1. 「押し紙」70年⑩、「押し紙」隠しの手口を暴いた真村裁判・福岡高裁判決

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2015年09月17日 (木曜日)

「押し紙」70年⑩、「押し紙」隠しの手口を暴いた真村裁判・福岡高裁判決

【サマリー】真村裁判の意義は、「押し紙」隠しの手口を暴いたことである。この裁判は新聞販売店主が起こした地位保全の裁判であるにもかかわらず、なぜ、「押し紙」問題が争点になったのかを解説する。

福岡高裁判決は読売の体質を、「しかしながら、新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である」と認定した。

真村裁判は「押し紙」問題とは何かを知るための格好の題材にほかならない。しかし、この裁判は「押し紙」による損害賠償を求めた裁判ではない。店主としての職を剥奪されそうになった真村氏が、読売新聞社に対して地位の保全を求めた裁判である。それにもかかわらずなぜ「押し紙」問題が中心的な争点となったのか、読者は不思議に感じるに違いない。

この点を理解するためには、あらかじめ新聞社による販売店改廃(強制廃業)の手口について説明しなければならない。販売店改廃の手口は読売に限らず、ほとんどの新聞社で共通している。

改廃には当然、正当な理由が必要なわけだが、その代表的なものに、①営業成績がふるわないこと、②発行本社の名誉や信用にかかわる行為をはたらいたこと、③さらには自店の業務実態を偽って発行本社へ報告したことなどがある。

真村裁判の場合、最後まで争点になったのは③である。枝葉末節はあるものの、③「自店の業務実態を偽って発行本社へ報告したこと」をどう評価するかが最後まで争点になったのだ。

◇なぜ、地位保全裁判で「押し紙」問題が争点になるのか?

当時、読売は販売店に対して新聞の部数内訳を報告するように求めていた。たとえば、真村氏が経営していたYC広川の場合、2001年(平成13年)6月の場合、定数(新聞の搬入部数)は1625部だった。これに対して実配(実際に配達している部数)は、1589部だった。まとめると次のような内訳になる。

定数(搬入部数):1625部
実配(実配部数):1589部

もちろんこの種の業務報告書には、定数と実配だけではなく、経営に関するさまざまなデータを記入する欄が設けられているが、真村裁判に限っていえば、定数と実配の中に秘められたトリックに注目すると、「押し紙」とは何かを理解しやすい。

定数(搬入部数)が1625部で実配(実配部数)が1589部だから、両者の差異は、36部である。差異となっている36部は予備紙(新聞の破損を想定して仕入れた必要部数)と考えれば、YC広川には1部の「押し紙」も存在しなかったことになる。

ところが真村氏は実配を1589部と報告していたものの、実際には配達されていない部数が約130部あった。約130部が残紙となっていた。

真村氏はこの約130部を実配(部数)1589部に含めて、読売に報告していたのである。それに連動して、帳簿上(PC)でも、この130部の新聞には、読者が存在することにして経理処理していた。帳簿上で実配部数と収入の辻褄をあわせなければ、税務署が問題にする恐れがあるからだ。

これは法的にみれば明らかな虚偽報告である。事実、読売はYC広川の改廃理由として虚偽報告を持ち出してきた。真村氏もそれを認めた。

ところが裁判所は、真村氏が虚偽報告をせざるを得なかった背景に、読売による販売政策があったと認定し、虚偽報告を改廃理由として認めなかったのである。つまり虚偽報告の背景に、店主がやむを得ずに強いられた「押し紙」の経理処理問題があると判断し、それに連動した虚偽報告も改廃理由にはならないと判断したのだ。

真村裁判は、「押し紙」隠しがどのように巧妙な手口で行われるかを解明したのである。

◇新聞社は「押し紙」の存在を認めず

真村裁判に限らず、新聞販売店の地位保全裁判は、虚偽報告の有無が争点になることが極めて多い。新聞社サイドは、常に「押し紙」はしていないという見解を取り続けている。真村氏の例に見るように、帳簿上、法的には「押し紙」は存在しないことになっているからだ。

しかし、販売店が帳簿を改ざんしてまでも「押し紙」を隠すのは、新聞社との間に暗黙の合意事項があるからである。「押し紙」は独禁法に抵触する。そのために帳簿上で架空の読者を設定するなどして、辻褄を合わさざるを得ないのだ。それが新聞社に対する忠誠である。

ところが新聞社は、販売店を廃業させるときには、このような事情を逆手に取って、虚偽報告や帳簿の改ざんを強制廃業の理由として主張してくる。裁判所もなかなかこのような複雑なカラクリを理解できない。

こうした新聞販売店訴訟の流れを打ち破ったのが真村裁判の勝訴なのである。判決の一部を引用してみよう。

「しかしながら、新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。」

「このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである。」

■真村裁判・福岡高裁判決