2014年05月14日 (水曜日)

読者は、5月2日付けでMEDIA KOKUSYOに掲載された「折込広告、「動画」大量破棄される県民共済のパンフ、表示された適正広告枚数が新聞の発行部数を超える実態 」と題する記事を記憶されているだろうか。次の記事である。

http://www.kokusyo.jp/?p=5658

この記事の中で、わたしは「全国販売店統一コードシステム」と呼ばれるデータを紹介した。これは折込広告の適正枚数を新聞社ごとに示したもので、広告の勧誘に使われる。更新も毎日行われる。

その「全国販売店統一コードシステム」で表示される数値の不自然さ?(折込広告の適正枚数が新聞の公称部数を上回っている)?をMEDIA KOKUSYOで指摘したところ、リンクが切断されてしまった。下記の通りである。

http://geo.cis-mapple.ne.jp/tsyukei/tsyuukei_L.html

そこで参考までに、わたしが保存している古いデータと現在のデータを以下に表示しておこう。

◇折込広告枚数>実配部数+予備紙+押し紙

【2012年9月18日】

読売:10,668,295

朝日: 7,928,930

毎日: 3,931,720

【2014年5月1日】

読売:10,491,400

朝日: 7,761,490

毎日: 3,875,430

これらの数字が、適正な折込広告の発注枚数とされている。ちなみに新聞の発行部数は次のようになっている。最新の情報だが、上記の2014年5月1日のデータとは、若干の時間の連れがある。とはいえ全体の傾向は反映している。

読売:9,690,937? [出典]

朝日:7,785,884 [出典]?

毎日:3,396,214??[出典]

2014年5月1日の適正な折込広告・発注枚数と新聞発行部数を比較して奇妙なことに気づかないだろうか。読売と毎日は、適正な折込広告・発注枚数が新聞の発行部数を上回っているのだ。

これについて関係者は、50枚単位で数字「切り上げ」た結果だと説明しているが、かりに新聞の予備紙と広義の「押し紙」が一部も存在しないとしても、折込広告の方が過剰になる。広告代理店は受注した折込広告をすべて配達していないことになる。

このような問題を広告主の業界団体はどのように考えているのだろうか。今後、広告主に直接情報を提供して、取材する予定だ。

 

2014年05月13日 (火曜日)

マスコミによる世論誘導が露骨になっている。こうした状況下で、メディアリテラシーを意識しながら、マスコミ報道に接しているひとの多くが、わたしと同じ危惧を感じているのではないだろうか。世論誘導は、常に国民が気づかないうちに進行しているものだ。それゆえに危険きわまりない。

たとえば9日付けの読売と毎日は、2040年に若年女性の人口が半減するという予測を報じた。タイトルは次のようになっている。

〔毎日〕896自治体消滅の恐れ 若年女性2040年半減 有識者団体「子育て支援を」

〔読売〕896自治体 若年女性半減 2040年推計 東京集中に警鐘 有識者会議

同じ内容なので、同じ情報源をもとに記事化したものと推測される。記者クラブで得た「たれ流し用」の情報の可能性もある。

それから2日後、田村憲久厚生労働相が年金の支給開始年齢を75歳程度まで繰り下げる可能性をほのめかした。これについて毎日新聞は、次のように報道している。

田村憲久厚生労働相は11日のNHKの番組で、基礎年金の受給開始年齢を受給者の判断で最長70歳まで繰り下げて手取り額を増やせる現行制度について「選択の幅をのばすのは一つの方向性としてはある」と述べ、75歳程度までの繰り下げを選択できるようにすることを検討する考えを示した。 ? ?

直感の鋭い読者は推測できると思うが、人口減に伴い1人の若者が1人の高齢者を支える「肩車型社会」が到来することを報じた直後に、国策として年金の支給年齢の繰り下げを行う必要性を提起すれば、「それも止むをえない」と考える世論が形成される。

ちなみに人口減は事実である。が、その事と将来の財源不足は問題の本質が異なる。と、いうのも政府は、財政難を口にしながら、どんどん法人税を安くしているからだ。新自由主義の政策そのものが、財政支出を縮小して「小さな政府」を作り、大企業の負担を軽減することにあるわけだから、財源不足になるのはあたりまえである。

それゆえに財政難の問題は、むしろ新自由主義という国策が誤っている結果、生じるのである。それを打開するために、公共サービスの民営化が進んでいるわけだが、このような制度下では、お金のない人は、切り捨てられてしまう。 公的機関による福祉の概念も消えてしまう。

◇東シナ海

中国による南シナ海進出のニュースの露出と、安倍内閣による改憲へ向けた動きも連動している。中国船がベトナム船に体当たりした事件と、安倍内閣が憲法解釈見直しによる集団的自衛権行使論を活発化させた時期も一致している。

中国船がベトナム船に体当たりした事が事実であるにせよ、南シナ海での領有権争いは、はるか以前からあった。しかし、今回のケースほど繰り返し報じられたことはなかったのではないか。何度も衝突の画像が流された。

その一方で政府は、解釈憲法の議論に踏み出した。これもメディアによる世論誘導にほかならない。

◇安倍首相と「押し紙」問題  

なぜ、マスコミは国策に協力するのだろうか。新聞・テレビに限って言えばそれは、経営上の汚点を握られているからだ。汚点の典型例のひとつが広義の「押し紙」問題である。「押し紙」とは新聞の偽装部数だ。あるいは残紙。

たとえばAという新聞販売店が2000部しか新聞を配達していないのに、3000部を公称部数にする。それにより紙面広告の媒体価格を釣り上げる。

また、折込広告の適正枚数が新聞の公称部数に連動する基本原理を悪用して、広告主に対して詐欺的に、必要枚数を超えた折込広告を発注させる。次の動画は、過剰になったユニクロのチラシが段ボールに梱包されて、大量破棄される 場面である。

このような行為の取締は、警察や公取委が担うので、新聞社とその系列テレビ局は、国策のPR部隊とならざるを得ない。メスを入れられると、新聞社は倒産する。

驚くべきことに、安倍首相も「押し紙」問題を把握している。次のPDFは、2006年3月24日の参議院予算員会で安倍晋三国務大臣(当時)が、「押し問題」について述べた部分である。

安倍首相は、少なくとも8年前から「押し紙」問題を熟知している。が、これにメスを入れる様子はない。メスを入れるよりも、新聞社の決定的な汚点を握り、新聞社を政府の「広報部」として、権力構造に組み込む方が得策であるからだ。

■FDF安倍首相の「押し紙」発言

2014年05月12日 (月曜日)

MEDIA KOKUSYOにかなり深刻な不具合が発生しています。連休の間に、トップページの[本サイトについて]、[購読はこちらから]、[ご利用方法]、[利用契約]、[プライバシー・ポリシー]、[お問い合わせ]、[有料購読はこちらから]、[マイページ]のリンクが、切断されました。そのために現在はアクセスできません。

これに気づいたのは連休明けです。読者の皆様は、自身の手で不具合の実態をご確認ください。

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問題が解決するまでの間は、記事の「全文公開」を続けます。新聞に対する消費税の軽減税率適用の是非をめぐる議論が盛んな時期なので、引き続き新聞の問題を中心に報じていきます。

読者の皆様には、重ねてお詫び申し上げます。

2014年05月09日 (金曜日)

新潟県を地盤とした経済誌『財界にいがた』 (5月号)が、「小沢一郎を強制起訴に追い込んだ検察審査会と最高裁の闇」と題する記事を掲載している。これは森裕子元参院議員が昨年、志岐武彦氏に対して起こした裁判について報じるレポートの第2回目である。

裁判の発端は、2010年9月14日に投票が行われた民主党代表選の当日に、東京第五検察審査会が候補者だった小沢一郎氏に対する2度目の起訴議決を行ったことに、小沢氏の支援者らが「策略ではないか」との疑いを抱いて、独自の調査を開始したことである。調査の先頭に立ったのは、森議員(当時)と、後に『最高裁の罠』を著す志岐武彦氏だった。

『財界にいがた』の記事は、調査の過程で判明した事実を紹介している。それは、小沢氏に対する起訴議決が架空だったという推論を裏付ける内部資料である。情報公開制度を利用して入手したものである。

■『財界にいがた』?

なお、検察審査会というのは、「検察」の名前を付しているが、最高裁事務総局が管轄する組織である。つまり森氏と志岐氏は、最高裁事務総局の「闇」を調査し、暴露したのであるが、その後、意見の相違から決別した。森氏は、検察を諸悪の根源と主張したのに対して、志岐氏は最高裁を諸悪の根源と主張した。そして意見の対立が高じ、森氏が志岐氏を提訴するに至ったのである。

◇小沢一郎VS菅直人の背景に何が? ?

小沢一郎氏と菅直人氏が代表を争った民主党代表選が行われた2010年9月はどのような時期だったのだろうか。当時の政界にスポットをあててみると、小沢氏が舞台裏の権力によって「排除」された背景が推測できる。

小泉政権が導入した新自由主義は、社会格差や貧困を生みだした。それに続く安倍、福田、麻生の3政権は、若干の軌道修正を行ったが、自民党は国民の信頼を回復することができずに崩壊。2009年9月、民主党・鳩山政権が誕生した。鳩山氏は消費増税を凍結したり、高等学校授業料無償化を進めるなど、福祉を重視した。さらには沖縄の米軍基地問題でも地元に配慮した政策を押し進めようとした。

ところが財界や米国の圧力に屈して自滅した。理想を掲げるだけでは政治はできないことを思い知らされたのである。

これに代わって登場した菅政権は、かつての市民運動家とは思われないほど、政策を自民党よりに軌道修正した。すなわち新自由主義への回帰を目指したのである。

こうした情況の下で、9月14日の民主党代表選に、政策的には鳩山氏に近い小沢一郎氏が、菅の対立候補になったのである。新聞は、菅の応援団と化した。世論誘導が進行したと言っても過言ではない。

財界がいかに新自由主義導入の再開を望んでいたかは、第一次菅内閣が発足した2010年6月に経済同友会が発表した提言、「地域主権戦略大綱の策定に向けて?地域主権国家の全体像の提示を求める?」にも色濃く現れている。提言の趣旨は次の通りである。

? 菅新政権の発足に際し、本年夏までに策定する政府の地域主権戦略大綱に おいて、国と地方の役割分担やそれに基づく税源移譲、広域行政のあり方 などの基本的考え方を国民に示し、地域主権国家の全体像を提示するよう 求める。

? 大綱に盛り込まれる予定の各項目については、「義務付け・枠付けの見直し」 「市町村への権限移譲」は地方分権改革推進委員会の勧告の実現を目指し、 「一括交付金化」「国の出先機関の抜本改革」は地域のことは地域が決める という地域主権の理念に沿った取り組みを進めるべきである。

? 全国経済同友会地方行財政改革推進会議は、基礎自治体?道州?国の三層 からなる道州制の導入なくして地域主権は実現できないと考えており、地 域主権戦略大綱において道州制導入とその工程を明示し、早急に「道州制 推進基本法」を制定するよう求める。

■経済同友会の提言

改めて言うまでもなく、地方分権改革は、新自由主義の典型的な政策のひとつである。福祉などを地方自治体に丸投げして、財源が不足すれば、地方自治体の責任で公共サービスを削減する政策である。

こうして「小さな」政府を作ることで、大企業の税負担を軽減していく大企業優先の政策だ。この提言からは、財界が菅政権に対して熱烈に新自由主義導入の再スタートを望んでいるさまが読み取れる。

小沢氏が排除された大きな背景である。ただ、小沢氏が新自由主義に反対しているかどうかは疑問の余地があるが、財界やマスコミはそんなふうに見ていたようだ。

2014年05月08日 (木曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

私はその年の5月、コンプライアンス委員会に「調査申立書」を提出しました。外部委員もいるから、これまでの経過をまず、詳しく記しました。その上で問題点を、「報道弾圧があったか否か」「人格権、記者の基本的権利の侵害、人事、経済的差別」「質問に対して、なしのつぶてにされていること」「真の信頼関係」など各項目に分けて整理したのです。私の求めた審査がどんなものかは、読者にはもう十分お分かりと思いますので、ここでは省略します。

◇「会って、直接話をしたい」

委員会事務局から、5月22日、「受理」のメールがありました。ところが6月9日に「事務局レベルで事前審査をしております」と、意味不明のメールが届いた頃から、雲行きが怪しくなりました。ある人物が私に、「委員会にあまり期待しないで下さい」とも伝えて来ました。

委員会規定では、「事務局は、通報を受けた日から20日以内に、通報者に対し、コンプライアンス違反行為に関する調査を行う旨の通知を、または要件を満たさないことが明白な場合は当該調査を行わない旨の通知をする」と定めています。

その期間をとっくに過ぎた7月7日になって、委員会事務局長が突然、「会って、直接話をしたい」と、名古屋に私を訪ねて来たのです。「社内では……」と、近くの喫茶店に入りました。私の質問に事務局長は口ごもりながら、次のような話をしました。

?――名古屋までわざわざ、ご苦労なことです。ここまで時間はたっぷりあったのだから、調査は終わったのですか?それとも私に対する聴取ですか?

「ある程度、調査はしました。事実関係は、大筋においてはそんなに間違っていません。ただ、『処遇』に関するものです。委員会の対象ではないので、却下したい」

――事実関係が間違っていないなら、当時の名古屋本社幹部による報道弾圧は明らかです。私が異議を唱えたことへの報復・人事差別も含め、行動規範違反だから申し立てました。どの行為がどの項目に違反するか、規約に照らし詳細に指摘したはずです。

「とにかく、『処遇』に関するものだから……」

――組織の側が報道弾圧する時や、異議を申し立てた者に対する報復を行う時は、人事・給料などでの差別・冷遇、つまり「処遇」の問題が絡むのは、むしろ当然ではないですか。例えば、「上司のセクハラ行為を非難したら、人事・処遇まで嫌がらせを受けた」として委員会に提起があったら、「処遇の問題」として、訴えを却下するのですか?

「それはともかく……。この問題は『処遇』に関するものだ。審査出来ないとしか、言いようがない」

――規範違反は審査対象と明記されている。何のための行動規範、何のための委員会か?

「何のためかと言われても……」

――「却下」理由に当たるかどうかは、外部委員の意見を踏まえ、委員会本体で結論を出す問題です。事務局で勝手に判断するなら、「握りつぶし」ということになる。再検討してはどうですか?

「とにかく、委員会として、結論が出ている問題だから……」

事務局長は、名古屋本社で一緒に仕事をした旧知の間柄、好人物でもありました。もともと口ごもっている相手に、これ以上強く攻め立て、答えを求めても酷です。しばらく雑談の後。私はこの人物に助け舟を出すつもりで、こんな提案をしました。

――話を聞いていても、あなたの手の届かないところで決まったことのようですね。会社としての結論が出ているなら、私に何らかの回答文を届けに来たということではないのですか?

「ええ、『却下通知』の文書を用意はして来ました」

――結論が変わらないなら、貴方の立場もあろうから受け取りましょうか?ただ、その場合は、裁判で決着させる以外にありません。それは承知して戴きたい。

「それは……。そこまでは私も……」

――事務局長一人の判断に余ることかも知れません。それなら担当役員もいることだから、渡すかどうかは、私の反論を伝えて、社として判断してからでも遅くないのでは…。

「……」

――受け取れと言うなら、受け取ります。どうしますか?

「とりあえず……、今日はこれで……」

事務局長は、文書をカバンから出したり、引っ込めたり。結局、文書をカバンにしまい込み、東京に帰って行きました。

私はこの問題で、何人もの朝日社員とやりとりして来ました。もともとジャーナリストとしての片鱗すら持ち合わせない人物は、何を言っても蛙の面に小便でした。しかし、その片鱗が大きければ大きいほど、伏目がちになり、口ごもったのです。事務局長もそんな一人だったと記憶しています。

この後、事務局長から何の連絡もありませんでした。「『却下通知』を渡したい」と再び言って来ない限り、私の反論が通り、委員会でそれなりの審査が始まっているのだろうと思ってもいました。

?◇朝日の官僚主義

年が明け、2007年。正月生まれの私は、いよいよ定年まで、あと1年になっていました。その年、秋山社長は、社報で「本当の危機は、社内にはびこる『官僚主義』」と題した「年頭所感」発表しました。

「一連の不祥事をめぐって、社内外から様々な見方が示されました。『要員の削減など、経営合理化の視点が強すぎたひずみではないか』『いや、ふつうの会社論で編集部門のモチベーションが下がっているのではないか』など。そのいずれも部分的には正しいように見えるし、また、表面的な見方であるようにも思えます。本当の危機は、社内にはびこる『官僚主義』にあるのではないか、と私は感じております。

それこそが朝日新聞の病弊であり、『制度疲労』といわれる根源ではないでしょうか。前例踏襲、安全運転、横並び主義、責任転嫁、本音と建前の使い分け、『引き算』ばかりの減点主義、そして指示待ち症候群……。行き着いた先に、倫理的な退廃が起こっているのではないでしょうか」「論評は得意だが、自分ではリスクを取らないこと。一度決めたことは、筋が通らなくても方針転換したがらないこと……。

これらは朝日新聞ではありえないことだと、胸を張って言い切れるでしょうか」「小手先の制度改革や組織改革で、お茶を濁そうとするなら、危機は深まり、読者から決定的に見放されてしまうでしょう」「私を含めて経営陣が、保身に走らず、守旧に陥らず、ただひたすら、読者の視線のみを意識して改革を断行できるかどうか」。

朝日の病巣はまさに、秋山氏が指摘した通りです。「官僚主義」に「派閥腐敗」が加わっているというのが、私の見立てです。長い付き合いを通し、私は秋山氏が誠実な人柄であることは承知していました。こんな事態になった後も年賀状程度のやり取りはあり、秋山氏は末尾に必ず自筆の短い書き添えで、私を心配してくれてもいました。

◇必要悪か、「異能分子」?

「所感」は、秋山社長の本音の発露、私へのメッセージだったのかも知れません。しかし、これだけ社内腐敗の原因が分かっていたのなら、「官僚主義」の幹部に囲まれていたとはいえ、秋山氏は私の問題に対処出来ないはずはありません。身動き出来なかったのは、私の報道を止めた裏で働いていた計り知れない背景・力学にあったのではないかと、私は改めて思い返してもいました。

以前のこの欄でも書きました。豊田支局に飛ばされていた1993年、私が編集局幹部に、名古屋本社近くの寿司屋に呼び出された時のことです。「君が批判する部長は、我が社では得がたい異能分子だ。これからも役に立ってもらわなければならない。処遇はしていく」と、告げられた時のことです。

もちろん、この部長が本当に「異能分子」だったかどうか、私に確証はありません。しかし、幹部の言う通りなら、部長が記事を止めた裏に何がったのか。この検証は、「異能活動」の実態解明と不可分の関係になります。

「異能分子」と幹部が称した当時の部長本人が居直ったり、関係者の誰かが私さえ知らない真相に口を開けば、裏でうごめいた派閥力学も含め、私の問題よりはるかに深刻な朝日の大スキャンダルが明るみに出ます。私の問題は、組織を守る立場の社長には,絶対に開けてはならない「パンドラの箱」だったのでしょう。

しかし、だからと言って私の「精神基盤」からは、許容していいことと、してはならないことがあります。私は定年まで残された1年、気は重くても、秋山社長との全面対決を予感していました。

◇差別人事を全面否定の朝日新聞

3月、私にとって最後の成績査定自己申告書の提出の季節になりました。私は、申告不能の理由を、例年通り書くとともに、「処遇問題で『所定のルート』があるなら、その『ルート』で審査せよ」と、求めました。管理本部は「『ルート』はなかった」とする一方、相変わらずブラ勤の実績申告を私に求める回答をして来ました。

コンプライアンス委員会からも何の音沙汰もありません。4月、私は「調査状況照会書」を事務局に出すと、回答が届きました

「申し立ての件につきましては、昨年7月7日に『コンプライアンス委員会の調査・審議の対象には当たらない』ことを、委員会事務局から、あなたに口頭でお伝えしております。さらに、この結論は、昨年9月29日のコンプライアンス委員会で、確認されております。

あなたの昨年5月16日付けの『調査申立書』による通報は、?長良川河口堰問題を巡って社内で報道弾圧に遭った?それに疑義をはさんだことに対して人事・待遇で差別的な扱いを受けている、というものです。委員会事務局は申し立てを受けて改めて事前調べをした結果、一昨年5月に会社側が『時間のズレは生じたが、記事はしかるべく紙面化されており、報道弾圧というべき実態はなかった』『従って報道弾圧を基点とする差別人事が続いてきた、とも考えない』との基本認識をあなたに伝えた内容を覆す事実や証言は得られませんでした。

コンプライアンス違反行為は存しないという判断です。また、個人の不利益救済の求めは、朝日新聞社公益通報制度になじむものではありません。ご理解ください」。

何をか況(いわん)やです。前年7月の事務局長と私とのやり取りは、前述の通りです。規則では、委員会の結論が出たら提起者に速やかに伝達されることになっています。しかし、「昨年9月」に出たと言う「報道弾圧というべき実態はなかった」「差別人事が続いてきたとも考えない」との委員会の「基本認識」さえ、全く私は聞いていません。

それに第一、「一昨年5月」「基本認識」で、「時間のズレは生じた」を認めたのなら、「ズレ」の3年間、つまり当時の社会部長が記事を止めた「報道弾圧」も朝日は認めたことになります。

「記事はしかるべく紙面化」されたことで朝日を正当化するなら、「記事化」を求め、編集局長に異議を申し立てた私の行為も、もちろん「正当」なはずです。異議申し立てをもって朝日が私に「信頼回復」を求めたのは、不当な「報道弾圧を基点とする差別人事」そのものであるはずです。

この時、「基本認識」と同じ内容を伝えに来た箱島社長側近の取締役は、私のこの反論に答えを返せず、そのまま東京に帰って行ったことは、以前のこの欄でも書きました。覚えておられる読者も多いと思います。コンプライアンス委員会は、この見解を繰り返したのに過ぎないのです。

◇検証のプロセスを示せない回答

もちろん、私は「記者の取材で、一般企業に反社会的行為が見つかったとします。具体的に指摘しても、企業が満足な説明もせず、『反社会的行為とは考えない』と抽象的な答えをするなら、記者は引き下がりますか」などとして、即座に再調査・再回答を求めました 。

これに対する10月3日付けの回答は次の通りです。

?「各委員には、吉竹さんが事務局に送付された『反論並びに要請書』全文を事務局の報告資料とともに事前に配付しました。委員会の議論は、長良川河口堰問題の記事化あるいは、記事不掲載にあたって、コンプライアンス違反に当たるような行為があったと判断出来るのかどうか、また、当事務局による案件処理に問題はなかったのかどうか、に多くの時間が割かれました。記事化については、『記事にする際、ニュースかニュースでないかという価値判断があり、さらに、取材が十分かどうかという判断がある。

その結果、記事にならないケースは多々あるが、そうしたケースは、コンプライアンス委員会になじまない』などの認識が示されました。こうした認識を基にして、通報案件に、編集権の範囲を越える、コンプライアンス違反行為があったと言えるのかどうか、について議論がありました。

 次に、この案件についての事務局の判断、処理の是非について議論がありました。これらの点については、事務局が、本案件についての会社見解(2005年5月に当時の社長室長が吉竹さんに会って伝えたもの)を、機械的に適用することなく、疑いを持ちうる要素があるのかどうかを調べた上で、『報道弾圧はなかった』とする会社見解を覆す事実や証言は得られなかった。

従って、コンプライアンス違反は存しないと判断される』とする結論を出しており、適正だった、などの指摘がありました。結論として、コンプライアンス委員会は、当事務局の判断、案件処理にコンプライアンス違反はなく、適正だったとすることで一致しました」

◇取材内容を検証しない朝日のコンプライアンス委員会

まさに「何じゃこれ」です。もって回った表現といい、さっぱり意味不明です。改めて、どんな調査に基づいて何が言いたいのか尋ねる「異議申立書」を書きました。委員会からの最終回答は、以下です。

「『朝日新聞社公益通報制度に関する規定』には、再調査・審議の規定はありませんが、今回、特に対応を検討しました。あなたは、『改めて審査を求める』にあたって、『取材内容の検証をせずに、このような結論を導き出されたこと自体、記者とその取材に対する明白な冒涜、名誉毀損、人格権の侵害』であると指摘しています。しかし、編集権にかかわる取材内容を検証することは、コンプライアンス委員会の役割ではありません」

たった、これだけです。「編集権」は、ジャーナリズムの根幹です。「朝日とは、どんな事業を展開する会社なのか、それは何を目標にしているのか、そのためにはどんな精神基盤が必要とされているのか」の認識に基づき、組織の根本である「報道の使命・規範」に基づいて発動されるものです。「規範」違反は、委員会の審査対象と規則で明記もしています。

委員会は、私に対するごまかし回答のネタも尽き、ついに「編集権にかかわる取材内容を検証することは、委員会の役割ではありません」と居直ったと言うしかありません。これでは食品会社が「食の安全にかかわる検証は、コンプライアンス委員会の役割ではありません」と言い切ったのに等しいのです。

「編集権」の発動方法の適正について調査・検証しないなら、朝日は何のために、委員会を立ち上げたのでしょうか。回答には、ジャーナリズムにとって最も大切にすべき言葉に対する責任感、重みと言ったものの一片も感じられません。朝日が何故、社会の中でその存在感を失いつつあるのか。私はここに根本的な原因があるのではないかとも思っています。

◇朝日新聞社を退職する

2008年正月の定年まで1か月を残した頃のことです。私は、こうして長良川河口堰報道が何故、陽の目を見なかったのか。私が何故、記者職を剥奪され、プラ勤にされなければならなかったのか。そのことさえ、まともな説明を一切受けることも出来ず、朝日を去ることになったのです。

私は「記者」と言う職業に未練がなかったと言えばウソになります。しかし、「言行一致」、ジャーナリズムの最低限の規範すら失った朝日に、もう何の未練もありませんでした。

最後の出社日となった2007年12月28日、私はひと通り、社内で挨拶回りを済ませました。事情を知っている人には、裁判で決着させる覚悟も伝えたつもりです。しかし、多くの人は下を向いたままでした。こうして私は、長年通い慣れた朝日・名古屋本社を後にしたのです。

心は当初考えていたより、はるかに穏やかでした。諦めでも、悟りでも、居直りと言うのでもありません。河口堰報道に取り組んで以降、私はジャーナリストらしい活動を何も出来ませんでした。でも、ジャーナリストとして言うべきことは言ったつもりです。

ジャーナリズムを蝕む人たちと闘わずして、去って良かったとも思いません。それでも朝日は浄化作用を働かせませんでした。ならば、仕方ない。そんな感情だった気がしています。もちろん、裁判に持ち込めば、自ずと私の正当性も認められる。そんな思いも支えになっていたのです。

私が何故、このシリーズで「ジャーナリズムでなくなった朝日」と題したか、これでお分かり戴けたと思います。「5.3」、憲法記念日は、私たちジャーナリストにとり、建前ではなく、改めて憲法21条「表現の自由」を重く噛みしめ、自ら発した言葉に対する責任の自覚、「言行一致」の覚悟を示す日にしていかなければならないと思う昨今です。

次回から、朝日相手に起こした私の訴訟について報告して行きたいと思います。「裁判編」についても、ぜひご愛読、よろしくお願い致します。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2014年05月07日 (水曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

安倍政権は、もはや経済再建などそっちのけ。「9条のある国」から、「集団的自衛権」をこの国に取り入れ、9条を形骸化。「戦争の出来る国」、戦前の軍事国家に逆戻りさせることのみに専念しているように見えます。

そんな中、今年も「5.3」、憲法記念日には、様々な行事が行われました。この日は、私たち朝日新聞出身者にとって、特別な日でした。1987年5月3日夜、兵庫県西宮市にある朝日の阪神支局に何者かが押し入り、「反日朝日を処刑する」として、銃弾を撃ち込みました。居合わせた当時29歳の小尻知博記者が死亡、もう1人の記者も重傷を負った日でもあるからです。

朝日では、その年以降毎年、小尻記者の追悼行事を阪神支局でしてきました。しかし、今年、「反日朝日を処刑したのは当然」として、この襲撃を美化するデモを支局周辺でしようとの呼びかけが、ネット上で流されていました。

この人たちが朝日を「反日」と言うなら、私がこの欄で報告した通り、無駄な公共事業で膨大な借金を溜め、この国を沈没させた官僚・政治家は、それ以上の「反日」のはずです。そんな官僚・政治家の所業を読者・国民に知らせる私の記事を止め、彼等の利権漁りに手を貸した朝日幹部も確かに「反日」かも知れません。しかし、襲撃事件を美化する人たちは、こうした「反日」は糾弾しません。その裏にどんな人たち・勢力がいて、どう操られているのか。私はそれが気掛りです。

◇小尻記者の霊前に向かい・・・

昨年も私は憲法記念日に、「言行一致で表現・報道の自由を守る覚悟を 、5・3の憲法記念日に複雑な思い」との文章をこの欄で書きました。今年も昨年と同様、「複雑な思い」でこの日を迎えました。

昨年から今年にかけこれまで9回にわたり私は、「ジャーナリズムでなくなった朝日」について、報告して来ました。私の「複雑な思い」が、何故か。この欄の読者は、より具体的にお分かり戴けたのではないかと思います。

出来れば、「公共事業は諸悪の根源?」の後篇の編集局長から私への手紙についてももう一度、読み返してみて下さい。こんな人たちが小尻記者の霊に向かい、「報道の自由を守る」とぬけぬけと語りかけるのが、朝日の追悼行事です。口先だけで、「人々の知る権利」に奉仕する強固な意志が固まるはずもありません。

◇二枚舌は絶対にあってはならない

冒頭で言ったように、安倍政権の登場で、この国の進路は大きな曲がり角を迎えています。国民はより多くのことを知り、「表現の自由」をもって自分たちの国の在り方について、自らの考え・意見を表明しなければならない時代に来ています。そんな人々に情報を提供するジャーナリズムの役割・責務もより重くなっています。

「表現・報道の自由を守れ」は、口先では誰でも言えます。しかし、権力者が本気で抑圧して来たなら、体を張って心の底から守る覚悟がどれだけのジャーナリズム・ジャーナリストにあるのでしょう。それが問題なのです。

昨年の特定秘密保護法制定の際も、既成メディアは当初及び腰でした。「知る権利」の危機、戦前回帰を心配する多くの国民の声で背中を押されて重い腰を上げ、やっと取り組みを始めました。しかし、制定されるともう諦め、最近ではその報道にお目に掛かることはほとんどなくなりました。

人様に格好のいいことを言うなら言行一致、自らも不退転の決意で、人々の「知る権利」のために真剣に取り組む。二枚舌は絶対にあってはならない。それがジャーナリズム・ジャーナリストたりうる最低限の条件・掟であるはずです。

しかし、この国の既成メディア、とりわけ、幹部に登り詰めた人ほど、その意志を失っていくのは、何故か。「ジャーナリズムでなくなった朝日」で報告しているのは、その具体的な実例です。

この時代だからこそ、人々の「知る権利」のために真剣に取り組むジャーナリズムの再生が必要です。朝日が「過去の過ち・体質」に目をそむけることなく自らの姿をもう一度見つめ直し、言行一致の組織への再生を願うが故に、赤裸々にこの報告をしています。それが追悼式で朝日幹部が語る空虚な言葉より、小尻記者の霊に応えていく本来の道と考えています。

さて、「公共事業は諸悪の根源」のこのシリーズも、もう14回目です。そのうち「ジャーナリズムでなくなった朝日」は今回で10回目、いよいよ朝日についての報告は大詰めです。読者の皆さんも、朝日組織の内情について、それなりにお分かり戴けた頃かと思います。

武富士事件や若い記者による記事の盗用など朝日で不祥事が相次いだ2005年、「その原因は、私の問題と根っこで共通するものがある」として、多くの質問状を私が出したことまでを、前回報告しました。私は社説での朝日の主張も引用。前述通り、ジャーナリズムの掟である「言行一致」を求めたのです。しかし、朝日はまともに回答して来ませんでした。今回はこの後からです。

◇朝日の「信頼される報道」とは?

当時、朝日は私の問題に回答できなくても、体面上、不祥事に真剣に取り組んでいるとのポーズを内外に示す必要があったのでしょう。再発防止のための役員レベルの「編集改革委員会」、その下に中堅、若手社員も参加する「信頼される報道のための委員会」が設立されました。取締役である編集改革委員長は、設立趣旨を次のように語っています。

「編集局の組織、取材方法、紙面、さらに社員の意識が制度疲労、官僚化していないか。一部に傲慢(=批判拒否体質)が出ていないか」「制度疲労の一つの側面として現れた不祥事、そういった体質、構造的体質の背景は私も含むボードも反省しなければならない」「高い倫理観とジャーナリズムの使命感に裏打ちされた記者集団を自覚的に目指していく」

「朝日新聞の長年の財産である自由闊達、談論風発の雰囲気をより醸成させることであり、風通しのよい組織を確立することだ。これはボードが率先して取り組むべきことでもある」「公権力を監視し批判する役割を担っているという自覚だ。今の時代に朝日が頼りだ、朝日がなくなったら困るという読者の声に応えていくことが責務であり、朝日だから伝えられる独自報道の意気込みと組織的、制度的裏付けが必要だ」

「究極のところは、読者の信頼をどう得るかだろう。信なくば、立たずであり、読者の信頼なくして朝日新聞の存立はありえない。一人一人が覚悟として担っていく必要がある」。

またも立派な建前です。私もまさにそう思います。だから、朝日が「言行一致」で、私の問題を真剣に検証したなら、不祥事が起きる「構造的体質の背景」は、自ずと見えて来たはずです。しかし、委員会審議が大詰めを迎えても、私の問題を審議する気配は全くありませんでした。

なら私の方から、委員会に対し、「言行一致」を求めるしかありません。委員会審議に多くの社員の意見を集める社内ネット「信頼フォーラム」というチャットも作られていました。私は、「河口堰報道の記事差し止め問題での朝日の対応を審議に掛け、改革案作りに生かすように」と書き込みました。

「この問題を検証すれば、組織の腐敗の深層が分かります。行動が伴わなければ、従業員、読者に対してさらなる裏切りの積み重ねになります」などとし、報道を止めた経過をかいつまんで説明。私が会社に出した書面・取材資料も添えて、若い社員も参加する「信頼される報道のための委員会」や朝日労組にも送り、検証を求めたのです。

◇「吉竹氏の投稿を削除しました」

しかし、私の書き込みは翌日、朝日により削除されていました。削除理由はこうです。

「吉竹氏の投稿を削除しました。本フォーラムは編集改革に向けた意見交換の場です。建設的で具体的な提言をしていただくよう、繰り返しお願いしてきました。吉竹氏の投稿は、過去の取材の取り扱いとご本人の処遇に関するものです。

とくに人事については、当委員会では検証不能な主張が含まれています。本フォーラムの趣旨にそぐわない内容なのは明らかであり、フォーラムを運営している『信頼される報道のために委員会』の責任者として、削除すべきだと判断しました。なお、これまで吉竹氏から質問書などの送付を受けた名古屋本社や管理本部は、『社としての見解はすでに本人に伝えてある』との立場だと聞いています」

全社員公開のフォーラムに、こんな書き込みをされた以上、私も放置出来ません。「私は『建設的で具体的な提言』をしたつもりです。そのためには、具体的な事実の報告と検証なしにはありえないことは、報道に携わる者としての常識です。

一方的な削除と検証拒否の姿勢は、『批判拒否体質』そのものです。『自由闊達、談論風発の雰囲気』を通じての改革案作りからも、ますます遠のきます」と反論しました。ところが今度は、だんまりを続けてきた管理本部が「本社の対応について」との文書を、突然書き込みました。

◇「報道弾圧」を黙殺する社風に

「吉竹氏が本フォーラムに寄せた投稿を削除した措置に対し、吉竹氏から改めて『意見』が寄せられました。社員の皆さんに誤解のないよう、本社からこれまでの経過を簡潔に説明します。

 吉竹氏が一連の申し入れの『発端』とする長良川河口堰問題についてです。氏は『当時の名古屋本社幹部から思いもよらぬ弾圧を受け、まともに記事に出来ない事態に陥った』としています。

記事の扱いについては日々さまざまな議論があり、執筆した記者の意に沿わない結果になることも、日常的に起きることです。吉竹氏の記事は一旦は掲載見送りになったものの、その後、名古屋本社社会部および編集局長室での議論を踏まえ、追加取材の成果も取り込みながら、紙面化されています。

 次に、吉竹氏は『書く立場から次第に遠ざけられ』『弾圧・報復人事、査定が行われ続けました』としています。吉竹氏は、東京本社管内の県庁所在地支局長、名古屋本社広報室長などを経て、代表付となっています。取材・編集経験がある社員の処遇として、決して『弾圧・報復』と言われるようなものではないと本社は考えています。組織である以上、すべての人が希望するとおりの人事を行えません。

最後に、吉竹氏の申し入れに対する本社の対応です。評価や人事をめぐる不満については、それを取り扱う所定のルートがあります。また、社長宛の文書がたびたび寄せられたことなどにかんがみ、名古屋本社代表が何度か話し合いをするなど、本社の考え方を伝えています。

『株主としての申し入れ並びに質問書』の取り扱いも同様です。吉竹氏は質問書で、『株主』としていくつかの質問をし、取締役会等に回答するよう要求しました。これに対しては、株主総会の事務を管轄している管理本部が書面で回答しています。

その概要は『商法によれば、会社の機関である取締役会として、個々の株主からの申し入れや質問に逐一お答えすることは、法の想定している事態ではないことをご理解いただきたい』というものです」

どちらの主張がまともか、この欄の読者の判断にお任せします。もちろん私は再反論しました。これ以上しつこく書かなくても、私の反論は、皆さんにも大体の想像はつくでしょう。

さすがに、この双方の書き込みまでは朝日も削除せず、私の定年まで残っていました。一時代前の朝日なら、「報道弾圧」「記事差し止め」という言葉に触発され、「削除された投稿や掲載されなかった記事とはどんなものか、内容を知りたい」と、フォーラムにも書き込みが殺到し、社内で大騒ぎになっていたはずです。

しかし、派閥体質に馴らされ、私へのあからさまの仕打ちも見ている社員に、もうそんな活力はなくなっていました。水面下でささやかれることはあっても、フォーラムには私以外、社員からの書き込みはなく一人相撲をするしかありませんでした。

◇無力化した労働組合

教宣ビラなどで経営陣を批判、「改革」に威勢のいい意見を言っていたのが、当時の朝日労組でした。だから「信頼委員会」のほか、労組にもこの問題での取り組みを求めたのです。しかし、労組幹部は私をこっそり事務所に呼び込み、「会社の協力が得られないので、調査には労組として限界がある」と、私の問題に関与しないことを、いかにもバツが悪そうに伝えて来ました。

その後、若い社員も集めた「信頼委員会」も、私の問題を調査しないまま、きれいごとで改革案をまとめました。労組幹部も、委員会に集められた若い社員も、おとなしくしていれば、将来の幹部がほぼ約束されています。私に「信頼回復」を求めた名古屋本社代表も、実は労組委員長経験者なのです。

口先で語り、会社が許容される限り、威勢のいい言葉も飛び交います。しかし、会社に睨まれ、自分の将来に関わると見れば、沈黙が始まります。朝日とは、そうした組織でした。人それぞれには、自分の将来、生活があります。とやかく言うことではありません。むしろ私は、そんな人たちを巻き込み、会社との間で板ばさみにしてしまったことを悔やみました。

私は改めて、一人で闘う決意を固めたのは、その時です。定年まで2年を切り、ブラ勤にも馴れ、もう半分、居直ってもいたこともあります。裁判はいつでも出来ます。「企業内ジャーナリスト」として社内ルールに沿い、まだ出来ることがあるなら、とことん定年までにやっておこうと思ったのです。

◇企業に適用していた追及方法を朝日に適用したが

幸い、フォーラムの書き込みに慌て、朝日はやっと口を開きました。いくつかの言質も取れています。特に管理本部が、フォーラムに「評価や人事をめぐる不満については、それを取り扱う所定のルートがあります」と書いたのは、建設省が「90・4・9」を消し忘れたのと同じくらい、大失態だったはずです。

何故なら、実際に「ルート」があったなら、今までなぜそれにかけて審議しなかったのか。これからでも、「ルート」にかけろと要求されれば、自ずと報道弾圧の是非を審議する場を、私に提供することになります。私がこんなミスを見逃すはずはないのです。

年が明け2006年2月、私は管理本部と改革委員会に、「再々質問状」を出しました。「ルート」問題も含め、フォーラムでの朝日の言質を細かく突き、14項目に分けました。抽象的な答えでは、絶対逃げようのないものです。

これも私が調査報道記者時代、往生際の悪い企業相手に、よく使った手法の一つです。質問書を出し、回答が返って来なかったら、「記者の質問書に答がなかった」と書けば、記事として成立します。まさか朝日相手にこの手法を使うことになるとは、それまで夢にも思っていなかったのです。

◇朝日のコンプライアンス委員会

しかし、予想した通り、これにも回答がありません。あと社員として残る手段は、コンプライアンス委員会への提起でした。度重なる不祥事でこの年の4月、朝日では「朝日新聞綱領」を具体化する「朝日新聞社行動規範」「朝日新聞記者行動基準」が明文化され、違反行為を監視する「コンプライアンス委員会」も、同時に発足していたのです。

「規範」は、まず「朝日新聞社の使命」から始まっています。《基本方針》では「私たちは、新聞づくりの理念を定めた朝日新聞綱領にのっとり、高い倫理観をもち、言論・報道機関としての責務を全うすべく努力します。国民の知る権利に応えるため、いかなる権力にも左右されず、言論・表現の自由を貫き、新聞をはじめ多様なメディアを通じて公共的・文化的使命を果たします」と定めています。

さらに《具体的指針》では、「(ア)新聞、出版物、通信、放送など時代に応じた情報媒体を積極的に活用し、市民生活に必要とされる情報を正確かつ迅速に提供します(イ)あらゆる不正行為を追及し、暴力と闘い、より良い市民生活の実現を目指します(ウ)特定の団体、個人等を正当な理由なく一方的に利したり、害したりする報道はしません。取材・報道に当たっては人権に常に配慮します(エ)取材倫理の徹底を図ります。取材源を守り、取材を通じて得た情報は報道の目的以外には使用しません。また、第三者への漏洩や紛失がないよう厳重に取り扱います」などとしています。

《解説》では、「朝日新聞社は、どんな事業を展開する会社なのか、それは何を目標にしているのか、そのためにはどんな精神基盤が必要とされているのかをしっかりと認識しようというものです。(「朝日新聞綱領」は、)歴史に裏打ちされた、朝日新聞社とその社員の社会に対する約束であり、自らを律する基本でもあります。

また、日本新聞協会は2000年に『すべての新聞人は、読者との信頼をゆるぎないものとするために、言論・表現の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなければならない』との新聞倫理綱領を定めています」とも書いているのです。

また、「会社と従業員の関係」では、「会社と従業員は、それぞれ果たすべき義務と責任を誠実に担い、相互の信頼関係を築き、労働関連法規などを順守して安全で働きやすい職場を目指します」「会社は従業員の人格を尊重し、差別のない職場環境をつくります」「セクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメントを許さず、明るく風通しの良い働きやすい職場づくりに努めます」ともあります。

「記者行動基準」では、記者が労働により実現すべき目標として、「記者は、真実を追求し、あらゆる権力を監視して不正と闘うとともに、必要な情報を速やかに読者に提供する責務を担う。憲法21条が保障する表現の自由のもと、報道を通じて人々の知る権利にこたえることに記者の存在意義はある」と定めています。

また、「記者は自らの職務に誇りをもち、特定の個人や勢力のために取材・報道をするなど独立性や中立性に疑問を持たれるような行動をとらない。公正で正確な報道に努め、いかなる勢力からの圧力に屈せず、干渉を排して、公共の利益のために取材・報道を行う」と、記者の「独立と公正」の保証も唱っていたのです。

◇管理本部による虚偽の書き込み

朝日の経営者は、「言論・表現の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し」、「市民生活に必要とされる情報を正確かつ迅速に提供」、「あらゆる不正行為を追及」する覚悟を持っているのでしょうか。「特定の団体、個人等を正当な理由なく一方的に」利する報道弾圧にほおかぶりしたまま、「取材倫理の徹底を図ります」「取材源を守り」とは、得意の作文としても、よくもぬけぬけと書けたものです。

もし、私の記事を止めた裏に「異能活動」が絡んでいたとしたら、「取材を通じて得た情報は報道の目的以外には使用しません」にも違反する可能性があります。どう読み直してみても、私の記事を止めた朝日の経営者は、《解説》にある「精神基盤」の持ち主とは、私には思えません。

建設省の発表・プロパガンダを鵜呑みにして、そのまま記事にするのでは、「記者の責務」は果たせません。「あらゆる権力を監視して不正と闘い」、ウソかどうかを詳しく検証、その上で「速やかに読者に提供する」…。私の河口堰報道は、「記者の責務」に沿い、その「使命」を果たそうとするものです。

報道を止められ、「記者の責務」を果たすため異議を唱えた私が、なぜ、朝日から「信頼回復」を求められるのでしょうか。管理本部のフォーラムへの虚偽の書き込みも、パワハラ・名誉毀損そのものです。

「コンプライアンス委員会」では、法令、条例、従業員就業規則など社内規則と並び、「規範」違反も「審議の対象」と委員会規則で明記しています。

委員には、社長、役員とともに、弁護士らの社外委員も加え、社員から規範違反の訴えがあった時には、「委員会事務局は必要に応じて、広報部門、コンプライアンス責任者等および社外の専門家らと協力・連携して公正かつ公平に調査を行い、委員会に報告する」「調査結果の報告を受けた委員会は、コンプライアンス違反行為が起きた原因を究明して、是正と再発防止のための適切な措置をとる」との定めがあります。

また、社員には、「通常の業務遂行上の手段・方法によってはその是正・防止が不可能または困難である場合、公益通報制度を利用することができる」と、審査提起権も保証しています。

第3者も加えた検証は、私のこれまでの要求とも一致します。朝日は何を言っても答えない以上、「通常の業務遂行上の手段・方法によってはその是正・防止が不可能または困難である場合」に該当します。私は訴訟での解決を半ば覚悟していました。しかしその前に、社員としてこの制度の利用は必要不可欠でもあったのです。

2014年05月02日 (金曜日)

「全国販売店統一コードシステム」と呼ばれるデータがある。折込広告の適正枚数を示したものである。当然、広告営業で使われているものと思われる。

主宰団体は、よく分からないが、広告代理店の集まりであることは間違いない。かつてはウエブサイトが存在し、それを旧「新聞販売黒書」で取り上げたところ、ウエブサイトの運営が中止され、次のような「廃墟」になってしまった。

■ウエブサイトの跡

しかし、「全国販売店統一コードシステム」そのものにはアクセスできる。まずは、実物をご覧いただきたい。

■全国販売店統一コードシステム??

5月1日現在の数字(総計)は次のようになっている。

読売:10,491,400

朝日:7,761,490

毎日:3,875,430

これらの数字が、新聞社に適正な折込広告の数字とされている。ところが新聞の発行部数は次のようになっている。

読売:9,690,937    

朝日:7,785,884????

毎日:3,396,214???

朝日とは、新聞の部数と折込広告の適正枚数がほぼ一致しているが、たとえば読売は、折込広告の適正枚数が新聞の発行部数を約80万部も上回っている。厳密に言えば、新聞の発行部数を示す数値は、半期分の平均であるから、「全国販売店統一コードシステム」のデータとの間に、誤差がある可能性はあるが、それにしても80万部のオーバーは大きい。

関係者に事情を聞いたところ、折込広告の発注枚数は50枚単位になっているので、四捨五入により数字の「切り上げ」が重なった場合(例:3550枚→3600枚)、折込広告の適正枚数が新聞の発行部数を超えるのだという。

しかし、こうした説明に対しては、次のような反論も可能だ。新聞の発行部数には予備紙や、社によっては「押し紙」も多量に含まれており、新聞発行部数と折込広告の適正枚数をほぼ同じレベルにすること自体が、折込広告の水増しを生む温床になるのではないかと。

「振り込め詐欺」と「折り込め詐欺」。現在の2大詐欺である。

冒頭の動画:大量破棄される県民共済のパンフレット

2014年05月01日 (木曜日)

折込広告の「折り込み詐欺」と「中抜き詐欺」の被害額は、「振り込め詐欺」の類ではない。4月30日付けMEDIA KOKUSYOで報じたように、(株)バースデーという小規模事業者が受けた被害だけでも、10ヶ月で約250万円にもなったのだ。

折込広告を主要な宣伝媒体するスーパーなどが、被っている被害は計り知れない。参考までに、日本アドバタイザーズ協会に登録している広告主のリストをリンクしておこう。注意を呼びかける対象である。

?■広告主一覧

残念ながら、広義の広告詐欺は撲滅がむずかしい。理由はいくつかある。

1、新聞社が直営したり、管理している新聞販売店が増えていること。かつて新聞販売店といえば個人経営が大半をしめていた。ところが合理化策のもとで、急激に新聞社の販売会社に組み込まれるケースが増えている。

と、なれば次のような戦略が可能になる。

?新聞社が自社経営の販売店に対して「押し紙」をして、ABC部数をかさ上げする。

?ABC部数に準じた折込広告を、クライアントに発注させる。

?折込広告が水増し状態になり、詐欺が成立。

販売店が新聞社の直営や管理になっているわけだから、内部告発される可能性は極めてひくい。???はきわめて現実的な未来予想である。

2、警察が折込詐欺を取り締まらない。

警察は「振り込め詐欺」は取り締まりの対象にしているが、それよりも被害額が多く、日常的に発生している広告詐欺を取り締まる可能性は低い。新聞社と親密な関係にあるからだ。

たとえば日本で最大の印刷部数を誇る読売の関連組織・読売防犯協力会は、読売新聞販売店(YC)と防犯の覚書を交わしている。警察も渡邉恒雄会長の影響力を無視できない。それは新聞人たちが、同氏を重宝がるゆえんでもある。

◇読売防犯協力会

読売防犯協力会の具体的な目標としては、次の4項目が明記されている。

(1)配達・集金時に街の様子に目を配り、不審人物などを積極的に通報する。

?(2)警察署・交番と連携し、折り込みチラシやミニコミ紙などで防犯情報を発信する。

(3)「こども110番の家」に登録、独居高齢者を見守るなど弱者の安全確保に努める。

(4)警察、行政、自治会などとのつながりを深め、地域に防犯活動の輪を広げる。

全国の警察との覚書のリスト 読売防犯協力会が覚書を交わしている全国の警察は次の通りである。日付は覚書を交わした年月日である。

高知県警 2005年11月2日

福井県警 2005年11月9日

香川県警 2005年12月9日

岡山県警 2005年12月14日

警視庁 2005年12月26日

鳥取県警 2005年12月28日

愛媛県警 2006年1月16日

徳島県警 2006年1月31日

群馬県警 2006年2月14日

島根県警 2006年2月21日

宮城県警 2006年2月27日

静岡県警 2006年3月3日

広島県警 2006年3月13日

兵庫県警 2006年3月15日

栃木県警 2006年3月23日

和歌山県警 2006年5月1日

滋賀県警 2006年6月7日

福岡県警 2006年6月7日

山口県警 2006年6月12日

長崎県警 2006年6月13日

茨城県警 2006年6月14日

宮崎県警 2006年6月19日

熊本県警 2006年6月29日

京都府警 2006年6月30日

鹿児島県警 2006年7月6日

千葉県警 2006年7月12日

山梨県警 2006年7月12日

大分県警 2006年7月18日

長野県警 2006年7月31日

福島県警 2006年8月1日

佐賀県警 2006年8月1日

大阪府警 2006年8月4日

青森県警 2006年8月11日

秋田県警 2006年8月31日

神奈川県警 2006年9月1日

埼玉県警 2006年9月14日

山形県警 2006年9月27日

富山県警 2006年9月29日

岩手県警 2006年10月2日

石川県警 2006年10月10日

三重県警 2006年10月10日

愛知県警 2006年10月16日

岐阜県警 2006年10月17日

奈良県警 2006年10月17日

北海道警 2006年10月19日

新潟県警2003年3月26日

沖縄県警 2008年6月12

冒頭動画:大量破棄されるユニクロの折込広告

2014年04月30日 (水曜日)

折込チラシを水増しする手口が日常化するなか、新聞業界では、新たな騙しの手口が浮上している。折込チラシを「中抜き」する新しい手口である。もっとも「中抜き詐欺」は、かなり昔からあったとする説もある。

「中抜き詐欺」を一言で説明すると、折込チラシが販売店に到着する前の物流過程で、「押し紙」部数に相応した枚数の折込チラシを廃棄する手口である。 販売店に到着して、店舗で一時保存した後、古紙回収業者に引き渡していたのでは、「折り込め詐欺」が発覚するリスクが生じるから、新手口が登場したのだ。

過剰になった折込チラシを回収する場面をビデオ撮影され、インターネットで告発されたら、詐欺の実態が知れ渡る。そこで販売店に到着する前に、処理する。

次に示すPFDは、大阪府で発覚した「中抜き詐欺」で、クライアントの(株)バースデーが被った金銭被害の一覧表である。

■PDFバースデーが被った「中抜き詐欺」の被害一覧

上記の一覧表によると、2008年6月から2009年3月までの間に、(株)バースデーが発注した253万枚の折込チラシのうち、67万枚が中抜きされていた。このうちの少なくとも42万枚は、チラシの印刷すらも行われていなかった。

(株)バースデーが騙し取られていた額は、約250万円にもなった。

 (株)バースデーは、折込チラシを扱っていた広告代理店・アルファトレンドに対して民事裁判を起こした。そして、不正な請求分と弁護士費用をアルファトレンドが(株)バースデーに支払うことで和解が成立した。その後、(株)バースデーは、アルファトレンドを刑事告訴している。

アルファトレンドは、読売新聞社の子会社・(株)読宣を通じて、(株)バースデーの折込チラシを新聞販売店に搬入していた。

アルファトレンドによる「中抜き詐欺」の特徴をまとめると、次の3点に集約できる。

1、折込チラシを「廃棄」するプロセスが、販売店よりも前の物流段階に設定されている。

2、「押し紙」部数に相応した折込チラシの一部が、印刷さていなかった。これにより広告代理店は、印刷費を節約できる。

3、「中抜き詐欺」を主導しているのは、新聞販売店ではなく、広告代理店・アルファトレンドである。

◇ 元広告代理店の社員があかす「中抜き詐欺」の手口 

広告代理店が折込チラシを「中抜き」した場合、経理上、どのような処理がなされるのだろうか。ある広告代理店の元従業員によると、帳簿上、次のような処理が行われるという。たとえば10万枚の折込チラシを処理する場合、折込チラシの搬入先と割り当て枚数を次のように処理する。

A販売店:2万枚

B販売店:3万枚

C販売店:1万枚

その他 :4万枚

「その他」として記された枚数が、印刷を逃れ、「中抜き」の対象になる。

新聞経営者(新聞人)は、新聞に対する軽減税率の適用を主張する前に、まず、このような不正行為をやめるべきだろう。それが元ジャーナリストの責任ではないだろうか。

冒頭写真:アルファトレンドが行った折込広告の中抜き一覧表

参考記事:「新聞も「偽装」発覚で刑事告訴 “折り込め詐欺”でチラシ65万枚を中抜き、250万円の被害」

参考記事:「広告代理店が折込チラシ5万枚を「中抜き」、大阪地裁が(株)マーケティング読宣など3社に情報開示求める」

2014年04月29日 (火曜日)

MEDIA? KOKUSYOで折込チラシ(広告)の水増し問題、いわゆる「折り込め詐欺」に関する記事を3回にわたって掲載したところ、読者からいくつかの情報提供があった。まず、埼玉県の読者が、最近、急激に折込チラシが減っている実態を伝えてくださった。

この読者によると、このところ求人広告AIDM(アイデム)が新聞に折り込まれなくなったという。また、イオン、西松屋、ドラックセキ、レンタルチェーンゲオ、OKストアーなども最近はあまり折り込まれなくなったという。

一方、新聞販売店からは、最近、急激に折込チラシの受注枚数が減っているとの報告があった。「受注枚数が減っている」という表現には、2つの意味がある。

まず、第1は、折込チラシのクライアントが減っているという意味である。かつては新聞折込でPR活動を展開していたが、それを見直したクライアントが増えているという意味である。クライアントが「折り込め詐欺」の実態に気づいた結果にほかならない。

その原因は、まず、折込チラシの水増し行為が日常化して、それを隠しきれなくなった事情がある。新聞経営者(新聞人)が実態を把握して、反省したうえで改善策を出していれば、現在のような実態を招くことはなかった。

しかし、新聞人は「押し紙」は1部も存在しないと居直り、「押し紙」を告発する販売店主やフリーランス・ライターを次々と裁判にかけ、裁判官たちも新聞人に理解を示して、被告に金銭賠償を命じてきた。その結果、「押し紙」問題は、どんどん水面下に隠れていったのである。

が、やはりあるまじき行為の隠蔽には限界があった。インターネットの普及で欧米なみのジャーナリズム活動が可能になった結果だった。

「受注枚数が減っている」の第2の意味は、折込チラシのクライアントが、自主的に発注枚数を減らしはじめた実態を指している。販売店に搬入される折込チラシの枚数は、販売店に搬入される新聞に一致させる基本原則がある。たとえば搬入部数が2000部であれば、折込チラシの割り当て枚数も2000枚である。

ところが搬入部数には、「押し紙」が含まれているケースがままある。たとえば2000部の搬入部数に、800部の「押し紙」が含まれていれば、折込チラシ800枚が水増し状態になる。当然、料金だけは徴収されても、配布はされない。

このようなカラクリを知ったクライアントは、新聞業界に対する「賄賂(わいろ)目的」がない限り、自主的に発注枚数を減らす。ただし、「押し紙」部数を示すデータがないので、直感に頼って、「2割カット」とか、「3割カット」というふうに発注枚数を減数する。

このように「受注枚数が減っている」という表現には、2つの意味がある。いずれのケースも、「折り込め詐欺」が明らかになってきた結果、クライアントが取り始めた防衛策にほかならない。

冒頭の「動画」は、「大量に破棄される東進衛星予備校の折込チラシ」

2014年04月28日 (月曜日)

この動画は、山陽新聞のある販売店が、山田養蜂場の折込チラシを廃棄する場面である。

なぜ、このようなことが起こるのか?

新聞販売店に搬入される折込チラシの枚数は、搬入される新聞部数に一致させる基本原則がある。ところが搬入される新聞部数には、「押し紙」(偽装部数)が多量に含まれているケースがままある。

新聞経営者(新聞人)は、「『押し紙』は1部も存在しない。あれは販売店が折込詐欺が目的で、自主的に注文した部数だ」と胸を張って公言してきたが、販売店で多量の新聞が過剰になり、定期的に「押し紙」回収車が出動していることは紛れもない事実である。

産経新聞・四条畷販売所(大阪府)には、「押し紙」小屋もあった。新人店主が次から次へと押し寄せてくる「押し紙」の洪水に驚愕し、作業場も仮眠室も新聞だらけになってしまうに及んで電話の受話器を取り、産経本社に店舗とは別に小屋を立てる旨を申し出たのである。紙、あるいはゴミとの戦い。安部公房『砂の女』の「新聞」編である。

「押し紙」が発生する結果、新聞に折り込んで配達されない折込チラシも多量に発生する。これらの折込チラシからも手数料を徴収しているので、新聞社の販売会社(販売店)は、慎重に後処理をしなければならない。かくてダンボールにチラシを梱包して、古紙回収業者のトラックに積み込み、シートで全体を覆って「紙」の「墓場」へ運搬するのだ。

ちなみに動画中の段ボール箱を、山陽新聞社の販売会社が提供していたことが、「押し紙」裁判の中で認定されている。

新聞に対する軽減税率適用の是非を考えるとき、NHKにこそ「押し紙」や「折り込め詐欺」の実態を伝えるべきだろう。

2014年04月26日 (土曜日)

この動画は、元新聞販売店主による内部告発である。

新聞販売店に搬入される折込広告の枚数は、搬入される新聞部数に一致させる基本原則がある。そのために搬入部数に「押し紙」が含まれていると、必然的に折込広告が水増し状態になる。

結果、この動画が示すように、折込広告をダンボールに梱包して、広告主には秘密裏のうちに破棄されることになる。

以下、動画の解説である。

段ボールにはスポンサーから料金だけを受け取り、読者に配達することなく廃棄される折?込チラシが入っている。1箱には約5000枚のチラシが入る。

金額にして1万円から1?万3千円くらいになる。これを週に4回岡山市内の中心部の販売店を回る。トラックには?約70箱が積載されている。約70万円になり1か月では1千万円を超えるとみられる。

これが岡山市内全域や県全体になれば、被害金額は算定不可能な莫大なものになる。このなかには税金でつくられる県の広報紙「晴れの国おかやま」なども含まれる。昨今、新聞社は食品偽装などを紙面で書き立てるが、裏に回れば会社ぐるみで詐欺をはたらいている。これが真の姿である