2017年04月06日 (木曜日)

本日発売(6日)の『週刊新潮』が、3月30日に共産党の清水忠史議員が衆議院・消費者問題特別委員会で取り上げた新聞社の「押し紙」問題についての質問を記事にしている。筆者(黒薮)もコメントを出している。

記事のタイトルは、「国会で白日の下に晒された『朝日新聞』押し紙は何割か?」。朝日の他にも、佐賀新聞や毎日新聞のケースも取り上げられている。

清水議員が指摘した朝日新聞販売店の「押し紙」は、約30%である。筆者が入手している複数の資料でも3割程度なので、この数字は朝日の「押し紙」の規模を推測する一応の目安になるだろう。

これに対して朝日新聞のコメントは次のようになっている。

「部数注文は、販売所の自主的な判断でなされています。弊社はその注文に応じて供給しています」

このコメントは、新聞特殊指定が定義している「注文部数」を誤解している。新聞特殊指定でいう「注文部数」とは、販売店が新聞社に口頭で、あるいは書面で発注した部数ではない。端的にいえば、新聞の実配部数に予備紙を加えた部数を言う。つまり販売店経営に必要な部数のことで、それを超えた部数は、理由のいかんを問わず、すべて「押し紙」と定義されている。

このような定義が明らかになったのは、現在、佐賀新聞の販売店訴訟を戦っている弁護団の功績である。特殊指定が定められた過程を歴史的に検証した結果である。そして意外に知られていないが、名古屋高等裁判所が「押し紙」裁判(H15.1.24)の中で、この定義を認定しているのである。

4) なお,被控訴人は,「押し紙」であることの認識がなかった旨主張すが禁法が「一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする」経済取締り法規であり,これに基づく本件告示が特殊指定であり,もっぱら客観的要件を重視していることにかんがみると、主観的認識の有無を不法行為に関する違法性について考慮することはともかく,「押し紙」の有無について考慮することは適当ではないというべきである。

■判決全文

分かりにくい文章だが、端的に言えば、残紙が「押し紙」か否かを判断する場合に、「押し付け行為があったか否か」といった主観的な要素は排除して、客観的に見て販売店の経営に必要な部数を超えた新聞は、機械的に「押し紙」と定義すべきだと判断しているのだ。

今後、公正取引委員会は、この定義に則して全新聞社に「押し紙」の排除命令を下すべきだろう。

2017年04月05日 (水曜日)

博報堂事件の原点は、博報堂とアスカコーポレーションの係争を取材したことだった。昨年の秋から、筆者の取材対象は、博報堂と内閣府を含む中央省庁のPR業務に移っているが、依然として、前者についての情報も寄せられている。特にテレビCMの中抜き疑惑に関する情報が多い。

テレビCMが放送されるとコンピューターシステムが作動して、自動的に放送確認書に10桁CMコードが記録される。これがテレビCMを放送したことを立証する唯一の証明書になっている。

1990年代にテレビCMの間引きが多発して問題になった。そこで民放連や広告主協会などの業界団体が共同で対策に乗りだし、2000年からコンピューターシステムによる監視体制を導入したのである。

その後、CMの中抜きは皆無ではないにしろ、ほとんど無くなったといわれている。ところが博報堂とアスカコーポレーションの係争の中で、10桁CMコードが放送確認書に印字されていないものが、1505件も発覚したのである。そのうちの879件は、博報堂が50%の株式を有するスーパーネットワークという衛星放送局のものだった。

◇放送確認書の露骨な偽造

最近、メディア黒書には、放送確認書そのものが偽造されているのではないかという情報が寄せられている。

放送確認書は、コンピューターシステムの下で発行されるわけだから、印字されたときに社印も印刷される。ところが社印がない放送確認書やモノクロの放送確認書が存在するのだ。たとえば次のものである。

■社印のない放送確認書

さらにこの放送確認証は、Windowsの画面が切り張りされており、コンピューターシステムの下で発行されたものではないことが分かる。ワードで作成された可能性が高い。

この放送局(CJ E&M Japan)の放送確認書については、さまざまな疑惑があるので、次の記事を参照にしてほしい。

【参考記事】博報堂事件、チャンネルMnetの放送確認書の不自然さ、解消するべき博報堂の最高検察庁人脈

さらにWindowsの画面を切り張りするなど露骨な偽造はしていないが、放送確認書がモノクロになっているものがある。社印もモノクロである。正常な放送確認書ではあり得ないことである。

これについては今後、取材する。

既に延べたように、放送確認書が導入されたのは、2000年からである。その時点から今日まで17年の歳月が流れ、IT技術は飛躍的に進化した。従って、改ざんの技術も進化していると考えるのが妥当だ。

かりに放送確認書そのものの改ざんが容易に出来るのであれば、放送局や広告代理店は、テレビCMの中抜きで、莫大な利益をあげることができる。

◇内閣府の大量の放送確認書

筆者の手元には、内閣府から入手した多量の放送確認書がある。現段階では、放送確認書をもとに、本当にテレビCMが放送されたかどうかを調べようがない。放送局に問い合わせても、放送の有無を教えてくれないからだ。

透明性を確保するためには、やはり総務省がイニシアティブと取らなければならないが、その動きはない。

また、民放連なども、放送確認書とは別の手段で、CMが放送されたか否かを検証するシステムを構築する予定はないようだ。

これでは民間企業も国も大きな被害を受けかねない。

2017年04月04日 (火曜日)

産経新聞の店主から、筆者へ相談が寄せられた。
「押し紙」の受け入れを断ったところ、新聞の搬入部数は減らしてくれたものの、補助金を大幅にカットされた上に、担当員が自宅にまで押しかけてきて、「順路帳」の提出を求めたという。「順路帳」とは、新聞を配達するコースを示した地図である。

「順路帳」の提出は、販売店を強制的に廃業へ追い組む前段である場合が多い。「順路帳」がなければ、既存の販売店をつぶして、別に新しい販売店を設ける際に、読者の把握ができないからだ。そこで新聞社が強制廃業を計画すると、まず最初に「順路帳」の入手を試みる。

それが無理な場合は、新聞配達員を尾行して、新聞の配達先を突き止めたり、新聞協会の職員などを装って、購読紙調査などを行う。こうして新たに「順路帳」を作成してから、強制改廃を断行する。

産経の担当員が、店主の家族に「順路帳」の提出を求めて訪店した際、家族の方が筆者に電話で「SOS」を発信されたので、受話器から高圧的な担当員らしい声が聞こえてきた。その時、筆者はサラ金の取り立てを連想した。

筆者は、「順路帳」の閲覧は許可しても、コピーや持ち帰りは許可しないようにアドバイスした。その後の産経の対応についても、報告を受けているが、ここで公にすることは控える。しかし、記録はすべて残している。それは新聞社の裏面の記録にほかならない。産経を取材した上で公開することになるだろう。

この販売店の「押し紙」のデータは、共産党の国会議員に提出した。また、近々に元日販協理事の青木晃氏と一緒に、公正取引委員会にも提出する予定だ。

公正取引委員会の対応を注目したい。朝日新聞だけを取り締まり、産経新聞は放置するというのは許されない。「押し紙」の排除命令を発令すべきだ。

◇「押し紙」を再定義する動き

従来、「『押し紙』とは、新聞社が販売店に押しつけた証拠のある新聞」とされてきた。しかし、佐賀新聞の販売店訴訟弁護団による特殊指定の研究や、過去の判例研究などにより、この定義が正確ではないことが分かってきた。

新聞特殊指定で定義している「押し紙」とは、端的に言えば、新聞の「注文部数+予備紙」を超えた新聞を意味する。そして注文部数とは、実質的には実配部数のことである。それに予備紙を加えた部数が、「正常な販売店経営に必要な部数」であり、これを超えた部数は、押し売りの証拠があろうとなかろうと、すべて機械的に「押し紙」と定義される。

このあたりの説明は複雑なので、詳細については、5月に発売予定の筆者の新刊を参考にしてほしい。

 情報提供の窓口:048-464-1413

2017年04月03日 (月曜日)

3月の後半から4月にかけて発表された博報堂と内閣府の公共事業に関する記事を2件、紹介しよう。いずれも不正経理疑惑がテーマとなっている。

◇『ZAITEN』

『ZAITEN』(財界展望、4月1日) は、「博報堂が内閣府に差し出す『有り得ない請求書』」と題するレポートを掲載している。執筆は、元博報堂の社員で作家の本間龍氏である。

このレポートでは2つの問題が指摘されている。まず、2015年度に博報堂が内閣府に請求した「構想費」6700万円の中身である。ここで意味する「構想」とは、「政府広報ブランドコンセプトに基づく個別広報テーマの広報実施業務等」と呼ばれるPRプロジェクトの中身の構想である。具体的には、どのような戦略でどのようなPR戦略を進めるかという構想である。厳密に言えば、その他に若干の制作(30秒の動画2本とプレスリリース)が含まれているが、大半はアイディアに対する請求だ。

本間氏によれば、構想費の6700万円は、ありえない価格だという。

これだけ高額の〝構想〝なのだから、様々な市場調査結果などを挿入した相当に分厚い企画書が仕上がっているはずだ。それなのに、そうした成果物がないというのはどう考えても不自然極まりない。

本間氏が指摘しているもうひとつの疑問点は、請求書が博報堂の正式な請求書式ではなく、エクセルの書式になっている点である。それが意味することについて、本間氏は次のように解説している。

 正式な書式で請求しなければ経理システム上は記録に残らない。つまり、架空請求でも何でもできる。内閣府は架空請求に従い、代金を支払ったことにして、裏金を作ることも可能になる。

このように本間氏は、構想費6700万円の中身と、請求書の書式そのものを疑問視している。

◇『ジャーナリスト』

『ジャーナリスト』(日本ジャーナリスト会議、3月25日)の機関紙には、筆者(黒薮)が記事を寄稿した。タイトルは、「博報堂と内閣府、公金使い放題 新聞広告だけで20億円 見積書もなく口頭とメモで」。

この原稿は、内閣府や省庁から博報堂に対して不自然に高額な国家予算が支出されている問題を指摘したものである。
たとえば2007年6月8日、民主党の末松義規議員は外務委員会で、環境省が博報堂に対して3年間で約90億円の国家予算を支出していた事実を追及している。

2009年に横浜市で開かれた「開国博Y150」と題する博覧会では、博報堂が企画を請け負い、約62億円を請求していたことも分かった。しかし、博覧会は不人気で34億円もの未払金が発生し、横浜市議会などで大問題になった。これが中田前市長が辞職した原因と言われている。

さらに郵政公社が民営化された時期、分社化された郵政4社のPR業務を博報堂が一手に請け負い、2年間で368億円の広告が契約書なしで発注された。(朝日新聞、09年10月4日)その背景に、博報堂による接待があったことも、総務省の報告書で明らかになっている。

今後、博報堂が発行している請求書そのものに対する疑惑を調査していく必要があるだろう。博報堂の内部にいた本間氏も、「有り得ない請求書」と言っているわけだから、過去にさかのぼって全部調査する必要がある。

2017年04月02日 (日曜日)

佐賀地裁(森山由孝裁判官)は、3月29日、佐賀新聞のA販売店が申し立てていた地位保全と「押し紙」の中止を求める仮処分に対して、店側の主張を認める決定を下した。しかし、仮処分の有効期間については、2018年3月31日までの1年間とした。

経緯は次の通りである。

店主の代理人弁護士は、店主に対して、「販売店経営に必要な部数だけを注文すること、新聞社が従前の部数を提供してきた場合は、押し紙の部数の仕入れ代金の支払いは保留しておくこと」を指示したうえで、佐賀新聞社に対して「押し紙」の中止を申し入れた。

しかし、佐賀新聞社は申し入れに応じなかった。販売店からの注文部数を超えた部数を供給することは、独禁法の新聞特殊指定に違反しているにもかかわらず、それを指摘した弁護士の要請を拒否したのである。

そこで店主は、「押し紙」分の仕入れ代金の支払いを拒否するようになった。その結果、「押し紙」の「未払い金」が累積。それを理由に佐賀新聞社は、2016年12月14日、翌年の3月31日をもってA販売店との商契約を終了する旨を通知した。実質的な強制改廃である。

そこで2月21日に、販売店側が地位保全の仮処分を申し立てていたのである。

なお、A販売店の弁護団は、3月7日に、公正取引委員会の九州事務所に対して、「押し紙」の緊急停止命令(独禁法70条の4)を発令するように申し入れている。

ちなみに、佐賀新聞では、A販売店の店主の他にも、「押し紙」裁判を起こしている店主がいる。次の記事を参考にしてほしい。

【参考記事】佐賀新聞の「押し紙」裁判、江上武幸弁護士ら原告弁護団が訴状を修正・再提出、「押し紙」の定義に新見解を示す

【弁護団声明】

【仮処分の決定・全文】

 

2017年03月31日 (金曜日)

総務省が2015年に実施した国勢調査のPR事業で、博報堂が契約した本数の新聞広告(政府広報)をまびきしていた疑惑で新たな展開があった。

この事件は、本来は延べ25本の新聞広告を掲載する契約になっているにもかかわらず、12本しか掲載されていなかったというものである。博報堂も総務省もこの事実を認めている。

ところが契約書に次の条項があり、それを根拠として総務省は、契約は履行されていると主張している。

「第18条 甲および乙は、この契約の締結後、天災地変、法令の制定又は改廃、その他の著しい事情の変更により、この契約書に定めるところが不当となったと認められる場合は、この契約に定めるところを変更するため、協議することができる。

2 前条第2項の規定は、前項の規定により契約金額の変更に関して、協議を行う場合に準備する」

総務省は、何者かが「かたり調査」を行ったので、新聞広告をやめて影響力の強いテレビCMに切り替えたのだと説明している。しかし、「かたり調査」は国勢調査の前から十分に想定できたことである。「おれおれ詐欺」と同様に常に行われているからだ。従って「著しい事情の変更」にはあたらない。

それに契約を変更する際には、「見積書等甲が必要とする書類を作成し、速やかに甲に提出するものとする」ことが義務ずけられているが、何も提出されていない。何度催促しても示さない。

総務省の説明によると、契約変更によって、金額の内訳は次のようになったという。

  新聞広告経費▲22,246,000
  広報用ポスター(4種類)作成経費 15,000,000
  TVCM(かたり調査への注意編)10,440,000

ただし、これらの数字が何を根拠に誰が作成したのかは不明だ。筆者は何度も問い合わせたが、総務省は回答していない。

また、TVCM(かたり調査への注意編)の放送確認書の提示を求めたところ、メールで「放送確認書については、履行確認が終了し、処分しております。」と回答してきた。2015年度の書類を処分したというのだから、尋常ではない。通常、保存期間は5年と聞いているが。不正経理疑惑に揺れる内閣府ですら、2015年度の放送確認書はすべて保存している。

広報用ポスターとTVCMの経費は、裏金になっている疑惑がある。たとえそうでなくても、変更に際して見積書を提出していないのだから、契約違反である。本当に、広報用ポスターとTVCMが制作されたのか、約2500万円の経費がどこへ行ったのかを調査する必要があるだろう。

 

2017年03月30日 (木曜日)

共産党の清水忠史議員の「押し紙」についての国会質問。名前があがった新聞社は、朝日、読売、毎日、日経、そして佐賀新聞。佐賀新聞は昨日(29日)、販売店が提起した仮処分申立てで敗訴した。

清水議員は、公共広告の折込詐欺についても言及している。

■清水議員の国会質問・動画

 

 

2017年03月29日 (水曜日)

【臨時ニュース】

明日(30)の午前11:15分から、共産党の清水忠史衆議院議員が、消費者問題特別委員会で「押し紙」問題について質問する。国会質問は、次のインターネット放送で視聴できる。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/

 

2017年03月29日 (水曜日)


博報堂九州支社が鹿児島県志布志市の「ふるさと納税」のPRとして制作し、ネット上で児童ポルノではないかとの批判を受けたユーチューブ動画の制作費が、300万円(見積書による)にもなっていたことが分かった。

筆者が志布志市に対して行った情報公開請求で入手した「ふるさと納税メディアミックス業務委託」の契約書によると、このプロジェクトの総額は5999万9400円。動画の制作費は1本につき300万円である。

全体の業務は次のようになっている。

(1)WEBを活用したマーケティング
①検索エンジンを活用したWEB広告(リスティング広告など)
②アドネットワーク広告
③SNSを活用した広告
④youtube等の動画サイトによる広告

(2)紙媒体を活用したマーケティング
①高所得者層に訴求力のある雑誌等への広告
②主婦層向けの雑誌等への広告
③記事広告

(3)テレビ媒体によるマーケティング
①情報番組等でのPR

(4)その他、寄付額20億円達成向けて有効な広告宣伝等

◇綾小路きみまろに500万円

見積書によると、博報堂はyoutubeを2本制作しており、そのうちの1本が、問題になった「うなぎのうな子」である。

その他、タレント契約費として、綾小路きみまろに500万円が見積もられている。またWeb広告では、クリック数を想定して2180万円が見積もられている。

PRの費用としてどの程度が妥当な額かという点については、さまざな議論があるが、「うなぎのうな子」の動画(2分)が、300万円という価格設定は明らかに高い。タレント料や会場の設定などを加味しても、100万円が限度である。

今後、このプロジェクトの全成果物を情報公開して、公的資金の使い道を検証する。本来こうした検証作業は、地方自治体や国が行うべきことであるが、今の状況ではまったく期待できない。ジャーナリズムが唯一の検証手段である。

博報堂から志布志市に対する請求は、他にもあり、これについても筆者は今後検証していく。

■契約書の全文

 

2017年03月26日 (日曜日)

環境省に対して情報公開請求した資料(博報堂が請け負った約8億6300万円のプロジェクト「平成27年度低炭素社会づくり推進事業委託業務」の見積もり内訳)の肝心な部分が黒塗りにされて開示されたことを受けて、筆者は23日、環境省に次のような文言の情報公開請求を公式に申し立てた。

「平成27年度低炭素社会づくり推進事業委託業務」の見積書の内訳を黒塗りにして開示するように決定を下した人物を特定できる文書。

既報したように、筆者は昨年、環境省に対して「平成27年度低炭素社会づくり推進事業委託業務」の契約書、見積書、請求書の開示を請求した。これらの書面は開示されたが、最も肝心な見積書の内訳が欠落していた。請負価格が約8億6300万円と高額だったために、筆者はその内訳を開示するように、再度申し立てを行った。

数日後、内訳を入手することができたが、すべて数字は黒塗りになり、隠されていた。

◇どのような疑惑があるのか

このプロジェクトの契約は、2015年(平成27年)4月1日、環境省と博報堂の間で結ばれた。請負価格は、約7億7600万円だった。ところが約2ヶ月後の6月12日に、請負価格が約8億6300万円に変更になった。もとの価格に約1億円が上乗せされたのである。

このようなケースでは、価格が変更になった理由を検証する必要がある。その作業に不可欠なのが、見積もりの内訳である。しかし、環境省は数字の黒塗りというかたちで、事実上その開示を否定したのである。

◇番号が付番されていない書面

しかも、このプロジェクトの見積書と請求書には、公式な書面の作成という観点から、極めて重大な落ち度があるのだ。それは書面に付番がなされていないことだ。

上場企業やその連結子会社は、通常、不正な取り引きを防止するために、見積書、請求書、納品書に共通番号を付番して、コンピューターで管理する。(注:正確には共通番号とは限らないこともあるが、システム内で同じ見積書、納品書。請求書がリンクするようになっているそれによりどの見積書に、どの請求書と納品書が対応しているかを的確に把握する。こうして、裏金作りなどの不正経理を防止する努力をしているのだ。

このような管理システムは、大企業ではほぼ常識になっている。システムを導入しないことが違法行為ではないが、奨励されている。

逆説的に見ると、見積書、請求書、納品書が付番され、コンピューター管理がなされていなければ、見積書に存在しない項目を不正に請求して、裏口座にお金を貯め込むことも可能になる。公式の会計システムから外れているわけだから、もちろん会計報告にも含まれない。税金を払っていない可能性もある。少なくともこうした重大な疑惑が生じるのだ。

その意味では、見積書、請求書、納品書に管理番号が付番されていなければ、一応は、綿密な調査を行う必要性が生じるといえよう。難しい理屈など不要なのだ。付番されていない請求書は会計監査システムやシステム監査を受けていないとしか考えられない。つまり正しく売上を申告をしていない可能性がある。

◇環境省の他に内閣府、防衛省、文部科学省も

しかし、番号が欠落した書面を博報堂から受け取っているのは、環境省だけではない。他にも内閣府、防衛省、文部科学省などがある。

このうち内閣府の請求書は全てナンバーの付番どころか、日付もない。内閣府の請求書は明らかに会計監査システムやシステム監査を受けてはいない。この問題について、あずさ監査法人に尋ねたが無回答であった。

機会があれば、国税当局にも博報堂のあり得ない請求書についての見解を尋ねてみたい。

私企業相互の取り引きであればまだしも、日本の「役所」は、付番されていない書面で国家予算を支出しているのだ。裏金作りの防止という観点からすれば、大きな問題がある。

■内閣府の請求書の例

■文部科学省の例

■防衛省の例

■環境省の例

 

2017年03月24日 (金曜日)

世論誘導は、半ば日常的に行われているにもかかわらず、意外に認識されていない。空気のような存在だ。かつて日本船舶振興会が、「一日一善」とか、「人類みな兄弟」といったフレーズのテレビCMを垂れ流していた。CMには、同振興会のトップ・笹川良一氏も登場していた。

こうしたCMをどの広告代理店が制作していたのかは別にして、冷静に考えると恐ろしいCMである。「一日一善」を実行し、「人類みな兄弟」という気持ちを持てば、それで幸福を得られるかのような間違った思い込みが社会に浸透してしまうからだ。特に児童に対する影響が大きい。が、実はこれが洗脳なのだ。権力者による巧みな世論誘導なのだ。

哲学的な視点から言えば、観念論による洗脳の典型である。観念論というのは、簡単にいえば、心がけさえ良くすれば、幸福になれるという考え方である。その結果、「一日一善」とか、「人類みな兄弟」などという言葉と結びつく。その他、典型的な言葉として、「感謝」、「奉仕」、「愛国」などがある。

やっかいなことに、「一日一善」も「感謝」も「奉仕」もそれ自体は否定すべき行為ではない。むしろ歓迎すべき行為である。つまり批判の余地がないのだ。が、ここに洗脳のからくりが潜んでいるのだ。

1960年代に中央教育審議会が、「期待される人間像」という教育の方向性を打ち出して批判を浴びたことがあったが、その根底にある思想も、やはり観念論だった。心がけをよくして目上の人から、「期待される人間」になれば、それで幸福になれるという考えだ。これもある意味では真理で、否定のしようがない。逆説的に言えば、そこに洗脳の芽が潜んでいるのだ。

◇「世界人類が平和でありますように」

念を押すまでもなく、観念論の対局にあるのが、唯物論である。(※唯物論を物質至上主義と捉えるのは、誤解である)。これは人間の意識は外界の反映という観点(「存在が意識を決定する」)の哲学で、人間の内面よりも、むしろ外界の変革を目指す。外界を改善すれば、精神も豊になるという考えだ。

それゆえに革命の思想と結びついている。いくら「一日一善」を続けても、外界を客観的に変えない限りは、問題の根本的な解決はあり得ないとする考え方である。

1980年代、筆者は内戦中の中米グアテマラを取材したことがあるが、当時、キリスト教を名乗る奇妙な新興宗教が流行していた。その一方で、著しい経済格差と貧困という深刻な社会問題を、武装闘争による政府転覆で解決しようという社会運動があった。それを抑え込む手段として、軍による暴力と連動して、このような新興宗教が利用されていたのである。

改めていうまでもなく、日本で広がっているのは、観念論による世論誘導である。第1次安倍内閣の時代、安倍首相が、「美しい国」に象徴される心の教育や愛国心を強調していたのも理由のないことではない。

テレビや新聞の報道は、観念論の視点に立ったものが大半を占める。そのために社会格差の問題を報道したとしても、それを個人の努力不足や不運に原因があるかのように報じて、経済政策の失敗という客観的な原因には絶対に言及しない。

こうして大半の人々は、気づかないうちに観念論に洗脳されていく。「変革」
など出来ないことだと勘違いしてしまう。結果、社会問題に無関心な人々が増えている。

笹川氏が登場する冒頭のテレビCMが、意識的に観念論による世論誘導を狙っていることは、洗脳の手口を知る者であれば簡単に見抜ける。

こうしたCMで広告代理店もテレビも巨額の収益を得る。自分たちが制作するテレビCMが、国民全体にどのような影響を及ぼすかなどはまったく考えていないのではないか。

余談になるが広告代理店の中で博報堂は、教育関連の事業を展開している。あまり知られていないが、博報児童教育振興会という団体があり、熱心に日本語教育に取り組んでいる。しかし、その理事には、 観念論者である鈴木勲・日本弘道会会長らの名前もある。中山恭子(日本のこころ代表)議員の名前もある。今後、彼らが行っている「教育」の中身を調査する必要があるだろう。

ちなみに博報堂の創業家の瀬木庸介元社長は、1973年に社長を辞任した後、「世界人類が平和でありますように」で知られる白光真宏会の理事長になっている。(『博報堂120年史』)思想的な観点からみても、中央教育審議会の「期待される人間像」と同じ路線だったのである。

博報堂と内閣府、その他の省庁の関係を国策プロパガンダという観点からも検証する必要があるだろう。

2017年03月23日 (木曜日)

本稿の「①」で述べたように、博報堂への天下りが始まったのは、1975年ごろからである。児玉誉士夫氏の側近で等々力産業社長の太刀川恒夫氏が博報堂コンサルタンツの取締役に就任した時期からである。

参考:本稿「①」博報堂コンサルタンツの取締役に児玉誉士夫の側近・太刀川恒夫氏が就任していた、極右勢力と博報堂の関係、①

『現代の眼』(1975年7月)によると、次の人々が博報堂へ天下っている。驚くべきことに内閣府の官僚も含まれている。その他に、国税局の長官が2名。

・松本良佑(副社長):元警察大学教頭

・佐藤彰博(公共本部長):内閣審議官室審議官兼総理府広報室参事官

・千島克弥(顧問):総理府広報室参事官

・池田喜四郎(公共本部次長):内閣総理大臣官房副長官秘書

・毛利光雄(社長秘書):警視庁総監秘書

・町田欣一(特別本部CR担当):警視庁科学検査部文書鑑定課長

また、日本経済新聞の人事欄によると、旧大蔵省からの天下りも確認できる。
旧大蔵省とも極めて親密な関係にあったのだ。

・近藤道生(社長):国税庁長官

・磯邊 律男(社長):国税庁長官

また、2017年3月の時点での天下り者は次の通りである。

・阪本和道氏(審議官)[博報堂の顧問]

・田幸大輔氏(広報室参事官補佐・広報戦略推進官)[博報堂の顧問]

・松田昇(最高検刑事部長)[博報堂DYホールディングスの取締役]

・前川信一(大阪府警察学校長)。[博報堂の顧問]

・蛭田正則(警視庁地域部長)。[博報堂DYホールディングスの顧問  ]

ロッキード事件で児玉氏を取り調べた検事・松田昇氏がなぜ、博報堂へ天下ることになったのかは不明だ。が、どのような事情があるにしろ、内閣府や検察庁など日本の中枢機関から、博報堂への天下りが慣行化している事実は極めて重大だ。特に内閣府の場合は、約25億円(2015年度)の莫大な国家予算を広告費の名目で支出しているわけだから、尋常ではない。