2014年05月28日 (水曜日)
小沢一郎を起訴に追い込んだ検察審査会の闇、秘密主義に徹する一方で委員のOB会を組織か?
【27日付け記事の続き】
検察審査会の正体とは何か? 検察審査会は、「普通の人々」にとっては、なじみのない組織である。しかし、森ゆうこVS志岐武彦の裁判を通じて、さまざまな負の側面が、国民の前に輪郭を現してきた。具体的には、27日付け本サイトで報じた2つの点に加えて、次の運用実態も指摘されている。
【3】既報したように、検察審査会の闇を徹底調査したのは、志岐武彦氏と市民オンブズマンの石川克子氏である。2人は、検察や最高裁、それに会計監査院に対して、情報公開請求を繰り返し、東京第5検察審査会に関する膨大な資料を入手した。
ところがそのうちのかなりの部分が「黒塗り」にされていた。が、「黒塗り」は、逆説的に考えれば、役所にとっては、手痛い事実が隠されている箇所にほかならない。調査のヒントにはなる。
たとえば志岐氏と石川氏が、小沢一郎氏を裁いた第5検察審査会に属する委員の氏名公表を求めたところ、「黒塗り」の書類が公開された。個人名は、個人情報の範疇なので、やむを得ないとしても、生年月日も「黒塗り」で公開されたのである。
そこで志岐氏らは、「生年」と「月」だけでも公開するように迫った。「生年月」を公開しても、個人名を特定することは不可能であるからだ。しかし、この請求も拒否された。
が、不思議なことに秘密主義に徹していながら、委員の経験者がOB会なるものを組織しているのだ。もっとも、OB会については、直接確認したわけではないが、目撃証言がいる。
裁判員の候補になったひとは、読者の身の回りにも複数いるだろう。しかし、検察審査会の委員になったひとはだれもいないのでは。少なくともわたしの知人に元委員はいない。
ちなみに検察審査会の制度が始まったのは、1948年である。検察審査会法に基づき設置されたのである。