読売新聞の販売店が警察と連携して街の隅々まで監視、「不審人物などを積極的に通報する」全国読売防犯協力会(Y防協)の異常

新聞社と警察の連携は、ジャーナリズムの常識では考えられないことである。「異常」と評価するのが、国際的な感覚である。本来、ジャーナリズムは公権力を監視する役割を担っているからだ。
読者は、全国読売防犯協力会という組織をご存じだろうか。「Y防協」とも呼ばれている。これは警察とYC(読売新聞販売店)が連携して防犯活動を展開するための母体で、読売新聞東京本社に本部を設けている。こうして警察と新聞社が公然と協力関係を構築しているだ。他にも読売新聞社は、内閣府や警視庁の後援を得て、「わたしのまちのおまわりさん」と題する作文コンクールを共催するなど、警察関係者と協働歩調を取っている。
これらの活動のうち、住民にとって直接影響があるのは、Y防協の活動である。
その理由はYCの販売網が、全国津浦々、街の隅々にまで張り巡らされているからだ。それは住民を組織的に監視する体制が敷かれていることを意味する。【続きはデジタル鹿砦社通信】
出版社に忍び寄る読売新聞の影、懇親会に出版関係者240人、ジャーナリズム一極化への危険な兆候

新聞社と放送局の間にある癒着が語られることがあるように、新聞社と出版社のグレーゾーンを薄明りが照らし出すことがある。
今年の5月11日、読売新聞社は「出版懇親会」と称する集まりをパレスホテル東京で開催した。読売新聞の報道によると、約240人の出版関係の会社幹部を前に、渡辺恒雄主筆は、「日頃の出版文化について情報交換していただき、率直なご意見を賜りたい」とあいさつしたという。
出版関係者にとって新聞社はありがたい存在である。と、いうのも新聞が書評欄で自社の書籍を取りあげてくれれば、それが強力なPR効果を生むからだ。新聞の読者が老人ばかりになり、部数が減っているとはいえ、中央紙の場合は100万部単位の部数を維持しているうえに、図書館の必需品にもなっているので、依然として一定の影響力を持っている。そんなわけで読売新聞社から懇親会への招待をありがたく受け入れた出版関係者も多いのではないか。
しかし、新聞販売現場の現場を25年にわたって取材してきたわたしの視点から新聞業界を見ると、新聞業界への接近は危険だ。書籍ジャーナリズムに、忖度や自粛を広げることになりかねない。同じ器に入るリスクは高い。新聞業界そのものが、欺瞞(ぎまん)の世界であるからだ。醜い裏の顔がある。
◆清水勝人氏の「新聞の秘密」
いまから半世紀前の1977年2月、雑誌『経済セミナー』で「新聞の秘密」と題する連載が始まった。執筆者は、清水勝人氏。連載の第1回のタイトルは「押し紙」である。
清水氏は、当時、『経済セミナー』だけではなく、他の雑誌でも新聞批判を展開していた。清水勝人氏の経歴についてはまったく分からない。聞くところによると、「清水勝人」というのはペンネームで、新聞社に所属していたらしい。実際、「新聞の秘密」を細部まで知り尽くしている。
連載の第1回原稿の劈頭(へきとう)で清水氏は、新聞業界の体質について次のように述べている。
「新聞という商品、新聞業界にとって最も不幸なことは、それが今日まで世論の批判の対象外-「批判の聖地」におかれてきたことではなかったかと思う。これまでごく少数の例外を除いては、新聞は自らの矛盾、誤りをみずからの手で批判したり、訂正しようとは決してしなかったし、第3者からの批判を率直に受け入れようともしなかつた。
新聞は今日まで厳しく監視する第3者を持たなかったためにどうしても、みずからの矛盾、誤り、時代錯誤に気付くのが遅れてしまいがちだったし、他人の批判にさらされないために規制力を失いがちであったといえるのではないかと思われる。」
清水氏は、「押し紙」によりABC部数をかさ上げして、紙面広告の媒体価値を高める新聞社のビジネスモデルを暴露した。わたしがここ25年ほど指摘してきた問題を、半世紀前にクローズアップしていたのである。おそらく問題をえぐり出せば、新聞人は過ちを認めて、方向転換するだろうと期待して、筆を執ったのだろう。
が、そうはならなかった。いつの間にかこの報道は消えてしまった。「無かったこと」にされたのである。
その後、1980年代になると、共産党、公明党、社会党が超党派で新聞販売の問題を取り上げるようになった。85年までに15回の国会質問を行った。新聞業界は批判の集中砲火を浴びたのである。「押し紙」も暴露された。
たとえば1982年3月8日に、瀬崎義博議員(共産党)が、読売新聞鶴舞直売所(奈良県)の「押し紙」問題を取り上げた。この質問で使われた資料は、後に「北田資料」と呼ばれるようになり、新聞販売の問題を考えるとひとつの指標となった。次に示すのが、鶴舞直売所の「押し紙」の実態である。
しかし、5年に渡る国会質問は何の成果も残さなかった。新聞業界は反省もしなければ、状況の改善もしなかった。もちろん報道もしなかった。再び「無かったこと」にされたのだ。
◆公正取引委員会を翻弄して「押し紙」を自由に
1997年になって新しい動きがあった。公正取引委員会が北國新聞社に対して「押し紙」の排除勧告を発令したのである。北國新聞社は朝刊の総部数を30万部にするために増紙計画を作成し、3万部を新たに増紙した。その3万部を新聞販売店に一方的に押しつけていた。夕刊についても、同じような方法で「押し紙」をしたというのが、公取委の見解である。
さらに公取委は、「他の新聞発行者においても取引先新聞販売業者に対し『注文部数』を超えて新聞を供給していることをうかがわせる情報に接した」として、日本新聞協会に対して改善を要請した。
さすがに新聞業界も「押し紙」を反省するかに思われたが、逆に公取委に対して驚くべき対抗策にでる。
当時、新聞業界は内部ルールで、表向きは「押し紙」を禁止していた。販売店に搬入する新聞の2%を予備紙と定め、それを超える部数を「押し紙」と定義していた。俗に「2%ルール」と言われていた規定である。
北國新聞に対する処分を機に公取委から「押し紙」問題を指摘された日本新聞協会は、驚くべきことに、この「2%ルール」を削除したのである。それにより販売店で過剰になっている新聞は、「押し紙」ではなく、すべて「予備紙」という奇妙な論理が独り歩きし始めたのだ。予備紙は、販売店が営業目的で好んで注文した部数ということになってしまったのだ。
「押し紙」裁判でも、こうした論理がまかり通るようになった。しかし、残紙に予備紙としての実態はなく、その大半は古紙回収業者によって回収されてきた。営業に使うのは「新聞」ではなく、ビールや洗剤といった景品だった。
◆裁判にはめっぽう強い読売新聞
新聞業界の内側を見る視点は、「押し紙」問題だけではない。
不思議なことに中央紙は、裁判となればめっぽう強い。たとえばわたしは2008年2月から1年半の間に、読売新聞社から3件の裁判(請求額は約8000万円)を起こされたことがあるのだが、2件目の裁判で壮絶な体験をした。最初の裁判は、わたしが勝訴したが、2件目で、「大逆転」された。野球でいえば、9回裏の2アウトからの逆転である。それぐらい新聞社は、なぜか裁判に強い。
発端は、「押し紙」を断った新聞販売店を読売新聞西部本社が強制改廃したことだった。江崎徹志法務室長ら数人の社員が、事前連絡することなく販売店に押しかけ、改廃を宣言した。その直後に読売ISの社員が、店舗にあった折込広告を搬出した。この行為をわたしが、「窃盗」と表現したところ、社員らが2200万円を請求する名誉毀損裁判を起こしたのだ。
わたしは、「窃盗」を文章修飾学(レトリック)でいう直喩として使ったのである。「あの監督は鬼だ」といった強意を際立たす類型のレトリックである。店主に強烈な精神的衝撃を与えた直後にさっさと折込広告を運び出したから、「窃盗」と表現したのである。それだけのことである。だれも本当に窃盗が発生したとは思っていない。
この裁判で読売新聞社の代理人として登場したのは、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士だった。改憲論をリードしている読売新聞社が、護憲派の自由人権協会の弁護士を依頼する行為に違和感を感じた。軽薄なものを感じた。
さいたま地裁で行われた第1審は、わたしの勝訴だった。東京地裁での第2審もわたしの勝訴だった。ところが最高裁が口頭弁論を開き、判決を東京高裁に差し戻した。そして東京地裁の加藤新太郎裁判官は、わたしに110万円の支払いを命じたのである。後に加藤新太郎裁判官について調べてみると、読売新聞に少なくとも2回登場していることが分かった。
◆政界との癒着、874万円の政治献金
新聞業界と政界の距離は近い。癒着の度合いは首相との会食ぐらいではすまない。
新聞業界は、販売店の同業組合を通じて、政治献金を送ってきた事実がある。目的は、再販制度の維持、新聞に対する軽減税率の維持などである。最近は、学習指導要領の中に学校での新聞の使用を明記させることにも成功している。新聞記事を模範的な「名文」と位置づけて、児童・生徒に熟読させる国策を具体化したのだ。
2017年度、新聞業界は874万円を献金している。内訳は、主要な議員21人(述べ人数)に対して、「セミナー参加費」の名目で、総計234万円。この中には、とよた真由子(自民)、漆原良夫(公明)といった議員(当時)が含まれている。
セミナー参加費とは別に、「寄付」の名目で、128人の議員に対して640万円を献金している。金額としては1人に付き一律5万円で高額とはいえないが、政治献金であることには変わりがない。挨拶がわりに金をばら撒いているのだ。
裏付け資料は次の通りである。
他の年度についても、政治献金を繰り返してきた。
◆進むジャーナリズムの一極化
出版業界は、新聞の帆を立てた船に乗り込まないほうが懸命だ。ジャーナリズムの一極化は、最終的には自分に跳ね返ってくる。
日本の新聞業界は、清水氏の内部告発を無視し、5年にわたる国会質問を無視し、公正取引委員会の指導を逆手に取って、自由に「押し紙」を増やせる体制を構築した。昔から何も変わっていない。反省もなければ、対策もない。
1936年8月15日付け『土曜日』は、新聞業界について次のように書いている。太平洋戦争を挟んで現在まで、権力構造に組み込まれた新聞の本質は何も変わっていない。
「新聞の仲間にはヘンな協定があって、新聞同士のことはお互いに書くまいということになっている。これはいくつ新聞があっても、どれもこれも何かの主義主張があるのではなく、みんな同じ売らん哉の商品新聞ばかりで、特ダネの抜きっこ、販売拡販競争から起こった事で相手を攻めれば、その傷はやがて戻ってきて痛むのを知っているからである。これはもう新聞が完全に社会の木鐸でなくなったことを示すもので、ただただ商品であるだけから起こった仁義なのである」
読売の渡辺恒雄主筆、「読売1000万部」の復活を呼びかける、全国各地で確認できるABC部数のロック、定数主義の闇

読売新聞社の渡辺恒雄主筆(写真)が、今年1月の賀詞交換会で「読売1000万部」の復活を呼びかけていたことが分かった。『新聞情報』(1月19日付)は、次のようにこの事実を伝えている。
数10年の間に読売新聞は非常に健全になって、財政的にはびくともしない。経営上の不安はほとんどない。皆さんのおかげで、非常に丈夫な、立派な新聞社に育った。大変うれしいと思っております。この調子で今年もさらに一層、いろんな智恵を出して、もう一遍、1000万部を取り戻したいと思っておりますので、頑張ってください。
渡辺氏が言及する「1000万部」とは、何を意味しているのか。1000万部の中に残紙が含まれているのか、それとも新聞の購読契約者が1000万人という意味なのか不明だ。
わたしは地方自治体を対象にして、読売新聞のABC部数の変化を調査しているが、地域全体で部数がロックされているケースが多々ある。ここでいうロックとは、部数の固定化を意味している。定数主義とも呼ばれている。次に示すのは、広島県府中市における読売新聞のABC部数の変遷である。
2014年4月:5679部
2014年10月 :5679部
2015年4月 :5679部
2015年10月 :5679部
2016年4月 :5679部
2016年6月 :5679部
2017年4月 :5679部
2017年10月 :5679部
2018年4月 :5679部
2018年10月 :5679部
2019年4月 :5679部
2019年10月 :5679部
2020年4月 :5679部
2020年10月 :5679部
府中市のABC部数が7年に渡ってロックされている。しかし、府中市の読売新聞の購読者数が7年に渡ってまったく変化しないことはありえない。残紙の中身が、「押し紙」であろうが、「積み紙」であろうが、公称部数を偽っていることには変わりない。渡辺氏は、まず現場で事実を確認すべきだろう。
また、公正取引委員会はなぜ指導しないのか?承知しているということなのだろうか。
次に都府県を対象とした調査のいくつかを紹介しよう。マーカーで着色した箇所がロックの部数と期間である。
●兵庫県(読売)
●長崎県(読売)
●香川県(読売)
●大阪府堺市
●
朝日新聞、年内にも400万部の大台を割り込む可能性、渡辺恒雄氏が「読売1000部」の復活を呼びかけ、2022年5月度のABC部数

2022年5月度のABC部数が明らかになった。それによると朝日新聞は、年間で約48万部の部数を失った。部数の急落傾向にまったく歯止めがかかっていない。年内に400万部の大台を割り込む可能性がある。
読売新聞も年間で約31万部を減らしており、急落の傾向は変わらない。産経新聞は、約18万部を減らした。もともとのABC部数が100万部規模の新聞社であるから、没落の度合いは朝日や読売よりも深刻だ。残紙を整理した結果である可能性もあるが、影響力のないメディアに近づいている。
中央紙のABC部数は次の通りである。
朝日新聞:4,235,509(-478,849)
毎日新聞:1,910,192(-93,642)
読売新聞:6,801,908(-309,635)
日経新聞:1,729,506(-130,480)
産経新聞:1,011,671(-179,961)
なお、読売の渡辺恒雄主筆は、今年1月の賀詞交換会で、「もう一遍、1000万部を取り戻したいと思っておりますので、頑張ってください」(『新聞情報』、1月19日)と挨拶している。依然として、「読売1000万部」にこだわっている。
ジャーナリズムは、中身がすべてという発想がないようだ。
※なおABC部数には残紙が含まれているので、実配部数を示すものではない
広島県府中市における読売新聞のABC部数、複数年にわたり地域全体をロック、販売会社が残紙の搬入先に

新聞社のグループ企業のひとつである販売会社が残紙の温床になっているという話は、昔からあった。わたしも、「販売会社が残紙の搬入先になっている」という話をよく耳にしてきた。
残紙の中身が「押し紙」か「積み紙」かにかかわりなく、新聞社と販売会社の商取引は、グループ内の物流になり、グループ企業全体としては残紙の被害を受けない構図がある。その結果、販売会社を対象にして、ABC部数を大幅に水増しする販売政策が横行する。グループとしては損害を被っていないから、内部告発者もなかなか現れない。
改めていうまでもなく、ABC部数を水増しする目的は、紙面広告の媒体価値を高めて、広告収入を増やすことである。また、それにより折込広告の定数も増やすことができる。
次に紹介する表は、広島県府中市における読売新聞のABC部数の変遷である。期間は2011年10月から2020年10月である。
表中の緑が示す期間は5977部にロック(固定)され、オレンジが示す期間は5697部にロックされている。しかも、ロックの期間は、複数年に渡っている。
しかし、福山市に住む読売新聞の読者数が複数年にわたって1人の増減もないことはありえない。つまり読売の購読を止めた読者の部数が、残紙になっている可能性が高い。
福山市を担当していたのは、読売グループに属する読売企画開発(販売会社)が経営する販売店だった。同社の経営が始まった年度は、現段階では確認していないが、つい最近まで経営母体だった。
※読売企画開発は、現在は業務を終了している。
◆◆
13日付けのメディア黒書で、朝日新聞倉敷販売(株)で新聞購読契約を大量に偽造してABC部数を水増ししていた手口を紹介したが、府中市の読売の例でも明らかなように、新聞社の販売会社には、グレーゾーンが存在するのである。
新聞の実配部数とABC部数が乖離していることで、被害を受けるのは広告主である。PR戦略を誤ることになりかねない。
ちなみに残紙や折込広告の水増しなど、新聞社経営の汚点は、公権力の側から見れば、メディアコントロールの口実になる。新聞がジャーナリズム性を発揮して危険な存在になった時は、残紙問題に介入して、新聞社経営に打撃を与えることができるからだ。
残紙問題に介入されると新聞社は、販売収入を大幅に失いかねない。場合によっては、30%、あるいは40%の水準で減らすことにもなりかねない。
このようなビジネスモデルの下で新聞ジャーナリズムは、「適度な批判」はしても、それ以上は踏み込めない。
新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑

このところわたしが提唱している「押し紙」問題検証の方法論として、ABC部数の新しい解析方法がある。兵庫県全域をモデル地区として、ABC部数の変化を時系列に、しかも、新聞社(朝日、読売、毎日、産経、日経、神戸)ごとに確認してみると、ABC部数が地域単位でロックされている自治体が多数あることが判明した。地区単位で部数増減の管理が行われている疑惑が浮上した。
独禁法の新聞特殊指定に違反している疑惑がある。公正取引委員会は、少なくとも調査すべきだろう。
たとえば神戸市灘区における読売新聞のABC部数は、次のようになっている。
2017年4月 : 11,368
2017年10月: 11,368
2018年4月 : 11,368
2018年10月: 11,368
2019年4月 : 11,368
2年半にわたってABC部数は変化していない。新聞の購読者が特定の広域自治体で、2年半に渡って一部の変化もしないことなど、実際にはありえない。これは新聞社が販売店に搬入する新聞の「注文部数」を決めていることが原因である可能性(ノルマ部数、押し紙)がある。あるいは、販売店が自主的に購入する新聞部数を定数化している可能性(積み紙)もある。どちらの側に非があるにしても、これは広告主にとっては見過ごせない問題である。
本稿は、デジタル鹿砦社通信に連載した兵庫県全域をモデルケースとした新しい方法論の下で行ったABC検証の結果の報告である。以下、読者は以下に掲載した調査結果を確認する前に、次の【注意】を一読願いたい。表を理解する上で不可欠だ。
【注意】以下の表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのままエクセルに入力したものではない。数字を表示する順序を変えたのがこれらの表の大きな特徴だ。
『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表する。しかし、これでは時系列の部数変化をひとつの表で確認することができない。確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否か、ロックされているとすれば、その具体的な部数や期間はどうなっているのかを確認できる。同一の新聞社におけるABC部数の変化を、地方自治体をベースにして長期に渡って追跡したのが以下の表の特徴だ。
■読売
■朝日
■毎日
■産経
■日経
■神戸
【出典-デジタル鹿砦社通信】
新聞衰退論を考える ── 公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉
新聞衰退論を考える ── 新聞社が新聞の「注文部数」を決めている可能性、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈2〉
新聞衰退論を考える ── 新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉
「残紙」世界一の都市、大阪府堺市、読売・朝日・毎日・産経のABC部数にみる異常、複数年に渡って1部の増減もなし、新聞の注文方法に独禁法違反の疑惑

ABC部数は、日本ABC協会が定期的に公表する出版物の公称部数である。広告営業や折込定数(販売店に搬入する折込広告の部数)を決める際に使われる。従ってABC部数は、読者数を反映したものでなければ意味がない。
たとえば〇〇新聞社のABC部数が50万部で、実際の読者数が30万部では、両者の間に20万部の差異があり、広告主を欺く温床になる。紙面広告の媒体価値をごまかしたり、折込定数の設定を攪乱する原因になる。
このところABC部数と読者数に著しい乖離がある疑惑が浮上している。その推測の根拠となるのが、ABC部数が複数年に渡って1部の増減もない自治体の存在である。つまりABC部数がロックされた状態になっているのだ。常識的に考えて、広域にわたる地区で、新聞の読者数が何年にも渡ってまったく同じという状態はありえない。まして現代は新聞離れの時代である。
筆者の調査では、東京都、大阪府、広島県、香川県、長崎県などでこの現象が確認できた。調査はまだ始まったばかりなので、今後、調査が進むとさらにロック現象が観察される自治体が増える可能性が高い。
◆◆
半年ごとに公表されるABCレポートは、区市郡別にそれぞれの新聞社の部数を表示している。しかし、時系列で各新聞社のABC部数がどう増減したかを知ることはできない。それを知るためには、ABCレポートのバックナンバーから数字を拾う必要がある。
そこで筆者は各ABCレポートの区市郡別の部数を、時系列でエクセルに入力していった。その結果、多くの区市郡でABC部数がロックされていることに気づいたのである。
ロックの背景は、新聞社が販売店に対して一定のノルマ部数を課しているか、販売店が何らかの理由で自主的に一定部数を購入しているかのどちらかの事情がある。筆者は、前者の可能性が高いと見ている。
たとえ後者であっても、新聞販売店の経営に真に必要な部数を超えた部数を注文する行為は、独禁法の新聞特殊指定で禁止されている。新聞を供給している新聞社がロック現象の異常に気づかないはずがない。公取委は取り締まる必要がある。
ちなみに日本ABC協会は、不正部数疑惑について、次のように述べている。
「ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。さらに、その補足としてサンプルで選んだ販売店の調査も行っています。」
次に示すのが大阪府堺市における読売、朝日、毎日、産経のABC部数変遷である。
【読売】
【朝日】
【毎日】
【産経】
■参考記事:
読売新聞社と大阪府の包括連携協定、残紙問題が提示する読売グループの実態、読売に「道徳」を語る資格があるのか?
2022年01月04日 (火曜日)
読売新聞社と大阪府の包括連携協定、残紙問題が提示する読売グループの実態、読売に「道徳」を語る資格があるのか?

昨年(2021年)の12月27日、読売新聞社と大阪府は記者会見を開いて、両者が包括連携協定に締結したことを発表した。大阪府の発表によると、次の8分野について、大阪府と読売が連携して活動する計画だという。特定のメディアが自治体と一体化して、「情交関係」を結ぶことに対して、記者会見の直後から、批判があがっている。
連携協定の対象になっている活動分野は次の8項目である。
(1)教育・人材育成に関すること
(2)情報発信に関すること
(3)安全・安心に関すること
(4)子ども・福祉に関すること
(5)地域活性化に関すること
(6)産業振興・雇用に関すること
(7)健康に関すること
(8)環境に関すること
(1)から(8)に関して、筆者はそれぞれ問題を孕んでいると考えている。その細目に言及するには、かなり多くの文字数を要するので、ここでは控える。
◆読売が抱える3件の「押し紙」裁判
多くの人々が懸念しているのは、大阪府と読売が一体化した場合、ジャーナリズムの中立性が担保できるのかとう問題である。もちろん、筆者も同じ懸念を抱いている。
しかし、筆者は別の観点からも、この協同事業には問題があると考えている。それは読売グループの企業コンプライアンスである。大阪府は、同グループによる新聞の商取引の実態を調査する必要がある。
読売新聞の仕入部数「ロック」の実態、約5年にわたり3132部に固定、ノルマ部数の疑惑、「押し紙」裁判で明るみに

新聞の没落現象を読み解く指標のひとつにABC部数の増減がある。これは日本ABC協会が定期的に発表している新聞の「公称部数」である。多くの新聞研究者は、ABC部数の増減を指標にして、新聞社経営が好転したとか悪化したとかを論じる。
最近、そのABC部数が全く信用するに値しないものであることを示す証拠が明らかになってきた。その引き金となったのが、読売新聞西部本社を被告とするある「押し紙」裁判である。
◆「押し紙」と「積み紙」
「押し紙」裁判とは、「押し紙(販売店に対するノルマ部数)」によって販売店が受けた損害の賠償を求める裁判である。販売店サイドからの新聞の押し売りに対する法的措置である。
とはいえ新聞社も簡単に請求に応じるわけではない。販売店主が「押し紙」だと主張する残紙は、店主が自主的に注文した部数であるから損害賠償の対象にはならないと抗弁する。「押し紙」の存在を絶対に認めず、店舗に余った残紙をあえて「積み紙」と呼んでいる。
つまり「押し紙」裁判では、残紙の性質が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になる。下の写真は、東京都江戸川区にある読売新聞販売店で撮影された残紙である。「押し紙」なのか、「積み紙」なのかは不明だが、膨大な残紙が確認できる。
◆1億2500万円の損害賠償
ABC部数の嘘を暴く糸口になったこの裁判は、佐世保市の元販売店主が約1億2500万円の損害賠償を求めて、今年2月に起こしたものである。裁判の中で、新聞販売店へ搬入される朝刊の部数が長期に渡ってロックされていた事実が判明した。
通常、新聞の購読者数は日々変動する。新聞は、「日替わり商品」であるから、在庫として保存しても意味がない。従って、少なくとも月に1度は新聞の仕入部数を調整するのが常識だ。さもなければ販売店は、配達予定がない新聞を購入することになる。
販売店が希望して配達予定のない新聞を仕入れる例があるとすれば、搬入部数を増やすことで、それに連動した補助金や折込広告収入の増収を企てる場合である。しかし、わたしがこれまで取材した限りでは、そのようなケースはあまりない。発覚した場合、販売店が廃業に追い込まれるからだ。
◆仕入部数を約5年間にわたり「ロック」
現在、福岡地裁で審理されている「押し紙」裁判も、残紙が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になっているが、別の着目点も浮上している。それは、販売店に搬入される仕入れ部数が、「ロック」されていた事実である。「ロック」が、販売店に対するノルマ部数を課す販売政策の現れではないかとの疑惑があるのだ。
以下、ロックの実態を紹介しよう。
・2011年3月~2016年2月(5年):3132部
・2016年3月~2017年3月(1年1カ月):2932部
・2017年4月~2019年1月(1年10カ月):1500部
・2019年2月(1カ月):1482部
・2019年3月~2020年2月(1年):1434部
この間、搬入部数に対して残紙が占める割合は、約10%から30%で推移していた。
◆長崎県の市・郡における「ロック」
この販売店で行われていた「ロック」が他の販売店でも行われているとすれば、区・市・郡のABC部数にも、それが反映されているのではないか?と、いうのもABC部数は、販売店による新聞の仕入れ部数の記録でもあるからだ。
そこでわたしは、この点を調査することにした。調査方法は、年に2回(4月と10月)、区・市・郡の単位で公表されているABC部数を、時系列で並べてみることである。そうすれば区・市・郡ごとのABC部数がどう変化しているかが判明する。
まず、最初の対象地区は、「押し紙」裁判を起こした販売店がある長崎県の市・郡別のABC部数(読売)である。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。かなり頻繁に確認できる。
◆香川県の市・郡における「ロック」
他の都府県についても、抜き打ち調査をした。その結果、次々と「ロック」の実態が輪郭を現わしてきた。典型的な例として、香川県のケースを紹介しよう。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。
若干解説しておこう。高松市の読売新聞の部数は、2016年4月から2019年10月まで、ロック状態になっていた。高松市における読売新聞の購読者数が、3年以上に渡ってまったく変化しなかったとは、およそ考えにくい。まずありえない。
新聞の搬入部数がそのまま日本ABC協会へ報告されるわけだから、ABC部数は実際の読者数を反映していないことになる。信用できないデータということになる。
なお、「ロック」について、読売新聞東京本社の広報部に問い合わせたが回答はなかった。部数の「ロック」は、他の中央紙でも確認できる。詳細については、順を追って報じる予定だ。
読売新聞、年間で51万部の減部数、21年5月度のABC部数、新聞凋落の背景に信用の失墜、権力構造の一部に変質

2021年5月度のABC部数が明らかになった。それによると、朝日新聞は約471万部で、前年同月比較で、約37万部の減部数となった。読売新聞は、約711万部で51万部の減部数となった。
さらに日経新聞は、約186万部で21万部の減部数となった。産経新聞は、約119万部で12万部の減部数。日経と産経は、経営規模に比べて減部数が多く、新聞凋落の実態を象徴している。
詳細は次の通りである。
朝日新聞:4,714,358(−369,225)
毎日新聞:2,003,834(−194,490)
読売新聞:7,111,343(−512,437)
日経新聞:1,860,086(−209,794)
産経新聞:1,191,632(−123,407)
ABC部数には残紙(押し紙・積み紙=写真参照)が含まれており、実配部数の実態は不明。残紙の発生に伴い、配達されずに廃棄されている折込媒体も多い。特に、地方自治体の広報紙の中には、大量に廃棄されているものもある。
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新聞の減部数の原因は、インターネットの普及に加えて、新聞社そのものが日本の権力構造の中に歯車として組み込まれていることが明らかになってきた事情がある。ジャーナリズムの看板をかかげ、その一方で消費税率の軽減措置などさまざまな優遇措置を受けながら、テレビと連動して世論誘導の役割を果たしている実態が暴露されてきた事情がある。すでに権力構造の一部に変質している。
2021年3月のABC部数、朝日は年間で44万部減、読売は57万部減

2021年3月度のABC部数が明らかになった。それによると、朝日新聞は年間で約44万部を失った。また、読売新聞は57万部を失った。新聞部数の減少傾向に歯止めはかかっていない。
中央紙5紙の部数は、次の通りである。
朝日:4,755,806(435,614)
毎日:2,009,556(287,102)
読売:7,154,983(572,627)
日経:1,880,341(219,472)
産経:1,216,588(125,165)
全国の新聞社のABC部数は、次の通りである。
読売がマクドナルドの配達へ、懸念される従業員の負担、新聞配達との両立は困難?

読売新聞社と日本マクドナルドが提携して、YC(読売新聞販売店)がハンバーガーの宅配に参入することが、メディア各社の報道で明らかになった。読売新聞(電子)は、次のように日本マクドナルドとの提携を報じている。
読売新聞グループ本社と日本マクドナルドは28日、読売新聞の販売店(YC)がマクドナルドの宅配サービス「マックデリバリー」を受託し、YCスタッフがマックの商品を配達する取り組みを全国で進めていくと発表した。YCが組織的にフードデリバリーを受託して全国展開するのは初めて。■出典
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新聞販売店の副業は、デリバリー業を中心に、さまざまな可能性を探りながら、数年前から実験的に導入されてきたが、成功したという評価はほとんど聞かない。参入をためらう販売店主の方が多い。少なくとも筆者が取材した限りでは、そんな印象を受けた。
新聞販売店が新聞以外の商品も配達できると考えるのは労働現場を知らない人の発想である。
新聞販売店で働く人々の1日は早朝に始まる。午前1時から3時ぐらいの時間帯に出勤する。それから折込チラシを新聞に折り込む。配達に出発して、販売店に戻るのは、6時過ぎである。
それから朝食を食べて睡眠を取る。1時ごろに再び販売店に出勤して、自動折込機で折込広告を束ねる作業をする。3時ごろには、夕刊が搬入される。夕刊の配達が終わるのが5時過ぎだ。
もちろん残紙の処理もある。
さらに業務は続く。新聞購読料を集金したり、新聞拡販で戸別訪問を繰り返す。新聞の集金は、読者から集金時間を指定されることもあり、夕食の後に「再出動」しなければならないことも少なくない。
夕刊配達がない地方都市の場合は、午後からの時間帯をハンバーガーの配達に充てることもできるかも知れないが、問題は、夕刊のない辺鄙な地で、赤字にならないだけのハンバーガーの需要があるかどうかだ。需要が見込まれる肝心の昼食前の時間に人材を確保するのも難しいのではないか。
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新聞販売店の労務は、昔から社会問題になってきた。働き手が不足して、新聞奨学生をリクルートしてきた歴史があるが、それも近年は上手くいっていない。そこでベトナムなど海外から人材を集めているのが実態だ。そのベトナム人もコロナの影響で来日にためらうようになっている。
読売新聞が、強引にデリバリービジネスを展開すれば、残紙問題だけではなく、労務問題も浮上する可能性がある。





















