2017年02月09日 (木曜日)

博報堂へ「天下り」しているのは、内閣府の職員だけではない。警察関係者も天下りしている。

筆者が調査したところ、少なくとも現在、3人の警察関係者が博報堂へ再就職している。()内は前職である。[ ]は現在の肩書き。

■松田昇(最高検刑事部長)。[博報堂DYホールディングスの取締役]

■前川信一(大阪府警察学校長)。[博報堂の顧問]

■蛭田正則(警視庁地域部長)。[博報堂DYホールディングスの顧問  ]

警察と広告業とどのような関係があるのかはまったく不明だが、少なくとも次のことはいえるだろう。それは博報堂で不祥事が発生したり、刑事告訴や刑事告発の対象にされた場合など、警察関係のOBが工作すれば、司法による捜査を骨抜きにしやすくなることだ。

◇再就職等監視委員会の茶番劇

「天下り」が民主主義にとって不合理な慣行であることは言うまでもない。日本では、学閥や派閥が意思決定を行う際の大きな要素になっている。本来、国家公務員は退官すれば、政策決定に係わりをもたない、あるいは影響を及ぼす行為を控えるのが、民主国家の原則である。このあたりの意識が欧米から大きく遅れているのだ。

さらに再就職等監視委員会を設けて、表向きは「天下り」を取り締まっているが、取り締まり対象となる中味を見ると、実質的にはほとんど取り締まりが不可能な制度になっていることが分かる。次にあげるたった3項目が、取り締まり対象事項である。

1 現職職員による他の職員・元職員の再就職依頼・情報提供等規制

2 現職職員による利害関係企業等への求職活動規制

3 再就職者(元職員)による元の職場への働きかけ規制

[1]はともかくも、[2][3]は、立証のしようがない。たとえば[3]の場合、料亭で酒を飲みながら政策決定しても、議事録の記録としては残らない。さらに退職後に、利害関係企業等へ交渉する行為は取り締まりの対象外である。官僚はみずからの利益のために、規制をあまくしているのだ。

これでは天下りが根絶できない。報道されていないが、実態はほとんど昔と変わっていない。

2017年02月08日 (水曜日)

内閣府との不自然な取り引きが明らかになっている博報堂。
既報したように、内閣府のナンバー2にあたる審議官・阪本和道氏が博報堂に「天下り」していた事実が発覚したのを機に、筆者は追加の調査を行った。

その結果、内閣官房の広報室参事官補佐(広報戦略推進官)・田幸大輔氏が、退官のひと月後にあたる2014年5月1日付けで、博報堂に天下っていたことが分かった。匿名の通報を受け、証拠書面も入手した。

田幸氏が務めた広報戦略推進官は、まさに広報活動の指揮を取る立場にある。

これに対して内閣府は次のように説明する。

「田幸氏は内閣府ではなく、内閣官房の所属なので、無関係」

 内閣官房というのは、内閣総理大臣の直属機関である。そうであるなら、より問題は重大だ。

◇「田幸」から「阪本」へ

田幸氏が退官したのは、2014年3月31日。その翌日にあたる4月1日に、博報堂は内閣府との間で、「政府広報ブランドコンセプトに基づく個別広報テーマの広報実施業務等」と題するプロジェクトの契約を結んだ。つまり田幸氏は、契約に至る過程で業務に係わっているのである。そのひと月後に田幸氏は、博報堂へ天下りしたのである。

法的にはさまざまな解釈があるかも知れないが、実態としては完全な天下りである。博報堂側の担当者を特定する必要がある。

ちなみに「政府広報ブランドコンセプトに基づく個別広報テーマの広報実施業務等」のプロジェクトの実態については、2015年度のものを例に引きながら、メディア黒書で繰り返し報じてきたように、内閣府の裁量で湯水のように国家予算を博報堂に流し込むシステムである。しかも、「構想費」という名目で、内閣府の側が博報堂から、プロジェクトについてのアドバイスを「毎日のように」受けるという奇妙な構図になっている。

内閣府からは、2016年1月にも、阪本和道氏が博報堂に天下っている。阪本氏もやはり広報の仕事に従事した経歴を持つ。

ちなみに阪本氏の名前は、現在発売中の『週刊現代』が掲載している天下りリストにも入っている。それによると、退職金は6000万円。博報堂での地位は顧問である。

この他、同誌のリストには村木厚子氏の名前もある。博報堂が係わっていた郵政事件で逮捕され、「無罪請負人」の異名を持つ弘中惇一郎弁護士(自由人権協会)らの活躍で無罪になった人物である。この事件では、村木氏を調べた前田恒彦検事らが逆に逮捕され有罪になっている。不自然な点があるので、念のために再検証が必要かも知れない。【続く】

【写真】黒塗りで公開されたプロジェクトの博報堂の請求書。エクセルで作成されたとみられる。

2017年02月07日 (火曜日)

『消費者ニュース』の1月発売号が、大規模な「押し紙」特集を組んでいる。執筆者は次の通りである。わたしも「新聞ジャーナリズムが機能しない本当の理由」と題するレポートを寄稿している。

•新聞残紙問題(概論)…松澤麻美子(弁護士[福岡])

•新聞トラブルの実情について…拝師徳彦(弁護士[千葉])

•佐賀新聞押し紙訴訟(No.2)…江上武幸(弁護士[福岡])

•山陽新聞「押し紙」訴訟判決の報告…位田浩(弁護士[大阪])

•監視する者がいない日本のメディア(第4の権力)…青木歳男(弁護士[福岡])

•新聞ジャーナリズムが機能しない本当の理由…黒薮哲哉(ルポライター)

•広報能力なき残紙と政府広報予算の構造的な課題…小坪慎也(行橋市議会議員)

•新聞とメディアのビジネスモデル…渡邉哲也(経済評論家)

『消費者ニュース』は、次のサイトから注文できる。

■『消費者ニュース』

わたしのレポートについては、本サイトで紹介しよう。次の通りである。

新聞ジャーナリズムが機能しない本当の理由  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読者は次の引用文が書かれた年度を推察できるだろうか。

■たとえば、新聞記者が特ダネを求めて〝夜討ち朝駆け〝を繰り返せば、いやおうなしに家庭生活が犠牲になる。だが、むかしの新聞記者は、記者としての使命感に燃えて、その犠牲をかえりみなかった。いまの若い世代は、新聞記者であると同時に、よき社会人であり、よき家庭人であることを希望する。

■読者の新聞批判は種々雑多だが、新聞取材、報道に関するものを大まかにまとめると-

一、報道・評論の姿勢に関するもの。
  報道・評論の偏向を戒めるもののほか、不偏不党に固執するあまり独自の判断がなさすぎて物足らぬという批判も少なくない。

二、報道の行き過ぎ、取材の突っ込みが不足、誤報などから人権を侵害されたという訴えや、人権尊重を強調するものが多い。

この引用文は1967年、日本新聞協会が発行する『新聞研究』に掲載された「記者と取材」と題する記事のくだりである。執筆者は新聞取材研究会となっている。読者は、まるで現在の新聞批判を読むような錯覚に陥らなかっただろうか。「新聞はダメだ」という嘆きは、実は、最近になって始まったのではなく、少なくとも半世紀前からあったのだ。

先人たちが、いつの時代にも「今の若者はダメだ」と呟いてきたように、新聞研究者や読者は、「今の新聞はダメだ」と新聞に対する不満を露わにしてきたのである。

だが、それは根拠がないことではなく、実際、新聞が公権力に対峙する姿勢でジャーナリズム活動を続けた時代は存在しない。リクルート事件報道のような単発的な例外はあるにしても、輪転機が止まるのを覚悟で、真実を報道し続けた歴史はない。

従来からの新聞批判の裏には、新聞報道の水準を高めてほしいという切実な思いがあることはうまでもない。そこで対策を練り、さまざまな有識者が提言を繰り返してきたわけが、枝葉末節の違いはあるにせよ、その根底にある思考の方向性は昔からほとんど変わっていない。記者としての強い自覚を持たせ、職能を高めることが、新聞ジャーナリズム再生の道だという精神論が広く受け入れられてきたのである。

たとえ新聞社経営に関連した問題提起がなされたとしても、重労働で記者に考える時間がなくなっている、というようなやはり記者個人の問題の範囲を超えることはなく、たとえば、後述する「押し紙」問題などは、議論の対象になるどころか、タブー視されてきたのである。実は、最もこれが重要な問題なのだが。

◇故新井直之によるたった一人の反乱

しかし、こうした風潮にはなびかず、まったく別の視点から新聞を考察したひとりの新聞研究者がいた。創価大学の元教授・故新井直之氏である。新井氏は著書『新聞戦後史』(栗田出版会、1972年)の中で、別の視点から日本の新聞が置かれている実態を鋭く指摘した。新井氏の論考を検討することは、案外、新聞ジャーナリズムが機能しない原因をさぐることにつながるかも知れない。

新井氏は、『新聞戦後史』の中で日中戦争が原因で新聞用紙の生産が減り続け、1938年9月に新聞用紙使用制限令ができたことを指摘してから言う。

 1940年5月、内閣に新聞雑誌統制委員会が設けられ、用紙制限は単なる経済的意味だけでなく、用紙配給の実権を政府が完全に掌握することによって言論界の使命を制しようとするものになった。(略)

 新聞の言論・報道に影響を与えようとするならば、新聞企業の存立を脅かすことが効果的であるということは、今日でも変わっていない。

「新聞企業の存立を脅かす」経営上の要素とはなにか?この問題を掘り下げ、現在の状況に当てはめて考察することが、本稿の目的である。

戦前・戦中における「用紙配給の実権」、つまり公権力が握っている新聞社経営の弱点にあたるものを、2016年の時代状況の中で探すとすれば、たとえば再版制度や消費税の軽減税率適用問題がある。これらの問題に対処するために新聞業界は、日本新聞販売協会の政治連盟を通じて、自民党や公明党に多額の政治献金を行ってきた。たとえば2014年度分の政治資金収支報告書によると、同政治連盟は約150人の国会議員に総額927万円の政治献金を支出している。

献金目的のひとつである消費税問題について考えてみよう。周知のように新聞関係者は、新聞に対する消費税の軽減税率を適用するように政府に求めてきた。そして2015年に既に適用する方針を勝ち取っている。

◇新聞に対する軽減税率問題と「押し紙」問題

しかし、新聞関係者はそれに満足せずに、税率5%の適用を求めている。このことは、一般的にはほとんど知られていないが、新聞関係の業界紙では、普通に報じられている。

消費税が新聞社と新聞販売店にとって、いかに大きな負担になるかは、毎日新聞の元常務取締役の河内孝氏が『新聞社』(新潮新書)の中で、示している試算を見ればおおよそ見当がつく。この試算は、消費税が5%の時代に行われたものであるが、ひとつの参考になるだろう。追加負担増の額は、河内氏の試算によると次のようになる。(2004年度のABC部数で計算)

読売:108億6400万円
朝日:90億3400万円
毎日:42億6400万円
日経:38億7100万円
産経:22億1800万円

消費税が8%から10%になれば、さらに負担は増える。それゆえに新聞関係者は5%の軽減税率を目指しているのである。こうした状況を公権力が逆手に取れば、メディアコントロールの道具に変質しかねない。

ちなみに新聞業界が軽減税率の導入を強く主張する本当の理由は隠されてい
る。表向きは新聞が文化的商品であるから、あるいは新聞が公器であるからということになっているが、これは真実ではない。結論を先に言えば、最大の理由は、「押し紙」にも消費税が課せられるからだ。

なぜ、販売していない「押し紙」に消費税が課せられるのだろうか。答えは簡単で、「押し紙」は、新聞販売店が注文して、読者に販売した新聞として経理処理されるからだ。経理帳簿の上では、「押し紙」は存在しないのだ。このことは、別の問題を生じさせる。

それは、読者がいる新聞の消費税は読者から徴収できても、「押し紙」には読者がいないので、新聞社と販売店が「押し紙」に課せられる消費税を自腹で支払わざるを得ないことである。

このように消費税問題が新聞社の生死にかかわっている状況の下で、税制に関する決定権を握る公権力を新聞ジャーナリズムが監視できるはずがない。自由な言論活動の客観的条件は揃っていない。

◇毎日新聞、「押し紙」収入が年間で259億円の試算

「押し紙」が新聞社経営にいかに大きな要素として作用しているかを理解するために、ある試算を紹介しよう。それにより、消費税問題と同じように、なぜ、公権力が新聞社の弱点として、「押し紙」問題をメディアコントロールの道具にできるかが理解できるだろう。

試算に使用するのは、毎日新聞社の内部資料「朝刊 発証数の推移」である。
この資料は、2004年に外部に流出して、2005年に『FLASH』や『財界展望』で紹介された。

「朝刊 発証数の推移」によると、2002年10月の段階で、新聞販売店に搬入される毎日新聞の部数は約395万部である。これに対して発証数(読者に対して発行される領収書の数)は、251万部である。差異の144万部が「押し紙」である。(試算は、2002年10月の段階におけるもの。)

仮にこの144万部の「押し紙」が公正取引委員会の命令などで排除されたら、毎日新聞はどの程度の減収に見舞われるのだろうか。

試算に先立って、明確にしておかなければならない条件は、「押し紙」144万部の内訳である。つまり144万部のうち何部が「朝・夕セット版」で、何部が「朝刊だけ」なのかを把握する必要がある。と、いうのも両者の購読料は異なっているからだ。

残念ながら「朝刊 発証数の推移」に示されたデータには、「朝・夕セット版」と「朝刊だけ」の区別がない。常識的に考えれば、少なくとも7割ぐらいは「朝・夕セット版」と推測できるが、この点についても誇張を避けるために、144万部のすべてが、価格がより安い「朝刊だけ」という前提で計算する。

「朝刊だけ」の購読料は、ひと月3007円である。その50%にあたる1503円が原価という前提にするが、便宜上、端数にして1500円の卸代金で計算する。この1500円を、144万部の「押し紙」に対して徴収した場合の収入は、次のような式で計算できる。

1500円×144万部=21億6000万円(月額)

最小限に見積もっても、毎日新聞社全体で「押し紙」から月に21億6000万円の収益が上がっていた計算だ。これが1年になれば、1ヶ月分の収益の12倍であるから、

21億6000万円×12ヶ月=259億2000万円

と、なる。

ただ、本当にすべての「押し紙」に対して、集金が完了しているのかどうかは分からない。新聞社の担当員の裁量で、ある程度の免除がなされている可能性もある。 しかし、「押し紙」を媒体として、巨額の資金が販売店から新聞社へ動くシステムが構築されているという点においては、大きな誤りはないだろう。同時に「押し紙」によって、販売店がいかに大きな負担を強いられているかも推測できる。

新聞は、一部の単価が100円から150円ぐらいだから、だれでも手軽に購入できる商品である。そのためなのか、ややもすれば新聞社の儲けは少ないように錯覚しがちだが、販売網を通じて安価な商品を大量に売りさばく仕組みになっているので意外に収益は大きい。

◇メディアコントロールの手法

改めて言うまでもなく、「押し紙」 により大きな収益を上げているのは、毎日新聞社だけではない。全国ほとんどの新聞社で同じことが起こっているのだ。

しかし、「押し紙」は独禁法に抵触している。公正取引委員会が「押し紙」排除に乗り出せば、新聞社はひとたまりもない。さらにまた次のような事情もある。

新聞販売店に搬入する折込広告の割り当て枚数は、新聞の搬入部数に一致させる基本原則があるので、「押し紙」部数に相当する折込広告は、配布されることなく廃棄されるのだが、これは刑法上の詐偽に該当し、警察の取り締まり対象にもなる。

事実、1983年に熊本県警が西日本新聞の販売店に対して「(折込広告の)不正行為があれば事件として扱う」と警告したことがある。(『熊本日日新聞』1983年7月17日付け)

消費税問題と同じように「押し紙」問題でも、公権力は新聞社の経営上の決定的弱点を握っているのである。

こんなふうに日本の新聞社は、権力の監視機関としてのジャーナリズムの資質を欠いている。新井直之氏が戦前・戦中から例を引いて指摘した問題は、現在でも形を変えて生き続けているのである。

その実態を客観的に把握し、解決策を探る作業を避けて、いくら記者に精神論を説いても問題の解決にならない。

2017年02月06日 (月曜日)

メディア黒書では、内閣府と博報堂のPR業務をめぐる不自然な取り引きについて報じてきたが、10年以上も前の2005年にも、内閣府のPR戦略に対して疑惑の声があがり、民主党の五十嵐文彦議員(写真)がこの問題で国会質問をしていたことが分かった。

問題となった事件は、2005年2月に発覚した。内閣府は、郵政民営化をPRするために「郵政民営化ってそうだったんだ通信」とのタイトルの折込広告を制作した。1億5000万円を国家予算から支出して、約1500万部を印刷して、2月20日に全国の地方紙に折り込んで配布したのである。

このPR企画を請け負ったのは、竹中平蔵・郵政民営化担当相の秘書の知人が経営する(有)スリードだった。同社の設立は、2004年3月で、常識的に考えれば、業務実績が極めて短く、内閣府から仕事を受注できる条件はない。それにもかかわらず、随意契約でこのPR企画を請け負うことになったのだ。

ちなみにスリードの谷部貢社長は、「大日本印刷に入社後、博報堂を経て独立し、同社を興した」(リベラルタイム)経歴の持ち主である。(『リベラルタイム』2005年10月号)。この時点で、間接的とはいえ、すでに博報堂と郵政、それに内閣府の接点が出来ている。

◇見積書が不可欠な随意契約

この問題をめぐって五十嵐議員が国会質問を行ったのは、2005年6月21日である。質問の中で五十嵐氏が問題にしているポイントのひとつは、内閣府とスリードの間で随意契約が結ばれた事実である。随意契約では、見積書を提出しなければならないが、それすらも行われていない。五十嵐氏は、次のようにこの点を指摘している。

 この随意契約を私どもは、これは会計令29条違反、そしてまた、最後のページから2枚目ですがね、載せておりますが、 予算決算及び会計令の99条の6というのがあるんですが、これは、「契約担当官等は、随意契約によろうとするときは、なるべく2人以上の者から見積書を徹せなければならない。」という規程もございます。そして会計法29条の規定は、平たく言えば、よっぽどのことがない限りそれは競争入札をしなければないけない、一般競争入札が原則であると。

五十嵐議員は、一般入札が基本原則であると主張しているのだ。ところがスリード事件では、それが守られていない。

■五十嵐議員の国会質問

◇「総合評価入札」の実態とは

さて、メディア黒書で指摘している内閣府と博報堂の取り引きであるが、既報したようにプロジェクトの名称は「政府広報ブランドに基づく個別広報実施業務等」である。契約額は約6700万円。その他に、内閣府の説明によると、各作業の単価を設定して、見積書なしで、博報堂との話し合いにより、どんどん国家予算を支出できる恐るべき内容になっている。

その結果、2015年度はなんと約25億円の国家予算が博報堂へ流れた。

このプロジェクトの入札記録を調べたところ、「総合評価入札」であることが分かった。「総合評価入札」という言葉は、あまり聞かないが、入札価格以外の要素も決定に影響する。つまり「総合評価入札」では、数値を基準とした公平性は担保されていないということである。選ぶ側の主観が影響する。

経済産業省のガイドラインは、総合評価入札の特徴について次のように述べている。

予定価格の範囲内で最大限の事業成果を得るために、事業者の提案する技術力、創意工夫等が必要不可欠であり、また、それらの提案内容によって、事業の成果に相当程度の差異が生じると認められる事業です。

また、このようなタイプの事業は、とりわけ提案内容の新規性・創造性等に係る技術評価が重要視されるため、価格評価よりも技術評価に重点を置いた形での総合評価を行うこととしております。
この解釈からすれば、「政府広報ブランドに基づく個別広報実施業務等」は、実質的に随意契約に近いというのが筆者の見方である。もともと汚職の温床があると言えよう。
◇報じても問題が解決しない理由

改めて言うまでもなく、2005年に起こったスリードの事件と、昨年、筆者が指摘した博報堂のケースには類似点がある。いずれも契約の方法そのものが不自然なのだ。

これは筆者の推測になるが、スリード事件で随意契約の在り方が国会で問題になったから、内閣府は博報堂との契約を「総合評価入札」に変えたのではないだろうか。しかし、実態としてはほとんど同じである。内閣府は博報堂のアドバイスを受けて、PR構想を練った上で、湯水のように国家予算を博報堂へ支出しているのである。

その構想費の額も約6700万円。この金額自体が異常で、大きな疑惑がある。参考までに、会計検査院が開示した構想費の請求書を、紹介しておこう。

■構想費の請求書

スリード事件は、『SPA』、『サンデー毎日』、『リベラルタイム』などが報じた。また、共産党の佐々木憲昭氏もこの問題を追及をしている。しかし、メスが入ることなく、今度は内閣府と博報堂に対する疑惑が発覚したのである。

日本のメディアの問題点は、おおよそこのあたりに潜んでいる。メスが入るまで、報道を続けなければならない。どのような話題が読者に受けるかではなくて、何が国民にとって重要なテーマであるかを見極めて、それを報じるべきだろう。

2017年02月06日 (月曜日)

前回で、現行の国民投票法では護憲派の広告宣伝が決定的に不利な状況を説明した。整理すると以下のようになる。

① 改憲派は自民党を中心に結束して宣伝戦略を実行でき、最初から電通が担当することが決まっているのに対し、護憲派はバラバラで何も決まっていない。

② 改憲派は国会発議のスケジュールを想定できるのに対し、護憲派はあくまで発議阻止が大前提のため、国会発議後にようやく広告宣伝作業を開始する。この初動の差が大きい。

③ 改憲派は自民党の豊富な政党助成金、経団連を中心とした大企業からの献金を短時間で集めて広告宣伝に使えるのに対し、護憲派は国民のカンパが中心となると思われ、集めるのに時間を要する。さらに、集まる金額も桁が違うことが予想される

④ 改憲派は発議までのスケジュールを想定して広告発注を行い、TVCMのゴールデンタイムをはじめあらゆる広告媒体(新聞・雑誌・ラジオ・ネット・交通広告等)の優良枠を事前に抑えることが出来る。発注が遅れた護憲派のCMや広告は、視聴率などが低い「売れ残り枠」を埋めるだけになる可能性が高い。

⑤ もし投票日が発議後60日後の最も短い期間になった場合、改憲派は事前準備して発議後翌日から広告宣伝をフル回転(広告を放映・掲載)できるのに対し、護憲派がTVCMなどを放映開始できるのは(制作日数を考慮すると)どんなに早くても2〜3週間後となり、その間は改憲派の広告ばかりが放送・掲出されることになる。さらに週刊誌や月刊誌などへの広告掲載は既に優良枠を買い占められて、ほとんど掲載できないまま投票日を迎える可能性すらある。

【参考】前回の記事全文

◇資金力の差が広告効果の差に

以上のように、ざっと並べただけでも改憲派の有利は圧倒的だ。しかもそれを仕切るのは、日本最大の広告代理店、電通である。今のまま広告宣伝活動に何の制限もなければ、間違いなく上記のような展開となるだろう。
「そんな広告に騙される人はいない」などというのは、全く甘い幻想に過ぎない。国民投票は18歳以上に投票権があり、若い世代は「巨大な浮動票層」である。その層に向かって繰り返し「改憲YES」の広告が大量に展開されれば、相当数が影響を受けるのは火を見るよりも明らかだ。広告の持つ威力は、311以前に怒涛のように展開されていた原発広告によって、国民の7割以上が原発に肯定的になっていたことからも既に立証されている。

さらに、投下できる資金量の差は、CMの内容にも圧倒的な差をもたらす。改憲派はカネに物を言わせて大量のタレントを動員し、出演者が毎日変わる「日替わりCM」だって制作できる。好感度の高い著名人が多数出演して「改憲YES」「改憲、考えてみませんか」と毎日語りかければ、「そうなのかな」「あの人が言っているなら私もそうしようかな」と感じる人々は相当数にのぼるだろう。

◇資金力がメディアの論調をも左右

そして広告投入金額の差が、メディアの論調をも左右する危険性があるのは、やはり原発広告で立証済みだ。311以前、原発ムラから巨額の広告費を貰っていたメディアは、原発を批判する報道を殆ど行わなくなっていた。ましてや国民投票は短期決戦だから、投入金額に大きな差があれば、メディアがどちらの広告主を優先するかは明らかだ。もちろん表だっては「公平・公正」などと言いつつ、裏でこっそりと差をつける。以下にそのテクニックのいくつかを紹介しよう。

① スポットCMへの発注金額に大きな差がある場合、ゴールデンタイムなどの視聴率が高い時間帯に、金額が多い方のCMをより多く流す(ラジオも同様)

② 同じく発注金額が多ければ、通常はなかなか獲得できないタイム枠(提供枠)も優先的に確保が可能。

③ 一見公平に見える討論番組でも、例えば改憲派は若い評論家や著名人が出席するのに対し、護憲派は高齢評論家や学者ばかりを揃える、というように番組制作側による印象操作が可能。また、カメラワークによって映る表情や秒数で差をつけることも出来る。

④ ワイドショーなどの紹介でも、放映される時間に差をつける、コメンテータの論評で差をつける、そもそもコメンテータも改憲派多数にするなどの操作が可能。

⑤ 同様に、夜の報道番組に改憲派のCMが多数入れば、それだけでその番組が改憲押しであるように錯覚させることが可能。また、報道内容でも放映に時間差をつけたり、印象を偏らせたりすることが可能。
このように、特に電波メディアにおける広告資金量の差、発注タイミングの差は圧倒的な印象操作を生む可能性がある。所詮メディアは私企業であり、カネをくれる方になびくからだ。では上記のような状況を防ぐ手だてはあるのか。それには、おそらく以下のような規制を設けるしかないだろう。

◇テレビ広告の全面禁止が最良の策

①あらゆる宣伝広告の発注金額を改憲派・護憲派ともに同金額と規定し、上限を設ける(キャップ制)。例えば、予め総金額を100億円などと規定し、両陣営ともその金額の範囲内で使用メディアを選定、その内訳を公表する。

②TVやラジオCMの制作可能本数を予め規定する。

③先行発注による優良枠独占を防ぐため、広告発注のタイミングを同じにする。

④報道内容や報道回数、放映秒数などで公平性を損なわないよう、民放連に細かな規制を設定させ、違反した場合の罰則も設ける(努力目標では意味なし)

しかし上記のような資金規正を設けても、結局は影響力が強いテレビとネットメディアへの広告費集中は避けられないだろうし、そこに細かな規制を設けるのは相当困難だ。であるなら、思い切ってcにした方が一番スッキリすると思う。これは、一番影響力があるメディアが「資金量の差」によって歪むことを予め防ぐためだ。私は原発広告によってTVメディアが原発ムラにかしずいた歴史を知っているので、彼らの「善意」や「公平性」、「正義感」などは全く信用していない。だから広告費をゼロにし、その影響力が偏らないようにすべきと考える。

それに対しては「表現の自由の規制だ」と反対する向きもあるだろう。しかしこれは「表現の自由の規制」ではなく、最も影響力が大きい電波メディアにおける「公平性」を保つための「表現方法の規定」である。たとえテレビ広告がなくても、他メディアへの広告は可能なのだから、表現の自由規制にはあたらない。テレビ業界に属する人々は反対するだろう(業界の儲けがなくなるから)が、公平性の確保を考えれば、最初からTVCMをやめるのが一番良いはずなのだ。もちろん、これはかなり大ざっぱな私の考えであるから、諸兄の活発な議論を期待したい。

2017年02月04日 (土曜日)

1月5日、新潟地検は森裕子参院議員(自由党)が詐欺を働いたとして筆者とA氏が提出していた刑事告発状を受理した。これは、同じ件を指摘した1回目の告発受理(昨年10月)に続く2回目の受理である。これを受けて、森議員に対する本格的な捜査が始まる。

筆者らが告発状で指摘したのは、いわゆる「還付金詐欺」である。あまり知られていない手口だが、政界の水面下で広がっているともいわれている。次のような手口だ。

議員が代表を務める地元の政党支部へ有権者が政治献金を行った場合、税務署で所定の手続きをすれば、寄附した金額の30%が戻ってくる。たとえば1000万円を寄付すれば、300万円が戻ってくる。

森議員はこの制度を利用して、自身の政党支部へ献金を行い、還付金を受けていたのだ。資金を動かすだけでお金が膨れ上がる行為を行っていたのである。【続きはビジネスジャーナル】

2017年02月03日 (金曜日)

業界紙の報道によると、新聞の折込広告の需要が激減しているという。「2006年の6662億をピークに、この10年で約2000億円の市場を喪失」したという。原因は、新聞そのものの部数減で、「これは全国紙、地方紙に限らず、全国的に同じ」だというのが、広告関係者の見方である。

折込広告の水増しは、新聞業界では昔から「必要悪」とされてきた。しかし、この論理は、広告主にとっては受け入れがたい。発注して、料金を支払った折込広告が、配布されないばかりではなく、マーケティング戦略を誤るからだ。

2007年に読売新聞の「押し紙」政策を認定した真村裁判の判決が最高裁で確定した後、週刊誌や月刊誌が「押し紙」報道を活発化させたこともあって、折込広告の水増し問題もクローズアップされるようになった。

とはいえ、折込広告の水増し問題が解決した訳ではなかった。「押し紙」が存在する限り、販売店はそれによって生じる損害を折込広告の水増しで相殺する必要に迫られるからだ。さもなければ販売店が倒産する。

◇折込広告の水増しに疑問を呈する店主も

ここ数年は販売店サイドの意識も変化している。都内のある販売店主が言う。

「水増しを続けていると、だれも折込広告を発注しなくなります。結局は、『押し紙』をやめて、正常な経営をすることが、広告主の獲得にもつながります」

しかし、延々と続いてきた折込広告の水増しによる負の影響は想像以上に大きいようだ。最近は、自主的に折込広告の発注枚数を減らすクライアントが増えていて、新聞の実配部数の全部に折り込めないことも少なくないという。

「ただし自治体の広報紙だけは、あいかわらずABC部数に準じて搬入されます。当然、過剰になっています」

◇1700部の実配部数に対してチラシが2400枚

「押し紙」は、厳密にいえば戦前からあったが、社会問題になったのは、1970年代の終わりである。日本新聞販売協会が1977年に全国の新聞販売店に対して残紙調査を行い、搬入部数の8.3%(平均)が残紙になっていると発表した。1980年代に入ると、全日本新聞販売労組の沢田治委員長が国会質問を工作し、共産党、公明党、社会党が「押し紙」を含む新聞販売問題を国会で、15回に渡って取りあげた。

しかし、それでも新聞社は「押し紙」政策を改めなかった。その結果、新聞販売店の重要な収入源である折込広告の広告主を大幅に失ったのだ。

次に示すのは、折込広告の水増しの例である。これがかつての実態だったのだ。この販売店の新聞の実配部数は2005年6月の時点で1702部だった。が、下記の折込広告納品書が示すように、大幅な水増し状態になっている。

2017年02月02日 (木曜日)

執筆者:本間龍(作家)

通常国会が始まり、安倍首相は改めて改憲への強い意欲を示している。トランプ大統領の誕生で日米外交に新たな懸念が生じ、そちらに予想外の時間を取られる可能性はあるものの、与党を中心とした改憲勢力の動きは活発化している。

そんな中で、私はジャーナリストの今井一氏の呼びかけで集まった有志による「国民投票のルール改正を働きかける会」に参加し、現行法の問題点を指摘して来た。(12月  14日付記事参照)ここで問題にしているのは、現行法では国会発議から投票までの広告宣伝については「投票日2週間前から投票日当日まではテレビCM放映を禁止する」という規制しかなく、事実上野放しである点だ。呼びかける会では、このままでは資金力のある勢力が一方的な宣伝戦を展開し、国民の判断に悪影響を与える可能性があるとして、

・テレビCMの全面禁止
・ネットに関しても何らかの広告規制を導入

などの提言を予定している。すると今年に入り、いくつかのメディアから質問を受けた。資金力のある勢力というと改憲側をさすが、護憲派も市民のカンパを集めれば対抗できるのではとか、同等の金額を集めれば同じ量のCMが打てるだろうし、民放連がきちんと自主的な規制を設け、一方的なCM放送を制限するのでは、という内容だ。今回は少し詳しく、そうした疑問への解説をしていきたい。

◇電通・博報堂とTVCM

結論を先に言えば、護憲派も改憲派同様の広告戦略がとれるはず、というのは非常に甘い見方で、幻想に過ぎない。なぜなら、護憲派はスタート時点(国会発議)ですでに改憲派に圧倒的な遅れをとることになるからだ。

整理すると、改憲派は自民、公明、維新などだが、何と言っても自民党が中心であり、結束力が固い。そして広報宣伝の中心は自民党であり、その実施は自動的に電通が担うことは、始まる前から決まっている。

それに対し護憲派は全くバラバラだ。民進・共産・社民・自由はそれぞれ温度差があり、そもそもどこが中心になるのかさえ見えていない。つまり、広告宣伝における中心も決まっていないということだ。また、恐らく博報堂がその広告宣伝を担うことになるだろうが、それもまだ定かではない。ちなみに、もし博報堂がこれを拒否した場合は、護憲派の敗北はその時点で決まると言っても過言ではない。

広告戦略・戦術は言うに及ばず、具体的な媒体確保力で電通に対抗できるのは博報堂しかないからだ。現在の日本の広告システムでは、電通・博報堂・ADKなどの大手広告代理店を通さなければ、特に全国ネットのTVCMは放送できない(申し込みできない)仕組みになっている。つまり大手広告代理店を使わないとCM放映すら出来ないのだ。国民投票の時だけこれを変えろと言っても、肝心の放送局側が猛反対するだろう。

◇電通に買い占められたゴールデンタイム

さらに、現在の護憲派の戦術はあくまで国会発議をしない・させないことがメインであり、博報堂への具体的な広告発注は国会発議が避けられないと判明した時期になるだろう。実はこの「発注時期」の差がとてつもなく大きい差を生む。自民党はすでに今の段階で電通に対し、国会発議から何日間でいくらの広告宣伝費がかかるかシミュレーションさせているはずだが、野党はまだどこもそんな準備をしていない。

そして自民党はふんだんな政党助成金を投入できる上、経団連などを通じて巨額の広告費を集めることができる。政権与党から協力要請されれば、多くの企業が献金に応じることは目に見えている。つまり、改憲派は強力な「集金マシン」も持っていることになる。これに対し、明確に自らが護憲側に立つと宣言している企業は数えるほどしかない。そして先々の企業経営を考えれば、政権与党に歯向かって護憲側に資金提供を申し出る大手企業は非常に少ないだろう。

それでも、仮に護憲側もカンパなどによって相当な資金を集め得たと仮定して、改憲派と同レベルのテレビCMを放送することができるのだろうか。単純に本数に限ればイエスだが、質から言えばNOである。なぜなら、護憲派が国会発議後に資金を集め、テレビCMを発注する頃には、ゴールデンタイムなどの視聴率が高い有料時間帯の枠は、すべて改憲派(電通)に買い占められた後だからだ。

これは広告発注システムに起因する。国会発議のイニシアチブは議席多数派の改憲派が握っているのだから、彼らはおおよその発議時期を想定することができる。それに従い、あらかじめ電通にTVCM枠を予約発注する。すると電通は「国民投票CM」などとは言わず、あくまで通常業務におけるCM枠確保を装って、発議直後の時期にTV局に対しCM枠を予約するのだ。発注元をダミーにしてCM枠を確保することは、新車のキャンペーンなどでもよく行われるので、特段珍しいことではない。

◇CM投入金額に差

そうなると、同じ10億円(例えば)のCMを発注しても、改憲派のCMは事前予約していた視聴率の高いゴールデンタイムに集中するのに対し、護憲派のCMは発注が遅れたため、深夜帯などの視聴率が低い時間帯ばかりに流れる、という事態が発生しかねない。

そしてこれは、新聞や雑誌の場合も同じである。早い時期に電通が有力媒体の広告枠を抑えてしまえば、いくら博報堂が頑張っても、空いている枠(売れ残り枠)しか購入できない。しかもこれは通常の商取引なので、誰も文句を言えないのだ。いくら民放連や新聞協会などに「公平に扱え」と要請しても、通常行っている商取引同等のやり方で発注されたら防ぎようがない。つまり、初動の遅れが決定的な差となるのである。

さらに言えば、特に番組提供の枠(30秒CM)において、電通は自社の発注が優先される枠(地面とも呼ばれる)を3割以上保持している。つまり、電通に発注しさえすれば、最優先で視聴率の高い枠でCMを放映できるのだ。

そして、もしCM投入金額に差があれば、民放各社の報道トーンにも影響を与える。有り体に言えば、カネを出す方に簡単になびくということだ。その理由と手法、さらに上記のような事態を避けるためにはどうすればよいかを、次回掲載で述べてみたい。

2017年02月01日 (水曜日)

文部科学省が博報堂に依頼した「学校と地域の新たな協働体制の構築のための実証研究」と題するプロジェクトの成果物を開示した。

結論を先に言えば、成果物は、次のウエブサイトと、4枚の成果報告書だけである。

■ウエブサイト

■成果報告書

成果報告書の肝心な部分、たとえば「実証研究組織の構成」は黒塗りになっている。黒塗りにしなければならない程の情報とはとても思えないのだが。おそらく黒塗りの「クセ」が身に付いているのだろう。

◇どんぶり勘定の契約額

このプロジェクトの契約日は2015年の8月17日である。契約額は、8,004,355円。同じ年度に内閣府が、やはり博報堂との間で交わした「日本人の海外留学促進事業」のプロジェクトの契約額、約8000万円に比較するとはるかに安い。

しかし、成果物を見る限り、ロゴマークを含むウエブサイトの制作を除いて、ほとんど何もやっていないようだ。

博報堂の仕事を検証していると、社会通念に照らし合わせた場合、契約価格が異常に高いという印象を受ける。さらに発注する省庁の側も、どんぶり勘定で国家予算を支出しているとしか感じられない。

たとえば「学校と地域の新たな協働体制の構築のための実証研究」の契約額は、既に述べたように約800万円で、「日本人の海外留学促進事業」は、約8000万円である。両者の成果物に10倍の差があるとはとても思えない。

ちなみにメディア黒書のウエブサイト構築費は30万円である。法人を対象とした価格設定をするにしても、300万円が限度だろう。中小の制作会社に発注すれば、経費を大幅に削減できるのだ。しかも、職能はかわらない。

文部科学省では、天下りが問題になっているが、過去にどのような企業とどのような取り引きをしてきたのか、厳密に調査する必要があるのではないだろうか。300万円で構築できるウエブサイトに、800万円も支払えば、背任の疑惑が浮上するだろう。

◇再審請求

なお、文部科学省が開示した上記の2つの資料の大半が黒塗りになっていた問題(参考:冒頭写真)については、開示を求める再審請求を申し立てている。文部科学省が国民の知る権利を優先するのか、博報堂とのビジネス関係を優先するのか、まもなく答えが出るだろう。請求が棄却された場合は、訴訟になるだろう。

■情報公開に関する再審請求(関係資料)

【参考記事】ウエブサイト9ページに2100万円を支出、国家公務員と博報堂の異常な金銭感覚、背任・詐欺の疑いも?

 

2017年01月31日 (火曜日)

関東在住の元新聞販売店主・村木和道(仮名)さんから、「折込詐欺」についての情報が寄せられた。村木さんによると、現役の時代、4月と10月になると、「押し紙」が急激に増えていたという。

なぜ、4月と10月なのか?

答えは簡単で、日本ABC協会が4月と10月の部数を『新聞発行社レポート』に収録するからだ。

4月部数と10月部数を水増しする理由は、まず、第1に折込広告の定数(新聞販売店へ搬入する枚数)が、4月部数と10月部数を基準に決められるからだ。
第2に紙面広告の営業で、クライアントに示すABC部数が、原則として4月部数と10月部数であるからだ。

ちなみに10月の水増しは、社によっては特に規模が大きい。新聞社社員のボーナスの財源が必要になるからだ。

「私の所属していた地区では、その月(4月と10月)になると異常とも思える部数を上乗せして定数報告していました。もちろん本社担当員も承認の上です。」

「これで何が起こるかと申しますと、一年の内の2カ月だけ普段の『押し紙』部数にプラスして、更に新聞を買い取る事になりますが、残り10カ月は取ってもいない部数のチラシが販売店に届くのです。この様な行為が15年以上続いておりました」

これが新聞社のビジネスモデルにほかならない。

「最近ではスポンサーも馬鹿ではないので丸々送る所は減りましたが、まだ沢山のスポンサーが騙されているのが現状です」

新聞に折り込まれる地方自治体の広報紙などが、同じ被害を受けていることは論を待たない。

「何より酷いのが県や市の広報で、こちらは馬鹿正直に言われるままの部数を送ってきます。折込手数料は税金から支出されるのでかなり問題があると思います」

新聞社は、半世紀以上に渡って、まったく同じ詐欺を続けてきた。新聞社の中には、「押し紙は一部もない」と豪語している社もあるが、メディア黒書には、多数の販売関係者からその嘘を立証できるだけの告発(写真、ビデオ、書面)などを入手している。情報提供があるのは、販売店の怒りが心頭に達している証にほかならない。

2017年01月30日 (月曜日)

文部科学省と博報堂が交わした「日本人の海外留学促進事業」(平成27年6月9日)」の実施報告書を入手した。中味を精査したところ、たった9ページのウエブサイトに、2100万円が国家予算から支出されていることが分かった。

■博報堂が2100万円を請求したウエブサイト9ページの実物

「日本人の海外留学促進事業」は、日本人の海外留学を促進するためのPR事業である。文部科学省は、2015年6月に、博報堂にこの事業を依頼した。契約額は、80,044,000円。契約者は、高等教育局長の吉田大輔氏である。

両者が交わした契約書と請求書を情報公開請求したところ、肝心の資金の内訳が完全に黒塗りになっていた。国家予算がどう使われたのか、まったく検証できない状態だった。

◇2年で4件のウエブサイトを発注

そこで筆者は、行政レビューシートを入手して、支出の内訳を調査した。その結果、次の明細が明らかになった。

印刷・発送費:2700万円
ウェブサイトの制作:2100万円
グラフィック制作:1100万円
動画制作:400万円
ノベルティ制作:400万円
その他:600万円
事務担当者人件費:700万円

■裏付け(レビューシート)

ちなみに前年、2014年度にも、文部科学省は同じプロジェクトで3件のウエブサイトを発注している。このうちの2件は、博報堂と博報堂プロダクツへの発注で、その総額1670万円だった。

■裏付け(レビューシート)

かりに2014年度にウエブサイトを構築していたとすれば、2015年度のウェブサイトに当てられた2100万円は、単にページの更新に過ぎない可能性もある。

ウエブサイトの更新であるとすれば、妥当な価格は10万円から20万円ぐらいである。

文部官僚と博報堂の金銭感覚は異常としかいいようがない。詐欺、あるいは背任にあたるのではないか?博報堂の入札は、本来、郵政事件の際に禁止にすべきだったのだ。

◇民間企業からも過剰請求の情報提供が

ちなみに博報堂の過剰請求は、あちこちから疑問の声があがっており、現在博報堂と係争中の化粧品通販会社・アスカコーポレーションからも、メディア黒書に情報提供があった。それによると、同社は13本のフラッシュ動画に対して、博報堂から2300万円も請求されたという。しかもこの請求はホームページ関連の請求の中で、すでに1本9万円で請求されていた。二重請求である。

その他、匿名の情報提供も来ている。過剰請求は、特に珍しいものではないようだ。

改めて言うまでもなく、内閣府に対して博報堂が2015年度に構想費として6700万円を請求した問題も、今後、業務内容を精査する必要がある。

 

【写真】黒塗りで公開された予算の内訳

2017年01月30日 (月曜日)

執筆者:本間龍(作家)

先週26日の日刊スポーツに、気になる記事があった。2020年東京五輪組織委の武藤敏郎事務総長が、大会ボランティアの募集を競技会場がある地方自治体にも協力要請する考えを示したというのだ。多くの会場が都外に移転した(自転車のトラック競技は静岡県伊豆市、サーフィンは千葉県一宮町等)ため、組織委で募集する大会ボランティア約8万人と、都が募集する都市ボランティア約1万人の枠組みだけでは対応しきれないとの理由なのだが、分かっていたこととはいえ、いよいよ「オリンピックをダシにした、ただ働きボランティア集め」が地方にまで波及してきた感じだ。

私は1月13日掲載の拙稿『「共謀罪とセットになった東京五輪」は辞退しかない』で、過去に例のない数のスポンサーを集めている東京五輪は資金潤沢なのだから、ボランティアは有償にすべきだと書いたが、今回は再度詳細に検証したい。

◇「カネが足りない」は嘘、内部留保へ

組織委は昨年12月の段階で、五輪総運営経費を1,8~1,6兆円と発表。都の検証委は3兆円の可能性もあるとしたが、その後様々な縮減を行いかろうじて2兆円を切る数字を作り上げた。それとて当初予想の7000億円の2,5倍近い数字であり、恐らく大会が迫れば火事場泥棒的に様々な経費が投入され、大幅膨張するに決まっているから信用などとても出来ないシロモノだ。

では支出を1,8兆円としたのに対し、収入はどうなのか。これが眉唾なのだが、スポンサー契約料やチケット売り上げで約5000億の売り上げを見込むと発表している。しかしこれはどうみても過少だ。組織委のホームページにある「大会運営に関する収入の割合」(2013年)

https://tokyo2020.jp/jp/organising-committee/marketing/

によれば、対会運営費全体のうち、ローカルスポンサーシップ(27%)とチケット売り上げ(23%)を足した50%部分が5000億に該当するようだが、組織委が集めたスポンサー契約金は現在既に42社分で3870億円(ゴールドパートナースポンサーシップ1社150億×15社、オフィシャルパートナー60億×27社を合算)を超えているはずであり、それを基準に考えれば、チケット売り上げも3600億程度を見込むはずだ。その合計は7400億円超となり、組織委の発表と違いすぎる。

もし当初予想の7300億円をベースとして考えるなら、スポンサーシップはその27%で1971億円になるが、電通が猛然とスポンサー集めに奔走した結果、当初予想の倍近いカネが集まったことになる。そして仮にスポンサーシップを現状の42社分で3800億、チケット売り上げは当初予測のままで1971億円のままだとしても、合算すれば5841億円となり、これでも組織委の発表よりも多くなる。さらにいえば、組織委と電通はゴールド・オフィシャルカテゴリーの下にもうひとつカテゴリーを作って新たなスポンサー獲得を目論んでおり、スポンサー契約料はさらに増える見込みなのだ。

それなのに組織は「カネが足りない」などといって東京都や国に財政支出を要請している。それは、彼らが今回集めたカネを全部東京五輪で使い切る気がないからだ。将来のアスリート養成のためだとか理由をつけて、相当な金額を内部留保にまわす気なのだろう。なにせ五輪は資金集めの絶好のチャンスだし、次はいつになるか分からないのだから、溜め込もうとする気は分からないでもない。しかし、それだけのカネを集めておきながら、その財務内容詳細を明らかにしていないので、どのような支出がなされているのかが不透明なのだ。この点は都の検証委でも問題となり、小池知事は組織委を都の監理下に置こうとしたが、森元首相の抵抗にあって実現していない。

◇ボランティアはただ働きの愚

さらに、カネが無いと言いながら、組織委は虎ノ門ヒルズという超一等地に事務所を持ち、年間5億円以上もの賃貸料を支払っている。会議をするなら都庁近くの方が便利なのに、わざわざ新築で賃料の高い森ビルに移ったのだ。このあたりに、JOCの金銭感覚の異常さ、「オリンピック貴族」ぶりが如実に表れている。ちなみにこの貴族達は理事35人、役員と評議員だけで43人もいる。さらに参与が12人、顧問会議はなんと170人という大所帯だ(2014年当時)。彼らに支払われる日当や交通費、会議費などの経費も巨額なのに、それを削減しようなどとは思わないらしい。

そうした自浄能力に欠けた組織が、10万人規模のボランティアをタダでこき使おうと動き出している。26日の記事は冒頭の通りだが、実はすでに昨年12月、組織委は
「東京 2020 大会に向けたボランティア戦略」なる文書でボランティア募集・に関する基本姿勢を明らかにしていた。

http://www.city-volunteer.metro.tokyo.jp/asset/img/about/strategy02.pdf

その中で、ボランティア募集の要件を、

10日以上参加できる方
オリンピック・パラリンピック競技に関する基本的な知識がある方
スポーツボランティア経験をはじめとするボランティア経験がある方
英語やその他言語のスキルを活かしたい方
などとし、費用に関しては
大会ボランティア・都市ボランティアともに無償での活動となる
原則として、東京までの交通費・宿泊も自己負担

と明記している。昨年7月にこの素案が示された際に、「こんなハイスペックな人材をタダで使おうというのか?」「通訳能力までタダで提供しろというのか?」などと組織委に非難が殺到したので「まだ素案の段階」として誤魔化したのだが、結局殆ど変更せず、語学部分を曖昧にして出してきたのだから噴飯モノだ。

その騒ぎの際、京都大学の西山教行教授は東京新聞への投稿で「通訳はボランティアが妥当との見解は外国語学習への無理解を示すばかりか、通訳や翻訳業の否定にも結びつきかねない」「街角での道案内ならさておき、五輪の翻訳や通訳をボランティアでまかなうことは、組織委が高度な外国語能力をまったく重視していないことの表れである」と痛烈に批判している。西山教授が見抜いたとおり、組織委の連中は語学能力を重視していないどころか、あらゆる人々の能力や善意を軽視し、タダで使おうとしているのだ。

再度、短く私の主張を記しておく。

東京五輪は完全な商業イベントであり、その運営は巨額のスポンサー料で成される。
全ての費用はスポンサー費で賄われ、組織委、JOC、電通などの運営陣は全員、
高額の有給スタッフである。
それなのに、真夏の東京五輪実行の現場に立ち、消耗度が激しい現場ボランティアが全員無償というのはおかしい。
「五輪だからボランティアは無給」などという決まりはなく、運営側が流すデマである。
・五輪までまだ3年もある段階で、既にスポンサー42社から3800億円以上の巨額資金があるのだから、無給ボランティアを使う必要はなく、全て有給とすべきである。

もちろん、世の中には五輪ボランティアを生き甲斐にして世界を回る人もいるから、それはそれで構わない。しかし、東京五輪に必要な人員はケタが全く違う。組織委が必要とする10万人を集めるためには、感動を押し売りし、善良な人々の奉仕精神を利用しなければとても集められる数字ではない。しかし、それを無償でやらせようとするのは明らかに「感動詐欺」「やる気詐欺」とも言うべきだ。今後もこの問題は追及していく。