2013年01月21日 (月曜日)

新聞を消費税の軽減税率の対象にするか否かをめぐり、議論が沸騰している。 意外に気付かないがこの問題は安倍内閣によるメディア対策の側面を孕んでいる可能性が高い。

新聞が軽減税率の対象外になれば、全国の新聞販売店に積み上げれられている「押し紙」(偽装部数)に消費税が課せられ、大変なことになる。販売網が崩壊しかねない状況が生まれる。それを逆手に取れば、政権党は簡単に新聞ジャーナリズムを骨抜きにできる。

高市早苗政調会長は、軽減税率について次のように述べている。

 自民党の高市早苗政調会長は17日夜のBS11番組で、消費増税に伴う低所得者対策として生活必需品の税率を抑える軽減税率導入について「結論を出す時期は今ではない」と述べ、24日にもまとめる13年度与党税制改正大綱では、結論を先送りすべきだとの考えを示した。 ?  

公明党は来年4月に税率を8%に引き上げる段階での導入を主張し、大綱への明記を求めている。高市氏は「混乱を招かないためには準備が相当必要だ」と語り、導入は10%段階としたい考えを示した。(毎日新聞)

結論を先送りすれば、その間、新聞は政権党の批判を控えざるを得ない。政権党が「報復」として、軽減税率という特権をはく奪する恐れがあるからだ。

まったく同じ手口のメディアコントロールが過去にもあった。

◆再販問題を新聞 ?

再販撤廃の議論が本格的に始まったのは、1990年代の半ばだった。この時は、再販撤廃は避けられないというのが大方の見方だった。そこで新聞関係者は、政治家の協力を得て再販を守る大運動を展開した。

1998年3月、公取委は、再販問題の結論を先送りする決定を下した。その翌年、小渕(当時の新聞販売懇話会会長)内閣の下で、新ガイドライン、住民基本台帳法、通信傍受法、国旗・国歌法など、軍事大国化を進めるためのとんでもない法案が次々と成立した。骨抜きにされていた新聞ジャーナリズムは、何の抵抗もしなかった。

次に公取委が再販問題についての結論を出したのは、2001年3月だった。内容は、「競争政策の観点からは同制度を廃止し、著作物の流通において競争が促進されるべきである」としながらも、「廃止について国民的合意が形成されるに至っていない状況」なので、「当面同制度を存置することが相当」と結論ずけたのである。

さらに2006年にも再販(厳密には、新聞特殊指定)の撤廃が議論され、この時は、高市早苗、山本一太らが、公取委から特殊指定を扱う権限をはく奪する内容の議員立法を上段にふりかざして、新聞社を救済した経緯がある。

高市、山本には、新聞業界から政治献金が贈られている。

結局、公権力は新聞社に対して再販制度の撤廃をちらつかせながらも、それを維持する巧みな政策を続けてきたのである。再販制度が新聞社経営のアキレス腱であることを知っているからだ。

まして「押し紙」が存在する状況下では、再販を撤廃された時に新聞社が受ける打撃は計り知れない。再販が撤廃されたら、「押し紙」も出来なくなる可能性が高いからだ。

◆軽減税率とメディア対策

新聞に対する消費税の軽減税率問題でも、まったく同じ手口のメディアコントロールが採用される可能性が高い。おそらく特例として、安倍内閣は新聞に対する軽減税率を認め、同時にいつでもこの特権をはく奪できる状況を準備するだろう。

こうして新聞ジャーナリズムは言うまでもなく、出版業界全体を骨抜きにして、憲法9条の改正へと暴走するのではないか?

改めて言うまでもなく、「押し紙」(偽装部数)という新聞社の汚点を放置しておかなければ、このような巧みなメディア戦略を取ることはできない。

2013年01月18日 (金曜日)

17日付け「黒書」で、日本新聞協会が新聞を消費税の軽減税率の対象にするよに求める声明を発表したことを報じた。

その声明の中に、新聞協会が実施した世論調査(後述するように、実際に調査を行ったのは、調査会社)の結果が引用されている。次のような内容である。

 先に新聞協会が実施した調査では、8割を超える国民が軽減税率の導入を求め、そのうち4分の3が新聞や書籍にも軽減税率を適用するよう望んでいます

「4分の3が新聞や書籍にも軽減税率を適用するよう」望んでいるというのだ。書籍に対する軽減税率の適用を求める声が多いことは理解できるが、新聞に対する軽減税率の適用を国民の75%が求めているとはとても思えない。

というのも、まず、20代、30代、40代の世代は、新聞を定期購読しない傾向があるからだ。新聞から得られるのと同程度の情報であれば、インターネットで十分に入手できるからだ。

この種の調査では、新聞と書籍を別々に調査しなくては意味がない。新聞と書籍をひとまとめにすると、それだけでも数字が高くなる。設問の方法そのものがアンケート調査の基本を無視している。

わたしは念のために、日本新聞協会へ数字の根拠について尋ねてみた。その結果、調査は日本新聞協会ではなくて、日本調査社という会社が代行していたことが判明した。

その調査結果は次の通りである。

(中央調査社による調査=ここをクリック)

以下、新聞協会に対する電話取材である。

黒薮:4000人を対象として調査したということですが、誰が、いつ、どこで調査したのですか?

協会:これは中央調査社という調査会社に委託しました。

黒薮:どういう団体ですか?

協会:中央調査社のホームページがあります。

黒薮:本当に4000人に対して面談したのですか?

協会:はい。

黒薮:それをどのようにして確認されましたか?

協会:(中央調査社に)委託していますから。 新聞協会だけではなく、いろいろな会社が使っている調査会社で、歴史が古いので・・・・

黒薮:そうすると全面的にここに委託したわけですね?

協会:はい。

黒薮:中央調査社の担当はどなたですか?

協会:それは分かりません。

黒薮:4000人に1人ひとり面接したデータも残っているわけですね?

協会:細かい部分は中央調査社に聞いてみなければ分かりません。

黒薮:新聞協会としては把握していないということですか?

協会:調査の手法に則って、恣意的にではなく、数字を客観的に出しているはずです。

黒薮:出てきた数字について、新聞協会としては検証されましたか?

協会:検証とはどういうことでしょうか。その必要は特にないかと思いますが。 中央調査社というのは、かなりメジャーな調査社で実績もこれまでありますので、そこでちゃんと調査が行われたかというのは、こちらも特に疑う余地がありません。

2013年01月17日 (木曜日)

消費税の軽減税率の対象商品に新聞を加えるべきか否かの議論が活発化している。軽減税率というのは、特定の商品に対して消費税率を軽減する際の税率を意味している。これまで生鮮食料品などの生活必需品のほか、新聞が対象候補にあがっている。

日本新聞協会は、新聞に対する軽減税率の導入を求めて、次のような声明を発表している。

 新聞は、国の内外で日々起きる広範なニュースや情報を正確に報道し、多様な意見・論評を広く国民に提供することによって、民主主義社会の健全な発展と国民生活の向上に大きく寄与しています。 ?  民主主義の主役は国民です。その国民が正しい判断を下すには、政治や経済、社会など、さまざまな分野の情報を手軽に入手できる環境が重要です。欧州各国では、民主主義を支える公共財として一定の要件を備えた新聞、書籍、雑誌にゼロ税率や軽減税率を適用し、消費者が知識を得る負担を軽くしています。「知識には課税せず」「新聞には最低の税率を適用すべし」という認識は、欧米諸国でほぼ共通しています。

?  また、近年、いわゆる文字離れ、活字離れによってリテラシー(読み書き能力、教養や常識)の低下が問題となっています。国や社会に対する国民の関心の低下が懸念される状況です。国民のリテラシーが衰えていくことは、国の文化政策としても好ましいことではありません。知識への課税強化は確実に「国のちから」(文化力)の低下をもたらし、わが国の国際競争力を衰退させる恐れがあります。

?  先に新聞協会が実施した調査では、8割を超える国民が軽減税率の導入を求め、そのうち4分の3が新聞や書籍にも軽減税率を適用するよう望んでいます。戸別配達制度により、わが国の新聞普及率は世界でもまれな高い水準にあります。今後も国民がより少ない負担で、全国どこでも多様な新聞を容易に購読できる環境を維持していくことは、民主主義と文化の健全な発展に不可欠です。

?  新聞協会は新聞に軽減税率を適用するよう求めます。あわせて、国民に知識、教養を普及する役割を果たしている書籍、雑誌、電子媒体についても軽減税率を適用するのが望ましいと考えております。

この問題を考える際に、まず、考慮しなければならないのは、偽装部数(「押し紙」)の問題である。意外に見落としがちな視点は、偽装部数も消費税の課税対象になるという点である。その額がどの程度になるのかは、正確なシミュレーションが必要なので、この場では避けるが、偽装率(「押し紙」率)を低く見積もって全体の2割としても、莫大な金額になる。(実際には、偽装率が4割、5割の社もある)。

従って偽装部数を排除すれば、軽減税率を適用する必要はない。少なくとも日本新聞協会は、偽装部数の実態調査をして、偽装部数を排除すべきだろう。 「そんなものは1部も存在しない」などと主張すべき時ではない。

◇副次的な第2の大問題??

偽装部数が存在するので、これに消費税を課せられると、新聞業界は大変な打撃を受ける。このような状況のもとで、副次的な第2の大問題が生じる。

それは新聞が安倍内閣を批判できなくなる可能性が極めて高いということである。批判できないどころか、安倍内閣が進めようとしている構造改革と軍事大国化への道を、メディアが支援することにもなりかねない。

事実、先日に読売新聞の紙面にリチャード・リー・アーミテージが登場して、日本は米国に追随すべきだと言わんばかりの主張を展開している。

実は、新聞が公権力に偽装部数の「汚点」を握られて、政府の前にひれ伏した歴史は過去にもある。再販撤廃問題が最初に浮上した1990年代の後半である。再販制度は堅持されたが、当時の自民党新聞販売懇話会の会長・小渕恵三が首相の座に付き、矢継ぎ早に、新ガイドライン、住民基本台帳法、通信傍受法、それに国旗・国家法などを成立させたのである。こうして構造改革を推進していったのである。

これに対して新聞ジャーナリズムは、何の抵抗もしなかった。

消費税の軽減税率の問題でも、新聞は同じ過ちを繰り返す可能性が高い。安倍内閣の世論誘導部隊になるだろう。

なお、安倍内閣の2人の閣僚、山本一太と高市早苗に対しては、新聞業界から政治献金が贈られている。特に山本に対しては、5年間で献金が3000万円にも達している。(敬称略)

2013年01月16日 (水曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

明けましておめでとうございます。自民・安倍政権の誕生で、この国はどこへ行くのでしょうか。識者の中には、太平洋戦争に至った昭和初期の状況との酷似を指摘する意見もあります。

安倍バブルで世間が浮かれても、借金頼みの景気対策が長続きするわけではありません。民主がこの惨状では、夏の参院選で自民が勝利するでしょう。でも、物価は上がっても、賃金が上がらない経済の行き詰まりがやがて表面化。不満の捌け口を外国に求め、「改憲」が急速に政治日程に上がってくるのではないかと、私は危惧します。

本年この欄は、憲法問題を取り上げていくことから始めたいと思います

◇憲法に関する具体論の欠落

憲法はこの国の根幹をなすもの。私は、「憲法の条文を一切なぶるのは駄目」などと頑なな立場を取るものではありません。でも、「売国奴」などと口汚く罵るのではなく、改憲も護憲も多くの国民が冷静に議論に参加する環境が出来、一つ一つ国民が納得出来るコンセンサスを踏んでいく手順が必要でしょう。しかし、世論調査を見ても人々の考え方は真っ二つに分かれ、一つの考えに収束する方向さえ見えないのは、何故なのでしょう。

憲法9条という世界史でもまれな崇高な理想を掲げたこの国で、為政者も官僚も、実は戦後たった一度も、それを内実化する外交を試みたことがなかった。そのことに、原因があるのではないかと、私には思えるのです。

改憲を言う人は、「軍備を持たない国が、まともに国を守れるのか。世界はそんなに甘いものではない」と言いながら、本当に「9条」の崇高な理想が実現出来ないか、「限界」について、具体論がない。護憲を掲げる人も、「崇高な理想」を言えても、9条でいかに世界平和に貢献出来たか、本当に国が守れるのか、その具体論を語れない。結局、双方が議論をぶつけても、それなりの一致点を見い出せない不幸は、そこにあるのではないでしょうか。

◇憲法9条が謳う理想

憲法9条を言う前に、99条をこの国の為政者・官僚は、守って来なかったことが最大の問題ではないか。私はそのことをまず議論しなければ、先に進むことが出来ないと思っています。

「99条って何」?そう思われる人がおられるかも知れません。99条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定めています。

しかし、この国の為政者・外務官僚は、米国に追従することが我が身の安泰と考え、99条の憲法「順守義務」により、9条で定められた「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」することを基本に置いた外交を、これまでまともに実行して来たことがなかったのではないか?

憲法改正を主張する人には、敗戦による占領下、米国に押し付けられた「屈辱憲法だから」と言う人が多数います。しかし、憲法前文には「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と、これまで人類史上かってないほどの崇高な理想が掲げられています。

「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」との理想を高く掲げた憲法が、「屈辱憲法」であるわけがありません。問題は、この国の為政者・官僚が「名誉ある地位」を目指し、戦後、外交に本気になって取り組んだのか、という点でしょうか。

憲法制定からすでに65年が経っています。実行してみたことがあったなら、その成果と限界について具体的に言えたはずです。でも、その努力を怠ったから、立派な憲法を持ちながら経験論に基づいて何も語れない。だから、国民も抽象論でしか、議論が出来ない。この国の憲法論議が罵り合いになる不毛・不幸の原因はそこにあります。

◇海部首相の外交 姿勢

昨年最後のこの欄でも書きました。私は40歳を前に1990年初秋、政治記者の世界に飛び込みました。その時はすでに、イラク軍がクウェートに侵攻。米国中心に多国籍軍が編成され、イラクをクウェートから追い出す湾岸戦争前夜。日本も米国の要請・圧力を受け、軍事行動で何らかの貢献をするか、自衛隊を戦後初めて海外に派遣すべきか否か、国民議論も2分していた時です。

イラクがクウェートに侵攻した湾岸戦争では、当時イラクには、「ならず者」のフセインがいて一方的に侵略戦争を仕掛けたとのイメージで語られることも多いのも事実です。しかし、戦争は常にそんな単純な構図ではありません。

当時、イラクは米国やソ連の支援を受けた8年に及ぶイラク・イラン戦争がようやく終結。しかし、イラクは米国などからの兵器の購入で600億ドルもの膨大な戦時債務を抱える事態になっていました。

債務不履行の懸念から米国からの食料輸入も制限され、何とか、債務を解消するため、高値で原油を売りたいと考えていました。しかし、クウェートやサウジアラビアが安値輸出を続け、対立したのが、クウェート侵攻の引き金になりました。

引き続き原油を安値で買いたい米欧。クウェート、サウジの後ろ盾になり、イラクと対立する構図です。米国はもちろん、その強大な軍事力をもって多国籍軍を編成。クウェートからイラク軍の排除を準備、日本にも応分の負担を求めて来ました。

私は海部首相番。今まで経験したことのない国際紛争の渦の中、ほとんど不眠不休の生活を余儀なくされました。でもお蔭で、海部首相自身、「今まで経験したことのない事態で、どうしていいか戸惑った」と言った通り、9条を持つ国として、同盟国が戦争を先導する国際紛争にどう対処するか、海部政権・政府の動向・対応をつぶさに見る機会にも恵まれました。

海部首相は、当時全盛だった竹下派の言いなりロボット政権と揶揄もされていました。しかし、自民ハト派の代表格、三木元首相の秘蔵っ子でもあり、何より護憲派で知られる三木氏の妻、睦子さんは怖い存在でした。

米国から軍事貢献も迫られ、日に日に政権内部で自衛隊の中東派遣の包囲網が狭まる中、海部氏は相当悩んでいたことは、傍目からも明らかでした。しかし、海部氏は三木氏の遺志を継ぐためにも、何とか自衛隊の派遣を避け、独自色を出した平和外交が出来ないか、模索もしていたのは事実です。

私は、海部氏の大学時代の友人で、請われて日本航空から引き抜かれ、秘書官になった人物も常にマークしていました。海部氏はこの人を通じ、日航から航空機をチャーターし中東を訪れ、紛争を何とか話し合いで解決出来ないか、模索もしていました。

もともとイラクの財政窮迫がもたらした紛争。当時、日本はバブルで財政も豊か。非キリスト教国でもあり、イラクの財政再建で何らかの貢献をし、中東で仲介役を果たすには、それなりのいい位置にはあったのです。

海部氏の懐刀のこの秘書官も出身母体の日航を説得し機体を確保、中東訪問の準備を始めた矢先のことです。その計画を止めさせたのは外務省です。理由は、「中東上空は危険。とても首相特別機で中東に行かす訳にはいかない」と、言うことのようだったのです。

軍需産業を強力な支援者に抱える米国の共和党ブッシュ政権は、原油値上げを画策するイラクは軍事力で叩き潰したいのが本音。米欧で抑えている石油利権に日本が絡むのも避けたいとの思惑もあったはずです。中東外交で、各国が抜け駆けしないよう、釘を刺していましたから、外務省は米国の意向に配慮したのでしょう。

結局、海部氏の中東平和外交は立ち消えになり、多国籍軍によるイラク軍攻撃が始まりました。

◇「あの時、外務省が止めていなければ……」

しかし、この時の米国の外交・軍事戦略が本当に正しかったのか否か。今となってはその結果は明らかでしょう。

イラクと対立していたイランは対抗馬がなくなり、ますます中東で強大になることで不安定化は逆に進み、原油はむしろ暴騰。日本のバブル崩壊の引き金にもなりました。その後も、原油の値上がりは続くばかりで、世界不況の一因にもなっています。

多国籍軍によりイラク軍をクウェートから追い出した後も、サウジに米国軍を駐留させたことが、米国本土を9.11同時多発テロなどアルカイダによる攻撃の標的にしてしまいました。反撃のための米国によるイラク、アフガン攻撃は泥沼化。米国の財政悪化により、世界経済が不安定化した大きな一因でもあります。

日本はと言えば、米国戦費のうち、総計で135億ドルもの巨額の拠出を迫られたうえ、結局、自衛隊の掃海艇も派遣。この国を「崇高な理想を掲げる国」から「普通の国」へと一歩を踏み出すきっかけにもなりました。日本が出した戦費も、結局は冷戦時代に溜めこんだ武器弾薬の在庫整理に使われ、米国軍需産業を喜ばせただけで、その存在感は薄いままでした。

私はこの秘書官と親しくなり、大勢の首相番記者が集まる半ば公式の夜回り懇談の場でなく、何度も二人きりで話す機会に恵まれました。そんな時には、「中東の制空権は終始、米国が握っていた。海部さんが中東に航空機で乗り込んでも、決して危険な状態ではなかった。あの時、外務省が止めていなければ……」と、何度も悔しがっていました。

◇外務官僚の重い責任

海部氏が、中東に乗り込んだところで何が出来たか。その議論はあります。しかし、何より憲法の精神にのっとり、やってみることが大切なのではなかったでしょうか。米国が日本に「頭越しの抜け駆け外交」と批判してくるなら、「押し付けられた憲法」という論理なら、「あなた方が押し付けた平和憲法ではないですか。その国是に沿って、日本が外交を進めて何が悪いのか」と、居直ればいいのです。

もし、海部氏が何も出来なかったとしても、それは日本外交にとって得難い一つの経験になったでしょう。世界的にも「日本は確かに軍事では貢献しなかったが、和平に向けてそれなりに努力はしていた」と、「金さえ出して、何もしない国」との批判は免れていたはずです。その後の中東情勢悪化の経過から見ても、今になって日本の行動が再評価されたかも知れません。

外務官僚からは、自らの力量、やる気のなさを棚に上げ、日本の外交がうまくいかない原因を軍事力のなさにすり替える主張が絶えません。しかし私には、外務官僚が裏金で私腹を肥やし、御身大事で優雅な外交官生活を満喫するため、憲法に定められた平和外交に身を投げ打って取り組まないことの言い訳としか聞こえません。

私は、日本の国際的評価を下げ、今でも国民の憲法議論を深化させないでいる最大の責任者も外務官僚であると思っています。もちろん、そんな外務官僚に対し、見て見ぬふり。ODAの利権に群がり、外遊した時、大使館の裏金にたかって来た政治家に最大の責任があることは、言うまでもありません。

◇世界史上稀な憲法を持つ国

GHQに所属し、日本の憲法を起草した一人、米国人女性、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが昨年末死去しました。子供の頃から日本での生活経験もあるゴードンさんは生前、「日本の憲法は米国より素晴らしい。決して『押しつけ』ではない」と語り、9条などの改憲にも反対していた、と言います。

米国外交は、常に崇高な理想としたたかな国益とのバランス、計算の上に成り立っているのは間違いないでしょう。日本の憲法もそのような組み合わせの中で、原案が起草されたのも、当時の各種の文書からも垣間見えます。でも、ゴードンさんの思いにウソはなかったと、私は思っています。

ゴードンさんの思いも盛り込んだ憲法は、戦争で亡くなった多くの肉親を抱え、終戦直後、不戦の誓いをした多くの国民の共感も得て来ました。この65年間、まがりなりにもこの国の国是になってきた以上、変えるとしたら、この間、世界史上稀な憲法を持つ国として、何が出来たか、何が出来なかったか。その具体論を世界に提示、論議することなく、拙速に改憲に走ることは、国内的にも国外的にも決して許されることではないと思うのです。

私は1990年、長良川河口堰が「無駄な公共工事」だと言うことを完璧に立証する記事を朝日に止められ、編集局長に異議を申し立てた報復としてブラ勤にさせられました。正直に言うと、その18年間、何度も朝日を内部告発したい誘惑に駆られました。

告発しなかった最大の原因は、私が朝日を辞める勇気を持てなかったことが最大の原因です。しかし、少しの言い訳をさせて戴くなら、私が告発し、朝日がこれ以上、世間の信頼を失ったら、改憲のブレーキ役としての朝日の役割をどこが代わりに果たしてくれるのか、との恐れも絡んでいたのも確かです。

そんな私としては、まだまだ改憲問題について語らなければならないことが多くあります。今年のこの欄、今回から数回、朝日から記者職を剥奪され、書き残した現行憲法に関する私見の一端を書き続けていきたいと思います。ぜひ、今年も読み続けて戴ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える『報道弾圧』(東京図書出版)著者。

2013年01月12日 (土曜日)

小沢一郎氏が自民党を飛び出したことで、政界全体が構造改革の方向へ動きはじめた。自民党も旧来の方針から脱皮して、新自由主義政党へと生まれ変わりはじめる。自民党のスポンサーである財界の要望が構造改革の推進であるから、それに沿った路線に軌道修正せざるを得なかったのだ。

◇自民党の「抵抗勢力」

が、問題は従来の自民党政治により恩恵を受けてきた中小企業や農業者の不満をどうかわすかだった。構造改革を進めれば、自民党は票田を失う危険性があった。かくて自民党内に構造改革に反対する「抵抗勢力」が出現したのである。

まず、自民党は社会党と連立を組んで政権を取り戻した。そして 村山政権の時代に小選挙区制を導入。2大政党制の時代に入ったのである。以後、2つの保守勢力が構造改革の急進的な導入と、慎重な導入(抵抗勢力)を巡って、政権を争う体制が確立された。保守による2大政党制が、構想改革を推進する上で不可欠の道具になったのである。

橋本内閣は、急進的に新自由主義を導入した。大型スーパーが地方都市の商店街をつぶしはじめたのはこの時代である。ところが次の政権を取った森と小渕は、導入を減速させた。橋本構造改革に対する批判が強かったからだ。

しかし、やはり盗聴法や国旗国歌法など、とんでもないない法律が成立している。(ちなみに小渕は、当時、新聞販売懇話会の会長だった。)

◇小泉政権の登場

構造改革が足踏みしたところへ登場して情け容赦なく、構造改革を断行したのが小泉だった。しかし、小泉構造改革で貧困層が拡大して、自民党よりも民主党に対する期待が高まってきた。それが政権交代の要因になる。

なお、民主党には、住民サイトに立った政党であるというイメージが浸透しているが、実質的には急進的な新自由主義推進政党にほかならない。   実際、2009年に鳩山政権が成立した後、米軍基地問題で反米のポーズを取ってみたが、結局、財界の意向を無視することができなかった。鳩山が失脚したあと、菅と野田は、再び急進的な構造改革導入へ舵を切ったが、これが民主党本来の姿である。

こんなふうに2大政党制により、2つの保守勢力が国民の不満を吸収しながら政権交代を繰り返し、構造改革を進めているのが、現在の日本の政治である。

このような世論誘導にメディアが加担していることは言うまでもない。   2012年の衆院選では、政権の枠組みが争点になったが、構造改革という柱を基準に、状況を分析すると、自民と民主は対立構造にはなっていない。両方とも構想改革の推進政党である。

唯一の違いは、急進的に構造改革を進めるのか、慎重に進めるのかだけである。しかも、自民党にも民主党にも、急進派と慎重派が存在する。

◇「自民VS民主」は嘘

構造改革の導入そのものに反対しているのは、政党では社民党と共産党だけである。従って政党の対立構造を示すとすれば、自民・民主・公明VS社民・共産という構図が正しい。

このあたりの分析を新聞とテレビは完全に誤っている。維新は、民主党よりもさらに急進的な構造改革推進派である。

このような政治の構図を導入した「立役者」こそ小沢一郎氏ではないか?

2013年01月11日 (金曜日)

新年早々に、TWITTERで小沢一郎氏を批判したところ、ずいぶんたくさんの意見が寄せられた。(黒薮のTWITTER参照: https://twitter.com/kuroyabu

わたしが理解できない事柄として提起したのは次の点である。

構造改革の実質的な導入者である小沢一郎氏が、かなり広範な市民運動家やジャーナリストから熱烈な支援を受けている理由。

◇構造改革とは

そもそも構造改革とは何か?この問題を正しく定義する作業は、小沢氏について評論する際に欠くことができない。

結論から先に言えば、構造改革とは企業活動が国際化する状況の中で、日本企業の国際競争力を高めることを口実に、規制を緩和するなどして大企業が活動しやすい環境を整えるための大規模な制度改革を意味する。

具体的には、大企業の税負担を軽減し、規制緩和をはじめ、さまざまな形で企業活動を支援することを主眼としている。 その結果、消費税の導入、医療・福祉の切り捨て、労働者の切り捨て、公共事業の縮小、公的機関のリストラ、地方分権などが政策の柱になる。橋下大阪市長の登場もこのような脈絡の中で考えなければならない。

さらに特筆しなければならないのは、これらの改革だけではなくて、それに付随する極めて多岐にわたる「改革」が断行されていることである。たとえば自衛隊の海外での活動を正当化する有事法制などの制定である。

◇海外派兵との関係

企業活動の舞台が海外に移転した場合、企業が最も警戒するのは、政変・革命である。投資先の国で政権交代が起こった場合、ぼろもうけ出来る政治環境が崩壊する可能性がある。そこで「治安維持」を口実として、自衛隊(実際には、日米の共同作戦)が出動する態勢が求められることになる。

ちなみに繰り返し米軍による海外派兵を体験してた典型的な地域は、ラテンアメリカ諸国である。(グアテマラ、キューバ、チリ、ニカラグア等)いずれのケースも、米国のフルーツ会社など、多国籍企業の権益が絡んでいた。

安倍内閣が憲法改正を目指している背景にも、海外における企業の防衛策がある。つまり構造改革と海外派兵は、同じ線上にあるのだ。個々ばらばらの現象ではない。NHKや新聞はこのあたりの事情には絶対にふれない。

◇司法改革との関連

また、司法制度改革により弁護士人口を増やした背景にも、国際ビジネスに対応できる法曹人の育成という目的がある。司法制度改革については、パートナーの米国にも配慮して、米国企業が日本へ進出しやすくするために、司法制度を米国の基準に近づけようとしている。その結果、裁判員制度が導入されたり、名誉毀損裁判の賠償額が跳ね上がる現象も生じている。

大学院大学の設置は、少数精鋭のエリートを養成して、企業へ送り込むのが目的だ。 これだけ露骨な「構造改革」で大企業を支援すれば、当然、そのしわ寄せは弱者に及ぶ。事実、企業ではリストラの嵐が吹き荒れている。学校も荒廃している。

こうした社会問題を解決する案も国家的な規模で提案される。たとえば前安倍政権の時代に浮上した「美しい国」プロジェクト。これは愛国心を養うことで、「暴動」を抑え込むことが目的だ。古びた観念論教育の典型である。 メディアに対する取り締まりが強化されようとしていることは言うまでもない。

つまり構造改革というのは、大企業を支援するための大掛かりな制度改革にほかならない。大企業が繁栄すれば、国民の暮らしも向上するという考えがその背景にあるようだ。しかし、構造改革で大企業が内部留保を増やす一方、貧困層の増大が社会問題になり始めている。

小沢一郎氏の支持者は、おそらく構造改革により官僚の政治支配が排除できることを期待しているのではないか。この点については検証が必要だ。ただ、たとえ官僚支配を排除できても、それが国民の生活向上に繋がることにはありえない。

◇誰が構造改革を導入したのか

構造改革が本格化したのは、橋本内閣の時代である。しかし、そもそもの発端は、1993年の政変である。自民党の内部で、構造改革を提唱する小沢氏らと従来型の自民党政治(公共事業で大企業を繁栄させ、それによって生まれた税を、中小企業や農家の補助金にまわす)を主張するグループの対立が生まれる。

そして構造改革推進派の小沢氏が自民党を飛び出し、2大政党制の始まったのである。(続)

2013年01月04日 (金曜日)

明けましておめでとうございます。

「揚げ足取り」裁判の多発など、フリーランス・ライターに対する言論弾圧の嵐が吹き荒れる時代です。しかも、腐った金に踊らせて、言論弾圧に人権擁護団体のリーダーが協力する堕落ぶりです。

告発できる時、書ける時にすべてを記録しておきましょう。言論が完全に殺された後で、「あの時に書くべきだった」と後悔しないために。

10日ごろから更新を再開します。

2012年12月31日 (月曜日)

キャンディーズの「春一番」や「微笑がえし」などで有名な作曲家・穂口雄右氏を被告とする裁判が東京地裁で進行しているのをご存知だろうか?

この裁判は、ソニー・ミュージックレコーズ、日本コロムビア、キングレコードなど日本を代表するレコード会社31社が著作権違反を理由に、穂口氏が経営するミュージックゲート社(株)に対して、2億3000万円の支払いを求めたものである。提訴は、2011年8月19日。裁判の開始からすでに1年が経過し、徐々にこの高額訴訟の背景にあるものが浮上してきた。

この裁判は表向きは単なる損害賠償裁判であるが、深く掘り下げていくと、テレビ番組に象徴的に現れている日本の芸能界の劣化と深い関わりがあるようだ。裁判の舞台裏に病理がかいま見える。  が、それにもかかわらずメディアではほとんど報じられていない。

◆SLAPPが広がる中で

ミュージックゲート社は、YouTube上にある動画(ほとんどが合法)が、スマートフォンなど移動通信機器で視聴できるように、「ファイル変換」を行うTubeFireというサービスを提供していた。(提訴後にサービスは休眠)

周知のようにYouTubeは、PCやスマートフォンを所有すればだれでも手軽にアクセルできるサービスである。従ってこれらのネット環境がある場所ならどこでもYouTubeの番組を楽しむことができる。

そこに登場したのがTubeFireである。TubeFireでYouTube上にある楽曲・動画のファイル変換を行えば、スマートフォン以外の移動通信機器でもYouTubeと同じ合法楽曲・合法動画を楽しむことができる。

TubeFireのアクセス数は、1日で優に10万件を超えていた。移動通信機器の愛用者から大きな支持を得ていたのである。TubeFireが日常の中に著作権に縛られない音楽がある生活を生みだすうえで大きな貢献をしたことは言うまでない。

ところが2011年8月にレコード会社31社が、突然、ミュージックゲート社に対して裁判を提起したのである。事前の警告も交渉の申し入れもなかった。

米国在住の穂口氏は、新聞記者が東京の事務所に取材に訪れた旨の連絡をスタッフから受けて、はじめて裁判が起されていることを知ったという。賠償額は、なんと2億3000万円だった。

当時、SLAPP(口封じを目的にした高額訴訟)の取材をしていたわたしは、当然、この訴訟に関心をそそられた。

ちょうどその2カ月前にもユニクロが文藝春秋社に対して2億2000万円の支払いを求める訴訟を起こしていた。しかも、ユニクロの弁護団は裁判の成功報酬として6000万円もの大金を約されていたのだ。  ユニクロ裁判を脳裏の片隅に置きつつ、ミュージックゲート裁判の訴状を読んだとき、わたしは2億円台の賠償額が当たり前になってきたことに衝撃を受けた。

また、穂口氏を被告とした裁判は、利益最優先の大企業による提訴ではなく、文化的な資質を備えているはずの音楽関係者による提訴である事実にも釈然としないものを感じた。お金には無頓着な人が多いというのが、わたしが音楽関係者に対していだいていたイメージだった。

2億3000万円のお金を支払うように求め、ビジネス関係の訴訟に強い法律事務所と連携して裁判を起した事実に、わたしは暗い好奇心を刺激された。

ちなみにわたしは裁判の当初からある予測を立てていた。それはレコード会社側が、ミュージックゲート社だけではなくて、次にはYouTubeに対しても、高額訴訟を起こすのではないかという予測である。

と、いうのもTubeFireが提供するサービスは、後に詳しく説明するように、YouTubeなくして成立しないからだ。また、音楽の無料配信によってレコード会社が被害を被っているというのであれば、TubeFireよりもYouTubeの方がはるかに影響が大きいからだ。  が、結局、YouTubeに対して訴状が出されることはなかった。

◆何を根拠にした提訴なのか?

レコード会社31社が提訴の根拠にしたのは、TubeFireが「『YouTUBE』上にアップロードされた音源や動画をダウンロードすることができ、(黒薮注:視聴者が)CDやDVDを購入したり、正規の音楽配信サイトからダウンロードしたりすることなく、音楽や映像を視聴」(訴状)できるサービスを提供しているという分析である。

しかも、TubeFireが「音源や動画を変換した電子ファイルを、直に被告の管理するサーバに?蔵置?しているので、(仮に、当該電子ファイルが『YouTube』上では削除されていたとしても)利用者からの要求があれば、電子ファイルを送信することにより、利用者は『TUBEFIRE』のサーバから、直接、音源や動画をダウンロードすることができるようになっている」という。

これらの主張を整理すると、TubeFireを利用すれば、YouTubeで視聴できる楽曲・動画を、いつでも自由自在にダウンロード・保存することが出来るという論旨になる。かりにそれが事実であれば、音質に特別なこだわりを持たないのであれば、CDも、DVDも不要になる。このような状況をTubeFireが生みだした結果、レコード会社が損害を受けたので、2億3000万円を支払えという主張である。

訴状によると違法にダウンロードされたファイルの総数は1万431ファイル。厳密な数字を提示してきたのである。2億3000万円という額は、ファイル数1万431件をひとつの根拠として試算した額である。

ところが後述するように、レコード会社側は、訴状で主張の根拠としていた1万431ファイルを証拠として提出することが出来なかった。提出した証拠ファイルの数は、わずか128個。何を根拠に訴状で1万431ファイルという厳密な数字を訴状に明記したのか、現在のところ判然としていない。

今後、裁判所に新証拠が提出される可能性もあるが、現段階ではその確率は極めて低い。 ? わたしがこの裁判にSLAPPの側面があるのではないかと疑っているゆえんである。純粋な意味での損害の回復とは別の何らかの目的で提訴が先走ってしまった印象をぬぐえない。

ちなみに高額訴訟を起こすことで被告の行動を抑制するSLAPP「戦略」は、今世紀の初頭にサラ金の武富士がフリージャーナリストを次々に提訴したのを皮切りに、急激に広がった。米国にはSLAPPを規制する法律があるが、日本の司法界では、SLAPPの概念すら曖昧になっている。訴権の濫用という概念があるだけだ。

◆穂口氏の主張

レコード会社側の提訴に対して、穂口氏はどのような反論を試みているのだろうか。以下、2つの観点を紹介しよう。

まず、第1に穂口氏は、レコード会社側が展開しているTubeFireがダウンロードのサービスであるという主張の誤りを指摘する。TubeFireは、汎用ファイルの「変換サービス」であるというのが穂口氏の主張である。

ちなみに通信の効率化を図るためにファイルを変換するサービスは違法行為ではない。また、通信障害の回避を目的として変換ファイルを一時的に複製することも、著作権法で認められている。YouTubeが著作権法違反に問われないゆえんにほかならない。

第2の観点は、YouTubeやTubeFireが備えている著作権保護システムである。ます、YouTubeの著作権保護のシステムについて説明しよう。楽曲・動画の権利者は自分の作品から作成された動画や音声が、YouTubeにアップロードされていないかを自動的にサーチすることができる。そして該当するものが見つかった場合、次の3つの対策を選択できる。

1、「収益化する」 2、「統計情報を収集する」 3、「YouTube からブロックする」

その他にもYouTubeは、ほぼ完璧な著作権保護システムを構築している。 詳しくはYouTubeの著作権センターのサイトを参照にしてほしい。 (ここをクリック=YouTubeの著作権センター )

YouTubeの著作権保護システムが機能していれば、その下流にあたるTubeFireが著作権違反を犯す可能性は極めて少ない。

しかも、TubeFireも著作権を保護するための独自のシステムを構築している。  その代表的なものは、YouTubeに新しい動画・楽曲がアップロードされた後、48時間はファイル交換サービスを提供しないシステムである。

なぜ、48時間なのか?それはYouTubeで公開された違法作品は、YouTubeの著作権保護システムによりおよそ48時間以内に削除されるからだ。

他にも、キャッシュサーバに蓄積された「ファイル変換」済みデータを、定期的に削除更新するシステムなどがある。これにより変換済みのファイルは、通常、7日程度で削除される。また、48時間を経過したファイルも、その後に著作権侵害が判明した場合には、対象ファイルを即座に削除する著作権保護システムを備えていた。

◆レコード会社側は証拠を提出できず

さて、裁判の中でレコード会社側が訴状に明記した「違法ダウンロード」ファイル・1万431個は、何を根拠にした数字なのかという疑問が浮上した。この数字を根拠として、2億3000万円のお金を支払うべきだと主張しているわけだから、明らかにしなければならない点である。

穂口氏は、「違法ダウンロード」ファイル・1万431個の証拠を開示すように求めた。もともとTubeFireのサービスはファイル転換であって、ダウンロード・保存ではないのだから、1万431個の根拠を開示するように求めるのは当然の要求である。

これに対してレコード会社側は2012年9月に、争点になったファイルについての説明を明記した準備書面(4)を提出した。

しかし、この準備書面で明らかにした「違法ダウンロード」のファイル数は、わずかに128ファイルだった。しかも、これらのファイルをサーチするために使ったツールは、自分たちで開発したソフトだった。第3者による調査ではない。

この段階になってレコード会社側が訴状に明記した「違法ダウンロード」1万431ファイルという数字は、何を根拠にしたものなのか、まったく訳が分からなくなったのである。通常は、1万431個の「違法ダウンロード」ファイルが存在することを確認し、証拠を押さえたうえで、訴状を執筆するものだが、そのようなプロセスを踏んでいなかったようだ。念のために訴状の記述を紹介しよう。

原告らは、被告の管理するサーバに蔵置されている本件音源等に係る電子ファイル数を調査したところ、本件サービスにおいて複製等されていた本件音源等のMP3ファイル等の総数は、1万431ファイルであり、原告ごとのその数は、別紙ファイル数・損害賠償額一覧表中の各『TUBEFIREに蔵置されているファイル数』欄記載のとおりであった。

さらに次のような記述も、何を根拠にしたのか、さっぱり分からない。以下、記述を引用してみよう。

なお、平成23年7月14日乃至同月29日までの間、「YouYube」上にアップロードされている電子ファイルのうち、国情報が日本である電子ファイルで、かつ、「YouTube」上の「音楽」カテゴリーにあたる電子ファイルから無作為に500件抽出し、被告の管理するサーバに蔵置されている数を調査したところ、約99パーセントにあたる494件が蔵置されていた。そして、蔵置されているファイルのうち、違法に蔵置されたと言い得るものは、少なくとも471件であり、これは、蔵置されているファイルの約95%にあたる。(略)

また、同様に、「YouTube」上にアップロードされている電子ファイルのうち、国情報が日本である電子ファイルから無作為に500件抽出し、被告の管理するサーバーに蔵置されている数を調査したところ、415件が蔵置され、そのうち、違法であると言い得るものは、少なくとも約65パーセントにあたる270件であった。

数字の根拠が謎として浮上したのである。

◆穂口氏をターンゲットにした理由

かりに根拠が乏しいのに高額な金額を要求して、穂口氏を法廷に引っ張り出したとなれば、少なくとも訴権の濫用に該当する。提訴の目的が、穂口氏の活動を抑制することにあれば、SLAPPということになる。

改めて言うまでもなく、裁判を起された側は、提訴が原因で精神的にも経済的にも負担を被る。  ミュージックゲート社は、提訴された結果、TubeFireの「休眠」を余儀なくされた上に、弁護士を雇わなければならない。さらに穂口氏が作曲家であることを考慮すると、精神的な不安が集中力を妨げ、創作活動に大きな影響を与えかねない。

わたしはこの裁判の大きな背景には、レコード業界がTubeFireによって業績が悪化したと考えている事情があるように思う。実際、日本レコード協会の調べによると、CDアルバムの生産金額は、2002年が約3713億円だったが、2011年には約1653億円に激減している。

業績悪化の原因が、YouTubeやTubeFireによる無料の音楽配信サービスやCD海賊版の普及、さらには楽曲の違法ダウンロードにあると考えたレコード関係者が、穂口氏をターンゲットに絞って裁判を起した可能性が高い。著名な作曲家が著作権法を踏みにじって裁判にかけられ、2億3000万円を請求されているというストーリーを組み立てれば、それだけでもCD離れを起している層に対する警鐘効果は抜群なものがある。新世代の音楽リスナーが萎縮して、著作権に敏感になることは容易に想像できる。

無秩序な規制緩和が進行する中で、若い世代の間に深刻な貧困がますます広がっている。彼らがCDに頼らずに新しい手法で、生活の中に音楽を取り入れていく傾向は、今後、ますます顕著になっていくだろう。こうした状況の下でレコード会社は危機感を募らせて、穂口氏を高額訴訟にかけることで、音楽リスナーに警告を発したのではないか。それがわたしの仮説である。

◆深刻な社会病理

事実、レコード会社はこのところ著作権に対して異常なほど神経を尖らせている。たとえば違法ダウンロードに懲罰を課する改正著作権法(10月から施行)の施行直前には、音楽関係者が「STOP!違法ダウンロード広報委員会」なるものを設立した。? 同委員会のホームページにアクセスして、最初に飛び込んでくるのは、次の標語である。

ご存知ですか、音楽・映像の違法ダウンロードは、刑事罰の対象になることがあります

「著作権料を受け取るのは、わたしたちですから、違反者は警察に訴えますよ」と宣言しているに等しい内容だ。あらゆる方法を駆使して著作権違反を摘発したいという意思が露骨に現れている。露骨な利己主義である。

苦境に立たされているレコード会社の事情は理解できる。しかし、十分な根拠がないことを前提に、「揚げ足取り」のようなかたちで高額訴訟を起こせば人権侵害になる。弁護士も弁護士倫理の問題が生じて、自分の職をリスクにかけることになりかねない。

著作権法が正しく運用されなければならないことは言うまでもない。しかし、最近は、それとは逆に、むしろ著作権を道具に露骨なビジネスを展開する動きが顕著になっている。

たとえば放送局が音楽出版を経営して、そこに所属する歌手を優先的に自社のテレビに出演させる現象が起こっている。それにより流行歌が、恣意的に作られ、多額の著作権料が音楽出版に流れ込む。

米国ではFCC(Federal Communications Commission連邦通信委員会)などの監督機関を通じて放送局の公共性を厳重に監視しているが、日本には厳格な監督機関が存在しないため、このようなビジネスモデルが可能になっているのだ。関係法が不明なために、放送局が音楽出版を経営することを禁止できないのである。

その結果、電波という公共の財産を独占して、利益誘導を図るモデルが生まれたのだ。  この問題については、「黒書」で関連サイトを紹介しているので参照にしてほしい。調査報道の手法であきれた実態を暴いている。

(参考記事=吉本興業に群がる放送とパンチコの面々、ソフトバンクも、改正著作権法で利権?)

現在の芸能界やレコード業界のあさましい実態、著作権法改正による違反者の懲罰化、それに穂口氏に対する根拠の乏しい2億円訴訟は個々ばらばらの現象ではない。互いに関連している。音楽文化の普及よりも、いかにして音楽をビジネスに直結させてDCなどの売り上げを伸ばすかが当然のことのように追求される風潮の中で、社会病理が次から次へと浮上している。

そこでは人間性すらも喪失されてしまう。そして、本当に音楽を愛し、自分が感じ取った歌の素晴らしさを、多くの人々と共用しようとしているアーティストが法廷に立たされる悲劇も起こりうるのだ。  ミュージックゲート裁判は、このような脈絡の中で考えなければならない。

2012年12月31日 (月曜日)

 ◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

この秋から掲載を始めさせて戴いたこの欄。あっという間に10回を数え、新しい年を迎えようとしている。既成メディアや司法の劣化にも触れた。私はこの国がまともなブレーキ役を失いつつあるのではないかと思っているからだ。その結果が、「壊れたこの国の姿」である。

民意はどうあれ、年末選挙で自民は圧倒的多数の議席を得た。この国は来年、どんな軌跡を描こうとしているのか。改めて志しを持つ強力なブレーキ役の出現を期待する年の瀬である。

◆「壁耳」による取材

突然だが、政治記者の伝統的な取材手法に「壁耳」というのがあるのをご存知だろうか。何のことはない。壁に耳を当て、部屋の中でどんな話が交わされているか、盗み聞きする、あれである。壁耳は昔から政治記者に許されてきた取材手法である。

盗聴器などハイテク機材を使うのはご法度。それなのに、何故、壁耳が許されているのか。読者はきっと不思議に思われるはずだ。理由は、壁耳なら記者が聞き耳を立てて取材しているのが、周りで見ていて、一目瞭然だからだ。

政治家や官僚には公式の記者会見などでは話せない本音がある。しかし、何とか記者に知らせ、記事にしてもらいたいこともある。そんな時には、記者が壁耳していることを承知で、部屋の外にも聞こえるくらいの大声で話す。記者はそれを聞いて、記事にする。

だから、本当に記者に内緒で話したいことがあれば、壁耳している記者に、「今日は、壁耳は駄目」と、その場から排除する。注意されない限り、壁に耳を当てて漏れてくる話を聞き、記事にすることは、半ば慣習的に公認されていると言う訳である。 壁耳している記者に会話を聞かせた政治家や官僚は、その内容が漏れて記事になり、万一、世間で物議をかもしても、素知らぬ顔。「そんな話をした覚えはない。記者が勝手に書いたか、聞き間違ったのでは」と、すっとぼけられる。政治報道とは、記者と政治家・官僚とのそんなゲーム感覚で成り立っているとも言えるのだ。

◆ブレーキ役の後藤田

前にもこの欄で書いた。私は40歳を前にして、右も左も分からないいまま、この政治取材の世界に放り込まれた。1990年秋、イラクがクウェートに侵攻した湾岸危機・戦争の真っ最中だった。イラク制裁のために、米国など多国籍軍が編成され、自衛隊を中東に派遣するか否か、国内で熱い憲法論争が展開されていた。

私は海部首相番として、首相官邸の中で記者クラブに詰め、仕事をすることになった。そこには朝日だけで10人の記者がいた。ある日のことだ。政治記者経験は私より長いが、年若のある官邸記者が内閣法制局に取材に行き、部屋の前で壁耳していた。

法制局は、憲法上、自衛隊の海外派兵は、憲法9条に照らして認められないとの立場だった。しかし、米国から外圧もあり、海外派遣に道を開くような解釈変更を迫る政治的圧力が強まっていた。法制局幹部はそれに対抗するために、派兵を体を張って止めた後藤田氏のことを改めて記者に知って貰い、記事になることを期待したのだろう。次のような話を外で壁耳している記者にも聞こえるほどの声で話し始めた、と言う。

「前回のイラン・イラク戦争では、当時の中曽根首相は自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣しようとした。でも、後藤田官房長官は『憲法上認められない』と閣議決定の署名をせず、体を張って止めた」

「後藤田さんが言っている通り、海外派遣は憲法上、疑義がある。後藤田さんはきちっと法制局の見解を踏まえてくれた」。

ざっとこんな会話だった、と言う。

もちろん、私たちはこの話をヒントに取材を進めた。法制局として自衛隊の海外派遣には、憲法解釈上問題がある事や、イラク・イラン戦争で中曽根政権当時、一時、海外派遣を決めかけた。でも、法制局からも疑義が出て、後藤田氏がブレーキ役となり、中東への自衛隊派遣が見送られたことなどを改めて報じた。その上で、イ・イ戦争で派遣出来ないものが、どうして湾岸戦争で派遣出来ることになるのかとの疑問も呈した。

元警察庁長官。もともとタカ派のイメージが強かった後藤田氏だ。実は筋金入りのハト派だとの世間の認知が広がり始めたのも、この頃からだったと思う。

その後私は、自衛隊海外派遣を巡る連載班に組み込まれ、後藤田氏に直接取材する機会にも恵まれた。後藤田氏は「私は何も中曽根さんのための官房長官をやっていた訳ではない。国民のための官房長官として仕事をしている。憲法解釈では、中曽根さんは危ない。私は官房長官として、当たり前のことを言ったまでだ」と、当時のいきさつも含め、包み隠さず話してくれた。

後藤田氏は、戦前、旧内務省官僚として軍部の暴走を見て来た。官僚として、それを止められない無力、兵器を持つ軍が一人歩きしていく怖さを身をもって知っている一人だ。そのため、憲法論でも、防衛論でもその見識は人一倍だった。

首相の決断を官房長官が覆すなど前代未聞だ。でも、中曽根氏は後藤田氏に一目置き、その方針に従ったのは、そんなところにあったのだろう。こんな強力なブレーキ役を得た中曽根政権だ。だから長続きしたと、私はその時、改めて思った。

◆メディアの劣化

私は、何故、この話を披露したか。それは今の世の中,後藤田氏のような見識・経験を踏まえた本物のブレーキ役がいなくなっているのではないかと、深く危惧するからに他ならない。

過去の中選挙区時代は、自民党の中にも、それぞれ色合いの違う各派閥があり、その綱引きの中で方針が決まっていた。だから、それなりに党内議論が深まる余地はあった。

しかし、小選挙区になり、党幹部に反逆すれば干され、場合によっては党かに公認すらもらえないケースもある。後藤田氏まではいかなくても、少しは勉強し、自分なりのきちんとした見識を持つ若手がいればいい。

でも、ポスト欲しさに、深く考えないまま、党の方針に追従する若い翼賛議員も数多くいるのが現状ではないだろうか。

その中で4割の得票を得ただけで、8割の議席を占められる小選挙区制度の追い風を受けた自民が、ブレーキ役を持たないまま暴走を始めれば、どうなるのか。早速、安倍政権は、国債の大量発行を示唆。政・官・業の癒着はさらに加速し、借金頼みの公共事業の大復活は目前だ。来年、参議院選の結果次第では、憲法改正も政治日程に上がってくるだろう。

私は、調査報道を通じ、利権・天下りにしか頭にない官僚の節操、倫理観の欠如をさんざん見て来た。政治もブレーキ役不在なら、その代替えを果たすとしたら、メディアと司法である。でも、その劣化も、政治に負けず劣らず激しいと言わざるを得ない。

◆戦前回帰の危険性

拙書「報道弾圧」で詳しく書いたように、「無駄な公共事業の典型」と言われた長良川河口堰で、当時の建設省が建設理由としていた「治水上不可欠」は全くウソであることを、私は入手した数々の極秘資料により解明し、記事にしようとした。しかし、朝日は私の記事を止めたことに何の反省もなく、編集局長に異議を申し立てた私から、「記者職」を剥奪したのは、劣化の一例だ。

読売も、押し紙批判報道を続ける黒薮哲哉氏の口を塞ぐため、訴訟を次々提訴した。そこには、ペンにはペンで対抗する。そんなジャーナリズムの基本すら忘れられ、司法と一体となって、「表現・報道の自由」を縛る側に回るメディアの姿がある。

朝日や読売の中に、ジャーナリストとしてのきちんとした見識を持つブレーキ役がいたなら、こんな行為は止めたと思う。

私が、この欄で書くきっかけになったのは、その中で孤軍奮闘する黒薮氏を何とか応援したいためだったことは以前にも触れた。書き始めてすぐ、iPS細胞臨床応用報道の誤報、尼崎連続変死事件顔写真の取り替え、橋下出自差別報道…と、メディアの不祥事が相次いた。

私の記者経験から原因の深層を探り、この欄に書いた。官僚と同様、利権組織になったメディア。そんな中での幹部の劣化が、若い記者にも伝染。ジャーナリズム・ジャーナリストとして最も必要な素肌感覚での座標軸を欠如してしまっているのではないかが、私の結論でもあった。

「誤報を防ぎ、『人々の知る権利』に応えることに、いかに真剣になるか」「弱い人の側に立ち、いかに権力を監視するか」。ジャーナリズム・ジャーナリストなら当たり前に持たなければならない使命感だ。ブレーキ役不在で、社内事情が優先する中、既成メディアのジャーナリストの多くが、それを見失っているのだ。

司法についても、「報道・表現の自由」を強引に縛ろうとする戦前回帰の危険な体質を、私と黒薮氏の裁判実例で書いた。

司法の基本は、真実を解明することにいかに真剣になれるか、である。また、憲法で保障する「表現の自由」と、人々の「人権・名誉」。その相克の中で、いかに両立を目指す判決を書くことに真摯になれるかでもある。

しかし、私の訴訟で、裁判官は一切の事実審理を拒否し、真実を解明しないままに事実と正反対のデッチ上げ判決で、人々の「知る権利」を妨害した朝日を勝訴させ、最高裁までそれを支持した。

黒薮氏の裁判では、言葉尻の事実誤認を捉え、最高裁は逆転判決を出してまで「名誉毀損」の成立を認めた。それが「表現・報道の自由」を縛ることになり、結局、人々の「知る権利」を侵害することになる事にはお構いなしだ。

両判決とも、最高裁に司法としてのきちんとした見識を持つブレーキ役が不在であることの何よりの証明だろう。

つまり、人々の「知る権利」に応えることに真剣になれないメディアと「知る権利」を縛ることに熱心な司法の姿……。その下で、「ブレーキ役」不在のこの国はどこへ暴走するか分からない危険ゾーンに突入しているのである。

小選挙区制度で議席だけ増やした安倍バブル。お札を刷って、景気対策する安倍バブル…。バブル、バブルで株も上がり、世間が浮かれている間も、ブレーキ役不在で早くも原発が再稼働に向け動き出し、八ツ場ダムも建設再開に向け、大きく舵を切り始めている。でも、そんなバブルが長続きするはずもない。後藤田氏が生きていたら、どう言うかと、考える年の瀬である。

◆安部バブル

今年のこの欄は、これで終わる。来年、多くの心配を抱えてこの国は船出することになるが、どうか読者の皆さんは、いい年をお迎えください。私は、微力でもこの欄で、少しばかりのブレーキの役割を果たしていきたいと思っています。ぜひ、来年もお読み戴ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2012年12月31日 (月曜日)

「政府による広告費支出」の情報開示請求により、このほど2700枚を超える膨大な資料が開示された。内閣府から入手した資料によると、国の借金が増え続けるなかでも、2007?2010年の4年間で、朝日、読売、毎日、日経、産経の紙面広告に対して、計約50億円も支出されていたことが分かった。

最高額は、読売とその広告代理店に対する約21億円。時期をみると自公政権時代に支出が突出しており、民主党政権になって支出が抑制されたことも分かった。広告単価はABC部数に準じて設定され、ほとんど変動がなかった。

第二次安倍内閣では新聞族議員2人が入閣を果たしており、政府広報を増加に転じさせたり、その増減をカードにメディア対策を取る強い懸念がある。開示資料をもとに、新聞利権の実態を検証した。(続きはマイニュースジャパン)

2012年12月27日 (木曜日)

山本一太議員が安倍内閣の沖縄・北方相に就任した。26日付けの「黒書」で、政調会長に就任した高市早苗氏が日本新聞販売協会(日販協)から政治献金を受けていることを報じたが、山本一太議員も新聞業界とは特別な関係をもってきた。政治献金の額では、高市氏の比ではない。

しかも、献金の届け出先は、その大半が地元・群馬県の選挙管理委員会である。(政治資金の届け出は、地方の選管と総務省の2箇所あるが、総務省にはまったく届け出ていない議員もいる。)

群馬県選挙管理委員会が管理する2009年度の政治資金収支報告書によると山本議員は、新聞関係者から総額707万円円の政治献金を受け取っている。

このうち467万円は、群馬県新聞販売組合と称する団体からのものである。新聞販売店の業界団体の可能性が強いが、事務所の所在地は、群馬県の地方紙である上毛新聞社と同じ、前橋市古市町1?50?21となっている。 ? そのほかの主な献金者は、次の通りである。

群馬県産経会   :20万円

群馬県複合合売会 :50万円

群馬県連合新聞折込:10万円

群馬県東京会     :20万円

2004年度から2008年度までの5年間では、約3128万円の献金を受けている。

(参考記事:山本一太議員 新聞業界から3千万円献金、見返りに露骨な業界保護活動)?

献金の見返りとして山本議員は、新聞特殊指定の維持に努めてきた。2006年に公取委が新聞特殊指定の撤廃を目論んだ時は、高市早苗議員と共に、新聞特殊指定に関する権限を公取委から奪うための議員立法を準備した。

山本議員と新聞業界の深い関係は周知の事実になっているが、実は父親の山本富雄議員も日販協と深い関わりをもっていた。山本富雄議員は1990年代の初頭に日販協の顧問を務めている。

◆日販協の「1円運動」

当時、日販協は再販制度の維持に向けて、自民党の中川秀直議員らに急接近していた。次に示すのが、1991年の自民党新聞販売懇話会の議員リストである。大物議員が続々と名を連ねている。(中川議員の名前がないのは、選挙で落選していたため。)

(議員リスト=ここをクリック)

日販協から政界への政治献金が始まったのはこの頃であるが、その方法は特殊なものだった。新聞販売店に対して新聞1部に付き1円の献金をお願いする。たとえば2000部扱っている販売店は、2000円。3000部の店は3000円である。

1部に付き1円とはいえ、全国の新聞発行部数が4000万部だったとしても、4000万円にもなる。もっとも日販協に加盟していない新聞もあるので、このように大きな数字になっていたとは思わないが。

(「1円運動」を伝える日販協月報=ここをクリック)?

その後、日販協は政治連盟を結成して献金を続けている。

山本一太議員が安部内閣に加わったことで、新聞は安倍内閣のPR部隊に化する危険性が高い。安倍内閣が苦慮する沖縄問題の報道に影響が出ないだろうか?

2012年12月26日 (水曜日)

安倍晋三総裁を長とする新政権発足に伴い、高市早苗議員が政調会長に就任することになった。メディア黒書では、新聞族議員の政治活動を断続的に伝えてきたが、高市氏もクローズアップしてきた議員の一人である。

先月、公表された政治資金収支報告書によると、高市氏は2011年度、日本新聞販売協会(日販協)から60万円の政治献金を受けている。内訳は次の通りである。

6月3日  セミナー参加費  20万円

11月7日? セミナー参加費  40万円

(政治資金収支報告書=ここをクリック)

 2010年度も60万円。内訳は次の通りである。

5月12日  セミナー参加費  20万円

10月29日? セミナー参加費  40万円

さらに2009年度は40万円である。内訳は次の通り。

10月27日? セミナー参加費  40万円

高市氏と新聞業界が親密な関係になったのは、2006年、公取委が新聞特殊指定の撤廃を打ち出した時期である。

新聞特殊指定を撤廃するか否かの権限は、公取委の手中にある。そこで高市氏や山本一太議員ら「新聞族」が、議員立法によりこの権限を公取委からはく奪するために、独禁法の改正を試みようとしたのである。

『新聞通信』(8月3日)によると、7月28日、高市氏は日販協通常総会に来賓として姿を現した。そして次のような発言をしている。(この時期は、高市氏らの「活躍」で、すでに特殊指定維持が決っていた。)

「独禁法の改正案として2本作りましたが、最終的には法制局の審査を両方とも通った。状況がいい方(特殊指定維持)に変わり、今は日販協側に法律案そのものを渡してあります。今後何か起きたら、その時はいつでも提出できる安全パイを持てたことは良かった」

周知のように新聞特殊指定は現在も維持されている。これにより水面下の大きな社会問題である「押し紙」(偽装部数)にもメスが入いらい状況が延々と続いている。

安倍内閣に新聞業界と極めて親密な高市氏が加わることで、自民党のメディア対策は万全なものになる公算が高い。情報コントロールによる被害を受けるのは、国民である。