2015年05月22日 (金曜日)

(21日付け記事の続き)
新聞関係者からの内部告発-「先日、販売店主が自殺に追い込まれた」という内容-を受けて、わたしは事実関係を確認するために、自殺者を出したとされる東京都内の新聞販売店に電話してみた。

最初に電話に出たのは、従業員と思われる女性だった。以下、録音の反訳である。

「まいどありがとうございます。○○新聞○○(店)、吉田(仮名)です。」

「森本(仮名)所長いらっしゃるでしょうか?」

「失礼ですが、どちらさまでしょう」

「黒薮と申します」

「はい?」

「黒薮と申します」

「黒薮様ですか?・・・ええっと、いまおりませんが」

「亡くなったということを聞いて、電話させていただいたのですが」(沈黙)

「ご用件は?」

「亡くなったと聞いたので、本当なのかと思いまして」

「ええ・・ちょっとお待ちください」(電話のオルゴール)

しばらくして受話器から別の女性の声が聞こえてきた。

「はい、お電話かわりました。森本ですが」

奥さんの可能性が高い。

「新聞関係の取材をしております黒薮というものです」

「取材?」

「はい・・」

「それで」

「わたしの所へ連絡がありまして・・」

「はい」

「所長が亡くなったということを聞いたもので・・」

「うん、はいはい」

「『箝口令が出ているので、本当は言えないが・・』」

「うん」

「『ずいぶんとひどい扱いを受けていたので、記事にしてほしい』と・・」

「いえ、そんなことはないですよ」

「ああ、そうですか」

「失礼します」

電話は一方的に切れた。

◆人命問題がからんだ内部告発の扱い

電話取材で確実に分かったのは、所長が死亡したということである。しかし、販売店サイドはそれについて詳細を語らなかった。(21日付け記事で言及した)群馬県の販売店主の自殺事件における対応と類似していた。新聞社は異なるが、同じような対応だった。

新聞業界に見られる情報を外部にもらさない体質は、昔から一貫している。それが「押し紙」問題を長いあいだ内部に閉じこめた要因でもあった。

人命の問題がからんだ一連の内部告発は、本来であれば、新聞社の社会部の仕事にほかならない。が、新聞社は自分の足下にある大問題は、絶対に取材しない。

「押し紙」や折込広告の水増し、それに店主の自殺・いじめといった問題を、ブラック企業という大きな視点から認識して、もれなくメスを入れようという姿勢があれば、一般企業の不祥事は暴くが、新聞販売の問題には踏み込まないという中途半端な態度は、記者としてのプライドが許さないはずだが、実際は一貫したジャーナリズムの理念よりも、自分たちの書く記事が、自社(新聞社)に不利益を及ぼさないか否かを計算しながら、新聞制作の方向性を決めているようだ。

2015年05月21日 (木曜日)

 新聞販売の関係者からと思われる内部告発があった。内部告発の内容を紹介しよう。問題が深刻化する前に警鐘を鳴らすのが、ジャーナリズムの役割であるからだ。ただし、完全な裏付けが取れない現段階では匿名報道にする。

5月19日の夜、わたしの自宅に1本の電話があった。東京都内で新聞販売店を営む男性 が自殺したというのだ。告発者は、店名も店主の名前も明らかにした。自殺の原因については、経営難ではないかとの推論を述べた。

「やはり『押し紙』ですか?」

「相当、あったようですよ」

実は、販売店主の自殺に関する情報は、昨年の秋にも入手していた。群馬県の販売店主である。しかし、犠牲者の親族から、裏付を取ることはできなかった。親族外の何人かの関係者に接触したが、やはり話してもらえなかった。

そして、新聞社の系統こそ異なるが、今度は東京都内で販売店主の自殺と推定される事件が起きたのだ。

「だれか詳しい話をしてくれる人はいませんか?」

「箝口令(かんこうれい)が出ていますからね」

言論の自由を最大限に尊重しなければならない新聞社が箝口令を発令することに、わたしは異常なものを感じた。

◆水面下で広がる「押し紙」問題

わたしは1997年から新聞社の「押し紙」問題を取材しているが、初めてこの問題を単行本『新聞ジャーナリズムの正義を問う』で告発したころ、無言電話や脅迫状めいたFAXをたびたび受けた。その後、こうした「抵抗」がムダだと自覚したのか、新聞関係者からの嫌がらせはぴたりと止まった。

続いて予期せぬリアクションが起きた。取材拒否だった。新聞販売店主たちが一切の取材に応じてくれなくなったのだ。このころからすでに一部の新聞社は、「言論統制」に踏み切っていたのかも知れない。業界内部から情報を得ることが極めて難しくなったのだ。

が、2007年の12月に画期的な出来事が起こる。読売新聞社とYC広川(読売新聞・広川店、福岡県)の間で争われていた地位保全裁判で、販売店側を勝訴させた判決が最高裁で確定したのだ。しかも、判決の中で読売による「押し紙」が認定されたのだ。新聞業界全体に大きな影響を及ぼした「真村裁判」の衝撃である。

 ■真村裁判・福岡高裁判決の全文

真村裁判の判例ができたことで、わたしは「押し紙」問題にメスが入ると思った。新聞業界が変化すると思った。しかし、そうはならなかった。

真村店主は、廃業に追い込まれる。結果、再び裁判に巻き込まれた。わたしは読売から、3件の裁判を起こされた。

しかも、これら一連の裁判の読売側代理人を自由人権協会の代表理事・喜田村洋一弁護士が担当するという構図になった。人権擁護団体や新聞社の「正義」が何であるのか、わけが分からなくなったのである。

「押し紙」問題も、完全に押さえ込まれた感があった。こうした中で、朝日バッシングの問題も起こった。

そして、昨年あたりから、再び内部告発するが販売関係者が増えてきた。大量の「押し紙」があるというのだ。

すでに述べたように昨年、店主の自殺情報を得た。さらに3日前にも別の自殺事件の情報が入ってきたのである。

わたしは犠牲者を出したとされる東京都内の販売店に直接電話してみた。(続)

2015年05月20日 (水曜日)

大阪都構想の行き着く先である道州制の構図は、橋下大阪市長が、村井宮城県知事と共同代表を務める「道州制推進知事・指定都市市長連合」の主張に色濃く反映している。

結論を先に言えば、同連合の主張は、「小さな中央政府」を構築するために、地方にできることは、国ではなく地方が行なうべきだというものである。具体的には、福祉・医療・教育などである。

そして、地方には出来ないものについては、国が担うことになる。

「道州制推進知事・指定都市市長連合」が2102年7月に発表した「地域主権型道州制の基本的な制度設計と実現に向けた工程」と題する文書によると、同連合が想定している国の分担領域は次の通りである。

○国の事務は、①国家の存立に関わる事務、②国家戦略の策定、③国家的基盤の維持・整備、④全国的に統一すべき基準の制定に限定する。

○内政分野における国全体の基本戦略・計画や統一的な政策の方針・基準は必要最低限のものとする。

○国が制度の基本計画・基準等を定める場合でも、その実施主体は、民間で実施するものを除き、原則として基礎自治体又は道州とする。その際、基礎自治体及び道州に弾力的な運用を可能とする権限を付与する。

■「地域主権型道州制の基本的な制度設計と実現に向けた工程」の全文

◆憲法改正も視野に

繰り返しになるが医療・福祉・教育などは、地方の分担となる。そうなると財源不足を理由に、地方自治体がこれらのサービスを切り捨てることになりかねない。地方の財政状況は相対的に悪化を続けている。憲法の精神に基づいて、国が国民の生存権や尊厳を守る体制はなくなってしまう。

事実、同文書は、彼らが目指すものが憲法に抵触する事態を避けるために、「道州制の理念を実現するため、必要と認められる事項については、憲法改正を視野に入れた制度設計等の検討を排除するものではない」とまで述べている。

医療・福祉・教育を新市場として企業に提供することをベースとする新自由主義「改革」のもとで、道州制の理論が浮上している事実は、重大視しなければならない。公共サービスを切り捨てて、それを市場として企業に提供する可能性が極めて強い。それが現在の安倍政権の方針でもある。

しかし、新自由主義者は、何が目的でこうした極端な企業優遇策を提案するのだろうか。改めて言うまでもなく、それは企業の国際競争力を高めるためである。大企業が国際競争力をつけて利益をあげれば、それが国民に還元されるとする単純な考えである。

が、この考えは誤っている。現在の多国籍企業は、現地生産・現地販売・現地サービスの類型が主流となっており、収益は海外のタックスヘイブンなどに蓄積される。日本国民がその恩恵を受けることはない。

それどころか国境なき企業競争の下で、日本国内においても海外とのハーモニーゼーションの必要性に迫られ、労働法制の改悪により、賃金レベルが下がっているのである。

幸いに道州制の布石である大阪都構想は失敗した。橋下市長は、政界からの引退を決めた。新自由主義=構造改革は支持されなかったのだ。

シャッター が下りた商店街を日本の津々浦々に広げたのは、新自由主義=構造改革の政治である。政治家や評論家が「改革」を強調するとき、われわれは誰のための「改革」なのか、その中身を吟味しなければならない。

ちなみに「道州制推進知事・指定都市市長連合」には、松井一郎大阪府知事や名古屋市長の川村たかし氏も名を連ねている。地方政党が新自由主義=構造改革の受け皿として登場した背景がかいまみえる。

2015年05月19日 (火曜日)

大阪市が実施した都構想の住民投票が否決された。

この結果は、1996年に成立した橋本内閣の時代から歴代自民党政府が押し進め、安倍内閣の下で頂点に達している新自由主義=構造改革が、道州制導入という最終段階に来て、「NO」を突きつけられたことを意味する。

もっとも、マスコミが今回の住民投票の本質的な争点を隠していたので、都構想に「NO」を表明した人のうち、どの程度が都構想の根底に道州制導入への野心があることに気づいていたかは定かではないが。郷里としての大阪市が失われることに対して、「NO」を表名した人も少なくないかも知れない。

が、それはともかくとして、大阪市民は大変な悲劇の到来を食い止めた。

◆道州制の旗振り人としての橋下市長

新自由主義=構造改革の中心的な政策に「小さな政府」の構築がある。そのために自民党は、市町村、省庁、国立大学などを再編・リストラしてきた。財政支出を抑制するためである。それに連動して法人税を軽減してきた。

また、福祉・医療といった公的保障の枠を縮小し、それに代わって福祉・医療の分野を、新しい市場として民間企業に提供するなどの策を進めている。そして最終的には、福祉や医療の分野を地方に移譲し、財源が不足すれば地方自治体の裁量で、公的サービスを切り捨てる。これが想定される今後のプロセスである。

こうしたドラスチックな構造改革の受け皿となるのが、道州制である。

大阪市の橋下市長は、その道州制の旗振り役である道州制推進知事・指定都市市長連合の共同代表を務めている。もうひとりの共同代表である宮城県の村井知事は、橋下市長の敗北を受けて、18日、

「道州制に向けて歩みを進めているリーダーを失った。道州制への影響は間違いなく出る」(産経新聞)

と、話した。

マスコミは報じなかったが、大阪の住民投票は、安倍内閣にとっては、道州制の導入という新自由主義=構造改革の最終段階へ向けた布石だったのだ。その試みが否決された意味は大きい。

◆大阪府は新自由主義のモデル地区

安倍内閣は、大阪府を新自由主義=構造改革の導入を図るためのモデル地区(国家戦略特区)に指定している。国家戦略特区とは、新自由主義=構造改革を急進的に進めるためのモデル地区のことである。モデル地区で「岩盤規制」を撤廃したうえで、それを全国へ拡大するというのが、安倍内閣の方針である。

ところが安倍内閣は、橋下市長という受け皿を今年限りで失うことになる。

ちなみに国家戦略特区の「岩盤規制」撤廃は、自民党の思惑どおりには進んでいないようだ。これに苛立った経済同友会は、4月23日に、「国家戦略特区を問い直す〜特区のキーワードは“実験場”と“失敗の容認”〜」と題する提言を発表し、その中で次のように、特区における「岩盤規制」の撤廃を求めている。

「特区は岩盤規制により今までできなかったことを試せるチャレンジの場のはずである。もし失敗や弊害が生じたとしても、その原因が分かれば将来の取り組みの糧となる。まずは失敗を恐れずチャレンジすることが重要である。」

国家戦略特区における「改革」が進まないことに象徴されるように、新自由主義=構造改革は、貧困や社会格差をはじめさまざまな弊害を生んでいる。自民党の地方議員の中にも、新自由主義=構造改革の誤りにようやく気づきはじめた人もいるのではないか?

なお、最初に新自由主義=構造改革を叫んだのは、『日本改造計画』の著者・小沢一郎氏である。自己責任論や構造改革を唱えて、1993年に自民党を飛び出したのである。それが失われた20年の始まりだった。

2015年05月18日 (月曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

安全保障法制を正式に閣議で決定。安倍政権が、集団的自衛権容認と特定秘密保護法をこうも拙速に進めた狙いが、改めて明確になった。中東での軍事戦略がことごとく失敗、泥沼化で米国が水面下で強力に押しつけていた自衛隊と在日米軍の一体化計画に、日本が迎合するためだったのだ。

在日米軍の役割と重ね合わせて見れば、安倍首相がどう弁解しようとも、自衛隊は米軍の補完勢力となり、米国やその同盟関係にある国と一緒に世界で戦う国になる。既成メディアが、何故それを関連付けて明確に伝えないのか、私には不思議でならない。

◆米軍の補完部隊としての自衛隊

1990年、イラクがクウェートに侵攻したことに端を発し、米軍主力の多国籍軍がイラク攻撃を仕掛けた湾岸戦争。米国は自衛隊を派遣しなかった日本を「血を流さない国」とあからさまに批判した。しかし、この時期を境に、米国の軍事優先の中東軍事戦略は、失敗の歴史でもあった。

湾岸戦争後も、イスラム教聖地のサウジアラビアに米軍が駐留したことにビン・ラーディンが怒り、もともと親米のはずのアルカイダを反米闘争に向かわせた。その結果、2001年9月の米本土での同時多発テロを招き、報復としてのアフガニスタン・タリバン、イラク攻撃も裏目に出た。多くの若者の命を戦場で散らし、多額の軍事費の浪費は、米財政を圧迫し続けた。

2005年から始まった在日米軍再編計画は、この失敗・窮状をどう乗り切るか。米国の世界的軍事戦略の見直しの一環として始まったと言えるだろう。

米国にとり最大の軍事的懸案は、アフガンやイラクなどの極地紛争にあるのではない。中国の軍事力の台頭で、「不安定の弧」と呼ぶ北朝鮮から台湾海峡、南シナ海、インド洋、イラン、イスラエルなどの中東全体の紛争多発地域で、米国の軍事力をどう誇示するかだ。

しかし、イラクもアフガンも引くに引けない状態に陥った米国は、この「不安定な弧」にさらにつぎ込む兵力、軍事費も残っていなかった。そこに目を付けたのが、「沖縄の基地負担の軽減」を名目に「在日米軍再編計画」を進め、日本の自衛隊もその基地も、米軍の補完部隊として引き込むことだったのだ。

つまり、私が昨年末指摘したように、在日米軍再編の目的は「沖縄の基地負担軽減」でなく、日本本土に広がる自衛隊基地を、対中国戦略で米軍基地としてしまう「本土の沖縄化」にある(参照「秘密保護法、集団的自衛権のあまりに危険な実態、ジョセフ・ナイ元米国防次官補の語る日米軍事戦略」http://www.kokusyo.jp/yoshitake/6903/)。

◆米軍の司令部は座間基地へ移転

米・太平洋軍の主力部隊は、日本に駐留する陸軍第1軍団だ。その任務は、「日本の防衛」や「極東の平和維持」を大きくはみ出し、米・西海岸からアフリカの東海岸にまでが守備範囲。日米安保を始め、米韓、ANZUS(米、豪、ニュージーランド)、東南アジア集団防衛(米、仏、豪、ニュージーランド、タイ、フィリピン)と、米国が世界で結ぶ相互防衛条約7つのうち、5つを受け持つ米・軍事世界戦略の主力部隊だ。

再編計画の要は、自衛隊との共同作戦を視野に、軍団司令部を米本土から東京の防衛省にも近い神奈川県座間基地に移転することにある。

日本の自衛隊基地と米軍基地を一体的に運営し、「不安定な弧」で有事になれば、その司令の下で自衛隊基地を拠点として第1軍団とともに自衛隊を世界のどこにでも派兵することにある。

安倍政権が集団的自衛権容認を急いだのは、在日米軍再編に合わせ、一体での武力行使を可能にするためである。秘密保護法もこうした作戦が漏れることが防ぐのが、何よりの主眼であったことが見て取れる。自衛隊を戦闘部隊とするか、後方支援部隊にするかは時と場合で決められるとしても、相手国から見れば、日本は敵国であることに何の変わりもない。

◆周辺事態法の地理的用件を排除

この米国の狙いを下敷きに改めて、閣議決定された安保法制の中身を見てみよう。

武力攻撃事態法改正案では、「存立危機事態」を新設。日本が直接攻撃を受けなくても、「日本と密接な関係にある他国」が武力攻撃され、「日本の存立が脅かされ」、「他に適当な手段がない場合」、「自衛隊が武力攻撃出来る」としている。

さらに自衛隊が米軍の後方支援を出来る従来の「周辺事態法」は、「日本周辺」という地理的要件を取り払い、「重要影響事態法」に改変。「日本の平和と安全」のために後方支援の対象を米軍以外にも拡大、世界中で活動出来るにする。

「日本と密接な関係にある他国」とは、米国と相互防衛条約を結び、第1軍団が担当する韓国、豪、ニュージーランド、仏、タイ、フィリピンを指すことは間違いないだろう。

今後、ペンタゴンから移転し、座間基地に置かれる軍団司令部は、地理的にも近い防衛省と密接に協議し、共同作戦を練る。「不安定な弧」で何か起これば、真っ先に第1軍団が第7艦隊や第3海兵遠征軍とともに戦闘態勢に入り、同盟国が参戦する可能性もある。

そうなれば、同盟国も相手の敵国になり、軍事衝突があれば「日本と密接な関係にある他国」に対しての武力攻撃である。「存立危機事態」とみなされる可能性が高く武力攻撃事態法により、自衛隊は米軍と一緒に同盟国を攻撃する国に対し、武力行使することになる。

もし、「日本の存立が脅かされる」とは直ちに言えず、自衛隊が米軍の後方支援を担当する「重要影響事態」に認定されたとしても、米軍の司令部が日本にある以上、相手は日本を「敵国」として攻撃してくる。

「日本の存立が脅かされ」、「他に適当な手段がない場合」に該当するのは時間の問題であり、間もなく「存立危機事態」に格上げされ、憲法9条は有名無実。海外での「自衛隊の武力攻撃」が現実のものになり、日本本土も戦場と化す。

◆米軍の軍事要求を完全に満たす体制

安倍首相は、閣議決定後の記者会見で「戦争に巻き込まれることは絶対にない。自衛隊が世界で武力行使することもない」と断言。公明も9条改正に慎重な支持者への言い訳のためか、自民との与党協議で戦争に巻き込まれず、自衛隊派遣にも厳格な「歯止め」を作ったかのように見せかけた。

しかし、これは上記の通り、何の「歯止め」にもならない。結果責任のある政治家にとり、あまりにも無責任過ぎる発言であり、政治行動だ。

安倍首相は相手国に対し、日本を「敵国」とみなさず、本土攻撃されない「歯止め」を何か作ったのか、作れたのか。もちろんそんなものは何一つない。国際関係の中でそんな約束はあり得ないし、公明も安倍首相からそうはならない「歯止め」をどう引き出したのか。私にはその根拠が分からない。

安倍首相は、ゴールデンウィーク中の訪米で、オバマ大統領から大歓迎を受け、議会演説もさせてもらえたことで、得意満面だった。しかし、オバマ氏が最大の笑みを浮かべて安倍首相を迎えたのも、当然のことだった。こんな過大な米国の軍事要求に、100点満点以上に答を出してくれる首相は、日本には安倍氏以外にいなかったからだ。

米国は民主、共和党政権の区別なく、1950年の朝鮮戦争以来の東西対立で、9条改憲による米軍と一体となる自衛隊の軍事参画を、一貫して求めて来たと言っていいだろう。

しかし、吉田茂首相以来の日本の保守本流路線は、戦後復興を重視、経済優先・軽軍備路線を貫いてきた。「軍事に必要以上の金をつぎ込めない」と親米ではあっても、9条を盾に「集団的自衛権」は認めず、米国の要求をのらりくらりかわし続けて来た。

それを安倍首相は、いとも簡単に解釈改憲をしてひっくり返した。日米ガイドライン協議(日米防衛協力のための指針)で、実質、日米軍隊の一体化に合意。訪米中、日本の国会・国民まで差し置いて夏までに新安保法制を成立させることをオバマ大統領に約束した。

◆安倍首相の祖父・岸信介の野望

安倍氏が尊敬してやまないのが、祖父の岸信介元首相だ。岸氏は、戦争責任を問われA級戦犯に問われた。しかし、その後の米ソ冷戦の進展で米国にとり、「役に立つ人物」と目されたのだろう、1952年のサンフランシスコ講和条約発効とともに公職追放の身からも解放される。

政界復帰を果たすと、「日本の真の独立」を提唱し9条改憲を掲げた。これが当時の吉田首相とも対立する原因となる。しかし、その裏に、米CIAによる多額の資金提供を含む日本政界への工作があった輪郭が、最近の米秘密文書の公開などによって次第に明らかになっている。

しかし、その岸氏が首相になっても平和勢力による反対運動の激化で、1960年の日米安保条約改定までが精一杯。憲法9条改正、集団的自衛権容認による日米軍事同盟で、日本の自衛隊を海外派兵することまでは、とても進まなかった。

それを安倍首相は民主政権の崩壊以来のどさくさにまみれ、十分な国民議論にかけることなく、わずか2年半で成し遂げた。その裏には、自らの靖国参拝や歴史認識問題で中国、韓国を刺激。国内のナショナリズムも煽るなどの巧みな戦略もあったが、その手法は右翼の力も借りて日米安保改定に取り組んだ祖父譲りとも言える。

オバマ氏の笑みの裏には、米国の国益に沿って忠実に動いてくれる可愛い日本の首相と映っているからだろう。一方、安倍氏の得意満面の表情には、尊敬する祖父が、米国の庇護を受けてさえ成し遂げられなかった日米軍事同盟を自らの手で実現し、長期政権を米国に保証してもらえたとの高揚感があるのかも知れない。

◆米国の敵はすべて日本の敵に

外交は、常に崇高な理想としたたかな国益の組み合わせで展開される国際ゲームだ。米国の理想は、「人権」である。その手法は最大限に国益も実現できる強大な軍事力が背景だ。中国とも「人権」を掲げ対抗するとともに、したたかな国益計算で安倍首相を取り込み、日米軍事同盟で台頭する中国の軍事力と対抗する世界戦略を描く。

しかし、日本の理想は、戦争への反省、二度の世界大戦を踏まえ世界の人たちの願いも取り込んだ日本憲法にある。外務省がその実現のために努力した形跡も熱意もほとんど見られないのは残念だとしても、「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼し、われらの安全と生存を保持しようと決意した」不戦の誓いであり、武力の不行使を前提する「平和」が外交の基盤にならなくてはならない。本来、日米の国是の違いは明確である。

日米安保を更なる軍事同盟に深化させる今回の安保法制は、米国の敵をすべて日本の敵とし、世界の国々を敵・見方を明確に区別することだ。当然、武力の行使を前提とし、憲法・日本の国是・理想を捨てることでもある。安倍首相は国内では何とでも言い訳は出来ても、たとえ建前としてもこの理想を掲げた「平和外交」は、金輪際、国際社会の中で通用しなくなる。

果たしてそれでいいのか。国益から考えてみても、日本はまもなく2025年の超高齢化社会のピークを迎える。数少ない若者の命を、米国と一体になった武力行使でむざむざ散らす訳にはいかない。財政も戦後二度目の危機を迎える。吉田茂首相時代同様、国益は、国際社会でいかに頭を低くし、軽軍備・財政負担の軽減でこの時期を乗り切るかにしかないのだ。

私も中国の軍事力の台頭を否定するつもりはない。いや、だからこそ靖国・歴史認識問題で中国や韓国を刺激し敵対、日本のナショナリズムを煽って極東の緊張を高めてはならないのだ。米軍と一体となる軍事力の強化は、「平和」の理想を掲げる日本外交のフリーハンドをますます失い、日本の足元の国益に反する。

安倍氏の政策は、日本を取り巻く内外の環境からも、やがて破たんすると私は見る。しかし、外交での他国との約束は、政権が変わったことで簡単に覆せるものではない。もちろん、いったん敵視した国との修復も…だ。気が付いたときには、もう手遅れである。

安倍氏は、この国の美しい国土と若者の命を米国に捧げるつもりなのか。これから本格化する安保国会。言論統制・監視が強まる中、メディアは勇気をもって、在日米軍再編計画と一体化する安保法制の実態とその危険性を、国民に実感をもって感じられる的確な報道姿勢を貫く意地を見せてもらいたい。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」東京図書出版)著者。特定秘密保護法違憲訴訟原告。

2015年05月15日 (金曜日)

政府は14日に開いた臨時閣議で、安全保障関連法案を決定した。

これにより集団的自衛権の行使が可能になる。具体的には、日本が外国から武力攻撃を受けていなくても、同盟国が攻撃対象になった場合、自衛隊が武力を行使することができる。法案は、15日に国会に提出される。

海外派兵をどう解釈するのかという問題で、政府やマスコミが常に隠蔽(いんぺい)しているのは、グローバリゼーションが進む中で、多国籍企業の防衛部隊としての軍隊という側面である。

これが現代の海外派兵の本質といっても過言ではないが、国際貢献やテロ撲滅のための国際協力といった口実でごまかされてきた。

14日に安倍首相が行った記者会見でも、多国籍企業の要求としての海外派兵という論点は語られなかった。また、記者から、この点を追及する質問もでなかった。が、実はこの点が最も肝心な部分なのだ。

財界は露骨に海外派兵体制の構築を求めてきた。そのことは、たとえば経済同友会がこれまで発表してきた提言を検証すると見えてくる。一例をあげると、2012年2月の「世界構造の変化と日本外交新次元への進化」と題する提言がある。そこでは、露骨に自衛隊の海外派兵必要論が展開されている。

◆グローバリゼーションと多国籍企業

その理由として経済同友会が指摘しているのが、「在外邦人保護に向けた体制整備」である。これは端的に言えば、多国籍企業の防衛体制の構築を意味する。海外留学生や旅行者の保護とは解釈できない。

厳密に言えば、多国籍企業が進出先におけるクーデターや革命などの政変で撤退に追い込まれる事態を回避するために、武力により「治安の維持」をはかるのが派兵の目的だ。それを「在外邦人保護に向けた体制整備」という言葉でごまかしているに過ぎない。
提言は日本企業の多国籍化を前提に次のように言う。

「今後、新興国のような高い経済成長が期待できない日本にのみ活動の場を求めるのではなく、広く世界に活動範囲を広げていきたいと考える日本人・日本企業が今後は一層増えてくることが想定される。

日本人の国際進出を視野に入れたとき、有事における在外邦人保護に向け、日本が対処能力、法的基盤を整備していくことは不可欠である。既に政府専用機、自衛隊機、自衛隊艦船を在外邦人の輸送に用いるための道は開かれているが、さらに緊急時において空港・港湾施設までの在外邦人の避難、輸送までも自衛隊が担うことを可能にするべきである。

また、現在、輸送の安全の確保が認められる場合のみ、邦人救出に踏み切ることが法律上許される形となっているが、より現実的な対応を可能とするためにも安全確保の要件は外すべきである。

邦人保護を行うに際しては、救援活動を行う現地の政府の同意を得ることは重要であり、その点においても平時より、安全保障に取り組む日本の姿勢について正確な情報を国際社会に提供しておくことが不可欠である。そうした信頼の基盤の上に、救出活動を、同盟国である米国を含め、多国間で行う可能性も生まれてくる。」

◆改憲も要求

こうした要望と見解に基づいて、経済同友会の提言は、集団的自衛権の行使や憲法改正を求めている。

「現在の日本政府の憲法解釈の下では、個別的自衛権を行使し、武力行使に至ることは認められているが、集団的自衛権の行使は、国防のための必要最小限度を超えるものであるとして認められていない。

しかし、集団的自衛権行使を容認しない現在の憲法解釈は、国際安全保障の確保のために日本が取り得る活動を著しく制約し、また有事における日米同盟の有効性を損ねる。今や東アジアのみならず、世界における安全保障の確保と日本の安全保障の確保は不可分である。

そして、米国は有事における日本防衛の義務を負うのに対して、日本は平時より米軍に対して基地提供を行うことをもって同盟を成立させるという関係は片務的であり、日本の国際的発言力の強化という観点からも、改善する必要がある。」

◆特定秘密保護法との関連

さらに提言は日米の協力体制に言及して、戦略上、「日米情報共有体制を強化」を求めている。特定秘密保護法の起源は、おそらくこのあたりに根付いているのではないか。

「平時、有事を問わず、情報の共有は同盟関係において非常に重要である。広く国際社会との関わりを持つ日本にとって、米国の情報収集力を活用できることは、同盟関係における大きな資産の一つである。今後、日本はより一層国際社会と一体となって、安定と繁栄への道を模索する必要がある。そのためにも、日米情報共有体制を強化する方策を探らなくてはならない。

情報共有の強化には、日本独自の情報収集・分析体制を強化することも必要であるが、同時に政府における情報管理・保全体制の整備にも速やかに着手する必要がある。情報保全に関わる信頼の確保こそ、情報共有の大前提である。」

◆ニカラグアと海外派兵

海外派兵と多国籍企業の関係は、たとえばラテンアメリカと米国の関係に焦点を当てると明確に見える。ニカラグアの例を紹介しよう。

ニカラグアは1979年までの約半世紀の間、ソモサ一家による独裁が続いていた。ソモサは米国の傀儡で、ニカラグアの産業から、政治、軍部までを掌握していた。

しかし、ソモサ政権は1979年に亡命。内戦の末にソモサ「王朝」は崩壊した。新たに政権の座についたのは、左派よりの路線を取るFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)だった。

わたしは1985年に初めてニカラグアを取材したが、米軍を後ろ盾としたコントラと新政府による内戦が勃発する前の様子について、滞在させてもらった民家の少年が次のように話していた。

「それから(注:FSLNが首都を制圧した数日後)ブラック・バードがやってきた」

「ブラック・バード?」

「ブラック・バード、黒鳥だよ。アメリカ空軍の偵察機だよ。四日間に渡ってニカラグアの空を飛び回り、航空写真を撮って帰った。速度が速くてなにもみえないよ。時々、威嚇するように爆音だけが響いていた。みんな家の中に閉じこもって一歩も外出しなかった」(出典=拙著『バイクに乗ったコロンブス』)

その後、米国はニカラグアと国境を接するホンジュラスを米軍基地の国に変えた。そしてコントラと呼ばれる右翼ゲリラを世界一高性能な兵器で武装させ、新生ニカラグアに戦争を仕掛けたのである。当時のレーガン大統領は、コントラを「フリーダム・ファイターズ」と命名した。

なぜ、米国はFSLNを攻撃したのか。米国の多国籍企業が権益をもつラテンアメリカ全体に、ニカラグア革命の影響が広がることを恐れたのだ。米国は、ラテンアメリカに対して、繰り返し海外派兵を断行してきた歴史がある。

日本が構築を目指している派兵体制も、基本的には、日本企業の多国籍化を念頭においたものにほかならない

2015年05月14日 (木曜日)

「身近に潜む電磁波のリスクを考える=LED、スマホ、リニア」と題するシンポジウムが、5月16日(土曜日)、13:30分から東京の板橋区立グリーンホールで開かれる。

これは、利便性の向上を最優先する国策の下で、新世代公害として水面下の問題になっている電磁波が人体に及ぼす影響などについて考えるために、「電磁波からいのちを守る全国ネット(荻野晃也代表)」が企画したものである。

参加費は資料代500円。事前予約の必要はない。

携帯電話の基地局設置により周辺住民が否応なしに受ける人体影響や、強引に基地局を設置してはばからない電話会社の方針に対する問題提起がなされるものと思われる。

海外では、基地局周辺で癌の発生率が突出して高いという疫学調査のデータ(ドイツなど)が出ているが、日本では、基地局設置が野放しになっており、電話会社と住民の間でトラブルが発生している。

ちなみにスカイツリーは、電磁波問題を考慮しないで、「開発」だけを先走った典型例である。スカイツリー周辺では、相対的にマイクロ波の数値が高いことが明らかになっている。

講師は、電磁波研究の第一人者・荻野晃也、環境ジャーナリストの加藤やすこ、市民団体ガウスネット代表・懸樋哲夫、環境ジャーナリスト・天笠啓祐の各氏。

シンポジウムの詳細は次のURLでアクセスできる。

http://tkuroyabu.net/wp-content

 

2015年05月13日 (水曜日)

新聞社の衰退が指摘されるようになって久しいが、読売の渡邉恒雄会長は、今年4月の入社式に行った挨拶で、読売の経営が依然として安定していることを強調してみせた。多角経営の優位性を次のように述べている。新聞人の言葉というよりも、むしろ財界人の言葉である。

「各新聞社とも今、活字不況時代ということもあって、経営は相当苦しいですが、読売新聞は全く安泰です。しかも新聞だけではなく、全ての分野の経営において成功しています。

野球では巨人軍があるし、出版部門では、一番古い総合雑誌としての歴史を持つ「中央公論」を中心とした中央公論新社があるし、1部上場会社で、最近視聴率も上げている日本テレビも読売新聞が筆頭株主で姉妹関係にあります。

また、非常に大きな不動産や土地を持ったよみうりランドも1部上場会社ですが、読売新聞から会長、社長等を出し、筆頭株主も読売新聞です。

ただいま皆さんに名演奏を聴かせてくれた読売日本交響楽団もグループの一員です。

そのほか読売理工医療福祉専門学校や読売自動車大学校、読売・日本テレビ文化センターなどがあります。

読売が持っている不動産では、プランタン銀座や、ビックカメラ(有楽町店)、マロニエゲートのほか、札幌駅前にはワシントンホテルグループのホテルがあります。非常に多角的に経営し、すべて万全の財務基盤を持って、文化的な貢献をしています」

渡邉氏が具体的にあげた業種で出版やジャーナリズムとはまったく関係がない分野としては、次のようなものがある。

※読売ジャイアンツ(プロ野球)
※よみうりランド(レジャー)
※読売日本交響楽団(音楽)
※読売理工医療福祉専門学校(学校)
※読売自動車大学校(学校)
※プランタン銀座(不動産)
※ビックカメラ・有楽町店(不動産)
※マロニエゲート(不動産)
※ワシントンホテルグループ(旅行)

読売はさまざまな分野へ進出している。読売新聞社はもはや新聞社単体というよりも、多種多様な事業を展開する巨大グループの一企業と言ったほうが適切だ。

◆新聞産業の衰退

新聞社が大規模な多角経営を行っている例は、日本のケースを除いてあまり聞いたことがない。ジャーナリズムという職種上、経済界と一定の距離を置かなければ、特定の企業や特定の業界のPR媒体に変質する恐れがあり、それなりの自粛が働くからだ。一般企業との区別は、新聞人の誇りでもある。

しかし、日本の新聞社では、読売ほど大きな規模ではないが、多角経営が一般化しているようだ。たとえば朝日新聞社は、東京・銀座に、新ビル「銀座朝日ビル(仮称)」(地下2階地上12階建ての)を建設する。毎日新聞社も不動産物件の所有者である。

新聞の読者離れに歯止めがかからないわけだから、多角経営に乗り出さなければ、新聞社本体の経営が悪化していく事情は理解できるが、それにより真実を伝えるジャーナリズムの役割が衰退し、単なる情報産業と化してしまう危険性も高い。

◆出版人としてのプライド

読売新聞社は、新聞販売店やフリーのジャーナリストに対して、たびたび裁判を起こしてきた事実がある。しかも、改憲問題などで、本来であれば読売の改憲論とは相容れないはずの護憲派・自由人権協会の弁護士を使っている。

そこには新聞人の核をなすはずの自分の思想への強いこだわりが感じられない。言論に対しては言論で対抗するという出版人としてのプライドも感じられない。企業法務が最優先されている印象がある。これも多角経営がもたらした弊害ではないか。

渡邉恒雄氏が語った内容は、新聞人というよりも、財界人の視点で貫かれている。記者が大企業の中の一員になってしまえば、ジャーナリズムもお金儲けの道具に変質しかねない。

2015年05月12日 (火曜日)

 偽装捜査報告書のネット流出事件とはなにか?
この事件は、Media Kokusyoでも小沢一郎検審問題との関連で、たびたび取り上げてきた。紙メディアも事件の当初は報道している。

記事の大きさは、社によって異なるが、新聞の場合、少なくとも読売、朝日、毎日、産経は報じている。特に産経は、偽装報告書がネット上で公開された後の2012年5月5日に第1面で大きく取り上げた。

産経の報道によると、小沢検審へ送られ、その後、外部へ流出し、ネット上で公開された偽装の捜査報告書は、「何者かが意図的に流出させた可能性がある」という。

■5月5日付け産経新聞の記事

捜査報告書の流出ルートは、窃盗などのケースは別として、原則的には、検察側から流出したか、小沢弁護団側から流出したかの2ルートしかない。

2012年5月18日付け毎日新聞によると、「小川敏夫法相は18日の閣議後の記者会見で、『調査の結果、検察庁から流出したものではなかった』と明らかにした」という。

小川法相のコメントが真実とすれば、小沢弁護団側を調査する必要があるが、これまでどのような調査が行われたのだろうか。真相を解明するための最大限の努力は行われていない。これ自体が異常だ。新聞ジャーナリズムも調査対象からも外れている。

改めて言うまでもなく、真相解明が必要なのは、小沢氏の無罪判決の中身が、偽装報告書の流出により生じた検察批判の世論に、若干は影響された可能性も完全には否定し切れないからだ。だれが偽装報告書を流出させたかを解明しなければ、小沢一郎裁判の正しい評価もできない。

事件から3年、いま再検証が求められている。

2015年05月11日 (月曜日)

2015年3月度のABC部数が明らかになった。それによると中央紙は、対前月差では、大きな変動はなかったものの、対前年同月差では、朝日新聞が約65万部、読売が58万部のマイナスとなった。

中央紙の販売部数は次の通りである。()内は、対前年同月差。

朝日新聞:6,801,032(-649,200)
毎日新聞:3,254,446(-67,296)
読売新聞:9,114,786(-576,151)
日経新聞:2,740,031(-28,588)
産経新聞:1,607,047(+17,800)

◆ABC部数と「押し紙」

ABC部数を解析する場合に、考慮しなければならないのは、ABC部数が必ずしも実配部数(実際に配達されている新聞の部数)を反映しているとは限らないという点である。

日本の新聞社の多くは「押し紙」政策を採用してきた事実があり、これが原因で「ABC部数=実配部数」という解釈を困難にしている。両者は別物である。

「押し紙」とは、新聞社が配達部数を超えて販売店に搬入する部数のことである。たとえば2000部の新聞を配達している販売店に、2500部を搬入すれば、差異の500部が「押し紙」ということになる。

新聞社は「押し紙」についても新聞の卸し代金を徴収する。また、「押し紙」部数をABC部数に加算することで、紙面広告の媒体価値をつり上げる。

広告主からも、「押し紙」政策を批判する声が挙がっているが、日本新聞協会は、「押し紙」は存在しないとする立場を貫いている。しかし、「押し紙」は、新聞業界では周知の事実となっており、それを足下の大問題として検証しないこと自体が真実を追究するジャーナリズムの姿勢からはほど遠い。

「押し紙」は独禁法に抵触するので、公権力がそれを逆手に取れば、メディアコントロールの道具になる。その意味では、極めて危険な要素だ。

■2015年度・3月のABC部数

2015年05月08日 (金曜日)

 携帯電話の基地局設置をめぐるトラブルが多発している。今年の2月から現在までの約3ヶ月の間に、わたしが把握した新ケースは3件になる。いずれもMedia Kokusyoへの情報提供により実態を掴んだ。

このうち東京都世田谷区奥沢のケースについては、既報した通りである。NTTドコモがマンションの屋上に基地局を設置しようとして、住民との間にトラブルが発生した。

同社は、2013年にも、奥沢からほど近い目黒区八雲で、住民の反対により基地局設置を断念している。NTTドコモが設置を計画していた場所は、老人ホームの屋上だった。

大阪市の男性からも、基地局をめぐる情報提供があった。現地へ足を運んで現場を確認していないので、電話会社の社名は明かさないが、住居からほんの数メートルの地点に基地局(冒頭写真参考)があり、家族が癌になったという内容の通報だった。

さらに大阪府の高槻市からも、基地局を設置されてトラブルになっているという通報があった。

◆共産党も追及できない電磁波問題

携帯基地局の問題は、報道が抑制される傾向がある。また、国会の場でも徹底追及が進まない。こうした状況を招いている主要な要因は少なくとも3点ある。

まず、第1は基地局の設置が、ユビキタス社会の完成をめざす政府の国策になっている事情である。携帯電話の基地局を張り巡らせない限り、「いつでも、どこでも、誰でも」がインターネットを通じてつながる社会の実現は出来ない。それゆえに基地局を増やすことが、ユビキタス社会のインフラ整備ということになる。

そこに企業の利権が複雑にからんでいることは疑いない。IT産業が巨大ビジネスとして成立するから、巨額の政治献金の見返りとして、ユビキタス社会を目指す国策が打ち出されているのだ。

改めて言うまでもなく、国策に反対する闘いは、極めて高いリスクを背負う。正義を実現する最後の砦である司法やジャーナリズムが健全であればまだしも、裁判官もメディアも国策に対しては、「NO」を表明しにくい。

事実、この問題はほとんど報じられないし、これまで提起された基地局撤去を求める裁判では、ことごとく電話会社が勝訴している。

ただし、例外として、『週刊東洋経済』のように、企業名を公表して、報じているメディアもある。

さらに第3の原因として、電磁波問題に言及すると嫌われるという事情がある。携帯電話の普及率が100%を超え、だれでも、どこでも、当たり前に携帯電話やスマフォを使う風潮が生まれてくると、それに対して異論を唱えると、敵視される傾向がある。不愉快に感じるらしい。「空気を読めない人」ということになる。

特にスマフォのヘビーユーザー間でこのような傾向が強いようだ。

かつて共産党の紙智子議員は、国会で電磁波問題を取り上げていた。ところがいまは沈黙してしまった。おなじく共産党の吉良よし子議員は、僻地に携帯基地局を設置するために補助金を支給するように国会で求めている。むしろ国策を後押ししている。

(その一方で、原発には反対している。実は原発のガンマ線も電磁波の一種なのだが・・)

吉良氏には青年層の支持を取り込みたいという意図があるのではなだろうか?新世代公害である電磁波や基地局設置を、人類に禍根を残しかねない重大問題として認識しないのは、共産党議員のイメージから著しくかけ離れている。

◆知らないうちに進む洗脳

NHKは、番組の中に携帯電話やスマフォの使用を組み込んでいる。これらのツールにより放送の双方向化をはかろうという意図であるが、そこには、公害としての電磁波という問題意識が完全に欠落している。

こうした番組に日常的に接していると、電磁波問題に言及する者は、「頭がおかしい」という世論が形成されかねない。視聴者は気づいていないが、これが洗脳の典型的なプロセスにほかならない。

2015年05月07日 (木曜日)

元レバノン日本国特命全権大使で評論家の天木直人氏が、インターネット上の新しい政党「新党憲法9条」を立ち上げた。活動の舞台になるウエブサイトは29日に公開された。

これはイデオロギーを離れて憲法9条の尊重を前提に、インターネットを通じて政治のあり方を考える構想に基づいたものである。既存政党のように、選挙の時だけ自分の主張を展開するのではなく、インターネットを通じて双方向で日常的に議論を深めながら、最終的に議員を国会へ送り込むことを目指す。

現在の政党助成金や政務調査費などは、廃止を求める方針。既存の政党の反対でそれが実現しない場合は、党の活動基金という形で「ファンド」にして、納税者である国民に還元するとしている。

また、メディアのあり方については、真実を伝える努力をするメディアやジャーナリストを支援するとしている。

「新党憲法9条」の公式ウエブサイトは次の通りである。

■「新党憲法9条」の公式ウエブサイト