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販売店訴訟には、大別して「押し紙」裁判と、地位保全裁判がある。しかし、いずれの裁判でも、「押し紙」をめぐる事務処理が争点になることが多い。
以下に示すのは、これまでわたしが直接取材した裁判のリストである。ただし、若干省略しているものもある。検証作業を目的に作成した。
【1981年】
毎日新聞三ッ沢販売所VS毎日新聞社
「押し紙」裁判。この裁判は毎日が販売店に対して「押し紙」代金の未払いを求めたもの。毎日の勝訴。
【1997年】
金橋新聞販売所VS朝日新聞社
地位保全裁判。奈良県橿原市にある合売店・金橋新聞販売所に対して、朝日新聞社が契約の終了を通知。裁判になった。朝日の勝訴。
【1999年】
沖縄タイムス美田販売店VS沖縄タイムス
地位保全裁判。店主が預かり金の利子値下げに対して承諾を保留したところ、タイムス社が商契約の解除を通知。沖縄タイムスの勝訴。(700/3400文字)

裁判の判決が適切だったか不適切だったかは、何により検証できるのだろうか?それは裁判で提示された事実のその後の状況である。
「押し紙」裁判が始まったのは、1980年代の初頭で、今日まで約30年の歳月が流れている。司法が初めて「押し紙」を認定したのは、2011年3月に判決が下された山陽新聞の「押し紙」裁判であった。それまでは一度も「押し紙」を認定したことがなかった。(ただし、地位保全裁判で「押し紙」政策を認定したことはあるが。)
その結果、新聞各社は延々と「押し紙」政策を取り続けたのである。
次にリンクしたのは、写真集は「押し紙」の現場である。これらは誤った司法判断が産み落とした光景にほかならない。
改めて言うまでもなく「押し紙」の最大の被害者は、広告主である。
先に述べたように販売店が勝訴した唯一の「押し紙」裁判は、2011年3月に判決が下された山陽新聞の「押し紙」裁判である。販売店が勝訴した結果、大きな変化があった。
それまでABC部数を基準に販売店に割り当てられていた岡山県の広報紙『晴れの国おかやま』の配布枚数を、岡山県庁が是正したのである。こうして少なくとも『晴れの国おかやま』の水増し問題は解決した。岡山地裁の山口浩司裁判長が、「押し紙」にメスを入れた結果だった。
ところがその他の「押し紙」裁判では、ことごとく新聞社の「押し紙」政策を否定する判決を下してきた。新聞社側の言い分をうのみにして、新聞販売の現場に足を運ぶこともなく、誤った判決を下したのである。
その結果、日本中が「押し紙」であふれた。この事実こそ、判決が誤りだったことを示している。
わたしは誤った判断を下した裁判官は責任を取るべきではないかと思う。判決文に判決を下した裁判官の名前が記されているのは、判決内容に責任があるからではないだろうか。
われわれフリーライターが署名記事を書けば、その内容に責任を持つのと同じように、裁判官は判決により生じる影響にも責任を持ってほしいものだ。【全文公開】

次の書面は、日本新聞協会へ提出した質問状である。
RE:質問状
前略。
フリーライターの黒薮哲哉です。マイニュースジャパンに掲載予定のルポルタージュの制作を目的として、質問させていただきます。
1、去る10月28日に広島高裁は、貴協会の会員である山陽新聞社の「押し紙」政策を認定しました。新聞倫理綱領の精神からして、「押し紙」政策は中止すべきものであることは論を待ちません。
貴協会は、新聞業界のリーダーとして、どのように判決を受け止め、今後、どのような解決策を講じられる予定なのか、教えていただけないでしょうか。(500/1000文字)

読売新聞広告ガイドによると、「読売新聞の2011年9月の販売部数」は9,941,499部となっている。
販売部数とは、文字通り実際に販売している部数のことである。
この資料によると、読売新聞販売店には、「押し紙」は言うまでもなく、残紙も存在しないことになってしまう。つまり販売店に搬入された新聞は、すべて配達され、しかも購読料を徴収する対象になっている計算になる。(500/1200文字)

「押し紙」裁判の争点を再考する時がきている。
これまで「押し紙」裁判では、新聞社が過剰な新聞部数を販売店に押し付けたか、それとも販売店がみずから新聞を買い取ったかが最大の争点になってきた。たとえば3000部の新聞が搬入されて、このうち実際に配達されているのが2000部とすれば、1000部が残紙となる。
この1000部を巡り、新聞社が押し付けたものなのか、それとも販売店が自主的に買い取ったものなのかが争われる。これが「押し紙」裁判である。
「押し紙」で発生した損害を賠償させることが、「押し紙」裁判の目的であるから、争点そのものは誤っていない。
そして現在の「押し紙」裁判の到達点は、裁判所が残紙を認定するようになったことである。新聞社が販売店に過剰な部数を押し付けている事実は認定しないが、新聞が販売店に余っていることは認定するようになっている。
たとえば「押し紙」が争点になった平山訴訟では、YC3店の残紙率が次のように認定されている。
YC久留米分化センター前:49・6%
YC大牟田中央店:38%
YC大牟田明治店:38.3%
しかし、裁判所は、読売が販売店に押し付けた新聞であるとは認定しなかった。実際、読売の宮本副社長は、読売はこれまで1度も販売店に新聞を押し付けたことはないと法廷で証言している。
広告主など第3者は、現在の「押し紙」裁判の視点をどんなふうに見ているのだろうか。ある不動産会社の幹部は、次のように話す。(1100/1600文字)

ASA宮崎大塚が「押し紙」裁判で敗訴したニュースは、6日付け朝日新聞の第2社会面でも報じられた。よほど勝訴が嬉しかったのだろう。
現在、「押し紙」裁判の争点は、販売店が勝訴した山陽新聞のケースも含めて、販売店が「押し紙」を断ったか否か、あるいは新聞社が販売店に新聞を押し付けた事実があるか否かという点である。
「押し紙」裁判は、「押し紙」で生じた損害を賠償させることが目的であるから、「断ったか否か」、「押し付けたか否か」という争点そのものは、片手落ちとはいえ、まったくの誤りではない。しかし、ジャーナリズムの観点から、「押し紙」裁判を検証すると、別の視点が浮上してくる。次の点である。
販売店に配達されない多量の新聞があふれているのは、紛れもない事実である。と、すればこれらの新聞が発生した原因が、新聞社にあるのか、あるいは販売店にあるのかは別にして、毎日、紙資源が無駄に破棄されている実態を、新聞社は重大な社会問題として認識していないのかという疑問が生じる。(500/1000文字)

販売店主としての地位保全が認められ、2007年年12月に勝訴が確定した「第1次真村訴訟」の福岡高裁判決のあと、『十勝毎日新聞』『山陽新聞』『南日本新聞』といった地方紙では、新聞社側が販売店との「押し紙」などをめぐる争いで、立て続けに敗訴し、偽装部数の実態に司法のメスが入り始めた。
これ自体はこれまでにない画期的な出来事だったが、7連敗していた読売がどういうわけか今年3月より連勝に転じ、息を吹き返し始めている。地方紙と全国紙とで、どうして司法判断はこうも異なるのか。その背景を探った。(続きはマイニュースジャパン)

最近、「押し紙」がますます増えているという情報が次々と寄せらている。平均して搬入部数の4割から5割が「押し紙」ではないかという声もかなり多い。販売現場にいる人の声であるから、一応、真摯に耳を傾けなければならない。
あまりにも「押し紙」が多いので、「押し紙」隠しの方法も巧みになっている。(200/1200文字)

「押し紙」制度のカラクリを解説する際に、かならず言及されるのが補助金である。補助金の役割について、これまでわたしは次のように説明してきた。
◇従来の説明
たとえば次のような状況を想定する。
搬入部数:2000部
実配部数:1200部
「押し紙」: 800部
800部の「押し紙」から発生する損害を相殺するために2つの方法が採用される。
まず、第一は折込チラシの水増しである。折込チラシの搬入枚数は原則として新聞の搬入部数に一致しているので、このケースでは2000枚になる。
従ってチラシ800枚が水増し状態になる。この800枚から得る不正な収入で「押し紙」による損害を相殺するのだ。しかし、チラシの水増しだけでは100%の相殺は難しい場合が多い。
そこで第二の方法が採用される。それが補助金の投入である。
つまり折込チラシの水増しと補助金で、「押し紙」の損害を相殺する。これが従来わたしが行ってきた説明である。仮にこの説明を、「解説1」とする。
◇新しい見解
ところが「解説1」は、不十分な説明であることに、最近、気付いた。「解説1」によると、新聞社が「押し紙」を負担してくれる販売店に配慮して補助金を提供していることになる。あるいは、販売店経営が破綻して、宅配網が崩壊しないように、補助金を提供していることになる。
はたしてそうだろうか?
結論を先に言えば、「解説1」は、補助金制度の本質を正しく解釈していない。
そもそも「押し紙」による損害は、「チラシの水増し+補助金」で相殺される。と、すれば合理的には、「押し紙」をしないかわりに補助金も提供しない方が無駄がない。
ところが新聞社は絶対にこのような選択肢をしない。「押し紙」によるABC部数をかさ上げして、紙面広告の媒体価値を高める販売政策があるからだ。
つまり補助金は、販売店を支援するための資金ではなくて、広告戦略の中でABC部数をかさ上げするために計上されている工作経費の性質の方が強いのではないか?販売店のためにではなくて、新聞社が広告戦略の一端としてやっているのである。
しかも、この方法で100万部、200万部、300万部、といった大規模な水増しをすることで、「補助金」の投入総額(資本)を、はるかに上回る広告収入(利潤)を生み出している可能性が高い。
ただ、この点については、具体的な数字で検証してみる必要がある。
「補助金」でABC部数をかさあげして、紙面広告の媒体価値を高め、「補助金(資本)」をはるかに上回る利潤を上げる。これがビジネスモデルのからくりである可能性が高い。
従って販売店に補助金を支出していても、新聞社は、それによりABC部数をかさ上げして紙面広告の媒体価値を高める。その結果、投入した補助金を上回る利潤をあげているのではないか。
繰り返しになるが、新しい解釈は検証を重ねる必要がある。(全文公開)

このところ販売店の改廃時に、新聞代の未払い金を請求されるケースが増えている。
毎日新聞の元店主、高屋肇さんから、2007年6月の自主廃業の経緯を聞いた。高屋さんは蛍ヶ池販売所と豊中販売所(いずれも大阪府)の2店を経営していた。
「押し紙」率は約70%。実配部数よりも、「押し紙」の方がはるかに多い状態が続いていた。(300/1400文字

販売店に過剰な新聞があふれていることを、新聞社は知っているのか?
と、いう点である。言葉を換えれば、新聞社は新聞の実配部数を把握しているか否かという問題である。
この問いに対して、新聞社は実配部数を把握していないと繰り返してきた。法廷での偽りの証拠や証言が禁止されている状況の下で、実配部数は把握していないと繰り返してきたのである。
普通の商取引きでは、商品の実配部数をメーカーが知らないことはありえない。たとえば自動車会社は、車の実配台数を詳しくつかんでいる。電気メーカーについても、自社製品の販売状況を知りつくしている。
さもなければ市場戦略を構築しようがないからだ。ところが新聞社は法廷で常に、新聞の実配部数は把握していないと主張してきた。このような発言自体が経営者としての資質に欠ける証にほかならない。
ところが最近、販売店側の内部資料で、新聞社が実配部数を把握してることが明らかになり初めている。
冒頭の画像は、毎日新聞の蛍ヶ池販売所と豊中販売所を経営していた高屋肇さんから入手したものである。数字は下記の通りである。(600/1200文字)

「押し紙」裁判(読売VS新潮)の判決の中に、ABC公査に言及した部分がある。判決(村上正敏裁判長)には、ABC公査の信頼性をうのみにしているような印象がある。
「押し紙」の実態をもっともよく知っている新聞販売店の関係者は、次の記述をどのように受け止めているのだろうか?現場をまったく知らない者による空論のような印象を受けないだろうか?
被告らは、ABC協会の示した見解において、残紙率が5%を超える場合には、健全な販売店経営とはいえないとされているところ、信頼性があるとはいえないABC公査の結果によっても、平成20年における新聞社全体の残紙率の平均は、8.7%と高率であったと主張する。
しかし、ABC協会の回答書(甲57)によると、平成11年から平成21年までの間に行われた5回のABC公査において、読売新聞の残紙率は4・0%から、5.3%にとどまっている上にABC公査の結果に信頼性がなく、実際の残紙率はさらに高いものと推測されるとの被告らの主張は、客観的裏付けを欠くものである。したがって、被告らの上記主張には理由がない。
ABC公査の信ぴょう性については、かねてから論議の的になってきた。
ABC部数は新聞の発行部数であり、実配部数ではないから、厳密に言えば、ABC部数の数字そのものが間違っていることにはならない。しかし、実配部数との間に大きな差異があることは、いまや周知の事実になっている。
その事は次のような事実からも推測できる。
1、「押し紙」回収業が一大産業として成立している事実。驚くべきことに、古紙回収業とは別に、「押し紙」回収業が成り立っている。(1100/1500文字)

司法がかたくなに認定しない公知の事実に、部数にカウントしながらも配達されずに廃棄されていく「押し紙」がある。裁判所は、新聞社が販売店に新聞を押し付けた証拠があるか否かだけを基準に「補助金ほしさに販売店が実配部数を偽って多めに報告している」といった新聞社側の主張をうのみにし、机上の論理によって司法判断を下してきた。
結果、毎日新聞・蛍ヶ池販売所のように、「押し紙」率が約70%に達しても司法が押し紙を認定しない、という驚くべき事態となり、新聞の部数偽装は裁判所もグルになって拡大している。ASA宮崎大塚の「押し紙」裁判の結審を前に、これまでの同種の裁判の特徴を検証し、現場を理解できない司法の劣化を検証する。(続きはマイニュースジャパン)

最近、毎日新聞の元店主で毎日懇話会名誉会員の高屋肇さんから、偽装部数(押し紙)についての話を聞く機会を得た。その中で高屋さんは、「押し紙」裁判で販売店の勝訴例がない点に言及された。
「押し紙」裁判は、1980年代から断続的に行われてきたが、販売店が勝訴した例は、2011年3月に判決が下りた山陽新聞の例があるだけで、その他はことごとく敗訴している。
公正取引委員会が「押し紙」を摘発したことは、1997年の北國新聞の例がある。つまり「押し紙」にメスが入ったのは、100年を超える新聞史の中で、北國と山陽のたった2度である。いずれも地方紙で、中央紙が摘発されたことはまだ1度もない。実に不思議な現象だ。
ただし地位保全裁判の中で、読売の「押し紙」政策が認定された例はある。真村裁判の福岡高裁判決である。
http://www.geocities.jp/shinbunhanbai/newpage21.html
このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである。
もちろん、「押し紙」が存在しないわけではない。日販協が編集した新聞販売史によると、昭和4年と5年に「押し紙」があったとする記述もある。戦後の「押し紙」については、すでに公知の事実になっている。
それにもかかわらず裁判所も公取委も、中央紙の「押し紙」を問題視したことはこれまでも一度もない。このような不思議としか言いようがない実態について高屋さんは、次のように話す。
「販売局の人は、『裁判所が新聞社を敵に回すような判決を出すはずがない』と自信を持っています。判事は新聞社の力を恐れているので、自分たちに敗訴はあり得ないという考えのようです」
さらに次のような事情もあるのではないか。裁判所は、中央紙が日本の権力構造の一部に組み込まれていること、それを崩壊させる判例を作ることが、現在の権力構造を崩壊させる結果を生む事情を承知している。だから判事といえども、「冒険」はしない。判例に忠実な判決を下す。それが判事としての「出世」につながる。
もし、このような推測が事実であるとすれば、日本における三権分立や権力を監視する機関としてのメディア(ジャーナリズム)は幻想ということになる。
論をすれば、われわれが明確に認識していないだけで、実は北朝鮮のシステムと変わりがないのかも知れない。(1300/2400文字、◇判決理由を記述していない判決)

裁判所や公取委などの公的機関は、これまで「押し紙」問題にメスを入れたことがあるのだろうか?。わたしが知る限り、過去に3度だけある。年代順に並べると次のようになる。
【1983年・西日本新聞】
熊本県警菊池署は、「管内の新聞販売業者を集め、『(折込広告)の不正行為があれば事件として扱う』と警告した」(『熊本日日新聞』1983年7月17日付け)。
折込広告の水増し問題は、「長年にわたってうわさされ、三年前には多良木署が関係販売店を指導」したが、一部の販売店では依然として改善されていなかったという。
【1997年・北國新聞】
公取委が石川県の北國新聞に対して、「押し紙」の排除勧告を発令した。公取委の勧告によると、北國新聞社は朝刊の総部数を30万部にするために増紙計画を作成して、3万部を新たに増紙した。(600/1400文字、◇中央紙には絶対にメスが入らない)

震災を契機に、ついに1千万部割れが公式発表された読売新聞。だが実態はもっと悪い。なぜなら、部数を偽装するための様々な新しい手口が明らかになってきたからだ。従来の戸別訪問による新聞拡販が行き詰るなか読売新聞社がここ4~5年で採用してきたのが、ファミレスやホテルに数十部ずつ搬入し、PR紙扱いでフロアで無料配布する手口である。
これらの新聞は、売れていないのに「即売部数」としてABC部数に計上されるカラクリになっていることが分かった。ABC部数の信頼性を失墜させるど同時に、新聞のフリーペーパー化を進め定期購読も不要なものにする行為だ。新聞社は出口を失いつつある。(続きはマイニュースジャパン)

日本経済新聞が1976年(昭和51年)ごろに関西で実施していた新聞の商取引に関する古い記録を入手した。このうち「押し紙」政策を検証してみよう。日経には、独特の方針があったようだ。
樋口新聞舗は、豊中市蛍池に店舗を構えていた。毎日新聞の専売店であるが、日経も依頼を受けて配達していた。日経の専売店ではないので、単純に考えると「押し紙」政策は採用できないのではなかと思われるが、日経には別の策があった。
◇500部増のノルマ
1974年(昭和50年)1月から日経は、「創刊100年大阪新館建設50万部達成」の大型増紙を開始した。樋口新聞舗に割り当てられた増紙のノルマは、約500部。
具体的には4530部の定数を5000部に引き上げるというものだった。
店主の樋口肇さんは、これを断った。これに対して、日経は樋口さんに対して改廃(強制廃業)を宣告したのである。結局、この事件は裁判所での係争に発展するが、最終的には和解で決着して、販売店改廃には至らなかった。
日経が改廃を宣告できたのは、他系統の新聞販売店が日経を配達したがるからである。ここに日経が他系統の専売店に対しても「押し紙」政策を導入できた根拠があるのだ。
「命令に従わなければ、新聞の搬入先を変更する」と脅されたら、販売店は泣く泣く「押し紙」を受け入れざるをえない。
当時、樋口さんのケースと類似した日経関連の係争が複数発生している。樋口さんが言う。
ある時、わたしは大阪市日経会の副会長からの電話で、ある改廃事件を知りました。聞いたところによると、『押し紙』を強引に迫られ、担当員と口論になり店主が、
「もう夕刊から日経はやめじゃ!」
と、言ってしまったんです。
その言質を取られ、「それならよろしい」と言い置いて、担当員は返ったそうです。(1200/2200文字、◇宮崎新聞舗の訴訟)


『日本新聞概史』(日本新聞販売協会編)の562ページに、80年前の「押し紙」についての記述がある。次の通りである。
増紙競争の結果による乱売や弊害は昭和4年、5年にかけて最も激しかった。 この残紙、抱紙のために乱売が行われるだけでなく、それは従業員を苦しめ、主任を泣かす場合が多い。
たとえば某直営出張所主任に向って、増紙の責任部数300を負わせたとすると、その店が10区域に分かれていれば、主任は10人の配達にこれを分担させる。配達1人に責任数30部が課され、これを悉く勧誘して売れ口を求めれば問題は起こらぬが、仮に25部しか勧誘出来ぬとなれば、5部に対する代金の支払いは配達が負担する。そして給料から差し引かれるのである。
さらに配達に集金責任が負わされるから、集金不能の場合にも給料から差引かれて、配達は給料を受けることもできない。
実例のひとつとして5年3月15日付岩月管理所から出した直配所主任への告文に、「山積せる残紙は消滅されるでしょうか」 と題する一文があり、月の15日になって前月の店員給料の支払いが出来ず、1班45店の中完行されたのは9店であって、残りの36店は支払いが出来ぬことを指摘していたという。悲惨な状態である。
(全文公開)

日経新聞の偽装部数(「押し紙」)に関する古い資料を入手した。
一般紙が「押し紙」政策を実地してきたことは、すでに周知の事実になっている。しかし、日経新聞にも「押し紙」制度があるのか、かりにあるとすればどの程度の「押し紙」なのかという疑問はかなり以前から多くの人々の関心の的になってきた。
わたしの手元に「日経創刊100周年 大阪50万部達成増紙計画お知らせ」と題する文書がある。日経が創刊100周年に向けて、拡販戦略を打ち出した際に、販売店に届けられた書類である。
日付は「昭和51年6月」。樋口新聞舗(大阪府豊中市・毎日新聞の専売店)の店主に充てたものである。
この文書によると「昭和51年6月」時点での樋口新聞舗における定数は4530部。これに対して、半年後の12月の到達目標数は、5000部になっている。半年で約500部の増紙を店主に求めてきたのである。
具体的な月ごとの到達目標数は、次のようになっている。
7月計画数 4750部
8月 4750部
9月 4750部
10月 5000部
11月 5000部
12月 5000部
(800/1800文字、◇日経の「押し紙」率は・・)

『創』(2011年4月)が、「新聞社の徹底研究」という特集を組んでいる。その中に「新聞産業の危機とジャーナリズムの行方」と題する座談会が掲載されている。出席は、原寿雄、河内孝、桂敬一、藤森研の各氏だ。
この座談会を読んで、日本を代表する新聞人や研究者がようやく「押し紙」問題に正面から向き合うようになったという感を強くした。
これまで大半のメディアで語られてきた新聞産業論は、「押し紙」が存在しないという偽りを前提に議論がなされていた。ずばりABC部数を基準として、各新聞社の発行部数の実態を検証していたのだ。
そのために議論の前提となる客観的なデータそのものに誤りがあった。誤ったデータを使って、実態とはかけ離れたところで新聞産業を論じていたのである。その結果、問題の本質を直視できなかった。
ところが今回の座談会では、この問題についても初めて切り込んでる。たとえば原寿雄氏の次に発言だ。(500/1800文字、◇読売流の「押し紙」の定義歪曲、◇2~3割は「押し紙」)

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