2015年02月13日 (金曜日)

昔、小学校の教員に、「学習塾に自分の生徒を奪われて屈辱を感じませんか」と尋ねたことがある。教員は、「特に感じません」と答えた。

外務省にパスポートを取り上げられ、シリア取材を中止せざるを得なくなったカメラマン・杉本祐一氏が、外国特派員協会で、この事件についての記者会見を開いたことを知ったとき、わたしはかつて教員が呟いた「特に(屈辱を)感じません」という言葉を思い出した。

このところ民主主義の運命にかかわるような重大事件についての記者会見に限って、日本の新聞・テレビが牛耳る記者クラブではなくて、外国特派員協会で行われるようになった。それが慣行化した。これは、「日本の新聞・テレビはダメ」という共通認識がすっかり定着した証にほかならない。

最近の例をあげると、イスラム国で殺された後藤健二氏の母親・石堂順子氏の会見。最高裁事務総局の腐敗を内部告発した元裁判官・瀬木比呂志氏の会見。原発フィクサーからスラップを仕掛けられた社会新報編集部の田中稔氏・・・

重大問題は、外国特派員協会が記者会見を主催するという奇妙な現象が、すでに定着している。

当然、「日本の新聞人とテレビ人は、第1級のニュースソースを海外のメディアにさらわれて屈辱を感じないのか?」という素朴な疑問が湧いてくる。全員ではないにしろ、新聞・テレビで働いている人は、ジャーナリストではなく、ニュース価値を判断できない情報処理係である可能性が高い。

◇特定秘密保護法第22条のトリック

幼稚園でルールを守る。学校で校則を守る。会社で社則を守る。国の法律を守る。こうした生活歴の積み重ねが築いた秩序の中で、「おかみ」に反旗を翻してシリアを取材している朝日新聞の記者を、読売新聞が暗に批判する記事を掲載した。また、カメラマン・杉本祐一氏が外務省により、パスポートを没収される異常な事件が起きた。

なぜこれらの事件が重いのだろうか。それは既に施行されている特定秘密保護法の下で、2人のジャーナリストが最初の逮捕者になる可能性があるからだ。

メディア関係者には、見過ごせない事件なのだ。

周知のように特定秘密保護法は、極めて広範囲の人々を適用対象にしている。秘密を「管理」する側だけではなくて、秘密を引き出そうとする人々、すなわち新聞記者やジャーナリストも、取り締りのターゲットになっている。

たしかに秘密保護法の第22条は、次のように出版や報道の仕事に従事している人々の活動は、適用対象外にしているが、別の問題がある。まず、第22条を精読してほしい。

出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。

この条文を安易に読み流すと、一見、特定秘密保護法の下でも、言論の自由は保障されているかのような印象を受けるが、赤字の部分に注意してほしい。

カメラマンの杉本氏がパスポートの提出を拒否してシリアへ渡り、取材活動を展開し、たとえば民間軍事会社の実態を暴露したとする。仮にこの民間軍事会社の業務内容が特定秘密に指定されていたら、杉本氏は、「法令違反又は著しく不当な方法」で取材を断行したことを理由に逮捕されることになる。

刑罰は最高で懲役10年。

朝日記者も、外務省の意に反して「著しく不当な方法」で取材したとみなされ、逮捕されかねない。

つまりいくら第22条があっても、取材者の行動を無理やりに「法令違反又は著しく不当な方法」として理由づけてしまえば、特定秘密保護法で言論を取り締まることができる仕組みになっているのだ。

と、なればメディア関係者は今後、原発や企業に潜入して取材するなどの手法を使えなくなる。取材先にいきなり押しかけて、マイクを向けるのもNG。

今回、杉本氏がパスポートを没収された事件は、極めて高いニュース価値を有している。それゆえに外国特派員協会が記者会見の会場になったようだ。

日本の新聞・テレビはいまや、その存在価値すらも問われている。

記者会見の内容については、次のリンクへ。杉本氏は提訴する構えだ。

  「欧米ではパスポートをもつのは市民の権利」 外国人記者が「旅券返納」に驚き

2015年02月12日 (木曜日)

メディアを利用した洗脳は、編集長に洗脳しようという意図がなくても、大規模に進行することがある。

たとえば、新聞や雑誌、あるいはウエブサイトのスポーツ報道で「頑張れ、ニッポン!」を繰り返していると、国民全体が知らない間に愛国心に染まっていく。テニス・プレーヤーの錦織圭の活躍を繰り返し報道していると、日本人の「優位性」を感じる層が増えていく。

スポーツの政治利用は古くから行われてきた。その中心的な役割を担っているのが、メディアであるが、記事を執筆・編集する側は、自分たちのスポーツ報道が国民にどのような負の影響を及ぼしているのかを自覚していないことが多い。

去る1月25日に、横綱・白鵬が33回目の優勝を果たした。その翌、記者会見の場で白鵬は、稀勢の里との対戦をふり返り、審判団を批判した。それが波紋を広げた。審判団批判はふさわしくないという趣旨の記事が次々と掲載されたのだ。白鵬をとがめる故大鵬婦人のコメントまで紹介された。

直接に白鵬をバッシングしていなくても、記事の行間から、「審判団批判は許さぬ」と言わんばかりのトーンが伝わってくる。

この「事件」に関する記事を検索するとおびただしい数になる。「事件」から2週間が過ぎても、スポーツ紙はいまだに白鵬批判を続けている。

当初は、朝日、読売、毎日、産経といった中央紙もこの「事件」を取り上げていた。次に示すのは、そのほんの一部である。いずれも電子版で、記事のタイトルと日付を抜書きしてみた。

「唐突」だった横綱白鵬の審判部批判なぜ…言葉の影響力再認識してほしい(産経新聞 2月7日)

宮城野部屋が稽古再開 審判部批判発言の白鵬は姿見せず(デイリースポーツ 2月6日)

大相撲「白鵬騒動」 外国人は劣等感を背負う運命?(週刊朝日2月4日)

バラエティー番組で謝罪 白鵬を増長させた相撲協会の“腐敗”(日刊ゲンダイ 2月2日)

白鵬、TVナマ謝罪から一夜明け審判部批判の質問にはだんまり(サンケイスポーツ 2月2日)

白鵬の審判批判問題は幕引き 相撲協会、責任追及せず(朝日新聞 2月1日)

白鵬「おわびしたい」=審判部批判で謝罪(時事通信 1月31日)

<大相撲>白鵬スマステで謝罪「迷惑、心配をかけおわび」(毎日新聞 1月31日)

<大相撲>ご法度の審判批判 「優等生」白鵬の胸の内は?(毎日新聞 1月31日)

謝罪は親方のみ 審判批判の白鵬はなぜ自ら頭を下げないのか(日刊ゲンダイ 1月29日)

審判部批判の白鵬、TV番組で「おわびしたい」(読売新聞2015年02月01日)

 北の湖理事長、親方を直接注意…白鵬の批判問題(読売新聞2015年01月30日)

◇「期待される人間像」

審判団の判定には絶対服従。これは、突き詰めれば、目上の人の言葉には服従するのがあたりまえという思想にほかならない。儒教の影響があるのかも知れないが、極めて前近代的な考え方である。

実は、このような意識は、学校教育の中でかなり巧みに植えつけられてきた。その典型例は、1960年代に中央教育審議会が打ち出した「期待される人間像」にみる教育観である。

誰に「期待される人間」になるように教育するのかは明記していないが、結論を先に言えば、企業や目上の人である。文句を言わない「イエスマン」になって、会社のために働く人間を作ることが教育の目的という観点に立って、学校教育が行われてきたのである。

それが高度経済成長期の「猛烈社員」を生み出した。

◇大衆がターゲット

白鵬による審判団批判についての記事に見られる思想は、軍事大国化を進める日本政府と財界にとっては歓迎すべきものである。上官の命令に服従しなければ、戦争は出来ないからだ。

たとえば直立不動で整列した戦闘員を前に、司令官が、

「石場ッ!貴様が先陣を切って敵の陣地に突進せんか」

と、命じる。この時、戦闘員が命令に服従しなければ、作戦は進行しない。

また、企業の中でも、ブレインに属する人々は別として、作業に従事する圧倒的多数の人々は、上司の命令に服従することが求められる。

その意味では、「目上の人に対する批判=悪」の考えが、脳に刻まれることは、日本の上層にいる人々にとっては、きわめて歓迎すべきことだ。

スポーツは大衆の娯楽だ。分かりやすい。しかも、視聴者が多い。それゆえに白鵬の審判団批判は、政治利用されやすい側面を持っている。

2015年02月11日 (水曜日)

フリーランス表現者43人が提起した秘密保護法違憲訴訟の原告団は、2月16日(月)の午後6時30分より、東京都文京区「文京区民センター2A」で、『2・16秘密保護法違憲訴訟報告会&講演「辺野古最新情報」』を開く。詳細は次の通り。

日時:2015年2月16日(月)午後6時開場(6時30分開始 8時30分終了)

場所:文京区民センター2A(東京都文京区本郷4―15−14)

アクセス:交通:東京メトロ「後楽園駅」「4b」「6」出口 徒歩5分
都営地下鉄 春日駅「A2」出口 徒歩0分 JR水道橋東口 徒歩10分

入場料:無料

○第一部 秘密保護法違憲訴訟報告会

(東京原告団、横浜原告団を中心に、静岡訴訟、広島訴訟の現状報告)

○第二部 講演「緊迫する辺野古最新情報」

(森住卓 東京訴訟原告・フォトジャーナリスト)

■原告団ブログ「秘密保護法、違憲確認・差し止め請求訴訟」

2015年02月10日 (火曜日)

衆議院の議員数は475人 。 参議院は242人。「シリアにおける邦人へのテロ行為に対する非難決議」が、山本太郎議員を除く、716名の議員による賛成で可決された。決議日は、衆議院が2月5日で参議院が6日である。

非難決議の内容は、次のようなものである。

今般、シリアにおいて、ISILにより二名の邦人に対し非道、卑劣極まりないテロ行為が行われた。本院は、この許しがたい暴挙を、断固非難する。また、御家族の御心痛を思えば言葉もなく、誠に無念、痛恨の極みであり、深い同情の念を表明する。

このようなテロ行為は、いかなる理由や目的によっても正当化されるものではない。我が国及び我が国国民はテロリズムを断固として非難するとともに、決してテロを許さない姿勢を今後も堅持することを本院はここに表明する。

我が国は、中東・アフリカ諸国に対する人道支援を拡充することにより国際社会の平和に寄与するとともに、国連安保理決議に基づいて、テロの脅威に直面する国際社会との連携と取組を一層強化するよう、政府に要請する。

さらに、政府に対し、国内はもとより、海外の在留邦人の安全確保に万全の対策を講ずるよう要請する。

最後に、本院は、我が国国民を代表し、本件事案への対応に際し、ヨルダンを始めとする関係各国、国際機関及び関係者によって示された強い連帯と、解放に向けてなされた協力に対し、深い感謝の意を表明する。

右決議する

◇山本議員の主張

少数意見が多数意見よりもはるかに説得力がある場合がある。山本議員は、非難決議の何を問題にしたのだろうか。山本議員のウエブサイトによると、以下の3点について、考慮する必要性を感じたという。

①今回の事件の検証。イラク戦争の総括を含む。

  発覚から、犯行映像が出るまでの間、政府の指示は的確であったか?拘束から殺害まで、関係機関が、どの様なルートに繋ぎ、危機管理の最高責任者がどんな判断をしたのか。人質の存在を知りながら総選挙まで行った経緯、人質の生命が危険な状態に置かれる事を鑑みることなく行われた中東訪問と、演説内容などなど。人質の救出のために何がベストの方法であったのかも、検証が必要です。

さらに山本議員は、イスラム国を生んだ背景の検証を、有志連合によるイラク侵攻(2003年3月20日)にまでさかのぼって検証する必要性を訴えている。周知のように、米国を中心とした有志連合はフセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っているという口実で、イラクに対する軍事作戦を開始した。

が、フセイン政権が崩壊した後、大量破壊兵器が存在した事実がないことが判明している。その前に、フセインは処刑された。

イスラム国は、戦後、イラクの混乱の中から台頭してきた勢力である。これは有志連合による軍事作戦では、紛争を解決できなかったことを意味している。混乱は現在も持続しているのである。

②特定の国名の明記を避けた関係各国への謝辞。

この決議文では具体名が上がっているのは、ヨルダンですが、直接の空爆に踏み込んでいる国でもあります。現在、武力攻撃を行っている国に対して、謝辞を述べる事は、リスクがあると考えます。

それも国民の信託を受けた国会議員の決議文にそれが記される事は、有志連合と一体になって、「屈しない」「許さない」と言う話にとらえられないでしょうか?

中東地域で現在、武力による直接攻撃を行っている有志連合国とは一定の距離を置かなければ、日本国内がテロの標的にされる可能性が高まる、と考えました。

改めて言うまでもなくヨルダンは、米国の同盟国である。パイロットが殺害された後、ヨルダンがイスラム国に対して連日、「鉄の雨」を降らせていることは周知の事実である。しかも、それを非難する報道は皆無に等しい。メディアにより、イスラム国がテロ集団というイメージが広がっているからだ。

③英訳文を同時に用意する事

 総理の発言や発信が、英訳のされ方によって、考えていたよりも強い表現になってしまう、という事を私たちは何度も経験したのが、今回の事件だったのではないでしょうか。

 日本の国会議員が揃って出す決議の内容を意訳されてしまわない様に、一言一句、こちらの意図通りの翻訳で、決議内容を英訳する必要性を提案しました。

◇国際社会の中での憲法9条

私は、この非難決議の内容は、憲法9条を持つ国の議員が採択したとは思えないほど杜撰(ずさん)で形式的なものだと感じている。武力行使で紛争が解決しないことは、イラク侵攻でも、アフガニスタン侵攻でも明らかになっている。

と、なれば憲法9条を持つ日本が、外交でイスラム国問題を解決するイニシアティブを取らなくてはならない。9条を持つ日本は、国際社会の中で、そういう役割を担っているはずだ。

ところが驚くべきことに、

国連安保理決議に基づいて、テロの脅威に直面する国際社会との連携と取組を一層強化するよう、政府に要請する

と、述べているのである。これは、有志連合によるイスラム国に対する空爆を支持しますと述べているに等しい。が、客観的にみれば、「処刑」も自爆テロ(特攻隊)も、空爆も等しく重大な戦争犯罪である。

「国会議員らが烏合の衆(うごうのしゅう)になった」という声をあちこちで聞くようになったが、そのダメぶりは、非難決議に賛成する議員が716人で、修正を求めた議員が1人という結果に如実に現れた。

護憲を主張している議員も、国際関係の中での9条の役割に気づいていないのではないだろうか。

2015年02月09日 (月曜日)

時事通信の「首相動静」によると、2月5日に読売新聞グループの主筆で会長、新聞文化賞受賞者の渡辺恒雄氏が、安倍晋三首相と会食した。会食場所は、東京・飯田橋のホテル・グランドパレスにある日本料理店「千代田」である。

安倍首相が同ホテルに到着したのは、午後6時41分。会食を終えて私邸へ向かったのは、8時35分であるから、約2時間にわたって会話を交わしたことになる。何が話し合われたのかは分からない。

渡辺・安倍の両氏が会食を繰り返してきたことは、これまでもたびたび報じられてきた。たとえば2014年12月30日付けの『しんぶん赤旗』によると、それまでの会食回数は8回にも及んでいる。

取材目的の会食であれば、頭から批判するわけにもいかないが、渡辺氏がルポタージュを書くための取材を進めているという話は聞いたことがない。

ちなみに『しんぶん赤旗』によると、渡辺氏のほかにも読売関係者は、安倍首相と会食を重ねている。

白石興二社長:2回
論説主幹:7回
政治部長:1回

何が目的で政治家と広義のジャーナリストが会食を重ねているのか、目的は定かではないが、最近の新聞業界の動きを見ると、会食を通じた情交関係が有形無形のかたちで、新聞紙面や新聞人の言動に影響を及ぼしているのではないかと勘ぐりたくなる。

◇朝日記者のシリア取材

たとえば読売の紙面が以前にもまして政府よりになっている点である。実例として引くのは、MEDIA KOKUSYOで既報した次の記事である。

■朝日の複数記者、外務省が退避要請のシリア入国(読売新聞 2015年01月31日 13時33分)

 【特集 邦人人質】
 
 イスラム過激派組織「イスラム国」とみられるグループによる日本人人質事件で、外務省が退避するよう求めているシリア国内に、朝日新聞の複数の記者が入っていたことが31日分かった。

 同省は21日、日本新聞協会などに対し、シリアへの渡航を見合わせるよう強く求めていたが、朝日のイスタンブール支局長はツイッターで、26日に同国北部のアレッポに入り、現地で取材した様子を発信していた。

この報道がなぜおかしいのだろうか? それは、政府の方針から独立して取材活動をすることが常識になっている新聞記者の「抜け駆け」に、恐らくはデスクがニュース価値を感じて記事掲載に踏み切っているからだ。「あたりまえの事をなぜ記事に」という滑稽感があるのだ。

朝日記者の行動を問題視する「優等生」的な視点があるデスクでなければ、このような記事を掲載しようという発想そのものが起こりえない。

ちなみになぜ朝日記者の行動が正しいのかは単純だ。だれかが紛争地帯の内部に入らなければ、そこで本当に何が起こっているのかが分からないからだ。事実を把握しなければ、政府すらも方針を立てようがない。それを禁止するのは、事実を正確に確認しないまま政策を決める愚行に等しい。

安倍内閣がやっているのは、その愚行にほかならない。

余談になるがTBSの報道特集によると、イスラム国に詳しいヨルダンの評論家は、人質事件に対する日本政府の対応を酷評している。安倍首相は決定的な3つの過ちを犯したという。

①人質事件への対応が大幅に遅れた。

②中東訪問で、「テロ対策」に言及した。

③対策本部をトルコではなく、ヨルダンに設置した。

◇利害関係の構図

さらに一連の会食と並行して、新聞に対する消費税軽減税率の問題が政治の重要なテーマになっている事実も見過ごすことができない。会食の場で、渡辺氏と安倍首相が消費税の軽減税率について話したかどうかは不明だが、かりに新聞業界のこの要望を政府が受け入れた場合、国民の多くは、「会食効果」と推測するだろう。

結果、新聞ジャーナリズムは、ますます信頼を失うことになる。しかも、負の影響は読売一社に限定されない。他の新聞社はいうまでもなく、書籍出版の業界にもおよびかねない。

と、言うのも出版社も、新聞社と同様に軽減税率の恩恵を受けるからだ。逆説的に言えば、こうした利害関係の構図が、マスコミ業界全体に安倍首相と渡辺氏の会食を厳しく批判しない空気を生み出しているのである。

政府によるメディアコントロールと軽減税率の問題は、密室の中で同時進行しているのである。

2015年02月06日 (金曜日)

イスラム国が2人の日本人を処刑した事件を逆手に取って、安倍内閣による軍事大国化の動き、それに伴う治安の強化や学校教育に対する締め付けがエスカレートしている。

中国や韓国との領有権問題を利用して、反中・反韓意識を煽り立て、それを追い風として解釈改憲の閣議決定を強行したり、特定秘密保護法を成立させたのと同じ方法が、イスラム国問題を背景に進行している。

新聞・テレビの報道で、こうした動きを確認することが出来る。以下、主要な記事の一部をピックアップしてみよう。

■「国内にイスラム国支持者」=山谷国家公安委員長が答弁(時事通信 2月4日(水)20時35分配信)
 
 山谷えり子国家公安委員長は4日の衆院予算委員会で、過激組織「イスラム国」が後藤健二さんらを殺害したとみられる事件に関し、「(イスラム国)関係者と連絡を取っていると称する者や、インターネット上で支持を表明する者が国内に所在している」と述べ、警察庁で関連情報の収集・分析を進めていることを明らかにした。平沢勝栄氏(自民)への答弁。

■安倍首相、9条改正に意欲=空爆後方支援否定も「合憲」―参院予算委(時事通信 2月3日(火)16時6分配信)
 
 安倍晋三首相は3日午後の参院予算委員会で、戦争放棄をうたった憲法9条について「わが党(自民党)は既に9条改正案を示している。なぜ改正するのか。国民の生命と財産を守る任務を全うするためだ」と述べ、「国防軍」創設などを盛り込んだ自民党改憲草案の実現に意欲を示した。次世代の党の和田政宗氏への答弁。

  首相は、有志連合による過激組織「イスラム国」への空爆作戦に関し、仮に自衛隊が後方支援を行ったとしても、海外での武力行使を禁じた憲法9条には抵触しないとの認識を示した。

■朝日の複数記者、外務省が退避要請のシリア入国(読売新聞 2015年01月31日 13時33分)

 【特集 邦人人質】
 
 イスラム過激派組織「イスラム国」とみられるグループによる日本人人質事件で、外務省が退避するよう求めているシリア国内に、朝日新聞の複数の記者が入っていたことが31日分かった。

 同省は21日、日本新聞協会などに対し、シリアへの渡航を見合わせるよう強く求めていたが、朝日のイスタンブール支局長はツイッターで、26日に同国北部のアレッポに入り、現地で取材した様子を発信していた。

■警察庁、「国際テロ対策推進本部」を設置(TBS系・JNN) 2月5日5時28分配信)

 イスラム国による日本人殺害事件で、イスラム国が「今後も日本人を標的にする」と表明していることを受け、警察庁は4日、「国際テロ対策推進本部」を設置しました。

  警察庁は警備局長を本部長とする「国際テロ対策推進本部」を設置、今回「イスラム国」が日本人を殺害した上、「今後も日本人を標的にする」と表明していることを受け、この事件を検証し、今後のテロ対策を見直すということです。

■女性教諭、授業で児童に湯川さん遺体画像見せる(読売新聞 2月5日19時48分配信)
 
 名古屋市教育委員会は5日、同市立小学校の授業で、女性教諭がイスラム過激派組織「イスラム国」に殺害されたとみられる日本人人質の遺体の画像などを児童に見せていたと発表した。

  市教委は「不適切な指導だった」として謝罪した。教諭は「情報のあり方を考えさせ、生命の大切さについても目を向けてほしかった。画像を見せたことは浅はかだった」と話しているという。

◇教育統制の背景

改めて言うまでもなく、軍事大国化を進めるプロセスで、それに連動した政策が登場する。具体的には、たとえば日米共同作戦にともなう軍事上の秘密を非公開にするための特定秘密保護法である。軍事秘密が外部に漏れると、軍事作戦に支障をきたすから、この法律が制定されたのだ。

とはいえ特定秘密保護法の運用に際しては、指定対象になる秘密が、軍事に関するものを建前としながら、はるかにその領域を超えていることも事実である。それゆえに法律の拡大解釈による秘密指定により、ジャーナリズム活動が制限されたり、人権侵害が日常化することが懸念されているのである。

また、教育の統制も軍事大国化と連動する。それは戦前・戦中の愛国心を煽る教育がどのようなものであったのか、その歴史をふり返れば一目瞭然だ。

安倍首相が愛国心教育に熱心なことは周知となっている。第1次安倍内閣の時代に教育基本法を改正しただけではなく、「美しい国プロジェクト」と称する観念論教育にも着手した。こうした流れは、1960年代に中教審が打ち出した「(目上の人に)期待される人間像」の文脈に属する。

もっとも安倍内閣の教育政策は、戦争目的だけではなくて、少数エリートと従順な多数の労働者の育成という新自由主義下の生産体制に合致した人間像の形成という側面もあるが。

◇シリアを取材してはいけないのか?

上に引用した記事、「朝日の複数記者、外務省が退避要請のシリア入国」(読売)は、「期待される人間像」から一貫してきた日本の教育政策の中で、どのような人間が作られてきたのかを如実に物語っている。

政府が危険地帯に近づかないように邦人に対して退避要請を出すのは、立場上、当たり前のことである。ところが問題は、読売の記者が、それを素直に受け入れて、「抜け駆け」した朝日新聞の記者を暗に批判していることである。

われわれは幼児から、学校の先生の指示には素直に従うように教えられてきた。そこには目上の人の言葉に疑いを差し挟む余地がない。そういう生徒こそが学校の成績もよく、「お受験」を勝ち抜いて、大企業に就職していく。そしてマスコミ部門では、新聞記者やテレビのデレクターになっていく。

目上の人の指示に盲従する体質。それが読売の記事には、露骨に反映している。読売が紙面では、朝日に追いつけないゆえんではないだろうか?

※写真の出典=ウィキペディア

2015年02月05日 (木曜日)

◇LEDで睡眠障害が起こる理由

 --LEDが睡眠障害の原因になるという説もありますが?

渡邉:網膜に神経節細胞というものがあります。15年ぐらい前になりますか、この細胞の新しいタイプが発見されました。ガングリオン・フォトセプターと呼ばれるもので、ここで受けた信号は、体内時計にあたる脳の視交叉上核というところへ送られます。

視交叉上核は、昼間であれば太陽光のブルーライトが目から入るために、昼間と判断して睡眠を妨げますが、夜になるとブルーライトが減るので、睡眠に入れる状態にします。ところが夜間にパソコンなどのブルーライトが多量に目に入ると、体内時計が夜と昼を勘違いして、眠れなくなるわけです。

常にブルーライトを浴びていると、1日のリズムが崩れてしまいます。少なくとも夜は、パソコンやスマフォを使わない方がいいですね。夜は赤みがかった色の明かりを使うのが賢明です。いまの白色LEDは読書には向かないですね。

ガングリオン・フォトセプターは、昼間と夜を識別するための細胞ではないかとする説が有力です。また、瞳孔の大きさをコントロールする信号を送っている細胞ではないかということも分かってきました。

◇LEDで熱帯魚の背骨が曲がった

--発癌性はどうでしょうか?

渡邉:紫外線には発癌性(毒性)があります。ブルーライトについても、活性酸素を発生させますから、免疫系に影響を及ぼし、発癌につながると思います。ですから、常時、過剰にブルーライトをあびるのは問題があると思います。

夜働いている女性が、乳ガンになる可能性が高いことは、かなり確かになってきています。夜になると、ブルーに対する感度が高くなりますから、それだけ人体影響も大きいのです。

筆者は、自宅で飼っているグッピー(熱帯魚)の水槽の照明を、通常の蛍光灯からLEDに切り替えた。その結果、腫瘍を発症するグッピーや背骨が曲がるグッピーが現れた。水草は、黒く変色した。この現象を、2014年9月1日に自身のウエブサイトで紹介したところ、20万件に近いアクセスがあった。

※筆者が自身のウエブサイト「MEDIA  KOKUSYO」に掲載した奇形熱帯魚の記事

--グッピーに異変が起きた原因はLEDのブルーライトでしょうか?

渡邉:白色(青色LED内臓)を当てた結果、こういうことが起こったわけですから、それが原因だと考えてもいいだろうと思います。記事のコメント欄に、水槽がよごれていたのではないかとか、いろいろな書き込みがありましたが、背骨がまがるというのは、尋常ではないですね。

◇安全なLEDは存在するのか?

 --LED照明の質によって危険度は異なりますか?

 渡邉:質の高いLEDは、光の合成(3色)で白色を作ります。光の波長の組み合わせで、なるべく自然光に近いものを作ることが出来れば、よりリスクは少なくなります。

しかし、製造費が非常に高くなります。安いLEDは、青を基調にして、蛍光物質をかぶせて白色を出しているだけですから、製造費は安くなりますが、リスクは増します。多分、街灯などに使われているのは、いちばん安いタイプです。どうしてもLEDを使うというのであれば、安いものは避けるべきです。ただ、現段階では高いものでも、絶対安全とは限りません。

太陽光は、赤から青まで、あらゆる波長を持っているわけです。これが自然光です。

ところが、LEDはある特定の波長だけを使うわけです。波長の組み合わせに関して言えば、一番危険なのは、レーザーですね。特定の波長だけを出し、しかも、真っ直ぐに直進します。網膜に入ると網膜上で焦点を結びます。ですからそこが焼き切れてしまう恐れがあります。レーザー光源を覗いてはいけない。それで失明した人は多いのです。

自然光は、人類が馴染んでいますから、極端に、紫外線やブルーライトをあびない限りは、まあ安全でしょうね。

◇業界団体は安全を宣言しているが・・

--業界団体は安全宣言を出していますが。

渡邉:岐阜薬科大学や東北大学の研究成果を反映しているとは思えません。第一、これらの研究成果が公表されたのは、ここ半年のことで、しかも、ブルーライトで昆虫が死に至るという新発見にいたっては、昨年の12月の発表ですから、安全宣言に研究成果が反映されていないのが当然です。

たとえば照明学会という団体があるのですが、ここは通常のLEDの使用で問題がないだろうと言っています。

しかし、これまで「安全」と言われてきたLEDが、そう簡単な問題ではないぞ、ということになっています。東北大学の研究発表にインパクトがあるのは、殺菌作用があるのは、紫外線だけだと思われていたのが、波長が417nmとか467nmのブルーライトで昆虫が死んだからです。

 --LEDの街灯などが、部屋に差し込んでいる場合の対策を教えて下さい。

 渡邉:LEDの可視光線は電磁波ですが、少し性質が異なります。可視光線の実体はフォトンといふ粒子でもあると言われています。粒子でもあるし、電磁波でもある。粒子が当たって、網膜で電気的な反応が起こり、脳で光を認知しているわけです。

対処方法はいたって簡単で、光を遮断することです。しかし、LEDの光が当たる窓ガラスのカーテンは劣化します。カーテンがエネルギーを吸収しますから、色もあせます。

◇パソコンから目を守る方法
 

--パソコンの画面からもブルーライトが出ているわけですが、対策はあるのでしょうか?

渡邉:わたしはパソコンの画面を少し暗くしています(周辺はあかるく)。また、3原色をコントロールできるようになっているので、青色成分を落としています。そうすると画面全体がやや黄色っぽくなりますが、こうするほうが安全です。ただ、実際にどこまで効果があるのかは、分かりませんが・・・。

 --赤色LEDと黄緑LEDは大丈夫ですか。

渡邉:今のところ害は報告されていないようです。LEDを直視し続けた場合などは別ですが、特に普段の生活では問題ないと思います。太陽光だって、ずっと見ていたら、眼は焼き切れますからね。

--新商品の安全性の問題をどのように考えればいいのでしょうか?

 渡邉:ノーベル賞を2度受賞したキュリー夫人は、放射性物資のラジウムとかポロニウムを直に手で触っていました。はじめは危険性が分からなかったからです。その結果、晩年には、手が動かなくなったと言われています。いま携帯電話やスマフォを手にしている幼児が、大人になったとき、どうなるかはだれも知らないわけです。

スマフォや近所の携帯基地局のアンテナから放射される電磁波(放射線)は見えません。匂いも味もありません。ですから危険性に気づかない人が多いのです。分かっていないことはまだいっぱいあります。常にリスクを頭に入れておくべきだと思います。

2015年02月04日 (水曜日)

青色LEDの開発に貢献した日本の研究者3名のノーベル物理学賞受賞を機に、関連製品のPRが大々的に行われている。一方で、ここ半年余りの間に、青色LEDによる人体への悪影響も指摘されるようになった。

東北大学大学院の研究チームは昨年12月、青色LEDを昆虫に照射したところ死に至ったとする研究結果を、英国の科学誌『Scientific Reports』に発表した。

また、岐阜薬科大学も同誌に、青色LEDが加齢黄斑変性症など失明に至る病気の原因になっているとの研究結果を発表。

さらに、LED光を浴びた熱帯魚の奇形など、民間レベルでもリスクが報告されている。LEDはどのような性質のものなのか。「これまで『安全』と言われてきたLEDは、そう簡単な問題ではない」と話す理学博士の渡邉建氏に、リスクとその対処法を聞いた。

--LEDはどこで使われていますか?

 渡邉:もっとも身近なものとしては、部屋の照明や街灯です。丈夫で長持ちして、電力の使用量も抑えられるということで従来の照明から、LEDへ切り替える人が増えています。また、パソコンのバックライトの照明にも使われています。

かつては特殊な蛍光灯を使っていたのですが、今はそれをやめて白色LEDのバックライトになっています。そこに液晶のスクリーンを置いているわけです。さらに携帯電話やスマートフォンのバックライトにも、LEDは使われています。

ちなみにLEDではありませんが、紫外線は冷蔵庫などの殺菌装置や、水をきれいにする装置で実用化されています。紫外線に毒性があることは周知ですが、青色LED(ブルーライト)にも、毒性があることが最近になって指摘されるようになっています。

後で述べますが、東北大学のグループが、ブルーライトを害虫駆除に応用する方向で研究を進めています。ですから、当然、人間の人体にも有害な可能性があります。

◇ブルーライトと電磁波

--そもそもLEDとはどのようなものなんでしょうか?

 渡邉:LEDは、Light-emitting diodeの頭文字を取った略称です。半導体の発光ダイオードのことです。これに電流を流すと光を発します。ですから文字通り「発光」ダイオードというわけです。

しかし、眼にみえない光を発する領域もあります。たとえばテレビのリモコンなどは、赤外線のLEDなので知覚できませんが、センサーが赤外線を感知するから機能するわけです。

 --LEDでは、どのような光の色が出せるのでしょうか?

 渡邉:赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫です(不可視光の赤外光、紫外光を出すLEDもあります)。これらの色光を組み合わせることで、別の色も合成できます。このうちブルーライト(青色LED)の開発は日本の3人の研究者によってなされ、昨年、ノーベル物理学賞を受賞しました。

最初に発明された色は赤でした。米国人のニック・ホロニアックという人が1960年代に赤LEDを作ったのです。そのうち黄や緑が開発されました。今、青が出てきたので、光の合成により白色もできるようになりました。

その意味では、ブルーライトの開発は、産業界にとっては、大きな貢献には違いありません。しかし、ブルーライトによる人体への影響も指摘されはじめているのです。

そもそもブルーライトとはどういう性質のものなのだろうか。
 読者は意外に感じるかも知れないが、この点を理解するためには、電磁波とは何かを理解しなければならない。

電磁波の「電」とは電気のことである。一方、電磁波の「磁」とは、磁気のことである。

 つまり電磁波とは、ごく端的に言えば、電気と磁気がその影響範囲である電磁場を作った電波の形状を描写した言葉である。「電磁波=電波」と考えてもよい。

  電磁波にはさまざまな種類がある。原発のガンマ線から医療現場のエックス線、さらには携帯電話の通信に使われるマイクロ波まで、かなり細かく分類されている。その分類の基準となるのが、電波の周波数(サイクル数)である。一秒間に繰り返す波の数により、下図PDFのように分類され、ヘルツ(サイクル/秒)という単位で表示される。

電磁波の分類PDF

 たとえば電力会社が提供する電気の周波数は、50ヘルツ(東日本)である。これは1秒間に50サイクルの波を意味する。ある種の無線PCは、2.5ギガヘルツ(25億サイクル/秒)、電子レンジは、2.45ギガヘルツ(約24億サイクル/秒)である。

周波数が高いほど波が小刻みになるので、波長が短くなる。それに伴いエネルギーも高くなるので波長によって、電磁波を分類することができる。

 さて、この電磁波の分類対象のひとつに可視光(380 ~ 780 nm)と呼ばれる帯域がある。文字通り、光として視ることが可能な帯域の電磁波である。本稿のテーマであるブルーライトは、可視光線に分類される。ブルーライトも、電磁波である。

◇ブルーライトで昆虫が死んだ

--ブルーライトによる、どのような人体影響が懸念されているのでしょうか?

渡邉:問題視されていることは、複数あります。昨年12月に東北大学大学院農学研究科の堀雅敏准教授らのグループが、LEDのブルーライトに殺虫効果があるという研究結果を英国の『Scientific Reports』に発表しました。昆虫に特定の波長を持つブルーライトを放射したところ、昆虫が死ぬことが分かったのです。

これまで、ブルーライトよりも波長が短い(エネルギーがより高い)紫外線に殺菌作用があることは知られていましたが、それよりも波長が長い(エネルギーが低い)ブルーライトで、細菌どころか昆虫が死ぬことが分かったのです。これは従来の常識を覆した発見で、驚きに値します。

東北大学大学院の研究チームは、ショウジョウバエの蛹(さなぎ)に、紫から赤までのピーク波長378~702nmのLED光を放射して、羽化できずに死亡した割合を調べた。その結果、440nmと467nmの波長のブルーライトがもっとも致死率が高いことが分かった。そこで今度は、ショウジョウバエの卵、幼虫、成虫に対して467nmのブルーライトを当てたところ、いずれも「照射」により死亡した。

 次に蚊の蛹にブルーライトを当てて殺虫効果を調べる実験を行った。その結果、417nmの波長のブルーライトだけが高い殺虫率を示した。

 こうした実験結果を踏まえて、東北大学のプレスリリースでは次のように結論づけている。

青色光は様々な昆虫種に対して殺虫効果を示します。また、その効果は卵、幼虫、蛹、成虫のいずれの発育段階でも得られます。ただし、青色光であっても効果的な波長は昆虫の種により異なっております。また、ショウジョウバエのように、ある種の昆虫にとっては、紫外線よりも青色光のほうが高い殺虫効果を示し、動物に対する光の致死効果は波長が短いほど大きいという従来の考えは当てはまらない動物種の存在が明らかになりました。 
 

渡邉:東北大学の研究結果からすると、特定の波長のブルーライトが細胞を傷つける可能性があります。細菌とは異なり、かなり高度な生物に属す昆虫が死ぬわけですから、人体に対する影響にも注視する必要があります。

◇目の網膜を傷つける理由
 --ほかにどのような人体影響が問題になっていますか?

 渡邉:目に対する悪影響も懸念されています。これについては昨年の6月、岐阜薬科大のグループが研究結果を、同じイギリスの科学誌『Scientific Reports』に掲載しました。ブルーライトが眼精疲労や網膜の急性障害、加齢黄斑変性、色素変性の原因のひとつではないかと考察される実験結果を公表したのです。

マウスの視細胞を被検体に使って、LEDによる青光、白光、緑光で曝露させ、それぞれの活性酸素の量を調べた実験です。活性酸素の量が増えるということは、細胞に障害が起きていることを意味します。

実験の結果、緑色光ではまったく変化がありませんでしたが、青光と白光では、活性酸素の量が増えました。白色LEDも青色LEDを基本に作っているわけですから、白色LED光でも活性酸素が増えて当然です。

紫外線は角膜や水晶体に吸収されますが、青色光は、網膜に達するのです。光は電磁波エネルギーですから、自然に消えるわけではありません。物がぶつかったら痛いでしょう。なにかの作用に変質します。この場合ですと活性酸素の発生でしょう。それが網膜の障害となって現れるわけです。

白色LEDを照明に使っている職場で働いているひとたちが、「目が疲れる」と訴えるのは、当たり前のことではないでしょうか。

 岐阜薬科大学薬効解析学研究室の原英彰教授の研究グループは、ブルーライトが目に障害を及ぼすメカニズムを解明した。プレスリリースによると、「細胞障害の原因となる活性酸素の量は、青色LED、白色LEDの順に多く、緑色LEDでは増加」しなかった。障害の原因については、次のように述べている。

ブルーライトの波長を含むLEDを細胞に照射した際に活性酸素が増加したことによって細胞のエネルギー産生の場であるミトコンドリアが障害を受け、さらにタンパク質合成の場である小胞体に障害が起きることで、細胞障害が惹き起こされたと考えられます。 

 

【参考記事】インタビューの後半はここから。

危険が指摘され始めたLED照明(ブルーライト)による人体影響、理学博士・渡邉建氏インタビュー②

2015年02月03日 (火曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日記者)

昨年来の原発・従軍慰安婦報道批判を受け、私の古巣でもある朝日新聞は、「信頼回復と再生のための行動計画」を発表。「外部の声に耳を傾ける」と、バッシング勢力に屈するかのような再生案を示した。

しかし、それでは今でも自信を無くしている編集現場をますます委縮させるだけだ。ジャーナリズムは人々の「知る権利」に応え、権力監視するのが本来の仕事だ。外部の声を尊重するだけで、使命を果たせるはすもない。朝日が力強いジャーナリズムに、いかに生まれ変わるか。具体策も、熱意さえ伝わって来ない従来通りの官僚体質の作文で、再生が図れるとは私には思えない。

朝日が昨年来続けて来た慰安婦、原発報道の検証のための第3者委員会や「再生のための委員会」で、社外委員らとともにまとめた改革案では、「経営と編集の分離」とともに、「公正な姿勢で事実と向き合う」「多様な言論の尊重」を挙げ、読者とともに「課題の解決策を探る」としている。

読者からの意見・指摘を紙面に反映出来る編集から独立した「パブリックエディターの導入」、多様な意見を載せる「フォーラム面」、訂正記事を集める「訂正コーナー」の新設、読者と対話する「車座集会」の開催を具体策として示している。

今回問題になった調査報道についても、「さまざまな形で充実」としているものの、「広い視野と多角的なものの見方を心がける」としただけ。事実を掘り起こし、検証する記者の力量をどう高めて正確な記事を書くか、肝心要の部分では目立った具体策もなく、「情報技術の駆使」など小手先の改善策に終始している。

◇読者の「知る権利」を軽視

慰安婦、原発誤報問題で、朝日が批判を浴びた最大の元凶は、私が本ブロク「朝日は派閥官僚体質の病根を絶て 社長辞任では解決しない朝日の再生」で、詳しく書いた通りだ。根っこにある病巣は、読者の「知る権利」に応えることへの真剣さに欠け、内部論理を優先。責任を取らず、利権漁りに走って、社内言論さえ封殺して来た幹部の派閥官僚主義に起因する。

私は、当たり前に記事になるはずの長良川河口堰報道を幹部から止められた。編集局長に異議を申し立てたら、記者職を剥奪されている。拙書「報道弾圧」〈東京図書出版〉に詳述しているが、これも表裏一帯の関係。その後、私の定年までの18年間は、朝日の派閥官僚体質との内部での闘いだった。

だから。報道倫理が欠如した朝日幹部の体質が現場記者に伝染、ジャーナリズムとしての力が、何故ここまで落ちたか。今回の問題に至る真の原因は、私が一番よく知っている。朝日の経営者は、長年、編集出身者が占めている。いくら「経営」と「編集」を分離してみても、編集幹部の体質が変わらない限り、何も変わらないのだ。

◇問題に対して迅速に対応してこなかった過去

前記ブロク記事と少し重複になる部分があるが、声の大きいバッシング勢力に惑わされることなく、改めて慰安婦や原発報道で、朝日が侵した誤りの原因について、もう一度整理してみる。

慰安婦報道では、1990年代中ごろから、「日本軍による強制連行は誤報ではないか」との批判が出始める。朝日ではその声に押され、記事が依拠した「吉田証言」の信ぴょう性について、97年、別の記者に報道の検証を命じた。しかしその時に、調査が徹底されなかったことが問題を大きくし、ここまでパッシング勢力に追い詰められた原因だ。

今回の改革案では、誤報問題の大きな原因を読者ら外部の声を聞かなかったことに求めている。しかし、朝日の編集方針「行動規範」「記者行動基準」では、「国民の知る権利に応えるため」の記事は、「正確かつ迅速に提供」しなければならないと定めている。誤りがあれば「迅速」に正すのは、読者の声を聞くまでなく、ごく当たり前のジャーナリズム倫理だ。

第一、朝日には1989年のサンゴ事件がある。沖縄のサンゴがダイバーによって傷つけられた写真を撮りたくて派遣されたカメラマンが見つけられず、自らサンゴに傷をつけた問題だ。この時、責任を取って社長が辞任したが、最大の教訓にしたのは、自らに非があれば速やかに対処し、「正すへきは正す」であった。

◇責任を回避する体質

では、教訓がありながら、慰安婦報道でどうしてまともな検証が出来なかったのか。真の原因は、自らへの批判を嫌い、責任を取りたくない幹部の官僚体質にある。幹部は別の記者に検証を命じても、「報道に誤りはない」との結論を得て、自らの責任には及ばないお墨付きが欲しいだけなのだ。

万一、「報道に誤り」などの検証結果を出せば、調査した記者の身が危ない。記者はおざなりの「検証まがい」をして見せ、お茶を濁すしかないのだ。もし、幹部の意向に沿わない結論を出せば怒りを買い、私のようにブラ勤にされてしまうのがオチだからだ。

原発報道も同様である。朝日の特ダネ報道の後、「吉田調書」の内容が何故かバッシング勢力に一斉に知れ渡るようになった。記事の中の「所長命令に違反し、所員が撤退した」は誤報ではないかとの批判が出始める。

裏に政権の意向があったのかも知れない。1990年代はまだ朝日の力は強く、慰安婦報道のように責任逃れのおざなり検証が何とか長い期間、罷り通って来た。しかし、安倍政権下では通じない。「早く対応しないと朝日が潰される」くらいの危機感を、幹部なら当然この時に持つべきだった。

しかし、幹部は外で吹き荒れる逆風に気付かないまま、これまで通りの責任逃れの「おざなり検証」をし、対応が遅れたのが、事態をここまで悪化させた原因と言えるだろう。

◇ひとりだけの証言に頼るリスク

自ら責任を取ろうとしない官僚主義に並ぶ朝日幹部の病巣として、見逃せないのが派閥体質だ。朝日は「調査報道が新聞社の命」と読者には高らかに宣伝している。しかし、実績を積んだ調査報道記者ほど官僚化した幹部には嫌われ、度重なる派閥人事で大半は編集中枢から遠ざけられ、重要な調査報道のノウハウが若い記者に伝承されていないのだ。

調査報道が最初に脚光を浴びたのは1980年代だ。当時、朝日の中でもまともに調査報道が出来る資質を備えた記者は10指に満たなかった。私がそんな先輩記者から受け継いだノウハウを数多くある。

慰安婦、原発誤報に関連することだけを触れると、一つ目は、「一人の証言に頼った原稿は危ない。裏を取るまで書くな」である。

先輩は、証言者が記者に話す狙い、動機。本当に証言内容を知る立場にいた人か。経歴・評判。物証はあるのか。周辺で証言内容と同じことを知っている人はいないのか、などなど…。数多くの裏付けが求め、信ぴょう性に疑問がなくなるまで、記事にはしてくれなかった。

虚言癖がある人もいる。虚言とまで言えなくても、尾ひれの付いた話もある。例え証言が真実でも、証言により社会的生命を奪われる人は強大だ。圧力をかけられて証言が翻されると、誤報にされかねない。一人の証言に頼ることは、極めて危険なことだからだ。

◇資料の精査

二つ目は、「入手した資料は、穴が開くほど読み返せ。周辺取材も欠かさず、原稿は腹8分。絶対に筆を滑らせるな」である。

調査報道記者は一つの極秘資料を手に入れるのにも、気の遠くなるほどの努力をする。資料が入れば、思い描いた記事を出来るだけ早く、大きく載せたくもなる。でも、資料を斜め読みし記事を書くと、落とし穴がある。

私は資料が手に入ると先輩の教えに沿い、コピーして重要記述に赤線を入れて何度も何度も読み返した。入手した資料のみを見つめ、どこまでの原稿が書けるか。相手から万一ねじ込まれても、十分に対抗出来る表現に留め、無理な踏み込み、表現を避けた。狙い通りの記事がどうしても書きたい時は、書けるだけの資料、証言がさらに取れるまで周辺人物に当たり、裏付け取材を重ねた。

このノウハウが朝日の若い記者や中堅のデスクにきちんと継承されていたなら、慰安婦、原発の誤報はすべて防げたはずなのだ。

先輩も含め、多くの調査報道記者が編集中枢から外され、この教訓が伝承されていないのは、朝日の社内力学を思い起こしてもらえば、根は同じだ。私がもし、97年に慰安婦報道の検証を命じられれば、先輩の教えに沿い記事を見直す。証言者の周辺も徹底的に調べ、証言の疑義を指摘する。

しかし、責任回避しか頭にない幹部は、それでは困るのだ。責任逃れに協力してくれそうな記者を探して検証させる。自分に都合のいい結論を出してくれた部下は誰でも可愛い。登用して自分の派閥に取り込み、反抗する記者は外していく…。その構図だ。

調査報道をまともにやろうとする記者は反権力意識も強い。記者としての実績に誇りも持っている。大した特ダネも書かず、上の顔色ばかりを見て昇進した上司を、快く思っていない。上司の意向に素直に従わず,ズケズケものを言う。上司にとっては、もともと使いづらい部下ということもある。

こんな派閥人事を長年繰り返した結果が、今の朝日だ。イエスマンの幹部ばかりが社内にはびこり、骨太のジャーナリスト精神を持ち合わせず、内外の批判を恐れる小心者の組織になってしまった。このことが取材の詰めの甘さに繋がって誤報を生み、相手からバッシングを受けると、まともに対応出来ず、ただただ右往左往してしまう原因にもなっている。

◇朝日のふたつの「派閥」

しかし、今回の再生案では、朝日のこんな内情を知らない外部の識者に検証を委ねた。それによって、幹部にとって最も耳の痛い話である派閥官僚体質にメスを入れられることなく、誤報の原因を読者の声に耳を傾けなかったことにすり替えた。つまり、この再生案自体、自ら責任を取ろうとしない官僚体質延長線上の産物に過ぎない。

振り返れば、朝日幹部の派閥官僚主義は今に始まったことではない。私が入社した1973年、すでにそんな上司も多かった。しかし、当時はまだ対抗する別の力が働き、幹部の体質が社内に蔓延するのを防いでいた。その力とは、実は朝日のもう一つの伝統、「酔っ払い文化」だった。

「朝日幹部は左翼」と、バッシング勢力は言う。しかし、それはためにする批判に過ぎない。もう少し朝日の内情に詳しい人は、「朝日の派閥は二派に分れている」とも言う。ある程度当たってはいる。でも、それも正確には正しくない。

私の入社前だから、先輩に聞いた話だ。朝日の派閥のルーツは、1950-60年代の労働争議全盛期に遡る。印刷現場中心に強硬なスト決行論が渦巻く中、記者は仕事が忙しいこともあって、無関心派も多かった。しかし、スト決行か否かのキャッスティングボードは編集職場が握っていた。

部長以上の管理職は、当然、自分の意向に沿いそうな部下を集め、スト破りに動く。記者として実績のある有名記者らも、ストにそれほど関心はない。でも、ジャーナリストである以上、部長の意向に易々と従うことを潔しとはしない。

集められたのは、記者として2流でないとしても、1・5流。超1流に及ばず、その分、幹部の意向に沿うことで点数稼ぎをする上昇志向の強い人たちだった、という。この人たちがその後、派閥を形成。ますます徒党を組んで上昇志向を強めていく。

一方、組みしなかった人は、新たな派閥を作ったと言うより、もともとそれぞれがバラバラの一匹オオカミだ。信じられないほどのネタを拾ってくる特ダネ記者もいれば、名文家や論客もいる。「歩く百科事典」と言われるような博識家もいた。だいたいこうした人は酔っ払いであることでも共通していた。つまり、「上昇志向の強い人の集まりである派閥」対「バラバラで破天荒な酔っ払い記者」との対立でもあったのだ。

◇自由闊達な言論が消えた

私が駆け出しの頃は、上昇志向の強い人たちが部長、デスクなど中堅管理職をしていた時代だった。しかし、調査報道のノウハウ、特ダネの取れる人脈を紹介してくれたのは、こんな管理職ではない。多くは酔っ払い記者だった。もちろん文章の書き方を教えてくれたのも、こんな先輩だ。

確かに酔っ払いの話はくどい。飲み屋に若い記者を連れ出すと、自慢話が延々と続くこともある。しかし、そんな話を聞いていると、とおり一遍の座学で分からない臨機応変の取材方法、多くの教訓、それに何より大事な記者の心意気がひしひしと伝わってきた。

酔っ払いは、後輩を一人前のジャーナリストに育て上げようと、強い熱意・愛情を持っていた。今から考えても、私が何とか曲りなりに調査報道の出来る記者になれたのも、こうした先輩のお蔭だった。

酔っ払いは飲み終わると、後輩と連れだって深夜、編集局に戻って来ることも多々あった。もともと管理職然とした人物を快くは思っていない。酔った勢いも手伝って悪態をつくこともよくあった。からまれた上司の方も、コンプレックスがある。内心忸怩たるものがあっても、苦笑いを浮かべてその場から逃げ去る人も多かった。

その頃はまだ、派閥の一元支配ではなかった。無派閥の上級幹部もそれなりに残っていて、酔っ払いの批判が当を得ていると、ニヤニヤ笑いながら見ている。批判を受けた中間管理職に対し、「あいつは部下の評判が悪い」と罰点を付けていたから、派閥による官僚体質が組織全体に蔓延することはなかったのだ。

しかし、こんな光景が編集局から少しずつ消えて行ったのは、80年代からである。上昇志向の強い人たちは、社内遊泳術に長けている。順調に昇進し、社長、取締役、各本社編集局長ら編集局の主要ポストを独占すると、派閥人事一色。酔っ払いは飛ばされたり、嫌気がさして辞めたり…。定年で去る人もいるから、数は減るばかり。わずかに残った骨董品記者は、外で飲んでも会社の戻ってくることもなくなった。

軌を一にして、朝日社内の自由闊達な言論は消えうせ、表立った幹部批判は封じられて派閥官僚体質に歯止めが効かなくなった。急速にジャーナリズムとしての劣化が進んだのだ。

社内では管理職同士、誰が誰の軍門に下り、部長にしてもらったとか、誰が抵抗して飛ばされたとかを電話で情報交換。若い記者にも当然聞こえ、要領ばかりいい記者も増えだ。足で取材する風潮が薄れ、やがて若い記者による記事の盗用や取材せずに相手に聞いたかのようなメモを作る不祥事まで、頻発するようになってしまった。

◇先輩記者から引き継がれたもの

ジャーナリズムとは、人々の「知る権利」に応えることである。権力内部の恥部を暴き出し、人々に真実を知らせる…。そのことに如何に真剣になれるかで、真価を問われる。酔っ払いは、何よりそんな記事を書くことに自らの命かける記者だった。その記者魂から絞り出すように書いた文章には、人々の心を打つ力があった。

しかし、酔っ払いが去り、派閥官僚主義に侵された朝日は、口先では同じことを言えても、建前論に過ぎない。言葉に力はなく、とっくにジャーナリズムとしては空洞化していた。慰安婦や原発報道で、記事の最も弱い部分をバッシング勢力に巧みに突かれると、抵抗する術すらなく、もろくも崩れた原因もそこにある。

でも、朝日から酔っ払いのDNAが完全に消えうせてしまったのか。そうではない。

先の戦争では、数えきれないほどの若く貴い命が散り、民間の戦争犠牲者も数知れない。アジアの民衆にも、多くの死者を出し、多大な迷惑をかけた。慰安婦も強制的に連れて行かれたかどうかは別として、日本軍が深くかかわった戦争という異常事態に若い女性が翻弄され、その意に反して悲しい体験を味わったことに何ら変わりはない。

朝日のこれまでの戦争報道は、民衆には制御不能なまでに強大化した軍部によって引き起こされた悲劇の数々を一つずつ掘り起し、後世に伝えることで、「二度と過ちを繰り返さない」との誓いを新たにするものである。丹念に取材する酔っ払い記者のDNA、人脈が引き継がれたもので、これまで伝えてきた膨大な事実は、一つの誤報によっても覆るものではない。

原発報道でも、確かに内容の精査では手落ちがあった。しかし、事故当時の模様を何より生々しく語る歴史の証言である極秘の「吉田調書」を独自に入手出来たのは、これまで酔っ払い記者が苦労して人脈を築いて数々の極秘資料を入手して来た伝統・信頼の力が生きたと言うべきだろう。

「吉田調書」を詳細に読めば、社長ら東電首脳の右往左往ぶりが目に見える。もう少しで、東日本全体が人の住めない恐れすらある大量の放射能をまき散らす制御不能の重大事態だったことも分かる。にもかかわらず、政府への情報伝達も十分でなく、危機対応がほとんど出来ず、手をこまねいたことが伝わってくる。

◇何のための朝日バッシングだったのか?

しかし、バッシング勢力は、慰安婦でも原発報道でも、一部の誤報をもって、そのすべてを否定すべく動いている。

慰安婦報道潰しの目的は、過去の戦争を美化し、軍備の強化を通じてこの国を戦前に戻すことにあるのだろう。憲法9条改憲、解釈改憲での集団的自衛権容認に強い懸念を示す朝日の影響力を削ぐことが当面の狙いであることも明らかだ。

原発報道でも、誤り部分を奇禍に、「事故拡大を防ぐため、命懸けで働いて来た現場の東電社員を恣意的に貶めるもので、東電のやって来たことに間違いはない」と、美化。原発で一旦事故が起きたら、首都まで人も住めない事態を招くことを覆い隠そうとしている。それは「日本を守るため、英霊は尊い命を捧げた」と、戦争そのものを美化する論理に通じる。

戦前回帰の風潮が強まる中、バッシング勢力の声はさらに大きくはなっても、小さくなることはないだろう。朝日が本気で読者に期待される再生を目指すなら、こうした外部の声に耳を傾けることではないだろう。上司や権力の顔色を窺うような「へなちょこ記者」の「へなちょこ記事」を読まされる読者こそ、いい迷惑である。弱いジャーナリズムでは、バッシング勢力に対抗する力になりえない。

朝日の真の再生に必要なのは、社内の官僚派閥主義にも対抗。外部のバッシング勢力や国家権力そのものの攻撃にもびくともしない酔っ払い記者の破天荒なDNAをもう一度復活させることである。

真実を知らせることにだけに記者が真剣になり、生き生きとした取材で掘り起こした事実に基づき、人々の心を打つ記事を書く…。酔っ払い記者が身をもって後輩に教えていた骨太のジャーナリスト精神が組織の隅々まで浸透すれば、読者の信頼は自ずと回復する。未だに官僚主義から抜け出せない責任逃れの「へなちょこ再生案」では未来がないことを、朝日の経営陣は改めて認識すべきだろう。

朝日が誤報を生み、謝罪も出来ない官僚化した体質になったかは、拙書「報道弾圧」(東京図書出版)で詳しく書いていますが、ダイジェスト版は、本ブロク「MEDIA KOKUSHO」で連載中の「公共事業は諸悪の根源」①からでも読めます。ぜひ、ご覧下さい。

筆者紹介》 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。特定秘密保護法違憲訴訟原告、名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2015年02月02日 (月曜日)

イスラム国が2人の日本人を拘束した事件は、「処刑」という最悪の結末を迎えた。この事件では、新聞・テレビが報じなかった重要な点が幾つかある。ジャーナリズムの役割は感情に流されずに、事実を伝えることであるから、事件を正しく理解する上で必要な情報をすべて明らかにするのが原則だ。

まず、イスラム国報道で隠された最大の情報は、有志連合による空爆の背景に石油利権が絡んでいる事実である。それは単に欧米諸国だけではなくて、中国などについても言える。

中東調査会の「中東かわら版」によると、「『イスラーム国』がイラクで占拠した油田の数はおよそ80カ所」だという。この80カ所を先進工業国が役割分担して取り戻そうというのが、イスラム国をターゲットにした空爆である。

新聞・テレビが積極的に報じなかったふたつめの重要な情報は、湯川遥菜氏が活動の拠点として設立した会社が、民間の軍事会社である点だ。その背景に安倍政権が進めている新自由主義と軍事大国化の中で武器の輸出を原則解禁にした事情がある。

「戦争業務」を民間にゆだねる戦略は、公的な仕事を民間に丸投げすることで、「小さな政府」を実現する新自由主義の思想から派生していることは間違いない。が、紛争地帯で射撃などの軍事訓練をすれば、軍事行動と受け止められても仕方がない。カーキ色の衣類を身に着けているだけで、ターゲットになることもある。

さらに、湯川氏を救出する作戦を、第3者が後藤氏に依頼した可能性である。
「ブログ・世に倦む日日」によると、2泊3日の行程で、救出計画が練られていた足跡が、生前の後藤氏の発言から裏付けられるという。

昨夜(1/20)のテレビ報道を見ていると、後藤健二は、湯川遥菜が8月にシリアでイスラム国に拘束された件について、自身が責任を感じており、イスラム国に潜入して身柄を救出する準備を進め、10月下旬にそれを実行している。10月22日にトルコに向かい、23日にトルコのコーディネーターに電話をかけ、24日に国境の町で接触し、25日に国境を越えてイスラム国の首都であるラッカに向かっている。

帰国予定は10月29日だった。29日に帰国ということは、28日にイスタンブールから飛行機に乗らなくてはいけない。テレビ報道でのトルコのコーディネーターの証言だと、27日になっても帰らなかった場合、家族を含めた5件の連絡先に電話を入れてくれと後藤健二に頼まれ、本人の携帯電話を直に渡されたと言っていた。ここから察知できることは、後藤健二による湯川遥菜救出の行動がきわめて短期の計画だったということだ。

25日に国境を越えてシリアに潜入し、27日には再び国境を超えてトルコに戻っていなくてはいけない。2泊3日の行程。つまり、後藤健二は何も事前に情報のないままイスラム国(ラッカ)に入ったのではなくて、イスラム国側のコーディネーターの手引きに従い、イスラム国側との打ち合わせに従って、本人の主観からすれば、湯川遥菜の身柄を引き取りに行ったのだ。現地で時間をかけて捜索するのではなく、調整した約束どおりに素早く身柄を引き取って戻ってくる予定だったのだ。

救出作戦に第3者がかかわっていたことを前提に考えれば、一部の週刊誌が報じた保険金に関する事実-後藤氏が加入していた保険が、1日10万円の保険料だった-との整合性も見えてくる。フリージャーナリストが1日に10万円の保険料を自腹で支払うことは、まず不可能。

ちなみにわたしは、「ブログ・世に倦む日日」の内容を全面的に是認しているわけではない。が、少なくとも救出の日程に関する考察は、参考にすべきものがある。救出計画の全容を、検証すべきではないか?

◇ジャーナリストの殺害は最悪の方法

イスラム国が有志連合による激しい空爆を受けているとはいえ、人質の殺害という対抗手段は、完全にマイナスに作用する。

わたしは1980年代のニカラグアを取材したが、同国の左翼政権は、「イスラム国」とは、まったく逆の方針を取っていた。当時、ニカラグアの左翼政権は、米国をバックとした反政府ゲリラ「コントラス」のテロに苦しめられていた。が、ニカラグアの政府は「反米」の立場を取るのではなく、米国の市民と連携する方針を徹底した。

米国の市民グループは、ニカラグアを米国市民が訪問して、市民の視線で事実を確認する企画を実践していた。そのために首都マナグアの米国大使館前では、米国人による抗議集会が頻繁に開かれていた。

たしか1985年か86年だったと思うが、コントラスの陣地に武器を輸送していた米軍機が、対空ミサイルに撃墜され、米国人パイロットが捕虜になった事件があった。この時のニカラグア政府の対応が注目されたが、結局、クリスマス恩赦で、無条件に釈放した。

イスラム国は、むしろジャーナリストに取材させた方が得策だ。が、今回は、ジャーナリストの殺害という最悪の選択をした。

ちなみに安倍内閣が行った2億ドルの人道援助の使い道についても、追跡する必要がある。紛争地帯における人道援助が、軍事援助に化けることがよくあるからだ。

2015年02月01日 (日曜日)

携帯基地局の地権者で、しかも基地局の真下に住んでいるOさんは、常に0.3〜0.6μW/c㎡ほどの強度のマイクロ波を浴びており、Oさんの知り合いによれば頭が錯乱しているという。

4〜5年前から白血病を患っているKさんの自宅の二階にある寝室からは、基地局が直視できる。著者が訪ねて行って基地局からのマイクロ波が健康によくないことを伝えても、そんなに危険なものなら、国が許可を出すはずがないと、何度説明をしても納得してもらえなかった。

この他にも携帯基地局(アンテナ)が発するマイクロ波によると見られる被害者を数多く取材している。【続きを読む】

2015年01月31日 (土曜日)

以前は昼間の電車に乗ると、大半の人が俯いている異様さに驚いたが、近頃ではだいぶ慣れてきた。

携帯電話は1990年代の初頭から普及が始まり、1993年の3.2%から、わずか10年後の2003年には94.4%へ、そして20年後の2013年には95%にも達している。

それに伴い携帯電話で通話する際に欠かせない携帯電話基地局(アンテナ)も急増し、全国に網の目のように張り巡らされるようになってきた。【続きを読む】