2012年11月08日 (木曜日)

読売が起した3件の裁判が「一連一体」の言論弾圧にあたるとして黒薮が損害賠償を求めた裁判の控訴審(1回目)が7日、福岡高裁で開かれ、木村元昭裁判所は、12月12日に黒薮と江崎法務室長の双方に対する尋問を行うことを決めた。読売は即日の結審を主張したが、裁判官による合議の末、尋問を行うことになった。

合議に先立って黒薮側の小林正幸弁護士が意見陳述を行った。小林弁護士は、読売が提起し、後にこの裁判の訴因となった3件の裁判のうち、わたしが勝訴した著作権裁判に絞って原審判決の間違いを指摘した。

「黒書」でも繰り返し報じてきたように、この裁判は江崎氏が送付した催告書をわたしが、怪文書と判断して「黒書」に掲載したことが発端となっている。江崎氏は、催告書の削除を求めて、わたしを提訴。催告書は自分が作成した著作物であるから、わたしに公表権はないというのが提訴の理由だった。

ところが東京地裁は判決の中で、催告書は江崎氏が作成したものではなく、喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)か、彼の事務所スタッフが作成した可能性が極めて高いと認定して、江崎氏を敗訴させた。

つまり江崎氏は自分で催告書を執筆していないにもかかわらず、著作者人格権(注意:著作者人格権は、著作者財産権とは異なり、他人に譲渡できない)を主張して、催告書の削除を求める主張を展開したのである。

(参考:判決の認定部分)

知財高裁も最高裁も、東京地裁の判決を認定して、2010年にわたしの勝訴が確定した。

つまり著作権裁判の提起は、わたしを法廷に立たせることそのものが目的だった可能性が高い。催告書の名義人を偽ってまで、わたしを裁判にかけた理由が他に考えようがない。その後も読売は2件の裁判を起しており、これら一連の裁判がSPAPPに該当するというのが黒薮側の主張である。

当然、それにより被った経済的、精神的な被害は救済されてしかるべきである。   ? ところが福岡地裁の田中哲郎裁判長は、わたしが受けた被害を認めなった。小林弁護士は、原審の誤りを次のように指摘した。

被控訴人江崎が、意図的に虚偽の事実を主張し、虚偽の事実に基づいた存在しない権利を主張して提訴したことは余りに明らかです。  ところが、原判決は、本件催告書の作成者が誰であるかを一義的に決することは困難であり、被控訴人江崎が著作権の帰属に係る法的評価を誤ったこともやむを得ない、などと判示しました。

福岡地裁の田中裁判長は、本人尋問を実施せずに、このような判断を下したのである。

ちなみに読売が著作権裁判提訴の2週間後、2008年3月にわたしに対して2230万円のお金を支払うように求めて起した名誉毀損裁判では、地裁、高裁は読売の請求が棄却されたものの、最高裁が読売を逆転勝訴させる決定を下し、差し戻し審で110万円の支払いを命じた。

2012年11月05日 (月曜日)

読売新聞社がわたしに対して仕掛けた3件の裁判が、「一連一体」の言論弾圧に該当するとの観点から、読売を被告としてわたしが提起した損害賠償裁判の控訴審が、7日に福岡高裁で始まる。

福岡地裁で開かれた第1審は、読売が勝訴した。しかし、第1審の裁判長は、わたしの本人尋問を拒否したり、陳述書の受け取りに難色を示すなど、明らかに差別的な方法で審理をすすめた。そして読売を勝訴させて、わたしを敗訴させる判決を下した。

訴因となった3件の裁判は、次の通りである。

■著作権裁判  これは厳密には、読売の江崎徹志法務室長を原告とする裁判。江崎氏がわたしに送付した催告書をめぐる争いだ。わたしは催告書を、その奇妙な内容から「怪文書」と判断。「新聞販売黒書」で公表した。

これに対して江崎氏は、催告書は自分が執筆した自分の著作物なので、「黒書」から削除するように求めて、裁判を起こした。判決はわたしの勝訴。しかも判決の中で、催告書の本当の作者は、喜田村洋一弁護士(自由人権協会体表理事)か彼の事務所スタッフの可能性が高いと認定された。

つまり江崎氏の側が催告書の名義人を偽り、虚偽の事実を前提にして、わたしを法廷に引っ張りだしていた事実が明らかになったのだ。そこでわたしは、最高裁で判決が確定するのを待って、喜田村弁護士に対する弁護士懲戒請求を申し立てた。

刑事事件でいう「誣告罪(ぶこくざい)」に類似しているからだ。

次にリンクするのは、知財高裁の判決の中で、催告書の名義人を偽っていたことを認定した部分。虚偽の事実を前提に裁判を起こした決定的な証拠である。

?(参考:判決文の認定個所はここをクリック)

■名誉毀損裁判1  新聞販売黒書に掲載したYC久留米文化センター前の改廃事件の記事が訴因。改廃の手口に鑑みて、「窃盗に該当」と評価したところ、読売は、この表現が「事実の摘示」に該当するとして、2230万円のお金を支払うように求めて、裁判を起こした。

地裁、高裁はわたしが勝訴した。しかし、最高裁が読売を勝訴させて、わたしを敗訴させることを決定した。そして下級審の判決を、東京地裁へ差し戻した。これを受けて加藤新太郎裁判長が登場。加藤氏は下級審の判断を悉く覆し、わたしを全面敗訴させたあげく、110万円+利子の支払いを命じたのである。

■名誉毀損裁判2  週刊新潮に掲載した署名記事が訴因。さまざまなデータを基に読売の「押し紙」率を30?40%と推測したところ、読売は、30?40%は事実の摘示に該当するとして、裁判を起こした。地裁と高裁は読売の勝訴。現在、最高裁で継続している。

福岡高裁で控訴審を担当するのは、第2次真村裁判の控訴審で真村氏を敗訴させた木村元昭裁判長である。

なお、読売の喜田村弁護士らは、控訴審を一回で結審するように主張している。

2012年11月04日 (日曜日)

ウエブサイトの記事(Yomiuri Online)に日付が明記されてないので、正確にいつの時点で発表されたものなのかは不明であるが、文中に「裁判員制度が2009年5月までに始まる」という記述があるので、恐らくその直前の時期ではないかと思う。

タイトルは「本紙記者が裁判員体験」。記者を対象とした模擬裁判が行われ、それを体験した読売新聞・大藪剛史記者の体験記である。

記事のリードは次のようになっている。

国民が刑事裁判に参加する裁判員制度が2009年5月までに始まる。新潟市内で2月24日に行われた記者向けの模擬裁判(新潟地裁、新潟地検、県弁護士会主催)に、裁判員として参加した。人を裁くことの難しさを実感し、裁判員制度の課題を考えるきっかけにもなった。(大藪剛史)(全文はここをクリック)

記者が模擬裁判に参加すること自体自体は、特に問題があるわけではない。しかし、記者が所属する新聞社が最高裁から多額の広告費を受け取っているとなれば話は別だ。しかも、その広告費は裁判員制度の紙面広告の制作と掲載により発生したのものである。

次に示すのは、2007年から2010年までの間に最高裁が読売新聞に支払った広告費である。紙面広告のタイプは全面、掲載回数は2回である。

2007年:1億190万円

?2008年:8883万円

2009年:9378万円

2010年:1億10万円

これらの広告価格が適正か否かは、広告主企業が最もよく知っているのではないだろうか。わたしが聞いたところでは、全面広告1回で発生する料金は、500万円から2000万円ぐらいが相場だという。

なぜ、最高裁は新聞社に対して広告費の「大判ぶり舞い」をするのだろうか?答えは簡単で、国費ということもあるが、裁判員制度をPRしてほしいから、と考えるのが妥当だろう。

事実、冒頭で紹介した大藪記者の記事に、加藤新太郎判事が登場して、みずから裁判員制度をPRしている。

新潟地裁の加藤新太郎所長(56)に、裁判員制度の課題や県内の状況について聞いた。

――裁判員制度の導入で裁判はどう変わるか?

 国民の生活感覚が入り、裁判の質が上がることが期待される。事件にかかわることで、市民が地域の安心・安全に関心を持つきっかけにもなってほしい。

 ――法律を知らなくても大丈夫か?

 犯罪事実が存在したかどうかという判断は、人の言うことをうのみにしないとか、客観的な証拠を根拠にするとか、一般人の常識で考えてくれれば良い。量刑を決めるのも、プロの解説を受けて判断するので心配はない。

――過去の量刑を参考にすると、市民の感覚を入れる意味が薄れるのでは?

司法研修所のアンケートでは、8割を超える人が「参考資料がないと量刑を判断できない」と答えている。また資料がないと全国で判決にばらつきが出て平等性を欠く。過去の量刑は、この種の犯行ではこれくらいですよという目安にしてくれればと思う。

――新潟ならではの特徴はあるか?

 新潟の人はまじめで律義なので、理解と協力を得られると思う。ただ、県の面積が広いため、佐渡や糸魚川など遠方から来てもらう人も多く、大きな負担をかけてしまわないかと心配。

 ――県民の理解はどの程度、進んでいるか?

 昨年2月と今年1月に行ったフォーラム後のアンケートでは「参加したい」「参加もやむをえない」という人が8割を超えた。これは一般の世論調査を上回る数字。手応えはある。

――今後の課題は?

経営者の支援が不可欠。社員が裁判員制度に参加するために仕事を休む場合は、会社がその分の給料を支払うよう就業規則などで定めて欲しい。今後も講演などを通じて、経営者らに理解を求めていきたい。

◇加藤新太郎判事と読売裁判

「黒書」で既報したように加藤裁判官は、読売がわたしに対して仕掛けてきた名誉毀損裁判の差し戻し審で、読売を逆転勝訴させ、わたしに110万円(利子を含めると約125万円)の支払いを命じた人物である。

この裁判は、地裁と高裁でわたしが勝訴し、最高裁が読売を勝訴させることを決定して、判決を東京高裁へ差し戻した。これを受けて加藤裁判長が、個人のブログに対する賠償としては異例の110万円の支払いを命じたものである。

わたし自身は、新聞社による実配部数の偽装を告発する極めて公共性の高いサイトであると自負している。

判決そのものの検証は今後、加藤判事が過去は下した判決も含めて検証を進めていくが、客観的にみて、加藤氏が「黒薮VS読売」の裁判を担当したこと自体が、いちじるしく公平性を欠いている。と、いうのも加藤氏は、裁判員制度を積極的に導入すべきだという立場で、読売新聞に登場している過去があるからだ。

取材を受けた時点で、読売との人脈が構築されていることは言うまでない。しかも、調査してみると読売に登場したのは1回だけではなく、2005年11月5日にもインタビューの形で読売に登場している。

満面の笑みを浮かべ、裁判員制度について次のように述べている。

司法制度改革に対しては2つの受け止め方があります。「ケチをつけられて心外だ」という考えと、「より良くしようというオファー」との考え。私の考えは後者です。今までの裁判官は「読み、書き、考える」能力があればよかったが、国民と一緒に重大事件を裁くには、さらに「話し、聞く」能力も必要になる。所長として、先頭に立って意識改革を進めていきたいですね。

(記事の全文はここをクリック)

◇現場を取材せずに判決を下す異常

対読売裁判でどうしても納得できない点がある。現場を取材せずに、判決を下している点だ。現場を取材することもなく、どのような方法で何が真実なのかを判断しているのか不思議だ。言葉は悪いが、これは一種の思い上がりではないだろうか。さもなければ、事実の検証方法を全く理解していないことになる。

弁護士は現場を「取材」する。ところが取材しない裁判官が、真実を決定するキーパーソンになっているのだ。

現実の世界と、空想の世界の間にはギャップがある。そのギャップを埋めるために、現場へ足を運び、自分の眼で現場を観察するのではないだろうか。

現場を取材する習慣を裁判に持ち込むこと。こちらの方が裁判員制度の導入よりも先ではないか?

◇創価学会と加藤判事

再考までに加藤判事が過去に下した池田大作氏を被告とする裁判の判決に関する評論をリンクしておこう。訴権の濫用という日本の裁判ではきわめて珍しい判決で、池田氏を完全勝訴させている。「訴権を濫用する訴えであるから、不適法なものとして却下する」と判断したのである。

(参考:ウィキペディア・池田大作レイプ訴訟)

2012年11月01日 (木曜日)

警察権力と新聞社がますます親密な関係になってきた。10月29日付け『毎日新聞』は、「<世界のお巡りさんコンサート>都内で懇親会」と題する記事を掲載した。

東京で開催中の「第17回世界のお巡りさんコンサート」(主管・毎日新聞社)に参加する各国の警察音楽隊が29日、都内のホテルで懇親会を開いた。警視庁、インドネシア国家警察士官学校、ソウル特別市地方警察庁、ニューヨーク市警察、ベトナム警察の5隊が出席した。

引用した記事でも明らかなように、毎日新聞社がこのイベントの主管を務めている。そのためなのか、31日にも「<世界のお巡りさんコンサート>5隊が演奏、フィナーレ」と題する記事を掲載した。

新聞ジャーナリズムが警察の宣伝に貢献している事実をどのように考えるべきなのだろうか。このような例は、一部の軍事政権の国は別として、「先進国」と言われている国では珍しい。住民の意識が高まるにつれて、ジャーナリズムの役割は、権力を監視するものだという概念が定着してくるからだ。

実は、警察権力と新聞社の共同歩調という珍現象は、日本では想像以上に進行している。報道面で警察に協力しているのは毎日だけではない。

もっとも典型的な例として、読売グループと警察権力の交流がある。たとえば読売新聞の東京本社内に本部を設置している読売防犯協力会の中心的なメンバーは警察OBである。読売に再就職して、活動している。

具体的なメンバー(警察関係)は次の通りである。

柏田榮文参与 :警視庁捜査第二課員、築地署生活安全課長などを歴任し、2008年4月から現職。

鍋倉光昭参与: 機動捜査隊・鑑識課・警視庁光が丘署刑事・組織犯罪対策課長などを歴任し、2011年4月1日から現職。

深川猛参与 :警視庁目黒署生活安全課長、少年育成課・少年センター所長などを歴任し、2012年4月から現職。

?橋稔:北海道警察機動隊長、岩内署長などを歴任し、2008年4月から現職。

池田純:大阪府警捜査第一課員・城東署生活安全課長などを歴任し、2012年4月から現職。

読売新聞販売店の協力を得て、街の隅々にまで監視の眼を光らせ、「犯罪」を防止しようという試みのようだ。  ちなみに読売新聞の元社長・正力松太郎氏は、戦前の特高警察の幹部である。読売の場合は、もともと警察との関係が極めて深いと言える。言論を取り締まることを主要な任務として、小林多喜二の殺害事件などを起した特高の関係者が、戦後になったからとはいえ、新聞社の社長になった事実は、日本の新聞ジャーナリズムの体質を考える上で大切だ。

なお、読売防犯協力会は、次に示す全国都道府県の警察本部と覚書を交わしている。日付は覚書の締結日。

高知県警 2005年11月2日

福井県警 2005年11月9日

香川県警 2005年12月9日

岡山県警 2005年12月14日

警視庁 2005年12月26日

鳥取県警 2005年12月28日

愛媛県警 2006年1月16日

徳島県警 2006年1月31日

群馬県警 2006年2月14日

島根県警 2006年2月21日

宮城県警 2006年2月27日

静岡県警 2006年3月3日

広島県警 2006年3月13日

兵庫県警 2006年3月15日

栃木県警 2006年3月23日

和歌山県警 2006年5月1日

滋賀県警 2006年6月7日

福岡県警 2006年6月7日

山口県警 2006年6月12日

長崎県警 2006年6月13日

茨城県警 2006年6月14日

宮崎県警 2006年6月19日

熊本県警 2006年6月29日

京都府警 2006年6月30日

鹿児島県警 2006年7月6日

千葉県警 2006年7月12日

山梨県警 2006年7月12日

大分県警 2006年7月18日

長野県警 2006年7月31日

福島県警 2006年8月1日

佐賀県警 2006年8月1日

大阪府警 2006年8月4日

青森県警 2006年8月11日

秋田県警 2006年8月31日

神奈川県警 2006年9月1日

埼玉県警 2006年9月14日

山形県警 2006年9月27日

富山県警 2006年9月29日

岩手県警 2006年10月2日

石川県警 2006年10月10日

三重県警 2006年10月10日

愛知県警 2006年10月16日

岐阜県警 2006年10月17日

奈良県警 2006年10月17日

北海道警 2006年10月19日

沖縄県警 2008年6月12日

2012年10月30日 (火曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

緊急連載「ハシシタ 奴の本性」での「お詫び」が、週刊朝日11月2日号に掲載されている。河畠大四編集長の言葉は、朝日に居た私にはむしろ痛々しく聞こえる。

◇河畠編集長の謝罪

「同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載してしまいました。 タイトルも適切ではありませんでした。この記事を掲載した全責任は編集部にあります」と、河畠氏は陳謝する。さぞ、朝日グループの中でも、四面楚歌なのだろう。

だが、「記事の作成にあたっては、表現方法や内容などについて、編集部の検討だけではなく、社内の関係部署のチェック、指摘も受けながら進めました。しかし、最終的に、私の判断で第一回の記事を決定しました」とも書いている。

組織人である以上、河畠氏は全責任を引き受けざるを得ない。でも、この言葉に精一杯の抵抗も感じるのだ。

差別報道がいかに人を傷つけるか。ジャーナリズムにとって、絶対にあってはならない記事である。このことは前回、この欄で私は書いた。若い記者の体質にも触れた。それに対して、「記者教育、問題のフィードバックが朝日社内で十分ではないのでは」との意見も、私へのツィッターなどで寄せられている。

しかし、私が在社当時、広報に寄せられた苦情・抗議など読者の声は、口が酸っぱくなるほど朝日グルーブ各部門に伝えていた。差別に対する記者教育もあった。今もそうだと思う。だが、それが朝日グループ全体で身になっていないのが問題なのだ。

だからこそ、河畠氏が言うように、「社内の関係部署のチェック、指摘も受けながら」、こんな出自記事が素通りしてしまったのだろう。

◇酔っ払い記者が社内を闊歩

私は、1973年に朝日に入社した。長良川河口堰報道を止められたのは1990年だった。拙書『報道弾圧』にある通り、それに異議を唱えたのを発端に記者職を剥奪され、ブラ勤に至ったが、少なくともそれまでは、仕事は厳しくても、充実した記者生活を送れたのを懐かしく思っている。

その頃、天衣無縫の酔っ払い記者が朝日社内を闊歩していた。そんな記者は、酒の勢いも手伝って気に入らない上司には誰かれとなく、噛みついていた。自分のポケットマネーをはたいて、若い記者を呑みに連れ出してもいた。私もその頃、よく連れて行かれた一人だった。

呑みだすと、すぐ説教が始まる。

「記者と言うものは、権力者に媚びてはいかん。徹底的にあいつらの化けの皮を剥げ」

「世の中には、虐げられた人は一杯いる。記者はその人の身になって考えるんだ。人の痛みが分からんようでは記者じゃない」。

確かに、酔っ払いの話はしつこい。繰り返し、繰り返し聞かされると、少々うんざりはする。説教を嫌う若い記者の中には、酔っ払いを避ける人も増えていた。

一方、罵声を浴びせられる上司も、昔は苦笑いして聞き流す人が多かった。だが、そのうち露骨に嫌な顔をする人も出て来た。ジャーナリストなら、上にへつらって昇進することに何らかのためらいはある。それを口汚く罵る酔っ払いは、そんな上司にとり、逆に目の上のたんこぶに映っていたからだろう。

そんなこんなで、酔っ払い記者は転勤などで分断され、組織から遠ざけられていった。ジャーナリズムの気概、記者の在り方を熱っぽく語る酔っ払い説教文化は朝日から徐々に消え、代わりに大手を振って歩き出したのが、ジャーナリズム倫理より、上司にゴマをすって上昇していく派閥人事文化、内向きの経営論理だった。

◇建前で考え、本音で語れない体質

週刊朝日の橋下出自差別報道に話を戻せば、第3極のリーダーシップを執る橋下氏への権力監視は、ジャーナリズム本来の仕事・目的だ。だが、心無い差別を受ける人たちをも巻き込む出自報道は、決して許されるものではない。私が酔っ払いの先輩記者から、夜な夜な体で教えられて来たのは、振り返ればそんなジャーナリズムが当然に持たなければならない座標軸であったと思う。

今、朝日グループの記者・編集者たちもこの座標軸は、もちろん座学では学んでいる。でも、体で教えられていない。

ツイッターでは、「『差別報道はいかん』と言うのは、朝日の『建前』で、『本音』ではないのでは」との意見もあった。だが、多くの朝日グループの記者・編集者は、「差別報道はいかん」と、頭では「本音」で考えていると思う。だから、問われれば、「建前」としてすらすら語れる。ても、体が覚えていないのだ。

今、読者の活字離れによる部数減で、新聞、雑誌の経営も厳しい。週刊朝日が朝日本体から切り離され、分社化されたのもそのためだ。社内で、経営の論理がますます力を増している。

河畠氏は、「お詫び」の中で、「今回の企画立案や記事作成の経緯などについて、徹底的に検証をすすめます」としている以上、橋下出自報道がなぜ、「編集部の検討だけではなく、社内の関係部署のチェック」をすり抜けたかは、その検証結果を待つしかない。

◇原稿をボツにすれば、誌面に穴が開く?

でも、私の在社経験からは、「チェック」が効かなかった事情はごく単純なことではなかったかと、想像している。

「連載は、編集部がノンフィクション作家・佐野眞一氏に出筆を依頼しました。今年9月に『日本維新の会』を結成してその代表になり、第三極として台風の目になるとも言われる政治家・橋下徹氏の人物像に迫ることが狙いでした」とお詫び文にある通り、編集者は、権力者・橋下氏を監視しようとしても原稿を佐野氏に依頼したことにウソはないだろう。

ところが出てきたのは、出自報道だった。「えっ」との思いは、編集者にもあったかも知れない。でも、台所事情が厳しい週刊朝日としては、部数も伸ばしたい。もしこの原稿をボツにしてしまえば、誌面に穴が開く。誌面に載せない。

なら、佐野氏に支払う取材費や原稿料の約束はどうするかの思いも、編集者なら、頭をよぎったはずだ。

◇皮膚感覚としての記者倫理の欠落

「差別報道はいかん」を、頭ではともかく体で覚えていない編集者だと、原稿を通した方が気が楽と考えても、おかしくないのだ。この欄で私は先に、読売のiPS細胞臨床応用誤報問題で、「書く勇気」より、特オチを恐れない「書かない勇気」の方がよほど難しいことに触れた。差別報道を踏み留まるには、体で覚えた皮膚感覚としての記者倫理がなければならない。

残念ながら、今の朝日グループには、この編集者に限らず、こうした体で覚えたジャーナリズムの座標軸が失われてきているのではないか、と私には思えるのだ。編集者が座標軸を意識した上で、何か特別の考え・編集方針に基づき、敢えて原稿を載せることに踏み切ったとしたら、まだ救いがある。だが、「お詫び」の文章を読む限りそうした、断固とした方針があったことは伝わってこない。

実は、その方が今の朝日グループにとって、よほど深刻なことなのだ。何故なら、特定の編集者による特定の原因・考えなら、回復は早い。しかし、全身に拡がったガン細胞による免疫低下のような症状なら、よほどの名医でないと治せないからだ。

私の記事の報道弾圧の時もそうだった。誰かが権力者と取引でもしていない限り、読者の「知る権利」を踏みにじる記事の差し止めは起こらない。しかし、みんなが見て見ぬふりして、こうした記事をボツにすることを組織全体として容認した。

今回の問題は、河畠氏の処分によるトカゲのしっぽ切りや、若い記者の座学の強化でお茶を濁してはならないと、私は言いたい。昔、酔っ払い記者が熱っぽく語っていた記者の気概。それを鼻であしらうような組織では、また、マスコミ倫理を根本から踏み外すどんな問題が起きても不思議でない。

この出自差別報道を生んだ朝日グルーブの体質は、長年積み重なった組織上層部の派閥支配、それに伴う派閥人事・組織腐敗の深化にある。その是正に根本から踏み込み、ジャーナリズム・ジャーナリストの座標軸をしっかり再構築していかない限り、治しようのない問題だと、私には思えるからである。

?≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり) フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える『報道弾圧』(東京図書出版)の著者。

2012年10月29日 (月曜日)

岡山市で学習塾を経営する男性から21日付け山陽新聞の報道を絶望視する投書が寄せられた。男性が問題としている山陽新聞の記事は、「男性はねられ死亡」と題する次の記事である。

男性はねられ死亡

20日午後6時40分ごろ、岡山市中区丸山の県道で、同所、××さん(78)が、同市、会社員女性(41)の乗用車にはねられ、出血性ショックで死亡した。  岡山中央署が原因を調べている。

ところが同じ交通事故を扱った朝日新聞の記事は次のように報じている。

 

2012年10月28日 (日曜日)

新聞の紙面広告の媒体価値を決める要素はなにか?  この問いに対する答えは、一般論としては、新聞の公称部数の大小と新聞社のステータスである。

まず、前者については、新聞の発行部数が多ければ多いほど、紙面広告が読者の目にふれる機会が増えるわけだけから、当然の原理といえよう。

後者については、信頼できるメディアに広告が掲載されることで、広告そのものの信頼性が高まるので、これもあたりまえだ。

が、実際には、広告価格は交渉で決められることが多い。それが広告業界の慣行になっている。従って中央紙に全面広告をだす場合、500万円で引き受けてもらえる広告主もいれば、2000万円を請求される広告主もいるようだ。

ちなみにインターネットの時代になり、新聞の紙面広告は、「言い値できまる」とも言われている。

しかし、唯一、広告価格決定の原理によって広告代理店が価格を決めている対象がある。それが国や地方自治体の「役所」である。「役所」は厳密にABC部数に準じて、広告の価格を決める。しかも、価格が常識では考えられないほど高い。

次に示すのは、2006年に最高裁判所が裁判員制度のPRのために出稿した新聞の紙面広告(全面1面)の価格である。これを見るとABC部数に準じて価格設定が行われていることが分かる。(掲載回数は各紙とも2回)

読売新聞:1億1903万円

朝日新聞:  8689万円

?毎日新聞:  6085万円

?産経新聞:  2997万円

 (オリジナル資料はここをクリック)

業務を請け負った広告代理店は、廣告社である。同社からの最高裁に対する請求総額は、5億9997万円である。約6億円にも上っているのだ。

このようなぼったくりの構図の下では、新聞社は偽装部数を増やす政策を続けざるを得ない。偽装部数の問題を指摘すると、裁判を連発するなど束になって攻撃してくるゆえんだ。

しかも、困ったことに最高裁は、「押し紙」の存在は一切認めていない。新聞社の主張を鵜呑みにして、「押し紙」の存在を全面否定する判決を出し続けてきた。早朝に販売店を「取材」すれば、即刻、実態が見えるはずだが、現場には足を運ばない。

改めて言うまでもなく6億円の財源は税金である。最高裁は、「押し紙」を放置することで、みずからのPR広告の価格を釣り上げ、税金を浪費している。 新聞社にとって、こんな便利な広告主は他にいない。司法記者がでたらめな判決を出し続けている裁判所を批判できないゆえんである。

新聞経営者は、まず、非常識に高い広告費を国に返すべきだろう。

2012年10月24日 (水曜日)

かつて携帯電磁波の人体影響は新聞が自己規制して報じないテーマのひとつだった。しかし、17日に判決が下された延岡大貫訴訟では、それが完全に崩壊した。

判決は住民側の敗訴であったが、新聞各社は判決を厳しく批判する視点の記事を掲載した。住民運動の団体から、わたしが入手した判決に関する記事は、全部で15本。この中には、単に判決の結果を伝えた記事もあるが、大半は判決を批判する視点から書かれている。KDDIよりも住民側の主張を大きく紹介している。

ちなみに判決の特徴は、携帯基地局の周辺に住む住民のあいだに深刻な健康問題が発生している事実を認めたものの、その原因は携帯電磁波によるものではなく、精神的なものであると認定した点だ。

精神的なことが原因で、たとえば複数の住民が鼻血に悩まされることなど普通はありえず、太田敬司裁判長の判断が科学を無視したずさんなものであることは言うまでもない。

手短に主な記事の見出しをピックアップしてみよう。

【宮崎日日新聞】  「見えないムチで、日夜たたかれている。」18日付け

【夕刊デイリー】?? 「臆病な判決」症状認めるが因果関係否定? 18日付け

【毎日新聞】  「原告住民に怒りと失望・身体症状存在は認める」18日付け

【読売新聞】  「原告、主張認められず落胆」? 18日付け

【朝日新聞】  「『見えぬムチ いつまで』原告ら無念さにじむ」18日付け?? 「国など実態調査を」18日付け

【西日本新聞】? 「『苦しみ なぜ分からぬ』敗訴の住民 怒りと失望」18日付け

ただ、地元を対象としてものだった。全国版で判決の結果を報じた社もあるが、全体としてみると、携帯電磁波に関する報道は、現在のところローカルの域を出ていない。

◇基地局問題の報道の軌跡  

携帯基地局の問題が浮上してきたのは、1990年代の後半である。熊本市で基地局の撤去を求める裁判が起こされたのを皮切りに、新世代の公害として携帯電磁波に関心が集まるようになった。

これに対して多くのメディアが、電磁波問題と宗教(白装束集団など)を結びつけることで、電磁波による健康被害という概念を非科学的なものとして「宣伝」した。このような状態が延々と続いた。

今世紀に入ってから、『週刊金曜日』がこの問題を取り上げるようになった。その後、海外で携帯電磁波の危険性を指摘する報道が盛んになってくると、その影響が日本でも現れた。

その結果、まず、雑誌が電磁波問題を報じるようになった。週刊東洋経済、週刊新潮、女性自身、サイゾーなどである。

こうした動きと並行して、新聞各社が延岡大貫訴訟をローカルのレベルで報じるようになったのである。しかし、携帯基地局は、全国のいたるところに設置されているので、一地方の問題ではない。

2012年10月23日 (火曜日)

大阪府内の広告主A社が、折込チラシの代金を水増し請求されたとして、広告代理店Bの社長を刑事告訴した事件で、大阪府警本部捜査2課が、去る7月に広告主の告訴を受理していたことが分かった。

A社の代表によると、同社は2008年に自社のPRを目的として広告代理店B社に35万枚のチラシを発注した。これを受けて広告代理店B社は、電子メールで「35万部で調整致しました。確認の程宜しくお願い致します」と連絡。その後、チラシ35万枚分の代金を請求した。

ところが新聞の配達部数(ABC部数)そのものが、実際の読者数よりも水増しされ、それに伴いチラシも水増し状態になっている実態があることを知った広告主A社が35万枚の行方を独自調査したところ、新聞販売店には総計30万枚しか搬入されていないことが分かった。詐取しようとした額は、約26万円になる。

告訴状によると、罪名は「詐欺未遂罪」。罪状は、「刑法第246条」、 同法250条。

折込チラシの水増しは、かねてから水面下の大きな問題になってきた。しかし、水増しを立証する証拠に乏しく、広告主は泣き寝入りを続けてきた。もちろん、新聞社サイドは、水増し行為を全面否定するか、販売店の責任として処理してきた。

が、このほど警察のメスが入ったのは、新聞社でも販売店でもなく、両者の中間に入っている広告代理店だった。

2012年10月22日 (月曜日)

10月15日に米国で事業規模3位の携帯電話会社、スプリント・ネクステルの買収を発表したソフトバンク。ウィルコムやイーモバイルの子会社化も含め、急ピッチで拡大を進めている。だがその裏では、携帯ビジネスをめぐるコンプライアンスが問われ始めている。

去る8月、同社がさいたま市大宮区の商業地区に、巨大な電波中継局を設置する計画を発表したところ、携帯電磁波の人体影響を懸念する声が住民たちからあがった。中継局は、携帯電話機と送受信する基地局よりも、さらに高い周波数を使うため、特に高層マンションや高台に建つ住宅の住民が健康被害を受ける可能性がある。

計画されている電波中継局の中身とは実際にどのようなものなのか。ソフトバンクと住民を取材した。(続きはマイニュースジャパン)

2012年10月21日 (日曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

週刊朝日の橋下徹大阪市長の出自を巡る「ハシシタ 奴の本性」との連載記事。週刊朝日はやっと重い腰を上げ、おっとり刀で謝罪のコメントを発表した。

しかし、差別報道がいかに人を傷つけるか。筆者は論外として、その痛みが週刊朝日編集者に分かっていたとは思えない。橋下氏が市長の立場で、朝日記者の質問拒否という手段に出たことが適当かは、議論がある。でも、怒りはよく理解出来る。改めて、この報道を生んだ朝日の土壌を考えてみたい。

権力者に対してはタブーを作らず丸裸にし、その人物像をあますところなく報道する。メディア本来の役割でもある。権力基盤を明らかにし、権力の暴走を止めるには、権力者の実像報道は不可欠だ。

この意見に、私は諸手を挙げて賛成する。しかし、いくら権力者相手でも、出自を巡る差別報道だけは違う。

◇差別の解消に逆行

何故なら、今でも出自に対して、いわれなき差別に苦しんでいる人は多い。今回の週刊朝日記事は、橋下氏やその家族に不快な思いをさせただけではない。こうした差別を助長し、差別に苦しむ一般の多くの人を否応なく巻き込んだ。少しづつでも差別の解消に向かって、これまで積み重ねて来た人々・社会の努力、営みも台無しにした。

もともとこの差別は、この国の遠い過去の身分制度に起因するとされる。本人に何の問題もない。にも拘わらず、生まれだけで区別・差別され、長年、人々の偏見が続いた。

しかし、最近はこうした地区にもマンションが建つなど、新住民との混住が進んだ。差別解消を求める運動とも相まり、地区を特定するような社会の意識も少しずつではあるが、解消して来ていると言っていいだろう。

確かに、「忘れ去ることだけでいいのか」は、人によって意見の違うところだ。だが、この週刊朝日報道は、差別問題があることさえ知らない若者にまで、改めて何の根拠もない差別の存在を知らしめた。忘れかけて暮らそうとしていた多くの若い被差別者をも、傷つけてしまった。その罪はあまりにも大きい。

◇知識・認識の欠落が根底に

実は、朝日では、これまでも無神経な差別記事で人々を傷つけ、相手や被差別団体から抗議を受けたことは少なからずあった。多くの場合は、故意と言うより、差別問題での知識・認識に乏しい若い記者が、不注意で何気なく書いた記事が問題となるケースが多い。

拙書「報道弾圧」で詳しく書いたように、私は、無駄な公共事業の典型・長良川河口堰報道で、官僚のウソを暴く報道を理不尽にも止められた。編集局長に異議を申し立てたところ、報復で記者職を剥奪。5年以上、名古屋本社の広報室長を務めていた。

広報室長とは、読者の苦情を一手に引き受けるトラブル処理係だ。被差別団体からの抗議は、厳しい。書いた若い記者を表に出すと、相手も激高し、火に油を注ぐ。非は書いた方にある。

このような差別記事の抗議は、私が平身低頭し、体を張って対処するしかなかった。正直辛いものはあったが、抗議してくる人の気持ちはよく分かっていたつもりだ。

◇無責任体質と「苦情処理」係り

しかし、記事を書いた当の記者が、それをどこまで深刻に受け止めていたかは分からない。私は、編集局長への異議申し立てで左遷され、飛ばされたように、広報は窓際族のポストでもある。

社会部長など直接の上司にはへつらっても、抗議への対処は、「窓際のおっさん」に任しておけばいい、としか考えない若い記者が多かったような気がする。

私が何とか相手の納得を得て席に戻っても、礼はおろか、結果さえまともに聞いてこないことが大半だったのだ。上司も大騒ぎになれば、自分の責任になる。広報が穏便に解決してくれたら、それでいいとしか思っていない人も少なからずいた。

もちろん、抗議に同席する真面目な上司もいるにはいた。でも、多くは逃げてしまい、広報任せだったのだ。

これで若い記者に、差別された者の本当の痛みが実感として植えつけられるはずはない。橋下市長会見のテレビ報道を見ていると、報道責任を問われた朝日の若い記者が言葉に詰まる場面は何度も見られた。

確かに厳しい。でも、「個人見解」との前提で私なら、「許される報道ではない」とはっきり答える。それがジャーナリストしての基本的な見識だと思う。もし、社内に戻って大目玉を食らうなら、それはそれでいいではないか。

私が広報にいた頃の若い記者は今、デスクや部長など管理職年齢になっている。確かに、朝日と朝日新聞出版は別組織、編集権も別との考えもある。しかし、100%出資子会社。幹部の人事権も朝日が掌握、出向者も管理職に居る以上、その言い訳は苦しい。

何故、故意とも言えるこんな作家の差別記事が編集者を素通りして、週刊朝日の誌面に掲載されたか。朝日を離れた私には、詳しい事情・真相は知りようがない。

でも、差別された人の痛みが実感として分からず、ジャーナリストとしての基本的な座標軸を持っていない人が編集に携わっていたのではないか。私には、そんな思いがする。

筆者紹介 吉竹幸則(よしたけゆきのり) フリージャーナリスト。元朝日記者。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える『報道弾圧』(東京図書出版)

2012年10月19日 (金曜日)

読売新聞東京本社が『会長はなぜ自殺したか』(七つ森書館)の著作権を主張して、販売禁止を求めた仮処分の保全抗告審で、知財高裁は15日、七つ森書館の抗告を棄却した。これで東京地裁の決定と異議審に続いて高裁でも読売の主張が認められたことになる。

裁判に圧倒的に強い読売の姿が浮き彫りになった。しかし、裁判の舞台を検証してみると、ある重大な問題が存在している。それは今回の保全抗告審の舞台になった知財高裁の元所長が、読売の代理人を務めている弁護士らが多数所属するTMI総合法律事務所へ顧問として再就職している事実である。

裁判は表向きは中立公正に行われるとはいえ、少なくとも法廷に立たされた当事者にとっては、不公平感を払拭できないのではないか?

TMI総合法律事務所に再就職している元所長とは、塚原朋一弁護士である。同氏は2007年5月に知的財産高等裁判所長に就任して、2010年8月に定年退官している。その後、東京弁護士会に弁護士登録を行い、TMI総合法律事務所に顧問弁護士として再就職し、現在に至っている。

裁判の公平中立な舞台という観点からすれば、元判事が弁護士事務所へ再就職する行為は問題を孕んでいる。合法的な行為であっても、それにより副次的な問題が生じる。かつての職場である裁判所と弁護士事務所の間に人脈が形成される結果、判決にも影響を及ぼしかねない。

ちなみにTMI総合法律事務所には、元最高裁判事も三名再就職している。次の方々である。敬称略。

※今井巧

※泉徳治

※才口千晴

さらに東京地裁の民事8部で進行している読売と清武英利氏の裁判では、民事8部の元判事・高山崇彦氏がTMI総合法律事務所の弁護士として登場し、読売をサポートしている。このようなケースでは、弁護士として訴訟に参加するのを辞退するのが良心ではないか。

◇七つ森書館の主張

七つ森書館は、社長名で次のようなメールを関係者に配信した。

10月15日に、知的財産高等裁判所第2部(塩月秀平裁判長)は、『会長はなぜ自殺したか──金融腐敗=呪縛の検証』に関する東京地裁の出版差止仮処分異議決定に対して当社が申し立てていた保全抗告を棄却するという決定を出しました。

この決定は、読売新聞側の主張を「鵜呑み」にした東京地裁民事40部(東海林保裁判長)の決定および異議決定をなぞっただけという、恐るべき不当なものです。裁判所は、読売新聞側の明白な詭弁を見抜けないのです。

七つ森書館と読売新聞の間でまったく正当に結ばれた出版契約書の効力を否定したばかりか、「職務著作権」の成立範囲を自社著作物以外に拡張し、メディア関わる人びとの表現の自由を著しく侵害するものです。このような「職務著作権」の拡張解釈は憲法違反です。

よって、最高裁判所へ特別抗告します。