1. メガ・ソーラーの恐怖と地熱発電 -モラル崩壊の元凶 押し紙-

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2026年05月06日 (水曜日)

メガ・ソーラーの恐怖と地熱発電 -モラル崩壊の元凶 押し紙-

福岡・佐賀押し紙弁護団 弁護士江上武幸  2026年(令和8年)5月5日

先ごろ孫を連れて新緑の湯布院「亀の井別荘」に宿泊しました。2016年(平成28年)の熊本地震の被害は大分県にも及んでおり、亀の井別荘も一部被害を受けていましたが、完全に修復され、以前と変わらないたたずまいを取り戻しています。湯布院に出かけたのは、遠方に住む3歳の孫が、久留米と大分を結ぶJR九州久大線を走る観光列車「ゆふいんの森号」に乗りたいと言っていると聞いたからです。息子の嫁から、帰りの切符しか手に入らなかったという連絡があり、行きはマイカーで、帰りは孫たちだけが「ゆふいんの森号」に乗って帰ることにしました。

湯布院の町おこしの中心人物である亀の井別荘の経営者、中谷健太郎さんは、高齢で療養中のためお会いすることはできませんでしたが、スタッフの方から来訪を伝えてもらうことにしました。中谷さんは、湯布院のもう一つの名旅館「玉の湯」の経営者である溝口薫平さんらと、ドイツの温泉保養都市バーデン・バーデンを訪ね、別府や熱海とは違った滞在型の温泉地づくりを目指されました。地元自治体と協力して湯布院の街づくりに尽力され、その後、外部資本の参入や最近のインバウンドの影響などもあって、湯布院は全国でも屈指の賑やかな観光地に発展してきましたが、条例で高い建物の建築やネオン看板を規制したこともあって、昼間の観光客が引きあげたあとは、もとの静かな温泉地に戻ります。

翌日は、帰りの列車の時刻までゆっくり時間がありましたので、別府湾を見下ろす東九州高速道のサービスエリアまでドライブしてみることにしました。

由布岳の北側斜面を通過したあたりで、右前方の山の斜面に突然黒いものが見えてきました。広い草原の一角に黒いパネルが敷きつめられており、それは身近で初めて目にしたメガソーラーの基地でした。高速道路から間近に見える位置にあり、国立公園の素晴らしい景観が台無しでした。ソーラーパネルが一面に敷き詰められた斜面は、決して緩やかな斜面とはいえず、豪雨による土砂災害で全面崩壊する恐怖すら感じました。
以前、中谷さんが城島高原の斜面の草焼きの行事に案内してくれたことがあります。阿蘇くじゅう国立公園の山の斜面では、毎年春になると、冬枯れした草木を焼き払う野焼きの行事が行われています。枯草を焼いて新芽の発育を促し、牛馬の餌を確保するため、地元住民によって続けられている環境保全のための行事でもあります。赤牛がのんびりと山の草を食む独特の放牧風景が見られるのも、毎年行われる野焼きのおかげです。

中谷さんが、いつどのようなことから野焼きの現場を案内してくれたのか思い出せませんが、道路脇に車を止めて柵のそばに立ち、目の前の枯草が勢いよく燃え広がっていく様子を見せてくれました。その時の中谷さんの満足げな顔を見て、中谷さんの郷土愛の原点が、その表情に表れているように思いました。

一面に広がった野焼きの焼け跡の黒さと、メガソーラーの無機質な黒さには、何らの接点も共通点も見つけられません。メガソーラーは、大地を二度と緑の草原に戻すことのない冷たい無機質な遮蔽物であり、同時に大規模な自然災害をもたらす怪物以外の何物でもありません。美しい自然を貴ぶはずの日本人が、なぜこのような醜い工作物を作ることができるのか理解できません。

久留米に帰った夜、作家の真山仁さんと湯布院に行った時のことを思い出しました。ある時、真山さんから読売新聞の押し紙裁判の取材をしたいとの申し出を受けました。真山さんはテレビドラマ「ハゲタカ」の原作者として当時すでに有名でしたが、私はそのことを知りませんでした。取材の申し入れを受け、読売新聞西部本社と販売店の地位確認の裁判を闘っている真村さんご夫婦や、その他の販売店経営者の方達と一緒に取材を受け、そのあと、久留米出身の明治時代の天才画家・青木繁の縁者が経営する郷土料理店の二階に場所を移して、会食しながらの懇談が続きました。真山さんからは、同志社大学法学部を卒業し、小説家を志して社会勉強のため読売新聞社に入社したこと、「ハゲタカ」に続き、外資による日本の新聞社買収に焦点を合わせた経済小説「ザ・メディア―新聞社買収」を週刊ダイヤモンドに連載中であること、外資が日本の新聞社を買収する小説の場合、日本独特の専売店制度と、それにより生じている押し紙問題に触れないわけにはいかないこと、執筆のために海外にも取材網を広げていることなど、興味深い話をたくさん聞かせてくれました。九州との出会いについて話題になり、久住の地熱発電所をモデルにした小説「マグマ」が真山さんの作品であることを知りました。私は以前「マグマ」を読んで感動していましたので、その作者が目の前にいる真山さんであることを知り、すっかり舞い上がってしまいました。

小説「マグマ」には、地熱発電所の爆発への対応を協議する緊迫した場面が登場します。その会議の場所と亀の井別荘の二階の広間がそっくりだという印象をもっていましたので、真山さんにその話をしたところ、亀の井別荘には宿泊したことはないとのことでした。「マグマ」の映画化もまだ具体化していないということだったので、地熱発電所の見学を兼ねて、湯布院の亀の井別荘と玉の湯旅館に宿泊することを提案したところ、真山さんは快諾してくれました。

早速、二泊三日の予定を組んで、真山さんを湯布院に案内しました。久住の観光ホテルの地熱発電所の管理事務所に足を踏み入れ、若い技師に「マグマ」の作者の真山仁さんであることを紹介したところ、机の引き出しから文庫本になった小説「マグマ」を取り出し、「この本(マグマ)は僕たちの聖書です」と言って見せてくれる感動的な場面にも立ち会えました。

九重の湿原に設けられた木道を真山さんの後ろについて歩きましたが、真山さんは原作の映像を頭に描きながら歩いていたのではないかと推測します。私の脳裏には、九重連山を背景にして「マグマ」の大文字がスクリーンに広がるオープニングの映像が浮かんできました。

その後、もう一度東京で真山さんと会う機会がありました。「ザ・メディア」の連載が終了した時のお祝いだったかと思います。小さなレストランで真山さんを囲んで会食しました。その時は、黒藪さんも一緒だった気がします。

真山さんは単行本化を考えておられましたが、いつの間にかその話は立ち消えになってしまいました。私は単行本になってから読めばいいと高をくくっていましたので、とうとう「ザ・メディア」を読む機会を逸してしまいました。真山さんが新聞販売店の押し紙の実態を小説の中でどのように描いてくれていたのか、とうとう知らないままです。黒藪さんから、真山さんの連載小説で単行本化されなかったのは「ザ・メディア」だけであることを、あとで聞きました。

ところで今回、真山さんとの出会いを取り上げたのは、湯布院の旅で思いがけずメガソーラーの基地に出会ったのがきっかけです。真山さんと見学した観光ホテルの地熱発電所のタービンを回す白い蒸気は、周辺の泉源の白い蒸気と違いはありませんでした。日本最大の地熱発電所である九州電力八丁原発電所から吹き上げる蒸気も、火山の噴気と一体化していました。地熱発電所を増設すればよいのに、なぜ阿蘇くじゅう国立公園の貴重な景観を破壊してまでメガソーラー基地を設置しなければならなかったのか。

火山列島である日本には、地熱発電所の適地はいくらでもあるはずです。北海道・岩手・秋田・大分などでは長年にわたり実用化されており、安全性も発電能力も試され済みです。

それにもかかわらず、なぜ原子力発電や太陽光発電、あるいは風力発電が地熱発電より優先されるのか、地熱発電の開発に、なぜもっと人・金・技術を使わないのか。

真山さんは、地熱発電に情熱を傾ける若い女性を主人公にして、日本列島における地熱発電の有用性を小説「マグマ」で世に訴えました。「マグマ」は朝日新聞出版社から2006年に発行されています。福島原子力発電所が爆発したのは、それから5年後の2011年のことです。何たる皮肉でしょうか。

福島原発事故直後に、ドイツの新聞社の日本人記者が押し紙問題の取材のため東京から久留米に来てくれたことがありました。真山さんを招待した先の郷土料理店で会食しながら、ドイツの新聞社の東京支局で働くことの面白みを聞いたところ、原発事故が発生した時、ドイツ本社から東京支社の社員全員に、家族を連れて西に向かって車で逃げるよう指示された話をしてくれました。名古屋の手前でドイツ本社に現在地を報告したところ、さらに西に避難するよう指示されたとのことでした。当時、運が悪ければ日本列島の北半分は人が住めないようになっていたかもしれないといわれていましたが、東京でそのような切迫した状況が現実に起きていたことを当事者の口から聞かされ、なんとも言いようのない複雑な気持ちになりました。同じような指示が国民に向けて発信されておれば、日本中が大パニックになっていたことでしょう。

そのような国家存亡の危機を経験したにもかかわらず、原子力発電所の再稼働や新設を進めようとする人達がおり、最近は武器輸出を目指す人達まで出てきました。戦争を体験した戦後の日本人にはあるまじき姿であり、そこまでアメリカ支配がひどくなっているのかと考え込みます。

ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルによるパレスチナ人虐殺、アメリカによるベネズエラ・イランへの軍事的圧力といった、人道と国連憲章に真っ向から反する狂気じみた政治家が跋扈する国際状況の下にあって、唯一の被爆国でありながら即時停戦を求める厳しい批判や抗議ができない我が国の指導者層の劣化は、長崎県出身の経産官僚・古賀茂明さんが15年前の著書「日本中枢の崩壊」(講談社)で指摘しているとおりです。

駐留米軍将校と中央省庁のキャリア官僚とで構成される日米合同委員会を通じて実行されるアメリカの植民地支配がバックにあるため、日本人指導者層(主として高級官僚)の入れ替えが極めて困難であることは、ネット上で多くの識者が危惧するとおりです。しかし、ベネズエラへの圧力やイラン戦争をめぐる混乱により、アメリカの経済的・政治的・軍事的影響力の低下と倫理的・道徳的頽廃は、今や世界的に明らかになっています。米軍基地の撤去と日米合同委員会の廃止、中選挙区制の復活による「日本人の、日本人による、日本人のための政治」を実現するチャンスが来たと思います。

日常、弁護士の仕事をしていると、古賀茂明さんが指摘した日本中枢の崩壊が、いまや国民全体の崩壊にまで及んでいることを痛感せざるを得ません。少しの猶予時間も残されていないというべきです。

* 新聞社の命運は10年を待たず尽きようとしています。しかし、国民の知る権利・表現の自由の実現は、ジャーナリズムとジャーナリスト抜きには考えられません。我が国から新聞・テレビが消えることは、たちまち暗黒時代の到来につながります。ネット社会の普及がそれに取って代わるとしても、無限大に広がる情報の海に溺れるしかないでしょう。核戦争が勃発しなければ、ロボット戦争が起きなければ、人類はなんとか生き残れるでしょう。

世界平和の最後の頼みは、暗黒の宇宙の闇にポツリと浮かぶ青い地球を見ることができる神の目をもった時代に生まれた子供たちです。地球と人類の長い歴史、そして近・現代の戦争と平和の歴史を正確に伝えることができれば、自らの頭で考え、自らの頭で判断する能力を身につけた大人に成長することが期待できます。そうなれば、いかなるエセ情報に惑わされることもなく、エセ宗教に洗脳されることもなく、他人を傷つけることもなく、ひとえに平和な国際社会・地球をつくることに邁進する新しい世代の誕生を期待することができます。

* 押し紙問題を異常と思わない、あるいは異常と思ってもなくすことができなかった新聞・テレビの報道関係者の方達も、よもや国民の無知に乗じて戦意高揚を図り、多くの日本人・アジア人・アメリカ兵の命を犠牲にした戦前の新聞人が歩んだのと同じ道をたどることはないと信じています。

* 新聞販売店の廃業が相次いでいます。押し紙によって借金を抱えたまま廃業された方で、新聞社のやり方に納得がいかず、いくばくかの損害賠償金でも構わないので請求してみたいとお考えの方は、ご遠慮なくご相談ください。

(電話番号 0942-30-3275 FAX 0942-30-3276)