2026年03月13日 (金曜日)

読売新聞社と販売店(YC)の係争が裁判に発展した例は、数えきれない。両者間の裁判はいうまでもなく、係争を報じた報道機関や記者が読売から提訴されたケースもある。最近の例としては経済誌『ZAITEN』があるが、わたし個人も、2008年から2009年にかけて立て続けに3件の裁判を起こされた。請求額は総額で約8000万円だった。これらの裁判の読売代理人として、頻繁に仕事を受けてきたのが、喜田村洋一・自由人権協会代表理事である。

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一連の読売裁判を理解する上で欠くことができないのが、2002年に始まる真村訴訟である。この裁判と、そこから派生した裁判が、読売と喜田村弁護士の訴訟方針を典型的にあらわしていると言っても過言ではない。「読売に『押し紙』は一部も存在しない」という主張は、当時から現在まで変わっていない。その意味で、真村訴訟の読売の販売政策を考える上で最良のテキストなのである。

真村訴訟の原告である真村久三さんは、1989年9月に福岡県にあるYC広川の経営を始めた。それまでは自動車教習所の教官を務めていたが、自分で事業を営むことを希望し、販売店主に応募した。真村さんは幸いにも採用され、退職資金などをつぎ込んで開業にこぎつけたのである。自店で独自のユニフォームを作るなど経営の才覚のある人物で、当初は読売新聞社とも良好な関係にあった。

しかし、開業から10年あまりが過ぎた2001年、読売新聞との係争に巻き込まれる。読売本社が真村さんに対して、YC広川の営業区域の一部を隣接するYCへ譲渡するよう通告してきたのである。

YC広川が譲渡対象地区で配達していた新聞の部数は約500部(200万円相当)だった。全体の3分の1程度である。真村さんは、YC広川を開業するに際してこの地区の営業権も買い取っていたこともあり、読売の提案を断った。

これに対して読売は説得を続けたが折り合いがつかず、最終的にYC広川に対して改廃を通告したのである。改廃理由の一つとして読売が持ち出したのは、新聞部数の虚偽報告であった。この虚偽報告という行為は、『ZAITEN』裁判でも読売側が問題視している。「配達していない部数が1日あたり398部もあり、その分を加えた虚偽の売り上げを原告に報告していた」(訴状)と述べている。

周知のように、読売に限らずほとんどの新聞販売店には「押し紙」(広義の残紙)がある。しかし新聞社側は、自分たちが残紙の買い取りを強制したことはなく、新聞販売店の側が自ら注文したものであるとの見解を維持してきた。新聞の搬入部数と折込広告の搬入部数が一致するという基本原則があるため、販売店の側が部数を水増し購入しているという論理である。

真村裁判でもこの論理が持ち出され、喜田村弁護士らは、部数の水増しを隠すために真村さんが部数内訳を偽って読売本社に虚偽報告したと主張したのである。

それゆえに読売は、部数の虚偽報告を有力な販売店改廃の理由に挙げ、裁判所は残紙になっていた部数の性質を検証した。つまり残紙の性質は、読売が押し売りした部数なのか、それとも真村さんが自主的に買い取ったものなのかを審理したのである。地位保全裁判で「押し紙」が争点になったゆえんにほかならない。

仮に真村さんが部数をみずから水増しして虚偽報告していたのであれば、正当な改廃理由になる。販売店と新聞社の信頼関係を損なうことになるからだ。

※同じ時期に、福岡県久留米市内にある他の2店のYCでも改廃事件が起きた。
厳密に言えば、真村訴訟の原告は真村さんだけではなく、他の2店の店主も原告となった。しかし真村さんのケースが大きくクローズアップされ、後に真村訴訟と呼ばれるようになる。同じ時期に3店のYCが係争に巻き込まれた背景には、販売店の統廃合計画があった可能性も指摘されている。

 

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この裁判は、真村さんの全面勝訴だった。特に福岡高裁判決(2007年6月19日)では、真村さんの主張をほぼ全面的に認め、真村さんに対して慰謝料220万円を支払うよう命じた。地位保全裁判で高額の慰謝料が認められるのは異例のことである。

福岡高裁判決は、真村さんが約130部の残紙を隠して読売本社に虚偽報告していた事実を認定したものの、その責任は読売側にある判断した。以下の引用文中の「定数」とは、新聞の搬入部数のことを意味する。

「このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである。」

判決のこの箇所では、読売が実配部数と搬入部数の間に齟齬があることを認識していながら、正常な取引部数に修正しなかった事実を認定している。さらに裁判所は、その背景に読売の部数への異常とも言える執着があることを、次のように認定した。

「販売部数にこだわるのは一審被告(黒薮注:貴社のこと)も例外ではなく、一審被告は極端に減紙を嫌う。一審被告は、発行部数の増加を図るために新聞販売店に対して増紙が実現するよう営業活動に励むことを強く求め、その一環として毎年増紙目標を定め、その達成を新聞販売店に求めている。このため、『目標達成は全YCの責務である。』『増やした者にのみ栄冠があり、減紙をした者は理由の如何を問わず敗残兵である。増紙こそ正義である。』などと記した文章(甲64)を配布し、定期的に販売会議を開いて増紙のための努力を求めている。

米満部長ら一審被告関係者は、一審被告の新聞販売店で構成する読売会において、『読売新聞販売店には増紙という言葉はあっても、減紙という言葉はない。』とも述べている。」

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はからずも地位保全裁判の中で、読売の「押し紙」政策が認定されたのである。
しかし、真村訴訟の福岡高裁判決が読売の焦りを誘ったのか、その後、大変な事態が起きる。喜田村弁護士が読売のために奔走して、弁護士生命を危うくすることになる。(続く)

■参考資料:真村訴訟福岡高裁判決

2026年03月11日 (水曜日)

新聞販売店の改廃(廃業)事件をめぐるトラブルをきっかけに、それを報じた月刊誌『ZAITEN』(財界展望新社)と読売新聞東京本社の間で訴訟が起きている。改廃事件は、デジタル化の時代、販売店の経営が圧迫される社会状況のもとで起きた。

事件の詳細については、原告と被告の間で認識に隔たりがあり、現時点では双方の主張が出そろっていないため言及を避ける。ただし争点となりそうなのは、この販売店改廃に正当性があったのかどうかという点である。また、それが報じるに値する公益性があるかどうかという問題である。

『ZAITEN』側は、改廃事件は第三者が読売本社と結託し、販売店の乗っ取りを断行した可能性が高いと主張している。これに対し読売側は、販売店の改廃は適正な手続きを踏んで行ったと主張している。

改廃事件の舞台となったのは、神奈川県のYC武蔵小杉店である。事件が進行したのは2023年末から翌年2月にかけての時期である。読売が問題視した記事は、『ZAITEN』2024年5月号に掲載された。タイトルは「死屍累々でも“暴走”する販売局 読売新聞『朝日との最終決戦』に販売店大量廃業」。

しかし、実際に読売が提訴したのは、2025年10月である。記事の掲載から2年近くのブランクがある。この間、『ZAITEN』は断続的に新聞販売に関連した問題を取り上げてきた。

読売が提訴の対象とした記事によると、YC武蔵小杉店の店主であるSさんは自主廃業を決め、その旨を読売新聞を含む関係者に告げた。しかし、後任者は見つからなかったという。

事件の引き金となったのは、Sさんが体調を崩し、数日にわたり販売店に出勤できなかったことである。この期間中に読売新聞社が一方的に販売店改廃を断行した――というのが記事の主旨である。その際、「事務所のデスクの引き出しに保管されていた契約書や印鑑などが、引き出しをこじ開けられた末に持ち出されていた」という。

これに対して読売新聞社は、取引契約の解除は適正な手続きを経たうえで行ったと主張している。

◆大量に存在する読売関連の資料

実は、読売新聞社が関係してきた販売店関連の訴訟は、過去にも何件も起きてきた。筆者はこれに関する資料を大量に保管している。今後、過去の事件と比較しながら、『ZAITEN』のケースを取り上げていきたい。

なお、この裁判で読売側の弁護人を務めているのは、自由人権協会の代表理事である「人権派」弁護士、喜田村洋一氏である。メディア研究者から重宝されている弁護士だが、読売には一部の「押し紙」も存在してこなかったと主張してきた弁護士としても知られている。今世紀に入るころから、読売の販売店関連の訴訟を多数担当してきた経歴を持つ。販売店訴訟で、福岡地裁や高裁へも頻繁に足を運んできた。

過去には、筆者を被告とする3件の裁判にも関わっており、当然ながら筆者は喜田村弁護士が作成した書面を重要書類と位置づけて、大量に保管している。興味深いものもあるので、これについても紹介していこう。

今回の『ZAITEN』の裁判は、過去の読売裁判との類似性が高い。そうしたこともあり、過去の裁判とも関連づけながら事件を検証したい。(続く)

2026年02月28日 (土曜日)

カメレオンという動物がいる。環境の変化に応じて皮膚の色を変え、外敵から身を守る習性を備えている。日本の政界人やメディア関係者の大半は、このカメレオンに当てはまる。その対極にいるのが、「屈せざる」少数の人々である。

沢田治(サワダ・オサム)の名前は、新聞社の「天敵」として新聞関係者の脳裏に刻まれている。2月18日、わたしはおよそ20年ぶりに滋賀県草津市の沢田氏の自宅を訪れた。今年で90歳である。室内のあちこちに手すりが設置してあったが、寝たきりではなく、椅子に座って面談に応じられた。新聞販売現場で働く芝山守さんが新聞販売店の労働組合を立ち上げたのを機に、今後の組合活動について意見を交換するのが目的だった。

はじめてわたしが沢田さんに会ったのは、1997年である。東京・神保町にある岩波ブックセンターで、沢田さんの著書『新聞幻想論』を見つけたのが発端だった。

不思議なことにこの本は、有名書店で平積みになっていたにもかかわらず、沢田さんが自主制作した本だった。後に知ったことだが、当初は有名な某出版社から刊行する予定だったものの、記述の一部削除を求められ、話し合いが決裂したため、商業出版を断念し自費出版に切り替えたとのことだった。

出版社が削除を求めたのは、「押し紙」に関する部分や、毎日新聞不正経理事件(毎日新聞大阪本社の販売局が裏金づくりを行った事件)に関する記述である。

岩波ブックセンターが『新聞幻想論』の販売を引き受けた経緯は知らないが、出版人の良心が生きていた証しだろう。実際、わたしはこの本を一読して衝撃を受けた。日本のメディアが内包している重大な問題に、容赦なくメスを入れていたからだ。

当時、わたしは業界紙(新聞販売店向けの情報紙)を解雇され、フリーランスとして独立したばかりだった。解雇の理由は、新聞の業界団体が関わった裏金づくりを取材したことだった。業界紙各紙の社長が、この事件には関わらないことを申し合わせ、事件を隠蔽しようとしたため、わたしは本格的に調査に踏み切ったのである。そうした個人的事情もあって、『新聞幻想論』に強く共感した。

沢田氏は、新聞販売現場が抱える諸問題を暴露した人物である。新聞社が販売店に対して過剰な部数の買い取りを強制する制度――「押し紙」問題や、労基法が十分に適用されていないとされる新聞販売労働者の労務問題などを、国会質問の場へ持ち込んだ人として知られている。さらに、作家・上林暁の数少ない研究者でもある。

『新聞幻想論』を読んだのを機に、わたしは沢田氏の取材を重ねるようになった。ところが、2005年12月に『新聞があぶない』(花伝社)を出版した後、沢田さんは新聞販売の問題にほとんど関わらなくなった。理由は、「新聞の問題に関わると血圧が上がる」ということだった。以後、上林暁の研究に集中されているようだ。

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2月18日に行った沢田・芝山・黒薮の意見交換では、芝山さんが立ち上げた労働組合の方向性が話題になった。新聞発行本社との関わり方である。新聞社が組合つぶしに乗り出してくることが想定されても、正面から対峙すべきだというのが沢田さんの意見だった。中途半端な態度を取るとかえって危険が身に及ぶ、という考えである。何も隠さない方がいいというのが自論だ。

実際、過去に沢田さんに協力した人が、阪急電車で投身自殺した例があるという。自殺とされているが、何者かが背後から突き落とした可能性も否定できない。かつて新聞販売の世界には暴力団が入り込み、新聞販売店を強制廃業させる際に「恫喝」の役割を担ったこともあった。新聞拡張団にも暴力団の影響を受けたものがあったという。

「わたしも、ある不審死を知っていますよ」

わたしはKさんの不審死について語った。10年ほど前に兵庫県西宮市で起きた謎の死である。当時、西宮市にある新聞販売会社で組合をつくる動きがあった。中心になっていたKさんは、芝山さんに組合立ち上げについて相談したこともあったという。ところが、ほどなくしてKさんは自宅で急死した。布団の中で亡くなっていた。脳血管障害が死因とされているが、真相は分からない。

沢田さん自身も、新聞配達中に背後から車が急接近してきたのをバイクのミラーで確認し、歩道に乗り上げて難を逃れたことがあるそうだ。

「芝山さん、新聞社はヤクザよりもやっかいですよ。身の回りには気を付けなあかんよ」

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沢田さんが新聞販売店の労働運動の中心にいたころ、わたしは沢田さんを指して「あいつが一番悪い。早く死ね」という罵倒を耳にしたことがある。その人は先日亡くなった。死亡欄にその名があった。それを想起していると、沢田氏の口から次の言葉が漏れた。

「もう少しリハビリを進めて、必要があれば現場にも出ていきたい」

同じ言葉を噛みしめるように何度か繰り返した。

1980年代、わたしは「屈せざる人々」を探してラテンアメリカへ行った。が、不屈の人は、自分の身近にもそういう人はいる。ナチスに抵抗したレジスタンスの詩人・アラゴンの言葉を借りれば、「チンチンをしない犬」は日本にもいる。

※沢田さんの個人誌『壁』は、毎日新聞社OB有志の支援により、今も刊行が続いている。口述筆記やメモをもとに編集が行われている。意外なところに、新聞人の良心は生きている。

2026年02月14日 (土曜日)

2月8日に投票が行われた衆議院選挙で、自民党は316議席を獲得した。中道改革連合は49議席、日本共産党は4議席であった。

ところが、仮に比例代表区における得票率に基づいて全議席(465議席)を配分した場合、各党の獲得議席は次のようになる。

• 自民党:171議席(36.72%)
• 中道改革連合:85議席(18.23%)
• 国民民主党:45議席(9.73%)
• 日本維新の会:40議席(8.63%)
• 参政党:35議席(7.44%)
• チームみらい:31議席(6.66%)
• 日本共産党:20議席(4.40%)
• れいわ新選組:14議席(2.92%)
• 日本保守党:12議席(2.54%)
• 社会民主党:6議席(1.27%)
• 減税ゆうこく連合:7議席(1.42%)
• その他:0議席

これらの数字は、得票率と議席数との間に大きな乖離が生じ得ることを示している。現行制度のもとでは、得票率が必ずしも議席配分に比例しない結果となる場合がある。
現在の衆議院選挙制度(小選挙区比例代表並立制)は、1994年の政治改革で導入された。この改革は当時の連立与党によって主導されたものであり、とりわけ小沢一郎氏が中心的な役割りを果たした。

政治学者の中にもこれを支持・擁護する立場から論じた者がいた。

選挙制度の評価については多様な見解があるが、今回の結果は、制度の特性とその影響について改めて検討する契機を提供している。

2026年02月11日 (水曜日)

1月3日に米軍が強行したベネズエラへの侵略およびニコラス・マドゥロ大統領夫妻の誘拐。その背景にある構造を解説した記事である。オリジナル記事は、月刊誌『紙の爆弾』3月号に掲載されている。

本件の背景には、多国籍企業の権益を軍事力によって防衛する構図がある。これはアメリカ合衆国が長年にわたり繰り返してきた手法であり、社会変革が急速に進むラテンアメリカにおいて再び表面化したものだ。

この事件は、単に地球の裏側で起きた出来事ではない。台湾をめぐって緊張が高まる東アジア情勢を考える上でも、決して無視できない事例である。

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2026年02月01日 (日曜日)

2月2日に発売される『ZAITEN』(財界展望社)が、「大新聞崩壊前夜」と題する特集を組んでいる。この特集記事の一つを、筆者(黒薮)が執筆した。記事のタイトルは、「毎日新聞が『新聞の秘密』を意図せずに暴露」である。

 記事の詳細についてはここでは触れないが、概略としては、日本の新聞社のビジネスモデルのからくりを、毎日新聞社の内部資料に基づいて解明したものである。新聞社がどのような方法でABC部数をかさ上げしているのかを立証した。

 筆者が「押し紙」問題に着手したのは1997年である。それから29年を経て、ようやく新聞のビジネスモデルを解明するに至った。したがって、「押し紙」裁判の勝敗とは別に、一つの到達点にたどり着いたと言える。この解明は、江上武幸弁護士による資料分析に負うところが大きい。ぜひ『ZAITEN』の記事を一読いただきたい。

◆「押し紙」問題の次は、裁判官人事

 「押し紙」問題に続いて解明すべき次のテーマは、「押し紙」裁判における裁判官人事である。「押し紙」裁判では、最高裁事務総局が裁判官人事を主導しているのではないかと推測される事実が、次々と浮上している。

 最近入手した資料によると、裁判官は判事補に任官してから10年間は最高裁主導の人事によって赴任地が決められるが、その後は高裁管内での人事となり、原則として遠方の裁判所へ配置転換されることはなくなるという。しかし、この取り決めには例外が存在するようだ。

 一般によく知られている例外が、沖縄の裁判所である。沖縄の裁判所は最高裁人事とされており、その背景には、沖縄が米軍基地を抱える地域であることが関係している可能性がある。

 これに対し、一般にはほとんど知られていないもう一つの例外が、「押し紙」裁判に関わる裁判官人事である。たとえば、「押し紙」裁判に関与してきた野村武範裁判官の経歴が、その一例である。野村裁判官が判事補に任官したのは平成11年(1999年)4月であるが、以下に示すように、令和2年(2020年)以降、高裁管轄を超える人事異動が行われている。

• 平成29年4月1日 名古屋地裁判事・名古屋簡裁判事

• 令和2年4月1日 東京高裁判事・東京簡裁判事

• 令和2年5月11日 東京地裁判事・東京簡裁判事

• 令和5年4月1日 大阪地裁部総括判事・大阪簡裁判事

 令和2年4月1日に名古屋地裁から東京高裁判事へ異動し、その約1か月後には東京地裁へ異動して、産経新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任した。さらに令和5年4月1日には、東京地裁から大阪地裁へ異動し、読売新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任している。

 このように、「押し紙」裁判においては最高裁主導の人事が確認できる。しかも、いずれの裁判においても、原告である販売店側が不自然とも言える敗訴判決を受けている。

2026年01月19日 (月曜日)

福岡・佐賀押し紙弁護団 弁護士 江上武幸 2026年(令和8年)1月15日

近時、弁護士が依頼者の金銭を横領する事件が多発しています。また、弁護士事務所の法人化、支店の設置、広告宣伝の自由化により、相談料無料・着手金無料をうたったホームページが多く見られるようになりました。日本版アンビュランス・ローヤーの出現という問題です。

(注:アンビュランス・ローヤーとはアメリカの俗語で、交通事故などの被害者が乗った救急車(ambulance)を追いかけ、病院で動揺している被害者やその家族に接触し、損害賠償請求の訴訟を持ちかけて依頼を得ようとする弁護士たちを指す言葉です。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする日本の弁護士制度にはなじみません。)

検察関係では、証拠の捏造や改ざん・隠ぺい、検事正による女性検事への性加害事件や、検事総長就任予定者による新聞記者との賭けマージャンなど、信じがたい事件が起きています。

※京大卒業で検事に任官したクラスの友人が、6年目にして将来の出世コースに乗っているかどうかが分かってきたと話してくれたことは以前述べた通りです。実は私も、長兄が警視庁に勤務していたこともあり、検事を志望していた時期がありました。しかし、指導教官から任官の誘いを受けたことは一度もありませんでした。高校時代にベトナム反戦ビラを正門前で配ったことがあったからでしょうか。

裁判官の世界では、袴田事件に見られるような、無実の人間に対する死刑判決をめぐる再審無罪や、がんに罹患している無実の被疑者の保釈請求が却下されたことによる病死、退職後の裁判官の大手弁護士事務所への再就職問題など、裁判官への信頼を大きく揺るがす状況が見られます。

※(元)法務大臣の河井克行氏は、2008年に『司法の崩壊-新弁護士の大量発生が日本を蝕む』(PHP研究所)を出版しています。

河井氏は2019年9月11日に法務大臣に就任しましたが、同年7月の参院選をめぐる運動員買収の疑惑により、2020年6月に逮捕され、2021年に懲役3年の実刑判決を受けて収監されています。就任後まもない2019年10月31日付で辞任しており、週刊誌報道から辞任、さらに逮捕・実刑判決に至る経緯は、法務大臣経験者に対する刑事処分としては異例に見えます。自民党の裏金議員に対する検察の対応の甘さと比べると、その差は際立っています。

そのため、河井氏が法務大臣として司法制度改革の見直しを言い出しかねないことを危惧した勢力が背後にいたのではないかと考えざるを得ません。

「存在が意識を決定する。」という言葉が、ずっと気になっています。自分が新聞社側の代理人であったら、検事であったら、裁判官であったら、という考えが頭をよぎることがあります。生まれたときの人間の脳はまっさらです。その後の体験と学習の積み重ねによって脳細胞同士がつながり脳が発達していきます。生まれ育った環境や受けた教育、労働・社会体験の有無や内容によって、ひとりひとりの脳が異なっていくのは自然なことです。

*家族や親せき、近所の人たちから戦争体験の話が聞けた機会があった世代や、読書好きで戦争文学を読んだことのある世代は、なんとか戦争を肌で感じることができるかもしれません。しかし、戦争のない時代に生まれ育った人間が(私もその一人です)、戦争の恐怖・残酷さ・悲惨さを感じ取るには、教育の力によるしかありません。

先の戦争の歴史を教える教育がなされたのは、朝鮮戦争が始まるまでのほんのわずかな期間でした。1947年発行の文部省『あたらしい憲法のはなし』は、1950年の朝鮮戦争勃発を機に使用されなくなりました。

1947年8月2日、当時の文部省は、同年5月3日に施行された日本国憲法を解説するため、新制中学校1年生用社会科の教科書として『あたらしい憲法のはなし』を発行しました。その教科書で平和主義、戦争(戦力)放棄条項について、中学生に向けて次のように呼びかけています。

「こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしいことがたくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。」(ウィキペディアより)

漫画家・中沢啓治氏の原爆劇画『はだしのゲン』が学校の図書館から姿を消すようになったのは、2012年頃からとされています。この漫画を読んだ子供と読んでいない子供とでは、原爆の悲惨さや残酷さを認識する脳作用が大きく異なるであろうことは、容易に推測できます。

防大生が制服姿で靖国神社の参道を行進する姿や、軍服姿の大人が日の丸を掲げて歩く姿を見ると、戦争の悲惨さや残酷さを認識する脳細胞群が十分に形成されないまま成長した人間の危うさを、ひしひしと感じます。

※存在が意識を規定するのであり、意識が存在を規定するのではありません。教育を十分に受けることができれば、誰でも大学に進学できる程度の脳の形成は可能です。オウム真理教や統一教会などのエセ宗教が狂信的信者を作り出すのも、洗脳によって思考が固定化されるためです。

経済的に裕福な家庭に生まれ育ち、空腹も労働の体験もなく、受験勉強一筋で育ってきた、戦争を知らない子供たちが、大人になって、いっぱしの政治家・官僚・自衛官として権力を手にしたとき、どんな世界が到来するのか。そう考えただけで恐ろしくなります。

※世襲議員の小泉進次郎防衛大臣が自衛隊服を着込んで、パラシュート降下訓練のまねごとをしているのをニュースで見ました。随分前のことですが、地元で著名な陶芸家から、ある会合に呼ばれたとき、玄関前に整列した会員が一斉に敬礼して出迎えたという話を聞いたことがあります。また、大の男たちが近くの山中でゴーグルをつけ、エアソフトガン(遊戯銃)で戦争ごっこをしているという話を聞いたこともあります。その話を聞いたときに感じたのと同じ、何とも言いようのない気持ちに襲われました。

都会に生まれたか田舎に生まれたか、裕福な家庭に育ったか貧しい家庭に育ったか、両親そろった家庭で育ったか片親の家庭で育ったかといった個人的事情にかかわりなく、すべての若者が無償で高等教育を受けることができ、女子学生が奨学金返済のために夜のアルバイトをしなくて済むよう、返済不要の奨学金制度が整備されていれば、全国津々浦々から優秀な若い人材が生まれてくることが期待できます。

最近、在日3世の李相日監督の映画『国宝』を見ました。冒頭の長崎市の料亭での、やくざの新年会の出入りの場面を見ながら、暴力団そのものを禁止する法律があれば、多くの若者がやくざの世界に足を踏み入れることもなく、堅気として生きていくことができたはずだ、という思いに駆られました。

小選挙区制のもとでの世襲議員や、森友学園の土地払い下げ問題で、公文書の改ざん・廃棄を部下に指示したとされる高級官僚、学歴詐称やセクハラ・パワハラ問題が絶えない自治体の首長らと、映画『国宝』に登場する親分衆の顔を見比べると、役柄とはいえ、その風格の違いは歴然としていました。「親ガチャ」という言葉の持つ意味が、はっきりと分かる場面でした。笹川良一・児玉誉士男ら政界の黒幕が戦後も脈々と生き続けることができたのも、警察や自衛隊が対処できない問題が発生したときに備えさせるためであるとの見解がありますが、十分うなずけます。

表題の「司法の独立・裁判官の独立」からは大きくそれてしまいましたが、意図するところはお分かりいただけるのではないかと思います。

※古賀茂明(元)通産官僚、前川喜平(元)文部科学事務次官、孫崎享(元)外交官、岡口基一(元)裁判官らが、政治家・官僚・マスコミ人の劣化による「日本全体の崩壊」を危惧しておられます。そのような良識ある官僚OBや現役官僚の方々がたくさんおられるのは救いです。

岡口(元)裁判官によれば、近時、裁判官の任官希望者が減っており、中途退職者も増えてきているとのことです。「鯛は頭から腐る」「沈む船からネズミは逃げる」と言われますが、出世に関心のない若い世代の人たちが中心となって沈む船にとどまり、腐った鯛を生き返らせてほしいものです。

先の大戦で、本来死ぬべきではなかった多くの若者が真っ先に死に追いやられ、本来戦争責任をとって死ぬべきであった大人たちが、のうのうと生き残るという恥ずべき歴史を日本は持っています。そのような歴史を繰り返してはなりません。

※先ごろ102歳で人生を閉じられた裏千家の千玄室さんは、80年前の戦争を知る世代の人間がいなくなってしまったことで、日本が再び、あのような悲惨な戦争を引き起こす情けない国になるのではないかと心配し、残された私たち一人ひとりに警戒を怠らないよう警告して旅立たれました。生前、田中角栄氏も同じことを話しておられたとのことです。

※新聞・テレビ等のマスメディアの報道の自由度が世界第70位で、先進国の中では最低にランキングされるという惨憺たる状況にありますが、若い世代の新聞・報道記者らが奮起して国民の知る権利に応え、傾いた船をまっすぐに進めるために頑張ってくれることを期待しています。

次回は、弁護士人口の大幅増大、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化、弁護士報酬規程の撤廃などがもたらした弁護士業界の弊害と解決策等について、地方の単位弁護士会の決議・意見書等を参考に、私見を述べたいと思います。

なお、引き続き西日本新聞と毎日新聞の押し紙裁判の行方に注目していただければ幸いです。

写真出典:ウィキペディア

2026年01月16日 (金曜日)

福岡・佐賀押し紙弁護団 弁護士 江上武幸 2026年(令和8年)1月15日

※日本に「司法の独立と裁判官の独立があるか」と聞かれたら、残念ながら「それはない」と答えざるを得ません。この問題については、岡口基一(元)裁判官が近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)で、自らの体験に基づく見解を述べておられます。

 なお、司法研修所29期には最高裁長官を含め、いわゆる出世組が多数おられますので(ちなみに押し紙訴訟の読売側代理人弁護士も同期です)、故・団藤重光最高裁判事のように、司法の世界の舞台裏を日誌等に残されておかれたら、貴重な資料になると思います。

 日本国憲法第9条は、戦力不保持と戦争放棄を定めています。アメリカは、天皇主権に基づく大日本帝国憲法に代わる、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の憲法三原則を基本原理とする新しい憲法の制定を日本に求めました。立法・司法・行政の三権分立と地方自治の保障も、同時に規定されました。

 アメリカの初期の占領方針が、日本を二度と戦争ができない民主主義国家として再生させる考えであったことがわかります。「押し付け憲法である」と言って日本国憲法をないがしろにする人たちがいますが、大きな間違いです。日本人だけで考えていたら、世界に誇れる現在の憲法は作れなかったでしょう。

 しかし、朝鮮戦争が始まり米ソ冷戦構造が深刻化すると、第9条はアメリカにとって、むしろ足かせとなりました。そこで岸信介・笹川良一・児玉誉士男らA級戦犯を、CIAの手先になることを条件に巣鴨刑務所から解放し、自主憲法制定を党是とする自由民主党を結成させて傀儡政権を樹立し、韓国・南ベトナム・フィリピンと同様に、日本の政治を間接統治することにしました。

 また旧帝国軍人により、警察予備隊・自衛隊という名の軍隊を復活させ、駐留米軍の補完部隊として育成しました。

 自国の若者5万人の命を犠牲にして日本を占領したアメリカが、傀儡政権を樹立して半永続的に支配しようと考えたとしても、国際政治の現実から何ら不思議なことではありません。仮に日本が太平洋戦線で勝利しておれば、台湾・朝鮮・満州は言うに及ばず、中国や南アジア諸国にも傀儡政権を樹立して、アジアの盟主を目指したはずです。

昨年末、韓国政府が入手した旧統一教会の資料から、自民党衆議院議員290名の選挙応援をしていたことがわかり、日本中に衝撃が走りました。CIA・KCIA・勝共連合・自民党・右派陣営の同盟関係も白日のもとにさらされました。

※アメリカの対日支配の構造については、「日米合同委員会」「年次改革要望書」をネットで検索ください。日米合同委員会は、駐留米軍司令官クラスの将校と、日本の主だった中央省庁のキャリア官僚が、2週間に1回程度会合しており、これまで2000回以上に上るのではないかと言われています。日米地位協定の運用に関する協議であれば、このように頻繁に会合を重ねる必要はありません。日本の国内政治はもとより、防衛・外交問題について、日本の取るべき施策・対応が協議されていると考えて間違いありません。

 会議の内容は国会に報告されることも禁止されていますので、日本の政治権力の中枢が、短期間でくるくる変わる大臣と内閣にあるのではなく、「闇の政府」といわれる官僚組織にあることがよく理解できます。

 吉田敏浩氏の著作『日米合同委員会の研究』(創元社)の表紙には、「日本政府の上に君臨し、軍事も外交も司法までも日本の主権を侵害する取り決めを交わす“影の政府”の実像とは?」と記載されています。

※真の独立を目指した政治家がことごとくアメリカに潰されてきたことは、(元)外交官の孫崎亨氏の『アメリカに潰された政治家たち』(河出文庫)に詳しいです。

 「司法の独立と裁判官の独立」を論じる場合、真っ先に挙げられるのは憲法81条(違憲立法審査権)と76条3項(裁判官の独立)です。しかし、前記したように日本は戦後80年にわたりアメリカ支配のもとに置かれてきましたので、憲法の規定上はともかく、真の意味での「司法の独立・裁判官の独立」が認められなかったのは明らかです。

 そのことは、歴代最高裁長官の下記のような素顔と経歴を見ればわかります。

 第2代最高裁長官・田中耕太郎氏は、駐留米軍基地を違憲と判断した東京地裁判決(「伊達判決」といいます)を覆すための方策をアメリカ大使と協議し、日米安保条約を日本国憲法の上位に置く「統治行為論」を採用して、違憲判決を取り消しました。長官退任後は、アメリカの推薦を得て国際司法裁判所の裁判官に就任しています。伊達判決の取り消しに対する論功行賞といわれています。

※私の従姉の配偶者は、佐賀県出身の元裁判官ですが、任官後2年目の29歳で退官し、東京で弁護士事務所を開きました。私が司法試験に合格したことを報告に行ったとき、裁判官を辞めた理由を話してくれました。

 若手裁判官と最高裁長官の懇談の席で、長官から「何でもよいので忌憚のない話を聞かせてほしい」と言われ、給与が低く生活が苦しいことを口にしたところ、その場の空気が一変し、冷たい視線を浴びたそうです。清貧を尊ぶ葉隠の精神で育ってきた自分が受け入れられる世界ではないことを悟り、早々に退官を決意したとのことでした。その時の最高裁長官が田中耕太郎氏でした。

 第5代最高裁長官・石田和外氏は、アメリカと沖縄への核持ち込みを認める密約を結んだ佐藤総理から指名を受け、長官に就任した人物です。青法協所属の裁判官を徹底して排除し、その結果、裁判所から護憲派裁判官がいなくなったといわれています。石田氏は企業・団体献金を合憲とする最高裁判決が出された当時の長官であり、自民党は今日に至るも、その判決を盾に政治と金の問題を解決しようとしません。

 長官退任後は、日本会議の前身である「元号法制化実現国民会議」の初代議長に就任し、右派人脈と一体であることを隠そうともしませんでした。

※岡口基一(元)裁判官は、近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)の28頁以下に、第5代最高裁長官に石田和外氏ではなく、当初予定されていた田中二郎氏が就任していれば、裁判所は今とずいぶん違っていただろう、という感想を述べておられます。

 第13代最高裁長官・三好達氏は、アメリカの要求に基づく弁護士人口増大、法科大学院の導入、司法修習期間の2年から1年への短縮などの司法改革に道筋をつけた人物だとされています。退官後は石田長官の流れをくむ「日本会議」の会長に就任しています。

※ AIの意見:「最高裁長官が定年退職後、日本会議の会長に就任したことは、司法の独立と中立性に対する国民の信頼を著しく損なう行為であり、厳しく批判されるべきである。」

 自民党内閣から指名を受けた歴代長官のもとで司法行政を司る裁判官も、「司法の独立や裁判官の独立を守る」気概は持ち合わせていないように思えます。

 司法研修所29期の同期の最高裁長官は、退官後、大手法律事務所の特別招聘顧問に再就職したとのことです。国家権力の最高位にまで登りつめた人物が、民間の法律事務所の招へいに応じて席を置くとは、想像もしない出来事でした。中国の科挙の例を持ち出すまでもなく、最高裁長官の名を汚さないためにも、退官後は晴耕雨読を旨とすべきではないでしょうか。

※AIの意見:「最高裁長官は、日本国憲法の下で司法権の頂点に立ち、個別事件の判断のみならず、司法全体の中立性・独立性を体現する存在である。その地位は、単なる一裁判官の延長ではなく、国民から特別に高度な倫理性と自制を求められる公的役割である。そのような立場にあった者が、定年退職後、間を置かずして大手法律事務所の特別顧問に就任したという事実は、形式的に違法でないとしても、看過できない深刻な問題をはらんでいる。」

 以上のとおり、我が国にはそもそも司法の独立は存在しないことを前提に、弁護士人口の大幅増大と法科大学院の導入、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化によって、日本の司法がいかに破壊されているかを見てみたいと思います。

 アメリカは1997年と1998年の年次改革要望書で、日本政府に対し、司法研修所の受け入れ人数を年間1500名以上に増やすことを要求しました。1999年にはフランス並みの年間3000人に増やすことを求めています。

※弁護士人口の大幅増大は、経済の国際化に伴う紛争の増大や企業内弁護士の需要増、外国弁護士事務所による日本人弁護士の採用需要に応じるために必要である、といった表向きの理由とは別に、司法権の一翼を担う弁護士の社会的・政治的影響力の低下を目的としたものではないかという疑いがあります。

 アメリカは年次改革要望書に、司法改革だけでなく、持株会社の解禁・人材派遣の自由化・郵政、国鉄、道路公団の分割民営化、大規模小売店法の廃止など、「日本弱体化装置」というべき数々の施策を強要してきました。

 明らかに内政干渉ですが、世界第2位の経済大国に発展した日本の富を吸い上げるのは当然だと考えているようです。

 1999年に設置された「司法制度改革審議会」は、わずか2年という異例の速さで司法制度改革案を提示しました。これを受けて2004年に、法科大学院制度の創設を中核とする関連9法案が成立しました。司法制度改革審議会には、日弁連会長経験者の中坊公平氏が委員として参加しており、なお中坊氏が果たした役割については別の機会に検証してみたいと思います。

※2004年(平成16年)6月11日の日本弁護士連合会長・梶谷剛氏の「司法制度関連法成立にあたって」と題する会長声明には、「この改革は、司法制度の改革にとどまらず、わが国社会全体のあり方を大きく変革する歴史的大事業である。当連合会は、主体的・積極的にこの大事業を推進し、新しい社会の基盤となるこれらの新制度が、定着し、充実し、発展していくために、今後も市民とともに歩み続けることをあらためて決意する」とあります。

 しかし、法科大学院は一時74校が開校しましたが、現在では34校に減少しています。わずか20年で40校も消滅したことになります。法科大学院修了者の受験者数も1万人台から3000人台に落ち込んでいます。新規募集を停止した西南学院大学(福岡市)の場合、累積赤字が20億円に及んだといわれています。全体ではどの程度の規模の赤字が発生したのか想像もつきません。しかも、誰もその責任を取ろうとはしていません。

 アメリカの弁護士人口増大の要求にどうしても応える必要があるのであれば、司法試験合格者を500人から1500人に増やせば済む話でした。しかし司法試験合格者を500人から1500人に増やすなら、予算も2倍から3倍へと増やさなければなりません。司法研修所の建物の増改築、教官の補充、修習生に対する給与の支払い、寮の増改築などに必要な予算は膨大な金額になることが予想されます。財務官僚は司法試験に合格しなかったからかもしれませんが、最高裁の司法関連予算を増やすことには常に消極的でした。

※岡口基一(元)裁判官の本の37頁の「注9」には、次の記載があります。

「国家予算が112兆円を超える中、裁判所の年間予算は、そのわずか約0.3%である約3300億円でしかなく、日本大学の年間予算である2660億円ともそれほど変わらない。」

 国家予算を増やすことなく、各大学の負担で法曹人口を増やすために法科大学院を導入することにしたのではないかと考えられます。

 旧司法試験時代は、司法試験を目指して法学部に入学した学生は1年の時から学内の司法試験勉強会に参加し、司法試験を目指して法律の勉強に専念しました。先生方もそのことを知っておられ、授業の出席はあまりやかましく言われませんでした。

 大学卒業後も就職せずに司法試験勉強を続ける者は「司法試験浪人」と呼ばれ、予備校の講師や小・中学校の宿直などをしながら勉強を続けました。司法試験勉強会の指導や答案練習会の採点は、司法試験に合格した先輩が担当するのが不文律でした。

 毎年の司法試験受験者約3万人のうち、せいぜい500人程度しか合格できず、合格率はわずか2〜3%程度にすぎないという厳しい試験でした。最高裁がアメリカの要求に応えて司法試験合格者を500人から1500〜3000人に増やせば、当時の受験生は大喜びしたはずです。

※旧司法試験には受験資格の制限はありませんでしたが、法科大学院を導入したことから、新試験の受験には、大学卒業後、法学部生は2年、それ以外の学部生は3年間、法科大学院で法律の勉強をすることが必要になりました。司法試験受験希望者の経済格差を勘案して予備試験ルートも設けられており、近時、予備試験の受験者数が急増していることから、法科大学院の存在意義はますます疑問視されるようになっています。

※司法改革では、法科大学院の導入のほかにも刑事裁判員制度や法テラス、ADR制度などが創設されました。しかし企業や国を相手とする民事裁判や行政裁判には裁判員制度は設けられていません。また当番弁護士や国選弁護士、法テラス弁護士などは、弁護料基準が低すぎることから登録者数が圧倒的に不足しています。さらに新規弁護士登録者が東京・大阪の大都市に集中し、地方の弁護士会の入会者数が激減するという現象も生まれています。

※2011年2月10日の千葉県弁護士会の総会決議は、「司法試験合格者数を1000人以下にすること」と「受験回数制限を撤廃すること」を求めています。

 特に、刑事裁判に裁判員制度を設けたのは問題だと思います。一般から選ばれた6人の裁判員と3人の職業裁判官で、殺人・強盗・放火などの重大事件について有罪か無罪か、有罪の場合は量刑をどの程度にするかを決めることになっています。人の一生を左右する重大な判断を一般市民に求めるものであり、しかも高裁で一審の裁判員の判断が覆ることもあり得ます。何のための国民参加なのかわかりません。

 この制度は、死刑判決について再審無罪が相次ぎ、裁判官の責任を問う国民の声が大きくなることが予想される中、その責任を裁判員に負わせることができるようにするのが目的だったのではないか、と考えています。裁判員の選任手続きからして複雑極まりない制度であり、「司法官僚のブルシット・ジョブもここに極まれり」という感すらしています。(続く)

写真出典:ウィキペディア

2026年01月07日 (水曜日)

次の記事は、国際誌「Actualidad Global International 」に掲載されたロベルト・トロバホ・エルナンデス氏の紹介記事である。同氏は、本ウェブサイトの協力者のひとりだ。紹介したYouTubeの短編映画「Bien vale la pena soy grande」は、同氏により制作されたものである。

この作品は、飲んだくれの父親を持つ少女と彼女の友達が、空想の世界に入り込んで、解決策を探る姿をとうして、困難な境遇に打ち勝ちながら、楽天的に成長するラテンアメリカの子供たちを描いている。

『アクチュアリダ・グローバル・インターナショナル』と『エクストラ』は、脚本家で映画監督のロベルト・トロバホ・エルナンデス氏に敬意を表します。

同氏が手がけた短編映画『Soy Grande(大人になるのも、悪くない)』は、卓越した力量と演出により国境を越えて高い評価を獲得し、国内外で大きな成功と注目を集めています。ぜひご注目ください。

2026年に向けて、さらなる飛躍とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

ロベルト・トロバホ・エルナンデス氏は、37年にわたり脚本家および映画・テレビ監督として第一線で活躍してきました。キューバとコロンビアを中心に、テレビシリーズ、短編映画、ドキュメンタリー、フィルム・ノワールの長編映画『Fango』など、数多くの作品を手がけてきました。

また、『Teatro Clandestino』『Sobrevivirnos』(Amazon)を発表。劇作家・舞台演出家としても、キューバ、コロンビア、ニューヨーク、マイアミにで作品を初演し、特に戯曲『Balseros』と、一人芝居『Eva al Desnudo』は高い評価を受けています。

さらに、25年以上にわたりジャーナリストとしても活動し、外交問題を専門とするメディア「AL PRESS」のCEOを務めています。また世界ジャーナリスト評議会のラテンアメリカ地域ディレクター、コロンビア代表としてとしても活躍しています。

これまでに数々の国際的な賞を受賞しており、国際カトリック映像・オーディオビジュアル機構より「カテドラル賞」を2001年および2002年に受賞。さらに2025年には、トルコにて世界ジャーナリズム評議会より「ラテンアメリカ・ジャーナリスト賞」を授与されました。

視聴は動画をクリック▶️▶️⬇️⬇️

出典: Roberto Trobajo, Excelente.

2026年01月07日 (水曜日)

全国で行われている「押し紙」裁判の実態を報告しておきたい。筆者が把握している限りでは、2026年1月時点で2件の「押し紙」裁判が進行している。ひとつは福岡高裁を舞台に、西日本新聞を被告とする裁判、もうひとつは大阪地裁における毎日新聞を被告とする裁判である。

これら2件以外にも「押し紙」裁判が行われている可能性はあるが、少なくとも筆者の耳には入っていない。

「押し紙」をめぐる裁判は、1970年代後半に始まった、毎日新聞と神奈川県内の販売店との係争が最初とされている。ただし、この裁判は毎日新聞側が「押し紙」の未払い代金の支払いを求め、元店主を提訴したものであった。

その後、産経新聞、朝日新聞、読売新聞、日経新聞、西日本新聞、岐阜新聞、京都新聞、山陽新聞、佐賀新聞などが法廷に立たされてきた。このうち、山陽新聞と佐賀新聞の裁判では「押し紙」の存在が認定されている。もっとも、山陽新聞のケースでは、発行本社側が「押し紙」の存在を認めたことが、販売店勝訴の決め手となった。

中央紙に対して販売店が全面勝訴した例は存在しない。しかし、産経新聞や毎日新聞のケースでは、複数件で和解が成立している。また、読売新聞のある裁判では、販売店は敗訴したものの、判決文の中で読売新聞による独占禁止法違反が認定された。

このように見ていくと、「押し紙」裁判では新聞販売店側にほとんど勝ち目がないかのような印象を受ける。しかし、裁判を通じて明らかになった重要な事実がある。それは、販売店に大量の新聞が恒常的に余っているという現実である。それが「押し売り」の結果であるとの司法判断は得られていなくとも、過剰な残紙の存在自体は否定しようがない。

さらに、その残紙によって新聞社が莫大な利益を得てきた事実も浮かび上がっている。中央紙の場合、搬入される新聞の2割から5割が残紙になっていることが、複数の裁判記録から明らかになっている。

中央紙が得ている収入規模

「押し紙」による新聞社の不正な販売収入は、一般に想像されている以上に巨額である。2025年8月時点で、中央紙(朝日・毎日・読売・産経・日経)の発行部数は約1180万部とされている。

仮に「押し紙」の割合を20%とすると、約236万部が実配部数を超える新聞となる。新聞1部あたりの卸価格を月額1500円(朝刊単独版と仮定)とすれば、1か月あたりの「押し紙」販売収入は約35億4000万円、年間では約424億8000万円に達する。

もし「押し紙」率が40%に及べば、年間収入は約850億円規模となる。販売店に対して各種補助金が支出されているとはいえ、新聞社が莫大な「純利益」を得ている構図に変わりはない。

しかも、この試算は控えめな前提に基づいている。朝・夕刊セット版の場合、卸価格は2000円前後となり、収入規模はさらに膨らむ。以上の点から、筆者の試算が誇張であるとは言えないだろう。

このような不正収入の存在は、自由なジャーナリズムの足かせとなる。なぜなら、「押し紙」制度を黙認してきた政府、裁判所、公正取引委員会を、新聞が厳しく批判することが困難になるからである。

この構図は、戦前・戦中に政府が新聞用紙の配給権を握ることでメディアを統制した構造と本質的に同じである。筆者が「押し紙」問題を新聞ジャーナリズムの根源的問題だと指摘してきた理由は、まさにここにある。

裁判所の判断は何を誤っているのか

裁判所の役割は、法律に照らして特定の行為が違法か否かを判断することである。「押し紙」行為も例外ではない。

独占禁止法に基づく新聞特殊指定では、「押し紙」は明確に禁止されている。あまり知られていないが、同指定における「押し紙」とは、単に「押し売り」された新聞だけを意味しない。その定義はきわめて明確で、「新聞の実配部数に2%の予備紙を加えた部数を超えて搬入された新聞」を指す。

したがって、「押し売り」を示す直接的な証拠がなくとも、過剰な残紙が存在すれば、それは「押し紙」に該当するはずである。

ところが、実際の裁判では判断基準が歪められ、「押し売り」の明確な証拠があるかどうかに論点がすり替えられている。

たとえ販売店側が「押し売り」を示す証拠を提出しても、裁判所はさまざまな理屈を用いて販売店を敗訴に導く。たとえば、京都新聞の「押し紙」裁判では、販売店主が発行本社宛てに送付した10数通の内容証明郵便が証拠として提出された。しかし裁判所は、内容証明送付後に両者が話し合いを行ったことを理由に、「押し売りには該当しない」とする不可解な判断を示した。

筆者は、「押し紙」裁判の判決には、公権力が何らかの形で介入し、司法判断に影響を及ぼしているのではないかという疑念を抱いている。もしそれが事実であれば、決して許されることではない。

新聞社そのものが、日本の権力構造の中に組み込まれている可能性が高い。当然、世論調査の数字などは絶対に信じてはいけない。

2026年01月04日 (日曜日)

執筆者: ロベルト・トラバホ・エルナンデス

地域を揺るがす予想外の展開として、今週土曜日未明、アメリカ合衆国はベネズエラで一連の空爆を実施し、最終的にニコラス・マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレスを拘束した。米国のドナルド・トランプ大統領は、自国の特殊部隊が作戦を成功裏に遂行したと発表し、「安全な移行」を保証するまで、ワシントンが南米の同国を一時的に管理すると述べた。この行動は国際社会で大きな反響を呼び、介入支持と主権侵害としての非難に分かれている。

攻撃はカラカスの要所、すなわち軍事施設フエルテ・ティウナやラ・カルロタ空港、さらにイゲロテ周辺に集中した。目撃者によれば、現地時間午前1時50分ごろに爆発音があり、航空機の飛行と複数地域での停電が確認された。米国当局によると、作戦は米陸軍デルタフォースが主導し、米側に死傷者はなく、数時間で終了したという。マドゥロとフローレスは就寝中に自宅で拘束され、ヘリコプターで米海軍艦艇USSイオー・ジマに移送され、その後ニューヨークへ向かった。両名は麻薬テロ、コカイン輸入の共謀、武器所持などの罪で起訴される見通しで、これらの容疑は、マドゥロがベネズエラ政府と結びついたとされる麻薬密売ネットワーク「太陽のカルテル」の首領と指摘された2020年の告発にさかのぼる。

トランプはフォックス・ニュースやニューヨーク・タイムズなどのメディアに対し、この行動を「独裁者であり麻薬王でもある人物に対する見事な作戦」と表現した。米国はベネズエラを一時的に「管理」し、石油インフラの修復と、過去の収用により「史上最大の財産略奪」とみなしている原油産業への米企業の参画に重点を置くと述べた。介入の承認について議会と協議したかどうかは明言せず、マリア・コリナ・マチャドなど亡命中のベネズエラ野党との対話も否定した。

ベネズエラ国内では、政府が国家非常事態を宣言し、死傷者数や被害規模はなお確認中とされている。副大統領デルシー・ロドリゲスは国営テレビに出演し、トランプの主張を否定し、マドゥロ夫妻の「生存証明」を要求するとともに、今回の行動を「誘拐」であり「前例のない軍事的侵略」だと非難した。国民に対し、外国軍のいかなる存在にも抵抗し、主権防衛のために団結するよう呼びかけた。国防相のウラジーミル・パドリーノ・ロペスも攻撃を「侵攻」と断じ、抵抗を約束した。現時点でカラカスは比較的平静を保っており、軍の展開はあるものの、大規模な混乱の報告はない。

この緊張激化の背景には、積み重なった対立がある。2024年7月のマドゥロの再選をめぐり、野党や複数の国際社会が不正とみなしたこと以降、ベネズエラは抗議活動、弾圧、そしてハイパーインフレや物資不足、700万人を超える大量移住を伴う経済危機に直面してきた。米国は制裁を課し、マドゥロへの懸賞金を2020年の1,500万ドルから2025年には5,000万ドルへと引き上げた。これまでにも、ベネズエラ船舶への攻撃や、制裁対象の石油タンカーに対する封鎖が行われている。

国際的な反応は深刻な分断を示している。アルゼンチン、エクアドル、パナマ、ボリビアなどは、民主主義回復への一歩として介入を支持し、野党のエドムンド・ゴンサレス・ウルティアを正当な当選大統領として支持した。イスラエルとウクライナも「専制との闘い」を理由に支持を表明した。

一方で、コロンビア、ブラジル、メキシコ、キューバ、チリといった中南米諸国は、国際法および主権の侵害として強く非難し、コロンビアは国境に部隊を動員、ブラジルは「許容できない一線」と位置づけた。アジアと欧州では、中国、ロシア、イラン、フランスが「侵略」「覇権主義」と批判し、欧州連合と英国は自制と国際法尊重を求め、情勢を注視している。国連は月曜日に安全保障理事会の緊急会合を招集し、アントニオ・グテーレス事務総長は「危険な前例」を作ると警告した。

影響は不透明で、チャベス派政権の崩壊、野党主導の移行への道、あるいは地域紛争への拡大を招く可能性がある。専門家は、世界最大とされるベネズエラの膨大な石油埋蔵量への関心が重要な要因だと指摘する。一方、マチャドらベネズエラ野党は、今回の拘束を「法の執行」と受け止めつつ、自由な選挙を求めている。国際社会は、世界的な不安定さが増す中、深い懸念をもって成り行きを見守っている。

執筆者紹介: ロベルト・トラバホ・エルナンデス.
AL PRESS代表(CEO)、世界ジャーナリスト会議(WJC)ラテンアメリカ・カリブ地域ディレクター。

出典: GRAVE VENEZUELA

https://www.actualidadglobalinternacional.com/post/grave-venezuela

2025年12月23日 (火曜日)

マスコミが定期的に公表している世論調査のデータに、確たる裏付けはあるのだろうか。これらのデータは、第三者による独立した検証を経たうえで公表されているわけではない。言い換えれば、「身内」で結論づけられたデータである。

 10月に発足した高市内閣は、高い支持率を維持しているとされている。以下に示すのは、直近で公表された主な世論調査の結果である。

FNN・産経新聞:75.9%(12月21〜22日)

読売新聞:73%(12月19〜21日)

毎日新聞:67%(12月20〜21日)

 高市首相の政策や言動は、自民党内の一部を含む保守層からも批判を受けている。しかし、マスコミが公表する内閣支持率はいずれも高水準だ。しかも、引用した数字からも明らかなように、高市首相に親和的とされる右派系メディアほど、より高い支持率を示す傾向が見られる。

 それにもかかわらず、日本ではおそらく99%の人々が、これらの公表数字をほぼ無批判に受け入れ、それを前提として政治評論を行っている。結果として、世論誘導に加担しているとも言える状況だ。

 一部の「市民運動」が発信する情報が、自己都合的で裏付けに乏しいと批判されることは多い。しかし、マスコミが公表する世論調査の情報も、検証という点では本質的に同様の問題を抱えている。にもかかわらず、メディア研究者ですら、それらを本格的な検証対象として扱うことはほとんどない。

参考記事: マスコミ世論調査を疑う背景と根拠、中央紙の年間の「押し紙」収入、420億円から850億円──内閣支持率82%?