
請求額は約4500万円。訴えは棄却。煙草の副流煙で体調を崩したとして、同じマンションの隣人が隣人を訴えたスラップ裁判の「戦後処理」が、新しい段階に入った。日本禁煙学会の作田学理事長に対する検察の捜査がまもなく始まる。この事件で主要な役割を果たした作田医師に対する捜査が、神奈川県警青葉署ら横浜地検へ移った。
それを受けて被害者の妻・藤井敦子さんと「支援する会(石岡淑道代表)」は、24日、厚生労働省記者クラブで会見を開いた。
◆藤井さんの勝訴、診断書のグレーゾーンが決め手に
事件の発端は、2019年11月にさかのぼる。藤井さん夫妻と同じマンションの2階に住むAさん一家(夫・妻・娘の3人)は、藤井さんの夫が自宅で吸う煙草の副流煙で、「受動喫煙症」などに罹患したとして、4500万円の損害賠償を求める裁判を起こした。しかし、審理の中で、提訴の根拠となった3人の診断書(作田医師が作成)のうち、A娘の診断書が無診察で交付されていた事実が判明した。無診察による診断書交付は医師法20条で禁じられている。刑事事件にもなりうる。
さらにその後、A家の娘の診断書が2通存在していて、しかも病名などが微妙に異なっていることが明らかになった。同じ患者の診断書が2通存在することは、正常な管理体制の下では起こり得ない。これらの事実から作田医師がA家の娘のために交付した診断書が偽造されたものである疑惑が浮上した。
横浜地裁は3人の請求を棄却すると同時に、診断書を作成した作田医師に対して医師法20条違反を認定した。また、日本禁煙学会が独自に設けている「受動喫煙症」の診断基準が、裁判提起など「禁煙運動」推進の政策目的で作られていることも認定した。この裁判では、日本禁煙学会の医師や研究者が次々と原告に加勢したが、なにひとつ主張は認められなかった。
また審理の中で、原告の1人が元喫煙者であったことも判明した。
その後、控訴審でも藤井さんが勝訴して裁判は終わった。
【続きはデジタル鹿砦社通信】

『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)の書店販売が2月1日に始まる。この本はメディア黒書で繰り返し取り上げてきた横浜副流煙事件をコンパクトにまとめたものである。
煙草の副流煙で「受動喫煙症」になったとして、同じマンションの隣人が隣人を訴えた4500万円訴訟の発端から結末までを読みやすく構成している。スラップ訴訟の中身と加害者の自滅を詳しく記録した。内容は次の通りである。
1章、隣人トラブルから警察沙汰に
2章、事件の発覚を警戒する二人の弁護士
3章、本人訴訟とジャーナリズムの選択肢
4章、神奈川県警介入のグレーゾーン
5章、3通の診断書から浮上した疑惑
6章、診断書をメール電送した異常
7章、「受動喫煙」外来への潜入取材
8章、医師法第20条違反を認定した1審判決
エピローグ
本のキャッチフレーズも紹介しておこう。
「その一服、四五〇〇万円!、ある日、突然に法廷に。日常生活に潜む隣人トラブル」
「ミュージシャンが自宅マンションの音楽室で煙草を吸っていると訴状が届いた。4500万円の損害賠償と自宅での喫煙禁止。同じマンションの上階に住む家族が、副流煙で病気になったとして裁判を起こしたのだ。著名な医師や研究者が次々と原告家族に加勢したが、偽造診断書が発覚して事件は思わぬ方向へ・・・。日常生活の中に潜む隣人トラブル。
タイトル:『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)
価格:1200円+税
著者:黒薮哲哉
出版社:鹿砦社
2022年01月20日 (木曜日)

神経が敏感な人にとっては、麻酔をかけた頭をドリルで貫かれるような感覚を覚えたりする。それが思考や睡眠を妨げる。新世代公害は、影のように住居に闖入してくる。
電磁波問題を取材している関係で、わたしのもとに電磁波による被害についての情報提供や内部告発が寄せられる。電話会社が、民家の直近やマンションの屋上に、一方的に携帯電話の基地局(4G,5G)を設置した後、住民が被害を受ける事件が頻発していることは、既報してきたが、同じ基地局問題でも若干タイプが異なるのが、低周波電磁波による被害である。
携帯電話の通信には、おもにマイクロ波と呼ばれる高周波の電波が使われる。しかし、基地局の機械部分からは、低周波が漏れている。それがもうひとつの健康被害の原因になっている。
◆◆
Aさんは自分が住むマンションの天井ひとつを隔てた屋上に設置された携帯基地局が発する低周波音に悩まされている。夜中に静寂の中から、「ブーン」という振動が響いてくることがあるという。それが原因で不眠症になった。
2010年、わたしは、基地局の低周波による被害の典型例を取材したことがある。神奈川県鎌倉市由比ヶ浜にあったKDDI基地局のケースである。被害を訴えていたのは、著名なジャズ・サックス・プレイヤー、植松孝夫さんだった。
植松さん宅の2階の窓を開けると、すぐ目の前のビルにKDDI基地局が設置されていた。巨大アンテナが植松さん宅の窓を覗き込んでいるような印象があった。
植松さんは、夜になると低周波音で神経を攪乱させられると訴えていた。わたしは何度も現場を取材した。しかし、わたしには低周波音は聞こえなかった。
他にも音楽関係の仕事をしている方が低周波の被害を訴えていたケースがある。音楽でだけで生活できるような人は、おそらく音には敏感だ。普通の人では感知できない音を聞き分ける神経を持っている。それゆえに低周波が音として知覚できる可能性が高い。
低周波による健康被害については、超低周波が漏れている送電線や変電所の近辺に小児白血病や脳腫瘍が多いことが、疫学的に裏付けられている。風力発電機による低周波公害については、過去に訴訟も起きている。
◆◆
基地局設置の被害が後を断たない背景には、総務省が基地局設置をまったく規制しない事情がある。電波防護指針(安全基準)は定めているが、30年以上も更新しておらず、現在では欧州評議会の勧告値に比べて1万倍もゆるやかな数値になっている。
・日本:1000 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)
・欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)
総務省の規制値はまったく規制になっていない。
電話会社は、住民から苦情が出ると、「電磁波を測定してみましょう」と被害者を説得して、実際に電磁波を計測する。そして、たとえば1μW/c㎡という数値を表示して、
「総務省の規制値の1000分の1で稼働していますから、絶対に安全です」
と、住民を騙す。こうした手口が横行している。
低周波被害については、「気のせいだ」ということにしてしまう。
対策としては、賃貸住宅の住民であれば、電磁波を避けるために別の物件へ引っ越すことである。被害者にしてみれば、不本意だろうが、一応、住居を移すことはできる。
しかし、分譲住宅の場合は、そんなわけにはいかない。基地局を直近に建てられてしまえば、泣き寝入りする意外に方法がない。1日24時間、延々と被曝することになる。
裁判を起こして撤去を求めようにも、電話会社は総務省の規制値を守って操業しているわけだから勝訴の見込みはほとんどない。大変な社会問題なのである。
◆◆
国家と企業(電話会社だけではなく、電磁波を利用した製品を開発している企業も含む)が、連携してしまうと、恐ろしいことになる。メディアも、広告・CM利権があるので、この問題を避けている。その結果、電磁波による人体影響に無知な層が大多数を占め、ますます問題解決への道が閉ざされていく。
被害者が地方自治体の議員に相談しても、電話会社が規制値を守っている限り、撤去させることはできないと逃げ腰になる。この問題には積極的に介入しようとはしない。電磁波問題を取り上げると、5Gの普及が遅れるので、有権者から嫌われると思っているのではないか。
問題を告発することの影響力の大きさを考えて、尻込みしてしまう姿勢は、どこか「押し紙」問題を避けたがるメディア研究者の姿勢に似ている。
「劣化」とは、こういう実態を意味するのではないか。
2022年01月18日 (火曜日)

赤い絨毯(じゅうたん)を敷き詰めた演壇に立つ2人の人物。性別も人種も異なるが、両人とも黒いスーツに身を包み、張り付いたような笑みを浮かべて正面を見据えている。男の肩からは紫に金を調和させた仰々しいタスキがかかっている。メディアを使って世論を誘導し、紛争の火種をまき散らしてきた男、カール・ジャーシュマンである。
マスコミが盛んに「台湾有事」を報じている。台湾を巡って米中で武力衝突が起きて、それに日本が巻き込まれるというシナリオを繰り返している。それに呼応するかのように、日本では「反中」感情が急激に高まり、防衛費の増額が見込まれている。沖縄県の基地化にも拍車がかかっている。
しかし、日本のメディアが報じない肝心な動きがある。それは全米民主主義基金(NED)の台湾への接近である。この組織は、「反共キャンペーン」を地球規模で展開している米国政府系の基金である。
設立は1983年。中央アメリカの民族自決運動に対する介入を強めていた米国のレーガン大統領が設立した基金で、世界のあちらこちらで「民主化運動」を口実にした草の根ファシズムを育成してきた。ターゲットとした国を混乱させて政権交代を試みる。その手法は、トランプ政権の時代には、香港でも適用された。
全米民主主義基金は表向きは民間の非営利団体であるが、活動資金は米国の国家予算から支出されている。実態としては、米国政府そのものである。それゆえに昨年の12月にバイデン大統領が開催した民主主義サミット(The Summit for Democracy)でも、一定の役割を担ったのである。
◆ノーベル平和賞受賞のジャーナリストも参加
民主主義サミットが開催される前日、2021年12月8日、全米民主主義基金は、米国政府と敵対している国や地域で「民主化運動」なるものを展開している代表的な活動家やジャーナリストなどを集めて懇談会を開催した。参加者の中には、2021年にノーベル平和賞を受けたフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサも含まれていた。また、香港の「反中」活動家やニカラグアの反政府派のジャーナリストらも招待された。世論誘導の推進が全米民主主義基金の重要な方向性であるから、メディア関係者が人選に含まれていた可能性が高い。【出典】
この謀略組織が台湾の内部に入り込んで、香港のような混乱状態を生みだせば、米中の対立に拍車がかかる。中国が米国企業の必要不可欠な市場になっていることなどから、交戦になる可能性は少ないが、米中関係がさらに悪化する。
◆国連に資金援助して香港の人権状況をレポート
香港で混乱が続いていた2019年10月、ひとりの要人が台湾を訪問した。全米民主主義基金のカール・ジャーシュマン代表(当時、)である。ジャーシュマンは、1984年に代表に就任する以前は、国連の米国代表の上級顧問などを務めていた。
ジャーシュマン代表は、台湾の蔡英文総統から景星勳章を贈られた。(本稿冒頭の写真を参照)。景星勳章は台湾の発展に貢献をした人物に授与されるステータスのある勲章である。興味深いのは、台湾タイムスが掲載したジャーシュマンのインタビューである。当時、国際ニュースとして浮上していた香港の「民主化運動」についてジャーシュマンは、全米民主主義基金の「民主化運動」への支援方針はなんら変わらないとした上で、その活動資金について興味深い言及をした。
【引用】NED(全米民主主義基金)は、香港の活動家に資金提供をしているか否かについて、ジャーシュマンは「いいえ」と答えた。同氏は、NEDは、香港について3件の助成金を提供しているが、それは国連が人権と移民労働者の権利についての定期レポートを作成するためのものだと、述べた。(■出典)
つまり全米民主主義基金が、国連に資金援助をして香港の人権状況を報告させていたことになる。国連での勤務歴があり、国連との関係が深いジャーシュマンであるがゆえに、こうした戦略が可能になったと思われるが、別の見方をすれば、全米民主主義基金は、国際的な巨大組織を巻き込んだ世論誘導を香港で行ったことになる。その人物が、香港だけではなく、台湾にも接近しているのである。
カール・ジャーシュマンが景星勳章を授与されてから1年後の2020年8月、中国政府は香港問題に関与した11人の関係者に対し制裁措置を発動した。その中のひとりにジャーシュマンの名前があった。他にも米国系の組織では、共和党国際研究所のダニエル・トワイニング代表、国立民主研究所のデレク・ミッチェル代表、自由の家のマイケル・アブラモウィッツ代表の名前もあった。(■出典)
◆米国の世界戦略の変化、軍事介入から世論誘導へ
意外に認識されていないが、米国の世界戦略は、軍事介入を柱とした戦略から、外国の草の根ファシズム(「民主化運動」)の育成により、混乱状態を作り出し、米国に敵対的な政府を転覆させる戦略にシフトし始めている。その象徴的な行事が、米国のバイデン大統領が、昨年の12月9日と10日の日程で開催した民主主義サミットである。
トランプ大統領は、大統領就任当初から、「米国は世界の警察ではない」という立場を表明するようになった。同盟国に対して、軍事費などの相応な負担を求めるようになったのである。
その背景には、伝統的な軍事介入がだんだん機能しなくなってきた事情がある。加えて、米国内外の世論が伝統的な軍事介入を容認しなくなってきた事情もある。
バイデン政権が発足した後の2021年3月4日、アントニー・ブリンケン国務長官は、「米国人のための対外政策」と題する演説を行った。その中で、対外戦略の変更について、過去の失敗を認めた上で、次のように言及している。
「われわれは、将来、費用のかかる軍事介入により権威主義体制を転覆させ、民主主義を前進させることはしません。われわれは過去にはそうした戦略を取りましたが、うまくいきませんでした。それは民主主義のイメージを落とし、アメリカ人の信用失墜を招きました。われわれは違った方法を取ります。」
「繰り返しますが、これは過去の教訓から学んだことです。 アメリカ人は外国での米軍による介入が長期化することを懸念しています。それは真っ当なことです。介入がわれわれにとっても、関係者にとっても、いかに多額の費用を要するかを見てきました。
とりわけアフガニスタンと中東における過去数十年間の軍事介入を振り返るとき、それにより永続的な平和を構築するための力には限界があることを教訓として確認する必要があります。大規模な軍事介入の後には想像異常の困難が付きまといます。 外交的な道を探ることも困難になります。」(■出典)
実際、米国軍は2021年8月、アフガニスタンから完全撤廃した。そして既に述べたように昨年12月、バイデン大統領が民主主義サミットを開催し、そこへ全米民主主義基金などが参加して、その専門性を発揮したのである。
◆第11回世界の民主主義運動のための地球会議」が台湾で
しかし、実態としては米国政府が本気で非暴力を提唱しているわけではない。ダブルスタンダードになっている。事実、外国で「民主化運動」なるものを展開して、国を混乱させた後、クーデターを起こす戦略がベネズエラ(2002年)やニカラグア(2018年)、そしてボリビア(2019年)で断行された。香港でも類似した状況が生まれていた。米国の戦略は、当該国から見れば内政干渉なのである。
筆者は、台湾でも米国が香港と同様の「反中キャンペーン」を展開するのではないかと見ている。火種は、米国側にある。香港と同じような状況になれば、中国も反応する可能性がある。
今年の10月には、「第11回世界の民主主義運動のための地球会議」が台湾で開催される。主催者は、「民主主義のための世界運動」という団体だ。しかし、この団体の事務局を務めているのは、米民主主義基金なのである。(■出典)
写真出典:全米民主主義基金のウエブサイト
2022年01月15日 (土曜日)

新聞業界は、軽減税率の適用や「押し紙」でどの程度の不正収入を得ているのか。試算した結果、年間1300億円を超える可能性があることが分かった。
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『文化通信』の報道によると、日本新聞協会の税制に関するプロジェクトチーム(税制PT)は昨年の1月25日、自民・公明の税調会長に、税制改正要望書を提出した。その中身は、軽減税率の恒久化、適用範囲を即売新聞、書籍、雑誌、電子新聞へ拡大することなどである。骨子は次の通りだ。
①2年前から週2回以上発行される定期購読契約の新聞に軽減税率が適用された。新聞界は新聞の公共的な役割が認められたと受け止めている。新型コロナウイルスのワクチンを巡っても、フェイクニュースが拡散した。正確な報道、責任ある言論の役割は大きくなっている。新聞の公共性・公益性に配慮した税制の実現が取るべき方策だと考える。
②新聞界は「地域への課税強化」にかねてから反対している。この観点から、まず定期購読契約の新聞紙への軽減税率を恒久化していくべきだ。同様の観点から、欧米諸国と同じく即売、書籍・雑誌、電子新聞への拡大をお願いしたい。紙と電子との税率差は、電子新聞の読者に不公平感を抱かせかねない。
③新聞への軽減税率の適用で先行する欧州諸国では、2019年から電子新聞に適用を拡大する動きが続いている。欧州連合(EU)は電子新聞などの配信を電子的役務の提供だとして、標準税率を適用する考え方を改めている。
④経済協力開発機構(OECD)による学習到達度調査(PISA)や全国学力テストを見ても、新聞閲読と読解力・学力とには相関関係が認められる。
⑤民主主義の発展ほか、次世代の人材育成の観点や欧州の動きも参考に、現在の軽減税率の定着と適用範囲の拡大の検討をお願いする。
◆◆
新聞業界が、自民党と公明党に対して優遇税制の継続を要望したことは、公権力に「取り引き」を打診したことに等しい。新聞の公共性とか、情報の正確さといったことは、単なる口実に過ぎない。何の関係もない。
新聞業界が軽減税率の適用でどれほどの利益を得ているのか、簡単なシミュレーションを紹介しよう。
◆◆
試算の誇張を避けるために、新聞1部の購読料を月額3000円で計算してみよう。まず、税率が8%の場合、税額は240円である。これに対して10%の場合は、300円になる。両者の差異は、60円である。
軽減税率の適用を受けることで、新聞1部に付き月額で60円の税が軽減されるのである。小さな額のようにも見えるが、新聞の発行部数が多いので、総計すると莫大な額になる。以下、部数と軽減税率による軽減額を示した。
100万部の場合:6000万円
200万部の場合:1億2000万円
300万部の場合:1億8000万円
400万部の場合:2億4000万円
500万部の場合:3億円
600万部の場合:3億6000万円
これらは月額であるから、1年で試算すると、その12倍ということになる。600万部の新聞社(販売店を含む)の場合は、43億2000万円になる。
◆◆
参考までに「押し紙」によるメリットも試算してみよう。この試算についても誇張を避けるために、新聞1部の価格を3000円と仮定する。新聞の卸代金は、通常、定価の5割から7割だが、これも誇張をさけるために5割で試算する。「押し紙」1部に付き不正収入1500円の試算である。
「押し紙」の割合を搬入部数の3割で試算してみよう。
2021年度の全国の朝刊単独の発行部数は、25,914,0024部である。(日本新聞協会のデータ)このうちの3割は、7,774,207部である。従って次の計算式で、「押し紙」によって新聞業界全体が得るひと月の不正収入が判明する。
7,774,207部×1500円=116億6131万円
これを年間の不正収入に換算すると、1392億円を超える。
このように新聞社は、公権力と暗黙の取り引き(「押し紙」問題への不介入)をすることで、「押し紙」により莫大な経済的メリットを得ている。逆説的に言えば、こうした経済的メリットが公権力によるメディアコントロールの温床になるのである。「押し紙」にメスが入ると、新聞社経営が成り立たなくなるからだ。
「押し紙」問題がジャーナリズムの問題であるゆうえんにほかならない。

毎月、国会図書館へ行って、新聞関係の業界紙に目を通す。11日は、昨年の12月と今年の1月の業界紙を確認した。
ここ1年ほどの間に顕著になっている現象がある。それは新聞関係者が「紙」新聞を学校教育の現場に持ち込もうとしていることだ。恐らくそこに新聞販売の活路を開こうとしているのではないか。詳細については、別の機会に記事化する予定だが、露骨な見出しをいくつか紹介しておこう。
・電子版は熟読には向かない、深い学びは「紙」との併用
・プレゼン力の向上に力点、要約力は新聞など読んで養う
・3年ぶりにリアル開催 来夏、宮崎でNIE全国大会
※NIEは、新聞協会が進める教育に新聞を運動
・学校図書館への新聞配備増える
・新聞を活用した日常的なNIEの取り組みが重要
・図書や新聞で学力向上、学校図書館図書等の整備・充実を求める各界連絡会
新聞のPRに著名人を動員していることもひとつの特徴だ。新聞協会が主催したオンラインのシンポジウムに大学教授やジャーナリストが登場して新聞をPRしている。【続きはウェブマガジン】

公明党が自民党と連立して政権党に変身したのは、1999年、小渕恵三内閣の時代である。自民党単独では、安定した政権運営にかげりが兆し、公明党が自民党の補完勢力として、その存在感を発揮するようになったのである。
しかし、公明党と新聞業界の関係が、派手に報じられることはない。かつて問題になった安倍晋三と渡邉恒雄らマスコミ幹部の会食に象徴される両者の「情交関係」などは、公明党には無縁のような印象がある。
筆者はこのほど公明党の政治資金収支報告書(2020年度分)を出典として、公明党の機関紙『公明新聞』を印刷している新聞社系の印刷会社をリストアップした。その結果、複数に渡る新聞社系列の印刷会社が、『公明新聞』を印刷していることを確認した。公明党から総額で月額1億2000万円程度(2020年度6月度の実績)の印刷収入を得ている。次に示す表が、その内訳である。

ABC部数は、日本ABC協会が定期的に公表する出版物の公称部数である。広告営業や折込定数(販売店に搬入する折込広告の部数)を決める際に使われる。従ってABC部数は、読者数を反映したものでなければ意味がない。
たとえば〇〇新聞社のABC部数が50万部で、実際の読者数が30万部では、両者の間に20万部の差異があり、広告主を欺く温床になる。紙面広告の媒体価値をごまかしたり、折込定数の設定を攪乱する原因になる。
このところABC部数と読者数に著しい乖離がある疑惑が浮上している。その推測の根拠となるのが、ABC部数が複数年に渡って1部の増減もない自治体の存在である。つまりABC部数がロックされた状態になっているのだ。常識的に考えて、広域にわたる地区で、新聞の読者数が何年にも渡ってまったく同じという状態はありえない。まして現代は新聞離れの時代である。
筆者の調査では、東京都、大阪府、広島県、香川県、長崎県などでこの現象が確認できた。調査はまだ始まったばかりなので、今後、調査が進むとさらにロック現象が観察される自治体が増える可能性が高い。
◆◆
半年ごとに公表されるABCレポートは、区市郡別にそれぞれの新聞社の部数を表示している。しかし、時系列で各新聞社のABC部数がどう増減したかを知ることはできない。それを知るためには、ABCレポートのバックナンバーから数字を拾う必要がある。
そこで筆者は各ABCレポートの区市郡別の部数を、時系列でエクセルに入力していった。その結果、多くの区市郡でABC部数がロックされていることに気づいたのである。
ロックの背景は、新聞社が販売店に対して一定のノルマ部数を課しているか、販売店が何らかの理由で自主的に一定部数を購入しているかのどちらかの事情がある。筆者は、前者の可能性が高いと見ている。
たとえ後者であっても、新聞販売店の経営に真に必要な部数を超えた部数を注文する行為は、独禁法の新聞特殊指定で禁止されている。新聞を供給している新聞社がロック現象の異常に気づかないはずがない。公取委は取り締まる必要がある。
ちなみに日本ABC協会は、不正部数疑惑について、次のように述べている。
「ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。さらに、その補足としてサンプルで選んだ販売店の調査も行っています。」
次に示すのが大阪府堺市における読売、朝日、毎日、産経のABC部数変遷である。
【読売】
【朝日】
【毎日】
【産経】
■参考記事:
読売新聞社と大阪府の包括連携協定、残紙問題が提示する読売グループの実態、読売に「道徳」を語る資格があるのか?
2022年01月04日 (火曜日)

昨年(2021年)の12月27日、読売新聞社と大阪府は記者会見を開いて、両者が包括連携協定に締結したことを発表した。大阪府の発表によると、次の8分野について、大阪府と読売が連携して活動する計画だという。特定のメディアが自治体と一体化して、「情交関係」を結ぶことに対して、記者会見の直後から、批判があがっている。
連携協定の対象になっている活動分野は次の8項目である。
(1)教育・人材育成に関すること
(2)情報発信に関すること
(3)安全・安心に関すること
(4)子ども・福祉に関すること
(5)地域活性化に関すること
(6)産業振興・雇用に関すること
(7)健康に関すること
(8)環境に関すること
(1)から(8)に関して、筆者はそれぞれ問題を孕んでいると考えている。その細目に言及するには、かなり多くの文字数を要するので、ここでは控える。
◆読売が抱える3件の「押し紙」裁判
多くの人々が懸念しているのは、大阪府と読売が一体化した場合、ジャーナリズムの中立性が担保できるのかとう問題である。もちろん、筆者も同じ懸念を抱いている。
しかし、筆者は別の観点からも、この協同事業には問題があると考えている。それは読売グループの企業コンプライアンスである。大阪府は、同グループによる新聞の商取引の実態を調査する必要がある。

理論的に物事を理解することと、感覚として物事を受け止めることは、性質が異なる。前者は、「象牙の塔」の世界であり、後者は実生活の世界である。両者が結合したとき、物事の本質が具体像となって浮上してくる。それゆえに筆者のような取材者は、両者の距離を縮めるために、現場へ足を運ぶことがなによりも大切なのだ。
『抵抗と絶望の狭間』に収録された「佐藤栄作とヒロシマ」を執筆した田所敏夫氏は、みずからの家系について次のように書いている。
「広島市内で多量の被爆をした3人の伯父は五十代を迎えると、申し合わせたようにがんで亡くなった。発症から逝去までが短かったことも共通している。母は、数年前、『百万人に一人の割合』で発症すると医師から診断を受けた珍しいがんに罹患した」
田所氏自身もその翌年に癌に罹患していることが判明した。とはいえ田所氏は、1965年生まれで、直接、ヒロシマの閃光を浴びたわけではない。が、それにもかかわらず脳裏には、「広島の空に沸き上がった巨大なキノコ雲と、その下で燃え上がった町や、焼かれたたんぱく質の匂いが現実に経験したかのように刻み込まれている」。
広島の悲劇から76年を経て、田代氏は自らも世代を跨いだ原爆の被害者になったからにほかならない。身近に被爆者がいたことも、関係している。
家系に短命な人が多いわけではなかった。しかし、癌の世代間連鎖の当事者になり、田所氏の記憶の中で、1971年は特別な年になった。この年の8月6日、佐藤栄作が首相として初めて広島を訪れた。それ以来、平和記念式典で首相が「台本」を読み上げる儀式が定着した。菅義秀は、その台本を読み間違えた。しかし、原爆の被害者は、それを単なる知性の問題として受け止めることはできない。誤読は枝葉末節であって、「台本」そのものが、被爆者に対する耐え難い侮辱なのだ。
◆◆
原爆の被害者の眼に、佐藤栄作や昭和天皇と、オバマといった人物がどのように映っているのか。たとえば、核のスイッチを持参したオバマが被爆者を抱きしめたとき、田所氏は、「背筋が凍るほどの背理」と感じたという。
みずからの伯父の言葉を紹介して、被害者の心理も描いている。
「敏夫ちゃん、テンコロ(天皇を揶揄する彼独自の表現)なんかに騙されたら、あかんよ、伯父さんたちは勉強もできずに工場で働かされて、その挙句に原爆落とされて、同じクラスの友達全員死んじゃた。なのにテンコロは、クソ偉そうに、今でも崇められている。国民は馬鹿かと思うね。象徴天皇制なんて、天皇のお影で殺されかけた伯父さんには到底受け入れられませんよ」
田所氏は、元号は使わないという。令和新撰組の「令和」にも、違和感を感じるという。
筆者は、元号制には反対だが、違和感までは感じない。昭和天皇に戦争責任があることは客観的な事実であるうえに、天皇制を認める思想が幅広い差別の温床になっていると考え得ることなどを考慮して、元号制は戦後「民主主義」にはふさわしくないと考えているのだ。それに合理性の点からも、国際標準である西洋歴を基本にするほうが便利だ。が、天皇に憎悪までは感じない。
同じ事実であっても直接的な被害者の受け止め方と、それ以外の層の受け止め方は温度差がある。田所氏の「佐藤栄作とヒロシマ」は、そのことを如実に教えてくれる。
それゆえに、筆者は、両者の溝を少しでも埋める努力をしようと思う。
2021年12月28日 (火曜日)

「スタンピード現象」と呼ばれる現象がある。これはサバンナなどで群れをなして生活しているシマウマやキリンなどの群れが、先頭に誘導されて、一斉に同じ方向へ走り出す現象のことである。先頭が東へ駆け出すと、群れ全体が東へ突進する。先頭が西へ方向転換すると、後に続く群れも西へ方向転換する。
わたしが記憶する限り、スタンピード現象という言葉は、共同通信社の故・斎藤茂男氏が、日本のマスコミの実態を形容する際によく使用されていた。もう20年以上前のことである。
ここ数年、中国、ニカラグア、ベネズエラなどを名指しにした「西側メディア」による反共キャンペーンが露骨になっている。米中対立の中で、日本のメディアは、一斉に中国をターゲットとした攻撃を強めている。中国に対する度を超えたネガティブキャンペーンを展開している。
その結果、中国との武力衝突を心配する世論も生まれている。永田町では右派から左派まで、北京五輪・パラの外交的ボイコットも辞さない態度を表明している。その温床となっているのが、日本のマスコミによる未熟な国際報道である。それを鵜呑みにした結果にほかならない。
◆メディアは何を報じていないのか?
新聞研究者の故・新井直之氏は、『ジャーナリズム』(東洋経済新報社)の中で、ある貴重な提言をしている。
「新聞社や放送局の性格を見て行くためには、ある事実をどのように報道しているか、を見るとともに、どのようなニュースについて伝えていないか、を見ることが重要になってくる。ジャーナリズムを批評するときに欠くことができない視点は、『どのような記事を載せているか』ではなく、『どのような記事を載せていないか』なのである」
新井氏の提言に学んで、同時代のメディアを解析するとき、日本のメディアは、何を報じていないのかを検証する必要がある。
結論を先に言えば、それは米国の世界戦略の変化とそれが意図している危険な性格である。たとえば米国政府の関連組織が、「民主化運動」を組織している外国の組織に対して、潤沢な活動資金を提供している事実である。それは「反共」プロパガンダの資金と言っても過言ではない。日本のメディアは、特にこの点を隠している。あるいは事実そのものを把握していない。
「民主化運動」のスポンサーになっている組織のうち、インターネットで事実関係の裏付けが取れる組織のひとつに全米民主主義基金(NED、National Endowment for democracy)がある。この団体の実態については、後述するとして、まず最初に同基金がどの程度の資金を外国の「民主化運動」に提供しているかを、香港、ニカラグア、ベネズエラを例に紹介しておこう。(冒頭の表を参照)
次のURLで裏付けが取れる。2020年度分である。
■香港
これらはいずれも反米色の強い地域や国である。そこで活動する「民主化運動」に資金を提供したり、運動方法を指導することで、「民主化運動」を活発化させ、混乱を引き起こして「反米政権」を排除するといういのが、全米民主主義基金の最終目的にほかならない。
◆反共プロパガンダのスポンサー、全米民主主義基金
日本のメディアは、皆無ではないにしろ全米民主主義基金についてほとんど報じたことがない。しかし、幸いにウィキペディアがかなり正確にこの謀略組織を解説している。
それによると、全米民主主義基金は1983年、米国のレーガン政権時代に、「『他国の民主化を支援する』名目で、公式には『民間非営利』として設立された基金」である。しかし、「実際の出資者はアメリカ議会」である。つまり実態としては、米国政府が運営している基金なのである。
実際、全米民主主義基金のウェブサイトの「団体の自己紹介」のページを開いてみると、冒頭に設立者であるドナルド・レーガン元大統領の動画が登場する。
同ページによると、全米民主主義基金は「民主主義」をめざす外国の運動体に対して、年間2000件を超える補助金を提供している。対象になっている地域は、100カ国を超えている。
その中には、ウィグル関連の「反中」運動、日本では悪魔の国ような印象を植え付けられているベラルーシの運動体、キューバ政府を打倒しようとしているグループへの支援も含まれている。ひとつの特徴として、反共メディアの「育成」を目的にしていることが顕著に見られる。
レーガン大統領(当時)が全米民主主義基金を設立した1983年とはどんな年だったのだろうか。この点を検証すると、同基金の性格が見えてくる。
◆ニカラグア革命とレーガン政権
1979年に中米ニカラグアで世界を揺るがす事件があった。サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)が、親子3代に渡ってニカラグアを支配してきたソモサ独裁政権を倒したのだ。米国の傀儡(かいらい)だった独裁者ソモサは自家用ジェット機でマイアミへ亡命した。
米国のレーガン政権は、サンディニスタ革命の影響がラテンアメリカ全体へ広がることを恐れた。ラテンアメリカ諸国が、実質的な米国の裏庭だったからだ。とりわけニカラグアと国境を接するエルサルバドルで、民族自決の闘いが進み、この国に対しても政府軍の支援というかたち介入した。その結果、エルサルバドルは殺戮(さつりく)の荒野と化したのである。
わたしは1980年代から90年代にかけて断続的にニカラグアを取材した。現地の人々は、革命直後に米国が行った挑発行為についてリアルに語った。ブラック・バード(米空軍の偵察機)が、ニカラグア上空を爆音を立てて飛び回り、航空写真を取って帰ったというのだった。
レーガン政権は、ただちにニカラグアの隣国ホンジュラスを米軍基地に国に変えた。そしてニカラグアのサンディニスタ政権が、同国の太平洋岸に居住しているミスキート族を迫害しているという根拠のないプロパガンダを広げ、「コントラ」と呼ばれる傭兵部隊を組織したのである。
レーガン大統領は、彼らを「フリーダムファイターズ(自由の戦士)」と命名し、ホンジュラス領から、新生ニカラグアへ内戦を仕掛けた。こうした政策と連動して、ニカラグアに対する経済封鎖も課した。日本は、米軍基地の国となったホンジュラスに対する経済援助の強化というかたちで、米国の戦略に協力した。
しかし、コントラは、テロ活動を繰り返すだけで、まったくサンディニスタ政権は揺るがなかった。
そして1984年、革命政府は、国際監視団の下で、はじめて民主的な大統領選挙を実施したのである。こうしてニカラグアは議会制民主主義の国に生まれ変わった。その後、政権交代もあったが、現在はサンディニスタ民族解放戦線が政権の座にある。
全米民主主義基金は、このような時代背景の中で、1983年に設立されたのである。もちろんサンディニスタ革命に対抗することが設立目的てあると述べているわけではないが、当時のレーガン政権の異常な対ニカラグア政策から推測すると、その可能性が極めて高い。あるいは軍政から民生への移行が加速しはじめたラテンアメリカ全体の状況を見極めた上で、このような新戦略を選んだのかも知れない。露骨な軍事介入はできなくなってきたのである。
◆米国の世界戦略、軍事介入から「民主化運動」へ
それに連動して米国の世界戦略は、軍事介入から、メディアによる「反共プロパガンダ」と連動した市民運動体の育成にシフトし始めるが、それは表向きのことであって、「民主化運動」で国を大混乱に陥れ、クーデターを試みるというのが戦略の青写真にほかならない。少なくともラテンアメリカでは、その傾向が顕著に現れている。次に示すのは、米国がなんらかのかたちで関与したとされるクーデターである。
これらのほかにも既に述べたように、1980年代の中米紛争への介入もある。1960年のキューバに対する攻撃もある。(ピッグス湾事件)このように前世紀までは、露骨な介入が目立ったが、2002年のベネズエラあたりから、「民主化運動」とセットになった謀略が顕著になってきたのである。
◆アメリカ合衆国国際開発庁からも資金
このような米国の戦略の典型的な資金源のひとつが、全米民主主義基金なのである。もちろん、他にも、「民主化運動」を育成するための資金源の存在は明らかになっている。たとえば、米国の独立系メディア「グレーゾーンニュースThe Grayzone – Investigative journalism on empire」は、アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)が、2016年に、ニカラグアの新聞社ラ・プレンサに41,121ドルを提供していた事実を暴露している。反共プロパガンダにメディアが使われていることがはっきりしたのだ。
また、同ウェブサイトは、今年の11月に行われたニカラグアの大統領選挙では、サンディニスタ政権を支持するジャーナリストらのSNSが凍結されるケースが相次いだとも伝えている。
わたしは、香港や中国、ニカラグア、ベネズエラなどに関する報道は、隠蔽されている領域がかなりあるのではないかと見ている。それはだれが「民主化運動」なるもののスポンサーになっているのかという肝心な問題である。
仮に海外から日本の「市民運動」に資金が流れこみ、米国大統領選後にトランプ陣営が断行したような事態になれば、日本政府もやはり対策を取るだろう。露骨な内政干渉は許さないだろう。中国政府にしてみれば、「堪忍ぶくろの緒が切れた」状態ではないか。ニカラグア政府は、現在の反共プロパガンダが、かつてホンジュラスからニカラグアに侵攻したコントラの亡霊のように感じているのではないか。
エドワルド・ガレアーノは、『収奪された大地』(大久保光男訳、藤原書店)の中で、ベネズエラについて次のように述べている。
「アメリカ合州国がラテンアメリカ地域から取得している利益のほぼ半分は、ベネズエラから生み出されている。ベネズエラは地球上でもっとも豊かな国のひとつである。しかし、同時に、もっとも貧しい国のひとつであり、もっとも暴力的な国のひとつでもある」
米国のドルが世界各地へばらまかれて、反共プロパガンダに使われているとすれば、メディアはそれを報じるべきである。さもなければ政情の客観的な全体像は見えてこない。間接的に国民を世論誘導していることになる。

本書の冒頭インタビューで中村敦夫氏は、思い立ったらとにかく現場へ行く重要性について、次のように述べている。
「そこへ行くと行かないでは大違いで、行って目的が失敗したとしても、損ということはないですよね。もの凄く学ぶっていうことが残るわけです。だから、行動するときは迷わないですよね。反省はあとですればいいんだから、最初から反省してやらないというのは、人間が全然発展しないですよ。痛い目に遭うのだって勉強ですから。」
『抵抗と絶望の狭間』は、1960年代後半から1970年代にかけた時代を検証するシリーズの第4弾である。(関連図書を含めると第5弾)。戦後史の中で、この時期に津波のように日本列島に押し寄せた社会運動の高まりと、その後の衰退現象の検証を避けて通ることはできない。当時の社会運動やそれに連想した文化を肯定するにしろ、否定するにしろ、社会が激しく動いていたことは紛れない事実であるからだ。当時、小学生だった筆者も、テレビを通じて、日本でなにか新しい流れが生まれている予感を持ったものだっ
その激動の現場へ飛び込んだ人々が、半世紀を経た現在から、当時を検証したのが本書である。時代が執筆者たちの現在の生き方に何らかの影響を及ぼしていることが読み取れる。
◆◆
本書では、トラウマのように死の記憶がよみがえる。学生運動家の死であったり、機動隊員の死であったり、死者の記憶が影を落としている。
重信房子氏は獄中から、連合赤軍事件で命を落とした遠山美枝子氏の思い出を回想している。
「一九七一年二月二十八日、羽田空港からレバノンのベイルートに私が飛び立つ日の朝、空港に隣接する東急ホテルのラウンジでコーヒーで乾杯した別れが最後の別れになってしまいました」
その後、重信氏はパレスチナの闘いの中で、「日本の赤軍派との関係を絶ち、日本の闘う人々にとっての『国際部』として活動しよう、国際主義を堅持して進もう、と。」方向転換を図る。連合赤軍事件を知ったときは、「同志愛のない隊伍は成功しないこと、人民や同胞、同志の愛情と希望がパレスチナ解放闘争の中で、どんなに命を大切にしているか、日本に伝えようと語り合」ったという。
最も興味深いのは、現在の視点である。重信氏は言う。「『連合赤軍事件』は、日本社会の縮図の一面を持っています。上の者が言うことは、おかしいと思っても忖度したり自己納得させて唯々諾々と従ってしまう『組織思想』にそれは現れています。事態が極限の余裕のない中では、かつての日本軍ばかりか、財務省の公文書改ざん「赤木ファイル問題」にも、また、現在の会社など様々な組織にも、表れています。トップが過ちを犯せば善意の人々も歯止めない事態を招く日本の伝統的な文化と化した無責任なあり方と共通しています。」
重信氏は、来年、20年の刑期を終え、「亡命」から戻ってくる。
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「地方大学の一九七一年」を寄稿した山口研一郎氏は、自身と社会運動との最初の接点について、「六五年長崎県立高校へ入学して二年半ほど経た六七年十月、『京大生の山崎博昭さん、羽田にてデモ中死亡』のニュースが流れてきた。世の中の動きについて全く関心を持たなかった私たちにとって、『同世代の青年が何のために死亡したのか?』との素朴な疑問が沸いた」と述べている。
山口氏は予備校生だった時代から社会運動にかかわりはじめた。長崎大学医学部へ入学した後は、「自治体活動の傍ら、学園を飛び出し外の世界を見る、彼の地に住む人々と接し語り合うことを試みた」。その姿勢は、50年を経た今も変わらない。現在、長崎大学で進んでいる生物兵器の研究所にもなりかねない施設の建設に反対する運動に取り組んでいる。その原点に自らが体験した社会運動がある。山口氏は、現在の世相を次のように批判している。
「七〇年代の私たちの闘いは『市民と共に、市民に学ぶ』ものであった。現在、市民が大学を相手取り厳然と闘いに挑んでいる時、大学側から一人として手を差し伸べる学生や教官が出てこないのは極めて異常である」
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鹿砦社代表の松岡利康氏の「私にとって〈一九七一年〉という年は、いかなる意味を持つのか?」からは、組織内暴力に対する批判が行間に読み取れる。「連合赤軍事件があったり、内ゲバが激しくなったりして、それまで曲りなりにもあった学生運動への一般市民や一般学生の理解も失くなった」。それから半世紀、鹿砦社は、民族差別に反対するカウンター運動の中で内ゲバに巻き込まれた大学院生の救済に乗り出す。
その背景について、松岡氏は次のように述べている。「私の所に辿り着くまで被害者は放置され正当な償いも受けずに『人権』を蔑ろにされてきた。かつて学費値上げに怒りを覚えたのと同様に怒りがこみ上げてきた。私の怒りはシンプルだ。悪いことは悪い!」。「私にとって五十年前に学費値上げに抗議したことと集団リンチ問題に関わることは同じ〈位相〉なのだ」。
◆◆
本書を通じて筆者が初めて知った事実もある。たとえば空手部など体育系のクラブがスト破りに動員されていたこと。機動隊員らにも捕虜となり手錠をかけられていた者がいたこと。学生運動家から日本を代表するビジネスマンが誕生したこと。そして筆者にとってなによりも意外だったのは、テレビのワイドショーで引っ張りだこのジャーナリスト・田崎史郎氏が三里塚闘争の闘志だったことである。
本書から、現場へ飛び込んだ人々の半世紀が浮かび上がってくる。
※田所敏夫氏の「佐藤栄作とヒロシマ(一九七一年八月六日の抵抗に思う)」については、被害者の感性という観点から、別の機会に取り上げたい。
///////////////////目次////////////////////////////
中村敦夫:ひとりで闘い続けた(俳優座叛乱、「木枯し紋次郎」の頃)
濱志喜朝一:本土復帰でも僕たちの加害者性は残ったままだ
--そして、また沖縄が本土とアメリカの犠牲になるのは否定する
松尾眞:破防法から五十年、いま、思うこと
椎野礼二:ある党派活動家の一九七一年
--極私的戦旗派の記憶 内内ゲバ勝利と分派への過度
柴田勝茂:或ル若者ノ一九七一年 三里塚
小林達志:幻野 一九七一年
田所敏夫:佐藤栄作とヒロシマ
--一九七一年八月六日の抵抗に想う
山口研一郎:地方大学の一九七一年
--個別・政治闘争の質が問われた長崎大学の闘い
板坂剛:一九七一年の転換
高部務:一九七一年 新宿
松岡利康:私にとって〈一九七一年〉という年は、いかなる意味を持つのか?
板坂剛:民青活動家との五十年目の対話
長崎浩:連合赤軍事件 何が何だか分からないうちに
重信房子:遠山美枝子さんへの手紙
【年表】一九七一年に何が起きたのか?
【年表】連合赤軍の軌跡
「7・6事件」とは何だったのか?: 鹿砦社編集部
重信房子:『一九七〇年 端堺期の時代』を読んで
中島慎介 「7・6事件」再考
--新たな証言を元に、さらに真相究明に務める!
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■タイトル:抵抗と絶望の狭間-一九七一年から連合赤軍へ
■編集:鹿砦社編集部
■版元:鹿砦社




