そのものが禁止される恐れもある。新聞批評、あるいは新聞批判が封じられたとき、戦前・戦中と同じように中央政府による世論誘導が国を支配することになる。その兆候は、すでにオリンピック報道やリニア報道に現れている。

ちなみに読売防犯協力会は、活動の目的を次のように定めている。

(1)配達・集金時に街の様子に目を配り、不審人物などを積極的に通報する

(2)警察署・交番と連携し、折り込みチラシやミニコミ紙などで防犯情報を発信する

(3)「こども110番の家」に登録、独居高齢者を見守るなど弱者の安全確保に努める

(4)警察、行政、自治会などとのつながりを深め、地域に防犯活動の輪を広げる

なお、ここに上げたのは読売の例であるが、警察と協力している販売店は他系統の新聞社にもある。

2013年09月19日 (木曜日)

秘密保全法が今秋の臨時国会で提出される見込みになっている。

秘密保全法案とは、安全保障に関する情報のうち行政機関の長や警察本部長などが、「特定秘密」に指定した情報を漏らした者に対して、最高で10年の懲役を課する法律である。情報提供を求めた側も、情報を提供した側も懲罰の対象となる。「特定秘密」とは、(1)外交(2)防衛(3)安全脅威活動の防止(4)テロ活動防止、に関するものとされている。

この法律が成立すると取材活動が出来なくなり、ジャーナリズムが完全に骨抜きにされる可能性がある。たとえばTPPの問題は、(1)の外交に該当する。自衛隊の批判は、(1)から(4)のすべてに該当する。憲法9条の改悪に向けて、メディアの口封じをしたいという安部首相の意図が露骨に現れている。

住民運動は、(3)(4)にこじつけることができる。

「特定秘密」の範囲はあいまいでどうにでも解釈できる。たとえば携帯電話の基地局の位置と機能、それに所有者である電話会社名は、現在でも非公開になっているが、その理由として総務省は「テロ行為」の防止をあげている。通信網が破壊されたら、国家の安全が脅かされるので、これらの情報は公開できないというのが、彼らの説明である。

かりに秘密保全法が成立すると携帯基地局の電磁波問題は取材できなくなる。基地局に関する情報を提供した者、あるいは取材した者は、処罰の対象になるだろう。こうして言論を封じて、あちこちに携帯基地局を設置し、ユビキタス社会へ突っ走るのだ。

◇秘密保全法を先取りした判決

実は、秘密保全法を先取りする危険な動きは、既に司法界では始まっている。 本サイトでたびたび紹介してきた真村裁判の例を紹介しよう。 ? 結論を先に言えば、この裁判の判決では、新聞販売店主の解任理由として、元店主が取材者であるわたしに「押し紙」(冒頭の写真)などに関する情報を提供したことが、認められたのだ。読売の主張を全面的に認めたのである。

真村裁判は2008年7月、読売がYC広川の店主・真村久三さんを一方的に解任したのをうけて、真村さんが地位保全を求めた裁判である。福岡高裁の木村裁判官(現在は、福岡家裁)は、YCの元店主・真村さんの解任理由のひとつとして、真村さんや彼の弁護団がわたしのジャーナリズム活動を「幇助」したことをあげた。

判決は次のように述べている。

被控訴人(読売)の指摘する黒薮の記事等には、別件訴訟における控訴人(真村)の主張のほか、被控訴人(読売)が、販売店に押し紙を押し付け、それが大きな問題となっていることなどが記載されているが、押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由がると認めるに足りる証拠もない(かえって、控訴人は、平成13年には、現実には読者が存在しない26区という架空の配達区域を設けていたところ、これを被控訴人[読売]も了解していたと認めるに足りる証拠はない。)? ? そうすると、控訴人において、被控訴人による違法不当な行為の存在を指摘することが容認される場合があるとしても、本件は、これに当たらないというべきである。?

???? そして、控訴人(真村)や控訴人代理人(江上弁護士ら)が、上記のような記事の執筆に利用されることを認識、容認しながら、黒薮の取材に応じ、情報や資料の提供を行ったことは明白であり、控訴人は、少なくとも、黒薮の上記記事等の掲載を幇助したというべきであるから、たとえ控訴人自身が、押し紙等の批判をウェブサイト等を通じて行ったものではないとしても、その情報や資料の提供自体が、被控訴人の名誉又は信用を害するというべきであり、本件販売店契約の更新拒絶における正当理由の一事情として考慮し得る 。 ?  判決内容を予約すると、次のようになる。?

黒薮は、「押し紙」についての記事を執筆しているが、「押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由があると認めるに足りる証拠もない」。?

それゆえに真村さんや真村さんの弁護団が黒薮の取材に協力したことは、黒薮の名誉毀損的なジャーナリズム活動を「幇助」したことになる。

それは読売の名誉と信用を害するものである。

従って真村さんを解任する理由として正当である。

これが秘密保全法を先取りした判決である。情報提供者を断罪する判決である。

※真村氏がわたしに提供したとされる情報が具体的に何を意味するのかについては、現在、調査中。わたしには具体的な記憶がない。

2013年09月18日 (水曜日)

『デイリースポーツ』(電子版)によると、読売の渡邉恒雄会長がプロ野球の統一球について、次のように語っている。

 【2011年9月27日付デイリースポーツ紙面より】巨人の渡辺恒雄球団会長が26日、都内で取材に応じ、本塁打の激減につながった統一球に激しくかみついた。今季、ペナントレースの行方については白旗を掲げたうえで「プロ野球の経営者としては統一球ってのはどうだ?コマーシャルベースで考えれば、空中戦のほうが面白い」と、疑問を投げかけた。 ? 首位ヤクルトと6ゲーム差の3位で、優勝は厳しい状況。4位の阪神にも2ゲーム差と迫られている現実に「下手したら4位にもなる。今年はダメだ。来年、どうやって立て直すか」とあきらめ口調の渡辺会長。少し間を空けた後、自ら統一球の話題を切り出した。 ? 「日本だけの野球だったら、何もあんな統一球にする必要ないんじゃないかね。フェンス間際でみんなホームランにならないでアウト。これで観客数が減ってんだよ」。

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この発言内容が事実とすれば、16日にヤクルト・スワローズのバレンティン外野手が達成したホームランの日本新記録に疑問符が付くことになる。厳密に言えば、参考記録でしかない。

◇スポーツ・ジャーナリズムの視点は多彩なはず

たとえば陸上競技の場合、追い風が風速2.0m/sを超えると公認記録としては認められず、参考記録として処理される。トラックを周回する400メートル走や中・長距離走は対象にはならないが、一定の方向へ走る100メートル走や走り幅跳びなどが対象になる。それが記録の公平性を尊重するスポーツの常識だ。ドーピングが禁止され、違反すると厳しく罰せられるのも同じ理由だ。

ところが野球は、肝心のボールを「偽装」していても、記録として認められてしまう。それはさながら「押し紙」(新聞の偽装部数)を、ABC部数として認めているのと同じようなものだ。スポーツ・ジャーナリズムが問題点を指摘しないことが、このような状況を招いている原因のひとつである。新聞記者は、「偽装」の告発には消極的な傾向がある

理由は簡単で、新聞再販などの問題で政界に影響力を持つ渡邉恒雄氏が会長を務める読売が球団オーナーであるからだ。これでは「偽装球」を厳しく批判できるはずがない。

日本のスポーツ・ジャーナリズムは、試合の結果と選手や監督のコメントを伝えるメッセンジャーに過ぎない。オリンピック報道にしても、オリンピック「招致派」のメッセージを垂れ流しているに過ぎない。職能とは無縁だ。

オリンピックを別の視点、たとえばスポーツの政治利用、土建屋利権、広告利権、原発汚染隠しといった視点から問題提起しようという姿勢がほとんど不在になっている。

裁判報道も、やはり同じような傾向がある。訴訟が提起された時と判決が出た時に書面の内容を紹介して、関係者のコメントを掲載するだけだ。本来、司法記者の仕事は、裁判そのものの検証であるはずだが。この作業が不在になっているから、大半の裁判官は自分の出世の妨げにならない無難な判決しか下さない。

スポーツ報道と裁判報道は、日本の新聞ジャーナリズムの性格を象徴している。この2つの分野でどのような報道がなされているかを注意深く観察すると、日本の新聞ジャーナリズムの特徴が見えてくる。

2013年09月15日 (日曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

2020年、東京五輪の開催が決まりました。前回の五輪では、戦後復興の希望に燃える多くの若者がいました。しかし、今は閉塞感、内向き志向が強まっています。それを外に向け敵対心に変えてみても、何の進歩もありません。世界の人々と友情を育み、未来に向かってこの国の立ち位置を探る……。そんな若者を育てるためには、五輪は良い機会です。私は、東京五輪そのものに水を差すつもりはありません。

しかし、「新しい五輪」なら「新しい革袋」にです。五輪のインフラに期待。投入される税金の何割かをかすめ取ろうと言う政治家、官僚、古い体質の経営者の食い物にされ、借金が溜まるだけの五輪なら、止めたほうがましです。 衰えたとは言え、この国の民間企業には、まだまだ多くの蓄えと技術力があります。

五輪は、その日本の技術力を世界に宣伝するいい機会です。民間資金で、必要なインフラを整備。誇示した技術力でビジネスチャンスを見つけ、出資した企業は投資した資金を回収する。私はそんな新しいタイプの経営者が参加する「完全民営化五輪」を提案します。官に頼り、分け前を手に入れようとする姑息な経営者は、もうこの国に必要ないのです。

◇ジャーナリズムの役割は権力の監視

「公共事業は諸悪の根源」のこのシリーズ、今回で6回目です。前回までで官僚がいかに腐敗し、自らの利権のために無駄な公共事業を進めていたか、皆さんにお分かり戴けたと思います。この国を壊した責任は彼らにあります。口が裂けても、彼らを「国を支えて来た優秀な集団」などと呼ぶ訳にはいきません。しかし、監視するジャーナリズムがしっかりしていれば、何とか歯止めが出来ます。でも、残念ながら、そのジャーナリズムも壊れていたのです。

記者の仕事は、「論」より「事実」の報告です。長良川河口堰報道を朝日がどう止めたか。「今更」との読者のご批判も覚悟の上、恥も顧みず、私が具体的経過を書くのは、ジャーナリズムが監視役を放棄した場合、何が起こったかを後世に記録として残して置かねばならないと思ったからです。

既成メディアは、この朝日による長良川河口堰報道弾圧を教訓に、ジャーナリズム本来の精神を取り戻し、五輪報道では権力監視の役割を誠実に果たして行って欲しいと、私は切に願っています。

今回は、私が数々の建設省極秘資料を入手、完全に証拠固めが終わっている河口堰報道を、社会部長から「転勤だから、後輩に引き継げ」などと訳の分からない理由で1行も記事に出来ないまま止められ、1990年9月、名古屋本社社会部から、東京本社政治部に異動してからの話です。

◇朝日4本社にも序列が

朝日には、東京、大阪、名古屋、西部(九州)の4つの本社があります。新聞社が言う「本社」とは、一般会社のそれとは少し意味合いが違います。紙面の編集権を持っているところを「本社」と呼ぶのです。

ニュースは起きたところに近い程、関心が高くなります。遠いと関心は薄く、ニュース価値も小さいのです。全国紙だからと言って、全国一律の紙面を作っていては、読者の関心と一致しません。全国に散らばっている朝日記者は、自分の持ち場に応じた原稿を書きます。編集権を持つそれぞれの本社では、地域のニュース価値に応じ、記者の書いた原稿を取捨選択、見出しの大小も判断し、一つの紙面に作っていきます。

しかし、「本社」と名がついていても、それぞれに社長がいて、対等と言う訳ではないのです。朝日では、社長が常駐する東京が「本社」、発祥地である大阪が「準本社」、名古屋と西部は「支社」と言う位置付けです。

サラリーマン経験のある人なら、その「悲哀」は、お分かり戴けるでしょう。「支社」である名古屋では、幹部の人事権は東京が握っています。東京の「本社」からおかしな人物を幹部に送り込まれると、彼らは自分に都合のいいように「本社」に報告します。地方採用が多い名古屋では、そんな幹部に取り入って、身の安泰を図る人もいます。そんなこんなで、幹部の横暴をなかなか名古屋で止めることは出来ません。

朝日の人事制度は後述しますが、一応、いわゆるキャリア採用の端くれだった私は、とっくの昔に東京本社に異動してもおかしくはなかったのです。でも、前回のこの欄にも書いた通り、当時、名古屋の編集局長や本社代表を歴任した経営幹部との対立で異動が見送られ、40歳を前に初めての「本社」勤務です。

でも、本社なら様々に派閥が拮抗しています。そうそう名古屋のように一人の幹部による横暴は通じません。東京で名古屋社会部長の所業を訴えれば、そのうち潰された河口堰報道も復活出来るに違いないと、私は秘めた思いを持ちつつ上京しました。

◇河口堰報道の再スタートを期待して東京へ

しかし、記者の職場の中でも、社会部と並び最も忙しいのが政治部です。そうそう、自分の思い通りになりません。10年や20年も、政治家との人脈を培って初めてまともに情報が取れるのが、政治記者の世界でもあります。

私はまず、築地の東京本社に行き、政治部長に赴任の挨拶をしました。部長は、名古屋社会部でデスクをしていた時期もあり、私とも旧知の間柄でした。人の顔を見ると、「飲みに行こう」と誘う、もう社内では骨董品になりつつあったサムライの一人です。

実は、私の東京転勤が春から秋に延びたのも、「この部長の就任を待っていたから」との話を、後になって人づてに聞きました。例の経営幹部が私の東京異動に横槍を入れて来ても、この部長なら「社会部畑の人間が、政治部の人事に介入するな」とはねつけるだろうとの読みからだったと言うのです。

部長は、「お前さんは名古屋では大きな顔をしていたが、政治部では新参だ。新人のつもりで頑張ってほしい。1、2年したら名古屋のデスクとして帰すことになっている。今は若い記者と同様、首相番から始めてもらいたい」と、言い渡しました。私の名古屋での確執を知ってか知らずか、「男は黙って、○○ビール」(当時のヒットCM)と言って飲みに連れ出し、政治記者の心得を私に伝授してくれました。

「首相番」と言えば、聞こえはいいです。でも、政治部に配属になった20代後半から30代前半の若い記者が最初に訓練も兼ねて経験する仕事です。テレビでおなじみだと思います。首相の後ろに金魚の糞のように繋がり、一言一句聞き漏らさず、上司に報告するのですが、それだけが仕事ではありません。首相につく秘書官への夜討ち朝駆けもあります。午前6時に家を出て、帰りは翌日午前5時過ぎという日も少なくなかったのです。

とりわけ、私が赴任した頃は、以前のこの欄 (http://www.kokusyo.jp/?p=2530) に書いたように、イラクがクウェートに侵攻した湾岸危機・戦争の真っ最中でした。中東への自衛隊派遣を要請する米国の圧力が強まる中で、当時の海部政権がどう対処するか、一刻たりともその行方から目を離せません。いくら気にかかっていても、河口堰報道を言い出せる雰囲気ではありませんでした。

ただ、首相番のかたわら、中東に自衛隊を派遣するかどうかの連載班にも加わるうち、中年新米政治記者も、半人前程度の仕事はこなせるようにはなりました。

1991年4月には、自民党サブキャップへの配置換え。周りから「ヒト以下の首相番からサブキャップでは、2階級特進だな」と、冷やかされましたが、6月には「遊軍キャップ」の大役が任され、わずか1年足らずで3階級特進。政治部でもそれなりに発言権も出て来ました。

◇朝日のすべてが腐っていた訳ではない

ちょうどその頃です。名古屋社会部で河口堰担当デスクとして、私と名古屋の部長との間で板挟みになっていた人物が政治部デスクとして戻って来ました。この問題に限らず名古屋の後輩からも 社会部長の行動や強引な組織運営に悲鳴のような声が、届いていました。私はデスクに「このままでいいのか」と、相談しました。

二人の会話の中身は信義もあり、ここでは詳しく書きません。とにもかくにも、「あそこまで詰めた取材だ。河口堰の記事を何とか東京本社で復活しよう」と、デスクも協力を約束してくれました。  一方、当時、東京社会部の部長代理も名古屋でのデスク経験があり、私とは親しい間柄です。私の記者としての力量も信用してくれていました。相談したところ、「それはひどい。とにかく東京政治部・社会部の共同でこの報道が出来ないか。きっちり検討してみよう」と、いうことになったのです。 「取材経過を文書にして欲しい」と言われ、私は仕事の合間を縫って報告書を書き上げました。部長代理、デスクの根回しも功を奏し、報告書に基づき東京の政治、社会両部長によって私の取材が再検証され、極秘裏に河口堰報道復活計画が練られたのです。朝日のすべてが腐っていた訳ではありません。

◇「この調子だと名古屋の部長は・・・」

もちろん、取材は完璧で、建設省がウソをついていることの証拠はすべて揃っています。両部長による検討でも、「十分記事にすることは可能だ」ということになりました。ただその頃、うるさ型の名古屋の部長に対する東京本社の雰囲気は、「敬して遠ざける」というものでした。両部長とも名古屋の部長をあまり敵には回したくなかったようです。報道開始に当たって、一つの条件がつきました。

「君が前面に出て、東京で報道すると、名古屋を刺激し過ぎる。悔しい面もあろうが、東京社会部が主体になって報道する。君は政治部員として側面協力する形にする」ということでした。

ここまで取材してきたものが、自分の主導で記事に出来ない。記者としては、こんなに無念なことはありません。しかし、長良川河口堰がいかに無駄な公共事業か、一刻も早く読者に知らせ、工事中止に追い込むことが、何よりも先決です。自分の手柄などと言う低次元の話は、この際、どうでもよいことです。私は条件を、快く受け入れました。   その頃、私の東京での動きを名古屋の部長も薄々察知したようでした。自分で監視出来る名古屋本社へ私を呼び戻す動きを始めていたのです。それまで政治部も、私が社会部デスクとして名古屋に戻るのは、早くても1992年春と考えていました。でも、「もっと早い転勤にならないか」と、政治部へ水面下の打診が、名古屋から来ていたようでもありました。

私はある日、政治部幹部に呼ばれたのです。「この調子だと名古屋の部長は、近いうちに君を古巣に戻すだろう。君は政治部でもそれなりに仕事をしてくれた。名古屋に戻れば、何をされるかわからない。このまま政治部に残ってはどうか。君の希望があれば、先手を打ってその方向で考えたい」。政治部での私の今後の仕事、ポストについても具体的な提示も受けました。

◇記者としての覚悟

私には、長い警察記者経験があります。しかし、容疑者を他社より半日早く報道出来るかどうかで骨身を削る仕事は、もともと好きではありません。当初は政治部志望。調査報道を長くやっていると、「何より政治が変わらなければ」との思いも強くなっていました。有り難い話ではあったのです。ただ、河口堰報道がどうなるか、何よりそれが気掛りです。

あれほど取材を尽くしたのに、まだ1行も記事になっていません。多くの人にひとかたならぬお世話になって、やっと出来た取材です。にもかかわらず、なぜ記事に出来ないか、何一つ説明も出来ないまま名古屋を去らざるを得なかったのは、前回のこの欄でも報告した通りです。

河口堰報道を止めた経過はあまりにも異常です。一人の部長の横暴だけとはとても思えません。朝日の中で何か大きな力が裏で働いているのではないかと、薄々感じていた私は、東京で本当に記事にしてくれるのか、両部長の了解だけでは、まだ確信が持てていませんでした。

もし出来ないなら、協力者を結果的に裏切ったまま、政治部に留まる選択は、私には出来ません。それに、「『政治部転勤』と『河口堰報道』を取り引きしたのではないか」という、社内の心ないウワサにも根拠を与えてしまいます。

先輩・後輩からも、名古屋社会部の荒廃ぶりを嘆く声が届き、「君が戻って何とかせよ」と、言ってくる人もいました。私にとって、名古屋は大事な古巣です。名古屋に一旦戻り、部長と闘ってでも立て直す以外にないと、柄にもなく男気を出した面もあります。

「心配して戴いて恐縮です」。私は政治部に謝意を伝えるとともに、「将来のことはともかく、名古屋の部長が何か言ってきたら、部長の望み通り、名古屋に戻ってやろうじゃないですか」と、名古屋を土俵に部長とわたり合う覚悟を伝えました。

◇「名古屋で潰した報道を、東京で蒸し返すのか」

何度も、翻意も促されました。でも最後は了解してもらいました。「もう、異動は遠くないかも知れない。最後にしたい仕事はないか」と聞かれ、私は迷わず、「建設省クラブに所属したい」と、答えました。

東京で河口堰報道が開始出来るなら、それに越したことはありません。その場合でも、私が建設省クラブにいると好都合です。もし出来ずに名古屋に戻ることになっても、その時の経験は何かと今後の河口堰取材にとって有益です。

政治部幹部から、「内政キャップにするから、自治省担当はどうか」とも尋ねられました。通常は、内政キャップは自治省担当が務めるからです。でも、私はあくまでも「建設省」にこだわりました。

「なら、建設省担当でいい。でも、内政キャップの肩書きはつけておくから…。自治省担当記者をキャップ代行にする。実質、キャップの仕事はやらなくていい。存分に、建設省の中を見ていきなさい」と、温かい言葉をかけてもらいました。政治部キャップの肩書きをつけた私を名古屋に戻すなら、名古屋の部長も、それなりのポストを用意しなければならず、むげには扱えないだろうとの政治部の温情でした。

相前後して、東京社会部の担当デスク、担当記者の選任も終わり、東京本社で、河口堰取材の体制が出来上がりました。私も建設省記者クラブに所属。社会部の担当記者も名古屋社会部からの旧知の間柄で河口堰にも詳しく、打ち合わせもすんなり終わりました。

もともとデータは完全に収集し終わっている話です。私の書いた予定稿を「引き継いだ」名古屋では跡形もなく消えていても、フロッピーにコピーして持って来ています。最終の詰めをし、いつ口火になる記事をフロッピーから取り出して出稿するか。スケジュールもおおまかに決め、順調な取材班のスタートに見えました。

でも、その直後です。突然、私は政治部に呼ばれました。名古屋の部長から電話があり、「名古屋で潰した報道を、東京で蒸し返すのか」と、えらい剣幕だというのです。

「東京社会部で担当デスクになったのは俺の子分だ。電話をしたら、『やらない』と約束した。政治部だけでやることはないだろうな」。そう言って、すごんできたと聞きました。政治部が確かめると、東京社会部長にもほぼ同様の電話があったとの話です。「子分」なんてヤクザの世界でもあるまいし…、です。でも担当に決まっていた社会部デスクが、「やらない」と尻込みしているのも事実でした。

◇社内のキャリア組とノンキャリア組

調べてみて、名古屋の部長に漏れた経緯もつかみました。でも、そんなことはどうでもよかったのです。私はむしろ「ついに名古屋の部長も、焦って墓穴を掘った」と、内心ほくそえんだのです。

何故なら前述の通り、朝日では、実質、東京本社、名古屋支社の位置付けです。名古屋の部長より東京政治部長や社会部長ははるかに格上。二人は、私の取材報告も読んでいます。名古屋の部長の行為は、新聞社では絶対あってはならない報道弾圧そのものだと、すぐに分かるはずだからです。「これで名古屋の部長は何をやっているか、東京でも明白になる。ただでは済まないはず」と、思いました。

その頃、政治部長は「サムライ」から人は良いが、「お公家さん」と呼ばれるおとなしい学者肌の人に代わっていました。しかし、社会部長はやはり酒好きの「サムライ」の一人でした。名古屋の部長とは犬猿の仲。周りは「マングース対コブラの闘い」と茶化していました。「マングース」なら「コブラ」にとどめを刺してくれると踏んだのです。

その時は、両部長が名古屋の部長を恐れる理由は、何もないと私は思っていました。今は少し朝日の人事制度も変わってきましたが、その頃の朝日は、国の官僚・キャリア制度を批判しても、それと変らない官僚機構でした。

前にも少し触れましたが、定期入社試験に合格して入社、社内では「練習生」と呼ばれるキャリア組。安い給料で働く「地方通信員」などを経験して、やっと社員の身分を得た地方記者採用、支局や社内アルバイトをして見出され、入社した人たち。それに他社の記者から入ってくる途中入社組。これらの人たちは、いわゆるノンキャリアです。

主要幹部のほとんどはキャリアが占め、二人の部長ももちろんキャリアです。名古屋の部長は、記者としての実績が高くても、他社から採用された途中入社組です。私も名古屋に長く置かれも、一応キャリア組です。幹部とぶつかり抵抗しても、大幅な左遷はされず、名古屋ででかい顔をしていられたのはそのためでもあったのです。

私も一度の入社試験で記者の値打ちを決めるようなキャリア制度は、決していい仕組みとは思っていません。ただ、一つだけ利点を探せば、キャリアはある程度、身分が保証されています。組織が倫理を踏み外すことがあれば、堂々と異論を唱え、是正を求めやすい立場です。

これがキャリア制度の組織に備わった唯一の自浄の仕組みです。私もキャリアの端くれである以上、自浄作用を働かせる義務があると思ったのも、ここまで幹部に対し抵抗した理由も、そこにあったのです。

普通、ノンキャリアが問題を起こしたり、上司に嫌われれば、途端に飛ばされるのも組織の常です。今回はキャリアの部長同士の決定に、ノンキャリアの名古屋の部長が盾突いたのです。名古屋の部長の方が切られて当然と思えました。

◇河口堰報道をつぶすための監視体制

ただ、国の官僚機構もこうした自浄作用がありながら、どうして腐り切ってしまったか。私は河口堰以外でも多くの調査報道を体験してきました。その時垣間見たのが、強大な人事権を持つ幹部キャリアが、自分の手下としてノンキャリアを使って汚いことをやらせ、自分は手を汚さずに上澄みを手に入れる構図でした。

使われたノンキャリアもそれなりに地位を得ました。異論を唱えた真面目なキャリアは飛ばされました。抵抗せずに仕方なく幹部に従ったキャリアは、そのうち抵抗感を失い、自分も幹部になるとノンキャリアを使い、同じことを繰り返しました。これが官僚組織の倫理観をどんどん衰退させ、国の行く末さえ危うくしている原因だと、私は思っています。

朝日のキャリア制度の裏で何が起きていたか。もちろん様々な傍証、伝わってくる間接証言から、ある程度のことは私も分かってはいるつもりです。でも、自分の組織に向かって調査報道を仕掛ける訳には行きません。記者は自分が体験したこと、直接証拠を入手したものは書きます。しかし残念ながら、それ以外は書かないのが職業倫理です。申し訳ないのですが、ここではこの程度の表現でご勘弁下さい。

ただ、「国の官僚組織ほど朝日の組織は腐っていなかった」と言い切ることは、私にはとても出来ません。とにもかくにもこの時、東京の両部長が出した結論は、「名古屋で始めた取材だ。名古屋の部長が『やらない』と判断した以上、東京では出来ない」と言うことだったのです。

私にその時、「何で」と言う気持ちと「やっぱり」との思いが交錯していました。私に結論を伝えにきたデスクも苦しい表情でした。もちろん「おかしい」と私は訴えました。でも、結論が変わることはありませんでした。

両部長が二人でこっそり決めた結論ではなかったはずです。何より両部長が名古屋の部長に遠慮しなければならない理由はありません。東京編集局全体で導いた結論なら、何処から両部長すら黙らせる強い力が働いたかです。

東京本社の廊下で私とすれ違った東京・社会部長は、口にチャックのゼスチャーをし、一言、「身のためだ」と言って通り過ぎました。「マングースも偉くなると、コブラも捕らなくなるのか」。この決定を知る人は朝日の中でごく少数でしたが、そんな人からこんな声も出ました。「マングース」も内心、忸怩たるものがあったはずです。

東京本社でも部長の許可がない以上、記事を書けません。指をくわえるしかなかったのです。しばらくして、名古屋の部長から私を「新設の豊田支局長に異動させる」との話が政治部に舞い込みました。

豊田は愛知県豊田市にあり、名古屋社会部が統括する支局の一つです。それまで一人勤務の地方の通信局でした。「トヨタ自動車の隆盛に伴い、取材拠点を強化する」として、二人勤務の支局へ昇格させ、「トヨタへの手前もあるから、初代支局長は、政治部経験者がいい」が、私の人事の表向きの名目でした。

ところが名古屋社会部の同僚に聞いてみると、内情は違いました。支局は支局長、支局員の二人制でしたが、トヨタの担当は、経済部員兼務の支局員。支局長に指揮権はなく、支局長はトヨタの正面取材ではなく、今までの通信局長時代と同様に、地方版を中心に一人で地域を担当するという職務分担が経済部との覚書であらかじめ決められていました。

何よりも支局開設を前提にその夏、私よりはるかに年下の経済部員を「支局長にしてやる」と、豊田通信局長に異動させていたのです。その約束を数ヶ月で反故にし、他の支局員に異動させて、私を後釜に据える強引さでした。

政治部キャップなら、次に他本社に異動してもそこのデスクと相場は大体決まっていました。政治部もだからこそ、私にキャップの肩書をつけたままにしてくれていたのでしょう。しかし、名古屋の部長には、そんな社内の常識、配慮さえ通用しません。

東京に置くと、私を制御出来ません。後々、今回のように河口堰報道を蒸し返されると面倒になります。かといって名古屋社会部本隊に私を戻せば、河口堰報道再開を強く求めてくるのは目に見えています。豊田なら、河口堰は管轄外。いくらでも取材をストップさせる名目は立ちます。名古屋の部長の意図は、そんなところだったのでしょう。

◇視線の先には、自民党建設族のドンが、広い一室の中央に陣取って・・・

政治部長から「本当に名古屋に戻っていいのか」と、再度、意思確認を求められました。周りからも「断って、政治部に残れ」と、説得を受けたのも事実です。しかし、残っても河口堰報道が再開出来るメドはありません。 何と言っても、豊田も名古屋社会部の組織です。上司、部下の関係で、部長と直接やり合う方が早道と、その時は考えました。「名古屋の部長が、挑戦状をたたきつけた以上、戻って闘いたい」と、私はきっぱり政治部長に決意を伝えました。

豊田への異動は1992年元旦付けに決まりました。年末ぎりぎりまで、国の予算編成取材で建設省の記者クラブに残っていました。最後の記事を書き終えた夜のことです。同僚から「ちょっと面白い場所がある」と誘われ、国会裏のホテルに出掛けました。

覗(のぞ)くと、私の夜回りで名古屋の部長を「○○ちゃん」「○○ちゃん」と親しげに呼んでいた自民党建設族のドンが、広い一室の中央に陣取り、公共事業の予算配分や割り振りを、陣頭指揮をしていました。

「最後に見ておいた方がいいと思って……。今後、何かの記事を書く時、ネタの一つにはなるでしょう」。同僚は、そう言いました。

なるほど、社会部記者では警戒され、絶対見られない光景です。私たち政治記者に見せるにこやかな顔とはまるで別人のドンは、厳しい表情で、あれこれ取り巻きの代議士や建設官僚に指示を出しています。私は、本当の「河口堰の現場」、無駄な公共工事の元凶・中枢と言える場所を、その時初めて見た思いがしました。

政治部に残った方が良かったのかも……。後ろ髪を引かれ、建設省記者クラブに戻った時です。「何でこんなに早く、転勤になるのか」と、声を掛けて来た他社も記者もいました。

クラブにある程度の時間までいると、建設省の広報担当者が飲みに誘って来ます。金の出所も定かでない誘いにうっかり乗ると、どこで足をすくわれるか分かりません。

私は断り続けていたのですが、振り向くと誘いに乗り、よく出掛けていた記者の一人でした。この人物は、建設省外郭団体の広報誌にも原稿を書き、小遣い稼ぎもしていたことも知っていました。「どっぷり浸かってしまった俺たちはもうだめだ。でも会見で鋭い質問をする君には期待していたんだ……」。そう言って、私の肩をたたき、別れを惜しんでくれました。

申し訳ありません。ここまで書いて来たところで、また今回の紙数が尽きました。こうして私は東京本社から豊田支局に向かったのです。再び、名古屋部長との死闘が始まったことから、次回は始めたいと思います。ぜひ次もご愛読頂ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2013年09月13日 (金曜日)

携帯電話の基地局設置後、周辺で奇形植物が続々と出現 電磁波と複合汚染の懸念

携帯電話の基地局周辺で奇形植物が出現している――そんな住民からの情報をもとに、長野県の木曽町と伊那市の現地に赴き取材すると、ナスビやヒマワリ、クローバ、キュウリ、タンポポなどに奇形が現れていることが分かった。

地元紙『信濃毎日新聞』には読者からの奇形植物の写真が多数投稿され、「公害」の認識がないまま「珍現象」として紹介されていることも分かった。生態系破壊の原因を基地局の電磁波だけに限定することは出来ないが、木曽町の学童保育所に勤める鈴木真美さんは「基地局が設置された後、あまりにも集中して奇形植物が現れた事実は重い」と証言する。

木曽町と伊那市では、基地局設置と連動して奇形が出現しており、因果関係がある可能性は高い。WHO傘下の国際癌研究機関が2011年に携帯電磁波(高周波電磁波)の発癌可能性を認定しており、「基地局リスク」は否定できなくなっている。自然界が発する人類への「警鐘」を報告する。(続きはMyNewsJapan) 

【参考資料】  NTTドコモは、携帯電磁波のリスクについて、「当社グループは積極的に無線通信の安全性を確認しようと努めておりますが、更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。」と述べている。以下の記述である。

(12)無線通信による健康への悪影響に対する懸念が広まることがあり得ること??

世界保健機関(WHO)やその他の組織団体等、及び各種メディアの報告書によると、無線通信端末とその他の無線機器が発する電波は、補聴器やペースメーカーなどを含む、医用電気機器の使用に障害を引き起こすこと、ガンや視覚障害を引き起こし、携帯電話の使用者と周囲の人間に健康上悪影響を与える可能性を完全に拭い切れないとの意見が出ております。?? 無線電気通信機器が使用者にもたらす、もしくはもたらすと考えられる健康上のリスクは、既存契約者の解約数の増加や新規契約者の獲得数の減少、利用量の減少、新たな規制や制限並びに訴訟などを通して、当社グループの企業イメージ及び当社グループの財政状態や経営成績に悪影響を与える可能性もあります。?? また、いくつかの移動通信事業者や端末メーカーが、電波により起こり得る健康上のリスクについての警告を無線通信端末のラベル上に表示していることで、無線機器に対する不安感は高められているかもしれません。研究や調査が進むなか、当社グループは積極的に無線通信の安全性を確認しようと努めておりますが、更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。

(出典=ここをクリック)??

2013年09月11日 (水曜日)

携帯電話の基地局問題を取材してきた関係で、電磁波の安全性についての電話会社の説明に2つのタイプがあることが分かった。

1、「電波防護指針(安全基準)を守って操業しますから安全です」

2、「電波防護指針(安全基準)を守って操業します・・・・」

同じ答弁のように感じられるかも知れないが、実はかなり異なる。1は文字通り、「国の安全基準を守って基地局を操業するので、電磁波による人体影響はない」という意味である。ほかの意味はない。

これに対して2は、「国の安全基準を守って基地局を操業するので、後年、電磁波の人体影響が生じても、われわれには責任がありません」という意味である。

わたしの個人的な印象であるが、近年、?の説明をおなう電話会社の社員が増えている。「安全」とは口が裂けても言わない。「国の安全基準を順守します」とだけ言う。おそらくマニュアルがそんなふうに指示しているのではないかと思う。

本サイトでも繰り返し言及してきたように、日本の電波防護指針は、他国に比べて極めて緩やかに設定されている。

日本 1000μW/cm2

スイス 4μW/cm2

イタリア 10μW/cm2

ロシア 2.4μW/cm2

中国 6.6μW/cm2

ICNIRP 450μW/cm2

ブリュッセル 2.4μW/cm2

ザルツブルグ 0.0001μW/cm2 (目標値)

EU 0.1μW/cm2(屋外提言値)0.01(屋内)

また、バイオイニシアティブ・ワーキング・グループ(著名な14名からなる電磁波の人体影響の研究や公衆衛生の政策に関する専門家の集まり)は、2013年、従来の勧告値(0.1μW/?)よりも更に低い、0.0003〜0.0006μW/cm2という厳しい値を勧告した。

 日本の基準値は、1000μW/cm2 であるから、他の地域とは比較にならないほど高い。

◇電磁波はエネルギーの大小にかかわりなく危険

日本の基準値はなぜ、飛びぬけて高いのだろうか。それは1980年代までの古いデータを基礎資料として、基準値を設定しているからだ。言葉を代えれば、携帯電話や携帯基地局の電磁波が危険視されるようになる前の時代の研究に基づいて基準値を決め、今もそれを放置しているからにほかならない。

電磁波の仲間には、エネルギーが強いものとしては、原発のガンマ線やレントゲンのエックス線などがある。これらの電磁波がDNAを破壊することは、周知の事実になっている。

一方、エネルギーが低い高周波や低周波の電磁波には、DNAを破壊する力がないと考えられてきた。安全という説が有力だった。

ところが1979年に米国で、小児白血病と送電線(低周波)の関係を指摘するワルトハイマー論文が発表されたのを機に、エネルギーが低い電磁波についての研究が加速し、電磁波はエネルギーの大小を問わず、様々な人体影響を及ぼすという説が有力になってきたのである。

そして2011年5月にWHOの傘下にある国際癌研究機関が、マイクロ波(携帯電磁波)の発癌の可能性を認定したのである。

こうした流れを把握しているか否かで、基準値も異なってくるのである。

と、なれば日本政府は、防護指針を見直さなければならないはずだ。しかし、依然として1000μW/cm2 という、とんでもない値を放置している。マスコミもほとんど、この問題を報じない。経営が政府広告に依存しているからだ。

◇NTTドコモは電磁波のリスクを宣言

しかし、電話会社はマイクロ波の人体影響を無視することが、長いスタンスで見ると自社に不利に働くと考えたのか、たとえばNTTドコモは、自社のホームページで、次のように警告を発している。

 (12)無線通信による健康への悪影響に対する懸念が広まることがあり得ること ?

世界保健機関(WHO)やその他の組織団体等、及び各種メディアの報告書によると、無線通信端末とその他の無線機器が発する電波は、補聴器やペースメーカーなどを含む、医用電気機器の使用に障害を引き起こすこと、ガンや視覚障害を引き起こし、携帯電話の使用者と周囲の人間に健康上悪影響を与える可能性を完全に拭い切れないとの意見が出ております。 ? 無線電気通信機器が使用者にもたらす、もしくはもたらすと考えられる健康上のリスクは、既存契約者の解約数の増加や新規契約者の獲得数の減少、利用量の減少、新たな規制や制限並びに訴訟などを通して、当社グループの企業イメージ及び当社グループの財政状態や経営成績に悪影響を与える可能性もあります。 ? また、いくつかの移動通信事業者や端末メーカーが、電波により起こり得る健康上のリスクについての警告を無線通信端末のラベル上に表示していることで、無線機器に対する不安感は高められているかもしれません。研究や調査が進むなか、当社グループは積極的に無線通信の安全性を確認しようと努めておりますが、更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。

(アクセス先=ここをクリック)

「更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。」と、はっきりと述べているのだ。ある意味では、政府よりも良心的だ。   ? 一方、裁判所は、これまで起こされた携帯基地局の操業中止を求める裁判で、すべて電話会社を勝訴させている。国の規準を守っているうえに、電磁波による健康被害が医学的に立証されていないというのが、その主要な理由である。

かつて最高裁は、原発の操業停止を求める裁判でも、ことごとく電力会社を勝訴させた。それが誤りであったことが、福島第1原発の事故で立証された。最高裁は、判断を間違っていたのである。ある意味では、東電よりも罪が重い。

今、携帯基地局の問題でも、延々と同じ誤りを犯している。

2013年09月09日 (月曜日)

スタンピード(Stampede)現象という言葉を御存じだろうか? ウエブサイト「Klugクルーク」の用語説明は、スタンピード現象を次にように定義している。

もともとの意味は、牛の群れなどが、銃声などのきっかけでどっと一方向に逃げ出すこと。転じて、相場の世界では、参加者が群集心理として一つの方向に一気に流れていく現象を指す。

この言葉を頻繁に使って日本のマスメディアの体質を批判していたのは、元共同通信記者で故人の斉藤茂男氏だった。あるテーマをひとつのメディアが追い始めると、他のメディアも、これに乗り遅れまいとして、羊の群れのように同じ方向へ突進していく。このような状況は、昔から変わらない。

9月8日に東京オリンピックの招致が決定すると、テレビも新聞も一斉にオリンピック報道へ走りはじめた。テレビはどのチャンネルもオリンピック一色である。8日の午後には、インターネット上に早くもJALやコカコーラなどのオリンピック便乗広告やCMが登場している。

しかし、オリンピック招致に疑問を呈する声も、インターネット上では広がっている。今後、利権をむさぼり、ぼろもうけに走る土建屋と広告代理店に対する不信感を表明したもの。多額の税金がオリンピックの準備に投入されることへの疑問を呈したもの。さまざまなオリンピック批判の視点があるが、マスコミ報道にはこれらの視点がほとんど不在になっている。その筆頭はNHKである。

参考までに、ウエブサイトに掲載された元毎日新聞・運動部記者の大野晃氏の論評を紹介しよう。実に冷静で客観的な分析である。

(参考記事:五輪を利した安倍首相の暴走許すまじ)  

オリンピックの是非は別として、オリンピックを批判する観点に立ったマスメディアが皆無という実態は異常だ。たったの1社もない。これが典型的なスタンピード現象である。逆説的に見れば、現在のオリンピック報道を注意深く観察してみると、日本のマスメディアの本質、あるいはマスメディアによる世論誘導のノウハウが見えてくる。

なぜスタンピード現象を起こすのだろうか? 答えは簡単で、祝賀ムードに水を差すと、視聴率が減ったり、新聞の販売部数が減るからだ。ジャーナリズム活動を「お金儲け」の方法としか考えていないからだ。

◇武田恆利会長が都知事に27億円の補助金を請求  

東京都は、今回の招致活動にどの程度の金額を支出したのだろうか?実は、わたしは今年に入ってから、この問題を調査している。調査が完了していないので、記事化は控えていたが、入手した資料の一部を紹介しておこう。

次に示すのは、招致委員会の武田恆利氏が東京都知事に対して請求した補助金の明細である。

平成23年 9月1日     4070万円

平成23年10月3日  1億1430万円

平成24年2月27日  1億9200万円

平成24年4月2日  7億9287万5000円

平成24年6月28日    937万5000円

平成24年9月21日   7億2687万5000円

平成25年4月1日   8億2677万8000円

補助金という一項目だけでも総計で約27億円に上るのだ。武田氏は、これらの金額を石原慎太郎・知事と人名空白の知事宛てに直接請求している。

その証拠は次の通りである。

■出典:補助金請求書PDF

使い道の明細については、これから調査する予定。寄付金の総額と使い道についても検証が必要だ。