
JBpress が大学教授による記述盗用疑惑を報じている。タイトルは、前編が「まさかあなたが――『弱者の味方』有名教授 にパクリ疑惑発覚」、後編が「教授の『盗用疑惑』にも中京大学は『調査不要』でスルーの構え」である。
盗用被害を訴えているのは、ジャーナリストの三宅勝久氏である。一方、「パクリ疑惑」の舞台に立たされたのは中京大学国際教養学部の大内裕和教授である。マスコミでも活躍している著名人である。
JBpressの記事によると、問題となっているのは、大内教授の著書『奨学金が日本を滅ぼす』(朝日新書)である。三宅氏が執筆した『日本の奨学金はこれでいいのか!』(共著、あけび書房)と類似した記述が、大内氏の『奨学金が日本を滅ぼす』の中に複数件あるという。たとえば、次の比較表で具体例が確認できる。
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三宅氏は、既に4月28日に大内氏を著作権違反で提訴(東京地裁)している。5月26日には、文科省で記者会見を開いた。筆者は参加しなかったが、この事件については、以前から三宅氏のブログ「スギナミジーナル」を通じて把握していた。
PBプレスによると、「朝日新聞出版は、コンプライアンス担当役員を含む調査チームで社内調査を行い、大内教授からも事情を聞いている。結果、当事者間で問題が起きていることを重大に受け止めているとして、紛争が解決するまで大内教授の著書の出庫停止、電子版の販売停止を決定している」という。
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大内教授側にも言い分があるようだ。BPPressによると、「自分(注:大内教授)が独自調査したデータであり、これらは三宅の本が発売されるより前に発表した表現である。したがって盗用剽窃ではない」というものらしい。表現そのものが類似していることは、認めているようだ。
筆者は、この事件についての大内教授本人と中京大学の見解を知るために、5月26日、中京大学の広報部へ取材を申し入れた。しかし、取材には応じられないとのことだった。従って、現時点では、中京大学と大内教授の主張を詳しく紹介しようがない。
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三宅氏と同業者である筆者は、この事件にただならぬ関心を持っている。盗用がまかり通ってしまうと、われわれの職業は成り立たなくなるからだ。しかも、フリーランスの場合、取材経費を自分で負担する場合が多く、盗用によって受ける損害はただならない。盗用しなくても、記述の出典を明記すれば問題はないわけだから、盗用が事実であれば、文書作成の最低のルールすらわきまえていないことになる。
今後、メディアがこの事件をどう報道をするかも注目したい。

産経新聞の販売店を経営していた男性が、廃業後の2019年に大阪地裁で起こした「押し紙」裁判が、今年の1月に和解解決していたことが分かった。和解内容は、産経新聞大阪本社が、元経営者に300万円の和解金を支払うことなどである。
しかし、元経営者が主張していた産経新聞社に対する独禁法違反については、認定しなかった。(詳細は文末の和解調書)
この裁判は、元経営者が産経新聞に対して約2600万円の支払いを請求したものである。ただし、請求項目の中に、「押し紙」による損害のほかに、不正なカード料(※欄外注)の返済金が含まれていた。和解調書の中で、裁判所は後者については、一部の請求を正当と判断した。
カード料:「カード」とは新聞の購読契約書を意味する。しかし、購読契約が成立しても、ただちに販売店が新聞配達をスタートするとは限らない。3カ月後にスタートしたり、1年後にスタートする契約内容になっている場合もある。
契約の締結から、配達開始までのブランクがあり、その間に店主交代があった場合、新任の店主は、前任店主からカードを買い取る仕組みになっている。ところがその「カード」が偽造であったり、内容に不備があるものがたびたびある。こうしたカードを、総称してテンプラ・カードと呼んでいる。
元経営者は、「押し紙」による損害と、テンプラ・カードによる損害の賠償を求めていたのである。

弁護士ドッドコムに残紙関連の記事を掲載した。内容は、アマゾンで販売されている新聞束の中身についての調査報道である。中身は残紙である。
また、その残紙の発生元を探るために、名古屋市における朝日新聞のABC部数を調査した。その結果、おそるべき実態が浮上した。水増しされている可能性が高い。(本文には、詳細な表を掲載している)
ヤフーでも配信されているが、弁護士ドッドコムニュースの方が見やすい。
2021年05月21日 (金曜日)

日本新聞販売協会(日販協)が発行する『日販協月報』(2021年3月)が「新聞の信頼度はトップ」と題する記事を掲載している。これは新聞通信調査会の調査で判明したものである。『日販協月報』は、次のように調査結果を伝えている。
新聞通信調査会は1月23日、「第13回メディアに関する全国世論調査」の結果を発表した。各メディアの情報を「全面的に信頼している」場合は100点、「全く信頼していない」場合は0点、「普通」の場合は50点として点数をつけてもらったところ、「新聞」は69.3点と前回調査より0.3上昇し、昨年に続きトップを維持した。
NHKは69点で、新聞に続いて2位。以下、3位は民放テレビの62点。4位がラジオの55.3点。5位がインターネットの49.7点となった。
各メディアの新型コロナウィルス報道の印象については、「情報が正確だった」ではNHKテレビが1位、「必要な情報を伝えていた」「科学的でわかりやすかった」「東京や大阪など一部の地域ばかりを取り上げていた」「政府の批判ばかりしていた」「不確かな情報で煽っていた」「感染者のプライバシーを侵害していた」では民放テレビが1位(複数回答)で、良い印象も悪い印象も民法テレビが他のメディアよりも強い結果になった。
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新聞通信調査会の西澤理事長は、時事通信社の社長でもある。その他、次のような経歴の持ち主だ。
西澤豊:時事通信社の社長で、「社外では、電通取締役、日本国際フォーラム政策委員[3]、内外情勢調査会会長、地方行財政調査会理事長、日本新聞協会監事、中央調査社会長などを務める」(ウィキペディア)。■出典
西沢氏は、通信社の取引先である新聞社が加盟する日本新聞協会の監事も務めている。
一方、米山司理・副理事長の経歴は次のようになっている。
1949年、千葉県生まれ。73年、一橋大学経済学部卒業。同年、共同通信社入社。ロンドン特派員、経済部次長兼編集委員を経て現在、経理局次長 ■出典
ちなみに新聞通信調査会の事務所は、日本新聞協会と同じプレスセンタービルの中にある。
読者はこの調査結果をどう評価するだろうか。 わたしは世論誘導の疑惑があると思うのだが。

2021年3月度のABC部数が明らかになった。それによると、朝日新聞は年間で約44万部を失った。また、読売新聞は57万部を失った。新聞部数の減少傾向に歯止めはかかっていない。
中央紙5紙の部数は、次の通りである。
朝日:4,755,806(435,614)
毎日:2,009,556(287,102)
読売:7,154,983(572,627)
日経:1,880,341(219,472)
産経:1,216,588(125,165)
全国の新聞社のABC部数は、次の通りである。

新聞のビジネスモデルという場合、狭義には新聞の商取引の仕組みを意味しているが、副次的には、新聞販売制度を支える法律的なルールも含まれる。たとえば新聞に対する再販制度の適用である。また、新聞に対する消費税率の軽減措置制度である。
これらの制度は、新聞社の収益に直接な影響を及ぼしている。しかも、見過ごせないのは、制度の維持が公権力の手に委ねられていることだ。逆説的に言えば、公権力は残紙という汚点だけではなく、再販制度や消費税の制度に着眼することで、新聞を権力構造の中に組み入れているとも言える。さらに付け加えるとすれば、記者クラブの制度も、おなじ脈絡に位置づけられるが、本書の主題から逸脱するので、ここでは言及しない。
いずれにしても日本のジャーナリズムを世論誘導の道具にする制度が、客観的に存在しているのである。この構図は記者としての気概だけでは、切り崩すことができない。
以下、新聞に対する再販制度の適用と、消費税率の軽減措置制度について検証してみよう。残紙問題との関連の中で、再考してみると、ジャーナリズムの障害になっていることが見えてくる。
◆新聞に対する消費税の優遇措置
周知のように現在(2021年5月)の消費税率は10%であるが、新聞については8%である。軽減税率が適用されているからだ。
新聞の消費税は新聞発行本社と販売店が折半して支払う。そしてここからが肝心な点だが、消費税は残紙に対しても課せられるので、新聞社にとっても、販売店にとっても、そのメリットは計り知れない。また、消費増税による新聞の販売価格の上昇を回避できるので、増税に伴う新聞購読者の減少を招くこともない。
消費税率が8%の場合と10%の場合では、負担額にどの程度の違いが生じるのだろうか。2019年12月のABC部数を例にシミュレーションしてみよう。まず、この時点におけるABC部数は次の通りである。
朝日:5,284,173
毎日:2,304,726
読売:7,901,136
日経:2,236,437
産経:1,348,058
新聞の購読料は中央紙の場合、「朝刊・夕刊」のセット版がおおむね4000円で、「朝刊単独」がおおむね3000円である。ABC部数は、両者を区別せずに表示しているので、より価格の安い「朝刊単独」3000円という仮の前提で試算してみる。誇張を避けるための措置である。
税率が8%の場合は次のようになる。月ぎめの消費税額である。
朝日:12億6820万円
毎日: 5億5313万円
読売:18億9627万円
日経:5億3674万円
産経:3億2353万円
税率が10%の場合は次のようになる。これも月ぎめの消費税額である。
朝日:15億8525万円
毎日:6億9142万円
読売:23億7034万円
日経:6億7093万円
産経:4億442万円
8%と10%の違いにより朝日新聞の場合、月間で約3億円の違いが生じる。年間にすると、36億円の違いに広がる。読売新聞の場合、月間で約5億円の違いが生じる。年間にすると、60億円。毎日新聞の場合、月間で約1億4000万円の違いが生じる。年間にすると、16億5000万円の違いになる。
新聞業界が新聞に対して軽減税率を適用させる運動を大々的に展開したゆえんにほかならない。
◆再販制度と新聞特殊指定
政界のさじ加減ひとつで新聞業界が恩恵を受けている制度はほかにもある。それは再販制度である。再販制度は、独禁法の新聞特殊指定の運用を具体化した制度である。
独禁法は、大半の業種に適用される「一般指定」と特定の業種だけに適用される「特殊指定」に分かれる。言葉を替えると、前者では独禁法のオーソドックスな解釈が適用され、後者は特殊な、あるいは例外的な解釈が適用される。
新聞の商取引には、特殊指定が適用される。新聞特殊指定は、「押し紙」の禁止だけではなく、再販制度の適用をも明文化している。
再販制度の下では、直接であろうが、間接であろうが、地域により、あるいは相手により、定価を割り引いて新聞を販売する行為を禁じている。言葉を替えれば、このルールは新聞社が指定した価格で新聞を販売することを命じているのである。普通の商品で、それを行えば独禁法違反であるが、新聞の場合は例外的に認められている。
新聞の商取引には、独禁法の新聞特殊指定が適用されているから、価格を決める権利は新聞社にある。逆説的に言えば、販売店は自分勝手に販売価格を決めることを禁じられている。
さらに新聞業の場合は、新聞特殊指定と連動して別の特権も付与されている。それはテリトリー制と呼ばれるものだ。テリトリー制の下では、販売店の営業区域を定めることが義務付けられている。越境販売は禁止されている。
実際、新聞購読を申し込むさいは、購読申込者が居住している地区ごとに契約する販売店が決まっている。そのことに苦情をいう読者はまずいない。と、いうのも再販制度の下では、どの販売店から新聞を購読しても、価格に違いがないからだ。
再販制度により、新聞社と販売店が得る最大のメリットは、企業の安定した成長である。新聞社相互の拡販競争はあっても、同じ系統の販売店相互の拡販競争は起こり得ないからだ。テリトリー制があるうえに、新聞の価格が全国一律であるから、同じ系統の販売店のあいだでは、自由競争の原理そのものが働かない。その結果、秩序が保たれ、新聞販売網を安定的に維持することが出来るのだ。生存競争が激しいコンビニとは対照的だ。
新聞に再販制度が適用される理由は、建前としては新聞が情報の伝達を目的とした文化的で特殊な商品という点に鑑みて、自由競争には適さないからとされている。新聞に対する軽減税率の適用もまったく同じ理由である。が、あくまでもそれは建前にすぎない。日本の新聞社がかかげてきた部数至上主義から察して、単なる経営上の安定を図るための策略というのが真実だろう。
それだけに優遇措置が却ってメディアコントロールの道具になり、ジャーナリズムの質を落としているとも考え得るのである。
◆国会議員250人がプレスセンターに集合
再販制度は、これまでたびたび廃止の危機にさらされてきた。その背景には、1990年代の半ばから、グローバリゼーションの中で日本の産業界でも構造改革=規制緩和の方向性が生まれ、新聞も普通の商品と同様に自由競争(市場原理)に乗せるべきだとする政策案が浮上してきた事情がある。それに伴って新聞特殊指定を撤廃する動きが顕著になってきたのだ。
事業規模を拡大する野心のある販売店主の中には、このような動きをむしろ歓迎した層もいるが、新聞社は結束して新聞特殊指定の撤廃に反対してきた。その運動の中で新聞業界は、政界との関係を深めていく。はからずも再販制度をめぐる動きを検証してみると、新聞業界と政界の癒着関係が鮮明に輪郭を現してくる。
この点に関しては、わたしの『崩壊する新聞』(花伝社)でも、記述したが特に大事な点なので、再度記述しておこう。
政界と新聞業界の癒着関係が頂点に達したのは、2006年4月19日である。この日の夕方、日本新聞協会が本部を置く東京・内幸町のプレスセンターに、永田町から国会議員たちが次々と駆け付けてきた。総勢250人。しかも、自民党から共産党まで超党派の議員が一堂に会したのである。その光景は、はからずも社民党の福島みずほ党首(当時)の挨拶が的確に描写している。
「そうそうたる国会議員の勢揃いで本会議が移動したような気がする」(『新聞通信』2006年4月24日)
この集会が開かれる半年ほど前に公正取引委員会は、新聞特殊指定を撤廃する方針を打ち出していた。これに対して、新聞業界はなりふりかまわずに反対キャンペーンに乗り出した。紙面を使って再販制度の必要性を訴えたり、集会を開いて自らの主張を宣伝した。
こうした活動にもかかわらず、新聞特殊指定の撤廃はまぬがれないとする見方が有力だった。しかし、わたしは、むしろ撤廃はあり得ないと予測していた。と、いうのも新聞業界と政界の間には、日販協(日本新聞販売協会)を通じて、太いパイプがあることを知っていたからだ。また、公正取引委員会の委員長が内閣総理大臣によって任命される仕組みになっていることからも察せられるように、内閣の意向を無視して、公取委が独自の方針を打ち出すことはまずあり得ない。
わたしは、新聞業界が政治家に対するロビー活動で新聞特殊指定を守ると予測していた。
その理由は簡単で、1990年代に入ってから日本新聞販売協会(日販協)が、自民党の議員を中心に組織されている新聞販売懇話会の議員らに、多額の政治献金を支出してきた事実を知っていたからだ。
当時、日販協は販売店を対象に「1円募金」と呼ばれる政治献金を集めていた。これは販売店への新聞の搬入部数に準じて、新聞1部に付き1円の政治資金を販売店から募る制度である。日本の新聞発行部数は莫大なので、ひと口が1円とはいえ多額の資金を集めることができる。
日販協の会員は、1984年8月30日付けの『日販協月報』によると、7868人である。これは販売店主の人数でもあるから、少なくとも7868店が「1円募金」の対象になったことを意味する。1店から3000円の「1円献金」を徴収したとすれば、1回「1円募金」をやるだけで、約2360万円を集めていた計算になる。 日販協は、豊かな資金力をバックに政界とのパイプを固めたのである。
1993年5月の『日販協月報』には、次のような見出しが掲げられている。政界との露骨な関係を日販協がみずから公開したのである。
自民新聞販売懇と日販協 協力体制強化へ布石 応分の負担を承知 事業税軽減等 全販売店に恩恵
政界へ政治献金を提供する体制を構築したことを、みずから認めているのである。この記事の中で、1円募金へも言及して次のように述べている。
衆院の任期は来年2月なので、いずれ解散総選挙が行われる。懇話会の先生方には普段なんにもお礼をしていないので、選挙の折には恩返しをするのが業界としての礼儀だと思う。(略)
今日の運営会議の席で、ここきちっとやっておかなければ、事業税問題、再販問題などで先生方の協力が得られなくなる。出来る範囲でお手伝いするため、皆さんの協力を得て1円募金をお願いしようとの意見が運営会議の大勢であった。
事業税問題というのは、当時、撤廃の方向性が打ち出されていた事業税の軽減措置をめぐる案件のことである。ロビー活動の効果があったらしく、結局、1998年まで軽減措置は延長された。再販問題というのは、既に述べたように公正取引委員会による新聞特殊指定の撤廃に関する案件のことである。
さらに日販協は、中川秀直議員に対して、「恩返しをする機会が近づいております」と深い感謝の念まで表明している。日販協会長の発言である。
中川先生に自民党新聞販売懇話会をつくっていただき、同時に代表幹事として奔走いただいたおかげで我々の希望や願いがようやく聞き届けられるようになったわけです。現在、業界は多くの難題を抱えております。最近では我々の納得できない行政の介入も目立ちます。販売店の立場を中川先生を通じて国家や社会にご理解いただけたらと念願します。事業税の特例措置は、手数料の増額や本社の補助金ではまかない切れない程の恩恵を全国の販売店にもたらしておりますが、これも中川先生のお力によるものと言っても過言ではありません。その中川先生に恩返しをする機会が近づいております。
◆新聞業界からの政治献金
その後、1996年に日販協は政治連盟を設立して、ますます政界とのかかわりを揺るぎないものにする。政治連盟を設立することになった経緯について、当時の日販協会長は、『日版協会月報』(1995年11月)で次のように述べている。
これまで税制など諸問題で、新聞販売懇話会の先生方にお願いしてきた。これらの議員の懇談会やパーティ券の購入などの費用は、1円募金や特別対策委員会の予算から支出してきた。しかし、通産省から『公益法人は、政治資金を支出してはいけない』と指摘された。政治資金の収支をきちんとした形にしたい。
先生方はパーティの収入で政治資金を賄っているのが最近の傾向。毎月、何件かパーティ券購入の協力依頼がくるが、日頃、お世話になっている先生でお断りするわけにはいかない。そういう関係で、収支報告がきちんとできるような形で明瞭にやったほうがいいので政治連盟を設立したい。
政治連盟を設立すると、政治資金収支報告書の提出が義務づけられる。日販協政治連盟も、総務省へ政治資金収支報告書を提出するようになった。それによると同政治連盟は、現在も国会議員への政治献金を続けている。
こうした経緯があるので、わたしは新聞特殊指定を守るために、新聞業界がますます政界へ接近すると考えていた。
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実際、わたしが予想した通りになった。新聞販売懇話会の議員らが、新聞特殊指定を守るために動き始めたのだ。そして前述したように、プレスセンターで250人の国会議員と新聞人が大集会を開いたのである。
新聞業界を支援する政治家の運動の中心になったのは、高市早苗議員、山本一太議員、さらに日経新聞の元記者の中川秀直議員らだった。いずれも自民党の議員である。
これらの議員は2006年5月19日、新聞特殊指定を守るために、独禁法の改正案を自民党の経済産業部会に提出した。改正案は次の2項目である。条文を紹介したうえで、中身を解説しよう。
①公取委が特殊指定を変更・廃止する場合でも、公聴会の開催などを義務付ける。
②新聞特殊指定の規定を2条9項の別表とし、独禁法本法に明記する。
①は一種の手続き論であるから、公正取引委員会にとって大きな障害とはならない。公正取引委員会にとって、致命的な条文は②である。「新聞特殊指定の規定を」「独禁法本法に明記する」とは、独禁法を運用する権限を公正取引委員会から奪って、国会に移すことを意味している。すなわち新聞特殊指定に関する決定は、国会での採択を必要とする法制体系に変更するということなのである。それは新聞特殊指定の殺生権を国会へ移すことを意味している。
法律を変えてでも、新聞業界の権益を守るという強い意思表明が政界サイドから示されたのだ。これに対して公正取引委員会は打つ手がなかった。もっとも最初からこのようなシナリオがあった可能性もあるが。
実際、公正取引委員会の竹島一彦委員長は、新聞特殊指定の撤廃を断念した。断念しなければ、独禁法の改正案が成立して、公正取引委員会の権限を制限されてしまうので、他に選択肢がなかったようだ。
こうして新聞業界と公正取引委員会の対決は決着が着いた。その後に開かれた日販協の通常総会には、『新聞通信』の報道によると、高市議員や山本一太議員らが来賓として参加し、活動の成果を報告した。高市議員は次のように述べた。
「独禁法の改正案として二本作りましたが、最終的には法制局の審査を両方とも通った。状況がいい方(特殊指定)に変わり、今は日販協側に法律案そのものを渡してあります。今後何か起きたら、その時はいつでも提出できる安全パイを持てたことは良かった。(略)」
山本議員は、新聞特殊指定を廃止する動きが再浮上した場合の対策について、次のように述べた。
「その時は高市座長が作った法案をいつでも出せる状況にしてあります。(特殊指定問題が)出てきた時には、議員立法で金輪際始末をつけることになる」
1990年代には、新聞特殊指定の撤廃は時間の問題とする見方が有力だったが、現在の時点(2020年7月)でも、従来のままだ。日販協を通じた政治献金も延々と続いている。
◆◆
公権力は、いつでも新聞社経営に介入できる。消費税の優遇措置を廃止することもできれば、独禁法の新聞特殊指定を撤廃することもできる。これらの法律が撤廃されれば、消費税が重い負担としてのしかかってきたり、戸別配達制度そのものが危機に立たされる。新聞のビジネスモデルそのものが成り立たなくなってしまうのである。
逆説的に言えば、このような構図があるから新聞人は、公権力と距離を置くよりも、むしろ一体化する道を選んだのかも知れない。権力構造の歯車になったのではないか。それによって新聞社は経済上の高い利益を得ることができるし、公権力から「特ダネ」を得ることもできる。
しかも、一旦、このようなスパイラルにはまってしまうと、そこから抜けられない。新聞社経営が苦しくなればなるほど、新聞人は優遇措置を求めて公権力への依存度を増していく。たとえば、新聞ばなれが急激に進む中で、新聞社は生き残りをかけて、文部科学省を巻き込んだ戦略を展開している。NIE(教育の中に新聞を)運動を展開して、2020年度からはじまった新しい学習指導要領に、新聞を学校教育の教材として取り扱う方向性を明文化させることに成功した。
新学習指導要領は、小学校から高校まで、新聞を読むことの重要性を強調している。たとえば小学校5年生の社会科で身に着ける知識として新学習指導要領は、「放送、新聞などの産業は、国民生活に大きな影響を及ぼしていることを理解すること」や、「聞き取り調査をしたり映像や新聞などの各種資料を調べたりして、まとめること」を義務付けている。
中学校の学習指導要領になると、新聞・テレビを偏重する傾向は一段と露骨になる。「社会生活の中から話題を決めるときは、地域社会の中で見聞きしたことや、テレビや新聞などの様々な媒体を通じて伝えられることなどの中から話題をきめる」とか、なにか行事があるときは「新聞やテレビなどから得られた資料を紹介するなどして生徒の関心を呼び起こし、地域で行われる活動に生徒が参画したり、教室に招いて専門家の話を聞いたりするなどの学習活動が考えられる」などと明記している。
さらに高校になると、「日常的な話題について、新聞記事や広告などから必要な情報を読み取り、文章の展開や書き手の意図を把握する」と述べるなど、新聞を手本にして作文の技術を習得させることまで明文化しているのだ。はたして慣用句を散りばめた新聞の文章が日本語の書き言葉として最高水準なのか、はなはだ疑問があるが、そんなことはおかまいなしに新聞関係者は新学習指導要領に新聞・テレビの重要性を明記させたのである。見方によっては、これは新聞社の新聞販売政策の一端とも思える。
このように新聞業界と政界の癒着は露骨になっているのである。それにつれて紙面からジャーナリズム性は薄れていく。故意に報道されない情報が増えていく。
新聞社経営に連動した客観的な汚点と構図を打破しない限り、日本の新聞ジャーナリズムの再生はあり得ないのである。

YouTubeを配信しているニューソク通信社が横浜副流煙事件の刑事告訴を報じた。ジャーナリストの須田慎一郎氏による解説である。事件の本質的な点をずばり指摘している。
メディア黒書でも報じてきたように、この事件は副流煙による健康被害をめぐる冤罪事件である。舞台は、横浜市青葉区すすき野にある団地。マンション1階に住む藤井将登さん一家が、同じマンションの2階(注:真上ではない)に住む一家3人から、将登さんの煙草が原因で「受動喫煙症」などになったとして、4500万円を請求する裁判を起こされた。
この高額請求の根拠となったのが、日本禁煙学会の作田学理事長が作成した診断書だった。ところがこの診断書にさまざまな疑惑があることが、裁判の中で判明する。
裁判は、藤井さんが勝訴した。裁判所は、作田氏が作成した診断書を医師法20条(無診察で診断書を交付する行為の禁止)違反と認定した。これを受けて、藤井さん側は、神奈川県警青葉署への刑事告発に踏み切った。
須田氏は、解説の中で、「青葉署で捜査がはじまるのではないか」と述べている。
診断書の持つ意味とスラップ訴訟を考えさせる事件である。

全体の3分の1を掲載しました。全文は、ウェブマガジンで購読できます。【全文は、ウェブマガジン(有料)で購読できます】
新聞のビジネスモデルの構図は、原則として、残紙で生じた損害を折込手数料や補助金などで相殺するものである。残紙部数に相応する折込手数料が、新聞社に「上納」される仕組みになっている。
しかし、残紙には別の側面もある。それは残紙が新聞拡販活動の「起爆剤」となってきた事実である。販売店は残紙の負担を少しでも、減らすために拡販活動に奔走する。残紙の性質が「積み紙」であろうが、「押し紙」であろうが、少しでも残紙を減らしたいというのが販売店の希望である。と、いうのも、「押し紙」は販売店の経営を圧迫し、たとえ「積み紙」であっても、それが発覚すると訴訟を起こされるリスクがあるからだ。
新聞社も対外的には、「積み紙」をしないように「指導」している。それは言葉を替えると、「残紙は、拡販活動ですべて実配部数に変えなさい」というメッセージでもあるのだ。また、「積み紙」の禁止が、新聞社の戦略に転嫁することもある。
過去に発生した販売店の強制改廃事件では、「積み紙」が改廃の口実になったケースも少なくない。「積み紙」によって新聞社の信用を毀損したから、改廃は当然だという論理と主張である。実際には、新聞社が勝手に過剰な部数の新聞を搬入していても、新聞社は販売店を改廃する際には、「積み紙」を口実にすることが少なくない。
大阪府でむかしこんな事件があった。
◆◆
ある早朝に新聞社の担当員が、かねてから相性が悪かった販売主を店舗に訪ねた。新聞配達員が、配達に出た後の時間帯だったので、店舗に人影はなかった。そこで担当員は、2階の事務所に通じる階段を見上げて、声をかけた。すぐに老店主が姿を現して、階段を下りてきた。
担当員は、いきなり店舗に積み上げられている残紙を指さして、
「これ、なんや?」
と、言ったという。
「あんた、紙を積んでたんか?」
自分の息子のような若者から叱られて、店主は面食らったらしい。
その後、この店主は、「積み紙」を理由に店主を解任されたのである。
販売店は、ほとんど例外なく残紙の存在が新聞社に知れることを恐れている。それゆえに、高い景品をばらまいて、新聞拡販活動に奔走せざるを得ないのだ。いわば残紙が新聞拡販の「起爆剤」として作用しているのである。
新聞拡販が、戸別配達制度と連動して、日本の新聞社を世界に類のない巨大なメディア企業に成長させたのである。
世界新聞協会が公表している2016年度の「世界の新聞発行ランキング」によると、ランキングの第1位と第2位を日本の読売新聞と朝日新聞が占めている。しかも、この2紙は、3位以下の新聞社の発行部数を大きく引き離している。さらに6位に毎日新聞が、10位に日経新聞が入っている。残紙があることを差し引いても桁外れに部数が多い。
このように巨大部数を背景に、日本では新聞の論調が世論を形成する状況が延々と続いてきたのである。それはある意味では、危険な構図だ。公権力が新聞社経営に介入すれば、新聞の影響力を利用して、世論誘導に悪用することができるからだ。
実は、部数至上主義(販売第一主義ともいう)が日本の新聞ジャーナリズムを堕落させた諸悪の根元なのである。
◆景品を付けなければ売れない日本の新聞のレベル
わたしが新聞ジャーナリズムに対して違和感を持った引き金は、新聞の購読勧誘だった。およそ30年前のことである。海外から日本に帰国して、東京都板橋区のアパートに入居したその日に、新聞の拡張員がやってきた。玄関のチャイムが鳴り続けるので、戸を開けるとジャンバーを着た血色の悪い男が立っていた。
男は、新聞の購読契約を結んでほしいというのだった。景品として洗剤を提供するという。わたしは断った。
しかし、セールス員は引き下がろうとしない。そして、とうとう凄みをきかせた声で、こんなことを言った。
「今、新聞の購読契約を結ぶと〇〇組に煩わされなくてすむぞ。このあたりは○○組のエリアだからな」
暴力団員を装っているのである。それでも紙面の内容がダメだと言って断ると男は、玄関に踏み込もうとした。わたしは、「警察に電話する」と言って電話の受話器を取り上げた。ぎょっとしたように足を止めると、
「また来るからな」
と、捨てぜりふを吐いて帰っていった。
それから1時間ほどして、今度は別の新聞の勧誘員がやってきた。初老の男性で、威圧感はなかった。男性は、いきなり洗剤4箱をわたしの手もとに押し付けてきた。わたしは身を引いた。新聞は必要ないと断ると、
「洗剤だけでいいから貰ってください」
と、言う。わたしは、お礼を言って受け取った。しかし、勧誘員は帰ろうとしない。結局、わたしが洗剤を返して帰ってもらった。
その後も、繰り返し新聞の購読勧誘に悩まされた。後に知ったことだが、強引な新聞拡販をやっていたのは、新聞セールス団と呼ばれる組織に属したメンバーだったようだ。
わたしは、新聞社に電話して、今後はわが家には勧誘に来ないように申し入れた。これに対して新聞社は、「新聞社は販売店の取引先なので、販売店の業務とは関係がない」という趣旨のことを言った。苦情の対応マニュアルがあるらしく、どの新聞社も、「取引先の販売店」の業務には関知しないという姿勢だった。
これら一連のやりとりを通じて、わたしは日本の新聞ジャーナリズムについて考えるようになったのである。わたしは高校時代も、それから後も自宅を離れて、寄宿舎などで生活していたので、新聞の購読勧誘を受けたことは一度もなかった。それゆえに高価な景品を提供して新聞を販売するという発想の背景にあるジャーナリズムの軽視にびっくりした。新聞記者は、自分たちが制作する新聞が不正常な方法で販売されている事実をどう考えているのか、好奇心を抱くようになった。
今にして思えば、残紙があるから、新聞拡販が強引になっていたのである。
◆国民生活センターに寄せられた新聞拡販の苦情
近年は、かつてのような不特定多数の住民に対して強引な新聞拡販を行うことはなくなったが、その代わり高齢者がターゲットになっているようだ。たとえば独立行政法人・国民生活センターは2013年8月22日付けで新聞の訪問販売に関する相談について報告書を公表し、その中で「この10年間、毎年1万件前後の消費者苦情がよせられている」と指摘している。トラブルの傾向については次のように述べている。
契約者の平均年齢は年々高くなっており、中でも、高齢の契約者については、長期間の契約に関わる苦情が多数よせられている。契約者が購読期間中に入院などの理由で新聞の解約を申し出たところ、中途解約を認めず、高額な解約料や景品代を請求するなど、高齢者の長期契約に関わるトラブルが問題化している。
具体的な事例としては、次の例が公表されている。
事例1:12年先までの契約をさせ、解約を希望すると高額な景品代を請求された
事例2:老人ホーム入居のため、9年間の契約の解約を申し出ると、景品を買って返せと言われた
事例3:「いつでも解約できる」と言われ契約し、解約を申し出ると解約料を請求された
事例4:購読期間1カ月のつもりで契約したが、購読契約書には3年と書かれていた
事例5:新聞の勧誘と告げずに「引っ越しのあいさつ」と訪問し、強引に勧誘され契約してしまった
事例6:アンケート用紙だと言われてサインしたが、実は新聞の購読契約書だった
販売店員や新聞セールス団員は、刑事事件になり得る手口の勧誘を繰り返してきたのである。もちろん新聞拡販の実態を新聞が報じることはほとんどない。
後述するように、ここ数年は、やはり高齢者をターゲットにして、高額な景品を提供して長期の新聞購読契約を取り付ける傾向が現れている。
◆定数制度と新聞拡販
新聞拡販活動が過熱する背景には、繰り返しになるが残紙の存在がある。新聞社にとって、残紙は販売収入を増やすための手段であるだけではなく、販売店に拡販活動を促す「鞭」としても機能している。
新聞社の多くは、販売店に対して年間の新聞拡販の目標部数を指定する。そして一方的に販売店へその目標部数を搬入する。ノルマが達成できなければ、未達成の部数は残紙として蓄積していく。
目標部数を新聞社が決定して、その部数を搬入していた典型的な例を2件紹介しよう。
【以下は、ウェブマガジン(有料)で購読できます】

PRESIDENT Onlineが横浜副流事件を報じた。須田慎一郎氏の記事で、タイトルは「『日本禁煙学会の理事長が刑事告発された』その背景にある"トンデモ訴訟"の一部始終 」。事件の経緯を簡潔に伝えている。
この事件の今後の焦点は、日本禁煙学会の作田学理事長に対する刑事告訴の行方である。患者を診察することなく診断書を作成して、それを根拠に藤井将登さんに対して4500万円を請求した事実は重い。診断書を簡単に悪用できる状況を放置すれば、今後、同類の事件が続発しかねない。医療の信用にかかわる。
また、4500万円の訴訟が「ニセの診断書」を根拠にして提起されている事実から、2人の原告弁護士が訴権を濫用した疑惑もある。『弁護士職務基本規程』は、虚偽の書面を裁判所へ提出する行為を禁じている。次の条項だ。
第75条 弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。
さらに提訴に至る前段で、当時の神奈川県警本部長・斎藤実氏らが関与していることを裏付ける書面があり、この点についての解明も不可欠になる。斎藤氏は現在、警視総監の重責にある。
※注:横浜副流煙事件と横浜事件はまったく別の事件です。両方とも警察が関与していますが、何の関係もありません。注釈しておきます。

第6章の一部を公開します。全文は、ウェブマガジンで公開されています。
残紙の性質が「押し紙」であるか、それとも「積み紙」であるかにかかわりなく、残紙の実態が社会問題として広く認識されてこなかった原因のひとつにABC部数の信頼性が高い事情がある。出版物の発行データとして権威があるのだ。
しかし、実情はそうではない。公査の過程でさまざまな問題がある。当然、データも信用できないが、大半の人は、それを知らない。ABC部数に残紙が含まれていることを知らない。
日本ABC協会が公査で残紙を摘発する方針を徹底していれば、第3章と第4章で紹介したような凄まじい残紙の実態は生まれなかったはずだ。
本章では、ABC公査の実態と、それによって生じるデータの信憑性を検証しよう。
ABC部数は、データが厳密なものであることを自称しているが、疑問が多い。これについて、まず日本ABC協会の見解を示そう。同協会のウェブサイトは、ABC部数について次のように説明している。
新聞や雑誌の広告料金は、部数によって決まります。ABC協会は、第三者として、部数を監査(公査)し認定しています。この認定された部数がABC部数です。対して、公称部数(自称部数)とは、ABC協会に参加していない発行社が自社発表しているもので、数倍から10倍以上の部数を自称している場合があります。合理的な広告活動を行うため、発行社の自称ではない、第三者が確認した信頼出来るデータであるABC部数をご利用ください。
この引用を読む限り、言外にABC部数は実配部数を反映していると説明している。
しかし、本書で検証してきたように、実際にはABC部数は残紙部数を含んでいるわけだから、実配部数を反映していない。しかも、その残紙部数は尋常ではない。海外でも日本の新聞の発行部数については疑惑が広がっていて、たとえば英語版のウィキペディアは、世界の新聞発行部数に関する記述の中で、日本の新聞社の発行部数について、次のような但し書きを付している。
一部の数字に関しては議論がある。日本の新聞部数は押し紙(過剰供給による誇張)に影響されているのではないかという主張にずっとさらされてきている。(Some figures are disputed; the numbers for Japanese newspapers have been subjected to claims of "oshigami" (exaggeration by over-supplying papers to businesses)
ABC協会が定期的に部数の公査(監査)を実施しているにもかかわらず、なぜABC部数は、実配部数を反映しないのだろうか。本章で、その原因を探ってみよう。
結論を先に言えば、ABC部数が実配部数を反映しないのは、ABC公査の際に新聞社と販売店が徹底した残紙の隠蔽工作を行っているからにほかならない。しかし、この点に踏み込む前に、ABC協会の運営体制に言及しておこう。
◆ABC協会と新聞社の深いつながり
ABC協会のウェブサイトによると、「ABC協会は、第三者として部数を公査(監査)し、発表・認定している機構」で、「広告の売り手である発行社と、買い手である広告主、仲介する広告会社の3者で構成」されている。
設立は1952年。「広告主・広告会社の熱心な要請と、発行社の積極的な協力により設立」された。
ローカル紙は別として、日刊紙を発行する新聞社のほとんどがABC協会へ加盟している。2020年2月時点における日本ABC協会の業種別の役員構成は次のようになっている。
会長:1名
専務理事:1名
新聞発行社:13名
雑誌発行社:3名
専門紙誌発行社:1名
広告主:12名
広告会社:5名
幹事:5名(新聞社1名、雑誌社1名、広告主2名、会計士1名)
役員総数は41名で、そのうち新聞社の所属である役員は14名いる。広告主の役員数16名(注:会長と専務理事の2名はいずれも広告主のカテゴリーに入る)には劣るが、ABC協会の中で新聞社は強い影響力を持っていることがうかがわれる。
しかも、新聞社の場合は、大半の役員が自社では取締役の肩書を持つ経営幹部である。それだけABC協会を重要なビジネスパートナーとして位置づけているのである。
◆ABC公査をかいくぐる伝統的手法
ABC部数は、新聞社がABC協会に申告した新聞の発行部数である。部数の申告制度を採用した上で、ABC協会は定期的に公査を実施しているのだ。公査は、販売店に対しては、抜き打ち方式で行う。
しかし、それは体面上のことで、ABC協会は公査対象の販売店を決定すると、それを公査対象の販売店が属する新聞社へ通知する。通知を受けた新聞社は、当然、それを販売店へ知らせる。しかし、これでは本当の意味での抜き打ち調査にはならない。
公査対象に指定された販売店は、帳簿上で残紙を隠すための各種の事務処理を行う。「事務処理」の中身は、読者名簿の改ざんやニセの領収書の発行などである。
しかも、これらの不正行為は昔から行われて来た。昔と今が異なる部分は、かつては手作業によるデータの改ざんだったものが、パソコンに代わっただけである。そのために近年は改ざん作業に手間がかからない。簡単にできる。
◆昔の改ざん方法
まず、昔の「事務処理」を紹介しよう。1990年代、パソコンがまだ十分に普及していない時代の手口である。『闇の新聞裏面史』(花伝社)の著者で、毎日新聞販売店の元店主・高屋肇さんは生前に次のように話していた。
「残紙を実配部数に見せるために、わたしはニセの読者名簿を作成していました。新聞社がABC公査の対象になったことを知らせてくると、近隣の販売店の支援を受けて、総手でニセの読者名簿と、それに整合したニセの順路帳(注:新聞の配達順路を示した地図)を作っていました。」
残紙には読者がいないわけだから、それを実配部数として処理するためには、まず第一に読者名簿に架空読者を加える必要がある。その作業を迅速に、しかも機械的に進めるために、複数の著名人の名前と姓を組み合わせて、名簿上の偽名読者にしていたという。実際には存在しない残紙の「購読者」である。
たとえば、歌手の「加山雄三」と「島倉千代子」を組み合わせて、「加山千代子」や「島倉雄三」といった偽名読者を作る。政治家の「佐藤栄作」と「吉田茂」を組み合わせて、「佐藤茂」とか、「吉田栄作」の偽名にする。さらに「加山栄作」、「島倉茂」などで幾通りにも組み合わせる。この作業に高屋さんは、ブラックユーモアを感じていたという。近隣の販売店の支援を得て、多人数でこのよな作業を行ったこともあるという。
ニセの読者名簿に整合した領収書も準備する。さらに残紙の「読者」の自宅位置を順路帳に適当に書き込む。デタラメの情報だが、ABC協会の職員が公査の際に自分の足で順路帳を実地検証することはなかったという。
現在では、こうした改ざん処理のうち、偽の読者名簿と領収書は販売店のコンピューターなどの機械類を使って簡単に作成できるようになっている。手作業は行わない。
◆コンピュータを使ったABC公査対策
現在の改ざん作業を紹介しよう。どのようにニセ書類は作成されるのだろうか。その詳細を取材するために、わたしは兵庫県西宮市にひとりの元販売店主を訪ねた。
板見英樹さんは、毎日新聞の販売店を2店を経営していた。現役の販売店主だった2016年9月、ABC部数関連の帳簿類の改ざん作業を、日常的に代行していた「実行者」から、その手口を聞き出し録音した。
改ざん作業の実行者は、新聞販売店が使っているコンピューターや折込広告の自動折込機などの納品とメンテナンスを業務としているD社(仮名)の社員である。
改ざん方法は単純なものだった。まず、最初にコンピュータに登録されている現在のデータのバックアップを取っておく。それから本格的な作業に入る。
作業の中心は読者名簿の改ざんである。作業員は、販売店がコンピューターに保存している「過去の新聞購読者データ」を現在の読者名簿に流し込み、データを更新する。ニセ講読者の人数は、残紙部数に整合させる。
こうした改ざんした名簿を基にして、領収書をプリントアウトする。その領収書のバーコードを読み込むと、入金一覧表なども自動的に更新され、複数のニセ書類の整合性が取れる仕組みになっているのだ。作業が終わると偽のデータを削除してバックアップデータを元に戻す。
日本ABC協会の職員は、この方法で改ざんされ、プリントアウトされた書類を公査するのである。その結果、ABC部数に多量の残紙部数が含まれていても、適正な部数として認定されてしまうのだ。
◆録音された改ざん手口の全容
板見さんが、改ざんの手口を聞きだそうと考えた発端は、D社の社員が板見さんの販売店を訪れたことだった。D社の社員は板見さんに、領収書を高速で自動裁断(切り取り線を入れること)できる機械(「卓上シートバースターV-417」)を貸してほしい、と言うのだった。
新聞の扱い部数が500部にも満たない小さな販売店は、こうした高価な機械を備えていないが、板見さんの販売店は扱い部数が多いこともあって、この機械を備えていた。板見さんが言う。
「なんでわざわざ借りにきたのかと思って問うてみますと、神戸市の新聞販売店にABC公査が入る予定があり、それに先だって、D社がデータを改ざんすることが分かったのです。大量のニセ領収書を作って、それを裁断するために、高速の裁断機が必要だったわけです。」
ABC公査が入る予定になっていたのは、板見さんが新聞販売の仕事を始めたころに勤務していた神戸市内の新聞販売店だった。そんなこともあって、板見さんは要請に応じた。社員は、車に機械を積み込み、板見さんの店舗を後にした。書類改ざんの舞台となる神戸市内の販売店へ裁断機を運んだのである。
この販売店へABC公査が入った日の夕方、板見さんは改ざん作業を代行した技師Sを自店に呼びつけた。改ざん方法を技師Sから聞き出すことが目的だった。
D社としても、板見さんから裁断機を借りた手前もあり、また板見さんの販売店が自社の取引先だった事情もあって、要請に応じた。
板見さんが、技師Sを呼びつけた口実は次のようなものだった。自店には残紙が多量にある。その自店にABC公査が入ることもありうるので、予備知識として、書類を改ざんする手口を教えてほしいというものだった。
それに応えて技師Sは、改ざんの手口の全容を語ったのである。
改ざん方法について板見さんが、次のように問うた。
板見:あれは数字をやるわけ、あれはどうやるんですか?
技師S:過去読(かこどく)を起こす。
「過去読」とは、かつて新聞を購読していた読者を意味する。元読者のことである。これに対して現在新聞を購読している読者は、「現読」という。従って、「過去読を起こす」とは、過去に新聞を購読していた読者を、現在の購読者として読者名簿に再登録するという意味である。
新聞販売店のコンピューターには、「現読」はいうまでもなく、「過去読」の名前や住所なども保存されている。それをボタンひとつで、現在の読者に変更することが出来る。板見さんが、わたしに説明した。
「過去読は赤色で表示されます。死亡した人や転居した人は、抹消しますが、それ以外は、セールスの対象になるので保存します。今、他紙を取っていても、再勧誘の対象になるから保存しておくのです。」
繰り返しになるが、改ざんの第一段階として、「過去読」を「現読」に変更する。この点について板見さんは、次のように技師Sに再確認している。
板見:まあいえば、現在(新聞が)入っていないお客さんでも、入っているようにして、それでデータを全部作ってしまう?
技師S:うん
改ざんの第2段階は、改ざんした読者名簿に基づいた領収書の発行である。
板見:一回証券も全部発証してしまう?
証券を発証するとは、読者名簿(厳密には発証台帳)を基に領収書をプリントアウトするという意味である。このプロセスについて板見さんは念を押したのである。これに対して技師Sは「します」と答えた。
ちなみに、プリントアウトするニセ領収書の対象月数については、板見さんが質問する前に、技師Sがみずから説明した。
技師S:お店によってちがうんですけど、まあ3カ月ぐらいを。
板見:ほーおー。
板見さんの驚きの声が録音されている。あまりにも大胆不敵な不正行為に面食らっているようだ。
◆改ざん作業の日は有休の形式
さらに、技師Dは、驚くべき事実に言及する。D社が改ざん作業をしているのは、毎日新聞の販売店だけではなく、A新聞、B新聞、C新聞の販売店でもやっているというのだ。次の会話である。
技師S:9月の1週にAさん、2週にBさん、3週に毎日さん、4週にCさん、そんなふうに割り当てて。読売さんは抜けていますが、そういうかたちで、2年に1回、9月前後にやっています。
次に板見さんの妻が技師Sに質問した。ABC公査が入ることを新聞社から通知された販売店は、直接、D社に対して読者数の改ざん作業を依頼することになっているのか、という質問である。
板見さんの妻:もしそうなったら(注:もしABC公査が入ることになったら)、わたしらがSさんを呼ぶん?
技師S:基本的には。
さらに技師Sはその理由として、新聞社が改ざん作業を依頼することはジャーナリズム企業という立場上、都合が悪いからだとも述べた。しかし、改ざん作業を引き受けることは、D社にとっても企業コンプライアンスにかかわる。ある意味で迷惑なことなのだ。
そこで改ざん作業の当日は、D社の担当者が有給を取って販売店に赴き、社員としてではなく、個人の立場で改ざん作業をするのだという。技師Sの説明に板見さんは驚きを隠さない。
板見:ほーおー。
ここで板見さんの奥さんが、改ざん作業当日の社員の勤務形態について次のように再確認した。
板見さんの妻:(注:D社の社員が)出勤していないということにして?
技師S:そのへんちょっとやえこしい・・
板見さんの妻:ああそうなんですか。
全作業が終わると、作業員はあらかじめ保存していたバックアップデータを再入力してコンピューターを元の状態に戻す。これで改ざん作業は完了する。
念のためにわたしは、技師Sが所属するD社と毎日新聞社に問い合わせてみた。D社は、事実関係を認めたうえで、「今後、こういうことがあったらやらない」と答えた。一方、毎日新聞(大阪本社)からは、次のような回答があった。
2018年11月14日付の「質問状」を拝受致しました。
貴殿がご質問にあたり前提とされている「録音」がそもそも如何なるものか知り得る立場になく、また貴殿のご判断を前提に「疑惑」があるとされ、ご質問をいただきましても、お答え致しかねるところです。
上記、取り急ぎ、ご回答申し上げます。
また、D社が改ざん作業を請け負ったとしている新聞社として名前があがったA新聞、B新聞、C新聞の広報担当者は、それぞれ次のようにコメントした。
A新聞:具体的な指摘でなく、根拠も不明なご質問には、お答えしかねます。
B新聞:(口頭で回答しないとのコメントがあった。)
C新聞:取引先販売店の業務に関する事案であり、コメントする立場にありません。
坂田さんが録音した技師Sの説明は、日本の新聞業界の恐るべきモラルハザードを物語っているが、新聞社にそれを自己検証しようという姿勢はまったくない。
もちろん全ての新聞社に残紙があり、板見さんが内部告発した方法でABC公査に対応しているとは限らない。たとえば、既に述べたように熊本日日新聞などは、販売店が自分で注文部数を決める「自由増減」の制度を導入している。残紙問題とは無縁なので、ABC公査の対策を取る必要もない。
2021年05月05日 (水曜日)

携帯電話の基地局設置をめぐるトラブルで、電話会社が住民に対して基地局に関する情報を開示しないことが各地で問題になっている。基地局からはマイクロ波(将来的にはミリ波)が放射されるので、周辺住民は、いやおうなしにマイクロ波による人体影響を受ける。
たとえ電磁波が微弱であっても、1日に24時間、365日、延々とマイクロ波のシャワーを浴び続ける。一旦、基地局が設置されると少なくとも10年ぐらいは、移転することがないので、周辺住民は常にマイクロ波に被曝する。
当然、住民としては、少なくとも自分たちが浴びる電磁波に関する情報を詳細に知りたい。そこで電話会社に、基地局に関する情報を開示するように申し入れるが、筆者が取材した限りでは、電話会社は企業秘密を理由に、ほとんど情報開示に応じていない。
企業活動を監視する責任がある自治体も、企業秘密を優先して開示には応じない。電磁波や化学物質には、「闘値」がないことを説明しても、「総務省の規制値を守ってる限り、規制できない」とAIのような回答しか返ってこない。
※ある作用によって生体に反応がおこる場合、反応をおこすのに必要なその作用の最小の強度をいう。(出典:日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)
◆◆
次に紹介する書簡は、楽天モバイルと住民の間で交わされたものだ。川崎市で起きた基地局問題のケースである。
楽天モバイルは、2021年4月、Hさん家族が住む賃貸マンションの頭上に基地局を設置した。Hさんは設置に反対したが、楽天は計画を進めた。賃貸マンションなので、オーナーの意向が優先して、工事を完了した。
それでもHさんは、楽天モバイルに対して次のように書面で情報開示を求めた。
携帯電話の基地局についてご質問ですが、現在基地局から電磁波は流れ始めたのでしょうか。
最近、夜にアンテナを確認すると緑色の小さなランプが点灯しているため、すでに操業されたか確認したく存じます。
これに対して、楽天モバイルは次のように回答した。
稼働開始時期の大まかな目安については既にお伝えしております。
しかし、その具体的な日時や稼働の実際についてまでお答えすることは致しかねます。
Hさんが再度情報開示を求めたところ、楽天モバイルは次のように回答した。
基地局の運用状況につきましては、お答え致しかねます。
申し訳ございませんがご認識の程何卒宜しくお願い致します。
◆◆
電話会社は、住民の間に健康被害が発生しても、総務省が責任を取ってくれるという計算があるのではないか。被害を受けた住民のひとりは次のように話している。
「電話会社は、基地局の設置は無線通信網の充実をはかるための社会貢献などと言っていますが、結局はお金儲けですよ。住民に迷惑をかけてまで、電話ビジネスを展開したいということでしょう。少なくとも説明義務ぐらいは果たしてほしいです」

全文はウェブマガジンで公開しています。公益性が高い記事なので約3分の2を公開します。(■ウェブマガジン)
残紙はだれに被害を及ぼすのかを整理してみよう。まず、残紙の性質が「押し紙」である場合は、「押し売り」の対象となる販売店が被害を受ける。残紙部数に相当する折込媒体が廃棄されるわけだから、広告主も被害を受ける。
もっとも最近は、広告主が水増しの実態を知って、自主的に折込定数を減らす傾向があり、必ずしも残紙部数と同じ部数の折込媒体が廃棄されているとは限らないが、少なくとも第1章で紹介した公共広告に関しては、従来どおり搬入部数と折込定数を一致させる慣行が続いているので、一定数が廃棄される。
残紙が「積み紙」の状態になっている場合は、販売店に損害は生じない。残紙による負担を折込手数料で相殺できるからだ。しかし、余った折込媒体は廃棄されるわけだから、「押し紙」と同様に、「積み紙」でも広告主は被害を受ける。
こんなふうに見ていくと、広告主は残紙がある限り、その性質が「押し紙」であろうが、「積み紙」であろうが、被害を受けることになる。その被害の実態を、シミュレーションにより具体的に検証しようというのがこの本章の目的である。それは同時に新聞の収益構造-ビジネスモデルのからくりを解明することでもある。
◆◆
シミュレーションに採用する資料は、ある元販売店主が2018年にX新聞社に対して起こした「押し紙」裁判の中で、X新聞社が自ら作成し、裁判所に提出したものである。実際の商取引における収益の詳細と、残紙がないと仮定した商取引における収益の詳細を比較したものである。この資料は、はからずも新聞のビジネスモデルのからくりを解析する格好の材料となる。
なぜ、X新聞社がこのような資料を公開したのか、その真意は不明だが、おそらく自分たちは残紙により販売店に損害を与えていないという事を立証したかったのだろう。
◆◆
資料のタイトルは「収益対比表」(■6の1)となっている。この資料の中で、原告の店主が経営していた販売店における新聞の搬入部数、残紙部数、折込定数、それにひも付けされた金銭などが、実際の取り引きの場合と、残紙がない場合の取りきに分類されている。期間は、2012年7月から2016年7月の約4年である。
まず最初に、元店主が販売店を開業した2012年7月の取引を一例として、残紙と折込媒体の水増しの関係を説明しよう。X新聞社が「収益対比表」で公開した基礎データは次の通りである。
搬入部数:1020部
実配部数:491部
残紙部数:529部
折込定数:1050部※
折込手数料の総額:927,150円(総額)、新聞1部あたり883円
新聞卸価格:1772円
販売店に対する請求額:181万円(1772×1020部)
販売店が集金した購読料:145万円
補助金:1万円
※折込定数は端数を切り上げて表示されるので、このケースのように搬入部数が1020部の場合は1050部になる。
まず、この月の折込手数料の総収入は、右のデータが示すとおり約93万円である。(新聞1部あたりに換算すると883円)。もちろんこの数字は、残紙部数とセットになっている折込媒体が生む折込手数料も含んでいる。
一方、元店主が読者から集金した新聞の購読収入は、割引された購読料なども含めて約145万円である。
この販売収入・約145万円と折込手数料・約93万円の合計が、商取引で得た販売店の総収入ということになる。次の計算式である。
93万円+145万円=238万円
この額に加えてさらに、資料「収益対比表」によると、X新聞社は販売店に対して1万円の補助金を支給している。従って、238万円の収入に補助金1万円を加えた239万円が7月の公式の総収入ということになる。
これに対して、X新聞社が新聞の卸代金として販売店に請求した額は181万円だった。総収入239万円から181万円を差し引いた額が販売店の純利益である。次の計算式である。
239万円−181万円=58万円
この58万円から、元店主は店舗の家賃や人件費などを支払っていたわけだから、健全な経営は成り立たなかったのではないか。実際、開業した当初から、元店主とX新聞社は、残紙をめぐるトラブルになった。元店主の保証人になっていた親戚にX新聞社が、未納になった新聞の卸代金の支払いを求める事態も起きた。
◆◆
ここからがシミュレーションになる。次に、同じ部数の残紙がある状態で、折込媒体の受注だけが増えて新聞1部が生み出す折込手数料が2000円になった場合を検討してみよう。(先の例では、新聞1部に付き、883円)。このシミュレーションの目的は、折込媒体の受注量の大小が販売店経営に及ぼす影響の大きさを確認することである。
新聞1部が生み出す折込手数料が2000円になった場合の収入は、次の計算式で導き出せる。
2000円×1050部(折込定数)=210万円
一方、読者から集金できる新聞の購読料収入は、実配部数(購読者数)に変化がないので、約145万円のままである。この購読料収入145万円と折込手数料210万円の合計に補助金1万円を加えた額が、販売店の総収入になる。355万円である。次の計算式だ。
210万円+145万円+1万円=356万円
総収入356万円から、新聞の卸代金請求額(残紙部数を含む)181万円を差し引いた額が販売店の純利益である。次の計算式である。
356万円−181万円=175万円
折込手数料が新聞1部あたり883円の状態では、販売店の純利益が約58万円しかなかったが、2000円(シミュレーションの数値)になると、純利益が約三倍にふくれあがるのだ。その結果、残紙で生じる損害(新聞の卸代金)を折込手数料で相殺できる上に、さらに残紙が利益をもたらす構図になる。つまり折込媒体の需要が高く、折込手数料による収入が、新聞の卸原価を上回れば、残紙は販売店の負担にはならない。「積み紙」の状態になる。
「収益対比表」に示されたX新聞社のケースでは、新聞の卸代金が1部あたり1772円であるから、折込手数料がこの額を超えれば、販売店にとって残紙は負担にならない。残紙による損害は相殺できる。相殺できない場合は、新聞社が補助金を提供して、販売店が赤字にならないように調整する場合もある。
元販売店主らの証言によると、このような構図は、日本経済が好調な時期にはあったという。
◆◆
このようなビジネスモデルの構図を前提に、X新聞社の「収益対比表」を次の2点から検討してみよう。
① 残紙部数が生み出した約4年間における折込手数料の総額(広告主の損害)と金銭の流れ。
② 残紙は約4年間に販売店に損害を与えたか否か。
「収益対比表」によると、2012年7月から2016年7月の約4年間にこの販売店が得た折込手数料の収入実績は、「収益対比表」によると、約3921万円(39,229,400円)だった。この金額は、もちろん残紙部数が生んだ折込手数料も含まれている。
一方、かりに残紙を排除して実配部数での取り引きが行われていたと仮定した場合の折込手数料の総計は、「収益対比表」によると約2018万円(20,176,350円)だった。従って両者の差額が、残紙部数が生んだ約4年分の折込手数料ということになる。次の計算式である。
3921万円(39,229,400円)―2018万円(20,176,350円)=1903万円(19,053,050円)
この1903万円は、広告主らを騙して徴収した金額にほかならない。残紙の中身が「押し紙」であろうが、「積み紙」であろうが、広告主はこれだけの損害を被っているのである。広告主ひとりの被害額は、これほど大きくはならないが、複数の販売店で同じ規模の水増しが行われていれば、広告主の被害は計り知れないものになる。
しかし、この騙し取った1903万円が販売店の利益になったわけではない。その全部が、残紙部数(総計で、11,280部)に相応した新聞の卸代金(約2019万円)の相殺に充てられた。(計算の詳細は、※注1~2を参照。)
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※注1:残紙部数の根拠
・約4年間における搬入部数の総合計は、33,692部
・約4年間における残紙を除いた搬入部数の総合計は、22,412部
両者の差異が残紙部数ということになる。次の計算式である。
33,692部−22,412部=11,280部
※注2:残紙で生じた損害額の根拠
・約4年間におけるX新聞社からの新聞の卸代金の請求額は、60,519,958円
・残紙がないと想定した場合の約4年間におけるX新聞社からの新聞の卸代金の請求額は、40,351,513円
両者の差異が、残紙部数に対するX新聞社からの請求ということになる。次の計算式である。
60,519,958円−40,351,513円=20,168,445円
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それでもなお販売店は、残紙による損害の全部を相殺することは出来なかった。この点を計算式によって、確認しておこう。
残紙部数の請求額(20,168,445円)−折込媒体で得た折込手数料(19,053,050円)=1,115,395円
販売店は、約112万円(1,115,395円)の赤字を出している。
ただし、X新聞社が約4年間で254万円の補助金を支給しているので、販売店は最終的には、約142万円(1,424,702円)の黒字を出している。月額にして3万円足らずである。念を押すまでもなく、3万円で販売店経営を維持する人件費などの経費が足りるはずがない。が、それにもかかわらず、X新聞社は、残紙によりこの販売店に損害を与えたことにはならないのである。
それを立証するために、X新聞社は資料「収益対比表」を裁判所へ提出したようだ。裁判所もそれを認め、販売店を敗訴させたのである。






